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昨夕、武蔵境のイトーヨーカ堂の食品売り場に行ってみたが、物価が1年前にくらべてぐっと下がっているのを感じた。これはスーパー間の安売り競争のせいだけでなく円高の影響が現れてきたのではないかと思う。ひところ500円台で売られていたものが380円くらいになって、300円台の値付けが多い。このため府中あたりから武蔵境に行って買物する人が増えている。こうしたおかげで家計が息をつき、デフレが乗りきれている。円がもし対ドル60円50円になれば物価は今より劇的にさがるだろう。そうするとその分生活に余裕ができて内需があがり経済は上向くだろう。デフレ=悪、円高=悪といいつづけてきた社会常識が変わってくる。終戦直後はポンドは対円で1008円、ドルは360円だった。今日はポンドは135円、ドルは84円である。ポンドの凋落はいちじるしい。しかしイギリスが破綻したかというと、イギリスの製造業はほとんど外国資本になってイギリスの経済は違う物になった。今後、ドルが下がってくると経済交易は違ったものになってくるだろう。中国人の平均月給は1万円~2万円だが、これで200万円台の日本車がよく売れるという。昔日本人がそうだったが、どんなに無理しても車がほしくてしょうがない時代があり、おかゆをたべても車を買う人がいた。今の中国がそうだろう。だから経済常識では考えられないことが起こる。中国で日本品のにせものを買う人は日本品そのままでは高くて手が出ないから買える範囲はニセモノに限られる。ロシア人は4万円の中古車を新潟で買って帰る。こういうことで内需がまかなわれている。これで商人がもうける。この中から富裕層が生まれる。こういう富裕層は銀座に来て日本品をおみやげに買って帰る。こういうのが経済の実態だから、ニセモノ過渡期説ということが言えるかもしれない。経済というものはすこしづつ変質してゆき、常識を変えていくのかもしれない。
2010/11/26
24日付けの毎日新聞朝刊を見て驚いた。特大白抜き活字でトップページから2ページも3ページも埋め尽くし、今にも戦争が始まるかのような大報道。菅さんの緊張した顔があたかも戦争前夜の決意表明みたいな雰囲気をかもしていた。しかし、よく見ると北朝鮮の砲撃で韓国兵2名死亡とある。たった2名!というと命を粗末にしているようだが、大陸的な感覚ではそういうのは数字には入らない。韓国の人はまたやってる、という感じである。夏ころの韓国観測艦撃沈事件以来、米韓の大演習が北朝鮮海域すれすれで行っていることへのいやがらせととるのが妥当である。これを金正日の後継者の権力がための画策ということに結びつけたがる新聞社やコメンテーターの作文は考えすぎというもの。今日の朝刊では「民間人2名も死亡」との見出しでずっと小さい。2日たてば戦争は終わったかのような静けさ。新聞っておかしいのではないかと思う。イラクやアフガンで何十人も自爆テロや誤爆で人が死んでもベタ記事。日本の近くの朝鮮半島で2名死者が出ただけで大騒ぎ。おまけに黒煙がものすごく立ち上っている航空写真はどうやらイラク戦争の時の写真であるらしいという。新聞に載った黒煙の写真は横にたなびいていてあれほどすさまじくはない。故岡村昭彦カメラマンが強調していたのは「報道写真は証拠力である」というのは正しい。かならず報道写真を見るときは、手前に写っている人が韓国人であるとか、韓国の景色であるとかを確認しないと、とんでもない映像を見せられることになる。
2010/11/25
22日夕方新宿の帰りに大久保駅に出て新大久保駅まで歩く。この間は約300メートルくらいだろうか。どちらの駅だかわすれたがガード下に大きな喫茶店があってしばしば寄ったものだが、もうなかった。この通りはごちゃごちゃと庶民的な店がならんでいて好きな街である。中国人、韓国人が付近に多くすんでいるらしく彼らを相手にしている店が多い。看板も中国簡体字やハングルで書かれている。ここで日中新聞という在日中国人むけの週刊誌をもらう。ここにこんな記事があった。「安定的な在日生活をしている華人に対し、家は賃借りより買いなさい。その方が楽業によいですよ」というCMをかねた記事。