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2011.4.5(火)午後、朝訪れたアンコール・ワットに再び戻ってきた。このアンコール・ワットは12世紀前半にスールヤヴァルマン2世によって30年余りかけて建立されたヒンズー教の寺院であったが、16世紀になって仏教施設に宗旨替えした。壮大な伽藍と美しい彫刻からクメール建築の傑作と称えられており、カンボジア国旗をはじめ、お土産品などに中央祠堂のデザインが使われている。1632年(寛永九年)には日本人の森本右近太夫一房が参拝して回廊の柱に墨書(落書き)を残し、仏像4体を寄贈している。当時の日本では、ここをインドの祇園精舎と認識していたのではないかという説もあるようである。ただこのアンコール・ワットは1970年代のカンボジア内戦時、共産主義勢力のクメール・ルージュによって占拠され、仏像などが破壊され大きな被害を受けた。現在はそれらの修復が行われている。中に入ると分かるが、色が新しい部分は修復された部分やレプリカである。また、回廊の壁画レリーフに小さな穴が開いているところが何か所かあるが、ここは埋め込まれた宝石を抜き取られた跡だという。また、ところどころに弾痕の跡も見受けられた。さて前置きはこの程度にして、我々のバスはアンコール・ワットに近づいてきた。この遺跡を取り巻く環濠に沿ってバスは走る。お堀では縁石に腰を下ろして団らんしている市民の姿も見える。駐車場から参道へ向かう。待ってましたばかりに売り子の攻勢が始まる。参道わきには神聖なる獅子と大蛇の守護神が。環濠もメンテナンスが行われている。長い参道である。4月のアンコールは暑い。それでも今日は曇りで直接太陽の直射は浴びないので助かる。やっと塔門にたどり着く。ガイドさんに従って塔門から横に伸びる僧坊を行く。柱や壁面にアプサラ(天女)の像が彫られている。中はやはり涼しい。ほっと一息つく。これは千手観音であろうか。ここから広い中庭に出て中央祠堂に向かうが、出口の壁面にはアプサラ(天女)とデヴァター(女神)の彫刻があった。これは修復されたものである。また足元には面白い顔の彫刻も。広々とした中庭。経蔵の右には黄色の枝垂れの花が咲いている綺麗な木もみえる。そして、朝、佇んだ池へ行く。ここはやはり絶好の撮影スポットだ。アンコール・ワットを背景に全員の記念撮影を行う。第一回廊へ向かう。手前の低いところは雨水を溜め込む池となっているが、水は全然なく涸れたままであった。そのそばにはこのような欠けた人物像が置かれていた。なかなか気品のある人物である。また、仏像に礼拝する家族もいた。そして、そのそばの柱に森本右近太夫の落書きがあったという。今はもうその他の落書きで上塗りされていてどれが森本のかわからない。レリーフのある南面の回廊に向かう。途中にあったデヴァター(女神)のレリーフ。参拝者が触るため黒光りしている。きっと人気のある女神様なのだ。長い南側回廊の壁画レリーフは上段が天国、中段が審判、下段が地獄の3段に分かれていて、それが絵巻物のようにつながっている。スールヤヴァルマン2世の姿もある。何か指示をしているのだろうか。勇壮な戦いの場。迫力満点である。これは凱旋かな?このように長い回廊にびっしりと繋がって彫られている。そしてこの回廊を左に曲がったところ(東面回廊)からは有名な「乳海撹拌」のレリーフがこれまた回廊一杯にはめ込まれている。「乳海撹拌」とはヒンズー教の天地創造神話で、大蛇を大勢の神々で引っ張り合い、それによって神の化身である大亀に乗せたマンダラ山を回転させて海の生き物を粉々にして白い乳の海とし、それがやがて人間、動植物を生み出し海は青くなって行ったというようなストーリーであるらしい。屋外に出ると「乳海撹拌」のあった回廊がいかに長いかが分かる。上の写真の右端に見えていたのは「乳海撹拌」とその復旧作業の説明掲示板である。東面の回廊に登り直して横切り、中央祠堂のある第三回廊へと向かった。
2011.12.31
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今朝の富士はちょっとだけぼんやり。そして、7時19分だがまだ朝焼けの赤さがちょっとだけ残っていた。明日はいよいよ大晦日。今年もあと1日を余すのみとなった。明日も富士山が見れますように!そして元日もまた!
