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・5、31、木武田氏は一つのシリーズとして「日本だけ」という題を付けて記事を書いている。音声で語っているのだが、これは日本人が実はどれだけ偉業を成し遂げて来たか、我らが民族を故あれば我々自身で卑下する傾向のある今を今一度見直して、我らが先祖がどれだけ今の生活の基盤を打ち立てたかを検証してみようという取り組みである。シリーズ6では、今まで白人がどれだけの国を植民地とし、そこでどれだけ非人間的な行為を繰り返して来たかを検証し、三つのことを考えてみようとしている。植民地になればどのような目にあうか?何故日本は植民地にならなかったのか?国を守るための兵がないということは何を意味するか?ここで間違ってとらえてもらっては困るのだが、僕も武田氏も、「軍備賛成、核賛成」と唱えている訳ではない。今までの歴史と人間の本質を客観的にじっくり見詰めて、どうやってこの国に住む者たちの生活を守って行くべきかを、冷静に考えてみたいというものである。もちろんそれは100年ほど前の話なのだが、イギリス帝国がインドやその他多くの植民地で行ない続けた非情な行為。ポルトガルが植民地であったオーストラリアのアボリジニー人に対して行なって来た非人間的な行為(そのやり方は、薩摩藩が沖縄の人たちにやったことと全く一緒)。おそらくローマ帝国でも、オスマントルコでも、エジプトのファラオも同様な行為を繰り返して来たことだろう。そこから分ることは、民族は関係なく、すべての人間は権力、権威を手にすると同じ事を行なうということだ。殺したい時にいくら殺しても良いとされる環境に置かれ、自分たちは抜きんでた優秀な民族であり、そのため経済力と軍力と知能を有していると思い込んだ時に誰でもそのスイッチが入る。例えばオウム真理教もその一つだろう。そうなると次に来るのはお決まりの欲だ。●自分たちの暇潰しのゲームとして他人が苦しんで死んで行くのを観賞して楽しみたいという欲。●植民地の女性を好きな時に好きなだけレイプし、それが法律的にも倫理的にも批難もされない、罰せられる事もない環境での行為を繰り返す。●人身売買が行なわれ、奴隷制度が始る。このようなことは、例えばイギリス人はつい最近まで行なっていた。だから武田氏は「世界で行なわれて来たことを知れば、日本が朝鮮半島、台湾、中国などで犯した罪は大したものではない。ヨーロッパ人、アメリカ人が行なって来たことが殺人なら、日本人がやったことなどパンを盗んだぐらいのことだ」と述べている。これは耳を疑う遺憾なる発言である。犯した罪の数や規模が問題ではない。日本兵が他国の田舎の民家にどやどやと押し入り、訳も分らずにいる家族を理由もなく皆殺しにしている現場に居合わせても、そんな発言ができるのだろうか?「イギリスはずっと酷いことを世界各地で行なって来ているのに批難されず、何故日本だけが」という思いがあるのだ。もちろんそれは世界の政治的な駆け引きのことがある訳だが、科学者と言えどもデータと人間の証明をごちゃ混ぜにしてはならない。とにかく植民地ということをテーマに考えると、スイッチの入った連中に何をされてもどうすることもできないということと、それは決して昔話ではないということだ。戦争というものの本当の恐ろしさは、そういった付随する悲劇にあると思う。そしてその次の疑問。日本はどうして植民地にならなかったのか?日米安全保証条約がその鍵なのだろうか?「日露戦争で我々のおじいちゃん、ひいおじいちゃんたちが戦って死んでくれたからだ」と武田氏は言っているが、そのことがどう関係するのか、今ひとつ理解できない。ーーーーーーー日本だけ(6) ヨーロッパとアメリカの暴虐今から考えるとたった100年ほど前、ヨーロッパ人やアメリカ人はそれは酷かったのです。本当に「人格のある人間」とは思えないようなことをしていたことも良く頭に入れておかないと、現在の国際関係も理解できないところがあります。私はなぜ多くの日本人が白人を尊敬し、コンプレックスを持っているのか?彼らの方が人格が低いのにと思うことも多いのです。「japan6shokuminchitdyno.76-(7:51).mp3」をダウンロード(平成24年5月30日)[Bandicam_2xxx-xxx-xxxxx_2xxx-xxx-xxxxx。]武田邦彦
2012.05.31
