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第6回 ヘーゲル『精神現象学』の「序論」を 読んでみませんか今回のテーマは、自らが契機を生み出していく運動、学の方法についてです。「序論」の学習も、いよいよ終わり部分にさしかかってきました。おそらく、ヘーゲルが「序論」を書く目的として、最も言いたかったことというのは、このあたりにあるのではないか、と感じています。 『精神現象学』はいくつかの翻訳がありますが、今回は、樫山欽四郎訳の河出書房新社版「世界の大思想」(昭和48年)であたってみます。「序論」全体はP15からP54ですが、今回の対象範囲はP38からP45までです。ヘーゲルのここでのテーマは、「精神の運動であり、学の方法」です。そこで次のように言っています。P39「この運動、または学の方法については、1、既にこれまで言ったことのなかに在る、2、そして方法本来の叙述は論理学の仕事である」、と。こうしたことわりを述べてから、本題にすすんでいきます。この個所にカントが出てきます。P40 カントの三律体系は、「まだやっと本能的に再発見されたもの、まだ死んだもの、まだ概念的に把握されていないものである」と評言しています。ヘーゲルのカントに対する評価は注目されますが、ここでは保留にして、先に進みます。〔存在者の運動の仕方について〕さて、ヘーゲルが「学の方法」として、力を込めて述べている点ですが、第一は、存在者の運動についての洞察です。P42「学はただ概念自身の生命によってのみ、組織されねばならない。規定態というのは、外的に図式から定在にはりつけられたものであるが、学にあっては、この規定態は充実した内容の自ら動く魂である。存在者の運動は、一方では自らが自らにとり他者となり、こうして自らに内在する内容となることである。他方では、存在者はこの展開乃至自らの定在を自らにとりかえす、すなわち、自分自身を一つの契機とし、自己を単純化して、規定態とする。この前者の運動においては、否定性は区別するはたらきであり、定在を措定するはたらきである。この後者の自己への復帰においては、否定性は一定の単純性が生成することである。こういうふうにして、内容は、その規定態を他者から受けとって自分にとじつけたのではないことを示す。そうではなく、内容は規定性を自己自身に与えるのであり、自己を自己から出て全体の契機に配列し、全体のなかに位置をえさせる」。ヘーゲルが以上言っていることをつかむために、その要点を抜き出してみました。ヘーゲルが言っているのは、「概念の自己運動」について、その内容だと思います。彼にとって「概念」のはたす役割は、たいへん大きいとみています。1、学問は概念自身の生命により組織される。概念とその規定態は、内容の魂として自己運動しているものだ、と。2、存在するもの一般の自己運動について、一方では、自分自身の内面的なものを対象的なものとして外に出す。他方で、その自分の外に出されたあり方を自分自身にとりもどす。外に出された契機を、自分自身の単純化された規定(内容)として、自分自身にとりもどす。(この点は、これまでの中でも、いろいろな個所で強調されてきました。しかし、ここでの叙述が一番ていねいです。)3、内容は外から受け取るのではなく、内容は自分自身に規定を与えるもので、そのときに全体の中での自らの位置付が与えられるところとなる。それは、実在、一般にものの運動の仕方であるし、精神、ものごとの認識の仕方でもあると言っているように受け取れるのですが。〔外から見るのでなく、自己を生み出すものとしてとらえる〕次に、第二に強調している点ですが、規定は外から与えられるものではなく、そのものの中から生み出されてくるとの洞察です。これは、ものごとへの主体的な姿勢にも関係してくる問題かとおもいます。それは、前述の3.に関連して、いかに自己を生み出し現わしていくか、この点が肝心な問題だとして、ヘーゲルは鋭く指摘しています。たぶんに長いものですが、引用しておきます。P43「一覧表的悟性(もしくは形式的悟性)は、事態の具体的なものを、現実及び生きた運動を知らないのである。どれほどそれ自体としては、具体的なもしくは現実的な規定であっても、何か死んだものに落ち込んでしまっている。というのは、その規定態は、その定在の内在的生命として認められていないから。或は、その規定態がこの定在のなかで、どんなふうに自ら固有な独特な自己生産と叙述をもっているかが、認識されていないからである。この大事な仕事を形式的悟性は他人まかせにしている。形式的悟性は、事柄に内在する内容に入り込んでいく代わり、いつも全体を見わたしており、自らが語る個々の定在を超えたところにいる。つまり、個々の定在を全然見ていないのである。しかし、学的認識は、むしろ対象の生命に身を委ねることを、或は同じことだけど、対象の内的な必然性を自らの前におき、それを言いあらわすことを求める。こうして、学的認識はその対象に身を沈めながら、いま言った見渡しを忘れる。この見渡しは、知が内容の外に出て自らに反照す(帰)ることであるにすぎない。しかし、学的認識は、素材のなかに身を沈めて、その素材の運動の中を進みながら、自己自身に帰ってくる。とはいっても、充実つまり内容が自らを自己のなかにとりもどし、単純化した規定態となり、定在の一つの側面に自分自身をおとして、自らのより高い真理に移行するよりも前に、学的認識は自己自身に帰ることはない。そうすることによって、自己を見渡す全体そのものが、自らの反省(復帰)を失わせたように見える充実のなかから、浮かび出てくるのである。」外から全体を見下すような「傍観者」的な姿勢ではなく、自分自身の規定を生み出してくる運動に身を沈めること大切で、それがやがては豊かな成果をもって帰ってくる、と言っことが論じられています。なかなか新鮮で、鋭い、大事な問題を提起していると感じてきます。今回の学の方法についても、これまでと同様に、理解に苦しむことも多々あります。ヘーゲルが知の運動を繰り返し述べていることは分かります。その論じている中身をつかむことは容易なことではありません。しかし、その負担を癒やすことを、ヘーゲルは述べています。この理解のしにくさについては、ヘーゲル自身も分かっているんですね。その後でこんなことも書いています。P45「いま言ったことは、なるほど方法の概念を表現してはいるが、それを先取りされた断言より以上のものと考えてはいけない。この断言の真理は、この部分的にしか語られていない説明のうちに在るのではない」と。『現象学』全体の展開をとおして解き明かそうとしている中身もあるんだから、ここだけで全部が分かるなどと思ってはいけない。「序論」の目的の中でどこまで明らかにできるか、そこには制約もある、と述べています。それはそうですよね。さて、次回ですが、ついにこの「序論」も、終わりまでを目標としようと思ってます。
2012年06月30日
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梅干し用に、梅を漬けました今年の梅干しづくりは、最後の段階で、目論見が外れました。最後の収穫の6キロを、主に梅干し用に当てるつもりだったんですが。ここまでは、自然の恵みもガッチリとあったんですが。ところが、この青梅を梅干し用に追熟させるのに、去年、土用干しにつかったザルを使ったんですね。ざるにしみ込んでいた赤シソ。そのシソにより、青梅の追熟は、大きなマイナス影響をきたしてしまいました。シソの力というのは、すごいものです。炊いたご飯をすえさせない力を持つことは知っていたのですが。追熟をねらった青梅でしたが、ほとんどの追熟を止めてしまったんですね。シソの力というものを、今回あらためて認識させられました。結局、6キロのうち、多くは使い物にならない汚れた未熟なものになってしまいました。なんとか梅干し用に使えそうなのは、たった1キロでした。年寄りの知恵を、身近に聞けなくなった当方は、手探りの試行錯誤と、図書館からの知恵だのみです。梅仕事の、これが、当方の虎の巻です。この本が、当方にとっては、今は亡き年寄りにかわるアドバイスとなっています。今回も、容器を熱湯と焼酎で消毒して、梅の量の、15パーセントの塩を使いました。これで、後は順調に行くか、どうか、まだわかりませんよ。黒カビが生えて、ダメになったこともありますから。しかし、とにかく自前の梅干しの仕込みが完了しました。これで、後は、シソが少しでもタイミング良く育ってくれれば、よいのですが。シソの具合は、まだわかりません。とにかく今は、梅雨明けの土用干しにむけて、6月の梅作業は終了することができました。人は、梅雨のこの時期を、うっとうしいと、敬遠しがちですが、梅を栽培する者にとっては、これぞ最高の季節です。日本人の四季に対する感覚は、たいしたものです。梅雨と梅雨明けの気候を生かした梅干しづくりには、あらためて、歴史の積み重ねもふくめて、大きな敬服を感じさせられます。それにつながる小さな作業を、当方なりに本日重ねることができました。
2012年06月29日
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「茶っ切り、茶っ切り、茶っ切りな」 ♪ついに、当方のお茶の木が復活しました。以前に紹介しましたが、4月12日に、お茶の木の放射線量が高いというので、神奈川県西部の真鶴・湯河原のお茶の木に「中切り」の指導が入りました。無残にも、中切りを実施しました。思わず、これを見れば、ぼやきたくもなります。本来なら新芽が生えそろう時に、丸坊主にせざるをえない、こうして「中切り」を実施したのですから。しかし、自然はたいしたものです。それから2カ月が過ぎましたが、この前代未聞の荒々しい剪定をして、これでは木を枯らしてしまうのではないか・・・、と心配していたのですが。直近の6月25日のお茶の木です。 (6月25日)やれやれです。自然の生命力はすごい、みごとにお茶の木は復活してくれました。もちろん、今年の新茶は、丸坊主ですから、とれなかったんですが。梅雨のこの時期、草の繁茂はすごい勢いです。まわりの雑草が一番繁茂してくるのですが。お茶の木も埋もれかねない勢いです。植物のこの梅雨の時期の生命力は、恐るべし。是非とも育てたいものも、少しは遠慮してほしいものも、繁茂はお構いなしです。これは、喜ぶべきことか、草刈りの負担にたじろぐところか。とにかく、6月25日は、梅雨の切れ間の炎天下、この時期としては、貴重な晴れ間でした。その勤労の成果です。草刈りしただけではありませんよ、肝心なのは「茶っ切り」です。 (6月25日)来年のために、小枝を増やすべく、「中切り」した上の5-10センチで、「茶っ切り」したんです。おかげて、「茶っ切り節」の意味が、ようやく分かりました。「歌は茶っ切り節、男は次郎長花はたちばな、夏はたちばぁな、茶の香ぉぉり茶っ切り、茶っ切り、茶っ切りな蛙(キャーロ)が鳴くんで、雨ず~らぁよ」北原白秋の作詩だそうですが、静岡弁が、キャーロにも、「ずーら」にも、自然に生かされてます。当方の父が、静岡出身だったので、なんとなくわかります。しかし、60才を過ぎるこの年まで、「茶っ切り、茶っ切り、茶っ切りな」の意味が分からなかったんですが、今回、原発被害のおかげで、体験させてもらいました。「茶っ切り」というのは、お茶の木の枝先をハサミで刈り取ることだったんですね。手摘みで摘み取るのとは別に、茶バサミで刈り取っていたんですね。ようやくにして、歌の意味がわかりました。それにしても、当方の「茶っ切り」ですが、それは「茶っ切り節」のように、収獲のための作業ではありませんでした。放射線を下げるために、木の土台まで切る、枝払いのための「茶っ切り」でした。これは収獲する作業とは、まったく別の作業です。木を復活させ、育て直すための作業でした。こうした労働は、東電の補償の対象としては無視されているでしょうが。当方のお茶栽培は、いたって微々たるものですが、お茶を生産している農家にとっては、これはじつにたいへんな手間のはずです。
2012年06月28日
