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30日やっと仕事に目途がつきました。夕方客にOKをもらって、気持がようやくおちつきました。今日はゴルフに行く予定でしたが、キャンセル。多分、ここ二日間平均睡眠時間にすると結構寝ているのですが、あまり寝た感覚がありませんでした。29日の夜だったでしょうか、客との打合せを終え、車で帰る途中右折するのに右側の角の縁石に乗りあげてしまいました。後輪は宙に浮きしばらく立ち往生。友達に電話すると来てもらえるとの事。地獄に仏の心境であります。気持も絶望感がひろがり、正月明まで仕事のマラソンが続くのではと心配なっておりました。結局通りすがりの若いあんちゃん達が4人バンから降りて来て、押してもらえたのでなんとか脱出できました。友達にも感謝、若いあんちゃんにも感謝、パニくってメールした人にも心配させて申し訳ありませんでした。ブログで気遣ってくれた人にも申し訳ありませんでした。男は泣き事をいっちゃぁいかんですよね。思えば今年の12月は自分のペースで仕事が出来ず、イライラが募る月ではありましたが、なんとか乗り切ることが出来ました。感謝込めて、井上陽水と奥田民生の「ありがとう」と歌いたいとおもっております。(誰に?いつ?)&謹賀新年
December 30, 2005
入れてしまったので、明日の午後2時までに目の前の仕事を何とかしなきゃいけません。ヤバイです。今日は徹夜です。終わらないと30日はキャンセルです。取り合えず、ユンケルいっぱい買って、温湿布、携帯カイロ(腰用、肩用)、膝サポーター、マスク、風邪薬などを同時に購入。火の気の無いところで、身軽で暖かくをベースに考えています。頭寒足熱で調子いいのですが、鼻だけは冷たくなってます。かぜ用のマスクは鼻の防寒になら無い事がわかりました。それとフード付きのダークグレーのスポーツウェアにマスクですから、ほとんどコンビニ強盗のような格好になっております。今夜、ユンケルは2本目(一日の服用回数は一本なんですけどね)鼻血出さないように気をつけます。それより、昨日深酒したことを反省すると見せかけて、して無いのです。この性格をなんとかしなきゃいけません。
December 28, 2005
客先の社長が、ふぐをご馳走してやるから来い。と行きましたよ。ふぐ。板さんが桶にぴちぴち跳ねるとらふぐを持ってきて、今日はこいつ捌きますからと先ずはご挨拶をしてくれる。てっさ、かわのポン酢和え、唐揚げ、てっちり、雑炊とひと通り堪能して帰ってきました。「若乃花が吉野家の向いのビルにちゃんこ屋(chanko Dining)の店出したんだって、行ってみるか」「いくら体格が相撲取りに似てきたからって、ふぐの後は無理っす。はぁはぁ、ごっつぁんです、ぜぇーぜぇー」(そんなには太ってないとおもうのですが)そこで止めとけばよかった。こういう時は、ヨイショ、たいこ持ちに徹するしかない。カラオケは旨く歌ってはいけない。女の子居る店に行っても、目立たぬようにはしゃがぬように、会話でスポンサーを盛り上げなければいけない。その後2件ぐらいはしごするうちに1時過ぎ。代行屋に電話したが、一時間待ちとのことだった。そのまま車の中で眠り込むと。ボンボン、車のガラスを叩く音で眼が覚める。代行屋が起こしてくれた。顔なじみの代行屋で道順を説明しなくても、勝手に連れて行ってくれた。ごっつぁんです
December 27, 2005
前日の日記で、日本人は牛肉の扱いがヘタクソではないのかというニュアンスのことを書いたが、一所懸命取り組む人に失礼である。(グルメ評論家じゃないんだから偉そうな事言うほうが不遜である)焼肉は別として、煮込みは西洋人に劣るのではと思っていたが、川口の弥平というところに立ち食いそば屋「竹」がある。ここの定食は凄い。牛モツ煮、牛スジ煮とビーフカレーが、そばとうどんとセットになっている。何れも牛の煮込みであり、これが安くて旨い。ただ難点なのは立ち食いそば屋なのになかなかオーダーが出てこない。生そばを茹でるが長いためであろう。この埼玉南部の蕎麦屋では、もりそばの薬味に青みのねぎ、ワサビとウズラの生卵が乗っている場合が多いのを最近発見した。ウズラを入れるせいか、そばつゆの味も濃いめの甘め、そばをどうつゆにつけるべきか悩み、ちょっと馴染めない。カレーの味は欧風カレーに近い。(欧風カレーも日本人の創作だとおもけど)とにかく牛肉の煮込みにかけては一日の長がある店である。未だに蕎麦屋のうずらはなじめないのであるが、カレー、牛スジ、牛モツは文句無くうまい。飲みすぎました。日本酒、ワインを飲んでました。気がつくと朝。昨日(26日)食べさせてもらった、地鶏のもも肉は旨かった。ようやく、遅ればせながら鶏肉がたべられた。今年もあと少し
December 26, 2005