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・5、30、水先日書いた「生と死はぐるぐる回る」という話の続きだが、僕の自論がもう一つある。「魂は使い回し」というものだ。世の中にはまれではあるが、誰にも教えられなくても大変な数の漢字を知っている子供が中国に居たり、三歳の時から誰にも教えられていないのにピアノをばりばり弾いたりする子供が居る。これを世間では天才と言って片付けてしまうが、僕は何とも不可解である。僕は以前記録用ビデオで、ピアニストがすごく難しいグリークかなにかの曲を弾いているのを聴いていた三歳になったばかりの全盲の男の子が「僕も弾きたい」と言ってピアニストの後に座って、今聴いたばかりのその難しい曲をかなりのところまでそのまま真似して弾いてみせた映像を見たことがある。人間技とは思えなかった。しかも彼はこの世に生まれてまだ三年、しかも全盲である。僕はその時「あー前世からの記憶が消えていない」と感じた。左脳の記憶は簡単に消えてしまうが、右脳の記憶は時にしてはっきりと残っていることがあるのではないだろうか?その記憶は無意識に肉体を動かし、手や舌や感覚を動作に変える。右脳は全く手付かずの未知の領域である。我々のその空間には、一体何が潜んでいるのか?それは使い回しされた魂が持ち込んだ多くの記憶であるというのが自論だ。ということは、我々は何度も生まれ変わっている。運の良い人生、運の悪い人生などと言うが、これも生まれ変わっている回数と関係のあること。前世の記憶が多ければ多いほど、知らず知らず予知もできれば勘も鋭い。何だか理由もなく引かれるものや場所、理由もなく嫌悪感を抱いてしまうことや場所など、更には一生を通じて自分が身を置くこととなる世界なども記憶が導くこととすればどうだろう。ユダヤ人はこの記憶をかなりの割合で意識的に使う能力があるのかもしれない。そしてその記憶は何も人間の記憶であるとは限らない。おそらく皆いろんな肉体で一生を送って来ている。だから家にいる犬や猫が何も理解していない、何も知らないと思ったら大間違いだ。おそらく宇宙の中には、他の場所にも生命は存在するだろうから、そちらで一生を送ったこともあるかもしれない。デジアビューと言われているものも、疲れが起こす現象という説明を鵜のみにしていいものか。サヴァン症候群というものもこれと関係した話のように思える。サヴァンは明らかに右脳の鋭い感性が能力となって表面に出たものだろう。何故突然こういう能力を持つものが出て来るか僕の推測の及ばぬところだが、大抵そこには知的障害が伴わなくてはならない。左脳の障害によって、右脳の能力が表面化するとしか解釈できない。結論は、右脳というものは肉体を離脱しても存在し、魂と共に別の肉体に宿ることになる。要するにそれはすでに脳ではないのだ。もっと我々の知らない何かの存在なのだ。この自論は、それを持って小説でも書けそうである。
2012.05.30
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・5、29、火不眠症というのは辛いものだ。僕も10年ほどの間不眠症に悩まされた。最初、ドイツに居るころ友達の家で皆で遅くまで話して、その夜そこに泊めてもらったが朝まで一睡も出来なかった。そんなことはそれまで一度も経験のなかったことで、随分驚いたことを覚えている。それを皮切りに10年間ほど眠れない苦しさに悩んだ。ずっと眠れず、朝方に少しうとうとすることもあれば、寝込みはスムーズだが、夜中の1時ころに必ず目がぱっちりと覚め、朝まで眠れないということも続いた。そんな時は諦めてベッドから出てラジオを聴いたり、パソコンを弄ったりして時間を過ごした。これが毎日続くとなかなか辛いものだ。夜ベッドに入る時に「どうせ今夜も眠れないにちがいない。明日もぼーっとした頭で辛い一日だ」と悲観したものだ。次の日が本番でもあればその悲劇は一層であった。僕の調査によると、不眠症の人はとにかく頭で常にごちゃごちゃと考えを巡らせている人に多い。血液型でいうと、A型の人にどうやら多いようだ。僕はA型ではないけれど、例外的に眠れない。睡眠導入剤を使う知人も多いが、僕の場合は次の日に大きく影響するので使用したくない。ところが最近になってひょんな切っ掛けで鍼治療に通うことになった。不眠症の話を打ち明けると、それに対する治療も可能であるということが分った。今では眠れない夜は全くない。結局不眠は逆気に原因があるようだ。逆気とは、本来下腹部にあるべき気が頭の方に上がってしまい、下りて来れなくなった状況である。やたら頭ばかりに汗をかいて、足が常に冷たいという人はその疑いがある。この状態が長く続くことが万病の元となるらしい。唐辛子を好む人もこの状態になりやすい。武田氏のような学者は、頭でごちゃごちゃと様々なことを考えるのが仕事だし、我々のような音楽を舞台で演奏したり、合唱団のように大勢の前で大声を張り上げて指導に当たるような作業はどちらも逆気を起こしやすいだろう。