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昨日は、神保町で時間が余ったので、岩波ホールで「セラフィーヌの庭」という映画を久しぶりに観た。看板には絵画的に描いた木の下に一人の女性が立っていて、「木の心がわかる女性画家・・」というようなキャプションがついていた。きっと若く美しい女性画家の青春物語だろうなと思って、みたらまるで予想と違っていた。出てきたのは、太ってまるで美人ではない50才の家政婦で、あごで使われて床をゴシゴシ床をこすっている場面であった。ドイツから単身でパリに来ていたドイツ人画商ウーデは一人暮らしの家事をさせるためにこの家政婦を雇うが、彼女はときどき変なことをウーデに言う。ある日かれはこの家政婦が書いた絵を見て、才能があることを認めたが、セラフィーヌという家政婦はまったくそんなことはありませんと謙遜というより否定していた。絵の具などは高くて買えないから自分で塗料を考案して独特の色合いを出していた。その色がすてきであった。ウーデはあきらめず彼女に2メートル大のキャンバスと絵の具を送って書かせた。やがて数人の画商たちが共同で彼女のアパートを訪れで彼女の絵を見る。そのすごさに全員声を呑む。彼女の絵は高く売れ出し、彼女は浪費を始める。いよいよパリでの個展を計画することになり、一躍新愼の天才画家あらわるという寸前に、金融恐慌がおこりウーデは大損をして個展計画はダメになった。しかし、セラフィーヌは理由がわからずウーデの変心ととり、両者は決裂し、戦争が起きてセラフィーヌの音信が絶える。ついにセラフィーヌはみとめられないまま精神異常となって収容される。これはフィクションでなく、実際にこういう画家が実在し、彼女の人生をリアルに描いた映画だった。私は完璧なほどうつくしい芸術作品を見た思いがした。2009年のセザール賞の作品、主演女優、脚本、撮影、作曲、美術、衣装デザイン賞あんどすべて独占している。ところで、このような家政婦というより女奴隷という感じの50才過ぎの女性が絵を描き始め、すばらしい絵を描いたという事実に自体が私にとって驚きだった。絵というものはなんだろうか。ゴッホにしてもゴーギャンにしても正当系の教育をうけた画家ではない。常に審美眼のある画商に発見されて次第に世の中の人に知られるようになる。 セラフィーヌにしてもそうである。最初は誰一人普通の人は絵の価値がわからないのである。彼らは画家だろうか。画家は絵を描く人である。ゴッホ、ゴーギャン、セラフィーヌ、彼らは画家か。いや画家でない。天才である。セラフィーヌの絵を見て私はその迫力に驚いた。もし、機会があったら現物を見たいと思った。
2010/09/22
大新聞が脱小沢を書き立てる様はどうやら悲鳴に聞こえだした。小沢一郎の抹殺、悪魔化に一途に向かっている。メディア全体が政治勢力化しつつある。自分たちに都合が悪いからと言ってこれほどまでに紙面が感情的になり、報道が偏向していいのだろうか。恐ろしいことである。ファッシズムの始まりもこんなふうだった。新聞の政治欄はもう読みたくない。国民の中の有識層は新聞記者が書き立てれば書き立てるほど、疑問を感じ、自分の頭で判断するようになる。今日の毎日新聞のコラムははやくも菅政権の脱小沢の態度が不徹底、菅氏の物足りなさを書き始めたが、自分たちがもり立てた政権だから、これを擁護するしかなくなり、自己矛盾に陥りつつある。菅がダメダとわかっても小沢一郎には絶対に渡さないという大新聞の政治介入の先にはどのようなことが起こるか。新聞不信、新聞報道の自壊であろう。早くそうなった方がいい。政治記者などにたよるよりも国民が自分で考えればいいことである。尖閣諸島をめぐって対中国の問題が起こり始めた。対中強硬派の前原氏の外相就任は相当な摩擦点となろう。 