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自分との対話と言うテーマで書き出してから、今回で五回目になる。 そもそも自分が何者で、真実、何を欲しているのか分からずにいる老人に、「自己自身との対話」が成立し得るのかは、甚だ疑問である。 正確に表現すれば、「神」との対話と言うことになろうか。が、自分が分からずに居る私に、対話する相手としての神は、どう規定したらよいのか。今回はこれを少し考えてみようと思います。 私にとって神とは一体何者であるか? 既成宗教の神でない事だけは確かだが、何とも規定し難い。どんな時にその存在を感じるかと言えば、過去を振り返って「不思議」としか言えない事柄の成り行きを考える際などに、強く感じるわけである。 不思議と言えば私の体の成り立ちや機能を想定した時にも、私の意欲とか意識を超えて自ずからに働いている生理現象を思う時に、不思議を実感する。自分の意識なり肉体は自分の物でありながらも、自分を超えた「超越者」に宰領されていると感じざるを得ない。 自律神経とか、副交感神経とか、様々な合理的な人体の働きに関する非常に明快で、見事な説明が与えられてはいるが、それが何故に如何にして生まれながらに備わり、機能するのかなどと考えを追求して行くと、便宜的にもせよ神と言った超越者の存在を、どうしても想定せざるを得なくなる。 例えば、優秀な科学者であればあるほど、神の存在を想定せざるを得ない現実を、どう説明したらよいのか。 神は私を包み込むようにして在り、私はその全体の一部であると理解しよう。現実のあらゆる事象がそこから生まれ、そしてそこに帰って行く。 歴史上の様々な人間が演じ、行い、考えた事柄は全てこの私と無縁ではない。本質的な部分において私は既にこの世での有り得る全てを、神の力によって出し尽くされている。そう解釈するのが正しいのではないだろうか…。私には、神の許さない計画を超えて、如何なる事も成し得ないと覚悟する。それが正しい認識であるらしい。私は自らの意思で何事かを為し、為し得ると信じ込んでいるが、それは無知ゆえの錯覚と言うものかもしれない。ふと、そんな事を感じた。 だから結局は、神との対話とは、自問自答にほかならないと思われるのだが…。
2019年06月29日
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今回は源氏物語の「常夏」の中心人物、近江君について書いてみる。 近江君は源氏の若い頃からのライバルであり、親友だった右大臣の娘である。子宝に恵まれ、大勢いる息子や娘の中でも、つい最近に自分の方から右大臣の娘であると名乗り出て、父右大臣から認知され、屋敷に引き取られた新参者である。 さて、この近江君に対する作者の描写が、極めて辛辣であり、痛烈でさえある。何故か? 作者の目は常に理想的な存在である光源氏に注がれていて、その理想的なあり方を賛美し、賞賛することにある。スタンダードは最高の水準にあるのでから、貴族の最下層に生育した近江君に対して、辛辣であり痛烈であるのは、謂わば当然なのであるが、今日の普通の読者にとって何か作者の態度は、度が過ぎていると感じてしまう。 ここから、様々な考察が可能であろうが、私・草加の爺の立場に添って思いつくままに書いてみる。 理想的人物である光源氏と私との比較? ナンセンスでありましょう。私は、何から何まで源氏とは違っている。比較の対象にもならない。もし比べてもみようものなら、近江君などとは比べ様もない程に劣り、下等であるから。何も、謙遜では無いし、現代に生きる誰もが、きっと源氏の作者にかかったら、完膚なきまでにこき下ろされてしまうこと、請け合いなのだから。 フィクションと現実、平安の昔と現代、何もかもが違うのであるから、やはり比較はナンセンスなのだ。しかし、無理を承知で言えば、例えばこんな事が言えようか。 不易と流行、変わらない物とその時々で変わるものがある。平安の世も令和の今日も変わらない、人間性というものがあるだろう。一人の人間としてどうあるべきなのか、残された人生の時間の中で、自分なりの答えを追求してみたい。何よりも自分自身の為に、生きてある貴重な時間の為に…。
2019年06月27日
