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今日は愛知県美術館でやっている「サイクルとリサイクル展」へ行きました。一見環境とか、廃物利用とかをイメージしますが、この場合の「サイクル」は、「時間をかけてめぐりめぐる」ことと定義され、くりかえし思い出したり、対話することを意味していました。作品はいわゆる現代アートで、おまけに中を歩いたり、さわったり、動かしたりと参加しながら見るものもあります。最初の部屋の篠原猛史は、なめらかな銀色の金属で作られた球体やプロペラ、飛行機の形がきれいでした。ちょっとイサム・ノグチの彫刻に通じるものを感じました。銀色の立体の下に影のような平面の形がついていたり、部屋の照明で影が壁に映るように高い位置で展示してあったりしておもしろいです。2室目の竹村京。部屋や街の風景が線で描かれた絵の前に、薄い布が天井からかけてあり、そこにまた刺繍や絵が描いてあります。その景色の中の人の気配や、生活の気配がただよっているよう見えます。以前東区撞木町にある撞木館で栗本百合子が、部屋のあちこちに紗の様な布をかけたインスタレーションをしたのを見たことがあります。なにげない窓の風景が、布越しに見ると、まるで映画の世界のような異次元な感じに見えた覚えがあります。一枚のフィルターをかけただけで、別の世界になる感じがするのは不思議です。第3室の渡辺英司。部屋に入って正面の大きな白い壁一面に、蝶がいっぱい止っています。よく見ると下に図鑑が置いてあり、丁寧に蝶の形が切り抜いてあります。その切り抜いた蝶を、ちょっと折り目をつけて壁に貼ってあるのですが、その膨大な量に圧倒されます。部屋の真ん中には進化図のように恐竜が並んでいてかわいらしいです。とんで第6室。手塚愛子。大きな毛糸をたらした森の迷路。入ってみてかきわけて進んでみます。となりの第7室に木戸孝充の水槽。オールで水を動かすと、波紋が壁に光となって映るのがきれいです。第8室は大巻伸嗣。床に岩絵具の粉で絵が描いてあり、人が通ることで薄れていくのですが、また描き足したりして変化していくアート。蛍光灯のまばゆい光の中でちょっと幻想的です。ひとつひとつの部屋を抜けて行きながら、様々な体験をしていくゲームのようでした。「あーおもしろかった!」という満足感があります。そして、とにかく形がきれいなのでやすらぎます。まだ11月3日までですので、よかったら一見の価値アリです。
October 28, 2007
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歯医者が嫌いなので(あのキーンという音を聞くと歯が浮きませんか?)、定期的に歯医者に点検に行き、日ごろのお手入れにも気を配っていました。ところが、親知らずがまだ下に2本とも生えかけで残っていたのですが、その左側が、なんか変な感じだなと思っているうちにどんどん腫れてきて痛くなったのです。大慌てで行きつけの歯医者さんに電話して見てもらいました。一目見るなり、「ああーこれは抜かなくちゃだめですね。」でも、口もしっかり開けられないぐらい腫れているので、これが収まるまでは無理ということと、なんといっても奥の奥、それも生えかけの親知らずということで、口腔外科を紹介されました。そこで紹介された口腔外科に行き、痛み止めや抗生剤を出してもらい、腫れが引いたら抜歯ということになりました。まず腫れがひくまでがなかなかで、2日間ほどものが食べられませんでした。ジュースやゼリー状になった栄養剤みたいなのを買ってきてしのぎました。だんだん腫れがひいてきても、よく噛む方の左を避けて、右ばかり使っていると今度は右側が具合悪くなりそうです。それでついあまり噛まずに飲み込んでいたら、胃が調子悪くなりました。これまで目と歯は丈夫で、なんの苦労もしなかったのに、このところ目も悪くなるし、歯もこんな調子に・・・目は加齢による乱視とかで字が見にくくなり、本などを読んでいると、とても疲れるようになりました。子どもの頃から目が悪かったらきっと勉強に差し支えるだろうな、本も読みたくなくなるだろうなあと思ったことです。歯もこうして悪くなって自分もよく噛めなくなると、お年寄りとかが固いものが食べられないとか、よく噛まなくて胃が悪くなるのがよくわかりました。日ごろ丈夫だったばかりに、そうでない人の気持ちがわからなかったなあと、しみじみ反省させられました。ちなみに歯の方は、火曜日に抜歯して(けっこう大変だったのです)、現在おたふくかぜののように腫れ、また流動食状態です。あーあ、はやく普通の生活にもどりたい。
