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ウィトゲンシュタインは、『論理哲学論考』を「1 世界は成立していることがらの総体である。」という言葉から始めている。この命題は、「世界」について語っていて、「世界」の定義でもあるといえる。つまり「世界」の概念を説明する言葉になっている。ウィトゲンシュタインが語る「世界」は、どうも普通によく使われる「世界」のイメージと違う。それは多くの人が持っている「世界」の概念と違うもののように見える。「世界」というのは素朴なイメージでは、我々の周りに見えるもの全体を把握してそう呼ぶような感じがする。だから「ことがら」だけに限るウィトゲンシュタインが定義する「世界」は、どうも「世界」としては狭いのではないかという感じもする。素朴なイメージに近い「世界」の定義を辞書に求めると「(梵)lokadhtuの訳。「世」は過去・現在・未来の3世、「界」は東西南北上下をさす」というものが近いのではないかと思う。「世界」に対してこのような素朴なイメージを持っていると、このウィトゲンシュタインの言葉を読んだだけでは「世界」のイメージが湧いてこない。つまり、この言葉の意味を理解して受け取っただけでは「世界」の概念が作れない。それは、ある意味では、概念としては素朴なイメージが付着しているものを持ち続けていて、ウィトゲンシュタイン的な意味での概念は獲得されていないといえる。僕も最初は、このウィトゲンシュタインの「世界」の定義を「変だなあ」と思いながら、どうもよく分からないものだと感じていた。その時点では、概念はまだ獲得されていなかったと言えるだろう。この「変だなあ」という感じが、あるときに「そうかなるほど」と納得できる、「腑に落ちる」という経験が訪れた。このときに僕はウィトゲンシュタインが意味する「世界」の概念をつかんだと思った。そのときの過程を出来るだけ論理的に記述できるように思い出してみようと思う。ウィトゲンシュタインの「世界」が理解できた、すなわち概念を獲得できたと思えたのは、野矢茂樹さんの『『論理哲学論考』を読む』という本を読んでからだ。ここに書かれていたのは、ウィトゲンシュタインの目的は、あくまでも思考の限界をつかむことにあったということだ。そして、「世界」の設定も、思考の限界を与えるための「世界」として考えられていた。思考の展開を考察する場としての「世界」であるなら、それは「物の集まり」ではなく、思考が反映するような「事柄の集まり」であるほうがふさわしいだろうということは想像できる。だがそれだけでは、適当にそうしてみようかという、とりあえず試してみたという感じになってしまう。もっと積極的な意味がなければ、この「世界」は概念がはっきりしてこない。もっと強い理由として、「成立している」ということが、「世界」を構成する「ことがら」の属性として重要なものになるということに気がついた。「世界」というのは、「成立している」「ことがら」を集めたものだったのだ。では、「成立していない」「ことがら」はどこへいくのだろう。野矢さんによれば、「成立している」ものと「成立していない」(これは可能性にとどまると表現されていた)ものの両方を合わせた「論理空間」なるものが「世界」の概念を理解するのに重要であることが語られていた。「論理空間」は、「世界」でないものとして「世界」の概念を規定する。「世界」の概念は、この「論理空間」の概念を理解するとともに、その差異を見ることによって理解される。示差性に気づくことによって概念が理解されるという現象がある。「論理空間」というのは、「名」と呼ばれる「世界」の素材を、その論理形式に従って組み合わせることによって作られる命題をすべて寄せ集めたものとしてイメージされる。ここでは、その命題が成立する(つまり正しい)かどうかということは問われない。命題としての形式を持っているかどうかで「論理空間」に入ってくるかどうかが決まる。「論理空間」の概念をつかむには、「名」という言葉の概念をつかむ必要もあるのだが、この「名」や「論理形式」「論理空間」などという概念を使うと、人間が思考したものの全体がどういう構造を持っているかがぼんやりとだが見えてくる。それは言葉で表現されるものであり、言葉をどう使うかが「論理形式」として取り出される。そして、その表現された言葉が、現実の「世界」を一部含むものとして、その表現としての命題が、現実の「世界」では成立したり(真になったり)、成立しなかったり(偽になったり)するということになる。「論理空間」というのは、「名」が持つ論理形式を使って、すべての組み合わせを語ったものとして想定されている。だから、これがある意味で人間の思考の限界を示すものになる。「論理空間」に含まれる命題なら、それは人間にとって思考可能なものになる。だが、「論理空間」に入ってこないようなものは、人間には想像も出来ない思考不可能なものになるだろう。「論理空間」こそが人間の思考の限界を示すものになる。この「論理空間」は「世界」から論理を発展させて、「世界」を構成する命題から「名」というものを抽出して作られる。この「論理空間」を作るためには、「世界」は命題の集まりである「ことがらの全体」でなければならない。「世界」が物の集まりになってしまうと、物をいくら眺めてもその物が表す「論理形式」が引き出されてこないのだ。「世界」を「ことがら」と考えることによって、その「ことがら」が成立しているということから、それを構成する「名」の論理形式が引き出されてくる。「世界」と「名」と「論理形式」と「論理空間」はそのような概念の関係になっている。ウィトゲンシュタインの「思考の限界を確定する」という目的から、「論理空間」というものの必要性が理解される。そしてその理解の下に、「論理空間」を構成する「名」とその「論理形式」という概念がまた生まれる。名は、現実に成立していることがらの言明から、それを構成する部品としてのものとして取り出される。これは存在としてのものではなく、あくまでも命題の一部のものだ。だから言語で表現される必要があり、その言語がどう使われるかという言語規範的な面から「論理形式」というものが取り出される。そして、「世界」としての、成立している命題とは違う表現になっていても、その「名」が持つ論理形式にかなっている言い方なら、「論理空間」を構成する命題として、それは「論理空間」の中に含まれてくる。たとえば、「世界」の中の命題としては(事実としては)「昨日は雨だった」という言い方がされるとしよう。このとき、「昨日」という「名」と、「晴れ」という「名」の論理形式が「昨日は晴れだった」というような表現を許すなら、これは実現はされなかったので「世界」の中には入ってこないが、可能性としてあったこととして「論理空間」に存在することになる。「昨日は晴れだった」という命題は「論理空間」には存在するので、これは思考可能な命題になる。しかし、「明日」という「名」に対しては、「昨日は明日だった」などという表現は、「論理形式」として許されない。だからこれは「論理空間」には含まれず、思考可能な対象にならない。僕は、だいたいこんなふうに、「名」「論理形式」「論理空間」というものの概念を理解した。このような理解が総合されることによって、ウィトゲンシュタインが語る「世界」が、物(物質的存在)の集まりではなく「ことがら」(言語によって表現される命題)だということが、なるほどという感じで理解できるようになる。そして、確かにそう考えたほうがウィトゲンシュタインの目的にかなうだろうと確信できたとき、いままで持っていた素朴な「世界」の概念が消えて、ウィトゲンシュタイン的な「世界」の概念が自分の頭の中に確定してきたという感じがした。この概念は、素朴な意味での「世界」概念を持っていた時は、自分の中にはまったくなかっただろうと思う。ウィトゲンシュタインの言葉を読み、それを適切に解説してくれる野矢さんの文章を読むことによって獲得した概念だ。それは「ことがら」だから、ただ眺めるだけではつかめない観念的な対象だ。物質的な対象であれば、具体的に観察したり、五感で感じたりすることで概念化できるかもしれないが、このウィトゲンシュタイン的な「世界」は、言葉として理解しない限りつかめない概念ではないかと思う。この「世界」の概念は、その意味を本当に理解したと感じた瞬間に概念も獲得したという感じがする。もっと易しい概念の理解は、意味の理解の前に、五感等で感じるだけで概念の獲得に至るものだろうか。それとも、それを言語化しなければ概念としてはつかむことは出来ないだろうか。言語によって教育を受けてきた我々のような人間たちは、言語を通じない概念の獲得がないようにも思われるので、それが出来るかどうかが想像できない。ウィトゲンシュタインは、このような「世界」の概念をどのようにして作り出したのだろうか。ウィトゲンシュタインが、この概念を獲得した過程を反省できれば、もしかしたら言語と概念の関係をよりはっきりと評価できるかもしれない。だがそれはどこにも書かれていないようだし、それを想像するヒントも見当たらないようだ。誰かの言ったことをヒントに、誰かの言葉を学ぶことによってこのような「世界」の概念を作ったのだろうか。それとも、何かを観察することによって、観察の結果として概念が生まれてきたのだろうか。概念が誕生する瞬間で、それが論理的に把握される形で想像できるものはあるだろうか。言葉として教育される立場の概念獲得は自分の経験を反省することで出来る。しかし、まったく新しい概念を生み出すというのは、なかなかそれは出来ないから経験のしようがない。それでも何かの歴史にそれを想像するヒントが隠されていないだろうか。今ぼんやりと考えているのは、「原子」の概念がどのように生まれてきたのかを想像できないかということだ。「原子」の概念は、論理的な反省なしに生まれてはこないように思う。それは目に見えないからだ。五感で感じることが出来ない。この目に見えない「原子」は、「原子」という表現を持つ以前にも、「原子」のイメージとしてその概念が見えていたかどうか。「原子」という言葉を初めて使った人間と、その言葉がなかった時代に生きた人間とで、存在するものの根源というのをどう捉えていたかという歴史を調べてみようかと思う。そこに、概念が生まれる瞬間の言語との関係を想像するヒントがないだろうかと思う。これは原子論の理解とは別物だ。原子論を正しく理解しなくても、「原子」という概念を持つことは出来る。知りたいのは、その「原子」という概念がどのようにして生まれたかなのだ。
2008.06.30
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言語化する以前の概念というのは想像することがたいへん難しい。どのような概念を思い浮かべても、その概念を示す言葉が頭に浮かんできてしまうからだ。何か分からないがぼんやりと頭に浮かぶようなもの、というものが想像できない。言語のあふれる世界の中で生まれて育った僕には、言語のない世界などは想像を絶するものだ。なぜなら、想像の対象でさえ、それは言語によって思考しているからこそ想像できるのだと言えるかもしれないからだ。概念は、言語化するからこそその差異を認識できるのであって、言語化する前のラベルのない概念は、混沌として差異を認識できないのではないだろうかという思いが消えない。したがって、概念をまず捉えて、その後に言語で名付けるという過程はありそうもないような気がしている。我々は対象を言語で名付けることによってその概念も同時に獲得しているというソシュールの考えが正しいような気がしている。その想像が困難な「何か」としての名付けられない概念は、どうしたら想像可能になるだろうか。それは、名付けられるまではどこまでも「何か」としか表現できない概念だ。この「何か」は、名付けられる以前に、果たして僕の認識の中に「あらかじめ与えられた概念」として存在することが可能かどうか。それは名付けることが出来ず、「何か」としてしか表現は出来ないが、「何か」だという認識を持っていたら、「あらかじめ与えられた概念だ」ということが出来るだろうか。「何か」という対象を想像することは難しいが、いままで考えてもいなかった新しい概念を、それが分かったと思った瞬間は、その概念がその理解以前に自分の中にあったとは思われないが、理解と同時に概念が僕の認識の世界には生まれたという感じがする。たとえば「無意識」という言葉について、これを内田さんの本で知る以前は、僕は「無意識」に対して本当の理解をしていたのではなく、それゆえ本当の概念をつかんでいたのではなかったのではないかと感じた。内田さんの説明によって、「無意識」という言葉の意味がまったく変わってしまったからだ。内田さんが説明するような意味での「無意識」は、内田さんの言葉を読むまでは僕の中になかった。それは「あらかじめ与えられた概念」ではなかった。内田さんの言葉の意味を知ることによって同時に僕の中に生まれた概念だ。この概念の誕生の過程を反省することで、そのような過程を経ない、「あらかじめ与えられた概念」が果たして存在しうるものか論理的に考察することが出来ないかという発想が浮かんだ。「あらかじめ与えられた概念」は、それをそのままの形で想像することはなかなか出来ないが、それでないもの、つまり言葉を知ることによってはじめて獲得した概念というものは、自分の体験もあるし、実感を反省することも出来そうだ。そうでないものを理解することによって、「あらかじめ与えられた概念」の姿を想像してみようと思う。さて、「無意識」という言葉を僕は以前は辞書的に理解していた。その概念は、「自分には気づかないものの、行動のあらゆる面に影響を与え、何気なくどうしてもしてしまうような、そのような行動の理由の根拠となるようなもの」というイメージを持っていた。だが、これは果たして本当に「無意識」と呼べるような対象を指しているだろうか。この辞書的解釈は、「無意識」を「意識がない」つまり、自分では気づかないという面を理解して概念化していた。これは、「無意識」という対象を指して言語化したのではなく、「無意識」が引き起こす現象を言語化しているような気がする。それは「無意識」そのもののイメージではなく、「無意識」が引き起こす現象のイメージになっている。これは、果たして「無意識」の概念を持っているといえるだろうか。これを他の概念と比べてみよう。たとえば「魚」のイメージは、「えらで呼吸をしている」とか、「水の中を泳ぐ」とか「卵を産む動物である」とかいろいろある。概念というのは、これらのイメージを総合して、魚とそうでない存在とを区別する指標として働く。概念を持つということは、それがたとえ間違っていようとも、魚と魚でないものが区別できる判断を持つということだ。概念を持つということは、結果的に差異を評価できるということで、それを言語が表現しているのであれば、言語は本質的に「示差的」であるといってもいいかもしれない。そうすると、「魚」のイメージが行動面だけであるなら、それは他の存在と区別する指標としては足りなくなるのではないだろうか。これは「魚」という言葉が実体を表す名詞であるということも原因しているが、どうしても実体の属性のイメージがなければ、実体としての区別が出来なくなるのではないかと思う。「無意識」という言葉も、それは行動を表す動詞でもなく、状態を表す形容詞でもない、実体をあらわす名詞になるだろう。そうすると、行動面を示すイメージだけではなく、どうしても実体的な属性のイメージを持たなければ概念としては不完全なのではないだろうか。しかしここでまた難しい問題が起こる。「魚」の場合は、それが「実体」であることは、人間の意識と独立に存在していることが、人間の五感を通じたりして確かめることが出来る。現実に存在する「実体」であることがその属性を見ることを容易にし、「名詞」としてのイメージをつかむことを可能にする。だが、「無意識」はそもそも「実体」であるかどうかさえわからない。それは五感でつかむことが出来ないので、実体的に扱って属性を見ることが出来ない。どうやって概念をつかんだらいいだろうか。「無意識」という概念はあらかじめ与えることが出来ない。それはそもそも存在するかどうかも分からないぼんやりとした対象だ。見えるのは、「無意識」が与える影響から生じる行動面だけだ。その行動の原因として「何か」があるのではないかという想像から「無意識」というものをフィクショナルに設定しているだけだ。この「無意識」を内田さんは、二つの部屋とその間を通過させるかどうかを担っている番人という比喩で語っていた。これはフロイト自身の比喩かもしれないが、僕は内田さんの説明ではじめて理解したものだ。この説明によって、僕は「無意識」を実体的に想像することが出来た。それは「意識化された心的現象」と「無意識のままにとどまっている心的現象」を入れる二つの部屋であり、その部屋の間に立っている番人という者が「無意識」の実体だというものだ。これは誰かが見たものではない。まったくの想像でフィクショナルなものだ。それは誰も見ることが出来ないのでフィクショナルに設定するしかない。しかしこのフィクションは、「無意識」というものの本質をイメージさせるものになっているので、これこそが「無意識」の概念として実体的な属性を引き出すことの出来るものとなっている。本当にそんなものが存在するかどうかは分からないが、それがあると思って考えると、「無意識」が持っているいろいろな性質を理解する助けとなる。この番人がどのように部屋の通過を判断するかは、自分にはまったく分からない。だからこそ「無意識」と呼ばれ、意識することが出来ないという属性を持つことになる。「無意識」が自分に理解可能になるというのは形容矛盾ともいえる出来事になってしまう。だから、内田さんが語る「構造的無知」という現象も「無意識」の働きとして理解が出来る。外から行動という現象を見ている人間は、その行動をする人間の「深層心理」を読むことが出来るが、本人は自分の「深層心理」は決して知ることがない。「無意識」の番人が、それを「意識化する部屋」に決して入れないように働いているからだ。最大限の努力を注いで「無知」でいようとする、と内田さんは表現していた。二つの部屋と番人というイメージが僕の中に生まれたとき、僕には「無意識」の概念が生まれたと思った。このイメージは、「無意識」という言葉があったからこそ理解できたイメージのように感じる。もし「無意識」という言葉なしに、そのような番人を言葉の上で想定しようと思っても、その番人がなぜそのような働きをするかということを直感的につかむことは出来ないのではないかと思う。「無意識」という対象をフィクショナルに設定しようとするところに、この概念を生み出す原動力があるのではないか。それに対し、「無意識」という対象がどこかにあって、それが認識されて言葉にされていくという流れでは、「無意識」というぼんやりしたものを概念化することは出来ないのではないか。まず「無意識」という言葉があることが、この概念の誕生には決定的に大事なのではないか。これは数学の虚数にも通じるようなものだろうか。虚数というようなものが数学的世界の中にあって、それが発見されて数学の対象として概念化されたのではなく、虚数という言葉でその対象を積極的に作り上げていったのではないだろうか。それを虚数という言葉で呼ばない間は、それは存在しないものとして数学の世界には入ってこなかったのではないだろうか。つまり、概念化されることはなかったのではないだろうか。実体として存在していないような対象は「あらかじめ与えられた概念」にはならない。それは言語化することによって概念が作られたと考えられる。それでは、あらかじめ実体として存在している対象は、積極的に言語化することなく、実体から概念が引き出されてくるような認識の仕方が出来るだろうか。この想像に devilfish という概念の問題が役に立つかもしれない。この概念は日本語話者の中にはなかった。実体としてのエイやタコの概念は日本語話者の中にはある。しかしそこに実体が存在していても、devilfihs という概念は、その実体から引きだれて「あらかじめ与えられた概念」としては見つからない。内田さんは、生活の役に立たないような雑草に対して名付けていない人たちのことも書いていた。その名付けていない雑草は、その人々にとっては存在していないも同様だった。実体としては認識していても概念化されていないといえるのではないだろうか。その存在が、生活の中で意識の対象として出てこなければ、それが物質的存在として感じられているという認識はあっても、それは概念化されないと言えるのではないだろうか。それは区別される必要がないからだ。そのような対象は、結果的に言語化されることがない。そこから概念化されてもいないのだ、「あらかじめ与えられた概念」ではないのだといえるのではないかと思う。そうすると最後に残るのは、現在言語化されている対象の中で、「あらかじめ与えられた概念」として認識されているものがあるかということが問題になる。人間にとって、それまで概念化されていない新しい対象は、言語を知ることによって新しい概念として獲得されるように見える。少なくとも、経験的な事実においては、新しい概念は、言葉なしに獲得したようには見えない。現在言語化されている対象は、「あらかじめ与えられた概念」を言語化したように解釈しても、現実的には整合性を壊すようには見えない。そうも解釈できるように見える。しかし、現在言語化されている概念が、それが誕生したとき・すなわちまったく新しい概念の獲得であった時は、経験的な事実から見たように、言語化すると同時にその言語のおかげで概念が獲得できるという関係だと解釈したほうが本当のような気がする。誕生の瞬間がうまく想像できる言葉というのはないだろうか。言語が生まれたときというのがうまく想像できれば、ソシュールが語ることをもっとよく理解できるかもしれない。
2008.06.30
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みつひろさんという方から「ソシュールの命題(主張)の論理的理解」というエントリーのコメント欄に、「示差的」ということに関するコメントをもらった。このコメントは、「示差的」という言葉の意味を理解するにはたいへん分かりやすい指摘になっている。「示差的」というイメージは、おそらくここで語られているような内容を指すのだろう。言語のもっている「差異」のイメージが、その概念理解をもたらすということは納得できる。これはこれで納得できるものの、ある種の引っかかりも感じた。それはこのエントリーの表題にもあるように、「示差的」という性質は、言語の現象を事後的に観察して得られる解釈なのか、それとも言語現象にはなくてはならない、それを欠けばもはや言語としての性質を失うというほど重要な「本質」なのか、という問題だ。ソシュールは、この「示差的」という性質を「本質」として捉えているように感じる。それならば、僕も同じように、これを「本質」だと感じられるだろうか。「本質」に対立する言葉に「現象」というものがある。「本質」でない性質は「現象」を記述しているだけと解釈される。それは事物の一面的な真理ではあるが、全体を貫く強い真理ではなく、末梢的な・捨象してもいいような真理として捉えられる。「本質」という概念を理解するのに、このような対立的な「現象」という概念の理解が役立つというのは、ソシュールのいう、言語が「示差的」であるということの一つの証拠にもなっているような気がするが、事実としてそういうこともあるなあという理解では、それはまだ解釈の段階にとどまる。それが確かに真理であるという確信に至るには、論理的な整合性をもう少し詳しく確認する必要があるのではないかと思う。それを考えてみようと思う。「示差的」という性質が言語の持つ「本質」なのかという問題を考える前に、そもそも「本質」というのはどのようなときにそう判断できるのかということを考えてみたい。そのための材料として、武谷三男さんの三段階論における「現象論的段階」と「本質論的段階」の区別などを思い出してみたい。「現象論的段階」というのは、科学の発展において、まずは科学が生まれる最初の段階として、「現象」を記述する段階があるという指摘だった。それはもっとわかりやすい言葉を使えば、見たまま(観察したこと)を、何らかの表現によって記録するということになるだろうか。それは言語による記録が中心になるだろうが、絵や写真での記録もあるだろう。とにかく、感覚で捉えた「現象」を、その捉え方に近いものが残る形で記録する。武谷さんが例として出していた「太陽系の運動」に関することでいえば、たとえば太陽がどのように運動しているように見えるかの記述が「現象論的段階」というものに当たる。それは、東の空から上ってくるように見え、地球の周りを回転しているように見える。「現象」としては太陽が動いているということが観察される。この「太陽が動いている」という記述は、実は太陽系の運動においては否定される判断でもある。地球上に立っている人間の視覚的な真理という面から言えば肯定されるが、地球外の別の立場からこれを観察すれば否定されるという判断になっている。つまり、そう「見えるだけ」の判断ということで、末梢的であり・だからこそ「現象」だという判断がされる。実際には、相対的な運動としては太陽の方が固定的であり、その周りを地球が回っていると解釈したほうが、地球外から見たときの運動としては正しい。太陽が地球の周りを回っているように見えるのは、実は地球そのものが自転という回転運動をしているからだということが分かる。そのような解釈をした方が、天動説的な解釈よりも、地球の運動を含む多くの運動を全体的に正しく解釈することが出来る。「現象」を受け取るだけの天動説的な解釈は、その「現象」に合う部分だけは正しいように見えるものの、その「現象」をちょっとはなれるような視点で太陽系を見てみると、とたんに解釈が整合性を持たなくなる。「現象」というのはそのような性質を持っている。それでは、太陽がむしろ中心にあり、その周りを地球が回っているのだという地動説的な解釈は、太陽系の全体の運動をうまく説明するものになっているだろうか。武谷さんは、このような段階をケプラーの段階あるいは「実体論的段階」と呼んでいた。ここではまだ「本質」という言葉は使っていなかった。それはどうしてだろうか。この「実体論的段階」では、目に見える「現象」の解釈をするのではなく、「実体」としての太陽の大きさ・質量などが考察の対象に入ってくる。地球よりもはるかに巨大な太陽が地球の周りを回る運動をするという整合性に対する疑問が考察の中に入ってくる。この「実体」の性質を考慮することが、太陽が動いているように見えるのは、「ただそう見えているだけ」なのではないかという疑問を生む。「現象」を「現象」として捉えるきっかけをもたらす。ただ、この「実体論的段階」は、あくまでも現実に存在する「実体」を離れて論理を展開することが出来ない。その判断が適用できる範囲は、あくまでも太陽系という具体的な対象に対するものに限られる。これがケプラーの段階を「本質」と呼ぶことのためらいにつながり、それは「実体論的段階」だと呼びたくなる理由ではないだろうか。「本質」というのは、より抽象的で、より全体を貫く真理として提出されなければならないのではないか。武谷さんが語る「本質論的段階」は、ニュートン力学の段階がそう呼ばれている。ニュートン力学では、太陽系の運動を、太陽や地球という具体的な「実体」を対象にした記述にはしていない。それは、質量を持つ物質を支配する運動法則として記述されている。質量を持つ物質ならどれでもニュートン力学の法則に従うものとして記述される。この普遍性・一般性が、科学における「本質論的段階」として捉えられている。世界の捉え方において、運動する物質・すなわち質量を持つ物質というものが存在する世界において、その世界の全体を貫く法則(世界のすべての存在が従う法則)というものがあるなら、それこそがその世界の根本を記述する「本質」だと捉えるのが、武谷さんが語る「本質論的段階」というものになるのではないだろうか。このような理解でソシュールが語る「示差的」という性質が「本質」であるかどうかを考えると、次のような理解になるのではないだろうか。言語を「現象」的に観察する場面というのは、人間が生活の場面で言語を使うところを観察し反省すればいくらでも「現象」を見ることが出来る。しかし、言語全体を集めた世界を貫く、全体性を持った性質というのは、個々の観察だけでは得られない。まずは現象が観察される「実体」をはっきりさせ、その「実体」から抽象される世界の本質を求めなければならない。世界はどのような存在で構成されているのか。太陽系の運動の例でいえば、ニュートン力学という「本質」に到達するためには、世界を質量を持つ物質の全体として捉えることが必要だったように感じる。言語の世界を実体的に捉えるなら、それは個々の具体的な言語現象にはならず、ソシュールが想定したラング(言語規範として理解されるような存在)こそが言語の「本質」を見るための「実体」的な世界になるのではないだろうか。そしてこの「実体」のすべての対象に成立する法則として、「示差的である」という記述がされているのではないだろうか。ニュートン力学が、質量を持つ物質のすべてに対して成立している真理であることから、それが「本質」であると理解されたように、「示差的である」ということが、ラングという世界に存在するすべての言語に対して成立しているなら、それは言語の「本質」であると判断できるのではないだろうか。果たしてこれは確認できることになるか。これは、言語がすでに確立した世界では事後的に確認できる。現在の日本人は、日本語が成立している世界で生きている。おそらく日本語で表現される事柄をすべてくまなく調べてみても、いまある日本語だったらすべて「示差的」であると解釈できるだろう。これは、「示差的である」という性質が「本質」であることの証明になるだろうか。僕にはちょっとした引っ掛かりがある。これだけでは足りないのではないかという思いがある。事後的に行うのは、どこまでいってもやはり解釈になってしまう感じがするからだ。ニュートン力学が、物質の世界で常に成り立つというのは、我々にとって未知の物質があった場合でも、それが質量を持つものであれば必ずニュートン力学に従うのだという主張が正しいと認めるからこそ、それが真理であり、その真理が「本質」を捉えていると評価するのだと思う。この真理性は、「仮説実験の論理」によって確認されるのだが、「示差的」ということの判断でも、同じように「仮説実験の論理」で確認されるような性質であると考えられるだろうか。未知なる物質に対応するものは、未知なる言語あるいは未知なる概念ということになるだろうか。それが言語として・概念として確立したときに、必ず「示差的になる」ということが論理的な帰結として求められるだろうか。これは想像が難しい。物質的存在としてそれが未知であっても、それが質量を持っているという前提を想像することは難しくない。そのようなものは十分可能性の世界の中で思い描くことが出来る。だが、まだ確立していない言語・概念というものは、確立していないだけに思考の対象にもなってこない。ウィトゲンシュタイン的にいえば、思考の限界を超えてしまっている。言語で表現できないものは思考することも出来ない。「示差的である」ということは、事後的に確認は出来るが、論理的な帰結として結論することが出来ない。そうすると、この主張は科学的真理として成立させることが難しくなる。「本質」だと結論することが難しくなるのではないか。三浦つとむさんは、「差別語」を論じたときに、すべての言語は対象の差異的な面を捉えて表現すると考えた。もし言葉が違うものとして表現をするなら、それは違う言葉によって差異を捉えたことを表現していることになると考えていた。つまり、三浦さん自身も言語というのものは「示差的」であることが本質だと考えていたような面がある。言語で表現するということは、対象の差異を捉えたということを意味する。だからすべての言語は、本質的に「差別語」としての側面を持っているのだというのが三浦さんの主張だった。具体的な言語現象を論じる際に三浦さんとソシュールが同じ主張をしているように見えるのは面白い現象だ。これは、具体的な問題を論じる限りでは、真理を捉えた命題は同じものになるということの現われなのだろう。「示差的である」ということは、言語現象の「本質」であるように見えるのに、科学的な証明をすることは困難だ。それはどうしても事後的な解釈のように見える。事後的な解釈のように見えるので、「示差的である」ということを極端に主張すれば、すべての言葉の定義は「循環定義」になってしまう。たとえば男を「女ではない」と定義し、女を「男ではない」と定義すれば、これは「示差的」な定義になっているが、この定義によって男の概念も女の概念もどちらも理解されることはない。概念の理解には、どちらかを循環定義に入り込まないようなものとして定義しなければならない。ある辞書では女のほうを「子を産む能力を持つもの」としていたように記憶している。これを一方の定義に使えば、男のほうは、そのような能力がないものとして定義される。「示差的」というのも、それだけが成立すると考えると論理的に困ることが出てくる。どのような理解をすれば、これが言語の本質だと納得できるだろうか。もう少し深く考えたくなった興味深いものだと思う。
