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先日、侮り難い新書として四冊ほど名前をあげたのですが、中味とは関係なくそこに綴られた字句が、他の私の想念と結びついて、かってに「なるほど、そうだったのか」という連想を生むことが時にあるようです。 それは例えば、― 私は人間の不正直は責めるが、人間の愚かさは責めない ― 「日本農業への正しい絶望法」神門善久(ごうど よしひさ)新潮新書というような言葉で、以前に似たようなパラグラフを(たぶん聖書か何かで)見たような気もするのですが、目下の懸案にこれほど新たな「ものさし」を与えてくれる字句もない。 またぞろ例の「カーネーション」の話で、我ながら呆れてしまうのですが、例の「親族会議」のシーンのことなのです。 「けどなあ、糸子。アンタはそれでええけどなあ、子供らがなあ…」とは、 「許してくれとは言いません。許されんかて構いません」と言い放ち「 … けど、ホンマにすいませんでした」と糸子が畳に顔を伏せた直後に、千代さんが彼女にかけた言葉です。 以前にも触れましたが、この直前の糸子の弁明シーンを、私は本編最高の場面だったと思っています。「絶対的背理」に追い込まれてなおかつ一歩も引かずに、すべてを「引き受けよう」とする糸子からは一種の崇高さが立ち昇っていて、何人も口を挟むことが出来ない。「不倫」というテーマをあえて取り上げたのは、ここでの「他を以って変え難い糸子らしさ」を表現するためだったろうとさえ思ったものです。 さて普通ならそのシーンで多少引っ張ってでも終えそうなところ、間髪入れず上の言葉に続き三姉妹の登場となるわけで、観た当時は「せっかくの名シーンの印象が薄まってしまうんじゃないの」と思ったものでした。それを敢えてしているのは何だろう、とずうっと思っていたのですが、先の神門さんの言葉によって今になって多少新たに気付くことが出て来たのでした。 子供はこの三姉妹に限らず「親が社会道徳的に非難されたら、必ず親をかばう」という話は以前にしたので、ここでは繰り返しません。要は糸子らしさがもっとも現れたシーンの直後に、その印象を薄めてでも、このシーンを挿入した理由は何だったのかということなのです。 クリムトの「接吻」という絵に代表されるように、「恋=エロース的情動」というのは本質的に「二人称の関係」であって、それ以外の外部を拒む性質を持っているのではないかという話も以前にしました。早い話、恋人同士は「互いの親を疎ましく思う」し、今現在の法悦状態が「永遠に続く」ことを望むものです。つまり通常の時間と外部を拒否したような在りようなのでしょう。 しかし糸子がどれだけそれを望んでも、自身が「母から生まれ子を産んだ」という事実は否定しようがない。とすればここでの千代さんとか三姉妹というのは、ヒトが「時間性そのものに取り込まれた存在」であることを示すものとして置かれているのであって、こうした生き物の本質的に引き裂かれた在りようというのに抗って、何が何でも両立させようとする糸子に、それは二重線を引っ張って撤回を迫るものとしてあるわけです。 現にこのあと糸子は往生したまま何も言えませんでしたね。 ここで驚くのは、それまで積み上げた当の「糸子らしさ」そのものも相対化してみせるという、作り手の「蛮勇」力であって、これも糸子的在りようを一意的に「権力化」させない「構え」だったのでしょう。 それは同時に糸子の強がりが長くは続かないことも示しているわけで、実際次の回では、周防とのまことに哀しい「別れ」が描かれていたわけです。周防には別の店を持たせたのですが、その理由を「いろいろありまして…」とナレではぐらかしてあるのは上手い。有限でありながら無限を意識させられた人間の在りようというのは、ドラマとか映画では表現し得ない。あとは皆さんで考えて下さいということでしょうか。 二人だけの世界であるかぎり、互いの所作動作がすべて「幸せ」の表象であったのに、同じ事柄が(親も子もあるという)時間性の中に置かれたとたん、ただちに「困惑」のスパイラルに陥ってしまうのです。 という意味で、「ウチは周防さんを、ホンマに幸せには出来へんのやな」という糸子の述懐は泣かせますね。「ホンマに」とは「どういう仕方、いかなる手段をもってしても、この世では実現不可能」という、人の「引き裂かれた」在りようを言い当てていてすごい。― つづく ―
