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少し疲れて愚痴っぽい。 思い切り愚痴っぽくて、我ながら辟易。 ちょっと後ろ向きな自分に辟易。 周囲にこぼしてしまう愚痴。 いけないなー。 二年前に見た東北の桜。 また旅がしたい。
2007年04月25日
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カーテンを開けたら、眩いばかりの光が入ってきた。 どうやら今朝は、快晴らしい。 暖かい陽射しに身をゆだねていたら、わたしの「いざ鎌倉」病が頭をもたげてきた。 今日の予定は、選挙に美容院。それに来週末の客人の為の布団干しだ。 頭の中で、一日の予定を組み立てた。 布団は出かけるまでの仕度の時間に干せば良いから、まずは美容院へ予約を入れなきゃだ。 結局、布団は表裏一時間ずつ干すとして、美容院は夕方四時半の予約が取れた。 残りの家事をこなして、仕度をする時間は二時間ということになる。 超特急でそれらを済ませて、選挙会場へ。それからおもむろに、鎌倉へと足を延ばした。 折から鎌倉は、祭の最中だった。 わたしは行列の間隙を縫って、大巧寺を抜けた。 本日のお目当ては、妙本寺の海棠とシャガに絞って来たのだ。 鬱蒼とした参道を抜け石段を登ると、広い境内のあちこちに海棠の花が満開である。 妙本寺の海棠はいつ以来だろう。 去年も今年も、海蔵寺と光則寺の海棠は外してない。 数年はご無沙汰だった気がする。 以前の凛とした老木の頃は好んで来たものであるが、若い木に代わってはあまり記憶がない。 その若かった木も、それなりの歴史を刻み華やかさを増していた。 驚いたのは、もっともっと若かった他の海棠が一回りも二回りも大きくなっていた。 本堂の柱に背をもたれて、しばらくそれらの海棠を眺めた。 わたしの、心の中にもやもやとしていた迷いや憂さが、どんどん蒸発していくようだ。 誰にも邪魔されることなく、こうして歩く鎌倉は、今のわたしにとって最高の癒しだ。 もう一つのお目当てのシャガも、満開である。 今年の春は、まるで北国の春のように、何もかもが一斉に咲き競う。 うかうかしていると開花を見逃してしまいそうである。 やっぱり来て良かった。
2007年04月09日
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光則寺は大好きな寺である。 江ノ電長谷で降りて、長谷寺の方へと歩く。 途中で右に折れて少し行くと、長谷寺のにぎやかさに比べて、少しひっそりと寺がある。 境内も静かで時折鳴く鳥の声に、耳を傾けると、日ごろのささくれた心に優しさが沁みた。 訪れて良かった、といつも思わせてくれる。 今回は、海棠と枝垂れ桜を求めて来たのだけれど、枝垂れ桜はもうとっくに終わっていた。 一度も見てないので、今年こそと期待していたのに、がっかりだ。 でも、海棠は期待通り満開で、青空を背景に鮮やかだった。(4月1日現在) しばし堪能した後、境内を少し歩き回った。 親切に植物の咲く場所を記した地図が用意されていて、目的のものを探すのにすごく便利だ。 海棠を充分に堪能して、寺を後にした。 美味しい珈琲を飲みたくなったので、長谷寺前の邪宗門へ入った。 早足で巡ったので、少し疲れていたのか、珈琲がことのほか美味しく感じられた。 さて、明日からまた会社だ。 すっかり充電できたので、また頑張れそうだ。 ※(4月1日の散策なので、花の時期が1週間ずれていることをお断りしておきます)
2007年04月08日
