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バウチャー制はいい教育改革で安倍首相の言っているバウチャー制に賛成である。なぜもっとこれを強く言い張ってすすめないのかと思う。これからの日本が育てなくてはならないのは英才である。英才というのは英才教育で育つわけではない。すぐれた刺激により、出会いにより、自然に発生してくるものである。だからその刺激や出会いの機会をオープンにしておくことである。すぐれた素質のある者は高校生の段階から刺激の中に突っ込むことが必要である。もし、ある高校に優れた先生がいたら、その先生の授業を聞きに行き、バウチャースタンプを押してもらってその単位を他の学校でも認めるのである。あるいは高校生が大学に行って聴講し、あるいは街で行われている講演会を聞いても、それを学習単位として認知する。すぐれた先生や教授は必ずどこかの高校や大学にいる。ところがそれを聴けるのはその学校の生徒だけであるから、特定小数の囲い込みにしかならない。この囲い込みの中からいい英才が育ってくる確率はむしろ少ない。志のある生徒と先生が全国どこでも相いまみえられる機会があれば、そこから刺激をうけた英才が育ってくるのである。なぜ私がこういうことを言うかというと、学生時代に東大などの大学に行って盗み聞きしたときに大なる刺激を受けたからである。しかし盗み聞きはやはり後ろめたいものがあるからコソコソした気持ちをまぬかれないが、心臓の強い者がいて、質問など活発にして、先生も最後まで自分の学校の学生だと思っていたという話がある。私も別に何やかや言われたためしは一度もなかった。もしこれがバウチャー制でオープンになればいいわけで、事務的な問題とか手続的な問題は何とでもなると思う。
2006/12/31
この秋に北京を旅行してきた弟が驚いて話してくれた。なにせ北京の一流ホテルで中国人の若い男女が自分たち以上のメニュウを食べて談笑している。月給2万円が平均だというのに何で4、5千円相当の料理が食べられるのか、中国相手に30年も商売している弟もわからないと言う。朝日に寄稿した中国の女性エコノミストが中国の中産階級は5億人になったと言っていたが、そこまでは信じがたい。弟は日本人同等のリッチ層が1億人以上いると言ったが、それだけでも、大変なことである。中国の自動車生産が日本を越してブームになっているのもうなずける。中国人があげる三偉人は、孫文、毛沢東、と小平で、と小平なかりせば、沿海部の経済成長はなかったとあがめられているようだ。と小平は沿海部からどんどん富ませていってそれを内陸部に広げる以外にないといういわば格差容認政策に切り替え、1986年から急速に流れが変わった。折りしも日本ではテレビで夕張市の破綻状況がさかんに報道されている。中央から補助金がいつまでも来ることを信じて金を借りまくっていた前市長がつくった借金630億、ついに最後の土壇場にきてしまった。小泉元主首相は、格差が出ても仕方がないと言い放った。こうなると、なんだか日本も中国と似てきたように思う。安倍内閣は経済成長率を上げて税収を増やす、そのためには財界の要望を受けて法人税を下げる発想の本間氏を政府税調に起用したが、スキャンダルをつかれて足を引っ張られた。参院選に負けたら自分たちの立場はなくなるという恐怖の一派との激しい内紛が巻き起こっているとみる。夕張に限らず、どんどん若い者が都会に出てしまって地方には生産力のない老人ばかり残る。税収がなくなって自治体が立ち行かなくなる。老人医療も難しくなる。これからは夕張以外にもこういう破綻都市がまだいくつも出てくるのは明らかだ。住民の強制移住をやってのけるロシアや地方からの流入をおさえつける中国のような荒っぽいことができない日本は独自の知恵を出さねばならない。
2006/12/30