2011.12.30
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2011.4.5(火)、アンコール・トム見学後このバンテアイ・スレイを訪れた。ここは10世紀末の967年ジャヤヴァルマン5世によって建立されたヒンズー教の寺院である。バンテアイ・スレイとは「女の砦」という意味とのこと。独特の赤い土の参道を行く。この辺りは赤い砂岩の地質らしい。門の上には繊細に彫り込まれたリンテルが乗せられている。この門をくぐると左右に聖池が配置されており、さらにその先に門がある。ここにも細やかな彫刻のリンテルが置かれていた。門の中は100m四方ぐらいの広さだろうか、中央祠堂がありその両脇には経蔵を従えている。経蔵の破風にはこれまた繊細な彫刻のレリーフがはめ込まれ、なかなか面白い。この経蔵の破風は3層構造となっている。皆、ヒンズー教の物語を彫り込んでいる。これはシバ神の踊りのレリーフである。ここはこの遺跡の中心の中央祠堂。だがロープが張られ立ち入り禁止となっている。この裏側の祠堂の壁面に「東洋のモナリザ」と呼ばれるデヴァター(女神)があるというので行ってみた。ガイドの話をあまり聞かずに写真を写していたのでこれが「東洋のモナリザ」かどうかはちょっと疑問である。あまり良い微笑みとは思えない。皆この地特有の赤い砂岩で建造されているのが良く分かる。これは地面に置かれたレリーフ。このような色の石も採れるようだ。来た時と正反対の西側の門を出ると、木陰でカンボジア音楽を演奏していた。写真で見るとCDも販売しているようである。その時はともかく暑くて頭がボーっとしていたので全然気が付かなかった。しかしこの遺跡はこじんまりしていて、しかも繊細精巧な彫刻を沢山見ることが出来るのでとても良いところである。昼食後、アンコール・ワットへ向かう。
2011.12.29
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2011年4月5日(火)。残念ながら朝焼けのない暁のアンコール・ワットだったがホテルに戻り、朝食後8時に出発、アンコール・トムに向かう。アンコール・トムは、9世紀から15世紀の間インドシナ一帯を制圧したクメール王朝の首都遺跡群の中で、ジャヤバルマン7世によって12~13世紀に構築された王宮を含めた都市遺跡なのである。ここはアンコール王朝最後の栄華を誇った場所なのだ。バス駐車場からアンコール・トムの南側の入口である南大門に続く道を行く。上の写真で行く手中央に見えるのが南大門。道の両側、南大門に向かって左側には神々の像が、また右側には阿修羅の像が並び、いずれもナーガ(大蛇)を掴んで綱引きをし「乳海撹拌」という神話上の出来事を起こす作業をしている。南大門に近い方の阿修羅を写してみた。阿修羅としては厳しい顔ではなく、なかなか柔和な顔だと思う。南大門は上部四面に人物像を配した高さ23mの石の大門である。南大門の手前で来し方を振り返る。なんと大勢の人だろうか。しかも象に乗って悠然と向かってくる御仁もいる。アンコール・トムは各国の支援によって遺跡の復旧が進められている。写真の奥に見えるのが、アンコール・トムの中央部に位置するバイヨンと呼ばれる仏教遺跡。そこまで行くには途中に回廊がある。その回廊にはジャヤバルマン7世時代の出来事が物語風に描かれている。これは天女アプサラ。平和を象徴しているのだろう。豊かな魚の群れ。そしてその下には出産の様子が。これは闘犬のシーンなのだそうだ。これは敵の大将をやっつけるところか? または内部の反乱の首謀者を処刑するところか?そのような物語の彫刻の壁を見ながら行くと、中心部のバイヨンに到達する。そこには穏やかな「クメールの微笑み」を湛える美女たち(観世音菩薩か?)が迎えてくれる。この辺りは足元が不安定なので、注意して歩かないと思わぬ怪我をするのではなかろうか。