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『楽しかった受験。』私は三年生の十月に、この愛夢舎に入りました。きっかけは塾を探していて、普段あまり話さない子と久しぶりに話していて、塾の話になり、「塾の体験授業に来る?」と言ってくれました。そして、体験授業に行き、入塾することになりました。塾に入ってから、ほぼ毎日塾に行き、分からないところを教えてもらいました。ですが、一時期、勉強が嫌になり、「私語禁止」の自習室で話すこともしばしばあって、よく塾長に怒られてしまいました。私がやっとやる気になったのは、冬休みの冬期講習くらいのときでした。塾に入るまで勉強もやらず、毎日遊んでいた私は、当然、授業が分かりませんでした。ほとんど全てを赤ペンで書き直すようなところも多かったですが、分からない所はなるべく解決するようにしたつもりです。そして、それと同時に、一・二年生のときの英語と数学もやるようになりました。中島先生と小田切先生にプリントをもらい、ほぼ毎日やりました。その結果、少しずつ分かってきて、楽しくなりました。正月特訓でも分からないところが多く、とても不安になり、やめたいと思ったこともありました。ですが、先生や友達が優しく教えてくれました。冬期講習も終わり、私が行きたい高校の入試も近づいてきて、とても焦りました。私はその高校の個別相談や北辰テストなどで「要検討」と言われていて、入りたいコースとは別のコースになるのを覚悟していました。そして、過去問をやっても数学がどうしても上がらず、半分やる気を無くしていましたが、どうしても点数を上げたくて、やり方を覚えました。先生に「図形は、やれたらやればいい」と言われていたので、あまりやらず、基本のところだけ頑張ってやりました。英語の発音のところが苦手だったので、なるべくやるようにしました。その入試までの数週間はとても短く感じました。入試の5日前から風邪をひきはじめました。熱があったけれど、後悔したくないので「冷えピタ」を貼って塾に行っていました。熱があって家で寝ているより、塾に居た方がなんか落ち着いたので、塾に行っていました。そして、入試前日になり、早めに帰って寝て、当日になりました。あまり実感がなく、会場についてしまいました。教室に入ると、ほかの中学の子2人と仲良くなり、試験が始まるまで話したりしていたので、落ち着くことができました。当日まで悩んでいた数学も、後半はできなかったけれども、前半はできていて良かったです。面接は緊張して、自分のことを伝えることができず、ショックでした。ですが、落ち込んでいても意味はないので、発表を待ちました。そして2日後、家に帰ってみると、合格通知が届いていました。あけると、第一志望であったコースでの合格とあって、裏に何か書いてあるんじゃないかとか、何回も見ました(笑嬉しいよりもびっくりの方が多かったです。そして、塾に行き、報告しました。先生も喜んでくれたので嬉しかったです。私はこの塾に入って、とても良かったです。たった数ヶ月でたくさんのことを学ぶことができました。無理してでもやったことは、無駄にならないで良かったです。色々迷惑をかけたけど、塾長、鎌田先生、小田切先生、田中先生、中島先生、ありがとうございました。先生たちのおかげで、嫌いな勉強が少し好きになれました。感謝しています。今思うと、受験はとても楽しかったです。 ―19年度中学部卒業生(女子) 現:私立高校1年生
2008.06.30
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大半の中学校が期末テスト直前だ(M中は明日!)。 ほとんど全ての「期末テスト対策授業」が本日をもって終了したが、昨日・今日の先生方の授業スケジュールはものすごかった! 私が忌引きで迷惑をかけてしまったのが原因なんですが・・・(生徒のみんな、先生方ホントすみませんでした。小田切先生、鎌田先生、休日出勤させてしまってゴメンナサイ・・・) 昨日・今日は授業5,6コマは当たり前! 田中先生なんかは、本日9コマ! 朝10時から夜10時までで、授業がなかったのは1時間だけという状態!(もちろん、その1時間も授業のない生徒の面倒見ですから、本当に12時間生徒指導しっぱなし・・・) まさに来月やってくる夏期講習の予行演習でした。 田中先生もこれで、本当の意味で、愛夢舎の洗礼を受けたのでしょうか(笑)・・・ 「疲れたぁ~」の一言も言わないあなたはスーパー先生です! 生徒のみんなぁ~、よい結果出してよね。期待してます。
2008.06.29
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この記事は、 心霊的なものとも見えなくもないけど、そんなわけはないだろうと思える、 でも、やっぱり心霊かと思うような、でも実際には違うんじゃないか っていうような画像を含みます。 心臓の弱い方は、お気を付けくださいませ。 …っていうか、僕が、心臓が弱い-----------------------------------------------最近、また「金の長髪」が話題になる。「断髪」してもう1年以上になるのだから、そろそろ忘れられていてもおかしくないし、第一、去年以降に塾生になった子にとっては「金の長髪先生」のことは知らなくて当然。…が、それ以前から通っている子がちょいちょい話題にするもんで、新しい生徒たちも「ええっ?!そうなんだ。見てみたかったなぁ~」ってなるのです。僕本人も、切ってしばらくはそれ以前の記憶からか短い髪をかきあげるようなクセが残ってたけど、さすがに今となっては当時の感覚は、ない。 ところで、週刊少年誌の「ジャンプ」で『脳噛ネウロ』というマンガが連載されているようですね。で、そのマンガのキャラクターに「壁から生えている『髪の毛』」がいる。なんでも、主人公の「ネウロ」って人は、魔界だかなんだかの住人でヘンテコな力をいろいろ持っていて、その力のせいで、壁に埋まった人(?)の髪の毛だけが復活したとかなんとか…。「あかねちゃん」と呼ばれているらしい。実は、塾生の中のある姉弟に限られるのですが「あかねちゃんを見せろ」というリクエストがある。 ・・・ というわけで、本邦初公開でございます。↓コレが、愛夢舎の「あかねちゃん」です。 … ええ~っと… コレ、気持ち悪いですよね~。 作り物ではありません、ホンモノの髪の毛です。マンガの「あかねちゃん」は黒髪のようですが、どうもこの「あかねちゃん」、外国の出か、あるいは、ブリーチでもかけたようです普段は、愛夢舎奥の台所、先生しか立ち入らない部屋にぶらさがっているのですが、最近のリクエストを受けて、何度か生徒の前に登場しております。動いたり、伸びたり、ヘンな力を使ったりはしません でもですね、触るとわかりますが、実にさらさら、すべすべで、とても「髪だけの存在」とは思えません。不思議ですね~、髪の毛。切られても、がさがさになったり、ブチブチになったりしないんですね。大袈裟でなく、コンディショナーの匂いまで、うっすら残ってる。マンガの「あかねちゃん」は毎週シャンプーをしているようですが、愛夢舎のは、そんなことをしなくても、元気(???)です そういや、「活きがいい」って言葉、よくわからんですね。 魚屋さんなんかに行って、「はいはい!今日は活きのいいの、入ってますよ~~っ!!」って声を聴きますが、「いやいや、みんな死んでるでしょっ!!」って突っ込みを入れたくなる。…どーでもいいですね。 上の「あかねちゃん」はフラッシュをたいて撮ったもんで、光の関係で、ちょいと銀っぽくすら見えますね。↑フラッシュなしのコレだと、見事なブロンドヘアですね、あかねちゃん。 …しかし。 やっぱり、気持ち悪いよね、コレ。 だから、ここで紹介しようかどうか、ずーっと迷ってたんですが、「えいっ!」と、Dive from Kiyomizuのつもりで、出しちゃいました。苦情が多かったら、削除しまーす。kama …ええ~なんでこんなものがあるかと言うとですね、トシエ先生が、昔、腰あたりまで伸ばしていた髪を美容院のススメでとってあるという話を聞いて、床屋さんで聞いてみたら、「ああ、いいですよ」ってことで、まあ、何の役に立つか分かりませんが、一応、とってあります。ウィッグとか、エクステにはならないだろうけど、そうだな、「筆」にはちょうどいいかも。もっとも、「筆」になったら、まっ黒けなので「あかねちゃん」も気分が悪いと思うので、その予定はありませんが。 …悪いジョークでした。
2008.06.29
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さきほど、「なっちゃん916さん」からコメントをいただきました。 「ネコはかわいくない~~って思ってた。」 コレ、結構多くの人が思ってると思う。 あるいは、それが転じて「ネコはイヌよりアタマが悪い」って言われる。 でも、僕はこれらを真っ向否定する。 実家で飼ってるイヌの「ミゲル君」は間違いなく、人語を解する。僕が「ボール」って言えば、遊んでもらえると思って、あわてて「ボール」を持ってくるし、「ピッピッ」って言えば、やはり、噛むと「ぴっぴっ」って鳴るおもちゃを持ってくる。僕が入間から実家に電話して、親が電話口で僕の名前を口にすると、その名前を聞きつけたミゲル君が電話の向こうでワンワン鳴いてる。ミゲル君は、確実に人の言葉を聞きわけ、理解している。 ネコだと、確かに、こうはいかない。「お手」とか「おすわり」とか、しないのが普通だし、「おいで」って言っても、こない。これを「言葉がわからないんだ」って思うのもまあ無理はない。で、「イヌの方が賢い」って思われるのもまあ、しょうがないでしょう。 でもですね~、「なっちゃんさん」も書いていらっしゃいますが、ネコは、実は、確実に、やはり人語を解するのです。例えば、かつて飼っていたネコが横になって寝ていました。名前を呼んでも、起きない。でも、この子は、確実に聞いてる。その証拠に、名前を呼んだときは、パタパタとしっぽを動かし、返事をした。自分ではない名前を呼ばれたときは、反応しない。聴き分けてるんですね。 イヌはよくなつくけど、ネコは人になつかないとも言われる。でも、これもウソで、現にうちのネコたちは、僕によ~~くなついていた。ただし、ヒトをみます。誰にでもついていくわけではない。自分が安心できる人にはよーくなつくけど、知らない人の前には出てきません。要するに、自分勝手なんですね。 でも、僕は、こっちの方がよほど面白い。だって、人を判断するわけでしょ?より人間に近いと思いません? 誰にでも愛想をふるまうというのは、それは僕個人を見ているのではなく、「誰でもいい」わけでしょ?でも、ネコは誰でもいいわけじゃないから、いざそのネコがひざの上に乗ってきたりすると「この子に認めてもらえた」っていう思いがする。 ネコもなつけば、ホントになつくもんで、昔、僕が学校から帰ると、玄関を開ける前から玄関先に座って、ドアを開ける僕を待ってた。残念ながら、ある子が病気で亡くなるときも、僕が帰るまで、苦しい息をしながら「待っていた」という。だから、僕は「どっちが賢い」というのはどーでもいいのですが、ネコの方が、より人に近い…いや、僕に近いと思うのです。だって、人だって、初対面の人、誰にでもひょいひょい接するわけじゃないでしょ?ある一定距離をおいて、「この人はダイジョウブかな…?」っていう観察期間があって、それでようやく、近付く。近づいて、いざ信頼してしまえば、そう簡単に離れない。実に人っぽい。 …と僕は思うのだけれども、もしかすると、人によっては「いや、私は初対面の人にもひょいひょい近づきますよ」っていう方もいるかもしれず…。 だから、僕はネコ型人間だと自分を称するのです。Kama
2008.06.28
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私は、丸五年間以上お世話になった、大好きな愛夢舎で受験を経験しました。ホントにいろいろ楽しかったなあと思います。 初めて「マーガレット生」から「愛夢舎生」になったとき、「塾ってこんなに楽しいところなんだぁ」と思いました。小学生の時から愛夢舎にいたおかげで、中学生になってからの勉強も楽しく続けることができたので本当に感謝しています。先生たちには、たくさん遊んでもらいました(笑私は中1の時から、親にいろいろな高校の文化祭に連れていってもらったり、先生たちに高校について話を聞いたりする機会がありましたが、その時は志望校について、あまり真剣に考えていませんでした。行きたい高校は、『共学で、楽しくて、制服がかわいくて、 近すぎず遠すぎず、なるべくレベルが高い』、そんな学校でした。中2になると、定期テストの点数、通知表の評定が中1の時と比べて、とても悪くなってしまいました。学年順位も、ひどいものでした。2年生の時にもう少しまじめにやっておけばよかったかなと思っています。中2の終わりごろになって志望校と一緒に『大学』というものも少し考えてみました。そして、「大学付属の高校に行ってみたいな」と思いはじめました。特にこれといって行きたい大学はなかったし、ただ「楽そうだから」という理由だけでしたが、先生に相談してみました。先生は「本当にやるなら…」と言ってくれました。勉強は大変そうだと思いましたが、頑張って目指すことにしました。今は、あのとき挑戦することにして本当によかったと思っています。 それからは、毎日塾に来ました。全くイヤではなく、むしろ楽しかったです(笑 好きだった英語は、塾長先生に発展編のテキストや参考書などを借りてやり、わからないところを全て質問していきました。学校では勉強しないようなことばかりだったので、ちゃんと自分の力になっているか不安でしたが、何回も繰り返しやって、理解していくことができました。「継続は力なり」…かな塾長先生には、一番最初のマーガレットの時から今までずっとお世話になりました。志望校の相談にのってくれたり、おもしろい()話をたくさんしてくれたりと、いろんな意味で(笑)教育してもらいました。なんか、親みたいな存在で、すごく感謝してます。 私のニガテ教科は、数学でした。数学も「サト数(問題集。「佐藤の入試によくでる数学」)」などのテキストや、プリントを解いて質問しましたが、やっぱり最後まで足をひっぱりました。小田切先生には、一番迷惑をかけたなと思います…。「できない~。」ばっかり言っていた私に、何回も何回も教えてくれたおかげで、数学ができないけど、キライじゃなくなりました。高校に入ってから苦手にならないように、今からちゃんと勉強しようかな♪とか思ってます。 受験生になってから、毎日がとても早くすぎて、あっという間に夏休みになりました。私は、先生や先輩たちと一緒に富士山に登りました。日の出と頂上からの景色は本当にほんとに、キレイでした。ずっと忘れない思い出です。八月の最後に行った合宿では初めての経験がたくさんできました。一日中勉強ばかりでも、イヤになることなく、最後まで、愛夢舎でしか経験できない合宿でした。 夏休みをすぎてから、今まで順調だった国語の点数がどんどん下がっていきました。漢字が苦手で、いろんな問題集で漢字だけやりました。今では、漢字も結構、スキです(笑鎌田先生には、勉強だけでなく大切なことをたくさん教えてもらいました。鎌田先生の言葉で、自分に足りなかったことに気づくこともできました。本当に感謝していますっ 田中先生には、英語でも数学でもお世話になりました。いつでもすごく一生懸命に教えてくれて、なんとなくおもしろい先生だなあって思ってます(笑中島先生は、志望校で迷っているときにいろんな話をしてくれましたすごくうれしかったですらぶちゃんみたいです。 先生たちはみんな、めんどくさいと言いながらも最後まで私のめんどうをみてくれました。大学付属校に合格することはできなかったけれど、すごくいい経験になりました。愛夢舎では、勉強以外にもいろいろなことを学ぶことができました。ホントに楽しかったです…ありがとうございましたこれからも遊びに来ますっ ―19年度中学部卒業生(女子) 現・私立高校1年生
2008.06.28
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もうそろそろ寝るのですが…。 今、僕が一番行ってみたい場所を見つけました。 「猫カフェ」。 こんなのとか(ねこの魔法 西五反田)こんなのとか(猫のいる休憩所299)こんなのとか(Cat Cafeねころび)こんなのとか(Cat Cafeきゃりこ)…。要するにですね、猫カフェってのは、マンガを読んだり、コーヒー飲んだり、軽食とったり、インターネットで遊んだり、と、まあ、マンガ喫茶みたいなものらしいのですが、猫がいる。 店によっては、何十匹も猫がいる。 猫がうろうろしている。あるいは、猫がだらけて寝てる。 僕にとっては、天国です、こりゃあ。 僕のネコ好きは、そろそろ有名になってきたかと思うのですが、そう、とにかく、ネコが好きです。っていうか、「僕はネコです」とか言っちゃうくらい。実際、ヒトを「イヌ型」と「ネコ型」に分けることがありますが、僕は、これでもかっていうくらいの「ネコ」。前世はきっと、ネコ。来世も、できれば、ネコ。 …ああ、イヌも大好きですよ、ちなみに。実家では、今はイヌを飼ってる。僕が実家に帰るのはシーズーとパピヨンのハイブリッドである「ミゲル君」と遊ぶのが、目的のひとつ。ちなみに、↓これがミゲル君。…でも、やっぱりネコが好き。好きっていうか、「同族」なので、しょうがない。 で、猫カフェなんですが、どうも、この1~2年で急に増えてきたみたい。正直、こういうお店があるとは、知らなかった。どうやら都心に行かないとなさそうだけど、もし埼玉県内、所沢とかにできたら、迷わず、行くな、コレは。ってことで、どうでしょう、全国の猫カフェ経営者のみなさん、所沢に店舗を作ってみては。 …っていうか、入間にできたら、毎日行きます。今、入間市武蔵藤沢に出店したら、毎日通う客が1名、確実にゲットできますよ~!! 関東最大のアウトレットもできたし、コストコもできたし、駅前の開発も進んでるし、草津じゃないけど、「♪いるーま いーいとこ いーちどは おーいで」です。お願いします。猫カフェ、作って!! …自分でやれ?Kama
