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ブライアン・ワイス博士からトレーニングを受けたという催眠療法士の、過去世退行催眠のワークショップに行ってきました。ワイス博士といえば『前世療法』で有名なアメリカの精神科医。彼の著書は日本でも多々翻訳されています。私も彼のデビュー作(ていうのかな?)、患者の一人が、退行催眠で恐怖症の原因を探るうち幼少期の記憶を飛び越えて、紀元前のエジプトへ退行し、当時の記憶を鮮明に語り始めてから恐怖症も治ってしまったという、『前世療法』(「MANY LIVES, MANY MASTERS」)に魅了されて以来、彼の著書は出るとたいてい読んでいます。 私も前世退行催眠を受けてみたい――と当時は願ったものですが、アメリカは遠い…。あれから20年が経ち、なんとうちから車で15分ほどのメルボルンの一角で、ワイス博士系の療法士が退行催眠を行う!というのです。ま、本人ではないうえ、個人じゃなくてグループ・セッションですが、それでも、ワクワク。3時間のワークショップで、十人ちょっとのグループでした。療法士のTさんは、退行催眠について簡単に説明した後、さっそく皆を催眠へと誘導してゆきました。まず身体がリラックスしてゆくように誘導してから、自分の家の正面をイメージさせ、その屋根に乗って、周囲を見渡すようにとイメージを膨らませてゆく。家の裏手に回って、空を仰ぎ、日が昇り、日が沈み―、夜空の中を、自分の身体がぐんぐんと上昇してゆく。昇って、昇って―、今度はぐんぐんと下降してゆく。ぐんぐん、ぐんぐん、地面にぐいと着地して―、―さあ、何が見えますか?はい?―ご自分の足元を見てください。 何か履いていますか? どんな足ですか?え、え~~~前世、もう始まってたんですか~~~~~!?「では、今から私が十数えると、あなたは前世に戻っています」みたいな誘導がなかったうえ、予想外に早い展開に正直、焦りました。。。焦りつつ暫く待つものの、Tさんからはもう指示も誘導も入らず。辺りにはリラ~ックスのα波を誘おうとするBGMが流れるばかり――。どうやらこれで前世への誘導は完了されてしまったらしい……。むむむ……けど、ただぼんやりしてても暇だし、お金ももったいないし…。先程Tさんが、自分のハイヤーセルフに何でも質問をしなさい、と言っていたことを思いだし、執筆のことを尋ねてみました。と、群衆に囲まれ広場に立つローマ兵の姿が、見えた。このローマ兵は、以前に突如出てきたビジョンでもあったのですが、今回は「36」、サーティーシックスという数字が強く出てきた。36歳で亡くなったようで。一回目のセッションを終え、療法士のTさんが皆に、何が見えました?と尋ねたものの、2、3人の方が張り切って答えただけで、後はし~~~ん。皆さん、腑に落ちないと言う顔をしてらっしゃった。そうよねぇ、なにぶん誘導の時間、短かったものねぇ…。「では、方法を変えて、またやってみましょう」とTさん。二回目の誘導は、全身リラックスもほとんどなく、なんと、もっと短かった。^ ^;森の小道を歩いてゆく自分をイメージするようにと言われ、その道沿いに小石が3つ落ちている。拾い上げて、裏を見れば、「Deeper」(もっと深く)と刻まれている。二つ目を拾い上げれば、「Deeper」(も~っと深~く)、三つ目も「Deeper」(も~っと深ぁ~~く)、そうして階段を下り、ドアの前へと導かれ、ドアを開けて――さあ、何が見えますか?……結局、誘導法を変えて3回トライしました。それでも、2回目の誘導では、バロック調(でしょうか?)の身なりをして、長髪を後ろに束ね、2階の窓辺に置かれたデスクに向かって、羽ペンを動かしている若い西欧人男性の後ろ姿が見えた。それから場面は教会の中へと移り(カソリック教って気が)、またもや「36」サーティーシックスが浮かんだ。いろいろうまくいかなくて、36歳で亡くなったらしい。なんだか喉と胸のあたりに大きな塊みたいな哀しみが突き上げてきた。16世紀末とか17世紀ごろの、フランスかベルギーだって気がしました。