この前、中国近代史の専門家である佐藤公彦氏と話したが、中国人も韓国人も日本に対する態度だけは特別であると言われた。侵略をうけた欧米先進国に対するよりも厳しい。民族の屈辱感情がマグマになっているからである。スポーツの試合でも日本だけには負けるな、という一点に国民の関心が集まる。アメリカはこのことを有効に用いて外交パーフォーマンスを展開するだろう。大新聞は対中強硬論をあおりたてるだろうか。時局もので走っているとかならず漂流するとは故梅棹忠夫氏の名言である。大新聞はひたすら時局もので走るから漂流する。その先にあるものは報道の自壊である。
2010/09/20
昨日の毎日朝刊の「近聞遠見」の老ボス岩見隆夫氏はとうとうジャーナリストからエッセイストになってしまった。フェリーの船室でテレビの音をわざわざ消して小沢一郎と菅首相の顔とか表情の批評、それも自分でなく、政治家の似顔絵描きの西村画伯に言わせている。小沢の顔は暗いと思い出させて、目的を達しようとしている。ジャーナリストであるならば、最近の小沢対菅の論争はかなり明らかになっているからそれを論じるべきなのに、それを論評する能力がないために感じとか印象とかで人の気を転じさせようとするのは卑怯というものだ。 今日の毎日では論説に外国の新聞評を持ち出して首相がコロコロ変わるのは好ましくないというのを出し、「反射鏡」ではまたぞろ政治とカネをもちだして小沢攻撃している。下のほうには大きく「小沢一郎は背広を着たゴロツキである」という本の広告を大きく出している。どうしてまでこうも小沢攻撃するのかと言うと、下心があるからである。小沢によって記者クラブが廃止されれば、新聞社の特権が失われる。また地方交付金を一括地方に渡せば、中央官僚の権力は大幅に失墜する。外務官僚は普天間が再交渉になるとアメリカとの関係が自分たちにとってまずくなるから、小沢が出てくると困る。小沢がたった3つのボールを投げるだけで、これだけ変化が起こってくる。今日の「時代の風」浜矩子氏の「ものはいいよう」はすごくよかった。円高、ドル安の見方をわかりやすく説明している。今年はすごい旱でロシアの農業が大打撃を受けている。中国もそうだ。ところが日本では灌漑が発達したために旱問題は解決している。だが、日本が旱で困ったときにどうしたらいいかというと外国から大量の小麦を買うだろう。そのときに円高だったらすごくいいわけで国民の命を救えるわけだ。円高を利用して円をつかおうとしている外国がある一方で、もうそろそろ日本政府がドル買いに走るだろうと思って待っている投機家もいるだろう。このように相手のアメリカがドル安政策をとっているなら簡単には円は上がらないだろう。円高なら円高でいくらでも知恵が出そうである。
2010/09/12
小沢対菅の論争でいろいろなことがわかってきた。もっと早くこの論戦を始めるべきだった。新聞の小沢嫌いによるゴマカシ報道でなかなか真相がよめなかった。小沢の官僚に対する痛打は交付金の地方への一括渡しである。額は減るが、これで地方は中央からの指示から解放され、道路幅は何メートル、小学校の天井の高さは何メートルなどと一律に決まった基準を押しつけられないですむ。地方独自の企画でやれるから額はすくなくてすむ。これで交付金を支配の道具にする中央官僚の地方支配がなくなるから官僚の力はぐっと弱まる。地方は活性化する。さきの事業仕分けで削減幅はすくないというが、官僚や公益法人がやっている仕事で無駄な仕事がいっぱいあるから、まだまだ無駄をはぶけるはずである。しかし、なぜそれがやれずに菅さんが躊躇するかというと、官僚が余ってしまい2割くらいはクビを斬らねばならなくなるが、それをやる勇気がないからである。 まず官僚は徐々に減らしていくのが権力を減らしていく道程である。まず退職金割増方式で勧奨退職をもとめたらよい。また給与を削減して定年までの間は窓際族でも仕方がないからいてもらう。