鍋の定義って、なんなんだろう。ちゃんこもいまいち解らない。汁物と鍋の境目は何処にあるんだろうか?いや、西洋鍋というものがあったとするとスープとの違いもわからない。夕方、TVでふぐを食べる番組をやっていた。素材によって違うのだろうか。腹が減ってきて鍋を食いたくなった。○○鍋と○○汁。お椀で出てきたものを食らうのが汁なのだろうか、直火の鍋からよそりたてを食らうのが鍋モノなのだろうか。とにかく空腹に負け、スーパーに買物に行く。野菜も葉ものを買うのがめんどくさいので、野菜炒めパック(キャベツ、ニンジン、もやし)と豚のカレー用の角切り肉(もも肉)を鍋つゆで煮込み、味噌で味を整え、鷹の爪の輪切りを加えたものを頂く。とん汁とは全然違う味がするが、これはこれでうまい。豚の厚切りと味噌仕立ての汁物は間違いないと思っている。ところが、牛肉になると難しい。極端な話であるが、すき焼きもしゃぶしゃぶも肉の旨みを逃がしていると思う。焼くのが旨みを閉じ込め一番うまく、次に煮込みを考える。ちなみに牛丼なんて煮込であるが、臭みを抜くのに力点をおき、旨みまで抜いているので、なぜ吉○家の牛丼が人気があるのか理解できない。牛肉の王道といえばシチューで、西洋鍋というとずん胴の深い鍋を想像する。牛肉を煮込む伝統は日本にはないのだろう、牛肉の鍋と日本食はあわない。いや、煮込みという観点からするとカレーも鍋物のひとつなのかもしれない。でも、和の雰囲気ではない。
December 25, 2005
いやぁ、書いてみたかっただけです。アケオメとかセンバレでもなんでもいいんです。ひとりだとくら~いですよね。マッチを売って歩きたくなります。居酒屋さんから一件だけ、お誘いがあって気乗りしなかったので、7時ぐらいまで板橋の方で仕事してました。クリスマス時期にパーティーというのも暗いですよね。クリスマスパーティーって、外国でもあるのだろうか?ミサや集会はあるだろうけど酒飲んで馬鹿騒ぎするのは如何なものかと思いますよね。私が帰るというまで帰れないので、一緒に仕事してたにいちゃんはイライラしてたみたいですね。(でも、7時で打ち切ったお陰で仕事は年越しになったぞ!最後までやると12時過ぎるので仏のように扱って欲しかったが・・、いまの若もんは根性がねぇな。←ほとんどいやな奴になっております。)それでも、酒の「やまや」に何かないか探していると、チキンの一匹丸ごとの燻製が売っていた。ほんとは、ターキーが食いたかった。伊勢丹クィーンズあたりに行けばあるのだろうがめんどくさい。なお且つ、冷蔵庫がお歳暮のハムでいっぱいなのを思い出した。ということで、箱のワイン、クリームチーズ、トルティーヤチップスとディップソースを買って帰る。その他、別の飲み会用に赤と白のワインを一本づつ。ロベール・アルヌーのピノ・ファンとブルノー・コルメレーのミュスカデ・シュールリーをそこそこの値段で買ってきた。帰りに中華料理屋でめずらしく日本酒を飲んで家に着くと10時、直ぐ寝てしまった。
December 24, 2005
こういう物騒な題名だとへんなトラックバックがあるといけないと思うのですが、要は酒席でいつも冷静でいられるために自分の気持を殺すのであります。お酒は殺して飲まないといけません。飲んでいるときでも神経を張り巡らせなければなりません。忙しく仕事を抜け出している時は、頭の中では仕事のことを考えなければいけません。周りの人にそれを感じさせてはいけません。スケベな事は口に出してもいいのですが、頭で考えてはいけません。みなが知らない間に抜け出せるポジションに席を確保しなければいけません。無礼講でも決して無礼はいけません。夜12時を回って飲んでいてはいけません。これを殺しのライセンス7ヵ条として年末を乗り切る覚悟であります。ジン○スカンキャラメルというのがある。まずい。でも、驚いたのは甘いキャラメルなのに肉の味がする。しかもニンニク臭強くて、後味が頗る悪い。ところが、車中で上の娘が隣でウマイウマイと食ってる姿を見てゾッと背筋が寒くなる。「おまえ、よく食えるな。これTVのバラエティー番組の罰ゲームで飲む、得たいの知れないジュースみたいな味しねぇ。」「飲んだことあんの?」「ねぇよ」中学生だからか、親をなめてるのか、乱暴な言葉遣いが身についている子である。最近では言葉使いを正すのをあきらめ、それに乗っかった会話をする。沈黙が恐く、何か話してやらないといけないとこちらも焦っているのかもしれない。12月22日午後4時過ぎ、上州赤城降しで、車の外は吹雪いている。雪雲の微か向うに太陽がかすんで見える。南極のブリザードもこんな感じであろうか。視界が悪く、サングラスを掛けないと運転できない。それでも、風が強いせいか、20分もすると雪は止み、日もどっぷり暮れていった。連休前日のせいか道路がやたら混んでいる。関越は雪でストップしているのにもかかわらず、所沢から練馬を降りるまで1時間かかってしまった。石神井公園駅に車を乗り捨て、取り合えず新宿に向う。殺しのライセンス7ヵ条を引っ提げて。
December 22, 2005