2008.06.28
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内田さんの『寝ながら学べる構造主義』には次のようなソシュールの言葉が引用されている。「もし語というものがあらかじめ与えられた概念を表象するものであるならば、ある国語に存在する単語は、別の国語のうちに、それとまったく意味を同じくする対応物を見出すはずである。」これは一つの命題として考えられる。この命題は仮言命題の形になっており、「ならば」でつながれている。この仮言命題は、「ならば」の前の条件が成り立つとき、必ず結論が成立すると言えるだろうか。つまり、この仮言命題は真であるということが論理的に確認できるものになるだろうか。それを考えてみたい。「あらかじめ与えられた概念」とはどのようなものだろうか。ソシュールは、「名付けられることによって、初めてものはその意味を確定する」と考えていたと内田さんは語っている。ここで言う意味とは、そのものが何であるかを示すもの・すなわち概念だろうと思われる。つまり、ソシュールの考えは、ものを名付けることと概念の発生は同時に起こるのだという主張ではないだろうか。ものを名付ける前に、「あらかじめ与えられた概念」はないと考えていたのではないかと思われる。そうすると上の命題は、ソシュールの考えに反して、「あらかじめ与えられた概念がある」ということを前件としている。これは、一種の背理法を語った命題だと考えられる。つまり後件である仮言命題の結論の方を否定することによって、前件を否定するという論理展開になっている。ソシュールは、上の命題に続けて「しかし、現実はそうではない」と語っているからだ。上の命題は、「あらかじめ与えられた概念というものはない」ということを結論するために立てられた仮言命題なのだ。この結論を引き出すためには、上の仮言命題が真であることが保証されなければならない。上の仮言命題が真であるからこそ、背理法によってその前件が否定されるのだ。さて、この仮言命題は本当に真なのであろうか。「あらかじめ与えられた概念」というのは、言語の発生の前の概念として想定されている。言語が発生する前の概念は、どこでも同じものになるという必然性があるだろうか。もしそのような必然性があるのなら、どこの国でも、言語になる前の概念は同じものが見出せることになる。そして、言語が「あらかじめ与えられた概念」に名をつけるようなものであるなら、同じ概念には、その内容が重なる言語が、別の国語の中にも見出せるだろう。概念が同じなのだから、それを指す語も、意味は同じものになるはずだ。「まったく意味を同じくする対応物を見出す」ことが出来る。「あらかじめ与えられた概念」というのは、ソシュールはないと思っている。ないと思っているものを想像するという難しさはどのようにして克服すればいいのだろうか。概念というのは、頭の中にある認識の像として構成されているものだと思われる。それは、外に存在する対象を視覚などの感覚で捉えて、頭の中にその捉えた感覚を再現するような象が生まれる。この像の特徴を整理し常に同じ像を結ぶようなものとして概念となるという想像が出来る。この概念を言葉で呼ぶならそのイメージも湧いてくるのだが、言葉で呼ぶ前の「あらかじめ与えられた概念」として想像すると、それはどのようなものになるのだろうか。これは混沌として得体の知れないもののように見える。もし得体が知れる単純なものであれば、同じものが見えているのではないかという気もする。もしそこに違うものを見て概念化していれば、その違いがどこかで分かっていなければならないのではないだろうか。そうでなければ「違う」という判断ができるという気がしない。だが、もやもやとした、区別する印を持たない概念は、違いが認識できるだろうか。概念は、言語という印をつけることで区別されるのであって、その印がない概念、もしも「あらかじめ与えられた概念」というものがあるのなら、それは区別のつかない同じ概念になるしかないのではないだろうか。それはある意味では、外に存在する物質の忠実なコピーとしての反映であって、忠実なコピーであるということから同じものにならざるを得ないと結論できるのではないだろうか。「あらかじめ与えられた概念」というのは、本当はないような気がするが、もしあるとするなら、それはどこで認識されようとも外界の忠実なコピーとして同じ面を見ているのではないだろうか。だから、もし「あらかじめ与えられた概念」というものがあるのなら、そしてそれに名前をつけるということをすれば、どこの国でもその概念に重なる、その概念につけた名前としての言語が見つかるはずだ。というのが、ソシュールが語るこの命題の解釈なのではないだろうか。あらかじめ存在しているものがあって、そこから「あらかじめ与えられた概念」が生まれ、それに名前をつけるということが言葉の働きだとするのは「名称目録的言語観」とソシュールは呼んでいるらしい。もしこの言語観が正しいのなら、上の命題とあわせて、どこの国の国語であろうとも、その「あらかじめ与えられた概念」に対応する言葉があるはずで、ある国語にはあるが、他の国の国語には見つからないという言葉はないということになる。しかし実際にはそういう言葉がいくつも見つかる。それは、人間が概念を作るときに、どのような具体的な生活をしているかということが大きな影響を与えるからだ。生活の中で魚が重要な位置を占めている国では、魚という存在の細かい面を見て認識することになり、魚から多くの概念が引き出されて言語化される。この概念は、「あらかじめ与えられた概念」ではなく、言語化することによって概念化されたものだとソシュールは主張する。生活習慣の違いが言語に反映するということは結果的に分かる。だが、この違いは、概念化においては影響を与えないかどうか。ソシュールの主張は、この概念は言語化することによって同時に概念として成立し、その生活習慣を持っている国の人間が概念として頭の中に持つことが出来るという。この概念は、言語化していない間は、物理的に見ていても、認識としては見えていない。つまり、「あらかじめ与えられた概念」としては成立しないとソシュールは見ている。「あらかじめ与えられた概念」は、あくまでも単純なもので、ぼんやりと大きな違いを認識しているだけのものになっているのではないか。だからこそそれはどの国でも同じものになってしまうはずだと考えているのではないかと感じる。「あらかじめ与えられた概念」というイメージがどうしても今ひとつうまくつかめない。だから、もしそれがあるとしたらどうなるかという想像がうまく出来ない。結論としては、そのような概念はないのだと言いたいのだが、それが直接はいえない。だから間接的に背理法で「ない」ということを言っているような気がするのだが、「ない」ものを前提にして想像することの困難さを強く感じている。ソシュールのこの命題が真であると理解しようとしているのだが、とても難しい。もっと簡単に解釈して理解する方法があるのかもしれないが、どうも見つからない。だが、これが真であると認めるなら、次のソシュールの命題とのつながりを見るのは難しくない。「あらゆる場合において、私たちが見出すのは、概念はあらかじめ与えられているのではなく、語の持つ意味の厚みは言語システムごとに違うという事実である。」これは具体的には devilfish とエイやタコとの比較で確認している事実だ。「語の持つ意味の厚み」という言葉で語られるそれぞれの国語の語彙の違いが、「概念はあらかじめ与えられているのではなく」ということを、最初の命題から導いているという関係になっている。異なる国語の中に、「まったく意味を同じくする対応物」を見つけられないからだ。このような論理展開から最終的に結論されるのは、・概念は示差的である。という命題だ。これがソシュールの主張の最も重要なものになるだろう。これは、その意味をより詳しく説明すると次のように書かれている。・概念はそれが実定的に含む内容によってではなく、システム内の他の項との関係によって欠性的に定義されるのである。内容によって概念が決まるなら、それは「あらかじめ与えられた概念」として想定できる。ある種の内容を認識して、それが概念を形作るのだと考えれば、言語なしに認識だけで概念が成立する。「あらかじめ与えられた概念」になってしまう。しかし、「あらかじめ与えられた概念」というものがないのなら、概念は、そのように内容で決まるのではないと結論しなければならない。内容で決まるなら「あらかじめ与えられた概念」が出来てしまうからだ。概念が、言語化すると同時に生まれるものなら、言語化したことによって言語体系(語彙など)の中で、それは他の概念と比較されるものになる。そしてそこに差が認識される。その差こそが概念を形成する決め手になるというのが、「概念は示差的である」という言葉の意味ではないかと思う。この主張は、概念と言語が同時に生まれるということから論理的に導かれてくるのではないだろうか。ソシュールが語る命題の中で、どうしても最初の命題の論理的な理解が難しい。それが成り立つことさえ確認できれば、その後の命題は、最初の命題の正しさから導かれていくもののように見える。最初の命題の難しさは、本当はないと思っているものがあるかのように想像されるとどうなるかという、実現不可能な事柄の論理展開を伴っているからではないかと思う。もしもっと分かりやすい観点があるのなら、それを学んでみたいと思うが、今の段階ではここまでの思考の展開しか思い浮かばない。「概念は示差的である」という結論は、今のところは確信を持って納得したとは言いがたい。しかし、正しいのではないかという気持もどこかにある。もし納得することが出来るような、論理展開を追いかけるような理解が出来たら、僕はソシュールの偉大さを深く感じることが出来るようになるだろう。正しいことを適切に語る人間は、偉大な知性の持ち主だと思うからだ。そういう理解に一歩でも近づきたいと思うものだ。
2008.06.26
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僕は夜間中学に勤務をして今年で18年になるが、その間大部分を日本語を教えるということをしてきた。夜間中学には外国籍の人が多く、まずは普通の会話が出来るようにして、日常生活が送れるようにしなければならないという要求がある。そのために、本来は義務教育の中学校では教えない日本語を教えるようになっている。この日本語教育はすでに長い歴史を持っているのだが、昔から言われてきたことは、彼らの外国人としてのアイデンティティを大事にしなければならないという主張だった。日本語を教えることは現実的な要求からなので仕方がないが、その事によってアイデンティティを失わせて、日本に同化させるような結果になってはいけないということだった。これは一理ある考え方だが、「同化させる」という内容をどう捉えるかで、もしかしたら不可能な遂行的命題になっていないかということが疑問として湧いてきた。「同化」ということを、一切の日本的なものを排除して、あくまでも自分の国のものの考え方の枠を守っていくという純粋なものと捉えると、日本語の学習はまったく出来なくなってしまうのではないかと感じるようになった。ソシュールが語るように、言語というのは、それを学ぶことによって認識の仕方や思考の仕方に大きな影響を与え、その言語を使うことによって世界が変わるような経験をする。そして、それが意識せずに行われるところに、その言語を自由に扱うという現象が見られる。意識的にその言葉を使うことを考えながら話している時は、実はそれはその言語を自由に扱っていることにはならない。言語を自由に扱うには、その言語が規定してくるような制約を忘れて、主観的にはまったく自由だと感じながら言語規範の制約を受け入れなければならない。それが出来ない間は、なかなかその言語が口から出てくるということがない。その外国語を聞いて、頭の中で自国語に翻訳して、聞いたことを理解することは出来るが、いざその外国語で話そうとすると自国語の思考の枠が発話を邪魔するというのは、自分が学んできた英語が、本を読むのならある程度理解できても会話ができないということから、そのとおりだなと感じるものだ。外国語を学ぶには、その外国語が規定してくるものの考え方にまず同化する必要があるのではないかと思う。そして、同化して外国語がある程度自由に扱えるようになってから、どうしても同化しきれないところがあったときに、それに伴う言い方にこだわるというような態度で学習することが効率的なのではないかと思うようになった。「同化する」ということが悪いことで、最大限これを避けなければならないという前提で学習すると、それはまったく効率の悪い学習になってしまうのではないかと感じるようになった。まずは同化することこそが必要なのだと思う。その同化したことの評価は、外国語が自由に扱えるようになってから考えるしかないだろう。もし同化がいやなら、外国語を学ぶことをあきらめたほうがいいのではないかと思う。日本的なものの考え方の同化に、人称代名詞の問題があるような気がして、あるときこんな質問をしてみた。日本では、夫婦の間でお互いを「お父さん」「お母さん」と呼んだり、自分の父母を「おじいさん」「おばあさん」と呼んだりすることがある。実際僕もそうだった。これは、自分の子どもから見た見方で対象となる相手を呼んでいることになる。自分から見れば「お父さん」であるのに、子どもから見ると「おじいさん」だから、いつしか自分の父親を「おじいさん」と呼んでしまうことがある。このような習慣は外国にはあまりないということを聞いていた。実際に中国からきた人にたずねたら、このような言い方はしないという。アメリカ人なども夫婦の間は名前で呼び合うし、夫婦だけでなく、親しい間にある人はお互いを名前で呼ぶようだ。中国では「その子のお父さん」とか「その子のお母さん」というように、子どもの名前をつけたりして呼ぶことはあるそうだが、自分のお父さんじゃないのだから、「その子の」という言葉なしにはそういう使い方をしないそうだ。だが、長い間中国で暮らして引き揚げてきた残留孤児の一人が、孫が生まれて孫の相手をしている間に、いつしか自分のことを「おじいちゃん」といい、妻のことを「おばあちゃん」と呼ぶようになったという。その人は通訳をしてくれるほど日本語に堪能になったのだが、中国で生活している間は、すっかり日本語は忘れてしまっていたという。日本で日本語を学び、それが上達するにつれて、やはり日本的なものの考え方が浸透してきたという感じがする。また、そのように浸透したからこそ日本語がうまくなったとも言えそうだ。日本では子どもの目線で人称代名詞を使うということがある。また、人称代名詞そのものも、辞書的な意味ではすべて「私」と重なるのに、不必要だと思えるくらいたくさんあるような気がする。「私」を意味する言葉では、「おれ」「じぶん」「わし」「わたくし」「あたし」「うち」「われ」「あちき」など、中には方言のようなものもあるが、英語のように I だけで済ますということをしない。「私」という主体はいつも同じなのに、日本ではその「私」が人間関係の中で、どう名乗るのがふさわしいかということを考えながら言葉を使わなければならないという社会の要請があるのではないかと思う。そのために、辞書的には同じ意味なのに、多くの違う言い方が存在するという言語になっているのではないかと思う。去年の流行語では「KY」と呼ばれるような言葉があって、このKは「空気」という言葉を表していた。日本では「空気」と呼ばれる場の雰囲気を敏感に察知して、その場にふさわしい言葉を使うことが要求される。それが「空気を読む」ということになる。それが出来ないと「空気が読めない」といわれるわけだ。そして、空気を読んだかどうかは、同じ意味であるのに、どのような言葉を使ったかという「言葉遣い」の違いでも判断される。日本語は、辞書的な意味は同じであるのに、実にいろいろな使い方があり、しかも一つの言い方だけ覚えておけば大体は大丈夫だという便利な言葉が少ない。まったく無関係な人間と、単に買い物をするだけとか、自分の生活に影響のない会話をするのではなく、特定の人間関係を築こうと思ったら、その相手にふさわしい言い方は何かということを知らなければならない。日本語に敬語の言い方が多いのは、相手をどう思っているかが相手に伝わるような「言葉遣い」があって、その言葉を使うだけで日本ではコミュニケーションが円滑にいくようになっていることが原因しているのではないかと思う。日本はそういうふうに、相手の気持を「忖度」して、自分の気持ちを相手に伝えることを重視する社会なのではないかと思う。だから、そのような配慮に欠ける「言葉遣い」をすると、自分ではそのような意識はないのに、相手はそこから悪意を読み取ったりして誤解されることが多いのではないだろうか。日本語は一つのことを伝えるのに多様な言い方を用意している。その一つ一つに、その表現をした人間の気持がこまやかに反映する。これは日本語の長所の一つでもあり、文学的表現には実に有効な言語ではないかと思える。一つの表現からさまざまな想像が浮かんできて、そこに込められた人々の気持が多様に伝わってくる。豊かで深い表現が可能な言語として日本語はあるのではないだろうか。また、解釈の余地がたくさんあるために、論理的には曖昧になるという欠点も伴っているかもしれない。外国人が日本語を学ぶときに「助詞」の使い方が難しいというのはよく言われることだ。これは、「助詞」というものが文法的に存在する言語が少ないので、まったく新しい概念でもあるので難しいということがあるだろうが、辞書的にはどちらの「助詞」でも意味は変わらないのだが、その場にふさわしい「助詞」はこちらのほうだという、「助詞」の使い方の問題も難しさの一つではないだろうか。「が」と「は」の使い分けの問題などは、そのようなものを感じる。多様な表現がある中で、どれを選ぶかというのは、日本的なものの考え方(相手の気持を「忖度」し、自分の気持ちを正しく伝えようとする。しかもそれをあからさまに伝えるのではなく、ほのめかす程度でも伝わるようにするという)が分からないと、どうしてそのような言い方をするかということが分からないのではないだろうか。これは若い世代では弱くなっているのではないかと感じる人もいるかもしれない。若い世代は、自分たちとは違う世代に対しては、このような言葉遣いの配慮をしていないように見えるからだ。しかし、若い世代は、同世代の間では空気を読むことに神経を尖らしているのではないだろうか。自由にものを言っている人間はあまりいないのではないだろうか。これは、日本語というものの体系(言語規範の特徴)が、そのような特質をもっているため、日本語を使う限り避けられない制約となっているのではないだろうか。日本語を学習するには、このような感覚の同化がどうしても一度は必要なのではないかという気がしている。そして、もう一つ重要だと感じるのは、今度校内研修でも扱うのだが、「うなぎ文」と呼ばれる日本語の使い方も、極めて日本的な感覚から来るものではないかと思うのでこの感覚にも一度は同化する必要があるのではないかということだ。「うなぎ文」というのは、蕎麦屋での注文を聞くときに、「僕はうなぎだ」と答えるような日本語の使い方だ。これを文字通り辞書的に解釈すると、人間である「僕」が実は魚の「うなぎ」だったということになってしまうが、日本人でこのような解釈をする人はいない。これは「僕が注文する料理はうなぎだ」という意味で了解される。このような長ったらしい表現が省略されて「僕はうなぎだ」ということになる。日本的感覚では、相手との関係で分かりきっていることは省略されるというものがある。これが日本語の使い方にも反映される。こまやかな感覚を伝えるために助詞の使い方にも気を使う日本人が、これは分かりきっていると思えば、その言葉を省略して表現しないのだから、外国人には難しいだろう。英語では「I love you.」という言葉があるが、日本ではこのような言い方はしないだろう。二人きりで男女がいる場合、わざわざ一人称と二人称をつけて「私はあなたを愛している」という日本人はいないだろう。もっとも、「愛している」などという言葉自体も日本人は使わないかもしれないが。それは言葉に出さなくても、目と目を見れば伝わるという感じなのかもしれない。だが、言葉に出して言うならただ「愛している」という言葉だけだろう。「私」と「あなた」という言葉をつけると、何と他人行儀なと感じてしまうだろう。「本当に愛しているのかしら」と疑われてしまうかもしれない。だが英語で I や you を省略することは出来るだろうか。これは出来ないのではないだろうか。英語は主語というものを絶対的に必要とする言語で、日本語で言えば主語なしに「雨が降っている」という状況の表現だけですむのに、「 It rains.」と、「It」という主語がなければならないという。これがおそらく英語という言語が規制してくる「ものの考え方」なのだろうと思う。ソシュールが言うように、言語というのは人間が世界をどう見るかという認識に大きな影響を与えてくる。ある言語を使うということは、その言語を身につけた人間の世界を規定してくる。自由に世界を認識し思考しているわけではない。それは本当なのではないかと思う。この規制は、言語を自由に扱える人間にはまったく意識されないので、言語が自由であることが思考の自由さを奪っているとも言える。それを意識化できるようにするには、言語というものの働きを再帰的に反省したときだけだろう。その点に注目したのがソシュールであれば、同じような問題意識を持っている人間には、ソシュールの主張はたいへん参考になり、その優れた面を理解できるようになるのではないかと思う。
2008.06.26
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僕は、日本語教育に携わり、専門としていた数学も数理論理学という、どちらかといえば言語学に近いものだった。その意味ではソシュールを「言語学」の象徴と考えれば、僕はまったくの素人とは言えないかもしれない。だがソシュールを専門に勉強してきたわけではなく、ソシュールに関する知識も乏しい。ソシュールが語ったことを直接読んだこともない。すべて誰かの解説を読んだだけだ。その意味で自分を素人と呼んでもいいだろうと思っている。このような素人が、何か専門領域にかかるような事柄を学ぶということにどのような意義があるかを考えてみたい。一つ思いつくのは内田樹さんが、自分の専門外のことについて語るときによく言っていたことだが、素人の目が専門家が見逃していたところに注目することがあるという意義だ。内田さんは、『街場の~』という名前の著書がいくつかあるが、そこで語られているのは、専門家は最初から自明の事としてあまり顧みない、ほとんど解説しないことについて自分は考えるということだ。そのようなことを「まえがき」などに書いている。内田さんが入門書を書くのもそのような意識からだ。専門家の書いた入門書は、ある程度予備知識がある人が全体をまとめるような感じで、要約しているような入門書になる。教科書的と言えばいいだろうか。そのような入門書は、教科書であるから、誰かが教えてくれなければよく分からないところが多いだろう。しかし、専門家ではない素人が入門書を書くなら、その素人が最初は分からなくて苦労したところを、いかにして理解に到達したかという書き方をする。このような入門書は、同じような躓きをしていた人間にはとても分かりやすいものになる。また、専門家ではない素人は、あまり細かい議論に深入りすることが出来ないので、末梢的なところを省いて根源的な原理的なことに注目するということもある。仮説実験授業などもそうだが、科学の根源的な事柄に注目して学ぶことは子どもたちの学習意欲を掻き立てるという実践が報告されている。よい入門書は、その学問に対する興味と関心を大きくさせてくれる。このように素人がある種の専門領域に手を出すことにはそれなりの利点がある。だが、内田さんは素人とは言っても、学問という領域においては専門家の一人だから、これがまったくそのようなものと関係ない人にとっても同じだとは言えないだろう。そういう素人にとって、ちょっと学問でもしてみようかということは、衒学的な意味しか持たないものだろうか。もし末梢的な知識を身につけて、その知識を披露することが目的になってしまえば、それは文字通り衒学的な意味しか持たないだろう。しかし、よい入門書にかかれているような根源的な問題を知るきっかけとして学問に触れることが出来れば、その学問自体については素人のままにとどまっていても、自分の人生や周りの社会を見る時の目(メガネ)は、ある種のものの見方の基本を身につけた人間の正しい判断をもたらす見方になるのではないだろうか。ここに素人が専門領域を学ぶことの意義があるように感じる。僕がソシュールを学びたいと思うのも、ソシュールが言語と人間の関係について、根源的に重要なところに注目して考えた人ではないかと思えるからだ。そうでなければ、世界の最高の知性の持ち主たちに、これだけ長い間支持されるような考えを残せなかったのではないかと思う。それが何かを知りたい。ソシュールの細かい専門的な言語論の知識は必要ないけれど、言語と人間の関係で、何が最も注目に値するものなのか、それがどうして大事なのかということを理解したいと思う。ソシュールに関しては、個人的な思いもある。ソシュールとの最初の出会いは、僕は三浦つとむさんの批判を通じてだった。三浦さんが批判する部分は、なるほどそうだろうなと思えるようなところだったが、それがそう思えるようなところだっただけに、ソシュールにはもっと豊かな他の面があるということに思いが至らなかった。三浦さんが批判していないソシュールは、いったいどういうことを語っていたのかということを考えずに来てしまった。それが、内田さんが語るソシュールを知ることによって、三浦さんとソシュールでは、そもそも言語について注目している側面がまったく違うのではないかという気がしてきた。ソシュールは、表現された具体的な言語については関心を持っていない。三浦さんが対象としている言語は、ソシュールでは対象になっていない。これでは、三浦さんにとっては、ソシュールの優れている面を取り上げるということはあり得ないだろうと思った。ソシュールと同じような問題意識を持つ人がソシュールを高く評価するのだろうと思った。そのソシュールが考えた根源的なものを教えてくれる文章として内田さんの文章は僕の目にとまった。『寝ながら学ぶ構造主義』(文春新書)は良い入門書だと思う。その中から、ソシュールが考えたことの根源的で重要な部分を表現したと思われる命題をよく考えてみようと思う。まずは、・言葉とは「ものの名前」ではない。という命題だ。これは、この命題だけを単独で取り上げれば、とても正しいとは思えない。間違った主張のように思える。「ものの名前」を表す「名詞」と呼ばれる言葉はたくさんあるからだ。ウィトゲンシュタインのように、名詞以外の他の品詞・たとえば動詞や形容詞などもすべて「名」というカテゴリーでくくってしまえば、すべての言葉は「ものの名前」ではないかという感じもしてくる。この命題が正しいという納得をするためには、ソシュールがこの命題で想定している「状況」あるいは「前提」というものをもっと深く考えなければならないだろう。ある前提の下では、この主張が正しいと納得できることがあるのだ。「ものの名前」があふれていて、存在するものにすでに名前がつけられている現代社会では、上の命題は間違った主張のように聞こえる。しかし、この命題を、言語というものが今まさに誕生しようかという状況で考えてみるとどうだろうか。言語はいま誕生しようとしている。ということは、言語によって言い表したい対象には、その時点ではまだ「名前」がついていない。現在生きている我々は、何か存在する対象を見たりしてそれを認識すれば、我々の持っている概念とそれに対応する言葉によって、その存在する対象の「名前」を呼ぶことが出来る。ここには、言語は「ものの名前」だという経験を生むという面があることが分かる。その「名前」が直接分からなくても、「何か大きなもの」とかいう言葉でその対象を表現することが出来る。我々の経験は、「ものは表現する前からそこに存在していた」ということを教える。これは唯物論の考え方であり正しいものだろう。言語にあふれていて、何をするにも言語が関わってくる現在は、言語によって教育も行われ、言語があることが当たり前の日常になっている。このような状況では、言語は「ものの名前」であり、そのことの真意は、「ものは名前で呼ばれる以前からそこに存在していた」という唯物論的把握が正しいという主張に通じる。このような把握の下では、対象としての存在を人間が認識し、その認識を言語によって表現するという、「対象-認識-言語」という過程的構造が言語の本質だという三浦さんの「言語過程説」が正しい把握のように感じる。しかし、これは言語現象にあふれている現在の言語を考察の対象にしたときにそう考えられるということではないだろうか。言語がまさに今誕生しようとしている状況では、この把握が違ってくるのではないだろうか。ソシュールが問題としたのは、そのような状況での言語の把握であり、そのような時は「言語は『ものの名前』ではない」という命題が正しくなるという主張ではないだろうか。言語が誕生するときというのは、その「もの」にはまだ名前がついていない。だから論理的には、それを名前で呼ぶことは不可能だと結論されるだろう。名前がないものを名前で呼ぶというのは、「名前がない」と「名前がある」という二つの肯定命題と否定命題が両立してしまうという主張になるからだ。論理の世界ではこのような矛盾は許されない。だから、言語が誕生する瞬間では「言語は『ものの名前』ではない」という命題は論理的な正しい帰結であるといえるだろう。上の命題が正しくなる状況というのは、言語が誕生するときだったのではないかと思う。そして、この命題が正しいと確認されると次の命題がまた正しいものとして提出される。・名付けられることによって、初めてものはその意味を確定するのであって、命名される前の「名前を持たないもの」は実在しない。この命題についても、これだけを単独で取り出して考えると、「実在しない」という言葉に引っかかる。これを「現実に存在しない」という意味で受け取ると、「存在しない」という意味のほうが重くなり、「現実に」という条件のほうが忘れられる恐れがある。そうすると「存在しない」ものなど永久に名付けることが出来ないのだから、このようなことを考えること自体に意味がないと受け取る人もいるのではないかと思う。ここで語っている「実在」は、「存在」と同じ意味ではない。内田さんは、英語表現にはある devilfish(悪魔の魚)という言葉が日本語にはないということから、devilfish という「存在」は、日本語話者には「実在」しないという説明で「実在」という言葉の理解を求めている。devilfish は実体としてはエイとタコのことであり、この名前は日本語にもあるので、エイとタコは日本語話者にも「実在」と感じられる。だが、devilfish という概念がない日本では、その対象になる「もの」は、エイやタコは見えていても devilfish は見えていないということになる。この「見えていない」ということが「実在していない」ということの意味になる。「実在」というのは、単に物質的に「存在」しているということではなく、人間がそれを思考の対象にし、意味を理解することが出来るという、その概念を持っているということとして理解しなければならない。そう理解すれば上の命題は正しいものとして受け取れるだろう。ここで考えた二つの命題は、言語と人間の関係というものを考えるうえで根源的に重要になるものではないかと思う。特に、その解釈において、うっかりするとこれらの命題は観念論的妄想だと解釈しそうな余地を持っている。そう解釈してしまえば、ここに含まれている真理に気づくのは難しいだろう。だが、この命題が正しくなるような状況を設定して解釈すれば、言語と人間についてまったく違う側面からの見方が発見できるのではないだろうか。それこそがソシュールの偉大さではないかと思う。この偉大さを一つでも多く感じたいものだと思う。それが素人がソシュールを学ぶ意義にもなるだろう。
2008.06.25
