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ジャズの曲の構成形式には、大きく分けると「スタンダード形式」と「ブルース形式」があります。前回(2月25日)、「スタンダード・ナンバー」の「スタンダード形式」についての話しをしました。「スタンダード形式」については、前回のところを読んでください。ジャズで、よく演奏される曲の形式には、もう一つ「ブルース形式」というものがあります。この「ブルース形式」で、よく知られている「スタンダード・ナンバー」では「ルート66!」がそうです。「ブルース」という言葉は、音楽の種類(ジャンル)の一つとしても使われます。この場合は、「ジャズ」とか「ロック」、「クラシック」といったものと同じように使われます。「ブルース」という音楽は、19世紀半ば頃、アメリカ黒人の中から生まれたもので、ジャズの曲の形式としての「ブルース形式」は、この「ブルース」という音楽の形式に基づいています。この「ブルース形式」というのは、1コーラス(テーマ)が12小節でできているものをいいます。そして、コード進行は基本的には3コード(スリー・コード)というものです。Key=Cのブルースの基本コード進行は●C→C→C→C→F→F→C→C→Dm→G→C→CまたはG (1小節毎) となります。(これからいろいろに変形するものがあります。)1つのコードを1小節としてありますので、数えると全部で12小節であることがわかります。このことを、ジャズにおける「ブルース」(業界用語でスーブル)といい、ジャズの演奏形式として重要なものの一つです。余談ですが、これはあくまでも曲の形式としてのブルースのことの話しで、同じブルースという言葉には、これと全く関係のない他の使われ方もあるので注意してください。たとえば、歌謡曲でブルースという言葉が使われています。曲の題名で「中ノ島ブルース」、「夜明けのブルース」とかいう「○○ブルース」というのがよくあります。淡谷のり子さんは「ブルースの女王」といわれたりしていますが、これらは曲の形式のブルースのことではありません。これは社交ダンスでいうブルースという言葉からきていると思います。社交ダンス(ソーシャル・ダンス)において、「ブルース」というダンスの形式があります。ダンス音楽で、「ブルースの曲をやってくれ」といわれた場合は、今まで説明してきた「ブルース形式」の「ブルース」とは、全く意味が違うということを知っておかなければ、とんでもないことになってしまいます。ジャズでいうブルースは、一般的にリズムは4分の4拍子のフォー・ビートで、テンポは1分間に180~200拍前後といったものですが、社交ダンスにおけるブルースとは、8分の12拍子(♪8分音符X3の3連が1拍で、1小節は4拍となる)で、テンポは1分間に76~84拍(19~21小節)でやらなくてはなりません。逆に、このリズムとテンポさえ出してあげれば曲なんて何だって関係ないのです。社交ダンスのバンドの場合は決まったダンス形式のリズムとテンポで演奏するということが鉄則です。自分たちが好きなように演奏してはいないのですよ。まあ、あまり関係のない話になってしまいましたが、とにかく、ジャズで「ブルース」といったら12小節の曲ということです。テンポ、拍子などは関係ありませんので、3拍子などでも12小節ならブルースということです。演奏形式としては●イントロ(ある場合とない場合があり)→コーラス【テーマ】(12小節)X2→コーラス【アドリブ、フォー・バースなど】X好きなだけ→コーラス【テーマ】X2→エンディングというのが一般的です。有名な曲としては「ルート66!」、「ナウズ・ザ・タイム」、「ストレート・ノー・チェイサー」、「ブルー・モンク」などがあります。
February 27, 2005
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「スタンダード・ナンバ」ーの基礎知識です。「スタンダード・ナンバー」の典型的な曲の構成形式は「スタンダード形式」というものです。「スタンダード・ナンバー」とよばれているものの多くは、この「スタンダード形式」になっています。これは、1コーラスの小節数が32小節から成るもののことです。ここでいうコーラス(Chorus)とは合唱のことではなく、曲の主要部分のことで、リフレイン(リフ)ともいいます。「3コーラスやります」といったら、この32小節を3回繰り返し演奏すことになります。このコーラス部をもっと細かく、8小節単位の4つのブロックに分けて考えると、ブロックごとに同じメロディーのものを同じ記号にして表すことができます。「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」や「オール・オブ・ミー」、「酒とバラの日々」、「スターダスト」などの場合は「A-B-A-C」というようになっていることがわかります。そして「サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」や「サテン・ドール」、「A列車で行こう」は「A-A-B-A」、「ミスティー」は、「A-A’-B-A’」、「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」は、「A-A’-B-A”」、「枯葉」は「A-A’-B-C」というようになっています。