そして下半身がからっぽになり、精神的にもバランスを崩す。更年期障害もこれに似た状態なのだと思う。しかし鍼治療でこれは簡単に回避することができることを知って、とても驚いた。逆気を整えるには、腎虚・肝虚を治療し、消化器系の問題を治療し、血液や解毒の問題なども解決してはじめて成し得ることでもあるらしい。表面に出た症状だけを薬を持って消そうとする考えは、西洋医学の浅はかに過ぎる乱暴な考え方であるといつも認識せざるを得ない。でもまあここで武田氏が言いたいことは不眠症の切なさではないだろう。諦めなくては仕方ないことが世の中にはたくさんあるということか。そして諦めて初めて展望が開けることもある。僕も日々そんな風に感じながら暮らしている。ーーーーーあきらめた10年ほど前、網膜剥離で光を失い、しばらく真っ暗闇の中での人生だったとき、少し精神的におかしくなって精神科のお医者さんに睡眠薬をいただきました。一日3回、その睡眠薬を服用すると実に快適で、それまで数10年間、不眠症で悩んできたことがウソのようでした。「ああ、これで自分の人生も楽になる。もうあの不眠症で苦しむことはない」と思ったものです。ところが目の手術が成功した後、服用する量を3分の1、6分の1と減らしながら普通の生活に戻っていったのですが、なぜか飲むと激しく心臓が鼓動することがあり、恐ろしくなって「人生、たった一つの頼り」だったその睡眠薬も飲むことができなくなったのです。あきらめました。寝ること自体、翌日の体力を心配することも、普通の生活をすることもすっかりあきらめて、「しかたがない、寝ることはできない。それもまた人生だ」と思って、ある日からまったく睡眠薬もお酒にも頼らず、ただそのまま床につくようになったのです。毎晩、不安がよぎり、またあの退屈で不安な夜が来るのかと思いながら布団をかぶる毎日でした。ところがあるとき、「眠る」というのと「横になる」というのがどう違うのか?とふと気になりだしました。普通、「眠る」と言えば意識がなく、「横になる」というのは体は寝ている時と同じで、頭の活動だけ違うのです。それなら、「眠っていても、横になっていても、明日の体力は同じだな」ということに気がつきます。それ以来、あれほど長く苦しんだ不眠症もどこかに行ってしまいました。床につくときに「眠ろう」と思うと「眠れるかな?」と心配になりますが、「横になる」だけなら100%できるからです。それから10年。元気な毎日を過ごしています。横になっても眠れないとき、あらかじめ準備してある小説の朗読やニュースを聞いたりして退屈で暗いひとときを過ごしますが、それも少しずつ少なくなってきているようです。(平成24年5月29日)「tdyno.98-(3:33).mp3」をダウンロード武田邦彦
2012.05.29
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・5、2、我々は、我々というのは人間、動物ばかりではなく、すべてのもの星に至るまで誕生、繁栄、衰退、死という時間の摂理に乗っ取って存在している。よってビッグバーンによって地球が生まれる前にも、もちろん時間は存在したことになる。言い換えれば、時間があるから地球が誕生もする訳だ。そのことは日々忙しい普段我々の脳裏には去来しない。宇宙も太陽も地球も、我々も一瞬の今を存在して無と帰すと考えられる。しかし否僕の自論は、死後も時間に支配されることになる。時間があり、物質がある限り死のあとの誕生もまた存在する道理となるはずだ。何故なら生に永遠が有り得ないと同時に、永遠の無も存在不可能であり、死の終わりも必ずやって来る理論となるはずだ。この理論は僕が高校生のころに行き着き、今もなおその理論は崩れていない。宇宙の端を探してどんどん進んで行きいつかその果の壁を探し当てたとしても、必ずその壁のあちら側は存在するはずだ。そしてそのあちら側の世界の端を探し当てても、またその向こうの世界が存在しなくてはならない。そう考えると、高校生の僕の頭は痛み始めたものだ。地球は自分でぐるぐる回りながら、太陽の周りをまたぐるぐる回る。このぐるぐる回るところに時間が生じるのではないか?となると、生と死を含む星たちが存在する宇宙自体も、ぐるぐる回っているのではないか?地球からどんどん離れて宇宙の果を探しても、気が付けばまた地球に戻っているかもしれない。最後には「この問題は、人間の思考を超えたところの話なのだ」という結論で終わるしかない。だから、生と死もぐるぐる繰り返されなくてはならないのが我が自論である。これこそが無間地獄だ。