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現実に起こったある出来事を観察したとき、それが確かに「事実」であると判断できるのは、二項対立的な問いに明確に答えられるかどうかで決まる、と僕は考えた。グリーンピースをめぐる事件において、彼らが鯨肉の荷物を「持ち出した」か「持ち出さなかった」かという二項対立的な問いには「持ち出した」と明確に答えることが出来る。だから、「持ち出した」ということは「事実」だと判断できる。これに対して、その行為を「窃盗だ」「窃盗でない」という二項対立的な問いを立てると、それに対しては明確に答えることが出来ない。「窃盗だ」という解釈も出来るし、「窃盗でない」という解釈も出来る。どちらか一方の解釈をする余地がなければ、これは「事実」として確定するが、それが出来ない時は「事実」にはならない。「解釈」の段階にとどまる。この両者の違いは何に由来するのだろうか。それは「持ち出した」という言葉の概念(意味)と、「窃盗だ」という言葉の概念(意味)の違いからそのような判断の違いが出てくるように思う。「持ち出した」という言葉が正しいかどうかの判断には、その行為者の意図というものを考慮する必要がない。外から観察する行動面だけで判断が出来る。物理的な情報データのみで結論が得られる論理展開がなされていると考えられる。ちょっと面倒ではあるが、この論理構造をもっと細かくしてみると次のようなものになるのではないかと思う。まず、「持ち出した」という言葉の概念を、どのような条件が満たされればそう判断できるかという「仮言命題(条件命題)」として考えてみよう。それは次のような条件になるだろうか。 ・対象となる物質の位置が移動した。 ・位置の移動を行った主体が誰であるかが明確に指摘できる。「その所有者の承認を得ていない」という前提は、「持ち出した」という言葉の定義に関わるものではなく、「不当性」に関わるものだと思われるので、これは「持ち出した」という判断の前提には含めなかった。上の二つの前提が満たされるなら「持ち出した」という判断の正しさ(つまり真理性)が結論されると考えられる。これは、 A ならば 「持ち出した」 B ならば 「持ち出した」という仮言命題において、AとBの真理性が確認されれば、この仮言命題が正しい限りにおいて、その真理性が保存されるという論理法則によって、「持ち出した」という結論の真理性が主張できるということからそう考えている。上で考えたように、AとBに当たる条件は、人間の主観が入らない、物質的現象の観察だけでその真理性が判断される。それが、「持ち出した」ということが「事実」であるかどうかが判定できるということの決め手になっているように僕は感じる。それに対して、「窃盗」という行為は、それが行為であるということからも、主体の意図というものが判断に深く関わってくる。人間の主観というものが判断の対象に入ってきてしまう。「窃盗」という行為において、主体の意図という主観に関わらない部分だけに注目してみると、その定義は次のように考えられるだろうか。 ・その対象となる物質の所有権が「窃盗」をしたとされる者にない。 ・本来の所有権があると考えられる相手の承諾なしに対象となる「物質」を移動させた。 ・所有権の保証を得る前に、その対象物を恣意的に処分した。主観に関わらない現象的な面だけを取り上げればこのような前提が見つかるだろうか。この前提が満たされれば、それだけで「窃盗」が成立すると定義するなら、グリーンピースの行為は「窃盗である」ということが「事実」となる。しかし、「窃盗」には、その意図があったかどうかという主観の判断がなければならないのではないか。言葉の定義として、そのような条件が必要なのではないかと思う。つまり ・対象となる物質を、自分のエゴイスティックな利益を目的として使用する意図を持っていた。という条件が正しいかどうかの判断が入ってくるのではないだろうか。この条件には「エゴイスティック」という言葉が含まれていて、この中にまた主観をどう捉えるかという判断が入り込む。エゴイスティックではないという判断は、「公共性がある」ということから保証される。だから、グリーンピースの行為が、公共性を持っている行為であるなら、それは「窃盗である」という判断の前提(条件)を満たさないと考えられる。ここにこそ解釈が別れる余地が見出せるだろう。「窃盗だ」という解釈が「事実」として確定されるかどうかというのは、このように多くの前提となる条件を一つずつ確定していって、それが二項対立的な問いに分解されたとき、そのすべてに明確に答えが得られたときに、その「解釈」は「事実」として確定するだろう。現実には「窃盗だ」という解釈は、100%完全に「事実」として確定させられるということはないだろう。どこまでも、主観が関わることには異論の余地が残されるからだ。しかし、実際の裁判などでは、100%の確定は出来なくても、90数%確定できれば、「窃盗だ」ということが妥当だという事実性の判断をするだろう。僕は、報道される限りでの「事実」を眺めると、グリーンピースの行為が90数%の範囲で「窃盗だ」と判断されるという論理の展開には無理があるのではないかと感じる。彼らの行為に、普通の意味でのエゴを感じないからだ。むしろ彼らが告発している「横領」という行為が「あった」か「なかった」かという二項対立的な問いのほうが見捨てられていることが気になる。これは、それほど簡単に「なかった」と判断できる事柄になっているだろうか。「横領」という言葉の定義を考えてみると、意図を抜きにした現象だけなら次のような条件が考えられるのではないだろうか。 ・対象となる物質の本来の所有権は、横領しているとされる人物にはない。むしろ、それはある組織または公共の物であるとされる。 ・本来所有権がないとされる物を、恣意的に処分できる状態にしている。つまり所有権の移動を正当な手続きなしに行っている。外面的な部分で、調査捕鯨の乗組員が行った行為が、「横領」には当たらないという判断は難しいのではないだろうか。「慣習だった」ということから、それが正当な手続きを経ているという主張は出来ないのではないか。そうであれば、外面的には「横領」に見えてしまうような行為が「横領」ではないと主張するために、その意図を問題にしなければならないだろう。「慣習だった」ということは、その意図に関するものとして意味を持つだろう。「慣習だった」ので、それが「横領」だという意識はなかったとも考えられるからだ。だが、この場合は意識がなかったから「横領」ではないという判断にはならないだろう。それは「横領」とは知らずに「横領」をしてしまったという判断にはなるが、「横領」ではないといえるかどうかは難しい。知らずに行ってしまった行為は「過失」として、意図的に行った行為よりは情状酌量されて罪は軽いと判断されるかもしれない。知らなかったのだから、罰するというよりも教育の対象とされるかもしれない。「窃盗」の場合は、意図がなかった場合には「窃盗だ」と判断されないときもあるだろう。その所有者が誰であるかを勘違いして、違う人にその物質を渡してしまった場合など、現象的には本来の所有者でない人間に物が渡ってしまっているので「窃盗」のようにも見えてしまう。しかし、それは「窃盗」の意図を持って行った行為ではなく、間違えて行った「過失」になる。それがどのような罪の名で呼ばれるかは分からないが、これを「窃盗」だと呼ぶにはためらいを感じる人が多いだろう。「窃盗」の場合は、その肯定判断においては意図があるかないかが重要になる。それに比べて、「横領」の場合には意図よりも対象となる物質が、本来は組織の所有であるのか公共のものであるのかという、存在の持つ属性のほうが重要になる。それが本来は個人のものではないと判断されるなら、「横領」の意図があるかないかに関わらず、個人の種有であるかのように処分すれば、それは「横領」と判断されるだろう。宮台氏がマル激で語っていたが、これまでの行為に関してはそれが「慣習」だったので、本来は「横領」に当たるけれども、その意図がなかったので情状酌量してこれまでの行為に関しては免罪するという論理はありだと考えることも出来るという。しかし、これからは、それが「横領」であることが分かったのだから、これからの行為に関しては「横領と分かっていながらやるのだから」すべて「横領」として告発される、と語るなら論理的な整合性がある。この解釈はなるほどと思った。「横領」の告発を検察が不起訴にしたのは、もし「慣習」だからという理由が一番大きいなら、本来の意味での正当性はないのではないかと考えられる。つまり、本来は組織あるいは公共のものと考えられるものを、個人の所有にしてしまうことに、この鯨肉の場合は正当性が見つからないのではないか。「横領ではない」ということの主張の、客観的な正当性は説明されていないと受け取れる。これは検察の判断としてはいかがなものかと思う。「窃盗でない」という判断が必ずしも「事実」として確定しないので、彼らを容疑者としてその判断を確定させるために調べるという方向を取っているのに、「横領でない」という判断は、いとも簡単に「事実」として確定させている。これは恣意的で不公正ではないかと感じる。どちらも簡単に確定しない解釈なのだから、同じように扱うべきではないのか。それがフェアで公正な扱いではないのだろうか。「横領でない」という判断は、事実を査定すれば90数%確かだと言えるものなのだろうか。そう言えるなら、疑問をもつ多くの人に対してそれを証明することが公共性だろう。国家権力はそのような公正さを示すべきで、それが出来ない国家は民主国家とは言えないのではないか。もし検察が、「横領である」という告発に対しても、それを確定させるために調査をするという姿勢を見せれば、「窃盗だ」という容疑で調査することにも同等の扱いだという整合性を感じるだろう。しかし、一方を不起訴にするという扱いを見ると、「窃盗」に見えるような行為をしてでも証拠をつかまなければ、「横領」のほうはまったく告発に意味がないという現状を示していることにならないだろうか。検察の不公平な扱いは、むしろグリーンピースの行為が、たとえ「窃盗」のように見えようとも、実は正当性を持っているのだと解釈させるのではないかと思う。僕にはそのように見える。
2008.06.24
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マル激では、神保哲生・宮台真司の両氏がその週のニュースについてコメントをする時間が最初にある。本編の議論に入る前に、今日本で起きているさまざまな出来事の中で、流通している情報とその解釈に対して、それは違うのではないかという注意を向けるようなコメントをそこではしている。今週もいろいろなニュースを扱ったが、それに共通するものとして、「事実と解釈」というものが頭に浮かんできた。さまざまなニュースの中で、そこで語られていることのどれが「事実」で、どれが「解釈」に過ぎないものなのかを見分けるリテラシー(読解能力)が重要ではないかと感じた。「事実」というのは論理的に言えば「真理」と重なるものだろうと僕は思う。それは、それを言語として語る命題と、その命題の内容が現実に成立しているということから、「事実=真理」だと判断される。それに対して、「解釈」のほうは、現実に成立しているかどうかがまだ決定されておらず、現実に成立している事柄を、我々がどう受け止めているかという、我々の認識の方を指す概念だ。だから解釈の方は、それが「事実」として確認されれば「真理」と呼ぶことが出来る。「事実」はわれわれの外の世界に対する判断であり、「解釈」は我々の頭の中(認識)に対する判断だと言っていいだろう。この「事実」と「解釈」はウィトゲンシュタイン的な「事実」と「事態」に重なる概念ではないかと僕は考えている。「事実」とは、ウィトゲンシュタインでも現実に起こっている事柄を指すので、僕が考える「事実」と同じものになる。「事態」のほうは、ウィトゲンシュタインでは、論理空間における可能性を語る命題として提出されていた。それは現実にはまだ起こっていないが、起こってもいいものとして可能性を持っていた。その可能性は、「名」の論理形式から判断される、表現可能な命題を作ることによって得られる。ウィトゲンシュタインの「事態」は、論理空間に含まれる「名」を使って、それが言語として表現できる形式を作ることによって命題として語られていた。こういうことが起こってもいいだろうというような命題だ。これは、「解釈」という言葉の辞書的な意味に重なるものだ。ウィトゲンシュタインにおいては、論理空間が持つ性質を分析するために、「事実」一般や「事態」一般を考察することが重要なものになっていた。具体的に「事実」を確定したり、どれが「事態」であるかという説明はなく、ある意味では理論の全体にはそれは必要ないものとして考察されていなかった。これは、思考の限界を求めたいという目的からは整合性のある扱いかただと思う。だが、「事実」と「事態」(解釈の結果得られた命題)を、現実世界で具体的に区別してみようとするのは、ウィトゲンシュタインの目的と外れてしまうが、現実の受け止め方を反省するのに役立つのではないかと感じる。現実に目の前に起こった出来事の、自分が見ている側面を判断したとき、その判断が果たして「事実」に当たるものなのか「事態」(解釈)に当たるものなのかを自覚することは、現実認識において正しい判断に結びつくのではないだろうか。マル激で語っていたニュースで印象的だったのは、グリーンピースを巡って起こった鯨肉の持ち出しの事件だった。僕は、いま慎重に「持ち出し」という言葉を使った。しかし新聞などでは、「窃盗」などという言葉で報道されているものもある。僕は、「持ち出し」は「事実」ではあるけれど、「窃盗」は「解釈」だという判断から、自分の表現する文章では、あの事件を語るときに「窃盗」という言葉を使わずに、「持ち出し」という言葉を使った。多くの人は、この事件の「事実」と「解釈」をどのように区別して受け止めているだろうか。「窃盗」というものを「事実」だと判断している人もいるだろうか。「グリーンピース部長 鯨肉窃盗罪「成立せぬ」 開き直り、専門家は「犯罪」」という報道を読むと、ここからは「窃盗」であるということが「事実」のように感じられてしまうのではないかと思う。まずは表題そのものに「開き直り」などという言葉が使われていれば、グリーンピースの主張のほうが間違っている・無理があるという予断を生むのではないかと思う。果たしてそうだろうか。この記事では、「法の専門家らからは「窃盗罪に当たる」という厳しい見解も。告発のために宅配荷物を勝手に取り込んだ行為を「やむを得なかった」と開き直る姿勢が、裁かれることになった」と語られているが、これはまったく違う解釈も出来る。宮台氏が語る解釈は次のようなものだ。まずは、グリーンピースの行為と関係なく、鯨肉を「お土産」にするような調査捕鯨船の乗組員の行為に、まったく違法性がないと言えるかどうかという解釈を考える。なぜそのようなことが行われていたか、という説明に整合的で納得するような理由がされているのだろうか。「<グリーンピース>横領告発は不起訴処分に 東京地検方針」というニュースによれば、「お土産」行為は違法性がないと判断されたらしい。だが、その根拠となっているのは、このニュースを読む限りでは、「乗組員には鯨肉数キロを土産に持ち帰る慣習があった」としか書かれていない。これを宮台氏は批判していた。合法か違法かということの根拠に、「慣習」を持ってくることは論理的には整合性がない。合法か違法かという判断の決め手になるのは、それによって誰かが不当な損害をこうむるか、あるいは不当な利益を得るかということなのではないだろうか。「慣習」があったとしても、それが不当な利益・不当な損害に関わるような「慣習」であれば、そこに違法性がないかどうか調べるということが公正な態度ではないだろうか。もし「慣習」だということで許されるなら、宮台氏は次のような「慣習」のたとえを語って、その論理的なおかしさを指摘していた。ある家族の「慣習」として、おじいさんやその先代の頃から、「欲しいものは何でも取って来る」という「慣習」があった場合、それは昔からやっていたのだから「許される」という論理は果たして成立するだろうか。それは、今になって違法だと判断されたのではなく、昔から違法だったのだが、何らかの理由で見逃されていただけだったと判断するのではないだろうか。「慣習」だということだけではそれが合法だという根拠にはならない。「合法だ」ということは「事実」にならないのだ。単に「解釈」をしているだけに過ぎない。もしこれが違法だという「解釈」をした人がいたら、当然それを告発して調べろと主張するだろう。告発を合法的に行うなら、それは警察などに、その疑いがあるから調べるようにと働きかけることになるだろう。しかし、その働きかけに警察などがまったく動かなかったらどうなるだろうか。特に、調査捕鯨という行為は、ある意味では国家の意志を受けた行為でもあるから、警察に告発したとしても、国家の一機関である警察が国家を告発するような動きを見せるかどうかは疑わしい。宮台氏は、もし警察に通報して倉庫を調べるようにと言っても、それを逆に利用されて情報が流され、証拠が挙げられる前に手を打たれてしまうという可能性にも触れていた。そのような状況のとき、たとえ違法行為であっても、より大きな違法行為を告発するためにあえてそのようなことを行うという自己決定もありうるという解釈もまた宮台氏は語っていた。このように、グリーンピースの行為は、まったく正反対の解釈をすることも出来る。このようなものに対して、「窃盗」が事実であるという主張をすることは出来ないだろう。だが、マスコミの報道は「窃盗」が事実であるかのように錯覚させるような書き方をしているのではないだろうか。「グリーンピース部長 鯨肉窃盗罪「成立せぬ」 開き直り、専門家は「犯罪」」という記事においても「開き直り」「専門家は「犯罪」」という言い方からは、「窃盗」という判断こそが正しい、つまりそれが真理=事実であると言っているように聞こえる。この記事には、最後に「これに対し、龍谷大法科大学院の村井敏邦教授は「外形的には窃盗に当たるが告発のためやむを得ずやったという行動が正当行為にあたり、違法性が阻却されるという議論はありうる」との見方を示している」という、専門家の意見を載せてはいるが、この意見だけではどこに「正当性」があるかということは説明されていない。これでは、宮台氏が語ったような議論を自分で考え出せる人しかこの意見に賛成できないだろう。他の専門家の意見は、「何か目的があって盗んだということで(窃盗罪の構成要件である)『不法領得の意思』が認められる。社会的相当な行為として違法性が阻却(そきゃく)されることはない」」とか「令状がない時点で正当行為は成立しない。こんな身勝手な行為を許したら世の中がどうなるか。的外れとしか言えない」というふうに、それだけ読めばある意味では理由も納得できるようなコメントとして書かれている。おそらく、情報をあまり知らない人間は、このコメントのほうに説得されて、グリーンピースの行為のほうを「窃盗」だと判断してしまうだろう。神保氏と宮台氏が語っていたのは、これはどちらも「解釈」であって、「事実」としては決定出来ていないという指摘だった。それならば、どちらの解釈も同等なものとして提出するのがフェアであって、どちらかの解釈が説得力があるかのような書き方をするのは、非常にアンフェアであるという主張をしていた。公正さを欠いているという指摘だった。僕もまったくそのとおりだと思う。この議論を聞いて僕の頭に浮かんできたのは、「窃盗」という判断は、肯定的な解釈も否定的な解釈も出来る。二項対立が決定出来ない。そのようなものは、それだけでは「事実」になることは出来ず、「解釈」にならざるを得ないのではないかということだ。これに対し、グリーンピースのメンバーが鯨肉を「持ち出した」という判断は、これは肯定・否定の二項対立に決定的な判断が下せるのではないかと思う。誰も「持ち出していない」という判断は出来ないだろう。「持ち出した」という判断は、すべての人がそう判断する。このような判断が成立する命題は、「事実」として語ることの出来る命題ではないかと思う。二項対立に決定的な判断が下せる時は、その命題は「事実」として確認でき、二項対立に決定的な判断が下せない時は、その命題は「解釈」として「事態」にとどまると言えるのではないかと思う。それでは「解釈」は永遠に「解釈」にとどまり、それが「事実」になることはないのだろうか。「解釈」が「事実」になることはあると僕は思う。それは、「仮説」が「科学」になるという過程に似た手順を踏めば、「解釈」が「事実」になるのではないかと思うからだ。「解釈」を「事実」にする決め手は論理ではないかと思う。論理の力を借りることによって「解釈」に過ぎなかったものが「事実」として判断されることがあるのではないかと思う。それは、項を改めて考え論じてみたいと思う。
2008.06.23
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内田さんの『寝ながら学べる構造主義』では構造主義の四銃士としてレヴィ・ストロースを解説している一章がある。レヴィ・ストロースは、構造主義においては最も重要な思想家の一人として語られることが多い。構造主義の考え方を使って大きな成果を上げた人として有名だ。しかし、レヴィ・ストロースが何をして、そのどこがすごかったのかというのは分かりにくい。レヴィ・ストロースは親族の持つ構造を明らかにしたといわれるのだが、この理解がなかなか難しい。レヴィ・ストロースが語る言説というのは、現実に存在する親族の現象を説明する解釈としては成り立つような気がする。しかし、それ以外に解釈がないかといえば、解釈するだけならいくらでも別の解釈を持ってくることが出来るような気がする。そうであれば、レヴィ・ストロースが語る言説こそが、親族の意味を明らかにした、つまりそれが真理であるということの理由があるはずで、その理由を整合的に納得できれば、なるほどレヴィ・ストロースが言うとおりだと理解できるだろう。レヴィ・ストロースの語る命題が真理であるならば、それは科学的に証明されなければならないのではないかとも感じる。そういう見方をすると、どうもレヴィ・ストロースの言説に科学性をあまり感じないことから、それが真理であるということがなかなか理解できないのだという気がする。レヴィ・ストロースは、親族の現象(特に婚姻に関するもの)を取り上げて、それらに共通する構造を図式化することに成功した。しかし、図式化できたということそのものから、それが真理であるという結論は出てこない。図式化したものがなぜ真理なのか。それを納得したいと思う。まずレヴィ・ストロースが語った図式を正確に受け取ることに努めてみよう。内田さんは次のようにまとめている。「レヴィ・ストロースはさまざまな社会集団における家族の間の「親密さ/疎遠さ」の関係を調べた結果、不思議な法則を発見しました。それはあらゆる家族集団は、次の二つの関係において、必ずどちらかの選択肢を選ぶ、という事実です。 父-子/伯叔父-甥の場合(0)父と息子は親密だが、甥と母方のおじさんは疎遠である。(1)甥と母方のおじさんは親密だが、父と息子は疎遠である。 夫-婦/兄弟-姉妹の場合(0)夫と妻は親密だが、妻とその兄弟は疎遠である。(1)妻はその兄弟と親密だが、夫婦は疎遠である。」この図式で語られているのは「親密-疎遠」という対立する概念と、親族の中の二つの存在がその属性を持っているという関係だ。二つの存在は、「父親」「息子」という親子に関係していたり、母方のおじさんという「兄弟」に関係していたり、夫婦というものに関係していたりする。これらの存在がなぜ選ばれているかということが気になるが、それはレヴィ・ストロースが集めたデータの特徴を観察した結果だということであれば、特に論理的な前提が理由にあったのではなく、偶然そのような観察結果が出たのだとも受け取れるだろう。このとき、上の文章で語られている「必ずどちらかの選択肢を選ぶ」という言葉の理解の仕方で、レヴィ・ストロースが発見した図式が科学であるかどうか(これは板倉聖宣さんが定義する意味での「科学」ということだが)が決定する。「必ずどちらかの選択肢を選ぶ」という命題が、レヴィ・ストロースが調べた限りでの社会集団における家族の特徴として語られているのであれば、それは現実の一つの解釈として成立しているものだと受け取れる。知っている限りの家族を見るということではこれは正しいというわけだ。だが、まだ知られていない家族に対しても、この命題が成り立つかどうかを問えば、それは調べて見なければ分からないということになる。こういうものは、板倉さんの言う意味での「科学」ではない。まだ知られていない未知の家族に対しても、この図式が成り立つのだと主張すると、その主張が正しいものとして確認されればそれは「科学」となる。「科学」になるまではそれは「仮説」と呼ばれる。これは、未知の対象を見つけてきて、実験を繰り返すことによって「科学」に近づいていく。何回実験をすれば「科学」になるかという明確な回数はないが、その対象が「未知」であるということがはっきりしていれば、そのような「未知」の対象に関して数回繰り返す実験は、対象の「任意性」を保証し、それが「科学」としての性格を保証するものになる。レヴィ・ストロースのこの図式は、もし単なる解釈に過ぎないものであれば、構造主義における輝かしき功績とは評価されないのではないかという気もする。ほぼ真理として認められている、つまり「科学」として受け止められたので、レヴィ・ストロースの業績として高く評価されているのではないだろうか。僕は、この主張を追試して確かめることが出来ていないので、僕の中ではまだ「科学」とはなっていないが、とりあえず「科学」となったと認めて、この命題が与える影響を考えてみようと思う。構造主義は、数学的構造という発想からもその考えを借りているところがあるそうだが、この基本構造をとりあえず認めて、それを前提として論理を展開してみようというのは、数学の公理を前提として、その公理が成り立つ世界ではどのような法則が論理的に導かれるかという見方に似ている。果たして、レヴィ・ストロースが提出するこの親族構造の基本が前提とされるなら、どのような論理展開が出来るだろうか。それは次のような内田さんの文章で語られているようなことではないだろうか。「この大胆な仮説によってレヴィ・ストロースが私たちに教えてくれることは二つあります。一つは、人間は二項対立の組み合わせだけで複雑な情報を表現するということ。もう一つは、私たちが自然で内発的だと信じている感情(親子、夫婦、兄弟姉妹の間の親しみの感情)が実は、社会システム上の「役割演技」に他ならず、社会システムが違うところでは、親族間に育つべき標準的な感情が違う、ということです。夫婦は決して人前で親しさを示さないことや、父子は口をきかないのが「正しい」親族関係の表現であるとされている社会集団が現に存在するのです。」二項対立の組み合わせは、それをいくらでもたくさん付け加えるならば、どんどん複雑化していくことが出来る。ある対象を観察して、それが「食べられる・食べられない」というような分類で見た後に、「生でもいい・生ではだめ」とか、次々に二項対立的な問いで分析していけば、注目している側面の数だけ対象を複雑に分析することが出来る。しかし、二項対立的な問いで対象を分類するということは、それがはっきり「イエス・ノー」で答えられるという前提が必要だ。もし、「イエス・ノー」で明確に言えないような問いをそこに含ませてしまえば、二項対立による対象の複雑化と分析は、そこから先は信用できないものになる。どちらか分からないものをどちらかに決めるのだから、そこで間違えるかもしれないからだ。二項対立の組み合わせは、レヴィ・ストロースの言説とは関係なく、一般的に言えることだが、もう一つの「自然の感情の発露」だと思われていることが、実は「社会システム上の役割」だという発想は、個性的な指摘として意味があるのではないだろうか。そこにある種の構造が、数学における公理のように前提として成り立っているなら、数学の定理のように前提から導かれる結論に支配されるだろう。その支配が「社会システム上の役割」として現れる(定理の成立が観察できる)のであって、人間が自由に自然に振舞った結果としてそのようなものが観察されるのではないという論理展開が出来る。これこそが、まさに構造主義の発想になるだろう。ここにこそレヴィ・ストロースの言説の価値を見出すというのは、内田さんもそのように語っているように見える。内田さんは次のように書いている。「私たちは常識的には、人間が社会構造を作り上げてきたと考えてきました。親子兄弟夫婦の間には「自然な感情」がまずあって、それに基づいて私たちは親族制度を作り上げてきたのだ、と。レヴィ・ストロースはそのような人間中心の発想をきっぱりと退けます。 人間が社会構造を作り出すのではなく、社会構造が人間を作り出すのです。 ご覧のとおり、私たちは何らかの人間的感情や、合理的判断に基づいて社会構造を作り出しているのではありません。社会構造は、私たちの人間的感情や人間的論理に先立って、すでにそこにあり、むしろそれが私たちの感情の形や論理の文法を事後的に構成しているのです。ですから、私たちが生得的な「自然さ」や「合理性」に基づいて、社会構造の起源や意味を探っても、決してそこにたどり着くことは出来ないのです。」社会を理解するのに、人間を出発点にして考えるのではなく、社会の構造を見出してそこから論理を展開する、という指摘こそがレヴィ・ストロースの大きな業績なのだということを語っているのではないだろうか。この構造主義の発想が、ソシュールを始祖として始まったのなら、言語について考えるときも、人間から出発する(すなわち人間が言語を使っている現象から出発する)のではなく、言語を支配している構造(すなわちソシュールが言う意味でのラング)から論理を展開するのが構造主義的だということになるだろう。ソシュールがなぜラングに注目し、ラングこそが言語だと主張する理由は、このようなところから伺えるのかもしれない。内田さんは、上の文章で「社会構造の起源や意味を探っても、決してそこにたどり着くことは出来ないのです」とも語っている。これは、レヴィ・ストロースの図式が、実は科学的には証明できないのだということを言っているようにも聞こえる。ある社会において、親族の構造が「なぜそうなっているか」はわからないということではないか。そして、それは「なぜ」は分からないが、観察によって、「今はこうなっている」ということが見えるだけなのではないか。そして、重要なのは、「今はこうなっている」という構造によって、人間の思考や表現(言語)がどのような支配を受けているかを理解することだと、レヴィ・ストロースは語っているのだと理解することではないだろうか。レヴィ・ストロースが語っていることが真理なのかどうかということは、内田さんの文章を読んでも今ひとつ分からないところがある。その意味では、エントリーの題名として「分かりやすさ」を考察するというのは違っているかもしれない。しかし、レヴィ・ストロースの語ることの内容(意味)はよく分からなかったが、それがどのような論理につながって、思考の展開の中で持っている意味のほうは分かるようになった。素朴に自由で自然だと思っている人間行動の現象が、実は自由でも自然でもないもので、構造という制約があるのだということの指摘として意味がある、ということはよく分かった。それは僕には、内田さん以外のレヴィ・ストロースの解説では得られなかった知識だ。その意味では、やはり内田さんの語ることは分かりやすいのだと、少なくとも僕にとってはそうだと思う。
2008.06.22