特に、これらは「A」、「A’」という同じようなメロディーが2回繰り返された後の、3ブロック目に「B」という全く違うメロディーのブロックがあります。このときの「B」の部分を日本では「サビ」といい、アメリカ(英語)では「ブリッジ」といいます。英語のブリッジは橋渡しといった意味だと思いますが、日本語のサビの語源は何だろうと子供のころから謎でした。鮨のワサビが「サビがきいている」というところなどから、「ワサビ」からきているという説がありますが、そういわれるとそうなのかなという気がします。(もしかしたら「ガセ」かも?)この「コーラス(リフレイン)」部は曲の主要部分で、メロディーの時のコーラスを「テーマ」とも呼んだりします。そして、ジャズではこの部分で「アドリブ」などが行われるところです。主要部であるコーラスの前に、それぞれの曲によって決まった前奏があるものがあります。それをヴァース(Verse)といいます。ヴァースとは、もともと詞歌、または詩の一行という意味ですが、音楽で使われる場合には、曲の導入部を示す言葉として用いられ、一般的には、あまりメロディックな旋律ではない語りのような感じのものです。オペレッタやミュージカルでは、セリフと歌とを自然につなぐ役目をはたしていました。ヴァースは必ずしも演奏されるものではなく、ヴァースがある曲でも省かれる場合も多いです。実際の演奏には、曲の一番最初にイントロ(イントロダクション)という短い前奏が付き、曲の終わりにはテンポを落としたり、ある部分を繰り返したり、別に付け足したりといった終止感を出すエンディングが付くことが一般的です。これは演奏者の感覚によって自由につけられます。典型的なスタンダード・ナンバーの演奏形式を整理してみると●イントロ→ヴァース→コーラス(1コーラスは32小節、繰り返し演奏可、アドリブなど可)→エンディングまたは、●イントロ→コーラス(1コーラスは32小節、繰り返し演奏可、アドリブなど可)→エンディングということになります。
February 25, 2005
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私は「スタンダード・ナンバー」が好きです。現在演奏しているもののほとんどが「スタンダード・ナンバー」とよばれているものです。何を「スタンダード・ナンバー」というか、明確なものはありませんが、「スタンダード・ナンバー」とは、『ジャズやポピュラー音楽のなかで、いつの時代にも根強い人気で、歌われ、演奏される曲。長い年月を経ても忘れられずに、歌われ、演奏され続けている曲。』ということです。 しかしあくまでも、私はスタンダード・ナンバーだからということで演奏しているわけではありません。好きな曲が、結果的にスタンダード・ナンバーであるというだけのことです。そこには、美しいメロディーと美しいコード進行があるからです。そして、一曲一曲にドラマを感じます。それは、オリジナル演奏者が有名無名に関係なく、多くの演奏者が好んで歌ったり、演奏する曲が、スタンダード・ナンバーということになるでしょう。大ヒットした曲が必ずしもスタンダード・ナンバーになるわけではありません。ある時期一世を風靡した曲でも、単なるその時の流行歌で終わり、忘れられてしまっていくものもあります。ロックだからスタンダード・ナンバーにならないともいえません。いえることは、楽曲としてオリジナル性の強いものは、スタンダード・ナンバーになりにくいということです。その人の歌、演奏、オリジナルのアレンジのものでなくてはならないような曲のことです。その反対に、だれが歌っても、だれが演奏しても、その曲がその曲として成り立つものが、スタンダード・ナンバーとなるのでしょう。ですから、メロディーラインがしっかりしていて、それだけですぐその曲だとわかるというものです。オリジナルがどういうものかなんて関係なく、その曲自体が立派に独立していくものが、その時代を越えて、長い間いろいろな人たちに受けつがれていくのだと思います。たとえば、「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」のオリジナルは「サムシング・トゥ・シャウト・アバウト」という映画のなかで歌われていたもので、歌っていた人はジャネット・ブレアとドン・アメチだということは、ほとんどの人が知らないでしょう。しかし、逆にこの曲自体は、多くの人が知っています。スタンダード・ナンバーはオリジナルがどういうものかということは問題ではないのです。曲として純粋に存在していて、演奏者によってよみがえってその時間を生きることができるのです。永遠に語りつがれていく魅力のある曲、それが「スタンダード・ナンバー」です。
February 23, 2005
