2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全8件 (8件中 1-8件目)
1
岐阜県立美術館で開かれていた「第4回円空大賞展」へ、25日までということであわてて行ってきました。円空大賞展とは、岐阜県ゆかりの仏師、円空にちなみ、立体造形の分野で、独創的な芸術を創造している作家を選び、表彰し、その作品を紹介するものだそうです。現代アートの立体ということと、今年の大賞が新宮晋だったので見たくなりました。新宮氏といえば、あの風や水の力でモビールのように不思議な動きをする作品です。動いたり、音が出たりするアートっておもしろいですよね。会場には5人の作家の作品が数点ずつ展示してあり、大賞の新宮氏の作品ももちろんおもしろかったのですが、ガラス工芸の野田雄一氏の作品にとても心ひかれました。薄暗い部屋の中に、下からLEDのライトをあててぼんやりと浮かび上がった流線型の塔のようなガラスの中に、くらげのような泡のベールや、宇宙に浮かぶ惑星のような泡、まるで虚像のようにとらえどころのない山のような形の膜といった、不思議な世界が閉じ込められているのです。「いったいどうやって作られたのでしょう?」と聞くと、会場の係りの女性は「よくわかりませんが、吹きガラスだそうですよ。」と言っていましたが・・。最近、知人のところでトンボ玉を少々作らせてもらったのですが、ちょっとでももたもたして、重ねたガラスの温度差ができると、さめてから、きれいにパリッと割れてしまうのでした。それを考えるとこんなに複雑なものを閉じ込めていくなんて想像もつきません。いくつもの宇宙をのぞいて、しばらくその部屋で過ごしていました。作者の野田雄一氏は富山ガラス工房の館長を務めていらっしゃるとか。富山へ行ったら、またこれらの作品に会えるでしょうか?P.S.サイト「アートはおもしろい」の方にも「第4回円空大賞展」の記事を書きました。よかったらみてやってください。
March 24, 2007
コメント(4)
ナイトミュージアムを子供と見てきました。とってもおもしろかったです。「ああ、おもしろかったー!!」って映画館を後にできる作品です。中学生くらいまでのお子さんがいたら、いっしょに見に行くといいですよ。主人公は、バツ一で夢ばかり追ってなかなか定職につけない男の人です。10歳いの息子はいい子なのですが、もっとフツーの生活をして欲しいと言います。(奥さんと別れても、定期的に息子と暮らせるあたり、アメリカらしい。おまけに奥さんの再婚相手ともフレンドリーに会話してるし。)そこで何でもいいから就職したいとハローワークで頼み込み、自然博物館の夜警の仕事を紹介されます。ところがそこの博物館のものは、みな夜になると命を吹き込まれ動き出すのです。ガリレオや象が散歩するくらいなら問題ないのですが、ライオンや恐竜が追っかけてきたり、隣同士のジオラマの人間たちがけんかを始めたり、いたずらずきなサルに困らされたり、一晩中散々な目にあうのです。最初の一日目のシーンはまるでお化け屋敷に入ったみたいにどきどきしました。主人公は「辞める!」と思ったものの、子供の手前続けることになり、前任者から「歴史を知るように」とアドバイスをもらって猛勉強します。その前任者たちもなにか企んでいるのですが、知識が一応助けとなって、最後はとにかくハッピーエンドです。(間違ってもライオンに食われちゃったりはしません。)ロビン・ウィリアムズがとてもいい役で出ていました。(ファンなんです。)ミュージアムの人形たちが動き出すかもなんて思ったら、なんかとっても楽しいですよね。それと夜の学校とか怖いですよね。そんな気持ちでわくわくさせてくれます。
March 21, 2007
コメント(2)
