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自民党の総裁選挙は現職に対して「新人」が挑戦する形になっており、政党の代表を選ぶ選挙戦であるから、一方が他方を批判して支持を増やそうとするのは当たり前の戦術であるが、自民党はそういう自由な言論活動を許さない組織であるらしいことが、最近の報道からうかがい知ることができる。28日の毎日新聞は、次のように報道している; 自民党の吉田博美参院幹事長は28日の記者会見で、党総裁選で支援する石破茂元幹事長(61)に対し、安倍晋三首相(63)への批判を抑制するよう直接求める考えを示した。石破氏が総裁選ポスターに「正直、公正、石破茂」と大書していることに対し、首相支持派からは「野党と同じだ」との不満が強い。 吉田氏は会見で30日に石破氏の呼びかけで東京都内で会談することも明かした。吉田氏が総裁選を巡って石破氏と直接会うのは初めて。石破氏が首相の政治姿勢を争点化する姿勢を見せていたことに吉田氏は不快感を示しており、28日の会見では「あえて個人攻撃のようなことはない形で(総裁選に臨んでほしい)と申し上げたい」と語った。 吉田氏が束ねる参院竹下派は青木幹雄元参院議員会長の意向を受けて石破氏支持を決めたが、吉田氏は首相と良好な関係。会見で吉田氏は首相について「国家のビジョンをしっかり語っている。『全ては国家国民のため』という精神は素晴らしい」と評価した。 一方、立憲民主党の辻元清美国対委員長は記者団に「正直、公正と言えば個人攻撃になるということは、(首相が)うそつきで不公正だから個人攻撃になる。語るに落ちている」と語った。【高橋恵子】2018年8月28日 毎日新聞 「<自民党>参院幹事長が石破氏の『正直、公正』に不快感」から引用 普通は与党の総裁選挙ともなれば、今後の日本の進路をどうするかという高度に政治的な政策論争が戦わされるものであったが、この度の選挙は現職が対立候補との議論から逃げ回るばかりで、しかもこれまでの連続2期の間に重大な「疑惑」を発生させており、かたちばかりの内部調査で一官僚に責任を押しつけて誤魔化しただけなので、世論調査でも7割の国民が「納得できない」と言っている。こういう状況で「新人」が現職に挑むとなると、「自分は正直で公正な政治をやりたい」というスローガンを掲げることは、実に真っ当な「戦術」と言える。ところが、自らの所属会派が石破支持を決めている吉田博美議員は、現職が勝つことを前提に今から自分の立場を良くするために現職に取り入るつもりで「野党と同じではダメ」だの「個人攻撃はいけない」だのと「新人」候補の発言を封殺しようとする、いかにも自民党員らしい「行動」である。自分の利益のためには、他人の言論表現を妨害する、これが自民党員の本質である。こういう政党が民主政治を担っていけるのかどうか、国民はよく考える必要がある。
2018年08月31日
無名の公立高校が甲子園大会を勝ち進んで遂に決勝戦に挑んだ今年の高校野球について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は22日の東京新聞コラムに、次のように書いている; SNS上では数日前から「#平成最後の百姓一揆」というハッシュタグが飛びかっていた。むろん金足農業高校の話。新聞やテレビは「百姓」という語を避けたいかもしれないが、大丈夫よね、四字熟語の「百姓一揆」は歴史用語ですから。 滞在費の不足分を補うための寄付金を呼びかけて「金足りん農業」などといわれながらも、金農ナインが義民に思えてしまうのは、私立の強豪校が全国の有力選手を結集させた「武将の軍団」に見えるからだろう。 出身中学の所在地で比べると、西東京代表の日大三高の場合、ベンチ入りした18人のうち都内の中学出身者は6人で、ほかは関東一円から集めた精鋭チーム。大阪桐蔭の場合、大阪府の中学出身者は5人で、ほかは関西をはじめとする全国の強者を集めたエリート集団だ。中学日本代表選手やU18日本代表選手もごろごろいるし、もちろんみんなリトルシニア(中学生の硬式野球チーム)の出身者だ。関ケ原合戦に結集した武将と同じ。そりゃ強いよ。 一方の金農は全員秋田出身で、シニアと軟式野球の経験者が少しだけいる程度。鎧兜で武装した武士階級に竹槍チームが挑んだ、まさに一揆の体だった。なんて話はしかし、今日の朝刊には溢れているだろうからもうやめる。難攻不落の大阪城は落とせなかったが江戸城は陥落させた。爽快だったよ。(文芸評論家)2018年8月22日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-百姓一揆」から引用 甲子園大会の秋田県代表はかつて13年間初戦敗退を続けたため、県としても対策が必要と考え、県内の高校野球を指導する立場の先生たちを対象にスポーツの専門家の講演会や勉強会を行なってきたという報道もあり、金足農業高校の活躍は今年の猛暑の中に一服の清涼剤だったと思います。しかし、いくら競技とは言え、一人の投手に過剰な負担を負わせるのは少し考えた方がいいのではないかという気もします。
2018年08月30日
自民党の総裁選挙について、法政大学教授の山口二郎氏は19日の東京新聞に次のように書いている; 8月も後半に入り、自民党総裁選が政治の最大の関心事となった。自民党が国会で多数を占めているので、この党の党首は日本の総理大臣となる。ゆえに政治報道が総裁選に大きな関心を払うのは当然だ。しかし、いくつか奇妙な点がある。 自民党総裁選はあくまで一結社のリーダー選びであり、それに参加できるのは国民のごく一部の自民党員だけである。しかも、これらの有資格者は自民党の政策・理念に共鳴する点で一般国民のサンプルとは言えない。この選挙で勝っても、国民の負託を得たなどと主張することはできない。 安倍首相は地元での講演で、次の国会に憲法改正案を提出したいと発言し、石破茂氏はこれに反発している。憲法改正が総裁選の最大の争点となりそうな展開である。しかし、自民党の内輪の権力争いで憲法改正について世論の支持を得たというのはとんでもない錯誤である。 国会議員票で大きく差をつけられているとみられる石破氏は、総裁選に当たって公開討論を実施することを求めているが、安倍首相はこれに取り合わないと伝えられている。これまた不思議な話である。この機会に国民に訴えたいことがあれば、堂々と討論すればよいではないか。議論不在で逃げ切り勝ちを収め、改憲へのお墨付きを得たというのは、詐欺のようなものである。(法政大教授)2018年8月19日 東京新聞朝刊 11版 27ページ 「本音のコラム-自民党総裁選」から引用 自民党の総裁選挙は自民党の代表を選ぶ選挙だから、その選挙結果に国民の意志が反映されるわけがないのは当然であるが、上の記事のようにわざわざ書き加えなければならない理由は、今までの安倍氏の行動パターンから推測して「自分が総裁選に勝利したということは、自分の”改憲の方針”が国民の支持を得たということだ」と主張しかねないからである。しかし、現実には国民の間に「憲法を改正しよう」などという議論は皆無であり、辛うじて日本会議が神社に初詣に来た人々に署名をしてもらっただけ、自民党内でも野党時代に作成した改憲草案があるのみで、その「草案」について議論を交わした形跡は存在しない。その上、安倍氏は個人的に作成したビデオを日本会議に送って、今まで誰も議論したことがない「9条の条文をそのままにして”自衛隊”の文言のみを加筆する」などという独自案を発言しており、その独自案についても国会はおろか党内でも議論はされていない。にも関わらず安倍氏は「いつまでも議論を続けているわけにはいかない」などと言って得意の「印象操作」に余念が無いので、恐らく総裁選が終わればいきなり国会に改憲発議を強要する可能性が大きい。正に詐欺のお手本のようなやり口である。こういう「詐欺」を許すのかどうか、国民の民主主義的センスが試される。
2018年08月29日
政府自民党が国会の会期を延長しながらも野党との論戦は徹底的に避けて、数のチカラでカジノ法案を強行採決したのがこの度の国会であったが、その国会が閉幕した後で、カジノについて6日の東京新聞は次のように報道している; 統合型リゾート施設(IR)整備法が成立し、日本でもカジノが合法化されたが、規制や依存症対策などの課題は残る。1960年にギャンブルをほぼ全面合法化し、選挙結果から王室の赤ちゃんの名前まで賭け事の対象とする英国だが、カジノ利用者に金を貸し付ける日本のやり方は「禁じ手」とみなされている。(ロンドン・阿部伸哉、写真も)◆逃亡寸前 「これは何?」。仕事から帰宅すると、妻から銀行の通知を突き付けられた。2年足らずで総額6万ポンド(約9百万円)に達した借り入れ記録。3ヵ月の長男を抱いた妻は泣き崩れた。 「ばれた。全て終わりだ」。英国の中部ダービーに住む運転手アンディー・マーケットさん(38)は、ギャンブルで新婚生活が崩壊寸前に至った11年前のことを鮮明に覚えている。 当時、トヨタ自動車の英国工場に勤め、マイホームも手に入れた。工場勤務の間にインターネット上のカジノで、ポーカーの賭けを始めた。ほんの暇つぶしのつもりだったが、次第に熱中するようになる。 午後5時に帰宅すると午前3時までゲームに没頭し、3時間ほど寝てゲームに戻る。賭け金を増やして負けが込み始めたころ、妻は身重に。クレジットカード4枚の上限まで借りたが、負けが負けを呼んだ。家を抵当に入れて銀行からも借り、借金の催促を恐れ、逃亡も考えた。 家族に発覚後、各地にある依存症の人同士の会合「ギャンブラーズ・アノニマス」に出席し、ようやくやめることができた。家を手放して借家に移ったが返済は今も続く。同じ境遇の人たちの相談相手になろうと、自らの体験をインターネットで公開している。◆依存症増加 「当時は(リーマン・ショックに端を発した)金融危機の前で、銀行は何も聞かずにどんどん貸してくれた」とマーゲットさんは振り返る。英国は賭け事への融資を認めていない。それでも銀行は容易に貸し付け、依存症の傷口を広げる結果となった。 日本のIR整備法は、カジノ事業者に客への金銭貸し付け業務を認めた。英国で依存症を研究するノッティンガム・トレント大のマーク・グリフィス教授は「東欧でもカジノの隣に金を貸す店があり、依存症増加など社会問題を招くまずい例だ」と指摘する。 ギャンブル合法化の歴史が長い英国だが一人当たりのギャンブル消費額はパチンコ愛好者の多い日本より少ない。 政府の規制機関「ギャンブリング・コミッション」によると、英国の大人(16歳超)で「(自分自身が)ギャンブルで問題を抱えている」と認識している人もわずか0・7%。マーケットさんのような例はあるものの、グリフィス教授は「英国には日本の参考になる規制システムがある」と強調する。 鍵は、規制機関の権限の強さだ。英国でもかつては賭けの種類によって規制機関が分かれていたが、現在は「ギャンブリング・コミツション」に一元化して強化。依存症などの問題を抱える顧客にギャンブルをさせた場合、事業者に高額な罰金など厳しい罰則を科している。 規制が比較的緩いオーストラリアでは、パブなどに設置されたゲーム機で1時間に1150ドル(約12万円)まで賭けられ、社会問題化した。グリフィス教授は、十分な規制こそが重要で、それがないと「ギャンブルに対する社会の反発が強まり、政治問題化する」と警告する。【解説】世界と日本のギャンブル産業規模英調査会社「H2キャンプリング・キャピタル」によると、2017年のギャンブル消費額(賭けた人が負けた総額)は米国がトップで901・9億ドル(約10兆円)。日本はパチンコを含めると427・2億ドルとなり中国に続き3位。1人当たりではオーストラリアがトップ(1009ドル、約11万円)で、日本がIR整備法の参考としたシンガポールは2位、日本(461ドル)も米国をしのぐ5位に入っている。ギャンブル合法化先駆けの英国は総額で5位、1人当たりで12位。2018年8月6日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「金貸しカジノ『禁じ手』」から引用 別の報道によれば、今回安倍政権がカジノ法案を強行採決した背景には、トランプ大統領の訪日の時の随行団の中にアメリカでカジノを経営する複数の人物が同行しており、彼らと官邸で面談した安倍首相にとっては、自民党総裁三期目を確実なものにするためにはトランプ大統領の顔を立てる必要があり、それで死者まで出るような大洪水の対策も後回しにしてカジノ法案を強行採決する必要があったということのようである。それでも安倍を支持するという自民党員の「神経」が理解できません。それにもまして、上記のような記事を強行採決前に発表していれば、私たちの社会は安倍批判の機運をもっと強くしていたのではないかと思います。
2018年08月28日

筒井清忠著「戦前日本のポピュリズム」(中公新書 2471)では、日本が国際連盟を脱退する直前の国際情勢について、次のように書かれている;◆「頬かぶり」主義の当否 日本の連盟脱退について考察していくには、当時の国際連盟では満洲国承認問題以外にも各国の利害が対立する案件が起きていたことを知る必要かある。ここでほかの国際連盟案件を見てみよう。 まず、第二次エチオピア戦争である。第一次エチオピア戦争で敗れたイタリアが、エチオピアの植民地化を意図して攻撃をしかけたものである。年表風にまとめると次のようなものであった。 1934年12月5日、イタリアとエチオピアがイタリア領ソマリランド国境で衝突した。 1935年3月17日、エチオピアか国際連盟規約第15条の適用を求め、国際連盟に仲裁を要求。イタリア・エチオピア間に仲裁委員会を設置。 4月11日、英仏伊、ヒトラーの再軍備声明に対するストレーザ会議を開催。 8月16日、英仏伊間の交渉開始。 9月3日、仲裁委員会か結論を出すものの曖昧なものであった。 10月3日、イタリアがエチオピア攻撃を再開。 10月7日、国際連盟理事会、イタリアが第12条に違反と認定。第16条の適用を決定。 10月10日、イタリア代表、総会で反対演説。54か国中50か国か理事会判断に同意。武器弾薬などの禁輸委員会を設置。 12月2日、カナダが石油を対イタリア禁輸品目に入れることを主張。石油禁輸は宣戦布告と受け止めるとイタリアが表明していたので英仏は拒否する。 12月9日、エチオピアの半分以上をイタリア支配下に置くことを認めるホーア・ラヴァル案(英仏外相案)が新聞に洩れ、エチオピアは拒否を発表する。英国世論も沸騰し、ホーア外相か辞任、イーデン外相が就任する。 1936年3月3日、国際連盟、イタリア・エチオピアに停戦・交渉開始を提案、3月5日にエチオピア、3月8日にイタリアが停戦交渉に同意。 3月7日、ヒトラーがラインラントの再武装を宣言、英仏はイタリアか対独包囲網から離脱することを怖れる。イタリア、エチオピア攻撃を再開。 5月2日、エチオピア帝国のハイレ・セラシエ皇帝か亡命。 5月5日、アディスアペバ陥落。 5月9日、イタリア、エチオピアの併合を宣言。 7月4日、国際連盟総会、イタリアへの制裁打ち切りを決定。 この経緯からわかるように、イタリアの行為に対して英仏、とくに英国はたえず妥協的であったが、これはヒトラーがドイツで権力を掌握し、再軍備を実施して緊張か高まったので、イタリアに対して宥和的にならざるをえなかったのである。 もっとはっきりしているのがソ連の国際連盟除名問題である。これも年表風にまとめよう。 1939年11月30日、ソ連、フィンランド侵攻。 12月2日、フィンランド、連盟に提訴。 12月11~14日、総会開催。ソ連非難決議が可決。 12月14日、理事会(7か国)、ソ連追放決定。 こちらは弁明の余地のまったくない明白な侵略戦争であり、ソ連は国際連盟から除名されたのだが、その後第二次世界大戦が起きてソ連が戦勝国にまわると、1944年8~10月、ダンバートン・オークス会議が米英ソ中によって開かれ、国際連合の創設か決まっていく。 このように見てくると、日本が「頬かぶり」主義でじっと黙って待っている戦略を取っていれば、その後の国際情勢の変化のなか国際連盟で生き延びえていた可能性はきわめて高かったと言えよう。勧告を聞きつつ脱退せずにすませるという「頬かぶり」戦略を放棄したことが、日本の失敗の最大の外交的原因であった。 先に見た松岡の文章には「国家の前途は、一に国民精神の如何に依る、断じて一時の便宜、若くは物質的損得に依り決せらるべきものに非ず」とあったが、日米開戦の前にも政府は同種の決断をすることになる。これは政党政治といえば「党利党略を排斥すべきだ」という見方に類似している。外交や政治の主体を「利益」の観点から見ることができない、成熟のない政治観が根本にうかがえるのである。もちろん、「利益」がすべてではない。そこには例えば「価値」「理想」なども必要なのだが、「利益」の追求は合理性を担保することになり、政治主体を置かれた環境を無視した非合理的行動に走らせないという視点が重要なのである。それか現実性・合理性を踏まえた外交世論の熟成につながるのである。この視点をたえず保持していた石橋湛山から今日学ぶべきことが多い理由でもある。筒井清忠著「戦前日本のポピュリズム」(中公新書 2471) 203~206ページから一部を引用 日本が中国東北部に満州国を建国したとき、国際連盟は日本を批判する決議を採択して日本側全権として会議に出席していた松岡洋右が国際連盟脱退を宣言したと、私たちは学習したものでしたが、この本にはもっと詳細な状況が説明されており、元々この時の国際連盟の勧告は、単に日本を批判しているだけで罰則を伴うものではなかったため、日本側には「ただ黙って連盟の批判を聞いておとなしくしていれば、そのうちほとぼりが冷めて、国際社会は満州国を既成事実として受け入れる」という意見もあり、それを「頬かぶり主義」と称したらしい。もし日本が「頬かぶり主義」でじっとしていれば、その後米英を敵に回して戦争しなくても良かったことは、あり得る話で、当時の国際情勢はその程度には融通無碍であったことが、一度は国際連盟を追放されたソ連が、その後の日本やドイツの立ち回りの「結果」とは言え、素知らぬ顔で連合国側の一員となり戦勝国の一員に収まった事実が物語っているというわけです。しかし実際には、当時の日本はポピュリズムの嵐が吹き荒れ(?)、日比谷公園で新聞社が主催して開かれた「国民大会」で「国際連盟、即時脱退!」が決議され、それを新聞各社が大々的に報道して、政府をその気にさせてしまったのは「失敗」だったのではないかと、後知恵とは言え、つくづく考えさせられます。