とはいえ、この西欧男性のビジョンは、以前瞑想のときにも出てきたものだったのだけれど…。3回目は、寺の本堂で護摩を焚く仏教僧の後ろ姿。お寺の本尊や、めらめらと上がる炎が鮮やかに見えた。――ものの、一月ほど前に真言密教の僧が書かれた本を近所の図書館から借りてきて読んだので、そのせいかもしれない。それでも、(今思えば)面白いことに、その仏教僧はくるりと振り向くと、「小乗」ではなく「大乗」で生きる大切さについて話し、「大願成就」と筆で記したお札を手渡してくれた。「自我」や「小願」を超え、「大願」に生きなさい、と。で、気がつけば、私の右隣には先のローマ兵が、左隣にはあの西欧人男性が現れて、なんとみんな一緒に護摩祈祷に加わっているではないか!意外な展開に自分でもちょっとビックリしました。^ ^;とはいえ、ワイス博士は「催眠」でしたが、Tさんのは「催眠」というより「誘導瞑想」Guided Meditationに近いと思う。グループセッションだったし、3時間1回こっきりのワークショップだったせいかもしれないけれど、個人的には、もっと催眠意識下への誘導暗示、欲しかったです。。。それでも皆さん、いろいろあったらしく、何人かは興奮して自分の見たものを語ってくれました。その中に、中世のヨーロッパで女の子だった自分が見えた、とおっしゃった女性がいました。そのとき、8歳か9歳くらいの幼い少女だったにもかかわらず、村が兵士に襲われて、彼女もレイプされ、殺されたのが見えたのだそうで。殺される場面ははっきりとは見えなかったけれど、自分の前に立った大男に、首を刎ねられるような残虐な殺され方をした。その男が自分の現在の夫のような気がした、と。その話を聞いて、「That's very interesting! それってすごく興味深いわ!」と、Tさん。「実はあなたの夫もその話をしたのだけれども、聞いてる? 彼は中世の戦士で、(現在の)妻の首を刎ねた自分を見た、と言ったの!」えーっ、それって、ワイス博士の『魂の伴侶』じゃあないですか!その女性は、夫がTさんのセミナーに参加したことは聞いているけれど、その話は聞いていない、と答え、Tさんはもちろん、周囲も私も大いに驚愕したのでした。ほんとかいな? ちょっとでき過ぎって気も…。それにしても、Tさん、セラピストの守秘義務はどうなっているのでしょうか?それから、夫に石で殴り殺されたイスラム女性だった自分がありありと見えた、と語った方もいらした。そのときの夫が、今の母親だったと言う。母親とうまくいっているか、とTさんが尋ねると、彼女は首を振り、母親とは長いこと話していない、と答えてらした。他にも、ほとんどの方がなんらかのビジョンを見ていた。それらは、前世の記憶なんだろうか?前世の記憶かどうかはさておいても、どうして、そういう場所の、その時代の、そういう人物が見えたのか?という問いは、やはり興味深いと思う。たとえばイスラム女性の死の場面を見たという金髪女性、彼女はどうしてそんなビジョンを見たのだろうか?彼女自身、戸惑いがありありと浮かんでいた表情が思い出されてしまう。ワイス博士に限らず、退行催眠を扱う療法士の報告を読むと、それが前世の記憶かどうかはさておき、原因を思い出すと恐怖症が治る、そのことが重要なのだと指摘している。療法士のTさんは、見えた「前世」をGoogleサーチして、背景を調べることを勧めてらした。とりわけ戦死した兵士だった前世を思い出した場合、戦死者の記録は残っているので調べ易い、と。私の場合、Googleサーチするほど細かい話は出て来なかったし、前世の記憶かどうかも、もちろん、わかりません。あ、それ、私~、確かにそういうことあった~、みたいな感覚もなかったし。^ ^いずれにしても私の場合、こういう誘導瞑想の類で出てくるビジョンは、瞑想の最中などで自然に出てくるそれと比べ、遥かに弱いデス。でも帰り際、Tさんから過去世退行催眠の誘導CDをいただいたので、またそのうち時間を作って聞いてみようとは思っています。さてさて、写真は、ワークショップとは全く関係なく、先日26日の日曜日に子どもたちを連れ、今年最後の雪遊びを楽しもうとLake Mountainに行ったときのもの。雪はもうほとんど溶けて、泥雪しか残ってなかったのだけれども、それでも子どもたちは楽しくタボーガンしてました。
