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「素人の節度」、あるいは「大人の振るまい」というものについて 2. 「それじゃ犯罪被害者の立場はどうなるのか?」という反駁がすぐ出て来そうです。私は犯罪者に対して一意的にその罪を糾弾し、厳しい償いを求めることが出来るのは、厳密に犯罪被害者の肉親に限られると思っています。それ以外の人間は被害者家族の叫びに対して、充分心を開いていなくてはならないが、かと言ってまったく同じ立場に立ってはいけない、というか本来なり得ないのではないか?本人及び家族の痛みは本来当事者にしか本当には分からない、厳密には「共有することが出来ない」種類の事柄であって、それをあたかも同期出来たかのように振るまうのは、一種の「幻想=迷妄」に陥っている証拠なのです。 アウシュビッツの絶望と惨劇を、完全に同等の仕方で「共有」することなど、我々には絶対出来ないし、それを死者たちの前で言明することなど、想像も出来ないでしょう(ユダヤの遺族はそうした言明をする人たちを拒否するに違いない)。 しかし世の評論家諸氏あるいはマスコミの中には、被害者家族に完全に同化して一意的に犯罪者を糾弾し、世論を煽ることこそ自分たちの本分と考えて、一点の疑いも抱くことをしないという不思議な「権力思考」に陥っている人たちがいるのです。 こういう時、「果たして本当にこれでいいのか?」という疑問の立て方をしないということは、すなわち当該論件に関して「自分たちはひょっとして眼を塞がれているのかもしれない(大きな誤謬に陥っている)」という危惧を抱けないという意味で、とても危険な兆候なのだと思う。 かつて「光市母子殺人事件」で被害者家族が(もし裁判で加害者が死刑にならないならば)私的な復讐をすると宣言し、それに売れっ子弁護士(橋下徹氏)がのっかる形で、テレビでさかんに煽るということがありました。被害者家族に第三者が一意的に同化してしまった場合、どういう事態を出来させるかということについて、きわめて明白な事例をその後の経過は示しているのです。 一言でいえば「考えることをやめた大量の群集が、世の中を動かしてしまう」という事態です。この論件を真に引き受ける当事者が、ここには誰もいないじゃないですか。皆、責任を取るつもりがないから、無理矢理死刑に追い込むということに何の痛痒も感じない、というより「面白がっている」。私は「裁きの場」というのは、そういう形で遂行されてはいけないのだと思うのです。 近代法治国家の大きな特色は、「私的制裁(リンチ)」を当該主権国家内では認めないということでしょう。江戸時代は「仇討ち」という形で「私的制裁」が認められていました。つまり江戸幕府は近代法制には馴染まない国家だったということです。同じような意味で、19世紀西欧においては「決闘」が公認された社会であったことは忘れるわけにはいきません。私たちが採用している近代法制というのは、20世紀になってからの所産で、決してずうっと昔から「あたりまえ」にあったわけではないのです。 被害者遺族の怒りに「同情」は示せても、こうした発言がもし当事者から出て来た場合、社会はそれを諌める方向に向かわなければならないというのが、近代法治国家の考え方なのでしょう。ついでに言えば、個人の怨みを社会制度(法)が「代行」するというのは、必ずしも個人の怨みを全面的に社会が引き受けるということを意味しません。 否、むしろ被害者遺族に不満を残し、当事者双方から激しく批判を受ける場合も当然あり得るのです。それでも「法」の立場から事柄は処断されなければならない、というのが「近代法治国家」の本来的な在りようでしょう。したがって「裁きの現場」は、厳密に周囲の無責任な圧力から守られなければならないし、逆に裁く側はその結果を「引き受けなければならない」ということです。 橋下さんの言説で心配なのは、事あるごとに「民意、民意」と言い募るたび、では民意によって決めた事柄を厳密に「引き受けるのは誰なのか」というところが、もう一つ不分明な点です。まさか「民意で決まったことなのだから、後のことは(どうなろうと)私は知りません」ということじゃないでしょうね。ある種の「権威」あるいは「権力」を「附託される」ということは、結果責任は「附託された側にある」ということですよ。 