2018年08月27日
人気小説家の綾辻行人氏は、昨今の民主主義を無視した政治に関する「憤り」を16日の毎日新聞夕刊で、次のように述べている; 行きつけの理髪店のマスターが、こんなことを言っていた。「政治の話だけはお客さんと交わせないね。思想や立場が違うと、もう来てくれない人も多いから」 市井の人々だけではない。「ちょっと政治的なことだから、ここは書かないで」とインタビュー中に語る著名人は珍しくない。事情はあるのだろう。例えば「音楽に政治を持ち込むな」といった拒否反応を示すファンもいるだろうし、「思想が気に入らない。あなたの作品は買わない」という人もいるかもしれない。 そこで、ミステリー作家、綾辻行人さん=写真。絶海の孤島の屋敷で、あるいは吹雪の山荘で次々に起きる密室殺人、といった純粋な知的ゲームとしての推理小説の新境地を開拓した作家として著名だが、政治的、社会的な発言は控えてきた。それでもなお、黙っていられないほどの危機感が、胸を満たしているらしい。京都在住の作家を訪ねた。【吉井理記】 沈黙してきた。 社会性や時代性とも距離をおいてきた。何より、政治のにおいは、作品にも発言にもにじませてこなかった。 その希代のミステリー作家が、口を開いた。 「僕のデビューは1987(昭和62)年なので、昭和の最末期です。つまり作家生活のほとんどが、平成という時代に重なります。社会や政治の問題については基本的に淡泊なスタンスを取ってきました。でも平成の終わりに至って、胸にあるのは危機感です。憤り、といってもいい」 京都の、東山を望むホテルのバーで作家は言葉を選びつつ、語り出した。 4年前にも、ここで会っていた。出身地でもあり、現在も暮らし続ける京都という街をどう考えるか。そんな趣旨のインタビューだった。記事にはしなかったが、出版界と関わる者として、当時から乱造されていた他民族や少数者を罵倒する「ヘイト本」にくみする「文化人」や世相への疑問を口にした。 芸能や創作活動に携わる人は、社会や政治への批評を避ける傾向がある。ファンや読者の間口を狭めることになるからだ。だから作家の発言は、むしろ新鮮に映った。 ならば、さらに深い問いを発してみたかった。平成の終わりを迎えるこの国に、作家は何を見るか? 「幅も余裕もない。薄気味が悪い。息苦しい。無粋。この国の空気を表すと、こんな言葉が浮かびます。僕の母校でこんなことがありました」と切り出したのは、京都大吉田キャンパス(京都市左京区)で5月、学生の手によるあまたの立て看板が、大学当局の手で一斉撤去された一件だ。 60年代の全共闘の時代から続く京大の風景だが、「京都市から『屋外広告物条例に反する』と指導を受けた」ことが理由らしい。条例が想定するのは主に商業広告なのに、さまざまな疑問の声を無視し、撤去は強行された。 「サークル勧誘、イベント案内、自己表現。わずかに政治的主張を押し出したものがありましたが、そんな看板ばかりです。僕も地元の住民だし、知人・友人も多いですが、僕の知る限り、だれ一人『タテカンが景観を乱す』と言う人はいません。最大の疑問は、なぜ『今』なのか。立て看板は長年の京大の風物です。近年、条例が強化されたとはいえ、どんな力学が働いて今、撤去に至ったのか。考えると、どうにも薄気味が悪い。やり方が乱暴で、無粋にも見えます」 作家は昭和の、戦後民主主義の空気をたっぷり吸って育った。制服のなかった京都府立桂高校時代は夏はアロハシャツにサンダルで通学した。授業は時々休講になり、近くの喫茶店で友人とたばこをふかした。京大はさらに自由だった。勉強も生活も、学生に任されていた。作家は大好きなミステリー小説を読みふけり、「京大推理小説研究会」の仲間と自作小説を講評しあい、カギとなるトリックを考え続けた。 「僕自身は昨今はやりの『生産性』とは縁のない学生生活でしたが、大企業への就職やキャリア官僚を目指して頑張る学生もいて、同時にヘルメット姿の学生活動家も共存して。自由で多様だったんです。あの自由さがなかったら、今の僕はいなかった」 平成に入ると、97(平成9)年に桂高校で生徒やOBの反対を押し切って制服が導入され、京大では今年、立て看板が姿を消した。 「人は往々にして過去を美化します。それを差し引いても、今のほうが息苦しさを感じます。京大に限らず、管理が徹底され、大学の就職予備校、職業訓練校化か進んでいる、と言われます」 実際、安倍晋三首相は「学術研究を深めるのではなく、社会のニーズを見据えた実践的な職業教育を行う枠組みを高等教育に取り込みたい」(2014年5月6日、経済協力開発機構閣僚理事会での演説)と述べ、文部科学省も国立大学文系学部の改組を進める方針だ。立て看板がある大学は今や珍しいし、2年生から就職活動を見据えた職場体験をカリキュラムに組む学校も多い。 気づけば、バーから望む東山に、落日が迫っていた。 「この国の現状や先行きに不安を覚える人は多いと思います。『日本すごい!』と声高に叫んだり、ヘイト本が売れるのも、他者をおとしめることで自信や自尊心を保ちたい読者の心理と、一部出版社の商業的思惑が結びついた結果でしょう」 作家の視線が険しくなった。読者の心に何らかの爪痕を残す。それが作家の本望だ。でも少数者、他民族を罵倒し、文字通り「傷」つけることとは根本的に異なる……。 「現首相は『戦後レジーム脱却』を唱えている。その是非はともかく、やり方が論理を粗末にしすぎてはいないか。ミステリー小説では、丹念に伏線を張り、探偵が論理的に真相を突き止め、秩序が回復する。正当な論理があってこそ、読者は納得するんです。現実の政治はどうか。まともな論理や手続きをないがしろにする発言や政策を続けて、国民が納得できるか。社会のモラルは保たれるのか」 憲法解釈をひっくり返して安全保障関連法を成立させ、森友・加計学園問題でも、多くの疑問を置き去りにして突っ走ろうとする安倍政権のことだ。 「昔なら、とうに政権が力を失っていたような問題が続発しているのに、何も変わらないという現状に、むしろ恐怖を覚えます。野党がだらしない、マスコミは信用できない、という声も聞くけれど、それで済ませていいのか。現状は良くないと思っても、それ以上モノを考えるのがバカらしい、という空気が広がりつつある。身勝手な言い方をすると、僕は自分にできる最良の行いは『綾辻行人ならではのミステリー』を書くことだと思っている。リアルな社会・政治問題はその邪魔になるので、発言を控えていたのですが……」 落日迫る窓外の京の街が一転、夕立に覆われた。 暗い話題を耳にすれば、処方漉を聞きたくなるのが人情だが、作家は無情である。 「結局、僕たちがモノを考えられるかどうか、に尽きるのでしょう。今は情報過多の時代です。真偽定かならぬ情報やメッセージが日々、大量に流れ込む。社会心理学でいう『ダブルパイント』の状態にもさらされてきました。社会から矛盾したメッセージを送られ続けると、受け手の精神は引き裂かれ、正しい思考ができなくなる、という概念です。『学生は自発的であれ』と言いながら、学生が自分でモノを考えて行動すると批判される、というふうに。それらといかに接するか、ということに自覚的であることが最低限、必要とされますね」 スマートフォンなど情報機器が発達した平成の終わりでも、結局は「考えること」でしか前に進めないのだろう。帰路、立て看板の消えた京大を横目に、思考と論理が消えた社会を想像した。【吉井理記】あやつじ・ゆきと 1960年、京都市生まれ。京都大大学院卒。 87年、「十角館の殺人」でデビュー。松本清張に代表される「社会派」が高級だと言われていた時代に、純粋な推理や知的パズルを重視した「新本格ミステリー」の境地を開いた。2018年8月16日 毎日新聞夕刊 3版 2ページ 「論理無視の政治に憤り」から引用 この記事は中々読ませてくれるという印象を持ちましたが、私としては希代のミステリー作家が民主主義無視の安倍政治をバッサリ一刀両断してくれるかと思っていたので、その割には文学的上品さがオブラートの役割をしているようで、少し期待外れのように思いました。安倍政権を批判するのに「やり方が論理を粗末にしすぎている」などと言うのは、安倍氏を買いかぶり過ぎていると思います。彼には最初から論理などというものは存在しないのであって、単に我が儘な子どもが勝手なことをやっているだけのことですから、そのことをズバリ攻撃するべきと思います。
2018年08月26日
毎日新聞台北支局の福岡静哉記者は、日本の台湾植民地支配が台湾の人々の日常会話をどのように抑圧したか、17日の同紙に次のように書いている; 台湾北東部・宣蘭(ぎらん)県にある寒渓(かんけい)、奥花(おうか)、東岳(とうがく)、金洋(きんよう)の4村で話されている「ニホンゴ」についての記事を書いた。「日本語」ではない。台湾先住民のタイヤル族、セデック族のそれぞれの固有言語が、日本語と接触することで生まれた新言語「宜蘭クレオール」である。「クレオール」とは、フランス語で「植民地生まれ」のことだ。この異なる言語の融合は、日本による台湾の植民地統治によって引き起こされた。一人の日本人として、心に重苦しさを感じながらの取材だった。 宜蘭クレオールは日本人にとって不思議な言語だ。例えば「暑い。もう歩きたくない」は「キルクス、アルクサン、モウ」。この地域でセデック語を吸収したと推定される夕イヤル語と日本語の語彙が混ざり、文法構造やアクセントも日本語とは異なる。タイヤル語を母語とする人も、日本人も、うまく聞き取れない。 現地で研究を続ける真田信治・大阪大名誉教授(72)によると、起源は日本統治時代(1895~1945年)にある。当時の日本政府は山奥に住んでいたタイヤル族、セデック族を統治するため、平地に近い4村に移住させた。日本語教育を行き渡らせ、先住民言語は禁じた。だが村人たちは先住民言語も使い続け、3つの言語が混ざり合って新たな言語が生まれたという。欧米列強が植民地化したアフリカや中南米などでも、100例以上のクレオール語が報告されている。◆先住民の文化を日本統治で抑圧 「『おはようございます』がうまく言えなくて、先生に竹の棒でお尻や頭を殴られた。痛くて目が回った」。寒渓村の余菊麺(よきくめん)さん(85)は日本統治時代の学校生活を日本語で振り返り、顔をしかめた。 真田名誉教授と共に宣蘭クレオールを研究する東華(とうか)大(台湾東部・花蓮県)の簡月真(かんげつしん)准教授(47)は「日本に統治された後に残された言語現象を研究することは、台湾人として気持ちの面で歴史の重苦しさを感じる」と話した。統治した側の日本人として、私も心に重苦しさを感じた。 台湾の先住民には戦前から戦後にかけ、固有の言語を禁止・抑圧された歴史がある。19世紀末からの日本統治時代は日本語教育が徹底された。日本が敗戦で去った後、中国での内戦に敗れて逃れてきた蒋介石が独裁体制を敷き、今度は中国語教育を徹底、先住民言語や日本語を禁止した。 失われていた言語権を先住民が取り戻し始めたのは、台湾の民主化が進んだ1980年代だ。現在、学校では先住民言語の教育が熱心に行われている。多くの人は「民族の根源である先住民言語を子や孫に残したい」と考えている。しかし、先住民言語禁止による空白期間は長く、固有の言語を次世代に継承することは困難になっている。寒渓村の韓高麗華(かんこうれいか)さん(84)は流ちょうな日本語で「タイヤル語を話せればどんなにいいか。でも私も親が日本語で話す家庭で育ち、タイヤル語は話せない。私たち、本当にかわいそう」と声を落とした。 宜蘭クレオール「ニホンゴ」を子孫に伝えていくべきだという意見もあった。寒渓村の呉以諾(ごいだく)さん(25)は「親から受け継いだこの言葉を子や孫に伝えたい。これが僕らの文化であり言葉だから」。ニホンゴをテーマに映像作品を制作した奥花村出身の劉紹萱(りゅうしょうけん)さん(23)は「私たちの人生の一部だし、私たちの特色だ」と胸を張った。◆近い将来消滅も 記録を残す意義 だが近い将来、ニホンゴが消滅する可能性もある。台湾では学校教育も含め日常生活では中国語が最も多く使われる。ニホンゴが伝わる4村でも、多くの若者はニホンゴを話せなくなっているのだ。 真田名誉教授は「植民地統治はあってはならないこと」としたうえで、「宜蘭クレオールの研究は、この土地の歴史と文化の貴重な記録を残すために必要だ」と話す。簡准教授は「宜蘭クレオールの音声や音韻は基本的にタイヤル語と同じ。人々が時代の困難に直面しても勇敢に知恵を働かせ、民族の言葉を異なった方法によって後世に残した」とニホンゴの意義を語る。私自身、逆境を乗り越えた村の人々のたくましさに感動を覚え、心の中にあった重苦しさが少し軽くなった気もした。 日本統治時代を懐かしむ声も多く聞いた。奥花村の黄銀妹(こうぎんまい)さん(85)は日本の教育は本当に上等だった。礼儀を教わった」と振り返る。日本語世代の人々やニホンゴ話者にとっても、言語は人生の一部になっている。植民地統治の結果であっても「かけがえのない大切な自分たちの言語である」という気持ちは尊重されるべきだ。 ただ、こうした思いに甘えるだけではいけない。金洋村のある若い男性は私に強い口調で言った。「日本人はタイヤル族を『蕃人(ばんじん)』(台湾先住民に対する蔑称)と呼んで差別した」。寒渓村のある女性は「ニホンゴは日本による文化的な侵略の結果だ」と指摘した。民族の根源である言語を奪われる悲哀は想像を絶する。台湾先住民の言語権を最初に抑圧したのは、当時の日本だ。ニホンゴの背景に、重い歴史や人々の複雑な思いがあることも忘れてはならない。2018年8月17日 毎日新聞朝刊 13版 10ページ 「記者の目-言語奪った歴史 忘れまい」から引用 植民地の住民が宗主国の言語で書く小説を「クレオール文学」と言うというのは、いつか何かで読んだ記憶がありますが、クレオール言語というものもありそれを研究する人もいるとは知りませんでした。日本国内でも、アイヌ語や琉球語を完璧に話せる人がいなくなりつつあると聞いたことがあり、文化の多様性が失われていくのは残念なことと思います。
2018年08月25日
国民の声を顧みない安倍首相の政治姿勢を厳しく批判する投書が、17日の毎日新聞に掲載された; 居心地の悪そうな表情がうかがえました。9日に長崎で行われた平和祈念式典での安倍晋三首相です。6日の広島での式典と同様、核兵器禁止条約についてあいさつで触れませんでした。被爆者や市長らが条約の署名・批准を強く求めているにもかかわらず、です。 安倍首相はあいさつでも、被爆者代表との会合でも、「核兵器国と非核兵器国との橋渡しに努める」と繰り返しました。壊れたラジオのようです。一方、国連トップとして初めて参列したグテレス事務総長は被爆者の訴えに真剣に耳を傾け、被爆者に心を寄せる発言をしたと伝えられています。 安倍首相は民主国家の我が国の代表でありながら、なぜ国民の声に真摯(しんし)に耳を傾けないのでしょう。「森友・加計」学園問題は解決されず、カジノ開設や参議院定数増に向けた法律を強引に成立させました。これには多くの国民が納得していません。それでも自民党総裁選で3選されるというなら、民主国家の看板は下ろした方がいいでしょう。2018年8月17日 毎日新聞朝刊 13版 10ページ「みんなの広場-安倍首相は国民の声を聴け」から引用 日本の首相が広島の平和式典に出席したのは1971年の佐藤栄作首相が初めてだったそうで、それ以前の日本の総理大臣は「出席」の行為がアメリカの原爆投下の責任を問うことにもなりかねないという考えから、出席を見送っていたものと思われます。それが敗戦から25年経って、アメリカを批判する発言さえしなければ式典参加くらいは大丈夫だろうと見通しを付けられるようになったのが71年だったと考えられます。安倍晋三氏の場合は、広島の原爆などという歴史には全く興味がなく、日頃からアメリカのご機嫌を伺うことしか考えていないので、広島も長崎も、さぞ居心地が悪かったことでしょう。広島市としては最高の待遇で迎え、あいさつの場も用意したのに、そこで述べられる「あいさつ」は毎年、前年の「あいさつ」をコピー&ペーストしたかと思われるような代わり映えの無さですから、国民が怒るのも無理はありません。誰がどうみても日本の総理大臣には不向きの人物を、自民党の党員は与党の一員という誇りを捨て、おのれの私利私欲を優先させるために安倍氏を総裁に三選させる。これは明らかに自浄機能の喪失です。こういう政党を与党にしていたのでは、国家が衰退すると思います。
2018年08月24日