アンコール・トムを辞して王宮跡に向かう。途中またもや象に出会う。そして王宮のあった高台のテラスへ。まずは象のテラス。象の彫刻が沢山見える。この先にはガルーダがテラスを支えているような彫刻のところもあった。このテラスから道路を挟んだ反対側にはプラサット・スゥル・プラット(綱渡りの塔)が見えていた。全部で12個の塔があるそうである。綱を渡して王宮に来る人の見世物にしたといわれているが真偽のほどは確かではないそうである。さて王宮の石の門をくぐるとそこには宮殿はなく(木造だったため、現存していない)、その向こうに王族が儀式を行う天上のピラミッド型寺院ピミアナカスが残っていた。ここは当時一般の人は近寄ることも禁止されていた場所とのことである。最後はライ王のテラス。その上にはライ(現在のハンセン氏病)を患ったライ王の像があった。以上でアンコール・トム遺跡の見学を終了し、バンテアイスレイ遺跡に向かう。途中、カンボジアの子供たちが遊んでいた。近くにはのんびりと水牛が放たれていて草を食んでいるが、時々子供たちのそばにやって来る。すると子供たちは水牛のしっぽを掴んで引っ張りまわす。水牛は嫌がって逃げていく。このように水牛を相手にしたり、木に登ったり、自然を相手に遊ぶ姿がとても興味深かった。何か日本のかっての風景を見ているような感じだった。
2011.12.28
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前回の(6)でカンボジアのシェムリアップ国際空港に到着しホテルに向かったところまで書いた。写真はその空港の到着ロビー。仏様を乗せた白い象のお出迎えである。またホテルでは若いカンボジア美人が土地の音楽を奏でてくれて我々を迎えてくれた。とても澄んだ音のする楽器で、竹で作られた木琴ロニアット・アエックというのだそうだ。明日(2011.4.5)朝早く夜明けの赤く輝くアンコールワットを見に行くという。当日は4時起きしてバスに乗り込み、アンコールワットの入場事務所へ行く。まだ真っ暗。そこで一人ひとり窓口でスポットライトに照らされて写真を撮られ、入場許可証を作って貰う。それをガイドがくれたストラップで首から下げるように要求される。なお、この許可証は返却不要で、入場記念として保存してある。バスでアンコールワットへ行くと暗い中、係官が一人ひとり入場許可証を丹念にチェックした。きっと暗さにまぎれて入り込む奴がいるのだろう。アンコールワットが映る池の手前の遺跡に腰かけて暁を待つ。でも残念ながら今朝は待てど暮らせど厚い雲に阻まれて太陽の赤い光は届かなかった。運が良ければ、アンコールワットのバックが真っ赤になるのを見ることが出来るのだが。池の前にはこんなに多くの人が詰めかけていたのだ。皆がっかり。時刻はもう6時。気が付けば池面にアンコールワットが映っていた。そして、池にはこんなに赤い綺麗な蓮の花が。夜が明けた途端にジージーと蝉が鳴き出した。どこにいるのだろう? 相当な音量である。でも単調な鳴き声。日本の蝉のような優雅さはないと思ったのだがちょっと身贔屓かな?そして池の手前の野原にあったのは岩のように見える蟻塚。働き者の蟻はもう活動を始めているようだった。このアンコールワットには今日の午後再び観光に訪れる。午前中は逆光になるので参道からの見映えが悪いからである。一先ずさよなら。手前に見える廃墟は経蔵である。お堀に渡された長い参道をバスまで戻る。ホテルで朝食後、アンコールトムの見学に行く。
2011.12.27
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朝と全く同じ場所からの富士。朝の恥にかみ富士は夕方には燃え上っていた。16時41分。 暗くなるちょっと手前である。いや~、それにしても今夕のこの下界の寒さは尋常ではないな!!
