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今日、カウンセリングにパパが来た。今のカウンセラーには、先週に続いて、二度目だ。パパの本音が聞きたかった。でも、やはり、傷ついた。パパは、私の色色な事が出来ない事をこう表現した。「出来ないのが、性格なのか、障害からくる物なのか、解らない」「是非先生にうちに来てもらいたい。本当に、うちに帰っても、休まる場所も無い」「いくら、障害と解っていても、見た目は普通なので、自分の中で、納得していない部分がある」・・・etc。薄々感じてはいたが、はっきり言葉に出して言われると、やはり、傷つく。やっぱり、解ってもらえていなかった・・・と。この障害の難しさを改めて感じる。こういうと、お前は、何でも自責でなく、他責にする・・・といわれる。あんたなんかに言われなくたって、自分が出来ない事は、千も承知だよって叫びたくなる。こんな自分と、50年近く付き合っているんだから。申し訳ないとも、思っていたが、気持ちは伝わっていないんだなあと、悲しくなった。おまけに、嵐君の事も言われた。自分の女房が、嵐君の御蔭で気持ちも元気になれて良かったとは、思っていないらしい。夫婦って、こんな物なのかなあ。つまんないものだなあ。切なくなった。私に生活力があったら、離婚しても良いのになあとも思った。その方が、お互い楽だもんなあ。こんな思いをしながら、一緒にいるのかと思ったら、自分に生活力が無いことが、悔しかった。多分、世の中のご夫婦の半分くらい、こんな思いで一緒にいるのかも知れないなあ。愛情なんて、そう、持続するものじゃないのかもしれない。それなのに、カウンセリングの時間が終わり、カウンセリングルームを出た途端、「何か旨いもん、食おうか」だって。何なんだ君は!!!
2004年09月28日
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今朝、起きたら、少し寒かった。ウッソ、トイレに入ったら、開けてある小窓から、すーすーと、涼しい空気が入ってくる。まあ、トイレで最初の秋を感じるのは、寂しいが、今年の秋は、トイレでまず、見つけてしまった。秋は、昔から一番好きな季節。落ち葉の色や、カサコソと言う音。空の高さや青さ、雲の形。胸いっぱいに吸い込んだ涼しい空気。紅葉の色。海の夏の名残のゴミさえ、風情がある。今年の秋は、歩き出そうと、万歩計のちょと良いのを購入した。嵐君のコンサートで、足がつってから、運動不足を痛感したが、何せ、暑かったので、10月から歩こうと思って買った。今の万歩計はすごく面白い。歩数は勿論の事、距離、一週間のトータル、脈拍数まで出るのだ。なかなか、面白そう。何でも三日坊主の私には、こういうおもちゃは、必需品だ。10月の一番の私だけのイメージは、レイ・ブラッドべリの「10月はたそがれの国」。レイ・ブラッドベリは、大好きな作家。特にその題名に惹かれ、何冊か読んだ「たんぽぽのお酒」とか「ウは宇宙船のウ」「スは宇宙(スペース)のス」など。SF作家で、ファンタジーに溢れる作品が多い。何故、10月生まれにならなかったのかと、随分、悔しい思いもしたほど、秋が好きだ。今年の秋は、何か実りのある事したいなあ。
2004年09月27日
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今日は朝から、家の周りのペンキ塗りや、私が取り付けて、少し、不恰好だったラティスをパパが綺麗にした。ここの所パパは、家の周りを綺麗にする事に生きがいを感じているらしい。元々、綺麗好きな人なので、ADHDの片付けられない私のやり方には、我慢していた。家の中の物を捨ててしまうと、私がメチャメチャ怒るので、まずは、外から責めようと言う作戦らしい。まあ、さして大切な物は無いのでしてもらっている・・・が。オークションに出そうと思っていた、シルバニアファミリーを車庫の物置に大きな袋に入れてあったものが無くなっていた。捨てられた・・・・。このコレクションは、かなりな物だった。娘二人に買い与えて、私も結構、意地になって集めていたので、かなりレアーな物も有り、ちょっとショック。しか~し、ここで文句を言っては、機嫌を損ねる。そこは、涙を呑んで、我慢我慢。しっかし、勿体無かったなあ。引きつった笑顔で、「ありがとうね」を言うのが精一杯。まあ、長い間、仕舞いこんでいた自分が悪いのだから仕方あるまい。この分でいくと、家の中の物も、知らぬうちに捨てられる心配が大。そろそろ思い腰を挙げ、頑張って片付けないとなぁ。
2004年09月26日