大学生の貧困問題について、法政大学教授の山口二郎氏は12日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 前期の政治学の期末試験に、「あなたが今抱えている問題で、個人や家族の力で解決できないものをあげて、政治の力でそれを解決するための戦略を考えなさい」という問題を事前に公開し、準備させた。すると、「年収103万円の壁」を挙げた学生が10人くらいいた。 103万円の壁とは、パート主婦の収入が103万円を超えれば所得税を課税されるようになり、夫の扶養家族の地位を失うので、かえって不利益になるという話である。私は、この話は主婦のパートに関するものと思い込んでいたのだが、学生のアルバイトにも当てはまることを知って、愕然(がくぜん)とした。格差や貧困という問題が若者の中に広がっていることは知っているつもりだったが、若者の苦労の度合いを再認識させられた。 学生は、遊興費ではなく、生活費や学費を稼ぐために働いているのである。一年に100万円稼ごうと思えば、およそ千時間働くことを意味する。そうなると、勉強時間を十分に確保できないだろう。切ないというか、いたたまれない思いである。 この数年、文科省は大学教育の中身を充実させろと強調してきた。教師として異論はない。それにしても、学生に勉学に専念できる環境を整えなければ、教育の充実は空念仏に終わる。給付型奨学金の拡大など、政策の展開が急務である。(法政大教授)2018年8月12日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-学生の貧困」から引用 今から20年くらい前は、在学中に奨学金制度を利用しながら卒業後に連絡が取れなくなって未回収が増えつつあり、このままでは先行き問題であるというニュースを聞いた記憶があります。その後、行政改革などで「小さな政府」政策の一環で、奨学金の組織も独立法人として経営することとなり、学生向けの「奨学金」を融資するはずの組織が街のサラ金なみの金利になり、取り立ても厳しくなったというニュースも小耳に挟んだものでした。これからは黙っていても人口が減っていく日本ですから、若い世代を大切にする政策は政府としても最重要課題として取り組みべきと思います。
2018年08月23日

最近ツイッターで見かけた写真は、戦争体験者の投書を撮影したもので、若者が憲法改正を支持する風潮を次のように批判している;この写真は去年の11月頃の朝日新聞の投書欄のように見えるが、はっきりしたことは不明である。しかし、戦争体験者の「改憲否定」論は説得力がある。敗戦当時の若者が敗戦を告げる「玉音放送」を聞いて、「これで死なないで済む」と思ってほっとしたものだったと想い出を綴る投書も読んだことがある。そういう体験を持つ者にとって、今の社会で安倍内閣を支持する若者を見ると「馬鹿だなあ」という感想をもつのは無理からぬところと思います。ただ、この投書の筆者も実際に特攻隊を志願して基地のある町まで出かけており、そのことを「あれは何だったんだろう」と言っている。そこのところをもっと掘り下げて語ってほしいものだと思いました。
2018年08月22日
自民党総裁選に立候補を表明している石破茂氏が、民主主義のルールを全く理解できていない安倍首相を痛烈に批判したと、17日の毎日新聞が報道している; 9月の自民党総裁選に出馬する石破茂元幹事長(61)は16日、BS日テレの番組収録で、安倍晋三首相(63)が秋の臨時国会で党として憲法改正案を提出する考えを示したことについて「ありえない。総裁の考えを一度も提示しないままに『議論は尽くされた』とはどういうことか」と述べ、批判した。 石破氏はその後、記者団に「秋に(改憲案を)出すというのはスケジュールありき。民主主義の現場を理解していないとしか思えない」と語った。そのうえで、改憲手続きを定める国民投票法改正案の成立を急ぐべきだと主張した。 石破氏はこれに先立ち、自身が率いる石破派(20人)の定例会合を国会内で開いた。自民党の各派閥は毎週木曜日に定例会合を開いているが、お盆期間中のため、この日に開いたのは石破派のみ。 石破氏は会合で、竹下亘総務会長が石破氏支持を表明したことを明らかにした。竹下派の参院側(21人)が石破氏支持に回ったことにも触れ、「ありがたいことだ。自分の目先の事ではなく、日本、自民党がどうあるべきかとの思いを共有する方々とこの選挙を戦いたい」と訴えた。 総裁選のあり方については「実質、首相を決める選挙だ。広く国民に私や総裁の考えをわかってもらいたい。いくつかのテーマに分けて候補者同士の討論をしたい」と語り、テーマ別の討論会を開催するよう求めた。【高橋恵子】2018年8月17日 毎日新聞朝刊 14版 5ページ「石破氏が首相批判」から引用 総裁としての考えを一度も提示していないのに、「議論は尽くされた」というのは、安倍氏の場合、虚言癖というものではないかと思います。一応、彼としては「いや、自分は読売新聞に発表している」と言い訳すると思われますが、読売新聞は自民党の広報紙でもなければ政府広報でもない、一商業新聞に過ぎないのですから、公党のトップとして堂々と党内の機関に計って議論をすればいいのに、それをやると党内の憲法に詳しい議員にたちどころに論破される危険が大きいので、こそこそ逃げ回っては要所要所で虚言を吐いて「格好だけ」つける、多分、彼は自らの人生の大半をそのように振る舞ってきていて、それが許される環境で生活してきたということでしょう。安倍氏の虚言癖はこれだけではなく、つい最近も憲法改正について「いつまでも議論を続けているわけにはいかない」などと言って、改正案の国会提出を示唆したこともありますが、実際には衆議院の憲法審査会も開店休業状態で、議論が続いた形跡は皆無、それを得意の「印象操作」で議論が続いたかのような言い方をして目的を実行しようとする、まるで詐欺みたいなものです。こういう人物を国のトップにしたのでは、ゆくゆくは国を滅ぼす結果になるのではないかと憂慮に絶えません。
2018年08月21日

安倍晋三氏は何がなんでも総裁選3選を果たしたいため、恥も外聞もない活動をしているとツイッターで話題になっている。 メディアがこのような権力の横暴を批判する姿勢を失ってしまったことは、私たちの社会の大きな損失だと思います。その上、安倍氏には次のような「問題」も内在していることが、明らかになっています。 組織がリーダーの任期を規約に定めるのは特定の個人による不当な私物化を回避するためであり、政党ともなると独裁政権の出現を許してはならないという民主的な配慮があってのことと思われますが、安倍晋三氏に至ってはそのような考えはカケラもなく、自分がやると言ったら周囲は妨害してはならないのだと、そういう子どもみたいな価値観しか持ち合わせていない。こういう人物は政治家に不向きだということを、メディアはもっと報道するべきと思います。また、仮にも政権与党に所属する政治家であれば、どのような人物が一国のリーダーとして適切か不適切か、判断能力が問われます。そういう判断を一切棚上げして、とにかく勝ち馬に乗って大臣のイスを手に入れよう、というようことばかり考えているのでは、この先は亡国の一途ということになるのではないでしょうか。
2018年08月20日
安倍政治の特徴について、ジャーナリストの山田厚史氏は月刊誌「マスコミ市民」8月号に、次のように書いている; 安倍政権の暴走が止まらない。国会の会期を年長して取り組んだのが[定額働かせ放題]という毒を入れた「働き方改革」、賭博市場を外資に開放する「カジノ合法化」、究極の党利党略「参議院の議員定数6増」。どの法案も世論を無視し、特定の利害関係者を喜ばせるものだ。 法案を通してしまえば、勝ち。世間はすぐ忘れる。そんな政治姿勢である。 政治の異様な暴走が始まったきっかけは、モリカケ疑惑である。森友学園では「不当な国有地値引き売却」「首相夫人の目利き」「虚偽答弁」「決裁文書の書き換え」。加計学園は「官邸最上部の意向」「歪められた行政」「首相秘書官の面会記録」「首相・理事長の面会疑惑」。首相ファミリーが自らの権力を無邪気に行使した状況証拠はヤマのようにある。それでも首相とその取り巻きは、事実を認めなかった。 内閣総辞職に追い込まれてもおかしくなかった事態にもかかわらず、どうやら逃げ切ったと思ったようだ。水害の最中、祝宴を挙げた「赤坂自民亭」の記念写真に首相の緩み切った表情が惨んでいた。 「逃げ切った」という解放感から国会の会期を延長して、一気呵成に悪法を成立させようと動いた。毒を食ったのだから皿までという「恥知らず路線」である。●行政の私物化と「側近政治」 モリカケ疑惑は安倍政治の体質を炙り出した。第一が「行政の私物化」である。 権力の甘い蜜である許認可が、恣意的に行われ、認可を受ける業者が先に決まる。選定過程は、結論を導く茶番でしかない。指針やガイドラインは意中の候補を有利にするために作られ、提案書の評価、選考はあらかじめ決まっている筋書きをなぞるものでしかない。 森友学園への国有地の売却は、安倍昭恵さんが登場し、その存在を近畿財務局に知らしめた時から一気に進んだ。前例のない分割払いが認められ、用地の所有が学校認可の条件になると「格安の売却」が決まる。財務局が値引きの「落としどころ」を示す、という破格のやり取りまで行われた。小学校を開設するにふさわしい学校法人か、国有地をいくらで払い下げるのが適正か、といった本来の検討過程が吹っ飛ばされ、「首相夫人案件」で無理がまかり通った。 加計学園の獣医学部新設はもっと露骨だ。構造改革特区の頃、加計は単なる応募団体のひとつで、通常の審査によってふるい落とされていた。要件を満たしていなかったからである。政権交代で理事長の友人が首相になったことで状況は一変する。飲み会、ゴルフ、バーベキューと頻繁に接触し、首相を後ろ盾に無理筋を通した。官邸で秘書官に会い、認可獲得のための個別指導まで頂き、地元の今治市や愛媛県から土地提供を含め多額の支援も取りつけた。ライバルである京都産業大学を蹴落とすため認可の条件に「近隣に獣医学部が存在しない」が加えられた。 第二は「側近政治」。認可する業者を首相が決め、結論に都合のいい理屈を作る官僚が重宝がられる。これが安倍流「政治主導」の正体だ。重要な役割を演ずるのが、官邸官僚と呼ばれる首相お気に入りの側近たちだ。 司令塔は第一次安倍倍内閣で首相秘書官、第二次内閣では政務秘書官になった今井尚哉氏。経産官僚としてエ不ルギー分野が長く、経団連会長から原子力産業協会会長になった今井敬元新日鉄会長の甥でもある。昭恵夫人の秘書には経産省から谷査恵子氏を送り込んだ。あっけらかんとした昭恵夫人に代わり、森友学園で財務省とやり取りしたのが谷氏である。 安倍首相が答弁する想定問答を最終チェックするのも今井の役目だ。国有地払い下げで「私や妻が関かっていることが明らかになったら首相ばかりか、国会議員も辞職する」と安倍は国会で発言した、今井が眼を通した想定問答に、この答弁はなかった。野党質問に激高した首相が思わず口を滑らしたものだが、谷を通じての「昭恵の関与」を知る今井は当惑したことだろう。 今井は当時財務省理財局長だった佐川宣寿と旧知の仲。佐川は、「森友学園との交渉記録はすべて廃棄された」と国会でウソの答弁を繰り返し、財務省に保管されていた交渉記録の改ざんを命じた。昭恵夫人が登場する個所をすべて消したのである。 「加計学園が国家戦略特区で獣医学部新設を希望していたのを知ったのは2017年1月に認可が下りた時」という答弁を首相にさせたのも今井秘書官と言われている。答弁書の作成は関係省庁と協議するが、首相の答弁は最終的に官邸、安倍政権では政務秘書官である今井が決めている。 加計孝太郎は首相と昵懇の仲で、獣医学部の新設では秘書官が手取り足取り手助けしているのに、加計学園が獣医学部の認可を求めていたことは知らなかった、と言い放った。極めて不自然な答弁に迫い込まれたのは、首相は国家戦略特区の最高責任者であり、加計氏が認可を求めていることを知りながら酒食のもてなしを受けていたら供応の疑いが持たれるからだ。 後に愛媛県と加計学園の交渉を綴った「愛媛文書」が明るみに出た。加計理事長け2015年2月に首相と会って獣医学部の新設に関する報告を行い、「そういう考えの獣医学部はいいね」と安倍が語っていたことが記録されていた。首相答弁がウソである重大な傍証である。首相は獣医学部申請を知っていたのだ。 官邸は「愛媛文書に書かれていることは事実ではない」と言い繕う。加計学園の事務局長が誰かから聞いたことを、愛媛県の関係者が聞き取って書いたのだから「伝間の伝聞でしかない」。とは言え、愛媛県の担当者が書いた公文書である。 加計学園は窮余の一策を打つ。「事務局長が誤ったことを県に報告した。認定作業を前に進めるため、理事長と首相の面談があったかのように報告した」と言い出したのだ。大学誘致で協力している県に、ウソの報告をした、という信じがたい話だ。しかも理事長の友人である首相の名を使って県を欺いた。 ウソ話に名を使われた安倍首相は、怒ることもせず「私に関係ないこと」と冷めた対応。誰が見ても、首相答弁がウソであることを隠すため、新しいウソをついたことは明らか。この「苦しいウソ」で首相は救われたのである。大阪北部地震の翌日、加計理事長が突然記者会見を開いた。 「ことを前に進めるために(虚偽報告を)やったと聞いている。関係者にご迷惑をかけたので担当者を減俸処分にした」。 参加者を地元の記者に限定し、何を開かれても紋切り型の応答を15分で切り上げた。 首相が「知ったのは昨年1月」などと国会で発言させたがために、記録や事実をさかのぼって訂正しなければならなくなった。言い逃れのため「不自然な筋書き」を作り、筋書きに今わない事実は消す「辻つま合わせ」を裏で画策する。それも政務秘書官の仕事になっているようだ。月刊「マスコミ市民」2018年8月号 2ページ 「歯止めを失った安倍傲慢路線」から引用 この記事に書かれたことは特別に「反安倍」の意図を持って脚色されたものではなく、広く世間一般に共有されている認識であり、小泉純一郎元首相が政府説明がウソだらけであると発言したのもその一端である。したがって、もし自民党議員に多少なりとも「愛国心」と「正義感」があれば、こういうデタラメな政治は終わりにしようという「自浄作用」が働くはずであるが、実際のところはどの議員も個人的な利害が先にたつため、勝ち馬に乗って「おこぼれ」に預かること、下手に逆らって次の選挙で不利にならないようにと保身を優先するため、腐敗した政治を克服できないでいるのは残念なことである。
2018年08月19日
安倍首相は個人的に繋がりのある人物を首相の立場を利用して優遇したことを隠すために、自分が加計学園の獣医学部新設の話を知ったのは2017年だったと国会で証言したが、愛媛県が公表した文書には、2015年に安倍首相が「加計学園の獣医学部の構想はいい」と発言していたことが書かれてあったから、安倍首相が国会で偽証したことが明らかになったのであったが、これを否定するために加計学園が新たに用意したウソが「首相が発言したというのは、加計学園職員の作り話だ」というものであった。その一連の経緯を、5日の東京新聞が次のように報道している; 5月下旬の土曜の昼下がり。普段より人がまばらな本紙編集局に、何の前触れもなく1枚のファクスが流れてきた。 送り主は加計学園。2015年2月、首相の安倍晋三(63)が学園理事長の加計孝太郎(67)と面会し、「新しい獣医学部の考え方はいいね」とコメントしたという愛媛県文書について、次のように釈明していた。 「当時の担当者が、実際にはなかった総理と理事長の面会を引き合いに出し、愛媛県と今治市に誤った情報を与えた」。2人の面会は学園側がでっち上げたものだと、報道各社に一斉に通告してきたのだった。 2日後には国会で安倍出席のもと、加計・森友学園問題の集中審議が控えていただけに、関与が疑われた安倍に助け舟を出した格好となった。野党は「ウソの上塗り」と批判。与党のある副大臣も「何かを隠すためにウソを重ね、新しいウソをつかないといけなくなった。そう見られても致し方ない」と突き放した。 学園の説明通りなら、安倍の名前を使って県や市をだまし、獣医学部をつくったことになる。それでも安倍は平静を保った。「なぜ怒らないのか」と追及されても「私は常に平然としている」とはぐらかした。 学園に計93億円を補助する県と市に、学園事務局長の渡辺良人が謝罪に訪れたのは、ファクスから5日も後だった。記者たちの前でニヤつきながら「その場の雰囲気で、ふと思ったことを言った」「たぶん僕が言ったんだろう」とあいまいな発言に終始した。 疑念が膨らむ中、沈黙を続けてきた加計が突然、記者会見を開いた。大阪が地震に襲われた6月18日の翌朝。開始2時間ほど前、地元・岡山の記者クラブ加盟社だけに通告してきた。 加計は「記憶にも記録にもない」と安倍との面会を否定。予定より早く会見を打ち切った。加計が県知事の中村時広(58)に謝罪する動きもあったが、県の関係者は「面会はオープンで、その後に会見してくださいと暗に伝えると、連絡が来なくなった」と明かした。 同じころ、獣医学部を視察した愛媛県議福田剛(49)は驚いた。図書館の本棚はスカスカで専門書はほとんど見当たらなかった。「無理して開学にこぎ着けたのだろう。本当に先進的な教育ができるのだろうか」 7月下旬、国会閉会。安倍は最大の窮地を脱した。 1年以上にわたり政権を揺さぶり続ける疑惑は首相官邸に集中する権力の内幕をあぶり出した。首相の友人が官僚らから厚遇され、逡巡する行政の現場には、首相の威を借りたさまざまな圧力がのしかかった。 「記憶にない」という言い逃れやうそがまかり通る国会で、疑惑の霧は晴れないままだ。権力の傲慢を許さないためには、有権者の手で、真の言論の府を取り戻す必要がある。=おわり。(敬称略、肩書は当時。この連載は、中沢誠、池田俤一、池内琢、井上靖史、中野祐紀、伊藤隆平、小坂亮太が担当しました)2018年8月5日 東京新聞朝刊 12版 26ページ「権力の内幕 第2部(8)-『面会はウソ』と助け舟」から引用 この記事が示唆するように、安倍首相は本当は2015年の時点で加計学園が獣医学部新設を計画していることを知っていたのであり、それを隠すために、与党のある副大臣が言うように「新たなウソ」をつくことになったわけである。もし加計学園の説明がウソではなくて、本当であるならば、安倍首相は自分の名前を騙って愛媛県の補助金を騙し取ったことに腹を立てるはずであるが、そんなことをしたのでは「やぶ蛇」になるし、事前に加計孝太郎と打ち合わせした「ウソ」なのだから腹も立たない、というのが真相と思われます。こういうデタラメな内閣の存続を許したのでは、将来の日本人に申し訳ないというものであり、一日も早く安倍政権を終わらせるべきです。
