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今日からまた、父が入院。朝9時半に迎えに行くと、玄関の表に台車に積まれた荷物が・・。ウッソー、これ、どう車に積めって言うわけ?母に来たよ~と叫ぶと、二階から降りてきて、「あれ、トランクに積んで」「冗談じゃない、人の車の都合も聞かず、よく、こんなことが出来るね~」と呆れた。私の車のトランクは、自慢じゃないが、物置になっている。こんな物積めるスペースなど無いのだ。父が出てきて、「そんなら良い、もう、タクシーで行くわ」カッチーン!もう、本当に頭に来る。「勝手なことばっかり言わないでよ、私の友達なんて、下駄箱の代わりにしてる人だっているんだよ」母がまあまあとなだめて、こっちもこんな我が侭な父と喧嘩するのも大人気ないと思い、台車の荷物をばらして、後ろの座席に積み始めた。空気清浄機まであるから、かなりな荷物だが、上手に積んで母の座るスペースを作って父を呼んだ。ブツブツ文句を言っていたが、車が走り出したら機嫌が直った。やれやれ、頑固な年寄りは本当に扱いにくい。病院に着くと、簡単な問診をし、顔見知りの婦長さんや、看護士さんに連れられ、「特別室」に向った。入ってびっくり。15畳ほどのワンルーム。バストイレ付き。ソファセット、中くらいの冷蔵庫、大型TV,、電子レンジ付きのミニキッチン、とまあ、ちょっとしたホテルの部屋のよう。おまけにバストイレは勿論、シャワートイレ、大理石の洗面ボールときた。作りつけの洋服箪笥、ロッカーなど至れりつくせり、こりゃ、一泊12000円もするはずだなあと感心してしまった。大きな窓際には、以前いた個室の数倍大きな空調が二台。その上にお花が無いのが、殺風景にさえ、思えてきた。父に「お父さん、居心地よさそうだねぇ」と言うと「そりゃ、ばあさんと顔つき合わせているより、若い看護婦さんはいるし、部屋は快適だし、言う事ないよな」とご満悦だ。まあ、折角の連休を病院で過ごさなくちゃ成らないのだから、これくらいの贅沢、旅行に行ったと思えば、良いか・・・。片付けをしていたら、お昼近くになった。見ると、電話もある。0発信で近くのお店に出前を頼んだ。お昼を食べたら、朝から頭痛がしていたので、ソファで、横になった。暫く寝てしまったが、父が血清の点滴をし始めたので、起きて、お昼に来ていた娘と母と買い物に出た。買い物から帰るとI 医師がいらした。「Fさん、今日の数値は悪くないですから、お風呂に入っていただいても構いませんし、2日と4日に輸血しますが、その間に外泊も外出もして構いませんよ」とニコニコなさって仰った。夕方、パパが来て、皆でお茶を飲みながら話をした。多分、議員さんとか、この地はお相撲さんがよく治療に訪れる所なので、そういう人がこの部屋に入院するんだろうねぇなど、非常に小市民的な話題になり、皆、可笑しくて笑った。私ら庶民には、こういう機会でもなきゃ、経験できないよねぇと娘がしみじみ言ったのには爆笑だった。父は今日も元気。娘が用事があると言うので駅まで送って、帰って来たら、早速外泊届けを書いていた。明日は、朝から外出して、家に一泊。翌朝、また、病室に帰るそうだ。「勿体無いから、私泊まっちゃおうかなあ」と言ったら、夜中に看護士さんが見回りに来て、驚くだろうなあと父が楽しそうに笑った。ちょっとした贅沢だが、父がこんなに楽しそうにしている。これで良かったんだと思った。まだまだ、大丈夫だよね、お父さん。
2004年04月30日
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今日も朝から、具合が悪い。だるくて、食欲が無い。気温の差に、体が完全についていけなくなっているのだ。それでも、熱もないのに、寝ていられないと思って起き上がる。これでも、前より大分まし。考えてみたら、原因が一つ思い当たった。あれだけ飲んでいたサプリメントを、かなり前からサボっていた。大した影響など出ないと高をくくっていたのだ。もう、一月くらい、さぼっていた。ふと気付いて、また一週間ほど前から、飲み始めた。それが、効いてきたのかもしれない。考えてみれば、もう、10年以上続けていた事だったのに、面倒になって辞めてしまった。やはり、継続は金なりだ。まじめに続け様っと。
2004年04月29日
