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一升瓶と自家製のかきもちをぶら下げて必ず来る客がいる。先ずは開口一番、「先生、例のものです。」とかきもちを渡してくれる。近所の小さい社を十数社統括している宮司さんで、年一回お会いしている。もう今年で70になるが、いつもからだの不調を訴えて帰る。ほんとに悪そうであるが仕事に対する情熱にはいつも頭が下がる。宗教家はこうじゃないと如何と思う。でも年々弱っていている。この人を見ているとうちのおふくろは元気である。多分、この人より6ッつ上で、同じように体の不調をいつも訴えている。睡眠薬がないと眠れないとか、グダグダいっているが、睡眠薬なぞ無くても働いてないんだから何時寝てもいいのにと思う。明日から友達と中国に行ってくるそうである。電話が掛かってきてこれ見よがしに自慢して切れた。どうでもいいが、女性は連合いを亡くすと段々元気になってくる。もうひとり、弱っているおじいちゃんがいる。この人とも年一回しか会わないのだが、この人にいたってはここ数年ずっとガンと戦っている。84にもなるので進行が遅いのだろうが、声帯を手術で4年前に摘出しているので、いつも筆談をしている。ただ少しも自分を弱者だとは思っておらず、奥さんに対しても我が儘し放題に振舞うおじいちゃんである。筆談でジョークを言われても、引いてしまうのだが、今年は一番様態が悪そうでまだお会いできていない。男は80を過ぎると偏屈さがますが、そろそろ偏屈にも疲れてきているかもしれない。今日で2月も終り、締め切りが着々とせまり、かなりプレッシャーがのしかかる一日であった。そういえば先々週の土曜から、タバコを3本しか吸っていなかったが、今日から、今から、解禁にしようと思っております。別に禁煙していたわけではないのですが。
February 28, 2005
自分では違うと思っても、実は高い目標をあきらめランクダウンする中でいろいろ喜びとゆとりを見つけようとする。いわゆる楽な方に流されている状態である。ストイックな人間は堕落したという。堕落とはすごい言葉で、堕ちる、落ちるという言葉である。歯止めが利かなくなり堕ちていくのであるが、どこかで踏みとどまらなければいけない思いがわいてくるものである。「堕ちた弁護士ニックフォーリン」というテレビ番組の題名をつけた人は、恐らく人生の辛酸を味わった事がない人なのかもしれない。少なくとも坂口安吾の「堕落論」は読んでないだろう。人間は愚かなもので、堕ちぬくためには弱すぎる。ここまでくると相田みつおの世界に繋がって来る。本を読んだだけで、ものごとの善悪や正義の色分けをしてしまうおりこうさんグループと違う、おバカグループの理論はやって見なきゃ判らないである。かくしておバカグループはギリギリまでサボろうとする。怠惰に任せ、土俵際の踏ん張りが自然に湧いてくるのを待っているのである。堕ちるということを自覚しているからできる裏技かもしれないが、慢性的になるとほんとにヤバクなる。よく解らない事ばかりで、またもや失笑をかいそうなのでこれくらいにしておく。要は忙しいのにどれくらいサボっていいか考えていたのでした。
February 27, 2005
なのかバカなのか、判らない。多分、感情移入がうまく出来ないのかもしれない。ここは泣くところだろうという場面で、笑っている。後で聞くとあそこで泣くとメイクが大変だからという。もっともこちらも泣かれるよりは、気が楽である。でもそこまで相手を慮り計算してるとも思えないので、メイクが崩れると大変だからということにしておこう。やはりバカなのかもしれない。少なくともずるく立ち回ることはしない。気風は良いがその分心に仕舞い込んでるものも多いのだろう。単純に考える癖が身に付いてる。4ヶ月前にあった時から、今日が別れになることが解っていた。ジェシカは6ッヶ月の査証でこちらに来ていた。彼女はフィリピンパブのタレントでダンサーである。ダンサーといってもダンスが旨いわけではない。一応向うのプロダクションに所属し、ダンス技能があるということで就業ビザが下りるのである。時間が限られているなかで必死に客に気に入られようと日本語を勉強し、助平な会話を覚え、そこには独自の花柳の世界がある。ところが彼女達はここら辺でいいと思うと見切りが早い国民性なのか、先は進歩しない子が多い。ジェシカはあった時から進歩が止まっていた。仲間からも不器用さでからかわれるし、だからこそいいものを引き出してやりたいと興味が湧いたのかもしれない。こちらも中年男性が若い女性を教化するパターンに憧れてたのかもしれない。(しかしその後直ぐに幻想である事に気づかされる・・・。)・・・とこんな感じで、エロっぽい小説でも書こうかと思ったのでした。