2010.09.28
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今年もROYAL MELBOURNE SHOWに行ってきました。The Royal Agricultural Society of Victoriaというビクトリア州の農業協会が主催する、伝統的なフェスティバルです。毎年春休みに (そうなんです、ここは春なんです~) 開催される、子どもたち、お待ちかねのイベントなの。元々は農業のお祭りなので、にわか遊園地や、ライブミュージックなどのエンタティンメントにくわえて、馬や羊などのファームアニマルや芋掘りとか、牧歌的イベントも盛りだくさん。子どもたちは、ポニーライドから絶叫マシーンまでも楽しめる。手作りクラフトのマーケットに、グルメな食べ物から素朴な田舎料理、有機栽培の美味しい食品展、農場の動物たちにくわえて、犬や猫たちのペットパビリオンも出て、なにより、小さなお宝(?)が詰まった、福袋ならぬ「ショーパッグ」が人気です。ちなみに、うちの息子ムゥなど、このショーバッグを目当てに、なんと一年も前から楽しみに待っていた。^ ^;その息子の気迫に押され、ダディンもこの日は仕事を休んで出陣デス。実際メルボルンでは、たぶん春休み一のファミリーイベントなので、仕事を休んで、来られるご両親も多いそう。9月18日から28日まで開催されているのだけれども、週末はえらく混んでしまうので…。ま、オージーの「あり得ないほど混んでた~!」は、東京で暮らしていた身には、あんま大したことはないけれど…。あいにく当日は、そのうち雨でも降ってきそうな曇り空。くわえて娘メェは風邪をひいたらしく、体調が今一つだったので、とっととこなして、今年は早く帰ろうってことで、まずは屋外アミューズメント・エリアから。「やだ~、帰らない~、まだ乗ってない~」とムゥに号泣されて雨の中、機関車のりじゃ堪らないですもんねぇ…。遊園地といっても、ティーンネイジャーで賑わう絶叫マシーンの並ぶエリアではなく、ダンボや車の乗り物やジャンピング・キャッスルが並ぶエリアへ。「お腹痛い~」とか言っていたメェも、いつのまにか元気になっちゃって、ジャンピング・キャッスルや、巨大滑り台で飛びまわったり。ムゥはトーマスもどきのミニチュア機関車に、メェは大好きなポニーに乗って、大はしゃぎしてました。それからメェのお目当て、ファームアニマルのパビリオンへ。子羊、子山羊、子豚、子馬に子牛、子犬やうさぎ、ニワトリ、アヒル、果てはラクダにアルパカまで。農場・牧場にいそうな動物たちが勢揃いして、かわいいの、なんの子山羊や子羊を撫でたり、抱っこできるコーナーもあって、動物大好きなメェは大喜び。さっそく子山羊を抱かせてもらっていました。思い返せば、去年メェはチャボを抱かせてもらって、「かわいい~! チャボ飼いたい~~~!!!」と(そ…う、そんなかわいいか、チャボ?)、大感激しておりました。いやぁ、人の趣味って、いろいろです~。ところで、去年はステージで牛の出産をライブでやっていて、ギョッとさせられたものですが、今年は気づかなかったですねぇ。確かに子どもが「生」を学ぶ素晴らしい機会だとは思うけど、かなり生々し…。やっぱ中止になったのかな?さて、ランチは農家の奥様方が主宰するカフェで伝統的ファーム料理を。毎年ここで食べるのですが、今年もミートパイやフィッシュ&チップス、スコーンなどをいただきました。ランチの後は、アロマなマッサージオイルやクリーム、有機栽培のソープやキャンドルなんて癒し系グッズから、霊能者のサイキック・リーディングのブースまでもが並ぶ、マインド・ボディ・スピリット・フェスティバル系のパビリオンを横目に、メェお待ちかねのジャガイモ堀りのコーナーへ。私的には、癒し系パビリオンでマッサージや霊視でも楽しみたかったけど、なにぶん今日の主役は子どもたちなので…。