2012.11.30
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やっぱり本屋さんが好き! ここ最近すっかり休んでいるこのブログですが、要は語るべきことがないというよりも、しゃべりたい中味は腹いっぱいあるけれど、それを今口にしたら、きっと恐ろしくみっともないことになるだろう、あとから読んだら間違いなく穴があったら入りたいような自己嫌悪に陥るだろうという確信があるのです。「じゃあ今までのおしゃべりは、自信あったのか?」と言われれば、もちろんとんでもない、出来れば消してしまいたい類がほとんどなのですが、それでもその時点でのかなり切羽詰まった感じには、それなりの必然性があって「まあしょうがないか」というところがあるのです。 ブログというのは、それでもかなりハードルの低い媒体で、私などその気安い居心地の良さが気に入って、ずいぶん調子のいい話をし続けてきたのでした。しかし先だってのかなり大マジメに振りかぶったような話になると、「こんなこと自分が話すことかいな」というか、この類の話をまともにするには我が身があまりにも知らないことが多過ぎる。それは取りも直さず「その道の専門家」に対して僭越な態度なのではないかということなのでした。 かといって、自分が気に入ったこと感心したことを表明しないのは、これまた表現の自由という意味では、何となく民主的でないような気がするし、だいいちこっちが「面白くない」じゃないですか。となると問題は「表明するしない」ではなく、たぶん「表明の仕方」の問題だろうということになって来るのです。例の「素人の節度」を保ったしゃべりかたで、大マジメな話をもう少しまともに話することは出来ないか?そういう話し方ははたして可能なのか、で、それを最後に識別できるのは結局「キチッとした文章」かなあ、などと首を捻るということになって来るのです。 どんなに「言えてること」が書いてあったとしても、カチッとしない荒っぽい文章だと、読んでるこちらの気分も荒んでくるというか、走り読みでいいかという気分になるものです。考えてみればNETの文章なんて、まさしく走り読み飛ばし読みで、即使い捨てされるべき文体で、書いてる側ももうほとんどその前提でパソコンやスマートフォンに向かっているのではないか知らん。私は以前は「中味が充分言えてるのであれば、それでもいいじゃん」という気分で書いていたのですが、ここ最近自分がパソコンに向かって「何か話そう」と辛吟しているときの態度と、他人のブログやニュース記事あるいはコラムを読んでいるときの、我が身の傍若無人ぶりな態度の落差に衝撃を受けるのです。 これじつは目下のファンである内田樹さんとか佐藤優あるいは青山繁晴氏といった、かなりクオリティ高めのブログを読んでいても同じで、本を読むときとは明らかに私の入り方の態度が違う。早い話、内田さんのブログなど次から次と(あきれるほど)コピペされて本になってますが、その読後感はブログとは全然違う。ほぼ同じ中味がまったく違う相貌をしているのです。この違いについて巷間さまざま云われていますが、結局のところ電脳空間にバラ撒かれた活字と、印刷で紙に固定された活字の差ではないか?要は「文章の居住まい」が違うのだと思う。相手の居住まいが違えば、こちらも姿勢を変えざるを得ないじゃないですか。同じ饅頭でも菓子折りに入っているか、新聞紙に包まっているかみたいな。 と、あれこれ舌打ちしながらも、私はこういう時は、たいてい本屋に飛び込む。図書館じゃありません、本屋の一見整理されたかに見える本の並びの裏には、じつは独特の無秩序感があって、私はその感覚がとても好きです。図書館やインターネット・ショップでは絶対ありえない、何やら「横にずれていく」驚きと期待の感じが、私のような仕方で刺激を求める人種にはたまらないのです。 一応何か買おうと思って入っても、まず買わない。目星をつけて買い物するというのは、こと本屋さんに関しては、あり得ないことなのです。平積みや背表紙の並んだ本をサーッと一瞥しながら、さて今日はどんな本が隠れているのかなという、一種「宝探し」の高揚感に導かれて歩いていると、何やらこちらに向かって呼びかけたり囁いたりしている本が、必ずあるものです(誰それの写真集のように、無理やりそっちに目を向けさそうというのもあります)。 