2008.06.27
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『いままで』私は、中学2年生から愛夢舎に通っていました。その時は、数学が苦手だったので、数学だけやっていました。先生は鎌田先生。鎌ティーは、髪、長かったし、金髪だったので、印象は「大丈夫かな、この人…」って感じでした(笑当時の私は、学校でも授業をさぼったり、反抗したりして、完全に大人をなめていました。だから鎌ティーの授業中は、怒鳴られるし、教科書を机にたたきつけられたり、「帰れ!」って言われたり…。本当に、かなり怒られました。まあ、そんなことをしていくうちに時が流れ、中学3年生になりました。まだ「受験」という実感がない私は、テスト期間も遊んだり、授業をさぼったり…まだそんなことをしていました。でも先生たちは、学校の先生とは違い、見捨てないでくれました。(まぁ、半分位は捨てられてたかもしれないけど…(笑))中3になってからは、3教科になり、教えてもらう先生も増えました。数学はオタティーであきらめの早い私がわがままを言うと「ぢゃあ、やめろ」とか言われ、英語の中島先生には「おい、うるせぇ!」、国語の鎌ティーには「受験落ちろ、受験やめろ」など、ぼろくそ言われてました。夏休みになると、合宿に行きました。合宿は本当に厳しかったです。まず厳しかったのは、携帯がいじれないこと、2つ目は、テレビが見れないこと、3つ目は、勉強づくしなこと、4つ目は、ご飯を残さず食べること、です。始めは「おいおい、携帯もテレビもなくて生きてけんのかな」とか思ってました。でも、いざ合宿に行くと本当に勉強づくしで他のことをするひまがないので、あまり苦になりませんでした。合宿ではβクラスで、担当は、鎌ティーと中島先生でした。鎌田先生は「オレが絶対合格させるから」、中島先生は「私があなたたちを合格させるので、頑張りましょう」って初めの授業で言ってくれました。その時の先生たちの『本気さ』があったから私は最後までついていくことができたんだと思います。合宿で不合格になってしまったのは、1回だけでした。勉強ができなくて泣いたことなんか、今まで一度もありませんでした。今までは、学校のテストでやばい点数をとってもショックを受けなかったし、重要じゃありませんでした。でも、合宿のテストは違った。それほど1つのテストに集中できたんだと思います。最後のテストでも、偏差値を上げることができました。協力してくださった先生方、行かせてくれた親には、本当に感謝しています。行ってよかった合宿も終わって、受験モードばりばり…(・w・)と思いきや、ちょっと合宿前に戻ってしまった…(笑すいませんでも、去年よりは塾に通う回数も多くなり、だんだん受験生としての自覚が表れてきました。(^O^)でも、嫌いな科目をやるのがイヤで、いつも好きな科目ばかりやっていました。その度に鎌ティーから「社会、やれよー」とくどくど言われてました。でも、やっぱりイヤなのでずーっと放置していました(汗そして受験一ヶ月前くらいになって、やっと焦って、真面目に勉強するようになりました(遅…5回ある予想問題演習も、ギリギリラインで不安でした。(+o+)高校入試の倍率もドンドン上がるし…。でも、試験当日、一人ひとりの先生の顔を思い浮かべてやったら、頑張れました結果も「合格」ということで、本当にありがとうございました。なんてお礼を言えばいいか…。はじめの頃は、高校なんてどこでもいいかとか思ってたけど、自分の行きたい高校を見つけて、そこに合格できて、本当に嬉しいです。勉強も楽しく、ときには厳しく、ときには優しくと、指導していただいて、ここまでこれたのは、先生たちのおかげです。塾長と田中先生とは、講習やテスト対策くらいでしか授業を受けませんでしたが、日頃の指導、ありがとうございました。本当に愛夢舎でよかったです。I'm Sure びくとりー <今だから、ぶっちゃける、第一印象> じゅくちょー : いかつい、こわい = やくざ? (笑 おたてぃー : どらきゅら、キツそう、つんでれ = ふしぎ(笑 かまてぃ : ちょーはつ(←あまり関係ない)、はやくち、 やさしい、こわい = 「ぱぱ」てきそんざい?(笑 最後の合宿の授業も、βにのこってよかった るぱぱーん先生(田中先生): あぶない、わんりき、おもしろい = わわわわせだ ―19年度中学部卒業生(女子) 現・県立高校1年生
2008.06.27
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久々に、カテゴリを追加します。「ヒストリー」と呼ぶのはふさわしくないかも知れませんが、生徒たちの「生」の声として「合格体験記」というものを紹介していきたいと思います。どこの塾さんでもやっていらっしゃることですが、生徒たちが受験を終え、卒業(卒塾)するにあたって、これまでの経験を文章にしたためる。これを「合格体験記」と呼びますね。ウチの場合には、「こう書いてくれ」とも言いませんし、本人たちの書いた後の文章の推敲などは基本的に行いません。(文法的な修正、誤字脱字の修正などの校正は行いますが)ですから、文字通り「生」の声です。僕ら講師側の声ですと、結局、運営側からの発信になるわけで、しかし、生徒たちの声は実際身をおいた体験として、より愛夢舎のことを知っていただけるかと思います。…っていうか、記念ではないけれども単純に、彼らの文章を残したかった、というだけですが。無記名で、彼らの文体で書きますから、「どの先生だ?」とお思いかも知れませんので、「カテゴリ名」で「ああ、これは生徒の文章だ」とご判断ください。ところで、愛夢舎の歴史は、即生徒の歴史でもあって、生徒の体験の積み重ねが愛夢舎の歴史になっています。その意味で「ヒストリー」の1つとして加えることにしました。Kama
2008.06.26
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個人的なことかとも思ったので迷ったが、どこかに私の気持ちを表現したかった・・・ 今朝、私にとって偉大な方が他界された。 私の義父である。 8年前、私はただただ「いい塾を創りたい」という夢だけに向かって邁進しておりました。 そのときの私のよき理解者が、母であり、同志・小田切であり、そして妻でした。 私は愛夢舎設立とほぼ同時に結婚をしました。 会社設立と結婚が同時・・・盆と正月がいっしょに来てしまったよりも大変な状況だったかもしれません。 もちろん、挙式をする余裕などなかった。 何よりも「いい塾」=「愛夢舎」を創ることが私たち夫婦にとっては最優先だった。 それでも、やはり、設立当時は色々なことがうまくいかなかった。 生徒指導だけは私も小田切も満足感をもってやっていたと思うが、経営の安定につながらない・・・ そんな状態が続きました。 資金繰りにも困りました。 ある日、妻の実家に伺いました。 なんの相談もしませんでしたが、妻のご両親は察したのか・・・資金的な援助をしてくれたのです。 何も言わずに・・・です(涙)。 それから、数ヶ月後です。愛夢舎が安定してきたのは・・・ あの援助がなければ、今の愛夢舎はないんです。 何の恩返しもしないうちに、義父は逝ってしまいました。 きっと、私にできる恩返しは「愛夢舎をもっといい塾にする」ことだけなのでしょうね。 お義父さま、天国から見ていてくださいね。 愛夢舎をもっといい塾にします。生徒たちが大きな人間になれる学び舎をつくっていきます・・・ 哀悼の意を込めて。
2008.06.26
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愛夢舎卒業生のみなさんへこんばんは(おはようございます?)鎌田です。そろそろ7月ですね。みんな、期末テスト間近で焦り始めている頃かな?さて、今日はみんなにお願いがあって連絡網的にブログに書いています。夏と言えば、みなさんにとって大きな思い出になっているであろうあの「合宿」です。僕も、本格的に「例」の行動予定表を作り始めました。 …が、授業中に話題にすることが少なかったせいか、どうも今年の受験生の中には、「合宿」を「勘違い」している子がいるようです。携帯電話はともかく、トランプとかバット・グローブとか「勉強に関係のないもの」を持っていってもいい、そういう合宿と誤解している子たちがいる。これは、いかん。あと2ヶ月で、「心の準備」をしなければ…。そう思うこの頃なのですが、それで思ったことが一つありまして…。 卒業生のみんな、キミたちの「合格体験記」、このブログで紹介してもいいかな? 今の生徒たちのどれだけがこのブログを見ているかわからないのでひょっとするとあんまり意味がないかもしれないけど、でもキミたちの「本音」の文書は僕には書けない、キミたちの「想い」が伝わってきます。先日、2008年度版の「合格体験記」を編集していて、強く思いました。でも、キミ達の許可なしでここに掲載するのは反則なので、もし協力いただけるのであれば、この記事にコメントいただきたい。もちろん、すべての卒業生がブログを読んでいるわけではないと思うけれども、例えば「ぶっちゃぁんさん」「さとさん」、「元・ロン毛さん」、「いそっちさん」また、読んではいるけどコメントしないという卒業生のみなさん、キミ達の言葉は、僕らの言葉より、後輩に伝わるということもあります。だから、お嫌でなければ、「いいよ♪」って言ってほしいなぁ・・・。(もちろん、実名は出しません) 僕個人的には、「元ロン毛さん」のなどは、合宿のキモが伝わってくる文章なので、紹介したいと思うんですけど、どうでしょう?「さとさん」の文章は、合宿に限らず、富士山とか、いろいろあるから「長い塾経験」として、とても伝わる部分が多いですね。「いそっちさん」は塾歴自体はそんなに長くなかったけれども一生懸命、必死で頑張ったっていうのが伝わってくる。「ぶっちゃぁんさん」のは例の「ピアス」だけは、どうかと思うけど(苦笑塾を好きでいてくれる想いが強く伝わってきます。 いずれも、僕には書けない文章です。だから、後輩のために、紹介したいなぁ・・・と思うわけで…。おねがいしま~す!Kama
2008.06.25
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先日、3か月ぶりに懐かしいお顔と対面した。夏・冬と、お世話になっている志賀高原スカイランドホテルの支配人、佐藤さんがわざわざ塾にお見えになった。志賀高原は、やはり冬が繁忙期であるから、毎年、割と時間の作りやすいこの時期、愛夢舎にお越しになる。(ちなみに、佐藤さんは、長野の人ではなく、都内の方)そして、佐藤さんがいらっしゃると、僕の中で、夏期勉強合宿が始まる。始まるといっても、実際の合宿は8月25日からだから、まだ2ヶ月先の話なのだが、半年近くかけて、コンセプトと意識面の準備を進め、2ヶ月前のここから、一気にそれを具現化していく。ウチの夏期合宿は、「軍隊式」と言われた10年前とは大きく異なるが、それでも生徒たちにとっては「厳しい」ものであるらしい。何をするかと言うと、勉強だけ、する。朝から晩まで、ひたすら勉強。「合宿」というと、お寺とかに泊まって、みんなで額をよせあって勉強し、夜は「肝だめし」とか「怖い話大会」とかして、昼のオヤツにスイカをガブリ…。というイメージがあるかも知れないが、そういうことは、全く、ない。 ウチの合宿では、ちゃんと授業を行う。朝7時までに起床。10分以内に先生に起床報告。10分後、散歩にでかけ、戻って朝食。朝食後、すぐ授業。70分の授業を2コマ。しばしの自習時間をとって、テスト。昼食後、同じく70分×2の授業。自習の後、テスト。入浴、夕食の後、テストでの合格者発表。合格者は部屋に戻り、自習。不合格者は再テストの受験。23時、就寝。 これだけ。これを5泊6日の日程で行う。 とにかく、勉強をしに行くのだから、勉強と関係のないものは、禁止物として、持っていくことを禁ずる。携帯電話、ウォークマン等はもちろん禁止物。マンガ、雑誌、トランプ等のゲーム類ももちろんダメ。身につける装飾品も一切ダメ。部屋のテレビは点かない。その上で、廊下での私語は一切禁止。寝坊・遅刻は、即、正座して反省。食事は、残さず全部食べる。あいさつ等の声は、大きく、はっきりやらない限り、何度でもやり直し。 もちろん、もっと細かいルールがあるのだが、中学生たちにとっては、相当厳しい環境のようである。 しかし、成績はものすごく上がる。去年は、合宿前後で、偏差値24の上昇というとんでもない記録が誕生した。実際問題、全員均等にというわけにはいかないが、平均値をとれば、成績はアップする。 が、成績が上がるのは、そこで特別な解き方を教わるからではない。勉強、テスト、あらゆることに対しての意識、姿勢が大きく変わるからである。50分のテストでは、何十回も見直しをし、最後の1秒まで必死で答えを考える、そんな習慣が身につく。連立方程式の文章題で、式が思いつかずに空欄で出していた生徒が、式を用いず、考えられるだけの答えの組合せを全部書き出して、なんとか正解にたどりつこうとするようになる。 そこで、彼らをそういう姿勢に向け、結果を出すには、僕らの「覚悟」と綿密な計算が不可欠となる。だから、夏期合宿の先生の行動予定は、1分刻みで組む。文字通り、1分刻みである。●●先生のスケジュールとして、「△時59分」とか「×時19分」とか、普通に出てくる。一瞬のズレが、その後の展開に大きな影響を施すことがある。だから、先生たちの予定は、全員、別のものを、分刻みで組み立てる。全員がそれに従って動くことで、例えば、ある先生が生徒の元を離れると同時に別の先生が現れ、生徒がほったらかしにならない。そうやって、生徒の時間を1分たりとも無駄にしない、そういう予定を組み立てる。 実際、1分は、テストにおいて、自分の書いた答えの誤りに気がつき、消して、正しい答えを書くのに十分な時間だ。そして、その修正によって、それが高校受験、大学受験の場であれば、彼らの人生のベクトルが大きく別の方向を向くことも多い。終了30秒前に答えを思いつくこともある。30秒あれば、それを解答用紙に書くこともできる。やはり、人生は、変わる。 予定だけでない。授業の内容も、一切の無駄のないよう、綿密に組み立てる。だから、2ヶ月でも準備期間は、短い。 いよいよ、愛夢舎最大、かつ、命がけの渾身のイベント。夏期合宿の始動です。Kama
2008.06.24
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お箸のハナシです。僕は、おそらく早食いが苦手です。今日の昼食は、コンビニの「とろろそば」を頂いたのですが、コンビニのそばって、いろいろ小袋が入ってるじゃないですか、アレらをちぎっては入れ、ちぎっては入れて、ではいよいよ、と少々食べたら、目の前の先生は同じような「そば」をもう食べ終わっていた。いや、実際、この先生は食べるのが早いと思うのですが例えば、ラーメン屋に行って、一緒に食べ始めても、僕が半分も食べ進めないうちにもう終ってるので、しかし、僕は僕で、遅いんだろうなぁ・・・。「早飯は武士のたしなみ」と言うから、武士である僕としては、これはいかん。欠点だ。で、当然そばを食べるときには箸を使うわけですけれども、僕は幼い頃は、正しい持ち方をしていなかった。それがいつの間にか、正しい箸遣いを気にするようになった。きっと、なにかのタイミングでイヤな思いをしたんでしょう。どこかで練習した時期があるはずですが、覚えていない。最近の子は、洋食も多いから、きっと箸の使い方とか、頓着しないんだろうな・・・と思っていたのですが、意外や意外、正しい箸の持ち方、マナーに反する使い方などを結構知ってる子がいた。お母さんに厳しくしつけられたということで、まあ、これは良いことなんだろうな、と思った。 マナーに反する使い方、「嫌い箸」と言います。お箸をなめる「ねぶり箸」、二人一緒に料理をはさむ「二人箸」、料理を選ぶのに箸があちこちさまよう「迷い箸」あたりはみなさんご存じでしょう。「移り箸」(いったんとりかけてやめて、他の料理に箸を向ける)、「寄せ箸」(箸で皿を近くに引き寄せる)、「立て箸」(ごはんに箸をつきたてる)なども有名ですね。 ところで、この「嫌い箸」、いったいどれだけあるのかと思って調べてみたら、想像以上にいっぱいあった。みなさんはどれだけご存じですか? 「こじ箸」 食器に盛ってある料理を上から食べず、 お箸でかき回して、自分の好きな料理を探し出すこと。「握り箸」 箸をわしづかみにする。「持ち箸」 箸を持ったまま、ほかの食器を持つ。「探り箸」 汁物などをかき混ぜて、中身を探ること。「空箸」 一度とった料理を戻すこと。「受け箸」 箸を持ったままおかわりを要求すること。「刺し箸」 料理に箸を刺すこと。「涙箸」 箸先から、汁物などの汁をポタポタ落とすこと。「鼻水箸」 鼻に入れた箸の先から、鼻水をポタポタ落とすこと。「横箸」 二本の箸をそろえて、スプーンのように料理をすくうこと。「かき箸」 口を食器につけて、箸で料理をかきこむこと。「込み箸」 口にほおばった料理を箸でおしこむこと。「かみ箸」 箸先をかむこと。「なぐり箸」 箸で人をなぐること。「もぎ箸」 口の中のものをお箸でもぎとること。「振り箸」 箸についた汁などを振って落とすこと。「落とし箸」 食事中に、箸を落とすこと。「投げ箸」 食事中に、箸を投げること。「洗い箸」 食器の中で箸を洗うこと。「たたき箸」 店員さんなどを呼ぶために、食器を箸でたたくこと。「太鼓箸」 ライブに出演するために、ドラムを箸でたたくこと。「渡し箸」 食事の途中で箸を食器の上に渡しおくこと。「橋わたり」 一休さんが、「はしを渡ってはいけない」という問題に 真ん中を通るという「とんち」で渡ったこと。「指し箸」 食事中に、箸で人を指すこと。「秋葉箸」 食事中に、箸で人を刺すこと。「せせり箸」 箸をつまようじの代わりとして、歯をつついてほじること。「枕箸」 箸を耳かきの代わりとして、耳をつついてほじること。「くわえ箸」 箸を置かずに、口でくわえたまま手で食器をもつこと。「呑み箸」 箸を置かずに、口でくわえて、そのまま飲み込むこと。「掻き箸」 箸で頭をかくこと。「直箸」 取り箸をつかわないこと。「割箸」 箸を割ったり、折ったりすること。「すかし箸」 骨のついた魚の上側を食べたあと、 魚をひっくり返さずに、骨越しに裏側の身をつついて食べること。「拝み箸」 両手で箸をはさみ、拝むようにすること。「箸渡し」 箸と箸とで、料理のやりとりをすること。「違い箸」 違う種類の箸同士を一緒に使うこと。「回し箸」 ペン回しのように、箸をくるくる回すこと。 …というわけで、もちろん系のハナシでした。本気にしずぎないでくださいね。 クイズです。ウソはいくつ入ってるでしょう?Kama
