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メルボルンは、雨の(降ったり止んだり、の)ハロウィーンでした。それでも今年は日曜日に当たったせいか、夕方にもなると、通りのそこかしこに魔女やドラキュラ、悪魔くん。私たちも、オージーママ友クリちゃん宅で開かれる恒例のハロウィーンパーティーです。娘は黒いマントに魔女のとんがり帽子をかぶって、箒を手に、自称『魔女の宅急便』のキキみたいな修行中のリトル・ウィッチに。息子は、メェとおそろいの魔女ハットにドラキュラマント、手には死神の斧で、本人曰く「こわ~~~い怪獣ワリゴス」(それ、怪獣っすか???)に。ダディンはオーソドックスに黒マントとマジシャンハットで「ダーク・マン」。私はケープ付き網マントを羽織って「蜘蛛女」に扮して、出陣デス。ちなみに、写真手前に写っている二人がうちの子たち。で、クリちゃんのお家はすっかりハロウィーン。玄関先では、骸骨男がドアに貼りつき、赤目の黒猫が待ち受けて、家にはコウモリやクモがうようよと、家中クモの巣に覆われて、薄明かりにカボチャ頭のキャンドルが、いくつもゆらゆらとゆらめいて――。息子のムゥなど「恐い、帰る…」と入るのをためらったほど。一方メェは、奥の方からのそのそと現れた、コウモリとカボチャ頭の首輪をつけてハロウィーンドッグに扮したくりちゃん愛犬2匹のゴールデンレトリバーに大喜び。ファミリールームでは、魔女やフランケンシュタイン、ドラキュラ、ゾンビ、悪魔なんかがワイングラスを手に賑やかに盛り上がっておりました。そうなの、み~んな変装が今日のドレスコードなので、大人もしっかと変装デス。テーブルには、墓場マフィンや臓器カップケーキ、お化けクッキーやかぼちゃ頭のショートブレッド、蛇の沼ゼリーや、ナイフが突き刺さった血みどろ(ふう)丸ごとメロンなんかが並んで、ハロウィーンの雰囲気をますます盛り上げてくれています。小さな魔女や死神たちが、夢中でむさぼっておりました。もちろん今夜のハイライトは、トリックorトリート。談笑に一息ついたころ、ハロウィーンマーチに。例年通り、ダディンたちはビール片手に、前庭のテラスに腰かけて、トリックorトリートにやって来る子どもたちのために、お菓子の番を。子どもたちは、もらったお菓子を入れるカボチャ頭のバスケットや魔女の黒鍋なんかを手に手に、いざ出陣!風船が門に掲げてある家々を回っては、Smell my feetと合唱して、Trick or Treatと迫ります。思えば、この風船のアイディアも、クリちゃんが考えてくれたのでした。昔は外出中の家が多くて、子どもたちは意気揚々と玄関のチャイムを鳴らすも、誰もいなくてがっかりして戻ってくる、みたいなことが多かったの。そこである年クリちゃんが、事前に風船を入れたお知らせレターを近所に配ることを考え出したのでした。ハロウィーンに参加してくれるなら、この風船を当日、門に掲げておいてください、と。その甲斐あって、今ではそこかしこに風船が。5、6年前は擦れ違うドラキュラや魔女の数もわずかだったのに、大勢の黒い軍団とすれ違うようになりました。クリちゃんの通りは、うちの通りに比べ明らかに黒マントが多い。いやぁ、さすがPRのプロです。子どもたちの魔女壺も、戻るころには満杯になって、みんな嬉しそう。とりわけ甘党のムゥなど、ふつーなら一日一個しかゲットできないようなお菓子で壺が満杯に埋まっていることに、狂喜しておりました。今年は、壺を落としてロリィをぶちまける、なぁんて惨事もなかったしね。ハロウィーンマーチ中は雨にも降られず、お腹もほどよく空いて、戻った後は、ダディたちが用意しといてくれたBBQディナーを。もちろん、そろそろ戻るからBBQの用意を、と指令を入れたのはクリ・ママです。ディナーの後、雨がいよいよ本格的に降ってきましたが、子どもたちはゲーム遊び。