疲れているせいもあり、夜8時には寝てしまい。気がつくと夜中の2時過ぎ。目が冴えてきた。仕方ないので、おでん(袋詰めのパック)を暖め、パソコンに向っている。12月に入り、みな仕事に忙殺されながらも、反省や振返って考え込んでいる人が多い。たぶん、忙しいから振返りたくなるんだろう。高校の友達から、お前だけメールの返事がないと催促され、何かとよく見てみると結婚紹介所の性格診断みたいなサイトで性格診断をやり、それを貼り付けて送り返せということだったらしい。恐らくそれが酒の肴になるんだろう。あと、忘年会が4件入っているのに、仕事が一向にはかどらない。越年しそうである。正月休みは子供と遠出をすることになっているが、ほごにしたらおこるだろうな。子供から言われて何か答えてあげるのはいいのだが、元妻から指図されると未だにカチンとくる。体調がすぐれない人が周りにも多く、年末はいろんな思いが渦巻いてしまうものである。でも自分を鼓舞し前進しなきゃと。絶えず前進なのだが、無理も禁物。冷静に考えると、自分のやってることの延長線上にしか何もないのである。でも来年はチャレンジ年だとか、やりたいことが膨らんではしぼんで行く。そろそろ新しいことを始めようかと。来年の干支がなんだかわからない。年賀状を書かなくなったせいかも知れない。いや、巷でチラホラ聞くのだが多分関心が薄いのだと思う。でも、お世話になった人には感謝し、何らかの意思表示はしなければと思っている。そういえば、父親も変化球が好きで、年末年始よりみながなんでもない時期に新茶の季節だからと、御茶をもってあいさつ回りをしていたとこを思い出した。そのひとらしい意思表示の仕方が大事なのである。で、なにしよう?酒持ってくか!
December 21, 2005
手の荒れ方が、今年は半端じゃない。ハンドクリームは好きでないので、検査用の薄いゴム手袋をして作業している。手袋の中では、うっすらとひび割れの血がにじむ状態である。日本海側はドカ雪だということは、こちらに湿気がやってこない証拠である。今日ラジオを聴いていてはじめて知ったのであるが、日本海側はこの時期雷鳴と伴にブリやハタハタの漁が盛んになっていくという。そもそも冬にカミナリという感覚がこちらの人間にはない。川端康成の小説ではないが、山ひとつ越えたことを境に歴然と違うのだろう。この間鬼怒川でゴルフをやっている時もかざはなというか、天気で日の光の中に静かに細かい雪の結晶が光っていた。トンネルを一本越えると川治であり、そこではやはり乾燥した雪が降っていたが積もっていなかった。恐らくもう一本トンネルをこえた湯西川では、雪も湿り始め積もっていることであろう。要は雪雲が関東平野に入ってこないのである。ところが、1月ぐらいから、積もる雪雲がたまに入ってくる。数年前、上野池之端の東天紅で食事をしていた時、不忍池上空に入道雲みたいなものを見た。あの雲はなんだと同席の人間に聞くと雪雲だという。天気は今まで小春日和の穏やかな日ざしが急に暗くなり、ぼたんゆきが降り始め、やがて粉雪に変わっていった。ただ、あの雲であれば雷鳴が聞こえてもおかしくなかった。
December 20, 2005
重くなったのでしょうか。体が大人になってきたのでしょうか。安藤美姫、4回転ジャンプがなかなかできなくなってきましたよね。(ちなみに私も体が重くなっているのですが。スミマセン、私は中年太りでした。)ジョージア缶コーヒーのミキティラベルを飲んで応援しているのですが・・・・。この日記でも1年以上前、今の浅田真央が彗星の如く現れた時の様に安藤美姫の賛美の記述をした覚えがあります。それ考えると、浅田真央がオリンピックに出られないのは、実に残念です。専門家の話によると今年の7月までにフィギアスケートの国際連盟みたいなところでルール改正の申し出をすれば、浅田真央が出られる可能性もあったそうですが、日本の委員会は一切何もしなかったそうですよね。(というか、毎年ルール改正している競技みたいですよね)どう考えても4年間頂点に君臨し、次期オリンピックに出るのは難しそうですよね。今がピークですよね。そもそもプライムが短い競技だと思うのですが。もちろん人によって早咲、遅咲きの人がいますから、逆に年齢制限なんて意味ない気もしますよね。それに審判員の得点判断基準(特に芸術性)が恣意的で主観的なんですよね。だから、ずる賢いフランス人やロシア人が強い競技なんでしょうね。技術的にもちろん評価されるべきですが、軽業師的な技は体が重くなってくると限界がありますよね。でも女性らしくなった(セクハラ的な見方かもしれませんが)安藤美姫の方がやはり応援したくなりますよね。だから、発売している限り、ジョージア缶コーヒーのミキティラベルは飲みたいと思います。
December 19, 2005