今在日の中国系の人たちは帰化人、大陸からの長期滞在者、留学生、台湾、香港系、残留孤児家族まで含めると約百万人、この人たちの最大の問題は就職と住宅だが、一定の在日期間があって職業が安定している人には、住宅ローンの適用が緩和されて借りることが出来るようになっている。それで勧めているのが、「デフレで不動産が下落している今が絶好のチャンス、借りるより買いなさい」。 話は別だが、確かに中古住宅は安くなっている。千葉、埼玉、茨城の田舎なら2,30坪の一戸建て700~800万円で買える。23区内、都下でも離れたところはかなり安くなっている。頭金100万で20年、30年、35年長期で銀行から借りればローンは家賃より安い。中国には大陸から来た人にはこれが魅力である、さらにローンが終われば、その不動産は自分の財産になる。中国は私有財産を認めないから、不動産は相続できず、自分の財産にならない。すると日本やアメリカの不動産を買っておけば有利な投資先になり、しかも私有財産になる。今や億円単位の金をもった富裕中国人は不動産さがしの日本ツアーに参加し、都心のマンションや軽井沢などの別荘まで見て回っているそうである。羽田、成田からすぐ来られる都心の下町のマンションが人気。中国人は本質的に資本主義的な人種であるから、身は社会主義国に置きながら、周辺の外国で資本主義活動を行う。不動産を買うのもそのひとつ。日本はやがてそういうエリアになろう。
2010/11/24
知研で講演した二人の若い講師の話を文章化した。知的生産の技術や勉強法に関する話であるが、水谷弘隆氏は、勉強にはモチベーションが大切である、モチベーションかテクニックかという段になったら、モチベーションが圧倒的に大事で、そういう人は馬力でテクニックなどは自分で考案してなんとかしてしまうと喝破した。当たりである。奥野宣之氏は習慣化が大事であると言う。毎日、新聞のコラムを書き写す、何でも知らない言葉が出てきたら辞書や事典をまめに引いて知らないことをつぶしてゆく、難解な本は一日に20ページ読むことに決めてその通り実行する。古本屋をしょっちゅうのぞいて新刊書だけでなく過去にわたって膨大な知識が古本の中に眠っていることに思いをはせる、などなどのことを毎日歯をみがくみたいに習慣化していけばだんだん自己暗示にかかって、俺はちゃんとやっているんだと自信がでてくるという。要諦をついたことを30そこそこで言えるというのは大したものだ。 今日の新聞によると、厚労省発表で、来春高校卒業者の内定率は40.6%、求職者が17万5000人しかいないのにこの数字。大学生の内定率は57.6%、少子化だというのにどうして若い人の就職がないのだろうか。菅内閣は一に雇用、二に雇用と叫んでいるのにスピードがまったくあがらない。中国との摩擦、ロシアとの摩擦と連日与野党が大騒ぎしているが、こういうのは外交のさや当て程度の問題であるからどうにでもなる。どちらも国交断絶とか戦争になることはのぞんでいないのだからなんとかなる。それよりも若い人の就職がないというのは国の根本を腐らせて行く大問題である。なぜもっとまじめに論じないのか。端的に言うと、法人税を下げて企業の雇用能力を増やしてやり、それを条件として若い人の雇用を行わせる。法人税収が減った分は消費税を上げて補うというしか最終的な手はない。今後は経済効率や市場効率だけで考えるのではなく、国民が互いに助け合うというヒューマンな考えでいくしかない。高齢者の再雇用、定年延長より若い人を雇う、日本の農民がつくるコメや牛肉が高くても買ってあげる、年収200万円以下の人の給与を上げた結果、スーパーの物の値段が若干上がったにしてもかまわない、といった心が必要である。
2010/11/17