かぼちゃ頭のふくわらい(日本で正月にやるおたふくのカボチャ頭版ですね)やバケツに入れた水からリンゴ食いを競い合う水林檎食い競争、ねばねばしたゼリー状のミミズの鍋から、小さなお宝を目隠しで取り出す宝探し、イミテーションの目玉や臓器、凶器から殺人の謎を解くミステリーゲームなどなど。ゲームはすべて、クリちゃんが考えて用意してくれた手作り。いやあ、毎年毎年ほんと頭が下がります。実はクリちゃんは二カ月前に大きな外科手術をして、入院していたのでした。スキー大好きな彼女は長年、国内外で週末ともなればスキーしていたのがたたって腰を痛めてしまい、骨を移植しなければならなくなってしまったのだそう。私が一月半前に退院した彼女を見舞ったときには、ほとんど歩けなかったほどで。手術から一月ほどは仕事熱心な彼女も会社を休んでいました。だから今年のハロウィーンパーティーの招待メールが届いたときには正直、驚いた。そうして実際、手術から二カ月と経っていないのに、こ~~~んなに盛大なパーティーを開いてしまうだなんて!トリックorトリートに杖をつきながら参加していた以外は、手術の陰など微塵も感じさせないほどで。いやぁ、さすがスーパーママです。 今年もハロウィーンの楽しい夜をどうもありがとう。 クリちゃんの足が一日も早く治りますように。皆様に、HAPPY HALLOWEEN!
2010.10.31
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メルボルンは春です。そうして近所の公園では、カモの赤ちゃんが誕生しました!ハレー!ふかふかした、ちっちゃな5羽のベイビーダックリン――もう、メチャかわい~デス!今日もママ・ダックリンとダディ・ダックリンに見守られ、ちょこまか泳いでおりました。神さま、どーもありがとう!と、ここで神仏に感謝を捧げたくなってしまうのにも、理由がありまして。実は、ビクトリア州は去年まで8年間にも及ぶ旱魃に見舞われておりました。川は干上がり、ダムの水位は下がる一方で、農場では家畜が死に、木々は枯れ、森林火災も酷くなり――。ほんと~に悲惨な状態だったのです。メルボルンでも雨乞いのフェスティバルなんかが開かれたりして。みんな胸を痛めておりました。一昨年2009年3月のBush Fire森林火災の悲惨さは(こちらではBlack Saturdayと呼ばれてます)日本でも報道されたので、ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。私たちが犬の散歩でよく行くこの公園も、旱魃の影響を受けて、一時は行くたびに胸が痛くなるような状態だったの。木々は目に見えて弱ってくし、枯れちゃった樹もあるし……。湖の水位は年々低くなって、縮んでしまうし……、で。この湖には、地元の人たちからIrelandと呼ばれる、直径10メートルほどの小さな島がありまして。それが、雨が降らず、干上がるばかりの湖に、岸と島との距離もど~んどん、ど~んどん縮まってゆき――。遂には、島の一部が岸と地続きになってしまって、歩けるようになってしまったほどでした。それまでは野鳥の住む「島」だったのが、犬や猫も渡れる場所となって。小さくなってゆく湖に、魚や虫の数も減り、餌もなくなってきたらしく、鴨の数も減る一方で。なんと一年前―8月末から9月だったと記憶しているのですが―には、鴨が一羽もいなくなってしまった!のでした。あのときは、動物大好きな娘など瞳をうるうるさせて「ママ、カモ、どこに行っちゃったの? 死んじゃったの? 餌がないから引越しちゃったの?」いやぁ、心配したものです。それがその直後からメルボルンにも雨が降るようになったのでした。そうして初夏を迎えるころには数年ぶりに、なんと「アイランド」島が戻ってきた!と言っても、島と岸との境は、最初は50cmほどの小川のようなものでしたが、次第に水位は上がり、島は遠くなり――。