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朝からすごい雨。本当にバケツをひっくり返したような雨とはこの事かと思った。午前中に郵便局に行かなければならない用事があったので、仕方なく出かけた。案の定、車から降りて、郵便局に入るまで、スカートがビショビショになった。気持ち悪い。帰宅後すぐ着替えた。雨の勢いは止まらない。高台にあるここの住宅街は雨には強いが、出かけると、滝のように坂道を雨水が流れていくのに遭遇する。今日は、午後からコーラスだったが、どうしようか迷った。昨年度で退部した友人から、退部前の公演の写真を頼まれている。確か、今日までで申し込みは締め切りだったから、行かなくちゃなあ。銀行に用事があるので遅れると友人にTEL。「ごめん、私、今日、用事で行けないの~」エ~。余計に行きたく無くなった。しかしそうも言っていられない。着替えて用意をし、銀行に向かった。この雨ですいていると思ったら、混んでいて、結局一時間遅れで、参加した。音楽室に入ると、10人もいないじゃない!!そりゃ、この雨だもんなあ。聞けば、電車も止まっているそう。近くに雷が落ちた。停電にならないのが不思議。そう言えば、行きに用事で寄った美容院の方が、「有線放送も止まっちゃってるのよ~」って仰っていた。電車が止まっているのなら、学校も生徒を帰すとかしたら良いのに。練習後、いつもの喫茶店に行くと、娘からTEL.「お母さん、電車止まってるからそこに行って良い?」娘を待っていると、ものすごいイナビカリと近くに落ちたすごい音がした。音の方向が学校に近かったので心配だった。山の上にある学校なので、よく、カミナリが落ちる。生徒が無事だと良いけど・・と友人と話していると、またすごいカミナリ。停電になった。目の前の交差点の信号も点かなくなって、交通量の多いこの交差点が混乱し始めた。暫くすると、パッと電気が点き、信号も点き、車が動き出した。何事も無く良かった。暫くすると、皆の子供達が入ってきた。一番最初に入って来た、友人の息子さんは傘を取られたとかで、ずぶ濡れだったので、タオルのハンカチを差し出した。可哀想に本当に髪から雨水が滴り落ちるほどだった。風を引かなきゃ良いが・・。娘がお友達と一緒に入って来た。暖かい物を頼み待っているとまた、すごいカミナリ。さっきのカミナリはやはり、学校の木に落ちたようで、木が折れていたそうだ。自然の力は、本当にすごい。学校の周辺はお迎えの車で一杯だったそう。暫くして、少しカミナリが収まったので、外に出、皆に挨拶して帰宅。名古屋の大学に行っている娘に電話。電車が止まっているので、お休みのパパが迎えに行く準備をしていたが、「大丈夫、今さっき電車、そっちまで動き出したから」この街まで通ったそう、しかし、その先はまだ止まっている。まあ、こんな日は、外に出たくないものだ。やれやれ。
2004年09月24日
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今日は、出張の報告に父の病院に行った。相変わらず、酸素チューブを鼻にしているが、元気な様子。仕事の話をパパから聞いて、ホッとした様子だった。暫く話をして、お昼を食べに外に出た。今日は、娘も休みだったので、一緒にトンカツを食べた。午後は、何もしなかった。時間が無駄に過ぎて行った。何だか、疲れていたので、二階に上がって休んだ。昨日の疲れかなあ。最近、疲れが残る。まあ、50を目前に仕方ないかもなあ。これからは、こうして衰えの歩が進むんだろうか・・・老いは、間違いなくやってくるが、何とか抵抗したい。何ができるかな?
2004年09月22日
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今日は、パパの東京出張にくっついて行った。何せ、午後からの上京なので超ハードスケジュール。午前中は、カウンセリングにパパが参加した。以前から、ADHDの対処について、専門家の話を伺いたいと言っていたのだが、仕事が忙しくて、今日になってしまった。来月からカウンセラーが代わるので、東京に行く前の時間の無い時だったが、二人で行き、話をした。それから、一緒に帰宅し、着替え、用意をしてタクシーを呼び、駅前まで行き、タクシーに待ってもらって、会計事務所に書類を置き、その足で、特急に乗り30分、名古屋に出た。お昼は、30分の間に、乗る前に買ったものを頂いた。全く落ち着かない事、この上無い。一時過ぎの新幹線のぞみに乗車。眠かった。東京は終点だから、乗り越す心配が無かったのでパパも私も、寝てしまった。気が付くと、見覚えある景色。横浜に近かった。仕事は、神田の弁護士事務所に行く予定。新幹線を降り、中央線に乗り換え、御茶ノ水で降りた。勝手知ったる何とかで、早めに着いたので、御茶ノ水の駅から歩いて行きニコライ堂の裏を通り、靖国通りまでの道の途中の喫茶店に入った。平日の昼間の喫茶店は、サラリーマンで一杯だった。この辺は、学生も多いのに、この喫茶店は本当にサラリーマンばかりだった。折角東京にいるのに、今日は仕事で来たので、パパを置いて、一人で遊びに行く訳にいかないのが、めちゃくちゃ辛い。一緒にいるのが条件で連れて来てもらったから、仕方ないなあ。こうして、東京にいるだけでも、この街で生まれ育った自分には、すごく嬉しい。暫くして腰を上げ、靖国通りの事務所に向かった。パパは前からのお知り合いだったが、私は、初めての方。弁護士さんと言うので、少しためらったが、豪快に笑う本当に感じの良い方だった。