困った人の最後の行きどころを開けておく昭和34年、この頃、東京の盛場にはいたるところに、露店とか夜店というものがあった。戦後14年経って、ようやく戦前のピークだった昭和15年の経済規模に達した年だった。戦後日本が復興するまでに30年はかかるだろうと言われていたのに以外に早く復興したのは朝鮮戦争があって特需の恩恵をたっぷり受けたからである。これから高度成長が始まるというときで、日本の生活水準はアメリカの10分の1、イタリアより下だった。そのときから経済は30倍か40倍位にふくらんだのだから、日本の貧苦問題はいっぺんに解決したのである。冷戦の時代で世界は共産圏と西側の二つに分断されていて、その一方の先進国マーケットの下方にいた日本は優秀な労働力があったからみるみる成長して昭和40年代に入ると豊かな国と言われるようになった。昭和39年の東京オリンピックに向けて東京中が掘り返され、ホテルなどの建設ブームが始まった。そして外国人に見られたらみっともないというので、盛り場の露店や銀座の夜店は廃止されたのである。今、冷戦が終わって元共産圏の切り離されていた低賃金国がグローバルなマーケットに参入してくると、人件費が上がった日本の国際競争力は低賃金国に食われて長いデフレが続き、とうとう日本の資本主義は高い人件費問題を解決するために、リストラと非正社員、派遣労働者、フリーター、外国人労働者など非正規雇用で、いかに人をすくなくするか、安く使うかというコスト削減が正義となって、どこの経営学者でもエコノミストでもそれを当たり前のように説くが、そもそも同じ同胞である人間をそんなに軽んじてよいのか、ということである。こういう経済主義がまかりとおると、人間愛などというものはだんだん育たなくなるだろうと思う。テレビ、新聞では毎日のように犯罪、自殺などが豊かな社会だというのに起こっている。メディアの人はそういう暗いニュースばかりでは困るから、毎日がお祭り騒ぎのようにあほらしい番組で中和しているが、マスコミは評論家を登場させて批判するだけでなく、根本的にこの問題に向きあうべきである。働く意欲はあるのに働く仕事がなくて困っている人はどうすればいいのか。その中の一部の人はやがて犯罪やそれに近い仕事に手を染めるようになるだろう。行き詰まった人に最後の生きる道を開けておくという手を昔の人は考えていたのである。そのひとつが冒頭でのべた露店、夜店である。街に人が集まり、賑あうのは何も盛り場の中心のところにいる商店の努力ばかりでなく、社会全体がそうした空間をつくったのであるから、その恩典を困った人に分け与えたのが、露天商で、東京の銀座では午後4時半頃から夜店が大通りの両側を埋め、夜店を冷やかして歩くのがこれまた楽しかったのである。今は困った人の行き所がなく、それがいろいろな問題を引き起こしている。
2006/12/27
他人の立場、気持ちへの想像力の欠如にもとづく虫のよさというものが今日的現象のキーワードである。自民党の造反議員の復党化、銀行の政治献金再開、道路財源の一般財源化に対する巻き返しなどがそれである。金利を長い間ただに近くしていた上に、税金もまだおさめていない銀行が政治献金をするとはけしからぬ話である。道路財源については、日本に足りなかった道路をつくるために田中内閣の頃、揮発油税、自動車重量税を暫定で倍率にしていたのを、そのまま一般財源化するというのは、道路のために倍額の税金を納めていた国民の意見を聞きもしない虫のよい話である。一方、道路建設の既得権を断固はなそうとしない族議員、自動車業界、国土交通省、地方自治体なども虫のよさでは同罪である。この問題を論じるなら、まず50年間もガマンして倍額の税金を払っていた国民に倍額の税金を返した上で、国民の意見をあおいで決めるべきである。ちょうどいいタイミングでロスにおられる元共同通信記者の後藤英彦さんから情報をいただいた。「1 道路特定財源の一般財源化は次の選挙に当選したい一心の自民党議員の反対で一般会計に回るのは特定財源の一割にも満たない額になりそうです。欧米先進国で、自動車税、揮発油税などを道路特定財源にしている国はない。これは世界の非常識です。 2 特定財源と一般財源をあわせた道路財源支出の合計は毎年10兆円を超えています。国土25倍の米国とほぼ同じ道路支出を日本は行っています。国の財政は超赤字なのに世界でも類例のない道路建設を毎年続けています。世界の非常識です。 3 国道、都道府県道の舗装率は96%以上、日本の国土面積の道路密度も1平方キロあたり3キロ以上。英仏独伊などの210倍以上。均衡ある税金の使い方をしていない点で、やはり世界の非常識です。 4 道路予算の総額を決めるのは国会でも、予算の配分、個所付けなど細部にわたる予算の執行権は官僚の手にあります。