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現成考案と言う言葉がありますね。簡単に言ってしまえば現実そのものが私たちに回答を迫っている、ということのようです。 私・草加の爺は自己との対話にこの言葉を自己流に解釈して、己事究明に役立てようと言うのであります。考案とは禅の修行において、様々な角度から己を探求する為に師家・先生から弟子・修業中の禅僧に課題として与えられるもの。 そして、現成考案とは現実そのものが現に、私に回答を迫っていると受け取ること。 私の現実認識や如何に? 私は間もなく76回目の誕生日を迎えようとしている、老人の一人であり、自分とは一体何者であるかを未だに究明出来ずにいる。 恐らくは、死の瞬間までその事実に変わりはないであろうが、今ではそれで良いのだと朧げながらも承知してもいる。 自分とは一体何者か? 何の為にこの世に生を受けたのか? このような疑問が少年の頃から私の胸中を去来し、そして無我夢中に生きて来てしまったが…。 善き妻に出会い、自分には過ぎた子供を二人も授かり、今日まで大過なく過ごすことが許されている。これ以上に何を自分の方から望むことがあろう。十分である。 しかし、僅かではあってもこの世での生を許されている以上は、世の中の為に何がしかの役に立ちたいとも思うが、それも考えてみれば、贅沢と言うか、身に過ぎた過分な願いと言うものであろうか。自分一人の身の処し方に悩み苦しんでいる凡夫にしか過ぎないのだから…。 此処で考えておかなければならない事は、世の中、つまり世のため人のため役立ちたいという事の中には、外ならない私自身も含まれているという事実である。 誰でもない、自分自身の為に何が出来、そもそも何がしたいのか。これが残された手掛かりではないかと今は考えている。そして、この一週間というものはシェークスピアの「アントニオとクレオパトラ」、「ロミオとジュリエット」を熟読したりしている。そういう廻り合わせなので、その深い意味合いに関しては、今現在は少なくとも分からずに出いる…。 テーマは恋愛、両作ともに恋愛がテーマで、「アントニオとクレオパトラ」は大人の秋風が立ち始めた爛熟の愛であり、「ロメオとジュリエット」の場合には直情径行の純愛と内容的には異なっていても、終わりは同様に当事者の死によって破局を迎える。 近松の心中物もそうだが、お芝居としては悲劇の題材に最適な題材である。 ところで、私は若い頃に自分には終生理想的な恋愛は無理だと、頭から諦めていた。ただ、ゲーテの「若きウエルテルの悩み」に見られるような、激しい熱病の如き恋に観念的に憧れていた節はある。気分や情緒にである。まるで現実感を持てないでいた。 ふと、気づいてみたら、既に愛とか恋とかいう「熱病」からは、良くも悪くも遠く離れてしまった自分に気づき、感慨無量である。
2019年06月25日
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私は十代の頃、自己に目覚めて、自分とは何者か、人生をどう生きたらよいのか、といった疑問を抱き、文学書を漁り、勉強に没頭した。と書けば、嘘になるだろうか。当時の私にそうした明瞭な自覚はなかったが、後年になって振り返ってみれば、そう言ってもあながち嘘っぱちとも言い切れないものがある。 英語、ドイツ語を皮切りに語学に没頭したのも、人生とは何ぞや、自己とは一体何者か、の答えを模索するには、手段として外国語を必要とする必然性があった。それに、翻訳では生意気ながら我慢がならない、と強く感じてもいた。自己の資質も才能も省みる余裕すらなく、がむしゃらに突き進むより他に、道は与えられていなかった。 今現在もそうだが、五里霧中であった。ただ無我夢中に生きて、生かされて、気がついた時には、テレビドラマのプロデューサーの道を歩み始めていたし、気が付いたら妻と結婚していた。とぼけた事を言うと感じるかも知れないが、そうとでも言うしか他に方法が見つからないだけで、意識して韜晦するつもりは全くない。 五里霧中である事には、今も変わりがない。ただ、過ぎてきた道だけははっきりと見えてはいるものの…。この状態は私がこの世での命を終えるまで、変わらずに続くであろうと、予測だけは出来るのだが。こう在りたい、斯も在りたいと願う気持ちはその時々に、胸中に兆すけれども、その願い通りに生きることはまずあるまい、とだけは予想がつくのではあるが。 結局、行き当たりばったりに、何者かに誘導されてあたかも操り人形のように、生きていくしか他には術がないのであろう。私の人生、行き当たりばったり。 それで良いではないか、これまで生きて来れたのも、これから先も、目には見えない杖を頼りに、他人や社会に意図して迷惑をかけずに、済ましたいと念じながら、出来ればより良い人生を全うしたいものと、今現在は心密かに念願している。