今では一番近いとこからでも4、5メートルくらいは向こう岸になりました!干上がるばかりの大地、もう2度とあの美しい湖を見ることはないのだろうと覚悟していたのに、湖が本来の姿に戻った!そうして今年はカモの赤ちゃんも誕生し、ヒナ連れの鴨ファミリーが2家族も見られるほどになって!なんて喜ばしいことなんでしょう。みんなもやはり嬉しいようで、このところ公園は鴨ファミリーを見に訪れる人で賑わっています。鴨のヒナって、ほんと、かわい~!陽光の下、見ているだけで心が癒されるようです。これも雨のお陰ですね。いやぁ、自然の恵ってありがたいです。などと雨が降るたび喜んでいたら、今年は降り過ぎて、ビクトリア州の一部では洪水が!極端から極端へ、なんでもそうですが、自然もバランスを保つのは大変デス。地球環境問題は、やはり私たちのトップ・プライオリティかも…などと思わずにはおれません。公園に集う私たちの心を癒してくれる、鴨のファミリー。ベイビーダックリングが、このまますくすくと育って、子孫の輪が広がって、どんどん繋がってゆきますように――。来年もたくさんのヒナに会えますように。
2010.10.23
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娘と私はお餅が大好き。私はオーストラリアに移住して以来、すっかり和菓子党になったのですが、娘も親が有り難がるせいか、洋菓子よりも和菓子の方がだんぜん好きです。思い返せば、メェは初めてお餅やお団子を食べさせた2歳のころから、瞳を輝かせ、小さな手を打ち鳴らし、キャアキャアはしゃぎながら食べておりました。ですがメルボルンで、お餅にありつくのは難しい。ジャパニーズ・グロッセリーでパック入りのお餅を売っていたりするのだけれど、高いし…。なかなか食べる機会もありません。餅好きながら、食べなければ食べないで、だんだんと食べないことに慣れてしまうもので。それがこの間のターム・ブレイク春休みに、お友だちのファミリーが、餅つきランチに呼んでくださった。餅つきといっても、杵や臼でぺったんぺったんつくわけではなくて、餅つき機で。余談になりますが、実はその餅つき機。友人は、日本に帰るという老夫婦から、知人の紹介で譲り受けたのだそう。なんでも、奥さまは日本人、ご主人はオージーのご夫婦で、日本に帰りたいという奥さまの希望で、ご夫婦で日本に戻られることになったのだそうです。いやぁ、奥さまを尊重し、還暦を過ぎて外国で暮らす決意をされたご主人、すごいデス。うちのダディンじゃ考えなんないな~ ^ ^;話を元に戻し、それでも、うちの子たちは餅つき機なんてものを見るのさえ、初めて。焚けたもち米が、くるくると窯の中で丸まってゆくのに、大興奮。キャアキャアはしゃぎながら、時々杓文字でお餅を突っついたりして。そうしてつけたお餅を、今度は皆でくるくる丸めて、平べったく形を整えてゆく。きな粉、あん、醤油につけて海苔を巻いて、つきたてのお餅をみんなで楽しみました。子どもたちはもう大喜びで、食べまくっておりました。そうしてその日からもともとお餅が好きだったメェの心に、すっかり火がついてしまったのでした。餅が食べたい、餅が食べたい、となにかとおねだりをする。「ママ、あのお餅、おいしかったね~、やわらかかったね~ また食べたいね~~~」そこで学校の帰りにジャパニーズ・グロッセリーに寄ってみた。けど残念ながら、パック入りお餅は切れていて。。。心底がっかりした顔で、メイ。「餅つき機があれば、いつでもお餅、食べられるのにね。 いいな~、うちに餅つき機があると。 楽しいだろうね~、お餅つき機のある生活―――」おいおい。 ^ ^;でも確かに、あると、嬉しいかも…。けど餅つき機、メルボルンで買えるのかっ!?ともかく先週10日の日曜日、友達が日本式炊飯器を買ったという、アジア系の街、Springvaleに行ってきました。