すなわち税金の使い道は官僚のハラひとつで決まるわけで、ここで政官業の癒着のトライアングルがスクラムを組むというあしき慣習が形成されることになります。 国会議員は後援会の有力会員である土建業者のために、予算配分権をもつ官僚をつついて選挙区へ新規の道路建設費をとってきますと、業者は建設費の中の一定額を献金(とどけ出る場合と出ない場合の二通りある)として議員に渡し、官僚は議員に借りを作って天下り先である特定法人を作る際の法律に賛成してもらうなどのキブ・アンド・テークを国民の目の届かないところで行っているわけです。談合体質の日本でも、最もみにくい道路をめぐる癒着構造を各国との比較において見てくださるようお願いします。(後藤英彦)
2006/12/20
硫黄島で2万1千人もの兵隊さんが亡くなった。職業軍人は統帥権をもった天皇のために死ぬのは自ら選んだ道であろうが、そういう職業軍人に命令される徴兵された一般の兵士は国のためとはいえ、命まで捧げる必要はあるかという問題である。というのは国民は国家の所有物ではないからである。硫黄島の場合制海権も制空権もなくなり、救援軍も見込まれず、圧倒的な敵軍に対して勝ち目がない場合は、欧米諸国の場合は投降し、ハーグ条約により捕虜を保護してもらうことになる。実際に硫黄島で捕虜になった日本軍兵士石井周治氏はアメリカ各地の収容所を転々とし、軽作業などの労働をして待遇は非常によかったと本に書いている。(『硫黄島に生きる』図書刊行会)投降を決めたこの人の上官はよく決断したと思う。しかし、日本軍の場合は大本営の名前で、救援は不可能、全員、一死報国せよ、という命令が出て、栗林司令官以下ほとんど全員が玉砕した。この人達の愛国の行為はすばらしいが、大本営にいた最高指導者はみすみす部下を殺したことにおいてまったく駄目であったと思う。硫黄島戦のあと、沖縄戦でいよいよ天号作戦の名で特攻隊作戦が実施される。この作戦は、航空機操縦の速成訓練が容易で技術未熟者でも実施可能な特攻攻撃で、陸海軍ともに採用した。技術未熟であるから敵艦を雷撃してうまく生還することが不可能なので、爆弾をくくりつけた飛行機ごと敵艦に体当たりして玉砕する戦法であった。ではどうして隊員を選抜するかについてさすがに問題になった。志願者を、天皇の名において、正式の職業軍人として発令するか、第一線指揮官の名で任命するかについて議論になったが、前者はやはり適当でないことになり、後者の任命を建前とすることになった。選抜は、家族など係累のすくない者を選ぶことになったが、実際にそのときになって、志願者は続々現れたが、その場の空気に動かされて本心は積極的でないのに志願したり、臆病者と言われるのを恐れて志願した者がうかがわれた。指揮官はここのところを非常に悩んだという。こうして特攻隊は飛び立っていって帰らなかったが、小泉元首相が鹿児島の指宿で当時を振り返り、感激して涙した経験が靖国神社参拝になるわけだが、一国の総理であるなら、こういう職業軍人でなかった若者の志願者を国家の命令で死地に出したという冷酷な事実についてもっと国家の最高トップとして真摯に反省した言動がなければならないわけである。私は、年に一度の仰々しい靖国参拝になにか偽善的なものを感じていた。サイパンの陥落からすでに敗勢はあきらかであり、その時点で国家権力者が終戦交渉を言い出したなら、硫黄島、沖縄、東京、大阪、名古屋他全国各地にわたる無差別非人道的空襲、広島、長崎の悲劇もなかったわけで、100万の生命が救われたのである。
2006/12/19
硫黄島で戦死した20129名はどんな人たちだったのだろうか。当初の海軍根拠隊1200、陸軍3800、海軍航空兵1500に、栗林中将の要請で昭和19年秋ごろから父島より混成第二旅団5000、サイパン陥落により歩兵第145連帯2700が増援され、海軍第204建設大隊1200、航空隊、地上整備員2200、北満より移動した戦車隊600(1932年のベルリンオリンピックで馬術競技に優勝した西竹一中佐指揮)など総計、陸軍約15000、海軍約6000であった。生還者の記録によると、ほとんど内地各地の守備隊からかき集められ、十代の年少兵から40歳近い老兵も混じっていた。この頃になると、強兵はほとんど前線で死んでおり、硫黄島の兵隊たちは戦闘訓練も敢闘精神も不足したいわば「弱兵」であった。映画の二宮和也が演じる兵卒は体格も劣り軍人精神も希薄な元パン屋出身の兵隊として描かれている。