仕事は一時間もしないで終わった。この30分のために来たのだ・・・・。でも早く終わったので、帰りの新幹線まで、2時間あった。ラッキー!!神田に来たら、行きたい所があった。それは、神田「薮そば」。以前、一度だけ、神田のお祭りに行った際、お蕎麦を食べに行った。木曾で、美味しいと言われてる有名なお蕎麦屋さんにも、探して行ったが、私は、ここ藪そばのおそばの方が好き。ウ~ン何処だったかなあ。確か、この近くだったと思ったのだが・・・・。仕方が無いので、事務所を出て、すぐタクシーに乗った。藪そばまで「エ?すぐそこですよ」。やっぱし・・・。でも、気の良い運転手さんで、嫌な顔をせず、連れて行ってくださった。しかし、残念、「藪そば」じゃなかった。しかし、そこから見覚えのある路地が見えた。「あ、ここで良いです、確か、この奥だったから」と言うと、「良いですよ、そこまで行きます」とメーターを切ってくださった。で、無事、藪そばの前で降ろしてもらった。古いお店は、本当に素敵です。この前は食べられなかった「かもロース」と、せいろと、天ぷらを頼んだ。注文をまるで歌のように、奥の調理場に通すのがここの特徴。帳場に座った女性がよく通る声で、「かもロ~ス~」「セイロ~」「し~ば~え~び~の天~ぷら~」と唄う。なかなか風情がある。美味しかった。兎に角、美味しかった。麺は、細く、シコシコとして丁度良い堅さ、蕎麦の色も香りも良い。芝海老のかき揚げも、超、美味。かもロースは、白髭ねぎを包んで、わさびで頂いた。麺類にうるさいパパも、「うん、旨いなあ」。私は、小さな頃から、お蕎麦が大好き。それも、ざるそばが、兎に角好きだった。同級生のお蕎麦屋さんのお店に行くと何も言わなくても「Iちゃんは、ざるね」と出てきたくらい、よくお蕎麦を食べに行った。東京下町のお蕎麦やさんには、おうどんは無かった。だから、こちらに来て、お蕎麦屋さんより、おうどんのお店が多いのに驚いた。そして、必ず、両方有るか、おうどんしかない店も有って、おうどんが苦手だった私は、「どうしてお蕎麦が無いの~」とがっかりさせられたものだ。美味しいお蕎麦を堪能して、気持ちは、幸せ一杯。子供達のお土産に藪そばの蕎麦饅頭を買った。お勘定を済ませ、外に出たら、もう、暗かった。二人でぶらぶら神田まで歩いた。まだ、時間があった。パパがコーヒーが飲みたいと言うので、コーヒーショップに入った。私は、さっき通ってきた焼き鳥屋さんが気になって、パパを置いて買いに走った。焼き鳥が美味しいのも東京ならではなのだ。どうしてか解らないが、多分、お醤油が違うのだろう。そうだ、今度帰ってきたら、お醤油を買って行こう。神田から山手線に乗って東京に戻り、のぞみに乗った。まあ、こんなに短い帰郷は初めてだったが、やっぱり、自分が生まれ育った場所は、良い物だなあと、車窓から見える、幼稚園や小学校時代を過ごした新橋の駅や、東京タワーを見ていた。いつも、こうして東京を後にすると、胸がキュンとなる。30年も昔、家族より遅れてぎりぎりまで東京に残り、一人、カナリヤの籠と、大きな熊のぬいぐるみを抱え、東京駅まで送ってくれた親友と従姉妹に見送られ、田舎に引っ越してきたあの日と同じ気持ちになってしまうのだ。夜10時過ぎ、帰宅。疲れました、流石に。
2004年09月21日
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敬老の日。何だかピンと来ない。やっぱり15日が良いな。ホームのおばあちゃんを連れ、お寿司を食べに行った。頼りのオネエは今日は、学校に履修表を出しに行っていていない。チビは、急に体育祭の打ち上げに誘われ、どうメールを打って良いのかパニクッている。お寿司やさんは、誰もお客さんがいなかった。こういう感じ、すごく、居ずらい。おまけに、チンチンに熱したお味噌汁、ぐちゃっとしたシャリ、切れ目の入ってないメロンが出てきて、気持ちも最悪。パパ曰く、前に来た時は、もっとましだったのになあ。お味噌汁を沸騰させちゃいけない事くらい、素人の私でも知っている。このお店は、お客をお客と思っていないのかと、腹が立ったが、入ったこっちが悪かったと思い、大人しく頂いた。どおりで、休日のお昼と言うのに、お客がいない訳だ。おまけに、上寿司を頼んだので、それなりに高かった。こんな事なら、近くのフランス料理やのランチの方が、お値段も手ごろだし、美味しかったのに・・・。せっかくのおばあちゃん孝行だったのになあ。まあ、また行こうよと言いながら、お店を後にした。夕方から、今度は、父の所に行った。時間がいつもと違うので二人とも「何?」何じゃないでしょう、今日は、敬老の日だから、顔見に来たんじゃない。追って娘も、学校から病院にやってきた。母は、帰ろうとしていたところらしく、なかなか来ない娘に業を煮やしていたが、娘が来ると、さっきの不機嫌は何処に行ったのかと思うくらい、笑顔になった。孫ってそんなに可愛いのかなあ。まあ、今日は、敬老の日らしく過ごせた。病院にいるのに何だが、とりあえず、3人とも元気で敬老の日を迎えられ、良かった、良かった。
2004年09月20日
