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昨日は木場のシンクロ+というラジオ番組に出てしゃべった。この小放送局は江東、墨田地域の1万5千軒くらいの小エリアにFMで流しているが、ユーチューブにつくってくれてそれを自由に活用してよいというビジネスである。そういう活用の仕方まで講習で教えてくれたので非常によかった。最後に100人ばかりの人があつまってパーティをしたがこれがとても楽しかった。私は乾杯の音頭までとらされた。こういう世界の人とは普段はあまりつきあいがないが、歌手などが多く、皆優秀でけなげに生きている人たちで、こういう人達との接触がもれたのは非常に嬉しかった。ひさしぶりにうきうきした気分で家路につくことができ医院た。帰ってきて毎日の夕刊を見ると、特集ワイドで普天間移設問題を3人の識者に聞いた発言がのっていた。識者とは内田樹氏、佐野真一氏、田岡俊次氏で、内田、佐野の2氏は実にまっとうな発言をしていた。もう沖縄の基地はノーという趣旨である。田岡氏は佐世保周辺に移したらいいと提案していた。この人は私は割と評価していた人だったが、佐世保周辺に移したらまた地元の人が困るではないか。こんなことを無責任に言うとは、やはりこの人は単なる軍事専門家で、大局というものがわかっていない中途半端な人である。もうこの人のものは読まないことにしよう。しかしこういう発言を紙面にのせるようになったのは新聞もすこし変わり始めたのか、中で「迷走」しているからなのかはわからないが、日本の庶民は全国津々浦々米軍の基地などいらないと言っているのであるから、新聞社の論説委員よりよっぽど肝っ玉が座っている。これを何というのかな。ものすごいポテンシャルがあるのだな。ロシア、中国、北朝鮮などは別にこわいと思っていないのである。アメリカなど余計なお世話だと思っている。私はこのポテンシャルがいかなるパワーがあるのかをいずれ説明しようと思っている。
2010/04/29
新聞はあけてもくれても「迷走」という言葉をつかう。民主主義の世の中、言論自由の世の中、先行き不透明の世の中、どの組織でも、個人でも迷走はある程度やむを得ない。「お上」はしっかりしてくれなければ困る。迷走では困る、というのはわかるが、試行錯誤的な部分は理解しないといけない。むしろ国民はお上に頼らず、自分自身で迷走しながら、やがてきちっとした考えを持ち、迷走はある程度どまりにしてくださいと言えばいいのだ。新聞社内部でも論説委員、編集委員、記者の間で意見の違いがあり、迷走している。試行錯誤、やってみなくてはわからない、ふたを開けたら予想と違っていた、というのはどこの社会でも組織でも日常茶飯にあることだが、そういうことを歴て次第に固まってくるものだ。いわんやはじめて政権をとった民主党内では。今度の高速道路料金で一度決めたことを見直すと言い出したのは、値上げ幅を縮めることになったのだから、国民にとってわるいことではない。この程度のことを迷走とか党内不和だと書き立てるのは新聞社の悪いくせである。「迷走」と言ってしまわずに、ケースバイケースで判断して書かねばならない。普天間の行方はどうなるか。徳之島では島民の大人80%が基地に反対した。日本国中どこでも基地はいやだと言っている。しかし、日米同盟が大事だと思っている自民党や新聞社の編集委員たちは沖縄におしつけてしまえない鳩山さんはあほうだと言っている。そして中国の軍艦が横切った、ヘリが接近したと言う記事を書いて、やはり米軍基地は必要だと世論を誘導しようとしている。これはあきらかに国民との間の乖離ではないか。日本国中が基地に反対しているのだから、アメリカも現地の民意に気をつかっているのだから、この際、どうかグアムまで退いてくださいと交渉しやすくなっているのに、鳩山さんは駐留なき安保という自説を打ち出せないでいる。アメリカのオバマ大統領は支持率が民主党以上に下がっているのに、堂々と医療保険を実現し、火星に人間を行かせる、核なき世界に主導すると胸を張っている。四年間は俺の天下だ、絶対に離さない、やりたいことをやってやるぞという気迫に満ちあふれている。支持率というのは、ヒットを飛ばせば、ホームランを打てば回復する。日本の民主党も元気を出してやってもらいたい。