2008.06.23
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最近、「スピンオフ」という言葉が流行している。様々な分野で用いられる語であるが、特に作品制作においては「本編と同じ世界観、世界設定の上で、 本編において脇役であった人物や 物語の中心でなかった場所などに焦点をあて、 新しく作品を制作すること、また、その作品」とされる(ウィキより)「踊る大捜査線」に対しての「交渉人 真下正義」の位置関係といえば、わかりやすいだろうか。 先日、記事の中にこっそり「銀河鉄道999」ネタをひそませたら、それに反応いただいた。本編「999」ではメーテルは「機械の体」と予測され、女海賊「クイーンエメラルダス」は彼女の親友、また、メーテルの母である「プロメシューム」はメーテルに「ある仕事」を強要する、恐るべき、憎むべき機械化帝国の産みの母と解釈される。ところが「999」には「スピンオフ」が存在した。「メーテルレジェンド」と題されるこの作品を見ると、本編でのイメージは、大分変わる。まず、本編で「親友」である「メーテル」と「エメラルダス」は、双子の姉妹である。メーテルの母であるプロメシュームは千年周期で太陽の周りのを公転する惑星ラーメタルの女王、すなわち「千年女王」。公転軌道が乱れ、気温が上がらなくなったこの星の女王たるプロメシュームは、民を星を守るため、苦肉の選択として、機械の体になることを決意する。しかし、やがて機械の悪意により意識・感情までも失ってゆくプロメシューム、彼女は娘であるメーテル、エメラルダスに「やがてこの星を、機械化文化を滅ぼしてほしい」と懇願する。メーテルは、生身の体のまま、旅立ってゆく。 このスピンオフによって、絶対的な敵であったプロメシュームは突如、悲劇のヒロインに変貌する。 スピンオフは、こういう展開が多い。その代表が、「スターウォーズ」かもしれない。旧3部作において、悪の権化とされたダースベイダーは新3部作によって、評価が一変した。こうしたスピンオフ作品を創る人というのははじめから頭の中に、それをも含めた世界観を描いているのか、あるいは、本編を創った後の「後づけ」なのか、その辺を知りたい。 こうした手法において、僕が最も衝撃を受けたのは、スピンオフではないが、筒井康隆氏の「ロートレック荘事件」、それから、鈴木光司氏の「リング」→「らせん」→「ループ」の3部作である。「リング」は、ものすごく流行した映画だが、残念ながら、映画版は、小説の内容と大きく異なる。そして、「らせん」までは制作されたもの、「ループ」は内容の性質上、映像化することはできない。しかし、「ループ」を読むことで「リング」「らせん」の真価がようやく分かる。だから、まだ読んでいないという人には、ぜひ、小説で読んでほしいと思う。 このスピンオフという手法、世界観全体を知るという意味だけでなく、ある事象の評価を一変させられ、自分の価値観の一面性を痛感させられ、同時に価値観が広がった気がして、とても楽しい。 「交渉人 真下正義」のキャッチコピーに「スピンオフムービー」とあったことから一般化したとされるが、ほかにもいろいろある。 「キン肉マン」に対しての「戦えラーメンマン」「バットマン」に対しての「キャットウーマン」「古畑任三郎」に対しての「巡査・今泉慎太郎」など…。最近では「デスノート」に対する「L ~チェンジ・ザ・ワールド」が大人気だ。 しかし、「『脇役』にスポットをあてて」というのは、意外と難しい。デスノートの「L」なんてのは、ある意味、本編でも主役だからだ。ラーメンマンも、キャットウーマンも、ダースベイダーも、あの今泉慎太郎ですら、本編に欠かすことのできない、主役級の存在だ。 ホントの「スピンオフ」はこんな感じかな? 「スネオの四丈半島日記」…ダメだ、スネオも主役級だ。 「出来杉英才、東大まっしぐら」これなら、大分脇役感が出た。 あの三谷幸喜氏が新人の頃「タラちゃん大人になる」というタラちゃんが水泳選手になってオリンピックに出場するというとんでもないストーリーを書いて持ち込んで、プロデューサーに「お前はサザエさんの心が分かってない!」って怒られたということだが、確かに、まだ甘い。 「イササカ先生、締切間近」でないと。 北斗の拳のスピンオフならレイとかラオウとか出してる場合ではない。ジャギでも甘い。いや、ハート様でも甘いだろう。 「ジャッカル、偽りに生きる」くらいでないと。 キャプテン翼なら、決まってる。 岬くんでも日向くんでも、立花兄弟でもない、 「石崎くん、少林寺入門」。 スターウォーズで、ダースベイダーをとりあげてる場合ではない。C3POでもR2でも甘い。ハン・ソロなんか、実際に小説化されてるけど、もう主役そのものだ。ジャバですら、甘い。 だから、イウォーク族しかない。 …と思ったら、「イウォーク・アドベンチャー」という映画がすでにある。さすがハリウッド、なかなかやるな…。 そんな中、ホントにどーでもいいキャラに焦点をあてたホントの意味でもスピンオフを早くから実現していた例がある。 「永沢君」。「ちびまるこちゃん」に出てくる、タマネギみたいなアタマをした、性格のひんまがった、どーでもいい少年だ。 彼が主役のマンガがある。ちなみに、僕の愛読書のひとつだ。さくらももこ氏。さすがである。おそるべし…。Kama
2008.06.22
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今日は期末テスト対策授業の日。 テスト前には、誰だって「対策」をとるけど、愛夢舎では通常授業のほかに各教科2時間、合計10時間の対策授業を、学校・学年ごとに行っています。特に、一番近い中学校では3年生が月曜から修学旅行に旅立ってしまうため、今日と明日で、どれだけ準備が進められられるかが勝負。この2日の勉強で、修学旅行から帰ってきて「あ~楽しかった、さあ、テスト勉強のまとめをするか」っていうのと「あ~楽しかった、さあ勉強、始めるか」というとでは雲泥の差。そんなわけで、今日は午前10時から塾をオープン。夜10時まで、勉強体制です。(明日は北辰テストがあるので、午後からだけど、来週も土日は「10to10」です。) ウチの場合、テスト対策ではもちろん、自習の面倒もみるけれど、ちゃんと授業も行う。その結果、今日の田中先生の予定…。10:00~11:00 中3授業11:10~12:10 中3授業12:20~13:20 中3授業13:30~14:30 中3授業14:40~15:40 中1授業15:50~16:50 中1授業17:20~18:30 小学英語授業19:30~21:30 中3授業 …合計、9時間10分の授業。ウチは、たとえ生徒が1人でも、先生は立って、黒板を使ってやるのが原則です。足が棒になります。…食事?こうなると、もう、腹が減るヒマもありません。これが複数教科指導をする先生の宿命です。そんな殺人的なシフトを組んだのは、この僕…。田中ファンには怒られるかもしれませんがなーに、僕だって去年は同じ状況でした。社会の指導を田中先生に一任した結果、こうなりました。佐々木も小田切も、同じ道を通ってきたはずです。 教科に対する責任と権限を与えられた結果です。ガンバレ、田中先生! …社会がなくなって、ちょっとさびしいKama
2008.06.21
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携帯電話のことを書きましたが、僕は、そもそも、携帯電話を持ちたくなかった。 しかし、持ってしまった。持ってしまうと、それで仕事上の連絡をしたりするもんだから、もう、手放せなくなってしまう。実際、僕の携帯は、1週間に1度も鳴らないことも珍しくなく、だったら料金を払ってるのが大変ばからしいのですが、しかし、いざという時、かつての取引先とか、重要人物からかかってくることがあるかも知れないからやっぱり手放せないのです。そんな僕がケータイを持った理由…。 コレ、【愛夢舎ヒストリー】の【SubHistory】として、新章【愛夢舎講師の育成時代】とでも題して昔、僕が大学出たての頃とか、佐々木、小田切が20代だった頃、どんな勤務生活をしていたか、そういう章を作ろうと思っていて、そのひとつとして書こうとも思ったのですが、(このテーマのエピソードは、ホント、キリがない…)もう、【ヒストリー】を書いてるのが僕であるのはバレバレであるし、【ヒストリー】は、その性質上、三人称で書くのですが、ここで三人称の文体を用いるのもしらじらしいので、今回は「ひとりごと」として…。 さて、ケータイですが、だから、僕は、持ちたくなかった。 では、なぜ持ってるか。 簡単です。持たされたから。 あれはもう11年前になりますね。大学を出て、塾に就職し、僕は佐々木が教室長を務める「ひばりが丘教室」に「教務主任」として配属されました。新卒でいきなり「教務主任」とは、おだやかではありませんが、僕ら新卒生は、それ以前に半年以上の念入りな研修を受けており、まあ確かに、他の同期はただの「講師」であったり、「チューター」である者もいたけど、3人はいきなり「教室長」だったから、僕は、真ん中へんの評価だったわけです。で、半年のち、清瀬教室の「教室長」を任じられた。詳しくは、「ヒストリー」をお読みいただきたいのですが、この後一年程度、「ひばりが丘 佐々木教室長」「新所沢 小田切校長」「清瀬 鎌田教室長」という時期がありました。教室長になると、社長やら各部長の連絡がいつでも取れなければマズイということで、強制的にポケベルを持たされたのです。ポケットベル…。懐かしいですね~。今の中学生は知らないだろうなぁ・・・。 ところがコイツが厄介で、いつでもどこでも、ピーピー鳴る。それが通勤途中であろうと、深夜であろうと、早朝であろうと、オフ日であろうと…。で、鳴ったらすぐに、大至急、電話連絡しないと、「遅いっ!何してんだっ!」って怒られる。「何してんだ」って、電車に乗ってたのですが、「そんなの関係ねぇ!」の世界…。で、「今すぐ、来いっ!」って、せっかく乗った電車を今度は逆方面に乗って今さっき出たばかりの駅に戻るのである。だから、僕は教室長になることは受けたもののこのポケベルだけは、拒否し続けた。ついに抵抗しきれなくなって、しぶしぶ持ったもののあんまりにピーピー鳴るもんだからアタマに来てたまにわざと遅れて連絡してたりしてた。 そのうち、携帯電話が普及してきた。まず、社長が買った。「これからの時代は、こういうのを使ってないと、ダメだよ」と、やたら社員に携帯を持つように勧め始めた。社長に近い部長たちがさっそく携帯を持ち始めた。ポケベルですらお構いなしにピーピー鳴るんだから、これで電話なんか持った日にゃあ、とんでもないことになる。周囲はどんどん携帯を手にしていった。佐々木も持ち、小田切も持った。 直属の部長や社長からは「鎌田はいつ買うんだ」っていっつも聞かれた。「…そうですね、まあ、そのうち…。」言葉を濁し続けた。僕同様、「反・携帯電話」の旗を掲げる同志は、いた。(…よろどう先生、ヌマ師…懐かしいなぁ)が、その反旗も徐々に倒れていった。まるで、機械化人に手術されていく生身の体の人間とそれに抵抗しつづける星野鉄郎みたいなもんだ。どーでもいいけど、メーテル、結局「機械のカラダ」ではないというストーリーがありまして、それでいくとメーテルとエメラルダスは双子の姉妹で、母、プロメシュームが千年女王で、メーテルは、機械の体に最後まで抵抗したと…。 …ええ~、戻しますといつの間にか、僕は、携帯電話に抵抗する最後の数人になっていた。 ある日、あんまりにもポケベルを無視するからだろうか、ついに清瀬教室に直属上司から電話がかかってきた。「今すぐ、携帯を買いに行け! 校舎の目の前に店があるだろう。 今すぐ、行け! 買ってきたら、すぐ連絡しろ。 すぐ番号を教えろ! さあ、行け!」これはもう、どうにもなりません。その30分後、僕は自分の携帯を持ち、それで上司に連絡するハメになった…。それで、会社が費用負担とかしてくれるならまだ分かりますけどね、そういうの、一切なしだったからなあ。今考えても、理不尽の極みですわ、コレ。 しかし、実は僕よりヒドイ目にあった先輩がいた。先輩が出勤し、自分のデスクの前に立つと…。なんと、デスクの上に、携帯電話が箱ごと置いてあった。(箱の上にはもちろん請求書…)すごいことをされたもんです。 そんな思い出からか、僕は携帯がキライでして、その時買わされた電話は、愛夢舎に来たときまでずっと持ってた。まあ、5年程度ってことになりますか。ついに壊れたので、しぶしぶ新しいのを買ったけど、それはそれで、つい先日までやはり5年、使い続けた。先日替えたのも、僕の意志ではなくて、「家族割」を強くすすめる姉に無理やりショップに拉致されて、その場でサインさせられた…。もう、ケータイには、ロクな思い出がありません。Kama
2008.06.21
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「三倍体」という用語をご存じだろうか。生物学で登場します。といっても、高校生物くらいだと、出てくるのかな?ゲノムとか、そういう方面の用語です。先に断っておきますと、僕は生物の専門家ではないので、記事の内容が正確であるとは限りません。っていうか、馴染みの方はおわかりのとおり「僕」ですから、そうでなくとも…。 染色体というのがありますね。例えば、ヒトであれば23組もっている。23番目の染色体の組合せが「XX」か「XY」かで、男か女かが決まるっていうのが有名な、例のヤツです。例えば、ヒトの場合、「XX」でも「YY」でも、2本で1組。この場合、この染色体セットでできている生物を「二倍体」と呼びます。ところが、染色体の構成は、必ずしも2本セットではなくて、たとえば「XXY」とか「XYY」とか、3本セットになることもある。原因はいくつかあって、突然変異であるか、あるいは人工的なものであるかがほとんどですが、例えば、ヒトでもこういう染色体が発生することはあって、23組のうちのいくつかがこのように変異を起こすと、ダウン症になったりする。そして、すべての染色体がこの3本セットになった場合、この生物を「三倍体」と呼ぶのです。 「三倍体」には、いろいろな特徴がある。もちろんそれは、突然変異の結果なので、一般には「欠陥」と考えられるわけですが、そのひとつに「種子ができにくくなる」というのがあります。「タネなしスイカ」というのがありますね。実はアレ、この「種子ができにくい」という特徴をねらって人工的に作られた「三倍体」なんです。つまり、遺伝子上、天然のものと比べると「異常」。 なんで種子ができにくくなるかというと、それは「三倍体」は途中で成長を止めてしまうからです。「成長をとめる」という表現だと分かりづらいですね。「成熟しない」といった方がいいかな?こういうことです。例えば、人であれば、ある年齢をもって身長が伸びるのは止まります。それは何でかというと、人として「成熟」したからです。他の生物も同様で、だいたい「生殖可能」となった時点が成熟と考えますが、それと同時に個体の「発育・成長」は止まる。つまり、大人になった時点で、体の大きさはそれ以上変わらないわけです。ところが「三倍体」は、成熟しないから、いつまでたっても子ども同様の成長をする。いってみれば、ヒトが80歳になるまで、延々と身長が伸び続けるということです。体が「もう大人だ」という認識をしないんですね。その反面、生殖能力はない。 「三倍体」を人工的に作るのは、理論上は簡単なようです。受精卵をぬるま湯にひたす。そうすると、できるらしい。そこで、今では「人工三倍体」の魚の養殖技術の開発が進んでいるらしい。例えば、魚の場合、「成熟」してしまうと、栄養分が生殖の方に回ってしまって、刺身なんかにしてもおいしくない。だから、刺身にするのなら、成熟前のヤツがいいんだそうな。でもそうすると、必然的に、大きさは小さくなる。三倍体なら、いつまでたっても成熟しないから、若い魚の味を保つうえに、どんどん成長するので個体も大きくなる。その結果、↓こんなのができる。コイではありません。これ、イワナだそうです。(こちらのページより引用。宮城県ホームページ) ほかにも、↓こんなのもいます。手前が通常のアマゴ、奥が「三倍体」のアマゴ。同じ種類の魚です。(こちらから引用。子ども水産大学) 「三倍体」といっても、染色体の本数の問題なので、別に体の大きさ自体が三倍になるというわけではありません。でも、たとえば牛とかマグロとかに応用できれば、高級な大トロとか、サーロインステーキなんかも今より安く手に入るわけで、それはいいかも知れない。もっとも、当の「本人」たちにしてみれば、いい迷惑なので、倫理的にはどうかな…。 …と思ったらですね、ついにこんなのに出くわしました。ヒトの三倍体…。生まれたときに身長152.4センチ、体重41キロ。最終的には、身長4.5メートルにまでなるであろう、という…。くわしくはこちらのページへ。 …ええ~「こちらのページ」に行かれなかった方が誤解されたままだと問題あるので、ちゃっちゃと書いておきますが、もちろん、コレは冗談です。そんなわけはありません。「三倍体」は、植物や下等動物の場合、生存する可能性もあるけど、ヒトの場合には、流産してしまうそうです。だいたい、そうでなくとも、こんな実験をしたら、全世界から非難の嵐です。ヒト・クローン同様、国際法レベルで禁止です。 まあ、しかし、誰も考えることは一緒ですね。ヒトの三倍体、かぁ…。 ところで、魚については、「三倍体」は実現しているわけです。そんな話を「彼」にしていたところ、「彼」は面白いことを言った。 「じゃあ、川とか池とかのいわゆる『ヌシ』って、それかも知れないですね。」 おお、なるほど!それは言えてる!「三倍体」だから、当然、体もでっかくなる。そして、成熟しないかわりに確かに「三倍体」は、寿命も長くなるのだ。そうだ、そうに決まってる、うん、もうそういうことにしよう!(…いや、保証はしませんよ)僕のきっかけを元にこの発想をする「彼」、スゴイと思った。Kama
