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割田屋さんよりルネ・ミューレの13リースリング グラン・クリュ『クロ・サン・ランドラン』ブル等に比べると穏当なままですね。割田屋さんの12バローロ『カンヌビ・ボスキス』(ルチアーノ・サンドローネ)美味しそうすね。みちのくさんの03シャトー・オー・バイィ。8k好きな生産者です。湘南さんの14ジャン・フルニエ同じく湘南さんのユベール・ラミー。面白そうなアイテムです。河野酒店さんの05エール・ダルジャンかわばたさんには02年のエール・ダルジャンが入荷していますウメムラさんよりルモワスネの85リシュブールAWCさんのオリヴィエ・バーンスタイン <再掲>フィッチさんの14アルマンルソー・シャンベルタンほかウメムラさんのルーデュモン。13シャルムシャンベルタンなどノムリエさんの14アルマヴィヴァ。13kノムリエさんのロッキオリキタザワさんのロッシュドベレーヌ
2017年01月29日
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1月19日(木)下の子が熱を出したのが発端でした。午後にカミサンからLINEで、病院につれいてったら、インフルエンザと診断されたという連絡が。下の子はふだんまだカミサンと同じ部屋に寝ているのですが、この日は「可哀想だ」と主張するカミサンを振り切って、一人部屋で寝かせました。1月20日(金)翌金曜日、私の隣の席の同僚が体調が悪いといって、午前中に診療所に行ったら、「インフルエンザ」との診断で即帰宅&5日間出勤停止に。聞くところによると、前日から体調が悪くて診療所に行ったのだけど、診療所が混んでいたので受診せず、そのまま立食パーティにも参加していたとのこと。それって…。午後になって、今度はカミサンからLINEで、「調子が悪くなって病院に来ている」との連絡。ああ、これで週末の予定はすべてキャンセルだなぁと諦観する私。この日は部の新年会があり、少し遅めに帰宅すると、カミサンは下の子ともどもすでにダウン状態。結局、隔離している下の子の部屋にカミサンも移動してもらって、私と上の子とで別室で寝ることにしました。1月21日(土)カミサンが完全にダウンしているので、朝から洗濯と炊事、食事の用意に奔走。カミサンと下の子は熱も高く、かなり辛そうでした。食事はスポーツドリンクとプリン、ヨーグルトのみ。二人ともほとんど部屋から出てくることがなかったので、私があれこれと御用聞きに奔走しました。上の子(と私)の食事はレトルトなどを駆使してなんとか乗り切りました。1月22日(日)下の子は時折居間に下りてこれるようになりましたが、カミサンはまだ起きることもできず。それに加えて、なんと今度は上の子が喉が腫れて節々が痛むと言い出しました。急遽休日診療しているクリニックをネットで検索して受診。このままでは私が発症するのも時間の問題だと思ったので、病院で上の子だけでなく、私も「イナビル」を予防投与してもらいました。聞けば上の子は前日夜の2時過ぎまで友達とLINEをやっていたとのこと、なんという無防備さ・・。晩飯はスーパーで買ったおでんやうどん、サラダなどで済ませました。私以外の家族3人がインフルに罹ってしまったので、私の寝る部屋がなくなり、結局居間で寝袋で寝る羽目になりました。よく眠れなかった上に朝方寒くて参りました・・。この三日間、さすがにワインは飲めませんでした。家事と看病に明け暮れた週末でした。1月23日(月)朝イチの会議を欠席するわけにいかないので、通常通り出社しました。職場ではさらにひとりインフル発症で二人欠員。これはこれで結構キツイものがありました。ちなみにこの同僚は、金曜日の会議や新年会で隣の席だった方でした。最初にインフルを持ち込んだ下の子はようやく熱が下がりましたが、まだ体調は戻らない様子。なお、下の子の通う中学は結局学年閉鎖になったとのこと。カミサンはなんとか部屋から出てこれるようになり、最低限の家事はこなしてくれました。上の子は早めにイナビルを投与したのがよかったのか熱は37度台で推移。会社を17時前に早退して、スーパーで夕食を買って帰宅しました。この日も居間で寝袋で就寝。前日より慣れたとはいえ、相変わらず熟睡できませんでした。手洗いやうがい、部屋の湿度管理など、インフルがうつらないよう精一杯の防衛はしているのですが、就寝環境の悪さがそれらを帳消しにしている感じでした。1月24日(火)下の子はほぼ回復。カミサンもどうにか家事をこなせようになり、我が家の危機もなんとか峠を越えました。もっとも、上の子だけは鼻水がひどく、熱もまだ下がりません。私はといえば、三日ぶりにベッドで寝ることができました。少し落ち着いたので、気分転換にワイン(ルイ・ロデレール2008)を飲んでみましたが、自分の体調もあってか、まったく美味しく感じられず、開けたことを後悔しました。1月25日(水)前日ベッドで寝たことで、私の体調はだいぶ整いました。カミサンもほぼ復活。下の子は回復しましたが、学年閉鎖のため、部屋でゴロゴロしてすごしたようです。上の子はまだ体調が悪そうでした。職場は相変わらず2名欠員で結構忙しかったのですが、それでも会社にいるほうがよほど楽だなと実感しました。夜は晩酌でルイ・ロデレールの残り半分を開けました。好きな銘柄なんですけど、楽しめなかったのはやはり体調と慌しい気分の問題ですかね。1月26日(木)上の子の担任から電話があり、上の子のクラスも学級閉鎖になったとのこと。上の子はまだ鼻がグズグズでなかなか登校のメドが立たなかったので、よいタイミングでした。下の子はこの日久しぶりに登校したと思ったら、また学級閉鎖になったとのことで2、時限目が終わったところで帰宅。なんだかなぁ。職場では一名この日から復帰しました。夜はパーティがあって、深夜帰宅。1月27日(金)朝からなんとなく体の重さとダルさを感じましが、あと一日ということで気合で乗り切りました。上の子はほぼ治りましたが、学級閉鎖中のため、次回登校は月曜日。下の子もこの日まで学級閉鎖。私は二日続けて夜に飲み会があり、帰宅は12時を回っていました。帰宅したら、上の子がまだ起きていてLINEをやっていました。1月28日(土)下の子はこの日登校。上の子もほぼ治って家でゴロゴロ。私はとりあえずゆっくり寝たおかげで、前日のダルさもなくなりました。ただ、少しばかり喉が痛むので、明日も山などには行かず、ゆっくり静養することにします。私以外の家族全員、それに職場の近くの人が2名罹患という最悪の環境でしたが、とりあえずここまで乗り切ることができました。それにしても、家族が全員ほぼ同時に感染したというのはまったくもって初めてのことで、なかなかシビれる経験でした。おそらく私の中にもとっくにウイルスは入ってきているのだと思いますが、発症せずにすんでいるのは、予防接種を受けていた(ちなみに家族でインフルの予防接種を受けていたのは私だけ)のと、イナビルを予防投与したからではないかと思います。来週は仕事で大きなイベントが二件続きます。なんとか無事乗り切りたいと思います。。