この手帳が徹頭徹尾目的としているのは、今日、明日、今週、今月、今年の時間管理である。「時間管理できなければ人生管理できない!」。今年1年のざっとした計画を終わりの方のページに「2011年の計画と総括」とあるところに書く。公人が1、私人が2になっているから仕事とかのオフィシャルなことは1に、プライベートなことは2に書いておく。このページをコピーして壁にはっておくのもいい。それから各月の計画はマンスリー・プロジェクトのところに書く。書き方は好きなように書けばいい。 次に各月のカレンダーが基本的な表である。日付の四角のなかにやることなどを書く。周辺の余白に今月やることなどをぐじゃぐじゃ書いておけばいい。月は週割になっている。週の始め、ウイークリー・メモのところに今週やることを書く。それから、毎日の日付に入る。 TO DOとあるところに今日やることを書く。やったら横線で消す。残ったら明日に回し、今日やることをTO DOに書く。毎日のスペースはけっこう広いのでなんでも日記的に書く。スペースが空いたらその日の伝票類、手元に残ったキップ類など記録に残るものを貼り付けておく。人からもらった手紙、ハガキなどは住所・連絡先のところを切り取って貼っておく。このように台帳的な機能を持たせる。こうして貼り付けていくと手帳自身がふくらんでくるが、そういうことは悪い気がしないものである。この手帳の月ごとのページを切り離して軽くして持ち運ぶことを考えている人もいる。後ろのページのほうに鳥の目4週間スケジュール表ソフトがついている。所定のURLでインターネットからダウンロードすればエクセルの表が出てくるから白紙状態でダウンロードして手書きしてもよく、画面で書き込むこともできる。これはすこぶる便利である。要するに私たちは毎日を消費して生きている。よき消費はよき生産である。今日一日を力一杯働いて夜はぐっすり眠る。そうすれば不安など感じるヒマはない。明日を思い煩うなかれ。毎日悔いのない生活を送ろう。若い人はこの本に久恒さんの一生の計画を今日一日のスケジュールに凝結して生きていくことを説明した文がついているからそれを読むとよい。それから毎日の日付けの上に名言が書いてあるから、これを読むとその日の活力が沸いてくる。さて、この手帳は大きい都市の大きな書店にはもうならんでいるが、近くの書店にない場合は、東洋経済新報社の知的生産手帳といって取り寄せればいい。またインターネットでも買える。あるいはNPO法人知的生産の技術研究会にメールしてもらえば送料無料で送ります。メールアドレスはtiken.org@nifty.comFaXは 042-365-5744.買っていただいたら印税が当会の活動資金になるのでよろしくお願いします。
2010/11/15
さて、私は壁にカレンダーをかけてそこに手帳的に書き込むようになったが、そのカレンダーは1ヶ月単位である。一月経つと新しい月に変える。しかし来月や再来月のスケジュールを書き込む必要が生じ、この結果壁にかけておくカレンダーは1年単位のものがいいと思うようになった。1年単位の1枚ものの大型のカレンダーはA3かそれ以上の大きさである。500円くらいである。しかし、毎年もらうカレンダーがあるのでそこから12ヶ月分を貼り合わせて大型カレンダーにした。これは記入スペースが狭いのでいろいろ線を延ばして余白に書き込むのでぐじゃぐじゃになるがやむを得ない。最近は1年がすぐ経ってしまうように感じ、完全に1年スケジュール意識になった。これだと年末までにこれだけ時間があると思うときには余裕が生じるが、秋になってもう年末までこれしかないと言う段になると焦燥感にさいなまれるようになった。でもこの焦燥感もまたいいものである。さて、ここまでまとめると日記は今日一日を振り返って書くものでどちらかというと過去を記す行為である。すると手帳は過去も一部記すが、全体としては明日を重視している。あす粗相のないように自分を律するツールである。私の場合は「明日やること」を夜の内に考え、朝起きたら「今日やること」を紙に書く。やった順に横線で消していく。月初めには「今月やること」をカレンダーに書き入れる。こういう習慣がここ10年くらい身についてしまった。知的生産手帳を手に入れたときに真っ先にやったのは、月のスケジュール表を12か月分縮小コピーして貼り合わせ大きな1枚ものの1年カレンダーを作成した。これなら既成のカレンダーより書き込みのスペースが多いので非常にいい。来年からは、今月やること、今週やること、今日やること。をこの知的生産手帳に書いていこうと決めた。(つづく)
2010/11/13