2011.12.26
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今朝は昨日にも増して寒かった。富士山は中腹から頂上にかけて雲に覆われていて顔が見えない。その雲は少しずつ動いて頂上稜線が見えるようになるかなと思うとまた戻って隠れてしまう。だいぶ待ったが今朝は諦めて帰って来た。雪は少し減ったように思う。
2011.12.26
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いつもの散歩道からちょっと外れたところにもみじの木があって、折からの陽に輝いているのが遠くから見えた。近づいて見上げる。もうこの紅葉も今年最後の輝きであろう。今日は12月24日。クリスマス・イヴ。リコーダーの仲間の方から、その方の教会のキャンドル・サービスにご招待を頂いたので今夜家内と一緒に出掛ける。リコーダーとファゴットの独奏もある。昔、まだ若いころ横浜の山手を歩いていたら暗い細い道を蝋燭を片手に讃美歌を歌いながら横切って行く白衣の聖歌隊に出会い、いたく感動したものである。ハッとする素朴で素晴らしい姿だった。そんなことを想い出しながら、今、バッハのクリスマス・オラトリオを聴いている。カール・リヒター率いるミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団の1965年盤。冒頭のティンパニーの連打で始まる華やかな喜び溢れる曲そして演奏である。
2011.12.24
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昨日は仕事で東京の深川へ。年末の下町、通りに面した神社の銀杏が綺麗に黄葉していた。朝、通りを行き交う人も多彩である。夜は住吉商店街のふぐ屋での忘年会にご招待を頂く。トラフグを白子も含めて美味しくタラフク食べ、かつ飲み、一年の総決算を終えた。有難いことである。今日23日から東京スカイツリーもてっぺんまでライトアップされるとのこと。ここ住吉商店街からもスカイツリーが間近に大きく見えるので、きっと素晴らしい光景が望めることであろう。
2011.12.23
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里山の縁で、センダングサの種子が逆光で光っていた。ちょうど花火が一斉に拡がったような感じだった。この種子は先が尖っていて衣服にくっ付き易い。少し歩くと衣服を通して皮膚に触れチクチクする。痛いので取り去る。まんまとこの草の勢力範囲拡大戦略に引っかかってしまう。ご用心、ご用心!
2011.12.20
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朝、食事をしていたらガラス越しに緑の葉が朝日を浴びて輝いていた。紅葉のブルーベリーのそばにある金木犀の、若い葉である。
2011.12.19
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また、ヴェトナムの旅行記に戻った。今日(4月4日)はクチのベトコン・ゲリラ拠点の見学だった。見学も終わり、ジャングルの出口のところに土産・記念品の売り場があった。その売り場の周辺の木にいろいろな花や実が生っていた。これはご存じ、デンファレ。活き活きと咲いている。白い毛のようなものが沢山出ているのはレンブの花。レンブは、その実の表面が艶々でワックスをかけたようになっていることからワックス・アップルとも言われているとのこと。花の上にあるいくつもの丸い黄色のものはその実である。これは、最近、日本のスーパー・マーケットの店頭でも眼にするようになったスターフルーツ。1個だけぶら下がっていた。そして、名前は分からないがまっ黄色な綺麗な花。何という名前だろう。さて、次は虫。東南アジアには何回も来ているが、でも初めて見た蝶である。興奮して夢中になってジャングルの中を追いかけ、やっと留まったところをカメラに収めた。リュウキュウアサギマダラのようなマダラチョウの一種であろう。そして最後は土産品店にあった蛇酒。中は、なんとコブラandさそり。きゃぁ!! こんなの飲む人いるのぉ??これがここで売られているということは、この辺りのジャングルに生息するコブラであり、さそりなのだろう。ヴェトナムの観光はこれで最後。ホーチミン市に戻って昼食後、ヴェトナム航空で次の観光地カンボジアに向かう。1時間きっちりのフライトでアンコールワット遺跡群のあるシェムリアップ市に到着。お迎えのバスでホテルに向かう。