ーーーーーー諸行無常の科学的解釈・・・なぜ鐘の音は鐘に戻らないのか?世の中には当たり前のように見えて実に不思議なことが多いものである。マイナス40℃の氷を暖めてマイナス20℃にする時、氷を暖めるので氷の一部が融けるような気がするが、不思議なことに氷は0℃(融点)にならないと融けない。これは奇妙な現象などで小学校で融点を学ぶが、日本人のほとんどが温暖化騒動で「氷は温度が上がったら融ける」という宣伝に引っかかった。地球は平らと思っていた頃、朝、東から昇った太陽は西に沈む。西に沈んだのだから次の日は西から昇るように思うのだが、不思議なことに毎日太陽は東から昇る。いったい、いつの間に西から東に行ったのだろう? その回答は「太陽は毎朝、東の土から出来て、西に沈み土に戻る」というものだった。人間は最初に間違う(地球は平ら)と、結論も間違う(太陽は土から出来る)ものであることがわかる。・・・かくのごとく人間の知恵ははかない・・・お寺の鐘を叩くと、その鐘の音は不思議なことに四方八方に広がり、決して戻ることはない。なぜ鐘の音は再び鐘に帰ってこないのだろうか? なぜ川を流れるものは絶えず上流から下流に流れ、とどまることを知らないのだろうか?今の人間はお金のことばかり考えているけれど、昔は自然との距離が近かったから、自然の中に実に不思議なことが多いのに気がついていた。その一つが「諸行無常」だ。人間は誕生し、成長し、全盛期を迎え、やがて衰えて死ぬ。それは人間ばかりではなく、他の生物も、川も山も何もかも誕生して成長し、やがて死を迎える。なんで「ジッとして」いなのだろうか?この世にはジッとしているものはない。どれもこれも変化する。樹木を見ると元気よく新芽をだしているのだから、そのまま10年ぐらいは変わらなくても良いのに、慌ただしく紅葉し、落葉する。なんと気ぜわしく、もったいないのだろうか?人間社会も科学も何の意味があるのかわからないが、「進歩、革新、新しいこと」とうるさい。科学が人間を幸福にしてくれることなど無い。もし科学が幸福にしてくれるということと、科学が進歩するということを組み合わせると、人類は絶滅の直前にしか幸福にならない。なぜなら、人類が絶滅の寸前がもっとも科学が進歩してるときであるし、その人類から見ると1000年前の人は科学技術が遅れていたために「不幸」であると言うことになるからだ。なぜ、進歩も変化も無駄であることを知っていて、進歩や変化を求めるのだろうか? なぜ、あらゆるこの世のものは諸行無常なのであろうか? それは今から147億年前、ビッグバンという事件によって時間が出来たからだ。そしてその時間は過去から未来にしか流れないので、その時間の流れに遅れまいとすべてのものは変化してやまない。実はこの世に生まれたものはすべて「ジッとしていること」はできない。鐘の音は「その場にとどまっている」ことは不可能で、どちらかに行かなければならない。つまり鐘の音はお寺の中に留まっているということ自体が宇宙の力を受けて不可能なのだ。人間も必ず歳を取る。どんなに若く見える人でもいつまでも赤ちゃんのような肌を持っている人はいないし、90才になれば体の自由は若い頃のように効かない。生物は日々、体を入れ替えることが出来るのだから、変わらなくても良いように見えるが、そうはいかないのだ。「エントロピー増大の原理」と言っても良いし、「時間は止まらない」と表現してもよい。平家物語(仏教)のように「諸行無常」でも良い。とにかく止まっていられない!という一大欠点が私たちを悩ましているのだ。毎日を止まるとストレスがたまる。毎日、過度に動くと辛い。私たちは宇宙の動きに従って、「適切な変化」を強いられている。しかし、それはとても良いことでもある。私は「昨日も晴れ」と書くことがあるが、過去は流れていくので、悪いことは思い出さないですむ。昨日がどんなに土砂降りでも「晴れ」と思えば、二度と再び昨日は来ないので、土砂降りは晴れになる。あまり長い間の変化も予想すると頭が痛くなる。だから、今日一日ぐらいが良い。それが私の「今日も朝」だ。私の人生は昨日で終わったかと思ったら、今日も朝が来た。それなら今日一日ぐらいはまた頑張るか!という具合である。長期的目的はたてない。変化は変幻自在であって、どうなるか予想もつかない。30年前は携帯電話もなければ、ほとんどクーラーすらなかった。地球が温暖化するなどということは全くなく、私の知り合いは「寒冷化に強い作物」の研究をしていた。進歩は良くもあり、悪いくもある。変化はせざるを得ないが、良いとばかりは限らない。でもそれが人間、生き物、そしてこの宇宙に住むものの定めだ。20年前、私は川にも山にも、誕生があり、成長、繁栄があり、衰退と死があるのに気がつき、愕然としたことがある。人間だけではない。それが私たちに時の大切さ、今の大切さを教えてくれる。(平成24年5月2日)「tdyno.68-(8:06).mp3」をダウンロード武田邦彦