February 24, 2005
呼び方がなぜ、醤油、塩、味噌なんでしょうかね。というのは、全部調味料ですよね。例外はとんこつで、本来はこっちの方が外国人にはわかりやすいのかもしれないですよね。つまり、何で出汁をとってるか、チキン、ビーフ、ポーク、フィッシュなんでもいいんですが、醤油ラーメン一言で全部片がついちゃってます。ほんとは旨み成分が何かはっきりさせた方が、味が想像しやすいと思うんですが。別にウチは旨みを味の素で出しているでも、かまわんと思います。(堂々としてるし判りやすいですよね)納豆に昔はタレが付いてなくて、その頃は醤油だけかけて食ってたので関西人から嫌われてましたよね。ところが出汁の効いたタレつけたら急に関西でも食う人が増えちゃったことありましたよね。人間は旨み成分によわいですもんね。もちろん醤油、味噌で味が決まるんでしょうが、何で出し取ったかくらいメニューにでも書いといてもらわないとね。店に初めて入った人は食いたくないのも食わされる恐れがありますよね。たかがラーメンごときと言ってしまうとラーメン屋さんは怒るでしょうが、別にたかが味噌汁でもたかが鍋でも全部同じでありまして、それをもったいぶって何時間も煮込んで出汁をとりましたと偉そうにしているところが気に食わないのであります。そんなに味に自信があるのなら、なぜ自分のスープのもとを普及させないのでしょうか。恐らく固形や顆粒にしてしまうと味が落ちると考えてるんでしょうが、その時点で得体の知れない、表現できないものに成り下がって、マイナーな味であることを認めてるような気がします。だから醤油、味噌、塩ラーメンと呼ぶ方が判りやすいのかもしれません。ラーメン屋よ、客に得体の知れないもの食わせるな!好みはみな違うんだからせめてスープをどうやって作ったかぐらい書いといてね。ラーメンはいつも進化してる、通は偉そうにいいますが、説明責任が果せないくらい料理として確立してないのではないでしょうか。最近、日記の文章がボヤキというか、ちょっとだけ悪意に満ちてるかもしれません。
February 23, 2005
に出ているお父さん役が、「爆発デューク」のジョンシュナイダーであった。随分渋くなった。多分、デューク兄弟は今でも人気があり、今年とうとう映画化されるみたいである。もっともほんとにハリウッドのネタが不足しているのか、昔のテレビシリーズを映画化している。キャサリンバックがやっていたデイジーデューク役はジェシカシンプソンがやるみたいである。他にバートレイノルズ(随分ジジィになっちまった)やウィリーネルソンが出てくる。いかにも中西部、田舎町、カーチェース、密造酒を連想させるキャスティングである。実はこのテレビシリーズが放映されていた頃、ちょうど私は20ぐらいで、スピリッツという酒に憧れてたころでした。アンクルジェシーの造った密造酒を本気で飲みたいと思ってました。
February 22, 2005
もうお酒はいらない。二度と見たくない。飲みすぎた日の翌朝、いつも吐く台詞であります。その原因の代表格がホセ・クエルボであります。レモンと塩とチェイサーとショットグラス酔っ払いはかくして生まれるわけでありますが、翌日食道から胃にかけて焼けた感覚が残ります。ホセは西部劇の酒場が似合う酒であります。メキシコでは原料のブルーアガペが不足しております。原料が育つのに8年以上かかるスピリッツは、他にないのであります。この原料を51%以上使わないといけないのですが、100%ブルーアガペは輸出品のうち8%しかありません。ウィスキーと似た様な面白さがこの酒にはあります。ビバ・テキーラ!
