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掃除機をかけていた。 ひたすら、うつむいて。 さっきまで諍っていた義母は、バタンとドアを閉めて家を出た。 毎度のことだから、多分知人宅に二三泊してくるのだろう。 気に入らないとしょっちゅう家を出る。 わたしは出て行くところがないから、留まっていた。 それでも結婚当初は、姉の家に逃げ出したものだったけれど、 「家を出るということは、俺を捨てて出るということだ。今度家を出るなら覚悟して出ろ」 という夫の言葉が、わたしをいつまでも縛っていた。 重い掃除機を転がしながら、わたしの選んだ結婚は、誰をも幸せにしてない気がしてきた。 実家と行き来させてもらえなかったし、義母は毎日恨みつらみのこもった眼差しで、わたしの一挙手一投足を観察し、何かと口に出した。 「あなた性格が変わったわね。暗くなったよ」 いつか姉が言った。 そう言えば、幼い頃から通信簿に書かれることと言ったら、「明朗快活、積極的」だったのに。 変わったのかもしれない。 ひたすらうつむいていたら、涙がぼたぼたと足元に垂れた。 あ、泣いちゃってるわたし。 死んでしまいたいなーと、漠然と思いなが手の甲で涙を拭ったとき、電話がじりりとなった。 娘の友達の母親Tさんだった。 「何かしてる?暇だったらこれからランチしない?」 「うん、するする」 わたしは渡りに船とばかりに掃除機を放り出して、それほど親しくもないTさんの誘いに乗った。 外は、今にも雨が落ちてきそうな憂鬱な空気が垂れ込めていた。 誘われた店は、駅の近くの評判の良いフランス料理だった。 ランチの三千円は主婦には少々高めだったが、内容がものすごく良かった。 明るい顔のTさんを見ていたら、先ほどまでの鬱々していたものが下がっていった。 「Tさん、誘ってくれてありがとう。実はね、さっきまでわたしの気分は最低だったの。もう生きていても仕方がないってくらいに。でも、あなたの電話がわたしを救ってくれた気がする。美味しいものをいただいて、楽しそうな顔したみんなと話していたら、すごく楽になったもの。あなたは命の恩人だわ」 Tさんの他に何人か、娘の同級生の母親達がいた。 「何馬鹿なこと言ってんのよ。わたし達はあなたと食事がしたいなーって思ったから誘ったのよ。でも、さっきの電話の声確かに変だったわね。地の底から話してる別人みたいで、あなたじゃないみたいだったよ」 わたしは女友達を作るのがものすごく下手だった。 だから、娘の学校に出かけて行っても、親しく口を利くということはなかったのだ。 この日を境に、わたしは友人がたくさん出来た。 本来のわたしを取り戻して、PTA活動に参加していったのだった。 こんな時間があったから、今のわたしがあるんだなー。 どんよりとした今朝の梅雨空の下で、わたしは懐かしく思い出している。 Tさんとは、その後もずっと付き合っていたのだけれど、子供の成長と共にいつしか疎遠になった。 この季節になると、思い出して会いたいなーと思う。 どうしているのだろう。 あれから夥しい時間が過ぎたけど、今でも彼女のことを命の恩人だと思っている。
2007年06月24日
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