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欧州選手権を驚異的なスコアで初制覇したリプニツカヤ選手。本当におめでとうございます!今季は初戦から見事な演技を披露されていましたので、欧州選手権優勝という知らせにも、あぁやっぱり、という感じでしたけど、それにしても得点には驚きました。FS139点・・う~ん、ここに来てこの得点。これは恐いなぁ・・昨夏、私は「覇者になるのは誰か?」と題した記事を書きましたけど、あの時点で想定していた覇者は、浅田真央、キムヨナ、コストナーの3人でした。この3人が金メダル候補で、後はワグナー、ゴールド、鈴木明子、これらの選手がどの程度状態を上げて来るか、どの程度金メダル争いに加わって来るのか、が大きな見どころだと思っていました。リプニツカヤの事は、正直全く想定していませんでした。昨季、シニアデビューした彼女の演技は、確かに高難度ジャンプやスピンの技術は圧倒的でしたけど、如何せん肝心の「滑り」が拙く、まだまだ子供だと思ったし表現面も同じく全くの「お子様演技」だった。前評判の割には大したことないと思ってしまい、彼女が大きな脅威となって真央ちゃんの前に立ちはだかる、などと言う事態は、昨夏の時点では、正直全く想定していなかった。しかしリプニツカヤは、このシニアデビューのシーズンに、大きく学ぶところがあったのだろうと思う。ジュニアで圧倒的な成績を収め、自信を持って臨んだであろうシニアの舞台。しかしそこでは厳しい現実を突き付けられた。勿論彼女の演技は高く評価されはし、GPFへの切符も掴んだ。シニア一年目にして、凄い事だ。しかし彼女は(彼女の陣営は)このままでは「勝てない」という事に早くも気が付かれた。今のままでは勝てないと、勝つことは難しいという事に、昨シーズンの時点で気づいておられたのだと思う。ここが凄いと思うのだ。リプニツカヤは賢い。シニアの舞台でどうしたら評価されるのか、どうしたら「勝てる」選手になれるのか、という問題に、早くも答えを見出した。「滑り」の技術と、「表現力」を磨くこと。ジャッジの心を掴む選手になる事の意味の大きさ、に早くも気が付かれた。今季初戦、スケートカナダでの彼女の演技を見て、私は本当に驚いた。昨季とは本当に、あらゆる意味で「別人」だったからだ。勿論彼女の高難度ジャンプや彼女にしか出来ないもの凄いスピンは健在で、それはそれで凄い事なのだが、何と言っても「滑り」が別人のように進化していた。恐らくもの凄い努力をされてきたのだろう、と推察する。まだまだ「超一流」の滑りではないけれど、「一流」には近づいておられた。少なくとも「子供の滑り」では全くなくなっていた。昨季は正直見ていてもつまらないだけだった彼女の演技は、土台となる「滑り」が見違えた事で、別人のように煌めき、生命が吹き込まれたかのような印象を受けた。相変わらず小柄で見た目は完全に子供なのだけど、とにかく「一変」したのだ、風景が。リプニツカヤは変わった、否、進化した。これ程鮮やかに、目に見える変化、じゃない「進化」を成し遂げた選手を私は知らない。今まで見たことがないと思った。真央ちゃんの場合は、ゆっくりと、時間をかけて、気が付いたら何だか凄い高みに上ってしまっておられた、という感じで、今季のリプニツカヤのような「進化」とはまた種類の異なる進化だと思うから。「フィギュアスケート」のファンとしては、これ程嬉しい事もそうそうあるものではないと思った。これ程の才能に恵まれた選手が、「滑り」の技術を磨き、更に更に「表現」というものに対しても大きな拘りを持って、「参戦」して来る。これは本当に胸が高鳴る、大きな喜びだった。「語りかけるような演技がしたい」と彼女は言ったという。そういう想いは、確実に見ている方にも伝わるものだ。小さな身体を一杯使って、彼女は観客に語りかける。仔細に見れば、そりゃあまだまだ「子供の演技」でしかないところもあるけれど、それはある意味当然だし、仕方がない。それよりも私は、彼女には表現しよう、語りかけようとする意志が確固として存在し、それを実行に移せるだけの力があることに驚嘆している。言うは易し、思うは易しだけど、実際に競技の場で、氷上でそれを実行に移せるというのは並みの選手には出来ないことだ。リプニツカヤは確かに「天才」なのかも知れない。秀才を兼ねた天才と言う印象を受ける。これは凄いし、恐ろし過ぎる存在だと思う。確かに、プログラムに恵まれたという大いなる利点もある。