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内田さんは『寝ながら学べる構造主義』の中で、ロラン・バルトの「作者の死」という概念を説明する。この概念は、非常に分かりにくいものだと思う。この概念に最初に僕が出会ったのは、これを批判する三浦つとむさんの文章でだった。三浦さんは「東西粗忽長屋物語」という比喩でこの批判を語っていた。落語の粗忽長屋物語では、行き倒れになった死骸が、長屋の熊さんに似ていて、その当の熊さんが死骸を抱いて、自分に対して「しっかりしろ」などと声をかける。そうすると、確かに目の前に見ている死骸は「熊さん」つまり自分だけれど、それを抱いて介抱しているのは誰だということになる。眺められている存在の自分と、眺めている存在の自分とが二人いるのはどういうことなのかということが哲学的な問題として生じてくる。これを形式論理的に解釈すれば、自分が二つに分裂することはないという前提で考えて、一方が自分であれば他方は自分ではないという結論になる。実際に存在する人間が二つに分裂することはないから、落語の粗忽長屋物語の熊さんは、死骸を抱いているほうが本物で、死骸になった人物は、熊さんに似てはいるが別人であると結論しなければならない。そうでなければ形式論理的な矛盾を生じてしまう。この「見られている自分」と「見ている自分」という二つの存在は、文学作品の中にもそう解釈できるものがあった。文学作品の中に直接登場する一人称の「自分」というものがある。そして、その作品自体を記述する立場の「自分」というものがある。この両方の自分は、粗忽長屋物語の熊さんのようなものだろうか。三浦さんは、構造主義者の見方は、粗忽長屋の熊さんと同じだと指摘して、どちらか一方を殺してしまうところ、すなわち「見ている自分」のほうの作者に死を宣言したことが間違いであると批判していたように感じる。粗忽長屋の熊さんは、現実の肉体を持った物理的存在であるから、熊さんが二つに分裂して存在することは出来ない。しかし、文学作品の作者は、フィクションの想像の世界に登場する人物で物理的存在ではない。これは観念的存在になる。そのようなものは、観念的に分裂することが出来るし、そう解釈しても間違いではない。つまり、文学作品の作者は分裂して存在しうるので、一人称の「自分」が二人いるような感じがしても、それは何ら論理的には間違いではない。ちゃんと整合性を持つのだというのが三浦さんの批判だった。構造主義者は、三浦さんが「観念的な自己分裂」あるいは「観念的な二重化」という現象を理解できなかった、というのが三浦さんの批判の中心ではなかったかと思う。しかし、ここで批判されている「作者の死」は、内田さんが解説するロラン・バルトの「作者の死」とはまったく違う概念のように僕には見える。ロラン・バルトは、観念的に分裂したもう一人の作者に死を宣言したのではない。ロラン・バルトが死んだといった作者は、その創造された作品のすべてに責任と所有権を持っていると思われていた、神のような存在として捉えられていた「そういう作者(作品の内容のすべてにわたって知っているし、それから得られる利益をすべて受け取る権利があると考えられる作者)」はもはや今の時代にはいない・死んだのだと宣言したように感じる。問題は、作品に対する権利を有するという意味での「作者」なのだ。このような「作者」の概念は、インターネットが発達し、著作権について日常的に話題にされるようになった今、誰にでもわかるような姿として目の前に現れてきた。三浦さんが構造主義を批判していた時代には、このような著作権を基礎にした「作者」の概念はまだあらわになっていなかったのではないだろうか。三浦さんのように、物事の細かいところまでも徹底的に考える人でも、その時代がまだ著作権というものをはっきりと知らせてくれる時代でなかった時は、そのような「作者」の概念を受け取ることに困難があったのではないかと思う。もちろん、三浦さんが批判するような意味での「作者の死」を語った構造主義者もいただろう。だから、三浦さんの批判は、そのような古い概念での「作者の死」を語る構造主義者にはすべて正しく当てはまるのではないかと思う。しかし、ロラン・バルトの「作者の死」の概念に対しては、三浦さんの批判は議論としてかみ合わなくなるだろう。それは「作者の死」というものを、まったく違う視点から語っているからだ。視点が違えば双方の主張が、たとえ結論として対立していても、前提が違うのだから、その前提の元では両方とも正しいということがありうる。三浦さんが前提とする「作者の死」の概念からの論理的帰結では、「作者の死」は間違った解釈になる。だが、ロラン・バルトが語る「作者の死」の概念では、高度に発達した情報社会である現在にはぴったり当てはまる正しい概念となる。「作者の死」こそが正しい解釈だ。僕はそう思う。三浦さんの「作者の死」の批判を幾つか調べたのだが、そこではロラン・バルトに言及している個所は見つからなかった。他の構造主義者の言説で、三浦さんが語る意味での「作者の死」の概念の内容を語っていると思われるものは批判の対象になっていたが、ロラン・バルトが語る著作権者としての作者という概念の批判は見当たらない。これは、ある意味ではロラン・バルトが語るような意味の「作者の死」は、論理的には批判できるような内容ではなく、現実解釈としては充分整合的に成立するものだということなのではないかと思う。いずれにしろ、三浦つとむさんだけを読んでいた時は、僕はロラン・バルトが語る「作者の死」については知らなかった。それを内田さんの本で知り、なるほどこのような解釈も成立しうると感じられたのは、内田さんの文章が持つ一つの分かりやすさではないかと思う。なるほどと思えるのは、内田さんが提出する例が適切なものであるということも関係しているだろう。内田さんは、リナックスというパソコンのOSについて、それを最初に考え提出したフィンランドの天才ハッカー「リナス」さんのことを書いている。リナスさんは、リナックスの「作者」だろうか。リナックスの最初の提供者ということを考えると、最初の生のリナックスに関してはリナスさんが「作者」であることは確かかもしれない。それ以前にリナックスというものがなければ、それをまったく新しく創造した人として「作者」の権利を主張することが出来るだろう。しかし、現在のリナックスについてはどうだろうか。それはすべての情報が公開されていて、誰もが自由に手を加えて「創造」に参加できるような状況になっている。そのように改作されたリナックスは、もはやリナスさん一人の創作物ではなく、現在のリナックスに対してリナスさんが「作者」だという了解を得るのは難しい。リナスさんは最初のきっかけを作った人として、その名誉を人々の記憶の中に止めるだろうが、その名誉はスタートを切った人という「先駆者」としてのものであって、現在の作品の「作者」としてではない。このような意味で、リナックスの「作者」は死んだ。正確には、すべてのかかわりのある人が「作者」になったので、「作者」という言い方が無意味になったと言えるだろうか。現在のリナックスに関しては、「作者は死んだ」という解釈のほうが正しいと僕は感じる。だからこそロラン・バルトが言う「作者は死んだ」という言説の正しさを信じることが出来る。また、リナックスの最初の登場のときにおいても、そのアイデアの大部分は、実はそれ以前のパソコンのOSの歴史をリナスさんが学んで、そこから影響を受けて作り上げたものだといえるだろう。そうすると、そこにさえももはやゼロから創造したという主張は出来ないことになる。このように、すべてはその前に存在したものを受け継ぎ、それを改作してきたものだと解釈するなら、そこにあるのは「作者」ではなく、アイデアを提出する「先駆者」ということになるのかもしれない。一般的に「作者の死」という言葉を解釈できる可能性もある。これを言語現象などにも当てはめると、言語というのは、これだけ言語の流通が複雑化している人類社会では、もはや創造として語れる言語は存在しないといっても間違いではないかもしれない。すべての言語は、学び取られ受け継がれたものを改作しているだけだ。言語でさえそのような面が見えるとしたら、言語を使った芸術である文芸作品などに、それは受け継がれた財産が配列されているだけで、「作者」と呼ばれている人間は、その配列を「発見」しただけであり「創造」したのではないという解釈も出てくるだろう。「作者は死んだ」という解釈まではもう一歩だ。「書評 ギリシアの神々とコピーライト [著]ソーントン不破直子」というページには、「19世紀後半、ニーチェは「神の死」を提唱し、20世紀後半、フーコーは「人間の死」を、バルトは「作者の死」を宣告した。彼らの批判的思考の道筋は、西欧文明がいかに長いこと、「神」の権威をモデルに「人間」の権利や「作者」の著作権を保証してきたかを認識させてやまない。」ということが書かれている。これは内田さんも、「聖書的な伝統に涵養されたヨーロッパ文化において、それ(「コピーライト」あるいは「オーサーシップ」という概念)は「造物主」を模した概念です」と語っていた。ヨーロッパでは長い間「作者」とは、作品を無からすべて創造した神のような存在として考えられていたようだ。そのようなものが「作者」であれば、高度に複雑な情報が行き交う時代となれば、どこまでが本当にその「作者」の創造なのかに疑いが生じ、このヨーロッパ的な意味の「作者」の概念に疑問が持たれることだろう。そして、このような「作者」はもはや死んだと受け取られるようになるに違いない。戦後間もない頃に、フランスではすでにこのような時代になっていたのかもしれない。上のページには、さらに次のような記述もある。「本書がユニークなのは、あらためて「作者という神話」を批判せずとも、古くはギリシャ古典や旧約・新約聖書の時代より、作家とはあくまで神の代理にすぎず、作家が「霊感」を受けたと主張すればするほど、それは個人の独創性ならぬ詩神の権威のほうを裏書きしたのだ、という前提から始めていることである。ルネサンスの人間主義や近代以降のロマン主義を経てようやく、作家の作品を人間の側の私有財産、作家を神に成り代わるべき存在と見直す視点が生まれたのだという。」これは、神と同じような創造者である「作者」の概念が、極端にまで進めば、人間が同じように創造するのではなく、人間は単に媒介をするだけに過ぎないのだという認識になり、その時は「作者」は神だけであり、人間の「作者」は死んでいるのだという認識になるだろう。人間の考えというのは極端から極端に触れて、だんだんと現実的に妥当なところへ落ち着いていくという、振り子が静止へ向かうような運動をするものかもしれない。神だけが「作者」で人間が無力な「媒介者」に過ぎなかった時代から、人間を神の域にまで引き上げる、「作者」の全能感の時代が訪れたのではないかと思う。そして、今はそれが行き過ぎてまた反対のほうへ振れようとしているのではないか。神の領域にまで引き上げられた人間は、また「媒介者」へと引き下げられているように感じる。だが、それは今度は極端にまで落とされることはないだろう。妥当な「媒介者」の位置に落ち着くのではないかと思う。人間は無からの創造者という神の能力は失ったが、優れた現実の一面を伝える媒介者として新たな尊敬を得る道を得るのではないだろうか。内田さんは、表現するには難しいロラン・バルトの考えなどを、分かりやすく表現しなおす媒介者としてとても優れた人だと僕は感じる。それは末梢的なつまらない創造を付け加えるよりもずっと優れた資質ではないかと思う。僕も内田さんのように、概念化することの難しい対象を分かりやすく語りなおせるような、そういう媒介者になりたいと思うものだ。
2008.06.21
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内田さんは、フーコーによる狂気の考察を『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)の中で解説をしている。これをウィキペディアの「ミシェル・フーコー」などで見ると次のように書かれている。「フーコーは『狂気の歴史』(1961年)で、西欧世界においてかつては神霊によるものと考えられていた狂気が、なぜ精神病とみなされるようになったのかを研究する。彼が明らかにしようとするのは、西欧社会が伝統的に抑圧してきた狂気の創造的な力である。第2段階は、先に概観した知の変化についての考察が中心となる。この考察は、もっとも重要な著書である『言葉と物』(1966年)にしめされている。」ここに書かれていることは間違っているとは思わない。たぶんその通りなのだろうと思う。しかし、ここに書かれている内容を具体的に思い浮かべることの出来る人間は、すでにフーコーについて何らかの知識を持っている人間だけだろう。「狂気の創造的な力」というものを、この言葉だけから思い浮かべることが出来るだろうか。もし思い浮かべることが出来たとしても、それは辞書的な意味にとどまるだろう。あるいは、「何とかと天才は紙一重」というような俗っぽい言い方から想像するような「狂気の創造性」が浮かんでくるだけなのではないか。ウィキペディアは辞書に過ぎないのであるから、その内容を具体的に深く知るという期待は出来ないものかもしれない。しかしウィキペディアが伝える内容と、内田さんが語る言葉から伝わる内容とを比べてみると、同じようなことを語っているかもしれないが、どうして内田さんが語るほうが、そのイメージを生き生きと描くことが出来るのかという分かりやすさが見えてくるかもしれない。内田さんは、果たしてどのようにフーコーの「狂気」を語っているのだろうか。内田さんは、フーコーが「歴史を「生成の現場」にまで遡行してみることによって、「常識」をいくつも覆して」きたと語る。狂気については、「精神疾患における「健常/異常」の境界という概念」に対する「常識」を覆したという。我々にとっての「健常/異常」の境界は、常識的にはどう捉えられているだろうか。それは人々が受け止める「普通」という精神状態のイメージがどのようなものであるかということから「常識」が構成されていると思うが、そのイメージに多少の違いがあったときに、誰がその境界を決めるかという点では誰もが一致する「常識」がある。それは精神科医が、対象である「患者」の「健常/異常」を決定するのだという「常識」だ。凶悪犯罪を犯した人間に対して、その犯罪があまりにも「異常」な信じられないものだった場合、その人間の精神状態も「異常」だったのではないかと多くの人は考える。だがそれを判定するのは、鑑定医と呼ばれる精神科医だ。鑑定医が「異常」だと決定すれば、そのような「異常」な精神の持ち主が「異常」な犯罪行為を犯したということで納得する人もいるだろう。また、精神については「異常」ではないという決定を下せば、犯人の凶悪性は精神的なものではなく、個性(人格)的なものであって、人間の本性が凶悪なのだという理解をするだろう。狂気のイメージが現在このようなものであるとき、それが以前には違っていたのだということを想像できる人は少ないだろう。しかし歴史を遡れば、かつては違っていたという事実に突き当たる。そうすると、現在のような状況が生まれてきた「生成の現場」というものがあるはずだ。これを想像することはかなりの困難を有するが、「生成の現場」があったということは確かなので、どのような状況のもとであれば生成されるかという整合性を見ることによって「生成の現場」の想像が出来るだろう。ウィキペディアでは「かつては神霊によるものと考えられていた狂気が、なぜ精神病とみなされるようになったのか」という言葉で語られている部分を、昔と今ではこう違ったという認識ではなく、「生成の現場」はどうだったかという問題意識で見ることがフーコーが行ったことだったということが分かる。ウィキペディアでは、研究の内容を知ることが出来ないが、内田さんはそれを語ることで、フーコーの思想の内容がどんなものであったかを分かりやすくしているのではないだろうか。果たして「生成の現場」はどのように語られているのか。かつての狂人は「悪魔という超自然的な力」に関係付けられていて、それに「取り付かれた人」と見なされていた。この時代の境界を決定する者は精神科医ではなかった。「狂人は「罪に堕ちる」ことの具体的な様態であり、共同体内部ではいわば信仰を持つことの重大性の「生きた教訓」としての教化的機能を果たしていた」と内田さんは指摘する。このことは狂人の社会における存在を次のように規定していた。「ですから狂人たちが身近にいること、その生身の存在をあからさまにしていることは、人間社会にとって自然であり、有意義なこととされていたのです。ある意味では、中世のヨーロッパでは、悪魔や神や聖霊や天使たちもまた人間たちとこの世界を分かち合っていたのです。」かつては狂人は排除される存在ではなかった。今は狂人は精神科医がその境界を決定し、狂人だと判断された人間は精神病院に入院させられ社会から隔離される。これはかつてと今とでまったく違う状況だ。狂人が社会の中で存在意義を認められ、それが宗教的な意味を与えられていた時代は、狂人であることを最終的に決定する者は宗教的指導者だったかもしれない。しかし狂人が社会に受け入れられていた時代には、誰かが狂人であるということは、そのような指導者に判断してもらわなくても、ほとんどの人には明らかにそう見えたかもしれない。かつての狂人は神秘性を帯びた存在だっただろう。日本でも「狐憑き」などと呼ばれるような現象では、精神の異常な状態が、狐の霊が取り憑いたという神秘的な現象として理解されていた。このような時代には、その神秘性が恐れられていたが排除されることはなかっただろう。恐れが畏れになればその神秘性は神としてあがめられるようになったかもしれない。このように狂気が社会に受け入れられ共存していた時代が、狂人を隔離し排除する時代へと入るきっかけになったものは何だろうか。それがつかめれば「生成の現場」を想像することが出来る。内田さんの指摘は次のようなものだ。「17世紀以後、人間主義的視点がしだいに根を下ろすにつれて、社会から狂人のための場所はなくなってゆきます。世界は「標準的な人間」だけが住む場所になり、「人間」の標準から外れたものは、社会から組織的に排除されることになるのです。」「人間主義的視点」というものは、物事を神秘的に見るという視点とは対立する。人間存在にとって理解可能な、論理的整合性を持ったものとして受け止める視点になるだろう。これは「科学的視点」といっていいものかもしれない。これはたいへんすばらしいものだ。西欧の進歩と世界支配を可能にした力は、この「科学的視点」の持つ正しさを背景にしている。しかし、その視点がすべてにわたって「よい結果」をもたらしたかどうかは難しい。「人間主義的視点(科学的視点)」によって排除されてしまった神秘的な見方がなくなることによって失われた大事なものもあるのではないか。神秘的視点はどのように語られずに来てしまったのか。フーコーはそのようなものに注目するという方法で、「生成の現場」を捉まえようとしているのではないだろうか。このようなことの理解を踏まえて、次のフーコー自身の言葉を読むと、その内容が納得できるものとして受け止められる。「17世紀になって、狂気はいわば非神聖化される。(略)狂気に対する新しい感受性が生まれたのである。宗教的ではなく社会的な感受性が。狂人が中世の人々の風景の中にしっくりなじんでいたのは、狂人が別世界から到来するものだったからである。今、狂人は都市における個人の位置付けに関わる『統治』の問題として前景化する。かつて狂人は別世界から到来するものとして歓待された。今、狂人はこの世界に属する貧民、窮民、浮浪者の中に参入されるがゆえに排除される。」(『狂気の歴史』)狂人が隔離される「生成の現場」で語られなくなったのは狂人の神秘性であり、それは宗教的感受性が社会的なものに変化したからだというのがここで語られていることだろう。それは都市における「統治」の問題と関係して、「統治」のために隔離される「貧民、窮民、浮浪者」と同じだと見なされるようになったからだ。狂人は神秘性を奪われ、ある意味では人間としては普通になってしまった。人間としては普通になってしまったので、「統治」される対象としては普通ではない「異常」だという判断をされ、これが隔離・排除に結びついたと想像するのは論理的な整合性があるものと思われる。狂人の排除は最初「統治」という観点からなされたので、「狂人の「囲い込み」を決定するのは司法官でした」と内田さんは語る。「反社会性」においては「狂人は貧者や窮民と「同格」だった」と指摘する。それがやがて狂人だけは医療の対象となってくる。病気だと判定され隔離されるようになる。これは「一見すると、狂人の処遇の仕方はより合理的、より人道的なものになったように」思えるが、そうではないということも内田さんは指摘する。そこには「医療と政治の結託、「知と権力」の結託」が見られるという。この意味を受け取るのは難しい。内田さんは次のように語る。「古代において権力は剥き出しのものでした。それが中世から近代に下るにつれて、しだいに輪郭を曖昧にしてゆきます。それは必ずしも権力が非権力的になったということを意味するわけではありません。権力は、あたりのやわらかい理性的な「代理人」である「学術的な知」を介して、むしろ徹底的に行使されるようになった、フーコーはそう考えます。」フーコーは狂気の研究を行ったのだが、そこから得られる論理的な帰結としては、実は「権力」の姿を可視化することが目的だったのではないだろうか。剥き出しの権力というのは、暴力装置を用いた力による支配を想像させる。この力によるあからさまな支配が見えなくなると、権力というものは小さくなっていると理解してもいいだろうか。実はそうではなく、むしろ「徹底的に行使されるようになった」と理解したほうがいいのではないか。見えなくなることで、支配される人々が、自ら進んで権力に従うようになっているのではないだろうか。そのような理解を可視化するために、狂人の歴史とその「生成の現場」を考えたのではないだろうか。それがウィキペディアで書かれている「知の変化についての考察」の内容ではないだろうか。神秘性が語られなくなり、すべてが科学的に処理される社会は、非常に進んだ社会のように見えるが、「統治」のやり方もある意味で大きく進歩している。統治権力を積極的に受け入れたほうが快適で豊かな生活を送れる場合が多かった。しかし、そこに問題がある場合、権力が可視化されていなければ、どこをどう修正すればいいかが見えてこない。ソフトな権力の支配のどこに注目するか、それをフーコーの考察は教えてくれるのではないだろうか。フーコーの考察の整合性を理解できれば、その応用として現在の統治権力を見る視点がつかめるかもしれない。そこではどんな大切なことが語られていないのだろうか。
2008.06.19
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現代思想というのは非常にわかりにくい内容を持っている。哲学者が語ることでも、古代ギリシアや中世ヨーロッパくらいまでなら、その内容に難しさはあっても、何を言っているのか内容そのものがつかめないということはない。内容を正しく受け止めるのは難しいが、何について語っているのかというのは分かる。だが、現代思想については、何を言っているのかそれすら分からないということがある。たとえば、ミシェル・フーコーには次のような言葉があるようだ。「作家の刻印とは、もはや作家の不在という特異性でしかない。作家はエクリチュールの遊び(ゲーム)のなかで死者の役割を受け持たねばならないのです。こうしたすべてはよく知られたことで、もうずいぶん前に、世評と哲学とはこの作者の失踪ないしは作者の死亡を確認し記録にとどめています」僕は、このフーコーの文章が何を語りたいのかがよく分からない。それは「エクリチュール」「ゲーム」という言葉の概念を正確に把握していないということに原因があるのだろう。「ずいぶん前に」ここで語っているようなことが確認され記録されているということに関する知識もない。おそらくそのような基礎知識を持ってフーコーのような現代思想を読まなければその内容すら受け止めることが出来ないのだろう。そして、内容を受け止められないと、フーコーが語っていることに論理的な整合性があるのかどうかという判断ができない。なるほどフーコーが言うことももっともだという、納得の理解にいたることが出来ない。現代思想というのは、長い間僕にとってはそのような対象だった。もちろん、この現代思想を易しく言い換えたものもある。ウィキペディアの「ミシェル・フーコー」には、フーコーの思想を説明した次のような文章がある。「フーコーの思想は、ニーチェとハイデッガーの影響を受けている。とくに、ニーチェの「力への意志」や伝統的価値の無力化の指摘と、ハイデッガーによる「技術的存在理解」への批判をもとに、フーコーは、社会内で権力が変化するさまざまなパターンと権力が自我にかかわる仕方とを探究した。歴史においては、ひとつの論が時代の変化とともに真理とみなされたり、うそとみなされたりすることがありうる。フーコーはそれを支配している変化の法則を考察する。また、日常的な実践がどのようにして人々のアイデンティティを決定し、認識を体系化しうるのかをも研究した。フーコーによれば、事物を理解するどの方法も、それなりの長所と危険性をもっている。」ここに書かれているのは、フーコーが「何を」したかということだ。それがどんなものであるかという内容の記述はない。「それなりの長所と危険性」というものの判断が妥当であるかということはここからは分からない。ここから知られるのは、「どの方法も」そのような性質を「もっている」ということだろう。しかし、このような一般的な言説なら、わざわざフーコーを持ち出して語る必要はない。フーコーが語ったことでもっと重要なことは、何が長所で何が危険性なのかという具体的内容ではないだろうか。この説明は、日本語の文章としてはよく分かる。しかし、内容的に分かることの記述にしたために、大事なことは省かれて単純化されたものになっている。易しい記述を求めたために、対象の持つ複雑さが棄てられ、対象の単純さを記述するような文章になってしまった。これは、分かりやすさの質からいえば、「目から鱗が落ちる」というようなことにはならない。誰でも考えそうなことだから、間違っているとは言えないが、ことさら主張するようなことでもないかなという感じだ。フーコーが何を語っているかをあらかじめ知っている人間なら、この記述も、そうまとめられるかと思うかもしれないが。分かり易さというのは、対象の持つ複雑性をそのまま保持して、複雑さを可視化することによって分かり易くしているなら「目から鱗が落ちる」という経験が出来る。だが、対象を単純化して、分かる範囲に止めることで分かりやすくしたものは、知的経験としてはあまり大したものではない。「なるほどそのとおりだ」という実感は湧いてこない。僕が分かりやすいと感じる内田さんは、フーコーについてどのような語り方をしているだろうか。『寝ながら学べる構造主義』からちょっと引用してみよう。「「監獄」であれ「狂気」であれ「学術」であれ、私たちはそれらを、時代や地域に関わりなく、いつでもどこでも基本的には「同一的」なものと信じています。しかし、人間社会に存在するすべての社会制度は、過去のある時点に、いくつかの歴史的ファクターの複合的な効果として「誕生」したもので、それ以前には存在しなかったのです。この、ごく当たり前の(しかし忘れられやすい)事実を指摘し、その制度や意味が「生成した」現場まで遡って見ること、それがフーコーの「社会史」の仕事です。」ここで語られているのは、フーコーが何をやったかというような一般的言説ではない。フーコーの「社会史」というものがどのような内容を持っているかという具体性の記述をしている。注目すべき視点は「誕生」した時点で、これは誰にもそれを言い当てることが出来ない、複雑すぎて見えない対象だ。しかし、それが「あった」ということは確かなことだ。なぜなら、それは永遠の昔からすでにあったというものではないからだ。それ(「監獄」「狂気」「学術」というもの)がなかった時代を我々は確認できる。そしてそれは今ではある。だから、論理的に考えれば、どこかで「誕生」したことは確かだ。その「誕生」の様子を具体的に語ることはたいへん難しい。しかし、それをしたのがフーコーだという指摘は、フーコーが語る複雑さを保持しつつ、それを可視化して分かりやすく説明しているように僕は感じる。ある制度が「生成した瞬間の現場」をロラン・バルトは「零度」という述語で表現したらしい。そして、構造主義とは、「ひとことで言えば、さまざまな人間的諸制度(言語、文学、神話、親族、無意識など)における「零度の探求」であるということも出来るでしょう」と内田さんは語っている。構造主義がそのようなものであれば、その始祖と呼ばれるソシュールが、日常的なコミュニケーションよりも言語の生成の現場のほうにより大きな関心を持っていたと考えることも出来るだろう。そのような関心からは、ラングの分析こそがそれを解明するという発想もありうるかもしれないと感じる。さて、フーコーがこのような「零度」に注目したのは、内田さんが語る「人間主義的な進歩史観」というものにフーコーが異を唱えたからではないかということが伺える。「人間主義的な進歩史観」というのは、内田さんによれば「「今・ここ・私」を歴史の進化の最高到達点、必然的な帰着点とみなす考え」というものだ。唯物史観などもそのようなものに分類されると思うが、歴史は進歩・発展するものという見方になるだろうか。歴史的必然性という発想があるものは「人間主義的な進歩史観」といえるかもしれない。この発想は、内田さんの説明によれば、進歩していない面を切り捨てて、進歩している面だけを見ることによってそのような抽象が出来るという。歴史という複雑な現象は、そのすべてを視野に入れて考えれば、進歩しているかどうかは簡単には決められない。ある一面に注目することによって、その一面では進歩しているのだという判断が出てくる。これは、その抽象が妥当であれば「本質的に進歩している」という判断に賛成したくなるが、それがいつでも正しいという思い込みになればイデオロギーというような、人間を制約するものになりそうだ。唯物史観からの帰結である、資本主義の発展した段階が社会主義であり、社会主義のほうが資本主義よりも進歩しているというのは、現実には思い込みに過ぎないことであることが今では明らかになってしまったのではないかと思う。それはおそらくどこかで抽象を間違えたのではないかと僕は思っている。妥当な抽象ではなく、強引で無理な抽象がどこかで入り込んだのではないかと思う。そのため論理的な帰結が狂ってしまったのだろうと思う。抽象というのは同時に捨象であり、何かを切り捨てることである。この切り捨てるという行為を経なければ「人間主義的な進歩史観」を得ることは出来ない。これが内田さんが語ることで、ここまではまったく論理的な問題はないと感じる。そして、この切り捨てられたものに注目するのがフーコーの発想なのだという指摘は、それが正しいものであれば、フーコーは論理的に整合性のある考えをしていたのだなということが理解できる。抽象が正しいかどうかの妥当性に注目していたのだなと思う。内田さんはフーコーについて次のようなまとめをしている。「フーコーはそれまでの歴史家が決して立てなかった問いを発します。 それは、「これらの出来事はどのように語られてきたか?」ではなく、「これらの出来事はどのように語られずにきたか?」です。なぜ、ある種の出来事は選択的に抑圧され、黙秘され、隠蔽されるのか。なぜ、ある出来事は記述され、ある出来事は記述されないのか。 その答えを知るためには、出来事が「生成した」歴史上のその時点--出来事の零度--にまで遡って考察しなければなりません。考察しつつある当の主体であるフーコー自身の「今・ここ・私」を「カッコに入れて」、歴史的事象そのものに真っ直ぐ向き合うという知的禁欲を自らに課さなければなりません。そのような学術的アプローチをフーコーはニーチェの「系譜学」的思考から継承したのです。」この説明を読むと、フーコーがなぜ「零度」という「誕生」の場面に注目するかの論理的整合性が理解できる。ある物事が「誕生」した時は、そこで何かが選択(抽象)され、何かが棄てられた(捨象)のだ。その棄てられたものを考察することで、棄てたことの妥当性が浮かび上がるのだろう。それがウィキペディアで語られている「それなりの長所と危険性」の具体的内容ではないだろうか。「それなりの長所と危険性」があるというだけのことなら、ことさら強調するほどのものではない。しかし、それを見る視点が、「なぜ、ある種の出来事は選択的に抑圧され、黙秘され、隠蔽されるのか。なぜ、ある出来事は記述され、ある出来事は記述されないのか」というものであれば、それは普通はなかなか発想できない視点になる。語られ・記述されたものは目に付くが、語られず・記述されなかったことは消えてしまって、人々はそれがあったことさえ忘れてしまうからだ。豊かな想像力のもとに、その時代・過去を頭の中に描かなければ見えてこない。この複雑性の指摘は非常に重要ではないだろうか。そして、そこから何らかの結論が得られれば、今までの常識を覆す真理が求められる可能性がある。何しろ忘れられていたことを明らかにするのだから。そのようにフーコーを理解すれば、その優れた面・なるほどたいしたものだという感じがつかめるのではないかと思う。それが本当の分かりやすい説明だろう。
2008.06.18
