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唐突だが、キスをしたい!と思うことがある。もちろん、相手が誰でも良いわけではない。妻に対して、である。残念ながら(という言葉が適当なのかどうか)女の子の友達に対してそれを感じた事は無い。以前にも書いたが、友人はそういったことの対象とは違うらしい。そもそも、そんな雰囲気にならないからなあ。今後、生きていく上でそれを強く感じる女性と出会うかもしれないが、それはその時ってことで(逃げをうっている)。言わずもがななのだが、我が家は良くキスをする。子供ともするし、もちろん家内ともする。夫婦の間の挨拶でもあり、愛情表現でもあり。もちろん、女性として見ていることの言葉も口にする。我が家では、「言わないのは、思っていないのと同じ」と決めている。「言わなくても、分かるだろう」はNG事項としている。つまり、「愛している」と言わないと「愛している」ことにならないのである。愛していないと思われるのは、本意ではないので言う事になる。非常にシンプルである。妻が、いつまで自分を愛してくれるのか、人の心には何の保証も無い。しかし、できる事はやろう。妻は私に、腕立て伏せが300回できる事を要求してるわけではないし、ブランド物をねだっているわけでもない。かといって、私もボルトを指輪に見立ててプレゼントする事も無い(ネタが古すぎる)。しかし、妻が常に笑顔で居られるように、努力していこうと思う。妻は、私が何か失敗すると、本当に嬉しそうである。「人間らしいところを見た」のだそうだ(普段、何だと思われているのかが分からないが)。体のリズムが合わないこともあるが、それはそれとして。今日も笑顔で居てくれて、ありがとう。
2005.04.29
唐突だが、私には在日韓国人の友人がいる。一昔前、日本史の教科書の中で太平洋戦争(大東亜戦争)に関して、従来の教科書とは、随分と異なった視点から書かれた教科書が出版され、話題になった。まあ、記載事項が独特なのはその戦争に関してだけではないのだが。その教科書は今でも出版されていて、中国や韓国でも話題になっているらしい。あるメディアによれば。私の上記の友人もその教科書の出版当時、かなり怒りを覚えていたそうだ。一緒に酒を飲んだときも、ひとしきりその話になり、彼の怒りはとどまるところを知らなかった。彼の怒りが一巡したところで、歴史というものについて二人で話し合ってみた。歴史を紐解く上で、色々と史料が残っているが、その信憑性に応じて史料にランク付けがされていることを、ご存知だろうか?その中で最も信憑性が高いと世界の歴史学者達が認めた史料を基に、教科書のような「公の性質を持った」本は書かれるべきであろうと思っている。私が知っている限りでは、寧ろ他の教科書のほうが「信憑性の低い」史料を基に書かれているような印象を受けている。といっても、私もその当時、話題になった教科書と、それ以外の1冊という、合計で2冊の教科書しか読んでいなかった。そして、最も意外だったのは、私の友人は「その教科書を読んでいなかった」のである。読みもしない本の内容を非難し、怒りを爆発させる。「そりゃ、違うでしょ」という話になる。結論として、これ以上議論を続けるのであれば、一度教科書をちゃんと読んでからにしよう、という話になった。それ以降、彼からこの話題に触れてきたことは、ない。「日本が歴史を歪曲」と言って、怒りを爆発させている方たちの中で、どのくらいの人たちが、「ちゃんと評価できる立場」にあるのだろう?長い本の中の一つの文章だけを取り上げて、鬼の首でもとったように騒いでいるのであれば、自分たちの程度の低さを世界に向けて発信しているだけになってしまう、ということに気づかないのだろうか?政治的な判断と言うのは「一般意志」によって行われるべきなのであって「大衆意志」によるものではないのである。歴史というのは、自国或いは自分が属する民族を正当化する傾向がある。それは、反日ブーム真っ只中の中国や韓国にしたところで同じことである。ジンギスカン(チンギス・ハーン)はモンゴル人にとっては英雄でも他の国の人にとっては単なる侵略者だろう。おかしなことに、中国は香港をイギリスに随分と長い間分捕られていたにも関わらず、イギリスに謝罪を求めたりしていないはずである。その他、世界の植民地だったところに対して、宗主国が謝罪等を行った或いは要求されたという話は殆ど聞かない。いったい、どういうことなんでしょう?因みに(全然本文と関係ないけど)、古代ローマ議会では、「全員一致の賛成」は「否決」になるという法律がありました。例えば、「殺人犯は、全員死刑にしよう」という議案に対して全員が賛成した場合、「殺人犯は、全員死刑」という法律は成立しないのです。これは「一人も反対者がいないなんてことは、どこかおかしいに違いない。もう一度、よく考え直しましょう」ということなんですね。非常に面白いし、常に複数の視点を持とうとするその姿勢は、いつの時代でも必要だと思います。