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6月27日の富士山と、カミキリムシ退治のはじまり6月27日、梅雨の切れ間でした。富士山の全体がみえました。小田原から見たものです。6月21日の夏至は過ぎましたが、梅雨明けはまだ先です。だから、富士山が見えるというのは、珍しいことなんです。これから、盛夏の時期に向かうと、富士山の山肌は霜降状況になっていきます。さて、本日の遠出の目的ですが、「茶っ切りな」とカミキリムシ退治です。前回、みかんの木の基幹にカミキリムシ対策で、防虫剤を塗布しておいたのですが。白くなっているのが、防虫剤の混ざったホワイトパウダーです。今回、みかんの木を見回ったら、やっぱりでした。基幹の地面近くに直径1センチ弱の穴が開いていました。カミキリムシの成虫が羽化して出てきた穴です。6月23日に防虫剤のお化粧をしたのですが、もちろん、その塗布をした時には、穴はありませんでしたから、その後の、この4日間の間にあけられたものです。木の中で幼虫から成虫に羽化して、出て来たときにあけられたものです。しょうがない!とりあえず、「テッポウダン」で穴をふさぎます。今回、二本の木で羽化穴を見つけました。穴をふさぐと言っても、もうカミキリムシは羽化して、出て行ってしまったので、すべては、後の祭りなんですが。別のカミキリムシの幼虫や他の虫たちが、この巣穴を再利用されてはたまりませんから、後の祭りであったとしても、線香のような防虫剤を入れて、糊状の薬剤でふたをするようにしています。しかし、穴が開いていたということは、近くにカミキリムシの羽化したての成虫がいるということです。これまで根周りの除草しておいたのは、動き出した成虫を見つけやすくするためです。従って、とくに穴のあった木の周辺の木については、とくに、除草を再度しっかりするようにしています。そのおかげです。いたいた、やっぱりいた! カミキリムシの成虫が。根周りの草取りをしていたのですが。なにやら、隣の木の根元で、白と紺のまだらの角が動いてました。やっぱりいたカミキリムシの成虫です!みかんの木の基幹を、防虫剤で塗布してありますから、木に登れないし、簡単には卵は産みつけれないはずです。だから、木の周辺をうろうろしているはずだと読んでいたんですが。案の定です。二か所の穴がありましたから、少なくとももう一匹がいるはずです。もう昼近くなり、草刈り作業を終えて、後片付けをしていたら・・・。いた、いた!やっぱりいた。「御用だ!」カミキリムシは大きく元気になると、カメラをとりにいっているわずかな間に、ドロンと消えていなくなる場合があります。大きくなると、羽ばたいて飛び去ってしまう場合もあります。しかし、今回は羽化したばかりの小型です。防虫剤のお化粧おかげで、弱ってもいそうです。カメラを近くに置いておいたのも、その姿を撮るに幸いしました。一匹目は、ゴマダラカミキリムシではなく、クロ一色でしたが。本日は、全部で3匹を駆除することができました。これから、梅雨から盛夏の期間、8月いっぱいくらいまでは、このカミキリムシとのケンカです。もう、この10年にみかんの成木の4本くらいが枯らされて、その他に4本くらいが半身不随にされてますから、カミキリムシとは、相いれない関係です、宿敵です。この時期は、みかん園に行くたびに、木々に穴があいてないか、園内を見回る様にしています。しかし、みかん園の外からもカミキリムシは飛んできますから、基幹の根周りを注意するのはもちろんですが、それだけではなく、木の全体に注意しなければなりません。
2012年06月27日
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今が、梅干しづくりの時なんですが今年も梅干しづくりの時をむかえたのですが。どうやら、今年は梅干しづくりを断念せざるを得ません。つけ込み作業をする前に、断念せざるを得なくなりました。というのが、あてにしていた梅が傷んでしまったからです。6月23日、今年の最後の梅を収穫したんですが。6キロの収穫がありましたから、梅干し用の梅が確保できて、「さぁ、梅干しづくりだ」っと思っていたのですが。手順どおりに、水洗いしてあく抜きをして、乾燥させていたのですが・・・。どうも様子が、いつもと違います。乾燥させていると、梅の実の表面にまだらのシミが出てきました。当初は、追熟にともなうものかと思っていたのですが。その数日後の結果です。左が許容範囲のもの、右はおそらく廃棄でしょう。シミがドンドン広がってしまい、肝心の追熟はちっとも進みません。これはおかしいな、と気がついたときには、後の祭り。万事休すでした。おそらく、収穫する直前に通過した台風4号で、暴風雨のために実の表面が傷んだんでしょう。収穫した時は全く異常に気付かなかったんですが。それと、ほしザルですが、水洗い程度で、使ってしまったのですが。それに何らかの腐敗菌があって、広がってしまったようです。結局、正常に追熟して、香りを発しているのは、30数個だけとなりました。これが今年の、梅干しづくりの原料となる梅の量になりました。それともう一つ、シソの栽培がおもわしくなかったことです。これが最高傑作です。今のところ、ほとんど形あるものは、このひと茎だけです。使用に耐えうるシソの葉は、このほかには、ほんのわずかしかできてません。花と植物の達人・「蕗のとう」さんによると、シソは、種まきのときに、種をばらまくだけで、土かけはしないのだそうです。そうすれば、かなりが生育するのだそうです。それを知らなかった当方は、ご丁寧にも、薄くはあったにしても、土かけをしっかりしていました。その結果、シソの発芽が、ほとんど無かったわけです。種まきの落ちこぼれたところに、ほんのわずかの発芽でした。梅の収獲も失敗、シソの栽培も失敗。ダブル・パンチでした。もちろん八百屋さんには、成熟した梅も、シソの立派な葉も、売ってはいるのですが。今年は、自前の作に徹することにしてますので・・・、しゃくたまめ。今回は、30数個の梅とわずかなシソの葉で、自前の梅干しづくりをする状況となりました。これからつけ込む中で、カビが生えてしまうこともありますし、漬け上がるまえに、シソの方が枯れてしまうかもしれません。まぁ、とにかく、今年は、あくまで自前の作で、どんなに劣悪でも、梅干しづくりを試みることにしています。
2012年06月26日
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第5回 ヘーゲル『精神現象学』の「序論」を 読んでみませんか梅雨の日々、外の仕事は出来なくなりますが、不可解な「序論」の楽しみが待ってます。 今回は、作品社版で、P019からP030までの範囲です。最初に前回の部分をふりかえってみます。ヘーゲルはそこで、『精神現象学』とはどのような中身かを提起していました。P017「学問、ないし知の生成過程を述べるのが『精神現象学』である」と。それは「無教養な個人から出発してこれを知へと導く課題は、一般的には、全体観をもつ個人の形成過程を考察すること」にある、と指摘しました。そして、知の生成過程において個人は、一般精神が経てきたさまざまな段階を経過していかなければならない、との洞察を述べています。ここでは、その場合、一般精神の世界史でたどった巨大な労働に比べて、個人の実体把握の労苦は少なくて済む、と指摘して、その理由をいろいろ述べていました。そして、その最後に次のように述べていました。「もはや、個人の現存在そのものを即自的存在に変えてかかる必要はない。むしろ、すでに原初的な状態からも、現存在の場面からも脱して、思い出されるものとして内面化された即自的なものを、ただ対自的存在の形式に転換すればよいのである」(中央公論社版・山本信訳 P111)と。 前回(第4回)は、ここの所で終りました。今回はその続きですが、前回の終わりは引用だけでした。そこに来るまでに、長くなり過ぎていたわけですが。それにしても、引用は何を言っているのか、ヘーゲルは゛容易なことだよ゛と言ってるとも聞こえますが、やはり分かりにくい。その分かりにくさというのは、原文そのものに原因があるのか、それとも翻訳のためか。はたまた当方の理解力の不足のためか。そこで、同じ個所を作品社版の長谷川宏訳にあたってみました。「同時に、個人の労苦は少なくて済むといえるもので、というのも、精神の形それ自体はすでに完成し、内容はなまの現実性をぬきとられて観念の世界へと移され、形そのものが簡略化され、思考の単純な骨組みだけで組み立てられているからである。すでに思考の対象となった内容は、時代精神の所有物であって、それをとらえるにも、なまの存在をそのままの形でとらえる必要はなく、もとの形を失い、なまなましさも希薄になって、記憶のなかにすがたをとどめるに至った本体を、明確な輪郭のもとにとらえればいいのである。」(P019)とありました。長谷川氏訳は現代人に分かりやすいように意訳しようとしていますが、かなり表現が違っています。翻訳の仕方の違いも要因があるようです。もっともヘーゲルの文章というのは、意味の分かりやすさとともに、哲学表現の独特の広さや深さをとらえることも大事になりますから、二つを紹介することにして、先に進みます。今回は、その続きのP019からP030です。その大まかな内容ですが、1、P019からP022まで、前述の「把握のありさまを具体的にみる」。2、 P023からP030、「現象学」を第一部として、それに続く第二部との違いについて。 ア.論理学、イ.歴史的な真理、ウ.数学的な真理、エ.哲学、それぞれの特徴などがテーマとなっています。ヘーゲルは上記の説明に続いて、1、P019「その把握のありさまをもっと具体的に見ておこう」として、個人が世界精神・時代精神をとらえようとする過程を、立ち入って検討していきます。二つ紹介しておきます。その一つは、最初に指摘している点ですが、イメージと既知感をあらためる問題です。P019「廃棄された後に残る精神のイメージと、既知感はさらに高度なものに仕上げられる必要がある。」ということ。ここ「第一段階」で、世界精神はここで自己の意識に移されます。ここでは、人にとって世界精神や時代精神を、「それは分かっている」とする既知感(印象、固定感)で済ましてしまいがちなこと。これをあらためることが大事だけれど、じつはそれがたいへん難しいということ。この問題が入口(出発点)にあると指摘しています。この点を、ヘーゲルは詳しく分析しています。P020「イメージを分析すること。それは一つのイメージを原初の要素に分解させること。肝心な点は、それにより得る観念は、日常の世界とは次元を異にする非現実的なものだということ」。この分解された非現実的なものが、本質的な契機をなしている、と。それは、「具体的なものが分裂し、非現実的なものになるという限りで、具体的なものはみずから運動するものとなる。分裂の活動は知性の力と働きであり、驚異的で最高の、いや、絶対的ともいえる力のあらわれである。内部で安定した円環をなし、がっちりとその要素を堅持する円は、格別に驚異を誘うものではない。が、その囲いを外れた偶然の要素が、まだ束縛を感じつつ、もっぱら他の現実とのつながりをもって、独自の存在となり、特別の自由を獲得するとなると、そこには巨大な否定力が働かなければならない。それが思考のエネルギーであり、純粋自我のエネルギーである。」P022「精神は絶対の分裂に身を置くからこそ真理を獲得するのだ。」「精神が力を発揮するのは、まさしく否定的なものを直視し、そのもとにとどまるからだ。そこにとどまるなかから、否定的なものを存在へと逆転させる魔力が生まれるのである。この魔力は、さきに『主体』と名づけたものと同じである。」こうしてヘーゲルは、知的な探求の始まりの様子を、生きいきと紹介しているんですね。難解でとりつき難いヘーゲルの印象とは大分違う、フェアーな挑戦者の姿が見えてきます。直接的なイメージや既知感を正して、認識をさらに高めていく行程が大事なんだと。一般常識的なこととして、はじめは安定して落ちついていたものから、その囲いを外れた偶然の要素が出てきて、新たな特別な自由を獲得する動きが見えてくる。その自由を獲得するには巨大な否定力がはたらく。そうした対立から新たな段階がつくられる運動をとらえているわけです。なにか原子核エネルギーのような、当たり前なものの中に、隠れていた力を見つけ出したような、そうした発見者の感じが伝わってきます。もう一つ、ヘーゲルは近代の学習法には「思想の流動化」があると洞察しています。P021 古代の学習のように、イメージが自己意識に高められる形で、個人の一般理念に至るのは教養の一面でしかない。これとは反対に、近代の学習法は一般的に「固定化された思想を流動化させる」(P022)ことに特徴がある、と指摘しています。