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適切に表現された文章を読んだり、あるいは発言を聞いたりしたとき、我々は「目から鱗が落ちる」という経験をすることがある。これは、今までは何となくそう思っていたという、何かもやもやとしていた事柄が、まるで霧が晴れるかのようにはっきりと見えてくるという経験だ。それまでの、何となくそう思っていたというもやもやした思考は、ソシュールが語る「星雲」のようなものに見えるのではないだろうか。そして、適切な言葉で表現されたものを知ることによって、その「星雲」が明確な判然としたものになるのを感じる。内田さんが語るソシュールの言葉に「なるほど」と感じることが出来るのも、僕が何となくそう思っていたことがはっきり分かるように適切に表現してくれているからだろうと思う。内田さんが語ることの分かりやすさは、適切な表現であるという要素が大きいのではないかと思う。真理の語り方にはいろいろなものがあるが、複雑な「名」の論理形式をもった真理は、そのまま語ったのでは、複雑な構造を知っている人間にしか伝わらない。適切な表現とは、そこにある複雑な構造が見通せるような、複雑さを可視化出来るような表現になっていなければならないだろう。そのようなものを次の表現にも感じる。「ソシュールが教えてくれたのは、あるものの性質や意味や機能は、そのものがそれを含むネットワーク、あるいはシステムの中でそれがどんな「ポジション」を占めているかによって事後的に決定されるものであって、そのもの自体のうちに、生得的に、あるいは本質的に何らかの性質や意味が内在しているわけではない、ということです。」これは、人間が「あるもの」の存在を解釈し、その「性質や意味や機能」を了解するということの複雑さを語っている表現として理解できる。それが物質的存在であれば、人間の意識から独立しているという性質を観察して、それを記述することで「性質や意味や機能」を了解するという了解の仕方がある。それはある意味では客観的な見方のように見えるが、意識とは独立した面を観察しているので、別の観点からは、自分とは関係のない存在としてそれが映ってしまう。人間が存在を了解する仕方は、このような観察によってするのではなく、むしろその存在が自分にとってどのような関係を持っているかという、内田さんがいう「ネットワーク」や「システム」を考慮することのほうが多いのではないだろうか。「どんな「ポジション」を占めているか」で、その意味が変わってくるという了解をすることが多いだろう。存在を客観的に観察すれば、その観察結果は誰もが同じになる。だが、実際の人間の世界の了解の仕方は、その人間が世界の中にどのような位置を占めているかで、その人間の主観によって了解が変わってくる。これは、ウィトゲンシュタイン的な「論理空間」が、個人の主観によって変わってくる、つまり個人にとっての世界は違うのだという主張に通じるもののように感じる。このような世界の理解は、世界の複雑さを理解したものとして考えられるが、適切に表現してもらったことによってその意味がはっきりする。世界に存在するものは、それが人間の意識から独立しているという唯物論的な面だけを受け取っていたのでは一面的な見方であり、真理の半分しか語っていない。もう半分を理解するには、それが意識とは独立していない、すなわちその人間の存在を中心とした「ネットワーク」や「システム」との関連、それは主観と呼んでもいいものだろうと思うが、それを考慮した視点で見ることが必要だ。ソシュールが指摘したこの世界の見方で現実を眺めてみると、商品の「価値」と「有用性」の問題を正しく受け止めることが出来る。商品の価値というのは、人間の意識から独立に、客観的な物質的存在の属性として発見できるものではない。同じものがある人には非常に高い価値を持っていることもあれば、物質的存在としては同じなのに、それにほとんど価値を見出さない人もいる。商品と呼ぶには少し語弊があるかもしれないが、タイタニック沈没の際のボートの「価値」と「有用性」について内田さんは語っている。このボートは、沈没する船から避難したいと思っている人は、命が助かるかどうかという重要な問題に直結するものなので、何よりも「価値」の高いものとなるだろう。それはボートという物質的存在をいくら観察しても、そのような状況のもとにあるという前提を抜きにしては、その「価値」の高さが理解できない。ボートの「価値」というのは、ボートという物質的存在だけを観察していたのでは判断できない。そのような観察で判断できるのは、一般的にボートという存在の概念に合うような対象が持っている「有用性」のほうだろう。それは、「水に浮く」という言葉で表現されるが、これならだれが考えても同じ判断が出てくるような思考になるのではないかと思う。「ネットワーク」や「システム」が重要だという見方は、構造主義という発想に近づいているものだろうと思う。そういう意味では、構造主義というのは、主観が持っている意味付けの面を正しく了解するための発想と考えられるのではないだろうか。このような見方で言語を見ると、どのような論理が展開されるだろうか。それは「私たちは「他人のことば」を語っている」と内田さんが中見出しにしているような現象の理解を導くのではないだろうか。ちょっと長いが内田さんが語ることを引用しよう。「「自分たちの心の中にある思い」というようなものは、実は、言葉によって「表現される」と同時に生じたのです。と言うよりむしろ、言葉を発した後になって、私たちは自分が何を考えていたのかを知るのです。それは口をつぐんだまま、心の中で独白する場合でも変わりません。独白においてさえ、私たちは日本語の語彙を用い、日本語の文法規則に従い、日本語で使われる言語音だけを用いて、「作文」しているからです。 私たちが「心」とか「内面」とか「意識」とか名付けているものは、極論すれば、言語を運用した結果、事後的に得られた、言語記号の効果だとさえ言えるかもしれません。 もちろんこのような言葉の力については、古代から繰り返し指摘されてきました。詩人に霊感を吹き込む「詩神」や、ソクラテスの「ダイモン」は、まさに「言葉を語っているときに、私の中で語っているものは私ではない」という言語運用の本質を直感したものです。 私が言葉を語っているときに言葉を語っているのは、厳密にいえば、「私」そのものではありません。それは、私が習得した言語規則であり、私が身につけた語彙であり、私が聞きなれた言い回しであり、私が先ほど読んだ本の一部です。「私の持論」という袋には何でも入るのですが、そこに一番たくさん入っているのは実は「他人の持論」です。 私が確信を持って他人に意見を陳述している場合、それは「私自身が誰かから聞かされたこと」を繰り返していると思っていただいて、まず間違いありません。」ここに書かれていることは、すべてなるほどそのとおりだなと僕には思えることだった。僕も今までにそのようなことをぼんやりと考えていた。それに適切な表現を与えてくれたので、自分が考えていたことがはっきりと自分に分かったと言う気がする。だから、内田さんが語った、僕にとっての「他人の持論」は「私の持論」の袋の中に入ってきたという感じがする。上に書かれているようなことをさらに論理的に展開すればどうなるか。私が語ることの大部分が私のものではないとしたら、私というアイデンティティーや自我というものが、絶対的に他人と独立したものという了解ではなく、相対的なものとなっていくだろう。物質的存在としては独立しているように見えるが、その思考・発想・行動などは、他人の影響を受け・社会がどのようなものであるかによって決まってくる。構造主義の基本的発想に向かっていくだろう。このような論理は、それが極端に向かえば「自我の喪失」というものにつながるだろう。文学表現の場合でいえば「作者の喪失」という考え方が生まれる方向へいったのではないかと思う。三浦さんは、「作者の喪失」は観念論的妄想であって、観念的な二重化(観念的な自己分裂)を正しく捉えられなかったことによる誤謬だという批判をしていた。これは極論にまでいってしまったものは、三浦さんが批判するとおりではないかと思う。作者がまったく存在しないで、小説が勝手に書かれるなどという解釈は、精神の働きとしては「異常」な状態の特殊な現象だと考えざるを得ないだろう。死者の霊が憑依した、恐山のイタコが、自分の言葉ではない死者の言葉を語るというような、特殊な例のときにしか了解できない。しかし、自分が表現したものがすべて自分のオリジナルと言えるかどうか、という問題の立て方をすれば、それは実は他人から取り入れた考えが大部分だという指摘のほうが正しいように見えるのではないだろうか。僕などは、このエントリーをほとんど、内田さんがこう語っていたということで埋め尽くしている。僕のオリジナルの部分は、内田さんはきっとこういう意味で語っているのだという僕の理解を語っているところだけだ。だが、ほとんどの人の表現というのは、基本的にそんなものではないだろうか。何から何まで自分の中からだけ出てきたという表現はないのではないだろうか。これは、現在の人類がすでに社会を構成していて、言語があふれているという世界に生きていることに原因があると思う。我々は言語を生み出すという生成の場面に遭遇していない。むしろ、現実を生きるために言語によって教育されている。他人が語ったことを理解することが我々が生きていくことのほとんどになっている。その事に最大限の努力を傾けるというのが、現在生きている人間の特徴だ。「作者の喪失」という主張が、「自我中心主義の否定」というものであれば、その主張にも一理あると僕は思える。なるほどそのとおりだなと思える説明を内田さんはしている。これが内田さんの分かりやすさだろう。ソシュールは正しいことを語っていると思える。その正しいことの論理を展開していくと、言語というものを、三浦さんが言うような「表現」ではなく、批判されているような「言語規範」を言語と呼ぶようなことにも整合的な理解が出来るようになるだろうか。言語規範を言語と呼ぶような見方がある種の目的には有効だというような理解が出来るようになるだろうか。論理の展開として、そのようなことが導かれるかどうか、その点も考えてみたいことだと思う。
2008.06.17
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内田さんの『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)でのソシュールの解説には、次のような文章が引用されている。「それだけを取ってみると、思考内容というのは、星雲のようなものだ。そこには何一つ輪郭の確かなものはない。あらかじめ定立された観念はない。言語の出現以前には、判然としたものは何一つないのだ。」(『一般言語学抗議』)この文章に関しては三浦つとむさんも『言語学と記号学』(勁草書房)の中で批判的に取り上げている。それは、唯物論の立場からの批判で、ソシュールの主張は観念論的妄想だというものだった。上の文章では、「言語は思想の「無定形の不分明なかたまり」に区切りを作り出し、区別を与えるかのように受け取れ」、「言語とはこの区切りのあり方(すなわち構造それ自体)であるとか、さらには思想のみならず現実の世界に区別を与える機能を持つとかいう解釈」が観念論的妄想に見えるという批判だった。しかし内田さんが語る文脈で、上のソシュールの言葉を理解すると、三浦さんが指摘するような観念論的妄想のようには見えなくなる。ソシュールが主張したことは、言語の成立によって存在が出現したというような観念論的妄想ではないように僕は感じる。その程度のものであれば、誰もがその間違いを悟り、ソシュールに学ぼうなどという人間はいなくなるのではないか。ソシュールの主張は、言語の成立が同時に、思考の展開という論理の出現をもたらしたというものではないかと、内田さんの文章を読んだときに感じた。それは現実の物質的存在を生み出したというものではないのだ。現実の物質的存在を、論理的な思考において操作できるようにしたのが言語のもつ機能なのだというふうに受け取った。それは、野矢茂樹さんによって学んだウィトゲンシュタインの主張につながるようなものだったので、そのように解釈すれば、ソシュールも間違っていないのではないか、むしろ鋭く言語というものの特長を捉まえているのではないかと思えたのだった。内田さんの文脈では、ソシュールの上の文章は、外国語との対比において、その概念が国語の中にないような言葉がどのように思考に影響を与えるかという話から展開されている。 devilfish(悪魔の魚)という概念を持っている英語話者は、ウィトゲンシュタイン的な「名」としてこの単語を持つだろう。そうすれば、この「名」の論理形式によって論理空間を作ることが出来る。しかし、日本語話者は、物質的存在として devilfish に対応しているエイやタコは概念として持っている・すなわち日本語の論理空間ではその物質的存在に対応する「名」はあるものの、英語話者が作る論理空間と日本語話者が作る論理空間では、この「名」の違いが論理空間の違いももたらす。英語話者は、devilfish と「不安」という言葉を結びつける論理形式をもっているかもしれないが、もともと devilfish という言葉を持たない日本語話者は、そのような論理形式を持ちようがない。つまり思考の範囲はまったく違うものになってしまう。ウィトゲンシュタイン的に言えば、「世界」が違うのである。思考内容というのは、人間が考えた事柄と言い換えることが出来るが、これはいったいどのようなものを指すのだろうか。ウィトゲンシュタインは、これは言語によって表現される論理空間だと考えたようだ。だから、言語によって表現できる範囲が思考の限界でもあると考えたのだろう。意味のある表現をすべて集めたものが論理空間ということになる。ウィトゲンシュタインにとっては、思考は言語がなければ展開できないものになる。これは基本的に論理の展開こそが思考だと定義したからだ。論理の展開は言語なしには行えないのだ。現実に起こったことと、現実に起こるかもしれないことの両方を合わせて表現したものが、ウィトゲンシュタインにおける論理空間になる。現実に起こったことは「事実」と呼ばれ、起こるかもしれない可能性にとどまっているものは「事態」と呼ばれる。この可能性は、現実の事実として遂行的に行うのではなく、現実の像を操作して空想的に頭の中で行うところに、現実性ではない可能性の範囲のものだという判断が出来るものになる。「事態」を表現する論理空間において、操作する対象である像の存在は決定的に重要なものになる。これは、単純なものであれば、象徴的な代替物でも用が足りるが、複雑な展開を必要とするものは、言語という像がなければ、思考の中で操作することが出来なくなる。これがウィトゲンシュタインが考えたことだった。言語なしの思考というものを想像するとどんなものになるだろうか。動物は果たして思考をするだろうか。思考を論理の展開と考えると、動物にはそれは出来ないのではないかと僕は思う。だが、現実世界を外界の刺激として認識するというものも思考の中に含めれば、動物的な思考というものも想像できるかもしれない。それは、現実の今の瞬間を感覚で捉えた認識という感じになるのではないだろうか。たとえば今「晴れている」という認識を考えたとき、動物にはこのような言葉はないから、どのような感覚のときに「晴れている」と感じられるかを考える。それは、皮膚感覚として雨粒が当たらないとか、太陽の熱や光を感じているとかになるだろう。その感覚の状態を「晴れている」という判断だと想像することが出来るかもしれない。そのような想像をすると、動物でも現在を受け止めて、現在がどうであるかというような思考は出来るかもしれないという感じはする。しかし、動物に過去や未来を思考することが出来るだろうか。今「晴れている」という状態であっても、昨日は雨が降っていた・つまり「晴れていない」という状態だったかもしれない。だが、今の状態は感覚として判断できるが、過去の判断を記憶として動物は持っていられるだろうか。たとえば、動物がいつも同じ餌場を訪れたりするのは、過去の記憶を保持して、そこに餌があるということを論理的に思考してそのような行動をとるのだろうか。動物の頭の中の映像を見ることは出来ないので、あくまでも想像するしかないが、論理的な判断でそのような行動をとっているのではなく、本能的なものではないかと僕は感じる。過去の記憶の保持に関しては、保持しているように解釈できそうな現象も見つかるが、未来に対する思考に関しては、動物にはそれは不可能ではないかという気がする。未来に対する思考は、言語をもたなければ出来ないのではないか。過去の記憶なら、感覚に一度は刻み込まれるが、未来の出来事は、感覚に刻むことは出来ない。それは頭の中に像を作る以外に持ちようがない思考だ。果たして動物は頭の中に、目の前に存在しない像を見ることが出来るだろうか。言語があればそれを見ることが出来る。しかし、言語がなければ、いったい何を頼りにして未来を見ることが出来るだろうか。未来は、感覚的な目の働き(視覚)では絶対に見ることが出来ない対象だ。同じように、感覚的な目の働きでは見えない対象として、内田さんは星座について語っている。星自体は物質的存在だから、視覚に異常がなければ、目の働きとして星を見ることは出来る。しかし、そこに星座があるということを見るには、星座の概念を持たなければならない。この星座の概念は、「星座」という言葉を持たない人々が、星という物質的存在を眺めているだけで獲得できるものだろうか。物があってそこから概念が生まれるというのは、一見唯物論的な言い方で正しいように感じる。しかし、これは存在しているものに名前をつけるという言語観に通じるものになるのではないか。物の存在を前提として新たな概念を作ったとき、その概念はまったく新しい未知のものではないのではないだろうか。その物は、ある種他の概念でも語られていたものだが、その概念に別の概念が合成されて新たなものとして設定されているのではないだろうか。宮台氏は、「社会」という概念は、フランス革命後に生まれた新しい概念だと語っていた。それまでも、不特定多数の人々が集まっているような、人間集団という存在はいくらでもあった。しかし、それだけでは言い表せない特徴を持った人間集団が現れて、それまでの概念では捉えきれない部分が出てきた。フランス革命では、人々が良かれと思い、多くの人が賛成した政治の方向が、結果的に多くの人を不幸にしたということから、個人が単に集まっただけではない、不可視のよく分からない特徴を持った人間集団が出現した。これを「社会」という言葉で呼んだという。この「社会」という言葉は、物質的存在として新たに出現したので、そのような概念が生まれたのだという意味では、存在が先であって概念が後に生まれたように見える。しかし、「社会」という言葉が出現するまでは、「社会」を思考の対象にして論理を展開することは出来なかった。それはよく分からない対象として見えているだけだった。人の集まりだけであるように見えて、人の集まりだけでは解釈しきれない。それを「社会」と認識することによって、「社会」という対象を論理的に考えることが出来るようになったと僕には思える。「社会」という存在は、社会学の誕生とともに、「社会」という言葉の誕生とともに、我々の思考の対象になったと言えるのではないだろうか。このような文脈でソシュールの言葉を受け取ると、内田さんがまとめている次の言葉が整合性を持つものとして理解できるような気がする。「言語活動とは「すでに分節されたもの」に名を与えるのではなく、満点の星を星座に分かつように、非定型的で星雲状の世界に(これは本では「に」になっているが「を」の誤植ではないかと感じる)切り分ける作業そのものなのです。ある観念があらかじめ存在し、それに名前がつくのではなく、名前がつくことで、ある観念が私たちの思考の中に存在するようになるのです。」ソシュールが語った「星雲のようなもの(星雲状の世界)」というのは、概念が明確になっておらず、思考の対象に出来ていない「世界」というものではないかと思う。この世界に、言語を与え・すなわち概念化することで、対象が思考の中に入ってくるというのが、「名前がつくことで、ある観念が私たちの思考の中に存在するようになるのです」ということではないのだろうか。これは、言語によって観念が存在するようになることを主張しているのであって、物質の存在が生じることを主張しているのではない。観念論的妄想ではないのだ。ウィトゲンシュタインが言うような「名」の論理形式を与える(これが「概念化する」ということになるのではないだろうか)ことが、対象を論理の世界に引き込むことになるという主張ではないかと感じる。僕は、直接ソシュールの言葉を解釈してこのような理解を得たのではない。内田さんが語るソシュールを理解して、なるほどそのとおりだなと感じただけだ。内田さんが語るソシュールのほうが、その論理展開を理解しやすいと思える。それが内田さんのわかりやすさだと思う。そして、内田さんが語るソシュールが、ソシュールが本当に語りたいことを適切に伝えているのなら、ソシュールはきっと正しいことを語っているのだろうなと感じる。そこに整合性を感じるからだ。
2008.06.16
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今週のマル激では、東浩紀氏(批評家・東京工業大学世界文明センター特任教授)をゲストに迎え、秋葉原で起こった「通り魔事件」に関して議論をしていた。東氏はこの事件を「テロ」という言葉で表現していた。これは僕には見えていなかった視点だったが、東氏の話を聞くと、確かにこれは「テロ」だと思えるような特徴を持っていると感じた。東氏は、この事件の加害者である青年を擁護する気はまったくなく、このような残虐な犯罪は厳しく裁かれなければならないということを前提にして、その上でこの事件が社会に発しているメッセージを正しく読み取らなければならないということを主張しているように感じた。そうでなければ、この事件に対処するようなさまざまな措置が、まったく感情に応えるだけの的外れな実効性のない対処になってしまうのではないかと言っているように聞こえた。しかしこの事件を「テロ」だと受け止める感性は、なかなか難しいものも感じる。僕自身も、最初はそのような感覚をほとんど持たなかった。悲惨で衝撃的な事実そのものに驚いてしまったということもあるが、多くの新聞記事や社説に語られているように、加害者の青年の生い立ちや、派遣社員としての生活の悲惨さ、希望のない毎日の生活で生まれてくる絶望感などから、何とかうまく理屈が成り立つような受け止め方をしようと思っていた。何がなんだか分からないけれどあのようなことが起こってしまったという理解ではなく、しかるべき理由があってあのようなことが起こったのだと理解したいと思っていた。このような理解において「テロ」だという観点は、訳の分からないところはそのまま訳の分からないものとして受け止めて、それが最も悲惨な形であらわれてしまったところに注目すべきだと語っているように感じる。彼があのような行動に至ってしまった具体性というのは、さまざまな要素が絡み合って複雑化しているために決して解答が得られない問いになってしまうのではないだろうか。もし解答が得られるとしたら、そのような「テロ」という行為に至る人間が出現してしまう構造が今の日本社会にあるのだということなのではないだろうか。「テロ」という言葉のイメージは、イスラムの自爆テロや911での飛行機でビルへ飛び込むというようなものを思い描くことが多いだろう。このような「テロ」に対して、秋葉原の事件を同じように「テロ」と呼ぶことには最初は違和感があった。東氏も「絶望映す身勝手な「テロ」 秋葉原事件で東浩紀氏寄稿」という朝日新聞の記事で次のように語っている。「筆者はいま「テロ」という言葉を使った。多くの読者は違和感をもつだろう。テロといえば普通は、何らかの政治的主張を伴った、強い信念のもとでの行動を意味する。今回の凶行にそんな主張があったのか、と。」加害者の青年の主張は、そこに政治的な内容を読み取ることが出来ない。だからその意味では「テロ」と呼ぶことに違和感を感じてしまう。しかし、「テロ」行為をする人々のことを考えてみると、彼らの主張に誰も耳を傾けず、しかも何らかの意味で迫害をされているという怒りに包まれているとしたら、その怒りだけはこれほど強いのだということを知らせるために「テロ」を行うのだと理解することも出来る。このような「テロ」においては怒りの表出が重要なことであって、何をするかという行為そのものにはあまり意味はないという解釈も出来る。このような「テロ」に対しては、アメリカが行っているように、断固とした厳しい対応をするという対処のしかたもある。しかし、このような対応は、強い怒りのもとになるような構造が残ったままであれば、「テロ」行為を誘発する温床は残ったままになる。「テロ」は憎むべき凶悪犯罪ではあるけれど、それしかアピールする手段を持たないとしたら、どれほど厳しい取締りを行っても「テロ」に情熱を傾ける人間は存在しつづけるだろう。「テロ」は断固とした武力弾圧だけではなくならないというのは、これまでの「テロ」の歴史において示されている。しかし、「テロ」を発生させるような社会的な怨念を手当てするにしても、「テロ」の発生の後にそれをするというような後手に回れば、「テロ」をすれば何かが変わるのだというメッセージを発することにもなってしまう。従って、そのような対処の仕方ではまた「テロ」を誘発してしまう可能性を生む。「テロ」への対処はまことに難しい。この意味では、事件直後に派遣法の見直しなどがすぐ出てくる政治情勢というのは、「テロ」に屈した姿のように見え、「テロ」が成功したかのように感じてしまうという批判を宮台真司氏は語っていた。このような事件が起こる前に、すでに派遣法の問題は多くの人が指摘していたのだから、その時点で政治的に修正をすべきだというのが宮台氏の主張だと思う。東氏は、「若い世代のあいだでは、日本社会への絶望や不満が急速に高まっていた」と指摘し、「若者の多くが怒っており」と言っている。その怒りがこのような事件につながるかもしれないという危惧も抱いていて、「ついに起きたか」というような第一印象をもっていたという。よくよく考えれば、「テロ」が起こる前に問題は指摘されていたのだと考えられる。今回は「テロ」が起こってしまって後手に回ってしまったが、この「テロ」を教訓にするなら、「テロ」が発生する前に問題の解決を図らなければならないという反省をしなければならないだろうと思う。この事件を「テロ」だと語った東氏の主張が正しいと思えたのは、朝日の記事で語られていた次の言葉を読んだときだ。「しかし、逮捕後の調べのなかで、容疑者が職場への怒りや世間からの疎外感を長期的に募らせたうえで、計画的に凶行に及んだことが徐々に明らかになってきている。そこに窺(うかが)えるのは、未熟なオタク青年が「逆ギレ」を起こし刃物を振り回したといった単純な話ではなく、むしろ、社会全体に対する空恐ろしいまでの絶望と怒りである。不安定な雇用に悩んでいたという報道もある。」ここで東氏が語っている「未熟なオタク青年が「逆ギレ」を起こし刃物を振り回したといった単純な話」というのが、実は多くの新聞報道や社説などで語られていた内容ではないかと感じる。その内容がまったく理解できない理不尽なものだっただけに、加害青年がそのような凶悪な人間だったのだと思いたくなる気持のほうが強くなるのではないかとも感じる。しかし、このような理解では、この問題の解決は出来ないのではないだろうか。「むしろ、社会全体に対する空恐ろしいまでの絶望と怒り」というものをこそ見なければならないという指摘は、まったくそのとおりではないかと思える。僕はこの加害青年に共感は出来ないし、個人的な感情として彼がどんなことを思っていたかというのを実感として理解することは出来ないのではないかとも感じる。しかし、今の社会構造が、これほど絶望的な怒りを生み出すものかということは、考えることが出来るし理解可能ではないかとも思う。その上でも、自らの人生と直接の関係を持たない人々を無差別に殺傷するような行動にまで怒りの矛先が向くようなことはしないで欲しいとは思う。その怒りは、しかるべき相手にこそ向けて欲しいと思う。だが、そのような表現方法を持たない絶望的な人には、感情の表出をすることのほうが大事だと思い込んでいれば、なかなかその願いは届かないだろう。しかしそれでも、彼も苦しかったのだろうが、その苦しみを表出するために、他の人間をもっと苦しめるのはためらって欲しいと切に思う。この事件の残虐さに衝撃を受けて、加害青年の残虐さにのみ注目するのは、この事件に現れたメッセージを読み誤るのではないかと思う。そのメッセージを正しく読み取ることが大事だと東氏は主張しているように感じる。これは、加害青年のことをもっとよく理解するということにつながるのだが、それによって加害青年を擁護したり共感することと同じになるのではない。犯罪は犯罪として厳しく対処しなければならないと思う。東氏も次のように語っている。「容疑者はむろん厳罰に処すべきである。犯罪の計画性と残虐性は明らかであり、情状酌量の余地はない。また、このような事件は二度と起きてはならず、容疑者を英雄視することは許されない。ネットの一部では共感の声が現れているが、それこそ幼稚と言うべきだ。」この指摘と、加害青年のことをよく理解するということとを両立させることの難しさが、この事件を「テロ」と理解することの難しさにもつながっているのかもしれない。この事件を「テロ」だと受け止めるなら、これは社会の構造の問題なのだと考えなければならない。単に凶悪な人間が凶悪な犯罪をやったというような理解ではすまないのだ。我々の社会は、このような凶悪な犯罪によって表出を行うような可能性をある種の人々の中に作り出す要素を持っているのだ。それは決して特別な「誰か」ではない。境遇によっては、誰にでもそのような可能性が生じうる。だからこそ社会の問題として、我々のすべてがその事を考える価値があるのだと思う。東氏の次の結びの言葉は、この事件に対する我々の姿勢をどうとるかという点で、非常に有益なアドバイスになっているのではないかと思う。そう思うから、僕は最初の印象とは違って、東氏の言説を聞いた後では、この事件をはっきりと「テロ」であると思えるようになったと感じる。「しかし、テロリストを厳正に処罰することと、テロが生み出される背景を無視することは異なる。私たちは彼のような「幼稚なテロリスト」を不可避的に生み出す社会に生きている。犠牲者の冥福のためにも、その意味をこそ真剣に考えねばならない。」加害青年のような人々が、自爆的なテロリストにならずに、その思いを適正に表出できるような、宮台氏の言葉でいえば「表現」出来るような社会を築きたいと思う。絶望感が、孤立的な絶望感にならずに、どのようにすれば思い止まるきっかけをつかめるようになれるか。我々の社会は、そのようなものを作り出していく必要があるのではないか。しかしそれはかなり難しい。教育はそのようなものに大きな貢献をしなければならないのだが、教育現場そのものが、そのような包摂性から遠ざかっているようにも感じてしまうからだ。我々自身が絶望してはいけないのだが、そのような絶望感も湧き上がってくる。何とかモチベーションを高めていきたいという願いだけは棄てないようにしたい。
2008.06.15