2005.04.28
兵庫で大きな列車事故があったとのニュースを見た。まだ全てが明らかになっていない上に救出活動もまだ完全に終わっていないということで、人命救助が最優先なのは当たり前としよう。安全というものが如何に大事なものか、改めて考えさせられる事件だった。電車の大事故というのは、最近無かったのだが、他の乗り物では大小合わせると相当な数になるのではないか?自動車の運転の誤りによる事故もそうだし、最近ではとある航空会社の整備不備がマスコミを騒がせた。少し前には、某自動車メーカーの不備が問題になった。我々は、「安全なのが当たり前」だと思って電車に乗ったり飛行機に乗ったりする。その際には、運転手(飛行機の場合は操縦士)や、その整備に当たる人たちの苦労や誇りに思いを馳せることは少ないだろう。しかし、彼らが高い意識を持っているからこそ、我々は安全に旅行したり、移動したり出来るのだと再認識した。某自動車メーカーの場合はちょっと毛色が違う。世界の、どの車メーカーもしょっちゅう不具合を出してリコールをしている。新聞を注意深く見れば分かる。リコールを出したことの無いメーカーなどおそらく存在しないのだ。しかし、某自動車メーカーは、その情報を「公開(届出)しなかった」という隠蔽が問題になったのである。ちゃんと比べたことは無いが、おそらく車の質という点では他のメーカーとそんなに大きく変わるものではないだろう。話を元に戻そう。私も化学系の人間なので危険を伴う実験を行うことも多々あるし、工場では「安全第一」という、使い古された、しかし失念してはいけない標語が常にある。「問題なく何かをすること」が最低ラインとして要求される仕事というのは辛いものがあるだろう。上記のスタッフの方々は「安全であって当たり前」であって、それが直接顧客の目に触れることは無い。誰もトラブルを起こしたくて起こすわけではないから、人間である彼らに、我々は常に「完璧」であることを求めていることになる。スポーツの審判もそうである。きちんと判定しても高い評価を受けることは少ない。「誤審」などあろうものなら身の危険すらあるのだ。次回からは、電車の遅れなどに、少し寛大になれそうだ。そして、安全は、タダではないのだ。
2005.04.26
昨日も書いたが、赤坂にある某有名ホテルで盛大なパーティーがあった。おめでたい席だったので、余りネガティブなことを書くのもどうかと思って昨日は遠慮したが、思い直して書いておくことにしよう。一応、本人の名誉のために(別に彼女の名誉を守ったところで、私には何の得にもならないのだが)実名だけは勘弁してあげるとしよう。恩師である教授(こちらは男性)は、キャラはパンチが効いているが、頭脳明晰である。議論相手など、なぎ倒してわが道を進む位のエネルギーとシナプス(脳細胞)に満ちている。当時、学生だった私なぞ赤子以下であったことだろう。そのキャラ故に、我が母校では教授になれず、現在の大学に移られて教授、そして学部長と上向き85℃くらいの角度で階段を駆け上っていらっしゃる。誠にもって素晴らしいことである。私が彼に勝てるのは頭髪の本数くらいなものだろう。それも僅差だが。いやいや、他にもあるぞ。実は片言のフランス語を流暢に喋れるように見せかける能力とか、つねられても(10年ほどつねられたことは無いが)笑顔を保てる能力とか。あ、話がそれた。教授のことを書きたいのではない。そのパーティー、去るTV局の「プロの」女性アナウンサーが司会を勤めていた。その名前を聞けば、「をお、あの人ね」と成人男性の67%が言うくらいの有名な方であった。「さすが、プロ!」と、我々をうならせる(司会が主役以上に目立ってはいけないが)仕事をするものと、その時点で思い込んでしまった。これがいけなかった。その女性アナウンサー、とちりまくる上に、主賓の会社名(その会社の宣伝も兼ねたパーティーだったので、これは絶対に間違えてはいけないところ)を読み間違えたりと、散々である。他人の会社なので、別に構わないと言えば構わないのだが。そう言えば、主役の教授の恩師の名前も間違えていたな。私は聞き逃さないぞ。やっつけ仕事だったのか、体調が悪かったのか何なのかは知らないが、とてもプロとして賛美出来る仕事ではなかったことだけは、断言できる。そして、それを見ていた私は「プロ意識が足りない」ように見えた。彼女たちは(男もだが)きっちり喋ることが命なのである。TVの画面でちゃらちゃら笑っているのが仕事ではないのである。女子アナブームとかで浮かれてしまっているのか?情けない。私を見ろ。プロ意識は人一倍あるが仕事の出来ない人間もいるのだ。冗談はさておき(冗談なのか?本当にそうか?)、事前の打ち合わせも徹底していないし、あれではホテルのスタッフも可哀想である。言い方は悪いが「○○TVも、こんなものか」と、底を見た気になってしまった。某TV局の方々には、反省を促したい。もうこんなTV局の番組は見る気もしない。スポーツとバラエティーと報道以外は。そして、楽天の日記で書くことではないかもしれないが、ホリエモン、君はそんな仕事をするアナウンサーのいるTV局から早く手を引いたほうが良いぞ。