この「固定化された思想を流動化させる」とはどういうことか。P022「思想が流動化するには、内面に直接に存在する純粋思考が全体の一要素と見なされるか、あるいは、純粋な自己確信が断念されるか、そのいずれかが必要である。といっても、自我をそっとどこかにしまいこむというのではなく、自己主張の頑固さを-さまざまな内容と対立する純粋な具体物としての自我自身の頑固さと、純粋思考の場におかれて自我の無限の力を吹き込まれたさまざまな内容のもつ頑固さの双方を-放棄することが必要なのだ。この運動によって純粋な思想は概念となり、はじめて本当の思想として、円環をなす自己運動を展開し、本来の精神的な本質をあらわすことになる。こうした純粋な精神の運動が、学問というものの本性をなす。」やっぱりわかりにくいと思います。固定した観念を、どのように正して、運動させていくのか、との問題ですが。第一の点は出発点の問題でしたが、この第二の点は生成過程の途上の問題です。分かりにくいことは、他の人の訳を対置すれば少しは分かるのでは...とも思うのですが、そういうものでもありません。しかし「この運動」についての箇所を、山本信訳で紹介しておきます。「思想が流動的になるためには、純粋思考というこの内的な直接性が、自分が契機にすぎないものとして認め、自分自身についての純粋な確実性が、みずから譲歩するようにならなければならない。とはいっても、その確実性そのものを投げ捨て、除去してしまえというものではない。それが自分自身を定立するときの固定したところを放棄しなければならないというのである。そのさい、自我そのものが、区別をそなえた内容との対立において、純粋に具体的なものとして立てられるという固定性もあるし、また、区別をそなえたものが純粋思考のエレメントにおいて定立され、あの自我の無制約性にあずかって得た固定性もあるが、両方とも放棄しなければならない。・・・。このような純粋な本質の運動、これが、およそ学問であることの本質をなす。そのさい運動ということは、内容の関連という面からみれば、その必然性を意味し、内容が拡大していって有機的全体になることである。」(中央公論社版 山本信訳 P114-115)そして、P022この『精神現象学』の段階でも、「学問に至る道もまた、概念の運動に基づいて、この世にあらわれる意識の総体を必然のつながりとして包括するのである。」と。以上、本文を引用するだけで、分かりやすい解説が出来ないのが、紹介者の非力さを証明するところです。今回は「1、把握のありさまを具体的にみる」部分だけでしたが、これでP030まで進んだこととさせていただきます。次回は、P030「こうした運動をなす学問の方法について」からです。
2012年06月25日
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今年の梅の収穫が終わりました6月23日(土)、今年の梅の、最後の収穫でした。この間に、台風4号が、20日(水)にかけぬけて行きました。そのため、そこそこの梅が落下していましたが。しかし、それでも暴風雨を無事にやり過ごした梅が、木に残っていました。今回の収穫作業で、今季の梅は、完全に収獲終了です。キズものは捨てるように選果して、よさそうなものを持ち帰ったのですが、測ってみたら、7キロありました。今年の梅の収穫は、全部で、小梅1キロと、他の梅32キロの収穫でした。そのなかで、豊後は、黒星病がひどくて、全て破棄せざるをえませんでした。全体としては、去年の25キロを超える最高の収穫となりました。他に曽我の梅が3.5キロがくわわっています。数年前に、八百屋さんの梅に入手を完全に頼って、梅酒造りを始めたのですが、そのころとは様子が大分変りました。梅の成木が、滅茶苦茶な枝払いによって受けたダメージから、本来の力を回復しつつあるということです。今回の収穫分を水につけて、あく抜きしたところです。このうちの、2.5キロ分を最後の梅酒に、4.5キロを梅干し用に使う予定です。手前の緑のが今回のつけ込みした分ですが、これで今年の梅酒の仕込みは、すべて完了です。なんと10本にもなりました。来年の1年分です。あとは、ただねかして待つだけです。ときに、ゆすって濃度を均等にしてあげますが。これだけ大量の梅を、梅酒が一番なんですね。何しろつくるのが簡単ですから。あとの梅は、梅干し用です。こちらの方は、数日間、そのまま置いて追熟させます。本当は、こちらの梅干しづくりこそが、中心的な利用にならなければならないのですが。まだらの傷のように見えますが、これは追熟過程で出てくる現象のはずですで、問題はありません。そのうちに、梅の良い香りが漂い出すはずです。 梅干しづくりですが、これはなかなか、私の年間の消費量との関係で、そうそう沢山はつくれません。消費しきれなくて残っちゃいますから。梅酒の場合は、残った梅で梅ジャムをつくっていますが。同じ様に、梅干しを手軽に使った利用法はないか。何か適当な食材をつくりだすこと、これが目下の課題です。たとえば、梅干しの炊き込みご飯とか。まぁ、それはボチボチ探っていくとして、いまは、梅の収獲の締めくくりです。本題の梅干しづくりです。
2012年06月24日
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みかんの木は、カミキリムシ退治の時期です本日、6月23日、みかんの木にカミキリムシ退治のお化粧をしました。みかんの木にとって、カミキリムシは気をつけなければならない害虫です。これは、カミキリムシの幼虫が樹皮を食い荒らした結果です。樹皮の下に幼虫が住み着いて、樹皮を枯らしてしまいます。禍害がさらに進むと、大きな枝の全体を枯らしてしまいます。さらに進むと、木そのものを枯らしてしまいます。この時期、6月から8月にかけて、カミキリムシの成虫が飛んできて、みかんの木の基幹部分に卵をうみつけようとします。それを防ぐために、「サッチューコート」を使うようにしています。カミキリムシが卵をうみつけようと狙っているのは、木の基幹部分です。地面から50センチくらいの所が狙われますから、そこに塗布するようにしています。つぎの写真は、カミキリムシの禍害により、主枝を枯らされてしまった木です。ほとんど、半身不随にさられてしまった木です。主枝が枯らされて、半身不随の状態にされてしまいました。今日は、成木のすべてに、この防虫剤を塗布したのですが。この木を塗布するために、根周りの雑草を草刈していたら、羽化してまもないカミキリムシの成虫をみつけました。「ドン、ピシャリ」カミキリムシの成虫の禍害を防ぐための、今日の作業でしたが、やはり、タイミングがガッチリとあっていたようです。雨滴も残っていて、草はびっしょり濡れているわけですから、そんな中で、ペタペタと基幹に塗布してまわるのは、相手のいない、空をきるような作業のようにも感じ無くはなかったのですが、途中で、「今日はこのぐらいにしておこうか・・・」と、打ち切りもかすめたのですが、この敵対者の一匹を発見してから、そうした気分は吹き飛びました。見つけたのは一匹ですが、他にも同様に何匹も動き出しているということです。この一匹のおかげで、すべての成木の塗布を、二時間で片付けることができました。もちろん防虫剤の基幹塗布だけで、カミキリムシの飛来を防ぎきれるわけではありません。これからの時期、さらに監視しを強めて、木が枯らされないようにしていかなければなりません。もし枯らされると、苗木を植えて、いっぱしに生産性を回復するには、おおよそ10数年はかかりますから、当方の管理できる時間をこえてしまいます。みかん園を維持するためには、カミキリムシ退治は必須の課題になっています。
2012年06月23日
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当介護用具貸与事業所も創設10周年をむかえました6月22日(金)、今日は当方の事務所も、5時の定時で店じまいをしました。当事業所も創立10周年を迎えて、その交歓会が開催されたからです。当方の働く事業所は、介護用具の貸与事業を仕事としています。介護ベッドや車いすの貸与(レンタル)事業です。今日は、日ごろ事業所を支えてくれている各方面の方々が、大勢集まってくれて、たのしく交歓することができました。今日の高齢化社会の進行の下で、行き届いた介護の態勢をつくることは、いまでも、さらにこれからも、一層大切な、切実な課題です。今後を開く、思いが、さまざまに交歓されました。当方も、こうした現場に働いて、10年の月日が流れたわけです。介護制度を取り巻く状況には、財政赤字を理由に福祉費を削ろうとする動きもあります。これまで利用できた範囲を狭めようとする動きもあります。しかし、削るべき無駄なことは、他にたくさんあります。にもかかわらず、高齢者福祉を粗末にする政治は、弱者にしわ寄せしようとする政治は、お粗末としか言いようがありません。医療介護の分野は、その現場の一端にかかわるものとして、社会的公平の観点からしても、もっと力を注がれる必要があると感じています。まだ社会的な光の届いていない人たちも、仕事でまわると多々出あうところです。介護分野でも関係者がもっと働きやすい制度や状況をつくって、「介護難民」などといった言葉がなくなるように、社会の隅々にまで、広く周知され、手が届くように、・・・、そう感じています。だれしも、そうした高齢者になっていくのですから。この祝賀会には、沖縄舞踊の人たちが出演してくれて、交流の輪に花を添えてくれました。10年の歩みの労をねぎらい、お互いのさらなる前進へ、交歓がかわされました。
2012年06月22日
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台風4号の影響はどうだったのか6月20日(水)の午前2時ころ、台風4号が関東を通過しました。東京でも、夜中に激しい雨が降り、陽が昇ってからも強い風が吹き荒れていました。神奈川県西部のみかん園はどうなったか。この台風は、どんな影響と爪痕を残して行ったか。80キロの彼方のことでもあり、まだその様子は分かりません。まず、気になるのは、梅への影響です。収獲する目前にあるわけですが。今回の強風にあおられて、落果していなければよいのですが。これだけは、心配しているところです。その他は、たいして心配していないのですが。これしきの台風には、びくともしない自然の生命力のはずですが。その一つは、植えたばかりの湘南ゴールドの苗木です。まだ植え付けしたばかりです。先日、整枝をしたのですが、その直後のことです。大事なければよいのですが。もう一つは、生育をはじめだしたサトイモです。撮影した日の前夜は、梅雨の雨模様でした。特徴的な葉の上には、雨滴を載せています。まぁ、サトイモにとっては、台風の雨風などは、まったく問題なしかと思います。このくらいの風雨くらいは、むしろ、ここち良いくらいのこと、と思ってくれているはずですが。しかし、暴風雨の駆け抜けた6月20日の夜です。みかんとその他の様子を見れるのは、明後日になります。それまでは、気をもんだとしても、いたしかたありません。基本的に、自然というのは、自然の猛威には、自力で耐えうる抵抗力を持っていると思っています。人間の心配などは、そのおおくは取り越し苦労だろうと思っています。信頼しかすべなしの、遠距離農夫の楽天主義です。
2012年06月21日