母親の従弟の通夜で、幡ヶ谷の葬儀場にいく。喪主ははとこになるのだろう。ここまでくると面識が無い。通夜の席でたまたま向かいに座った女性は、○○ちゃんであった。実に35年ぶりである。1970年の大阪万博が始まるまで、毎年のように夏になると大阪の親戚に泊まりに(預けられていた)行っていた。正確には尼崎であるが、当時は自然に関西弁が喋れたように記憶している。彼女は当時小学生のおねぇちゃんであった。おっちゃん(彼女の父親)には、淀川競艇や甲子園の高校野球に連れて行ってもらった(ひっぱりまわされた)記憶がある。それが大阪人(男性)の典型的行動パターンなのだろう。昨日の夜は2年ぶりの人にあった。大阪万博みたいにキーとなる記憶があると判りやすいのだが、このひととは多分そうだと思う。飲み屋の女性なのだが、中国人のモデル系の美人で妹を紹介しようかといわれたことがある。当時はもっと押し出しが強いというか、華々しかったが、久しぶりにあうと角がとれていた。人間が丸くなったのか、自分を奥深くにしまいこんだのか判らなかったが、もう彼女も30を越えていた。二年前はたしか20代前半だったかもしれない。午前中下の娘の学校の行事で、杉並にいく。こちらの学校に来るのも久しぶりで、父母のみなさんは品がいい人ばかりである。離婚しているせいもあり、こちらのほうはお久しぶりの人に会わぬよう人目を避けて行動する。この学校に来たのが何年前か、あまり思い出したくなかった。午後、顧問先の高島平の営業所に行く。ここにもいつ来たか思い出せない。
December 17, 2005
世の中デジタル化がすすむといろんな情報を細かい細部まで、短時間に大量に処理できるようになる。ところがその情報を人間自体がトレースするにはエネルギーが掛かりすぎるので、結果だけ追い形式の確認だけする。サンプリングで、全体のボリュームで等ポイント決めて対応するのだが、そこには必然性を求める推論が入ってくる。この推論がないともしくは間違った認識をしていると悲劇が生まれる。しかし、精工であることが正しいとは限らない。大雑把であることもまた然り。本来精緻性と蓋然性はトレード・オフの関係にあたる。あちらを立ててればこちらが立たず、バランスの問題になる。世の中全体が精緻性の方に傾いている。否、何も考えずにデジタル的に対応する危険にさらされているのかもしれない。頭の中で監査技術の想像をしている。(こんなこと事日記に書いて何が面白いんだろう)ただ、法律論からいうと蓋然性なんてありえないんだろう。逆に、効率性からいうと当らずと言えども遠からずという線が必要になる。要は何処が遠くて、当りに近づけるには何が必要かのポイントを抑えられるかの問題である。
December 16, 2005
顧問先の主催で毎年参加がしている旅行であるが、今年はゴルフと忘年会を兼ねて鬼怒川のひとつ奥の川治温泉にいく。前の晩、2時半まで起きていて、目覚めたら朝の6時20分。集合が6時30分、なんとか身の回りのものを取り繕い、車で10分の集合場所に6時45分に到着。朝から冷や汗でてきた。行きの車の中、お昼のゴルフ場のテレビ、宿の部屋についてからも、違法建築の証人喚問のニュースで持ちきりであった。ちょうどこの周りは住宅、建築業界の人ばかりである。彼らにとっては、偽証云々より業界の構造的な問題、例えば元受が下請けをたたき、値段を下げる。仕組み自体から当然今回のようなふざけたやからが出ても不思議じゃないという意見が出ていた。当然彼らは非難にすべきことは前提で。私はモノ(この場合は建築物)の価格(ユーザー価額)に占める、物資(マテルアル)の原価なんてせいぜい20%位だろうから、そこをケチっても何もならないと考えていたのである。むしろコストダウンは工法の改善により人区数を少なくし、企画者の薄利多売で達成されると思っていた。ところが彼らの意見は全然違う。コストダウンの分は全部下請けにくるという。より安い材料を探し、人区単価をさげ(当然事業主は健康保険や厚生年金に入っていない)対応している。今回の証人喚問では鉄筋の太さやキログラム(量や重さ)が問題になっているが、彼らに言わせると中国産の鋼材と日本産の鋼材は重さは一緒でも強度が全然違うそうである。(中国産は安くて弱い)なんとなくおぼろげに思い出したのは、宮沢喜一と言う人が首相をやっていた時、平均的サラリーマンが年収の5倍で住宅(マンションだったもしれない)が取得できる世の中にしようと言っていた。まあ、達成されたんだと思う。でもね、安全性を犠牲にしてまでと言うのはどう考えてもおかしい。姉さんがアメリカに住んでいて、家を建てるに建築事務所に依頼し、大工が建築主(=施工主)に直接材料代を請求して家を建てている。多分昔は日本もこうだったんだろう。大工の棟梁が建築士に代わっただけである。その上、市の役人がしょちゅう見回りに来てダメだししていくそうである。細かいレギュレーションが場所や地区によってあり、屋根の色や材質、もちろん構造上のチェックもするそうである。いろんな事でつまずき、一年半をかけて未だ工事をしている。昔から不思議なのであるが、ゼネコンという企業の管理料というのが、建築主からするとどういうコストなのかよくわからない。とにかく今回の事件を契機に住宅価格は高くなりそうである。安全性が確保できればそれでいいのかもしれないけど。
December 14, 2005