ワグナーの事を思うと、余計にその思いは強くなる。「愛は真心」「シンドラーのリスト」、どちらも素晴らしい。「シンドラーのリスト」は彼女の代名詞となりそうな位の嵌りプロだし、リンクにハート?を書くところから始まる「愛は真心」にも私は心を鷲掴みにされてしまう。見れば見る程、彼女が細かい所にまで本当に気を配って、心を砕いて演じているのが分かり、この若さでよくもまぁこれだけの演技が出来るものだと感心するばかりなのだ。独特の「雰囲気」を持っているのも強いね。美少女と言うよりも「美少年」という風情で、侵しがたい「品」がある。「小さな貴婦人」と言った印象を強く与える少女。こういう雰囲気を持った選手というのもちょっと珍しいと思うので、そういう意味でも私は好感を抱く。彼女はさて、このまま金メダルに向かって突き進むのだろうか。金メダルはともかく、表彰台に乗れる可能性は非常に高いでしょうね。ロシア選手は、ソチのリンクを使って五輪本番まで練習出来るという、他国の選手にはない、大きなホームアドバンテージがあるのだ。これは大きい。唯、警備上の問題等でどの程度自由に使えるのかは分からないけれど・・あと、リプニツカヤにお願いしたいこと。仮に五輪金メダリストに成れたとしても、引退だけは、絶対にしないで欲しい。彼女の才能はまだ開花したばかり。これからどれだけ成熟して行かれるのか、どれだけ演技に深みが増して行くのかを、私はこの目で見届けたい。タラ・リピンスキーやサラ・ヒューズの三の舞?だけは勘弁して欲しい(リプニツカヤはジャンプに高さがなく、成長期を乗り切れるのか?という疑問もかなりあり、ソチ五輪はもしかしたら最初で最後の大舞台になりそうな気もするのだけど・・)。
2014年01月21日
コメント(4)
全米選手権では思うような演技が出来なかったアシュリー・ワグナー選手ですが、ソチへの切符は掴む事が出来、本当に何よりでした。もし彼女がソチに行けないなんて事になったら悲劇以外の何物でもないな、と思っていたので今回の全米一発勝負ではない、実績を考慮された選考は本当に良かったな、と心から思います。ソチでは是非、今回の悔しさを晴らして欲しい。会心の「ロミオとジュリエット」を見たいな、と思います。ところでその「ロミオとジュリエット」ですが、芳しい評価を聞く事があまり無いように思います。実際私も、良いプログラムだとはいまだに思えずにいます。しかし正直これは、ワグナー選手個人の問題というよりも、選曲、振付そのものにそもそも問題があったと思います。プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」ですよ・・この曲を見事に演じ切れる能力を持ったフィギュアスケーターを、私は想像することが出来ません。アイスダンス、ペアならもしかしたら可能かも知れませんが、シングルの選手でこの曲で滑り切れる選手は、ちょっと想像が付かないですね。私は正直浅田真央の「鐘」よりも難しい曲だと思っています。そして浅田真央なら、プロコフィエフの「ロミジュリ」を演じ切ってくれるかも知れません。けど他にこの曲を表現し切れるであろう選手というのは思い付かないなぁ。ワグナーは無難にニーノ・ロータの「ロミジュリ」で勝負するべきだったのでは?と思うし、そちらの「ロミジュリ」なら見事に嵌りそうな気がするのですけど、ウィルソンもチャレンジャーと言うか何と言うか・・・えっとすみません。何だか音楽に凄く詳しそうな物言いしてますけど私は音楽にも全く無知で、ど素人です。と言うか正直ど素人の域にすら到達していないと思います。全く分かりません。けどなら何でプロコフィエフのこの曲にはそんなに拘るのか?と言われれば、それは偏にこの曲がバレエ音楽であるから、という答えになります。バレエ「ロミオとジュリエット」には、様々な演出がありますけど、基本的にはプロコフィエフ作曲のこの曲で演じられるものが殆どなので、自然とこの曲にはそれなりの拘りというか、思い入れのようなものが出来てしまいました。なので最初はもの凄く楽しみだったのですよね。ワグナーがプロコフィエフの「ロミジュリ」を演じるなんて!と。ものすご~く難しそうだと思うけど、あえてこの曲を選択するという事は、自信もあるんだろうな、って。だって普通ならニーノ・ロータにするでしょ?それをあえてプロコフィエフで、というからにはワグナーもウィルソンも相当自信があるんだろうな、でなければプロコフィエフなんて絶対選択しないもの、って。