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梅がよい香りをただよわせています昨日(6月19日)夜、台風4号が関東をかけぬけて行きました。今朝は、時々強い風がふくものの、雲の切れ間には青空が見えています。予想していた以上に、台風は気ぜわしく通過して行きました。休日農夫は、昨夜の嵐で、完全に緊張を解いてしまっています。朝寝を決め込み、本日は梅の中休みです。ところで、これまでにすべての梅を梅酒につけ込んだんですが、その中で、梅の実をたった1個だけですが、とっておきました。その置いておいた青梅が、きれいに成熟しました。それは今、実によい香りを漂わせてくれるんです。ためしの1個でしたが、青梅は置いておくだけで追熟してくれます。梅干しづくりを念頭に置いているんですが。これなら、もちろん樹上で完熟することが、一番望ましいわけですが、それはむずかしい。以前に、樹上で完熟させようとしたんですが、せっかくの梅をほとんど落下させてしまったんですね。これなら、青梅でも追熟させることで、梅干し用の梅はつくれるということです。以前も、梅干し用は追熟させて使ってはいたんですが、追熟の度合いが甘かったように思います。次回に収穫した梅で、本格的に試してみようと思っています。もう一つの問題は、シソの栽培です。梅干し用に赤シソを種まきしてあります。種袋の裏書きに従って、栽培してきたのですが。5月5日に種まきしました。6月2日には、どうやら、なんとか発芽はしたのですが、予測していたよりかなりひ弱な生育となりました。撒いた種の、20分の一もなく、発芽率が大変に低かった。気温の低かったことも影響していると思いますが。それだけではないとおもいます。とにかく、これでは、まったく需要を賄えません。最新の6月13日のシソです。この分では、やっぱり駄目ですね。農家の畑には、雑草のように生えているシソを見かけるのですが、人があらたに種から育てようとすると、ほとんど育ってくれない。どこかが違うんですね。しゃくたまめ!今年も、八百屋さんに屈服することになりました。シソの栽培は、何か工夫があるんでしょうね。一昨年も、同じ結果でした。生育は、ゼロでは無いけど、期待からすると、まったくの不作の結果となりました。「放っぽとけば、自然に育つよ」なんて声もききますが、当方の経験では、たんに、じかに地面に種をまいただけでは、立派なシソは育たないということです。
2012年06月20日
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第4回 ヘーゲル『精神現象学』の「序論」を 読んでみませんか 『精神現象学』の「序論」、今回の対象は、作品社本(長谷川宏訳)のP013からP019です。「お前さんのだらだらした二番煎じを読むより、『精神現象学』の原本を読んだ方が、簡潔・明瞭でわかりやすい」などの声が、聞こえてきそうな気もなきにしにあらずですが。一般に、ヘーゲルの『精神現象学』は、きわめて難渋な本との印象があります。その「序論」の学習ですが、今回の部分の中にも、そうした印象とは裏腹に、妙に納得する部分がでてきます。その論旨に面白さへ感じてくるような、そうした部分がありました。それは、必ずしも中心的な論点ではないとおもいますが、紹介しておきましょう。P019「学問とは、この教育(教養)の運動を必然の過程としてくわしく追跡するとともに、すでに精神の要素や所有物となったものの、その形成過程をも叙述するものである。目標は、精神が知とは何かを洞察することである。せっかちな人は途中経過もなしにいきなり目標を達成しようと考えるが、それは不可能な望みというものだ。途中のどれもこれもが大切なのだから、長い道のりを辛抱して歩かなければならない。また、一つ一つを丁寧に見てもいかなければならない。一つ一つがまとまった精神の形をとっていて、その特徴を具体的な全体として観察し、一つのまとまりをもつものとしてくっきりイメージ出来るようになったとき、はじめて申し分のない観察がえられたといえるのだから。」この部分は、ヘーゲルが学習の基本姿勢をアドバイスしてくれているように読めました。「序論」を読もうとすると、『現象学』の難解な印象から、氷の上をすべっているような感じもするのですが。ここでヘーゲルは、難解と思われることがらでも、繰り返しよく読み込んで、全体をつかむようにするとともに、一つ一つ個々の論点が「一つのまとまりをもつものとしてくっきりイメージ出来るように」なるところまで、対象(文章)の中身を捉えられるように、努力してほしい。そうすれば、おのずから中身が見えてくる、とアドバイスしています。それは、『現象学』そのものを読む上で、いやそれどころか、おおよそ読書や勉学一般に対するヘーゲルのアドバイスであると感じたんですが、如何でしょうか。さて、本題です。〔各論を分かりやすくするための一般論〕前回(第3回)では、ヘーゲルは、『精神現象学』の各論に入る前に、分かりやすくするため一般論を提示するとして、「一切に関する重要な点は、真理を『実体』としてではなく、『主体』としてもとらえ、表現することである」(P011)と要点を指摘しました。そして、実体が「生きている」とはどういうことか、また「実体が主体である」とはどういうことか。その点をヘーゲルが説明していた箇所が、前回(第3回)であたった所でした。さらに、P012「真理とは、本質が発展して完成した全体のこと。そのうちには、絶対的なものとは、みずからを生成していく現実的な主体であり、その発展の結果であることが示されている」。すなわち、本質とともにその形態を展開により、その全体で真理が示されると主張していました。今回は、その続きです。今回も「いっさいの要点は、真理を実体としてだけでなく、主体としてもとらえる」とのヘーゲルの核心的な表明と、それに対するヘーゲル自身の注解の続きです。P013 ア、ここでは古代ギリシャのアリストテレスが出てきます。彼の目的と結果についての説に、ヘーゲルは新たな解釈を加えています。どのような解釈を加えているか。P014 イ、絶対的なものを主語とする必要性から、神を主語にした場合について検討しています。絶対的なものに神をおいたことにより、その絶対的なものを示す概念を動かない固定したものとしてしまうきらいがあると指摘しつつ、実際には現実の概念というものは自己運動するものである、との点をヘーゲルは強調しています。以上の点から、ヘーゲルは次のような帰結を引きだしてきます。P015 1、知は学問の体系としてのみ現実的である、との帰結。2、哲学の原則、根本命題や原理ということは、正しいものだけれど、そこにとどまる限りでは誤っている、との帰結。以上の2点を指摘しています。そして、2番目の根本命題や原理について、「それが初めにおかれていること自体が欠陥だけど、より根本的な反駁は、原理そのものから取り出され、展開されるもので、原理の欠陥を補うものになるはずだ」と。ここでヘーゲルは原理に対する反駁の仕方を問題にしています。「根本的な反駁は、本来、原理を発展させるもの、つまり、原理の欠陥を補うはずのもので、それには相手を否定することだけに気をとられるという反駁の悪弊を脱し、その進行と結論の積極面をも意識するものでなければならない。」「はじまりを本当に積極的に展開するというのは、同時にはじまりに否定の矢を放つことでもあって、はじまったばかりのむき出しの目的という一面的な形式が否定される。体系の根本原理が実際は始まりにすぎないこと、このことへの指摘だ」と指摘しています。ここでは、ほんとうに批判する態度とはどのようなものか。たんに「だめだ」と全否定するのではなく、積極的な面についても意識するようにすること、とヘーゲルは指摘しています。〔精神ということについて〕ここで、ヘーゲルは「精神」ということについて述べています。P015「体系としての真理だけが現実的だということをあらわすのに、『絶対者は精神だ』との言い方がある」と。多分に唐突な感じが、無理な「論理」展開の感じがするのですが、「精神」ということが出てきます。へーゲルの言う「精神」とはどのような内容なのか。ヘーゲルがたいへん重視していることは感じられるのですが。少なくとも、ここでは「精神」について、次のような要素を言っています。1、P015「精神こそ、近代および近代の宗教に特有の、もっとも崇高な概念である」。2、「精神的なものだけが現実的なものなのだ」と。3、「それ(精神)はもとからある本質であり、さまざまな関係をうみだしつつおのれの位置をはっきりさせるような、自他にむきあう存在であり、自分の外に出て自分をはっきりさせながら、自分を失うことのない存在-完全無欠の存在-である」と。4、P016「このようにおのれを精神として知る精神の形が学問である。学問とは、精神の現実のすがたであり、精神が自分本来の場できずきあげた精神の王国である」。少なくとも、以上の点を語っています。しかし、これだけでは精神の中身はつかみきれません。ヘーゲルの「精神」については、やはり宿題です。〔学問について〕ヘーゲルは、上記の4の規定を述べて、これを「論理」展開にして、主題を「精神」論から「学問」論に移つらさせていきます。その「学問」論の冒頭ですが、次の指摘から始まっています。P016「『絶対的に自分の外に出ていきながら純粋に自己を認識するという』、このエーテル(活動の場)そのものが、学問のおおもとであり、知の一般型である」。これが、大よそものごとを知る一般的な形だと言っているわけです。さらに続いて、それは「知が生成してくる運動を通じてはじめて、完成する」と強調しています。〔精神現象学について〕じつは、「この知を生成してくる運動」こそが、大事な点です。P017「こうした学問ないし知の生成過程を述べるのが『精神現象学』である」、と『精神現象学』の内容を規定しています。ヘーゲルがこの『精神現象学』・「序論」で言いたかった中心テーマの一つが、このあたりにあるということです。「知識が最初にとる姿、直接的な精神は、まだ精神のないものである感覚的意識である。そこから本来の知識にまで生成していき、学問の純粋な概念を生み出すにいたるためには、意識は身を労して長い道を通りぬけなればならない。この生成が、その内容と途中で現れる諸形態とにおいて、いかなる有様を呈するか。ピストルから飛び出すようにいきなり絶対的知識から始めて、他の立場に対しては、興味がないと宣言するだけで済ましてしまうようなやり方とは、まったく異なっている。」シェリングをピストルにたとえて、それを討ち抜いたような有名なくだりです。次に、その『精神現象学』の課題です。P018「無教養な段階の個人から出発してこれを知へと導く、という課題は、一般的な見地から考えられねばならず、全体観をもつ個人-自覚した精神-の形成過程を考察することである。」知の形成過程の特徴を指摘しています。1、一般に、高い段階の精神においては、低い段階での存在の具体的様式は、目立たぬ契機になり下がっている。2、前に中心的な問題だったものは、今は痕跡をとどめるだけ。3、高次の段階の個人がたどるときは、復習するようなもの。4、個々人としては一般的精神が形成されてきた諸段階をたどっていかなければならないが、それは脱ぎ棄てられた、切り開かれ均された道程でのこと。5、かつての時代には成熟した人々が取り組んだものを、今では少年期の知識や演習、遊戯にさえなっている。過去に存在したものは、一般精神にとっては、すでに獲得された所有になっているが、個人においては、この精神は実体をなすにすぎないから、個人にとっては、それは外的なものとしてあらわれ、有機化されていない自然なのである。そして、≪冒頭に引用した部分は、ここの箇所で展開されていることがらです≫世界精神がたどった労働よりも、個人の負う苦労は軽減されている。1、即自的には事はすでに成就されているから。2、内容の現実性はもはや消去されて可能性に移され、その直接性は克服されている。3、ここの形態はすでに見取り図におさめられ、単純な思考規定になっている。4、すでに思考されたものであるからには、内容は個人の実体には自分の所有に帰している。したがって、5、もはや、個人の現存在そのものを即自的存在に変えてかかる必要はない。6、むしろ、すでに原初的な状態からも、現存在の場面からも脱して、思い出されるものとして内面化された即自的なものを、ただ対自的存在の形式に転換すればよいのである。原文の対象範囲が短い割に、この学習はだいぶ長くなってしまいました。今回はここまで、P019までとします。
2012年06月18日