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午前中、母から電話。父の血液の数値が、白血球を増やす注射をしてから、芽球が18に増え、好中球が2まで落ちてしまったので、連休中の対処が心配なので、金曜から用心の為の入院だそう。連休中に急に容態が変わりERに行っても、血清や血液がすぐ用意できない事や、医師が対処出来ないからと言う。ただ、特別室しか空いていないとの事。まあ、折角の連休が病院だから、特別室で、ゆっくり贅沢しても良いのじゃない?と言った。母はそう、心配していない様子。と言う事は父も余裕の入院なのだろう。午後から久しぶりに映画に行った。見たかったのは「ピーターパン」「キャシャーン」だったがどうしてもチビが「ホーンテットマンション」が観たいと言い出し、結局付き合わされた。もろB級だった。内容も、つまらなかった。エディ・マーフィーが出ていなかったら、何も無い映画って感じ。おまけに、時間的に吹き替えしか無くて、吹き替えのエディマーフィーは最悪。相手役の女優さんがすごく綺麗で、チャーミングだった事だけかなあ。あまり体調が良くないので、すぐ帰宅。しかし、心にな~んにも残らなかった映画も珍しい。今、一番みたいのは「パッション」例のキリスト最後の数日を忠実に描いたといわれている映画。キリスト教徒の少ない日本でのみ、監督のインタビューが実現したとか・・・。世界中で、物議をかもしているそう。私もキリスト教徒じゃないから、冷静に見られるかな?残酷なシーンもあるらしい。宗教は難しい。いつも思う。宗教戦争は非常に矛盾していると。彼らの信ずる神は、人殺しを許さないはずなのに、宗教で戦争をし、殺しあっている。全く馬鹿げた話だと思う。私は神は自然そのものだと信じている。自然の神秘こそが、神の仕業だと思う。魂の存在も、輪廻転生も信じている。だから、自身の「死」に対する恐怖は無い。有るのは、愛しい者達との別れの恐怖だけ。それが、キリスト教の教えと同じと以前言われたが、そんな事は、どうでも良い。人それぞれ信じる事が違う。それが、キリスト教の教えと一緒だろうが違おうが、私は自分が生きてきた間に得た知識で信じてきた事なのだから宗教とは関係無い。例えば、さるが人間に進化したなど信じていない。最初の人間は宇宙人。現実、ある古代の壁画に今の宇宙服と同じものが描かれていると言う。サル人間は確かにいただろうが、それが、宇宙人と一緒になって進化したのかもしれない。でなければ、古代遺跡に残された、高度な知識や技術の説明がつかないじゃないか・・。だから、キリストもただ高度な予知能力や、霊感を持った、今も世界中に多々いる人達と同じだったと思うだけ。なんだか、話がおかしくなった。宗教にすがるのも人それぞれだから、良いと思う。ただ、人に薦めたり、強要してはいけない。だから「パッション」を見てみたいのだ。キリストの最後の数日を描いたと言われる映画。膨大な資料から作られたと言う。本当にどうだったのかは、実際その場にいた人しか知る由もない事が、どのように描かれているのか・・・。早く見たい。
2004年04月25日
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今年度の組長になった。以前の住処であった頃、自治会長になった際、子供に本当に可哀想な思いをさせたので、自治会に関する役回りはお断りしていたが、以前の80世帯のマンションと違い、所詮10戸あまりの組組織なので、皆さんに交代でしていただきますと言われれば、ご近所付き合いの事もあり、断りきれなかった。パパは殺人的な忙しさゆえ、当然、仕事は私に回ってくる。今日は自治会費の集金日。配られた市報と回覧物を手に、端から集金に回った。ほとんどのお宅が、リタイヤしたご夫婦が住んでいる地区。我が家が一番若い家族。我が家を除くと、お子さんを育て上げ、別居してらっしゃる方ばかり。唯一、お勤めをしている未婚の娘さんがいらっしゃるくらいだ。あまり外に出ない私には、お顔とお名前が一致しない。お宅にお邪魔して集金させて頂く。2軒、空き家がある。大きな南国風のお宅と、今風の素敵なお宅。両方の違いがややこしい。自治費を頂いている方と頂いてない方の区別がつかない。困った事に、たまたま家の様子を見にいらしていたご家族が、自治費をくださったので、頂いてしまったら、そちらはもう、脱退してらっしゃって、貰ってはいけない方だったり・・・。慣れないうちは本当に大変。でも、皆さんがきちんとこなしてらっしゃったのだから、私も、しっかりしなくちゃ・・・と改めて反省。おまけに、他の組の方は引継ぎにフロッピーなど以前の資料を貰っているのに、この組はパソコンをされるお年の方がいらっしゃらないので、一切引継ぎ資料が無い。頂いたのは、回覧板のバインダーと名簿のみ。仕方がないので、新しくパソコンで資料を作った。「訂正箇所がございましたら、赤ペンで訂正お願いします」との注意書きをして、今朝、回覧に出した。さてはて、どんな反応があるかの心配。これだから、鬱になるんだなあ。まあ、ど~んと構えていましょかね。