「附託」とは、附託された側が結果責任を間違いなく取ってくれるから、権威や権力をそこに付与し信任するのであって、附託した側が責任を取るわけではない(取りようがない)。これは附託された首長が「引き受ける」べき事柄なのです。それは何も失敗したら辞職しておしまい、そこですべて「免責される」ということにはならない。何も無限責任が生じるということではありません。「説明責任」と「情報開示」は、辞めてからも事あるごとに問われ続けるということです。 これを全うするために(つまり後からの「説明責任」を果たすために)、場合によっては「民意」にそぐわない事柄も「引き受けねばならない」場合がある、これが「権威」「権力」が「附託される」ということの本質でしょう。 さて、しかしそうした「責任」の在りようについて、どれほどの日本人が理解出来ているのかと言えば、これは戦前も戦後もはなはだ怪しいという事になってきますが、それは前の「いわゆる戦争報道について」という項目で、長々としゃべって来たことでした。
2012.10.22
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「素人の節度」、あるいは「大人の振るまい」というものについて 「今どきの時局政局の話はしない」というこのブログの趣旨に反して、このところの「大津中二生事件」や「竹島」「尖閣」の報道を見ていると、マスコミ専門家諸氏も視聴者もどこまで「知的劣化」のスパイラルに陥っていくのだろうという懸念が頭をもたげて、多少は話せざるを得ないのかなと思ったりもします。 「中二生事件」に関しては、前に少し触れたことがありますが、本来継続的に厳しく分析されるべき、いじめる側の社会心理構造がなおざりにされて、「いじめられる側」へのサポートだけがまるで腫れ物に触るかのような態度で流される。確かに目下いじめの渦中にあって自殺を考えているようなケースは緊急を要する事柄であるとはいえ、そればかりを話題の中心に据えるのは間違っていると思う(何もサポートなど止めてしまえ、という話ではありません)。 前にも少し触れましたが、いじめられる側はそのパーソナリティー(人格)や行動には、本来何らサポートを受けるいわれは無いわけです。「とにかく逃げろ」だの「学校に行かなくて好い」だの、「いじめられている側」が自身の行動にあれこれアドバイスされ、自身の在りようを規制される理由は無いはずでしょう。 本人が学校に行けないような状況になっていること自体が異常事態なのであって、普通の学校生活が送れる状況を作るにはどうするかということが(実現可能性は別として)、思考の本筋としてまず置かれるべきなのです(逆に本人の自由意志によって、「登校拒否」をあえて選択するのは、周囲から何と言われようとこれは間違ってない)。 というような、まあごく常識的な思考回路が、あるいは我々の眼から閉ざされているのかもしれない、という嗅覚を持ち得ない今どきの風潮こそ異常ではないか? さて、いじめる側の「社会心理構造」と敢えて「学校」という文言を外したのは、おそらく「いじめの構造」は学校に止まらず日本一般の社会心理構造に通底していると思うからです。そのあたりをハッキリ指摘して「大人のマネはするな」と書いていたのは、私の知るかぎり経済学者の金子勝さんだけでした(私はこの人の普段の論陣には、ほとんど同意出来ないにも拘らず、です)。いわゆる教育評論家や文化人がなぜそれを指摘しないのか、私にはサッパリ分りません(子供社会は、そのまんま大人社会の反映なのです)。 ハッキリ言いますが、この問題をあげつらう大半の日本人は、我が身が「いじめられる側」であるよりは「いじめる側」の安全地帯に無意識に立って、ものを言い判断を下しているかもしれないということを充分に意識していない。少なくともマスコミに出てくる評論家諸氏のほとんどは、自身は「いじめられた側ではなかったはず」という奇妙な信憑に立って論陣を張っているのです。 でなければ、「とにかく逃げろ」だの「親に相談しろ」だのといった、はなはだ他人事めいた発言など出て来ないはず。私などどちらかといえば小学生の頃は「いじめる側」に属していたので、とてもじゃないがこんな乱暴な言動は怖くてようしません。このように「内なる邪悪」に気付かないまま、自身は世間に「無前提に所属しているはず」という楽観は、どこから出て来るのでしょう。 