ジャパン・オープンでのお披露目は、なのでもの凄く期待していた。今から思えば、相当ハードルが上がっていた。ワグナーの「ブラックスワン」も「サムスンとデリラ」も素晴らしかったし、勝負をかける五輪シーズンにこの曲を選択するなんて、相当自信がある筈、きっと素晴らしいものに違いない、って。真央ちゃんのピアノ協奏曲並みに期待でワクワクしていたのだ。けど・・・見ている間中、私は違和感に苛まれていた。編曲も酷いとさえ思ったし、振付もう~ん・・というしかない感じ。正直ワグナーが気の毒とさえ思えて来てしまった。「こんな曲」で滑らされるなんて、と。この曲が本来持つ、美しさと醜さ、深さと浅はかさ、総じて複雑さというもの、幸福と不幸とを織り交ぜたタペストリーのような、独特の魅力を放つこの曲の素晴らしさは全く表現されておらず、どころかあ~、一番ダメな使い方だな・・とさえ思ってしまった。この曲でロミオとジュリエットを表現しろ、と言われたって、そりゃ無理というものですよ。自分が超一流スケーターだと仮定して、それでこの曲で滑れと言われたら、拒否権発動します。それ位困難なレベルだと思います。この曲を表現し切れるであろうシングルの選手は、本当に真央ちゃん位しか思い付かない。彼女なら出来るでしょうね。普通とは逆で、彼女にはニーノ・ロータの方が難しいでしょう。今はこんなものだと割り切って見られるようになって来たので、最初の頃程の違和感は感じなくなりました。けど、方々でワグナーに対する評価(全くジュリエットに見えない云々)を拝見すると、正直彼女を庇いたくなるんですよ。彼女はよくやってる!この曲を表現するという事の難しさを考えて!って。いや私はワグナーの特別なファンでも何でもないんです。けど彼女は彼女なりに良くやってる、とホトホト感心するんです。「冒険」してもよいシーズンならともかく、五輪シーズンにプロコフィエフの「ロミジュリ」。ニーノ・ロータの「ロミジュリ」なら間違いなく嵌りプロになっただろうに勿体ない・・「王道」で勝負して欲しかったという気持ちは捨てきれません。しかし勿論、選択したのは彼女本人ですから、彼女の選択にケチを付ける気など毛頭ありません。ここまで来たら、演じきって欲しい、と切に思います。全米と言えば、ゴールド選手が素晴らしい演技を見せてくれましたね。彼女の「眠れる森の美女」は秀逸。オーロラを演じるのに、これ程相応しい人が他にいるでしょうか?素晴らしいオーロラ、理想的なオーロラ姫です。理想的過ぎて恐い位。こんなオーロラに会いたかった!「眠れる森の美女」を彼女の代名詞にして欲しいです。最高傑作にして欲しい。ソチで最高に輝くオーロラに会えますように!
2014年01月16日
コメント(7)
新年明けましておめでとうございます。2014年ですね。遂にこの年が来ました、運命の2014年。雌雄を決する2014年。あと一か月。ソチの地では、果たしてどのようなドラマが見られるのでしょうか。どのような結末が待っているのでしょうか。世界一の夢の舞台で、選手の皆さんはどのような夢を、私たちに見せてくれるのでしょうか。とにかく楽しみでなりません。どうか何事も無く、五輪が開催され平穏に幕を下ろす事が出来ますように。「平和の祭典」がその価値を貶める事がありませんように。それだけを祈っています。さて韓国選手権でのヨナ選手の演技を拝見しました。ゴールデンスピンから一か月、どれくらい調子を上げて来ておられるのか楽しみだったのですが、うん、良かったですね。「Send in the Clowns」は初見の段階でもの凄く気に入って、ヨナ選手の集大成を飾るに相応しい素敵なプログラムだと思いましたけど、「アディオス・ノニーノ」の方は、ゴールデン・スピンの演技では正直ちょっと良く分からない・・という印象でした。今回まだまだ完成形ではない事は承知していますけれど、それでもヨナ選手の「アディオス・ノニーノ」というものの輪郭は、大分はっきりしてきたように思います。あくまで個人的な印象ですが、私は「ヨナ選手らしい」アディオス・ノニーノだなぁ、と思いました。「清潔感のあるタンゴ」という表現がぴったりのように思えます。ヨナ選手の演技の本質って、「クール」とか「ドライ」という言葉で表されるのが一番相応しい表現であるように私は思うんですけど、アディオス・ノニーノでも彼女のそうした持ち味が生かされていて、結果非常に「清潔感」を感じさせるタンゴ、だったかな、という印象。