2008.06.20
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数日前に書いた記事の「結果」ですが…。今週の17日(火)、18日(水)と中学生の部活動、市大会が実施されて、多くの3年生が「引退」となりました。お疲れ様でした。よく頑張ったね。 …そんな中、「陸上」は強かった!個人種目では女子100メートルで第2位、見事県大会出場権獲得!男子砲丸投げも、第2位で、やはり県大会確定!そして、女子400メートルリレーはなーんと、優勝!すっごいなぁ・・・。 彼らの中学部活動生活は、まだ続きます。 次回、県大会は7月22日だそうで、ウチの夏期講習会の初日。まあ、こりゃあ、しょうがない。さすがに県レベルですから、講習2日目から、今度は受験まっしぐらモードとなって参加することになるのかな。ときに、期末テストがせまっています。6月30日から順繰りに各中学校でテスト。その直前には、修学旅行県大会に残った子たちは、ホント大変です。大会が終わったと思ったら、即、テスト勉強。準備が進んできたと思ったら、今度は突然、修学旅行。帰ってきたと思ったら、いきなり期末テスト。テストが終わったと思ったら、即、トレーニング再開で、県大会…。 それを全てこなしてこそ、文武両道です。できないのなら、やってはいけない。 …とは、やっぱり僕は、軽々しく、えらそうに、言えませんだって、それって、会社で大きなプロジェクトが終わったと思ったら、決算の準備をすぐにはじめて、その計算の見通しが立ってきたと思ったら、いきなり忘年会に駆り出されて、で帰ってきたら、すぐ決算。終わったと思ったら、次のプロジェクトの納期が迫ってる…ってことでしょう?大人だって、難しいよ、コレは。 しかも、それらを手抜き状態でやるのはカッコ悪い。僕は、常々自分でも心がけ、生徒にも公言しているのですが、通勤電車の中でPC広げて仕事してる人、カッコ悪い。それは自分の能力の低さを露呈しているだけだということに気がついていない。同様に、修学旅行で、夜の旅館でテスト勉強してるのもカッコ悪いと思ってる。 そうは言っても、気になるのはしょうがないから、実際には、そういう子たちも出てくるのでしょうけれども、楽しむときには楽しむ。それができてこそ、ホントの文武両道でしょう?ゆえに、テスト勉強のことを気にして、部活の大会で不完全燃焼してしまうのもやっぱりカッコ悪いと思うわけです。大会のときには、それこそ出せる力の120%、全体力、全精神力を使い果たし、挑む。終わった後は、放心状態というか、完全脱力状態になるでしょう。だから、大会当日の欠席も「そんなんじゃダメだ!」って断罪できないのです。体力、気力に残りがあるってことは、それは、手を抜いたからでしょ? そして、それは勉強でも同様なわけです。中途半端に力を残しているのはカッコ悪い。 100点満点のテストで、90点を狙いにいくのは、カッコ悪い。はじめから、10点分の余力を自分に残すつもりだから。 試験時間が50分あるのに45分でペンを置き、問題用紙を閉じてしまうのはカッコ悪い。5分、休憩時間をとっているのだから。 だから、僕にとって本当の意味での「文武両道」とは、部活と勉強と遊びを「同時」にやることではなくて、あるときには部活一色、あるときには勉強一色、あるときには遊び一色になって、その順番をちゃんと整えること。むしろ、勉強しているときに部活のことを考えない。部活の試合のときに、テストのことを考えない、ということなのですが、どうですか、コレ?そして、愛夢舎にとって、これ以上ないほど「勉強一色」になる時が近づいてきました。いよいよ、夏期合宿です。Kama
2008.06.19
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久々に、連続書き込みです。「先生、麦茶、ください。」愛夢舎で毎日見られる光景である。愛夢舎は「家」だから、奥の台所には冷蔵庫もあって、生徒はノドがかわいたら、先生に言って、冷えた麦茶をもらっている。(だから、いくら営業してもムダですよ、自動販売機屋さん♪) ところで、幼いころからず~~~~っと思っていたことがある。 「麦茶」は、「麦」なのか、「茶」なのか?「まーた始まった」。僕の記事をお読みの方は、そうお思いでしょう。もう、ホントにどーでもいい。答えはとうに分かってる。麦茶は、「麦」から抽出した「茶」の一種と考えられる飲み物だ。日本語における「茶」というのはずばり「茶」という植物から抽出された飲み物以外にも使われる。だから、「麦茶」は飲み物としては「茶」であるが、分類としては「茶」ではない。 答えは明らかなのですが、でもですね、コレってかなりいい加減な定義ではないですか? たとえば、そういう「茶」ではないけど「茶」って呼ばれる飲み物に「昆布茶(こぶ茶)」がありますね。ウィキなんかでみると、「昆布にお湯を注いで飲む飲料」とある。だったらですね、味噌にお湯を注いだら、「味噌茶」になるはずでしょう?ほーら、おかしい なんで味噌だと「味噌汁」で、昆布だと「昆布茶」なんだ?なんで「昆布汁」って言わないんだ?ひるがえって、なんで「麦汁」って言わないんだ? 「冷たいから」。はい、残念でした。ウィキにはこうあります。「冬でも温めて飲む場合がある」。あったかくても、麦茶は麦茶です。麦汁とはいわない。 まあ、確かに、生徒たちから「先生、麦汁ください」って言われたらなにかツッコミを入れたくなるけれどもでもそれも長年の習慣のせいだろう。いいじゃん、麦汁で。 もしくは、お湯で抽出したものは全部「茶」にするか、どっちかに統一した方がいい。「味噌茶」だ。「あら茶」だ。ラーメンの「スープ」ではなく、「ラーメン茶」だ。ところで、「麦茶」を英語にすると「barley tea」になる。ホントかどうかは知らないが。「barley」はもちろん、「大麦」のことだ。でも「tea」はやっぱり、「茶」だ。直訳したら「大麦茶」で、日本語の「麦茶」と大差ないが日本人は「麦茶」が「茶」ではないことを知っている。でも、英語圏だとどうだろう。彼らは、原材料とかはまったく気にせず、飲み物一般を「tea」と言っている気がする。やーい、それは、茶じゃないぞー。 しかし、なんでもお湯で抽出すれば「茶」になるというのはいかがなものでしょう。ハーブ茶。ハーブはもちろん、お茶ではない。いいじゃん、ハーブ湯で。そういうことを言い始めたら、いくらでもできるぞ。梅茶。わさび茶。カツオ茶。 この辺はおいしそうだけど・・・。 醤油茶。ひまわり茶。たんぽぽ茶。雑草茶。あさり茶。フジツボ茶。納豆茶。海苔茶。 だんだんあやしくなってきた。 ここはひとつ、高級食材でも用いてみたら・・・。 「フカヒレ茶」。「キャビア茶」。「フォアグラ茶」。「サーロイン茶」。「トロ茶」。 どうです? こんなのもあります。 「CHA-CHA」。「りぞっちゃ」。「加藤茶」。「がんばらなくっ茶」。「あ茶ー」。「Char」。 しかしやっぱり、基本は「茶」を使った「茶」でしょう。 「茶茶」。 なんだ、コレ・・・。Kama
2008.06.19
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このたび、愛夢舎では携帯電話に関するルールを以下のように明確化いたしました。授業時間中は、マナーモードにするだけでなく、電源を切ること。自習の際は、携帯電話を取りださないこと。メール着信などがあって、どうしても見たい場合には教室から出て、確認すること。それ以外の場合でも、塾内では、すべて、マナーモードにすること。…今さら、という感じもしますが。 以前は、「塾に携帯電話を持ってきてはいけない」としていました。しかし、これほどまでに携帯電話の普及が進むと、「持ってきてはいけない」というのは、さすがに時代の流れを無視しているかと、まあ、持ってきてもいいが、マナーモードで使用することとしていました。それでも、たとえば「教室内で使ってはいけない」というルールをやぶって先生にとりあげられる生徒は数多かった。 さすがに授業中に着信音が鳴り響くことはまあほとんどなかったわけですが、それでもブーブー、誰かのカバンの中で鳴っていることはある。そうすると、周囲の子はクスクス笑い出し、また、本人は、誰からの連絡か気になって集中できない。だから、マナーモードもNGにしました。 …が、授業に集中できないから、というのは、実は一面的な理由です。 僕は、パソコンなんかは非常によく使うし、また塾内のOAをいろいろいじくっている姿をよく見られるのでさぞかし携帯電話も使いこなすのであろうと思われがちですが、実は、ほとんど、使えない。どのくらい携帯が使えないかというと、おそらく、すべての機能のうち、50分の1も使っていないだろう、というくらい使えない。最近ようやく、メールを打てるようになった程度だ。別に、そのひがみで、ルールを提案したわけではないですよ 要するにですね、僕は、携帯電話をほとんど必要としていないのです。いや、正確に言うとですね、携帯メールを必要としていない。だって、電話なんだから、話せばいいじゃないですか。あるいは、友だちだったら、会って話せばいい。 あのですね別に、中学生に「携帯電話を持つな」というつもりはないのです。便利だし、塾から帰るとき、親に「終わったから、いまから帰る」というような連絡は保護者も安心するでしょう。しかしですね、たとえば、授業が終わるなりみんなでゾロゾロ教室から出てきて、みんなで自分の携帯電話とにらめっこしてカチャカチャやってる姿。人は周りにいっぱいいるのに、会話は一切なく、自分だけの世界に入ってしまっている光景。はっきり言って、気持ち悪い。クラスメートや先生と、たわいのないハナシをすればいいではないか。いや、それが必要であろう。「塾の友達と話しても、しょうがないし」そんな姿勢にすら見えてしまうことがある。本人たちはそういうつもりでなくとも、「塾」という学校と違う環境で出会った人たち、その人たちとの言葉によるコミュニケーションが、これでは成り立たない。新しい出会いが、ない。 まだある。 メール文化は、マナーを外れた人をそのままにしておく危険が高い。僕がパソコンでのインターネット、電子メールを始めたころは、まだ今ほど普及していなかったこともあってか、必ず、誰かしら詳しい人が「メールマナー」を指導していた。宛名の書き方、自分の名前の書き方から、「改行を適度にしないと、相手が読みづらく、失礼である」とか、「添付ファイルがある場合には、それがウィルスチェック済みであることを明記する」とか、「件名は分かりやすくする」、「重要度高のマークは、よほどのことがない限りつけない」などなど。ところが、今となってはこうした指導はなされていないのだろう。まったくもって、マナー無視のメールが多い。 「情報」という教科が導入されることになって、しかし、これを「コンピューターの授業」と曲解してしまったのは、現場の先生のせいだけではない。上から何のガイドラインもなかったのだから。 だが、結果として、学校ではメールソフトの使い方、インターネットの使い方、代表的なアプリの操作を教え、しかし、本当の意味での「情報」の取り扱い、マナーなどは、あまりに軽視されている。 それでも、パソコンによるメールはまだいいです。だいたいにおいて、メールというのは「送りっぱなし」の、送信者本位のシステムですが、PCの場合、見たくなければ、見なければ済むことなので。でも、携帯の場合には、そうはいかない。どこにいようが、ブルブル震える。 で、ロクに情報マナーの身についていない人がやるから、僕にとっては、非常に腹立たしいことが数多く起こる。 相手の都合も考えず、深夜だろうが早朝だろうがおかまいなしに携帯にメールを送る人。「こんばんは」、「お忙しいところ失礼します」など、一切のあいさつの言葉なしに先輩に不躾なメールを送ってくる人。名乗らない人。もちろん、公共の場で平気で携帯電話を使いまくる人。それは、電話だろうが、メールだろうが、関係ない。病院内では、禁止なのだ。残念なことに、これは子どもたちだけのことではありませんね。先日、健康診断を受けに行ったら、順番を待っている大人たちが、携帯電話でカチャカチャやっていた。 だから、愛夢舎では携帯電話の使用を制限し、正しい「情報」の使い方、マナー、人への思いやりを教えたいのです。 だいたいですね、いくら「お客さん」と「お店の人」という関係だったとしても、授業においては「生徒」と「先生」の関係です。 その「先生」が、のども涸れんばかりに真剣に授業をしている。その状況において、ブーブー携帯電話を鳴らせる。もうこの時点で、失礼千万でしょう。 僕なんかは、授業中にブーブーなってると、怒るというのではなく、ホントに不思議に思って、「なんで、電源切らないの?」って聞いてきた。だって、どうせ出ないんだから、だったら、中途半端にマナーモードにしていて相手に「なんで出ないんだ?!」って思われるより、電源オフ状態で「今、出られません」ということをアピールした方がより相手に親切ではないか。だから、電源を切らないのも相手のことを気遣ってではなく、自分本位の考え方なわけだ。その証拠ではないが、どうして彼らは、どうせ出られない携帯電話なのに電源をきっておかないのか、という僕の問いに対する見解をまとめた結果…。電源を切るのが、怖いらしい。言葉による、対面してのコミュニケーションがあまりに希薄で、携帯メールが、ほとんど唯一の人とのつながりとなってしまい、電源を切ることは、そのつながりを断ってしまうようだ、というのだ。…間違ってる。そういうわけで、生徒諸君は、携帯電話を、正しく使ってください。 …といいつつ、これほどまでに、彼らの携帯使用が当たり前になってくると、むしろ僕らだけが、時代に逆行しているのではないかとすら思えてきてしまいます。それが現代のコミュニケーションなんだよ、アタマ、古すぎるよ。そう言われるかも知れませんが、でも、古かろうが、なんだろうが、なんか、ここは譲れない気がしてしまいます。Kama
2008.06.19
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今日は、ほとんどの中学生たちは部活動の市大会にでかけているはずです。今日と明日、行われ、勝ち残れば県大会へ出場。負ければ、3年生は、引退…。毎年この日は、複雑な思いにかられます。「キミ達は受験生だ!部活?とっとと終わらせてしまって、一刻も早く、受験勉強にいそしむのだ~!」…っていう塾ではないですからね~、ウチ。(というか、そういう先生たちではない) 僕自身で言えば、何度も書きましたが、中学生の頃は、そりゃあ「部活動少年」を絵にかいたようなもんで、毎日毎日、早朝から夜まで、暇さえあれば練習してた。にもかかわらず、弱小チームだったので(つまり、他の中学校は、もっと練習してた…)やはりこの時期、あっさり市大会で負けを喫し、引退したのでありました。さすがに、チームのメンバーはみんな泣いてたなぁ…。高校に入ると、地区大会は予備戦みたいなもんで県大会以降が本番になりましたが、なんていうか、高校生にもなると精神的にも大人に近くなるから少し感覚がちがう。まあともかく、僕にとって中学の思い出といえば、真っ先に「部活動」が思いつくわけです。高校ではバスケットから陸上に転向してしまったからスラム・ダンクの「みっちゃん」こと三井寿ではないけど「(もう少し)バスケがしたかったなぁ…」と未だに思う。どーでもいいけど、僕、中学バスケ時代は、ポジションも位置づけも三井寿と同じでした。…素行?…まあ、おいといて で、そんな思い出があるから今日、明日の部活の大会は、実は心情的には、みんなに勝ち残ってほしい。ガンバレ~! その一方、勝ち残れば、彼らの部活生活は夏まで続く。夏期講習中にも、練習やら試合やらであっちこっちに駆り出され、練習の疲れで、勉強していてもウトウトしてくる。まあ、だから世の中には「部活が早く終わって(引退して)、良かったね」と言う人もいるんでしょうけれど、恥ずかしながら、僕は、そんなにきっぱり言えません。もちろん、いざ引退という結果になった場合には「お疲れ様!じゃあ、一休みしたら『受験』にパワーを向けようか!」ってことになるんですが、「引退して、良かった」とは、ちょっと言えない。もちろん、彼らの引退を喜ぶことなんか、できない。(だって、良かったワケ、ないもん・・・)コレ、受験のプロとしてやってる「塾のセンセイ」としては未熟で、中途半端かも知れません…。今日なんかは、夜、3年生の授業があるのですが、明日のために、あるいは、今日で引退したとしたら、その慰労と振り返りの時間のために授業を欠席することすら「そりゃそうだ、しょうがないよな…」って思ってしまう自分がいる。「そんなんじゃ困ります!もっと、冷静・冷徹に、『そんなの関係ねぇ!』って言ってもらわないと!」って言われるかも知れませんが、で、もし万が一、そう言われたらしぶしぶせざるを得ないのでしょうが、心情的には、やっぱり…。だいたいですねぇ、では僕が、部活を引退した後に成績がよくなったかというと、実際そういう子も少なくはないのですが、こと、僕に関して言えば、部活をやってようが、やめようが、あんまり関係なかった。そもそも、塾にも通ってなかったし。たぶん、時間を体力と心の使い方で、いわゆる「文武両道」、もう少しできると思うんだけどなぁ・・・。そのためには、学校での過ごし方が重要です。学校の授業で多くを吸収することで、部活に一生懸命になったとしても、そこまで大きなダメージはないだろうし、そもそも塾は、学校の補助機関なのだから。どうも、学校より塾への依存度が高くなっている子がいて、そういう子にとっては確かに部活が終わることでより塾を活用できるようになるから、引退=成績向上につながるのでしょうけれども、心から喜ぶことはできない。…ええ~、今日だから思うことだと思って勢いで書いちゃった結果、まとまりがなくなりましたが…。とにかく、僕の気持ちは、「大会、負けるな!ガンバレ!目指せ、県大会!」です。…後で怒られるかな…。kama