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海蔵寺の石段を登ると境内が一望できる。 今年も、大好きな海棠(カイドウ)が薄紅色の花をつけていた。 わたしが海蔵寺を知ったのは、立原正秋の小説の中だった。 頭の中の海棠は、大木だった。 境内にひっそりと太古の自然から聳え立っていたような(今から思うとこの印象はまさにタブの木だな)、そんな印象を持っていた。 これは作者の意図とはかけ離れた、わたしという読み手の勝手な推測なので、読解力のなさといえるだろう。 だからもう一度、しっかり読み返さなければ、と思っている。 初めて鎌倉の地を踏んだのは、中学二年の夏休みの海水浴にいった材木座。 全く古都としての鎌倉には興味がなかったのである。 その後、成人してから立原正秋の小説に出会い、興味を持ったのが海蔵寺と海棠というわけである。 そして初夏、境内でその木を初めて見たとき、これ?と思ってしまった。 だからこそ絶対に海棠を見なければ、と次の春にやってきたのだ。 桜の季節のやや後に、追いかけるようにして咲く海棠には、本当に目を見張った。 周囲に漂う桜とは違った香りに酔い、境内から山門を眺めたりと、そこにだけ流れる緩やかな時間が大好きになった。 今年は、北鎌倉から鎌倉街道沿いを小町通りに入り、右手に折れるコースを取ったけれど、時には、浄智寺横から源氏山を越え化粧坂を下りて辿ることもある。 天気のよい日のハイキングにはもってこいのコースで、北鎌倉駅横の『光泉』で稲荷寿司を買い源氏山公園あたりで食べると、本当に至福を感じてしまうわたしなのだ。 今回の海棠は、本当に素晴らしかった。 蕾のときの赤い色と開花したピンクの花のバランスがよく交じり合っていた。 充分に堪能した後、次はやはり海棠と枝垂れ桜を求めて光則寺へと向かった。
2007年04月07日
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花巡りには、余談だけれど……。 建長寺法堂の天井画の龍の絵を見上げたとき、頭の中にひらめくものがあった。 昨年九月に、京都・建仁寺で見た龍とあまりに似ていたからだ。 気になって調べてみたら、やはり同じ小泉淳作画伯のものだった。 何でも建長寺の縁で建仁寺の『双龍図』(龍が二匹)は描かれたらしい。 ちなみに建長寺のは龍が一匹の『雲龍図』。 『雲龍図』@建長寺in鎌倉 『双龍図』@建仁寺in京都 この二つ天井画に遭遇できたのは、どんな縁なのだろうか。 ふと、建仁寺に行った目的を思い出した。 俵屋宗達の『風神雷神図屏風』(国宝)を見に行ったのだけれど、あいにくその屏風絵を見ることは出来なかった。 折りしも、小泉淳作画伯の『双龍図』が一般公開されていて、遭遇したのである。 その時見入った龍に、今度は建長寺で遭遇した。 わたしは何かに強く突き動かされたような、不思議な時間を感じるのだった。 しばし佇んだ後、巨福呂坂をカイドウの咲く海蔵寺へ向かった。 いつもなら桜よりやや遅めにカイドウが咲く。 暖冬の後にやって来る春は、開花に微妙なずれのある草花や木々が、一斉に芽吹き咲き揃ってしまうのだ。 山門から境内@海蔵寺 カイドウ(バラ科)@海蔵寺
2007年04月03日
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陽気に誘われてひとりで鎌倉へ行った。 テーマは、ハナカイドウと枝垂れ桜。 北鎌倉で下車、東慶寺。 先月訪れた時、枝垂れ桜を見つけていた。 桜の頃に見に来ようと心に決めていたのだ。 ところが遅かりし。 すでに盛りを過ぎていた。 それでも儚げに残っていた花をデジカメに収めたのだけれど。 道すがら、浄智寺寄った。 山門に続く石段の両脇の、ハナダイコンに混じって咲くシャガを見つけた。 その清楚な様がわたしは大好きなのだ。 例年ならもう少し遅いのに、すでに可憐な花をつけている。 それならば、建長寺・鐘楼背後に咲くシャガも見ごろではないだろうか、と頭の中のコースを変更した。 今日は陽気に誘われて、予想通りものすごい人出である。 狭い歩道は行き交う人々で思うように進めないが、ひとりなので人混みを縫う。 建長寺も例外なく、いつになく込み合っていた。 足早に鐘楼を目指したが、シャガの群生は期待を外した。 わたしがかつて感動したその場所は、地形が変わっていて、がっかりした。 落胆はしたけれど、それなら気持ちを切り替えて方丈前の庭園でも眺めてこよう。 次回へ続く
2007年04月02日
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