今13日の夜中の一時半であります。朝6時には出発しなければならないのでありますが、まだ起きて日記を書いております。かなりタイトにスケジュールがこみあってきました。今年も残すところあとわずかであります。かなりヤバイかもしれません。例年終わっていることがかたづかないで、問題山積であります。明日はゴルフやって川治温泉にいく予定ですが、こんな時に客に付き合うとはいえ、温泉につかっている場合ではないのであります。でね。とにかく木曜昼までに帰って来て、ひとつひとつ片付けていきやしょう。ちなみに歳時記をみると熊穴にこもる、虎始めてつむるとある。人間だけがなんで忙しいんだ。自然の摂理に反しているのではないか。
December 13, 2005
今年は映画館に一度も行っていないのに映画を良く見た。その中で一番良かったのが、ピーターセラーズの追悼映画だった。題名は忘れたが(忘れんなよ!)25年たってようやく見直されている。多分マイクマイヤーズが彼の路線に近いことをやっているので、脚光を浴びたのかもしれない。オープニングが「ファッツ・ニュー・プシィ・キャット」のテーマで始まるところがなんとも良い。あの映画のウディアレンとピーター・セラーズ掛け合いはコメディー史上に残る名場面である。(と勝手に決め付けている。)とにかく、演技に悩む性格俳優のように苦悩の連続でコメディーを撮っているとは思わなかった。高校時代、「チャンス」という映画で初めてかれのシリアスな演技を見る。かなり評判が高かったが、その後直ぐ、「天才悪魔・フーマンチュー」を発表し、これがコケて一気に評判を下げ、その直後に亡くなる。「チャンス」でもしなくなっていたら、伝説的に有名になった人かもしれない。(でも個人的にフーマンチューが大好きですが)もちろん、彼の当り役と言えば、クルーゾー警部であるが、この映画(ピンクパンサー)の後ルイドフュネス(フランスのコメディアン)がおなじようなキャラで映画を作っている。(ファントマシリーズパリ警視庁のジューブ警部)つまり、相手の逆切れを誘いトラブルに巻き込んでいくパターンである。しかしこの映画では、ブリティッシュエアのパリ行きの飛行機のなかで、フランス訛りの英語でスッチーをイライラさせることでキャラクターが誕生することになっている。ちなみにあまり関係ないが、助手のケイトー(加藤)はブルースリーのグリーンホーネットのパロディーということがわかるが、ブルースリーファンは否定したがっているかも知れない。(あまりにも変なカラテを使うので、その後このアクションがコメディーの常套手段となる)コメディーで彼の功績は偉大なのに25年も忘れ去られるほうが不思議であるが、この映画自体は功績よりも役作りの苦悩の生活を描いており、ヒューマンドラマに仕上げている。その視点からするとスタンリー・キューブリックの「博士の異常な愛情」はかっこうのシークエンスになりうるのだろうが、ピーターセラーズファンの私からすると駄作である。
December 12, 2005
一人暮らしの悲しさか、日曜の夕方の外食は家族連れが多く、行く気がしない。それでもめんどくさいときは、夜9時ごろ出かける。一緒に行く人がいる時はいいのであるが、大概は一人である。九時を過ぎると流石に家族連れが少なくなる。というか開いている店も少なくなる。そんな中、11時までやっている「北京餃子」と言う店が近くにある。しかも空いている。空いているひとつの理由は八角(香辛料)がきついので日本人向けの味付けになっていない。今日店に入ると客は同年代の男女のカップルがいただけで、予想どうり空いていた。寒かったので気付けに二鍋頭酒を頼む。お通しに高菜とピーナッツ(もしかしたらドングリかもしれない)の炒め和えが出てくる。チビチビやりながら卵レタスチャーハンと水餃子を待っている。そういえば、今日は昼も中華だった。食いながら思い出した。なぜか、チャーハンからもハッカクの香がかすかに漂ってくる。刻んであるチャーシューに入っているのかもしれない。ラーメン屋(ラーメンは最近は日本料理として東南アジアに進出しているみたいである)というか日本人のオジサンがやっている中華食堂のチャーハンの味が普通に好きなのだが、別のイメージで食べれば悪くない味である。水餃子は平皿にゆであがった餃子が5個乗ってタレがかかって出てくる。ニラ系、ショウガ系等数種類の餃子が入っていた。やはり冬は暖かい水餃子がいい。焼き餃子に感じられないぬくもりがある。2杯目の二鍋頭酒を調子乗って頼もうとしたが、店の子の視線が気になり、自重する。締めて1500円
December 11, 2005