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「You’d Be So Nice To Come Home To」これは私の大好きなコール・ポーター作詞作曲のもので、日本では、ヘレン・メリルの歌で有名な、まさにスタンダードナンバーです。ところが、どういうわけか「帰ってくれたら嬉しいわ」なんていう邦題がついているから困ってしまいます。どうしても、曲名から受ける曲のイメージは強いものです。邦題だけ見てみるとこういうふうに感じてします。「あなた・・・、帰ってきて、あなたが帰ってきたら、私、どんなに嬉しいことか・・・。」と、逃げられてしまった恋人を待つという失恋の歌だと思ってしまいます。ところが本当のところはどうでしょう。この題名を正しく訳すならこうなるはずです。「あなたの待っている家に帰るのは素敵よ」(女性の立場で考えた場合)ということで、帰るのは私であって、全く逆の意味なのです。(主客転倒)歌詞の内容としても、「あなたが待っている家に帰りたい。そして、あなたを愛することが出来るのなら素晴らしい。」という、ラブソングなのです。 君さえいれば何もいらないと思ってしまう 君は僕のパラダイス 君のいるところへ帰って 君を愛することができるのなら なんて素敵なことなのでしょうこれなら、結婚式のような恋人同士を祝福するときでも使えるでしょう。ヘレン・メリルの歌は1954年のもので、女性の立場で歌っていますが、オリジナルが発表されたのは1943年。そのころは第2次世界大戦の時ということから、戦場で、家に残してきた愛する人のことを想う気持ちと重なっているようです。英語の歌詞の解釈は大変むずかしいものです。単純な歌詞だと思っても、その裏に何が隠されているかわかりません。私の知り合いにも、英会話の先生やアメリカ人が何人かいますが、その人たちに聞いてみても、よくわからないことがけっこうあります。ただ英語がわかるだけでは、なかなか歌詞は訳せないようです。それにしても、これは明らかにバカにしているとしか思えません。あまりにも有名な曲だけにこの邦題はいかがなものかと思います。このまえ、ラジオでコール・ポーターの特集をやっていたとき、内容も知らないくせに、この邦題だけから思ったのか、「恋人に帰ってきて欲しいという切なさが伝わってきますね」などとといっていたのですが、それは逆ですよ。公共の電波で、そんないい加減なことをいわれると困りますね。ラジオでいうのなら、歌の意味ぐらいちゃんと調べていってほしいものです。みんな信じてしまいますよ。ほかにも有名な曲でわからないものが、「Softly As In A Morning Sunrise」これの邦題は「朝日のようにさわやかに」や「朝日の如くさわやかに」となっています。この言葉を信じるとすると、はればれとしたさわやかな気持ちになりませんか?これを、うのみにして結婚式かなんかで歌ったら大変なことになりますよ。 愛の誓いはきっと裏切られる 天にも昇る愛の情熱は 人を地獄へ突き落とす そして、物語は終わりを告げる 静かに沈む夕日のように そっと、すべてを奪い去ってどこがさわやかなんですかねえ。そもそもなんで「Softly」を「さわやかに」と訳したのかわかりません。本当のところは「朝日のように、そおっと・・・」となり、そのあとには、「恋は忍び込んでくる」というふうに続く恐ろしい歌なんですよね。おお、こわっ!
February 20, 2005
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女子ゴルフW杯を見て、平常心の大切さを改めて感じました。宮里藍さんと北田瑠衣さんのペアで途中、北田さんがものすごく乱れてしまった時がありました。これはどういうことか?私はゴルフには興味がないので、ほとんど知らない世界ですが、かなり、精神的な影響が大きいものだと思います。その辺で、極度にプレッシャーがかかったりすると、普段、できることが、できなくなってしまうということがおきるのでしょう。人間の脳から出る「α波」は「α1波」「α2波」「α3波」の3つに分類でき、 「α1波」は意識がまどろんだリラックス状態 「α2波」は平常心を保ち体が自然な状態 「α3波」は緊張や興奮を感じ散漫な状態ということで、集中力は「α2波」が出ていうときが最も高くなるということです。要するに、平常心を保っている時ということになるようです。以前、何で聞いたか忘れましたが、印象に強かったことなので記憶していることで、こういう話しがあります。昔、ある殿様が忍者に「忍者の心得とは何か?」と聞いた。すると忍者は、部屋と部屋の「しきい」の上を走って見せた。殿様は不思議そうに「それが何だ?」とたずねる。忍者は「しきいが、たとえどんなに高いところにあっても走り抜けることが出来ます。」と答えた。畳の上の「しきい」はだれだって走れるが、下に落ちたら死ぬようなところではそうはいかない。どんな時でも平常心が保てるか保てないかの違いをいっていると思います。それだけ、平常心は大切だし、その時が一番能力を発揮できる時だということです。「発掘!あるある大事典」でやっていた集中力アップ方●黄色いものを10秒間見る●マーチなど♪=116くらいの曲を聴く●30分前に緑茶を飲む●顔をたたいて三叉(さんさ)神経を刺激するこれらのは 「α2波」がよく出る方法ということですが、集中力を上げる方法は、他にもあると思います。音楽をやるのも集中力、平常心が必要です。あがってしまうと、普段簡単にできることも、できなくなってしまいます。高校生のころ、ジャズオルガンで有名な酒井潮さんなど、そうそうたる人たちと同じステージに出演することがあり、その時はものすごく緊張して、出演が迫ってくると、手が震えて止まらなくなったのを今でも覚えています。このときは、控え室から外に出て、指を閉じたり開いたり手を振ったり、深呼吸をしたりして、なんとか気持ちを落ち着かせようとしたものでした。その後も、コンサートの時など出演の前はいつも、できるだけリラックスするように心がけていました。自分なりの平常心を保つ方法を見つけよう・・・。そして、それが集中力のアップになるということのようです。
February 18, 2005