February 20, 2005
レイチャールズを偲んで、ブック○フでCDを買って車の中で聞いていた。アルバム名は「would you believe?」,1990年彼が60歳の時のアルバムである。その中で「child support,alimony. She’s eating steak,I’m eating baloney」とラップ風の歌詞が聞こえてきた。そういえば、この曲はバネッサ(誰?)がよく歌っていた。このバロネーなる物が何なのか訳詩を読んで初めてわかったんですが、どうやらボローニャソーセージらしい。前記の訳も「子供の扶助、養育費、彼女はステーキを食らい、私はボローニャを食う」となる。このソーセージは豚の塩漬けのミンチを固めたものであり、スパムミートの食感でもう少し塩辛い。私はボローニャソーセージをたまに食っている。ここまでくると悲哀が涙物になる。私だって、ライ麦パンにボローニャを挟んだ冷たいサンドイッチより、暖かい焼きたてのステーキが家でたべたい。歌詞は更に現実味おびて自分とオーバーラップしてくるが、生々しいのでここで終りにする。話は違うがこのCDは、ストレートで簡単な単語の内容も判りやすい歌が多い。ここにレイチャールズの偉大さの片鱗がうかがえる。サザンのカバー曲「エリーマイラブ」もこのCDに入っている。そういえばイタリアって、アメリカでは地位が低いのだろうか。ボローニャが庶民の象徴だとすると日本では厚遇されている方である。ファミレスのサイゼリアは誰に聞いても安すぎるのでバカにしているが、そこそこのイタリアンレストランよりよっぽどリーゾナブルで変なものを食わせない。別に斬新じゃなくてもいいからまともイタリアンを食わせろ、自分で勝手にアレンジしといて高い値段を取るとは何事か!と腹を立てている。イタリアンは庶民の味方のはずである。それが正統派イタリアン(もっとも神宮前のサバティニだけは別格です)。したがって、ナポリタン(そんなものはないといわれておりますが)こそ庶民の味方で、私のイタリアンノイメージである。アルデンテ、ふざけんじゃねぇ~。やわらけぇ~のが好きな人だっているんだよ。ここからようやく本題に入るのですが、オチョオチョファミリーのセックスボムの題名をパクッたのです。この間越谷に来てました。歌の内容を想像しながら何気にナポリタンが食いたくなりました。今日はアルデンテがありえない麺ブカティーニ(芯が空洞のスパゲッティー)でハム(お歳暮の残りで賞味期限切れてます)、たまねぎ、ピーマンのケチャップ炒めをつくる。箸で心置きなく食らう。(どこが正統派?)段々あまのじゃくがエスカレートしてきている。
February 19, 2005
擁護するわけではないのですが、つくづくマスメデアを利用したフジのアジテートというか反ホリエモンキャンペーンには辟易します。他局もマスコミ出身者は、ホリエモン中傷やマスコミの良心がなくなるとか、適当なことを言っております。自分がさも聖人君子であるかのように。もしくは、自分達が世論である、民の声であると勘違いされてるのか腹が立ってまいります。民放で株式会社なんですから、市場のルールをメディア総動員して操作するのは、なんとも閉口します。そんなのだったら株式なんか最初から公開しないのが当たり前のことなんですけどね。まあでも情報合戦も駆け引きのうちですからね。高見の見物してる分にはおもしろいですよね。一所懸命マスコミの良心を守れなどという評論家を見ていると哀れにさえ思えてきます。フジがある程度色をつけて買い取るか、情報操作で株価を下げて相手をデフォルトさせるか。どちらかで落ち着くんでしょうけど。
February 18, 2005