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すでに梅酒を、仕込み過ぎているとは思っているのですが今日、6月17日(日)は、典型的な梅雨日和でした。夜半まで、強い雨音がしていたのですが。午前6時には、鳥の鳴き声がしていました。梅雨、6月は梅の季節です。 (6月10日)上の梅は、6月10日の小田原・曽我梅林の梅、白加賀です。梅まつりは花を楽しむのが主題ですが、時は移って、花は転じて実となりました。今が青梅の収獲時となっています。当方も、素人ながら、数本の梅を栽培しています。神奈川県西部・真鶴にあるみかん園、梅はその周囲にあります。曽我梅林のプロの農家と道楽農夫、その差は明明白白なんですが。本日、6月17日に、第二次の梅の収穫に行ってきました。本日の勤労の成果です。これで、約8キロあります。すでに、6月13日(水)に最初の収穫として、19キロを収穫していますから。その19キロは、この数日間に梅酒につけこみました。すでに御覧のとおりです。第一次分の収穫された梅は、6つの瓶につけ込まれました。それに加えて、今回の第二次収穫分の8キロが持ち込まれました。自然の生産力というのは、大したものです。一昨年は5キロの収穫でしたが、去年は25キロの収獲とのデーターがあります。ことしは、どうなるか。今回の第二次分の8キロですが、これも、梅酒造りで消化しようと思っています。ほかには、すべなしです。さらに、木には、まだ今回分くらいの梅の実がのこっています。従って、台風通過後の1週間後には、第三次の収穫が予定されるわけです。あとの実は、完熟させて、梅干しづくりに充てたいと思っています。6月は、梅雨の季節であり、以上のとおり、収穫の収穫の季節です。
2012年06月17日
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土壌改良の働き手、ミミズ6月16日(土)は雨模様、梅雨の典型的な日和です。休日農夫も雨にはかないません、今日はお休みです。今回は、6月13日のみかん園の様子から、ミミズの紹介です。以前にみかん園とその周辺の草刈りをしたのですが、その刈った草を、みかんの木の周りにドーナッツ状に置いておいたのですが。その草を、根付かないように、時々ひっくり返すようにしているのですが、今回も、一部をひっくり返してみました。すると、案の定、刈り草の下から、ミミズが何匹も出てきました。雨上がりの6月13日のことです。草をどけた後に、ミミズがいるのがわかりますか。大事なのは、ミミズのいるその周りの土を見てみてください。固くかたまった土ではなく、ポロポロの通気性のある土だということ、それがお分かりいただけるかと思います。じつはこれが、ミミズの果たしてくれた役割、成果なんです。春先は、春一番で人が、大汗をかいて鍬をふるってする中耕仕事ですが、ミミズは難なく、しかも根を傷めずにやさしく、自然に果たしてくれています。ミミズがやってくれている仕事は大したものです。以前はミミズをみると気持ち悪く感じていたんですが、こうした役割をみるにつけて、印象が変わってきました。受粉におけるミツバチのように、ミミズは土壌改良の功労者なんですね。かわいいとまでは思えませんが、ミミズさま、さまです。このミミズをねらって、みかん園には鳥たちもやってきます。地面をあちこち歩くキジバトもみかけますし、ヒヨドリもやって来ます。今回は、ムクドリをみかけました。これは東京八王子市の団地での写真です。畑では、なかなかじっとしていてくれないので、撮れなかったのですが、都会のムクドリは、群れをなしていて、なかなか逃げません。見張り番役もいるのでしょう。あちこち、わいわいがやがや、と、みんなで、にぎやかに餌ひろいをしていました。さぁ、明日は多少の雨が降ったとしても、第二次の梅の収穫に行ってきます。
2012年06月16日
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みかんの木は、花から幼果へかわりました6月13日のみかん園です。6月、この時期は、どうしても梅仕事が重点になります。なにしろ梅雨ですから。一番の基本テーマは、みかんの栽培の紹介のはずなんですが。果実の収穫は、6月の梅と、11-12月のみかんと、ちょうど収穫時が反対側になります。収穫期が重なったら、虻蜂取らずとなりますから、梅とみかんは、うまい相性になっています。この5月に一番たくさん花をつけたみかんの木です。傍目には、すっかり元の常緑樹に帰ったようにみえますが。ところが違うんですね。花が咲く前と、咲いた後とでは、枝先の様子が違うんですね。枝の先には、花の散った後に、小さな幼果がついています。ミツバチたちの勤労のたまものです。花がたくさん咲いた木には、やはり幼果がたくさんついています。この幼果は、このまま全部が生育するわけではありません。「ジューン・ドロップ」といって、まもなく生理落果があり、樹勢に応じて、大方は落下してしまいます。それに耐えた幼果がわずかに残り、それがその後、秋に向けて生育を開始するわけです。ことしは、全体としては、花のつき具合が少なかった感じです。そもそも花がつかないことには、実はなりません。この花の咲き具合からみて、去年は表年だったこと、みかんの収獲量も多かったんですね。それに比べて、今年は、「隔年結果」からして、裏年にあたり、秋のみかんの収獲量もかなり減るということです。工場生産と違って、残業して生産量を増やすというわけにはいきません。花の数以上に、後から実を増やすことは出来ません。みかん農業は、自然の力が大枠を制約しますが、みかんの木のコンディションを、除草や施肥で、整えてあげること、病害虫の禍害による歩留まりの減少を、なるべく抑えてあげること、そして、太陽の日差しの恵みになるべくあずかれるようにすること、こんなところが、みかんの手入れの内容となります。直近では、6月下旬に、梅雨の晴れ間に、カミキリムシ対策で、基幹に防虫剤を塗布します。それまでは、木を観察して、樹形を整えたいとおもっています。
2012年06月15日
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ラッキョウをすべて収穫しました6月13日、予定外でしたがラッキョウを収穫しました。ラッキョウを植えた場所を見たら、草だらけになっていたんですね。つい先日、草取りをしておいたはずだったんですが。ラッキョウの葉が枯れ出していたんですね。前回の様子です。今回は、草取りをしなければならなかったはずが、ついつい、ラッキョウ本体を全部収穫してしまいました。落ち着いて考えれば、もう一度しっかり草取りをしておくべきでした。あまりの変化に惑わされて、ついつい全てを収穫しちゃったんですね。これが収穫した全部なんですが。画竜点睛を欠きました。もう少し、我慢すればよかったんですが。収穫してみたら、ラッキョウの球根が、みんな小さくてスマートだったんですね。もう少し待って、葉が完全に枯れ切るのを待つべきでした。すべては後の祭りでしたが。持ち帰って、測ってみたら800グラムでした。これが、5株×3列、の収獲量です。さっそく、簡単漬けにしました。瓶の大きな割に、ラッキョウの本体が少ない。瓶の大きさは、収穫の期待の大きさを示しています。このギャップは、収穫時が早かったせいか、それとも、肥料などをろくすっぽしなかったせいか、さらには、連作の障害が出ているせいか、実際のところは分からないのですが。ちょっと残念です。しかし、まぁ、素人の栽培とはこんなものです。もし素人が、簡単に、りっぱなのを豊作してしまったら、農家のベテランの経験や技量が引き立ちませんから。そこが、プロと道楽との違いです。それに、こんなこともあろうかと、以前紹介しましたが、八百屋さんで、先日、2キロを手に入れて、すでに、すでに漬けこんではありますから。しかし、もうちょっと大きいのがとれて、自前のものでつけたかったですね、残念。
2012年06月14日
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今日の富士山と、梅の収獲6月13日(水)、梅の収穫に、真鶴に行きました。真鶴のみかん園の周辺には、梅の木が何本かあります。午前5時発でしたが、途中の平塚から富士山が見えました。夜中は雨音がしていたんですが、こうして富士山の姿が見えれば、今日の天気はまったく問題なしです。さらに走って、小田原からみた富士山です。大分、雪も解けて、霜降り状況になってきました。しかし、7合目くらいから上は、まだ雪が積もったままです。さて、今日こそは、梅の収穫を始めようと、出かけてきたわけですが。その対象の1本、梅の巨木です。収穫はこの木から始めましたが、隣の家々との境界を示していた木です。数年前に、広がっていた枝(幹)を、大きく切りました。一時は、ほとんど実がつかなかったのですが。ようやく、去年くらいから、復活です。少しずつ収穫できるようになりました。この木から、全部で6.5キロが収穫できました。実際は、もう少しとれているんですが、というのは、とにかく全てを収穫するようにして、その後で選果をするようにしています。果皮の表面に、潰よう病や黒点病などの傷があるものは、捨てるようにしています。自家使用ですから、それほど厳格ではありません。しかし、先日の曽我梅林の農家などからしたら、これらは、大きさからしても、品質からしても、まったくダメな部類です。本日の収穫は、全体の半分くらいでしょうか、全部で19キロでした。問題は、豊後の小木です。先日までは、たくさん実をつけてくれていたので、今年は、初めて収穫が出来る、と期待していたんですが。全部の実がだめでした。潰よう病でしょうか、全部がキズもので、それはすさまじいものです。先日、曽我の農家の方が、肩を落していたのは、このことだったんですね。明暗ともにある収穫でしたが、とにかく、第一弾の収穫としてとして、梅酒用に19キロが確保できました。
2012年06月13日
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続・今どきの曽我梅林、梅実の百景です6月10日(日)に小田原の曽我梅林に行ったことを、2回にわたり紹介してきました。今回は、お伝えしきれていない梅実の様子と、熟した梅の香りの紹介です。別所梅林の中心あたり、十字路の梅の木です。農家の方の好意で、写真をとらずに、梅の実をとったのは、このあたりです。梅の木の全景を撮ろうとすると、沢山ついている梅の実は見えません。大きな実がたくさんついているのを撮ると、梅の木全体は紹介できません。両方一つに撮ろうとするのですが、ダメ。接近してアップしたり、離れてみたり、実に悩ましい状況に陥ります。この木は、南高の木だそうですが、枝先にピンク色をした実がたくさんついています。その枝に接近して、綺麗な梅の実を撮ろうとしたのですが。こうした実が、木全体についている所は、やはり紹介できません。「南高」は、紀州で開発されたそこの特産種ですが、今や、全国に広がっています。当方も、園芸店で南高の木を1本入手して、植えています。南高は、梅酒にもよし、梅干しにもよし、実も大きくて、姿かたちもたいへん立派です。綺麗なピンク色が、一つの特徴でしょうか。辻の木は、その一つ裏手の木が白加賀です。白加賀は、青梅の美人ですね。こんな立派な梅ができたら、最高なんですが。梅酒用だそうで、6月13日が収穫の締切日だそうです。こんな綺麗な、立派な梅実が作れたら、当方なら、最高の幸せなんですが。農家の方によると、まだまだこの程度では不十分だ、と。おそらく、いろいろな種類を植えているのは、その実の特性を生かして、出荷用・梅酒用・梅干し用に使い分けるためでしょうが。もう一つは、収穫の時期を微妙にずらしているんではないでしょうか。単一栽培だと、収穫も一気に集中的になってしまうはずですから。だから、早め、中頃、遅めのものと、収穫期を分散させているためでもあるかと思います。梅の写真を今回も紹介しました。写真が、以前紹介したものとダブっていたら恐縮です。せっかくの、この美人を紹介し損ねたら、もったいないので。とにかく、ランダムに紹介しました。農家の方が、忙しい作業の手をやすめて、いろいろ教えてくれました。それによると、聞いた人の場合、一般的に、木1本から、優良実が5キロとれるそうです。他にノーマルなクラスの実が、40キロくらいとれるそうです。白加賀の青梅については、毎日100キロくらい、すでに1週間とり続けているそうです。白加賀の青梅の収獲は、6月13日が農協の締め切りだそうです。もうひと方によると、今年は、防除の対応が、気象変化に対応できず、そのため病気果の比率が高い。春先の寒さのため、ミツバチの活動が不活発で、受粉がうまくいかなかった。収獲量が少ないのに加えて、さらに潰よう病や黒星病にかかった梅が多く出た。あまり思わしくない今年の梅の収穫だ、と。その方から、サンプルで梅実をもらったのですが、潰よう病の実とはこうしたものと、サンプルを1個もらったのですが、その実が、1日、2日おくうちに、今、黄色く熟してきました。すると、梅の実が、いま机の上で、抜群の香りを漂わせ出しました。梅の実の香りは、じつによい香りですね。疲れていた気持ちを、大きく癒やしてくれる力を持っています。以上、6月10日小田原・曽我梅林からの便りでした。