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内田樹さんによって僕はソシュールの再評価をするきっかけをつかんだのだが、これは内田さんがソシュールの専門家ではなかったからそのような問題意識で内田さんの文章を読むことが出来たのではないかと感じる。ソシュールの専門家というのは、すでにソシュールに対して高い評価をしている人間なので、何でことさらソシュールを再評価するような優れた面を提出する必要があるのか、という前提を持ってソシュールについて書いているのではないだろうか。また、ソシュールに対して批判的な人は、もちろん再評価するようなところではなく、批判したい面について書くだろう。内田さんは、ソシュールの専門家ではないからこそ、ソシュールに批判すべき欠点があろうとも総合的に見て思想史に影響を与えた優れた面を拾い出すことが出来るのではないだろうか。内田さんは『街場のアメリカ論』の「まえがき」の中で次のようなことを書いている。「私はもともと仏文学者であって(今ではその名乗りもかなり怪しいが)、アメリカ史にもアメリカ政治にもアメリカ文化にもまったくの門外漢である。非専門家であるがゆえに、どのような法外な仮説を立てて検証しようとも、誰からも「学者としていかがなものか」という隠微な(あるいは明確な)圧力をかけられる心配がない(そのような禁制の届かない存在を「素人」と言うのである)。この立場はアメリカを論じる場合には、単に「気楽」というのを超えて、積極的に有利な立ち位置ではないかと思い至ったのである。 私の仮説は、日米関係の本質は現実の水準ではなく、欲望の水準で展開しているというものである。「日本人はどのようにアメリカを欲望しているのか?」これが、私の研究(というほどのものでもないが)の中心的な関心である。 だが、この問いは「アメリカ問題専門家」にとってはもっとも意識化しにくい問いの一つではなかろうか。当然ながら、「アメリカ問題専門家」は、彼がその職業を選んだという当の事実によって、すでにアメリカを欲望しているからである。彼らが「アメリカ問題専門家」であること自体が彼らのアメリカに対する欲望の効果なのである。」ここに語られている「素人」の優れた面というのは、仮説実験授業において、しばしばあまり知識のない生徒の方がかえって最も難しい問題に正解を出せるという事実につながるものだ。中途半端に知識があると、本質的なものよりも末梢的な知識のほうが気になって、複雑な問題の解答が出せなくなる。しかし、知識のない生徒は、そこで迷わせるような知識がないために、かえって本質に近づけるということがある。「素人」は完全な正解を提出することは出来ないが、最も難しい問題で正解に近づくきっかけを与えることがある。これが「素人」の優れた面ではないかと思う。さて、内田さんの語るソシュールは、専門家も同じようなことを語っているかもしれないが、専門家が語る内容は、あまりにも多くの知識を前提として語るために、ソシュールが優れている本質を浮かび上がらせてくれていないような気がする。内田さんは、そのような面が「素人」にも分かるように語っているのではないかと感じる。ここが内田さんの文章が持つ分かりやすさの一つではないかと思う。「言葉はものの名前ではない」というソシュールの指摘は、僕にはとてもすばらしいことのように見えるのだが、問題意識が違えばそうは見えないのではないかと思う。むしろソシュールは間違った主張をしているのではないかと感じる人もいるのではないだろうか。高度な言語コミュニケーションの中で生まれ・育つ現代人にとって、言葉は教えられるものであって自ら作り出し・発見したりするものではない。教えられる言葉はすでに存在しているものだから、その言葉を「知らなかったら」それがどのように語られるかを「教えてもらう」ものになる。つまり、ものの名前を知らなければ、その名前を教えてもらうのが普通の経験になる。この経験は、「言葉はものの名前である」ということを繰り返し肯定することになるのではないかと思う。「言葉はものの名前ではない」という発想は、言葉を教えられるという前提のもとでの考察ではなく、言葉が生まれてきたときのことを想像しての判断になると僕は思う。内田さんは、「「まだ名前を持たない」で、アダムに名前をつけられるのを待っている「もの」は、実在していると言えるのでしょうか」という問いを投げかけている。これは、ものに名前をつけるという行為を、旧約聖書に語られているアダムの行為を例にして考えていることに関連させて提出された問いだ。アダムの前に登場した動物たちは、それまでは名前がなかったが、アダムが名付けることによって名前を持つことになった。この動物たちが、アダムに知られる前には果たして「実在」していただろうかという問いをここでは投げかけている。これは唯物論の立場からいえば間違った問題提起ということになるだろうか。人間が意識をしていなくても、それが存在することが確認できるものであれば、意識していない間だって存在していたと考えなければならない。人間が意識したとたんに存在が生じると考えれば、それは観念論的妄想と言われるだろう。この問題提起を、ものは、人間が意識したとたんに存在を始めるのだと受け取れば観念論的妄想になるが、そうではない受け取り方をすれば、「実在」という現象をどう捉えるか・どう解釈するかという「実在」の定義につながってくるのではないかと思う。実在が確認できるものであれば、それは人間が確認する以前から物質的な存在としてあったはずだという唯物論の主張は正当だと思う。しかし、永久に確認できない対象は、「確認できれば、それは確認する前から存在していた」という仮言命題の前件を満たすことがない。したがって、論理的にはそのようなものの存在が「確認する前からあった」とは言えなくなる。永久に分からないというしかないだろう。我々に知られたものは、知られた後になれば、その存在が前からあったのだという議論が出来るだろう。しかし、知られる前はそのような議論は出来ない。だから、「アダムに名前をつけられるのを待っている「もの」」は実在しているかどうかという議論が出来ない対象になるのではないかと思う。果たしてこのようなものも「実在している」と言っていいものかどうか。「実在」という言葉をそのように使ってもいいのか、というのが内田さんの問題提起ではないだろうか。内田さんの問いは、認識したとたんに存在が始まるという答につながるものではない。それはむしろ次のように語られる。「言語活動とは「すでに分節されたもの」に名を与えるのではなく、満天の星を星座に分かつように、非定型的で星雲状の世界に切り分ける作業そのものなのです。ある観念があらかじめ存在し、それに名前がつくのではなく、名前がつくことで、ある観念が私たちの思考の中に存在するようになるのです。」これは物質的存在が観念によって生み出されるという主張ではない。名前をつけることによって、その物質的存在は人間の思考の対象として、我々の観念の中に存在を始めるという主張だ。それまでは名前がなかった、つまり知られていなかったのだから、それは我々の観念の中には「実在」していなかった。このような使い方をするのが「実在」という言葉の正しい使い方になるのではないかという問題提起ではないかと僕は受け取った。内田さんは「「ことば」と「もの」は同時に誕生する」ということも書いているが、これは言い換えれば、「もの」を「ことば」にすることによって、われわれはその「もの」を思考の対象にし、論理的思考が出来るようになるという主張ではないかと思う。この主張は僕には整合的なもののように思われる。内田さんが語った主張がソシュールが主張したことでもあれば、それは一見観念論的妄想に見える。そう見えれば、ソシュールは唯物論の立場から批判されるということもあるだろう。だが、上のように解釈すれば、その主張は観念論的妄想ではなく、論理的な整合性を持っているものだと思う。内田さんの主張(=ソシュールの主張)が、現実をよく反映していると思えるような例も見つかる。それは外国語の意味の幅が日本語とは違うというような事実だ。英語では devilfish という言葉があるそうだ。直訳すれば「悪魔の魚」とでも呼べるものだろうか。しかし、この言葉は直訳だけではどんなものかさっぱり分からないだろう。いったい何が「悪魔」なのか。これは実際には「エイ」と「タコ」を指す言葉だそうだ。日本語では、この両者を「悪魔」と呼んで忌み嫌う習慣はない。もし日本人が devilfish という言葉を知らなかったら、「悪魔の魚」は永久に知られない存在になり、日本人には決して「実在」にはならなかったのではないかと思う。だが devilfish という言葉を知ったとたんに、この存在は日本人の思考の対象に入り込み、「実在」としての資格を獲得する。それまでは「実在」していなかったが、名前をつけると同時に「実在」を始めたと言えるのではないだろうか。人間は言葉を使って思考活動をする。そして、その言葉が適切に対象を捉えている(つまり適切な概念化が出来ている)のなら、その思考活動(論理展開)も有効性を持つものになる。適切な言葉を生み出すことが、適切な深い論理的思考を生み出すことにも通じる。上で考えた「実在」という言葉なども、その概念化を詳しく考えると、それによって今まで気づかなかった面を思考出来るようになる。単純な唯物論的理解にとどまるのではなく、一見観念論的妄想に見えるかもしれないが、実は現実を深く捉えているという思考が展開できるようになる。概念を深めることで人間の思考も深まる。言葉が人間の思考に与える影響を捉えた、このような考え方がソシュールの言語学であるなら、ソシュールの言語学は「表現」よりもむしろ「思考」の分析に威力を発揮する言語学になるのではないかと思う。構造主義的な言語学では、ある特定の母国語を使うことによって、その言葉の影響が人間の思考をも支配するという主張がある。母国語の構造によって人間の思考は影響されるので、人間は完全に自由な思考は出来ないという、人間の自由に対する制約の分析を見ることが出来る。これは整合的で納得できる発想だろう。ソシュールの再評価においては、人間の思考における言語の役割というものを深く捉えているものとしてそれを見ていく必要があるのではないだろうか。人間の論理の展開において言語はどう役立っているか、というのは僕の関心のあるテーマでもあるし、それに対して役立つような見解を語っているのであれば、ソシュールの言語学は高く評価できるのではないだろうか、と思っている。
2008.06.14
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ソシュールに対する再評価を教えてくれたのも内田さんの『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)という小冊子だった。ソシュールについても、僕は三浦さんの批判を通じてまず知ったために、何となく間違っているのかなという思いを抱いていた。特に当時養護学校での障害児教育において、「内言語を育てる」ということが理論的に語られていて、この「内言語」という概念がソシュールに通じるものだといわれていたので、障害児教育における「内言語」の概念に疑問を感じていた僕は、ソシュールもどこか間違っているのではないかと感じていた。しかしソシュールは構造主義の祖と言われ、言語学に革命的な進歩をもたらした者として敬意を払われ支持されている。それが明らかな間違った理論であれば、なぜそのようなことが起こるのか合理的に理解できなくなる。支持した人間はみんな間違っているし、みんな馬鹿だったのだとでも思わなければ理解できなくなる。そんなことはないんじゃないかという思いが一方ではあった。三浦さんの批判は、主として三浦さんが定義する「言語」の概念に照らして、ソシュールが提出する「言語」の概念が、言語としては認められないということが中心だった。三浦さんはあくまでも言語を「表現」として定義していた。「表現」だからこそ、その「表現」が生まれてくる過程的構造(現実に存在している何を認識し、何を考えたかが「表現」とのつながりで把握されなければならない)が問題になる。この前提を持てば、「表現」ではない言語規範を言語として定義したソシュールは、その時点でもう間違っていることが論理的に導かれる。だがこれは、三浦さんが定義する「表現」こそが言語だという前提を認めたときにソシュールは間違っているということが帰結されるという論理構造になっている。三浦さんの定義を前提にしなければ、ソシュールが語る対象を言語と規定するような、言語の別の側面を語るやり方もあるのではないかという感じもする。論理的な前提というのは、現実の観察から選び取られるのであるから、言語の「表現」としての側面を重視する観点では三浦さんの定義が選択されるだろうが、別の側面を重視すれば、別の定義が成り立っても論理的には問題がないのではないかという気もする。これと同じような概念の食い違いは、僕が尊敬する板倉聖宣さん(仮説実験授業の提唱者)と三浦さんの間の「科学」という言葉の使い方で起こっていた。三浦さんには『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)という本があるが、板倉さんは、弁証法は発想法であって科学ではないという判断をしていた。これは板倉さんの「科学」の定義から論理的に導かれる結論だった。板倉さんの「科学」の定義は、「仮説実験の論理」を経て確認された一般的な真理を述べる言明というものだった。真理というのは、事実と言い換えてもいいが、個別的なものであれば現実の観察を正しく言葉で表現したものになる。「小泉純一郎氏は日本国の総理大臣だった」などというのは、この言明どおりの事実が観察されたとき、それは真理であると言われる。「科学」はこのような個別的な真理ではなく一般性を持ったものとして提出される。たとえば、「(どんな物質でも)物質は原子から構成されている」とか「(どんな物質でも)自然落下における重力加速度は一定である」というような言明は、どんな対象にでも成り立つという任意性を主張する点で一般性を表現するものになっている。この一般性(任意性)を確認する論理が「仮説実験の論理」というものになる。「仮説実験の論理」では、任意性を確保するために、未知なる対象の運動を実験前に予測するということをする。その予測の根拠になるような一般的な命題を「仮説」と呼んでいる。この「未知」であるという要素が、どんなものを選ぶのかという点で恣意性を排除するので任意性をもたらすのだと考えるのが「仮説実験の論理」だ。このような思考を経て任意性を獲得したものだけが「科学」になるというのが板倉さんの「科学」の概念だ。この「科学」の概念に照らして考えれば、弁証法は一般性を主張することが出来ないので「科学」にはなりえない。弁証法は、任意の対象には成立しない。現実に適用してみて、現実を観察しなければ弁証法性が成り立つかどうかが分からないのだ。対象によって臨機応変に適用したり適用を断念したりしなければならない。このようなものは発想法として活用したときにもっとも効果を発揮する。思考の展開に行き詰まって、問題の解決の方向が見えなくなったとき、対象の弁証法性を考えてみて、ちょっと視点をずらしてみようかという方法で論理を展開するとうまくいく場合がある。うまくいかない場合もあるが、手探りで未知の対象に切り込んでいく時は、このようなものが役立つことがあるだろう。僕は板倉さんの「科学」概念を支持して、弁証法はやはり「科学」ではないと思う。これは板倉さんの概念のほうが役に立つことが多いと思うからだ。「科学」と発想法を区別するのに有効性を発揮する。もし弁証法を「科学」だと思ってしまえば、そこに弁証法性を発見しただけで真理性があると勘違いしてしまうが、発想法だと受け取れば、「仮説実験の論理」で確かめるまではそれは「仮説」にしか過ぎないのだと受け取れる。構造主義に関しても、それが発想法だと受け止めれば有効性のある考えだと思えるが、それが「科学」のような一般的な真理を語っていると受け取ると、やはり構造を発見しただけで真理だという勘違いをしてしまうだろう。しかし、存在するもので構造が発見できないものなどないのだから、構造を見つけただけで真理性が確立することはない。弁証法にもそのようなことが言えるだろう。視点をずらすことができて、対立する視点を見つけることが出来れば、どんな存在だって弁証法性を発見できる。だから弁証法性を発見しただけでは真理にはならないはずだ。弁証法と科学では、その真理性の質がまったく違うというのが板倉さんの主張であり、僕はそれをなるほどと思って支持する。「科学」というのは単純な概念ではなく、その捉え方によってさまざまな定義が出来るものだろうと思う。だから三浦さんと板倉さんで「科学」に対する定義が違っていてもそれは仕方がないだろう。板倉さんの定義が絶対に正しいから、それに反する三浦さんは間違っているとはいえないだろうと思う。評価をするには、どちらの定義がより有効な知識を我々に教えてくれるかということから考えるしかないだろう。僕は、板倉さんの定義のほうが有効性があると評価するので板倉さんの定義を支持する。三浦さんの言語の定義とソシュールの言語の定義にも、「科学」を巡る三浦さんと板倉さんの違いと同じものがあるのではないかと思う。三浦さんの定義に照らせばソシュールは間違っているだろうが、その定義は絶対的で一義的だとはいえないのではないだろうか。むしろソシュールの定義に従って論理を展開したときに、どのように有効な知見が得られるかを考えたほうがいいのではないか。そしてその結果でソシュールを評価すべきなのではないかと感じる。三浦さんの定義では、言語は「表現」の一種として定義されているので、相手が何を言いたいのか・自分が言いたいことが正しく伝わるか、という観点で言語現象をコミュニケーションとして捉えたときに有効な知見をもたらしてくれる。三浦さんの言語論を学ぶと、文章読解の能力が高まるのを感じる。よく考えられた文章では、助詞の使い方一つで深いニュアンスを読み取ることが出来る。その読み取り能力の進歩に伴って、自らの表現の引出しも増えていくような感じがする。それではソシュールが定義するような、言語規範を言語だと捉える定義では、どのように有効な知見をもたらしてくれるだろうか。それを探し求めてソシュールの研究者が語ることを読んでみたのだが、これがさっぱり分からなかった。専門家はそういう問題意識を持っていないのだろうかと思うくらい、僕が期待することを語ってくれる人がいなかった。それが、内田さんが『寝ながら学ぶ構造主義』で語っていることの中には、僕が期待するようなソシュールのどこが優れていて、どのような考えが有効なのかが書かれていると感じた。それは次のように語られていた。「ソシュールの言語学が構造主義にもたらした最も重要な知見を一つだけ挙げるなら、それは「言葉とは、『ものの名前』ではない」ということになるでしょう。(他にもソシュールはいろいろなことを指摘したのですが、一番大事な一つだけにしておきます。)ギリシャ以来の伝統的な言語観によれば、言葉とは「ものの名前」です。」この内田さんの言葉は、僕と同じような問題意識を持って眺めなければ、なんだ大したことを言ってないじゃないかと思われるかもしれない。しかしここにこそ、三浦さんが定義する「表現」としての言語と、ソシュールが定義する「表現」ではない側面の言語という概念の違いが見られるのではないかと思った。言語を「ものの名前」だと考えるなら、それは我々がある対象を認識して、それが何であるかを「表現」するというコミュニケーションの道具としての言語の姿が見えてくる。対象がそこに存在するから、ものの名前としての言語が頭の中に浮かんできて、それを認識したということが表現される。それを受け取った対話者が、言語によって表現者の認識を受け取ることが出来る。言語が「ものの名前」であるというのは、すでに言語の中にどっぷり使っている状況の人間には自然な受け取り方だろうと思う。言語のある生活の中に生まれ、言語を学ぶことが生きることでもあるという状況の人間には、名前のついていないものはほとんどない。固有名詞がなくても、「それ」とか「あれ」と呼ぶことが出来る。存在しているもので、何らかの表現が出来ないものはない。現在に生きている我々にとっては、言語は「表現」であるという前提はほぼ自明なものになる。しかし、まだ言語が充分でなかった時代に、今の我々なら知っている・つまり存在していることを知っているものでも、かつては誰も知らなかったものというのがある。そういうものは果たして名前があったものといえるだろうかというのがソシュールの問題提起だと内田さんは語る。そういうものは、むしろ名前をつけること(言語化すること)によって、存在という属性そのものも獲得されたのではないかというのがソシュールの発想のように感じる。このように考えると、ソシュールの言う言語とは、すでに出来上がった・コミュニケーションの道具として現前しているものではなく、人間が思考の中で利用している、思考を進める道具として生成・発展しているものではないかという気がしてくる。そうであれば、ソシュールの発想では、むしろ言語規範こそを言語と呼ぶのがふさわしいのではないかという気もしてくる。問題は、これがどのような有効性を持っているかということではないだろうか。三浦さんは、コミュニケーションの道具としての「表現」に注目したが、ソシュールは思考の道具としての頭の中にある「記号」としての言語に注目したのではないだろうか。そうであれば、ソシュールの発想は、思考とか論理とかの分析に有効性を発揮するのではないかと予想できる。もしかしたらウィトゲンシュタインの捉え方に近いかもしれない。ソシュールについては、内田さんの解説から、もう少し詳しく考えてみようと思う。
2008.06.13
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内田さんの『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)の中から、なるほどそのとおりだと思えるような説明を抜き出して、それがどうして分かりやすいのかということを考えてみようと思う。内田さんは第1章で構造主義に先行する思想史を作った巨人として、マルクス・フロイト・ニーチェについて書いている。このうち、フロイトを語った部分での「抑圧」という用語の説明が実に分かりやすかった。「抑圧」という言葉を辞書的に解釈すれば、「抑制し圧迫すること。むりやりおさえつけること」と書かれている。だが、この概念ではフロイト的な「抑圧」を理解することが出来ない。フロイトが語る「抑圧」とはあくまでも「無意識」という心の領域の働きのメカニズムとして提出されている。この辞書的な解釈では、「無意識」の働きで起こっているのではなく、自分で自覚して「無理やり押さえつける」ということをしているように受け取れる。この「抑圧」は無意識の「抑圧」ではなく、自覚的な有意識の「抑圧」になってしまう。辞書的な意味を心理学的なものに拡張しても、それは「心理学で、不快な観念や表象・記憶などを無意識のうちに押し込めて意識しないようにすること」と書かれているだけだ。これは「無意識」を考慮した概念のように見えないこともないが、よく考えるとおかしいところがある。「押し込めて意識しないようにすること」は、「意識しないようにする」ことを意識してしまうのではないだろうか。「無意識」というのは、このようなことが自覚できない、自分には決して分からないからこそ「無意識」だと呼ばれるのではないだろうか。フロイト的な無意識の作用による「抑圧」は、この言葉だけを眺めていたのでは概念をつかむことが出来ない。この「抑圧」がどのような現象のときに現れるのか。そしてその現れた現象の本質がどこにあるのか。それを理解したときに初めて、フロイトが語った「抑圧」の意味が見えてくる。内田さんの「抑圧」の説明は、このようなことがよく分かる見事な説明となっている。内田さんは、まずフロイトの「無意識」というものを「当人には直接知られず、にもかかわらずその人の判断や行動を支配しているもの」と定義する。ポイントになるのは、本人はそれを知らないから、どうしてそのような判断をしたのか・どうしてそのような行動をしたのかを知りえないということだ。これは、本人には分からないのだが、周りにいる人間はその判断を示す行動から容易に推測できることが多い。「無意識」というのはそういう対象になっている。他者(他人)にはよく分かるが、本人には分からない自分の心の中ということになるだろうか。さて、この「無意識」が心の中で「抑圧」をするとなれば、それはどのようなメカニズムを持っているだろう。それは心の中の二つの部屋(無意識の部屋と意識化できることの部屋)の間にいる番人の比喩で語られている。これは内田さんのオリジナルではなく、フロイト自身が考えていたもののようだ。この番人は、心の中に起こってくるいろいろな現象を、意識化するか「無意識」の中に止めて知らないままにしておくかを判断している。意識化したものは自覚されて自分にも分かるものになる。だが「無意識」にとどまるものは決して自分には知られない。番人はこのような仕事をしているのだが、この番人がどのように動いているかを自分は知らない。自分ではコントロールできないのだ。この番人は、意識化すると苦痛になるような心的状況は「無意識」の中に押し込めておこうとする。これがフロイト的な「抑圧」になる。押し込めておくのは自分ではない。この番人がやるのである。そして、この番人の働きを自分が知ることがないという意味で、これは「無意識」の働きであると考えられる。このフロイト的な「抑圧」の意味は、言葉としては上のように概念化される。これをさらに内田さんは、狂言の『ぶす』という話で、そこに登場する人物の心的状況を説明することでより具体的にイメージできるように解説する。この具体的イメージがつかめることで、「抑圧」という概念は、ただ意味を知っているだけではなく、現実の中に「抑圧」を発見して、それがどのような作用をしているかという現実理解のために役立てることが出来るようになる。『ぶす』という話がどのようなものであるかを内田さんの本からちょっと引用しておこう。「主人が、太郎冠者と次郎冠者に貴重品である砂糖つぼを委ねて外出することになります。留守中に盗み食いをされてはたまらないので、主人は二人にこれは「ぶす」というたいへんな毒物であるから、決して近づかぬようにと釘を刺して出かけます。 最初は「ぶす」のほうから吹く風にも怯えていた二人ですが、やがて好奇心に負けて「ぶす」のふたを開けてしまいます。そこから漂う芳香につられて、口のいやしい太郎冠者は制止も聞かず「ぶす」をなめてしまいます。そして「ぶす」が砂糖であることを発見します。二人でぺろぺろなめているうちに砂糖つぼは空になってしまいます。 始末に窮した太郎冠者は一計を案じ、二人で主人秘蔵の掛け軸を破り、皿を砕くことにしました。 帰宅して散乱した家の中を見て唖然とする主人に、太郎冠者はこう説明します。「お留守の間に眠ってはいけないと、次郎冠者と相撲をとっておりましたら、勢いあまって、あのように家宝の品々を壊してしまいました。これではご主人に合わせる顔がない、二人で『ぶす』を食べて死んでお詫びを、と思ったのですが、いくら食べても、さっぱり死ねず……」」この物語は、知っている人も多いだろうが、ここに登場する太郎冠者の心の働きの中に「抑圧」という現象を見つけることが出来ると内田さんは言う。しかし、これは「抑圧」という概念を言葉の定義だけで理解している間はなかなか発見できないだろう。太郎冠者の「無意識」の番人は、いったい何が意識化しないように、「無意識」の部屋に押し込めて「抑圧」をしているのだろうか。物語に登場する太郎冠者は非常に頭のいい人間で、主人が禁止した「ぶす」に近づくなということを破った言い訳が成立するような工夫をしている。しかも主人が「ぶす」は毒だといった嘘を逆手にとって、責任の半分は主人にもあるのだというような理屈を立てるような工夫をしている。論理の流れとしては次のようになるだろうか。 眠ってはいけない ↓ だから、相撲をとって眠らないようにした ↓ そのため、家宝の品々を壊してしまった ↓ だから、死んでお詫びをしようとした ↓ そのために、毒である「ぶす」をなめた論理の流れとして、こじつけを感じるところがあるものの、一応言い訳の理屈としては成立するようなものになっている。太郎冠者は、このように論理的な理屈を構築できるような頭のいい人間だということがわかる。逆に言えば、素直に謝るような善良な人間ではなく、口からでまかせを言っても言い逃れようとする邪悪な人間だということでもある。太郎冠者は、この計略が主人に見破られるだろうということは少しも考えていない。それは、自分のほうが主人よりも頭がいいと思っているからだ。そしてそれはたぶんそのとおりだろう。頭のよさでは主人よりも太郎冠者のほうが上のような気がする。だが主人は、帰宅してその惨状を見て直ちに太郎冠者が嘘をついていることを見破ってしまった。これは主人の頭のよさが太郎冠者を上回っていることによって見破ったのではない。太郎冠者がいかに頭がよくても、その判断から抜け落ちたもの(「抑圧」されて意識に上らなかったこと)が、主人に嘘が見破られるということをまったく考えなくしてしまったというのが、「抑圧」のメカニズムがここに見られるということだと内田さんは説明する。太郎冠者が「抑圧」していたものは何だったのか。それは「太郎冠者が嘘つきの不忠者である」という邪悪な性格の持ち主だということを「主人は知っている」ことだと内田さんは指摘する。主人は、論理的な判断から太郎冠者の嘘を見破ったのではなく、太郎患者がそのような邪悪な正確の持ち主だと知っていたので、直ちに「ぶす」をなめた言い訳で嘘を言っているのだと判断したのだった。実は、太郎冠者が邪悪な性格だということは、主人だけではなく他者(他人)はみんな知っているのだった。太郎冠者だけが、「みんながそれを知っている」ということを知らなかったのだ。それは、単にうっかり分からなかっただけというのではなく、「無意識」の働きとして、知ろうとしないことに最大の努力を傾けて知らないままにしているのだと考えるのが「抑圧」というメカニズムの、現実解釈において役立つところだ。内田さんはこれを「構造的無知」と呼んでいる。それは「構造的」なものだから、自分の努力だけで無知を克服して知識化することが出来ない。このあたりのことを内田さんの言葉を引用すれば、次のようになるだろう。「この無知は太郎冠者の観察力不足や不注意が原因で生じたのではありません。そうではなくて、太郎冠者はほとんど全力を尽くして、この無知を作り出し、それを死守しているのです。無知でありつづけることを太郎冠者は切実に欲望しているのです。」この「抑圧」と「構造的無知」は、太郎患者がなぜ邪悪な性格を持ちつづけるかということの理由も納得させてくれる。内田さんは、「誰だって自分の邪悪な側面が「みんなに筒抜け」であると知っていたら、それを隠すか治すか、何とかしますから」と語っているが、「無意識」への「抑圧」がなく、自らの邪悪さを自覚した人間は、それから逃れることが出来るのだというは、確かにそのとおりだろうと思う。「抑圧」があり、「構造的無知」があるからこそ邪悪さを持ちつづけることも出来るのだ。悪役俳優には、実は人間的にはいい人が多いのだということを聞いたことがある。これは、邪悪な人間を演じることによって、邪悪さというものが強く意識化されるからではないかと思う。邪悪さを意識化した人間は、もはや邪悪さの中にとどまることが出来ないのではないかと思う。逆に、自らの有能さや正義を疑わない人間は、邪悪さを「抑圧」する方向に向かうのではないかと思う。頭のいい有能な人間が、しばしば人格的には最低ではないかと思えるような行動をとるのは、この「抑圧」のメカニズムで解釈するとなるほどと思えるようなものが発見できるかもしれない。正義感についてもそのような現象が見られる。自分が絶対的に正義であるという位置にいると思っている人間は、その正義感で他者(他人)を攻撃し、結果的には不当ないじめをしているのと同じような行動をとっていてもそれが分からない。むしろ自分は正義を実現するよいことをしていると思っている人間が多い。僕が出合った差別糾弾主義者はたいていそのように見えた。その言い方はあまりにひどいんじゃないかという批判をすると、彼らは正義を否定されたと思うだけで、自らの邪悪な面を自覚することは出来なかった。「抑圧」概念は、人間の邪悪さを理解し自覚することに役立つ。そして、邪悪さは自覚したときにようやくそれを乗り越えることが出来るものだろう。自らの邪悪さを自覚するために、「抑圧」概念を役立てたいものだと思う。
2008.06.12