2017年01月28日
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パーティで振舞われたワイン。背景雑然としていますね(^^;。タンニン緻密で濃厚でありながら酒質は重々しくなく、テクスチャーもツルンとしていて高品質なワインでした。きちんとしたグラスで飲んでいればさぞ美味しかったかと。クアトロ・パゴス・ヴィンテージ [2009] マエティエラ・ドミナム【あす楽対応_関東】【あす楽対応_東北】【あす楽対応_甲信越】【あす楽対応_北陸】【あす楽対応_東海】【あす楽対応_近畿】【あす楽対応_中国】価格:9720円(税込、送料別) (2017/1/28時点)↑結構なお値段だったんですね。立食パーティにはもったいないワインでした。半蔵門にある「ル・シェ」さんに伺った際にボトルで注文したロワールのSBとプリミティーヴォ。このカルバドスがまた美味しかった。ル・シェさん、料理美味しかったです。また訪問したいと思います。https://tabelog.com/tokyo/A1308/A130803/13199530/
2017年01月28日
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ラファエロの名画をあれこれと挙げるのは楽しい。私がもっとも敬愛する画家のひとりだし、どれもが甲乙つけがたい傑作ぞろいだからだ。それにつけても、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロという巨人たちが、ルネサンスという同時代に、地理的にもごく近隣の場所に生を受けたというのは、まさしく絵画史上の奇跡とさえいいたくなる。私の中でのラファエロのイメージって、作曲家にたとえると、モーツァルトだ。同時代のベートーヴェンより、スケールの雄大さでは一歩譲るが、その分、繊細で優雅で中庸を得ていて、なにより「自然」な作風。そして、まるで駆け抜けるように、短い人生をまっとうした点。ラファエロがまさに「夭折」という言葉のとおりに世を去ったのは1520年のことで、当時まだ37才という若さだった。死因は突然の高熱によるものだったらしい。 ラファエロの作品を語るには、システィナ礼拝堂の壁面に描かれた「アテネの学堂」や「聖体の論議」などの大作ももちろん忘れられないが、多くの人が彼の名を聞いてまず思い出すのは、やはり珠玉の「聖母子像」たちだろう。そこで私がふと疑問に思ったのは、一連の聖母像は、彼が何歳の時に書かれたものなのかということだ。調べてみると、これが案外早い時期に書かれているのである。・1504年「大公の聖母(右図)」(21歳)・1505~06年 「ひわの聖母」(22歳)・1506年「草原の聖母」(23歳)・1508年「美しき女庭師」(25歳)・1512~13年「サン・シストの聖母」(29歳)・1514年「小椅子の聖母(下図)」(31歳) 優雅や甘美などという形容が陳腐に聞こえてしまうような、聖母の気品に富んだ美しさ、そして画面からにじみ出る包み込むような暖かい母性。年齢で人を判断するのは、自分がオヤジになりつつある気がしてイヤなんだけれども、それでもこのような深い精神性に満ちた絵画を当時20才そこそこの若者が描いたという事実には改めて驚嘆の思いを禁じえない。もっとも、生前のラファエロという人物は女好きで、上昇志向が強い、いわばかなり俗な人間だったらしい。作品のテイストからすると意外だが、先ほど例えに出したモーツァルトも、天上の音楽のごとき名曲を生み出しつづける一方で、日常においては猥雑な表現や会話好きだったというように、芸術とは案外そんなものなのかもしれない。いずれにしても、私のような凡人には計り知れない世界だ。私が生まれて初めてヨーロッパを訪れたのは、1990年代初頭のことだ。ウイーン(とジュネーヴ)で開かれる見本市への参加が目的の出張だった。旧市街の安ホテルに泊まり、シュテファン寺院の鐘の音で目覚める朝は、心を洗われるような新鮮な体験だったが、あちらの現地社員や駐在員たちにとっては、初めて欧州の地を踏んだ言葉もろくにしゃべれない若造がポツンといても、何の役に立たないどころかむしろ足手まといだったろう。しかし、彼らがそんなそぶりひとつせずに、仕事のあいまに美術館や博物館に精力的に連れて行ってくれたことは、本当に感謝にたえない思いだ。もっとも、当時絵画にさほど興味なかった私は、連れられるままに漠然と館内を見て歩くだけで、むしろそのあとの「ホイリゲ」の食事の方を楽しみにしていたのだけれども。http://www.asahi-net.or.jp/~mh4k-sri/art/L0.JPGその後、ずいぶん経って、講談社より「ラ・ミューズ」という世界の美術館を紹介するムック本が発売になり、懐かしく思って、「ウイーン美術史美術館」の刊を買ってみた。つらつらとページをめくってみると、「ああ、あのとき見た!」と鮮やかに自分の脳裏に記憶がよみがえってくる絵が3つあった。ひとつは「ブリューゲル」の「雪中の狩人」、もうひとつは「フェルメール」の「絵画芸術の寓意」、そしてもっともよく覚えていたのが、このラファエロの「草原の聖母(ヴェルデベーレの聖母)」だった。スケール感のある明るい背景、鮮やかな色彩の聖衣、素人の私にも理解できる三角形を基調にした確固たる構図。聖母マリアの表情は、一種近づきがたいような気品を備えていながら、ルネサンス以前の聖母像に見られるような謹厳さはなく、どこまでも優美でおだやかだ。ちなみにこの絵は、美術書でみると、ほんの50cm程度の大きさぐらいかと錯覚するが、実際は縦113cm×横88.5cmとかなり大きい。あれだけ散漫に見たのに、10年近く経過しても記憶の片隅に残っていたというのは、ほとんど実物大の人物に近い大きさの画面が与える視覚的なインパクトも大きかったのだろう。そんなこんなで、ラファエロの聖母像というと、まずこの絵を思い浮かべる私である。ただ、この絵でちょっと不思議なのは、絵の左下の部分だ。いや、その前に聖母の足を見てほしい。右側に伸びているのは、「右足」なのである。ということは聖母はかなり不自然にねじれたポーズをとっているわけだ。では左下の青く塗りつぶされた部分は何なのだろうか?これはきっと聖母が腰掛ける玉座が隠されているということなのだろう。三角型の構図にこだわるあまり、この部分に破綻をきたしてしまったようにも言われているが、トータルとしてのこの聖母像のすばらしさの前では、重箱の隅的粗探しかもしれない。その2年後に描かれた「美しき女庭師」は珠玉の名品ぞろいのルーヴル美術館の中でもひときわオーラを放つ名作だ。画面の構成はより緻密になり、伏目がちの聖母の表情はより生身の母性を感じさせる柔和なものになってくる。貴族セルガンティのために描かれたものを、フランソワ一世が買い取った、ルーブル最初の所蔵品の一枚だそうだ。洋の東西は異なるが、私はこの聖母の表情を見ると、広隆寺の弥勒菩薩像を思い出す。「ひわの聖母」は不遇をかこった一枚だ。この絵はラファエロが友人の結婚祝いに描いたものだが、友人の家が地すべりに会い、この名画もバラバラになってしまった。