2012年06月12日
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昨日の続き、小田原・曽我梅林をたずねる6月10日(日)に、昨日紹介しましたが、曽我梅林をたずねました。当方にとって梅は、真鶴のみかん園で、成木を2本と幼木を何本かを栽培しています。そもそも、みかんの木自体の栽培について、四苦八苦してきたわけですから、梅の木の栽培が視野に入ったのは、最近のことです。梅の栽培の知識については、なおのこと、知らなかったのですが。近くに、梅の名所・小田原の曽我梅林があったわけですから、その派生的な周辺での栽培だったわけですから、その「メッカ」をたずねるのは、当たり前のことでした。曽我梅園は、今は梅の収穫で忙しい。6月13日締め切りの、白加賀を中心とした青梅の収穫で大忙しでした。その白加賀の実です。写真をとっていたら、「その木の実をとっていっていい」って、言われたんですね。カメラマン失格です。写真をとらずに、白加賀をとることにしました。見事な梅でしょう。実に見事な梅です。「とっていっていい」とのことで、ナップサックの荷物を整理していたら、「袋が必要なら・・・」と、ビニール袋まで提供していただくことになりました。撮影を中断して、梅の実狩りとあいなったわけです。かえってはかってみたら、3.5キロもありました。さっそく、持ち帰って梅酒造りでした。今年の梅酒づくりの第一号です。2,3人の梅農家の方に話を聞けました。今年は、春先まで寒かったので、早めの梅も、遅めの梅も、一気に大きくなりだした。それが急速だったので、予定していた病害虫の駆除が、栽培の参考にしているJAの栽培カレンダーのようにはいかなくなくなった。このため、潰よう病や黒星病などの被害が多くなってしまった、とのこと。潰よう病の実です。梅の実をよく見ると、こうした病果が多々出ている、というんです。こうした果実が多くては、いくら沢山なっても、商品化率が低いというんです。一見すると、どの木も、見事な梅の実がたくさんついているんですが、農家の人たちの目からすると、きびしいもので、問題が大きいようです。それにしても、立派です。当方で、こんな実がついていたら、天にも昇る心地なんですが。これが、いただいた白加賀、その実の木についていた時の様子です。「こんなの、たいしたことないよ」って言うんですから、すごいものです。さらに、「向かいの木が南高だよ」と聞いて、その木を撮りました。南高は、青梅でよし、少しおいて熟させ梅干し用にしても良いとのことでした。南高の実です。梅雨の時期は、うっとうしく敬遠されがちな時期ですが、梅の栽培にかかわると、まったく違ってみえてきます。まして、近くに曽我梅林があるということは、小田原・曽我と真鶴は、同じ西湘地域ですから、曽我梅林の農家に梅栽培のノウハウを学ぶこと、これも、みかん栽培についで、大きなテーマとなっています。これからが、楽しみです。梅が取り持つ交歓のはじまりです。
2012年06月11日
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6月10日の小田原・曽我梅林です関東は6月9日に梅雨入りしましたが、梅雨といえば、文字通り「梅」の季節です。6月10日、午前中は仕事でしたが、その帰りに、新宿から新松田へ、そして下曽我へ。梅の産地、小田原の曽我梅林に出かけてみました。御殿場線の下曽我駅、帰りの4時過ぎです。梅まつりの花見の頃とは、大分様子が違って、駅はいたって静かで、農家の人たちは梅園のなかでした。曽我梅林の玄関口、JR御殿場線の下曽我駅です。駅のすぐわきには、「梅の里センター」があります。ここがいわば梅の案内センターです。ここで梅について紹介した冊子と、梅林の地図をもらいました。下曽我駅から5分くらい歩くと、水田の先に梅林が見えてきました。曽我梅林は、35,000本の梅林です。今が収穫の始まりで、農家の方は収穫で、大忙しです。近づいて見ると、1本1本が、かなり太い幹です。これは「十郎」という梅の木だそうです。農家の方が収穫作業をしていたので、少し話を聞けました。今が梅酒用の青梅、白加賀の収穫期とのこと。6月13日がJAの青梅の締切日だそうです。その梅の実の、大きくてりっぱなこと、綺麗なこと、さすが梅の産地です。どの木もみな粒ぞろいの実がたくさんなっています。今年は、春先の寒かったこともあって、早い梅も、遅い梅も、ここへきて急速に成熟し出しているとのこと。短期間に状況が変わる中で、病害虫の駆除の対応がたいへんだそうです。つぎのは、特産の「十郎」です。これは、7月中旬にかけて、収獲するとのこと。成熟させて、梅干し用にするんですね。当方も自家用にささやかな梅をつくっていますが、プロの生産者と、素人の栽培とでは、やはり、その出来は天と地の差です。それにしても、生産農家の方の話は、いろいろ貴重なものがありました。さて、当方もいよいよ収獲の開始です。6月13日には、梅酒用の青梅から収穫を開始します。
2012年06月10日
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関東の梅雨入りと、サトイモの現況です6月9日(土)は朝から雨、関東の梅雨入りが発表されました。朝から雨が降っていては、足止めで、外に出ることはなし。そこで、紹介しそこねていたサトイモの近況を紹介します。5月26日の、最近のサトイモの様子です。 (5月26日)まだ小さいけれど、特徴的なサトイモの葉が形をなしています。ドサクサまぎれに踏みつぶさないようにと、まわりの草を除草をして、発芽が目立つようにし、さらに、「足元注意」の印をしておきました。このサトイモは、3月21日でしたが、7個の種イモを植え付けたのが、ことはじめでした。 (3月21日)陽気が温かくなるころ、「春分の日」を目安に、その前後に植えつけるようにしています。種イモは、昨年12月に収穫した中から、しっかりしてそうなのを残しておいたものです。みかん園のすき間につくったミニ菜園ですから、30センチ四方で、空いてそうな所々です。せいぜい7個の種イモを植えれば、それだけでいっぱいです。植えた場所は、注意するように杭で印をしておきました。変化を見つけたのは、約60日後の5月19日でした。 (5月19日)雑草の中に埋もれていたんですが、周りの草とはちょっと違った芽を見つけました。印の杭をしていたのは正解でした。それがなかったら、雑草一般とともに除草されていたかもしれません。多少、日にちがずれても、100パーセントの発芽率です。発芽に関しては、完全に失敗知らずです。その後の生育ですが、発芽したのを見つけてから11日後、5月30日のサトイモの近況です。 (5月30日)すっかり様になっています。サトイモは、梅雨の前の時期に、時々降る雨で、葉と茎をどんどん大きくしていきます。雨が好きなんですね。今日から梅雨に入って、ますます大きくなるはずです。雨が降ると、ひとは外には出たがりませんが、雑草とサトイモは違います。この梅雨の雨が大好きで、この時とばかり、生き生きとしています。今日あたりは、サトイモの開いた葉の上には、きっと大きな雨雫をのせていることでしょう。これから梅雨空の下で、ますます生育の速度を速めてくれることでしょう。サトイモの収獲ですが、寒くなって、大きな葉が枯れこむようになる11月、12月です。手入れといっても、せいぜい寄せ土くらいで、放ったらかしですが、それでも、12月には、間違いなく美味しい小芋を収穫させてくれます。
2012年06月09日
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お茶の木に復活の兆しがでてきています6月2日の草刈りの時のことですが。お茶の木の中に、復活の兆しが出ている木がありました。 (6月2日)以前に紹介しましたが、神奈川県真鶴・湯河原では、昨年から放射能の残留数値が高かったそうで、今年の4月12日には、お茶の木を、収穫せずに、中切りすることが要請されました。 (4月12日)JA主催で講習会があり、「中切り」とは、ここまで切るんだよ、とモデルが示されました。当方は、せいぜい茶葉にして2キロくらいの生産ですから、数のうちではないのですが。茶葉2キロというと、製茶になると300グラムくらいがとれます、自家用なんですが。それでも、足柄茶の地域にあるものとして、地域の連帯責任として、ささやかな当方も「中切り」を実施しました。 (4月18日)5ミリくらいの枝まできりましたから、丸坊主です。ここまで切ったら枯れてしまうのではないか…、心配していたんですが。5月16日に、かすかな兆しでしたが、なんとか小さな芽を出している木を見つけました。 (5月16日)小さな芽が分かるでしょうか。季節は5月から6月へ。この時期は、ひと雨降るたびに雑草の繁茂がありますから、みかん園とその周辺は、毎回、草刈り仕事に忙殺されていました。6月2日でしたが、土手の草刈りをしていたときに、お茶の木の下側も草刈りしました。 (6月2日)お茶の木の下回りの草を刈っていったのですが。その時、お茶の木を見上げたら、最初の写真のように、新たな芽が出始めているのに気がつきました。やれやれでした。中切りで枯れてしまうこと、それはなかったわけです。となると、問題は、どうしたら早く、お茶の木の生産性を回復するか、ということ。ここまで中切りすると、もちろん今年はダメですが、ある程度の茶摘みができるまでに、私の経験では少なくとも3年はかかります。それでは困るわけで、どのように手入れをしたら、早期に普通の量の茶摘みが出来るようになるか。今回のような経験は、中切りの荒良治の体験は、これまで皆無で初めてすから、これから、ベテランの人たちの知恵を借りて、お茶の木の生産力をいかに早く回復するか、そのことが、もっかの大懸案になっています。東電と政府・財界に、この苦痛の、たとえ一端でも、にがい実感を、しっかり感じさせたいものです。
2012年06月08日
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6月7日、ラッキョウの簡単漬けをつくりました最近の、当方のラッキョウ畑です。 (5月26日)みかん園のすき間、1平米くらいのミニ菜園です。この方は、もっとラッキョウが大きくなるように、まだまだ「待ち」の状態です。5株×3列植えてありますが、はたしてどのくらい収穫できるでしょうか、わかりません。東京・板橋区の八百屋さんには、泥ラッキョウが売りに出されました。1キロで480円でした。 (6月7日)当方の収穫がすくなかった場合に備えて、本日、ついに、職場の帰り道に購入してしまいました。当方は、ラッキョウの簡単漬けをつくるのが、近年では、この時期の恒例になっています。昔は、年配者がつくっているのを横で見て、「年寄りの道楽ごとだ」と、馬鹿にしていたんですが。自分も年寄りになったということでしょうか。最近では、すっかり評価が変わりました。日本の四季にあった健康食だ、と。この時期が来るのを楽しみにしている次第です。定番は「ラッキョの簡単漬け」ですが、そのレシピです。(ラッキョウ、約1キロの場合です)1、皮をむき、水洗いする。2、洗ったラッキョを10秒間お湯でゆがく。 お湯きりして、水に入れずそのままさます。3、水150cc、氷砂糖250グラムを沸騰したら、火から下ろす。 荒熱を取り、純米酢350ccをくわえる。4、ラッキョを焼酎で消毒した瓶に入れ、3の甘酢をかける。5、最後にさらに氷砂糖と赤とうがらしを加えます。2週間おいておくと出来上がりです。これは、いま、仕込んだばかりのものです。 (6月7日)2キロ分、ちょっと欲張りすぎて、容器にいっぱいになっちゃいました。これで、最悪の不作だった場合への備えができました。去年に漬けこんだ分は、ここにきてちょうど底が見えだしています。 (6月2日)自前のは、ラッキョウがスマートです。しかし、美味しいんですよ。さらにラッキョウの付け汁ですが、焼酎と炭酸で割ると、飲み物として、これも美味しいんですよ。市販のものとは違って、水っぽくないですから。これが、夏の暑い時期を乗り切るに、適当な健康飲料になります。今の時期、これからが、ラッキョウの旬です。時を逃さないように、是非お試しあれ。
2012年06月07日