それにしてもこういうイベントにまでスピ系が並ぶなんて、いやぁ、ニューエイジもメインストリームとなったものです。ジャガイモ掘りの方は、屋内に仕立てた農場コーナーなので、大地に根を張った芋を抜けるわけではなく、バークや土の中に埋められた芋を、シャベルや手で掘り出すだけ。それでも二人とも大喜びで、三十分は熱中していた。芋を掘り出しては、また埋め。掘り当てては、また隠し―。そうして掘った芋のうち一、二個を選んだら、向こうに展示された芋の展示場から、自分の芋の種類を調べたり。芋判作って、スタンプアートしたり。帰りには二つずつ記念にお芋をもらっていました。さて、今回は早く帰ろうと決めていたのに、既に4時。けど息子が一年間も待ち続けた、待望のショーバッグがまだでした。ムゥは去年15ドルで、(ちゃちなプラスチック中国製の)トランスフォーマーが盛りだくさんのショーバッグをゲットして以来、ほんと~に一年間、この日を心待ちにしていたの。実際、「メルボルン・ショーといえばショーバッグ」というくらい、ショーバッグは、ここの売り。大人からすれば、なんてことない、がらくた(ちょっと遊ぶと壊れちゃうような、やたらと耐久性の低いプラスチック製のおもちゃとか、一週間も使うとファスナーが壊れちゃうような儚いデイパックとか…)なんだけど、子どもたちにすれば、ビニルのバッグに積められた夢の袋。ショーバッグのパビリオンは、夢の袋を求めて躍起になる子どもたちを連れた家族連れで、すし詰め状態に混んでいました。この出だしに、オージーの混んでいるは、さほどじゃない、なんて書いたけど、ほんと混んでたの。ぎゅうぎゅう詰めで歩けない、動けない。ムゥなど、ただでさえ小さくてブースが覗けないのに、ショーバッグが見れなくて、パニックに。仕方なくダディンが肩車を。他にも子どもを肩に背負って疲れ果てた形相の哀れなダディン族がそこかしこに見られました。^ ^でもって、警官は「スリに注意してくださ~い!」とか怒鳴ってるし。慌てて、バッグを押さえたりして。子どもと、はぐれないようにガシッと手も握ってなくちゃならないし。いやぁ、汗だくでした。ようやっと子どもたちがショーバッグをゲットしてくれたときには、ほっ。去年、保安官セットを買ったメェは、インディアンとカーボーイのセットを。ムゥは、今年もトランスフォーマーを狙っていたにもかかわらず、出てなかったので、マシンガン・セットを。それにしても母親はポニーのぬいぐるみセットとか、プーさんの持ち物バッグとか、ラブリーな類を勧めていたのに、二人とも、ちゃちいとはいえ、こんなバイオレントな代物を選んでくれちゃって…。今これを書きながらハタと思えば、でも「混んでいた」と言っても、パビリオン自体には待たずして入れたのだから、まだまだ、だったのかもしれないですねぇ。だって日本の混んでるだと、たぶん入るまでにも長蛇の列ではないか、と…。写真は、ファームアニマルのパビリオンで眠っていた子牛(子鹿かも…)ちゃんデス。寝顔がとてつもなくかわいかったので。
2010.09.23
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ミュージカルの『メアリー・ポピンズ』を観てきました。子どもたちは学校をお休みして。メェもムゥも、学校を休んでいける!という、おまけ付きのミュージカルってだけあって、大喜び。会場のリージェンシーは、19世紀に建てられた、ビクトリア朝のこじんまりとした美しい劇場です。メルボルンでもアンティークに優雅な劇場といえば、ここと、プリンセス・シアターではないでしょうか。しかも席がドレスサークルだったのぉ!二階席の一番前で、小さな劇場だからステージもよく見える。4歳のムゥはチャイルドシートも借りることができて、ご機嫌。劇場で見るミュージカルは、今回が初めてのムゥ。楽しんでくれる(そうしておとなしく見てくれる)ことを願って、合掌…。それにしても、『メアリー・ポピンズ』ってだけあって、とにかく子どもが多かったデス。