2004年04月24日
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午前中、やはり、寝ていた。夕方、近くの内科医に行った。聴診器を当て、診察台で血圧をはかり、触診なさって、カルテに何か書き込んだ医師に聞いた。「先生、どうにもだるくて起きていられないんですが、何か悪い病気でしょうか?」大きな病院の内科部長だった先生はいつものように穏やかな笑顔で難なくこう仰った。「う~ん、風邪は大分良くなってるようだし、虚弱体質の貴方には、この寒暖の差に体がついて行かないんでしょう。僕だって、ここの所の寒暖の差には、だるくて、仕事が無ければ、こうして座っていられないからね。そりゃ、貴方にとっては、だるくて仕方ないのも無理ないよ。」「じゃ、悪い病気じゃないんですね」「うん。多分、気候が落ち着けば、起きられるようになるよ。鬱病でだるい場合もあるけれど、今回のは、ただただ、虚弱体質って事が原因だね。一応、血液検査しましょうかね」と言う事らしい・・・・。全く、見た目はこんなに健康優良児みたいなのになあ。生まれつきの虚弱体質とは、この年になっても縁が切れないらしい・・・。ゆっくり、寝たい時は寝なさいと言われて、診察室を出た。血液検査はこの前、婦人科でしたばかりなのに、また、痛い思いをした。全く、健康な体が欲しい・・・・。パパに言ったら、笑われた。失礼な奴だ!まあ、か弱い体型じゃないから笑われても仕方ないが、この体型だって、自分でなった訳じゃない。抗鬱剤の副作用で成ったわけだし、こうなる前は、先生に「もっと太らなきゃ、病気ばかりしちゃうよ」と言われるくらい、標準体重も無かったのだ。先生の仰るように太ったが、相変わらず弱いのは、やはり、生まれつきなのだろう・・・。だったら、太ってるより、痩せた方が良いなあ。ボヤいていたら、また、パパに笑われた。人の気も知らないで、全く失礼な奴だ!父は今日も元気。退院3日目も無事です。
2004年04月23日
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今日は少し楽なような気がした。この年初めての夏日になった。すごく暑い。半そでで十分。温度計を見た。28度もある。家中の窓を開けた。網戸を通して、気持ち良い風が入って来た。頑張って、毛布を干した。午後から寝込んでいた間に冷蔵庫の中が空っぽになったので、買い物に出た。最近凝ってるのがお茶。「伊右衞門」しかし、近所のスーパーには在庫がない。製造が追いつかないそうだ。ちょっと行ったジャスコに行ったらあった、あった。でも、他の銘柄の物に比べ、数が無い。買い占めた。ペットボトル8本。お茶を買うのは勿体無いという感覚があるのだが、このお茶は別格なのだ。兎に角美味しい。これだけ買えば、当分、大丈夫。あとは、お肉、お魚、お野菜など、もう、買い物袋5つになった。カートで運び、車に積んで帰宅。さあ、これからが大変。一つ一つ、冷蔵庫ヤ、ストッカーにストック。やれやれ、少し調子良かったのに、この買い物で、また、疲れてしまった。一体、これは何なんだろう・・・。明日、病院に行こう・・・。父の所にお茶を一本持って行った。父もこれが好きらしい。母に「旨いなあこのお茶」って言っていたらしい。昨日のこともあるし、玄関先で父の体の様子を聞いて、母に渡して帰った。今日はとりあえず、穏やかな日だった。
2004年04月22日