テレビやラジオでニートっていう言葉を良く聴くんですが、何かわからなかったんですよね。小奇麗な意味でニートはわかるんですが、最近は便利なもんでネットで検索すると求めてることに近いものは出てくるんですけどね。Not in Employment, Education or Trainingですって。教育評論化とか教育学者とかいろいろ行ってますけど、余計なお世話ですよね。個人の問題ですもんね。クローズアップしてさも社会問題のように言うことで返って若者を甘やかしてますよね。まあ、飛躍して考えれば小子化問題や社会保障の引き金になっていることは事実なんでしょうけど。でも、生活習慣が違ってきて、産業構造も違ってきて、大人だって社会に参加するのにドロップアウトする人がいるんだから。子供の面倒まで見切れないのが、実情なのかもしれない。親は徹底的に子供と向き合わなきゃいけないんだから、プライベートな家庭の問題で社会で騒ぐような問題でもない。じゃお前は立派に子供を育てられるのかといえば、子供から逆に教わってる部分もあるから付き合えるのである。自分の経験則では理解できないことを持ち込んでくるから面白いので、対応の仕方にマニュアルなんてないような気もする。成人するまではなるべく子供の成長の肥やしなればいいと覚悟を決めている。その先は好きな事を・・・・。
December 10, 2005
たまには説明的な題名を使ってみた。一応、内容をフォローする。前の晩、車を市役所の駐車場に置きっぱなしにして、飲みにいってしまった。帰りは当然タクシーで家の玄関で鍵が無いのに気がつく。自分の車に忘れたのである。市役所までは7,8キロある。考えた末、近くのインターネットカフェにビバークする。フロントでとにかく寝たい旨をつげると女の子が勧めてくれたのが、マッサージチェア付きでDVDが見られるテレビブースだった。寝る前に小腹が空いたので420円のドライカレーを頼む。(これでまた太る)マッサージチェアを水平まで倒し、最初はふくらはぎ、二の腕、首、肩、腰、背中と揉み解してくれたが寝られないので直ぐ消してしまった。借りてきたブランケットかけ、寝ようと思いきや寝返りが打てないのに気がつく、暑くて背中に汗が溜まる。結局一時ごろ入り、うつらうつらして5時半には店を出て行った。電車で3駅ほど乗った市役所のある駅を経て、自分の車にもどったのが、6時半だった。しかし市役所の門が開くのは8時で、車の中に居たのだが、自分のシートはマッサージチェアより安心感はあっても、寒くて寝られない。エンジンをかけっぱなしだとそのまま一酸化炭素中毒になったらどうしようとの恐怖に駆られ葛藤しているうちに開門となる。八時半過ぎにようやく朝帰り完了。シャワーを浴び、9時に仕事の電話を数本かけ、11時まで寝てしまった。情けないないやら面目ないやら・・・・。
December 8, 2005
「追って沙汰を申し渡す。引ったてぇ~い!」って、御奉行様がよく言っている。電話でも、メールでも、伝言でも、手紙でも訴訟文でも媒体はなんでもいいのであるが、沙汰(「沙」は砂、「汰」は選び分ける意)するという行為がある。砂を自分や事柄の主体だとすると選び分ける行為は状況説明、成否を分析等にあたるんだろう。何を言いたいかというと、しばらくある店(飲み屋)に行っていなかった。ご無沙汰していたのである。その間そこのママからメールは何回ももらっていたが、返事もしなかった。メールで丁寧に時候の挨拶と自分の近況を報告してくれるのであるが、なんかピントがずれているというか「また店に飲みに来てね」の一言でいいような気がするので、どうレスしていいかわからなかった。もちろん最初は、「そのうち、顔出します」と一回ぐらいは返事をしたが、毎回そのうちだとメールが成立しない。もっとファジーな言い方を探していたんだが、音沙汰にならない。「追って沙汰を申し上げます」がいいかもしれない。結局、十数回メールをもらったのかもしれない。こちらも我慢比べの末、とうとう今夜、根負けして顔を出してきた。やっている行為は暗いが、会うと物凄く明るい女性なのである。なんとなく沙汰ができて(意味不明)良かった。
December 7, 2005
シャナン・ドハーティーっていう女優がいて、この人のことを日記を書き込むのは3,4回目のような気がする。プッツン女優と言うのは日本にもいるが、彼女の悪態は半端じゃない。今日セレブリティーファイルとかいうTV番組でシャナン・ドハーティーを取上げていた。そんな大女優でもないのだが、度々芸能界から干されている。別に麻薬をやるわけでも無いのだが、喧嘩や酔っ払い運転で留置され、直ぐ恋に落ちては別れ、タブロイド紙では有名である。それが売名行為でなくその度に番組を降ろされ仕事を失っている。それでも何年かに一回は当り役を得て復活してくる。(もともと才能はあるんだろう)さて、こう言う女の子と付き合うと男性はどれほど疲れるんだろうか。決して上げまんタイプではない。魔性のタイプでもない。男性の方も悪名高いこの女優と付き合っても、それなりにやっていけるのではと考えてしまうのである。でも、結局心を巧く開けなくて、彼氏も去っていってしまうのである。彼女にとっての悲劇というか転機は、マイケル・ランドン(大草原の小さな家で共演)という父親的存在の人の死だったんだろう。ただ、決して弱さは見せない。むしろ気丈が過ぎて、悪態に変化している。なぜ、こんなことを書くかと言えば、おぼろげながらオーバーラップする娘の存在が頭の中に浮かんだのである。支えきれなかったが不死鳥のように蘇えってもらいたいものである。(?)