2年近く経ってました。今日思い切ってモトローラの国際電話が使えるのに換えたのでしたが、ただでさえ電波が弱かったのに益々弱くなりました。折角Jフォンがボーダフォンになった事だし、電話も世界標準へと脱皮を図ったのでしたが、まだまだ弱いですよね。NTT大嫌い人間としては、ドコモも世界的にはマイナーだし、AUグループのほうが今は勢力がつよいんですけどね。東京デジタルフォンからのファンとしては、今が一番弱体化してるような気もするのです。現在電波の基地を次世代に総入れ替えしている最中なのでそれもやむを得ないと諦めております。それと写真の画素数なんてあまり興味がないので、3000円の安い機種(ポイント使ったので、ただのもあったのですが)にしてしまいました。でもテレビ電話付きです。まあ、いいでしょう。でも、この会社昔からそうですが、進んだことしても宣伝もなにもしないんですよね。機能よりもイメージのアピールを先行させるんですよね。NTTの弱点は排他的というか、独自の技術に固執しすぎで、開発費の捻出のために料金設定も今ひとつ高い気がするが、開発競争に負けないように頑張ってもらいたいのです。日本のためにも・・・。でも高見の見物しますけど。
February 14, 2005
別にビートルズの歌じゃないんですが。オクラって野菜があるでしょ。糸引くやつですよ納豆みたいにね。しかも醤油との相性もいいし、てっきり日本の野菜だと思ってました。ところがですね。オクラはインターナショナルにオクラで通用するんですね。一体何語なんでしょうか?原産地はエジプトとか言ってますから、クレオパトラも食べたんでしょうか。図鑑で見ると花はムクゲに似てますよね。考えてみれば、小さい頃はなかったような気がします。(すいません年寄りです)とう言う事は普及し始めたのはここ2,30年前からでしょうか。野菜は結構多いんですよね。日本原産なんてほとんどないかもしれないですね。だから日本語のようで日本語じゃない野菜の名前はいっぱいあるかもしれません。ツナミみたいに日本語が世界共通語になる場合もありますけど、外国語が和風にすっかり溶け込んでるパターンはいっぱいありますよね。英語表記でokraですかね。オックスフォードの英英辞典見ればどこの国の言葉かわかるかもしれません。とにかく世界共通の言葉ですよねオクラは。
February 11, 2005
って、言うけど。米国はつくづく変な国だと思うわけで。アメリカの対外純債務はいったいいくらあるのか、よくわからないわけでして。貿易赤字を資本流入の黒字で埋めているわけですよね。海外から安いものを買って、ツケ払いにしているのと同じなんでしょうか。いやれっきとした証券や国債を発行しているのでツケではなく価値のある紙切れ(決済機能や担保価値のある)を売っているんでしょうか。短絡的ではあるけど、なぜ紙切れが売れるのかといえば、アメリカがジャイアンだからである。軍事力を持っているからである。もともとアメリカ人はホッブスのリバイアサン(絶対的権力国家を否定する本)好きで、万人の万人のための戦いとかいって民主主義を守れとか言ってるが、その実は軍事力を誇示しないと資金循環が出来ないのではないかとさえ思えてくる。アメリカに投資する魅力とはすべてでないにしても政治力や軍事力を背景に何とかなるんじゃないかと思わせる点があるのは否めない。いずれどこかで借金を棒引きにしないといけない日が来るのかもしれない。日本の歴史でもそうであるが、藩や幕府の財政建て直しの名君とか名家老とか言う人は権力をかさに棒引きをする人である。なるべく信用を失わずに。まあ、公の機関だから通用するのであって、個人(自然人)では常に無限責任が付きまとうのでありえない話である。ほんとに太平洋にはリバイアサン(海の大怪物)が棲んでいてそのうち日本とアメリカ、最近では中国も飲み込んでしまうのではないかとさえ思えてくる。貿易収支と資本収支の格差がどんどん膨らんで、そのマッチポンプ的な手段(火付け盗賊)としての軍事力に拍車がかかっているようにしか見えないのは、私だけでしょうか。イラン人の言ってる事が至極まともに思えるのでした。