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一緒にやっているヴォーカルの【かおりん】のホームページに、リズムについて、いいことが書いてありましたので、見てみてください。↓http://plaza.rakuten.co.jp/usakobox/diary/200502130000/ジャズには、アフタービート(オフビート)、4拍子のなかの3拍子、シンコペーション、アンティシペーションといった、独特のリズム現象が出てきます。これは、アフリカ人の本来もっているリズム感覚がもたらしたものと考えられます。ジャズという音楽は、アフリカの要素とヨーロッパの要素がアメリカという新世界で融合して誕生したものです。ある言語学者は、「メロディーとハーモニーは音楽に属し、リズムは人間に属する。」といっているそうです。これは奥深いことですが、的確にいい示しているのではないかと思います。いいかえれば、「リズムは、音楽という頭で考えるものより、もっと人間本来の身体の感覚のほうにあるものである」ということでしょう。リズムというものは客観的には存在できない、きわめて主観的で、身体的なものです。音符を見てただやっているリズムと、身体に染み込んで自然に表現されるリズムでは全然違います。そして、「音楽」側である全てのメロディーやハーモニーは「人間」側であるリズムがなければ存在し得ないのです。それほど、リズムは重要なものです。リズム現象は、音楽学において完全には理論化されていません。大切なのは、リズムは頭で考えるのではなく、身体で感じる事です。リズムさえよければ、メロディーや和音なんか単純なものでしかなくても、極端なはなし、なくても、気持ちいい音楽が延々と続くことだってあります。繰り返すリズムのなかで、だんだん気持ちがよくなっていって、高揚感と一体感が発生するという現象が起こります。これが「スイングしている」とか「ドライブしている」といったことです。そして、これは演奏者も聴き手も一緒になって感じる至福の瞬間です。
February 15, 2005
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ジャズを演奏するためにはどうすればよいのでしょうか。これは、自分でもずっと考えてきていることです。それで、今までやってきたところでの、自分なりの考えとして書き留めてみました。音楽を演奏するということは、「自分の思ったイメージを音で表す」ということになると思います。そのなかで、「ジャズ」という音楽は、「自由な音楽」というのがコンセプトの音楽です。それでは、ジャズをどういうものか、もう少し具体的にいってみると、「ブルーノートなどを使ったアドリブ(即興)フレーズ、テンションノートなどを含んだ独特のハーモニーが、4ビートを基本とした独特のリズムのノリで演奏されることによって生まれる音楽」ということです。そして、その時のグルーヴ感が、ジャズでいう「スイングしている」ということになるのです。この音の中に身を置く気持ち良さが、正にジャズの魅力ということですね。そこで、ジャズを演奏するための基本的なことは、 1.4ビートのリズム感覚をつかむ。 2.ブルーノートのニュアンスをつかみ、自由にフレーズを創ることが出来る。 3.ハーモニーのコツをつかむ。 大切な順に、この3つがポイントということです。それから、最も重要なことは、「これらは譜面でやるものではなく、譜面には表せるものではない」ということを理解することです。アドリブフレーズは演奏中にでてくるもので、あらかじめ譜面に書いてあるものをやるというのでは、全く意味がありません。(これはジャズではない)リズムに至っては、譜面に表すことには限界があります。たとえば、微妙なつっこみなどのタイミングや、微妙なアクセントなどは、譜面に書くことは不可能です。音楽には音楽理論というものがあって、ジャズにもジャズ理論というものがありますが、これはあくまでも後になって理論付けしたもので、本来、ジャズは理論から生まれたものではなく感覚から生まれたものだと思います。だから、本当はそんなものは知らなくてもジャズは演奏できるということです。以前、渡辺貞夫さんが「バークレー音楽院」でジャズ理論を学んだとき、「それは自分のやってきたことが正しかったということを確認しただけのことだった」というようなことをいっていたのを聞いて、なるほどと思った記憶があります。自然にやっていたことが、「そうか、こういうことだったのか」と、理屈でわかるだけのことです。でも、ジャズの血を持ちあわせていないし、天才でもない自分のような凡人にとっては、好きなミュージシャンの演奏をまねようと、CDを聴いたり、譜面で表したり、理論で考えたりして勉強します。こういうことがよくあります。「この曲のとき今日はこのフレーズをやってやろう」なんて一人で練習していって、いざステージでやろうとしても、頭で考えて、用意していたようにやるのだが、なんかしっくりしないし、ぎこちない思いをしてしまう。それを長い間繰り返し、普段心の中でも歌ったりしていると、あるとき別の曲で、そのフレーズが自然に出てきたりする。その逆に、演奏中に「この感じの音が出したい~」と思っても、思った音が出なくて「違う~この音じゃない~」と思うこともしばしば・・・。こんなことの繰り返しで、少しずつやれるようになっていくのではないでしょうか?ジャズを演奏するということは、「演奏している中で、その曲のイメージから感じたものを、瞬間、瞬間に、音として出すこと」です。