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朝から相変わらず、だるかった。午前中は寝た。午後から少し起き出して、食器を片付けたり、洗濯をしたりした。それでも夕方まで、横になっていないと、どうにもだるかった。父と4時半に迎えに行く約束だったので、4時に家を出た。病室に重い体を引きずるようにして行くと・・・・。看護士さんたちが片付けたり、消毒したりしていた。「あれ?」「ああ、10分ほど前に退院されましたよ」ウッソーーー。慌てて下に降りたがいない。電話をしてみたら、母が出た。「何よ、病室行ったらもう、退院したって言われたけどどうなってるの!」「4時だって言ったから待っていたけど来なかったんで、タクシーで帰って来たわよ」「何言ってんの!4時半って言ったじゃない!わざわざ私が4時に迎えに来ようかって言ったら、点滴が終わらないから4時半にしてくれって、お父さんが言ったんだよ!」「私は4時って聞いてたから・・」もう、喧嘩。こっちは本当にだるかったが、退院の時くらいは何とか迎えに行ってあげようと思ったのに・・。すぐ父の家に行った。ムセッとした顔をした父がいた。「来る事解ってるのに、タクシーで帰るってどう言う事?」「貴方が4時だって言うから・・」「冗談じゃない、私が4時って聞いたら、お父さんが4時半って言ったんだよ!!」母は、私の勢いに「待って居ようって言ったんだけど、お父さんがいつもの調子で我慢出来なくて・・・」想像できた。来ない私に腹を立て、もう良い!タクシーで帰る・・と怒って帰ってきたのだろう。冗談じゃない、こっちもちゃんと確認してから帰宅したのだ。「ゴメン、悪かったわよ。そうだよね、いつでも貴方は、来てくれたのもね」母に頭を下げられては仕方ない。父には、本当にその我が侭さに頭に来る事ばかりだが、引くにひけないのだろう。ブリブリ怒りながら帰宅した。夜、パパが帰宅、怒って話しをした。その後、パパは仕事の話をしに父に会いに行った。「おやじさん、『娘に怒鳴られるようになったら、俺も終わりだよ』って言ってたぞ」そうか~、反省してるんだな、許してやろうか。年を取った親に腹を立ててもつまらないしなあと思った。まあ、パパにああ言えば私に伝わると思っての父の謝罪発言だろうから、許してやるか。どっと疲れも出たし・・・。今日は早く寝ようっと。
2004年04月21日
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午前中早くにパパが帰ってきた。私が朝から落ち着かないだろうからと、仕事に都合をつけて、帰宅した。二人で病院に行くと、I医師と、以前通されたカンファレスルームに向かった。「実は、今回の入院で、Fさんの状態は全く入院前と、変わり無い状態だと言う事が解りました。」「昨日の骨髄の数値のことでしょうか?」「はい。早く言ってしまうと、抗がん剤の投与も、そのほかの治療も、何の役に立たなかったと言う事なんです。」「わたしの目から見ますと、良くはなっていないけれど、悪くもなっていないと思うのですが・・・」「そうですね、そう、悪化はしていないと言えます。」「もう、それだけで十分だと思っています」I医師は言いにくそうに次の言葉を発した。「つまり、本当に狼少年のようで、何度も申し訳ないと、お詫びしなくてはならないのですが、Fさんの状態は、何時、何があっても可笑しくないと言う事なんです。」「はい、それは、もう、家族も本人も十分覚悟しています」「で、これからの治療の事なのですが・・・。何をしても良くならないからと言って、このまま、何もしない訳ではなく、ご家族に了解を頂きたいのは、今後の治療についてなんです。このままここにいて頂いても蛇の生殺しのようになりますので・・・・。」「はい、解りました」「実は、3つ方法があります。今後、このまま入院して頂いて少し強い抗がん剤を使う方法と、退院して今まで通り血清の輸血と赤血球の輸血に加え、白血球を増やす注射を通院しながらしていく方法、それから、退院して、もう、何もしないで様子を見ると言う方法があるのですが、最初の方法ですと、退院はできませんので、調子の良い日に外泊をしていただく事になります」「そうですか、解りました。本人も、もう、退院したくて仕方ないようですし、退院して、輸血と注射と言う方法を摂っていただけますでしょうか?本人には、先生から、そのように直接言って頂けますでしょうか?」「はい、ではそうのように致しますが、ご本人は勿論、お母様も直接申し上げて大丈夫でしょうか?」「大丈夫です。先生には申し訳ないのですが、今、本人も母もアガリクスを信じきっております。それが、二人の心の支えになり、精神的にも強くなっていますので、直接仰って頂いても、今の二人には大丈夫だと思います。」「そうですね、ご本人の精神的支えが大きいですから、それは、私も良い事だと思っています」「今回退院できても、また、入院と言う事になると思いますが・・・。」