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NHK杯、男子シングルが終わりました。何はともあれ村上選手、優勝おめでとうございます!本当に素晴らしい演技でした。あれだけ見事にジャンプが決まり続けるのを見たのも久しぶりのような気がします。GPS初表彰台が初優勝だなんてドラマチックですね。とにかく一躍村上大介の名が観客の心に刻まれる結果となったNHK杯でした。今後の活躍が楽しみですね。女子はグレイシー・ゴールド選手。GPS初優勝と聞いて凄く意外な気がしたのは私だけではないですよね?表彰台常連ではあってもなかなか届くことが出来なかった一番高い台。そのセンターにここ日本で、彼女自身大好きだと常日頃言ってくれている日本開催のNHK杯で立つ事が叶ったというのは彼女自身は勿論ですが、彼女の日本のファンにとっても凄く嬉しい事だったと思います。私もゴールド選手は大好きな選手の一人。彼女のあの満開のバラの如き美貌と華やかさには見惚れるばかりとしか言いようがないし、登場するだけでその場がパッと明るくなる天性の華は本当に凄いと感嘆する。スピードに乗ったまま思い切りよく跳ぶ彼女のジャンプは決まると実にダイナミックで気持ちが良く、爽快さを存分に味わう事が出来る。3Lz-3Tなんて、キムヨナのそれと殆ど双璧だと思う。冒頭ルッツのあの飛距離!今の女子では一番ではないでしょうか?見事の一語に尽きると思います。彼女の小気味よいスピンも私は大好きだ。美しいポジションを維持しながら難しい技をサラリとこなす事が出来てしまえる実力者、グレイシー・ゴールド。優雅さと豪快さという、併せ持つことが難しいであろうこの二つの要素を、絶妙なバランスで実に見事に体現することの出来る、素晴らしい選手だと思う。ローリーさんの力はやはり偉大だったね。ファイナルも期待しています。完璧な演技で輝くばかりのグレイシーが見たい!と完全にファンモードですみません。「ファン」とまで言える程彼女の演技が好きか?と聞かれればちょっと考え込んでしまうので恐らくファンとまではいかないと思うのですが・・でもやっぱファンなのかなぁ。ファイナル進出が決まった6選手の中ではやっぱり彼女が一番好きだし、優勝して欲しいと思うので。次点はリプニツカヤ。リプニツカヤかラジオノワかと言われれば、私は断然リプニツカヤなんです。彼女がリンクに立ち、演技に入った瞬間に空気が変わり、波紋のように周囲にリプニツカヤの世界が広がって行く。あのリプニツカヤならではの世界の創り方に私は完全に参ってしまうのですね。16歳の若さにして知っているんですよ、空間と時間を「支配」するということを。知ったというより「学んだ」というべきかも知れませんが(この件に関しては以前述べさせて頂きましたが)。今シーズンは中国杯で驚く位ジャンプにミスが出てしまい、またエッジエラーに対して厳しく採点する事になった為、昨季まで跳んでいた3Lz-3Tを外さざるを得なくなるなど苦労している様ですが、それでも彼女の創り出す世界に私は凄く惹かれるものがあるのでずっと応援していきたい選手です。彼女は一部で「ツンデレ」などと呼ばれているそうですが、そういう気位の高そうな所も私は好きです。自分を安売りしない、媚を売らない彼女はかっこいいと思う。これからもその「ツンデレ」振りを如何なく発揮して頂きたいものです(笑)。そして問題の羽生選手ですが・・またしても「羽生結弦」全開モードでしたね・・フリーの昨夜はまだ少しではありますが「まし」になっていたように思いましたが前日のSPでは・・負のオーラが漂いまくりで、あ~、こりゃダメだ、と一目見た瞬間にほぼ「確信」してしまいました。それにしても羽生選手は、一体全体何と闘っているのだろう?自分自身となのか、或いは金メダリストとしての自分となのか、部外者の一般人に分かる筈もないのだけれど、それにしても闘い「過ぎてる」と思ってしまいました。フィギュアスケートは確かに「自分自身との闘い」の競技ではあるけれど、それにしても余りにも必要以上に闘い過ぎておられますよね?SPの時はとにかく負のオーラが漂いまくりで、その余りにも張り詰めた空気が恐ろしくさえ感じられてしまった。顔色も凄く悪く見えましたし、それにまた一段と痩せておられたようにもお見受けしました。頬がこけ、元々小さな顔が益々小さくなったように見えましたし、手足が長くプロポーションに恵まれておられるのは良いことなのですが、なんだか針金で作った人形のようにひょろひょろに見えてしまって。昨夜のフリーでも後半スタミナが切れてしまったというような事を本田さんが仰っていたように思いますが、そりゃああれだけ痩せておられればスタミナも切れるでしょうよ。なんだか罠に掛かって逃げ場を失い、追い詰められた獣のようで、何故そんなにも真剣になり「過ぎて」おられるのだろう?と疑問を抱かずにはいられません。過ぎたるは及ばざるが如し。もっと肩の力抜いて行こうよ!肩肘張り過ぎだよ、と言いたくてなりません。人間は確かに「守る」立場になった時の方が遥に苦しいし、その「真価」を問われるものだとも思います。「追う」立場にある方が遥に楽なんです。追う人間は負けて元々だし、ノンプレッシャーの状態で、自分の事だけ考えていればいいだけですからある意味こんな結構な立場はない。しかし羽生選手は五輪金メダリストですから、これ以上ないという位「守る」立場に立つ事になってしまった。守るものだらけ、の立場に立たされる事になってしまった。彼に圧し掛かる重圧や如何に。部外者の一般人には想像だに出来ない程「重い」ものだろう。