戦友たちもこの前まで店員とか農民とか大工だとかサラリーマンなどごく普通の庶民だった様子が分かる。レイテ戦で連合艦隊はなくなっており、残存航空兵力も沖縄戦のために温存されて、硫黄島にまわされた飛行機はわずか2機だけ。制海圏も制空圏もない中に硫黄島は見捨てられるわけである。しかし事実を知らない海軍の将校は連合艦隊と航空兵力の来援で、米軍をはさみ打ちにして撃滅し、守備隊は波打ち際で撃退する作戦意見を強硬に具申し、栗林中将を困らせる。意見を変えない海軍は海岸近くにトーチカを造るが、厚いベトンもあまり役にたたずに米軍の火力で粉砕された。栗林は、圧倒的な米軍相手に波打ち際撃退作戦などありえないことを知っており、擂鉢山をはじめ、全島の地下15~20メートルの陣地構築をすすめ、敵の艦船でなく上陸した米兵殺傷を主目標とした作戦をたてる。敵を十分誘い込み、猛攻して上陸当日に500の敵を戦死させる。擂鉢山陣地は5日後に鉄量4万トンの猛攻撃を受けて陥落するが、以後、日本軍は地下陣地から出て地上の米軍にゲリラ戦襲撃を行い、敵を消耗させ続ける。3月26日、栗林中将を先頭に400の兵が最後の突撃を行って戦闘は終わる。硫黄島の弱兵たちは強兵になり、栗林中将の下に敢闘し、6万1千の米軍に6821名の戦死、21865名の戦傷を与え、上陸軍の損害が守備軍を上回るという世界の戦史にみられない戦果を出した。生還した兵隊の手記によると、戦争の苦労ばかりでなく、硫黄まじりの悪質な水のため多くの兵が下痢し、赤痢になり、飢えと渇きになやみ、ハエに悩まされ、地熱50度と亜硫酸ガスの吹き出る地下で10分も作業すると気が遠くなるという過酷な陣地構築作業で、まさに硫黄島は地獄であったという。大正の末頃に生れたがために、あたら若い命を捨てさせられた2万1千の人たちに涙するのみである。
2006/12/18
昨日、川崎に出る。南口にラゾーナという大きなモールができて川崎駅は一変した様子。この5階で、「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」を続けて観る。これで両方とも2回ずつ観た。また硫黄島の生還者である石井周治、越村敏雄という人の著書も読んだので、硫黄島の戦争についての理解が非常に深まった。「父親たちの星条旗」が前編とすると、後編の「硫黄島からの手紙」は格段の出来である。よくぞイーストウッド監督はここまで撮ってくれたと思う。日本人の監督よりよかったのではないか。「父親たちの星条旗」で、あの硫黄島の擂鉢山のてっぺんに4人の米兵が立てる星条旗のペテンが分かった。擂鉢山は5日目に陥落したが、その後30日間に亘って日米の激闘がつづき、米兵の死傷者はそれ以後70%増えるわけである。あの4人の米兵は奮戦の末、決死の一番乗りで旗を立てた英雄というわけではなく、ぞろぞろ登っていった将兵の中から適当な兵士が選ばれてあの役をやらせられ、記念の写真に撮った。2組ばかり違う4人も選んで撮った。実際にあの役にふさわしい兵士はあの中におらず、その辺にいた者が、おまえやれ、と言われてそうした。そしてその「英雄」たちが命令で帰還し、アメリカ各地を巡回して、国威発揚と国債の売り出しキャンペーンの目玉にされるのである。それに耐え切れないインディアンの兵士は錯乱、泥酔を繰り返す。「英雄というものは必要がない。英雄は国家の必要から作られるものである」というのがテーマであろう。戦争というものがいかに英雄とか奮戦とか愛国とかいうものと関係がないということについて私に思い当たることがある。戦時中子供であった私は、現地除隊してきた兵隊さんや復員してきた兵隊さんに「武勇伝」とか「華々しい奮戦記」をきかせてもらいたくて、いつもねだっていた。しかし誰一人として武勇伝を聞かせてくれた人はいなかった。口を閉ざして語らなかった。彼らがひそかに母に語った内容を母から聞いたが、それはまるっきり子供のイメージとはうらはらのもので、私は180度世界の認識がかわるほどの驚愕をおぼえた。 映画を観終わって川崎の北口の商店街に行ってみた。川崎の商店街や飲食街は私の青春の一時期がいわば埋まっているところである。久しぶりに行ってみたら昔のまま、あのごみごみした状態のまま健在だったのでうれしかった。しかしさすがに裏通りになるとすっかりさびれていた。