2019年06月17日
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私・草加の爺自身では、少なくとも意識の上では何も変わらない、と思っていたのですが、ここ数週間の間に何かが変わっていた、確かに。それで、気分転換の意味も含めてタイトルを変え、書き継いで行きたいと考えました。ただそれだけに過ぎませんが、大いに違ったようにも思えています。どうぞ宜しくお願い致します。 先日、大船の長男の所に行き、孫達と一緒にボーリングをやって来ました。予想した通りに肉体の老化に直面して、反省しきりでした。身の程を弁える。簡単な事柄ですが、実行は考える程には簡単ではない。 私は今、見かけだけは自由で、悠々自適の生活を送るだけの、贅沢極まりない境遇にあり、自分自身でも信じられない自由を謳歌できる立場にある。問題は年齢と共に肉体のあちこちに疲れが、加齢と共にあちこちに自覚される老化現象が顕著である。これは、私だけに限らず誰にでも起こる自然現象ですから、毎日の生活に気をつけて、健康を一番にやっていかなければならないだけです。 この基本中の基本に立ち返って、生活のリズムを整えようと考えている所です。 今朝の夢の中で、お金を事業で稼いで、子供たちに分けてあげなければいけない。などと、昼間の意識して生きている私とは、まるで裏腹な思いを真剣に抱いていた。してみると、無意識の潜在意識下では、私も老後の安楽な生活の為には、大金がどうしても必要だと、痛感していたのかと、我が事ながら可笑しく感じた事であります。 つまり、へそ曲がりな私は、少なくとも自覚的にはお金など、餓死さえしなければよいので、世の人々がそうであるようには、少しも必要としない。そんな風に嘯いていて、それが、掛け値なしの自分の本音だと、信じ込んでいたのですが、夢は本音と言いますから、衣の下から鎧ならぬ、金銭への執着がはしなくも夢という形で、現れて来たのかと、自分の本音を可笑しいと、自分にも分からないように、自分を、その正体を隠していた事実を、ちょっとばかり反省した次第であります、はい。 理屈では、頭では分かっていても、いや、分かっているつもりであっても、実際には体験してみないことには分かっていなかった事が、実地に事に当たってみると、思い知らされるという事があるのだ。 私はこれから又、勉強をしようと考えている。目的は無い、と言うより自分自身をより良く生きるために、と答えた方がよいのかもしれない。自分は自由に使える時間を、( それは多分、そんなに多く無いはずであるが )兎に角、気の済むように自己との対話を真剣に継続する。それが私の、これから有意義に生きる意味を与えてくれる事を、衷心から念じながら…。
2019年06月13日
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第 四百三十五 回 目 台本の試作品候補として 「 嫉妬 」 人物:青木 拓也(若いサラリーマン) 逢坂 晴海(拓也の恋人) 青木 夢路(拓也の母親) 津村 あゆみ(拓也の妹、主婦) 屋敷 清香(拓也の死んだ友人の妻) 大学病院の待合室の一隅 手術の為に入院している拓也の母親(車椅子に乗っている)を挟んでテーブルについている、拓也と晴海の三人。 夢路「晴海さん、今日はわざわざお見舞いに来ていただいて、有難う。せっかくの日曜日だと言うのにこんな年寄りの顔を見に…」 晴海「とんでもありませんわ。もっと早くに伺うのが本当なのですが」 拓也「晴海さんはねえ、歳は若いけれど仕事が切れるので、会社から大切にされているので、なかなか時間が自由にならないんだよ、母さん」 夢路「素晴らしいお嬢さんだこと。お前には勿体無いようなお人だね」 拓也「僕だって、こう見えても結構職場の同僚などからは、一目置かれている有望株なので、母さんが心配する程ではないのだよ」と、一寸すねてみせた。 夢路「おや、それはお見それしました。拓坊や」 拓也「またこれだ、母さん僕はもう三十をとっくに過ぎているのですよ」 夢路「年齢には関係ありませんよ。私にとってはいつまでも拓坊はタクボーです」と、取り合わない。 そこへ拓也の妹・津村あゆみと屋敷清香が連れ立って、やって来た。 あゆみ「遅くなって御免なさい。