2008.06.17
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さて、今回は難しい、分かりづらい内容になると思いますご覚悟を。僕は生徒たちに、「日本語は世界中の言語の中で最も難しい言葉のひとつだ」と言う。もし僕が外国人だったら、日本語を勉強しようとは、到底思わないだろう、と。それは、僕を含め、日本人である彼らにそんな日本語を使いこなしていることを認識しつつ、さらにその言語を使いこなすための注意力を喚起するためであるが彼らは「え、そうなの?」と、意外そうな顔をする。日本語の難しさは、英語の単純さと比較すれば、明らかだ。例えば、助詞を使いこなすことの難しさ。「僕は先生」「僕が先生」「僕も先生」たった一文字の違いで、すべて意味が異なる。また、ここに述語的要素を含めると、より分かりやすい。「僕は先生です。」「僕は先生だ。」「僕は先生か。」「僕は先生だった。」英語であれば「I am a teacher.」英語の同義の文は、3つの要素で成り立ち、「I」と「a teacher」を結ぶbe動詞はひたすらイコールの働きを持つ。この動詞の語形変化によって、過去形になったり未来形になったりはするが、結局、イコールはイコール。だいたい、「述語動詞」というネーミングが、その単純さを内包している。これに対し、「僕」「は」「先生」「です」という日本文では、要素は4つ。このいずれもが、他の語との置き換えを可能とし、その組み合わせは、無限に近い。文の形をとらずとも、日本語の難しさ、豊かさはわかる。英語において、自分を表現する名詞は「I」くらいしかないが、日本語では「僕」「私」「俺」「あたし」「ウチ」「わたくし」…。やはり、無限に近い数、存在する。そして、そのいずれを選ぶかによって、文意は異なってくる。 ここまでは、よく言われる一般的なハナシである。難しいのは、ここから先だ。 「彼」に言語論とか認識論について、話したことがある。いったい、「存在」ということはどのように規定・認識されるのであるか。有名な言説がある。「モノの『存在』は、他者に認識されることでようやく成立する。」例えば、一匹のイヌがいたとしよう。このイヌは、周囲の人間や、仲間であるイヌ、さらには、道路や太陽光線、そうした「環境」によって認識されない限り、その存在は、ない。「彼」はこの時点で喰いかかってくる。だって、そのイヌは、誰に見られていなかったとしても、ちゃんとイヌとして存在しているではないか。そう思うのが普通だ。しかし、本当の意味で、周囲のあらゆるものに「認識」されていなかったとすればその存在を証明するものはどこにあろう。イヌ自身が、自分が存在していることを認識する?これは、デカルト的な「自我(=cogito)」を一面的にしかとらえていない解釈である。なぜならば、ではイヌ自身は、なぜ自分自身の存在を認識できるかといえば、それはやはり、他者に照らされる自分の姿を他者の中に見出すからである。他と独立した自分を見出すには、他の存在を認識しなければならないからである。ゆえに、実存主義者は「オレが、オレが主義」と揶揄され、自分勝手なイメージが強いが実は全くの正反対であり、自分の実存を優先するがゆえ、他者の実存も尊重し、結果としてヒューマニストになるのである。まだ続きがある。では、特に「人」であったとき、人はいかにして、他者を認識し、自分を認識するのか。その「手段」の答えのひとつが「言語」による認識だ。すなわち、イヌは「人」から「イヌ」という言葉で認識されることによってようやく「イヌ」として存在するのであり、「イヌ」という言葉で自らを認識しない「イヌ」自身には「イヌ」という「存在」は「存在しない」。一片の鋭い金属があったとして、これを「ナイフ」という言葉で認識する人間があってはじめて「ナイフ」は存在する。言語がなければ、それはただの金属片にすぎない。さて、そこで先の「日本語の難しさ」とこの「言語による存在認識」を合わせてみる。すると、面白い考察が成り立つ。例えば、僕は自分自身のことを「僕」と称する。僕が「僕」と称するのは違和感のない、自分の自然な表現としてそうしているのであるが、これは逆にいうと、僕は「僕」と称することによって僕自身を認識し、言いかえれば、規定していることにもなり得る。おそらく、人間は「存在するもの」と「存在すること」の両方を考えうる唯一の動物であるだろうが(もちろん、「言語を用いて」という意味で)自分自身の「存在」を認識するその方法として自分を称するという形式がある。僕はかつて自分のことを「オレ」と称していた時期があった。いや、正確に言うと、場面によって「オレ」と称していた。ある環境においては「オレ」。ある環境においては「わたくし、ワタシ」。ある環境においては「ボク」。そういう人は、少なくないだろう。こうした使い分けは、普通、意図せずして行っている。が、ではなぜ自分の呼称が異なるのかというと、それは、素の状態の自分で環境にいることをよしとせず、環境に合わせた自分を存在させることが目的であってその場にふさわしいと思われる自分を誕生させるのである。しかし、ということはその呼称の使い分けをしている自分は厳密な意味では素の自分ではなく、素の自分の顔の上に、舞台に合わせて仮面を選んでかけて登場している存在ともいえる。ところが、では仮面をはずした自分が存在するかというと実は、それも、認識できない。なぜなら、人が言語のみにおいて自己を認識できるとするならどんな場合でも、自己認識には呼称が伴うからだ。やがて僕は、「僕」以外の呼称を使わなくなっていた。おそらく、「俺」や「ワタシ」という呼称が自分の素であると考える自分と、食い違ってきたからだろう。狙ってそうなったわけではない、自然とそうなった。今では、生徒に対しても、保護者に対しても、学校の校長、他社の社長に対しても、すべて「僕」である。ところで、これには逆の考察も可能である。イヌが「イヌ」という言語ではじめて「イヌ」であるとするならば、僕は「僕」という呼称によって「僕」たりえる、というものである。すなわち、人は自らを指す呼称によって、自己規定を行う。もちろん彼の言う「俺」と僕のいう「俺」は、異なる「俺」であるが、しかし、「俺」と称したとき彼も僕も、自分を「俺」と規定する。時間と経験知の積み重ねにより「俺」と称する自分は、次第に「俺」になっていく。鶏と卵ではないがこの順序は、どちらが先というものでもない。「僕」と称し続ける僕は、やがて「僕」になっていき、「俺」と使うことになって、その経験知が増えれば「僕」は「俺」に変質する。それは「僕」が「俺」になることを願ったから呼称がかわったのかもしれないし、呼称が自己を変えたのかもしれない。そして、こうした認識は自分自身を「I」一言で規定してしまうラテン語系民族にはもしやありえない認識なのではなかろうか。そして、この言語の多様性が日本人の多様性あるいは、アイデンティティの希薄さにつながっているのではなかろうか。そして、だから日本人は、他者に寛容であり自己主張が弱く、八方美人的になりがちなのではなかろうか。自分の呼称が複数あることは、珍しくない。むしろ、僕のように、ほとんどすべての場面を同じ呼称で過ごす人間の方が珍しいのかもしれない。その僕も、そうなったのは、成人し、社会人になってからだと思う。そう、僕個人で言えば、社会人になり、「僕」の使用頻度が増したため自分が「僕」になったため、他の呼称に違和感を感じるようになった気がする。逆に「僕」「俺」「私」などの呼称を使い分けそれぞれの人物像がはっきりしている人は、気をつけるべきだ。はっきりすればするほど、それは多重人格症に近づいていることをも意味しかねない。他者に対する呼称にも、認識の違いは現れる。母親のことを「ママ」という場合と「母さん」という場合と「おふくろ」という場合。人物が異なるから当然ではあるが、すべて、認識の仕方が異なっているはずである。「ママ」と「おふくろ」は、同義では、ない。なおさら、自分の呼称が変化したときにはそこに認識の変化をも見出すべきであろう。これまで「●●くん」と自分のことを言っていた男の子が「ボク」というようになり、「オレ」というようになる。そこには、単なる身体の「成長」以上に、なにがしかの自己規定がなされた結果が反映される。また、自分が「私」になりたい人は自分を「私」と称することを続ければよい。自然と「私」になるであろうから。 文字数の関係で、論証の不十分な部分、論理の飛躍が多々あります。論拠のはっきりしない部分についてはどうかご容赦くださいませ。もっと分かりやすく書くためには、この数十倍の文字数が必要でした。…っていうか、マジメに読んでくれて、ありがとうございます。Kama
2008.06.17
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昨日、もうすぐ2歳になる悪ガキくんのママからその日のできごとを聞かされた。悪ガキくんも、いろいろな言葉を覚え、人の話しもなんとなく分かるようになってきた。(なんでも1歳8ヶ月~2歳で300語覚えるそうだ)適当に『うん』とか言っていると思っていたら自分の意思とは違うことを言われても絶対に『うん』とは言わない。これにはなんだか関心してしまった。そして、昨日の話し。ママはいつも息子の世話を昼間頑張ってしているが、夜になるとたまに自分の好きなことに時間をつくる。昨日の夜も息子は起きていたが、一人で遊ぶこともできる子なので、少しほったらかして編み物を始めた。(最近はオークションに出品しているらしい--;)そんなママの行動を悪ガキくんは気に食わず、編み物の邪魔をして『遊ぼう』と言わんばかりにママの手や服を引っ張る。ママも負けじと徹底的に編み物にふける。しまいには毛糸や道具を引っ張り出し、ばらまく。その中に編み物用の針が3本ケースに入っていたのだが、そのうち2本の針を、ママの目を盗んで どこかに隠してしまった。それにママは気づき、息子に『どこにやったの?』としつこく尋ねながら必死で探したが、どうしても見つからない。もうお風呂に入れないといけない時間になり、仕方なく風呂に入れる用意をしながら、服の中などをさがす(以前はそこに隠したものがあった)。だが無い。どこを探しても無い。悪ガキに聞いても、首を45度傾けてとぼけた面をする。ママは思う。「おかしい。でも針だけに見つけないとマズい。そうだ、泳がしてみるか」何を尋ねてもとぼけた1歳11ヶ月児の行動パターンを探るべく、残った1本の針を息子に渡す。果たして彼は、 カーペットの中に、おもむろにその針をさして見えなくしてしまったのだ。さーてーはー 他の針もさし込んだのでは!と思い、カーペットじゅうを探ると、出てきた出てきた残りの2本。めでたく一件落着。しかし、遊んでくれない腹いせに、モノを隠してしまう悪ガキくんと、その犯行を泳がせて暴く母親。当たり前だが、やはりこの2人は親子だ。ota
2008.06.16
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先日、『彼』から面白いハナシを聞いた。『彼』は「彼」とは別の人物であるが、やはり愛夢舎の卒業生で、もう成人しており、働いている。僕が知らない環境に身を置いているので、こうしてたまに会って話をすると、実に興味深い話題を提供してくれて、大変勉強になる。先日の話は「自分の会社にはロクなヤツが入ってこない」という『彼』のグチから始まった。『彼』の仕事先は、こういってはなんだが、「高学歴」とか「エリート」とか、そういうのとは無縁の世界だ。どちらかというと、その対極にあって、「その年で、そんなんでいいのか」という人も多いようだ。先日の話題にのぼったのは、中学を卒業したてで入社し、すぐに辞めてしまった男の子のことだった。あるとき、『彼』らは仕事の現場に向かい、そこでの仕事を終えた。『彼』をはじめとする先輩たちは土地勘もあって、仕事の後のオヤツではないけれど、その新人の子に、おつかいを頼んだ。「すぐそこに、こういうお店があるから、そこでドラ焼き、買ってきて。」新人くんは「わかりましたー」と了解すると、さっそくそのお店に向かった。お店は、『彼』らのいた場所から道を曲がってしばらくのところ、時間にして、ほんの4~5分のところにある様子。ところが、待てど暮らせど、新人くんは戻ってこない。何十分も経ったのち、ようやく現れた新人くんに『彼』らは問いただした。「何をやってたんだ」、と。すると、オロオロしながら新人くんは白状したという。「実は、ゲームセンターで格闘ゲームをやってました…」と。僕はもう、開いた口がふさがらなかった。「ぎゃふん」すら言えなかった。『彼』のハナシは、そのあとどれだけ新人くんに説教したか、延々とグチが続いたのであったが、僕は、もう、とにかく、その新人くんがとった行動の意味と理由がさっぱり理解できず、ず~~~~~っと、今に至るまで、気になってしょうがないわけである。時間にして、わずか数分のお店。そこに行って、人数分のドラ焼きを買って、先輩のところに戻ってくる。ところが、その帰り道、ゲームセンターがあったから、そこにドラ焼きを持ったまま入ってしまい、ずーっとそこで遊んでしまった、というのだ。これが、たとえば、他県に営業に出かけた社員が、数時間かかる帰社途中に途中下車してご飯を食べてしまった、というのならわかる。また、やはりおつかいに出たとして、それが往復1時間かかるとして、途中喫茶店で一服していた、というのもわかる。まあ、ほめられたことではないが、実際、僕が営業で外回りしていた頃、同僚の中で、アポイントとアポイントの途中でパチンコを打ちにいったヤツもいるし、僕自身、営業の帰りに食事したり、喫茶店で一服…はよくやっていた。また、すごいイヤなことを命じられて、おっくうになってしまって、ついサボってしまったというのもまあ、分からなくもない。 しかし、この新人くんの行動。僕の理解を完全に超えている。 だって、ドラ焼き、ちゃんと買ったんですよ。で、先輩のところに戻る途中、それも、1時間もかかるわけでなく、あとほんの数十メートル。時間にしてわずか2~3分。そこで、なぁ~~~んで、ゲームセンターに入ってしまうかなぁ~~。しかも、仕事、もう終ってるんですよ。ドラ焼きを先輩に届ければ「解散!」ってことで、そのあと行けばいいじゃないですか、ゲームセンター。そして、もし途中にそんな寄り道をしたらどえらい勢いで怒られるのは目に見えている。実際、その後、新人くんは、とんでもない怒られ方をしたようだ。 う~~~ん、わからない。 「わからない」もここまで来ると、不気味になってくる。 でも『彼』や他の先生たちは、新人くんの行動が理解できるようだ。『彼』いわく、「きっと、そんなことをしたらどうなるのか、わからなかったんでしょう」。そうかも知れない。しかし、そういう問題でもないだろうと思う。怒られるから、まっすぐ帰ろうとか、そんなことを考えるような距離ではないからだ。しかも、仕事は半分以上遂行しているし。小田切先生は「きっと、その場その場でアタマの中がリセットされてしまって、『ドラ焼きを買いに行く』って思ったときは、確かにそう思ってたけど、帰り道にゲームセンターをみたら、もうドラ焼きはすっとんでしまって、アタマの中が『僕はゲームをしたい』一色になってしまったんだろう」と言う。それもわかる。うん、そうですね、わかります。だから、「わからない」というのとちょっと違うか。どうして新人くんがそのような行動をとったか、その理由は、なんとなく「わかる」気がしますね。だから、僕が「わからない」のは、「どうしてそんなことをしたのか」という理由ではなくて、「どうして、そんなことをしてしまうアタマになってしまったのか」だな。「程度」や「事の質」を変えれば、それはよくあることにもなる。例えば、「夕食の材料を買いに行こう」と出かけて、途中にラーメン屋をみかけたからつい入ってしまって、そのまま買い物せずに帰ってくる。あるいは、「夕食の買い物に行こう」と出かけて、近くの本屋に立ち寄って、そこで物色するうちに夕食のことを忘れてしまう。まあ、ありそうなことだ。しかしですねぇ・・・わずか数分のことで、しかもその「仕事」はほぼ遂行していて、しかも、先輩社員からの「命令」なわけで…。 うう~~ん、やっぱり難しい。 そこで、塾長佐々木が言う。「だから、そういうレベルすら気にならないくらい、『何かを最後までやる』ってことをしてこなかったんだよ、その子は。」なるほど、そういうことか。小さい子は、たとえばオヤツを食べようとしても、「まず、手を洗ってからにしなさい」って注意される。どこかに遊びに行くときに「まず、そのおもちゃを片付けてからにしなさい」と注意される。テレビを見たい、ゲームをしたいというときに「まず、宿題を終わらせなさい」って言われる。佐々木が言うところは、その子は、そうした一切のことをせずして、その年齢になってしまったのだろうということだ。なるほど、理屈はわかるなあ。 …が、果たして、人っていうのは、周囲からの「これをしなさい」という抑制がないとそんなにも「完遂能力」がなくなってしまうものなのか。だとすれば、コレは怖いなぁ…。 まあ、だから、その新人くんは、いざ怒られる段階で、ようやく「しまった!」と思ったのでしょう。その最中は、悪いことをしているという思いはなかったに違いない。あるいは、いざ怒られていても、自分の何がいけないのか、分からなかったのかもしれない。だから、悲しむべき、怒られるべきは、新人くんをそう育ててしまった「環境」そのものだろう。 思えば、5~6歳の子、あるいは、小学生の子には、よくあることかも知れない。お母さんからおつかいを頼まれて、「いってきまーす」って出かけて行ったきり帰ってこない。お母さんがあわてて近所を探すと、本人はちゃっかり、お友達と公園で遊んでいた、とか。ウンウン、これなら理解できる。 ああ、だとすると、問題は年齢のことだけなのかな。つまり、新人くんは、仮にも中学を卒業した15歳。「15歳にもなって・・・」という思いが、僕の中で大きかったのかな。しかし、そこは佐々木の言うとおり、5歳だろうが15歳だろうが、経験がなければ、それはできるようにならないのかも知れない。ならば、15歳だろうが、30歳だろうが、やっぱり、できるようにならないのかもしれないですね。…こわいですね~。新人くんにとっては、その経験で『彼』らによってこっぴどく叱られたことは、大きな人生経験であったのでしょう。よくやった、『彼』! …と思ったら、その新人くんは、『彼』らにしっかり叱られて、そのフォローで電話した『彼』に「辞めたければ、辞めればいい!辞めないというなら、しっかりやれ!」と言われて、その場は「はい、もちろんです!辞めません。明日も行きます!がんばります!」って返事した後… 翌日から、何の連絡もなく、来なくなってしまったらしい…。ああ…。Kama