話が飛躍しますが、「いじめた側」が自分たちのいじめによって、もし相手を自殺に追い込んだのであれば、「いじめた側」の心の傷は誰がケアするのか?「そんなもの社会的法的罰を受けさせたら、そんで終わりや。後は知らん」で、はたしていいのか。 「そんなこと言うたかて、『いじめた側の心の傷』て何やねん。相手を傷つけても何とも思わん鈍感な奴やから、やってまいよるんやないか?何でそこまでいじめた奴に、気ィ使こたらなアカンねん。自業自得やないか、キッチリ自己責任取らせたら、ほんでエエんちゃうの」というのが、今どきの自立単独主義の世では模範解答なのかもしれません。しかしこれって、そのまんま「いじめる側の心理構造」と同じ物言いじゃないですか。 我が「内なる邪悪性」に気付かないほど、「いじめる側」は傷付いているということが肝心なのでが、指摘する側がそれに気付いていない。 しかし、中世日本の仏教には「我が身に潜む内なる邪悪性に気付かない無妙な『悪人』たちを、本人(いじめた側)がそれと気付くまで、どこまでも追いかけて来て掬い取ろうとする阿弥陀仏」のような在りようを信ずる考え方があったわけで、親鸞の「悪人正機」説もたぶんそうした文脈から出て来たものだろう、こうした「知恵」はたぶん「悪」に対して「悪」を以ってすれば、必ず我が身も無妙の淵に陥らざるを得ないことを、当時の日本人が経験的に知っていたことを示しています。 悪に対するには、結局「どこまでも『そこにある邪悪』に寄り添って、本人が邪悪の真の在り処に気付くまで、絶対この世から隔離しない」という覚悟が必要なのかもしれません。 という理路から、またまた飛躍するのですが、私は「死刑執行」には反対なのです。浮ついた「人権主義」とか外来の「博愛精神」ではなく、本人が気付くまで生かして置かなくては、それこそ映画の「セブン」じゃないですが「邪悪性の意のまま」じゃないですか。本人が気付くまでなんて「ありえへん!」と云われそうですが、実はそうじゃない。 それはじつは「悪人」のためにそうするのではない。生き物を裁く「痛み」にフタをしてしまおうとする「こちら側が掬われる」ために、そうしなければならないのです。 と、また小難しい話になってしまいました、すいません。
2012.10.20
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AGORA しかしよく考えてみると、スペインというのは昔から強権的な支配者に対して、例えばF・ゴヤとかP・ピカソのように「血気盛ん」な抵抗を示す天才を生み出して来た伝統があるわけで、この映画もそうした作法に倣っているのかもしれません。 因みに原題は「AGORA」、古代地中海世界において都市国家の「市場」あるいは「人の集会場」のような広場を指します。加えてWikipediaによれば、― 現代語においては、比喩的に複数の関連概念の交わる点か概念を指し、または文字通り複数の実際の道路が出会う地点を指す用語 ―ということで、まさしく古代的な多神教的秩序とユダヤ教キリスト教(イスラームはまだ登場していません)のような一神教が混在し、衝突する場としての意が込められているのでしょう。。 下は、有名なアテネのアゴラをアクロポリスから見降ろしたところ。 影になっているヘンな男は、もうお気づきかと思いますが、三十年ほど前の私。「顔出し」しても、もう「時効」でしょう。「じゃあこの写真を撮ったのは誰だ」ということになりますが、まあそれはここの話とは別。 というわけで、白色に統一されたリンドスの街と、はなはだ中世的な渋い茶褐色の石で組み上げられた城内、そしてわずかに大理石の柱廊だけを残す古代ギリシャの痕跡が混在する街を歩くわけですが、ここに来て私のわずかな記憶と、とてつもなく縦にも横にも広がった「古代地中海文明」の巨大なイメージに、おそろしく不突合が生じて来るのを感じないわけには行かないわけです。 そもそも最近のEUにおける南欧バッシングみたいなものに強い違和感を覚えたのが、ここのおしゃべりを思いついた初めだったのですが、話す都度、手軽に取り上げるにはあまりにも話が大きい、それこそ世界史的レベルの知識を総動員しないと、うかつな話は出来ないな、というのが実感なのです。 