さて、今どきすっかりカジュアル化した感じの「新書版」コーナー。私もご他聞に漏れず寝ころんで「知るを楽しむ」はなはだがさつな人間ですが、それにしても最近の新書の質の低下は目も当てられない。見ているこちらが(それこそ写真集のように)恥ずかしくなるような、挑発的なタイトルあるいは帯だけで中味が分かる本が並んでいるのです。 とはいえ、そうした品下がる(写真集ならぬ)新書の中にも、ときには侮りがたい本が挟まっているから油断がならない。最近見つけたその種の新書といえば、「日本農業への正しい絶望法」 神門善久(ごうど よしひさ) 新潮新書「精神論ぬきの電力入門」 澤昭裕 新潮新書「動乱のインテリジェンス」 佐藤優、手嶋龍一 対談 新潮新書「経済学の犯罪」 佐伯啓思 講談社現代新書といったところでしょうか。 いずれも「いかにも」というタイトルがついてますが、中味はとんでもない。こんな本が時々あるから本屋通いが止められないということでしょう。中味の話はいずれこちらの考えがまとまったらということにして、どちらにしても巷間「あたりまえ」で片付けられて、なおかつ結論を見出し得ない今日的困難に対する、この人たちのスタンスやものの見方は目からウロコであると同時にものすごい勇気を感じる。 中でもイチオシは神門さんの農業論、現在への絶望と未来への懺悔という形を取りながら、我々が何となくそうじゃないかと思っていた一番痛いところを、ことごとく「言い当てている」。若干暴走しかけますが、こういう勇気のある人がいるということは、まだ絶望するには及ばないということでしょうか。次、二番オシは佐藤さんと手嶋さんの対談。目下沸騰中の時事を扱いながら、話のレベルは恐ろしく高い。外交論とか戦争論を素人が勇ましく論じる危険をこれほど感じさせる対談はない。とくに沖縄の話は前から抱いていた想念が、どうも虚妄でなかったらしいことが分って、それだけでも私的には大満足でした。 しかしこれもまた、改めて詳しく話することにしましょう。
2012.11.25
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「素人の節度」、あるいは「大人の振るまい」というものについて 3. 「責任を取る」というのが、「辞任する」とか「腹を切る」ということを意味するのだとしたら、当該論件の「結果責任」は誰も「引き受け手」がいなくなってしまうことになる。「戦争責任」の取らせ方について、当事者たちが辞任し腹を切れば、すべて一丁上がりということであれば、その後を生きる人間は責任の引き受けようがなくなってしまうのです。この場合他国から非難罵倒されても、自身の「品格を保って謝罪する」ことが出来ない。戦前の当事者たちが「口をつぐむ」ことによって、戦後世代は「口を封じられている」のです。 このあたり、「極東裁判は戦勝国の偏った裁判で無効」としたり顔で批判する保守派の人たちが、では自分たちの同国人のしでかした未曾有の失敗事例を、本当にキチンと検証する気があるのかと言えば、これははなはだ怪しい。ついでに言うならば、新憲法の象徴天皇制や第九条にしきりと異を唱える人たちも、現在の「日本国のかたち」がどのような歴史的文脈で生み出されて来たのか、明治以前にまで遡り場合によっては古代日本の根本から捉えなおす、というような仕方では絶対想定していないでしょう。ここには明治以後の西欧近代主義に対する恐ろしいほど無思慮な信憑があるのです。 考えてみれば、日本人は「戦争責任」について、「自らを裁き始末をつける」ということを、敗戦後七十年近くこれだけ様々な戦争に関する言説がなされながら、実質的には何一つ明らかにしていない。自らの肉親ないし隣人、そして何よりも「天皇=国体」に正面から向き合うことを組織的に避けて来たのです。「百年二百年と時が経てば、いずれそんな問題は消えてなくなる」とでも思っているのでしょうか。今どきの様相はむしろ時が経つほどに、怨みが幻想的に増幅しているようにも見えるのですが。これは何も相手国政府が、自国の体制維持の都合で前景化させているからだ、というようなことでは済まされない。それと「自らの始末をつける」ということは別次元の問題です。