2008.06.16
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・・・というわけで、できました。8期生が造った、梅酒「たち」です。みんなでチクチク、梅に穴をあけて、ホワイトリカーのアルコール臭にやられながらこしらえました。昨日、今日と、梅を購入してきたのですが、今年は少し、遅かったようです。中に黄色がかった(つまり、熟しかけちゃった)実が混ざってしまった。まあ、これくらいだったら、それが原因で失敗することはないでしょう、きっと…。毎年毎年、このイベントは卒業生たちにとっての「同窓会」であって、まあ、にぎやかになります。高校に入って担任の先生がどうだとか、アルバイトをはじめたとか、テストの結果がどうだとか。 彼らの経験と思い出が増えていくたびに今は透明なこの梅酒が色づいて、また、豊かになっていくんですね~。(↑イイこと、言いました?)高校1年生になった彼らが飲めるようになるまであと5年。さぞかしおいしい梅酒に育つことでしょう。 でも、明日あたりに貼るのですが、ラベルの写真は、現在、今日のまま。タイムカプセルみたいなもんですね、コレ。 ところで、「梅酒以外も造りたい」という要望があったので、「じゃあ、キミ達で好きな材料を買ってきて、造ったら?」というハナシをしたところ、今日の夕方、みんなで集まって、色々買ってきた。それでできたのが、↓コレです。彼らは彼らで、なんだかよくわからないネーミングをしていましたが、そうですね、フルーツミックス酒とでも言いましょうか。入っているのは、パイナップル、レモン、グレープフルーツ、キウイ、夏みかん、さくらんぼ。いや~、とってもトロピカルな感じに仕上がりました。なかなかやるじゃないか!(混ぜすぎってハナシもあるけど)こういう柑橘系のヤツは数ヶ月もすれば飲めるようになると思いますが、残念でした、やっぱりアルコールですからね数年待ちましょう。 そしてもうひとつ。こっちは先生の興味本位ってハナシもありますが・・・。キリマンジェロ酒。今回、いろいろホームページを訪問して果実酒の作り方を研究していたら、この「コーヒー酒」を見つけました。なんでも、カルーアみたいになるとか。興味のない方は「コーヒーにお酒?」と思われるでしょうけれども、そもそもヨーロッパの方ではコーヒーにアルコールを入れて飲むのはそんなに珍しくない。僕も、昔、風邪気味のときなんかはいわゆる「アイリッシュコーヒー」に仕立てて飲んで暖をとったもんです。まあ、そんなわけで今年は大変バラエティに富んだ3本ができました。 ところで、これまで2本つまり、2年分、梅酒を造ってきて最初のヤツはなかなかいい感じに熟成されてきた。去年のヤツと比べると、明らかに匂いが違う。今日のヤツが飲めるようになる頃には1本目は、もっともっと、おいしそうになる。なんだか、先輩には一生追いつけないって感じすらおぼえます。しかし、後輩は常に先人の背中を見つつ育つ、ってある意味、真理かも知れませんね。そんな1本目と2本目。前も書きましたが、高等部を卒業した子たちは成人して、もう飲んでもよい年齢になってます。でも、どうも飲まれません。一生開かないタイムカプセル・・・。Kama
2008.06.15
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今晩は愛夢舎第8期生が卒業記念の「梅酒」を造る日でございます。 さすがに全員は集まれないようですが、ワイワイガヤガヤ楽しく造ってくれることでしょう。 きっと、今後「この梅酒」の熟成具合を確かめるために、塾に寄ってくれる卒業生もいるんでしょうね。 先週は1期生が遊びに来てくれました。(お土産ありがとうね~!Aちゃん) そして、田中先生と中島先生のバースデーパーティーには2期生と3期生のあの2人が顔を出してくれました。 そう言えば、4期生の諸君の「訪塾率(?)」が悪いな~。悲しいぞ!4期生諸君たまには顔を出しなさい。 5期生は結構しょっちゅう来てくれますね。 6・7期生は高等部で継続している子も多いので、なんか卒業生って感じじゃないんだよね(笑)。 なんか、取り留めのない話になってしまいました。 とにかく、遊びにおいで卒業生諸君! ジュクチョウ
2008.06.15
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今日、八百屋さんに立ち寄った。明日の「梅酒造り」のために、青梅を買うためだ。この八百屋さんは、僕が借りていた駐車場のオーナーでもある。引っ越してしまったので、若干遠くなってしまい、別に他のところで買ってもよかったのだが、梅酒を造りはじめて、ずっとこちらでお世話になっているので今年もお願いしようと思った。 店に入ると、店員さんは誰もいない。店内に梅は見当たらない。やがて、奥からご主人が現れた。「いらっしゃい!」「すいません、梅、ありませんかねぇ?」 すると、ご主人、「梅ですかぁ…。アレ?髪…!」 こっちが驚いた。ご存じのとおり、僕は街中の雑踏で「目印」になるくらいの自分で言うのもなんですが、それはまあ、見事な金のストレート・ロングヘアであった。腰に届くくらいの長さだったので、女性よりも長く、まあ目立ったこと、この上ない。 しかし、その長髪はもう1年前にばっさり切ってしまった。八百屋さんには、3ヶ月ごとに顔を出していた。駐車場の家賃を支払うためだ。もちろん、髪を切った後、ご主人とも何度も顔を合わせている。「アレ?髪!」散髪して短くなっただけでこの反応はないだろうから、間違いなく、「金の長髪」との比較の結果であろう。そうすると、この1年間、ご主人は髪を切った僕を、かつての僕と認識していなかったということになる。おいおい、いくらなんでも、そりゃあツレナイじゃないですか。 …と思いつつ、しかし、「待てよ…」と、思考が始まった。 なんでご主人は今まで「僕」だと認識しなかったのか。なんで今日、僕がかつての「金髪の男」と認識したのか。八百屋さんから塾に向かう車の中で、僕は程なく、ひとつの推論にたどりついた。 今日、僕が認識された理由。それは、僕がスーツ姿で梅を買いに行ったからだ。青梅が出回るのは、この時期に限定される。その季節に、スーツを着た金の長髪の男がやってきた。そのことは、ご主人にインプットされていたのだろう。駐車場の家賃を払うのは僕だけではない。だから、普段着で、短い髪で顔を出す僕は「金の長髪、スーツの梅男」と結びつかなかったに違いない。それが今日、金の長髪ではないものの、スーツ姿の男が、梅を買いにきた。それで「アレ?髪!」。 まだ塾までは若干の距離があった。僕の思考は続いた。では、僕は「顔」では認識されていなかったわけだ。しかし、それでは僕は、どれだけ他の人を「顔」で認識できているのだろう。ここで、意外なことに気がついた。例えば、僕は似顔絵師のように人の顔を似せて絵を描くことができない。それは、絵がヘタだからではなくて、実は、人の顔をちゃんと見ていないからではなかろうか。 知った人なら、割と遠くからでも、その人だと認識できる。しかしそれは、顔を見てのことではない。髪型や服装、立ち居振る舞い、そして、その人全身から立ち上る「オーラ」のようなもの。そういったもので、僕は人を識別している。そんな気がする。 八百屋のご主人もそうであったろう。どう考えたって、僕の「顔」そのものではなく、「金の長髪」が強くインプットされたであろうから。 ならば、他の人もそうなのだろうか。 例えば、好きな芸能人、タレントさんがいたとしましょう。その人の「顔」だけの写真を見せられて、「その人」だと、どれだけ認識できるものなのでしょう。ここで言う「顔」だけとは、つまり「髪」も含まない、目・鼻・口・輪郭だけの写真です。 それを考えると、実は、コレ、すごく難しいことなのではないでしょうか。 さあ、テレビでもポスターでも雑誌でもいいです。場合によっては、ご家族の写真でもいい。あるいは、自分自身の写真でもいい。普段、全体をとらえているであろう視点を一つひとつのパーツに向けてみる。右と左とで異なる、目の形、大きさ、配置。輪郭に対しての各パーツ。ふだん感じている「その人」と別の顔に見えてきませんか? 「へぇ、この人、こんな顔をしていたんだ。」 そんな感覚になりませんか? …僕だけかな? だとすれば、僕は、人を「顔」で識別せず、「全体」でもって「その人」だとしてきたということになる。そんな僕は、だから、「人」というのは姿かたちではなく、全体でもって「その人」自身を体現しているというそのことを身をもって感じているわけです。ほっそりとした印象の八代亜紀さんがよーくみると、すっごい丸顔であったことに気がついた、そんな驚きです。 そして、あらためて思う。 似顔絵師さんってすごいなぁ…。モンタージュ写真を作れる人、自分の記憶でそっくりの顔を語れる人、すごいなぁ…。Kama
2008.06.15
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今日…いや、昨日は「13日の金曜日」でした。おおぉ、怖~~~い…。 …なーんちゃって♪ 「13日の金曜日」。いつから不吉で怖い日ということになったんでしょう。また、なんで不吉なのか。 イエス・キリストは、13日の金曜日に磔の刑に処せられた。それで、この日は忌み嫌う日となった。 …という人がいますが、コレはウソです。キリスト教の教えに、そんなことは書いてない。半分だけ正しくて、「金曜日」という曜日だけはその通りのようです。が、13日であるという記録は、まったくない。ゆえに、「キリストが死んだ日だから」というのは真っ赤なウソ。 じゃあ、なんで不吉なのかというと、これには諸説ある。一番有力なのは、まあ確かに、「13」という数字を不吉な数とする考え方はあって、それは「最後の晩餐」は「13人」でなされたから。(12人の弟子(使途)たちと、キリスト本人)それで、不吉な数「13」と、忌まわしき曜日「金曜日」をくっつけてしまった、と。あるいは、テンプル騎士団が一斉に逮捕されたのが13日の金曜日だったから。 まあ、確かに西洋ではこの日を不吉とする文化もあるようです。 では、なぜ日本でも不吉なのか。 僕はですねぇ、これ、一種の『都市伝説』だと考えます。ズバリ、映画「13日の金曜日」の影響。1980年の公開だから、それより以前に、日本において「13日の金曜日」が不吉だという言説があったとなるともうその時点で、この論はぶっ壊れてしまうのだけど、でも今のように、当たり前に「不吉」となった背景にはこの映画の影響があるように思うのです。 ときに、ジェイソン、すごいですね~。エルム街のフレディと戦ったりもしますけど、何がすごいって、第10作。ジェイソンは冷凍状態になってて、はるか未来、崩壊した地球にやってきた調査員に持ってかれて、宇宙船の中で解凍、蘇生してしまう。 もう、氷づけのマンモスよりすごい。 でも、宇宙船の中でやることはやっぱり人を襲うことなので、その点は、すごくない。 …ハナシがずれて、「暴走」方面にいきそうになりました。戻します。 「13階段」なんていう言説もありますね。俗に、死刑台に階段は13段であるとか。しかし、実際には、13段の階段を有する施設は今の日本には存在しません。(かつての巣鴨プリズンは「13」だったとか、そうでなかったとか・・・)まあ、そういうわけで、「13日の金曜日」ってのは、あんまり根拠のない「不吉」である、と。だったら、「4」なんかを不吉とする方が、よほど日本人っぽいなぁ。 しかし、こういうレベルだからそれを茶化す輩はいつだっているわけで、ある方面では有名なB級(C級?)映画があります。「新・14日の土曜日」。全編、パロディです。風呂からジョーズが現れたと思ったら、半魚人だったり、オオカミが遠吠えしようとしたら、むせてしまったり・・・。 くだらない。つまらない。つまらないから、おもしろい。 まあ、ご興味があればどうぞ。 …で、僕がなんでこんなにヒネくれたことを書くのかというと、それはきっと、僕の誕生日に原因がある。 滅多に自分の誕生日を公にしないのですが(↑別にコレも理由なし。ヒネくれてるだけ)僕は、1974年9月14日生まれ。調べれば分かります。 「14日の土曜日」生まれです。Kama
2008.06.14
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こんにちは、鎌田です。そういうわけで、愛夢舎ヒストリー、再度掲載させていただきました。常連のみなさんは「またか…。しつこい!」とお感じかも知れませんが、なにせ、このブログを始めたきっかけでもあり、また、最近お読みいただくようになった皆様は「へぇ、そんなの、あったんだ・・・」とお思いかも知れないということで…。と思って、テケテケ、リンクを貼っつけて編集していったのですが、一人で作業している中、思わず「あ゛っ」って声を発してしまった。 歴史がずっと「止まったまま」になってた…。 実はですね、この3月から4月にかけて生徒保護者の皆様にお配りした冊子タイプの方はもう少し続きが加筆してあって、それ、ブログでは書いてなかった。反省。後で続きをアップします。もっとも、ほんの少しですが。 実は、最近体調を崩しておりまして、内外の皆様にご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。ブログの更新も「僕」にしては少ないとお感じだったかも知れませんが、そういう理由でございます。徐々に復調して参りましたので、このしばらくの間、アタマの中で浮かんだことなどをまたゴンゴン書いていきますね。僕のブロガーとしての時間帯は深夜、自宅において、なのでまた後ほど。とりあえずは、お知らせまで、でした。Kama
2008.06.13