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今日は、チビの体育祭。最後の父兄参観の学校行事。チビは朝、私が作ったお弁当を持って、早くに出た。チビが出るのは、障害物競走と、色別対抗の綱引きと、我校のイベント、応援アピール。学年別ではなく、6年間一緒の色で参加する。白、赤、青、黒、黄色、緑の6チーム、縦割りに振り分けられる。オネエは赤だったが、チビは青。で、各チームが、校長先生、教頭先生、生徒会大会委員の前で、自分達で考えた振り付けの踊りを踊るのだ。これが結構良い。見ごたえがあるのだ。自分達の好きな音楽と、衣装で若さ溢れる踊りを踊る。そして、評価がつくのだ。午前中の競技が終わり、オネエを迎えに、近くの駅に行き、途中のお店で、パパと3人で昼食をとった。午後の競技が始まる前に、会場に戻った。オネエは、やはり、来ていたお友達とおしゃべり。いよいよ応援アピール合戦の始まり。本当に楽しそうに掛け声を掛けながら、各チーム指向を凝らした踊り。くるくると移動したり、編成を変えたり、最後に審査員の前に集まって、大きな声で「よろしくお願いします!!」とアピールするチームなどなど。娘のチームも、なかなか良かった。あとで聞くと、チームアピールは、2位だったそう。5年生が体育祭に全員参加できる最後の学年。だから、5年生が中心になって練習も毎日、朝早くから登校し、頑張ってきた。娘達5年生が、前方で頑張って踊っていた。パパと2人「大きくなったなあ」と、娘の姿を見て、感慨深かった。綱引きは、予選で敗退。もう、出る競技が無いので、チビに帰っても良い?と聞くと、良いよ、との事だったので、3人で、お知り合いや、お友達に挨拶して帰宅。車中、パパに、「長い間、ご苦労様でした」と言った。本当に、パパは、子供が大好きで、幼稚園の頃から、運動会も、文化祭も、父親参観日も、必ず来てくれた。そう思うと、今日で最後なんだなあと、寂しかった。もう、大きいのでビデオも持って行かなかったが、何だか、寂しかった。上の娘から今日まで18年、ありがとうございましたパパ。
2004年09月18日
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久しぶりに、コーラスに行った。父が再入院してから、何だか行けず、二ヶ月ぶりかな?嵐君たちにはまってから初めて。何だか、このひと月以上、嵐君中心の生活だったから、自分がコーラスやっていた事も、忘れそうだった。声が出るか心配だったが、そこは、足掛け10年やっていたので、発声練習を少ししたら、出るようになった。何か、自分のいる場所がきちんと空いてて、居心地が良かった。嵐君のことを話したら、皆、すごくフレンドリーに「若いね~」とか、「すごいですね~」とか、言ってくださる。大丈夫、自嘲してるくらいだから・・と答えると、「ううん、本当に、羨ましいくらい」と言われてしまった。でも、嵐君の事、皆知ってるのに、こっちが驚いた。私など、他の若いジャニーズグループの事を言われても、知識はほぼ、皆無に等しい。井の中の蛙で知らずにいたから、はまったのかも知れない。今年の歌は「ジュピター」「花、ねがい」後者は、昨年からだから暗譜もできている。「ジュピター」は、大好きな歌なので大丈夫。今年は、協力な助っ人が入部してきたので、心強い。流石に音大の声楽科を出たセミプロの声は違う。音楽室のガラスがビリビリするのだから。帰りのお茶の時間も楽しかった。暗くなる頃まで、話し込んでしまった。楽しい一日だった。
2004年09月17日
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今日は、本当なら、コーラスと革工芸の日。しかし、植木屋さんが来てくれ留守が出来ないので、両方とも休んだ。2~3日前、パパの携帯にお祖母ちゃんからTEL。また、訳の解らない事を言っている。おばあちゃんには、関西に弟や、妹がいる。ほとんど運動をしないので、あまり歩けなくなっているし、痴呆気味なので、危なくてだれかいないと、過ごせない。それにも関わらず、自分は、正常と思い込んでいるから、弟の家に世話になる・・・など、無理難題をパパに言いだすのだ。その度、パパは、根気良く、「家族でも無理だった事が、何故、親戚に頼めるんだ」と説明する。その時点では、不承不承解るようだが、元々納得していないから、半月もすると、また、「私、暫くMの所に行くわ」となるのだ。先日は流石に困ったパパが「じゃ、自分で先方に電話してみ」と言ったらしい。案の定、断られたが、これも痴呆の特徴で断られた事を自分の都合の良いように解釈してしまう。そこで、パパがお昼を一緒に食べ様と言い出した。で、今日、植木屋さんにお願いして娘と一緒に4人で食事に行った。お昼からちょっと重かったが、中華料理屋さんへ。暫くパパが、根気良く説得。しかし、まだ納得していない。最後はやはりパパが「何回でも納得できるまで自分であちこち電話すりゃ良い」とさじを投げた。全く、痴呆なのか、性格なのか解らないが困ったものだ。