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第3回 ヘーゲル『精神現象学』の「序論」を 読んでみませんか 6月6日、台風3号の通過で、関東は朝から雨がパラつく天気でした。梅雨が近づき、いよいよ梅の季節ですが、今日は休みです。おかげで、『精神現象学』「序論」の続きです。ヘーゲルは「序論」のP010で言っています。〈『精神現象学』(長谷川宏訳 作品社)のページ数です〉『精神現象学』の各論に入る前に、この「序論」で、一般論として、ものの考え方のおおよそを示しておくことは、理解を助けることにもなるだろう、と。ようするに、「序論」のここから先は、ヘーゲル自身の意図として、『精神現象学』を読み解いていく上で、「おおよその考え方」であり、アドバイスでもある、というんですね。P011 まず、最初にして、最大級の強調点がされてます。「わたしの理解するところによると―といっても、その当否は体系の記述を待って判断するほかはないが―、真理をめぐる一切に関する重要な点は、真理を「実体」としてではなく、「主体」としてもとらえ、表現することである」。もっとも、こう一般的に言われただけでは、一体何を言っているのか、その意味はわかりません。がしかし、ここにヘーゲルの一番根本的な考え方がありそうだということは、伝わってきますが。そこで、今回は、この点を理解することに集中してみたいと思います。(ところで、この「実体」とは何か?何をさしているのか?『哲学辞典』によると、〈すべての存在するもののもとにあって、これらのものの性質の変化やその諸現象にもかかわらず、変わることなくつねに同一にとどまり、これら存在するものを担っているものをいった〉と説明されていました。ギリシャ哲学では、実体の概念には変遷がある。「有」、「イデア」、「主語」、「基体」など。)ヘーゲルは、すぐそのあとで、「実体」についてのとらえ方について、述べてます。1.神を唯一の実体としてとらえる考え方(スピノザ)、2.思考を思考として確立するという一般論(カントやフィヒテ)、3.思考と実体との統一を直観ではたそうとする考え方(シェリング)、この3つの考え方があること指摘しています。こうした個人名は名指しはしてないのですが、同時代者にはそれが誰の説をさしているか、すぐわかったそうです。こうした前提となる歴史をふまえて、ヘーゲルは、自分の考え方の特徴が「実体を主体としてとらえ、表現する」との点にあることを強調しているわけです。さらにヘーゲルはこの「実体を主体としてとらえる」について、さらにたちいった言い換えをします―「生きた実体こそ、真に主体的な、いいかえれば、真に現実的な存在だ」と。ヘーゲルは、ここが大事な点だとして、説明しています。P011 実体が「生きている」とは、「実体が自分自身を確立すべく運動するからであり、自分の外に出ていきつつ自分のもとにとどまるからだ」と。また、実体が「主体である」ということは、「そこに純粋で単純な否定の力が働き、まさしくそれゆえに、単一のものが分裂するということである。が、対立の動きはもう一度起こって、分裂したそれぞれが相手と関係なくただ向かい合って立つという状態が否定される。こうして再建される統一、いいかえれば、外に出ていきながら自分をふりかえるという動きこそが-最初にあった直接の統一とはちがう、この第二の統一こそが-真理なのだ。真理はみずからを生成するものであり、自分の終点を前もって目的に設定し、はじまりの地点ですでに目の前にもち、中間の展開過程を経て終点に達するとき、はじめて現実的なものとなる円環なのである」と。ここに述べられた考え方、洞察が、ヘーゲルの根本的で基本的な捉え方になっています。ヘーゲルは運動する実体を、主体的な実体を強調しています。ここでは、まだ端的に「指摘された」程度ですから、私などは、分かったような、わからないような、半信半疑ですが。この後に、この基本的なとらえ方が、さまざまな形で展開されていきます。(ヘーゲルは、ここで「弁証法」という言葉こそ使っていませんが、第一回では、「量から質への転化」、「飛躍的な変化」が捉えられ、説かれていました。この第三回では、ここで「単一なものが分裂する」、「否定の否定」が、このように生き生きととらえられ、説明されています。)〔ところで、ヘーゲル「序論」について、一つ参考になる小論をみつけました。『時代に生きる思想』(真下信一著 新日本新書 1971年刊)の中にある小論ですが、「私の古典-ヘーゲル『精神の現象学』-」という文章です。以前に、NHKの「私の古典」というFM放送番組で話したものだといいます。ヘーゲルの「序論」についてはいろいろな解説がありますが、これは短いけれど、一番丁寧に核心にせまっているように感じます。今回、読み返してみてわかったのですが。ただ、出版社に問い合わせたところ、「新書についてはすべて廃刊になっている」とのことでした。残念ですが。〕P012 前述の事がらを「即自的」と「対自的」ということで説明したのに続いて、今度は、「本質」と「形式」という形で、ヘーゲルは述べています。「形式と実在は同じだから、形式は省略してもかまわない」という考え方から、「原理や直観さえあれば、その原理の実現や直観の展開をしなくてもよい」との考え方を、ヘーゲルは批判しています。「実在が把促され表現されるためには、たんに実在として、すなわちたんに直接的な実体として、あるいは神的なものの純粋な自己直観としてばかりでなく、同時に、形式として、しかもその豊かな展開の全体において、把促され表現されるのでなければならない。そのことによってはじめて実在は、現実的なものとして把促され表現されることになるのである。」(『世界の名著』山本信訳 中央公論社から) 「真理とは全体のことだ。全体とは、本質が発展して完成したもの以外にはない。絶対的なものについて、それはその本質からして結果として出てくるものであり、最後にいたって、はじめて本来のすがたをあらわす。この言い方のなかには、絶対的なものがみずから生成していく現実的な主体であることが示されている。」ヘーゲルはすべてを論理展開で示そうとするきらいがあります。ここで、いきなり「絶対的なもの」ということが出てきて、読む者として戸惑わされるのですが。この前後を読んでみると、絶対的なものとは、「必然的に出てくるもの」、「原理」といった内容になるかと思います。「はじまりとしていきなり口にされる原理―絶対的なもの―は、一般的なものにすぎない。最初に直接に頭に浮かんだものにすぎない。〈そうした言葉以上のものは文の形にあらわされることになるが、それにはいったん外に出て行ってまた還ってくる、という媒介の過程が必要なのだ。〉」 ちょっとわかりにくいので、〈...〉を山本訳にみると、「こうした言葉より以上の内容をもつもの、したがって、一つの命題になることさえも、他となることを含む。この他となることは、もう一度取り返さなければならないのであって、そこには媒介が成り立つ」となっています。そして、この「媒介」ということについて、説明しています。「媒介とは、自己同一のものがみずから運動することにほかならず、おのれとむきあう自我がむきあうなかで自分に還っていくという純粋な否定の力であって、運動という点だけからみれば、単純な生成の運動なのである。」最初に紹介したP011「生きた実体こそ、真に主体的な、現実的な存在だ」ということを、意味が重なっていること、いろいろな角度から説明しようとしていることが見て取れると思います。 ここには、人間の認識の仕方、認識を深めていくすがたがとらえられていること。それが根本だと説明しようとしているようです。今回は、P013、ここまでとします。
2012年06月06日
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みかんは花が散り、幼果がつきましたみかんの花の季節は終りました。木の下には、落ちた花びらがたくさん散っています。花びらがきえて、みかんの木は元の常緑樹にもどりました。しかし、よく見ると、花の後には小さな幼果がついています。 (5月30日)『万葉集』巻第八・1489で、大伴家持は歌っています。 我が宿の花橘は散りすぎて 玉に抜くべく実になりにけりこの歌は、みかんの木のこんな様子を歌ったのではないか、と想像されます。「玉に抜く」との表現が、よく特徴をとらえているのを、感じさせられます。 (6月2日)花の季節は終りました。さらに、巻第十・1969からです。 我が宿の花橘は散りにけり 悔しき時に会える君かも5月はみかんの花の季節で、沢山の花をつけていた木でしたが、6月ともなれば、曇りがちな梅雨のはしりです。雨でも降り、風でもふけば、「玉に抜く」幼果に、みかんの木は変わっていきます。この幼果は、6月は生理落果があり、その幼果の多くは落果してしまいますが、その試練をくぐった果実が、秋に向けて生育を始めていきます。それにしても、万葉人の歌は、かれらは都びと、都会人のはずですが、それにしては、なんとみかんの変化を、よくとらえていることでしょう。それだけ、当時は都会人でも、自然に近かったんですね。
2012年06月05日
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いよいよ梅雨近し、梅の季節です6月2日(土)に小梅を収穫したことは、紹介しました。いろいろな梅の種類の中で、小梅が一番先に収穫時をむかえます。収穫した小梅を計量したところ、全部で1.25キロありました。去年が、250グラムの収獲ですから、まずまずの前進です。梅の使い方についての、当方の虎の巻です。『梅干し・梅酒・うめ料理Q&A』(藤巻あつこ著 別冊週刊女性 主婦と生活社刊)当方の、梅酒と梅干し作りについての「虎の巻」です。小梅の使い方として、定番の「カリカリ漬け」にすることにしました。キズものの梅を除いたところ、正味1キロありました。さっそく、それを水に一晩つけて、つけてあくをとりました。そして、ようじでヘタをとりました。それを水切りして乾かせました。それに焼酎を半カップなじませて、塩がつきやすいようにしました。塩ですが、正味の10パーセント、したがって100グラムの塩を用意して、ふりかけてから、約3分間、かき混ぜました。あとは、容器に入れておくだけなのですが、1週間置けば出来あがり、とのこと。酢上りが均等に進むように、容器を、一日に一度は、傾けたり、揺さぶってやるとよいとのこと。まぁ、出来ればのことですが。去年、初めてカリカリ漬けに挑戦したのですが、なぜか、カリカリしなくて、しっとりしてしまったので、途中から梅干し作りに切り替えました。結局、カリカリ漬けは梅干しになってしまったのですが。梅干しとしては、時間はかかったものの、うまく出来上がりました。今年は、「小梅のカリカリ漬け」は、二度目の挑戦です。はたして結果は、意図した通り、うまく出来るでしょうか。それは、1週間後のお楽しみです。
2012年06月04日