2010/04/23
鳩山さんが普天間で迷走しているというが、政権交代の機会に沖縄の負担を軽くしてあげようというのは民主主義国の政治家の責務であるから、アメリカの識者も政権交代した機会にそうことを言い出すことはあっていいと言っている。これは前政権が国際協約したことを守るのが原則というのと同じくらい常識である。もし前政権が不平等条約をしたのならそれを変えるのは当然ではないか。鳩山さんが普天間で迷走しているといって責める野党や新聞社は要するに「沖縄に強引に押しつけてしまえばいいのに」と思っている人たちである。しかし、さすがにそうは言えないから鳩山さんばかりを責めている。アメリカが激怒しているなどというが、アメリカにいる人に聞いたらアメリカの新聞に普天間の記事などのったことはない、という話で、アメリカ人の関心対象の100にも入っていないということであった。新聞が勝手に「激怒している」などと書いているのは一部の政治関係の高官であろう。自国の国益に逆らうような外国の態度に不快を示すのはあたりまえの話で、どこの国も同じである。鳩山さんにオバマ大統領が10分しか会わなかったのは、ごちゃごちゃいわれそうな人には会いたくないからそうしたまでの話である。NYタイムスに鳩山さんはあほうだ、おかしいと書いたコラムがあったって別におかしくはないのに、日本の記者は大騒ぎする。こういう記者こそ、あほうではないか。自分の国の首相があほうだと書かれたらふつうなら怒るのがあたりまえではないか。毎日新聞の書き方がすこし変わってきた。沖縄の問題を一歩ふみこんでグアムやテニアンに行って取材したら、やはりグアム住民も基地はいやだという記事を書いたり、アメリカの高官が沖縄の海兵隊が必要なのは、北朝鮮政府が崩壊するときに原爆施設を撤収するためだ、などあらたな発言をしたことなどを書いている。18日朝刊では「日本の「庭先」を中国軍艦艇10隻が横切ったという書き方でやはり沖縄の米軍基地が重要であるようなことをにおわせる書き方である。ところが「記者の目」欄では別な記者が、「寝ても覚めても日米同盟」というタイトルで「日米同盟が重要」論について疑問形の記事を書いている。つまり新聞社の編集委員クラスも迷走しているわけである。いってみればいまどこの社会でも迷走している。日本中が迷走している。日本中が同じ記事、同じ書き方、同じ論調、新聞もテレビも皆同じことばかり書いたり、コメントしたりすることは危険である。メディア人は自分の会社が公器であるからこそ能力以上に影響を与えることを自戒しなければならない。いろいろな考えを紙面に書いて国民に考える材料を提供することがメディアの使命である。
2010/04/19
夕べは当会主催で東谷暁氏に「エコノミストを格付けする」という題で講演していただいた。同氏の同名の文春新書で興味をそそられたからである。この本では25人のエコノミストをとりあげ、5角形のグラフで一貫性、論理性、データ性、予測力、文章力の5つのポイントでそれぞれの著名アナリストを採点している。このなかにはステイグリッツ、クーグルマン、グリーンスパンなどのアメリカの大物まで入っている。さて、東谷氏はジャーナリストとしてこのようなアナリストの書いたものを長年丹念に読み続けて解説や批評を書いてきた人だけあって、アナリストたちの現時点における発言だけでなく過去における発言なども検証できる位置にいる人であるだけに、面白かった。その時その時におけるアナリストたちの発言にずっと一貫性があったのか、論理においてすりかえや読者をだますようなことをしなかったか。そのときそのときの情勢にしたがって言い換えがあったのかどうか。信用できるデータをつかっているのか、読者を説得あるいはうまくだますような文章力があるのかどうか。