October 24, 2007
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さわやかな秋になり、このところ出歩いてばかりです。先日はちょっと変わった同窓会へ行きました。22年前に参加したオークヴィレッジのサマーセミナーの同窓会です。マメな方がいらして、毎年年賀状だけはやりとりしていたのですが、今度久しぶりに同窓会をやりましょうと準備してくれました。「まあ懐かしい!」と出席の返事は出したのですが、いったい誰が出席するんだろう?とりあえず幹事の方はわかるかなぐらいでした。ところが行ったら、セミナーの時の宿で同室だった人が2人とも参加していたのです。お互いなにかテレパシーでもあったのだろうかと再会を喜びあいました。3人また同じ部屋で、20年のブランクを感じさせず、修学旅行の学生のように盛り上がりました。残念ながら幹事の方は土壇場で入院をされて欠席。74才になられてもパワフルでしたのに、本人も悔しがってリベンジで来年もやるぞと言っておられるとか。参加者は6人、ドングリ邸に宿泊し、オークヴィレッジのスタッフも交えて夜はディナーを食べながら歓談、後、昔の写真やビデオを見たりして懇親会をしました。オークヴィレッジの人のお話が、ものづくりに関わっているだけに、たいへんおもしろかったです。説明する稲本裕氏セミナーハウス内ここ清見村で家具を作り始めた頃は、ミズナラなど地元の人は見向きもしない木だったので、安い値段で手に入ったのに、今では北海道ですらめぼしい木はなくなってしまい、材木やはロシア産の木を混ぜてくるようになった。でも触ると質感が違うので、あまりかたまらないように交互に使って漆で塗装したら発色が違ってツートンカラーになってしまった。今はまだ備蓄があるけど、次のミズナラが育つまで300~400年はかかるから、そのうちオークヴィレッジでもナラ材の家具はできなくなるかも。材木として使われなかったから、ローテーションのシステムができていなかったんですね。今では材木市にも出物がほとんどないので、個々のネットワークで手に入れているそうです。一方植林しまくった杉は、山から切りたおして運ぶと赤字になってしまうから放置されているのに。日本の代名詞だった漆も昨今国産は1%ほどしか使われていないのだとか。国産のものはコストがかかりすぎて採取されないのだそう。輪島塗の人が輪島塗りは2%も国産の漆が入っていると自慢していたそうですが、それって自慢できることなんでしょうか? 外来の漆、特に南の方のものはゴム質が多くて乾きにくく耐久性がなく、金閣寺の金箔を貼り直す際、最初、外国産ので貼ったらはがれてきたので、結局国産のいい漆にかえたそうです。森林たくみ塾庄司師範またアメリカやヨーロッパでは、日本のアイデンティティを大切にした伝統的な技術を身につけているとわかると、たいへん敬意を払ってもらえる。外国では職人、手に技術のある人はとても地位が高く、尊敬されているので、日本ではまず食べていくのが大変と話すと驚かれる。日本では刀鍛冶では食べていけないので、包丁を作ったり他の仕事もしなければならない。日本の木工技術やカンナやノミなどの道具は、世界的にもだんとつにレベルが高く、アメリカでは日本の道具を使いこなせることがステイタスになっているのそうです。オークヴィレッジからも、技術指導に行くのだけど、アメリカの職人は熱心で独創的なので、そのうち技術的なレベルが追いついてしまったら恐ろしいと思うとか。