2006/12/16
『若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来』(光文社新書)という本が売れている。著者の城繁幸氏は33歳、富士通の人事部で新人事制度の運営に携わっていたが、2年前に辞めて、いろいろ若者の立場からの告発の書を出している。この本を読むと想像以上に若者が未来に絶望していることが分かる。この本は、激しい受験戦争をへてめでたく一流会社に入社し、人生の安全パイを入手したはずの若者の3分の1が3年後に会社をやめるのはなぜかという問いから説き起こしている。もちろん、若者の忍耐心不足ということもあるが、著者は忍耐心常識は昭和的価値観だと言い、実態は、正社員でさえ、ポストがないために昇進の機会がなく、したがって給料も増えない。年功序列のエスカレーターに乗ろうとしても後から来た若者には止まったままである。昇進は成果主義で選択され、ごく少数の者しか抜擢されない。成果主義がエスカレーターストップの口実になっている。そしてある一定の年代の者だけが過去の年功序列の恩恵を受けてぬくぬくとしており、彼らの既得権を維持するために、若者や、非正社員である派遣社員、フリーターなどが犠牲になっていると強烈に告発している。若者は会社における昇進ストップの先輩の状況を見て、自分の将来に絶望し、35歳までに辞める。ところが転職に失敗したら最後、二度と正社員になるチャンスはなくなり、50歳になっても若者と同じつまらぬ作業の連続と安い給料のままでストップし、若者の未来はないと言うのである。どうやら再チャレンジなんとかというなまぬるい対策どころではないようである。今月の文芸春秋に、藤原正彦さんが「国家の堕落」という一文を書いて、奢れる経済人よ、猛省せよ!と一喝しているが、胸がすく思いがした。史上最高益にほくほくしている経済界に対し、安倍内閣はもっと恫喝せよ。正社員なみの能力を発揮している非正社員を正社員にしなければ、法人税なんか下げないと言えばいいのである。マスコミは正社員率のすくない会社は、社会貢献度のすくない会社として暴露したらいいのである。
2006/12/14
先日は、ヘーゲルからはじまって、政治家二世の後援会などの現象を新貴族主義としてとらえたが、まだ生煮えの感があり、われながら支離滅裂を恥じているところである。 ところで、最近都心に出て、つくずく感じるところであるが、建物がすごく高層化、豪華化し、「あれッ 知らない間にここにこんな建物が・・」とびっくりすることが多い。こういう現象は、バブル崩壊後、失われた10年と言っている間に、土地がやすくなり、高度規制が緩和したために起こったのである。来年は平成19年、再来年は平成生まれの人が成人に達するというのに、われわれは昭和の総括さえ未だしであり、平成の回顧などまだ誰もしていないのである。平成になっていったい何が起こったのかというと、冷戦が終焉し、安い労働力がワンサといる共産圏や低開発国がグローバル世界に入ってきて、日本の資本主義が変質、勢力交替が起こってきたのである。まず、地方の中小企業、地場産業が駄目になった。公共事業に依存していた土建・建築産業がだめになった。ハードを中心とする物づくり産業が落ち目になり、IT、通信、金融、流通などのサービス産業に流れが変わった。土地価格が一挙に下がったため、土地に投資していた会社や個人は軒並みダメージを受けて没落した。金利生活者が破産した。大勢の人がリストラされた。ニート、フリーター、働きたくても職がない失業者、非正社員などの、新“土方(どかた)”階層が大量に生まれて、グローバル低賃金世界に対応する日本資本主義の人身御供となった。ではいちばん得をしたというか、損をしないですんだ層はどういう人かというと、新産業で当たった人や、不景気時代でもリストラされず、あまり給料が下がらなかった人たちである。バブル期の給与体系のままもらってきた人である。あるいは不景気に影響を受けない税金で食っている官僚である。選挙地盤の囲い込みで得をしている政治家二世である。また日本人の事大主義で、実力以上にもてはやされている有名人である。こういう人たちはどんなに不景気でも食っていけるし、正直言って不景気などないのである。文化面でも大きな交替が起こった。活字優勢時代のもの書き老大家、編集者が消えてしまった。文壇とか、拠点となっていた象徴的な大雑誌がなくなった。主流的な言論もなくなった。言論界はでんでバラバラ、支離滅裂といったところである。目の前に現れてきたのは、新しい階級社会というか、二極分化社会の混迷である。