「揚輝荘」のことを書いたら、こちらもぜひ紹介しなくては。名古屋の栄から北東のあたり、主税町とか撞木町周辺は、すごいお屋敷街が今も残っていて、近頃は川上貞奴の住んだ邸宅も移築・公開されるなどして、「文化の道」として脚光をあびています。その町並み保存の活動の中心となっていたのが、「撞木舘」とよばれる井元邸です。その活動が新聞で取り上げられたので、私も行ってみました。この建物は井元家の事務所兼住宅として使われていた和洋折衷の建物で、私が初めて行ったときは、2階が建築事務所で、1階はタンポポコーヒーなんていうものも出すオーガニックな喫茶店でした。かなり古びた木製の窓枠や、テラスへ続くガラスの戸。懐かしいタイル張りのトイレなどがいい感じで素敵でした。その正面の洋館から廊下でつながっている大きな座敷では、演劇かなにかの練習をしていた覚えがあります。その後も展覧会などが開かれたりして見にいったりしましたが、いつの間にか喫茶室も事務所もなくなっていました。老朽化でどうなるかという話もちらほら聞こえていたのですが、名古屋市が買い取って保存が決まりよかったです。さて、この撞木館もいいのですが、その周辺の建物も趣があっていいのです。豊田佐助邸とかカトリック主税町教会や、文化集合住宅が昔ながらの姿で残っているのです。豪邸はさておき文化集合住宅の様式がまだ残っているなんて感動しました。以前何かの雑誌で、中庭をはさんで、洋館風の建物が建つ長屋風なスタイルがあるのを知って、そんな風に子供たちが遊ぶような空間がいいなあと思っていました。それを実際に見ることができたのでした。次に行ったときに写真を撮ろうと、うろうろしていたら住んでいる人に怒られてしまいました。(普通に住んでいる人がいたのです。うらやましい!)今では住人はなく、ロープが張られているそうです。(どうなるのでしょうか?)撞木館の隣のマンションも不思議で、上が前にせり出している台形の建物なのです。なんかおもしろいデザインでした。以前は、まだ本当にお屋敷街という様相だったのですが、最近通ったら、何軒かはなくなってマンションなどに変わっていました。残念です。でも「文化の道」になったので、今後はだいぶ保存されると思いますが・・・もっと足をのばすと、名古屋市政資料館や町屋風の長屋が、レストランやギャラリーになっている所があって、おもしろいです。この辺の散策については「NAGOYA 文化の道」というサイトを見つけましたので紹介しておきます。
March 17, 2007
コメント(9)
今日の中日新聞で覚王山にある松坂屋の伊藤次郎左衛門祐民氏の別邸・「揚輝荘」の近く(と言ってももとの敷地内だそうだが)で、抜け道の地下道が見つかったとありました。本当にそんなものがあったのですね。今の地図と重ねると、結構長いトンネルのようです。おまけに写真を見ると、入り口は鉄道のトンネルのように石組みでアーチが作られていました。りっぱなものです。この揚輝荘は昭和初期に建てられた和洋折衷の建物2棟や修学院離宮をイメージしたといわれる日本庭園のあるりっぱなお屋敷です。(戦争で焼ける前はもっと建物があったらしい)特に「聴松閣」は、1,2階が洋風3階が和風、そして地下に舞踏用のホールがあり、インドの壁画まで描かれているというインターナショナルな建物です。戦前・戦中にはアジアの留学生の寮にもなっていたそうです。建物の写真がのっていたサイトを紹介します。http://www.geocities.jp/cnmyk558/youkisou.htmそのりっぱなお屋敷も老朽化が進み、維持が大変になったとかで行く末が危ぶまれていたのですが、名古屋市に寄贈され、曜日を決めて公開したり、市民活動の場として貸し出されたりするようになるとか。敷地がだんだん切り売りされて、マンションと化していっていたので、とりあえず保存が決まりよかったです。おまけに定期的に一般公開されるということで、私たちのような一般人も中を見る機会に恵まれたということはありがたいです。徳川美術館の日本庭園のようにわざわざ大掛かりに造らなくても、こういったすてきなお屋敷を生かして憩いの場にしていくようにするといいのにと思います。この「揚輝荘」の運営には市民ボランティアが関わっています。あまりお役所的でなく、柔軟な対応が期待できそうですね。ここは近所に古川美術館もあり、散策にはいいところです。それこそ町並み保存をして欲しいところですが、地下鉄の幹線の沿線という一等地である上、近所を広い道路を通す計画もちゃくちゃくと進んでいるようで、なかなか難しいようでうす。