2018年08月18日
最近の新聞を読んだ感想について、武蔵大学教授の永田浩三氏は5日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 新聞は忘れてしまったことを整理し、われわれの立ち位置を再確認するためのかけがえのないメディアだと思う。 7月28日の東京新聞の1面。加計学園とライバル関係にあった京都産業大学の大槻公一元教授の独占インタビューが掲載された。2年前の2016年1月、内閣府で国家戦略特区を仕切っていた藤原豊地方創生推進室次長(当時)が大槻氏と面会した際、「今ごろ持ってくるなんて遅い」と批判したという。申請期限はないにもかかわらず、加計学園の学部新設はすでに決まったかのような発言だった。発言は本当なのか、藤原氏に確認を求めたが回答はない。 翌29日に「権力の内幕~検証・加計疑惑 第二部」が始まった。第一回には、石破茂氏が内閣改造で特区を担当する地方創生担当相から外れた途端、加計学園の学部新設の動きが一気に進んだようすが浮き彫りにされた。記事からは、石破氏がまだ大臣の任にあり、従来の獣医学部とは違うものでなければ認められないとした、「石破4条件」を設けたにもかかわらず、新学部認可に向けての動きが安倍政権水面下であったことがうかがえる。連載では「加計ありき」の不自然さ、京産大のとまどいが改めて鮮明になった。 同じ29日朝刊の2面には、石破氏のブログが紹介されていた。「自民党総裁選に立候補するか否かという決断は、本当に幾晩も寝られない懊悩(おうのう)が続く苦しいものだ」とし、さらに、かつて総裁選後に自殺した中川一郎氏のことを挙げて、「その恐ろしさをまざまざと感じた」という。記事は小さいけれども、その中身は怖すぎないか。 そこから見えてくるのは、加計学園問題と総裁選がいやが応でもリンクし、石破氏がのっぴきならない立場にあると同時に、安倍氏の側も必死でつぶしにかかってくるであろうことだ。権力闘争はこれからどのように進行するのか目が離せない。 一方、東京新聞は6月14日から7回にわたり、「背信の根~検証・森友問題」という力のこもった連載をした。一年以上国会や市民を欺き続けてきた疑惑の背景になにがあるのか、検証を試みていた。森友学園理事長だった龍池泰典被告の生家の高松市や、文書改ざんを命じられ自ら命を絶った近畿財務局職員の岡山の実家を訪ねるなど、丁寧な取材がなされていた。「あの人が自分から(書き換えを)やるわけない。自殺するなんて本当につらかつたんだなあって・・・」。この一言を記事にする裏に、どれほど膨大な取材があることだろう。いつの時代も組織の犠牲となるのは個人だ。 われわれは日々に汲々となり忘れっぽい。でも、忘れてはいけないことがあるのだと、新聞は気づかせてくれる。(武蔵大学社会学部教授)2018年8月5日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ 「新聞を読んで-『加計ありき』鮮明に」から引用 国会の会期が終わってモリカケについて野党議員が質問をする機会がなくなれば、それでモリカケ問題も消えてなくなると考えるのが安倍晋三の「特徴」のようであるが、世の中は安倍が考えるほど単純ではないので、これからも新聞やテレビがことあるごとにモリカケを取り上げて、国民はこの問題が未解決であることを再確認する必要があると思います。安倍自身、この問題が重要であるという自覚は持っており「国民に丁寧に説明していく」と一度は発言したのであるから、それが実行されるまではメディアも追及をやめるわけにはいかない。
2018年08月17日
東京医科大学が女性の受験生の点数を不当に減点していた事件に関連して、法政大学教授の山口二郎氏は5日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 東京医大の入試で女性差別が行われてきたというニュースには驚いた。3日には同大学前に抗議の人々が集まった。その中に「下駄を脱がせろ」というプラカードがあって、私自身も無知を突かれた思いがした。 女性が結婚、出産して仕事を続けることは大変だという一般的なイメージはある。女性が女性であるがゆえにハンディキャップを負わされるということは、見方を変えれば、男性が男性であるゆえに下駄をはかせてもらっているのと同じである。下駄を脱がせろというスローガンは、男性優位の社会を変えようという分かりやすい宣言である。 自民党の幹部は子供を作らない人は自分勝手だと言った。他方、女性は医者になっても出産で仕事を離れるからと医大は女性を入学させない。勝手なのは男の方だ。そうした男の勝手を支持する女性は、自民党の一部の女性議員のように、男社会に入れるよう下駄をはかせてもらう。 女性が個人として尊重され、子供を育てながら普通に仕事をする社会をつくることに冷淡な男性の多くが、教育に関しては愛国心を強調することは大いなる矛盾である。日本の人口はこれから坂を転げ落ちるように減少する。そのことは、当代の身勝手な男たちが後世に残す最大の罪である。下駄を脱がない男こそ国を滅ぼそうとしている。(法政大教授)2018年8月5日 東京新聞朝刊 11版S 25ページ 「本音のコラム-下駄を脱ごう」から引用「 女子受験生の点数を故意に減点して入学数を抑制するのは不当なことで許されないことであるが、世の中には西川史子のように「抑制しなければ女性の医師が増え過ぎて日本中の病院の診療活動が回らなくなる」などと本気で考えている者がいるのは困ったことです。女性の医師が出産や子育てで休暇を取るときは、その穴埋めに別の医師を雇用するべきであり、それを病院経営の負担であるとする考えは間違いで、社会を維持する上で必要な経費であると考えるべきです。そういう負担を経営者に押しつけるから、女性が働きやすい社会が実現できず、少子化のスパイラルから脱却できないという悪循環に陥る。その辺のカラクリを見抜いて改善するという見識を持った政治家を国会に送るべきと思います。
2018年08月16日
今年、オウムの死刑囚を大量に処刑したことについて、ルポライターの鎌田慧氏は7月31日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 「死者たちに如何(いか)にして詫(わ)ぶ赤とんぼ」 1年3ヵ月前、獄死した死刑囚・大道寺将司の俳句である。1974年8月三菱重工爆破事件を起こして、8人の死者と376人の負傷者をだした大道寺は、被害者を想いながら句作を続け69歳になる手前で病死した。 「残骸の獄屋(ひとや)の梁(はり)に寒鴉(かんがらす)」。 この荒廃の風景は処刑後の世界だろうか。わたしは大道寺の病死を知って、処刑でなくてよかったと思った。 病が重かったのは、彼の支援者たちの交流誌「キタコブシ」を読んでいたので知っていた。あらためて書庫から句集『友へ』『棺一基』を取り出したのは、オウム死刑囚13人の大量処刑、この恐怖の7月の異常さに突き動かされたからだ。 大道寺将司のように、オウム死刑囚たちも、テロによる社会改革はまちがいたった、と身を裂くような思いに捉えられていたであろう。被害者たちはなんの理由もなく殺された。この13人ひとりひとりの苦悩の自省は大道寺のようには社会にひろがっていない。 まるで勝ち誇ったかのような安倍内閣の連続死刑「断行」は、揺るぎのない強権政治の誇示なのか。駐日EU代表部と加盟国の駐日大使は「極刑の使用反対」声明をだした。死刑制度存置は世界の恥だ。ハラキリ、特攻、あだ討ち。日本人の意識を縛る古い価値観だ。(ルポライター)2018年7月31日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-2018年恐怖の7月」から引用 従来の死刑の執行は事前にマスコミにリークされることはなく、命令書に署名した法務大臣は、いくら合法であるとは言え人の命を奪うという行為について慎み深い態度をとるものであったが、この度の死刑執行は事前にマスコミにリークされ、処刑の前夜は法務大臣が仲間内の飲み会でどんちゃん騒ぎをしていたことまで世間に知れ渡ってしまい、この国の政治家のレベルが一段と低下していることを印象づけた。死刑執行を事前にリークした目的は、安倍内閣の森友・加計学園問題から国民の目をそらす目的があったからに違いないが、国会に改ざんした公文書を提出して一年間も国民を騙した事件を、このまま不問に付すわけにはいかない。
2018年08月15日
一昨日、昨日と引用した中野敏男氏の「解説」はその終段で、現在の日本の精神状況について次のように述べている; 「『<戦後>の誕生』日本語版に寄せて」と題した本論では、これまで、安倍内閣が執権する現在の日本が「戦後」の「平和主義」を遺棄するという意味で、「曲がり角」にあると感じられる状況から出発して考えてきた。その考察をここまで続けてくると、それは、曲がり角と言っても「平和から戦争へ」というような単純なものではなく、戦争態勢の整備を含みつつその底で「戦後日本」が続けてきた「『朝鮮』の消去」をさらに進めてしまうという、ひどく内向的な「曲がり角」であるとわかってきた。それは、植民地支配の「影」を温存したままの「転換」なのであって、戦争法など表面に顕れたあれこれの制度上の改変よりもっと深刻な意味で、日本の精神状況の退行を示すと言わねばならない。そしてこれは、植民地主義をめぐって今日の世界が進んでいる趨勢から見ても、ひどく逆行的な事態だとわかる。 思えば、冷戦体制が解体に向かった1990年代の世界は、それまで冷戦状況下に横行していた独裁政治や強権政治に対して抵抗が広がり、それが各地で社会体制の転換にまで発展して、旧社会にあったさまざまな人権抑圧や不正を告発し、歴史の真実、名誉の回復、責任者の処罰、被害の補償、社会の和解などを求める人びとの要求や行動が大規模に激発した時代であった(*8)。アパルトヘイト体制に反対してその転換を求めた南アフリカ共和国の事例が最も有名であるが、この時代にはそれに限らず、部族間対立が血みどろの内戦に発展したアフリカ諸国での虐殺被害、東ヨーロッパの社会主義政権がおこなった人権抑圧、そしてアメリカに支援された中南米の軍事独裁政権がおこなった人権侵害や虐殺被害、そしてアメリカや日本も支援した東アジア・東南アジア・南アジアの開発独裁型政権の人権侵害や虐殺被害など、まさに世界のあらゆる場所で人間の生命と権利を侵害したさまざまな問題が問われるようになっている。1991年8月14日、韓国の金学順さんが初めて実名をもって被害を訴えたことで始まった日本軍「慰安婦」問題の公論化の過程も、この90年代に進んだ真実と正義を求める世界の流れと無縁ではないのである。 このような90年代に世界各地に広がった真実と正義を求める運動をとりわけ意義深いものにしたのは、そのようなさまざまな運動のなかから、やがて同時代としての「近代」に猛威を振るった人種主義、排外主義、そして植民地主義が共通の克服すべき課題だという認識が生まれ、これに対する国際的な議論が進んだということである。そんな議論が発展して、2001年9月には南アフリカのダーバンで国連の主催により「人種主義、人種差別、排外主義および関連する不寛容に反対する国際会議」が開かれ、奴隷制や奴隷貿易についてはここで初めて公式に「人道に対する罪」と認定されることになった。また植民地主義についても、その責任や罪がこの会議で公式に議論され、イギリスやフランスなどの反対で「人道に対する罪」と認定されるまでには至らなかったが、これについても議論が避けられないという認識は国際社会で共有されるようになっている。 そのような90年代を経て、人種主義や植民地主義に対する世界の認識は、世界史に果たしてきたその罪責を厳しく問う方向に急速に変化していると言えるわけだが、この世界の変化に照らして見れば、ここで見てきた日本の現状はそれとは明らかに逆行していてやはり深刻な事態だと言わねばなるまい。そこで、今また反復されている「植民地主義の歴史の消去」あるいは「『朝鮮』の消去」を、それの出発点である「戦後」の始まりに立ち返ってその意味を問い直すという課題が生まれている。 本書『〈戦後〉の誕生』日本語版は、そんな課題を抱える現在の日本の言説空間に提供されることになったのだ。そして、「日本の『戦後』は『朝鮮』の消去の上にある」と「本書の問題意識」を明示するこれは、その課題の中心に必ず突き刺さる問題提起になるはずだと認められるだろう。本書は、ほぼ同時に刊行されている権赫泰著『平和なき「平和主義」-戦後日本の思想と運動』(鄭栄桓訳、法政大学出版局)と問題関心を並行させる論集であり、これとあわせて読まれると議論の内容もより十全に理解していただけると思う。 本書の主題に関わる戦後日本の植民地問題の認識については、「戦後思想」の中心人物と言える丸山眞男が1990年代になってその学問人生を回顧するインタヴューに応じ、次のように語っている。 韓国との関係だけでなく、北朝鮮についても、すぐに当面することになるでしょうが、過去の歴史について、謝罪すべき問題と、そうでない問題があると思うのです。よく言われることだけど、帝国主義国で、謝罪した国があるかといえば、ありませんね。いつ一体イギリスはインドに謝罪したか。いつドイツは膠州湾について謝罪したか、いつソ連はツァール・ロシアのやったことに謝罪したか。こういうことと、たとえば、朝鮮人の強制連行など、植民地支配の下で行われた人権侵害とは基本的に違う。それは無条件にきちんと謝罪すべきことです。(*9) 丸山はここで、日本をイギリス、ドイツ、ソ連と並列し、それら「帝国主義国」の立場から自らの考えを述べているのは明らかだろう。しかもその内容が植民地支配の責任に関わることであってみれば、これはあたかもダーバン会議において植民地主義の罪を否認するイギリスやフランスの立場と一致しており、その位置から旧植民地地域の代表者たちの追及に対決していると言えるわけだ。 植民地主義に関わる丸山のこの発言が、丸山眞男という傑出した政治思想史家の全生涯を考えようとする際にどのような評価のポイントになるのか。それについては、いかなる点から丸山を見るかによって随分立場は分かれるだろう。最晩年の丸山が何を言おうとも、多岐にわたる丸山の全言説の中から示唆的な言葉を選んでは拾い出し、それに学び続けるということだってなお充分に可能だからである。とはいえ、日本の戦後思想をまさに「戦後」という位置において、戦争と植民地主義の歴史に即してそれを考えようと企図し、その中心に丸山眞男を置く場合には、これは見過ごせない発言だとわたしは思う。90年代の丸山がここに立っているのは、ほかならぬ「戦後思想」そのものの帰結だと理解しなければならないからである。 そうだとすると、その「戦後思想」はどのようにして生成しているのか、というより、それと並行して日本の「戦後」そのものが<誕生>したのはいかにしてか。ここに浮かび上がるこの問題は、本書の行論本体において明らかにされるはずの事柄である。註(1)孫崎享『戦後史の正体』創元社、2012年。(2)白井聡『永続敗戦論-戦後日本の核心』太田出版、2013年。(3)加藤典洋『敗戦後論』講談社、1997年。(4)原彬久『岸信介i権勢の政治家』岩波新書、1995年。(5)ジョン・ダワー『吉田茂とその時代』上・下、大窪悠二訳、TBSブリタニカ、1981年。(6)韓洪九『韓洪九の韓国現代史 Ⅱ 負の歴史から何を学ぶのか』高崎宗司監訳、平凡社、2005年。(7)和田春樹『金日成と満州抗日戦争』平凡社、1992年。(8)1990年代のこのような状況については、金富子・中野敏男編『歴史と責任-慰安婦問題と1990年代』(青弓社、2008年)を参照されたい。(9)丸山眞男『丸山眞男回顧談』下、松沢弘陽・植手通有編、岩波書店、2006年、177-178頁。権赫泰、車承棋編「<戦後>の誕生」(新泉社刊) 「解説『<戦後>の誕生』日本語版に寄せて」から320~324ページを引用 ここに引用した文章も大変教訓に富んでいると思います。90年代は世界のあちこちで独裁政治や人権蹂躙が告発され是正された時代で、韓国で金学順氏が従軍慰安婦の被害体験を告発したのもそういう世界の趨勢に添うものであったという解説は説得力があり、安倍政権の慰安婦問題に対する対応が如何に誤謬に満ちているかということもよく分かります。また、イギリスやフランスがかつての植民地支配を謝罪していないことを指して「だから謝罪は無用」というのは暴論であり、やがてはイギリスもフランスも謝罪させられる時代が来るだろうと私は思います。
2018年08月14日