February 10, 2005
頑張れよと思うのであるが、うまくいかない。手を抜く気持は毛頭ない。でも、アドレナリンが出てこないのであろう。なまじっか、端から点を取ってしまうと燃えないのかもしれない。好意的な解釈は別として、明らかにゲームを組み立てる人間がいない。海外組みとか国内組みとかいって、マッチメークできる人間を無視している。小野でも俊輔でも中田でもいい、FKが旨いのとも関係ない。ゲームの流れを作れる人間がいなくては話にならない。どうでもいいけど、北朝鮮に勝ってよかったです。コマンダー(司令塔)に操られている私としては、後半に俊輔が出てきて、ホッとしました。
February 9, 2005
酒がすすんで来ると喧嘩になる焼き鳥を一本多く食った食わないで最初は笑っているのだが片方がしつこく言うと怒り出すバカにしてるしてないで険悪さがまし周りも黙り込む表面的には取り繕うがモヤモヤはきえないなんか違うところで溜まっているものがある何であるかはお互いに気づいている確信しても確認が恐いのかもしれない覚めると互いの非礼を詫びている核心には触れずに寒い日が続く日照時間は長くなっているのになんちゃってね
February 8, 2005
ていう女優がいて、サインはVのジュンサンダース役だったんですが、ドラマの中で骨肉腫といゆう病気にかかるんですよ。なんか悲劇のヒロインでやたらカッコいいんですが。今日朝一番で、銀行に小切手預けに行ってビックらこきました。右手がわらって、字が震えるんですよ。思わず、ペンを落としちまいました。でね、思わず氾文雀の気分になっちゃいました。この儚い命をどう一所懸命生きるべきか。そうなると遣り残したこと、未練、慙愧の念が沸々と湧いてくるもんですね。やたら頭の回転がよくなり、全ての諸事に対してポジティブに解決しようという気持になるんですよ。でね。ひと通りいろんなこと考えて、ようやく夕方になって気がつきました。痛くなった原因を。それまでは,ジュンサンダース気分で考えようともしなかったですよね。考えてみれば、日曜の夕方、ボーリングを2ゲームやったんですよ。それで、右手が翌日ペンがもてないくらい痛いとは・・・・。すっかり、ネガティブになりました。
February 7, 2005
たしか、ウディアレンの昔の映画で、スリーパーだったと思うが、やたらと鼻がいっぱい出てくるシーンがある。そのあまりにもオバカ振りが映像として脳裏に焼きついているのかもしれない。何気なく他人会話で、目線を逸らし鼻を見ていると、鼻だけが浮き上がって来るときがある。そして何時しか髪が目が口が自然と消えていき、鼻だけが宙を浮いている状態になる。まーるいテーブルを囲んで、4つの鼻と私は会話している。時々至極愛くるしい鼻に出くわすと、抱きしめる替わりに、つまみたくなる。実はこの鼻つまみ行為は非常に快感で、昔自分の娘にやって散々嫌われていたのだか、久しくやらないとフラストレーションがたまってくる。そういえば、いろんな人から変人だといわれる。別に意味はない。理解してもらおうとも思わない。目の前1メートル位に顔が接近した。もう鼻しか見えなかった。彼女の鼻をつまんだ時、一瞬閃光が走り、目があけていられなかった。手を離すとひとり南の島の無人島にいた。鼻をつまめば、元の世界に戻れそうな気がするのだが、他に人がいないもんで、サル、ヒョウ、極楽鳥といろいろ試してみるが何も変化が起こらない。こんな夢を見ました。
February 5, 2005