March 14, 2007
コメント(0)
友達が「よかった、よかった」と言うので、ドリームガールズを見てきました。もとがミュージカルだけあって、なんといっても歌がすごかったです。先日のアカデミー賞助演女優賞に輝いたジェニファー・ハドソンの迫力のある歌、ほんとうはこの人が主役じゃないの?という感じでした。歌の歌詞がそのときの心情にぴったりで(ミュージカルなんだから当然かもしれませんが)、ソウルを大切にする歌はすばらしかったです。内容はいまさらですが、歌手を夢見る少女たち3人グループが、やり手のマネージャーと手を組んで有名になっていく。しかしやがて自分の目指すものとの違うと感じたり、裏切られたりして、挫折も味わっていくというお話です。その中で、まだ黒人の地位がかなり低く、音楽シーンの中でも差別されていたのを、汚い手を使ってでもメジャーになっていくというあたりは、ちょっと社会派的な部分もあります。彼女たちが有名になるにつれ、ブラックミュージックが音楽のニューウェーブとなっていくのです。しかしあんなふうに声が出たら気持ちいいでしょうね。いやもう圧倒されました。
March 11, 2007
コメント(0)
先日NHKの「美の壷」という番組で万華鏡を紹介していました。私も万華鏡は好きで、わくわくしながら番組を見ました。その中でなるほどと思ったのが、万華鏡作家さんが作品を作るときに、まずどういう物語を表現しようかと考えるというお話でした。万華鏡は光や反射という技術的な部分もあるし、本体を作る工芸的な部分もあるけれど、それに加えて作者がイメージをはっきりと持っているか、それをどう表すかが大切なんですね。まさしくアートですよね。すばらしい万華鏡を見ると本当に心が癒されます。なんの実用性はないのですが、見るとうれしいのです。しかし手元に置くにはかなり高価なんですよね。私が万華鏡にはまったのは、10年位前、「暮らしの手帳」で、東京の麻布にあるという「カレイドスコープ昔館」について紹介してあった記事を読んだのが、万華鏡を知ったきっかけでした。それまで万華鏡というと、子供のおもちゃというイメージだったのですが、そこで紹介してあった万華鏡は、ひとつの宇宙のようで、すばらしいアートでした。一度見てみたいと思いつつも東京は遠く、機会がなかったのですが、その後「おかざき世界子ども美術博物館」で万華鏡の展覧会を見ることができ、さらに感動!こんなさまざまな万華鏡があるのかとカルチャーショックでした。それからは、伊豆高原にある「アトリエ・ロッキー 万華鏡館」に行って作ってみたり、佐野美術館で辻輝子さんの万華鏡展(陶器なのですがまるでガレのガラスのような本体でした。)を見たり、愛知県は「三河工芸ガラス美術館」へ行ったりと機会があると見ています。近頃は万華鏡もたいへんメジャーになって、名古屋でも覚王山アパートや、栄のラシックなどにも専門店ができ、すてきな作家ものの万華鏡を見ることができるようになりました。どうやったらこんな映像になるのか、不思議なものもあります。なかなか奥の深いものですね。ネットで見ていて、万華鏡のすてきなサイトがありましたので紹介しておきます。一分間の悦楽 万華鏡の世界
March 5, 2007
コメント(4)