17個の小片を継ぎ合わせて修復したこの絵は、よく見ると、画面のあちこちに痛々しい継ぎ跡が見て取れる。見るも無残な小片をつなぎ合わせて、鑑賞可能なまでに修復したその技術は賞賛されるべきものだと思うが、おそらく、技術だけでなく、ラファエロの聖母像をこの世から消し去るまいという情熱とラファエロへの敬慕の情があって、はじめてなし得た作業だろう。「ひわ」とは小鳥の名前で、いばらの棘を食べることから、いばらの冠をかぶせられて磔になったキリストの受難の象徴とされる。ウフィッツィ美術館を訪れたとき、残念ながら、この絵のあった一画が工事中やらなにかで、見ることができなかった。フィレンツェのピッティ宮殿にある「小椅子の聖母」は異色の作品だ。聖母像というには、あまりに自由な構図。玉座は申し訳程度にほんの一部だけ描かれ、聖性をあらわす頭部の光輪も、ほとんどわからない程度にしか描かれていない。ここでの聖母はいよいよ生身の人間らしい生き生きとした表情で、画面いっぱいにあふれるばかりの「母」としての愛情が、厳かな聖母像とはまた違った感動を私にもたらす。伝承によれば、昔ある娘が、行き倒れになった隠者を助けた。隠者はお礼にあなたに永遠の生命をさずけましょう、と言い残して立ち去った。その後、この地を訪れたラファエロが、母となったその娘の美しさに感動して、ワインの樽をキャンパス代わりに書き残したのがこの作品だという。おとぎ話のような逸話だが、一方で、この作品のモデルになった銀行家の娘は、実はラファエロの愛人で、描かれた幼きイエスはラファエロとの間に設けられた子供だというエピソードも残されている。つらつらと書き連ねてきたが、ここでもう一度最初に記した、それぞれの絵の制作年代を見返してほしい。年を経るごとに、聖母の表情がより豊かに、より生身の人間に近くなってくるのがわかる。 その後、ヨーロッパには何度となく行く機会があって、特にラファエロの絵はずいぶんと見て回ったが、残念ながら、初めて彼の絵に接した思い出の地、ウイーンだけは再訪する機会に恵まれない。もし機会があれば、クリムトやシーレの一連の絵画とともに、もう一度じっくり「草原の聖母」を時が経つのを忘れるぐらい眺めたいのだが。ジオット ~ 小鳥に説教をする聖フランチェスコ(S'sArt拾遺集) ラファエロ~草原の聖母 (S'sArt拾遺集)モネ 「印象~日の出」(S'sArt拾遺集)ゴヤ~「黒い絵」とボルドーのミルク売り娘(S’sArt拾遺集)フラ・アンジェリコとフィリッポ・リッピ(S's Art拾遺集)鉄道(サン・ラザール駅)〜マネ(S’sArt拾遺集)ラファエロ~ガリテア (S’sArt拾遺集)モディリアーニ ~ 黄色いセーターのジャンヌ・エビュテルヌ(S’Art拾遺集)「S 'Art」の記事はこちらのアーカイブにもあります。http://www.asahi-net.or.jp/~mh4k-sri/
2017年01月25日
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旅行で何日かパリに滞在した折に、「ジヴェルニーのモネの庭」を訪れてみた。パリからはバスで小一時間の距離だ。モネが1890年以降、自分の住まいとしたとた地で、年々土地を買い足して、池や庭園を造り、「自然のアトリエ」として活用していたところである。 大都会パリからほんの1時間走っただけで、窓からの景色はまるでどこぞの片田舎のようになる。水辺に建てられたノルマンディー建築の家なども見かけるが、なかなかこれは貴重な文化遺産らしい。モネが実際に住んでいた家は、現在博物館として保存されている。壁面には、モネの在命時からなのか、死後貼られたのか、あたり一面に「浮世絵」がかけられていて、モネの「ジャポニズム」への傾倒の深さを物語っている。庭園に出ると、画家がよく描いていたしだれやなぎや、太鼓橋や、アーチ状に仕立てられた花壇や、さらには、庭園の隣の 川の景色など、モネのファンであれば、「ああ、あの絵の…」とすぐわかるよう風景がそこかしこに見られる。そんな中でも、水面に浮かぶ睡蓮たちは、「これがモネが描きつづけた、あの睡蓮かぁ。」と感慨深いものがあった。それにしても、モネが残した236枚という睡蓮の画の数は半端なものではない。画家はよほどこの題材に興味があったのだろう。モネの画業の特徴のひとつに、「連作」があげられる。「睡蓮」のほかにも、「積み藁」や「ルーアン大聖堂」などのテーマにおいても多くの連作を残している。モネ自身が「うつろいの効果」と呼んでいる、刻々と変わる光との効果を描き出すこと。画家にとっての生涯を通じてのテーマを実現するために、モネが行き着いたひとつの結論が連作という手法だったのだろう。「積み藁」の好評が、モネに経済的な安定をもたらしたことから、ドガなどはこれら連作を、「売らんがための儲け主義」だと非難した。(実際モネは金銭には貪欲だったという話もある)海外まで行かずとも、 モネの作品を鑑賞する機会には事欠かない。例えば、この「睡蓮」は、「国立西洋美術館(東京・上野)」に展示されているもので、数多い睡蓮の絵の中でも秀逸なもののひとつに数えられるものだ。画家の生きた時代がそれほど昔でないことに加えて、作品数も多いから、ちょっとした都内の展覧会などでもモネの作品が目玉として展示されている光景をよく見かける。ただ、実のところ、私はモネに対しては、好きな作品も多い反面、手放しで賞賛する気にはなれない部分もあった。私ごときがこんなことを言うのはおこがましいのだけど、壮麗な傑作たちにまじって、なんというか、気持ちの入っていないような、やや粗雑?な作品が散見されるような気がしていたのだ。 もっともそれは、ひとつには私の浅学のためで、モネについての書物を読みすすんでいくうちに、画家が、時の経過とともにうつろいゆく刹那刹那の光とそれによって浮かび上がる対象を表現することに執念を燃やしていたこと、そしてそれらをキャンパスに封じ込めるためには、一枚あたりの仕上げは速筆にならざるをえず、そのための技巧を、生涯満足することなく追い求めていたことなどを知った。また、晩年の筆致が曖昧模糊としたものが多くなる原因のひとつには、興味の対象がより物の輪郭から光にシフトしたことに加えて、モネ自身が白内障を患っていたということもあるのだと知った。ただ、モネが、多くの賞賛と同時に、多くの議論を呼ぶ画家であったことは確かだ。「モネなど愚物だ。」と言い放ったジョルジュ・ブラックなどは極端な例といえるが、「モネはただの『眼』にすぎない。しかし、なんという『眼』だろう!」というセザンヌの有名なモネ評も、「ただの『眼』にすぎない」という言い回しになんとなく含みがあって、単なる賞賛に終わっていないところが興味深い。 「印象派」「印象主義」の名のルーツとなった名画「印象~日の出」は、パリのマルモッタン美術館にある。パリ市街の西端、ほとんどブローニュの森の近くに位置しているこの美術館は、地図で見ると不便そうだが、地下鉄が通じているため、アクセスはそう面倒ではない。