ここでもまた、日本の職人の窮状を感じました。すばらしい日本の文化を支えている職人の技術がだんだんなくなりかけていることを。オークヴィレッジから清見村の中学校へ、技術の授業に行っているそうです。本格的な木工の指導を受けられるなんてうらやましいです。近頃は学校の授業の中から、どんどん実技が減ってきています。子どものうちに、ちゃんとしたものづくりの経験をすることで、自分の適性を発見することができると言っていました。子どもたちがみんな、机の上の勉強だけで価値を決められるのでなく、ものづくりなど他のことで能力を認めてもらい、立派に生きていけるような価値観が、もっと社会に広がるといいのにと思いました。
October 17, 2007
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瀬尾まいこさんの本は、ほとんど読んでいます。というのも、彼女は現役の中学校の先生なので、出版されている作品の数が少ないからです。その瀬尾さんのエッセイ「ありがとう、さようなら」を読みました。職場である中学校でのできごと、特に中学生たちとのほのぼのとしたふれあいが本当にいいです。昨今いろいろと聞こえてくる殺伐とした中学校の話とは違い、生徒数30余人などという、のどかな土地柄のせいか、子供たちが実にいい子なのです(転任して200人ぐらいの中学校へも行かれたようですが)。中学生というと難しい年頃です。自分の子1人見ていても大変なのですから、瀬尾さんも学校でいろいろあると思います。でも、瀬尾さんは子供たちを、とても温かい目で見ているのです。そして子供たちもそれに答えているような気がします。30過ぎても彼氏もいない先生の心配をし、30歳の誕生日にはお祝いをしてくれ、おしゃれをしてもしてなくても大騒ぎ。生徒会活動で生徒と同じレベルでけんかして、生徒の方からぶっきらぼうに仲直りしてもらったり、きらいな食べ物を残してはいけないと反省させられたり、団結のすばらしさを見せてくれたり。生徒たちは瀬尾さんが思っているより、細やかで、やさしく、がんばりやです。瀬尾さんも体育大会のために、クラス全員分の小さなテルテル坊主を作って、以前生徒が作って教室の外にぶら下げた、みなから愛されているテルテル坊主のてる子さんの中に隠し、「あっ、てる子さんが子供生んだ!!」などと大騒ぎして、子供たちに渡したりします。読んでいて、まだ大人と子供の間で揺れている、妙に大人びてみたり、小さな子のように天真爛漫だったり、中学生ってこんなにかわいかったんだなあって思いました。小説と同じように、ユーモアと温かさにあふれた、すてきなエッセイです。
October 14, 2007
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舞い上がっております歌舞伎見物ですが、まだ続きがあるのでした。土曜日に歌舞伎を見て次の日曜日、友人からメールが・・・「今日の夜の顔見世公演のチケットを2枚もらいました。予定があって行けないので、よかったら使いませんか?」なんかテレパシーでもあるのでしょうか?翌日も出かける予定があるというあわただしい週末でしたが、万難を排して行くことにしました。夕飯の支度をし、義母のお世話と留守番を子供に頼んで出かけました。夜の部は4時15分から開演。夕方3時半ごろ御園座に駆け込み、引換券を交換。なんと2階のバルコニーでした。(ただし花道の真上だったので、下が見えませんでしたが)夜の演目は「鳴 神」「達 陀」「義経千本桜 川連法眼館の場」「鳴 神」「達 陀」は、どちらも美女がお坊さんを誘惑するといった話で、菊之助が可憐で妖艶な美女を熱演していました。期待の「達 陀」は、見ていると、以前見たお水取りの様子が思い出されてうれしかったです。幕の向こうで、修行僧たちが下駄の音を鳴らして走り回る音や、ぱん!という五体投地の音が雰囲気を盛り上げていました。最後は30人ぐらいの役者さんがせいぞろいで舞台に出てきて足を踏み鳴らして踊り、なんだか北野武の映画「座頭一」のタップダンスを思い出しました。