いやぁ、世間には、こ~んなに子どもに学校を休ませて連れてきちゃう親がたくさんいるんですねぇ。思えば、私の小学校時代なんて、学校を休んで遊びに行くなんて許されなかったものだけど、時代は(あ、国もか)変わりましたよねぇ。『メアリー・ポピンズ』は、私はもう何十年も前に映画で見たきり、忘れていたけれど、(ちなみにミュージカルは映画とはストーリーを変えていました)、やはり世代も時代も超えて大人も子供も楽しめる、素晴らしい作品ですね。仕事で忙しく、家庭を顧みる余裕のなかった銀行家のお父さん、慈善事業や社交で忙しく、やはり家庭を顧みる余裕のなかったお母さん、ナニ―(教育係)に預けられ、我儘放題で生意気だった子どもたち。そんなバラバラだった家庭に、メアリー・ポピンズは奇跡を起こしてくれます。家族の心に温かさ優しさを取り戻し、家庭を愛で満たしてくれる――。音楽はもちろん、舞台はカラフルに活き活きとして、メェはもちろんムゥも瞳をキラキラさせて見入っておりました。ムゥなど、お話はたぶんよくわからなかっただろうに、観客と一緒に小さな手の平を合わせ、パチパチと拍手する姿など、うっ。母は舞台でなく隣の息子の姿に思わず見入ってしまったりして。^^そうして『メアリー・ポピンズ』の曲は、思わず口ずさみたくなるような、コミカルに楽しいばかりじゃなく、心に迫るスピリチュアルな曲がたくさんありますね。たとえばあの有名な、「スプーン一杯のお砂糖で(苦い)お薬も楽しく飲めるようになる」。そういえば、このところ、日常の慌ただしさに、毎日を楽しむための小さなエッセンスを入れることを忘れていたかもしれないなぁ、なんて、改めて思わされたりして。バタバタと日常に追われて暮らしていると、つい心配事や不安なんて、ネガティヴな想念の方が強くなってしまうけど、ちょっとした心の工夫で毎日はまたキラキラしてくるんですよね。きっと。「あなたが招けば、人生には何でも(奇跡が)起こる」とか、ほとんどニューエイジ的に楽しい曲もたくさんあったりして。あらためて、実はすごくスピリチュアルだったんだな~、と感心させられました。『ピーターパン』とか『ナルニア物語』とかもそうだけど、子どもの物語って、霊的にハッと心を打つものがたくさんあります。ラスト、メアリー・ポピンズは左手にトランク、右手に傘を広げ、夜空に飛び立ってゆく。マイケルが、「ぼくたちはもうハッピーになれたから、メアリー・ポピンズは 彼女を必要としている家庭のところへ飛んで行ったんだよ」と。その彼女が舞台を超えて、星の瞬く夜空の中を客席へと飛んできたときには、劇場は拍手喝采。ムゥもメェもめいっぱい頭を上げて、小さな手を打ち鳴らし、カンドーしているようでした。ダディンなど、すっかり銀行家のお父さんに感情移入してしまったらしく、瞳をうるうるさせていて。ダディンの瞳にきらりと光るものに気づいた私も、うっ。ダディンと私、同じ家庭を営むパートナーとして日々奔走していると、お互い「今日やらねばならないリスト」をこなすので精いっぱいで、人生で一番大切な、ささやかなエッセンスを入れるのを忘れてしまいます。たぶん私たちに必要なのは、「スプーン一杯の思いやり」ですね。ダライラマも「My religion is KINDNESS」だと言っているし、私も SPOONFULL OF KINDNESS忘れずに(とりわけダディンには忘れがちなので)、入れてゆこうと思います。そうして、メアリー・ポピンズ、ぜひぜひ今度はうちにも来てもらいたいものです。写真は、プログラムをアップしたかったのだけれども、ほとんど同じ値段だったので、ついつい代わりに買ってしまった本で。『メアリー・ポピンズ』、文豪トラパー氏が世に送り出してから今年は75年目なのですね。いやぁ、名作の命は永遠です。
2010.09.15