2005.04.25
昨日は多忙を極めた一日であった。昼食は、赤坂で一番有名なホテルでパーティー。と言っても、政治的な背景があるわけでもなく、出会い系でもない。私の恩師が劇的な出世をなされたのでそのお祝いである。各界の名士(だろうと思う)がわんさか駆けつけ、高い会費で(目が飛び出た)少量の昼食をとった。恩師は挨拶で多忙を極めていたため会話としては数秒しか出来なかったが収穫もあった。この辺は多くを語らないでおこう、が、女性関係では断じてない。(そうだったらいいのになー!って歌、有りましたよね)午後は私がお世話になっていた剣道関係のところへ御挨拶。若い衆で態度がXLな(この表現自体が死んでいるか??)者がいたが、それを笑って流せるようになった自分を認識したとき、少しは自分が成長したと勘違いしてしまった。(昔だったらその場でひねっていた)彼は流されたのが気に入らなかったらしいが(腕前を賛美して欲しかったらしい)そう思うこと自体が自分のレベルを下げている事に気づくまで、笑ってみていてあげよう。その後、昔の悪友達3人と世田谷のある繁華街へ。彼らも素晴らしい仕事をしていて、人格的にも尊敬に値する。よく、私のような男と何十年も付き合ってくれるものだと感心する。まあ、付き合ってくれていることが人格者であることを証明しているのかもしれないが。昔は徹夜で飲み遊んだものだが、さすがに全員、寄る年波には勝てず電車での帰宅となった。若くは無くなったが、悪友達と一緒に居るとタイムスリップをしたような感覚に捕らわれる。思い出話に浸ることも無く、自分の今を楽しんでいる。肉体的な快楽の追求ではなく(そっち関係は無縁の人達)仕事や家庭や夜遊びなどを、楽しむ術を知っている奴らのようだ。だが、そのうちの一人が泥酔して大声で騒ぎ、付近の住人にパトカーを呼ばれてこってり絞られたのを、私は知っている。私も、人の事を言えるような20代(10代後半を含む)の生活ではなかったが、公的権力のお世話になった事は無い。友人や知り合いにはお世話になりっぱなしだが。5月は大学の後輩の結婚式が2件もある。9歳下と11歳下の後輩達である。寿貧乏は仕方が無いが、ここまで歳が離れると、何かしら喋らされることがある。披露宴は司会のほうがまだ、ラクである。11回ほど友人の披露宴の司会をこなしたが、司会は御祝儀を出してもチャラになる事が多いし、幸い、少しお酒が入ったほうが饒舌になる方なのでうってつけだし、特に「気の利いた」トークは必要なく、粛々と新郎新婦に皆の視線を集めて進行するだけである。何とプレッシャーの少ない仕事である事か!スピーチのほうが苦痛である。「何か、良いこと言おう」と思うと、10回中9回はどもってしまうし(10回もスピーチした事が無いので推測値)、マイクまで行くのに躓いてしまって、私が大した事が無い人間だと言う事を、喋る前に皆にばらしてしまう可能性がある。これとは別に「僕の披露宴は仕切ってくださいね!」と司会の予約を入れられている後輩も居るが、彼の場合、相手がまだ居ない。背がでかいのに、女性に対してビビってしまうのが敗因だと思うのだが・・・
2005.04.24
非常に良い天気である。室内に籠もって仕事をしていると、それ自体が犯罪に思えるくらい、よい天気である。しかし、外に出ればたちまち花粉の餌食である。そう、それは・・・・ガラス越しの春。(そう言えば、ガラス越しに消えた夏って曲があったなあ。すんげー昔。因みに私、多分ソラで歌えます。)春風に当たることもままならぬこの体。何とか成らんかね。春は曙、というが(枕草子参照)同時に春眠暁を覚えず、なので夜明けなんぞに起きたことも無い。当然、紫立ちたるやまぎは、等は見たことも無い。今、京都へ帰りたくて仕方が無い。しかし、ゴールデンウィークも旅行の予定、無し。後半は仕事だが、前半は家内の実家に行かねば成らぬ。これも勉強、あれも勉強。久しぶりの「因みに」講座。「あちこち」って言うけど、これって「あち」(あちら側という意味)が遠い方、「こち」が近いほう(こちら側という意味)を示すんだよね。仕事をしていて思ったのだが、考え事というのは、非常に楽しい。頭の中を整理するという作業が非常に楽しい。ニヤニヤしてしまうくらいである(決して変態ではない、変人の可能性は否定しないが)。でも、人と話したり、何かをしたりするのは、もっと楽しい。その人の長所を感じられると、本当にうれしい。欠点は、余程でなければ気にならないかな。目に、都合の良いフィルターがかかっているようである。多分、だまされやすいタイプだと思う。でも、それで良いとも思う。騙して良心の呵責に苦しむより、騙されて「それでもOK」と思うほうが前に進めるような気がする。こんな考えが通らない世界があることも承知している。しかし、他の生き方は出来ないような気がする。自分の幅を狭めているのかもしれないが。ただ、他人の話を聞いていると、自分がその経験をしたかのような気分になる。だから、色々な生き方を「想像体験」(造語)した気になっているのかも知れない。ただし、想像妊娠は、したことないっす。