昨日の欄に引用した中野敏男氏の解説記事の続きは、近年刊行された加藤典洋著「敗戦後論」、孫崎享著「戦後史の正体」、白井聰著「永続敗戦論-戦後日本の核心」について、それぞれ次のように論じている;(昨日の続き) もっとも、「植民地主義の歴史の消去」が「『朝鮮』の消去」と端的に具体化されて言い換えられると、なるほどそれが単に歴史認識上の問題にとどまるわけではないということがもっとはっきり際立ってくる。確かにそれは、たとえば前述した戦後70年談話などでの戦争に関する言及を「満州事変以前」にまでちょっと延ばして書き加えればそれで済んでしまうような問題ではなく、むしろ日本で「戦後」と言われている時代の存立そのものに構造的に関わる問題なのである。ここで仮にこう単純な問いを立ててみよう。「1945年以後の時代とは、いかなる時代であったか」と。「平和と民主主義が実現され、復興から経済成長に向かった時代である」、これが一つの答え。そして、「戦争と南北分断が固定化され、独裁政権が民主主義を抑圧した時代である」、これがもう一つの答え。いずれも直ちに出てくるだろうと思われる答えなのだが、このように意識して並べてみると、前者は後者を「消去」してのみそれとして語りうると理解できるのではないか。事実を直視すれば、両者は東アジアの歴史として一体的であり、そこで構造的に連関した一つの事態が表裏で示すそれぞれ一面の像に違いないはずである。それなのに日本では、実際に後者を消去しつつ、前者のみをずっと「戦後」として語り続けてきた。 そうであれば、この「戦後」が「曲がり角」にあるとされる今日、それがどこに進んでいくのか、あるいは進んでいくべきなのかを見極めるためにも、現在に続くと見られるこの「戦後」の構造をまずは全体として正視することが不可欠だろう。それなのに、そう考えて現在の日本の精神状況をあらためて見直すと、残念ながら現実にはそれとは逆行する事態がいくつも現れてきていると認めざるをえない。それは、たとえば、近年の日本でさまざまに注目を集めているいくつかの戦後日本論に見て取ることができる。 2012年に刊行された『戦後史の正体』という書物は元外務官僚である孫崎享の著作だが、孫崎はここで日本の戦後史を「対米従属」路線と「自主」路線という2つの対米外交路線の相克という観点(のみ)から解析し、広範な読者を得ている(*1)。また、2013年には白井聡著『永続敗戦論』という書物がそれに加わり、これもかなり広く読まれて角川財団学芸賞や石橋湛山賞を受賞するなど高い評価を受け、「対米従属」と敗戦状況の「永続化」を語るその戦後日本論は、いわゆる「リベラル」の人びとにまで大きく支持を広げることとなった(*2)。かくて、占領期の「押しつけ憲法」を排して「自主憲法」の制定を目指すという極右勢力が政権を握ったそのときに、それに対抗するリベラルがまた「対米従属」に戦後日本の核心を見て日本の「主体性」を強く願望するという、どこか奇妙な対立構図がここに成立している。 このような「永続敗戦」という議論が、リベラルな立場から戦後における日本の「主体性」の喪失を嘆いている限りで、その著者の白井自身が認めるとおり1990年代に加藤典洋が提起した「敗戦後論」の後継であることは間違いないだろう(*3)。しかし、ともあれ「アジアの2千万の死者」を哀悼する主体が不在だという問題から説きおこした加藤の議論と対比してみると、日本の「対米従属」にのみ照準する白井の議論はちっと自己憐憫的でずっと退行していると見なければならない。加藤と同じく「敗戦」を語るこの議論において、加藤とは異なって「アジアの死者」への関心はほとんど希薄だし、戦後処理の懸案として「竹島」や「尖閣諸島」や「千島」の問題は語られても、植民地支配の責任などという問題には論及の場すら与えられていないのだ。その意味で「朝鮮」はここでも見事に消去されている。これが現在の日本で広く受け入れられているしかもりベラルな「戦後」論なのだと思ってみると、加藤の「敗戦後論」が議論の的となった90年代からもさらに大きく後退し内向化した日本の思想状況に、あらためて心が痛む思いがする。それにしても、このような「朝鮮の消去」は、2010年代の現在に東アジアでなお顕在化している植民地支配の明瞭な影を考えれば、「戦後」を語る議論としてあまりにも不見識ではなかろうか。 それでは、現在において「東アジアで顕在化している植民地支配の明瞭な影」と言うのは何のことか? それは、東アジアの現在の政治指導者たちの顔ぶれとそのルーツを見れば、そこに明示されているとわかる。日本の現政権は首相が安倍晋三で副首相が麻生太郎であるが、周知のとおり安倍の祖父は岸信介で、麻生の祖父は吉田茂である。そしてこの岸信介とは、1957年から60年まで首相を務めた人物であるが、元は戦前の農商務省出身のいわゆる「革新官僚」で、1936年からは満洲国国務院で経済政策の実権を握ってそれを支配し、日米開戦時には東條内閣の閣僚にまでなっている(*4)。また吉田茂は、1946年から数次にわたって首相を務めた「戦後日本政治」をまさに象徴する人物だが、出身は外務官僚で、1906年の奉天(瀋陽)の総領事館勤務を皮切りにほぼ20年にわたって中国勤務を続け、その間、明確な「帝国意識」を保持し、一貫して日本の帝国主義的な中国政策の先頭に立って精力的に働いている(*5)。すなわち岸と吉田とは、紛れもなく日本の中国侵略と植民地支配の現地実行責任者だった人物であり、その当人が「戦後」にはついに首相にまで登り詰め、その身をもって実際に日本の植民地支配の経験と戦後政治とを繋いでいるのである。この繋がりを戦後日本は黙認して温存し、彼ら本人だけでなく、ついには彼らの孫まで首相に押し上げた。 その事実に気づいてみると、現在の南北朝鮮の政治指導者たちについても事態はやや似ているとわかる。まず、大韓民国の現在の大統領である朴槿恵の父は60年代から70年代にかけて軍事独裁政権の大統領であった朴正煕だが、この人物は日本の植民地時代には傀儡国家満洲国で国軍の将校となり、日本名を「高木正雄」と名乗って働いていた(*6)。また、朝鮮民主主義人民共和国の現在の最高指導者(国務委員長)である金正恩の祖父は金日成であるが、この人物は満洲国のあった地域で抗日パルチザンのリーダーとして活躍し、その実績から建国後は首相となって、国家の最高指導者としてそれを導いている(*7)。50年代に朝鮮を南北に分断した朝鮮戦争は、日本帝国主義が支配する30年代の満洲で、これら当事者によってすでに先行して戦われていたのである。要するに、現在の日本と南北朝鮮の政治指導者たちのルーツをたどると、いずれも「朝鮮」と「満洲国」の植民地支配をめぐる実際の戦争に行き着くのであり、まさにその影が、戦後・植民地解放後を経て現在にまで及んでいると理解できる。 もっとも、植民地時代の父や祖父がそうだからといって、「戦後」の現実においては、その政治行動がそれ以前とまったく同じ枠組みで理解できるわけではなかろうし、いわんやその類推を子や孫にまで単純に広げているのだとすれば、確かに不当だと感じられるかもしれない。そもそも「戦後」という世界は「冷戦」の時代であり、そこでは米ソという両超大国が実際上覇権を握っていて、いかなる国も政治勢力もそれに従属して動いていたのではなかったか。そうだとすれば、東アジアの政治指導者における「戦前」と「戦後」のそうした人的つながりもその意味はさして重要ではないとも考えられる。 しかしそれに対しては、冷戦体制と米ソの覇権という事態が、米ソニ国だけ主権を維持しその国益がもっぱら優先されて意思決定もなされていたなどという、単純な話ではない事実が指摘されねばならない。各国が連携して2つの陣営に分かれ世界を分割して覇権を競った連携帝国主義ともいうべきこの体制の下では、「自由主義か、社会主義か」という社会体制の選択に政治の外枠が大きく規制されていて、米ソすら単純な国益主義によっては対応が不可能だったのだ。このような世界体制であれば、そこからたとえば日米の二国だけを取り出し、この二国関係だけについて「自立か、従属か」などと論ずるのは笑うべき視野狭窄でひどくナンセンスなことなのである。 しかもこの冷戦体制は、それも米ソの恣意によってはどうにもならない歴史的前提を抱え込んで出発し進行している。冷戦体制下では、とくに1950年代にアジア・アフリカなど旧植民地の地域で国家独立の動きが広がり、それが一時は東西両陣営に並立する「第三世界」と称されて独自な勢力結集の軸にもなっている。しかし、そこに成立した「独立国」には、その社会体制の内に植民地時代の分断・差別という母斑が刻印されていて、それが独立後も自立を困難にする要因となり、また旧植民地宗主国の新植民地主義的な介入を導く誘導路にもなってしまった。植民地時代の遺産であるさまざまな社会矛盾が、やがて地域対立や民族対立やイデオロギー対立に発展してそれらの地域に「内戦」を引き起こし、それに背後から米ソや旧宗主国が介入して、独裁政治や大量虐殺などとても重大な悲惨を実際に各地で生んできたことは、21世紀の現在、よく知られた事実である。 そのような世界の歴史的事実を踏まえて振り返ってみると、「戦後」の東アジアにおいて、日本では吉田茂や岸信介が首相になり、南北朝鮮では朴正煕や金日成がそれぞれ権力を掌握したというのも、かつての植民地帝国日本による植民地支配の「影」であることは明らかではないだろうか。このような東アジア地域であってみれば、これに対するアメリカの政策も、日本にただ「従属」を強いるという単純で一方的なものではなく、この植民地支配の「影」を利用しそれと連携して展開してきたと考えねばなるまい。その「影」が、この2010年代の今日において、それらの子や孫による執権としてまた露頭しているのである。もちろんそれは歴史の「単純な反復」ではないだろうが、そこに否定不可能な系譜は厳にあり、しかもそれはトップの政治指導者の系譜のことだから、この地域の歴史と現在を論じようとするなら決して無視できないはずのものだ。それなのに、現在の日本に流通する「戦後論」においては、この「朝鮮」にかかわる歴史への意識が、それゆえ植民地主義の記憶が、まったく<消去>されている。と言うより、すっかり内向きに萎縮してしまってそこに意識が向かないのだ。これは、現在の日本の精神的境位そのものを示していると考えざるをえない。(後半省略)権赫泰、車承棋編「<戦後>の誕生」(新泉社刊) 「解説『<戦後>の誕生』日本語版に寄せて」から314~320ページを引用 うっかりすると吉田茂は戦後の日本を経済発展に導く基盤を作った政治家という印象が強く、あるとき皇室に関係する文書に「臣 茂」と署名したとの記録があり、変なことをする人だなと思ったものでしたが、実は戦前は中国大陸で日本帝国主義の官吏として大活躍した人物であったと知り、「なるほど」と長年の疑問が解けました。戦前の中国東北部で、岸信介や吉田茂と朴正煕が抗日パルチザンの金日成と敵対し、戦後は朴正煕の娘と金日成の孫が朝鮮半島を分断統治した、これは確かに日本植民地主義の「結果」だと思います。しかし、大韓民国では民主主義の力で大統領を交代させました。日本でも、植民地主義者の孫を首相の座から引きずり下ろして、まっとうな政治家を首相に選んで、植民地主義を「精算」するべきではないかと思います。
2018年08月13日
去年の3月に新泉社から刊行された「<戦後>の誕生」という本は2013年に韓国の日本研究者が戦後の日本人の歴史認識を分析・研究した論文をまとめたもので、日本語版が出版されたときは、東京外国語大学名誉教授の中野敏男氏が、次のような「解説」を書きました; 2013年4月に韓国で初版が出された本書が、日本語に翻訳されて日本の言説空間に提供されるというのは、「日本の戦後思想」を主題とする書物として、韓国語版刊行とは異なるこれはこれで独自な意味を持つことになるだろう。ここでは、その点について考えておきたい。 2015年、「日本の戦後」が70年をすぎたその夏、この国は、その「戦後」が維持してきたはずの「平和と民主主義」をめぐって大きく揺れ動いた。極右路線を進む安倍晋三政権は、「戦後レジームからの脱却」を掲げつつ、大多数の憲法学者が違憲と指摘する安全保障関連法の成立を急ぎ、これに「戦後平和主義」の危機を感じた多くの人びと/国民が国会周辺に集まって反対の声をあげた。それを巨大与党の多数により押し切って実行された法案の強行可決は、「戦後日本」の「平和と民主主義」を破壊する暴挙とされ、その核にある日本国憲法とそれに基づく立憲主義は大きく損傷したと受けとめられている。そして2016年になって、安倍政権は参議院議員選挙に勝利し、改憲勢力は両院で3分の2を占めることになって、憲法改正もいよいよ現実味を帯びてきている。確かに、今や「戦後日本」は重大な曲がり角に立っているように見える。まさにこのようなときに、本書『<戦後>の誕生』は日本語版として登場している。 すると、ここで曲がり角が意識されている「戦後日本」とは、そもそも歴史的にはどのような時代として今のこの日本で理解されているのだろうか。ここで「曲がり角」とは、如何なることなのか。それを考える手がかりとして、ここでは2015年の夏に発表された2つの戦後70年談話に注目してみよう。一つは、安倍政権がその8月14日に発表した「内閣総理大臣談話(安倍談話)」であり、もう一つは、この年の安保関連法案反対運動のシンボルともなった「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs)」が9月2日に発表した「戦後70年宣言文」である。これら二つは、安保関連法をめぐる賛否の両極にあって、この年の安保論議が足場を置いている歴史認識の地平を示すものと考えられるからである。 これらの「談話」と「宣言」は、もちろん議論の的である日本の安全保障政策については対極的な立場に立っているとまずは見てよいだろうが、よく読むと日本の「戦時」と「戦後」に関わる歴史認識については一定の共通性があると認めることができる。その「戦時」について、両者は次のよう仁記述している。◎「安倍談話」満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。◎SEALDs「戦後70年宣言文」満州事変に端を発する先の戦争において、日本は近隣諸国をはじめとする多くの国や地域を侵略し、その一部を植民地として支配しました。多くの人びとに被害を及ぼし、尊厳を損い、命を奪いました。 前者の安倍談話は、近代日本の歩みについて独善的な自己賛美と歴史歪曲に満ちていると言わざるをえないものだが、それでもこの部分だけは少しは戦争の過誤を意識し、それへの「反省」らしき表現も見えないわけではない。とはいえここで注意すべきは、その戦争への「反省」が「満州事変」(1931年)以後に時期を限定していることだろう。すなわちここでは、沖縄、台湾、朝鮮、南洋諸島へとそのときにすでに進んでいる植民地支配の拡大、それゆえつねに戦争の原因ともなっている近代日本の帝国主義と植民地主義の歴史は、その基部が見過ごされていると見なければならないのである。と考えると、安保関連法に反対して政治的立場をまったく異にすると見られる後者のSEALDs宜言文でも、そうした歴史への視野狭窄は実は共通しているとわかる。ここに近隣諸国への加害についての言及、「侵略」と「植民地として支配」という文言は確かにあるのだけれど、前者と同じく、近代日本の帝国主義と植民地主義の歴史についてはその実質が充分に見通されているとは言いがたい。 それに気づかされて、あらためて「戦後日本」における戦争の語りを振り返って考えてみると、ここに垣間見えている問題は実はかなり根深いと認められる。戦後日本で「戦争」と言えば、確かに、敗戦直後は日米戦争ばかりが「太平洋戦争」と名づけられて語られていたのだったし、やがてアジアに目が向いても、「満州事変」以後にその意識は限定されていて、その範囲で「十五年戦争」とか「アジア・太平洋戦争」とかが語られてきたのだった。「満州事変に端を発する」とする戦争の時代のこの区画は、なにも2つの談話にだけ特別なことなのではなく、むしろ戦後日本に通用してきた平均的な共通了解だったと言えるのである。この戦後日本の共通了解が、戦後70年に際して対極的な立場から発表されたはずの二つの談話をその基底で繋いでいる。 そのように理解してみると、先に見た「今や『戦後日本』は重大な曲がり角に立っている」という現在に関わる認識は、それを表面的に捉えてしまうなら、実はかなり危うい落とし穴のあるものだとわかってくる。というのも、「戦後」を「脱却せよ」、あるいは「護れ」という表層に現れた二者択一の対立的主張が、その前提にある「戦後」そのものへの問いを見失わせてしまう可能性があるからである。その「戦後」という時代の共通了解、あるいは、そもそも「戦後」というその時代把握にこそ実は問題があって、いま問かれねばならないのは、この「戦後」という時代そのものなのではないかということである。 そう問いが立て直されると、まさにこのときに、その当の日本の「戦後」を問う本書『<戦後>の誕生』が日本語版となって日本の言説空間に提供された意味が、あらためて深く感得されると思われる。本書の編者である権赫泰は序章で、「日本の『戦後』は『朝鮮』の消去の上にある」と、「本書の問題意識」を端的に述べている。これは確かに、ここで見てきた「戦後日本の共通了解」の問題点、その核心に突き剌さる指摘であろう。「『朝鮮』の消去」というのは、まさにいま「戦後平和主義を護れ」という声によってすら反復されかねない植民地主義の歴史の消去のことに違いないからである。(後半省略)権赫泰、車承棋編「<戦後>の誕生」(新泉社刊) 310ページ 「解説『<戦後>の誕生』日本語版に寄せて」から冒頭部分を引用 この本は7本の論文を掲載しており、戦後の日本人の思考様式が韓国の研究者にはこういうふうに見えていたのかということがよく分かる、大変興味深い本ですが、中野先生の解説も非常に示唆に富んでいると思います。安倍首相の「戦後70年談話」が独善的な自己賛美と歴史歪曲に満ちているとか、リベラルな立場から出されたSEALDsの「宣言」も安倍談話と対立するように見えて実は共通する部分があるという指摘は、意味深長と思いました。
2018年08月12日