病室に行ったら此処だって聞いたものだから」 清香「大変御無沙汰を致して居ります」と夢路に挨拶した。 夢路「まあ、まあ、屋敷さん、お久しぶり。もう何年になりますかしら」 清香「五年ぶりくらいでしょうか」 拓也「清香さん、お久しぶりです。本日は有難う御座います」と、深々とお辞儀をした。清香も無言でお辞儀を返した。 そこへ看護士がやって来て、夢路に声を掛けた。 看護士「青木さん、時間ですので病室の方にお戻りください」 夢路「はい、分かりました。只今参ります」 拓也「じゃあ、一寸僕、病室まで一緒に行って来ます」と、母親の車椅子を押していく。晴海、あゆみ、清香の三人がその場に残った。 あゆみ「ああ、そうそう、御紹介が遅れてしまいましたね。こちらが兄のガールフレンドの逢坂晴海さん。そして晴海さん、こちらが兄の亡くなった友人の奥様・屋敷清香さん」 晴海「拓也さんからお噂は伺って居りました。亡くなられた御主人とは無二の親友だったとか」 清香「はい、主人だけでなく私自身も大変よくして頂きました」 あゆみ「家の兄は誰にでも優しい人ですから。特に清香さんのような美人には、特別に。私は妹だから美人でなくとも優しくしてくれますが」 晴海「あゆみさんは、美人ですわ。私こそ、美人には程遠いのですが、幸いに好意を寄せて頂いてますわ。ラッキーなんです、私」と一人で嬉しそうにはしゃいでいる。そこへ、拓也が戻って来る。 拓也「どうだろうか、皆して顔を合わす機会はめったにないのだから、お茶でもどうですか、清香さん。もし、お時間に余裕がお有りでしたら」 清香「ええ、ご一緒したいわ」 あゆみ「支払いの方は、勿論、兄さんが持つのでしょうね」 拓也「当然だろう、こんなに美人ばかりに取り囲まれては、無理してでもそうしなくては」と軽くおどけて見せた。一同から笑いが漏れる。 都会近郊のハイキングコース 軽装の拓也と晴海が仲良く歩いて来る。天気は快晴であり、木々の間からは小鳥の楽しげなさえずり声が聞こえてくる。 拓也「この辺で小休止しましょうか」と、近くの木で出来たベンチを示した。腰を下ろして直ぐ、 晴海「私、今朝からどんな風に拓也さんにお話したらよいのか、迷っていたのですが…」 拓也「何か、重大な事ですか」 晴海「いいえ、少しも。でも、私には重大な事に思えて仕方がない事なのですわ」 拓也「何だろうか? 僕たちもう直ぐ結婚するのだし、君にとって重大なことは、僕にとっても同様だからね」 晴海「誤解してもらいたくないの。でも、思い切って言うわね。あなたは、拓哉さんは女性に対してとても優しすぎる気がするの。あの病院に行った時のお母さんに向けた、あの眼差し。例え実のお母さんに対してでも、あれ程に愛情溢れる眼差しを、私以外の女性に向けて欲しくは、ない」、拓也が吃驚して言葉を挟もうとしたのを、遮って、「この際、全部言わせてくださいね。お母さんに対してばかりではないわ。妹のあゆみさんに対する態度も、普通の兄妹の限度を超えている。いえ、そればかりか、親友の未亡人、確か清香さんだったかしら、清香さんにも普通以上に気を配り過ぎていた」 拓也「君の気持ちは、今の話を聞いてみて、分かったのだけれど…。一体、僕はどうしたら良いのだろうか」 晴海「この際ですから、私が拓哉さんに対して感じていた不満を、全部さらけ出してしまうわね。自分でも自分の感情を常軌を逸していると思う。でも、私にはどうしても我慢が出来ないのです。理不尽な嫉妬だし、拓哉さんには迷惑な事かもしれない。いや、実際に迷惑を通り越しているかも知れません」 拓也「言葉の途中だけれど、僕は君を心の底から、その愛しているから、今の君の言葉を聞いても理不尽だとも、迷惑だとも思わない」 晴海「有難う拓哉さん。私、本当に嬉しいと思う。だから、だから尚の事これまで思っているだけで言葉に出せなかった事を、この際全部言ってしまいたい」 拓也「嬉しいね。今日まさかこんな風な展開になるなんて、夢にも考えていなかったけれど。どうぞ全部を、君の僕に対する不満を聞かせてもらいたい」 晴海「貴方は私に対しても優しいのね。でも、逆に言えば私に対して優しいだけでは、私我儘だから満足できないの。他の女性、特に貴方のお母様、妹さん、そして屋敷さん、こういう人達に対しては特別に愛情を抑えて頂きたい。と言うよりは、仮に愛情を感じていても、少なくとも私の居る前では、絶対に過剰な愛情を示さないで、頂きたいのです」 拓也「困ったなあ。愛情は感じてもよいが、それを君の前では態度に出すな。そう君は主張する」 晴海「本当は、私の事だけ考えていて、他の女性の事は一切眼中にない。