「はい、そういう意味では、今回が最後の退院だと思います。そのくらい、数値的にはFさんの状態は良くないですから」「そうですか・・・。では、宜しくお願いします」「はい、ただ、心置き頂きたいのは、感染に十分お気をつけになって、少しでも発熱したら、すぐERにいらしてください。即、入院治療できる体制でおりますので」「ありがとうございました」パパと二人、深く頭を下げ、カンファレスルームを出た。先生と廊下を歩きながら「お風邪の方、如何ですか?お父様が随分ご心配されてました」「本当に、もう、嫌になってしまうくらい、治らないんです。先生も、お忙しいお体ですから、お気をつけくださいね」I医師の人懐っこい可愛い瞳がふっと緩み穏やかな笑顔がマスクの下に伺われた。こういうお顔がこの方は本当に良いのだ。小柄なI医師の白衣が、遠くになった。パパと二人きりになってホッと言葉が出た。「な~んだ、こんな事だったのかって感じ。昨日、お電話があった時から、何を言われるんだろうって、心配で、何も手が着かなかったけど、良かった。」「ああ、覚悟は出来てるからな。悪くなったって話じゃなかった。良かったな」「うん、でも、これが最後の退院だって」「解らないじゃないか、今迄だって、あと一週間とか、二週間て言われたけど、こうして、生きてるだろ」「そうだよね、そういう意味じゃ、先生の仰るように逆の意味で狼少年てことか・・・。」帰宅し、今度は私のカウンセリング。パパが「今日は俺も行くわ」「はあ?、珍しい、カウンセリングに?」「おお」と言う事で、一緒に来たが、結局、一言も発せず、帰った。私とカウンセラーの話を聞いているだけだった。週に一度、ここに来て思いを話すだけだが、私にとって、大切な場所。自分も気持ちの整理がつくから。自分の深層心理が、言葉になって出てくる。自分も気付かなかった気持ちや思いが、言葉になって引き出される唯一の場所。帰りに二人で台湾料理のお店でランチを食べて帰宅。疲れた・・・・。父が心配だったので午後、病院に行った。病室に入るとすぐ父が言った。「おお、珍しいな、風邪は良いのか?」「うん、まだ少し微熱があるけど、今日、先生に呼ばれて話をしたから、先生がお父さんにどんな風に仰ったかと思って」「そうか、お前達来てくれていたのか。悪かったな。あのな、明日、退院して良いってさ。だけど、毎日、通院するようにって」父は本当に嬉しそうにそう言った。「そう、良かったね。でも、感染には気をつけなくちゃいけないんだよ。前みたいに1時間以上、車で出かけたりしちゃいけないんだよ。今回だって、寒くて只それだけで発熱しちゃって退院が延びたんだから、もう、昔の強靭なお父さんの体じゃないって解ったでしょ?」「解ってるよ」父と明日、輸血してからの退院なので4時半に迎えに来ると約束して帰宅。やれやれ、これで、一区切りついたなあ・・・。取りあえず明日から家にいられるのだから、母も、病院通いをせずに済む。今日はとても疲れた・・・。
2004年04月20日
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昨日は、擦り剥いた箇所が痛くて仕方なかったが、今朝から、打った部分が酷く痛い。少し頭が痛く、軽い鞭打ちになったようだ。ますます、じっとしている事が多かったが、そうも言っていられず、夕方、買い物に出た。今朝からの雨と風で濡れた。やれやれとんだ目にあったと帰宅したら電話。「お母さん、病院の血液内科の先生が、Fさんの娘さんお願いしますって・・・」「え!?」慌てて靴を脱ぐのももどかしく受話器を取った。「はい、代わりました」と、聞き覚えのあるI医師の声。「実は、今日、しました骨髄の検査結果があまり良くないものですから、これからの治療などのお話をさせていただきたいと思いますので、お体の具合が良くないと伺っていますので、どうしようかとも思ったのですが、申し訳ないのですが、明日、病院にいらしていただけませんでしょうか」体の芯がジーーンとした。いよいよか・・・。「ご本人とお母様には、検査結果がまだ出ないと言ってありますので、お話させて頂いてからご本人にお伝えしようと思っているのですが・・・」「はい、では、先生のご都合の良いお時間で宜しくお願い致します」「では、午前中で宜しいでしょうか?」「はい、では、10時前後で、お願いします。」「お待ちしています」電話を切ってすぐパパに電話。伝えると「そうか・・・。解った何とかする」気持ちがどっと重くなった。好転していると思っていたので、余計ショックだった。父の体の中は、確実に悪くなっていたのだ。アガリクス効果もここまでか・・・・・。傍にいたチビが「お母さん、しっかりしなくちゃ。大丈夫?」と励ましてくれた。しかし、熱がどっと出た感じ。検温したらやはり37度2分。頭も混乱している。お使いをしながら、今日はおいしいおみおつけと、大根の煮物を作ろうと思った。長い間、店屋物や、出来合いの物ばかりだったので、今日くらいから、ぼちぼち頑張ろうと思っていたが、また、気持ちが落ちて行った。明日、どんな事を言われるのだろう・・・。恐い。しっかりしろ私。