しかしその後はその仕事を完全に消滅させるのである。マスコミは記者クラブが廃止されると、官僚情報を独占している特権がなくなるから、存立の危機に立たされる。それでマスコミが一丸となって一方の政治勢力となり、官僚と連合している。これで小沢排撃をすすめているが、だんだん真相が知れ渡ってくると、読者の反感をかってくるから筆がにぶってくる。マスコミのやる世論調査は家にいる高齢者と主婦だけだが、昼間会社にいるビジネスマンに匿名でアンケートしたら逆の数字がでるだろう。菅さんが法人税を下げて国際競争力をつけさせ、またその分を雇用に回して雇用を増やし、非正社員の人を正社員化するというのは正論である。そうすれば所得が消費にまわりデフレがやまってくる。やるならさっさとすぐやればいいのに、スピードが遅すぎる。 普天間の問題は、アメリも日本もれっきとした民主主義国であるから、沖縄の人たちの反対を強制弾圧できないであろう。そういうことを言ってアメリカの理解を求めるのがよい。アメリカがまた居座るような恒久的な基地は作ってはいけない。
2010/09/10
小沢一郎と菅直人がようやく並立登壇して討論するということになった。昨日の新宿駅でも駅頭に2・5万人もの人が集まって2人の街頭演説を聞いたそうだ。よいことだと思う。しかしあいかわらず新聞やテレビは小沢たたきの方に加わっている。ひどいのはヨミウリテレビの辛坊司会者の番組で、辛坊氏は司会者なのに辛抱できずに露骨に小沢組の民主党員に食ってかかっている。こういうのは公共の電波を自社の政治的な動機に利用しようとしているので問題である。 こういう言論戦になると、政策論で戦うべきであるのに、その中間に検察も手を引いている小沢起訴をマスコミが持ち出して小沢のイメージダウンをねらうのは、言論戦の妨害行為である。議論をそらすようなことを無限に持ち出して邪魔するのを夾雑物という。国民の目の前にマスコミがつくりだす夾雑物がいっぱいあるから、なかなか物事の真実がわからない。アメリカ風にオバマとクリントンがやったようにやればいい。両者の政策をくりかえし、国民に伝えれば、国民が学習する。しかし夾雑物が多いと、学習が妨げられるのである。
2010/09/05
小沢一郎が出てくると記者クラブの廃止だとかで大新聞はマイナスを受ける。それでなんとしてでも小沢が出てくるのを阻止しようとして、毎日新聞社はあの手この手の大衆動員をかけ、緊急アンケート調査を行って首相にふさわしい人菅さん72%、小沢一郎17%などという報道をしたがあさましいかぎりだ。小輩の器としかいいようがない。いまは国難といってもいい非常事態である。いま必要なのはこの国の気分を変えることができる政治家の出現である。そういうときにあいつはカネの疑惑がある、旧体質だ、金のでどころを説明をしていない、などといつまでも言っているのは下心があって邪魔しているのだ。やれそうな能力がある男がいるならば試してみるのがよいのだ。昔、河野一郎という政治家(河野太郎の祖父)がいたが、とにかく強引さでおしまくるタイプで国民の人気があり、やりそうな人だったのに、あれこれ妨害が入ってとうとう首相の座に上ることなく逝ってしまった。今は、小沢一郎がそういう立場にいる。それを自分たちに都合がわるいからという下心から小沢の出に反対をする新聞社というのは小輩というしかない。小沢さんは何となくこわそう、菅さんのほうが優しそうだ、などとテレビは街頭でアンケートをとっているが、こういう感じでしか物をいえない人たちははっきり言って無知、文盲のレベルである。新聞社はこういう人たちを利用してはいけない。私は小沢一郎に首相になってもらってどんな手をうつかをみたい。
2010/09/04
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