2005.04.22
昨夜は日記に書いたとおり、旧友との会食であった。一流の人間というのは驕ったところが無いものだが、彼もそうである。人を見下げたようなところは全く無い。しかし昨夜はレベルの差を痛感させられた夜であった。もちろん、彼の専門分野に素人の私が入り込もうとしているのだからレベルの差はあって当然だし、寧ろ教えを請う立場であることも重々承知の上である。しかし、昨夜のあの、敗北感はなんだろう?人間、歳を取るとずるくなっていくもので、先駆者がいても「こうすれば、この人の先を行ける」とか考えてしまうし、たいていの場合はそれが「当たり」である(あくまで自分の場合)。しかし、昨夜はその「抜け道」が見つからなかったというべきだろう。さすがという他はあるまい。昨日も書いたが、私の友人には一流の人間が多い。能力のみならず人格的にも尊敬に値する人物が多いことには、我ながら、そして今更ながら驚く。あれ?裏を返せば自分のレベルが低いということか???まあ、それは置いておいて。久しぶりに味わった劣等感。私の人生の原点である。もう一度「やったろうやないかい!」という意識が頭をもたげる。凹んでいる場合ではないのである。凹むのもそれなりにエネルギーを消費するし、時間もかかる。そんなことにエネルギーを使っている場合ではない。取り敢えず、友人との議論のおかげで「どっちに向かって走るのが建設的か」の方向性は見えてきた。早速、今日から走って見ることにする。走り続ければ、責任だのしがらみだのという荷物はどんどん重くなっていくだろう。果てには、アトラスの担ぐ天のように重くのしかかってくるかもしれない(ギリシャ神話より。但し、アトラスが天を担いでいるのはオリンポスの神々に反逆したことによる罰なのだが)。それでも、何事も無い人生よりは楽しかろう。しかし、私には一つ、自分でも解けない疑問がある。それは「自分の目指すことを達成するために、人を傷つけることが出来るか?」である。おそらく、超一流の人には、それが出来るのであろう。きっちりと優先順位をつけて、それが低いものは切り捨てる、という作業であろうから。実際、格闘技の世界でもそうである。相手が怪我をしたりしていれば、そこを攻めて勝つ、というのは鉄則だし、トップに立つ人間たちはそれが出来る。その昔、オリンピック柔道で山下選手が足を傷め、決勝戦でエジプトのラシュワン選手と対戦した。ラシュワンは山下の傷めた足を狙わずに戦い、そして敗れた(山下が金メダル)。日本ではラシュワンのこの行為は高く賞賛され、感動を呼んだ。しかし、それで良かったのだろうか?彼は「勝つために、金メダルを取るために」戦ったのでは無かったのか?武道の精神として讃えられていたようだが、本当に自分の大切な何かを守るために戦わなければならなかったとしても、同じことをしただろうか?逆にラシュワンが足を傷めていたら、山下は狙わなかっただろうか?私はそこまで非情になれるのか?その答えは、まだ無い。しかし、今は考える必要も無かろう。その判断を迫られるのは、まだ未来のことである。ひょっとしたら、そんなシチュエーション、体験しないかもしれないし・・・明日は出張なので日記更新は難しいと思われまする。
2005.04.20
多少は日記らしいことも書こうってんで、書いてみます。重度の花粉症の私にとってこの季節は最も不快な季節。鼻がつまり、頼んでもいないのに水分が勝手に鼻の穴から滴り落ち、放っておけば水琴窟状態。口から飲んで鼻から出すイメージ。だが今年は症状が軽い。1年間、花粉と無縁の生活だったためか?それとも体質が変わったのか?快適とまでは行かないが、鼻呼吸が可能な時間が例年に比べて長い(当社比)。さて、今晩は大学時代の旧友と花粉症について熱く語る予定、じゃなくて私が新しく携わるプロジェクトに関して、技術的な専門家である(因みに私、友人には非常に優秀で、エラい人が多い。取り残されるばかりである。)友人と議論をしようということになっている。誠にもって、持つべきものは、という感がある。周囲に助けられて生きていることを実感する。親には、家を出るときに「一人で大きうなったような顔、しよってからに!」と罵声を浴びせられて東京へ来たが、友人には恵まれたと思う。人生を終えるまでに、後何人の友人に出会えるのかは分からないが、全ての瞬間を無駄にしないように生きていたい。初めから無駄な経験など無いのであって、その自分の経験を無駄にするかどうかは、その後の自分にかかっているのだから。自分の人生とか、功罪とか、そういったことは、他人が評価してくれるだろう。高い評価からマイナスの評価まで受けるだろうが、基本的には知ったこっちゃ無いのである。要は「同じシチュエーションに置かれたとき、自分はどうする?」という問いを過去に対して持っていて、「今と同じ選択肢を選ぶ!」と胸を張って言えれば、それで充分なのである。