2004年04月19日
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朝、母から電話。今日と明日、父の外出許可が出ていた。「Iちゃん、今、お父さんから電話があって、熱が38℃あるんだって」「え!?」「自分で電話して来たから、大丈夫だと思うんだけれど・・」「解った」「私、すぐ行くから、悪いんだけどお天気が良いもんだから、シーツ干しちゃったんで入れて置いてくれない?」「解った」暫くして病院の母から電話。父は自分で電話して来た後、ナースセンターに熱があることを伝え、外出は辞めると言ったそうだが、看護士さんがびっくりして、病室に連れて行かれ、すぐ抗生物質の点滴が施され、今、やっと37.5度まで熱が下がったそうだ。全く、自分の状態が解っていない。熱は命取りなのに・・・・。夕方、母を迎えに行くまで少し散歩しようと出かけた。転んだ。両足を大きく擦り剥き、首を弾みで打ち、何年ぶりかで血を流した。急な坂を下りた際、足がもつれ、自分が思うように足が出なかった。体の重みが計算できず、ああ、年をとるってのはこう言う事なんだなあと実感した。久しぶりの血を流すほどの擦り傷に顔をしかめつつ、こういう痛みが何だか懐かしく、充分、可笑しかった。家族にも、心底呆れられた。「自分が解っていない」「年を考えなさい」「もう、本当にしょうがない」いちいち「はい、ごもっとも」と頷いた。左足の膝から下に大きなカットバン、両膝にもカットバン。全く、かっこ悪い。立ち上がる時も、両膝をつけず、引っ張ってもらい、情けないったらありゃしない。皆様のご意見、ごもっとも。本当は怪我をしたし、だるかったが、父のことも心配なので、母を迎えに行った。父の顔を見たら、ほっとして、文句がつい、口をついて出た。「だめじゃないの、電話してくる前にちゃんとナースセンターに言わなくちゃ」「大丈夫だよぅ」父は例のごとく、我がままだ。昨夜寒くて夜中まで眠れなかったそうだ。「そういう時はちゃんと夜中でもナースコールして、伝えないと、だめなんだよ。お父さんの体は、もう、丈夫な体じゃないんだから、こうして寒い思いをした後は熱が出ちゃうんだから」父はムセっとした顔。「今回も抗生物質が効いたから良かったものの、効かなかったら死んじゃうんだから、解ってるでしょう?」「お前、やっと来たと思ったら、文句ばっかりだな」もう、本当に何をか言わん!!!こんな文句ばかり言いたくも無い。こちらも、大きなマスクをして駆けつけているのだ。本当に、胸撫で下ろしているのだから・・・・。母を伴って帰宅。調子が良ければ、月曜に一旦退院と言われたばかりだったが、どうも、この分だとまだ、だめだろう。母は、一応、持ち込んだパソコンやら、厚手のパジャマやら、退院の準備をしていたようで、それも持ち帰った。帰宅後、すぐ食事をして、暫く座っていたが、やはりだるくて熱を計ったら、37度あった。怪我をした所がジンジンとしてなかなか眠れなかった。風邪はやく、治らないかなあ。
2004年04月17日
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とうとう日記をこんなにお休みしてしまった。先々週末から、体調を崩した。毎日何ともだるく、起きていられず、朝、家族を出すと、すぐ、寝て、お昼、パパが帰宅し、買い物に連れて行ってもらい、昼食後、また夕方まで寝る。夕食は、店屋物や、買って来た出来合いの物で済まし、夜9時には二階に上がりTVを見ながら、寝てしまう・・・。こんな毎日だった。勿論、病院の父の事も気になったが、幸い、芽球が0~2、好中球は12.3~20と落ち着き、元気だったし、外出許可が出て、帰宅も出来たので、なるべく感染が恐いので、近付かないようにしていた。内科医は、「過労と風邪でしょう」との事。熱はそう出なかったが、兎に角、だるかった。