そして最後に言ったことが当たったかどうか、などがそれである。この本では各人のそれをそれぞれくわしく検証しているわけではなく、ざっとポイントを印象的にのべているだけだが、今日の講演は実に面白かった。印象をのべると、私がアナリストたちに抱いていたわずかでもの信用が完膚なく崩されてしまった。もうアナリストの書いているものなどは信用するのはやめようと思ったのだ。アナリストといえば、證券会社やマスコミの顔になってそれぞれ読者をもっている。テレビではコメンテーターになって出てくる。東谷氏はアナリストがそれぞれ信奉する理論、インフレターゲット派、財政出動派、構造改革派、金融緩和派などであるが、からなずしも同じ理論を主張しているわけではなく、そういう理論もそれほど有効ではないことを説明していただいた。アナリストたちは適宜に理論の乗り換えを行っているという。要するにファンをいつも喜ばせようするわけであるから、言うことが政治家的になってくる。したがって彼らを経済専門家としてではなく政治家としてみたほうがいいということになる。グリーンスパンなどという人はアメリカ人のみならず日本人も神様のように信用していた人が多いが、常に金融緩和派だったのは人気取りだったということになる。この内容はいずれ当会の会誌に掲載するが、ぜひ入会して読んでいただきたい。
2010/04/14
EV(電気自動車)とRV(環境)とITとの三題噺オバマのグリーン・ニューディールというのはアメリカのエネルギー体系を化石燃料依存から太陽、風力、バイオマスなどの再生可能な自然エネルギーに変えていくというものである。しかし、アメリカの一次エネルギー供給構造は化石燃料78.8%、原子力,11.7で90%、太陽は0.1、風力は0.4,バイオマスエタノール 5で,グリーンエネルギーはたしても5.5。オバマは三年で倍にすると言っても、そんなもので間に合うのかという冷ややかな反応が返ってくる。太陽、風力、バイオマスは所詮、小型分散であって、原子力発電所を一発造ったほうがよっぽど効率がいいと日本の専門家は馬鹿にする。ところが、こういう専門家のいうことはあてにならない。80年代、日本の工作機械、自動車、精密機器などがアメリカ市場を席巻し、アメリカの産業はもうだめだと言われていたとき、IT革命なる言葉が言われだした。最初はこんなものはたいしたことはない、IT機器というハードを企業に売り込む商売かとたかをくくられていた。しかし、寺島さんによると、IT革命とは冷戦後の軍事技術の民生転換のシンボルで、本来軍事目的で開発したペンタゴンのアーバネットの開放系、分散系ネットワーク技術を民生用に転換したものがインターネットで、その流れの中でアメリカは新しい物語を作っていった。IT革命で続々とIT関連企業が生まれ、それが金融工学を発達させ、やがて金融資本主義の歪みが極大化してサブプライムなどというビジネスモデルを生み出して破局に至った。今度はグリーン・ニューディールがIT革命的な救世主になるかというと、まだわからないが、油断はできない。先ほどの3つの相関であるが、アメリカは自動車をはっきり電気自動車の方向に向けて再生していこうとしているのは確かだ。電気自動車はCO2は出さないし、これから相場が乱高下する石油に頼っているとたいへんである。電気自動車ならば、途上国でも製作は用意であるし、価格もやすいから普及も広がる。家庭の電源から充電できるし、ガソリンスタンドに変わるエレクトリック・スタンドでの充電も10分くらいできるそうであるし、既に充電してある電池と差し替えれば1分半でできる。さらに家庭や自動車はもともと分散しているものであるから、1家庭の屋根で太陽光で発電した電気で自家用をまかない、自動車の電源もまかなえば、これは中央で大規模発電して大規模送電する設備を必要としないから分散系で十分である。ソニー、東芝が電気自動車を作るのは当然であるが、韓国の中小企業5社が電気自動車を出してモーターショーに出品する時代、日本でも中小企業でも電気自動車の開発があちこちで進み出した。