強かん事件の加害者が安倍首相の知人であったために首相側近の警察官僚が捜査に介入して容疑者逮捕を寸前で止めた事件について、この事件を英国BBCが取り上げたことの意味を、関西学院大学准教授の貴戸理恵氏が7月29日の東京新聞に次のように書いている; 6月、英BBC放送が性暴力被害を告発した伊藤詩織氏のドキュメンタリー番組を放映した。タイトルは「ジャパンズ・シークレツト・シェイム(日本の隠された恥)」。そこで強調されたのは、性暴力の問題を巡る日本の後進性だった。日本では、性暴力被害者がいまだに沈黙を強いられており、声を上げてもさまざまな二次被害に遭ってしまう現実がある。 「隠された恥」には二重の意味があると考えられる。第1に、いまだ多くの被害者が被害経験を「恥」とされ隠すよう追い込まれていることである。内閣府「男女間における暴力に関する調査」によれば、無理やり性交された経験を持つ女性は7・8%で、そのうち「誰にも相談しなかった」人は58・9%にのぼる。第2には、先進国であるはずの日本で起きた「声を上げた被害者」に対する2次被害と黙殺が、いかに「恥すべき」事態であるかということだ。 上記のドキュメンタリーは、後者の「恥」を白日のもとにさらすことで、真に「恥」なのは被害者の経験ではなく、被害者を孤立させる社会の側だ、とのメッセージを打ち出した。 日本における性暴力被害を巡っては、法律や支援体制、警察の捜査システムなどさまざまな不備が指摘されている。たとえば、刑法の性犯罪規定は1907年に定められた家父長的価値観の色濃いものである。2017年度に改正されたものの、性犯罪を認定する際に「暴行・脅迫」が要件となる点は残った。 多くの先進諸国では被害者の「同意」の有無が重視されており、被害者の性的自由が焦点となっている。日本は、千葉大大学院教授の後藤弘子氏の「性犯罪規定の改正が意味するもの」(『現代思想』7月号)によると「不同意」すなわち「意に沿わず無理やり」が周囲の目に明らかなことが、より重要とされている。これは、被害者に「落ち度」がないことを求める発想につながっていく。 この番組の取材で、自民党の杉田水脈衆院議員は、伊藤氏について「(男性の前で酔って記憶をなくした点で)女としての落ち度がある」と語っている。杉田氏は最近でも、同性カップルについて「『生産性』がない」などと表現しており、性を巡る人権意識の欠落の露呈が続いた。 だが考えなくてはならないのは、これが一政治家の愚行にとどまらず、私たちの社会のある側面を象徴している、という点だ。 被害者が純粋無垢な弱者であれば、世間は同情する。だが、ひとたび被害者が主体的に権利を主張し始めると「実は被害者にも非があったのではないか」という疑念が提示され被害者の口をふさいでいく。 この構図が、被害者みずからが被害を「隠すべきもの」と見なす事態を招いていくのだ。 伊藤氏のケースは、不適切な薬物使用も疑われており「落ち度」はない。それに被害者は人間であり、失敗もすれば、ずるさや甘さを抱えることもありうる。だがそれでも、同意の無い一方的な性的接触は、相手の性的自由を踏みにじる暴力である。当然のことだ。この「グローバルスタンダード」を踏まえず不用意な発言をすれば、それは「隠された恥」どころか「恥の公開」であることを、政治家は、そして一部の「私たち」も、知った方がよい。(関西学院大学准教授)2018年7月29日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ 「時代を読む-性暴力被害者に連帯を」から引用 被害者が純粋無垢な弱者であれば、世間は同情するが、ひとたび加害者の非を訴えるとその瞬間から「被害者側の落ち度」も攻撃される、これではまるで未開社会のようなものです。その割には「万引きされる店の側にも落ち度がある」などと警察や政治家が言ったという話は聞いたことがありませんから、やはり「被害者の落ち度」をあげつらうのは変な話で、被害者に落ち度があろうとなかろうと、加害は断罪されるべきです。
2018年08月11日
最近の新聞を読んだ感想について、中央大学教授の目加田説子氏は7月29日の東京新聞に、次のように書いている; 昨年7月7日に核兵器禁止条約が成立してから1年というタイミングで、7月8日朝刊から4回にわたって連載されたインタビュー記事「核なき世界 目指して」は読みごたえがあった。 冷戦時代、米国で国防次官補を務めたローレンス・コーブさんは、核兵器禁止条約は化学兵器や生物兵器と同様に「核兵器を廃絶する必要があるとの意思表示になる。道徳的規範だ」と語っている(10日朝刊6面)。深く同意する。条約は発効して普遍化を促進する(加盟国を増やす)ことで実効性を高めることが大事である一方、まずは国際合意として目指すべき方向性を共有することがその第一歩となる。他の大量破壊兵器と同様に、人類は核兵器という非人道的兵器とは共存できないという道徳的価値を高めることこそが肝要だ。 ところが、日本政府はこの条約の署名どころか、交渉にすら参加しなかった。当時、外相だった岸田文雄自民党政調会長は11日朝刊6面のインタビュー記事で、参加しなかった理由を問われ「交渉が進めば関係国の対立がより深刻になると判断した。核なき世界実現のため、辛抱強く核保有国を巻き込み、非保有国と協力しなければならない」と答えているが、そのための努力は見えてこない。 1年前、北朝鮮が核・ミサイル実験を繰り返し、武力衝突にさえ発展しかねない情勢だった。日本政府は北朝鮮のミサイルが上空を通過する可能性のある9県で訓練を実施。テレビでは、子どもたちが両手で頭を抱えて校庭にうずくまる映像が流された。安倍晋三首相は「国難突破」と、衆院解散・総選挙を唐突に強行した。安倍政権の北朝鮮への強硬姿勢が支持率回復に貢献したともいわれてきた。 今年、10年ぶりの南北首脳会談、史上初の米朝首脳会談が実現し情勢は動きだした。朝鮮半島の非核化は今後多くの歳月を要するが、朝鮮戦争の終結・平和協定の実現性はかつてなく高まっている。 だが、日本政府は北朝鮮との対話に向けた具体策を打ち出せていない。小野寺五典防衛相は、北朝鮮が「対話路線に転換したとはいえ、脅威は変わっていない」として、地上配備型迎撃システム「イージスーアショア」の配備計画も変更しないという。当初は2基で2千億円だった配備費用も、倍の4千億円になることが明らかとなった(24日朝刊2面)。総額では6千億円近くに膨らむ可能性もあるという。 日本は世界で核兵器禁止条約の旗振り役になってこそ、北朝鮮の非核化に説得力を持てるのではないか。日本が外交でいかに非核化を進めるのか。厳しく点検する報道を読みたい。 間もなく73回目の8月6日と9日がやってくる。(中央大総合政策学部教授)2018年7月29日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ 「新聞を読んで-非核化外交、どう進める」から引用 日本が核兵器禁止条約に署名しなかったのは残念なことです。岸田外相(当時)は関係国間の対立が深刻になると言ってますが、本音はアメリカ政府に遠慮したということだと思います。しかし、本来は政治家であれば堂々と署名して「これは政治的な判断でやったことで、直ちに現状の安保政策の変更を意図したものではない」とか「国際社会の道徳規範として承認するものである」とか、言い様はいくらでもあったのであり、署名拒否はアメリカ政府に対する過剰な忖度だと思います。
2018年08月10日
子どもを産まないカップルは生産性がないなどと杉田議員が暴言を吐いたことについて、法政大学教授の山口二郎氏は7月29日の東京新聞コラムに、次のように書いている; LGBTの人々について、子供を産む生産性がないので政策的支援は不要だという杉田水脈衆院議員の発言には怒りが収まらない。政治の任務は、何より人間の尊厳を守ることである。「生産性」発言について謝罪も撤回もしないということは、杉田議員には民主主義の下での政治家の資格はないことを意味する。 杉田議員の差別主義的思想は以前から明らかであった。棲井よしこ氏は、「安倍さんが杉田さんって素晴らしいというので、萩生田(光一)さんとかが一生懸命になってお誘いして」、比例中国ブロックの名簿に載せたと語ったことがある。つまり、杉田発言はとっぴな例外ではなく、今の自民党の本流の発想と見るべきである。 杉田議員が子供を産まない人を攻撃したいというなら、子供を持たない安倍首相に対して税金による援助を受けるなと言えるのか。異性の夫婦ならば子供をつくる努力をしたと推定し、最初から同性のカップルは生殖の可能性がないから排斥するとでもいうのか。杉田議員は、社会的少数者であるLGBTを侮り、いじめたいだけである。 人間の生き方はいろいろあってよい。いろいろな生き方を否定し、特定の生き方を押し付ける政治家をいろいろな考えがあると容認すれば、自由と民主主義を否定することを意味する。どうする、自由民主党。(法政大教授)2018年7月29日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-人間の尊厳」から引用 自民党は暴言を吐いた杉田議員にどのような指導をしたのか、杉田氏からは謝罪も撤回もない。まさか「国民が忘れるまで、そんなに長くはかからないから、少しの間おとなしくしてろ」というような「指導」をしたのではないのかと疑いたくなる。永田町では数千人の抗議デモが自民党本部に押しかけたらしいが、この問題はうやむやにしないで、今ここでけじめをつけないと後世に禍根を残す。
2018年08月09日
自らがパーソナリティを務めるラジオ番組で「東京オリンピック反対!」の意見を表明した久米宏氏について、5日の「Livedoor News」は次のように報道している; 酷暑問題であらためて東京五輪に批判の声が上がり始めているが、そんななか、久米宏が改めて東京五輪に反対の声をあげた。 久米といえば、多くのマスコミが五輪利権を前に沈黙し、五輪批判がタブー化しているなか、一貫し東京五輪に反対の声を上げてきた。復興五輪を騙って誘致しながら、五輪への人的資源や資材集中で被災地の復興が妨害されている問題や、予算の不透明さ、誘致をめぐる賄賂、組織委員会やJOC、さらに、五輪そのものへの批判や五輪に踊らされる日本人のメンタリティまでを徹底して批判し、「最後のひとりになっても反対する」と表明していた。 その久米がきょう、パーソナリティを務めるTBSラジオの『久米宏 ラジオなんですけど』で、そのダメ押しとも言える、激烈な五輪批判を展開したのだ。 番組開始早々、久米がまず切り出したのは、酷暑問題。久米は1年以上前から酷暑での開催を批判していたが、「いま2年後のことを考えるとゾッとする。オリンピック真っ最中なんですよね」と、その危険性を改めて念押し。「『日本のこのシーズンは気候温暖でスポーツには最も適している』と、それでやることになった」と、招致委が立候補ファイルで気候について大嘘をついていた事実にまで踏み込んで批判した。 この時点で、マスコミがほとんど触れることのできない事実を適示したのだが、凄いのはその後だった。 番組では、リスナーからの東京五輪への賛否のメールやハガキを募集していたのだが、総数318通の意見のうち、賛成28通、反対283通だったことが報告され、こんな意見が次々読み上げられた。「復興に人も予算もまわすべき」「いまだに原発事故収束の目処も立っていない」「オリンピックに使うお金があったら、学校の給食費を無料にすべき」「スポーツの大会を開くことよりも、一人でも多くの命を救うことのほうが先決」「運送屋の観点からも、大反対。期間中の物流が混乱し、零細業者は大損」「教員はもともと忙しいのに、学校まで五輪の啓発をやらされる」「イベントが中止になって、売り上げが下がる」「休日を移動させるって、関東以外は大迷惑」「海の日を開会式前日に、山の日を閉会式翌日に移動させるって、お盆をなんだと思ってるんだ!」「神宮球場を資材置き場にするなんて、ヤクルトスワローズをバカにしている!」「文科省とスポーツ庁の学生ボランティアしやすいようにという通知。学生を過酷な国家行事に動員するなんて」「人も資材も東京五輪に集中して、北海道のゴミ焼却場の建設費までが膨れあがっている」「私、東京五輪は反対です。前の五輪の最後の聖火ランナーは、広島の方でした。全世界に原爆から復興したんだ。原子力を平和利用していこうという絶好のコマーシャルにされてしまいました。今回も福島は復興したんだ、原発事故が起きても大丈夫というアピールに、多くの人が大好きな五輪を利用してやるのだとしか思えません」 なかには、オフィシャルパートナー企業に勤めていて「賛成すべきかもしれないが、反対」と言うリスナーもいた。 どれもこれも、正論と言うしかないが、マスコミでは絶対に取り上げられることのない意見だ。しかし、久米はこうしたリスナーの反対意見にひとつひとつ賛同の意を示しながら、さらに踏み込んだ自分の意見を述べたのだ。「クーベルタン男爵の意思や思いを一番曲げたのは日本でしょうね。くたばれクーベルタンとね。これだけメダルが好きな国いませんからね。ほんとに五輪とメダルが大大好き」「だいたいロスの五輪でピーター・ユベロスというやり手がいまして、大黒字を出したんですよ。あのあたりから五輪はビジネスだ、金儲けになるっていうので」「今回の東京五輪招致のときにも、実は賄賂を贈った事件があったんですけど、これみんなで揉み潰したんですよ。賄賂をもらった馬鹿な息子が、どこかでとんでもない買い物をしたんですけど。どうも日本の広告代理店から出ているらしい、とんでもない賄賂なんですけど。これあっという間に握り潰されたんですけど。 つまり、かなりの賄賂を払って誘致してもプラスになるのが五輪だと。金のなる木になっちゃったんですね。もちろんいちばん儲かるのは広告代理店、ゼネコンのお祭りですから、ゼネコンフェスティバルといわれていますから」●森喜朗からの感謝状に「目が腐るから焼いて処分したほうがいい」 久米は、大手マスコミでは五輪タブーと電通タブーで完全に封殺されている、招致時の賄賂問題、そして、大手広告代理店やゼネコンの利権の問題にまで触れたのである。 内容だけではない、その物言いも過激そのものだった。たとえば、五輪のマスコットキャラクターを選ぶ小学生の投票の取りまとめをした教員の「五輪委員会が投票活動や五輪についての授業の仕方の学習指導案をHPにあげていて驚きました。子どもたちの心を五輪洗脳するかのごとくです。学校の子どもたちの思いを投票に込めてネット投票して結果が出てしばらく、森喜朗の名前が書いてある感謝状が送られてきました」というメールが読み上げられると、久米はこうコメントした。「その感謝状は目が腐りますから、火で焼いて処分したほうがよろしいかと思います」 また、番組は少ないながらも届いた賛成派、久米批判の意見を紹介していたが、久米はそうした意見にもまったく怯まず、逐一反論していた。たとえば「マイナス面だけあげつらってプラス面を言わないのはなぜでしょうか。無責任に聞こえます」という意見には、「僕はプラス面言ってます。儲かるんですよ、ゼネコンが。広告代理店もめちゃくちゃ儲かります、大プラスです」と皮肉交じりに返したほどだった。 この久米の振る舞いは、あえてのものだろう。五輪をめぐって語られがちな「いい話」を過激に否定し、あらゆる賛成意見に徹底的に反対することで、五輪賛成一色に染まる世論や反対意見を封じる空気に抗い続けるという、強い意志をはっきり示そうとしたのだ。 実際、あるリスナーから「私は最後の2人になっても反対します」というメールが紹介されると、久米はこうコメントした。「最後の2人ってわかりますか。もうひとりは僕です」 最後のひとりになっても五輪に反対し続けると、あらためて意思を鮮明にしたのだ。●久米が語った五輪批判の理由「勝手に決めたことを押し付けでいいのか」 しかし、久米はなぜ、ここまで必死で五輪に反対するのか。実は、そのことについても、今回の番組で、改めてきちんと説明していた。「暑いから反対」という意見が多かったことについてふれるかたちで、こう語ったのだ。「暑いから反対って方がわりと多いんですけどね、そんなことかって思うんです。僕が言ってるのは、誰が決めたんだって。東京五輪を招致するのを。石原慎太郎氏が思いつきで言っただけで、都民がこれに対して投票したことがあるか、東京都議会が本当に招致しようかどうか議論したことがあるか。東京都民が決めたんじゃないんですよ。勝手に決めたのを上から押し付けていいのかってこと。 福島の復興のためだって言ってますけど、福島の人はよろこんでいるのか、東京での五輪を。福島でやるんじゃないんですよ。福島から聖火ランナーがスタートするだけ、福島の人は何も喜んじゃいない。そのことを僕は申し上げていて」 ようするに、久米は五輪そのものに反対しているだけでなく、上が決めたことを押し付け、国民がその決定に唯々諾々と従う、この国のあり方にNOの声をあげているのだ。 そういえば、今日の放送で久米が最も反応したのは、ある反対派のリスナーのこんな自己紹介だった。「大変失礼ではありますが、公務員ゆえに匿名でお願いします」 反対だが公務員だから実名は名乗れない。このリスナーの声に久米はこう反応した。「公務員ゆえに匿名って、それどういう意味? 公務員って「反対」って言えないの? 日本では。日本はそういう国なのね」「さきほどからものすごくひっかかってるんですけど、『公務員なので五輪反対とは表立って言えませんが』って。公務員って五輪反対って言えないの? それってものすごく変でしょ。これ財務省の役人が書類改ざんするのとほとんど同じですよ。つまり国の方針には忖度を与えなきゃいけない。国が決めたことは絶対反対できない。そうじゃないでしょ。公務員は国民に奉仕する人たちでしょ。五輪に公務員は反対できないなんて、絶対この国は、変です」 これは公務員だけの問題ではない。国=政府がやると決めたことに反対してはいけない。反対する者を「非国民」「反日」と封じ込める。この同調圧力に抗えるか否かは、いま、私たちがあらゆる場面で迫られている問題だ。本サイトも最後まで、東京五輪に反対、批判し続けたい。(編集部)http://news.livedoor.com/article/detail/15114103/「久米宏が改めて激烈な五輪批判! タブーの電通やゼネコン利権にも踏み込み『五輪に反対できないこの国は変』」から引用 久米氏の「オリンピック反対論」は正論であるだけに、この記事は読んで痛快です。「オリンピックである」と言えば誰もがひれ伏す「葵のご紋」であるかのような現在の日本の状況はおかしいと思います。それが顕著に表れているのが「公務員だから表だって反対とは言えない」という「声」で、久米氏がいうように公務員は本来「公僕」であって国民に奉仕するもので、国家権力の手先として国民を取り締まるというのは戦前のことです。戦後は「国民主権」になったにも関わらず、依然として公務員も国民も、そのことが分かっていないようです。その上、8月は暑すぎるから時間を2時間早める「サマータイム制」の導入を検討するなどという話も持ち上がっているようですが、一握りのオリンピック関係者のために、まったく関係ない一般国民の生活を左右するような話を持ち出すなどもっての外です。猛暑の日中を避けて競技をするなら、それは選手と役員と観客が勝手に早起きして走ったり飛び回ったりすればいいのであって、無関係な一般国民にまで早起きを強いる「権利」が、政府やオリンピック関係者にあるわけがありません。オリンピック関係者は、少しは「遠慮」というものを考えるべきではないかと思います。