それは、そのときの自分の気持ちや一緒にやっているメンバーから受ける感じやその場にいるお客さんから受ける感じといった、音を出している環境によって変わってくるものです。ですから、演奏はその時のものでしかありません。なんだかんだいってみても最終的には、自分が「表現する心」、「感じる心」を持っていなくては本当のジャズという音楽にはならないということです。楽器が演奏できても、(歌が歌えても)ジャズが演奏できるものではありません。それはうわべだけの音楽です。一番大切なことは、表現したいという「心」です。テクニックはそれを音にして表現する手段でしかないということです。人が感動するというのは、そういうところだと思いますし、そういうことをやることが楽しみとなるのでしょう。ジャズは「心」。実に簡単なこと、でもそれが実に難しいということですかね。結局のところ、自分のいいたいことを表現するために、私のような凡人は練習するしかないのですね。(そんなこといっていても練習は苦しいからついつい逃げてしまうけど・・・)でも、それを楽しみましょう。
February 13, 2005
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2月11日「ジャズのルーツ」の続きです。●ニューヨークへアメリカ最大の都市であるニューヨークには、19世紀初頭から、娯楽を提供する施設が多く建ち並ぶ歓楽街ができていました。1904年、地下鉄が開通したのをきっかけに、ニューヨークは地下鉄建設ラッシュとなります。それを当てにして、黒人労働者たちが南部から集まってきましたが、第一次世界大戦の影響で工事が遅れるようになり、多くの黒人労働者たちは仕事にあぶれるようになります。そんな彼らは、地下鉄建設のため「地上げ」されて空き家になっていたハーレム地区に住むようになっていきます。南部から移動してきた黒人たちは、南部の象徴ともされるジャズを、自分達の音楽として大切にしていたようです。こうしてニューオリンズからシカゴへ移ってきたジャズは、ニューヨークで根をおろすことになります。ハーレムでは、1910年代の終わり頃から1920年代には、ラグタイム・ピアノにブルースの要素を取り入れた、「ストライド・ピアノ」と呼ばれるスタイルで、ジャズは広がっていきました。1920年代、今まで少人数だったバンド編成から、10人以上のビッグバンドと呼ばれる大編成バンドが出てきます。1920年代、交通網の整備などでシカゴとニューヨークの距離があまり遠く感じられないようになったこともあって、シカゴで名を上げたミュージシャンは次第にニューヨークに進出するようになります。「ルイ・アームストロング」は、ニューオリンズからシカゴへ移り、1924年にニューヨークに出てきました。1922年にハーレムに「コットンクラブ」という高級ナイトクラブができ、白人たちが黒人のジャズを聴きに来るようになります。1927年から「デューク・エリントン」のバンドは、ここの専属バンドとなりました。こうして、ジャズはニューヨークを本拠地として発展していくことになります。
February 12, 2005
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●ジャズの誕生「ジャズという音楽は19世紀末、アメリカのルイジアナ州ニューオリンズというところの、アフリカ系黒人から生まれた」といわれています。18世紀、アメリカには奴隷として毎年10万人ものアフリカ人が連れてこられていた。1861年、奴隷制度をめぐって南北戦争勃発。1865年、南北戦争終結で、奴隷解放となる。ニューオリンズはアメリカの都市となる以前はフランス領、次いでスペインの都市でした。そしてもう一度フランスの統治に戻っています。ですから、ヨーロッパの音楽的影響がいろいろあったと思われます。ここには、クレオールというフランス系白人と黒人との間に生まれた混血の種族が多く存在し、そのクレオールのヨーロッパ的音楽も、ジャズの誕生に大きな影響を与えたといわれています。ニューオリンズはメキシコ湾を目の前にした貿易港として栄えました。開放された黒人たちは活気のあるこの土地に集まってきました。黒人たちは金も教養もなく、人種差別的扱いを受ける中、救いを求めたものが音楽でした。1897年に、ニューオリンズにストーリーヴィルという歓楽街(売春娼街)がオープンし、ジャズは、このストーリーヴィルで音楽をやる黒人たちによって生まれ、育っていきました。ニューイングランドからニューオリンズにかけてのすべての音楽=黒人奴隷の民族的音楽(民謡、賛美歌、黒人霊歌、ゴスペル、、ブルース、ラグタイム、行進曲)や、アフリカの太鼓のリズムと、クレオールのヨーロッパ音楽(クラシック音楽)が混じり合い、後に「ジャズ(Jazz)」と呼ばれる新しいアメリカ音楽のもとが生まれました。ジャズは、アフリカ系黒人の本質的にもっている、リズムと旋律の感覚から生まれたといえると思います。それが、「ジャズのルーツはアフリカにある」といわれるゆえんではないでしょうか。●ニューオリンズからシカゴへ1917年に公娼制度が廃止となり、売春屋の立ち並ぶストーリーヴィルはさびれました。行き場を失った多くのミュージシャンが、ミシシッピ川を北上してシカゴに移って行きました。かくしてジャズはシカゴに移ります。1920年にアメリカ全州において、酒の醸造販売を禁じる禁酒法が発令されると、酒場は非合法の裏の世界として栄えるようになります。