December 6, 2005
昨日借りてきたDVDで、レイ・チャールズの伝記ものの映画を午後仕事をサボって観てしまった。ビデオ屋では人気なくいつでも借りられる状態であったのだが、なんとなく見そびれていた。(理屈を言うつもりは無いが、俗に「ラ抜き言葉」とかいって「見れる」「見られる」とか「借りれる」「借りられる」とか言うが、「ら」が抜けているから短絡的に日本語が乱れているとは思わない。主体を自分に置けば「見れる」であり、場所や客体から見れば「見られる」が美しい日本語という考えの持ち主であり、ら抜き言葉は間違っていると金科玉条のごとく言う人を見ると虫唾が走るほうである。)抜群に面白かった。レイ・チャールズという人の人生が天才肌で、外面的には自由そうで何かを背負っているところが凡人からするとカッコイイのである。内容を説明するのはめんどくさいが、とにかく広くみんなに見てもらいたい映画である。ヒューマンドラマに思い入れが出来始めている自分を実感する。昼間のラジオで、東証の株式時価総額(単価×発行済株式数)がバブル期を越えたことを取上げ、あるコンメンティターがバブル期とは状況が違う。市場へ一般投資家もネットで直接参加し、参加人数が全然今のほうが多いので、警戒要因でないと力説していた。コメンティターは30代前半の人であったが、彼は「流動性トラップ」という教科書的理論を聴いたことがないのうだろうか疑問だった。つまり超低金利だからこそ資本の移動にリスクがあるのである。(ここで長々解説するのは省略する)利付債券がモデルとしてわかりやすい理論であるが、資本の移動が自由であるからこそ株式市場でも当てはまると考えるのは当然である。私みたいに古い人間からすると、この人(この解説者)の株式の本が売れていること自体が不安でならなかった。夕方、仕事で農家の人と会って、いろいろ話をしていた。農業に従事しているからといって保守的ではなく常に新しいこと考えている人なので話していると面白い。いろんな新しく自由な発想をいつも模索している人であり、私と違い、無知から来る恐いもの知らずの自由な発想と違い凄く勉強になる。夜、居酒屋でたまたま居合わせた同年代の中年夫婦と雑談をしていた。家庭内の男女の力関係や子供の対応について盛り上がっていた。頭の片隅で確実に年を取ってきてることを実感する。働き盛りとはいろいろ者が見えてくる年代であるが、守りに入る年代でもある。
December 5, 2005
駅の東側にけやきの街路樹が植わっている通りがある。わりとにぎやかな通りであるが、ビデオ屋のある周辺の木から夜になると鳥のさえずりというか小さな鈴を沢山鳴らしたような音が聞こえてくる。ムクドリである。否、テープの音である。おそらく防御用に寄り付かないよう流しているんだろう。この間、飲んでいる時の雑談で、ムクドリはけやき好きでけやきに群れたがるという事を聞いた。その時初めてビデオ屋前のけやきはムクドリ対策だったんだという事に気がついた。ケヤキの木は枝ぶりが細く数多く枝分かれするので、ムクドリの大きさで集団で留れるねぐらとしてもってこいなのかもしれない。夜の街に羽音は一切しないのに、鳥のさえずりのテープだけがザワザワ聞こえるのはちょっと気持悪いもんである。しかし人間の耳にはテープの鳴声は騒音には聞こえないのである。これがもしほんとの鳥であれば、糞害もあるだろうし羽音が不気味なのかも知れない。なにしろムクドリの集団は半端な数じゃないはずである。ヒッチコックの映画に集団の鳥が登場して以来、人間のなかに鳥に対する恐怖感が刷り込まれているのかもしれない。子供の頃は街路樹にムクドリの集団が群れるなんて話な無かったような気がする。でもムクドリに罪はないのである。もっとも鳥のウィルスが流行っている昨今であるから油断は出来ないのであるが、もともとは人間が宅地開発し、市街化を広げて行ったのが契機であることは容易に想像がつく。鳥というのは集団行動で動くのでびっくりする。浮間船渡の駅前の公園の池のユリカモメの飛来数には圧巻させられる事がある。カラスは人間は襲ってもユリカモメだけには恐くて手が出せないそうである。鳥の童謡は昔から多く、鳥は良いイメージで捉えられてきた(仲良くしてきた)のに、今は人間と共存共栄できなくなりつつある。鳥の気持になると自由に空を飛んで好きな場所に行くことが許されない時代に入ったのかもしれない。考え方が屈折して変な行動に出ないことを祈るのみである。