私のサラリーマン時代、手帳はポケットに入る小さなものが主流であった。毎日の記録をつけるようにページに日付ごとに区切ってある。ここに日記を書くにしてはスペースが小さすぎる。ここは日記を書くのではなくその日に記録しておくべきデータとか人の名前とか、数字とかを忘れないように書き入れるようにしてあるのだという。しかし、やはり小さすぎるので字で一杯になり、グジャグジャな感じになる。その次に長い間使ったのは新書サイズでウスッペラの手帳である。これはカレンダーの中に何でも書き込むようになっている。したがってその日の行事とかすることなどを書き込んでおく。したがって手帳はカレンダーと密接に関係していることがわかる。私が現役をリタイアしてからは家にいて仕事をする時間が多くなった。手帳を持ち歩く日が少なくなった。何かあって手帳を見ようとすると、上着かズボンのポケットに入っていたり、机の上の紙の下に入ったりしてすぐにさがし出せないことがあった。これでは困るのでこんどは日付のところに書き込めるようなカレンダーを買ってきて、何でもそのカレンダーに書き込むようにした。これなら壁に貼ってあるので、直ぐそこに目がいき、スケジュールを意識にたたき込んでおくにはすこぶるいい感じになった。それで1か月たつとめくり、次の月にうつる。こうして12ヶ月を繰り返し、1年を送るようになった。ここまで書くとおわかりのように、手帳は過去をかくより、未来をどう迎えるかというカレンダー機能のほうに傾いていることがわかる。私がずっとやってきたのは朝起きたら「今日やること」とA4の紙にマジックで太く書いて、今日やることを箇条書きに書き出す。何々をしあげること、どこまでやるか決めておいてそこまでやること、あるところに電話すること、メールすること、宅急便でおくること、ある人と会うこと、あるところに出かけること、買い物は何々を買うこと、支払いをすること、などなど細かく書く。そうしてやり終えたらマジックで線を引いて消す。やり残したことは翌日またそれを書き入れる。こうして紙に書かないでおくとしばしばし忘れるからである。こういうふうに人間は今日明日が大事だから粗相しないように生きているわけである。これが30日たつと一月がおわり、365日経つと1年がおわるということになる。(つづく)
2010/11/11
今度、知的生産の技術研究会で「知的生産手帳」というものを東洋経済新報社から発売した。この手帳の使い方を広めたいので、ここ数回にわかって単なる宣伝でないことを書いてみたい。 まず日記であるが、日記を丹念に毎日つけている方をみると私は尊敬にたる人だと思う。相当に意思の強い方、几帳面というか、折り目正しいというか、自己規律に優れた方だと思う。 私は80才近い年齢になったが、これだけの人生の中で日記をどれだけつけたかというと一番続いたのは小学6年生の頃で1年以上続いた。それ以外は1年と続いたことはなかった。思い立っては付け始めるが、やはり挫折してしまう。なぜ続かなかったかを考えてみると、こういう自己懺悔が出てくる。二〇代の頃日記をつけ、一年くらい経って読み返してみたことがあった。すると、過去の自分はこんな生活をしていたのかというふがいなさが浮かんできた。どうという意義ある生活をせず、内向的でいじいじとして行動的でなかった自分の後ろ姿が見えて情けなく思った。それで日記というものは二度とつけまいと思うようになった。一日にしていることといえばデーリールーチン、これといった感激的なこともなければ、記録に足るような事もない。だから昨日何をしたかすぐには思い出せないような空白がのこる。したがって日記もその部分が空白になる。そうはいっても楽かったことはなくもないが、非常に少ないということである。 またどこに行った、誰と会った、こんな事があった、会社で不愉快な事があった、映画を見た、何時に寝た、などなどを書くということは何か取るに足りないという思いがあって、書く気がしないのである。それで日記は書く意義が見つからず、手数だけかかるだけと思って遠ざかってしまったのである。 だが、日記を書くことはいい記録をつけられるような生き方をしようと思うようになることが意義なのだろうと思う。しかし、私はそういう習慣がついぞつけられなかった、ということである。 だが、社会人になってからは必要にかられて手帳は必ず持つようになった。ありとあらゆる形の手帳を試してみた(つづく)。
2010/11/10