それが理想だけれど、それはどう考えても無理な注文だと思うから、せめて、私には分からせないように気を使っては、頂けないか。そう望んでいるの。それもこれも、私の拓也さんに寄せる深い愛情が、敢えて異常と表現しましょうか、普通ではない、異常な愛情のなせる業だと考えて頂きたいの」 拓也「自信はないけれど、兎に角、その努力だけはしてみようと思う」 晴海「どうか御生ですから、私を嫉妬深い女だと毛嫌いなさらないで下さい」 拓也「嫉妬深い、嫌な女だなどとは少しも思いませんよ。むしろ僕は感心したり、感動している位なのです。何故って母だとか妹だとか、親友の奥さんなどに嫉妬の感情を向けるくらいに、君の僕に向ける愛情が大きくて、豊かだという事の証明だから」 晴海「そんな風に理解して頂けたなら、最高です。何しろ拓也さんは私の 運命の人 なのですから。生まれる先の、その先の世からずっとこの世での出会いを予感して、待ち構えていた、特別の人なのですわ。だから、こんなにも言葉では到底表現できない程に、恋焦がれて、居ても立ってもいられないのです。寝ていても、一人でいる時にも、誰か拓也さん以外の人といる時でも、私が思ったり、考えたり、感じたりしているのは、貴方だけなのですから…」 拓也「今日、此処で君からそんな告白を聞けるなんて、夢にも考えていなかった。こんなにも僕の事を全身全霊で愛してくれている君と、もう直ぐ結婚出来る僕という男は世界一の幸せ者だよ」 晴海「私の方こそ、幸せ者だと思う。取り分け美人でもなければ、有能でもない、平々凡々たる私のような女を選んで下さった上に、聞き様によったら意地の悪い、心の狭い、我儘な言い分を百パーセント聞き入れて下さろうと、約束までして下さる。嬉しいわ。これからは私の事だけを思って、他の女性のことは考えないで下さい」 拓也「努力する事を約束するよ。さあ、握手しよう」と晴海に右手を差し出した。その手を、晴美がしっかりと両方の手で包み込んだ。 青木家のリビング(一ヶ月後) 拓也と母・夢路とが話をしている。 夢路「でも、タクボー、本当に後悔はしないのでね。こういう結論で構わないのですね」 拓也「僕だって喜んで彼女との結婚話をぶち壊したいとは思っていなかった。でも、彼女はとても人間業では出来ないような事を、僕に要求して、一歩も譲ろうとしないのですよ」 夢路「何も私は晴海さんの味方をするつもりはないけれども、あなたを深く愛しているからこそ、こうして欲しいって要求というよりは、希望を提示したのではないのかね」 拓也「確かに、その通りなのですよ、確かに」 夢路「それご覧ね、やはりタクボーの我儘が原因なのではないかね」 拓也「母さん、タクボーと言うのは止めにしてください、深刻な問題を話しているのですから」 夢路「おや、御免なさい。つい、口癖なので」 拓也「僕の我儘もあるかも知れないけれど、彼女は僕に何倍も輪をかけてような、常識では想像できないほどの我儘を言って、それを僕に押し付けて来たのです」 その時、拓也のスマホの着信音が鳴った。拓也はスマホで少し会話してから切る。 拓也「あゆみからです。あゆみ自身は今日来られないが、清香さんが心配して間もなくこちらに来てくれるらしい」 夢路「あら、そうなの。あゆみは中々忙しいからね。清香さんも忙しいだろうにね」 玄関のインターホンの合図。迎えに出る夢路。 時間経過。 清香と拓也が会話をしている。 清香「でも、こんな事を言うのは何ですが、拓也さんは立派だわ。だって、普通の男の人なら、最初から晴海さんの言い分を拒否するでしょうから」 拓也「いいえ、それは買いかぶりと言うものです。最初、僕には彼女の嫉妬が真実の愛情だと思えた。浅墓だった、無知に過ぎた、実際の所」 清香「拓也さんには、女に最後の本音まで言わせてしまう、何かがあるのですよ」 夢路がお茶を用意して来て、テーブルに並べた。 夢路「嫉妬は愛情の一種ですが、度を越してしまうと、愛情を殺してしまうものなのね」 清香「それでも、嫉妬する人がいれば、まだ幸せの部類なのでしょうが、私の様に夫に死なれてしまっては、何もなりませんわ」 拓也「僕は結婚相手を失って仕舞う結果になってしまった…。嫉妬恐るべし、これが僕が今回の恋愛の失敗から学んだ、いや、学ばされた最大の教訓です」 夢路と清香が同時に、「普通が一番です」と互の顔を見合わせた。 《 完 》
2019年06月05日
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