アル・カポネなどのギャングはジャズマンたちを、自分たちのもぐりの酒場で演奏させました。ジャズは歓楽街の音楽として生まれ、売春屋の人たちに愛され、次はギャングどもの恩恵を受けて発展していきました。ジャズは、そういった人間の底辺のところから育っていったという歴史があり、その後「アメリカの顔」ともいわれるジャズのルーツは、かなり「いかがわしい」ところにあるように思います。実際にところ、彼らはどんな人間模様の中、何を感じ、何を思って演奏していたのでしょうか?ちなみに、ジャズが最初に録音されたのは、1917年1月(リリースは2月26日)のことです。●ジャズという呼び方の由来についてニューオリンズではこの新しい音楽をジャズとは呼んでいなかったようです。ニューオリンズからシカゴに移ってきた1900年の初めの頃、この音楽をなんて呼ぶか、ということになってきたらしい。そんなとき、シカゴの居酒屋で演奏していたバンドが、客に「Jass it up !」と掛け声をかけられたところから、バンド名を「Jass」としたという話しがあります。「jass」という言葉の意味は性行為をさすスラングだったようで、 もともとはフランス語の「jaser」(元気をつけるという意)からきたものだといいます。現在の辞書を引いても「jass」という言葉はないようです。また、売春屋のことを「Jass House」、「Jazz House」ともいったそうです。 しかし、このころには「いけてる」ということを表す言葉になっていたようです。それが、だんだん 「jas → jasz → jazz」 と変化したといいます。したがって「Jazz」という言葉はシカゴで作られた言葉のようです。このように、語源 から考えてもジャズという音楽はかなり「人間臭い」ものであるように思えますね。
February 11, 2005
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愛か、お金か?このことは、ときどき話題にのぼる問題です。1人の女性が、2人の男性からプロポーズされたとします。男性のうちの1人は、この女性も愛しているけれどお金がない人、もう1人の男性の方は、愛していないけれどお金持ちの人、この女性は、どちらの男性と結婚したほうが幸せになれるでしょうか?いつも私が出演しているバーのマスター(既婚)いわく、「お金持ちの方に決まっているじゃない、愛なんてものは時間がたてばなくなるものさ、そのときお金がなければ、悲惨なものだ」といい切った。それに対して、バンドメンバーの未婚女性は、「そんなことはないです。私なら、お金なんかなくても、愛している人と結婚しますぅ」といって反発します。すると、マスターは「愛なんてお金で買えるさ」という。女性は「そんなこと、絶対ありません」という。 以前、テレビの「トリビアの種」というものでやっていました。「結婚相手に必要なのは、お金ですか?愛ですか?人生を長く生きている人に聞いてください。」 「80歳以上の女性が結婚相手に本当に必要だと思っているのは、お金と愛なら、どちらでしょうか?」そこで、日本全国7地域の80歳以上の女性、各300人づつ、計2100人に聞いてみたところ、いろいろな意見がありました。「お金があっても愛がなければさびしいと思う」「愛があってよかったと思う」「お金は働けばなんとかなるけれど愛はどうにもならない」「お金があっての愛でしょう」「お金があるから愛が生まれるんじゃないの?」「愛ばっかりあってもお金がなくっちゃどうしようもないね」「愛なんていらない、金だよ」「愛だけでは食べていけないからね」結果は●北海道 お金=121人 愛 =179人●東北・北陸 お金=153人 愛 =147人●関東 お金=116人 愛 =184人●東海 お金=156人 愛 =142人●関西 お金=197人 愛 =103人●中国・四国 お金=112人 愛 =188人●九州・沖縄 お金=105人 愛 =195人 --------------- ★合計 お金=962人 愛 =1138人 ---------------ということで「愛」が「お金」に勝るということになりました。驚いたのは地域で差があるのと、両方ともけっこういい勝負だったということです。それでは、このような場合はどうでしょうか?「1番好きな人は貧乏、2番目に好きな人は大金持ちだとしたらどっち?」どうということはないのですが、ちょっと記録しておきたっかので。。。
February 10, 2005
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大手生命保険会社が募集した、第18回「サラリーマン川柳(せんりゅう)」が発表された。世相を映し出していて、思わず笑ってしまいます。●もう来るな、地震 台風 請求書 (猫まんま) ●もう一杯、仕事に生かせ その粘り (評定者)●所得税、所得増えずに なぜ増える (税金泣かされ夫)●子はカスガイ、女房タフガイ 俺疎外 (スネオ)●妻パート、俺は日当(にっとう)で 子はニート (太田のん気)●セカチュウを ポケモンと思う うちの父 (小太りおじさん)●ぺと言えば、母はヨンジュン 父加トちゃん (夢と現実)●チョー気持ちいい、あんたが言うと チョーキモイ (マッチョ・バッシュ)●ヨン様かあ、俺は我が家で ヨソ様さ (棟児)●リストラで 冬のアナタと 妻がいう (北風 不職)●政治家に 一番欲しい 記憶力 (ヤス博)●左遷だぞ 妻よよろこべ クビでない (ヒネクレ社員)●ノー残業 お持ち帰りで フル残業 (小心者A)●「残念!」