食事は、美味しく頂いたが、そこでも「少ない」と言い出した。十分、一人前の量なのだが・・・。またか・・・と私は、関わらないよう黙っていたが、糖尿から脳梗塞を二回起こし、痴呆になったのに、それが理解出来ていない。食事制限をしなくちゃならない身なのに、普通の人以上に食べたがる。普通の人が痴呆になっても食事をしたとかしないとか言い出すらしいが、元々人の二倍食べていた人だから、全く、もう、どうしようもない。ホームの方のご苦労が身に沁みた。パパは、帰りにバイオハザードの新しいソフトをご購入。意気揚々と、お店を出てきた。約束の「ゲーム中、タバコは吸わない。たばこを吸ったら、即、空気清浄機を買う」を確認。私としては、吸って空気清浄機を買ったほうが良い。まあ、何日、この約束が守れます事やら・・・。午後3時に植木屋さんにコーヒーと買って来たフェナンシェを出した。下に降りて言って、暫くおしゃべり。植木屋さんのオジサンは、すごく素敵な方で、私はいつも楽しくおしゃべりさせて頂く大好きな人。お話は面白い。若い子が今日は二人一緒。午後からは、貯まった洗濯物を片付けた。夕方、昨日借りてきた「ゴクセン」を見た。潤君が良い。これ、全部見てたのになあ。あの頃は「いやに整った顔の子だなあ」としか思わなかったのに・・・。改めて見ると、面白かった。
2004年09月10日
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朝から、片付け。また、嵐君のCDを掛けながらの仕事。はかどります。11時過ぎ、予定より早く、工事の方がいらした。クーラーを見て、ビックリされた。「奥さん、こっちの方が、うんと容量が大きいですけど、今回買ってもらった方、付けて良いですか?」エッ?そんな事聞いてない。「どういう事でしょう。」「うん。つまり、今ついている方が、うんと広い面積が冷やせるし、涼しいって事です」唖然とした。今着いているクーラーは、大きさが小さい。買ったものは、10センチも横に大きいし、お値段も、倍近くした。おまけに、あのキャリアウーマンは、簡単にコンセントの付け替え工事が可能だと言ったのに、工事の方が言うのには、難しいとの事。「店員は、工事の事、知りませんから、いい加減な事、言うんですわ」すぐパパにTEL.。結局、パパが、交渉し、今回はキャンセルとなった。こちらに落ち度は無かった。もう一つ、工事の方の仰った事が気になった。「ここで主人がタバコをすごく、吸うんですよ。」「タバコは、クーラーに良くないですよ。フィルターがすぐニコチンで詰まりますし、一週間に一回、まめに掃除しないと、フィルターを通過しちゃうんで、出来たら、傍で吸わない方が、だんぜん、クーラーの寿命が違います」そうなんだ。どうりで、フィルターを洗うと、ネトネトしていた訳か。パパに言ったら、「解ったよ、これからここでは吸わないよ」「ここで吸っても良いけど、空気清浄機用意してよ」「良いよ吸わないって」で、一本でも吸ったら空気清浄機を買う約束をした。しかし、この灼熱地獄からの開放がまた伸びた。二人で食事をし、パパは会社に帰っていったが、暫くしてTEL。「仕方ないんで今、業者に修理の手配したから。部品の関係で土曜日になるって」「エーーーッ、このままなの?」「仕方ないだろう。」そう、仕方ないよね。「仕方ないから、クーラーのある部屋にいろよ」そうも行かないのが主婦なのだ。まあ、子供じゃないんだから、我慢するしかない。でも、御蔭で、部屋は綺麗になった。感謝しなくちゃね。
2004年09月09日
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クーラーが壊れた。全く冷えない。むしろ、温風が出てくるような気がする。お昼まで、リビングの窓と言う窓を全開にしたが、ここは、すぐ上が屋根で、おまけに、南東にあるので、陸屋根に容赦ない日差しが降り注ぎ、暑い。廊下部分から二階建ての我が家は、廊下に出ると、3度以上違うほど涼しい。しかし、仕事は、リビングとキッチンだから、頭の中にまでかいた汗が流れてくる。正に地獄。このままだと、熱中症になっちゃうかも・・・と恐かった。お昼過ぎ、キッチンの温度計を見たら35度。もう、耐えられない。パパが昼食に帰宅し、流石にまいったらしく「おい、すぐクーラー買いに行こう」で、二人で、買いに走った。もう、9年だから、仕方ないよなあ。在庫があれば、明日つけます・・・・との事。在庫のある物の中から選んだ。今、クーラーは色色な付加価値がついてて面白い。どうせ新しいのを買うのならと、「酸素発生機能」「イオン発生機能」「自動お掃除機能」「空気清浄機つき」を買った。10~12畳用。接客してくれた女性店員は、いやに詳しく、黒のパンツスーツでいかにもキャリヤウーマン風。こういう人に接客して頂くと、こちらも、何故か安心。帰りにパパとイタメシ屋さんで美味しいスパゲティを食べた。明日、午前中にこの地獄から開放される。しかし、今のままでは、人様を家に上げられる状態ではない。帰宅後、戦闘開始。もう、汗が、滝のように流れるとは、この事かと思った。