December 4, 2005
この時期、年忘れの行事が目白押しになる。お客さんとの飲み会と同業者との会合が結構辛い。もともと人見知りをするほうで、4人以上集まる席では浮いた存在になる。話の和に加われないのである。何か発言しようと必死に頭の中で考えるのだが、思いついたときには別の話題に展開している。宴会が最もイヤで、いつも隣の人とあまり会話もできず、気がつくと両隣はいなくなって別の席で群れている時、非常な淋しさを感じる。沈黙が恐く、疎外感を味わうのである。もし、抜け出して良いのなら、早々にドロン(死語)したい気分になる。おそらくそれがイヤで逆に宴会の帰りに一人で何処かの店に飲みにいくことを覚えたのだと思う。喋りたくなければ喋らなくていいし、では家で寝てればいいじゃないかと思うのだが、それだと疎外感は癒せないのである。(まさに放浪癖のあるダメダメ人間の理屈である。)一人で飲みに行くといっても、やたらめったらいろんな場所に行くわけでもなく、ほぼいくところが決まってくる。空いている店。(ごめんなさい!)でも12月は結構どこでも混んでいて、ドロンした後の行き場所に窮するのである。いやワンカップの自動販売機の前でネコを相手に話しこんでもいいのである。(ちょっと暗いネ!)忘年会もあまり遠いと億劫になる。かと言って好き勝手に気の合う連中とばかり飲んでいても営業にならない。顧客、同業者、飲み仲間、同窓会バランスが取れているほうがよい。他人からご馳走してもらったら、別の人には奢る。それが経済循環のルールである。老若男女を問わず、交流しなければいけないのである。人間としての修練である。普段若いおねぇちゃん知合う機会が無ければ、居る店に行けばよい。(あくまでも修練)それと今年は正月に子供を富士急ハイランドに連れて行かなければならない。そこまで体力が持つかどうか・・・・。
December 3, 2005
月末の締め切りの仕事を終え、昨日今日と仲間内の会務をしていた。ここ五年程、派遣の割当を任されている。特にこの時期は派遣依頼の日程が到着してから一週間程度で確定し各人に通知しなければならない。今年は特に派遣依頼がいつもの年より100件程多い、700件弱である。それを二百数十人の人間に希望予定のアンケートを基に割りあてる仕事である。事務局の女の子が泣きを入れてきたが、彼女は優秀なんで指示さえすればテキパキと動いてくれる。とにかくタイピングやパソコンの操作は早い。緻密性には若干かけるが、頭の中でロジックを組み立てて話すとその通りに動いてくれる。通常は人海戦術でやらなければいけない仕事をこういう子がデータ処理してくれると百人力である。派遣会社はどうやっているんだろうか、出来ればそういうソフトが欲しいものである。(多分探せばあるんだと思う)毎年ちょっとずつやり方を変えている。というか、もともと無常論者で同じやり方を良しとしないほうである。パターン化したものを嫌う傾向にあり、その都度一から始める。事務作業は同じほうがいいでしょうと思うのだが、それだと年々変化しているツールが生かしきれなく、時と伴に効率性が失われていく。かと言って借りてきたソフトは必ずかゆい所まで手が届かず、個別性に欠けて、環境変化と伴に陳腐化する。もちろん前例を軽視しているわけでなく、使える操作手順は毎年パソコンにストックされていく。ひとつキーを押せば、何百回もキーを叩かないといけない操作が自動的に流れていくのである。それでもマニュアル化するとそこから思考が退化していき、新しい変化に対応できなくなる。そうなると解決できる情報を追っかける立場に置かれる恐怖感に駆られる。だんだんソフトがブラックボックスに見えて、形式にしか目がいかなくなる。木を見ず、森をみよという言葉があるが、毎年そこから始めるのである。もちろん最後は一本一本の木まで見ていかなければ完了しないのは当然である。別に評論家じゃないんだから、具現化するのが実働部隊の仕事である。
December 2, 2005
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