確かに炊飯器はあったのだけれども(良かった、これで十年前に両親が成田で買って、わざわざお土産に持ってきてくれた炊飯器が壊れても、また買い替えできます~ ほっ ^ ^)、やはり餅つき機は、売っていませんでした……。「ママ、お餅は…」そこで昨日は我が家でも、初のお餅つきに挑戦。もち米を炊飯器でやわらか~く焚いたものを、臼ならぬプラスチックのボールに入れて、杵の代わりに、クッキーの生地とかを延ばす木製のローラで、プリマティヴな方法ながら、ついてみました。それでもついているうちに、粒もつぶれ、あらら、だんだんと餅めいてくる!メェはもちろん、それほど餅派ではなかった息子のムゥも大喜び!十分もつきつきしていたら、もう、ほとんど餅(らしき)状態。もち米をやわらかく炊き過ぎたせいか、ローラーに水をつけつけついていたせいか、やたらとやわらか~~~いお餅になってしまったけれども、できました、餅(もどき)!あんこと、醤油に海苔の磯部巻きふうと2種類の味を楽しんだのですが、いやぁ~、なかなか美味しかったデス。「ほんとのお餅だね! ママ、ほんとにお餅できたんだねっ!!!」メェなど舞い上がらんばかりに喜んで。。いや、これは「もどき」つーか、「なんちゃって餅」かも…。それでも、こんなに感激してくれるなんて。今後も餅ディナーは我が家の、とりわけ日曜の夕食に登場すると思います。エンタティメント性も高いから子どもたちが喜んでくれるし、具だくさんのお味噌汁でもつければ、それなりに栄養も足りそうだし。写真は、メェ作餅。本人、明日の朝食にも残ったこの餅を食べるのだと張り切っておりました。ちなみに、伸ばして四角く切り落とした餅を冷凍して保存したかったのですが、やわらかすぎて叶わんだった。包丁についたままぶにょ~~~んと伸びちゃって。とにかく、できて良かったデス、自家製餅(もどき)。
2010.10.17
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ビクトリア州大半の小学校からは一日遅れて、今日はうちの子たちも、今年の最終学期ターム4が始まります。ダディンに連れられ(メルボルンの通学は、基本的に父兄の送迎なんです)、「行ってきま~す!」と、元気よく出かけたかと思ったら、その5分後には、なぜか3人どやどやと戻って来た。「ママ~、ポッサムのベイビーがガレージのドアのとこに落ちてたよ~! 死んでると思ったら、まだ生きてたの~~~!!!」興奮して話す娘の後ろからダディンが、モモちんが昔使っていたふかふかの巣穴みたいなベッドを抱えて入ってきた。それを受け取って、中を覗く。毛布をそっとめくると、小さな野ネズミみたいなポッサムのベイビーが!「どうやら母親のパウチから落ちちゃったらしい。 まだ息はあるから、子どもたちを送ってから獣医に連れて行こう」と、ダディン。「ママ、今度は死体じゃないんだよ。 生きててくれて、良かったね!」と、メェ。ファミリールームでは、気配を察知したのか、チャールスとポーポー、うちのワンたちが吠えまくっている。昨夜まで母親の、カンガルーみたいなパウチに入って暮らしていたのだろう、夜行性ポッサムの赤ちゃんを恐がらせないように、寝室に連れて行って、カーテンもドアも閉めた。 でも、ほんとに、生きているのかな?ポッサムの赤ちゃんはピクリとも動かないので、心配になってくる。毛布をそっとめくり、やっとお腹の辺りが上下したのを確認してホッとする。メェが死体じゃなくて良かったね、と言ったのは、一昨日3日の日曜日に、ポッサムの子どもの死体を発見したからだった。その日、息子は友達のバースデーに行ったのだけれども、メェの方は月に一度、近所のチベット仏教センターで開かれる、ダーマ・クラブという、子どもの日曜教室に参加した。そこで毎年恒例の、命を救う活動に参加したのだった。詳しい話は、以前ブログ(去年今ごろの日記)にも書いたので省きますが、魚釣りの餌用に売られていたザリガニを買ってきて、近くの公園の小さな湖に放つというもの。