と 俺の給料 妻が斬り (切腹パパ)●娘には ゴルフと卓球 覚えさせ (伊達鳩宗)●楽天は 天ぷら屋なのかと 聞く上司 (たらちねの)●オレオレに 亭主と知りつつ 電話切る (反抗妻)●「振り込め」と 言われたその額 持ってない (とっちゃんのママ)●オレオレは マツケンサンバ だけでいい (鷺羽 嫌太)●ケンカして わかった妻の 記憶力 (機関銃)●満期きて 利子で買い物 缶ジュース (読み人知らず)●クマがでた 里でた街でた 目にもでた(仕事づかれの男)●大丈夫 君ならやれる 別の事 (リストラマン)●ファミレスで 母親携帯 子はゲーム (時代かな)●仕事なの? 写メールよこせと 妻が言い (在場居 功作) ●夢の中 夢のないこと 言っている (不明)
February 9, 2005
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こういうことを考えることはありませんか? 世界はどうしてあるのか? 自分はなぜ存在するのか? 自分はどう生きるべきなのか? 正しいことは何なのか?自分で考えていてもわからないので、そのうちに哲学の本なんかを読むようになります。すると、哲学について、フランスの哲学者「デカルト」は、「すぐれた知能をもった人たちが何世紀もかけて研究してきたにもかかわらず、哲学の分野では議論の種とならぬものがほとんどない。また、正しい意見はただ一つしかないはずなのに、同じことがらについて、これほどいろいろな意見が学識のある人々によって主張されている分野はない」と述べています。まったくそのとおりで、こんな偉い人たちがいろいろなことをいっているのだから、私のような凡人には、なにがなんだかわけがわからなというのが、この世の中ということです。あるホームページにつぎのことが書かれていました。----- 『私が読んで感銘を受けた本に、書いてあったんだけど、 (ご存知の方もおられると思いますが、青年社長( 著者: 高杉良)です。) 人には次の4つの選択肢があって、 1.善なることで、得なること 2.善なることで、損なること 3.悪なることで、得なること 4.悪なることで、損なること 』-----なるほどね。人間の行動を大きく分ければこういうことになりますよね。これはその人にとっては普通にやっていることで、1.は誰もが望むものですが、かんたんにできるものではありません。2.は自分がかわいいから、なかなかできないことです。3.は逆に自分がかわいいから、やってしまうことがあるというのはわかります。(自分さえ良ければということでしょう)それでは 4.を選ぶことは無いと思いますか?普通はないはずです。でも、普通ではありえないことも現実にはあるんですよね。ニュースを見たりなんかするとあるでしょう?人間は何をするのかわかりません。ニュースになるような大きなことではなくても、身の周りのことですら、普通と普通じゃない、常識と非常識、正しいことと間違ったこと、これらのことをはっきりと区別して生きるのは、なかなかむずかしいものですね。だれもが自分は普通だと思っているでしょう。そうして見てみると、人間の行動はおもしろいものです。ということで、「今日は牛乳が半額だった」とか「今日は赤信号にひっかかる回数が少なかった」とか「今日行った病院の看護師の女の人が綺麗だった」とか、まあ、とりあえずそんなささやかな幸せを感じるために、生きることにしましょう。
February 8, 2005
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「人間はどこまでバカなのか?」自分は、つねずねバカだと思うしだいですが、人間の本質はバッカだなと思うことがいっぱいありすぎます。しかしながら、そんなばかげたことをやっていかなければ、この世の中を生きていけないという運命だともいえるのではないでしょうか。要するに、自分で自分の首を絞めているのが「わかっちゃいるけどやめられない」ということです。ほんとにバカだよ!だいたい、人間どうしが殺し合うっていうのがおかしいよね。敵をたくさん殺せば、ご褒美がもらえるんですよ。人間は昔からそんなことをやり続けてきています。正義のため?自分たちが生きるため?愛する人のため?やられたからやりかえす?相手が人間である以上、そんな理由は自分勝手なことでしかないというのが私の考え。いろいろ意見はあるとは思いますが、自分を中心として物事を考えるのが人間の本質ですからね。なんだかんだいってみても、結局のところ人間の欲なんだと思えます。「勝てば官軍」なんてことばがあるように、勝ったほうが正しいのです。まあ、もっと大きな意味でいったら、世の中は全て戦争ともいえますけれど。受験、就職、出世、会社生き残り、勝ち組がいるってことは、負け組もあるってことで、人間、欲がなければ生きていけないし、成功もしないというのは事実です。だからといって人間どうしが殺し合うということは、どんな理由があっても良く無いでしょう?科学の発達はすばらしい。おかげで便利になりましたよ。でも、それが良いことばかりだとは思えません。科学の発達によって、破壊されていくものもたくさんありますよね。でも、もう開発をやめるわけにはいかないのも事実。開発をやめたら、会社はつぶれてしまうでしょうからね。この世の中は不条理のかたまりです。