2006/12/10
ヘーゲルは世界史の時代区分として、「世界史は野放図な自然のままの意思を訓練して、普遍的で主体的な自由へといたらしめる過程です。東洋は過去から現在に至るまで、ひとりが自由であることを認識するにすぎず、ギリシャとローマの世界は特定の人々が自由だと認識し、ゲルマン世界は万人が自由であることを認識します。したがって、世界史にみられる第一の政治形態は専制政治であり、第二が民主制および貴族制、第三が君主制です」(歴史哲学講義・上 岩波文庫)と言っている。ヘーゲルは1831年に死んでいるので、彼が例として指摘しているのは、専制政治は中国、民主制および貴族制はギリシャとローマ、君主制は十九世紀のヨーロッパのゲルマン世界を指している。彼は民主主義が進んだ状態を見ることなく死んでいるわけである。彼は神を信じ、生涯、敬虔なるプロテスタントであった。しかしながら、今日の民主主義社会にあって、万人が自由であることを認識しているとは到底言いがたいのである。ガルブレイスは、権力は、古代においてはもっぱら恐怖心によって民衆を統治し、近代に入ると、恐怖心と同時に利益による誘導つまりアメとムチが多くつかわれ、現代においては「条件づけ」による政治が主流であると言っているが、当たっている。条件付けというのは、個人は自発的に、自分の信念、常識にしたがって政治に参与し、政治秩序を守って統治者の政策にのっているように思わせることをいうが、このためにあらゆる教育、プロパガンダ、マスコミが動員されるわけである。つまり情報およびそれを伝える媒体がいかに大事であるかということである。この条件づけが最大限に行われ、囲いこまれた状態が政治家の後援会であろう。政治家のいちばんの仕事は、国会の活動でなく、自分が再選されるシステムづくり、つまり後援会囲い込み活動である。今日、この囲い込みによって議員二世がとめどなく世襲され、議員は二世か官僚出身者で占められるようになった。また経済の格差によって、どんなに不景気でも、不景気を知らない階層が固定しつつある。
2006/12/08
ヘーゲルの「歴史哲学講義」(上下・岩波文庫)の長谷川宏訳はこなれていて非常に読みやすい。ヘーゲルは思考が本質的に変わってくる地理的な区分として三つをあげているのが興味深い。それは、1、広大な草原や平原をもつ水のない高地。2、幾筋もの大河川にうるおされた谷間の平地(中間地)。3、海と直接つながる海岸地。の3つである。1、 はまずモンゴル草原、中東の砂漠地帯をいい、こういうところに住む住民の特徴は個々の家族を単位とする家父長的な生活である。馬にのることによって移動性にとみ、時として文明国にすむ住民を暴風のように襲撃したり略奪したりする。チンギス・ハーンにみられるようにそれが大規模化する場合があるが、独自の生命原理をもたないた森の中の流水のように大暴れしても、やがて姿を消してゆく。2、 は、中華帝国、インド、バビロニア、エジプトなどである。こういう国家は河川の利用、灌漑によって農業が発展し土地所有とそれをめぐる法律がつくられ、国家を形成する条件がととのう。しかし、しきられた閉鎖社会である。支配者の役目は灌漑における権力行使であり、農業に依存する上流から下流に至る両岸地域の多数の住民は絶対服従的になり、専制権力が君臨する。3、 は、海を生活の糧とする民族で、小さな船をあやつって海外に出るという冒険をおかすために、限界を超える気力が湧いてきて、人々を征服と略奪、収益や利得の欲望に駆り立てる。古代、中世においては、地中海は海であったので、イタリア、スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリスなどは海岸国としてしきりに外国を侵略し、発展した。中国のような国は海は陸地の終わりにすぎず、そこから海外に出て行こうとする発想はない。ヘーゲルは日本についてはほとんど言及していないが、日本は海岸国に入るであろう。しかし、鎖国によって海岸国の特徴を中断させてしまった、といえるのではないか。ヨーロッパ大陸の中心部にあるフランスとドイツは同じヨーロッパの海岸国とかなりちがった性格を表している。さらに、ヘーゲルはアメリカ両大陸を新世界とし、北米はヨーロッパ人の植民地、南米はヨーロッパ人によって征服された地域とし、アフリカはほとんど内部が知られない暗黒な大陸としている。次にヘーゲルは世界史の時代区分を行っているが、それは明日書くことにする。