今年はザリガニにくわえ、ミミズたちも。生き物好きの娘は、このイベントが大好きで、毎年楽しみにしている。チベット仏教の僧侶とともに祈祷を捧げてから、子どもたちはまずミミズたちをセンターの前庭の花壇の土の中に戻してゆく。土を掘り起こしてからミミズを戻す。ミミズを傷つけないように、そうっとそうっとね、などとやっていたら隣で突然、子どもの甲高い声。「ポッサムの死体だ~~~!」え? と顔を上げれば、なんと私と娘の真ん前にポッサムの死体が!?ミミズに気を取られて、まったく気づかなかった私たち。情けないことに、思わず私は悲鳴を上げていました。^ ^;けれど子どもたちは、さっき自分だけでなく他者を気遣うこと、小さな生き物の命も尊ぶことを学んだばかり。そこを大人の私が、死体に怯えている場合ではない。恐怖=自意識に過ぎず、そこに他者への気遣いや思いやりなんて無いわけだし…。「ママ、小さいねぇ。子どもたねぇ。かわいそうだねぇ」と、娘。そう、そのポッサムは、子どもなのに、誰にも看取られることなく、独りぼっちで死んだのだ。自然界の常とはいえ……。私たちは玄関のところで立ち話をしていた僧侶たちに頼んで、その子のために祈祷を上げてもらった。僧の一人が埋めてあげようとおっしゃると、お父さんの一人がシャベルを持ってきて、穴を掘ってくださった。「でも、死体には黴菌がたくさんついているから触れないよぅ」「シャベルでやるのかなぁ?」と、子どもたち。―と、そのお父さんはシャベルではなく、布でくるんで持ち上げてくださった。穴に入れるとき、こちらにポッサムの顔を見せてくれたのだが、あまりに可愛らしい顔をしていたので、びっくりした。まん丸の真っ黒な目が、ほんと驚くくらい愛らしかった。そして今、私の目の前にはポッサムの赤ちゃん。娘が瞳を輝かせたように、今度はまだ生きているのだ。ダディンは帰ってくると、野生動物を保護するボランティア団体を探し、ケアしてくれる方がいないかと電話を掛けまくった。これから受け入れ先を探してくれると言うグループの方から、赤ちゃんのポッサムに餌を与えるのは難しいから、それよりもヒートパックをつかって温めるようにとアドバイスしてもらい、毛布の下に温めたパックを入れた。やっと受け入れ先が見つかり、連れて行こうと戻ったところ、今朝はピクリとも動かなかったポッサムの赤ちゃんが、なんと毛布をかきあげ、顔を出し、旧モモベッドをよじ登ろうとしているではないか!?うわぁい!!!どうやら温かくなって、元気になってきたらしい。ベイビー・ポッサムを連れて行った先のシェルターでは、二晩前に一匹、今朝はもう一匹、別のポッサムの赤ちゃんが保護されたそうで、シェルターでは3匹の赤ちゃんをファミリーにして兄弟のようにまとめて育てるのだと、おっしゃっていた。そうして成人になって、大丈夫なことを見届けたら、自然に放つのだそうだ。ダディンは、ついでに足を折って保護されていた海鳥を帰りに海に戻してくれと頼まれ、そのドライバー役も務めておりました。その日、学校が終わって子どもたちをお迎えに行くと、真っ先に娘は、「ベイビー・ポッサム、どうなった?」ファミリーができた話をすると、「良かったね、もう淋しくないね」と心底、嬉しそう。私たちの夜の習慣、ベッドの中で今日のハイライト、一番嬉しかったことを打ち明け合うときには、メェはもちろんムゥも、「ベイビー・ポッサム!」「ベイビーポッサムを助けたこと!」「メェが気づいたんだよ! 気づかなかったら、車で踏んじゃうとこだったんだよ! ムゥはなぁぁぁんにもしてないじゃん!」 「したよ、ハッピーでありますようにって、お祈りしたもん~」そうだね、ムゥ。あの小さなポッサムが多くの方々に見守られて、すくすくと元気に育ちますように―。
2010.10.05
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