「義経千本桜 川連法眼館の場」は、海老蔵が、義経の家来の武士の役と、それに化けた子狐の役の二役で、人から狐になったり、狐が館のあちこちに消えては出てくるというのを早業で演じ、まるで手品のような舞台でした。最後は母の形見の鼓を義経からもらい、喜んで宙を飛んで帰るということで、ワイヤーで吊られて目の前をぶら下がって行きました。下の花道は見られなかったけど、最後は素敵な花道が見えました。夜の部の方が子供には、より受けたかもしれないなあと思ったことです。今回は主人が一緒で、やはり初めて歌舞伎を見たのですが、おもしろかったと喜んでいました。夜は夜で演目も違うし、お客さんもさらに華やかで、(なんと本当の日本髪の芸者さんがいっぱい見物に来てたし)よかったです。
October 12, 2007
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初めて歌舞伎を見ました。名古屋は御園座の「吉例顔見世」。息子の学校のイベントで、希望者だけですが歌舞伎鑑賞があったのです。毎年あるのですが、今年はふと見に行く気になって息子に聞くと、息子も「行こうかな」というので2人で出席することにしました。見ている最中に眠ってしまって息子に恥をかかせてはいけないと、前の晩はいつもより早めに寝ました。学校の講座なので、開演2時間前に集合。まず1時間ほどレクチャーがあります。それから開演まで1時間時間があったので、イヤホンガイド(必需品と聞いたので)やオペラグラスを借りたり、有名なアイスもなかを食べたりしてました。終演まで、約4時間半と長くて驚いたのですが、歌舞伎は幕間がけっこうとってあって、食事をしたり、買い物したりして過ごすんですね。いろいろ珍しかったです。今回の公演は市川団十郎、尾上菊五郎のベテランと、尾上松禄、尾上菊之助、市川海老蔵という若手たちの競演ということらしいです。演目は「毛抜」「色彩間苅豆」「権三と助十」でした。「毛抜」は典型的な歌舞伎のタイプで、白塗りの顔に隈取が入った役者さんが活躍します。若手の松禄が主役の粂寺弾正を演じ、主君の命で小野家を訪れ、そこで起きている事件をさわやかに解決します。イヤホンガイドの助けもありましたが、台詞もよくわかり、笑いどこもあっておもしろかったです。お小姓や腰元に手を出そうとしては失敗して苦笑いする弾正を、節句人形のような松禄が演じていてよかったです。ここで30分の休憩。私たちは地下のレストランで学校から頼んであった幕の内弁当を食べました。息子は友達と集まって食べていたのですが、みんなあまりに渋いお弁当でめげていました。「色彩間苅豆」は市川海老蔵と尾上菊之助の道行きみたいな舞踊劇。海老蔵が悪者で、じゃまになった腰元を殺してしまうのです。海老蔵、菊之助、どちらもすごい美男美女で目の保養にはなりましたが、ちょっと暗い話ですよね。菊之助は本当に女性以上に色っぽい。きれいでした。今度は25分の休憩。ロビーで売っている芋きんつばを食べたりしていました。ロビーでお菓子やらみやげ物やら本やらいろいろ売っているんですね。「権三と助十」は菊五郎と団十郎の競演で、ほとんど普通の時代劇でした。とても全員男とは思えなかったです。無実の罪で捕まり、牢屋で死んだ店子の汚名をはらすため、家主や長屋の住人が騒動する話です。名前だけが登場する大岡越前のおかげで、事件はめでたく解決。明るい人情話でした。あっという間に終演。眠るどころか、なかなか楽しく見ることができました。息子もおもしろかったと言っていたのでよかったです。もらったちらしを読むと、夜の部はまた違う演目でおもしろそうです。昼の部では凄惨な話だった舞踊劇が、夜は「達陀」と言って、東大寺のお水取りを舞踊に仕立てたものというので興味がわきました。そうそう見には行けないけれど、「見てみたいなあ」と息子相手にぼやいていたことです。
October 11, 2007
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