子宮筋腫があるので産婦人科にも行ったが、問題なかった。桜が綺麗に咲きそろう頃だったので、どうしても見に行きたかった。少し調子の良い日曜日、無理を言って、家族と千本近くある大きな川の堤に行った。ものすごい人、人、人。車を堤の下に止め、中でお弁当を食べた。頭上の桜の枝から、はらはらと花びらが、車のボンネットや、開け放したドアから膝の上に零れ落ちた。行き交う人の頭上にも、本当にこれこそ花吹雪かと納得するような風情で、優雅に、薄紅色の小さな花びらが無数に舞い落ちてきた。もう、我慢できず、車から降りた。道沿いにある5メートル四方の池の水面が、薄紅色に染まっていた。堤沿いの家々の庭も、白く埋まって本当に綺麗!!空が桜の枝で見えないくらい咲き乱れ、一番好きなちり際。すぐ下の住宅街の1軒のお宅の二階。屋根付きのベランダでご家族がテーブルを囲んで、お花見をなさっていらした。何とも羨ましい限り。「良いなあ」と娘につぶやくと、娘も「良いよねぇ、何か、暖かい感じがするよねぇ」うんうんと頷いた。我が家もマンションに住んでいる頃、すぐ近くの港でこの市主催の大掛かりな花火があり、南側のベランダから打ち上げ花火が真正面に窓一杯に見え、窓を開け放し、皆を招待し、居ながらにしての花火見物を美味しいビールを飲みながら見たものだ。桜のお花見も居ながらにしてみたいなあ。堤のコンクリートに降りると少し乾燥した花びらや、今、落ちてきたばかりの花びらが一杯。お弁当の入っていた袋を手に花びらを集めた。ここ数年、拾ってはポプリにしていた。桜はとても難しくて、すぐ、色が茶色くなってしまう。今年は何とか旨くしたい。暫く、座り込んで拾っていたら、お腹が痛くなってきた。そそくさと車に戻り、腹痛を伝えたら、パパが少し怒った。「だから、無理するなって言ってるのに」そうなのだ。車を降りる際、大丈夫かと聞かれた。しかし、降り注ぐ花びらを見て、もう、たまらなくなり、外に出てしまった。こういうところが、大人気ないのだと解っているのだが、なかなか、大人になりきれない。折角のお花見だったが、慌てて帰宅。また、ベッドに逆戻りだった。今年の桜は去年のように短い期間に散ってしまうと言う咲き方ではなかったので、こうして時を見て、見に行けた。体調がもっと良かったらと、残念だった。桜、やっぱり大好き。
2004年04月16日
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体のストライキ二日目。な~んにもする気になれない。良いお天気なのに、何も、せず、ボーーーッとTVを見ていた。またまた、買い物の虫が頭をもたげた。多分、買い物に走って現実逃避しているのだろう・・・。お誂え向きに24時間ショピング番組が2局もある。気が付くと、夢中で見て買っている。反省。昨日、娘が私にと、アリスショップのネットショップのできるサイトアドレスの書かれた可愛いカードをくれた。早速、買い物。これは、必要な物。お友達に買って来たおみあげが足りなかった。こうして世界中のものが手に入るシステムは、便利だが、寂しい気もする。午後から、父の病院に昨日行けなかった娘達を連れて行った。父の今日の数値は、白血球1900、好中球8、芽球1まあまあの数値。白血球が少なくなっているのは、仕方ない。好中球がまた増えている。その調子、その調子。芽球と逆転したのが、何より。父は娘が買って来たロンドンタクシーのミニチュアを事の外喜んだ。ドアや、ボンネット、トランクを開けて見ては娘に見せていた。今日も元気!!暫くし、母を連れ、帰宅。少し片付けをしたら、もう、父の夕食の時間。また、病院に逆戻り。父の食事の間、おしゃべり。駅前の書店に行っていた娘が来て、夜7時過ぎ帰宅。もう何もしたくなかった。帰国した娘が「焼肉食べたい!!ロンドンにいる頃、ずっと食べたかった」「お肉食べられたんでしょう?」「大体、いつもチキンばっかりだったよ。だから、添乗員さんと『焼肉たべたいねえ』って言ってたんだ」。で、焼肉を食べに出掛けた。ここらあたりは、松坂牛が当然のようにスーパーで売られている土地柄、焼肉屋さんは、非常に多く、また、とても良いお肉が地元ならではの値段で食べられる。牧場を持っている焼肉屋さんも多く、近郊の大都市から車で1時間も掛からないから、わざわざ、食べに来る人も多い。4人で、特上のカルビ、ロース、たんなど頼んで、たらふく食べても、1万円を少し出るくらい。有り難い土地柄です。焼肉を食べたら、元気になった。帰宅後、少し動けた。疲れてるのかなあ。今日は早く寝よう。