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9月に入って、いつのまにかメルボルンにも春の気配。ついこの間まで6時半ごろだった日の出も、今は6時前に明るくなります。9月11日は世界的にも哀しいAnniversaryですが、我が家では、愛犬モモちんの一周忌。去年は9月1日に祖母が亡くなって、愛犬モモとムムを預けて、翌日あたふたと家族で日本へ帰ったのでした。そうしてこちらに戻って来た翌日に、モモちんは急逝して。10日はふつうで元気にしていたのに…。まったく突然。思ってもいなかった。16歳という、人間でいえば祖母と同じくらいの老犬だったから、年齢的には不思議はなかったのだけれども。でも日本に帰国中じゃなくて、良かった。モモがわたしたちを待ってから逝ってくれたことが救いでした。そうしてその同じ日に、ムムも末期癌だと診断され、一ヶ月後に逝ってしまったのでした。それでも、その直前に見た夢のおかげで、また犬を飼う気持ちになって、年が明けて、ポーポーとチャールスが家に来てくれて。一年経った今も、家族四人とワンたち2匹に囲まれているなんて、ありがたいことですね。 ありがとね、モモ、ムム。――と、やはりセンチメンタルな気分になってしまいますが、今年1月15日からうちのファミリーにくわわったポーポーちゃんとチャールスくんのその後を。チャールスは成長し、日に日に大きくなっています。ロスト・ドッグ・ホームから引き取ったとき、チャールスは1歳、ポーポーは4歳と言われたのですが、その後の獣医の検診では、チャールスは8ヶ月くらい、ポーポーも2歳にならないのではないか、と言われていました。で、たぶん、近所の獣医さんの方が正しかったのだと思う。だって引き取ったときから、チャールスだけずいぶんと大きくなっちゃって。犬は1歳でほぼ成犬サイズ、2歳で成犬と言われるけれど、たぶんチャールスは一歳未満だったのでしょう。当時、彼の方がポーポーよりも一回り大きいくらいだったけれど、今じゃあ三回りは大きいデス。たぶん1.7倍くらいデカイんじゃないか、と。チャールスは、実は心がパピーだったせいか、床に落ちているものはな~んでも食べようとしてました。(そのせいで一時、息子と険悪になったりもした。なにせムゥのおもちゃを、すべてくわえていこうとするものだから^^;)それからムゥのハイチェアに飛び乗って、彼の朝食の食べ残しなんかを食べていたりもしてました。(今となっては発見したあのとき、写真に撮る前に叱ってしまったのが残念デス。ハイチェアにちょこんと座って、ハムやパイクレットを食べていたチャールス犬の姿は、とほうもなくかわいかったのになぁ)そこら中で、そそうもしてました。床やカウチで片足上げてジャーッ、はもちろん(キャーッ)、ムゥのおもちゃやメェの学校デイパックにまで放尿してくれたりして…。おかげで、モモもムムも寝室で一緒に寝ていたし、ゆくゆくはチャールスとポーポーも、と思っていたけれど、全然それは叶わなかった。だって寝室に連れていったとたん、チャールスはマーキング本能からか、ジャーッ…。しかも床ではなく、シーツや枕にしてくれちゃって…。けど毎晩毎晩、私たちが寝室に引き揚げてしまった後、2匹は一緒に行きたいとなくので、何度となくトライしたのだけれども、そのたびチャールス、脱落。それでもポーポーだけ寝せたのでは可哀そうだし、とだいぶ長いこと石の床のファミリールームの犬用ベッドで寝ていました。そうして、挙句はテーブルうんち。その朝、いつものように朝食を食べようとしたら、メェが「ママ~、テーブルにうんちがのってるよ~」なんとチャールスときたら、ダイニングテーブルに放糞してくれていたんです~。しかもメェの宿題「スペル・ブック」に。娘は泣きながらノートにこびりついた糞を落としていましたっけ。。。あの所業、テーブルにポーポーは飛び乗ることはできないから、十中八九チャールスの仕業ですね。と、そんないたずらっ子チャールスでしたが、(ちなみに妹は「バカ犬」とよんでおりますが、ウチでは「いたずらっ子」と呼ばれてます^ ^)、彼も成長したのか、ようやっと落ち着いてきて。ほっ。この7月頭には遂に、寝室デビューを果たしたの~。パォ~ン!!!(喝采)途中3回うんち、2回おしっこのハプニングはありましたが、9月に入ってからはそれも落ち着いて、すっかりベッド犬。チャールスもポーポーもブランケットにくるまって、極楽ゴクラクしています。以前は寝る前にトイレに行かせようとしても、なかなかできないチャールスだったけど、今では自分から行くほどになってくれて。前庭でトイレくんしてからは飛ぶように寝室に直行する。いやぁ、慣れてくれたものです。というわけで、2匹はすっかりウチの生活にも慣れて、元気なファミリーメンバーとして日々私たちを笑わせてくれています。ちなみに写真で右側の、大きい方がチャールスです。