2011.12.18
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今朝の富士はとても綺麗だった。そこでヴェトナム旅行記を中断して朝撮りの富士山を紹介しよう。今朝も寒い。風邪が治ったばかりなので用心して遠出せず、自宅からほど近いところの畑から写した。もうすでに7時50分、もう少し早ければもっとクリアーに見えていたかもしれない。
2011.12.17
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ホーチミン市から北西に70Kmのところにあるクチの町からさらに30Kmほど行ったジャングルに、ベトナム戦争時最強のベトコン・ゲリラ拠点といわれたクチ・トンネルがある。現在は観光資源として当時の抵抗の仕掛けやトンネルの一部が公開されている。4月4日朝、そのクチへ向かう。バスの中から沿道の様子を見るのも楽しい。何か植木を運んでいるようだ。ヴェトナムらしい光景だと思う。相変わらずバイクは活躍している。ホーチミンからだいぶ離れた町の沿道。果物の露店とあでやかなお姉さんの乗りっぷりが面白い。面白いと言えばこのようなものも。明らかに日本のパロディ。大きな石の招き猫。千万両の微笑ましい姿。そして昔懐かし天秤棒のオバサン。ひと頃の日本を想い出す。これもまたかっての日本の田舎の風景!もっとも日本の場合は竹籠だったかな?バスはだいぶ山の中に入って来た。約1時間半のバス旅行でクチ・トンネル入口に着く。半地下に造られた日本人用の観光案内ビデオルームで、ベトナム戦争当時の村民の抵抗の様子が日本語の解説で映し出される。ジャングルの道を行く。ところどころに仕掛けられたドンデン返しの針地獄。草原だと思って歩いているとドスンと落ち、負傷を与える仕組み。また、敵情視察や敵の背後から襲撃するための偽装したトンネルの出入り口。穴の大きさはヴェトナム人用の寸法に工夫されており、米軍のような体格の良い人は入ることが出来ないようになっているとか。見学の人も写真のようなパフォーマンスが出来る。希望者はどうぞと。そしてジャングルの所々にある岩にはあたかも自然に出来たような穴がある。これは約250Kmにも及ぶ手掘りのトンネルのための偽装された通気口だ。ジャングル内を歩き回るとお腹も空く。所々にある売店。ここは焼きトウモロコシ。日覆の下には地雷で破壊された米軍の戦車が置かれていた。涼しいところで一休み。そして最後はそのトンネルの体験。人1人がやっと通れるような内部を手探りで上がったり下がったりして観光用の出口から脱出する。いや~、蒸し暑くてどうしようもなかった。最後に木陰の休憩所でタロイモとお茶の接待を頂く。タロイモは茹でてあり、初めて食べたがサツマイモのような味で甘くて美味しかった。バスでホーチミンへ引き返す。ホーチミンに入るといつものバイクの渋滞が待っていた。
2011.12.16
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ホーチミン市最大の市場ベンタイン市場。ここは観光客のみならず、市民も食事や買い物に利用しているとのことだがやはりお目当ては観光客だろう。交通の激しい通りに面しているが、市場横の四つ角にはかき氷屋さんの屋台が出ていた。色とりどりのシロップを選べるようだ。市場の中に入る。通路の両側にぎっしりと小さなお店が所狭しと並んでいる。兎も角人が多い。雑貨屋さんも多く、品種も豊富、商品がびっしりと並べられている。種々なものがあって面白い。果物に、ドライフルーツや豆類など商品の種類がこれまた豊富。この果物屋も南国のフルーツが山積みされている。グリーン・マンゴーとチェモリアを買う。若い女の店員が「今日すぐ食べるのか?」と訊くので、「そうだ」と答えると大きな柔らかいのを店の奥から持って来てくれた。1個1ドルずつ、ちょっと高いなと思ったが買う。ホテルに戻って食べたがあまり美味しいものではなかった。特にチェモリアは甘みが少なかった。他の国で美味しいチェモリアを食べているので、ちょっとがっかり。やはり、自分で美味しそうなのを選ぶべきだ。帽子屋袋物店そしてアオザイ用の生地屋。凄い種類だ。価格交渉の好きな方にはとても楽しい市場であろう。ここはもう現金を出して価格交渉のクロージングに入っているところだろうか。えい! これでどうだ! と言っているところか?かれこれ1時間ほど市場内をほっつき歩いて外に出る。