他人に文句をつけたり、非難(批判ではない)することは子供でも出来る。聖書の中で、罪を犯して群集に石を投げられる刑を宣告された女性がいた。キリストは「今まで罪を犯したことが無い人だけが、この人に石を投げなさい」と言い、結局誰も石を投げることができなかったというエピソードがある。この話も、揚げ足を取るのは簡単だが、おそらく、真意としては「他人を攻める前に、まず自分を省みなさい」ということのみであると解釈している。私は洗礼も受けていないし、マリアが処女でキリストを生んだなんてまるで信じちゃいないが、「よーするに、どういうことか」「この人(話)は、本当は何が言いたいのか」を考えて見れば、そうそう、いさかいは起きないように思うのだが、それは希望的観測に過ぎるだろうか?あ、結局日記から離れちゃった。ま、いいや。
2005.04.19
家内が実家に帰ったとき。旦那さんは何をしているのでしょうか?気になりませんか?ただ、私の周囲には悲恋系(分かりにくいやろ)の人が居ないので(独り居たけど法律上死亡しています、詳細は最初の日記から2日目くらいの日記参照)浮気、不倫はサンプルにありません。私の周囲を分類すると、以下のようになります。節約派:レンタルビデオ屋に走る。ここぞとばかりAVを借りまくり、脳みその色がピンク色に染まるまで見る。当然、ソロ活動を伴う。ちょっと贅沢派:街中にあるビデオBOXに走る。そんじょそこらのレンタルビデオ屋など足元にも及ばない品揃えの中でのーみそをピンクに染める。ソロ活動用小道具も販売しており、自宅とは一線を画した空間に浸る。かなり贅沢派:言わずと知れた風俗系に走る。小生、恥ずかしながら(恥ずかしいのか?)未デビューなので詳細は分からず。ただ経験者にインタビューしても「最高!」という褒め言葉は聞いたことが無い。「悪くなかったっすよ」とかの評価はよく聞く。これは、諸手を上げて褒めるのに抵抗があるからなのか?それとも褒めすぎて小生がその店へ行って、鉢合わせになるのを避けるためなのか?は、不明である。そこで、面白いのは、概して収入と、これらにかけるお金が反比例していることである。バイトの身なのに、一生懸命お金を貯めている友人は「かなり贅沢派」に所属している。すげー収入をもらっている奴は、節約派である。我々の間では「お金は重力と同じ」と言われている。持っているお金が多い人のところに、お金は集まるという意味である。(因みに、重力というのはその物質が重いほど大きいのです。我々が地球に立っていられるのも、地球がめちゃくちゃ重いからであって、もしこれが発泡スチロールで出来ていたら、我々は走り幅跳びで100m飛ぶことも可能でしょう)働けど、暮らしは楽にならざり、じっと手を見る(啄木)学生時代の貧乏自慢ならいくらでも出来るけど、その頃は本当に生きていくのに精一杯だったもんなあ。節約派に所属するしか選択肢、無かったし。当時は一晩あれば4~5回は界王さまの所へ行くことも可能だったし、僅かな刺激でナマコがダイヤモンド並みに変化してたから、かなり贅沢派では自己破産もいいところだったのですがね。私?ううむ、そちら系で言うと、そろそろ「ちょっと贅沢派」を卒業して「節約派」に戻ろうかというところです。それよりも、一人旅、したいなあ。もう、何年していないだろう。後、鹿児島と沖縄で、全国の全都道府県制覇なんだけど・・・・
2005.04.18
ある友人の話。彼は基本的にすごくマジメである。学生時代、貧乏なのに遊んでいた私とは違い、某有名大学を非常に優秀な成績で卒業し、泣く子も黙る(それほどではないか)企業にお勤めである。結婚もし、お子さんも誕生し、まあ、順風満帆の生活である。そんな彼の悩み・・・・「風俗へ行けない」のだそうだ。何でそれが悩みなの?とお嘆きの貴兄に(違うやろ)説明を。彼は、私と同じでかなり、ムッツリな方である。以前にも書いたがムッツリなのは抑制された「マジメさ」の裏返しなのである。この辺は勘弁してやって欲しい。自己弁護も兼ねて。しかし、彼の場合、奥様とタイミングが合わないことも多々あるらしく、発散に困っているらしい。かといって、プロの手を借りる勇気も無いらしい。共感していただけるかどうかは分からないが、我々の頭の中にはどこかに「風俗=ぼったくり」という方程式があり、これが払拭できない。また、プロの方々には失礼な話かもしれないが、彼は病気に感染する事も非常に恐れているらしい。これは、これだけ情報が溢れる社会に生きていても、そうであろうし、非常に良く理解できる。もちろん、ぼったくりに合うことも感染する事も確率論なのだが、我々の「ツキ無し」人生を思い起こすと腰が引けてしまうのである。ちなみに私、ジャンケンは非常に弱いです。「全日本ジャンケン弱い人選手権」とかあったら、結構いいところまでいける自信があります。風俗の方々には本当に申し訳ないと思っています。単なる偏見に過ぎないのですから。そしてその偏見を払拭するだけの知識を持っていないことも確かなのです。私は常々、情報と知識の違いをきっちりと認識しようと心がけていますが(毎度毎度言いますが、出来ているかどうかは別問題ですからね)その情報すらもないのですから。(そこら辺の雑誌の記事は、一切信用していない)私も、そういった願望が無いと言えば嘘になる。しかし、友人の女性と一緒に食事をしたり、お話をしたりするほうが、自分にとっては楽しい気がする。ちなみに、帰国してから女性の友人と飲みに行ったりもしましたが、H方面のネタは一切無く、健全(ある意味不健全)に過ごしていました。今更、ってのもあるのかもしれませんが、自分と話をしていてそれで笑ってくれたりする事のほうが、嬉しいのかもしれません。私を満たすもののキーワードは、「笑顔」ですから。