2012.05.27
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・5、24、木僕が高校生のころに、一度父と議論した覚えがある。父と議論などほとんど覚えがないが、これが最初で最後だったかもしれない。議論と言っても喧嘩や言い合いではなく、極めて穏やかな意見の交換であった。その時のテーマは、見合い結婚についてだった。僕はそのころ、見合い結婚というものがどうして成り立つのか理解できなかった。女性にとって、一生の自分の運命と生活が一度に決められてしまうような儀式である結婚の相手を、親や他人に宛がわれてそれに疑問も抱かず身を委ねることが正しいのか?と父に食いついたのだ。確かその時知り合いの女性が、恋人が稼ぎがないからという理由で親に付き合いを禁止され、そのうえ見合い結婚を押し付けられたという身近な話があったからだと記憶している。その時の僕の論旨は「金がなくとも愛する相手と苦労を共にする幸せと、不自由なく生活はできるが、べつに愛してもいない男に毎晩抱かれる生活と、どちらを取るべきか?」というものだった。父は「いくら愛し合う二人が夢を抱いて生活を始めたとしても、そこにやはり金がなければ結局独立して所帯を維持できず、末路は親の元に帰らざるを得ないという例を自分は見て来た。だからこそ親はそれを知っていて、皆娘に間違いのない道を勧めることになるのだ」と言った。「今の世の中にそんな危険が本当にあるのか?」と僕は尋ねた。「おまえは社会の厳しさを知らない」と父は穏やかに言って議論は終わった。しかしやはり僕は憤然とした思いが残った。「その時男に稼ぎがなくとも、年月が経つと共にどう変化するか分らないではないか。本当に一緒になりたい二人が、共に力を合わせて道を切り開く勇気を親が認めるべきであり、親の目から見た初めから安全な道が本当の娘の幸せであるか?そんなものは親のエゴである」と考えていた。今から思えば我ながらまともな意見である。夏目漱石の作品に門というのがある。あえて茨の道を選んだ男女が夫婦としてひっそりと暮らす生活。社会から捨てられ、他人と関わることを務めて避けながらたんたんと過ぎる静かな生活。役所に勤める夫の稼ぎでは特別な贅沢は何も出来ず、二人が何とか食べて行けるかつかつの生活(明治時代の役所の職員はそんなに給料が少なかったのだろうか?)。「重い罪を背負った二人は、社会から鞭打たれながら死に向かうものである。と同時にその鞭の先にある甘い蜜の味を味わいながら、二人手を取り、お互いだけを頼りに手を携えて暗い道に歩を進める」寂しいその道の上でこそ、彼らは離るることのできない互いを感じ取ることができたのだ」と一説にある。人はパンにのみ生きるにあらず。収入の量が幸せの量と比例すると教え込まれている現在、この夫婦のように、社会から捨てられ、鞭打たれて初めて思い当たる蜜があるのかもしれない。ーーーーーーお金は多い方が良いとなったのはいつ頃か?・・・錯覚の社会現代は「同じ仕事で給料が20万円と30万円のどちらにします?」と聞けば、100人が100人、30万円と答えるでしょう。でもこのような習慣はここ300年ぐらいで定着したもので、その前は20万円を選んだ時代が長かったのです。ヨーロッパではゲルマンの時代がそうで、「パンを食べられる範囲で良い。それ以上は面倒だ」と答えましたし、江戸時代は「宵越しの金は持たない」のが良い人生とされていました。お金(貨幣)がそれほどの意味を持たず、それより人生そのもの、時間そのもの、家族や友人が大切だった時代があったのです。先日、ある若い人にこの話をしましたら、なかなか理解が難しいようでした。少し話してみてわかったのですが、その人は「このような生活が幸福である」というのを社会から常に教えられていて、自分にとって必要なもの、自分の幸福をもたらすものについて、おそらく一度も考えたことがないようでした。かく言う私も同じで、32才まで私は「世間でこれが良いというものを、そのまま自分にも良いこと」という錯覚をしていたのです。考えてみれば世間で良いとされるものでも自分にとって良いかどうかはわかりません。それがわかったのが不覚にも32才になってからで、それから40才まで修行を積んで、やっとある程度、「自分の人生にとって大切なもの」が見えてきたのですから、その若い人がわからないのはやむを得ないと思います。それまでの自分は「仕事をするのでも、会社にいるより自宅にいる方が得く」、「同じものを買うのに高いより安い方がお得」などとお金を中心とした尺度と、空気的損得(自分の人生にとっての損得ではなく、世間で決めたものをそのまま)で決めていたのです。・・・・・・・・・かくして私の人生は気楽になり、朝になると「ああ、今日も朝が来たか!」と感謝してまた仕事に取りかかることができるようになりました。そんな私にとっては「安いアルバイトは続くけれど、時間給の高いアルバイトは続かない」、つまり「人はパンにのみ生きるものではない」という解説や教えを聞くとしっくりいくのです(その裏でお金を狙っている人には腹が立ちますが・・・)。(平成24年5月7日)武田邦彦