ちょうど出たところに本屋さんがあった。その入口の壁面にはタンタンの物語の綺麗なポスターがずらりと並んでいた。見ると「タンタン、ヴェトナムを行く(TINTIN AU VIETNUM)」というのもあるのだ。もう陽はどっぷりと落ち、辺りは暗くなっていた。相変わらず若者のバイクが疾走し、夜になっても活気は衰えない。このあと、旅行社ご推薦のお土産屋さんに行く。やはり、このようなお店の方が値段も安心して買うことが出来る。かくして、ヴェトナム2日目(4月3日)は過ぎて行った。明日は午前中ホーチミンン市の北西100Kmほどのところにあるにあるベトナム戦争時代のゲリラ拠点クチ・トンネルを見に行き、午後カンボジアへ飛び立つ。
2011.12.14
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ヴェトナム・カンボジア旅行記はちょっとお休みを入れて、今日は散歩道から少し外れたところにあるハゼの木。遠くから赤く見えるので立ち寄ってみた。今年はもみじもそうだが、紅葉の色がちょっと茶色っぽくて冴えないように思う。
2011.12.12
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ミトーからホーチミン市に戻ってくると、もう街中の信号には相変わらずのバイクの列。最初の観光場所は統一会堂。旧南ヴェトナム共和国大統領府兼官邸だったところである。1976年にヴェトナム社会主義共和国が成立した後、「統一会堂」と改名され博物館として一般公開されている。建物の一部は国際会議などに使用されているようである。広大な敷地に建てられた4階建ての建物。敷地の入口から玄関までは前庭をぐるりと回って行かなければならない。1階から屋上を経て地下室まで主なところを案内される。ここは閣僚会議室だったかな?そして旅行案内書によく掲載されている豪華な漆絵が展示されている部屋。ここは各国の大使が大統領に国書を呈上した場所である。パティオがあり、草の緑でほっと一息つく。そのパティオの一角にあった象の足首。南ヴェトナム大統領の退却時、このような価値の低いものは残していったとのこと。屋上より前庭の噴水を望む。秘密の通路を通って地下室へ下りると、そこはまさに軍事施設。通信室、大統領の緊急執務室など狭い部屋が幾つにも別れていた。いまでも戦争当時の緊迫感が伝わってくる。蒸し暑い地下室を抜け、次に行った場所は聖母マリア教会(サイゴン大聖堂)。今さっきいたところとは対照的な心の安らぎを得る場所。フランスの植民地だった1863年から1880年に建てられたネオ・ゴシック様式のカトリック教会である。今日は日曜日とあって、ここは大勢の人が訪れていた。写真を写すのもままならない。とうとう名前の起源となったマリア像を入れて写せなかった。また残念ながら時間の関係で中に入ることも出来なかった。通りを隔てたすぐ横にある中央郵便局へ行く。何か駅のような感じすらするが正真正銘の国際郵便局である。中に入ると真正面にホーチミンおじさんの写真。かっての中国、毛主席の写真を想い出してしまう。そしてこの内部の建築構造、どこかで見たことがある感じ。そう、パリのオルセー美術館に似ていないだろうか。オルセー美術館は1900年のパリ万博のために造られた駅舎を改造したもの。何かイメージが重なる。この中央郵便局は19世紀末1886~1891のフランス統治時代に造られた建築文化財なのだそうだ。明るい、感じの良い内部である。中央に土産品店があり、両側に郵便局としての各種業務窓口がある。また、世界主要都市の時刻を刻む時計が壁に掛けられている。ちなみに東京(中央の時計)は2時間進んでいる。バスでホーチミン市最大のベンタイン市場に向かう。途中、市民劇場を車上よりパチリ。ネオ・バロック様式の建物。1899年の建造で当初はオペラ劇場だったが、南ベトナム政府時代国会議事堂として外観を変更して使用され、その後2000年に復元されたとのこと。間もなく、ベンタイン市場に到着。市場前のロータリーを写した。相変わらず若者が乗る多くのバイクが疾走し、近くには日本企業の看板、その奥には新築の高層ビルが屹立している。この町はこれから発展する活気がみなぎっている感じを受けた。
2011.12.11
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今朝はこの冬一番の冷え込み。一昨日から風邪気味だったので歳相応にゆっくり朝寝坊した。しかし、あまりの好天なので車でちょっと離れたところにある春日原に行く。ここからの富士はあまり邪魔物がなくてよい。がちょっと時間が遅かったか。立体感が少しなくなってきている。富士はだいぶ雪が降り積もった。折しも四羽の鳥が一列になって画面を横切って行くところだった。