かって貴族の邸宅だった建物は、1時間もあれば十分に見て回れる広さで、他の観光スポットと離れているせいか、比較的空いていて、のんびりゆったりと時を過ごせるのがいい。この「印象~日の出」は、モネが34歳のときに描いた、故郷ル・アーブルの港の風景で、1874年に開かれた有志による展覧会--のちに第一回印象派展と呼ばれる--に出品された5点の作品のうちのひとつだ。キュービズム、フォービズムや抽象絵画などまでも見慣れた私たちにとっては、この絵はもはや少しも奇異には映らないけれども、当時の批評家の目にとっては、そうはいかなかったらしい。朝もやの中を太陽が昇るまさにその一瞬の光景を描いたモネの筆致は自由闊達で、物の輪郭は漠然としていて、港に浮かぶ船などは大胆に簡略化され、朝もやの向こうの風景はまるで一筆書きのようだ。対象をいかに二次元世界に忠実に再現するかが評価の最大の指標となっていた当時の美術界において、モネのこの絵は理解しがたいものであったのだろう。 当時の風刺新聞「シャリヴァリ」誌の批評家「ルイ・ルロワ」はこの絵を「描きかけの壁紙の方がましだ。」と酷評し、タイトルの「印象」という名称を嘲笑した。しかし、そのことが、「印象派」 という命名のきっかけとなり、この批評家氏もそれをもって歴史に名を残すことになったのだから皮肉なものだ。「印象~日の出」が盗難の憂き目にあったのは、1985年のことだ。絵は4年後、無事な姿で発見された。犯人は、あまりに画題が著名すぎて、さしもの闇ルートでもさばくことができずにいたらしい。それでコルシカ島でくすぶっていたところを御用となったとか。これもまた「印象~日の出」が、1世紀を経て、いかに美術史上重要な位置を占めるにいたったかを証明するようなエピソードだといえる。ジオット ~ 小鳥に説教をする聖フランチェスコ(S'sArt拾遺集) ラファエロ~草原の聖母 (S'sArt拾遺集)モネ 「印象~日の出」(S'sArt拾遺集)ゴヤ~「黒い絵」とボルドーのミルク売り娘(S’sArt拾遺集)フラ・アンジェリコとフィリッポ・リッピ(S's Art拾遺集)鉄道(サン・ラザール駅)〜マネ(S’sArt拾遺集)ラファエロ~ガリテア (S’sArt拾遺集)モディリアーニ ~ 黄色いセーターのジャンヌ・エビュテルヌ(S’Art拾遺集)「S 'Art」の記事はこちらのアーカイブにもあります。http://www.asahi-net.or.jp/~mh4k-sri/
2017年01月25日
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2年参りの順番待ちの際に注文した福袋が到着しました。3万泡4本セット・ドンペリ2006・テタンジェ・コントドシャンパーニュ2006・アンリオ・キュベ・アンシャンテール2000・マイイ・グランクリュ・キュベ・ラントンポレル20092万泡5本セット・ゴッセ・セレブリス2002・ドラピエ・グランサンドレ2008・テタンジェ・ブリュット・レゼルブ・ルノーブル・アンタンス・ブリュット・フィリップ・フーリエ・ブランドブラン2万のほうは正直、またセレブリス、という感じですが、今回初出の3万4本泡はかなり魅力的なラインアップで満足です。今年もお世話になりますよ>うきうきさん。
2017年01月23日
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一昨日から下の子が、そして昨晩からカミサンがインフルエンザで寝込んでいます。職場では隣の席の同僚が昨日インフルとの診断で早退しました。だんだんと包囲が狭まっている感じです(^^;追記:日曜になって上の子も発症。一家で残るは私だけです。看病大変・・。フィッチさんよりE・バレンティーニのチェラスオーロ(ロゼ)MARUYAMAYAさんにイタリア古酒いろいろ入荷してます割田屋さんよりルジェの13VRクロ・パラントゥ。エシェゾーもあります珍しいですね。ボランジェの09コトー・シャンプノワ同じく割田屋さんよりデュジャックのマール・ド・ブルゴーニュ・オール・ダージュウメムラさんより先代ダニエル・リオンの76ニュイ・サン・ジョルジュ・1er・レ・ヴィーニュロンドエスカルゴさんの14ユベール・ラミーマル源さんよりジョブロの07ジヴリー 1er Cru”クロ・グラン・マロル”ルージュ。3.2K割田屋さんよりダニエル・モワンヌ・ユドロの95シャンボール・ミュジニー。6k弱同じく割田屋さんより94&96のシュペトレーゼが2k台です。かわばたさんサンデーセールマル源さんのブルゴーニュお試しセット。ダンジェルヴィユ、アンリグージュ、デュジャックそれぞれ。ソムリエさん24H限定12ラ・ターシュ正規品マルシェまるやまさんのポイヤック・ド・ラトゥール[2010]。サードラベルですワインではありませんが。和泉屋さんよりアーティチョークとアーモンドのパテ180g古武士屋さんよりフォンテルートリの13キャンティクラシコドラジェさんのアウトレット福袋タカムラさんの13オーパス・ワン割田屋さんよりゴビーの13ムンタダ。8k台です同じく割田屋さんの12パカレ。野村ユニソンさん物ですキワモノですが。ヴェリタスさんより海底熟成ワイン、サブリナ・レゼルブ・シラーズ
2017年01月21日
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昨年は「君の名は」の大ヒットもあって、久しぶりにアニメが一般に注目された年でした。昔、仕事でアニメの買い付けをしていた時期があって、直接携わらなくなった今も、毎クール結構な数の深夜アニメをチェックしています。しかし、いかんせん最近は本数が増えすぎです。なにせ1クールあたり40本前後放送されますからね。あまりに本数が多いので、新しいクールが始まると、前のクールのものは早々に忘却のかなたに追いやられてしまいます。加えて、私の場合、たいてい酔っ払って視聴するので、前の週の話すら覚えていないことがざらです。そもそも、さすがに自分自身が齢50を超えて、純粋に感情移入できなくなってきているという悲しい現実もあります。(なにせ子供たちが今やエヴァのパイロットの年齢な訳ですから・・)そんなわけで、忘年会や新年会で「昨年一年間で印象に残った作品は?」と聞かれても、すぐにタイトルを思い出せません(笑)。備忘録を兼ねて昨年一年間にチェックした深夜アニメ(一部深夜でないもの含む)を列記してみました。■2016冬僕だけがいない街 ★★★★★昭和元禄落語心中 ★★★★亜人 ★★★GATE自衛隊彼の地にて、斯く戦えり ★★★★デュラララ×2 結 ★★★★☆DimensionW ★★★★☆無彩限のファントム・ワールド ★★☆灰と幻想のグリムガル ★★★★★この素晴らしい世界に祝福を! ★★★★★だがしかし ★★★☆ファンタシースターオンライン2 ★★☆魔法少女なんてもういいですから。★★★フブキ・ブランキ ★★☆おしえて!