昨日は池上彰さんの解説をテレビで聞いた。3時間連続で聞くのは時間をとられすぎるから毎日1時間半やってもらいたいと思った。新しいメディアの方法で、これこそメディアが果たすべき仕事だと思った。聞いたのは、アフガニスタン問題とビルマ問題と児童相談所の話。アフガニスタンでなぜタリバンが欧米から攻撃されているかは、ブッシュ政権の頃、9.11が起こって、アルカイダの指導者ビン・ラーディンをタリバンが客人として受け入れたというのが原因。タリバン自身が反米だったというわけではない。タリバンはイスラム原理主義を奉じる学生の団体であること、なぜアフガニスタンが今のようになったかの歴史的な経緯を客観的に述べた。まず、ソ連時代、アフガニスタンに親ソ的な左翼の政権が生まれたが、クーデターでひっくり返された。それでソ連が元にもどそうと侵攻してきた。これに対し、共産主義はイスラム主義に反するという反発でイスラム各地からムジャヒディーンという義勇兵が集まってきてソ連軍と対抗した。これに金を出して援助したのがサウジアラビア、このときビン・ラーディンが戦士として金持ちとしてやってきた。武器を与えて援助したのがアメリカ。8年間戦争がつづき、ゴルバチョフのときにソ連軍がとうとう撤退した。だいたいこのあたりまでは普通の人は知っているが、そのあとはあまり知らない。その後、どうなったかは、ムジャヒディーンたちがアフガニスタン各地で盤踞して互いに内戦をするようになった。これを鎮圧して立て直したのがタリバン。しかしタリバンが上述のことをしたのでアメリカが攻め込んだというストーリー。新聞は話題性があるときは瞬間風速的に報道するが、話題性が終わってしまうと、その後どうなったかなどということは報道をしなくなる。だから、いつまでたってもストーリーがわからない。池上さんはなにか特殊の情報ルートがあるかというと、ただアフガニスタンに関する専門書を3冊か4冊読んでいる程度である。勉強家というだけである。普通の人も専門書を3,4冊よみさえすれば池上さんレベルになれるわけだが、なかなかそうしないだけの話である。ビルマの話。スーチーさんが選挙で圧倒して民主政権をつくったが、軍人がクーデターをおこして独裁政権をつくった。いまだにスーチーさんを軟禁して民主化の邪魔をしている。軍人が悪者であるという解説であった。インド、タイなどが意外にビルマの軍事政権に甘いのは、ビルマに天然ガスがあるからだ、という話であった。しかし私から見て欠けているのは、なぜ軍事政権はのさばっているのかという点である。これはビルマの地図を見ればすぐわかる。中国の雲南省に深く切り込むように接している。中国にとってみれば四川、雲南、貴州は奥の院で普通ならなかなか入れないところであるが、ビルマから入っていけばすぐである。中国はビルマ北部にアメリカの軍事基地を作られたら背後から短刀を突きつけられた格好になる。チベット問題と同じだ。あるいは北朝鮮問題と同じだ。ここが中国がビルマの軍事政権を支持している理由である。児童相談所の話もなかなか面白かった。こういう番組で取り上げられなかったら、単なるお役所のひとつかな、くらいの認識で終わっていただろう。こういう役所ができたのは、児童虐待がいかに増えたかが背後の原因である。ではなぜ児童虐待が増えたか。そこまでは池上さんは推測的な話をさけたようだ。私は離婚再婚が多くなるにつれ、連れ子が増え、血のつながらない片親から虐待されるのではないかと思っている。かわいそうな連れ子たちを国民全部で守ってやりたい。
2010/11/04
翼という字は鳥の羽という意味もあるが、助ける、補佐するという意味もある。本来の意味は「少しの粗相、遺漏もないように、慎重、細心に勤める」という意味である。だが一般には「びくびくしながらおっかなびっくりでやる」という意味で使われる。今は小心翼々の時代である。何かやると失敗する、とがめられる、反対に遭う。だから何もやらない。やってもちょっぴり。先延ばし。今の政府をみているとそういう感じがする。何事もやってみないとわからない。だが、やってみると失敗率は70%くらいで、成功率は30%くらいである。だが、失敗といってもいちがいに失敗とはいえない。100%のまるごと失敗というのはなく30%くらいは成功した部分がある。