2005.04.17
日本に帰国して2週間が経過した。確かに、フランスで暮らしていた頃に比べ、全てがスピーディーである。そういった意味では、物凄く快適。役所の手続きにしたって、日本人である限りはややこしい手続きもないし、向こうの言っていることは100%分かるし、コンビニはあるし、日曜でも買い物できるし。しかし、同時にガッカリする事もたくさんある。他人の「聴きたくも無い会話」が理解できてしまう点である。老若男女とは言わないが、我々の世代より若い人達の使う言葉の中には、品性を感じない言葉も含まれる。フランス語にも、アルゴと言われる俗語が多数存在するが、その辺は学校でも習わないし私には殆ど理解できないので(語学力の問題なのだが)いわゆる「きれいな」アナウンサーが話すような言葉のみで生活してきたわけである。また、この2週間、歓迎会の嵐で肝臓が悲鳴を上げていたのだが、都内で飲んだ後の電車の混み具合はやはり不快である。そこへ持ってきてお酒の入ったオジサマたちのグチ大会を繰り広げられては、ちょっとゲンナリである。前にも書いたが、お酒の席、或いは酒の入った状態でのグチは何も産まない。ので、好きではない。お酒は楽しく飲みたいのである。文句があるなら、面と向って言えばよいのである。不必要に敵を作ることは避けねばならないが、自分の意見をぶつけてみる事は決して悪いことではあるまい。いつからこんなにオジサンは弱くなってしまったのだろう??これらのことを書いていて思ったのだが、これは自分に対して言っている部分もあるな、と感じた。自分の弱い部分、気にしている部分が目に付くだけなのかもしれない。でも、俯いて生きていたくは無いから、背筋を伸ばして前を見よう。今日も、そして明日からも。ともすれば目をそらそうとする自分を叱咤しながら。
2005.04.16
日曜日である。久しぶりにゆっくり眠れた。書店にも出かけ、日本語の本を定価で買った。しかし、少々納得の行かない事もあった。帰国して、やはりADSLを導入しようと決心した。光も検討したが、住んでいるアパートには導入されていないようなので、個人で導入すると目が飛び出るほど高い。なので却下。プロバイダーの関係でADSLもそんなに広い選択肢がない。結局、一番安かろうと思われるNT○のモ○3という最大47Mbpのサービスに登録する事にした。ネット経由で申し込みをし、先方からの電話待ち。んで、今日先ほど電話があった。内容とは・・「現在、47Mbpの端子の余りが無いので40Mbpのモ○2に申し込み内容を変えてくれないか?」との事であった。端子に余裕が出来る日程が予測できないとの事で、渋々ながら申し出を受ける事に。でも料金は月々50円しか変わらない。せめてもと思い、「じゃあ、モ○2の端子に空きが出来たら教えてもらって、切り替えることは出来ますか?」と訊いた所、「それはもちろん可能ですが、切り替えに3~4千円程度の料金がかかります」とのこと。はあ???こちらの申し込んだサービスに対して、そっちの一方的な都合で提供できません。そんでもって、「劣る」サービスで我慢してくれと言った上に、申し込んだサービスに戻すのにまた金を払えだぁ??殿様商売、ここに極まれり、って感じか?今度引っ越したら、NT○を辞めて全部回線とっかえよう。口調は丁寧だったが、こういうのを慇懃無礼というのだ。消費者不在の商売。これで成り立っていること自体が不思議である。私も、なんだかんだ言って、金を最終的には支払うわけだが、泣き寝入りに近い。皆様、新しいサービスを導入するときは、時間をかけて、ゆっくり比較すべきですぞ。多少、面倒でも、最終的に得をする選択を!って、単に私がバカだっただけか。トホホ。
2005.04.10