2011.12.10
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ミトーの船着き場から小舟に乗り換えてメコン川中州のタイソン島へ向かう。メコン川はいろいろな船が行き来している。上流から下流に向かう川砂運搬バージ。タグボートにゆっくりゆっくり引かれて一見動いているのかどうかわからない位だ。これは野菜を運搬している船。舳先の顔模様が面白い。日本では見られない光景である。小舟に揺られること約30分で島に到着。鬱蒼と茂るジャングル木立の小道を歩いて掘っ立て小屋に到着。早速、ここで採れた竜眼の蜂蜜を入れたチャイ(お茶)と果物がふるまわれる。勿論、蜂蜜や乾燥果物をお土産に如何ですか?というわけ。しばらくしてから島人の歓迎のパーティが始まる。若い女性の歌、そして踊り。綺麗な布で作ったバッグ屋さんもある。そしてニシキヘビのサービス。蛇使いのボーイさんが扱い方を教えてくれる。シンガポールのマーライオンの前の広場でもやっていたが有料。いくら取られるか分からない。でもここは無料であった。しばし休息の後、ジャングル・クルーズに向かう。土地の幼い子供たちが自然を相手に無心に遊んでいた。これなども戦前の日本の子供たちを思い浮かばせてくれる光景である。ただ日本の場合、この位の年齢の子供だと二本鼻を垂らした子が多かったが、今のヴェトナムの子は鼻汁など垂らしている子は誰もいなかった。ジャングル・クルーズは狭い小川を小さなボートでメコン川まで下って行く。観光シーズンとあって、このクルーズは大賑わい。メコン川まで下って行ったボートが次々と戻って来る。特に女性の船頭さんが大活躍。やがて我々もメコン川に出て、停泊中の小舟に到着。この間、約20分。いろいろな植物を見たり、行き交うボートの船頭さんを眺めたり、なかなか変化に富んだジャングル・クルーズだった。ミトーに戻り、昼食のレストランへ行く。大きな綺麗なレストランだ。入口はブーゲンビリアが咲き乱れている。ヴェトナムの4月は乾季の終わり。暑さは中途半端ではない。そこでまずはビール。サイゴン・ビヤーを注文。垢抜けた味の、美味しいビールだった。そして出て来たのはミトー名物のエレファント・フィッシュの唐揚げとこれまた大きなライス・ボール。エレファント・フィッシュは白身の魚。皮もヒレもカリカリに揚がっていて香ばしくて美味しい。身をほぐして野菜と共に生春巻きの皮に包んでナンプラを付けて食べたり、店員さんが鋏で割って切り分けてくれたライスボールの中に、これも野菜と魚の身を入れてナンプラをかけて食べる。ライス・ボールの内側は柔らかいお餅、ちょっと甘みがある。昼食後レストランの庭を散策。綺麗に手入れされた庭だ。緑が殊の外美しい。ヒョウタンやヘチマがぶら下がっているのに驚かされる。水を引き入れた庭のハスがとても綺麗。バスは来た道をホーチミンに向かって引き返す。ホーチミンに近づくにつれ、大きな建物が目に付くようになる。中国風の建物も見られる。寺院なのか? レストランなのだろうか?これからホーチミン市内の観光となる。
2011.12.09
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今年も早や12月。中旬も間近に控え、うかうかしていると年が改まってしまう。今年の4月2日から7日にかけて行ったヴェトナムとカンボジア。この辺りで紹介しておかなければと思って筆(パソコン)をとった次第。ヴェトナム・カンボジア旅行というとさぞかし多くの都市を回って来たと思われるかもしれないが、ヴェトナムはホーチミン市(旧サイゴン)とその周辺地区、カンボジアはシェムリアップ市と、かの有名な仏教遺跡アンコールワットと周辺遺跡である。今日はその第1回目の旅行記。4月2日成田発。4時間と少々のフライトでホーチミン着。ヨーロッパと比べて飛行時間が短いのでとても楽だ。この日は夜遅かったのですぐ就寝。あくる朝早く、ホテルの玄関から見た光景はまさに「あぁ、ヴェトナムに来たんだ」と感じさせるものだった。ヴェトナムの菅笠「ノンラー」を被った人が何人も通って行く。もう皆、朝早くから活動が開始されていた。我々も朝食後、ホーチミン市の南西にあるミトー市へ。そして、メコン川を下り、中州の一つジャングルに覆われたタイソン島へ行く。ホーチミン市内をバスが走る。