2006/12/05
昨日、久しぶりに、何十年ぶりにといってもいいが、完璧に近い芸術作品を観た。映画「武士の一分」である。木村拓也が盲目になる主役の武士に選ばれたのは、「眼」であったというが、あの大きな眼は開いていて見えていない盲目の眼の演技にぴったりであった。すぐれた監督にかかって木村は名優となった。その他の脇役の、妻役の檀れい、下僕役の笹野高史がすばらしい演技を見せている。すぐれた芸術品の決め手になるのは、どんな細かいところも手を抜かず、過去の時代を忠実に再現しようとする調査力と想像力である。そこから圧倒的なリアリティが生まれる。田舎くさい30石の下級武士の生活、会話、細かい立居振舞の身体動作などがさもありなんと200年前の様子を垣間見たように思わせる。たとえば姉役の桃井かおりが年増風のいでたちで、草履を脱いで縁側に上がるときのすそをはらう仕草、小またでせせこまと急いてくるときの様子、扇子を出して胸に風を送るときの仕草などはなるほど20年くらいまではあんな女性はいたが、もっと昔もそうだったんだなあと思わせるのである。田舎の屋敷は虫が多かったので、蝉の声、ゆっくり移動してくる蛍の光、縁下でかしこまってお上の通るのを待っているときに、襲ってくる薮蚊をうるさそうに払いのけるシーンなどもそうである。こういうデテールは現代でも共通するところがあり、そこからわれわれの連想が過去に及んでいけるのである。映画はそういうデテールを未来に伝えていくことができる唯一の媒体であるから、くだらない考証無視のテレビドラマの製作者は、この映画をしっかり学んで貴重な歴史の真実を破壊しないで欲しい。とにかく日本映画界もこのような優れた芸術作品をつくる能力が保存されていることを知って嬉しく思った。
2006/12/03
ついでに武士の刀について述べると、戦国時代ならいざしらず、太平の世が2百年以上続いてもなお武士は腰に2本刀を差していたというのはどういうことだろうか。実際に敵に襲われるとか、刀を抜いて刃傷に及んだということはきわめて稀だった。町人を斬ったとしても正当な理由がなければお仕置きを受けた。差していてもほとんど効用がなかった刀にどういう意味があったか。これはいわば武士のアイデンティティだったから、そういう外形を維持することによって、武士のみに許されている名字帯刀の恩典を常住坐臥、自覚させることであった。それは死をもって主君に対する忠誠心を常時かきたてることを意味した。庶民からみてこの武士の刀はどういうふうに映ったのだろうか。想像を働かせると、これは恐怖のまとだったと思う。別に斬りつけられるということではなく、一般の会話も通じなかったので、庶民は武士には近づかない、避けて通るというのが普通だったらしい。決してテレビや小説のようではなかった。江戸期が2百年以上に及べば、武士に対する百姓町人の恐怖感と服従心は肌の中まで浸透する。「旦那様」などと実際の雇用主でもないのに、浪人にまでかしこまってへいこらする。中国などとちがって日本の庶民層の上位階級者に対する従順度は格別のものがあるようだ。それだけに、野心のある百姓町民の中には苗字帯刀を得ようとして一生懸命武芸に励み、四書五経などを勉強し、社会貢献的なことをして功績を上げ、準武士の待遇を得ようとする者が多かった。明治になると、政権の担当者は旧士族であったが、階級制度を打破して全国、四民の中から前途有為な青年に学問の道を開き、陸軍、海軍などは学費タダの上、小遣いまで与える制度をつくって人材育成を図った。どの大学も奨学金制度をもうけて貧しい家の秀才をすくいあげようとした。こうして日本の官僚制度ができてくるわけだが、一般のビジネス社会でも旧武士に当たるものはエリート層であろう。こうして社会の上層に進んだ者は、かつての武士階級のように一種の特権を許しあう馴れ合い世界を作り上げる。
2006/12/01
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