よくお邪魔する日記の書き手さんが、以前このようなことを言っておられた。「不倫だろうとフリー同士の恋愛だろうと、女性が求めている事は変わりない。もっと一緒に居たい、電話やメールが欲しい、いつも何かでつながって居たい等々。」原文ママではないが、大体このような感じのことをおっしゃっておられた。確かに・・・やはり恋は独占欲につながるのであろう。二人以上の相手に恋愛感情を持っていても、相手には自分を見ていて欲しい、というのが本音ではなかろうか?我侭と言ってしまえばそれまでだが、そういう感情を持ってしまう事自体はおそらく止めようがないだろう。その感情を理性でコントロールしたり、或いは三角関係に突入したりと、選択肢はいくつかあるだろう。どれが良いとかいうつもりは無いが、何が一番大事か、は明確にしておいたほうが後々、良いような気がする。あの孔子でさえ、「思ったとおりに行動しても、問題がなくなったのは70歳になってからである」と言っているのだからそう簡単にできる事とも思えないが。でも、「自分に嘘はつけない」という言葉、個人的には大嫌いである。その言葉、私には「考える事を放棄しました」という宣言に聞こえる。「我、思う。故に、我、在り」なのである。本能の赴くままも、良かろうと思うし、他人の恋愛に口を出すつもりは無い。しかし、「報われぬ恋」だと最初から見えているのであれば、「確信犯」なのだから、せめて「一番大事な人やもの」は守るよう努力して欲しい、と思う。エラソーなことばかり書いているが、私も単なるオトコであり、オスでもある。今、考えていることと、今後の私の行動が一致するかどうかも、実はアヤシイものである。オトコは、チョロイのである。
2005.04.09
やっと帰国して、落ち着き始めました。日本に帰ってきて、違和感を感じる物。茶髪、日本人の姿勢の悪さ、コンビニ。海外で暮らしていると、「生まれつきの金髪」「栗色の髪」に数多く出会う。やはり日本人が髪を染めるのとは何かが違う。顔つきと、全くもってマッチしているからだろうか?別に日本人の茶髪がマッチしていないと言うことを言いたいのではない。が、「元々は絶対違うよなぁ」って思ってしまうのである。要するに、偏見である。そして黒髪を、今まで以上に「魅力的」だと感じるようになった。女性の「魅力的でありたい」という欲望は万国共通だし、その方法は国や地域によって違って当然である。(だからといって、フランスのファッション雑誌に「日本人女性は世界で最も化粧中毒の民族である」と書かれていたのは、やや抵抗を感じたが)確かに日本人女性の化粧は、厚いと思う。フランス人女性は殆どがスッピンである。まあ、彼女達は挨拶で「ビズ」といって頬に軽くお互いにキスをするので、ファンデーションを塗りたくった日には頬の部分だけ「ビズ跡」が残ることになるから、ってのもあるんだろうけど。ちなみに私は元々スッピン推奨派で家内にも強く勧めているが、頑として家内は譲らない。薄化粧な方だとは思うがスッピンは拒否される。「女性のたしなみ」なのだそうだ。日本人女性は色々と大変なのだろう。おそらくオトコよりも自分に対するチェックポイントは多かろう。個人的には、女性が魅力的でいようと努力をすることは、激に賛同するものである。そういう女性を、「レディー」と呼んでも良いような気がする。ただし、外見だけ飾ったり、しかも奇を衒った感じの方は呼ぶのを遠慮させて頂こう。フランスはレディーファーストの国、と言うよりも、かなり、相当女性は甘やかされている。いや、もとい、優遇されている。しかし、彼女達のとっている行動は「女の可愛げや、魅力を出し惜しみしないから、ちょっとだけ優遇してね」なのである。女性である事だけで優遇はされないのである。女性の方、あなたにとってレディーの条件とは、何ですか?男性の方、レディーファーストをしてあげたくなるような女性の条件とは、何ですか?
2005.04.08
挨拶回りに忙しい。たった1年職場を空けただけだが「帰ってきました」と顔を見せなければ成らない所が多すぎる。同じ敷地にいるのにメールで済ませるって訳には、さすがにいかないのでトコトコと歩いていくことになる。結構広いのである、この研究所。歩きながら、ふと空を見上げた。フランスとは全く違う空。何がそんなに違うのだろう?雲の形も違う、青空の色が違う。智恵子は東京に空が無いという、ほんとの空が見たいという。高村光太郎著「智恵子抄」の中の「あどけない話」より引用私は決して彼女のような病気ではない(と、思う。そう言えば昔、「ほとんどビョーキ」なる言葉が流行ったなあ)が、あの空はいつ見てもほっとする空だったように思える。しかし、日本へ帰ってきて我が国の良い点も再認識しつつある。食べ物はフランスに負けないくらい、おいしいし、言葉の美しさは非常に感じている。フランス語も(あくまで私の感覚だが)何かを褒めるための言葉は豊富だが、それ以外の言葉は、以外に種類が少ないように思える。単に知らないだけかもしれないが。だが、日本映画がイマイチフランスでヒットしないのは、あの訳に問題あり、と私は信じている。あ、これ以前にも書いたな。話が大きくずれた(いつものことだが)。1年以上は、絶対会っていないはずなのに「あれ?もう帰ってきたの?」と揃いも揃って皆様、同じリアクション。なんで???昔からそうなのだが、「久しぶり!」って挨拶しても「そうだっけ?」と返されることが多い。そんなにインパクトのある顔、してるのか?確かに髭は濃いが、インパクトが強かったとしたら、居なかったら物足りないだろう、きっとそうだよな。んじゃ、違うな。ひょ、ひょっとして・・・存在感、薄味??