ここでEVとREの相関はわかったが、ではITとの相関はどうか。ここでIT企業の典型的なグーグルがこの分野に激しく参入してきているのはなぜかという問題がでてくる。一軒一軒の屋根で発電した電気も大きな家なら電気が余るはずである。ビルや学校の屋根ならもっと電気ができる。その余った電気を必要とするところにネットワーク技術を使って双方向に送配電できる仕組みをつくるということが課題としてあるのである。グーグルはこれから携帯端末にコンテンツを送配信するビジネスモデルからものすごい勢いで動画配信に切り替わっている。そういう情報は重いからすごく電力が要る。グーグルは成層圏まで風車をあげれば、四六時中、風が吹いているからそこから送電する仕組みやさばくに巨大な鏡をまわりに置いて太陽光を一点に集中させると何千度という高熱を出して発電する仕組みなど考えられるあらゆる方法を試しているようだ。つまり、自社が必要とする電力はものすごい量になるので必死なわけである。グーグルだけでも原子力発電所三基ぐらい作らないと需要に対応できないという。だから効率化して送配電問題に立ち向かわなければいけないのがグーグルの使命である。ここまで言えば、EVとITとRVの相関がわかろうというもの。ここで日本に利点がある。日本の太陽光発電パネル技術は進んでいるし、電気自動車でも電池産業の技術基盤が豊富だ。IT関連でも技術基盤が蓄積している。まず、比較的にお金持ちの人に頼みたいが、子供手当や高校の授業料が無料化になったら、屋根に太陽光パネルをとりつけること、電気自動車を買うことである。そうして一刻も早くコストを下げることが大切である。
2010/04/08
寺島実郎氏は大中華圏を例に挙げてネットワーク型のコラボレーションの利点を述べられたが、氏の近著「世界を知る力」(PHP新書)の81ページにユニオンジャックの矢の図が描いてある。これはヨーロッパの金融センターであるロンドン、中東の金融センターであるドバイ、IT大国化するインドのバンガロール、先週ふれたシンガポール、資源大国化するオーストラリアのシドニーなどの点を線でつなぐと一直線になる。地球儀でみると、欧州をまたげば、ほとんど他国の上空を飛ばずにこの線を飛ぶことができる。これをユニオン・ジャックの矢というそうである。ともに英語圏で、英語が通じるし、イギリスの法制度を共有している。ロンドンの金、ドバイの金と石油、インドのIT人材、オーストラリアの資源を活用するだけでずいぶんビジネスモデルが作りやすいだろうと思う。日本が外国で会社を作る場合、まず問題になるのが言語の壁、法制度の違いの壁、風俗習慣の違いの壁である。しかし、このような壁が長いイギリスの植民統治の間にイギリス化されていたらこれらの国ではイギリスの外延としてずいぶんビジネスがやりやすいだろうと思う。さらに言語が同じ英語であるから互いの国民は相手の国の事情がすぐわかるであろうし、英語を理解する民族が8億人もいるということは、英語で著作する人にとっては実に有り難い世界であろう。グローバル化が進んでいる地球で、ではグローバルの利点を生かし、その欠点を避けるとしたら、文化の近縁性のある国、物理的にも交通が容易な国家群というのが今後、単独国家の枠組みを超えておおいに役だってくる。日本のように単独的な国家でどういうネットワークが考えられるかというと、やはり北東アジアで、過去も現在も少数でなく多数の人たちが比較的安い費用で行ったり来たりできるエリアという条件がいちばんつよい。特に中国は漢字が共通しているということは非常によい条件である。また韓流ドラマや中国映画が日常見られるようになったことでずいぶん親近感がつよくなった。将来、北東アジアの交流がより親密化するためには、北朝鮮が変化しなければならない。戦時中の日韓合併時代に、対馬海峡の隠岐、対馬などを結んで海底トンネルを掘る計画が作られたことがある。今作れば20兆円くらいかかる。もしこれが実現して、北朝鮮を通って中国に鉄道がつながり、中央アジアを経由してヨーロッパに行く鉄道ができれば、日本はユーラシア大陸と物理的につながり、相当な変化が起こる。日本人にしみついている島国根性というものが変化し、若い人たちは広いユーラシアに働きに行くということになってくるだろう。