ギャル子ちゃん/石膏ボーイズ ★★★<途中脱落>赤髪の白雪姫ハルチカ~ハルタとチカは青春するディバインゲートシュヴァルツマーケンアクティヴレイド紅殻のパンドララクエンロジック他に1話切り多数■2016春甲鉄城のカバネリ ★★★★田中くんはいつもけだるげ ★★★★☆迷家マヨイガ ★★★くまみこ ★★★三者三葉 ★★★★☆コンクリートレボルティオ ★★★★★ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? ★★★学戦都市アスタリスク ★★☆Re:ゼロから始める異世界生活 ★★★★☆フライングウイッチ ★★★★僕のヒーローアカデミア ★★★★☆クロムクロ ★★★キズナイーバー ★★★★ハイスクール・フリート ★★★<途中脱落>坂本ですが?文豪ストレイドックスジョーカーゲームエンドライド双星の陰陽師テラフォーマーズリベンジ他に1話切り多数■2016夏この美術部には問題がある! ★★★★アルスラーン戦記 風塵乱舞 ★★★★91Days ★★★★☆あまんちゅ! ★★★Rewrite ★★☆ReLIFE ★★★★★ダンガンロンパ3絶望編 ★★★★☆ 〃 未来編 ★★★★クオリディアコード ★★☆NEW GAME! ★★★★☆モブサイコ100 ★★★★☆甘々と稲妻 ★★★★☆Fate/Kaleid liner プリズマイリヤ3rei ★★★不機嫌なモノノケ庵 ★★★★タブー・タトゥー ★★☆斉木楠雄のサイ難 ★★★★★DAYS ★★★★☆<途中脱落>はんだくん食戟のソーマ 弐ノ皿orangeねじ巻き精霊戦記天鏡のアルデラミンラブライブ!サンシャイン!!レガリア他に1話切り多数■2016秋3月のライオン ★★★★★うどんの国の金色毛鞠 ★★★★☆ガーリッシュナンバー ★★☆私がモテてどうすんだ ★★★夏目友人帳 伍 ★★★★★舟を編む ★★★★★WWW.WORKING!! ★★☆ドリフターズ ★★★★☆週末のイゼッタ ★★★★フリップフラッパーズ ★★★★☆Lostorage incited WIXOSS ★★★★響け!ユーフォニアム2 ★★★☆機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ2期 ★★★★★ステラのまほう ★★★Occultic;Nine ★★★★☆信長の忍び ★★★★魔法少女育成計画 ★★★★☆装神少女まとい ★★★<途中脱落>亜人 第2クールナンバカ文豪ストレイドックス 第2クールフブキ・ブランキ 星の巨人ユーリ on ICE他に1話切り多数星の数は個人の主観によるものです。って、本来のターゲット層とかけはなれた私が星をつけてもなんの参考にもなりませんが。最終回まで行き着かず、途中で脱落するものが大半なので、最後まで見ただけでも私にとって面白い部類だったといってよいと思います。また、私はゲームを一切しないので、ゲーム原作のものはあまりカバーしていません。最近はブルーレイの売り上げの地盤沈下が進む一方で、海外含めたネット配信がそこそこビジネスになりつつあるようです。アニメーターの待遇改善のためにも、業界にもっと金が落ちるスキームができるとよいのですけどね。
2017年01月19日
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今回は少しだけワインに関連した絵をとりあげたい。表題の「ボルドーのミルク売り娘」が描かれたのは、1827年。ゴヤが死の床につく数ヶ月前のことだ。ゴヤとボルドーと聞いて、ピンと来る人は相当の絵画通だろう。実はゴヤが人生の最後の時を過ごしたのが、かのボルドーの地なのだ。 ゴヤといえば、「裸体のマハ」「着衣のマハ」や「カルロス4世とその家族」などの傑作たちがまず頭に浮かぶが、今回は主として「黒い絵」に代表される彼の後半生にスポットをあててみたい。ゴヤの生涯は波乱に富んでいる。鍍金師の息子として生まれた彼は、17歳の年に野心に燃えてマドリードに上り、紆余曲折を経て、43歳にして宮廷画家の地位を手に入れる。しかし、4年後、突然の高熱に襲われれて、聴覚を喪失、以降の生涯を静寂の中に生きることになった。そしてこのことがその後のゴヤの画風に大きく影響する。その後、社交界の花形アルバ公爵夫人とのスキャンダラスな関係?があったり、不安定な政情の元でのしたたかな世渡りを経て、主席宮廷画家の地位まで上りつめるが、1819年、73歳の時に、マドリード郊外の自ら「聾者の家」と呼ぶ別宅に隠棲する。この隠宅の壁に書かれた14枚の絵が「黒い絵」と呼ばれるものだ。広いプラド美術館の中のスペイン絵画を中心にした2階の明るいフロアから、一階の南端のフロアに下りると、そこだけ、突然、暗い、一種異様な空間が現れる。ここはゴヤの「聾の家」の内壁を再現しているのだそうだ。「黒い絵」は元来、しっくいの壁の上に油絵の具で描かれた壁画だが、1873年、当時の「聾者の家」の所有者であったデルランジェー男爵の意志で、キャンバスに移された。 「黒い絵」の中でも、おそらくもっとも有名かつ衝撃的なのが、この「我が子を食らうサトゥルヌス」だろう。サトゥルヌスはユピテル(ゼウス)の父。彼は自分の子が彼の支配権を奪うという予言を聞き、生まれる子を次々と貪り食った。(幸いにもユピテルは母レアの機知に救われ、野の精であるニンフたちに育てられる。)ゴヤの描く獰猛な食人鬼のようなサトゥルヌスは、血に染まる子供の肉体の生々しさとあいまって、見るものに総毛の逆立つような戦慄を覚えさせる。しかし、画題の恐ろしさだけだけでなく驚嘆すべき筆さばきにも注目である。たとえば右足の部分。陰影となる部分は地の黒をそのまま残し、まるで書道のような筆致で最低限の彩色をほどこしている。まるで、剣の達人が、文字通り「紙一重」で相手を寸断するかのようだ。なお、この絵は画題どおり?食卓の壁に描かれていたとのことである。 「魔女の集会」(上)「サン・イシードロ祭」(下)も同じ一階食堂の壁面を飾っていた作品で、いずれも「黒い絵」と呼ばれるにふさわしいおどろおどろしい画面と筆致である。 二階のサロンに飾られた「スープを飲む二人の老人」の主題は不明。左の老婆がスプーンを指差し、右の骸骨のような老人が分厚い本をを指差しているところから、知識人を嘲笑し、物質主義を笑う図かもしれないと解釈する評論家もいる。 「殴り合い」。膝まで土に埋まり、身動きの自由を奪われた二人の農夫が血まみれになりながら棍棒で殴り合っている。ゴヤ自身の啓蒙思想と愛国心との葛藤を表しているとも言われる。本来ならば画家が心身ともにもっとも寛げる場所であるはず隠宅の壁に、誰に見せるでもなく、自分のためだけに描いた、おどろおどろしい一連の絵画。このような絵をゴヤに描かせしめたものは一体なんだったのだろうか。解説書の類には、「聾者になったことが、ゴヤをペシミズムに向かわせ、このような絵を描かせた」とするものがある。しかし、それはちょっと端折りすぎではなかろうかと思う。ゴヤが聴覚を喪失したのは46歳のとき。このことがそれ以降のゴヤの作風を変えたことは否定できないかもしれないが、一方で、美術アカデミーの絵画部長になったのも、主席宮廷画家になったのもそれ以降のことである。アルバ公爵夫人と1年の間、サンルーカル・パラメータで一緒に過ごしたのも50歳のときの話だ。