羽生選手は今、その重さに必死になって耐えているように見える。彼が闘っている相手というのは「重圧」なのか。常に五輪金メダリストとして見られること、それは素晴らしく誇らしい事であると同時に彼の身心に想像も出来ない位の重圧となって圧し掛かり、羽生選手の身体と心を蝕んでいくようにさえ見える。あの負けじ魂の塊のような羽生選手の事だもの、絶対に負けてたまるか、という思いが強すぎて、重圧と、それに負けまいとする彼の心がいたちごっごのような状態になり、出口のない迷路にはまり込んでしまったかのような印象さえ受ける。改めて思う。五輪金メダルを獲ったフィギュアスケーターの多くが、そのまま引退、若しくは休養、という道を選択されるのはこういう事態に陥ることを誰よりも知っておられたからではないか?と。羽生選手は私たちが想像も出来ない位「強い」人である。私はその事をよく知っている。だからこの闘いにもいずれきっと勝利を収めてくれる事と信じている。「バラード第一番」「オペラ座の怪人」が羽生選手の代表作で、一番好きだ、一番良かった、と後年語られているであろう事を願っている。
2014年11月29日
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「アスリートとして、止めて欲しい」、昨日松岡修三氏ははっきりこう仰いました。私も全く同じことを思いましたし、羽生選手のファンの殆ども、或いはたまたまテレビを見ていただけの人でも、多くはそう思ったに違いありません。けれども、羽生選手は演技をする事を選びました。私は身体中の震えが止まりませんでした。「感動」したのではありません。演技する事を選んだ羽生選手を「称賛」していたのでもありません。唯一つの事実、ごく当たり前の「事実」に改めて気づかされ、愕然とさせられたのです。ああこれが、「羽生結弦」なのだ、という事実に・・・恐らく彼は「アスリートとして」演技されたのではないでしょう。否、「アスリート」であるなどという意識があったとしたなら、演技を止めることを選択されていたと思います。恐らくあの時の彼は「アスリート」などという次元を超越してしまっていたことでしょう。そこにいたのは一人の人間、「羽生結弦」であって、彼の中に渦巻く様々な想いが演技することを選ばせた、そう解釈するしかないように私は感じています。彼を演技へと突き動かした想い、衝動というものは部外者である常人(一応・・)には理解しがたいものさえあります。誤解を招く表現かも知れませんが、ある種の「狂気」のようなもの、それが羽生選手に演技することを選ばせたとさえ言えるのかも知れません。実際「普通に」考えたら、あの状態で演技するなどということはあり得ないことだと思います。これが例えば4年間待ちに待った五輪の舞台だとか世界選手権の舞台だとかいうならまだ、分かります。けど、たかがグランプリシリーズの中の一試合でしかない訳です。しかも五輪の翌シーズン。五輪王者である彼が、どうして「そこまで」しなければならないのか?どうしてあんな状態でまで演技したいなどと思うのか?思わなければならないのか?彼の直後に演技したコフトゥン選手のインタビュー記事によると、辺りは血だらけだったそうです。テレビではそこまで詳細には分かりませんでしたが、どうもこちらが想像していた以上の「惨状」だったようです。私が羽生選手だったなら、速攻病院へ連れて行って!演技?んなもん知らねーよ!とこうなる事は必定です。なのに羽生選手ときたら・・いや案外、事故の当事者というものは冷静で、周囲の方が逆に色々ぶっ飛んでしまう、という所はあるかも知れません。実際演技後半の4回転をルッツに変更して来られたりして、あ~、意外と冷静なんだな、と感心させられたのですが。唯得点が出た後の彼の涙を見ていますと、いかに彼が「張り詰めて」おられたか、ということを痛感させられましたし、そこまでして何故?という思いをどうしても拭い去る事が出来ないのも事実です。でも彼にとってはそれで当たり前だったのでしょうね。そこに山があるから登るという登山家と同じく、そこにリンクがあるから滑った、演技した、それだけの事だったのかも知れません。これが「羽生結弦」なんだな・・私は今回嫌と言うほどその事を思い知らされたように感じています。彼は恐らく自身の全てを賭けてリンクに出ておられるのでしょう。全てを賭け、捧げておられるのでしょう。命を削って演技することに喜びを感じる、こういったレベルにまで行ってしまっておられるのかも知れません。これは最早フィギュアスケートを愛しているなどという次元を超えていると思います。狂気にも似た想いで「愛している」ということはあるかも知れませんが。そして私は羽生選手の生き様そのものに触れ、その余りの凄まじさに震えを覚えずにはいられなかった、という訳です。「凄まじい」、この言葉以外に思い付く言葉がありません。追記・彼は色々なCMにも出ておられるようですし、スポンサーへの配慮とか責任とか、そういう事情も勿論あるでしょう。応援してくれるファンの為に、という思いも勿論おありだったことでしょう。そういった諸々の事情はあるのでしょうが、それでも私は今回の羽生選手にはある種の「狂気」を見たと感じました。唯誤解して頂きたくないのですが、私はこの「狂気」という言葉に「称賛」の意味をも込めて使用しています。狂気=否定されるべきもの、などという単純な見方はしておりませんので、悪しからずご了承ください。
2014年11月09日
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