元気が出るよう嵐君達のCDを片っ端から掛けて頑張った。やれやれ、こうすると、出来るのになあ。しかし、まだ、半分。後は、明日、工事の方が来るまで頑張ろう。夕方、病院に行った。父は元気。良かった。ただ、まだ、酸素チューブはしている。母と帰宅。途中、「貴方が来るの待ってた」とかで、大型薬局で、重い洗剤やら、アミノ酸入りの清涼飲料水を大量に購入。私がレンタルビデオ屋さんに行くと言ったら「私も」ニノの「青い炎」を返し、「ゴクセン」を借りた。母は、お目当ての「冬のソナタ」を借りた。すごく嬉しそう!!「これ、見る時間あるかなあ」「大丈夫だよ、4日もあるから」冬ソナは、人気が有るので、わたしが借りるDVDより、借りられる日数が少ない。母はルンルンで帰宅した。まあ、こんな事で、ストレス解消になったら、安いものだ。今日は木曜。私は、帰宅後夕食を済まし、「南君の恋人」を見た。「青の炎」とは、また違うニノがいた。ライヴでのMCでは結構きつい事をシラっと言ってしまう素のニノだが、思いっきり優しい南君だ。「青の炎」と言い、「南君・・」と言い、どちらもよく見ると難しい役どころなのに、色色な表現がニノから出てくる。こりゃ、大物になる可能性大だな。今日は、疲れた。
2004年09月08日
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今日は、久しぶりのカウンセリング。この3週間にあったいろいろな出来事や、気持ちを報告した。父が再び入院した事。危ない状態だと言われた事。嵐君のライヴに浜松に行った事。大ちゃんとコンタクトできた事。○○が戻った事。など等。「元気でらっしゃいますね」先生は、嬉しそうに仰った。「はい、嵐君達に元気を貰っています」精神的にも元気になり、肉体的にも冬コンに備え鍛えようと決心し、女性ホルモンの活性化で、戻った事。本当に、良いことばっかり!このまま、この状態が続けば良いですねと仰った。一つ、寂しい報告があった。3年私の担当だったカウンセラーが退職なさるそう。前任のカウンセラーには、娘の心理学部受験のお世話になったから、そうか~、もう、3年経つのか・・・・・と感慨深かった。寂しいけれど、これも、先生のキャリアアップの為だから仕方ない。後任は、まだ、決まっていないそう。借りてきたニノの映画「青の炎」を見た。すごく、ショックだった。流石に蜷川作品。ドンと重いものが残った。ニノの非常に透明感のある演技がとても良かった。ライヴのニノとは、全く違う、壊れそうなニノがいた。・・・と言うより、あまりにニノが美しすぎた。ずっと可愛い子だと言う印象があったが、まさに「美しい」といわざる終えないニノがいた。苦悩と、恐ろしい現実と、せつなさが、ニノの持つ透明な部分を浮き上がらせて、本当に良い作品になっている。これ、TVのCMで見たいと思って見られなかった作品。レンタルDVDを返したくなくなり、とうとうオークションで購入した。本当の限りない悲しみを伴った怒りは、「青い」。ナイフの鋭い刃が発する「青い色」なんだと思った。今後のニノの俳優さんとしての活躍を多いに期待したいと思った。
2004年09月07日
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今日は朝から、この団地全体の防災訓練。一番大きな公園に住民を集めて、バケツリレーや、放水、消火器の使用方法の実施など。総勢千軒の住宅街、皆参加とは行かないが、それでも半数は参加していたはずなので、かなりな規模だ。たまたま、我が家の地区は、役員全員が防災隊員になってしまったので、パパに出てもらい、支給されたヘリメットを被っての参加となった。私は、家で、のんびりさせてもらった。母にTEL.父の様子は良いらしい。この防災訓練後、チビの文化祭に行く。暫くすると、パパが帰宅、シャワーを浴び、用意。二人揃って、学校に向かった。早い物で、オネエから数えて9年目の文化祭。今年は、5年生なので、来年は大学受験準備で6年生は参加出来ないので、本当に今年で最後だ。チビの所に行く前、お友達に会った。彼女の娘さんと、オネエは、大の仲良し。昨日も一緒だった。彼女の次女も、チビと同学年なので、お付き合いは深い。人様の娘さんだが、もう、10年以上のお付き合いなので、娘と同じ感覚。娘も、彼女も本当に花開くように20歳と言うのはどうしてこうも、女の子は、キラキラとして綺麗になるのだろう。「またね」と言って別れた。チビ達5年生は、模擬店担当。チビは焼き鳥と、ネギマ係り。お昼近くに行くと、もう、食券は売り切れ。チビに叱られる・・・。チビに恐る恐る言ったら、「だから、早く来ないとって言ったじゃない、仕方ない」と、ポケットから自分の食券を出してくれた。「良いよ、貴方、いるでしょ?お母さん達は、貴方の姿を見たくて来たんだから」返そうとしたら、「良いよ、良いよ、お母さん達に食べて欲しいから」。なんとまあ、大人になった物だ。涙物だ。ありがたく頂戴し、私が持っていた別の食券と交換。無事、パパと二人、娘が焼いた焼き鳥をご馳走になった。学校が余り好きな子じゃない。