2012.05.24
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・5、6、日さて、この「日本は軍を持つべきか?」という問題は、いよいよ僕の頭を痛める。「何処かの国が爆弾を撃って来たらパック3で落ちて来ないようにして欲しい、でも軍隊はだめ」というのでは、確かに矛盾している。突き詰めて考えれば、国である限り軍がないというのは有り得ないということか?敗戦後、日本はマッカーサーと一緒に法律を作り、もうこれ以上悪さをしないように「日本は軍を持ちません」と封じ込まれ、その代わりにアメリカ軍が日本を守るという名目で予算をどんどん吸い取って70年経ったということだろう。さあここで今のような嘘に満ちたこの国で、軍という組織ができればどういうことになって行くだろう。いずれ政府よりも民主よりも力を持ち、金儲けのためにあらゆる恐怖政治へと勢力を伸ばし、行く行くは大手を振って核保有と進むことは容易に想像できる。そしてもちろん影では官僚がその糸を引くのだ。「戦争可否委員会」も「駄々漏れ軍隊」もあったものではない。武田氏は、この期に及んで日本人を信じすぎる。とは言え「国は軍を持たず、アメリカに安全保障を丸投げ」というのも永久に続けて、養分を吸われ続ける訳にも行かない。官僚としては、今の状態を続けることが一番心地良いのだ。だがしかし、王国時代の沖縄が軍を持たずに永遠の平和を保つ事ができなかったように、国民全員に地獄の恐怖を味わわせる訳にも行かない。やれやれ、人間である限り攻められる心配は付き纏うということか。ーーーーーー憲法記念日:普天間・辺野古問題をきっかけに「日本軍と原爆保有」の議論をする必要あり普天間基地を辺野古に移す問題が民主党政権下で頓挫したのですが、これを「悪いこと」と考えず「この際、日本が軍隊を持つべきか、また原爆を保有するべきか」の議論へと発展させるのが良いと思います。今の日本の大人は、政治経済の首脳から庶民に至るまで「原発の電気は欲しいけれど、高レベル廃棄物、低レベル廃棄物(1キロ100ベクレルまで)はイヤだ」とまるでいいところ取りだけの子供のようです。同じように「北朝鮮のミサイルは自衛隊に落としてもらいたいけれど自衛隊は軍隊ではない」とこれも子供ではないか?・・・もう、大東亜戦争から70年になろうとしている今、日本人はこの2つの難しい問題に正面から取り組まなければならないところに来ています。原発の方はかなり議論をしてきましたので、「原発を再開するなら電気をもらうところが、原子炉も廃棄物も引き取る」という原理原則を貫くようにすると、自然と「原発再開は原発が安全になってからにしよう」と言うことになるでしょう。「自分だけが良ければ」ということでも、「利得と被害の両方を引き受ける」というだけで、原発を推進しようとしている人の腰が引けると思うからです。でも、軍隊に関してはかなりの議論がまだ残っています。まず、私は今のところ次のように考えています(これは議論のきっかけにしか過ぎませんが)。1) 日本は独立国だから軍隊がいる。アメリカ占領軍が70年もいるのは異常、2) でも多くの日本人が軍部を作ると暴走して戦争になると懸念している、3) そこで、軍部が暴走しないように、(軍部ではなく)政府に特別の機関(戦争可否委員会)を作る、4) 外交情報、海外情報をそのまま伝えるダダ漏れ機関を作る、4) 軍と戦争に関する学問の自由、表現の自由に関する特別立法をする。このうち1)は多くの人に合意が得られると思いますが、問題は軍隊が出来たときに、「国家機密」を盾にして、軍部が暴走するのではないかという危惧が現在の日本が自衛隊から軍隊に踏み出すことを躊躇している原因と思います。そこで、(やや無理を承知で)軍部の暴走を防ぐ手段を先に作ってみて、自衛隊のもと・・・軍部を作らない前に・・・しばらく試験をし、うまくいったら軍隊を作るというプロセスはどうかと思っています。軍部の暴走を防ぐには政府に戦争に関する特別の委員会を作り、そこを完全にオープンにしておくのです。