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第2回 ヘーゲル『精神現象学』の「序論」を 読んでみませんか 前回は、「序論」(長谷川宏訳 作品社版)の全40ページのうちの、初めからP10まででひと区切りとして、そこまでを対象としました。今回も前回と同じで、そこまでを対象にしています。P10で区切ったわけは、そこにヘーゲルの次のような、ことわり書きがあったからです。「各論に相わたる前に一般論を提示しておくのは各論の理解を助ける意味もあるので、以下、ものの考え方のおおよそを示しておくのはむだではないだろう。」P10以降において、ヘーゲルは「序論」の主題、そこで意図するものが、『精神現象学』の理解を助けるように、一般論とものの考え方を示そう、と言っていたからです。では、そのP10のことわり書きの前の部分では、ヘーゲルはどのようなことを語っているのか。それは、「序論」の中の、さらにその序論部分となると思いますが、何を語っているのか。順次、抜き出してみました。一、冒頭に、哲学書で言いたいことは体系の中で示されるから、「まえがき」は不必要だと。(と言いながら、こうして長々と補助として前書きしていますが)二、目的や結論に完全に表現されるから、途中の展開過程は重要でないとの見方への批判。三、ある哲学が、同じ対象をあつかう他の労作と、どんな関係にあるのか。四、一般に、教養への学的認識の深める仕方。五、真理が明確な形をとっと存在するのは、学問的な体系でしかない。知が学問の形をとるのは内的必然性であり、同時に個人のきまぐれや、きっかけといった外的な必然性もあるし、時代がどのような学問を必要とするかとの点では、内的な必然性を問うのと同じになる。六、真理は概念の領域にしか存在の場をもたない。それはいまの時代の考え方と矛盾するが、人間精神の到達した現段階を考えると、そうした要求が出てくる。などなど。やはり、「序論」の前書きでも、同じ様に、一般論と考え方を提起しています。読者の思考が著作を理解するのに慣れるように配慮しています。あらためて提起されている点をみると、なかなか面白い。読み返すと、一つ一つが考慮に値する問題が指摘されていると思います。前回に引用した文章は、この六の部分に、その中に出てくるものでした。ヘーゲルにとって、知の内的な必然性をもって『精神現象学』を表現したというのですが、それは、人間精神の到達した歴史という点からも同じように、外的な必然性をもっていると、その点を自らの抱負をこめて述べています。さて今回は、前回の引用部分より前の方に戻ります。今回は、三、ある哲学が、同じ対象をあつかう他の労作と、どのような関係にあるか、この部分から引用します。P002 これは、「序論」の最初の部分にある「たとえ話」です。「真と偽は対立するものだと人が固く信じるようになると、既存の哲学体系に対しては賛成か反対かのどちらかしかないと考えられ、哲学体系の説明も真偽をはっきりさせることにしか意義を見いだせなくなる。人は哲学体系のちがいを真理の発展段階のちがいとしてとらえることなく、ちがうのはどちらか一方にしか真理はないと考える。それはちょうど、つぼみがなくなって花が開くとき、つぼみは花によって反駁される、というようなもので、それにならえば、実がなれば花は偽の存在だということになるし、植物の真理は花から見へ移ったことになる。それぞれの形は、たがいに異なるだけでなく、両立しえないものとして互いに排除しあう関係にあるというわけだ。が、それぞれを一つの流れとしてとらえれば、三つの形は有機的統一体の構成要素と見なされ、たがいに対立するどころか、どの一つも必要でないものはなく、三つが所を得ることによってはじめて全体の生命ができあがるのである。ところが、哲学体系がたがいに矛盾するとき、当の哲学者たちも矛盾を全体のなかに位置づけないのが通例だし、外から矛盾を概観する人びとも、一般的にいって、矛盾するどちらか一方が真だときめこむため、矛盾する双方を自由に行き来させることができず、したがって、対立し衝突してあらわれる形のどちら側にも必要不可欠な構成要素があることを認識できないのだ。」これもなかなかの名文です。しかも、ここでヘーゲルは、なんと粋な「たとえの話」を上げていることでしょう。つぼみから花へ、花から実へと、植物の生育していく過程を例にしています。実際にも、ヘーゲルが『精神現象学』を発表したことで、哲学者たちの間で大きな賛否の議論がまきおこったと思います。当時の社会的に通っていた見解を批判していますから。ヘーゲルの説明は、分かりやすいと以前にも感じたのですが、当方は近年にみかんの栽培をするようになって、ますますこの「たとえ話」が具体的で、「ふむふむ、なるほど」と感ずるようになっています。もっとも、当方の鈍感な頭には、この「たとえ話」については、関心をもち、わかったとしても、それによりヘーゲルはそもそも何を言いたかったか、その肝心な点が上滑りしているきらいがあるのですが。それにしても、こうした引用した部分を読むと、ヘーゲルという人は、たいへん分かり易い文章を書いているように感じます。ところが、著作本体にあたると全体の印象は違ってきます。実際の本文は、グダグダ、グダグダ...???で。ヘーゲルはいったい何を言いたいのか、言っているのか、分からないことに多々ぶつかります。それに対しては、当方は哲学に素養のない者との事情にもよるもので、それでもときどきは光を感じる箇所があるということで、納得できる限られた部分を引用しているわけです。著作の全体は、難解な叙述が続きます。じかに読んでいただければ、すぐにそれは、おわかりいただけると思いますが。ただ、どうもヘーゲルのこの分かりにくさというのは、読み手の側にだけ起因しているのではなさそうです。それだけでなく、ヘーゲルの考え方の中にも、無理なものを無理な仕方でまとめようとしていることも、原因として含まれているようです。したがって問題は、このヘーゲルの分かりにくさは、いったいどこからきているのか。その解明が求められます。同時に、この理解しにくい叙述の中で、彼はどのようなことを言おうとしているのか。その積極的な業績も明らかにすることが求められています。この点を吟味したのが、マルクスの『経済学・哲学手稿』の「ヘーゲル哲学批判」の作業だったわけです。マルクスは、「絶対知」の冒頭の部分を取り上げて、吟味していますが。さて、次回からは、「序論」の本体の部分に、P10から先へ進むことにします。
2012年06月03日
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草刈と小梅の収穫、そして湯河原温泉6月2日(土)、小梅の収穫をしました。空模様は、いよいよ梅雨の季節が近づいています。東京・八王子は雨があったようですが、小田原方面は曇り空でした。「梅雨」といえば、梅の収獲です。梅の収穫といえば、梅酒と梅干し作りです。梅にも様ざまな種類がありますが、その中で、小梅は一番早く収穫の時期を迎えます。その小梅です、なかなか良い色をしています。梅は収穫の時期を逃すと、地面に落下してしまいます。そうなると使い物になりません、収穫のタイミングが大事になります。小梅の他にも、南高、豊後、白加賀などの種類の木がありますが、それらは、もっか肥大化の最中です。収穫するのは、実がもう少し後の大きくなってからになります。青梅は梅酒用、成熟した梅は梅干し用に使うようにしています。そして、これもまた小梅です。同じ小梅でも、少し大きい。おそらく種類が違うのかもしれません。小梅の木は、他の梅にとって、実がつけるのに、受粉が促進されるので、それらの木々の間に、小梅を1本は植えておくとよい、と聞いています。今回、トップバッターの小梅が収穫されたということは、それほど遠くなく、梅の収穫が始まるということです。いよいよ梅の季節の到来です。さて、今年の出来具合はどうでしょうか。一昨年は凍霜害が発生し、去年は原発被害の発生です。小田原近辺の梅農家が、今年にかける思いは、「今年こそは」と、強い期待があると思います。当方も、容器をあけて、梅酒、梅干しの準備の開始です。さて、この時期は、梅雨の入口でもあり、時々雨が降ります。そうなると、雑草たちが、いっせいに繁茂し出す季節でもあります。今回の当方のもう一つの仕事は、みかん園の周辺の草刈りでした。みかん園の周辺の、土手の草刈です。左がみかんの木々、灰色に列をなしているのはお茶の木です。お茶の木は4月12日に中切りしたことは紹介しましたが、http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201204120000/中切りした後に、次の芽が確かに生え出しています。やれやれです。今回は、そのお茶の木の下のテラス部分を草刈したわけです。刈った草は、みかんの木の周辺に置くようにしました。今日は、小梅の収穫とこの草刈で、午前8時半から12時半まで、4時間の労働でした。もう、汗びっしょりの、ヘトヘトになりました。しかし、ここからが、楽しみになります。荷物をたたんで、隣の湯河原温泉まで15分、ひと走りです。これは、今日利用したところではないのですが。湯河原温泉の伊豆屋さんです。5月30日(水)に、立ち寄りで利用させてもらいました。その伊豆屋さんを紹介したブログがありました。http://www.geocities.jp/ku_konyoku0/izuyaryokan.htmlここは、野趣にとんだ露天風呂が名物でした。正面の管から、源泉が注がれていました。当方は立ち寄りですが、利用料は1000円でした。お聞きしたところ、館主さんは6代目とのこと。湯河原温泉の中でも、もっとも古い宿だということでした。これが、その館の正面玄関です。最寄りのバス停も「温泉場中央」ですから、このあたりが、湯河原温泉でも一番古い旅館街のようです。当方は、みかん畑の草取り仕事で大汗をかいた後は、たいがいは、湯河原温泉に移動して、汗と疲れを流すようにしています。おかげで、眠気なんぞも吹き飛んで、安全運転で、帰途に就くようにしています。まあ草刈りはやむを得ない仕事で、温泉はその後の楽しみ。楽しみがなければ、遠路出かけてきて、草刈り何ぞやってられません。小梅の収穫と、その後の温泉が、癒しとなりました。
2012年06月02日
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みかん栽培、5月のまとめ5月は、みかんの花と香りの季節でした。5月、まずは、待ちに待った甘夏の季節です。甘夏は、果実とつぼみが同時に見れるという不思議さをもっています。 (5月5日)甘夏は、いろいろな柑橘の種類の中でも、一番遅く果実が収穫されます。8月末のスダチに始まって、中心の12月のウンシュウミカン、それから、さまざま種類の柑橘類を楽しんできましたが、そのしんがりが甘夏です。甘夏の収穫の時には、その時点で、次期の花のつぼみがすでにふくらみ出しています。5月はみかんの花の季節ですが。今年のゴールデンウィークは、その6日には花のつぼみが広がりました。去年や、例年だと、その時点では、花が満開になっていたのですが、今年は、例年に比べて、開花が10日くらい遅くなっていました。 (5月6日)去年は、原発事故、震災とか、日本社会にはいろいろありましたが、その被害を、今に引きずり続けていますが。それでも、自然の力というは大したものです。日本の四季の変化は、多少の差はあっても、今年も見事に示してくれます。みかんの花の開花も、その一つです。 (5月12日)すべての苦労をいやす力を持っているが、花の開花です。ミツバチたちも、あちこち飛び回って、一生懸命に蜜を集めていました。ミツバチというのは、自然にみかんの受粉をさせてくれる、ありがたい益虫です。みかんと、人と、ミツバチは、共存共栄の関係です。5月19日には、みかんの花は満開になり、青空によく映えていました。 (5月19日)「みかんの花が咲いている・・・♪」心ない身にも、歌が浮かんできます。みかんの花が咲くと、花の香りが、あたり一帯にただよいだします。みかんの花の香りは、万葉人が衣にたきこんでいたくらいに、よい香りです。写真では届けられないので、残念なんですが。こうした5月の様子は、さわやかな風薫る-「はなたちばな」の季節なんですが、しかし、同時にこの時期は、いっせいに雑草が繁茂してくる季節でもあります。 (5月16日)それこそ、ひと雨ごとに、ぐんぐんと繁茂してきます。みかん栽培に限らず、おおよそ農家の作物栽培は、雑草との競争で、雑草をいかに抑えるか、これが最大の問題です。しかし安易に除草剤に頼るなんてことはしません。 (5月23日)当方は、鎌一本が、労働手段です。おかげで、刈った草は有機肥料になりますし、刈り取った草の下にはミミズが繁殖して、土壌改良をすすめてくれます。そのミミズを狙って、ムクドリなどの野鳥が集まってきます。みかん園は、野鳥たちの楽園でもあります。そして、5月の下旬には、みかんの花は散っていきます。 (5月23日)『万葉集』には、花の散る様子を歌った歌がたくさんありますが、これを見れば、納得です。みかんの花といえば、おおよそ花が咲かなければ、みかんの実はできません。みかんの花のつき具合は、秋のみかんの出来具合を占う、一つの指標となります。今年は、見事に花をたくさんつけた木も、中にはありますが、どうやら今年は、全体としてみると裏年のようです。全体として、花の数が少ない。それも仕方ありません。みかんも頑張った年の後には、休みの年がくる。表年と裏年が、交互に繰り返しているんですね、「隔年結果」といわれる現象です。みかんの木も、やはり休みの年が必要なんですね。といったことで、5月は、みかん園が、花と香りで、最も美しくなる季節でした。
2012年06月01日
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