まあ、そんなたいそうに構えなくても、リンドス村やロドス市の(ちょうど本土から見て沖縄人のような)擦れてない住人たちのオモロイ話だけして、紀行文風に始末する手もあるのですが、私的にはそれではもったいない気がしているのです。 出来ればこの朝っぱらから家の前や、野外カフェでタバコをふかせながら、文字どおり「何もしない」男どもと、することがいっぱいあって忙しく立ち回る元気な女性たち、で、それとまったく関係のない顔をしながら、そこにニッチな生き方をキッチリ見出しているらしい野良犬野良猫たちの群れ。このお互いに「犯さず、犯されず」の距離感こそ「地中海的な秩序」ではないか、古代ギリシャ・ローマ的秩序はたぶん今のような「むやみに忙しがる」文明秩序とはかなり異なった地平から生まれて、あのようにも「歴史上最も平和な帝国」を長く経営出来たのではないか、という気がしているのです。 とはいえ、それを話するには私の知識はあまりにもなさ過ぎる。さらには「地中海史」というのは、こんな話は差し置いても充分面白いだろう。となれば、それらを充分「面白がった」うえで話したほうが、お互いに良さそうだということなのです。 それが何時のことになるのか、まるっきり見当もつかないのですが。― ギリシャについて おわり ―
2012.10.05
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「アレクサンドリア」 さて、私がそんなノホホンとした文明感を地中海全般に抱くというのには、もう一つには「アレクサンドリア」(2009年、A・アメナーバル監督)という映画があったのでした。何だかほとんど話題にもならなかったような気がするのですが、たまたま最近観る機会があって、その作り手側の反「権力」的姿勢に舌を巻いたものです。 詳しい中味はWebその他で見ていただくとして、概要は紀元四世紀末頃のローマ帝国(テオドシウス一世治下)末期のエジプトにおいて、言わば「地中海文明」最後の砦であったアレキサンドリアの図書館が、原理主義的なキリスト教徒によって破壊されていく経緯を扱っているのです。 で、その図書館の知性と理性の生きた象徴として描かれるのが、実在の女性数学者にして天文学者ヒュパティアHypatia(370年?-~415年3月)で、天文数学とジェンダー問題を歴史ものに混ぜ込んで、すこぶる今ふうの作りになっていますが、私が感心したのはこれがスペイン映画であるということでした。今どきのアメリカではたしてこういう映画が可能だったかどうか? イタリアと並んでいわばカソリックのご当地であるスペインで、このような映画が作られるということ自体が「奇跡」のようですが、それがけっこう彼の国で受け入れられたらしいということは、権威の権化ともいうべきカソリックの在りようを、わりと冷静に見つめている目線が、彼の地にはあるということを示しています。 ここで描かれるキリスト教徒たちは、明らかに非寛容な原理主義者、端的に今のアラブ原理主義者に同定出来るもので、ローマという「世界文明」が衰退期に入り、「寛容なギリシャ・ローマの神々」が当時の人々の現実に訴える力が無くなった時、異教あるいは異種異物は確かにこういう形で、世界標準の文明世界を侵食して行っただろう、と思わせるところがあるのです。 それはそのまま今の西欧を中心とした世界標準に対する、アラブあるいはアジア的文明観の浸潤の仕方という構図で、彼らには意識されているので、それをあえて自らの宗教の負の起源から描いていこうとする姿勢が偉い。ギリシャ・ローマ文明とキリスト教が西欧世界を根拠付ける二大精神として疑うことをしない、西ヨーロッパないしアメリカのごく一般的な構えに、これはかなり堅い「ヤスリ」をかけているわけでしょう。 ついでに言うと、この映画では当時のキリスト信者は同時にユダヤ人も排除しているのです。キリスト教の西欧世界への普及の起源がユダヤ人排斥の起源とパラレルになって発生しているというところが注目したいところ。 要は教義の中味の真贋よりは、教義を人が信じる仕方、信じさせる仕方の問題であって、これはどうも新興宗教や新興勢力が拡大していく時に、しばしば共通して見せる異種異物に対する「非寛容さ」を示していると思う。 