聴覚を失ったことによって、決して隠者のような生活に様変わりしたわけではなかったのだ。では、なにがきっかけだったのか。実のところ「黒い絵」に関しては、その謎だけをテーマにした本が少なからずあるくらいなので、ここでは触りだけにとどめておきたいが、いくつかの節目となった事件を挙げてみると・・。1802年 アルバ公爵夫人わずか40歳で没。 1807年 フランス軍、スペインに侵攻。 1812年 妻ホセファ没。 1819年 「聾者の家」購入。しかし、この年の末、重病に陥る。1807年ナポレオン軍のスペイン侵攻では、ゴヤは告発者として、「マドリード1808年5月3日」のような傑作を生みだした。同時にこの事件はまた、それまでの平穏な宮廷生活の崩壊をも意味していた。 ゴヤとの関係が当時噂されていたアルバ公爵夫人はわずか40歳で他界した。さらに、長年ゴヤを支えた妻ホセファも1812年に死去。ところがゴヤはそれで隠棲するかと思いきや、ホセファが死んだ後、若い家政婦レオカディアと同棲を始め、子供まで設けている。このとき実にゴヤ69歳。自由主義者であったレオカディアは、ゴヤとの関係をあっけらかんと隠しもせず、当時主席宮廷画家であったゴヤにとっては、あまり世間体のよいものではなかったようだ。実は、聾者の家を購入したことは、このことも影響しているらしい。 「黒い絵」の中に一枚不思議な絵がある。絵の中の女性は、件のレオカーディア。「黒い絵」の中で、実在の、しかも身近な人物が登場するのはこの絵だけだ。そしてレオカーディアがよりかかっている岩は、「墓碑」である。この絵が暗喩しているものについては諸説あるようだ。 「聾者の家」は購入後かなりの増改築を施さねばならかった。それが負担となったのか、はたまた寒気にあてられかで、ゴヤは病に臥すことになった。当時73歳のゴヤを治療した医者アリエータを書いた絵が残されている。その描写たるや、まさしく迫真のリアリズムである。さて、その後、ゴヤはフェルナンド7世の自由主義者弾圧を避けて、ボルドーに亡命することとなった。時に78歳。80に手が届こうかという老人が住み慣れない国に移住しなければならない辛さは想像を越えるものだっただろう。しかし、そのボルドーの家に、ロバの背に乗って毎朝ミルクを届けに来た乙女を描いたこの絵には、もはや絶望的なペシミズムは見られず、明るく、詩的で叙情的な雰囲気とどこか吹っ切れたような透明感に満ちている。私はこの絵を見るたびに、モーツァルトの最後の交響曲となった「ジュピター」の旋律が脳裏に浮かぶ。ゴヤが死去したのはこの数ヵ月後のことだった。享年82才。晩年「黒い絵」を描きつづけたゴヤが、終の棲家となった地で、このような優しさと美しさに満ちた絵をもってその画業を終えたことに、私はすこしばかり心やすらぐ思いになる。そしてその地がほかでもないボルドーだったということにも。S’s Art 参考図書・引用文献(2001年当時)「名画の見どころ読みどころ」1~10(朝日新聞社)「西洋絵画の主題物語 I 聖書編」(美術出版社)「西洋絵画の主題物語 II 神話編」(美術出版社) 「西洋絵画史WHO'S WHO」 (美術出版社) 「ラ・ミューズ」1~50(講談社)「図解・名画の見方」(別冊宝島)「絵画の読み方」 (別冊宝島)「芸術と歴史の街アッシジ 」 「地球の歩き方~フィレンツェ編、イタリア編、ローマ編」「週刊グレートアーティスト14、52」 「世界の名画と巨匠50人」(世界文化社)「RAFFAEELLO」 (SCALA BOOKS)「プラド美術館」 (SCALA BOOKS)「世界の名画1~ゴヤ」(中央公論社) 「ベラスケス」(ノルベルト・ヴォルフ著 TASCHEN)「モネ」(クリストフ・ハインリヒ著 TASCHEN)ジオット ~ 小鳥に説教をする聖フランチェスコ(S'sArt拾遺集) ラファエロ~草原の聖母 (S'sArt拾遺集)モネ 「印象~日の出」(S'sArt拾遺集)ゴヤ~「黒い絵」とボルドーのミルク売り娘(S’sArt拾遺集)フラ・アンジェリコとフィリッポ・リッピ(S's Art拾遺集)鉄道(サン・ラザール駅)〜マネ(S’sArt拾遺集)ラファエロ~ガリテア (S’sArt拾遺集)モディリアーニ ~ 黄色いセーターのジャンヌ・エビュテルヌ(S’Art拾遺集)「S 'Art」の記事はこちらのアーカイブにもあります。http://www.asahi-net.or.jp/~mh4k-sri/
2017年01月18日
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信じる者は救われる・・というわけでもありませんが、最初の一本目の感激を忘れられず、ひたすら飲み続けている銘柄です。今回のボトルは今まで飲んだ中ではかなり「アタリ」の部類でした。濃いめの色調のルビーでエッジはオレンジ。香りは赤と黒の中間程度のフルーツのコンポート、紅茶、皮革、スパイス類、スーボワなど、魅力的なものです。飲んでみるとそれほど凝縮感はなく、酸基調のバランスで余韻もそこそこ、ブルゴーニュでいえばやはりよく出来た地域名~並の村名クラスですが、旨み感のある果実味とのバランスは悪くないし、今回のボトルは香りの素晴らしさだけでもまあ元は取れたかなと。大量に買い込んだギョームもようやく(笑)残り一本になりました。最後の一本はしばらく寝かせて熟成させてから飲んでみようと思います。★★★☆
2017年01月18日
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この日は上の子の15回目の誕生日。記念に何を開けようかとセラーの02VTのボトルをつらつらと思い浮かべたのですが、考えてみれば昨年来うきうきさんの2万円福袋に毎回入っていたゴッセの02セレブリスが3本あったのでした。ラ・マルヌのブラングラスに注いでみます。泡の勢いはやや弱めですが、細かくデリケートなものです。香りは黄色い果実にブリオッシュ、洋ナシ、ミネラル、モカ。口に含むとコッテリと濃縮した果実味をシャープで鮮やかな酸が支える味わい。先日開けたグランダネのようなスケール感はなく、思いのほかタイトな印象ですが、モカ的熟成フレーバーとフレッシュな酸との対比は新鮮です。マルヌのグラスでなく、ロブマイヤーのチューリップグラスでもよかったかもしれません。5本@2万円福袋の一本としては悪くありませんが、これのみをさらにリピートするかといえばそこまでではないかなぁと。あと2本あるのに加えて(昨年末発注した福袋分で)もう1本増えそうですしね。★★★☆楽天でゴッセを検索する
2017年01月16日