びっくりしたのは、通勤者のオートバイの数。乗用車はほんの数えるぐらいしかいない。あとはもうバイク、バイク、バイク。しかもそのバイクには定員が無く、乗れるだけ乗って良いそうなのだ。交通信号があって一応それに従ってはいるが、中には交差点で進行しているバイクの列を横断するバイクもある。なかなか器用に横断するが、当然のことながらする方もされる方も相当神経を使っているようだ。だから、交通事故は多いとのこと。やがてバスは朝市の通りを横切る。朝早くから活気がみなぎっている。郊外に出ると道の両脇にはいろいろなお土産屋が並んでいる。さらに進むと農村地帯となって来た。刈り入れが終わった茶色の畑の中に点々と白いものがあるが、それは農民のお墓。自分の畑の中に還って行くのを誇りに思っているとのことだった。ここメコンデルタ地域はヴェトナム1のお米の産地。ヴェトナム産米の実に50%がここで生産される。年三毛作で4月は春作の穫り入れ時期。バスから脱穀機と思われる機械を運んでいるのが見えた。刈り入れが終わった畑では稲わらを燃やす煙が漂っていたり、大きな藁ボッチが見えたりする。何かかっての日本の農業の原風景を見る思いだった。また、日本の北陸地方によくある立木で囲まれた散居村(さんきょそん)も点在していた。やがてバスはミトー市内を抜けて、メコン川の渡し場に着く。ここまで約2時間。ここから観光用のボートに乗って、中州の島タイソン島へ向かう。
2011.12.08
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朝の散歩で道端に黄色の花が咲いているのが見えた。近寄ってみたら綺麗なマツヨイグサ。この寒さでもまだ元気に咲いている。何という種類のマツヨイグサなのだろう。
2011.12.07
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今日は雲一つないそして風もない穏やかな夕暮れだった。西の空には依然として富士の姿があった。そして静かに静かに暮れて行った。
2011.12.04
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三日続いた雨も止み、今日は好天の朝を迎えた。富士山がよく見えるであろう、期待して近くの高台にある公園に行った。いつものことながらこの公園はワンちゃんと散歩をする人が多い。その間をジョギングの若者、散歩のシルバー諸氏が通り過ぎていく。寒かったこの三日間、富士山もだいぶ雪が降り積もった。もうこちらから登山道はほとんど見えない。いよいよ冬の富士の姿になって来た。
2011.12.04
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昨日に続いて今日も雨。暗い日、しかも寒~い!!そこでこの前の日曜日に写しておいた我が家の紅葉を紹介する。それはブルーベリー。今年もこのブルーベリーの紅葉の時期となった。例年よりちょっと遅いような気がする。そこで昨年のを調べると11月26日にアップしていた。まぁ、それほど遅くもないかっ!今年も同じような写真だがもう1枚紹介しておこう。でも、暗い雨の日、このような紅葉を見ると気分がスカッと明るくなる。
2011.12.02
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今日は私が所属しているリコーダー・オーケストラの練習日。久しぶりにバスリコを吹いた。今月の15日は本年最終の練習日となる。例年、最終日は内輪のクリスマスコンサート。まぁ、練習場を管理している市の職員の方がお客さんになることもあるが。今年は市民音楽祭が10月に終わったので、練習時間をある程度とることが出来た。今回重点的に練習したのは「ママがサンタにキッスした」。S,A,T,Bの4部合奏に編曲してある。こういうスイングする曲はなかなかリズムと表現が難しい。それでも今年は練習時間がとれたので成果も上がり、かなり完成度が高くなったように思う。そしてキャロル。 グロリア あら野のはてに 牧人ひつじを 神の御子は お部屋を飾ろうよ 諸人こぞりて ジングル・ベルそして きよしこの夜う~ん、クリスマスらしい雰囲気になって来た。当日はクリスマスコンサートのあと、楽しい食事会&オシャベリで今年の活動は終了となる。1年って早いなぁ!
2011.12.01
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