べったりした情念とか、絡み付くような、身悶えする程の情熱とか、そういう世間一般が「タンゴ」というものに求める表現とはちょっと違うようにも思えますけど、私にはヨナ選手らしい、彼女の持ち味が発揮されたタンゴ、という事で、これはこれで素敵だな、と素直に思えるんです。勿論まだ発展途上にあるという事は分かっていますけど。ヨナ選手というと「007」が今でも強烈な印象として残っていて、ヨナ=「色っぽい」「色気がある」みたいに思われてるような印象もありますけど、キムヨナの本質は色気にあるのではありません、むしろ逆です。私は先程クール、ドライと言いましたけど、もっと端的に言いますと「冷たさ」にあるのではないか、と思っています。「硬質」と言うのが一番相応しいでしょうか。それは例えば、鈴木明子選手の演技を見て、何とも言えない幸福感に包まれる、あの感覚を思い起こせばヨナ選手の個性はよりはっきりするように思います。鈴木選手の演技の根底にある包み込むような「暖かさ」、「包容力」といったものを、ヨナ選手の演技を見て私は感じたことがありません。そして例えば、佳菜子選手の演技を見た時に感じる「情熱」、「血が滾る」といった感覚、こういったものもヨナ選手の演技からは伝わっては来ない。「表現力豊か」と言われ、「表現力」の代名詞みたいな存在になっているキムヨナだけど、彼女の表現の質って、他の誰とも違う、彼女独特のものなんですよね。彼女ならではの「冷たさ」がベースにあって、そこに色が乗せられていく。その色彩は非常に豊かで、「007」なら「007」、「レ・ミゼラブル」なら「レ・ミゼラブル」と、彼女ならではの世界となって見るものを魅了するのだけど、ベースはあくまで「冷たさ」だから、それが結果的には他の誰とも違うキムヨナならではの「表現」となって、「世界」となって現れるのだろうと思う。色の乗せ方がまた抜群に上手く秀でているものだから本当に他の誰とも違う、キムヨナでなければ創り出せない世界を、否、「キムヨナ」という世界を氷上に出現させてしまえる人なんだね。自分そのものを「世界」にまでしてしまえる人、そこにこそキムヨナの「凄さ」があるのだろう。あ、「冷たい」などと言っていますけど、それはあくまで「演技」において、という意味であり、実際の、現実のキムヨナ本人が「冷たい」などと言っている訳ではありませんので念のため。唯、「クール」で「ドライ」なのがヨナ選手の本質(だと私は勝手に思ってる)だから、だから「タンゴ」は正直ちょっと違うんじゃないか?と今季のプログラムが発表された時私は思ってしまったのだけど、そこは彼女一流の色使いでカバー?してくるんだろうな、と思っていたのね。けど昨日の映像を見た限りでは、まだ「色を乗せた」段階で、自由自在に「色を使う」「色を操る」という次元には到達していないように思えました。五輪で完成形を見られるのが楽しみです。そうですね、ヨナ選手は「優れた画家」のような人ですね。真っ白なキャンバスに、自由自在に色を乗せ、その色使いの妙に、観客は魅せられてしまう。その「画」をいかに味わうかは勿論見る人の自由だけど、私がヨナの「画」を好きなのは、やっぱり基本「さっぱり」しているからだと思う。私ってどうもつくづく「あっさり」「さっぱり」が好きみたいです(笑)。真央ちゃんしかり、パトリックしかり、小塚選手しかり。ヨナを「さっぱり」なんて言うと違う!って人多いかも知れないけど、私の好きな選手の系譜にバッチリ入ってしまう所を見ると、やっぱり彼らと同系なんだと思う。唯ヨナのヨナたる所以は、その「色使いの妙」にある。様々な色を駆使して自由自在に、作品ごとに異なる世界に染め上げてしまう。その「妙」を味わう事にこそ、キムヨナの演技を見る醍醐味があるのだと思う。既に完成の域にある「Send in the Clowns」ではしっとりと、情感豊かに「舞う」ヨナ選手が見られるし、「アディオス・ノニーノ」では清潔感ある、さっぱりしたタンゴを踊る彼女が見られるのは嬉しい。けど後者ではまだ「踊る」段階には達していないので、五輪では是非、「踊る」彼女が見たいですね。余談ですけど、「アディオス・ノニーノ」は衣装が本当に素敵ですね。キムヨナ史上最高の衣装じゃないか?とまで思ってしまう位、私は好きです。物議を醸したSPの衣装を変えてくるのかと思ったけど、逆でしたね。ちょっとびっくり。
2014年01月06日
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