2010.09.11
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日本の夏からメルボルンの冬へ、(暦の上では初秋から初春へ、てことですけど)、戻ってきました。今回は、子どもを置いての単身帰国だったので、一週間と短かったものの、それなりに楽しんできました。だけど一週間なんて、ほんと、あっという間ですねぇ。そのうえ私は今回、飛行機&高速バスのエアコンですっかり初日から風邪を引いてしまって。日本は暑い、暑い、猛暑だと聞いていたもので、うかつにもジャケットをスーツケースに押し込んでエアポートバスに乗ってしまったの。そしたらエアコンが寒い、寒いで、凍えましたよ。ジャケットを取りだしたくてもスーツケースは預けてしまったから、高速バスの外からじゃないと取り出せないし…。で、降りたときには鳥肌も青ざめて、鼻水ズルズル状態。長いメルボルン暮らしで、冷房の威力をすっかり忘れていました。なにぶんメルボルンの夏は湿気が低く乾いていて、気温が上がっても、あまり暑さを感じさせないせいか、クーラーの効いている場所も少ないもので…。――と、半病み状態で、今回の帰国の目的の一つ、『Tamago』が「全作家出版賞」をいただいたので、その授賞式に参加したのですが、それも鼻水じゅるじゅるの半ボケ状態。とんちんかんなスピーチしちゃって、情けなかったデス。それでも久しぶりに会ったブンガク友は懐かしかった。不妊症と格闘する話など、たぶん何の興味もなかっただろうに、読んでくださったりして、どうもありがとうございました。そうして後半は体力を持ち直し、もう一つの旅の目的、祖母の一周忌は、祖母を偲んで家族と一緒に貴重な時間を過ごすことができました。母の具合が悪かったので、妹と二人でお墓参りに行ってきた。「おばあちゃん、来たよ」と、お墓に水を上げた途端、お位牌がカタカタ、カタカタ。去年もそうだったのだけど、その絶妙なタイミングがあたかも祖母と話をしているような気にさせられて、じ~ん。お祖母ちゃん、ありがとう。で、お寺を去るとき、お社の松の枝がきらりと光ったので、ふっと目を凝らせば、トンボ。ああ、もうそんな季節なんだ~と懐かしい感慨に浸りつつ、あっ、そうか。やっぱりトンボは私のホーリー・アニマル・スピリット、天からのメッセンジャーなんでしょうか。お墓参りの後は、母の生家裏のカフェの一室を予約して、久しぶりに妹と二人、祖母や、自分たちの幼いころの思い出話なんかにひたりながら、のんびりとランチ。写真は、その辺り、蔵の町、栃木市の風景です。――と、あっという間でしたけど、子どもたちとこんなに離れて過ごしたのは初めてのことだったので、どこか落ち着かなかった気がします。心か身体の一部でも置き忘れて来てしまったようなmissing感覚っていうのかな?そのうえ電話で話すムゥの甲高い声などいつも半泣きで、ママ心を刺激してくれました。^^;こちらに戻って、子どもたちやダディン、ワンたちの温かい歓声に包まれて、やっと、ほっ。日本は懐かしく、いつも「帰った」って気がするのだけれど、今、私の家は、やっぱりメルボルンの、家族が暮らすあの家なんだな~と、改めて、しみじみと思ったりして。などと、のんきに感慨に浸ってしまいましたが、独りで子どもたち&犬たちの世話をしながら仕事をしていたダディンは、きっとそれどころではなかったですね。いやいや、お疲れ様でした!いつものことながら、どうもありがとう。
2010.09.03
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