近所にキムチ屋を見つけた。韓国惣菜の店というには、ナムルとチヂミと春雨ぐらいしかなく。ショーケースはほとんどキムチで占められている。その種類は15ぐらいあり、その中からオイキムチと水キムチを購入。それとその場でチヂミを焼いてもらう。車の中がキムチ臭くなったが、車で3分で家に到着した。チヂミは、300円でそれなりの味であったが、小腹が空いた時にすぐいける距離なのでまた買いに行こうと思う。タレは自分でも作れそうなので、時間があれば家で焼こう。水キムチはいまいち、叙々園の方が旨い。オイキムチはまずまずイケていた。鳥の骨付き肉で、取りあえずアドボ(甘酢煮込み)を作る。結構旨い。最近アジアンテースト傾斜しているのかもしれない。いままであまり興味がなかったのであるが、去年マクドナルドでナゲットにつけるスィートチリソースを気に入って以来、甘い、辛い、すっぱい味覚に目覚めてきている。こどもでも出来たのではないかと自分のお腹に目をやる。
February 3, 2005
日曜に法事があり、必ずまんじゅうをくれる。俗に葬式まんじゅうというやつである。大きいのが九つ入っているので、閉口する。一食分浮かせようと朝一個、牛乳と一緒に頂く。それでも今朝四つ目を消化したばかり、未だ半分以上残っている。今朝、給湯の蛇口からお湯が出てこなかった。水道管が凍っているのだろう。寝癖が直りそうにない。やっと朝日が昇り始めたのでそれに期待しよう。今年の冬は、寒い。去年は秋が短く、12月までは暖かいとたかをくくっていたのであるが、実は一ヶ月ほど季節がおそくなっているのではないかと思い始めた。携帯カイロを薬局で買ってきて、試している。おでぶっこクラブのメンバーのせいか、昼間付けると汗が出てくる。昔はほんとに懐炉だった。印籠みたいなケースを開け、石綿にベンジンをしみこませ、蓋を閉め、布袋に包んで懐に炉を入れていた。朝、冷たい水をいじるのも悪くない。例年、手がひび割れ、年越して若水をいじり始めると不思議とひび割れ、アカギレが収まってくる。この一皮剥けたしっとりとした感覚がなんとも新鮮で好きであった。ところが、今年はハンドクリームを使ったり、季節感が狂っているのか、ほとんどひび割れも少なかったのであるが、2月に入っても手が一皮剥けたしっとり感がもどってこない。ああいう化粧品や保湿クリームなるのもは、人間の回復力や自浄能力をゆっくりと退化させているのではないかと思っている。私はヘビではないのだが、この時期に脱皮できないのはちょっと違和感を覚えている。
February 2, 2005
朝方人間から、夜型人間になってしまったのかいろいろ考えました。朝4時におきられなくなり、布団の中で包まっております。かと言って部屋中暖かくするとなぜか寝つきがわるく、おきたとき違和感を覚えます。やはり、自然と日の出の時間が早くなるのを待つしか無いのでしょうか?ホスピタリティーサービスって、何なんだろうと時々考える。すべて商売の根源は接客業である。「だから、それを学ぶための基本は水商売だ」とかいって飲み歩いている。もちろん、いいわけで、その実は考えるまでもなく、酒が目当て、女性が目当て、料理が目当てである。差別するまでもなく男性でもよい。店の良し悪しは何で決まるのかと思うと、さしずめ飲食物だったら味、人だったら容姿と言うことになるのかもしれない。でも、多くの場合は、相手の気持ちをよく察知して話が弾んだり、雰囲気をよくコーディネートできるかとか、そんなところが一番の根幹である。職業病なのか客にも係らず、裏方や管理者的な見方をしてしまう。その変わりのも振りが、変に誤解を与えている時がある。一応、地位も名誉もないが、小間使いのように動いている自分を省みると情けなくもあり、嬉しくもある。多分、サービス業の根源は与える喜びなんだろう。勝ち組とか、負け組みとか考えてる人間には、一生理解できないかもしれない。
February 1, 2005
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