2010/04/06
去る3月11日に当会例会で行った寺島実郎氏講演は種々な面で実に示唆的な講演であった。特に寺島氏が年々力を入れているネットワ-ク型の視点による物の見方の典型として大中華圏という見方はますます有効度を増している。寺島氏はかなり前から大中華圏という見方を提唱しておられ、今回はその考えをさらに深化させたと自信に満ちた報告をされた。大中華圏というのは中国本土、香港、シンガポール、台湾など中華民族が多く住む地域をひとくくりにした地域をそう呼んだのである。民族と文化は共通しているが、政治体制とか個性はかなり異なっており、正反対にたつ地域も含んでいる。日本とこの地域との貿易は30%を越え、アメリカとの貿易額13%をはるかに引き離してしまった。大中華圏という、その中に異種なものを含みながら、互いに交流してバランスしている構造が有効に機能しているのである。寺島氏は、去年、北京大学で講演するほか、台湾で馬英九首相と会談し、台湾の財界人を集めた講演会でも話し、この大中華圏という見方を中国人にぶっつけた。中国人はこの見方には賛成せず、日本のかつての大東亜共栄圏を思わせるから敬遠したそうだが、本音はかなり理解が進んでいるのをみて寺島氏はこの視点に自信を深めたという。一五年前、香港が返還されたとき、中国は香港を中国本土に丸呑みせず、香港の特殊性と機能を活かした一国二制度という奇妙な発想を行った。当時、日本の専門家は、どうせ一時のその場しのぎのいいかげんな対応策でやがて中国本土にのみこまれると言っていた。しかし、一五年経った今、二〇〇九年には二五〇〇万人の中国人が香港を訪れ、香港の制度に慣れ、逆に中国本土の香港化などと言われるようになった。シンガポールはどうか。淡路島くらいの大きさで、人口もすくなく、これといった資源も産業もない。しかし今では一人あたりGNPが四万ドルになり、日本とかわらないほど豊かな地域になっている。中国本土からおおぜいの人が進歩したシンガポールの病院に手術を受けに来たり、学問の研究などに来ているという。台湾はどうか。中国本土とは思想的、政治的に対極にある地域である。しかし、今では一〇〇万人もの台湾の実業家が中国本土に移って事業をしている。人民の交流もかなり自由になっている。ひところ、李登輝、陳水扁政権ができて、台湾独立派が大いに盛り上がったが、今では独立運動は消えたのも同然で、馬英九の国民党が圧勝した。独立派の闘士として有名な金美麗さんはとうとう独立運動を断念して日本に帰化した。この変化は何だろうか。台湾にすむ多くの人が、独立より大国中国の中に入って中国人になったほうがプラスであるという判断をしたからであろう。さて、なぜ主流に収斂せず、多種な地域が交流するネットワーク型がいいかというと、私はつぎのように理由を考えてみた。アメリカとか中国は面積が広く人口が多く、多人種で、多種多様な複雑性がある。と少平が香港を一国二制度にしたのはなぜだろうか。単なるアイデアだったのだろうか。つらつら考えてみると中国自身が多文化で複雑な国家である。北と南では外国とみまうがうくらい異なっている。だから香港くらい変わった地域があってもどうということはないというふうに考えたのだと思う。私は中国の代表団を東京の台湾系のレストランに連れていったことがあるが、別にどうということはなく、彼らの間では、同じ民族という感覚が先行していた。つまりこうである。同じ文化を共有している民族の中に多様性、それもあるすぐれた特点をもった地域を含んでいて、それを活かしているエリアの方が一国の色で塗りつぶすよりいいということなのだろうと思う。この大中華圏と類似のものがアングロサクソンの英語圏である。
2010/04/02
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