2018年08月08日
最近の若い人たちの社会運動に対する考え方について、立命館大学准教授の富永京子氏は7月27日の東京新聞で、次のように述べている; 西日本豪雨の対応や森友・加計学園問題、国会審議の強行姿勢など、現政権下の政治に問題が山積しているにもかかわらず、安倍政権の支持率は再上昇の気配だ。政権を批判する国会前デモは2015年の安保法制議論の時、多くの若者も加わったが、参加者は減少傾向にある。当時の熱はなぜ大きなうねりに結実しなかったのか。若者へのインタビューを通じて彼らの社会運動の特質を論じた富永京子・立命館大准教授(31)=社会学・社会運動論=は、世代間の意識のすれ違いに理由があると指摘する。(皆川剛) 「大学を休講にして活動に没頭した世代と異なり、現代の若者の社会運動は日常の延長にある。彼らは『一つの場所に10万人が集まった』など、活動に数の象徴性を持たせる必要をあまり感じていない」と富永氏は指摘する。 1986年生まれの富永氏は、85~95年生まれの男女34人への聞き取りを5年間重ねた。年長世代との意識の乖離を痛感したのは、若者が他者との差異に敏感で、価値観の押しつけに対して強い抵抗を感じている点だった。 社会運動を「革命」と形容して特別視する安保闘争世代の大人たちが、運動に参加する若者たちの意図を深読みし、「非日常の活動の新たな担い手」として称揚するほど、デモに特別な意味を込めていない。そうした姿勢が若者に共通して見られたという。 国会前から姿を消した後も、実は若者たちは単位取得やアルバイトの時間をやりくりしながら、関心のある運動に参加している。セクハラを告発する「#MeToo運動」や高度プロフェッショナル制度などの労働問題、性的少数者の権利獲得・・・。それぞれの生活実感に根差した草の根の運動を志向している。 その背景には、経済成長の行き詰まりと価値の多様化がある。「今は同じ階層や学歴、性別であるというだけで単一のキャリアを送れるとは誰も考えない。同じ大学を卒業しても、就活に失敗したり奨学金の返済に追われたりする学生もいるのです」。一つの世代が政治観や社会観を共有し、集合的なアイデンティティーを形成する時代が過ぎたことを、富永氏は教育の現場で実感している。 年長者と若者世代とのすれ違いが如実に表れるのが、政権批判の態度という。安保関連法、共謀罪法、モリカケ問題など、政府・与党の姿勢に疑問符が付く事態が続く。だが、諸問題に「反安倍(晋三首相)」という大きな串を通し、問答無用で「悪」と見なす年長世代の姿勢を、若者はイデオロギーの強制だと嫌う。 大学の授業アンケートでも、「あの先生は安保法を『戦争法』だと講義した。授業で偏った考えを押しつけてほしくない」「原発って何が悪いんですかと先生に尋ねたら、怒られた」など、学生が教員の言動を思想の「押しつけ」と捉える構図が見て取れる。 そうした若者の社会運動のモデルとは何か。一つはインターネットによる議論の喚起だ。「保育園落ちた 日本死ね」との投稿は、国の待機児童対策を促した。車いすの男性がタラップを自力で上らされたバニラ・エアの問題も、企業を動かした。いずれもSNSの拡散が現実を変えた。 富永氏自身も最近、「大きなデモを伴わずとも社会にインパクトを残す運動は可能。路上での活動に過度にこだわる態度が、既に年長者的なのではないか」と考えるようになってきたという。とみなが・きょうこ 北海道大経済学部卒。東京大大学院人文社会系研究科博士課程修了。 2015年から立命館大産業社会学部准教授。著書に、博士論文を基にした「社会運動のサブカルチャー化」(せりか書房)や「社会運動と若者」(ナカニシヤ出版)がある。2018年7月27日 東京新聞朝刊 11版 24ページ 「世代を超えた社会運動は可能か?」から引用 この記事に語られた富永先生の見解は、なかなか興味深く思います。安保闘争世代の大人たちは社会運動を「革命」と形容して特別視すると言ってますが、私の実感では「革命と形容した」のではなくて、実際に大衆運動を「革命」に転化するために行動していたと思います。数年前のラジオ番組では映画監督の是枝裕和氏が、自分たちが若い頃は「資本主義経済は矛盾を抱えて倒れるのだから、我々が主体となって社会主義革命を成し遂げるのだ」と本気で議論したと回顧してました。昔の社会運動には、そういう下地があったように思います。また、当時の労働組合は社会運動に積極的に取り組んでいて、デモをやるにも組合が動員をかけるので「運動」も大きなチカラを発揮したと思います。この記事で富永先生が指摘するように、学生が「原発は何故悪いんですか」と聞いてきたら、それはやはり丁寧に「放射性廃棄物の廃棄方法が確立されていないから、マズイのだよ」と説明するべきで、「そんなことも知らないのか」などと叱りつけたのでは仲間を増やせないと思います。若者が好む社会運動は「インターネットによる議論の喚起」だとも言ってますが、インターネットだけでは社会を変革できず、政治を私物化する政権を倒すこともできません。韓国の若者がやったように、都営地下鉄の営業時間を臨時に延長するような「協力」も取り付けて、深夜まで大衆を動員して国会前で「安倍政権打倒! 国民総決起集会」を目指すべきだと思います。
2018年08月07日
自民党の杉田水脈議員が月刊誌に投稿して「LGBTは子どもをつくらず、生産性がない」などと暴言を吐いたことを、7月25日の東京新聞は次のように報道している; 自民党の杉田水脈(みお)衆院議員=写真、比例中国ブロック=が今月発売の月刊誌「新潮45」に寄稿した文章が、性的少数者(LGBT)への行政支援に疑問を示すものとして波紋を広げている。野党からは謝罪や撤回を求める声が出ている。(中根政人) 杉田氏は寄稿で「LGBTだからといって、実際そんなに差別されているものでしょうか」と指摘。「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子どもをつくらない、つまり『生産性』がないのです」と主張した。 自民党の二階俊博幹事長は24日の記者会見で「人それぞれ、政治的立場はもとより、人生観もいろいろある」として静観する考えを示した。 これに対し、国民民主党の玉木雄一郎共同代表は会見で「子どもを持ちたくても持てない人を傷付ける」と指摘。「ナチスの優生思想にも通じるような問題で許すことはできない」と厳しく抗議した。 共産党の小池晃書記局長も23日の記者会見で、杉田氏の寄稿について「悪質だ。謝罪、撤回しないなら議員辞職すべきだ」と強調した。2018年7月25日 東京新聞朝刊 12版 2ページ「LGBTカップル 子どもつくらず生産性ない」から引用 杉田氏はLGBTの人々が実際に差別されているのかと疑問を示しており、それに対する回答を自分勝手に決めてしまわないで、実態はどうなのか、雑誌に寄稿する前に調査するのが国会議員というものではないかと思います。ふと思いついて、このような暴言を吐くのは、まるで居酒屋の酔っ払いオヤジのレベルであり、杉田議員には相応の社会的な制裁が必要で、共産党の小池議員が言うように、発言撤回か議員辞職か、いずれかの対応が必要と思います。自民党の幹事長は、人それぞれだの人生観だのと、あたかも杉田発言を容認するかのような発言をしましたが、さすがにこれはマズイと思ったか、その後の報道では「党として杉田議員を指導した」と言われてますが、どんな指導をしたのか続報が待たれます。子どもをつくらないカップルは生産性がないということになれば、安倍晋三夫妻の「生産性」も問題視されかねないということになるので、この辺に自民党として、これはマズイと考えた理由があるのかもしれません。
2018年08月06日
小中学校へのエアコンの設置について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は7月25日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 24日の会見で、菅義偉宣房長官は小中学校へのエアコン(冷房)の設置支援を進めると語った。当たり前である。 文部科学省の2017年度の調べによると、全国の公立小中学校の教室におけるエアコン設置率は41・7%。それもあんまりな数字だが、もっとひどいのは体育館で、設置率は全国でたった1・2%。災害時の避難所にもなる場所なのに、なんということだ。 学校のエアコン設置費用はどのくらいなのか。各自治体の予算などを見ると、1500程度の教室を有する市町村の予算規模はざっと50億円。一教室あたりで計算すると3百万~4百万円。ちょっと高すぎません? それでなくても財政難にあえぐ自治体。適正価格かどうかを精査したほうがいいんじゃないかと思うけど、とはいえ、もはや躊躇している段階ではない。現在の制度だと国が市町村に出す補助金は全体の3分の1。しかも上限は2億円だ。義務教育である小中学校のエアコンくらい国で全額負担したらどうなのか。 先日のこの欄では、オスプレイ1機分の百億円で全地形対応車両レッドサラマンダーが100台買えると書いたけど、今度はオスプレイでは立ちゆかない。そうだ、イージスーアショアをやめなさいよ。2基で6千億円。使えるかどうかも怪しい地上配備型迎撃ミサイルより、緊急度はこっちが上でしょ。(文芸評論家)2018年7月25日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-エアコンのお値段」から引用 わが国は少子高齢化が問題であるといいながら、国は子どもを大事にする政策に無関心のように見えることが多々あります。保育園の待機児童の問題なども「待機ゼロ」の掛け声ばかりで、統計の取り方を変更して、実際は保育園に入れなかったためにやむを得ず働くことを断念した母親と幼児の場合は「待機」のカウントに入れないというような「操作」でデーターを小さく見せようなどと変な「工夫」をしていることには疑問を感じます。今年の安倍政権の国会対応は今までにも増して横暴の限りを尽くした酷いやり方でしたので、次の統一地方選挙や参議院選挙の前に、国民の印象を良くしようと思って、官房長官は急に小中学校のエアコンなどと言い出したのではないかと思います。斎藤氏が言うように、当たるかどうかも分からないような迎撃ミサイルよりは、小中学校のエアコンのほうが緊急度が高いと思います。
2018年08月05日
リーマンショックで資本主義経済がピンチになったとき、欧米の主要中央銀行が国債買入れ等の異例の金融政策をとったことに関連して、日本総研上席主任研究員の河村小百合氏が7月19日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 2008年の金融危機後、欧米の主要中央銀行は国債等を巨額に買い入れる異例の金融政策に乗り出した。その最大の問題は、中銀自身が正常化過程での金利引き上げ誘導、または国債売却で損失を被り、下手をすると債務超過に陥りかねない点だ。米連邦準備制度はそれを見越し、過度に深入りする前に引き返したからこそ、逆ざやにも債務超過にも陥らずに済む見通しだ。 英国の場合は最初からやや深刻。買い入れるのは超長期国債中心で、正常化局面での損失は膨らみやすい。ゆえに最初から、英中銀はバランスシートから切り離した子会社上で国債を買い入れ、その損失はすべて政府が負担することにした。今はまだ正常化前ゆえ、子会社では国債保有で利益が生じ、国庫に納付されているが、英財務省はそれを決して他の歳出には使わず、国債残高の減額に充てる。量的緩和の後始末で国民に増税を押し付けることのないよう、温存した国債発行余力を用いる腹積もりだ。 中銀と通貨の信認は国の信用と一体。だからこそ英政府は万全の体制で近い将来に損失を被るであろう英中銀を支える。 日銀の資産規模は英中銀の約四倍。リスクは英中銀をはるかに凌駕。にもかかわらず安倍政権は「金融政策は日銀にすべてお任せ」と繰り返すばかりで中銀の損失問題に向き合う兆しはない。(日本総研上席主任研究員)2018年7月19日 東京新聞朝刊 11版 27ページ「本音のコラム-英中銀を支える政府」から引用 アメリカでは異例の政策を正常化する際に債務超過にならないように細心の注意を払い、イギリスでは国債保有で一時的に得られる利益を他の歳出に使わずに国債残高の減額に充てるというように、国民の負担を避ける工夫をしているというのに、安倍政権だけはそういうことに全く無頓着で日銀は野放図に国債を買いあさる。そのツケはやがて日本国民のサイフを直撃するということを、私たちは覚悟しなければならないのではないでしょうか。
2018年08月04日
昨日の欄に引用した前川・落合対談の続きは、森友学園問題について次のように述べている;落合 森友学園問題についてもお聞きしたいと思います。当初は、財務省が国有財産である土地を、はっきりした根拠もなく8億円も値引きして売却したことが問題になりました。ところがその後、「公文書の改竄」というさらに大きな問題に発展しました。前川 土地取り引きに関わる公文書を問題発覚後に改竄して国会に提出したわけですが、この改竄が明らかになったのは今年3月2日の朝日新聞の報道がきっかけでした。それがなければ財務省は今も、国民を偏し続けていたでしょう。さらに、4月にはNHKなどの報道によって、財務省理財局が森友学園側に、値引きの根拠となる「ゴミ撤去」について口裏合わせを依頼していたことも明らかになっています。落合 財務省は当初、土地の取り引きに関する文書の多くを「廃棄した」としていましたが、後日その存在が明らかになりました。防衛省・自衛隊の日報問題もそうですが、そもそも公文書をそんなに簡単に廃棄できるのですか。前川 公文書管理法にガイドラインが定められており、それぞれの文書の重要性や性格によって保存期間が決められているのですが、その判断は各省庁に任されています。そして、保存期間が1年未満とされた文書については、ファイルの管理簿にも掲載しないまま廃棄できることになっているのです。落合 森友学園問題ではさらに公文書の改竄があったわけですが、一度決裁した公文書の書き換えというのは……。前川 絶対にあり得ないことです。公文書が決裁されるということは、組織としての意思決定が行なわれることですから、それ以降は一言一句変えてはいけない。さらに、その改窟した文書を国会にまで提出したことは大問題です。役所の仕事としてあり得ないだけでなく、国会を欺いたという意味でも、絶対にやってはいけないことでした。落合 官僚自身はそんなことをしても何の得にならないわけで。前川 むしろ、刑事訴追の恐れがあるので官僚だけの判断でやるわけがない。「動かざるを得ない人」の存在や指示があったとしか思えません。落合 加計も森友も非常に似た構図です。「首相と関係のある人物」を優遇するために、不正が行なわれたのではないかと。文書改竄当時の財務省理財局長だった佐川宣寿さんは今年3月に国会に証人喚問されましたが、話のすり替えや証言拒否の連続でした。首相秘書官だった柳瀬さんもそうですが、何かをかばうために必死になっているように見えました。同じ官僚だった前川さんはどのように感じられましたか。前川 両者とも不誠実な答弁だったのは間違いないですが、同じ役人だった身としては、どうしても「気の毒だな」という気持ちになってしまいますね。落合 これからの長い人生、すべてを背負って生きていくのはたまらないだろうな、と私も思います。ちなみに、「モリカケなんて些細な問題、国会はもっと重要なことを審議しろ」という声もありますが、どう思われますか。前川 公務員は、憲法15条にあるように「全体の奉仕者」でなくてはなりません。一連の問題では、それがないがしろにされたわけですから、「些細な問題」ではまったくないです。落合 官僚の不祥事としては、財務省の福田淳一前事務次官による取材記者に対するセクシュアル・ハラスメントもありました。前川さんは官僚時代、取材記者とどのように接していましたか。前川 記者と食事をしたことはありますし、取材にも応じていましたが、こちらから呼び出すことはありませんでした。だから、福田さんの行動は理解できません。私は、会社によって優遇するなんてことはしませんでしたが。そうでない人もいましたね。読売と産経だけに情報を流す政治家もいました。