2004年04月02日
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良いお天気だと言うのに、何だか、気が抜けて、何もしたくない。朝、震度2の地震で目が覚めた。寝違えて右肩の腕の付け根が痛くて、寝返りを打った。うつらうつらし始めたら、ガタガタガタ。あ、地震と思ったが、人間て不思議、そのままじっとしていた。これが、もう、2秒続いたら、きっと飛び起きたと思う。気持ちのどこかに、「眠い」「起きるのが面倒」「そのうち収まる」と言う気持ちがあったから、収まった時「ほらね」とどこかで思った。でも、もう8時過ぎだったので、起きる事した。昨夜は娘のおみやげのオンパレードと、おみやげ話に、夜中の2時まで起きていた。ブランド物を親に頼まれて買った子もいたそうだが、私も娘もあまり興味が無い事を知っている娘はオックスフォードにあるアリスショップでどっさり、小物を買って来た。「不思議の国のアリス」はオックスフォードのクライストチャーチの教授だったルイスキャロルが、知り合いの娘アリスをモデルに書いた物語だが、そのモデルとなったアリスがしょっちゅう飴を買いに来ていたお店が、今、アリスショップになっている。行く前から、おみやげはここでと頼んでおいた。可愛いキーホルダーやバッグ、スプーン、紅茶など買って来てくれた。私にも娘にもブランド物より、うんと、嬉しいものだった。昔、アリスの世界に夢中になった。不思議の国のアリス、鏡の国のアリス。個性豊かな一癖も二癖もある、大好きなキャラクター達。凝りに凝って、世界中のアーティストが撮った自分の作り上げたアリスのイメージの写真、絵画を集めた本も大切な宝物だった。その頃、まだ今ほど有名じゃなかった四谷シモンのお人形の写真も収録されている。私のお人形集めの原点は多分、このアリスだったように思う。ルイス・キャロルのアリス崇拝には、色々面白い説が有り、非常に興味深い読み物も多く出版されていた。丁度、高校生くらいからはまって、社会人になった頃、熱が冷めた。そして、始まったアンティークドールの収集。やはり、アリスの影響は大きい。だから、今回、娘のオックスフォード行きには、一緒について行きたいくらいだった。アリスがルイス・キャロルと言うペンネームを持つ数学学者と遊んだ川や、公園にも行って見たかった。いつか、私も行きたいと思う。午後、上の娘と買い物に出掛けた。朝、ジョキングするとかで、スポーツ用品の大きな大きなお店にトレーニングウェアを買いに行った。私は横の本屋さんで本を漁った。父に頼まれた野中広務著「老兵は死なず」を探したが売り切れていた。書店は本当に足の疲れが出るまでいても飽きない。帰宅後、病院に母を迎えに行った。本当は子供達も連れて行くつもりだったが、なかなか用意が出来ないので、怒って一人で出てきた。ちゃんと出かける時間を言ってあったのに、なかなか出られなく、こちらは、父に夕食に食べさせようと用意した料理を持っていたので、怒って何も言わず、一人で車を出して病院に行った。たまには、こういうお仕置きも大事と思った。いつもいつも、そう、甘く、言う事を聞いていたら、思い上がるのが子供だから、良い薬になっただろう。おじいちゃんにおみやげを渡したいと言っていたが、それなら、それで、ちゃんと時間を言ってあったのだから、用意をしておくべきだと怒った。私は相手のある約束をしてあるのだから、いつまでも甘えるなと怒った。暫くすると「反省しています」と携帯電話に電話が入った。当たり前だ。食事の時間が過ぎたら、折角の料理も無駄になるのだから、娘達の都合ばかりでは動いていられない事を、少しは学ぶべきだと思った。父は今日は少し、声に力が無かった。朝から微熱があったらしい。今は平熱になったが、「風邪を引いたかもしれんな」冗談じゃない、感染が一番恐いのに、父も母も少し数値が良いことに、安心しきってしまっているようだったので、釘を刺した。「まだ、先がどうなるか解らないんだから、気をつけなくちゃいけない時期は終わっていないんだよ!」もう、本当に今日は皆、箍がゆるんでいませんか?緊張を持続するのはなかなか難しい事だが、命に関わる事なのに、もうすこしシビアに感じて欲しいと思った。あれ?なんだか私、今日、尖がってるかしら・・・・・。
2004年04月01日
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