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ようやく「ザッピングストーリー」の体をなしてきました。これまで、いちいちページを探していただく必要がありましたが「●●へつづく」という部分をクリックすることで続きのページにジャンプするようにしました。よりスムーズに、私たちの歴史を追っていただけるかと思います。---------------------------------------------------------1991年3月 佐々木圭、大学を卒業 アメリカに渡り、大学院で勉強を続けることを決意。1991年9月 佐々木圭、 ニューヨーク工科大学院修士課程入学 ⇒ 【SubHistory1 佐々木の渡米】 小田切直之、 大学生時間講師として ↓ ひばりが丘の進学塾で勤務1994年1月 ← ← ← ← ← 佐々木圭 帰国1994年4月 佐々木圭、 ひばりが丘の塾への就職を決める 佐々木 小田切と出会う。お互い、第一印象は「悪かった」。1996年9月 鎌田昌典(当時大学4年) 佐々木らの勤務する塾で、 97年度新卒採用内定を得て 内定者研修に参加。佐々木、小田切と出会う。1997年4月 佐々木、ひばりヶ丘教室・教室長 鎌田、同教室・教務主任 小田切、本部教務部課長に、それぞれ就任1997年12月 鎌田、清瀬教室・教室長就任1998年 小田切、新所沢校・校長就任 塾全体は、生徒減少の一途をたどり 経営不振に陥る。 翌99年度大学新卒者採用活動 矢吹和宏らが内定を得る。1999年2月 佐々木、鎌田らの指導の下 中島典子(当時中学3年)、 偏差値70の大学付属難関私立高に合格を果たすも 都立高校進学を希望し、辞退。1999年9月 度重なる給料ダウンと、支給の遅れ 生徒へ配る教材費などの肩代わりなどが原因となり 各社員はそれぞれ借金まみれに。 40人いた同期入社も残り2人となって 生活困難となった鎌田、ついに退職を決意。 → → → 【SubHistory2 サラリーマン時代の鎌田】1999年10月 会社、倒産の方向へ。 各校舎を職員が買い取る形で、独立をすすめられる。 佐々木、武蔵藤沢校を譲り受け 愛夢舎が誕生。 経営コンサルタントとして、元社長が参加する。2000年 佐々木、小田切、矢吹の3人による塾経営は 地元での評判を回復するに至ったが 元社長へのコンサルティング費用が大きな負担となり、 数値的な経営状態は、悪化の一方をたどる。 同時に独立した「仲間」らと情報交換をするうち コンサルティングのずさんさと 元社長のねらい、真実が明るみに・・・。 佐々木は、元社長のコンサルティングを拒否 本当の意味での、自分たちの新しい塾を創ることを決意。2000年8月 夜逃げ同然で、武蔵藤沢校を廃業。 程なく、市内の近い場所で、新しい塾を開校。 塾名も「愛夢舎」とし、新設の塾として運営スタート。2001年4月 「第1回 愛夢舎バンドライブ」開催。 → → → 【SubHistory3 愛夢舎バンド】2003年2月 矢吹和宏 新天地を求め、愛夢舎を退職。 (現在は大学職員としてご活躍) 人材関係の仕事についていた鎌田の協力もあり 入れ替わるように、 新人講師 三輪卓也が入社。 ↓ ↓ 鎌田、人材紹介・派遣会社を 退職することを決意。 一路、愛夢舎へ。 ↓2003年7月 鎌田、愛夢舎に社員として合流 ← ← ← ← ←2003年秋 郵便配達員さんのはからいで 昔の卒業生、中島典子からの連絡が佐々木のもとへ。2004年3月 中島典子 大学進学決定とともに 愛夢舎で時間講師として勤務をはじめる。2007年2月 専任講師 三輪卓也、 実家に戻ることとなり、愛夢舎を退職。2007年4月 鎌田のツテで、 即戦力の専任講師として、 田中健一、愛夢舎との出会いを果たす。2008年4月 「第7回 愛夢舎バンドライブ」開催 → → → 【SubHistory3 愛夢舎バンド】・・・歴史は現在もつづられています・・・。
2008.06.12
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先日、ヒストリーダイジェストを掲載しましたが、各ページへのリンクが切れておりました。申し訳ございません。ただいま調整しております。いったん、掲載を削除し、調整完了後、再度アップさせていただきます。失礼いたしました。 管理:鎌田
2008.06.12
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そういうわけで、今日は朝から健康診断。行くと、しょっぱな、血液検査で採血。 試験管5本分抜かれて、ソファに座ったはいいけど、脂汗がにじみ出てきて目がグルグル回って…。 あえなく、ダウ~ン。しばらく安静状態に…。 検査結果を待たなくても分かります。 ハイ、貧血です。 …だから、イヤなんです、健康診断。Kama
2008.06.11
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明日、愛夢舎社員は健康診断の日です。毎年1回、半日の「人間ドック」にかかります。 何が憂鬱って、あの「バリウム」です。最近の「バリウム」は「フルーティーな味」がついてて昔より飲みやすい、なんて言うけど・・・ トンデモないです! 何回飲んでもあの感覚はダメです。 とにかく吐き気が・・・ レントゲン準備のため前日の夜9時からは飲食もしてはいけないし・・・ 社員みんなブーブーです。健康のためなのにね。 入間市は40歳以上は義務なんですよね。だから、私は逃れることはできません(笑)。 なんで、こんなに文句言ってんだろう、私。 健康のためなのにね・・・ ジュクチョウ
2008.06.10
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本日は中3保護者対象の第1回進学説明会がありました。受験生の保護者の方々お忙しいなか、わざわざご来塾いただきありがとうございました。教務部長として、説明の大半を担当させて頂きましたが、話しの流れをうまく作ることが出来ず、とりとめのないような話しが長時間続いたにもかかわらず、熱心に聞いていただきましたことに感謝致します。毎年同じような説明なのですが、兄弟で通わせて頂いてるご家庭の保護者の方にとって少しでも来た甲斐があったと思っていただけるよう最新情報も合わせてご説明したつもりですが、なかなか上手く、面白く説明ができず、反省しております。私立高校の説明会に毎年参加して、学校によっては、『説明が下手でよくわかんねえよ』なんて心の中で人の批判をしたりしてるわりには自分の説明が分かりやすいかどうかはなかなか客観的に判断できないものですね。今回は約20人の方の前でのスピーチでしたが(後々は100人以上の方の前で話すことになるでしょうから)もっと練習しないといかんと思った1日となりました。 また、タイトルと関係ない話しが長くなりましたが、昨日の夜中にも、ちょっとコメントを書こうと思ってパソコンとにらめっこして、文章を書いてアップしようとしたら打ち込みが終わったのが3時6分『公開する』ボタンをクリックした瞬間『メンテナンスのためサービスを中止させていただきます』ガーン しかも時間は3:00~4:30あとちょっと早ければ・・・結構このブログ書こうとして、長文打った後全部消しちゃったことが何回かある。だから結構面倒くさくなって、たまにしか登場しないのだが、逆に考えれば、たまにしか書かない行いの悪さがこういう結果を招いた。という考え方が良いのだろう。もちろん書きたいこと、伝えたいことはたくさんある。文章にしてそれを伝える表現力にいささか問題があるのでなかなか筆?が進まない。ちなみに昨日コメントしたかったことは、カマティーの6日の日記にコメントして頂いたヒサオ’さんへ我々のヒストリーは、『ジオン公国独立を宣言』と言うよりは『ザビ家の独裁をもくろむ男』にそそのかされて独立した我が塾長が、その男との思想の違いを大きく感じ、またザビ家の陰謀に気づき、真の独立を目指して『ネオ・ジオンを創立』て感じです。我々も少しずつ成長しています。これからもよろしくお願い致します。(分からない人が大半ですね。すみません)ota
2008.06.08
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中3生の1学期中間テスト結果すべて出揃いました。 全員アップでした! ホント全員で~す。(・・・でも学校の平均も高そうですね) 400点越えした子も増えました! みんな頑張りましたね。 この結果を生かすためにも、期末で手を抜いてはいけませんよ。1ヶ月ありません。もうカウントダウンです!
2008.06.07
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先に謝っときます、ごめんなさい---------------------------------今日は6月6日である。ひとつ足りないが、「666」。 「666」。 この数字の意味をご存じだろうか。映画「オーメン」でモチーフとなって、昔のバージョンでは、エンディングロールに聖書のその一節が紹介されるので、僕は子どもの頃にこの映画を観たのだが、とにかく不気味で、不吉であると思った覚えがある。その一節とは、新約聖書、ヨハネの黙示録13章18節。「ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である。」というヤツ。映画「オーメン」では、主人公ダミアン少年が頭部にこの数字の刻印をもって誕生し、悪魔の子として、次々と不幸をもたしていく。彼には、神父の力も及ばない。----------------------------------------------再度、注意書。 僕は、キリスト教者ではありませんし、 なんら、特定の宗教に帰依しておりません。 哲学を専攻した関係上、どちらかというと あらゆる宗教を外部から捉える習慣がございます。 ゆえに、ここに記載するものは、 あくまでも「言葉あそび」の一環でございまして、 内容的に不道徳と捉えられるかもしれません。 マジメな方は、この先を読まれると、不快感を覚えるかもしれません。 お気を付けください。 …このくらい書いとかないと、ホント、こういうネタはヤバいんで…。----------------------------------------------さて、「666」はなぜ不吉とされるのだろう。僕ら日本人にとっては、やはり映画「オーメン」の影響が強いと思うのだが、ヨハネの黙示録に書かれたこの一節、「不吉」とか「悪魔」とかとは書いていない。「獣の数字」というだけだ。ここにどのような意味があるのだろう。実は、これには諸説ある。有力とされるのが、この数字がローマの「ネロ皇帝」を表すというものだ。「Nero Caesar」の名前を、神秘主義思想「カバラ」の数秘術、いわゆる「ゲマトリア」によって変換し、合計すると「666」になる。すなわち、キリスト教者たちを迫害した、古代の暴君の名前を聖書の中であげつらった、というものだ。いったい、このゲマトリアといい、カバラといい、僕なんかにしてみればこじつけじゃないか、と思うようなフシもあるのだけれど、なんか、つじつまが合ってしまうところがすごい。 「666」についての説は、まだまだある。エルサレムを破壊した、ローマ将軍ティタンも、ゲマトリアによれば「666」になる。驚くことに、「(人間の)心」も「666」に…。黙示録の中では、ヨハネは「それは人間をさす」とも言っているので、コレ、結構意味が深い。 それから、人間の四肢、頭部と、胴体を中心としたときの突起物を数えると、人間は「5」。これに対し、獣は「しっぽ」があるから「6」。天使は、人間の体に羽が2つで「7」。だから「6」は不完全、獣の数を表す。天使、聖なるものを「7」と考えるやり方はほかにもあって、だから単純に「6」はそれに足りないもの「不完全」をあらわす。「666」と3つあるのは、不完全を強調するためとも考えられる。 まだある。かつて、地と天を治めていた七大天使。(ミカエル・ガブリエル・ラファエル・サリエル・ウリエル・ラグエル・ルシフェル)このうちのルシフェルが反乱を企て、地獄におち、神への復讐のため、サタンとなって、蛇にみをやつし、人間を堕落させる。おわかりですね、エデンの園から追い出された話です。完全であった「7」から一人かけた「6」。そのことがもたらす様々なわざわい。「666」。このルシフェル→サタンについての話は、後にミルトンが「失楽園」という叙事詩で書いていて、僕も大変興味深く読んだものであった。「失楽園」、「パラダイス・ロスト」。 アダムとイブが知恵の実を食べたことには色々な評価がある。それまで、人は「時間のない世界」に生き、神のいいつけどおり、暮していたのであるが、知恵の実を食べることによって、人間は「意志」を手に入れたともされる。ゆえに、ある場合、この行為は肯定され、エデンに還り、再び神の意志で暮らそうということは人間の意志を捨てることでもあるとされる。そこで、ある種のデスメタルバンドなんかは、大々的にジャケットに「666」の数字を書き、とてもここでは書けない冒涜的な歌詞を叫ぶ。 だいたい、この冒涜的というのも紙一重だ。それを言うなら、近年なら「ダヴィンチ・コード」なんてのは、かなり危険であると思う。僕はアレを読んで、「この作者は殺されるのではないか」と本気で思った。それに「エヴァンゲリオン」も。映画だと、これみよがしに「映倫」のマークがドアップになるが、それこそが、冒涜的である危険を認識している証である。実際、映画中にカバラの秘術、「666」の数字も登場する。アレは、ヤバい…。 しかし、とにかく、「666」が何で不吉であるのか、由来は何なのか、それは後世のわれわれが勝手に解釈していることであって、実際のところは、わからない。わからないどころか、いつ、どの時点で、聖書に加わったのかすら、わからない。だって、新約聖書はキリストのことばを弟子が伝えたものだということだけど、キリスト時代には存在しなかったわけで、じゃあいつできたのかというと、結局、口伝えで伝わり、いつの間にか文書化されたということで、一応、「死海文書」とよばれるものが最も古いということだけど、だとすれば、すでにキリスト時代から長い時間を経過した後世の人が政治的な目的も加えた上で書いた可能性が高いからだ。ヨハネが「666」と言ったかどうか、定かでない。 しかし、それでも、現在ではやっぱり「666」は不吉とされる。不吉であるという説は、まだある。 パチンコなんかで「777」にひとつ足りないから・・・。 …。 …ええ~っと まあ、とにかくですね~ そんなわけで・・・。 田中先生、お誕生日、おめでとうございまーす!(ヒドイっ!さすがに怒るか、コレは…?)Kama
2008.06.06
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何かを「選択」する。昼食に何を食べるか、という「小さな選択」もあり、卒業後に何をするか、という「大きな選択」もある。 その「選択」において、少なからず、未来への「予測」と、それに向けた、「覚悟」がある。 選択者が、その「選択」をより大きなものと感じれば感じるほど、「予測」はさらに先へ先へと進み、さらに多くのパターンを考え、「覚悟」も慎重になる。昼食の選択で、そこまでの覚悟はしない。 選択後に訪れるシチュエーションが事前に描いた予測どおりであるのなら問題はないが、予測から外れたシチュエーションであった場合、そこに内的トラブルが生じる。 …少し変わったテイストで始めてみましたが、何のハナシだとお思いでしょうか。例えば、こういうことです。 昨日も書きましたが、中学1年生が目標点を設定する場合、割と簡単に「100点」と書く。それは、その「選択」によって訪れる未来が予測できないからだ。あるいは、その「選択」が、彼らにとって、昼食の選択と同じレベルのものだから。3年生は、なかなかそうは書かない。「100点」という目標を「選択」することによって、それを達成するために、どれだけ大変なシチュエーションが訪れるか、経験によって知っているからだ。1年生は、自分が予測できなかったシチュエーションに追い込まれる。「学校の宿題以外に、こんなに色々なことをやらなければならないのか」、「授業以外に、こんなに長い時間、勉強しなければならないのか」、「こんなに『100点』を取るのは難しいのか」、「こんなに周りの人は、点数を気にするのか」…。彼らの中で、内的トラブルが起こる。 実は、これは、子どもたちだけの話ではない。当たり前のことだが、すべての年代の人に、あてはまる。例えば、将来の仕事を表面的なイメージで選択する。経験がないから、多くの予測はできない。だから、覚悟のレベルも低い。料理人に憧れる人が、低いレベルの覚悟でその世界に飛び込んで、真っ先にするのは、皿洗いである。「えっ?包丁、持てないの?」またある人が、憧れのショップ店員になったとする。駅前でのティッシュ配りを命じられる。「えっ?そんなことまでするの?」高校を卒業して、なんとなく専門学校に進学するとする。ある種の専門学校生は、よほど大学生より忙しい。「えっ?こんなに大変なの?」よくある話だ。かく言う僕も、初めて塾講師になったときには事前に予測していなかったことが多かった。「えっ?家に帰れないの?」「えっ?断食しなきゃ、いけないの?」「えっ?水上スキー、できなきゃいけないの?」「えっ?給料、もらえないの?」(…一部、大変ブラックでございますが…)田中先生にしてもそうだろう。「えっ?楽器までやるの?」「えっ?怒鳴んなきゃいけないの?」「えっ?ボケなきゃいけないの?」 自分の予測外のシチュエーションが訪れたとき、人は、どう対処するか。 2つの方法がある。 1つは、そのシチュエーションから逃れることだ。会社・学校をやめる、目標を下げる。 もう1つの方法は、そのシチュエーションに身を置き続け、予測外のことに、その場で苦しみながら対処していくこと。 そこで、ひとつのことに思い当たる。 僕らは、自分の予測外のことにどんどん飛び込んでいくべきである、と。未知にどんどん踏み込むべきである、と。事前にいろいろ予測をし、自分なりの覚悟をし、それでも、予測しきれないシチュエーションが訪れる、そんな選択をする。なぜなら、人はそうした状況においてようやく以前の自分を超えることができるであろうからだ。起こるシチュエーションが完全に予測できるものは、つまり、経験なりなんなりで「知っている」からできるのであって、「知っている」ということはそれは自分の能力のうちにすでにあるからで、できることをするのであるから、「全く成長しない」とは言わないが、未知のシチュエーションに放り込まれるからこそ、大きな成長がある。ゆえに、そのシチュエーションから逃れるのは、もったいない。僕が、当時の会社を断食やスキーなどを理由に去っていたら、当然、スキーもできなかったろうし、第一、今のレベルに成長していない。 では、どうすれば、未知に飛び込むことになるのか。さあ、難しくなってきた。予測外のことが起こるような未知、そこに飛び込むことを、ある場合、人は「軽はずみ」と呼んでいるのではないか。「えっ?こんなこともするの?」それを聞いて人は「ほらぁ、軽はずみに判断するから・・・」と言う。が、予測外のことが起こった今、それは当人にとっては「成長」のタイミングである。人がいうところの「安易な考え」で自分の進学先や就職先を決めてしまい、「えっ?こんなんなの?」と内的トラブルを起こし、しかし、それがゆえに、成長する。だが、だからと言って「軽はずみ」、「安易」大歓迎、と言っているのではない。そりゃ、年長者は、後輩に対して経験知が多く、それだけ選択後の予測も深くできる。だから、訪れる結果が、本人にとって良くないと思う場合、やはりアドバイスは与え、それが教育の一端でもあろう。が、年長者がすべての選択を本人の代わりに行ってしまえば、本人に成長は、ない。レールを敷き過ぎない、というのは、こういうことであろう。そして、未知を選択し、「こんなはずでは…」と思った場合、それは成長のチャンスであることを感じ、状況から得られるものを最大限吸収し、成長を楽しもう。 …ええ~、非常に抽象的なオハナシでございましたが、これを読んで、何かを感じていただける人もいるのではないか、と思いまして…。Kama