一日中、お友達に気を使い、へとへとになって帰って来る。学校に行けばそれなりに、お友達はいるが、一人で、家で好きなことをするのが、一番幸せを感じるような子だ。だから、学校で彼女がどんな風に過ごしているのか、いつも心配。しかし、今日の彼女は、それなりに、お友達とキャッキャッ言いながら焼き鳥を焼いていた。それを見て、内心、ああ良かったと少し胸撫で下ろした。チビに帰るよと言い残し、学校を出た。それから、二人で自動車屋さんに行った。一昨日から、営業のKさんが、自宅まで来て、今日の試乗会に来てくれとしつこく言うので、パパが義理を果たそうと言い出し行った。お勧めの新車は、ヨーロッパ仕様車との事だったが、写真で見るより案外小さくパパはがっかり。パパより、私向き。暫く乗って走って見たが、私は、こういう背の高い車は苦手。深く座席に座れるような車が好きなので、別のスポーツ車が魅力だった。しかし、購入する気はない。今乗っている車が大のお気に入りだから。ついでに娘の車を物色した。でも、やはり、慣れてからじゃないと、新車で事故っては勿体無い・・との結論で1時間ほどで、車屋さんを後にした。その後も、外車ディーラーの梯子。買う予定も、資金も無いが、やはり、ジャガーが、それも、クラシックジャガーが良いなあ・・と二人意見が一致。暫く見て周った。だが、最近パパは、ハマーが欲しいらしい。でも、あんなデカイ車、車庫には入らない。私は、クライスラークラシックが今、一番欲しい。思いっきり、楽しんで、堪能し帰宅しようとしたら、自動車学校に行っていた娘からTEL.近くの駅に着いたとの事で、拾って、帰りに色色お買い物をして、帰宅。今日は、久々のパパとのデートだった。パパとは、色色な趣味が同じなので、夫婦と言う枠をはずれると、本当に、気の会う良い友達なのだ。車が好きで、絵や、映画が好きで、音楽の趣味も同じ。面白い事や、変わったイベントに若い頃、よく二人で出かけて行った。今は、何か面白い物を見つけると、パパは携帯で知らせてくれる。出不精の私だが、パパが面白い物を見つけると、大体、私にも面白い物なので、見に出かける。友達としては、本当に気の会う人なのになあ。夫婦だと、難しい。でも、もう、21年。まあ、仲の良い方かもしれない。パパに感謝。
2004年09月05日
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今日は、土曜だと言うのに、パパは会社の親睦会に出かけて行ったし、オネエは、お友達と一緒に先生に会いに、チビの文化祭に行き、私はほとんど一人だった。お昼も一人だと、何も食べたくない。豆乳と、お茶漬けを少し食べて、終わり。そうだ!こんな時、見たかったDVDを見よう。まず、嵐君のライブDVDから見た。それから、ニノが演劇界の重鎮蜷川幸雄(?)の演出に請われて出た「青の炎」。存分に自由な気分。友人からTEL。暫く、おしゃべり。楽しい。父の事を心配してくれる。安心してねと言って切った。夕方、ぞくぞくと、帰宅。折角の自由時間は終了。パパ、お疲れ様。親睦会と言っても、パパにとってはお仕事に過ぎない。みなで食事に出かけた。何だか平和だなあ。
2004年09月04日
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午前中、銀行に行き、郵便局に行き、用事を済ませ帰ってきたらパパからTEL。「何?」「メシ、どうする?」何か、含みのある言い方。「何よ」「いや、ティファニーにいこかと思ってさ」先日、私が浜松に行った日、子供達と別のイタメシ屋で食事したそう。私も子供達も好きなお店なのだが、たまたま、パパの口に合わなかったらしくて、子供達に「今度はもっと旨い店につれてってあげる」と約束したらしい。それがティファニー。私は、そう、特別美味しいと思わないが、大きなソファが幾つも有る、まるで、ラウンジのようなお店で、ものすごく広いので、ゆっくりはする。12半に待ち合わせ、ついでに病院に行こうと着替えて、出かけた。たらこスパを頼んだら、パパに電話。結局、なかなか、帰って来ず、一人で食べ終わってしまった。弟からだった。また、何だか問題が有ったよう。我弟ながら、もう、私には、面倒見切れない。パパに頼んである。「ゴメンネ」と言うと、「うん」と言って黙った。「親父さんに、報告に一緒に行くわ」暫くして、パパが意を決したように言った。情けなかった。でも、今は、父も母も十分解っている。父が元気な頃は可哀想だが、父がしょって行かなければならない十字架だと思ったが、今の父には、可哀想過ぎる罰だと思った。病院に着いた。酸素チューブをして、足が相当浮腫んでいた。昨日、B型プラスの血清を輸血したそう。浮腫は、副作用だから仕方ない。顔が少し、浮いていた。声も、肺炎のせいか、力がなかったが、機嫌は良かった。暫く、取りとめの無い話をしてパパが、弟の事を話した。父も母も淡々と受け止めていた。I医師がいらした。お元気そうですねと、クシャクシャの笑顔でおっしゃった。本当に、太陽のような人だなあ。暫く、お話をして、出て行かれた。