2005.04.05
久しぶりのラッシュ電車に乗った。それだけでぐったりである。日本のサラリーマンはやはりストレスに強いのであろう。これだけ他人に密着され、不愉快な思いをしながらもキチンと労働するのだから。人生を楽しむという意味ではフランス人は日本人よりも上だ(と思う)が、実はこの民族、ストレスには非常に弱いらしい。ちょっとストレスが溜まるとすぐにデュエット活動不能に陥り、それがまたストレスを生むという悪循環に入りやすいと聞いたことがある。そういった意味では日本人の夫というのは素晴らしいストレス耐性を有していると褒めても良いのではなかろうか?時差ぼけで夕べは一睡も出来ず。新たな仕事関係の書類を渡されると、睡魔の波状攻撃にさらされた。都Alion、ピーーンチ!あかん。今日は、寝まふ。気の利いた文章もなーんも、思いつかないっす。
2005.04.04
しばらくぶりのムッツリネタ。しょっちゅう読ませていただいている方の日記に、男女の営みの際に、男自身に帽子を被せる被せないの話が取り上げられていました。個人的には、(別に公開するほどの情報でもないが)ここ6年間、装着率100%です。脱帽したのは子作りを狙ったときのみです。しかも、すげー短期間だった記憶アリ。ものすごい「出来やすさ」です。女性の方、ご用心を(激違)。私自身は子供はもう一人くらい居ても良いかな、と思っていますが家内は「あんな痛い思いはもう勘弁」という事です。実際、男が産むわけではありませんし、妊娠したら生活していく上で負担や不便を強いられるのは女性です。この辺は家内に全権が与えられていると言っても過言ではないでしょう。で、装着するしないの話ですが。装着すると感じなくなる、という話をちらちら耳にしますが、実感した事はありません。確かに剥き身(って言うか?)だと、リスキーな感じと一体感が血液の流れを早くしてしまうことはあるかな、と推測します。でも、相手が肉体的な快感を感じている事のほうが、私にとっては精神的に「快感」であるように思います。ですから精神的に満たされれば、別に体が頂点を迎えなくても充分満足なときって、あるのですよ。あくまで、個人的な話ですよ。男女の営みほど、個人差があって、統計を取りにくいものも、そうそう無いでしょうからね。他人と比較するってのも難しい話です。参考にはもちろん、させていただいていますし、大いに勉強になっているのですが。私は、叩けば「凡々」と音がしそうなくらい平凡な人間ですが(注:強く叩かないように。Sなので痛みを感じた場合は反撃に出ます。優しく、優しくね。)それもまた、悪くないかな、と最近は思っています。他人の激動の人生を羨ましく思うことは今でも多々ありますし、それはそれで人間の心理として当たり前の事だと受け止めています。ただし、実際にそうなりたいのか?という問いには常に応えるようにしていますが。
2005.04.03
今、リヨンからパリCDG空港へ向うTGV(新幹線)に乗ったところです。今、「別れを惜しむ」という言葉を実感しています。日本の中で友人が転勤になったり、転職したりして送別会をやった事は何度もあります。私がフランスに来るときもそうでした。でも、それは送別会とはいうものの、「会おうと思えばいつでも会える」安心感が伴うものであったり、「必ずまた会える」という根拠の無い信頼感が伴う物でした。実際、私が日本へ帰るのも予定通りなのですから。しかし、フランスの友人はそういうわけには行きません。物理的な距離というものを実感してしまっていますから。お互い、再会するには多額のお金と時間が必要な事を知ってしまっています。そして、それが簡単に捻出できる物ではない事も同時に。私が今の長男の年頃。私にはN君という仲良しの友達が居ました。が、彼は父親の仕事の都合でロンドンへ行く事になりました。当時の私はロンドンがどれくらい遠いのか、あるいは会うのにどれくらい困難が伴うのか、全く理解していませんでした。何回か手紙はやり取りした物の、手書きの手紙に関しては全くの筆不精の私は、結局それきりになってしまいました。今でも、彼はどうしているのかなぁ、とふと思ったりします。もし、これを読んでいたら連絡が欲しい物です。心当たりがある方、恐れずに「自分かも」と言ってください。別れは必ず訪れるものです。それは出会ったときから決まっているのです。それが自分の意志を伴う物かどうかは別にして、出会ったからには別れなければなりません。しかしそれを知っているからと言って、新しい友人を作る事を恐れるのは間違いと言うものです。友達や、恋愛の対象となる人がいて、初めて人生と言えるのです。人がそういったチャレンジを止めてしまった時、その人の人生は終わります。それから後は、その人の「余生」なのです。私の人生のどれだけの価値があるかなんて、考えたくもありません。そんなのは自分で決めるこっちゃないのです。でも、まだ「余生」は送りたくないと思っています。この別れの痛みが、何の代償なのか、私もまだ、分かりません。なぜこんな思いをしなくてはいけないのか、それも分かりません。でも私は、立ち止まりたくは無いのです。再びこの空を見るために、交わした再会の約束を果たすために。私はもう一度、日本で走り始めようと思います。男は、強がってナンボなのです。
2005.04.01
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