2008.06.06
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昨日(本日?)、鎌田が記事の中で私の言葉を引用してくれた。 「現在は『過去』が作るのではなく、『未来』が作る」 これを見事に証明してくれた生徒がいる。 昨日、電話で彼と彼のお母様と話をしていてとても嬉しくなり、さらに鎌田の記事(これも阿吽の呼吸か?)に触発され、書くことに決めた。 彼は中3男子。現在高2のお姉ちゃんもウチの生徒でした。お姉ちゃんの高校合格を機に、彼は入塾しました。 入塾時の成績は・・・定期テストで言えば5科で200点越えているくらいでしたか・・・ でも、こいつプライドだけは高かったんですよね。全然勉強していないくせに、テストが返却されると(もちろん悪い点数)、その結果にムシャクシャし、機嫌が悪くなる。暗く口を閉ざしてしまうこともあった。 中2のころ、彼は田中先生の英語の授業中、あまりに授業態度が悪く、教室を追い出された。滅多にキレない田中先生が、 「帰れっー!」とやった。彼は躊躇したものの、田中先生の雰囲気を見て悟ったのか、授業中盤で教室を出ました。授業が終わったあと、私は田中先生から、その顛末について報告を受けました。 私が、彼のお母様に電話をしようとしたその瞬間(授業時間が終わり、ほとんどの生徒が帰ろうとしていたころでしょうか)、彼が塾に戻ってきました。それも、 坊主頭になって! 先生方も、残っていた生徒たちも「えっ?」「なにがおこったの?」・・・という状況。 彼は田中先生に歩み寄り、「田中先生すみませんでした」のひとこと。 家に帰って、反省の意をこめるため、自らバリカンで頭を丸めてきたのです。(このときは田中先生も涙ぐんでたなあ・・・) でも、このとき私たち講師陣は、彼のポーズだけでは本当の評価はしていませんでした。 そして、とうとう受験生になる直前、中2の学年末テストの対策授業中、今度は私の英語の授業でした。授業後半また彼の機嫌が悪くなりました。問題を解いているときに思うように自分の答案が作れなかったのです。 そこから、私の質問に対しても「シカト」・・・ぶちキレてやろうかと思いましたが(笑)、私は落ち着いてひとこと。 「お前、カッコ悪いな」 彼の顔色が変わりました。相当嫌だったのでしょうね。この言葉・・・。 その後、彼は誰よりも多く自習に来る生徒になりました。宿題も誰よりも早く終わらせ、積極的に先生に質問するようにもなりました。 やっと、彼は「自分の描いている『未来』」に勇気をもって向かい始めたのです。ポーズでなく、本当の意味で「理想の自分」「未来」「夢」だけを見始めました。 その結果、中3の1学期中間テストで 200点台から(300点台を一気に通過して) 400点越えを達成! そう、きっと、彼は「坊主(ポーズではなかった?)」にしたときから、今回の結果を頭の中に描いていたに違いありません。強くイメージしていたに違いありません。途中、先生達に感情をストレートにぶっつけていたのも、そのイメージに到達するために必要な発散だったに違いありません。 色々あったけど、彼の描いた『未来』が現在に追いついたんですね。 おめでとう!Y君!君は偉業を成し遂げました。勇気をもって自分と闘いました。「夢」のつかみ方を覚えてしまいました。これからもたくさんの「夢」を達成することに喜びを感じることでしょう。P.S. 商業高校が志望校だった彼は、今は進学校にその目標を変え、大学に行きたいという旨を私たちに話しています。
2008.06.05
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各中学校の中間テストが終わって1週間。テスト結果の多くが返却されてきた。返ってきた順に「どうだった?」って点数を聞いたら、「94点」、「92点」、「94点」…とこれまでにない高得点が続いた中3国語だったが、全員の平均点は76点に落ち着いた。最高は98点。残念ながら、100点満点はナシ…。僕もまだまだ修行・精進が必要です。生徒たち、ゴメンよ…。 さて、中学1年生にとっては初めてのテストとなった。僕は、普段の授業では彼らの英語を担当しているのだが、120分授業の最初の30分くらいは毎回のように「お説教」になる。 今年の1年生は、子どもっぽい。 全先生共通の感想だ。ませたところ、斜に構える姿勢、そういったところが驚くほど少なく、しかし、まだまだ小学「中」学年ではないかと思うような行動。まあしかし、純粋であるとも言えるので、例えば、授業開始直前にドタバタじゃれあってるのをみて、じっくり、言い聞かせるように語ると、うすら涙を浮かべながら、真剣に聴こうとする。 「いい子たちじゃないか。」そう、いい子たちです。 しかし、そこもやっぱり子どもっぽいところで、大事な話は真剣に聴こうとするけれども、それが心の奥底に刻まれるようなことも、あまりないようだ。だから、翌週になると「宿題、わすれたぁ~~」って大笑いしながら、悪びれもせず、言う。で、またお説教になる。 そんな彼らの初めてのテスト。愛夢舎では、テスト勉強に先んじて、必ず目標点の設定を行う。彼らにも、テストに向けて真剣にがんばることの意味を語り、彼らは眼を輝かせて、全科目90点以上の目標設定をしたのだった。塾で毎週授業を受けている英語と数学は100点を目標とする子も多かった。 …が。だから、それとこれとは別のハナシで、例えばテスト直前の土曜・日曜。3年生あたりは、午前10時から塾に来て、途中、昼食や夕食をとりながらも夜まで勉強する。そのあたりの塾の使い方は、さすがに慣れている。でも、1年生はそうはいかない。何しろ、テストを受けたことがないので、今の自分の力だと、どういう結果が出るのか、よくわからない。そして、小学生のときにはそんなに勉強したことはないから、しぶしぶお昼すぎに塾に来て、お友達とおしゃべりしながらプリントに向かい、1~2時間もすると、もう帰りたくて仕方がないモードになる。鶏と卵ではないが、やる気が上がれば、結果も出る、結果が出れば、やる気にもなる。やる気がなかったとしても結果を出させることで次につながり得るから、ある程度、無理やりにでも勉強させるのだけれども、結局、気持ちが向いていないので、ほとんど効果はない。最後には泣き出してしまう。…テスト前日の時点で、僕らには、当然、結果は見えていた。 いよいよ、彼らの手元にテストが返却された。さあ、どうするか。ここが肝心だ。ちょうどその日は、僕の英語の授業であって、正直僕は、テキストを投げつけて、彼らを怒鳴りつける覚悟でいた。あるいは、またしても「お説教」になるか。点数に対してではない。「結果」というのは「点数」だけのことではない。ちなみに、英語の点数は、まだ出そろっていないけれど95点とかだから、別にそんなに悪くない。そういうことではなくて、自分の立てた目標に対して、どうなのか、その目標に対して、どう行動したのか、「結果」をどう思ったのか。それによって、叱ることも必要だし、ほめることも必要だし、その見極めは、一瞬でしなければならない。彼らの顔をみた一瞬で、判断せねばならない。 果たして…。 ある生徒は、目のまわりを真っ赤にはらして塾にやってきた。ある生徒は、「テスト」という言葉だけで泣きそうになった。もう充分だ。 その日の授業の最初の30分は、僕は怒鳴りもせず、いわゆる「説教」もせず、ただ彼らの行動を「評価」し、反省会をするにとどまった。聞けば、ある生徒は学校でテストを返してもらったとたんボロボロと泣き出してしまったらしい。またある生徒は、家でひとしきり、わんわん泣いたあとに塾にきたらしい。 彼らは、結果を「くやしく」思うことができた。中には、テストの点数に全く頓着しない子もいる。100点満点のテストでひとケタの点数をとってもまったく気にすることなく、テスト用紙は丸めこまれ、へたすりゃ、どっかに捨てられる。それに比べれば、点数の部分を折って、他の人に見られないように隠す子の方がまだマシだ。それ以上に、1年生の彼らは、僕らに点数を言うことを拒みもせず、そして、僕らの前で、テストの点数「ごとき」のことで涙を流すことを辞さない。 安心しました。 いや、むしろ、大変頼もしく思いました。 どうか、そのくやしさを忘れないでほしい。涙を流したことを、忘れないでほしい。しかし、いつまでも「結果」を思い続け、間違っても「自分はダメだ…」とか、思わないでほしい。いつか、佐々木が言っていましたが、「現在は『過去』は作るのではなく、『未来』がつくる」のだから。 でも、このくやしさが繰り返され、やがて、それに慣れてしまうと、くやしさも思わなくなってしまうのであろう。だから、次の期末テストこそ、正念場である。 誰のって、彼らのではない。 もちろん、僕らのだ。何がなんでも、どうあっても、結果を出させてあげねばならない。そうでなければ、彼らの「涙」が報われない。大人に近づくにつれ、「赤点」とか「留年」とか「失敗」を感情でとらえなくなる。理性的にその解決策を探すようになる。それはそれで成長なのかも知れないけれども、純粋な彼らの涙。悪いことをしたわけではなく、ただ単に自分に納得がいかないという、その涙。その価値を大切にしたい。Kama
2008.06.05
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今日、明日、明後日と愛夢舎は授業をお休みにさせて頂き、「先生の研修(勉強会)」を行っております。(休憩時間を使ってブログに書き込ませて頂いております) 愛夢舎は「先生の能力アップ」のため、授業をお休みさせて頂いてでも、年に数回はこういった機会を設けさせていただいております。 「授業技術研修」「生活指導技術研修」「進路指導技術研修」「各教科の知識アップ研修」「入試問題研究」「自己啓発研修」等など数え上げたらキリがないくらい、講師陣も身につけなければならないことがいっぱいです。 大変ですが、それらが生徒や保護者の方々のためになると思うととてもやる気になります。 今回も、きっと、愛夢舎講師陣はさらなる能力をつけて生徒諸君の前に登場することでしょう。お楽しみに。 ジュクチョウ
2008.06.04
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【ラジオ】先週末、5月31日(土)に地元FMラジオである「FM茶笛(チャッピー)」に塾長・佐々木がゲスト出演した。「くらし経済塾」とかっていう番組で地元の経営者の話を聞くというコーナー。もっとも、経営論とかそういうハナシはほとんどなくて実際には、ひたすら塾のことを聞かれていただけだけど今回は佐々木ひとりが出演したので、僕は何のお手伝いもしていないのだけど、メールチェックは僕のお仕事だし外部とのやりとりでは比較的僕も手を出すので直接担当の方と話はしていないけれどもメール上でのやりとりは見ていた。 佐々木が出演したコーナーのタイトル。「この人に聞け!」。 … ニーチェの「この人を見よ」をすぐさま連想してしまった。僕だけでしょうか ちなみに、「聞け」じゃなくて「見よ」だったら、超人思想の極みだとか言われるけどニーチェさんのアタマが少々ヤバくなってきた時期の著作だからなぞらえられるのは、ビミョー・・・。 【阿吽の呼吸】塾長・佐々木と、教務部長・小田切は長いつきあいだ。14年になる。僕は、その2年後にふたりと出会ったのでそれでも12年になる。こうなってくると、例えば仕事をしていて、塾長が立ち上がると、何をしようとしているのかたいてい分かるようになる。 小田切先生は、そういうのをよく「阿吽(あうん)の呼吸」と言う。 田中先生は、僕らと出会ってまだ1年ちょっとで、その割には、よくお互いのことを感じ取っていると思うけど、「阿吽の呼吸」とまではいかないところも、そりゃああって、色々苦労しているみたいだ。ゴメンね。まあともかく、佐々木、小田切、鎌田の間では、言葉が足りなくても話が通じることが多い。 先日、ブログのデザインを1年前、始めた頃のものに戻した。これは、小田切先生の提案だった。もっとも、僕も同じことは考えていて、それも「阿吽」といえばそうかもしれないけど、直接のきっかけは夜、自宅にいた僕の携帯に小田切先生が送ってきたメールだった。 これだ。 「ブログ、背景をケロケロだかカタツムリ(←携帯では絵文字) みたいのにしたらどう?」 ケロケロって・・・。 翌日、佐々木塾長にも見せてみた。これで、3人とも、同じ理解をする。 ケロケロもカタツムリもいないけど、このデザインのことだというのは、あまり考えなくても、わかる。 …ってことは、佐々木塾長も僕も、コイツをケロケロだと思ってたのかな。まあとにかく、「ケロケロ」で会話が通じる。これが、愛夢舎の「阿吽の呼吸」。(↑ホントかい…) 【研修】そんな今、田中先生は校舎で塾長と研修中です。一般企業で「研修」っていってその実、慰安旅行だったりすることがあるようだけど、ウチの場合、「研修」と言ったらホントに「研修」です。先生だって、勉強するんです。(もちろん、教科の学習ではないけれど)僕はこうして、脳ミソと身体の浄化をして、週末の進学説明会の準備に向け、「体力」を蓄えているところです。塾長、田中先生、お疲れ様でーす。Kama
2008.06.04
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佐々木塾長と田中先生は、毎晩のように英文法について討論をしており、僕は、英文法の知識は大したことないので、まあ蚊帳の外にいるわけで、ところが、先日、文法用語の定義について話題を振られた。どうも釈然としない部分があって、それを日本語的に解釈するとどうなるか、ということで。こういう場合、僕は「言語学」的な思考で考える。「語学」ではありませんよ、「言語学」。ソシュールとかチョムスキー、バンヴェニストとか、そっちの方です。 いったい、日本語で日本語を考えるのは、ややこしい事情をもたらす場合がある。「メタ言語機能」というのだが、たとえば、「犬がほえる」と言った場合、これはある場合正しいが、ある場合、誤りとなる。「犬」という「言葉が指す対象」である動物はほえるが、「犬」という「言葉」はほえないからだ。つまり、言葉にはその言葉が指す対象を意味として示す場合とその言葉自体を示す場合があって、この考え方を知っておくと、あらゆる言語の文法を解釈するときに役に立つ。そこで、この言語学的視点に立ったときに気付く言語の面白い「成り立ち」を分析してみよう。 論理 と 理論計時 と 時計習慣 と 慣習 おわかりだろう。逆の順番に並べても意味が成立する二字熟語だ。そして、並べかえる前と後とでは意味が若干異なる。普通なら、「たまたま」で済まされてしまいがちだが、言語学は、ここに意味を見出す。つまり、法則性を見出す。僕はここにおける法則を「動的言語の固定化」と呼ぼう。(やったー、発見しちゃったもんね~) 「論理」というのは「筋道」のことで、動きがある。その動きを通じ、あるひとつの意味が成り立ち「理論」となったとき、それは「固定」している。もはや、ぶれることはない。「計時」は人がストップウォッチ片手に行う行動であるがそのための「時計」は、固定している。人々が個人の行動として行う「習慣」は社会に共通した行動となったとき、つまり、社会で「固定」された意味となったとき「慣習」になる。 どうでしょう? 人が行う「上陸」という行動によって導かれた「陸上」。「会社」という動的なものが集まる「社会」。思想が「回転」することで、「コペルニクス的転回」という名詞に行きつく。 順番入れ替え可能な二字熟語は、つまり、一方が動的状態を指し、もう一方は、その動的状態が固定化したものを表す。 ならば、この法則を利用して、色々な語の意味解釈が可能になる。動的な「観客」によってもたらされる「客観」なんてのもそうだ。「読解」と「解読」も同様。「連関」と「関連」も、そうだろう。 それから…。 「しぶ(い)」という形容詞からもたらされる「ぶし(武士)」。「本日」を重ねると「日本」になる。「ネタ」が固定して「タネ」。「存在」が固定して「在存」。「DAWN(ドーン)」が固定して「温度」。「アダム」が固定して「アムダ」になって「阿弥陀(あみだ)」になった。「森田」が固定して「タモリ」。「シメ」を固定するのが「メシ」。だから「飯に行く?」→「メシイク」は「シーメークーイー」になる。「トマト」は「トマト」になり、「しんぶんし」は「しんぶんし」になって、「ナンテシツケイイコイイケツシテンナ」は「ナンテシツケイイコイイケツシテンナ」になる。「毎日」は「日毎(ひごと)」になって、「照明」は「明照(メーテル)」になって、「ワカメ」が固定すると「カツオ」になって、「ビートルズ」が固定すると「ずうとるび」になるのだ。 はい、論理破綻。------------------------------------------------------おわかりだと思いますが、 もちろん、ふざけてます。 僕のことですから、 「こういうネタで最後までマジメに書くわけは…。」と思った方、 正解です。 転用・引用、いくらでも構いませんが、 一部、ウソが混じっていますので、ご注意ください。 そして「ウソだ!」、「間違ってる」という突っ込みも、ご遠慮くださいませKama
2008.06.01
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