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ヴェリタスさんのRM泡福袋(ちなみに年末年始ではなく、その前に買った福袋です)、アンリ・ビリオ、ラルマンデ・ベルニエと2本続けて当たりで、あと二本のうち一本はエグリ・ウーリエということで、これはよい買い物をしたと自画自賛していたのですが、残りの一本で「はずれくじ」を引いてしまいました。ビオとのことで、色調はやや麦わら色がかかっています。泡は弱め。香りが弱く、ほとんど立ち上ってきません。飲んでもシンプルな味わいで、後半にはエグ味が優勢になり、エクストラブリュットなのに妙にベタついた残糖感もあります。状態やボトル差の問題もあるのかもしれませんが、少なくとも私が飲んだこのボトルはシャンパーニュの水準には達していないといわざるをえません。どこぞの安スパークリングだといわれれば、ああそうかと納得するような香味です。ヴェリタスさんのRM福袋、4本で税抜き16000円で、そのうちの1本がこれとなると、私の中での評価はダダ下がりですねぇ。残念です。★★
2017年01月14日
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正月休みが終わって、最初の3連休に開けたワインです。総じて、ワインは古ければ古いほど、そして価格が割安であればあるほどギャンブル性は上がるように思います。このジャン・ラフェは比較的近年入手したものですが、価格は1万円以下でした。ある程度ギャンブル的なボトルであろうと承知の上での購入です。抜栓してみると、コルクはかなりしっかりしていてあまり染み出してきてはいません。木村硝子29オンスのグラスに注ぐと、色調は全般にオレンジがかったガーネットになっています。香りは寡黙であまり立ち上ってこないのですが、優しくスワリングしてやると、赤い果実や枯葉、乾燥イチジク、アンズ、下草などの熟成香が漂います。口に含むと、やや酸が立っていますが、枯れ果てているということはなく、透明感もあるし、それなりに活力も感じます。コンディション的にはベストではないのでしょうけれども、翌日まで美味しく飲めたことを思えば、まあOKではないでしょうか。「これぞ特級!」というほどの威厳は感じないものの、余韻もそこそこにあってしんみりと滋味深い味わいのジャン・ラフェでした。★★★楽天でジャン・ラフェを探す
2017年01月13日
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記事をアップしようとしたら、また不具合でアクセスできないそうです。。
2017年01月13日
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年末年始に開けたワインをもう一本忘れていました。3日から5日かけてに飲んだのがこのパカレでした。透明感のある色調ですが、色合い自体は濃いわけでなく、エッジはかなりはっきりとオレンジ色になっています。香りは赤と黒の中間ぐらいの果実にイチゴゼリー、紅茶、ゴム、沢庵など。飲み進むうちにだんだんと漬物香が強くなっていくのに閉口します。味わいはプルミエとあって果実味に力強さがあります。それでいてタンニンはなめらかなので、今でも問題なく飲めます。残念なのは、後半にややエグ味と出がらしっぽいフレーバーを感じることと、全般にややテクスチャーの毛羽立ちを感じること。要素は十分詰まっているのですが、どこか生気に欠ける味わいです。やはりこの作り手は、鮮度感を失うと厳しいものがありますね。どこぞのショップのセールで購入したものですが、きっと同じボトルをフランスで飲むと凄く美味しいのではないかと思います。決して熱劣化というわけではないのですが、おそらく流通の過程でいくばくかのストレスを与えられていて、パカレの場合、その許容範囲が一般の作り手のものよりも狭いのではなかろうかと。まあ、そこそこ美味しいですけどね。★★★
2017年01月12日
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年末年始に開けたのが変化球のボトル(マール)だったので、一般的なワインとしてはこのボランジェが2017年初抜栓ということになります。グラスに注ぐと、気泡は細かいものの泡立ちはかなり穏やかになっています。香りはゴールデンデリシャスや黄桃、ミネラル、アカシア、それに心地よいクロワッサンやモカなどのニュアンス。飲んでみると、口中に広がるイースト系の含み香が上質なシャンパーニュであることを物語ります。豊かで凝縮した黄色い果実をやや太めのしなやかな酸が支え、さまざまなフレーバーが絡む複雑で重厚な味わいはさすが。シャンパングラスではなく、白ワイン用のバルーングラス、ラ・マルヌのブラングラスで飲んだらとちょうど良い具合に香味が広がりました。我が家で通常飲むシャンパーニュは、うきうきさんの福袋か某所のセールで買う安価なものばかりです(まあ晩酌でシャンパーニュを飲むこと自体が一般的見地から見れば贅沢なわけですが)。ましてビンテージものやプレステージクラスとなると、記念日や節目のとき以外にはなかなか飲む機会はありませんが、今回のグランダネはそういう滅多にない機会にふさわしい、貫禄の一本でした。★★★★楽天でボランジェを検索
2017年01月11日
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割田屋さんの11&12シルヴァン・カティアール同じく割田屋さんの14ギィアミヨもうひとつ割田屋さんよりセラファンの07シャルム・シャンベルタン。税抜19800円キタザワさんのルモワスネ。12ルノメ赤と14ルノメ白。2kそこそこです評価高いですね。湘南さんの14ラマルシュ残りわずかだそうです。マル源さんの送料無料コーナー。ゴッセやボランジェ、デュガ、デュジャックなどマル源さんのブルーノ・ジャコーザ。バルバレスコ・アジリ・リゼルヴァ[2011]一時注目されましたね。河野酒店さんの05モンテヴェトラーノ。8kですみちのくさんの90シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランド。税抜19kは割安かと。※以下、週末分をこちらに統合しました。ウメムラさんのクリュッグ各アイテムYANAGIYAさんの14アタ・ランギエスカルゴさんの98ラヴノー高くなりましたね。うきうきさんの14アルマヴィヴァマルシェまるやまさんの14セシル・トランブレ同じくマルシェまるやまさんの14オリヴィエ・ジュアンシブいチョイスですね。割田屋さんよりニコラポテルの05ジュヴレ・シャンベルタン・ラヴォー・サン・ジャック同じく割田屋さんよりジョゼフ・ロテイの12グリオット・シャンベルタン懐かしいですね。ソムリエさんのプピーユタカムラさんで48H限定ペリエ・ジュエ安くなってますフィッチさんよりシルヴァン・パタイユの14マルサネ・ランセストラルこんなの造ってるんですね。フィッチさんよりオレリアン・ヴェルデのクレマン・ド・ブルゴーニュ恒例のかわばたさんサンデーセール 古武士屋さんのジャック・セロス・シュブスタンス・ブリュット。送料無料ウメムラさんよりルジェの13エシェゾー
2017年01月09日
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目黒川。職場の納会の日の夜景。地元の氏神へ二年参り。毎年、列に並んでいる間にうきうきさんの福袋を購入してます(^^;目青不動。西新井大師。お札を返しに高尾山に行きました。もみじ台からの眺望が見事でした。