逆に成功したといっても100%成功というのはまれで、70%成功すれば御の字というものである。時代にもよりけりで高度成長の頃は何やってもまあまあ成功した。今のようなデフレの時代では成功率はぐっとすくなくなり、よほどの準備万端にやらないとなかなかうまくいかない。 だからといって何もしなければますますどん詰まりになる。すこしでも成功率をあげてそれを積み上げていかないと先行きの成功は訪れない。小心翼々の例:公務員には労働基本権つまり待遇が悪くなったらストライキやサボタージュをして待遇改善を求める権利を与えていない。だから公務員の待遇を保証し、給与は簡単には削減できない。人事院はこのたび1.6%の給与切り下げを勧告した。これってすくなすぎるのではないか。民間では5・5%がここ数年で下がっており、平均年収は406万だそうだ。ちょっと前までは450万といわれていた。公務員平均は500万以上だ。労働基本権があたえられたら公務員はストライキをすぐするだろうか。パリみたいに公務員がストすれば街はゴミの山になるだろうか。民間労組でもストはごく少ない。皆我慢している。民主党は公務員給与を20%カットすると言っていたのにこれではあまりにもすくない。もうひとつの例:TTP、要するに東南アジア6カ国+日中韓にオーストラリア、インド、アメリカ、ロシアまでが加わってお互いに輸入税をゼロにしようという話し合いをしようとしている。日本は輸出面ではトクするが、輸入面では農業製品が無税になったら外国の安いコメと牛肉が入ってきて日本農業は壊滅するという話だ。だが、いまでもタイなどの外米はやすいはずだが、スーパーなどに日本産のコメと並んで半分ないし3分の1という値段でならんでいるのをみたことがない。つまり日本人は外米は食べない。高くても国産のおいしい米を食べる。いくら貧乏になってもそれくらいの贅沢はする。牛肉も和牛を食べる。同胞の農民がつくったものを食べる。だから外米は入って来ないとキメツケテしまえばいいのだ、TTPをやりなさい。農業団体がエイエイオーとはちまき締めて拳を振り上げているのは農民ではなく、農協の人たちである。物事すべてやってみないとわからないことはやってみることだ。
2010/11/03
今、ずいぶん難しい問題が山積している。深く考えざるを得ない。耳かき店員とその母をその店によく通った42才の男が殺した。当時21才の耳かき店員の女性が好きになり、そのこともあって毎日のように通い、もう来ないでと断られ、恋愛感情が憎しみに変わったのだという。2人も殺したのだから死刑が相当だと思われたが、陪審員の下ろした判決は無期懲役だった。陪審員の人の発言を読んで、あの人たちは冷静に深く考えたことが伝わってきた。私は感動した。よくやったと思う。日本の普通の人は実にすばらしいレベルだと思った。犯罪で2人の命が失われた。この2人はもう帰ってこない。犯人の命を断ち、死者をもう一人増やすか否かが裁判である。犯人を憎むとともに、もう一人の殺人を行うか否かはまた別の次元に属する問題として裁判員に重くのしかかったことと思う。いってみれば宗教次元の領域に入ってくる。尖閣問題、北方領土、これも難しい問題である。中国、ロシアとはこれから国民次元でいろいろ親しくつきあっていく必要がある。そのほうがメリットがある。そういうのをすべてひっくり返すわけにはいかない。人類は200年以上前は国境というものはあってなきがごとしだった。人類の本心は国境などというものはないにこしたことはない。関連して思い出すのは、独仏間にあるザール地方である。石炭と鉄ががたくさん出る。しかし住んでいる住民はドイツ語を話す。ここを巡って第一次大戦でフランスがここを取った。第2次大戦でヒットラーはここを取り戻した。ドイツ敗戦後はフランスが管理下においた。最終的には住民投票でドイツ領に帰った。こういう経過もEUという新しい次元が加わったなかでできたのだろうと思う。21世紀後半、22世紀はアジア共同体というもののなかでそういう問題を解決していくしかないのだと思う。そういう状態にしていきたい。いかにしてそういう状態にしていくか。
2010/11/02
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