いつか出ると思っていたけど、ついに出ました。科学の粋を尽くした「遠隔操作の戦闘ロボット」新発売!すご~いよ、すご~い!!戦争はゲームみたいじゃない?もう兵隊は死ななくてすむんだよ!でも、その殺人ロボットが殺すのは誰?「ターミネーターに追われるのは、あな~た~」かも?全く人間っていうには何を考えているんだろね。「人間は自分さえ良ければいい」という考えが正解でしょう。「そうではない」という人を力で抑えてしまえば、それが正しくなるのですから。いくら「そんなことはない」といってみても、核を持っていなければ平和が保たれないのは現実ですから。。。残念!! まえにも書いたように、我々はいつまで生きられるかわかりません。極端なことをいってみれば、宇宙の大きな力によって地球は一瞬にして消え去ってしまうことだって考えられますが、そんなことにならなくても、人類は自ら滅亡の方向に向かっているようにしか思えませんよ。こんなに大げさなことでなくても、ばかげたことっていっぱいあるでしょう?まあ、そういっている自分もそんなんですけれど。そんなこんなで、世の中を憂いでみたりしてしまうのです。だからといって、私は生きている限りは音楽をやるしかないわけよね。 なんて思うと、よけいに切なくなってしまいます。・・・と、今日チラッと次のことばをみかけました。『生きてるだけで丸儲け』なるほど、よくいったものだと思います。全くその通りです。なんと、これはカオリン(一緒にやっているボーカル)の口癖とのことでした。私は聞いたことがなかった。(なぜ?)生きていることに感謝しようとは思っていましたが、『生きてるだけで丸儲け』とはねぇ。これは究極の考えですよ、カオリン!すばらしい名言!人間って生きているだけで価値があって、すばらしいんだってことですよね。みんなにいいたいよね。同じことでも、考え方でしだいで180度、見方が変わるということを。後ろを向くのと、前を向くのとでは見えるものが違いますよね。このことばが世界を救うと思いませんか?オレにも、そういって笑わせてくださいよ。お互いにそういい合っていれば、楽しくやっていけると思いません?宝くじが当たらなくたって、おっくんが、なにを考えているかわからなくたって、実は、なんにも考えていないとわかったって、ピアノを間違えたって・・・、『生きてるだけで丸儲け』と思って笑うことにしましょう。(え、ダメ?)・・・おっくんは救われませんでした。
February 5, 2005
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「ジャズのサウンドの秘密は何?」なかなか、ひとことでいうことは出来ませんが、童謡でもクラシックの曲でも、ジャズの味付けをすれば、ジャズになってしまうっていうのはわかりますか?そもそも、ジャズの名曲というものでも、もともとジャズではなかったものが少なくありません。たとえば、「枯葉」はシャンソンだし、「酒とバラの日々」などの映画のテーマ曲、「いつか王子様が」などはディズニー映画「白雪姫」の挿入歌、「マイ・フェイバリット・シングス」などはのミュージカルの曲といったように。では、なぜそれらはジャズという音楽になるでしょうか?ジャズは基本的には自由な音楽で、極端な話、「なんでもあり」といえます。そして、ジャズの命は「即興演奏=インプロヴィゼーション(アドリブ)」ということですが、それが、ジャズらしく聴こえるというのなぜでしょうか?それは、音楽の要素それぞれにジャズ特有のものがあるからでしょう。音楽の重要な要素として次の3つのものがありますね。1.メロディー2.和音(ハーモニー)3.リズムジャズには、この3つのもの全てにジャズ独特のものがあるのです。したがって、この3つが、ジャズを演奏するための最大のポイントということですね。●「1.メロディー」=ブルー・ノートなどを使って、いかにジャージーに歌うか。これがアドリブのフレーズとして重要なところです。●「2.和音」=セブンス・コードや、テンション・ノートなどを使ったコード・サウンド。不協和音とも思われる響きが妙に気持ち良く、それがジャズらしいサウンドをつくります。●「3.リズム」=基本的に4ビートというリズムこれがジャズの「ノリ」というもので、メロディー(アドリブのフレーズ)も、音階だけなく、このノリがなければジャズにはならないといえるほど重要ですね。要するに、いくらジャズっぽい良いフレーズをやったって、そのフレーズのリズム(ノリ)がジャズでなければ、全くカッコよくならないってことです。(重要⇒ドラムだけがリズムを創っているのではない!)これが「スイング」しているかどうかのキーポイント!リズムについては、ことばではいえないところで、はっきりいって頭で考えてもどうにもならんとこみたいですわ。まあ、3つに分けていってみましたけれど、結局のところジャズというものは、音に関してはメロディー(アドリブ・フレーズ)と和音(コード)の使い方ということになりますが、それは、「ジャズ的なリズムで演奏されなければならない」といったことでしょう。ひとことでいうとすれば、「ジャズは即興が命」ですが、実は、「ジャズの即興はリズム感が命」ということと表裏一体であるということです。え???、わけわからん?、だよね・・・。まあ、あわてずに、ぼちぼちいきましょう(生きましょう?)。
February 4, 2005
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