あっという間に三月三日になろうとしています。というわけで、私のささやかなコレクションを紹介したいと思います。私の母は、岐阜の東濃の出身で、子供の頃のお雛様は土雛だったそうです。今のようにそろった段飾りなどなく、女の子が生まれると、親戚から土でできた人形をあちこちからもらったのだそうです。子供の頃、田舎の蔵にあったのを見せてもらったことがありますが、表側だけ色が塗ってあり、裏側は白いままなので、子供の字で自分の名前が書いてあったりしました。4人も姉妹がいたので、みんなで段を作って飾ったのだとか。そんな話を聞いていたので、私も土人形に興味があり、自分でも少し集めたりしました。もともとこの愛知県・岐阜県あたりは土人形の盛んなところだったので、ちょっと調べるといろいろあるのです。もう20年以上も昔になりますが、たまたま紹介してくださる方がいて、郷土玩具の名古屋の土人形を作っていらっしゃる野田末吉さんのお宅へお伺いして、お話を聞いたことがあります。野田さんは、とても上品でちいさな人形がお得意なので、「手間の割には、高い値段にはできなくてねえ。」と言ってらっしゃいました。その時に買い求めたのが下の人形です。写真は大きいですが、3~4cmくらいの小さなものです。 名古屋の土人形下の土人形は、実家の母が、私が好きだからと、瑞浪の作家さんの展覧会で買い求めてくれたものです。こちらは少し大ぶりで、5cmぐらいでしょうか。 次のは、遠いですが、高松の嫁入り人形です。手びねりの素朴な人形で、大きさは2cmたらず。お嫁入りの際、近所で配ったのだとか。名古屋の菓子まきみたいなもんでしょうか。お名前は忘れましたが、郷土玩具の作者の方のものだったと思います。買ったのは学生の時で、当時の私としては高価な買い物でした。 土人形は、どれも本当に素朴なものですが、庶民のハレの日を彩るのにふさわしい、暖かさが感じられます。そして何年たっても色あせない雑草のような美しさがあると思うのです。
March 2, 2007
コメント(3)
今日は娘の高校の卒業式でした。娘は「来なくていいよー。」と言ってたのですが、行ってみれば地下鉄の駅から小高い学校までの道を、フォーマルな格好をした親たちが大勢歩いていました。自分が高校生の時は、親どころか在校生も出席しないような殺風景な卒業式でしたが(受験の関係もあったと思います)、いまどきは親も出席することが多いようです。学校が私立の女子高なので、式もしっかり1時間半ありました。まず入場がオーケストラ部の生演奏つきで豪勢です。卒業証書授与、校長先生の挨拶などが続き、在校生送辞。ここから盛り上がりす。読み進むうちにその子が泣き出すと(在校生の方ですよ)、私の両脇のお母様もハンカチを出して、もらい泣きをしているではありませんか。さらに卒業生の答辞ともなると、最初っから涙声で、「この制服を着るのも、この教室でみんなと会えるのも今日が最後です。」などと読み上げるので、もう生徒だけでなく父兄席でも、あちこちで涙をぬぐう姿が見られました。(まあ式が終わるころにはケロリとして笑顔でしたが。)最後は歌を歌っておしまいです。定番の2曲の次に、在校生が「さくら」という合唱曲を歌ったのが素敵でした。昨年創立100周年だったという古い学校なので、親もここの出身という方も多く、よけい胸に迫るものがあるのでしょう。学校行事の折に見ていると、自分の恩師がまだ在職していて、挨拶をしていたりする人もいました。私など公立だったので、先生方はどんどん転勤してしまうので、校舎は建て替えて面影もない上、知る人もないという寂しさです。同じ先生がずっと母校にいるというのが、うらやましい気がしました。さて娘は、今日で制服を着て、親や先生たちに守られていた時代を終え、大学という新しい世界に(楽をして付属ですが)進むわけです。もう少し金銭的にも、活動においても親に頼らず自立して欲しいなあと思うのですが、いまどきの大学生事情はどんなものなのでしょうか。
March 1, 2007
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1