パパと二人、「じゃ、帰るから」と病室を出た。ナースステーションの前を通ると、I 医師がいらしたので、少し、父の事を伺おうとお願いした。「あの、父が、敗血症と母から聞いたのですが・・・」「いや、肺炎ですね。」「え?敗血症ではないんですか?」「はい、起こしかけていましたが、もう、それは無いです」「良かった・・・」「いいえ、肺炎の方が、Fさんには性質が悪いんです」「と仰ると・・」「敗血症の場合、血液の中に悪い菌がいるので、抗生物質で叩けるのですが、肺炎の場合、肺の中にに、菌が隠れてしまうので、一旦良くなったと思っても、菌が出てくると、また、熱が出たりします」「そうなんですか・・」「ですから、やはり、今回は、少し、入院が長くなります」そうだったのか・・・。母の話を鵜呑みにしていたが、敗血症じゃなく、肺炎で、敗血症より、肺炎の方が性質が悪い。・・・と言う事だった。しかし、このまま入院していれば、何とか、なるようだった。少し、安心した。帰宅後、少し、横になった。何だかすごく疲れた。チビは、明日から文化祭。5時起きだとか。夜、元気になりたくて、NHKの「トキオ」の総集編を見た。翔君が出ている。ここでの彼は、本当の翔君とは違い、何だか、甘えん坊だ。本当の翔君は、嵐をそつなくまとめる、一番のお兄さん役だ。いつも、とてもしっかりした人。そのギャップが、面白かった。少し、元気になった。今日は何だか、色色、考えさせられる日だった。
2004年09月03日
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母から、また、あまり父の具合が良くないとTEL.夕方、見に行った。体内の酸素の値が低く、酸素チューブを外してトイレに行き、気分が悪くなり、ナースを呼んだそう。で、また、チューブのお世話になる事になった。しかし、本人は、案外元気。大丈夫だな・・というのが、見た感想。急にどうこうならないが、こうして、一進一退を繰り返している。オネエが大阪に行っていないので、3人分の食事の用意をしようと思ったら、パパから電話。「今日、出かけるから」「あ、そう。」私の言い方が、可笑しかったらしく、パパが電話口で笑った。「なんだ?」「ううん、Aがいないし、貴方が今日、出掛けるって言ったから、またMと二人だなあっと思って」「良いじゃないか、好きなケンタッキーが食えるだろ?」もう、あまり、この歳になると、脂っこい物は、敬遠しがちだ。前のように、パパがいない時はケンタッキーフライドチキンとお決まりだったが、嬉しくない。チビに、今日何食べようかと言ったら、まあ、出てくる、出てくる、贅沢なメニュー。冗談じゃない、お蕎麦くらいなら、まだマシだが、そうそう言う事は聞けない。で、結局、チキンになった。帰宅したパパが着替えて、駅前の繁華街に車で送って降ろし、近所のケンタキーに行き、ドライブスルーで買って、ついでに買い物をして、帰った。二人で、細々とチキンを食べ、チビは、さっさと部屋に引っ込んだ。何だかつまらないなあ。あ、今日は、木曜。「南君の恋人」の日。動いているニノに会える・・・・と思ったら、途端に元気が出た。やっぱり、嵐君は、私の元気の源。TVの中のニノは、ライヴの時のように、少年のような仕草はしない。ライヴの時のニノは、5歳くらいの男の子ような仕草を時々見せる。お父さんの大きな靴を履いた男の子のような感じとか、リズムに合わせて体を揺らす揺らし方が、とても可愛らしいのだ。二十歳の男の子の体の大きさに反して、手がとても可愛いのも、ライヴでよく言われる。しかし、TVの中のニノは、とても男っぽく見えるから、不思議。大きさが、実際より、大きく見えたり、小さく見えたり、太って見えたりするのだ。TVって面白い。パパは、機嫌良く、飲んでるかなあ。オネエが、10時過ぎに帰ってきた。今日は、早く寝よう。
2004年09月02日
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本当なら、今日から新学期。しかし、チビは、すでに土曜日から学校だし、オネエの大学はまだ、夏休み。今日から、お友達と、大阪に遊びに行った。この前、USJに行ったばかりなのに、今回は、南や、道頓堀に行くそう。良いなあ。チビは、一応始業式だそう。朝、午後から、この週末にある文化祭の準備があるので、帰りは午後になるかもと言っていたが、お昼過ぎには帰ってきた。お昼をパパと3人で食べた。本当は、火曜日なのでカウンセリングだが、カウンセラーが研修でドイツに行ったので、今日はお休み。しかし、診察はあったのだが、忘れてしまった。曜日の感覚が鈍っている。何だか、ボーッとしている。嵐君達の夏コンサートも、昨日、福岡で無事終わった。私の夏も終わったよう。気持ちが少しだるい。ここの所、朝晩涼しくなった。季節の変わり目が、更年期には結構辛い。父も、変わりないようなので、今日は、病院をサボった。こういう死んだような日も、また、良いかな?
2004年09月01日
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