2017年01月09日
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大晦日は午前中リハビリを兼ねて高尾山にお札を返しにいき、夜は地元の氏神に二年参り。元旦は私の実家への挨拶と墓参りで、晩飯をご馳走になってクルマで帰宅。二日は西新井大師への初詣とカミサンの実家への挨拶。三日はといえば、翌日会社で朝が早く、夜は夜で新年パーティがあることから、新たなボトルは開けずらい(開ければ二日に亘って飲むことになるため)。ということで、この間、セラーのワインを開ける機会がなかったので、せめて外食した日のナイトキャップ代わりにと、たまたまメルマガで目に留まった表記のボトルを購入してみました。ブルゴーニュやアルザス、シャンパーニュなどで作られる蒸留酒といえば、マールとフィーヌですが、マールはもっぱら醸造したブドウの搾りかすから作られ、フィーヌは選り分けられたりしたブドウや折引き後に残ったワインから作られるとのことです。日ごろ自宅で蒸留酒を飲む機会はなく、コニャック用のグラスなども持っていないので、今回はロブマイヤーのバレリーナVグラスで飲んでみました(ちなみに昔はバルーン型の大型グラスが用いられましたが、現在では、細長くくびれのある小ぶりのグラスが主流にになっているそうです)。濃い目のアンバーの色調。ドライフルーツ類やプルーン、キャラメル、タルトなどの華やかで凝縮された香り。ワインと同じ感覚でスワリングすると、アルコールの揮発臭が凄いです。一口含むと、高いアルコールによる熱い感覚が口の中に広がり、じわじわっとした酸とともに鼻から抜けていきます。飲んでみると、グラスに軽く一杯でも相当酔いが回ります。ボトル半分ワインを飲んだあとに飲むと、それこそ酩酊してしまいそうだし、ではワインを開けられない晩にと思うも、ワインを飲む機会がないときぐらいは休肝日にしたほうがよいのでは、という思いもあり、悩ましいところです。オードヴィーはあまり我が家のライフスタイルには合わないかもしれません。追記:今も飲み足らないときにチビチビ飲んでるんですが、グラスをロブマイヤーのバレリーナ・シャンパーニュBグラスに替えてみたら、香りがずっとタイトな感じになりました。こうなるとリーデルのコニャックグラスも買ってみたくなりますね。リーデル コニャック ヴィノム シリーズ 6416/71≪ペアグラス≫ ブランデーにピッタリ♪RIEDEL ワイングラス価格:4890円(税込、送料別) (2017/1/12時点)ちなみに二日にカミサンの実家で出していただいたワインがこちらの14カオール。濃厚な香味を想像していましたが、思いのほかフルーティで飲みやすい一本でした。
2017年01月08日
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これも昨年飲んだワインです。なかなか更新が追いつきません。13VTのマルサネ・クロデュロワが反則的な美味しさだったジャン・フルニエ。では14年はどうかと、安く出ていたジュブレ村名を購入。もちろんまだ早いことは承知で、1本開けてみました。赤と黒の中間ぐらいのベリー的果実、ハーブ、少し強めに抽出したダージリン、スパイス類等の香り。味わいは思いのほかこなれていて、すでに美味しく飲むことができます。タンニンはやや湿っぽく、果実味もフレッシュというよりはややベタついた印象で、後半にはエグ味が出てきます。十分美味しいんですが、13年に感じたような精妙さは持ち合わせておらず、今の時点でこれだけ飲めてしまうこともポテンシャル的にやや不安を感じさせます。二日目になっても印象は変わらず。総じて13年に比べて、少しばかり「淀んだ」印象を受けてしまうのがマイナスポイントです。遠からずマルサネも飲んでみようと思います。★★★
2017年01月06日
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更新が全然追いつきません。この銘柄は12月23日に飲んだものです。ポムロールの「クロ・デ・リタニ」や「ラ・クロワ・サン・ジョルジュ」などで知られるジャヌイクス家の若き当主、ジャン氏による意欲作。平均年産本数は僅か約4,000本。AOCボルドー・シュペリュールでポムロルに程近いリュゴンに位置する、シャトー・クロワ・ムートンの畑の中でも風通しの良い一画を選んで、2000年に初めてメルロを植樹。「ヴァン・ミル」という名前は日本語にすると「20,000」で、最少株密度が1ヘクタールあたり4,000本のボルドーにおいて、20,000本という密植度で栽培していることから付けられた名称。初リリースは2005年。うきうきさんの三本1万円ボルドーセットに入っていた一本で、通常は5~6000円程度で売られているようです。期待して開けてみましたが、正直、マーケティング先行のワインですね。アルコール度はやたら高い。ラベルに14度以上15度未満と書かれていますが、たしかに14.5ぐらいありそうな雰囲気です。ただ、いかんせん香りには青っぽさが混じっているし、テクスチャーもざらっとしています。言ってみれば、モンペラをステロイドで強化してマッチョにしたようなワインで、凝縮度の高さは認めますが、複雑さや精妙さに欠けるのが大きなマイナスポイントです。ワインってただ濃くて力強ければいいのではないよなぁと再認識させられてしまう、なんとも皮肉な一本でした。★★
2017年01月05日
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新年を挟んでではなく、29日から30日にかけて開けたワインです。洗練されたモダンな作りで、プライスも穏当。VTによる出来不出来も比較的少ないし、ボトル差もあまりない。そういう意味では、このデ・クロワやユドロ・バイエって、ブル通以外の方にも広く進められるつくり手だと勝手に思っています。今回開けた11VTの村名も、約4kと最近のブル村名としては十分リーズナブルなお値段でした。グラスに注ぐと、まだ紫っぽささえ残るルビーの色調。香りはカシスや黒系のリキュール的果実、紅茶、八角、リコリスなどのスパイスなど、外向的なもの。味わいも甘く濃縮感のある果実味を中心に柔らかくこなれていて、酸もエッジが丸く、なめらかなテクスチャーとあいまって杯が進みます。ただ、このボトル(VT?)に関しては、個人的にはもう少し酸に力強さが欲しかったところです。ブル通のお歴々を唸らせるようなベクトルではないかもしれませんが、この安定感と親しみやすさ、それにリーズナブルなお値段は貴重だと思います。★★★☆楽天でデ・クロワを検索する
2017年01月02日
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本年もよろしくお願いします。
2017年01月01日
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