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僕が内田さんの文章に接した最初のものは、『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)という本だった。僕は、この本を読んで初めて「構造主義」というものがどういうものであるかという具体的イメージをつかむことが出来た。それまでは、三浦つとむさんの「構造主義者批判」を読んでいて、何となく「構造主義」は間違っているのかなあという感じを抱いていた。三浦さんは、構造主義者の言説を批判して、構造主義「者」を鋭く批判はしていたが、「構造主義」そのものの批判はなかったような気がしたからだ。しかし「構造主義」そのものに間違いがあるのなら、しかもそれが簡単にわかるような間違いであれば、あれだけ多くの人を魅了して支持されたということが分からなくなる。「構造主義」に魅了された人々はすべて馬鹿だったということなのだろうか。僕にはそうは思えない。むしろその時代の最も優れた知性の持ち主たちが「構造主義」を支持していたようにも見える。もちろん「構造主義」を細かく分析すれば、そこにいくつかの間違いはあるだろう。何から何まですべて正しい理論などというのはない。時代的な制約・地理的な制約などさまざまな制約のもとで人間が考えることに間違いがないということはあり得ない。そういう意味での間違いを批判するなら、「構造主義」も他の思想と同じように批判できるだろう。だが、そのような末梢的な批判ではなく、本質的にどこが優れていたのかということを僕は知りたいと思った。優れていたからこそ多くの人を魅了したのだと思った。それを初めて納得させてくれたのが内田さんの『寝ながら学べる構造主義』という本だった。なるほど、このような考え方ならその正しさが納得できる、という説明の仕方で「構造主義」を語ってくれていた。内田さんは、自らをオリジナリティーの高い研究者ではないと語っている。むしろ内田さんが書くことは、すでに誰かが語っていることを言い換えているだけに過ぎないとも自ら語っている。これは、ある人にはたいしたことないものに見えるかもしれないが、僕にはとてもすばらしいことのように見える。誰かが語った真理は、それが真理であっても表現が難しくて、その真理性がうまく受け取れないことが多い。それを、内田さんは「なるほどこういうことか」ということが理解できたことを、自分が理解した道筋が伝わるように説明している。だから、オリジナルな誰かの表現よりも、内田さんが言い換えた表現のほうがずっと分かりやすくなるのだと思う。内田さんが言い換えた表現が分かりやすいとしても、それが不当な単純化をしているものであれば、分かりやすい代わりに曖昧さが生じて、時に間違いにはまり込んでしまうことが起こる可能性がある。そのような間違いに流れずに、複雑で難しい真理を、複雑な構造のままに分かりやすくしていると僕には感じるので内田さんの文章がとても分かりやすいと思えるのだろう。『寝ながら学べる構造主義』の中から、内田さんが言い換えた説明を抜き出し、それが何故分かりやすくなっているかを考えてみようと思う。その仕組みがつかめたら、それはきっと教育という営みに役立つことになるだろう。さて、最初に取り上げる説明は「ポスト構造主義の時代」という言葉の説明だ。内田さんは、これを次のように語る。「「ポスト構造主義」ということは、「構造主義が支配的な、あるいは有効な形式である時代は終わった」ということなのでしょうか。 私はそう思いません。「ポスト構造主義期」というのは、構造主義の思考方法があまりに深く私たちのものの考え方や感じ方の中に浸透してしまったために、改めて構造主義者の書物を読んだり、その思想を勉強したりしなくても、その発想方法そのものが私たちにとって「自明なもの」になってしまった時代(そして、いささか気ぜわしい人たちが「構造主義の終焉」を語り始めた時代)だというふうに私は考えています。」「ポスト構造主義」を辞書的に解釈すれば「ポスト」という言葉が「以後」という日本語に重なるので、「構造主義」は終わったと解釈したくなる。しかし、それは実際に終わったのではなく、人々の気分の中で終わったと感じている状態を指したほうがいいという指摘だ。それは、特に意識しなくても常識化してしまった考えなら、ことさら構造主義という言葉を言い立てなくてもすむようになっているので、構造主義を主張する時代は終わったなと感じる人が多いだろうからだ。なるほどこれなら納得できる。内田さんは「構造主義」そのものについても実に分かりやすい説明をしている。「構造主義」も、それを辞書的に解釈すれば、存在するものの「構造」に注目してそれを理解する考え方というような感じがしてくる。しかし、「構造主義」がそのような辞書的な意味にとどまるなら、わざわざ「構造主義」と呼んで、さまざまな対象の解析に使うツールとして利用できるような感じがしない。そういうことは数学の世界では昔から行われていたので、すべての対象を数学的に解釈してしまえば「構造」に注目することは出来てしまう。しかし、すべてを数学として見るメガネというのは、具体性を捨象して、抽象的な・ある属性だけを持っている存在を設定して、その属性だけが成立する世界を分析することを意味する。これは「構造」を見るには便利なやり方だが、高度に抽象化された対象は、時には現実との関係が切れてしまう。つまり、対象を数学的に扱うだけでは現実に有効な解析にはならない。もし「構造主義」が、すべてを数学化してしまうような考えなら、それは現実を無視した妄想だと批判されても仕方がないだろう。「構造主義者」の中には、そのような勘違いをしていたものもいたかもしれない。それが三浦さんに批判されたのではないかと思う。だが、「構造主義」がそのようなものではなく、別の側面を持っていたら、それは現実に対して有効性を持つかもしれない。その別の側面を、内田さんは次のように説明して教えてくれる。「構造主義というのは、ひとことで言ってしまえば、次のような考え方のことです。 私たちは常にある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け入れたものだけを選択的に「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられている」。そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない。」この説明の中には「構造」という言葉はどこにもない。「構造主義」は、「構造」について直接何か語ることではなかったのだ。問題は、我々が「自由ではない」ということを指摘することだったのだ。何ゆえ自由ではないのか。それは時代・地域・社会集団などの制約があるからだ。その時代・地域・社会集団では、疑いようのない自明な前提というものがある。その中では、すべての論理はその前提から出発するしかない。だから我々の思考はその前提に縛られて、ほかの前提を置いて論理を展開することが出来ない。これが我々が自由にものを考えられない理由になっている。この我々の「自由な思考」を制約するものとして、時代が持つ「構造」、地域が持つ「構造」、社会集団が持つ「構造」が問題になってくる。我々の自由な思考を制約するものとして「構造」に注目するということが「構造主義」の真髄ではないかと僕は理解した。このような発想ならそれは役に立つだろうということも納得できる。我々が制約された不自由な思考をしている時は、ある種の問題に対してどうしても解答が得られないことがあるだろう。我々が縛られている前提からはどうしても帰結しない論理的な結論が、現実には起こってしまっているというパラドックス状況が見られるということは良くあるのではないかと思う。かつてはこうだったのに、今ではなぜそうならないのだろうかという問題はたくさんあるのではないだろうか。昭和30年代がブームになった時は、その頃は人々は人情が厚く、連帯感を持って生活していた、と考える人が多かっただろう。そして、今はなぜそうならないのだろうかという思いを抱いている人は、昭和30年代を知っている人には多いだろう。それは、時代の「構造」が違うのではないかと、「構造」に注目して思考する発想が「構造主義」ということになるのではないだろうか。昭和30年代は、我々は特に意識することなく、人情の心地よさの中に浸っていられた。それはどのような社会構造があったからだろうか。そのような発想が「構造主義」になるのではないだろうか。「構造主義」は発想法として役に立つと思う。しかしそれはあくまでも発想法なので、なかなか解答が得られない、自由な思考が展開しにくい問題で、違う発想で論理を展開したいというときに役立てるものだろう。なんでもかんでも「構造主義」を適用すれば役に立つというものではないだろうと思う。いつでも「構造主義」的に考えればよいのだという考えでは、発想法とも呼べない単純な思考になってしまうだろう。単純な思考では複雑な存在を理解することは出来ない。発想法は、それを適用するにふさわしい対象に使ったときに、もっとも大きな成果を生む。そうでない対象について発想法を適用すれば、それはとんでもないでたらめな結論を導く恐れすらある。同じ発想法として弁証法というものもあるが、これの機械的適用が間違っているのは三浦さんがよく指摘していたことだ。弁証法の発想は、「構造主義」の発想をさらに抽象度を高めているように僕は感じる。弁証法の発想は、視点を変えるということが最も大きなものになる。人間は全体をいっぺんにつかむことが出来ない。部分を認識して、それを総合して全体像を作るしかない。だから、今まで見ていなかったところからものを見れば、それは違う見え方をする。視点を変えれば違うものが見える。それは最初の考え方とまったく対立するものが見えるかもしれない。そこから思考をスタートさせようというのが弁証法の発想だ。視点を変えるという弁証法の発想は「構造主義」の発想の中にも似たものがある。内田さんは、「世界の見え方は、視点が違えば違う。だから、ある視点にとどまったままで「私には、他の人よりも正しく世界が見えている」と主張することは論理的には基礎付けられない」と書いている。これも「構造主義」の発想から出てくる考え方だ。弁証法の場合に視点をずらすのは、自分の立ち位置を変えることを意味するが、「構造主義」の場合の視点のずらし方は、人間の思考を支配している「構造」を別のものに入れ替えることで、別の「構造」の中の視点としてそれをずらすという感じがする。「構造主義」を発想法として捉えれば、それは弁証法の場合と同じように、行き詰まった思考の展開を打破するような可能性をもたらす有効性があるだろう。そのような意味では、「構造主義」そのものには何らまずいところはないような気がする。まずいところが出るとすれば、弁証法の失敗と同様に、その適用の仕方を間違えたときに弊害が出てくるということだろう。それを適用するにふさわしい対象に適用していれば問題はない。適用するにふさわしくない対象に発想法を押し付けたときに、それは無理な論理展開を導く間違いにつながるのではないかと思う。僕は、「構造主義」を、このような発想法として理解したとき、それが優れている面を理解できたと思った。多くの優れた知性が、「構造主義」を支持したことの理由も納得できた。この発想法を使えば、今まで解決できなかった、さまざまな制約のもとにあった思考を越えることが出来たのではないかと思う。僕は内田さんの文章で、初めてこのような「構造主義」の概念を目にした。素人への解説者として、内田さんはとても優れた教育者だと思う。
2008.06.11
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マル激にもよくゲストで出ている森達也さんの『世界を信じるためのメソッド』(理論社)という本を読んだ。とても面白い内容だった。副題に「僕らの時代のメディア・リテラシー」とあるように、現在の発達したマス・メディアの時代に、そこから送られてくる情報をいかに有効に受け取るかという「メソッド(方法)」を論じたものだった。その語り口はとても分かりやすいもので、専門的な話は何もなく、まったく予備知識がなくても「メディア」というものの本質がどこにあるかを的確に理解させてくれるものだと思った。メディアというものの代表は今ではテレビによる動画になっているが、これはたいへん分かりやすい媒体(メディア)として情報を伝える。マス・メディアそのものに分かりやすさがあるので、その危険性や本質を語るにもやはり分かりやすさがなければ多くの人には伝わらない。森さんはそのようなことを考えて、この本で書いたような語り口を使っているのだろう。リテラシーというのは本来は「読み書き能力」のことを指した。これは印刷技術の発達によって、文字情報が多くの人に共有された時代に、情報を正しく受け取るための技術として考えられたらしい。これは、文字に書かれた情報というのが、直接体験を、いわば完全に離れた形での間接体験として受け取られるからではないかと思う。このような情報を受け取る時は、リテラシーという技術がなければ、それを正しく受け取ることが出来なくなるのだろう。我々が直接体験することについては、時に勘違いということもあるかもしれないが、その大筋においては体験という「事実」を取り違えることはない。「事実」をどう「解釈」するかという、「解釈」の段階では間違えることがあっても、「事実」がどうだったかというのはあまり間違いはないだろう。錯覚でさえ、そこに錯覚が起きたということは「事実」として認められる。他者が経験した事実であっても、他者との直接の対話によって伝えられるものはそれほどゆがみのあるものとしては広がらない。ゆがみが生じるのは、直接体験者でない人を媒介にして、人づてに聞いたりするときだろう。そして、この情報の広がりが個人単位で行われている時は、その影響は少ない。大量の同じ情報が出回るようになったとき(かつては印刷による文章の流通がそういうものだっただろう)、その影響は大きなものになる。文章による表現は、直接体験した者の文章であっても、それを体験した「事実」のように受け取ることが難しい。文章というのは、絵画的な表現が出来ないからだ。絵画であれば、目に入るものならすべて絵の中に含めて表現できる。しかし文章ではそういうわけにはいかない。表現者が認識したものの中から、何を文章にするかという選択がまず入る。そして、文章は同時に表現できないので、何から先に表現するかという順番の選択も関わってくる。また、表現されなかったもの、そこに存在はしていたものの、伝えられなかったものがある。それは文章を受け取る人間には、最初から存在していなかったものとして受け取られてしまうだろう。リテラシーという技術は、文法的な意味を受け取る、文字に関する知識というものがまず必要であることは間違いないが、それだけではリテラシーにならないというのが重要なことだ。森さんの言葉でいえば、「事実は限りない多面体であること。メディアが提供する断面は、あくまでもその一つでしかないということ」と表現されていることを常に意識することが重要だ。これこそがリテラシーの基礎であるといってもいいだろう。メディアの情報を簡単に信じてはいけないということだ。メディアが送ってくる情報は直接体験できるものではない。また、それを問い直して疑問に答えてくれるものでもない。一方的に送られてくるものを受け取るだけだ。だから、その一面だけが世界の現実だと思ってしまえば、見えていない他面への考慮は出来なくなり、そこにこそ大事な事実が隠れているとしても、そこに気づく人は圧倒的に少なくなる。しかし多くの人がリテラシーという技術を持てば、隠れているものが何かということは分からなくても、何かが隠れているんじゃないかという「方法的懐疑」を持つことが出来る。これが大きな失敗を避けさせてくれる要素になるだろう。森さんは、リテラシーの中でも特にメディア・リテラシーについて語っている。これはその影響力の大きさからいって、現代社会では特に気をつけて見なければならないリテラシーになると思っているからだ。メディアの中心にあるのはテレビで、本質は動画による情報伝達ということになる。動画は言葉がわからなくても、見ていれば分かる部分というものが多い。直接体験に近いものが得られるので、そこで見たものが「事実」だというふうに信じやすいということもあるだろう。だが実際には、カメラを向けた範囲の対象しか見ていないのであって、カメラに収まらなかった映像にこそ実は大切な本質が隠れていたかもしれないのである。これはリテラシーという技術を身につけて、そのような前提で映像を見なければなかなか考えが及ばない。メディア・リテラシーを持っていなければ、情報を間違って受け止めて、間違った判断を引き出す恐れがある。それは善意のメディアであってもそのような可能性があるのであって、ましてや悪意を持ってだまそうとするメディア、たとえばナチス・ドイツのプロパガンダのようなメディアであれば、だまそうとするテクニックに発達したものがあるため、よほど高度のリテラシーを持たなければだまされてしまう。森さんによれば、ナチスの最高幹部へルマン・ゲーリングの言葉として次のようなものがあるそうだ。「もちろん、一般の国民は戦争を望みません。ソ連でもイギリスでもアメリカでも、そしてドイツでもそれは同じです。でも指導者にとって、戦争を起こすことはそれほど難しくありません。国民に向かって、我々は今、攻撃されかけているのだと危機を煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。このやり方は、どんな国でも有効です。」これは、大衆をだまそうとするファシストのほうがメディア・リテラシーについての理解では進んでいたことを示すものだろう。このファシストに対抗するには、大衆の側がもっと高いリテラシーを持たなければならないのだが、メディアの発達途上段階ではそれは難しかったのだろう。ゲーリングが言うように、このやり方は「どんな国でも有効」だったというのが、当時のリテラシーの状況だったのだろう。果たして今はどうだろうか。今では、だますほうがもっと巧妙になっているかもしれない。森さんは他の例として、かつて湾岸戦争と呼ばれたイラクとアメリカの間の戦争の際に、クウェートの少女がイラク兵の残虐さを語ったメディア情報を取り上げて考えている。この時は、イラク兵が病院を襲って、保育器の中の赤ちゃんを放り投げて殺していたということを、クウェートの少女が涙ながらに語っていたということが報道されていた。この少女が涙ながらに語ったというのは映像として流されたので「事実」に違いない。しかし、イラク兵が保育器の中の赤ちゃんを放り投げて殺したというのは、実は誰も見ていないことだった。後になってこれは嘘であることがばれた。このクウェートの少女は、実はアメリカを離れたことがなかった大使館職員の娘だということが分かったからだ。クウェートに行ったことがない少女が、クウェートについての「事実」を語れるはずがないという論理で、これが嘘であることがばれた。しかしこの情報を多くのアメリカ人は信じた。これによって、フセインとイラクというのは、残虐非道なことをする極悪人だというイメージが作られた。これは実際とは違うのに、メディアの嘘によって人々によって信じられてしまった。これは嘘であるから、嘘であることが確実になればだまされたことを反省することが出来るだろう。しかし、嘘ではなく「事実」には違いないのだが、それが一面的なものばかりなので、実際のイメージとは違うはずなのにステレオタイプなイメージが定着してしまうことが反省できないこともある。中国の民衆がチベット問題で国際的な非難を浴びているのを理解できないのも、中国政府の情報操作によるものではないかという指摘もある。外国の攻撃は、発達しつつある中国を押し止めようとする悪意があるためだというイメージが植え付けられているのではないだろうか。一面的な事実によってステレオタイプが流通しているというのは、このような意識を持って情報を眺めるのもメディア・リテラシーの一つだろう。森さんは、犯罪報道などで犯人を救いようのない悪人だというイメージで伝えることを、一面的な「事実」情報を流しているものだと指摘している。このとき、他面があることを考えるのは想像力の働きで、これがリテラシーとして深い読み取りをもたらしてくれるのだが、その難しさを次のようにも森さんは語っている。「もちろん短気な人はいる。思慮の浅い人もいる。他人の痛みや苦しみへの想像力が欠けている人もいる。でも救いようのない悪人などいない。オウムの信者も北朝鮮の工作員もアルカイダのテロリストも、親を愛し子を愛し、喜怒哀楽もある普通の人たちだ。 大多数の人たちは、これをなかなか認めたがらない。なぜならこれを認めてしまうことは、自分の中にも悪事を成す何かが潜んでいると認めることになるからだ。これは困る。連続殺人犯と自分との間には、大きな違いがあるはずだと思いたい。きちんと線を引いて欲しい。だって彼らは特別な人たちなのだから。そう思う人はとても多い。」このようなメンタリティがあれば、メディアが流す一面的な情報も、その気分を満足させるものであれば多くの人に肯定的に受け取られる。この難しさは、テレビというメディアでは特に顕著に表れてくる。なぜなら、テレビでは多くの人に見られるという視聴率の高さが、その企業の生き残りにかかわってくる最大の関心事になるからだ。ステレオタイプの一面的な情報を多くの人が望むなら、テレビは結果的にそのようなものを流すようになるだろう。森さんは、戦争のときの新聞媒体が、戦争の勇ましい面を報道することによって販売部数を伸ばしたことが、結果的に大政翼賛的なプロパガンダのメディアになっていったことを指摘して、マス・メディアの特性への注意を呼びかけている。そしてこのことがリテラシーにおいては最も重要な側面を理解させることにもなる。ファシズムのように、プロパガンダをするほうが悪意を持ってだますということもあるだろうが、現代社会においては、情報があふれてコントロール可能な領域を越えてきているようにも感じる。だから、プロパガンダとしてコントロールできるのは、社会主義独裁をしている中国のような国だけかもしれない。ほとんどの「民主主義国」では、民衆が望むものこそメディアは報道することに熱心になるだろう。そうすると、リテラシーのない、自らの感情に気分よい情報だけを望むような人々が増えたら、メディアは当然そのような面を持った情報しか送らないだろう。そしてますますメディア・リテラシーを身につけることが難しくなっていくという悪循環になる。森さんの最後の呼びかけも、メディア・リテラシーが重要なのも、実は一人一人が正しい判断をしたいということを願うかどうかという、あなた自身の問題なのだということで結ばれている。森さんに出来るのは、メディア・リテラシーがどういうものかということを語ることだけで、それを身につけたいと願ってほしいということだと思う。そして、たぶん多くの人がそう願ってくれるだろうという希望を森さんは語っているのだろうと思う。僕もそこに共感する。僕も自分自身のメディア・リテラシーを伸ばしたいと思うし、多くの人もそう願ってくれるだろうと期待している。
2008.06.09
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内田さんが語る中華思想のまず第一の特徴は、それが「ナショナリズム」ではないということだった。内田さんは、なぜ「ナショナリズム」ではないことを強調したのだろうか。この帰結そのものは、内田さんが定義するイメージから引き出せる論理的な帰結であって、実際の中国の歴史を見て、事実から引き出した観察結果ではない。つまり、中華思想というものが中国の行動の中に中心的な位置を占めていた時代は、それが「ナショナリズム」として、国家の一体感を感じる人々が出てきたり、国家の利益のために一丸となったりするという現象が出てこないだろうということが予想できる。中華思想は「ナショナリズム」ではないのだから、「ナショナリズム」の発露のように見える行為が人々の間に生まれないということが、その時代の常識だっただろう。最近の中国を見ていると、オリンピックの聖火リレーでの異様な盛り上がり方といい、「ナショナリズム」を感じさせるようなところがある。この事実の解釈に、それは中華思想が薄れて近代国家主義が浸透したために「ナショナリズム」の傾向が高まったのだとするものも考えられるだろう。中華思想が薄れたために「ナショナリズム」の傾向が高まったと見るのは、一つの論理的展開になるだろう。また、中華思想が薄れたとはいえ、それがまだどこかに残っているなら、西欧的な近代国家としての「ナショナリズム」、たとえばナチス・ドイツに見られるようなものや、アジアの中で西欧に近い近代化を遂げた日本の軍国主義下での「ナショナリズム」とは、どこか性格が違うものが見られるのではないかとも考えられる。現代中国の「ナショナリズム」の、中国的特性を理解するのに、中華思想というメガネは有効性を持つように思う。内田さんの「ナショナリズムではない」という指摘も、このようなメガネとの関連で評価できるのではないかと思う。佐佐木さんの「(3)中華思想から現代中国を見ることの<方法>論的問題点」の中には次のような「ナショナリズム」に関する記述がある。「ここで内田氏が問題なのは、「中華思想は『ナショナリズム』ではない」という言い方がはからずも語っているのだが、中華思想に内在する「ナショナルなもの」を脱色させて「中華思想の本義」を論じようとしていることである。中華思想を「中華」思想たらしめているのは、儒教をベースに生みだし熟成させた漢民族のドロドロとしたマグマの如く熱い「ナショナルなもの」なのであって、これを抜きにしては中華思想を正面から<全体的>に論じたことにならない。 ところが氏はこれを抜きにして、「儒教的世界」における「王土」「グレーゾーン」「化外の地」の形式を抜き出すことで、“「グレーゾーン」をまったく「気味悪がらない」中国人の体質発想法考え方”を提示し、それをもって日中関係、現代中国の政治的軍事的諸問題を照射せんとする。」ここでは「ナショナリズム」と関連させて「ナショナルなもの」という言葉が使われているが、これは辞書的な意味で理解すれば、「民族的なもの」という理解になるだろう。これを「ナショナリズム」にも含めて解釈をすると内田さんの主張の受け取り方が難しくなる。内田さんが語る「ナショナリズム」にはこのような意味がまったく含まれていない。なぜなら、それは現代中国に見られる、近代国家としての「ナショナリズム」を理解するという目的で「ナショナリズム」という言葉を使っているからだ。内田さんは『街場の中国論』の中で次のように「ナショナリズム」について語っている。「ナショナリズムというのは国境線の内側は原理的には均質的で、国境線の向こう側も原理的には均質的で、その一本の境界線のこっちとあっちでは、言語も人種も信教も習俗も、すべてが違うという考え方です。でも、この考え方は明らかにフィクションですね。現実には、そんなことあるはずないから。」「ナショナリズム」はフィクションであるから、事実として見られる民族的な特徴は、内田さんが語る「ナショナリズム」の中には入ってこない。このようなフィクションがなぜ生まれてくるかと言えば、近代国家主義の時代には、国家として行うべき大きな事業が発生したからだろうと考えられる。国民を総動員して一つにまとめ、一丸となって取り組まなければ大事業が発生したので、そのためにはこのようなフィクションとしての「ナショナリズム」が必要だったというわけだ。この大きな事業の一つは、進歩した近代国家の進歩を押し付ける際に発生する衝突としての戦争だろう。この戦争では、進歩の押し付けの正義のためには、抵抗する人間を殺してもかまわないという正当化のイデオロギーが必要になる。このあたりの「ナショナリズム」理解を内田さんは次のように語っている。「近代的な国民国家という概念が意味を持ち始めたのは、宗教戦争以降のことです。つまり、同じキリスト教徒同士でも、宗派が違えばのどを掻き切りあうのは「あり」だということについての社会的合意が成立してから後のことです。私とイデオロギーの違う人間は殺してもいい、という考え方が「非常識」ではなくなってから後の話です。」「ナショナリズム」が持っている<国民を一つにして総動員する>という効用は、内田さんが語る中華思想とは相容れないものだろう。内田さんが語る中華思想は、相手が中華思想に畏れ入って、それを尊敬して受け入れるなら内部に取り込むが、そこまで行かないようなら蛮族の「夷」として放っておくというものだった。国民が一丸となって相手に働きかけるという事業を起こす必要がなかった。この部分の強調が「中華思想はナショナリズムではない」という指摘なのだろうと思う。この判断は、「中華思想」と「ナショナリズム」の概念に内在する論理的な判断だ。だから、うっかりすると概念をもてあそんでいるだけのご都合主義的なものに見えてくるかもしれない。だが、これは「中華思想」についての主張にうまくあうように「ナショナリズム」の定義を無理やり作ったのでもなければ、「ナショナリズム」の概念と結びつかないように「中華思想」の定義を解釈しなおしたものでもない。それぞれ独立にその特性を考えて定義した内容に相容れない対立した面があったということで、肯定と否定が結びつく判断になったということだ。ある意味で矛盾した関係にあると言っていいだろうか。それは両立しないものなのだ。中華思想が大きな位置を占めている時は中国に「ナショナリズム」はない。それならば、今、中国に「ナショナリズム」があるように見えるのは、中国から中華思想が失われつつあるという解釈になるのではないだろうか。それはなぜ失われつつあるのか。植民地主義の時代に、中国は植民地に「される方」であり、「する方」ではなかった。近代国家成立以後は、中国は武力に関しては負け組になってしまった。中華思想というのは、それによって統治がうまくいっていた時代というのは、「漢の文化が周縁の異民族の文化よりも圧倒的に高いということを自他ともに承認しているということが前提になっています」と内田さんは書いているような特性を持っている。そして、もしこの前提が崩れてしまうと、「中華思想は政治的にはまるで無力になる」とも書いている。西欧の帝国主義国家は、中国の文化よりも、自分たちの進歩した科学技術のほうが優れていると思っていただろう。しかも、近代国家として国家という大きな単位が大きな力を持って戦争をしてくるのであるから、武力において中国を圧倒するであろうことも納得できる。そして、この「侵略された」という失敗の歴史が、中国を中華思想から近代国家主義の「ナショナリズム」へ向かわせたと解釈してもそこに無理はないのではないだろうか。マル激の議論でも、アジア政治外交史が専門という、ある意味で中国専門家の平野さんも、中国のナショナリズムの高まりはアジアでいち早く近代化した日本の影響が、間接的ではあるが大きかったという議論を展開していた。日本は近代化したために国家の力が大きくなり、植民地化されることを避けられたという評価を中国はしたらしい。近代化こそが、屈辱的な植民地状態を脱してよりいっそうの進歩をするきっかけだと思ったのだろう。この近代化に日本が成功したのは、富国強兵政策と軍国主義だったという勘違いがあったと平野さんは語っていた。この両方とも「ナショナリズム」によって効率的に国民に植え付けることが出来るものだったのではないだろうか。国家としての無力を克服する道として選んだのが「ナショナリズム」の効用という方向だったのではないかという解釈はある意味納得できるものでもある。この「ナショナリズム」の植付けの過程で、中華思想は邪魔になるのではないかと感じる。「ナショナリズム」を強めるには、中華思想は薄めなければならないのではないかと思う。しかし中華思想の伝統は何千年という長きに渡っているので、今ではそれはすっかり見えなくなったのではないかと思われる現代中国でも、どこかに残っているのではないかという思いもする。現代中国の「ナショナリズム」というのは、対立する中華思想がどこかで影響しているかなりねじれた意識のもとにあるのかもしれない。内田さんは『街場の中国論』の中で魯迅の「阿Q正伝」を例に出して、その主人公阿Qの中に、列強に侵略されながらも中華思想のもとで現実を見ないで、文化の高さがあることで、侵略してくる相手をむしろ軽蔑することによって精神の安定を保とうとする姿の滑稽さを見出している。これこそが、近代における中華思想の弱さを露呈する姿なのではないかということだ。内田さんは、「『阿Q正伝』は日本人からすると、とても分かりにくい小説です」と語っている。その分かりにくさは次のように書かれている。「僕が『阿Q正伝』を読んだときの違和感は、どうして中国の知識人がこの時期にこういうものを書かなければいけなかったのか、という歴史的な意味がよく分からなかったからなんです。こういう人物類型を造形して、それを批判することの意味なら分かります。だってろくなやつじゃないんですからね、阿Qくんは。でも、どうしてこんな人をわざわざ文学的に造形して批判しなければいけないのか、その緊急性というか必然性というのが僕には分からなかったんです。でも、今お話を聞いて、そういう人物類型が中国ではポピュラリティを持つということを知りました。「これでいいんだ」「これがいいんだ」というメンタリティが中国人の中に根付いている。だからこそ、魯迅はこれを否定しなければならないと考えた。そういう理路があるとは知りませんでした。」この話をしたのは、中国からきて内田さんのゼミに参加している丁先生という人だそうだ。この話を聞くと、今でも中華思想は中国人の中に微妙な形で残っているのだということが分かる。中国は、侵略された歴史から、近代化のために「ナショナリズム」を高めなければならないと思っているようだ。しかしそこには中華思想が微妙な影響を与えている。現代中国の「ナショナリズム」はかなり特殊なものなのかもしれない。その理解のために「ナショナリズムではない」中華思想の理解が役立つのではないか。だからこそ内田さんは、中華思想の話の中では、「ナショナリズムではない」という面を特に論じているのではないかと思う。
2008.06.08