つまり「ダダ漏れ機関」です。もともと軍事情報は「マル秘」が普通ですが、私は「マル秘」が国家間や国内の不信感を増して、戦争になってしまうと思っています。外交交渉も、他国との関係もできるだけオープンにして、それをそのまま国民に伝えれば、国民に他国に対する憎しみなどの感情がわかないと思うからです。マル秘にするのは「日本がどのぐらいの性能の軍備をしているか」ぐらいですが、それもこの時代にはオープンでも良いと思われます。敵の情報網から考えると、どんな形にせよ、日本の軍事機密、武器の状態は相手国に伝わると思うからです。この点については機会があったら、軍事の専門家に聞いてみたいと思っています。この際、日本が国際社会に先駆けて「ダダ漏れ軍隊」を作り、それによって「ダダ漏れ抑止力」を発揮するのもかなりの可能性があるように思います。また、戦争や軍事に対する表現の自由、学問の自由について、憲法ばかりではなく、具体的にそれを守る法律が必要でしょう。私の経験によると、ごく普通のこと、たとえば「地球が温暖化しているか」ということでも異論を述べると厳しくバッシングを受ける社会ですから、戦争の気分が蔓延してくると、さらに虎の威を借る狐(政府側の御用学者や評論家)が出てくると思います。このような人を「憲法」だけで規制するのは難しいので、憲法で定められた事由を元に活動する人をバッシングできないか、あるいは匿名では批判できないなどの具体的な規則が必要と思います。軍隊を作る前にこのような準備をして、自衛隊とアメリカ軍という独立国ではあり得ない体制の中で準備をするのが良いと思うのです。また原発再開問題と深く関係している日本の核武装の問題はさらに踏み込んだ議論が必要です。(平成24年5月1日)「tdyno.74-(5:35).mp3」をダウンロード武田邦彦
2012.05.22
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・5、5、 先日、以前放射能研究所の所長を務めていた方と話す機会があった。 僕は「例えば今関東に住んでいるものは、本当に西日本などに移り住まなくてもいいのでしょうか?」と尋ねてみた。 もちろん僕にも関東に住む多くの友人があるからだ。 「考え過ぎですよ。 福島からの放射線が怖いと言って、自然放射線の多い関西などに移り住むなどは愚の骨頂ですよ。 まず放射線と放射能物質は違うものです。 放射線がそんな遠くまで行きはしません」と笑った。 僕は彼の話を聞いて「この人は放射能の専門家でありながら、どうしてこんなピント のずれたことを言うのだろう」と訝った。 それとも、僕の知識が根本的に間違っているのだろうか? まず放射能物質は死の灰として全国にばら撒かれている。 風、車のタイヤ、瓦礫、その他食材がそれを全国に運ぶ。 その灰一粒一粒から放射線は出ていて、体内に入ってもそこで放射線を出し続けると 僕は理解している。 なのに関東に止まることが事実上正しいと言い切れるのだろうか? この死の灰と、自然放射線を同等なものとして、本当に考えていいのだろうか? もう一つは、彼もやはり足し算をしない。 内部、外部、そして自然放射線を一年単位で足し算して考えず、その場限り、その時 限りの被爆を考え「怖がることは愚の骨頂だ」という。 僕はこの「愚の骨頂」という言葉を使う者を信用しないようにしている。 あるいは、専門家でも現実に目を向ける勇気を出せずにいるのかもしれないとも思っ た。 周りを見ると、皆やはり怖いこと、目の前の怖ろしいこと、邪魔臭いことにはできる だけ美しいベールを掛けて、毎日を安心と笑いと希望と運の良さと楽しいことに囲ま れて生きていたいようである。 現実は、それに捕らわれてしまうまではできるだけそこに目をやらずに過ごしたい。 しかし実は、我々こそが惨酷な現実の池に小さな船を浮かべて、その心細い船底で一 時の幻想に身を置いているに過ぎないのだ。 自分の船がどんな池に浮いているか、出来る事なら死を迎えるまで知りたくないと皆 思っている。 でもそれで我々は前に進めるのだろうか? もちろん我々の日々の活動や企画に置いても、厳しい現実を堂々と予測せしめたとこ ろにこそ、前に進む力は生まれるのではないだろうか? その場で放射能の専門家に向かって反論したところで、僕の言うことなどに耳を傾け ることは期待できないので、黙って彼の言うことをただ聞いていた。 ただ最後に「被曝は一年の足し算だと習ったのですが」と言ってみた。 ーーーーーー 日本にも科学者がいるのか?・・・頭脳活動と行動 連休に入って時間の余裕ができると、いろいろなことが頭を巡ります。