私はこうした映画を観ていると、ここ最近何でもかでもEUのお荷物とひっぱたかれている南欧三国(スペイン、ギリシャ、イタリア)というのは、決してそんな一意的な決め付けで片付けられるほど生半な地域ではなかろう。むしろ今「世界標準」とされている文明観こそ、いかほどの歴史と信憑があるのかいな?と時に思ったりもするわけです。そういう意味でも優れた世界性を有した文学や映画を、一つも二つも持っているということが、いかにそれを生み出した地域や住人に対する外部からの印象を変えてしまうか、改めて考えさせられますね。 主演はイギリス出身のR・ワイズ、まあ何でも起用にこなす女優さんで、私的にはJ・ロウと競演した「スターリングラード」ぐらいしか記憶になかったのですが、今回はなかなか熱演。皆さんも一度見てご覧になってはいかが? 下は、リンドス城と村の全景。いよいよその中に入っていこうと思っているのですが。 ― つづく ―
2012.10.03
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リンドス村 さて、ロドス島に来たところで長いこと頓挫しています。べつに話が尽きたというわけではなく、むしろ面白いエピソードはこの後のほうが多いのですが、止まっているのはまったく個人的な理由からです。 この話を思い付いた時の漠然とした想念というのは、日盛りの午後に眠りこけたようなリンドス村の空気を思い出しながら、それこそギリシャどころかエジプトやメソポタミアにもたぶん連なっているらしい、古代以来の重層的な文明というものに、はたして一本の物差しをあてがって鳥瞰することは出来るのか知らん、ということなのでした。古代ギリシャが後付けの「白い文明」ではなく「彩色された文明」であったように、かつて地中海を制した「帝国」も、我々が後付けで何となく抱いている強権的な「帝国主義」感に曇らされているところがあるのかもしれないのです。 それというのも、ここ最近「ローマは世界史上もっとも平和な帝国だった」というような意味の言説を、何かで小耳に挟んだからでした。それが何の番組だったかハッキリ言えないというのもいい加減な話で、あるいは「幻聴」の疑いも無しとはしないのですが、まあいいじゃないですか。 帝国(Imperium)の語義は、フレッシュアイぺディアによれば、― 教皇などの王国外権力から独立していること、ならびに複数の国・勢力を支配下に治めている国家の称号 ―したがって、― 領域や政体によって「帝国」が定義されるものではない ―というわけで、必ずしも強権的な「皇帝」が広大な地域を統治する国家ということを意味しないのです。というわけで、ローマ帝国はカエサルが皇帝(imperator)に収まる以前の共和制の時代から「帝国」と呼ばれる、なるほど。 で、もしそのローマ帝国が「世界史上もっとも平和な帝国」だったとすれば、そうした信憑を生み出すバックボーンには、域内に共有された普遍的なある種の「文明観」が、そのはるか以前からあったからではないか? 私はそれは端的に「地中海文明」とも呼ぶべきものだったろう、と思っているのです。 この場合、それをラテン的文明という言い方で括るのでは不十分で、地中海を囲む古代からのありとあらゆる文化、文明(エジプトやフェニキアやカルタゴ、あるいはヒクソスやアッシリアまで)を包括するような文明の在りようを指します。 たぶんこれら諸地域の住人たちはローマ以前はるかから、海の向こうには別の暮らしをする住人が大勢いて、時に「交易」という形でその異種の在りようを「微温的に」知っていただろう。で、それは「脅威」あるいは「敵対するもの」という仕方でなく、何やら「オモロそうな」あるいは「得になりそうな」、要は好奇心をくすぐる対象として認識されていたかもしれない。 「海」というのは、そういう意味で異種異物に対する緩衝帯であるとともに、海原の彼方を野放図に連想させる余裕を各周辺住民に与える。古代日本人が大陸に対して誇大な空想を勝手に描いていたのと似たようなところがあったのではないか。これが「地続き」だと、たぶんこうは行きません。 下はリンドスの港というか、隠れリゾート、たぶんオナシス氏もヨットでジャックリーンを、ここへ連れて来たでしょう。 ― つづく ―
2012.10.01
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