◆今の状況は「政治主導」ではなく「官邸」極主導」。落合 さて、55年体制以降、「政官財の癒着」や「官僚支配」など、「官僚主導」の弊害が長らく語られてきました。それを是正するということで、民主党政権下での事務次官会議の廃止や、第二次安倍政権下では国家公務員幹部の人事を決める内閣人事局の発足など「政治主導」への動きが続いています。このことはどう見ておられますか。前川 基本的には政治主導はいいことだと思います。選挙で選ばれて国民の直接の信託を受けている政治家が最終的に物事を決定していくのでなければ、代議制民主主義は成り立だないからです。私か入省したころなどは、「全ては役人が決めるんだ」というような官僚側に驕りがありましたから。落合 私もそう思いますが、それでは、現在の「政治主導」と呼ばれる状況はどうでしょう。前川 今は「政治主導」というよりも「官邸一極主導」という状態で、官僚の力が非常に弱まっています。内閣人事局の設置によって官邸が官僚の人事権を手中に収めたことが一番の原因でしょう。ふるさと納税の拡大に疑問を呈した総務省の幹部が左遷されるなど、官邸の意向に洽わない官僚が「飛ばされる」ということも実際に起こっています。今の状況はひどすぎます。第二次安倍内閣が発足して以降、官僚側は完全に萎縮していますね。落合 加計学園の問題では、安倍首相の「(加計学園の獣医学部新設計画を)17年1月20日に知った」という答弁に合わせるために柳瀬さんは不自然な答弁をしたように思えます。そして森友学園の問題では「私や妻が関係していたということになれば総理大臣も国会議員も辞める」という首相の答弁に合わせるために、安倍昭恵さんの名前を含む文章が大量に改竄されたように見えます。いずれも、強大な権限を持つ安倍首相、安倍官邸に対して官僚がひれ伏しているかのように見えますが。前川 官邸に睨まれたら出世ができなくなる、そうならないためには「あったことを、なかったことに」してでも、自己保身に走る。そういう意味では、次々に起こる官僚の不祥事は、安倍官邸の一極主導も大きな原因です。落合 前川さんは今は講演活動など忙しい日々を送られているそうですね。前川 講演のご依頼をいただくのはありかたい反面、少しおかしいとも思います。私がヒーローのように扱われているような気がして……誰であれ、偶像化する風潮はよくないです。落合 講演だけでなく、厚木市と福島市の夜間中学でボランティアとして教えられているそうですね。前川 長年、教育行政に携わりながら、毎日子どもだちと接して現場で感動を味わえる教師という仕事がうらやましかったんですね。だから、夜間中学で生徒と接するのは楽しいですよ。年配の方が「難しい漢字を書けるようになった」と喜んでくれるなど、「学び」の瞬間に立ち会えるのは嬉しい。落合 それは素敵ですね。前川 優等生的な物言いになりますが、「日本の教育をよくすること」に貢献していきたい、今はそう考えています。<構成・仲藤里美 撮影・細谷忠彦>まえかわ・きへい1955年、奈良県生まれ。東京人学法学部卒業。79年、文部省(当時)に入省し、初等中等教育局長、審議官などを歴任する。2016年6月、事務次官に就任。17年1月、文科省での「天下り問題」を受けて事務次官を辞任する。おちあい・けいこ1945年、栃木県生まれ。作家。21年ぶりの小説『泣きかたをわすれていた』(河出書房新社)を4月に刊行。「通販生活」2018年盛夏号 67ページ「次々に起こる官僚不祥事は、安倍官邸の一極主導も大きな原因です。」から後半を引用 森友学園問題については、政府がこれまで国会に提出してきた決裁文書が実は偽物であることをすっぱ抜いたのは朝日新聞で、偽物の文書で国会を欺いたことが明らかになったのだから、本来は内閣が責任を取って総辞職するはずのところ、安倍政権は悪知恵を巡らし、当時安倍首相に重用されて評判が悪かった佐川国税庁長官(当時)に全部濡れ衣を着せて、彼が勝手に改竄したことにして懲戒免職にしたのであったが、考えてみれば佐川氏には森友文書に首相や昭恵夫人の名があっても都合が悪いわけではないし、それを改竄して佐川氏自身に何かメリットがあるわけでもないから、元々佐川氏には決裁文書を改ざんする「動機」がない。その点を指摘された麻生財務大臣も「それが分かれば苦労はしない」などととぼけた発言をして、佐川主犯説には説得力がないことを白状している。結局、決裁文書を改ざんしたのは佐川氏であっても、それは首相官邸から圧力があってやらされたと理解するのが最も理にかなっている。今では誰もがそう見ているから、小泉純一郎元総理も「政府の説明はウソだらけだ」と断じている。この問題も自然消滅させずに、これからも追及していくべきである。
2018年08月03日
カタログ雑誌と呼ばれる「通販生活」盛夏号では作家の落合恵子氏が前文科事務次官の前川喜平氏と対談し、安倍政権にまつわる一連の疑惑について次のように述べている;◆「獣医学部の件を早く進めてほしい」と首相補佐官。落合 本日は、文部科学事務次官でいらっしやった前川さんに「官僚と政治」についてお伺いしたいと思います。 森友・加計疑惑、自衛隊の日報隠蔽、財務事務次官のセクシュアル・ハラスメントなど、官僚の不祥事が次々に起きていますが、まず前川さんが「当事者」でもあった加計学園問題(69頁コラム参照)からお聞かせください。前川 加計学園問題で問われるべきことは「行政の私物化」です。約50年も新設が認められなかった獣医学部の設置を、首相の「お友だち」が理事長を務める加計学園に許可するために官僚組織が動いたと考えざるを得ない。 私が文科省の事務次官に就任したのは2016年6月ですが、その約3ヵ月後の9月下旬に、内閣府から文部科学省に対し、「平成30(2018)年度の今治市の獣医学部新設に向けてスケジュールを組むように」という指示がありました。その前の9月9日には、当時首相補佐官だった和泉洋人さんに私は呼ばれて「獣医学部の件を早く進めてくれ。総理が自分の口から言えないから、私か代わって言うんだ」と言われました。この時、この案件には首相の意思があると感じました。この発言を和泉さんは「覚えていない」と言いますが、私は鮮明に記憶しています。落合 「覚えていない」という言葉、一連の騒動の中でよく出てきますね。前川 10月に入ると、圧力がさらに強まったので、当時の担当課長が「どうしてそんなに急ぐ必要があるのか」と内閣府に確認に行きました。すると内閣府の藤原豊審議官(当時)が「平成30年4月開学は動かせない、これは総理のご意向と聞いている」と言ったのです。この会話は文科省の文書にも記録されており、当初は文書の存在を認めなかった文科省も「再調査の結果、文書が発見された」と認めました。落合 加計学園は15回も獣医学部新設を申請して、そのたびに落ちていますよね。そこまでして、なぜ獣医学部を開設したいのでしょうか。前川 これは想像でしかないのですが、獣医学部は非常に儲かるんですね。志望者が多くて定員割れすることはまずあり得ない。授業料が年間300万円程度で、入学金なども含めると6年間で学生1人あたり2000万円前後を納付します。学生が毎年入ってくれば莫大な収入になるわけです。落合 そうすると、どうしても獣医学部を新設したい加計孝太郎理事長が、友人である安倍首相にお願いをして、首相がそのために動いたと?前川 今まで明らかになっている事案を見ると、首相が何らかの形でその意思を周辺に伝えた可能性が高いと思います。首相の周りの人間が意向を忖度して勝手に動いたとは考えにくい。落合 獣医学部新設のためには、厳しい基準をクリアする必要があるそうですが、加計学園はどうだったのですか。前川 簡単に言いますと、基準を満たすためには、既存の獣医学部ではできないことをやる、つまりは全く新しいタイプの獣医学部である必要があるのですが、その点についてのまともな審査は行なわれていません。 同時期に京都産業大学が、加計学園と同じ「国家戦略特区」の枠組みを利用した獣医学部新設プランを出していたのですが、こちらは「京都大学のiPS細胞研究所と連携する」という構想を持っていました。国家戦略特区は、国際競争力の強化や国際拠点の形成を目的として規制緩和を行なう制度ですから、その意味では京産大のほうが有利でした。ところが、新設は「広域的に獣医学部が存在しない地域に限る」「平成30年度から開学可能なものに限る」という加計学園に有利な条件が突然加えられ、京産大は排除された。「平成30年度から開学」という条件が公表されたのは平成29年1月。開学までたった1年2ヵ月という無茶な日程に、加計学園だけが手を挙げたのです。落合 とすると、「加計学園」という答えが、最初から決まっていたとしか思えません。◆「動かぬ証拠」となった愛媛県の記録文書。落合 安倍首相はこの問題に「関与していない」と言い続けていますが、次々と明らかになる「証拠」を目にすると、多くの国民が疑問を抱くのはごく自然ですよね。前川 多くの人が「嘘だろう」と思っていたところに、「動かぬ証拠」として出てきたのが、今年4月に存在が明らかになった愛媛県作成の文書です。 これは、15年4月2日に、愛媛県の地域政策課長が加計学園の事務局長や今治市の企画課長らとともに官邸を訪れ、当時首相秘書官だった柳瀬唯夫氏と面会した際の記録です。愛媛県の中村時広知事も記録の存在を認めており、同じ文書が農林水産省からも出てきています。文書には当時の面会内容が具体的に記述されていますし、愛媛県の職員が嘘を書く理由は全くないのですから、信憑性の高い記録と言えます。 この文書で明らかになったのは、15年4月2日の面会以前に、安倍首相が加計理事長と会食し、その時に加計学園の獣医学部設置に関する話題が出ていたということ。それから、柳瀬首相秘書官が面会相手に「本件は首相案件」と発言したことです。落合 柳瀬さんは今年5月10日に国会で、愛媛県の文書に関して答弁しましたが、前川さんはどのような印象を持たれましたか。前川 全体として信憑性が薄弱で、首相を守るために答弁を作り上げているように感じました。それまで「記憶の限りでは会っていない」としていた面会の件については、加計学園関係者とは官邸で会ったと認めながら、愛媛県や今治市の職貝が同席していたか覚えていないと述べています。でも、そんなことありえないでしょう。落合 面会当日、愛媛県の職貝が柳瀬さんと交換した名刺の存在を、柳瀬さんの国会招致のあと愛媛県知事が明らかにしていますね。「本件は首相案件」との発言については、「国家戦略特区制度は安倍政権の看板政策として説明した」と答弁。つまり、「加計学園が首相案件だとは言っていない」ということですが、これもとってつけたような。前川 柳瀬さんの答弁は、愛媛県文書に対する反証には全くなっていません。つまり、愛媛県文書の内容は事実と推定され、加計学園の獣医学部新設計画を「17年1月20日に知った」という、安倍首相の答弁は虚偽になります。落合 柳瀬さんは、2015年4月2日だけでなく、その年の2~3月ごろから6月にかけて都合3回、首相官邸で加計学園関係者と面会したと答弁しました。柳瀬さんの答弁で私が最も不自然だと思うのは、加計学園と3回も面会しているのに、安倍首相に「報告したことも指示を受けたことも一切ありません」と答弁していることです。そんなことあるのでしょうか。前川 首相秘書官の職務遂行上あり得ません。首相と秘書官の間には誰も介在しておらず、まさに一心同体の関係です。似たような肩書きの首相補佐官は官邸の4階に席かありますが、首相秘書官は首相と同じ3階に席があり、柳瀬さんも言っているとおり1日に5回も10回も顔を合わせるわけです。首相の大事な友だちの学園関係者に3回も会っているのに、報告を一切しないなんてことは考えられません。落合 柳瀬さんご自身が「国家戦略特区制度は安倍政権の看板政策」だと言っているのですから、それに関わることであれば首相に報告するはずですよね。また、柳瀬さんは国家戦略特区に関連して加計学園以外の学校の関係者とは会ったことがないとも答弁していますから、「加計ありき」の印象がさらに強まりました。前川さんは文科省でこの加計学園の問題に触れられた時、どんな思いを抱かれたのでしょうか。前川 公平・公正な行政を行なうという観点からして、やってはいけない仕事だと思いました。この件に関わった職員みんながそう考えていたでしょう。「通販生活」2018年盛夏号 67ページ「次々に起こる官僚不祥事は、安倍官邸の一極主導も大きな原因です。」から前半を引用 愛媛県文書が出てきたときは、多分安倍首相本人も含めて誰もが「これは決定的な証拠だ」と認識したはずで、愛媛県の職員が報告書に虚偽を書く動機がないという説明は大きな説得力を持ちました。しかし、これを放置したのでは「安倍-加計」の疑惑が決定的になると危惧した加計孝太郎氏は、あれは自分の部下が作り話をしたのが原因で県庁職員がそのような文書を書いただけで、事実無根だなどと、形ばかりの記者会見を開いてウソの上塗りをしたのでした。もし加計氏の釈明が本当であるとすれば、加計学園は愛媛県を騙して補助金を出させたことになり、これはこれで放置できない問題です。森友・加計問題に対する安倍政権の説明には納得できないという反応が70%とも報道されており、この問題をうやむやにしてはならないと思います。
2018年08月02日
シンガポールで開催された米朝首脳会談の後の朝鮮半島非核化の交渉について、ソウル大学教授の朴吉吉煕氏は7月22日の東京新聞に、次のように寄稿している; 北朝鮮の非核化ゲームは米中の協力から始まった。始まりは、北朝鮮の核開発が地域秩序の不安定化をもたらし、自国にとっても脅威になるという認識のもと、中国が国連の制裁決議に賛同し原則的履行に踏み出したことにある。米中が同調して圧力を強める中、北朝鮮は非核化の意思を表明せざるを得なかった。 しかし南北や米朝の首脳会談に始まった北朝鮮の非核化を巡る交渉が具体化する中、米中の利害が必ずしも一致しないことが表面化し始めている。トランプ米政権が早急な非核化を求める一方、中国は、中国を抜きにした展開に疑問を呈し始めた。中国の関与が希薄な状態での非核化の進展は、北朝鮮の米国への傾斜を加速化させると警戒している。習近平国家主席と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の3度にわたる会談は、中国の焦りと北朝鮮の不安の合致を象徴している。北朝鮮は中国に保険をかける必要があり、中国は米国主導の非核化プロセスにくぎを刺す必要があった。中国としては平和協定だけではなく終戦宣言にも当事者として影響力を駆使し、韓米軍の合同訓練の中止等を求め自らの利益追求のための足場を広げようとしている。その代価として、北朝鮮への制裁を若干緩める措置をとったと考えられる。北朝鮮は、四面楚歌の息苦しい状態から抜け出し、多少の余裕を得た。冷戦時代、中国とソ連の間で戦略的活動空間を広げたように、北朝鮮は今回の非核化プロセスの中で米中間の競争を利用し、体制維持の可能性を高める狙いを持っている。 米中は北朝鮮の非核化という目標は共有しながらも、その過程と最終地点については異なる見解を持つ。北朝鮮の早期の非核化と米朝接近は、中国にとって自らの影響力の低下を意味する。地下資源や貿易、投資先としての北朝鮮へのアクセスが米国、日本、韓国にまで広がることになり、これまで北朝鮮との貿易をほぼ独占してきた中国にとっては面白くない展開になる。米国の軍事的影響力拡大への懸念もある。中国は北朝鮮非核化の過程を通して米国の韓半島への軍事的関与を弱める機会を探る可能性が高く、その面では中朝の利害はほぽ一致している。 一方、韓半島での再度の戦争を避けたい韓国としては、北朝鮮の非核化を通じた南北の平和共存と協力進展を目標としている。韓半島問題への自主的行動を模索しつつも、核・ミサイル問題を独自で解決するには限界かおる。米国と中国との連携を試みたものの、両国の戦略的アプローチに差異が生じれば、問題は解決に向けて進まない。米中が協力ではなく競争を激化させれば、そのはざまで北朝鮮の活動空間は広がるだろう。そうなれば本来の共通目標であった北朝鮮の完全な非核化は遠ざかる。それが北朝鮮の狙いであり本音かもしれない。 米中は、早い段階での北朝鮮の完全な非核化が共通の利益であるという原点に立ち返らねばならない。また韓米同盟が漂流する事態は避けるべきである。北朝鮮の核放棄が、すぐに軍事的脅威の消滅につながるわけではない。非核化の対価として駐韓米軍や韓米同盟をはかりにかけるような選択は、不均等な交換で戦略的過誤であり絶対に避けるべきである。なによりも韓半島における戦争・軍備競争回避と、共同繁栄実現の機会を見逃してはならない。(ソウル大学国際大学院教授)2018年7月22日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「時代を読む-米中の間の韓半島」から引用 この記事はいかにも政治学者が書いただけあって、米朝会談と中国の関係について詳細まで述べているが、結局のところ筆者は東西冷戦時代の思考回路から脱却できていないのではないか思われます。朝鮮民主主義人民共和国が核ミサイルを放棄して朝鮮半島の非核化を目指すのであれば、韓国にある米軍の核兵器も同時に撤去するべきであるし、さらに進んで米軍は朝鮮半島から撤退するべきで、海外に展開している米軍の経済的負担を削減したいというトランプ政権の方針にも合致する政策だと思います。このようにして朝鮮半島からアメリカ帝国主義の「脅威」を取り除いた後に、半島の南北両国を統合する話し合いを始める条件が整うのではないでしょうか。大韓民国の存立条件が米韓軍事同盟であるかのような朴先生の主張には賛同できません。
2018年08月01日
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