いわゆる「愛国者」たちは他責的な状況を作ることによって、「自らの責任は自身で明らかにする」という人の尊厳を維持するにもっとも大事な根拠を隠蔽しているわけです。 戦後の象徴天皇制がGHQの鶴の一声で決まったことに、この人たちは口をつぐんで何も言わない。自ら天皇制を引き受けようとするとき、「天皇(皇室)の責任」も問う立場に立たざるを得ないからです。私はもし敗戦直後に「天皇制廃止」の選択が行われていたら(その蓋然性はかなりあったのです)、この人たちは今と同じように我が身に向かい合わず、やはり口をつぐんでいたのではないかという気がする(ひょっとして、積極的に「共和制」を主導していたりして)。 このあたりはよく比較されるように、(西)ドイツの場合と著しい対象をなしていますね。戦後のドイツが戦前の自国の体制にどのように正面から向き合って来たか、そしてそれを他国に明らかにして来たか、その長い経緯があるから、いろいろ言われながらも今のEUがあるわけで、でなければ今でも旧ナチスの幻影がヨーロッパ全体を覆うことになったでしょう。チェコやポーランドといったドイツ周辺諸国には、恐るべき旧ナチスの殺戮と残虐の記憶が今に至るも生々しく残っているわけで、これを前景化させたらEU統合などという理念はここから先も生まれようがない。 しかし現在のドイツのEUに占める位置は明らかに主導的立場であって、戦後処理というような「贖罪的」な色合いはここから先もない。肝心なのはそれが圧倒的な経済力によってのみ形成されて来たものではないということなのでしょう。「贖罪」と「断罪」を前景化すれば、たちまちEU統合の理念など崩れ去る類のものです。かといって、浮ついた「未来志向」などという仕方で、アウシュビッツの記憶がきれいサッパリ消え去るわけがない(だいいち周辺諸国は絶対それを許さない)。ドイツの国民は敗戦後のヨーロッパで「今」を生き延びるために、あえて「親、肉親、そして隣人たちを裁いた」のです。旧ナチスを特別病棟に隔離して、我が身は無傷のまま他責的に断罪したわけではない。 このあたり、具体的に現ドイツが戦後処理で何を行って来たかという事例よりも、戦後処理の「考え方の構え」というのをもっと研究してもいいのではないか知らん。「自身の品格と尊厳を保ちつつ、どうやって周辺諸国民と折り合って行くか?」というような。 「旧ナチスと旧日本軍を同一視して断罪するのはおかしい」という反論がすぐにも出て来そうですが、かといってだから我が親の世代の為したことが、すべて免責されるわけでも隔離されてしまうわけでもない。戦後の日本人はGHQが裁きの「代行」をしたことを以って、我が身を隠蔽し未だに真の意味で旧日本に向き合っていないし始末をつけてもいないのです。 靖国に戦犯を合祀するのは「日本古来の文化だから」と強弁するのは、論理のレベルでなく真情の吐露なのだからそれで結構。しかしそれと「死んだ者たちの戦争責任を問わない」ということとは別。「死者を弔う」ためには死者の魂が明らかにされねばならないのです。 前にも言いましたが、それは何も戦争中の残虐と殺戮を何でもかんでも暴きたてよ、ということではない。平成の今の東アジアで周辺諸国と折り合って自身が生き延びるために、自国の歴史とどう向き合うか、そしてそれを自身の品格を保ちつつ外部にどう表明していくかという問題なのだと思う。 それはへりくだった周辺諸国への「贖罪」という立ち位置とは違う。あえて言うなら「大人の振るまい」といったものでしょう。「大人」というのは、「児戯」めいた周辺の騒ぎに「同列では与しない」ということです。それは相手にしない、黙殺するということではない。相手が「自身の未熟性に気付く」まで、あえてこちらは大人の立ち位置を選ぶ、ということです。何もひたすらガマンせよ、ということではない。「未熟性」を気付かせる手立ては常に講じておくということなのですが、今どきの日本は逆に我から「かつての未熟性に陥ってしまいたい」という欲望が渦巻いているような気がしてしかたがないのですが。 それがどんな経緯で生まれて来たのか、これまたそう古い話ではなさそうなのですが、また別の機会に考えてみたいと思っています。― 「素人の節度」、あるいは「大人の振るまい」というものについて おわり ―
2012.11.02
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