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内田樹さんは、2008年04月21日に書いた「中国が「好き」か「嫌いか」というような話はもう止めませんか」というエントリーの中で、そこに書かれた事柄を「書いていることは『街場の中国論』の焼き直しで」と言っている。中華思想について、このブログのエントリーで紹介されている短い文(「週刊現代」に載った)だけで内田さんが何を言おうとしているのかを判断すると、それはかなり単純化されて理解するしかなくなるだろう。短い文章の中に入ってしまっているので、かなり大雑把な、本質だと思われる一側面についてしか語られていないだろうと思う。だから、そこに「あれが書いていない」ということが気になっても、書いていないから内田さんの中華思想の理解が不十分だとすぐには結論できないだろう。内田さんは、それが『街場の中国論』(ミシマ社)に書いたことの焼き直しだと言っているので、この本に書かれていることから、内田さんが本当は何を言おうとしていたかをもっと詳しく知ることが出来るだろう。『街場の中国論』では、69ページから105ページまでに一つの章を設けて「中華思想」について語っている。これならある程度まとまった主張としてその内容を詳しく受け取ることが出来るだろうと思う。これをもとにして、「週刊現代」の記事についても、内田さんが言わんとしていた本質は実はどういうものだったかということを考えてみたいと思う。内田さんが『街場の中国論』に「街場」という言葉をつけたのは、それが専門家の議論ではなく、町の中で普通に一般市民が展開しているような「中国論」を中心にして考えてみようという意識がある。それは、専門家が知っているような細かい知識を前提としていない。普通の市民が目に出来るような情報として、テレビや新聞ですぐに手に入るようなマスコミの情報や、ネットの検索ですぐに手に入るようなデータなどをもとにして現代中国の行動の整合的な理解をしてみようというものだ。普通に考えると、何か変だなあと思えるような中国の行動が、なるほどこれならこう行動するのも無理はない、と納得できるような理屈を見つけようというのが「中国論」であり、それが専門家ではない普通の人の理解であるという理由で「街場の」という言い方をしているのだと思う。変だなあと思えるようなことを納得するための前提として内田さんは「中華思想」について考察している。だから、内田さんのここでの「中華思想」の考察は、変だなあと思えることの理屈が見つけられるという、ツールとして利用できるという範囲での「中華思想」の理解ということになる。専門家がその本質を考察して、「中華思想とは何か」という問いに答えるようなものではない。もちろん、専門家が語ることと全然違うことを語っていたら、その目の付け所に疑問を感じるが、専門家でもその範囲では同じようなことを語るだろうと思えることなら、そこに大きな間違いはないだろう。問題は、そのような一側面の理解が、中国の行動の「変だなあ」と思うような部分を、「それなら無理はない・仕方がない」と納得するのに役立つかどうかということだ。そのような観点で、内田さんが語る「中華思想」の理解を『街場の中国論』から理解してみよう。内田さんは、「中華思想」を語る章に「ナショナリズムではない自民族中心主義」という副題をつけている。この「ナショナリズムではない」という主張は、ブログのエントリーでも次のように書かれている。「中華思想というのは一種のコスモロジーである。中央に中華皇帝がおり、その周辺に「王土」が拡がり、中華の光が及ぶ範囲は「王化」されているが、中央から遠ざかると光が薄まり、「化外の民」が跋扈する「蛮地」になる。蛮地は蛮人たちの自治に委ねる。彼らが朝貢するならば、地方の王(漢委奴国王とか親魏倭王とか)の官位を与え、さまざまな下賜品を与えて帰す。だから、中華思想はナショナリズムではない。このことを覚えておこう。」ここでは「だから」という接続詞が使われている。これは「中華思想」という前提から、論理的に「ナショナリズムではない」という結論が導かれるのだということを意味する。言い換えれば、「ナショナリズムではない」ことを内包する定義として、内田さんは「中華思想」というものを捉えていると理解できる。内田さんは上の文に続けて「中華思想には「国境線」という概念がない。周縁には王土なのか化外の地なのかよくわからない「グレーゾーン」が拡がっている」という言葉を続けている。「国境線」という概念がないのだから、国家の帰属や一体感を主張する「ナショナリズム」ではありえないということが論理的に帰結されると考えていいだろう。この「中華思想」の理解がどこから出てくるのかを理解することが、内田さんが語る「中華思想」を理解することになるだろう。「中華思想」を文字の意味として辞書的に解釈すれば、我々の住んでいるところこそが「中心」であり「華」である・すなわち優れているのだという主張(思想)だと受け取れるだろう。そしてこのような考え方からは、中心から外れた、自分たちとは違う人々は「華」ではない・劣った人間(「夷」)であるとするものが導かれることが当然のものであると考えられている。だから、この思想を字義どおりに解釈すると、それはひどい差別意識丸出しの傲慢な考えのように見えるだろう。しかしこのような理解では、その思想が長い間中国を支配して、しかも回りの国々もある程度認めていたということを整合的に理解することが難しくなる。こんな考え方をする支配者は、現代感覚からすると嫌な野郎に見えるから、回りの国々はすべて面従腹背をしていたのだろうか。嫌な野郎だと思っていても、その国の大きさや武力の強さに、仕方なく面従腹背していたのだろうか。だが、そのようなものだったら、「中華思想」というのはもっと早くその価値を失って滅びていたのではないだろうか。あれだけの長い間、この思想が人々に信じられていたのは、そこに優れていた面があったのでなければ整合的な理解が出来ない。内田さんが語る「中華思想」は、字義どおりに解釈すればひどい考え方なのに、現実にはこれだけ積極的な高い価値(よい面)があったのだという指摘ではないかと感じる。内田さんは、同じように傲慢な思想の一つである西欧の植民地主義との比較から説明を始めている。西欧の植民地主義の考え方も、自分たちの文明・文化がもっとも高いもの(最も進歩したもの)という意識があり、植民地化された異民族たちは遅れた存在として差別的な目で見ていた。自分たちは優れていて、他は劣っているという考え方は「中華思想」と同じように見える。どちらも傲慢な姿勢の現れだ。しかし、基本的な発想としては同じようなものに見えるのに、実際の行動ではこれがまったく正反対のものとして現れる。西欧の植民地主義は、遅れた地域を啓蒙・教化してやる対象として、「善意の押し付け」をする行動に出る。西欧の植民地主義は、単にエゴのために自らの利益を得るために侵略したという側面だけでは一面的な理解にとどまるだろう。彼らの中の多くに、遅れた地域に自分たちの進歩を分けてやろうという善意があったのを否定できないのではないか。この善意は、押し付けられる側から言えば、「余計なおせっかい」になるのだろうが、押し付ける側は主観的な善意であることで、その侵略行為を正当化してきたのではないかと思う。日本における「アジア主義」という考え方も、基本的にはこの西欧の植民地主義と同じ発想ではないかと思う。遅れたアジアを近代化するために、近代化に成功した日本の進歩を押し付けても、結果的に遅れた国が近代化されて進歩すれば、それは正当化されると考えたのではないかと思う。この「啓蒙」「教化」という発想が、中華思想にはないのだと内田さんは指摘する。これが、発想は似ているのに行動面でまったく違うものとして現れるという論理の展開になる。西欧の植民地主義が「啓蒙」や「教化」に傾くのは、異民族は遅れているだけで、人間としては同じなのだというヒューマニズムの思想・平等だという考えがあるようだ。遅れているだけだから、その蒙を啓いてやり、進歩した考えを教えてやれば我々と同じになるという善意がそこにはあって、それが手段としての侵略行為をも正当化してしまうという働きを持っている。侵略・弾圧されるのは、進歩を受け入れない相手が悪いというわけだ。これは危険な考え方だが、善意にあふれた人間はその危険性に気づかない。それを宮台氏は強く指摘していたようだ。中国の大帝国がこのような行動をしなかったのはなぜか。それは中華思想における優れた面というものが「啓蒙」や「教化」では実現しないと考えていたのだろうと内田さんは語っているように思う。それは中華思想では、自分たちと異民族とは基本的に人間が違うのだという平等思想を否定するような、ある意味では差別的な前提をもっていたからではないかという。差別ということが、それ自体に悪いイメージがあると思っていると、この指摘は中華思想の欠点のように思ってしまうが、実は侵略をしなかった思想として、これがかえって中華思想の長所となっていたりするというのを内田さんは指摘している。異民族は人間が違うのだから、中国のほうで働きかけてもそれで変わることはない。もし変わりうるとしたら、今中国ではないところが、自らが自覚して中国になるような努力をして初めて変わりうるという発想があったようだ。あくまでも、異民族の自覚と自発的努力の結果として進歩があるのだという発想があったと考えているようだ。このような発想があると、異民族に対して無理な働きかけは無駄だからやらないという論理の展開になるだろう。自分たちに損害を与えない限りでは放っておくという態度になるのではないだろうか。また中国自身の内的な動機としては、自らの優秀性を圧倒的に示すということのほうに気持が傾くだろう。相手の遅れた面を突っついてそれを引き上げてやるという行動ではなく、自らはこれだけ偉大で優れているということを、それが明らかになるように見せてやることに意識が集中するのではないか。このような意識の現われが「朝貢貿易」という現象に表れると考えると、その行為の整合性が納得できる。この「貿易」では、中国の利益になるところは経済面では何もないそうだ。朝貢してきた周辺国の貢物よりも、ずっと多くの物が与えられて中国の偉大さを示すというのがその目的だったようだ。周辺国が「朝貢貿易」で中国の偉大さに敬意を払っている限りでは、その周辺国内部で何があろうと中国は関知しない。せいぜいが、困ったことが起こってそれが中国内部にまで及ばないように気をつけろと言うだけだろう。そして、その周辺国が、漢字を学び・漢字文明を身につけるところまでいけば、そこは周辺部の異民族ではなく中国の内部に取り込まれるという変化をしていったのだろう。中華思想は、単に尊大で傲慢な考え方だったのではなく、それを強引に周辺に押し付けないという面で、西欧の植民地主義のような危険性を持たなかった。それは中華思想の優れた面として、アジアの地域で長い間共存共栄することを支えたのではないだろうか。このような積極面、穏やかで平和的な長所を中華思想は持っていたと、内田さんは語っているように僕には見える。これはたぶんナショナリズムの思想とは相容れない特徴ではないかと思う。最初の重要な理解として、中華思想の、押し付けがましいところのないおおらかな側面があるというのを記憶しておいていいのではないかと思う。
2008.06.07
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田中宇さんの「自衛隊機中国派遣中止を解読する」という記事は非常に興味深い面白い内容を持ったものだった。自衛隊機を中国での大地震の救援のために派遣するというのは、単純に考えるといい面と悪い面とがそれぞれ見つかる。いい面は、・救援物資を運ぶことによって被災者にとっての利益になる。・日本が中国のためになることをすることによって外交関係がよくなる。・自衛隊はかつての日本の軍隊につながっている存在として、中国では悪いイメージがあったが、よいことをしてくれたということで、平和のために活動するものというよいイメージを作ることが出来る。(決して侵略を繰り返すような軍国主義のもとの軍隊ではないということを知らせる)・自衛隊のイメージがよくなることで、日本には軍国主義の復活はないということを信じてもらえる。というような面だろうか。また悪い面は、・自衛隊の存在を内外に認めさせることで、日本の軍事費の増大に結びつくのではないか。・かつての日本軍につながるイメージを復活させ、中国国内の反日感情を刺激する。というような面だろうか。かつての左翼的な発想で考えると、自衛隊の存在そのものが軍国主義の象徴と考えられるので、民間機を送ればすむものをわざわざ自衛隊機を送るということが「軍国主義の復活」だというふうに見えてしまうかもしれない。しかし、現在の日本が、かつての軍国主義を復活させてどれだけの国益があるかといえば、それはほとんど国益にならないし、むしろマイナスの結果として損になるだろう。日本の指導者は、そのような計算が出来ないほど頭が悪いとは思えないので、悪い面に「軍国主義の復活になる」というような判断はちょっと出来ないのではないかと感じる。今回の場合は、わざわざ自衛隊機を送ることが、結果として日本の国益になるかどうかという計算が、外交の駆け引きとしての自衛隊機派遣をするかどうかという判断において重要だろう。最新のマル激の中で、ニュースへのコメントをする冒頭の個所で宮台真司氏は、国益を考えれば自衛隊機派遣に関しては賛成だというようなことを話していた。これは、上のいい面と悪い面のバランスを考えて、プラスマイナスどのような計算結果になるかで判断しているのだろうと思う。僕も、自衛隊が平和のために活動する部隊であるというイメージが広がることは日本の国益になると思うし、それが結果的に軍国主義の復活をも阻止することになるだろうと思う。だから今回もし自衛隊機の派遣が出来れば、それはよい結果をもたらしたのではないかと感じる。平和的なイメージを持たれることで日本の国際イメージが上がり、国際政治の場面で日本の指導性というものの信頼感が高まれば、これは大きな国益となるだろう。しかし実際には派遣が中止になった。これは、判断として、悪い面のほうが大きいと考えたからだろう。だが日本では派遣したいと考えていた人が多かったように感じるので、中止の原因は中国側にあるのではないかということが考えられる。この、中国側が原因で派遣が中止になったのではないかということを理解するのに、田中さんの記事は非常に参考になるように感じる。田中さんは冒頭で、「日本では「自衛隊機を使った救援物資の輸送は中国政府が要請してきたことなのに、中国内部で反対意見が多いのでやっぱり止めてくれと言ってくるとは、なんて失礼な奴らなんだ。やっぱり中国人は信用できないね」といった感じの世論になっている。中国では「中国政府は自衛隊機の派遣を頼んでない(来たいなら来てもよいとしか言ってない)のに、日本のマスコミは中国が要請したかのように歪曲して報道した」と報じられている。」と書いている。日本の世論と中国での受け止め方にずれがある。どちらの解釈の方がより事実に近いのだろうか。これは、日本の世論のほうが、「なんて失礼な奴らなんだ」という感情的な反発が語られているように、好き・嫌いをもとにして判断しているように感じられるので、どうも根拠の弱い判断になっているのではないかと思う。また、中国の方の見解は、中国側から要請したという形になると、まだ反日感情を持っている人々からの非難が噴出す恐れがあるので、たとえ実際には水面下で要請していたとしても、表向きはそれを認めることが出来ないのではないかと思う。だから、建前としては「歪曲して報道した」と語るのは、それが正しくないとしても、政治上は止むを得ない発言として理解は出来る。これは、政治上は嘘をつかなければならないときもあるということを理解するということであって、それに賛成するということではない。本当のことを発表すれば、それによって混乱が生じると予想されれば、混乱が生じないような嘘を発表するというのは、政治を考える上ではいくらでもあるだろうということだ。だから、中国が語ることがたとえ嘘であっても、なぜ嘘をいうかということの理由が合理的に理解できるなら、それは論理の問題としては難しくない。感情的反発から結論を引き出している日本の世論は、論理という面から考えるとちょっと問題があるのを感じる。中国を「なんて失礼な奴らなんだ」と感情的に捉えるのではなく、今回の出来事が、日本の国益にどのような影響を与え、これからの未来においてはどのような方向を取っていくのが望ましいかを論理的に考えたほうがいいだろう。田中さんの記事は、日本人が、こういう嫌なやつである中国とはこの先付き合っていきたくないと思っても、付き合わざるを得ない相手であることを教えている。そしてそれは極めて論理的な説得力があるように感じる。宮台真司氏も、中国は日本にとっての重要なパートナーだと語ることがある。それは、仲良く付き合っていく相手という意味ではなく、その存在を無視して生活していくことが出来ない相手という意味で語っていた。そのように重要な相手であるなら、相手のことをよく理解し、どのような行動をするかを正しく予想して、日本の利益になるように行動してもらえるように交渉をすることが重要だろう。好き・嫌いで判断するのではなく、中国にとっても利益となる方向で、日本にとっても利益になるという交渉をしなければならない。宮台氏が語る言葉では「Win-Win」という、双方が「勝ち」になる関係を築くということだ。田中さんの記事では、中国側は「物資を日本から中国に運ぶために自衛隊機を飛来させてもかまわないと言ってきた」ようだ。これは、「要請をする」というほど強くはないが、日本の思惑と重なるような交渉が進んでいたことを意味するだろう。だが「福田内閣は「中国の国内で自衛隊機の派遣に対する慎重論があるので、今回は自衛隊機を使わず、民間機で送ることにした」と発表した」と田中さんは伝えている。これを見る限りでは、中止の原因はやはり中国側にあったのだろうと思う。その原因については、田中さんは次のように書いている。「派遣が中止された主な原因は、おそらく中国共産党上層部の古参幹部(共産党中央政治局の元委員や、軍の元将軍ら)たちからの反対を受け、胡錦涛が、今回はまだ時期尚早だと考えるに至ったからだろう。共産党上層部の議論はほとんど外部に漏れないので確証はないが、そもそも災害復旧に際して外国から援助を受けること自体、反対していた古参幹部もいたはずだ。」古参幹部には、やはりかつての軍国主義時代の日本軍のイメージが強く、新しい時代の国際政治のセンスである「最近の国際社会では、ある国の大規模災害に対し、その国と敵対してきた外国が救援物資や救助隊を送り、それをきっかけに両国の関係が好転するという国際政治のメカニズムができている」という発想が出来なかったのだろうとも、田中さんは解釈している。これは納得できる解釈だ。派遣が中止になった主たる原因はおそらくここにあるのだろうが、この中止の判断において日本側の問題として、田中さんが指摘する外務省と防衛省の対立はかなり深刻なものではないかと感じる。防衛省は省の利益という観点からも、今回の自衛隊機派遣では積極的に進める立場だっただろう。省の利益と国益とが見事に重なる場面が訪れたのだから、このチャンスを逃してはいけないと考えただろうと思う。この自衛隊機派遣によって、今までの反日感情が薄れて、むしろ日本の自衛隊に感謝しそれを認める気持が中国に生まれたら、日中の国民感情が一気に近づくということが起こる。しかし、それに対して警戒をする勢力が日本にいる。それが外務省だというのが田中さんの指摘だ。外務省は、これまで対米従属の基本姿勢を堅持してきたことで省の利益を守ってきた。いまさらこの省の姿勢を変えようがないというのが田中さんの指摘だ。外務省にとっては、中国と仲良くしてアメリカと遠ざかるのは困るというのだ。田中さんは、「外務省を中心とする日本の対米従属派は、この中止によって、日中関係の好転速度が早まるのが避けられ、対米従属の延命ができると喜んでいるはずだ」と語っている。この外務省の行為は、日本の国益を損なうものではないかと思うのだが、今回の自衛隊機派遣中止の問題を、それが中止されたということ自体の解釈にとどまっていると、外務省のこのような姿勢にまでは考えが及ばない。田中さんの指摘によって、そこまで考えが及ぶことができたという点では、そのようなところに目を向けさせるということが、国際政治の専門家である田中さんの専門家であるゆえんであり、優れていると評価できるところだろう。また、田中さんのマスコミの論調に対する指摘も重要なものがある。次のようなところだ。「この間、日本のマスコミは反中国的な論調を強め、世論を中国嫌いの方向に扇動した。マスコミの論調は「中国と戦って勝とう」といった方向ではなく「中国は日本のことがこんなに嫌いなんだ」「中国は悪い国なのでつき合わないようにしよう」という自閉的なものが多い。経済力、国際政治影響力、軍拡競争などの面で「中国と戦って勝とう」という論調は、ほとんど見ない。日本では、中国に対抗することではなく、中国を嫌うことが奨励され、多くの純真で真面目な国民が、それに感化されている。」これは、対米従属が国是であるという外務省の方針がマスコミにも浸透していることの現れだろう。このような面を見ると、内田さんが「中国が「好き」か「嫌い」かというような話はもう止めませんか」ということを言いたくなる雰囲気が分かる感じがする。田中さんはこの記事の最後に「日本には「中国なんかと仲良くする必要はない」と豪語する人が多いが、この豪語は、アメリカの覇権が存在する限りにおいて可能なことだ。アメリカの覇権が崩れていきそうな今後は、豪語できなくなる」と書いている。長期戦略を考える必要を説いている。自衛隊機派遣中止は、そのこと自体を理解するのはさほど難しくない問題だが、その背後に隠された深刻な問題を知るきっかけとすべき重要な問題なのではないかと思う。田中さんの指摘をそういうものとして理解すべきだろう。
2008.06.03
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マル激の366回では、チベット問題を論じて、中国がなぜあれほどまでチベット支配に執着するのかということを議論していた。外交的な利益というものを考えれば、直接支配をしなくても交易などの交渉で有利な手打ちが出来れば、形の上で高度な自治を認めても十分見合うのではないかと宮台氏は語っていた。それなのに、国際的に悪者のイメージが強くなっていくような、あからさまな侵略行為をしていながら開き直るのはなぜなのか。その事の合理的な理解、つまり中国は、そのような行為によって自らの利益の何を守ろうとしているのか、という点を理解することに議論を集中していた。中国が嫌いという人は、中国は「そういうひどい国なのだ」という怒りを表明することで済ませてもすむのかもしれない。しかし、好き・嫌いということで判断するのではなく、中国にも頭のいい人間がいるはずなのに、ちょっと考えれば何が論理的に正当かが分かっていいような問題で、あえて間違った判断を主張しているように見えるのは、何が目を曇らせているのか、ということを考えてみたくなる。普通に考えて論理的に正当な展開をしている結論なら、それを理解することはた易い。しかし、そのようなた易い論理とはまったく違う、むしろ正反対の結論を提出している時は、それがどのようにして導かれた主張なのか、その論理的な前提を知りたいと思うものだ。中華思想を前提にしてチベット問題を理解しようとするとやや無理があるのを感じる。特に内田さんが語るようなグレーゾーンを許容する中華思想というものでチベット問題を理解しようとすれば、むしろチベットの自治を許すほうが正しい中華思想の展開であって、あくまでも帝国の内部に取り込んで、外部と遮断した境界をはっきりさせるというのは、中華思想に反する結論ではないかとも思われる。中華思想で理解すべきは、外交的な曖昧さを許容しながらも、自らの利益を守るような方向で交渉する中国の姿というものではないだろうか。つまり、頭のいい中国を理解するなら中華思想が役に立つというものではないかと思う。共産主義イデオロギーには、どこの共産党にも「無謬神話」というものがあって、これによってチベット問題の理解を図ることが出来るかもしれない。つまり、一度支配下においた判断が間違っていたと認めることが出来ない中国共産党の無謬性が、チベット問題での固執に関係しているという理解だ。これはちょっと心惹かれる解釈ではあるが、「無謬神話」というのは、何も共産党の専売特許ではなく、宗教的な独裁体制には常に付きまとっているもので、共産主義イデオロギーに内在している思想とはいえないだろう。また、「無謬神話」による理解は、実は何も理解していないことと同じことになるかもしれない。「無謬神話」があるから間違ったことでも主張しつづける、という理解は論理的には易しい。しかしこの理解は、「主張しつづける」ことの合理性の理解にとどまる。その主張をどうして正しいと思い込んでいるかという、間違った原因についての理解にはならない。「主張しつづける」ことの理由ではなく、「どうして間違ったのか」ということの理由のほうを僕は知りたい。マル激の議論では、中国が清帝国の時代に直面した国家としての近代化に問題があるのではないかということに話題が集中していた。清は欧米先進国の侵略を受け、さらにアジアでいち早く近代化を実現した日本の侵略も受けて、国家としては壊滅状態になっていったという歴史がある。清の人々を一くくりで中国人と呼ぶのは大雑把過ぎるかもしれないが、侵略の屈辱を受けつづけた人々にとっては、早急な近代化を経た強い国家の実現というのは最も関心の高い願いだったのではないかと思う。近代化する以前の人々は、日本がそうであったように、自分たちが生活している身近な地域が「国(くに)」だという意識ではなかっただろうか。「国」とは「故郷」のことである、という意識だ。しかし、植民地主義の時代には、強大な軍隊を持った近代国家が交渉あるいは戦いの相手として登場してくる。この強大な相手に対抗するには、小さな地域でまとまるのではなく、国家全体として一つになれるような「近代国家」の意識を持った国民を育てなければならない。かつての日本人にとっては、国というのは地方の自分が住んでいる地域のことであり、江戸時代では藩と呼ばれるものだった。それを明治政府は、天皇のもとに国民を統合することにより「日本人」という国民を創りあげることに成功した。近代化のためにもっとも有効な装置として天皇制を評価するというのが宮台氏がよく語る議論だ。これには僕もそのとおりではないかと共感する。天皇制のもとに国民の意識が統一され、国家への忠誠心などが育てられた。また、江戸時代の社会組織が、明治以後の資本主義の導入において、宮台氏が、資本主義の精神として、その基礎を作るものと指摘する、日本人の勤勉さや時間概念・識字能力といったものが、資本主義の導入において役立ち、それが近代化を進めたということもあっただろう。日本が近代化に成功したのはさまざまな幸運が重なったおかげだと言われている。この日本の近代化の成功を学び、自らの近代化に生かそうとしたのが清であるともマル激では語っていた。それでは、清は日本のどこを学び、どこを手本として近代化を実現しようとしたのか。それは、マル激の議論で語っていたのは、民族同化政策による国民の統一というものに、日本の近代国家としての成功を見たようだ。国として一つにまとまったことが、日本の近代化の成功の基だったという判断だ。その判断の証拠としては、当時の日本で学んだ中国人留学生の多くが、帰国した後に周辺部の異民族の同化政策としての中国語の指導に赴いているというのを指摘していた。日本は、北海道でも沖縄でも、固有の文化をもっている先住民族に日本語を教育し、臣民意識を植え込むのに成功したというのが当時の中国の指導者の判断だったらしい。これは大いなる勘違いだったとマル激では指摘していたが、これこそが近代化への道だと考えるならば、同化政策のもとに国民意識を植え付けることが近代化であり、そのためには固有の文化を否定することも止むを得ないという考えも生まれてくる可能性が理解できる。日本の同化政策や日本語の押し付けなどが、朝鮮半島では大きな失敗をしたことを中国が知っていれば、この勘違いは速やかに修正されたかもしれないが、そうはならなかったようだ。共産党支配の社会主義国家になっても、なおこの勘違いは維持されていたのではないかとマル激では指摘されていた。中国のチベット問題における、その間違った根拠の一つが、実は軍国主義日本の近代化の思想にあったのではないかという指摘は、まったく思いもしなかったものだが、その論理的つながりはよく理解できるものだ。今でこそ、朝鮮半島での日本語の押し付けや、日本人になることの強制は、朝鮮民族の文化を否定するものとして非難されているけれど、当時の日本人は、進んだ近代人としての日本人になることで、朝鮮半島も進歩の仲間入りをするのだと信じていた人もいたのではないかと思う。客観的にはひどい行為をしていたと思うが、主観的には善意あふれる良いことをしていると思い込んでいたのではないかと思う。この議論の最中に、宮台氏が「アジア主義」のことを思い出すと語っていた。そして、その特徴として「正義を実現するためには手段が正当化される」というような考え方の危険性を語っていた。「アジア主義者」たちは、西欧列強の植民地主義に対抗するには速やかな近代化が必要だと主張していた。そして、その近代化は日本一国だけがしたのではとても西欧先進国には対抗できないので、アジア全体が近代化する必要があると考えていた。だからこそ「アジア主義者」と呼ばれていたのだろう。この近代化は、遅れた国が無理をして行うところがあるので、その過程では侵略などの不当な行為に見えることも生じるだろうと考えていたようだ。しかし、近代化が実現した暁には、その志において不当なところがないことが証明されれば(宮台氏の言葉によれば、天皇が世直し宗教である日蓮宗に改宗すること)、その過程に起こった出来事もすべて免罪されると、「アジア主義者」たちは考えていたようだ。この発想はイラク侵略を主導したアメリカのネオコンと呼ばれる人たちの思想にも見られると言う。宮台氏によれば、ネオコンの人々というのは、イラク戦争の結果においてその馬鹿さ加減が露呈してしまったが、思想においては非常に優れた頭のいい人々の集団だったと言う。僕は、この種の頭のいい人々には、ある意味では頭がよすぎて判断を間違えてしまうという結果が生じているのではないかと感じる。目的のためには手段を選ばずというような、正義のために手段を正当化する発想は、頭のいい人間ほどそのような発想をするような感じがする。ヒトラーは、その行ったことの結果だけを見ると極悪非道な人間のようにしか見えないが、当時まったく疲弊していたドイツの経済を見事に復興させたりしたように、非常に優秀な人間であったことは確かではないだろうか。マル激のゲストでも出ていた岡田斗司夫さんによれば、世界征服をしようなどという人間は、あまりにも頭がよすぎて、他の人間がやっていることを許しておけなくて、指導のために世界征服を考えるのだということを語っていた。この種の頭のいい人間は、正義が分からない人々に正義を教えるために、ある意味ではひどい征服や侵略を行っても止むを得ないという発想に傾きやすいのではないかと思う。正しいことをしているのであれば、その過程で起こった被害に対しては免罪される、あるいは結果が目的のものであれば、その過程で生じた失敗に対しては責任は問われない・免罪されるという発想は、しばしば無理な行動の選択をすることになり、甚大な被害を与える。非常に危険な結果に結びつくというのを知らなければならない。正義のヒーローが登場する物語では、悪を退治するためにしばしば無理な戦いをし、その過程で無関係な犠牲者を生む可能性が見られる。ウルトラマンが破壊したビルの中に人はいなかったのだろうか、ということを気にする人は少ない。しかし、現実には誰かがいるだろうということのほうが多い。正義の実現はすばらしい行為であり、そこで犠牲になるものの存在が小さいものであれば、あまり顧みられずに放っておかれる。宮台氏は、「アジア主義」の危険性を学び、それを中国に教えてやらなければならないということも語っていた。それは、我々が多くの犠牲を払って、身にしみて学んだことだからだ。ノー天気に正義を信じる、頭のいい・強い人間たちがいかに危険なのか、チベット問題に登場する中国の頭のいい指導者たちの姿は、この種の頭のいい人間と重なって見えるような気がする。そしてそのように理解すると、頭がいいにもかかわらず、なぜあれほどチベットの支配に固執するのかという理由が少し見えてくるような気がする。このような発想が、チベット問題を理解するためのカギであり、前提の一つなのではないだろうか。
2008.06.01
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