「事実と幻想 」、「科学の役割」が今の一つの課題でもあります。 ポアンカレという数学者は次のように言っています。 「私たちは、事実がどんなに残酷なものかを知っている。だから、幻想の方が事実よ り心の安まるもの、力づけてくれるものなのだ。私たちに信頼感を与えてくれるのは 実は幻想にほかならない。でも、幻想は消え去る。その時に人は希望を失わず、その まま行動する元気をもち続けることはできない」 幻想は甘い汁ですが、やがて消えていきます。そのときに冷酷な事実に力強く立ち向 かうことができるのは事実そのものでしょう。人間は辛いことを正面から見るのは大 変で、ダーウィンも「勇気を持てば事実が見える」といっています。まさに被曝と健 康、福島の人の避難などに当てはまるでしょう。 また東大総長の浜田純一先生は訓示で次のように言っておられます。 「人間が陥りがちな弱さに自らも陥らず、そして人をも陥らせない役割が科学に携わ る者には求められています。科学は精神安定剤ではないのです。人々の期待に力の限 り応えながら、同時に期待の圧力に屈しない知的廉直が科学には求められます。科学 の世界に生きる者に求められているのは、今の科学で出来ることと出来ないこととの 区分を明確に示すとともに、その限界を乗り越えるために苦闘している姿を率直に見 せることです。」 東大総長からこのような言葉がでるところに、今の日本の科学の脆弱さがあります。 つまり東大の御用学者も頭ではこのこと、つまり科学は人間が陥りがちな弱さに陥ら ず、精神安定剤ではなく、期待の圧力に屈しない知的廉直さなのです。でも頭でわか っていることが実行できない悲しさを東大教授は持っています。それが国民を苦しめ ているのです。 地震予知が始まった1970年代。東大の地震の先生はお金が欲しいので「東海地震が先 に来る」と言い、阪神淡路と東北で犠牲者26000人の原因を作りました。まさに「出 来ることと出来ないこと」の区別が明確に出来なかったのです。 福島原発事故による被曝が始まると東大教授は「大丈夫」と言いました。被曝と健康 の問題は法律で1年1ミリと決まっており、それをさらに明らかにしようと「苦闘して いる姿」だったのです、それは政府のいいなりになって科学を捨てました。 「わかっているのにやらない、わかっているのに違うことを言う」という自らの利益 だけを考えた精神的疾患は、東大教授に著しく、日本のインテリに共通した病状です 。これは日本人のある意味での限界を示したもので、特に宗教的基盤の薄い日本に顕 著です。人間は頭でっかちですから、宗教やヨガという精神的基盤や鍛錬なしに厳し い現実に向かうことが出来ないのでしょう。 (平成24年4月30日) 「tdyno.71-(6:31).mp3」をダウンロード 武田邦彦
2012.05.22
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ようやくパソコンが元に復し、正常に起動するようになりました。キーを叩く指も水を得た魚のごとく、軽やか、かつ喜びに満ちたかを呈しております。本日も長い一日疲労に絡まれた身体の上、戻って横たわる大きなダンボール箱を開けてパソコンを引き摺り出し、あちこちに線を繋いでようよう画面の前に座りついた時には精も根も尽き果て、瞼の重さを感じ得て座を占める ばかりとなっております。よって後日よりまた日記再開を試みてみたく、皆様にはご報告とご挨拶を以てここに近況を述べさせていただきました。何とぞよろしく、続けてのご愛読を切にお願い申し上げます。
2012.05.19
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読者の皆様へ平素はご愛読いただき、感謝いたします。連休前からパソコンの具合いが悪く、日記を掲載することができなくなっております。試行錯誤いたしましたが、畢竟その原因を判じることができずにいました。本日やむを得ず修理に出しました。どれほどの日程を要するのかは今の段階では想像付きませんが、存外長く掛ることもあるかもしれません。日記をしたためる以外にも様々な作業に窮しております。パソコンがなければ、生活に支障を来す現代に生きる自らを哀れと思う限りであります。時なく元の「書く楽しみ」の生活に復して、安らげる夜を心待ちにする次第です。パソコンなき間も日記を書き貯めて、この世界を見る目を漸騰せしむる日々を奮闘いたします。しばらくの猶予をいただきたく、ここにお願い申し上げます。
2012.05.09
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