2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全14件 (14件中 1-14件目)
1
・10、30、火「平穏死」という話を聞いた。尼崎市のある医師が、病院で死を迎えることへの疑問を語った。「年寄りが転ぶ、骨を折って救急車で運ばれる。一ヶ月もベッドで寝ていると痴呆が始まる。そしていずれ嚥下の問題が生じて来る。すると医師は胃瘻を勧める。それはしたくないと家族が拒否すると、あなたは家族を見殺しにする気ですかと言われる。家族はその一言で胃瘻に踏み切るしかなくなる」という筋書きがほとんどであると。医師は兎に角少しでも延命を試みるのが仕事のようなものだから。この尼崎の医師はそれでも勇気を振絞って、点滴だけで三ヶ月入院していた老人を家に帰した。その後往診に行くと、彼は水をごくごく飲み、たこ焼きをぱくついていたという。足などは三ヶ月使わないとなかなか元通りにはならならないが、嚥下は驚くほど早くその通常の働きを快復するらしい。だが喉頭蓋の不具合のため肺に食物が入り、肺炎を起こし高熱が出る。それを薬で下げる。すると彼は次の日には近所を散歩していた。そしてどんどん好きなものを食べ、また熱が出て、それを薬で下げるという日々が続いた。まもなく彼は食卓でぽっくりと死んだが、口の中には一杯のご飯が入っていたとやら。その死に顔は幸せそうに見えたという。胃瘻処置をするとしゃべれなくなり、食べられなくなる。本人はからからに乾いた喉で、食べたい食べたいという本能と戦いながらベッドの上で日々を過ごし、半年ほど長く生きて死ぬ。もちろん家で最期を迎えるためには、周りの家族の時間と労力が多分に必要となる場合がほとんどだ。しかしそこを往診とケアで賄うことができれば、人間の最期として喜ばしいものになるのではないかという議論であった。友人が数年前に死んだ時も病院とは一切関わらず(医師と喧嘩したため)、自らホスピスに通い、ある日医師と世間話で笑いながら「今日は本当に調子がいい、帰りにはビールでも飲んで帰ろかな」と言って、ふとげっぷをしてそのまま永眠した。確かに発病してから早い死ではあったが、なんだか正解であるように感じられる。
2012.10.30
コメント(0)
・10、27、土やれやれ、またたばこである。「たばこを止めない方がいい」などという本を出すらしい。武田氏がたばこによる肺癌について論じたがるのには、何か重大な裏の意味や狙いがあるのではと思ってもみたが、どうやらただ倫理的なことだけが目的であるのかもしれない。本を買って読めば、また驚くべき内容が隠されているのかもしれないなんて、誘われて本屋に立ち寄るほど乗せられ易くはない。全く、専門以外のことで金儲けし過ぎである。今回のことで、やはり彼はビジネスのために動いていることが浮き彫りとなって来た。もちろん予算が取れない研究のために、自分のビジネスを利用しているということもあるのかもしれない。しかしこれは好意的に考えてのことだ。もうたばこなどどうでもよい。それにしても、肺癌が増加している原因は一体なぜだと専門家は見ているのだろう。肺という臓器は、腎臓と太い繋がりがあるという。例えばの話、被曝によって腎性がダメージを受ける。ということは、腎気が弱まり、結果肺に障害がこうじる。僕のお馴染みの予想は~1.黄砂2.食べ物からの長期に渡る内部被曝。3.医療被曝(レントゲン・CT・バリュームなど)4.すべての食べ物に含まれる添加物5.自然放射線。6.薬への依存7.飲酒と喫煙(純粋な酒やたばこの葉自体よりも、それに含まれた不純物)8.アスベスト等9.電磁波(高圧線・鉄塔・電気毛布・ドライヤー、電線、電灯に至るまで)10.様々な原因が積み重ねられた中、最後に引き金となるストレス。などなど。この中で、自然放射線以外はすべて人災と言えよう。先日友人から「癌になりました」と突然報告を受けた。またある知人が、先月癌によってあっという間に他界されていたことを知らされた。その癌が結果完治するとして、人はその時一度は死と向き合うことになるだろう。死と向き合いながら、それは自分に課された運命であろうと納得するしかないと人々は考えているようだが、本当にそうなのだろうか。「なぜ癌発症率が今や二人に一人なのでしょう?」と問えば、大概の人は「欧米化した食生活と現代のストレスでしょう」と答える。この猫も杓子も癌という増加率が、そんなことだけで生じるものかと僕は思う。異様な比率は必ず人災である。1980年代以降の異常な右方上がりな結果は、我々がビジネスの餌食となって苦難を強いられていることを示すと考える。と言っても今のこの国で暮らす以上、餌食を逃れることは物理的に不可能であろう。我々は虎の檻の中で、繋がれて暮らしていると同様である。そんな檻で、50代、60代で一度は餌食にならねばならないと思っておいて間違いはない。しかし忘れてはならない。我々は本来そこから出て行く自由を有している。自分たちが生まれ育ったこの場所が、残虐なビジネスの足に蹴倒されることに怒りを抱く自由を有しているのだ。ーーーーーーーー穏やかなタバコ論争の試み(1) タバコ論争の目的「tdyno.309-(9:05).mp3」をダウンロードわたしがタバコで明らかにしたいこと(音声です)1)医師がタバコを禁止するのは当然(先生が学生に勉強しろというのは普通のことだが、他人に勉強しろは言い過ぎ)、2)煙が嫌いだったり、気管支が弱い人に向かって煙を吹きかけるのはとんでもないこと、3)ディーゼルエンジンの排ガス、アスベスト、タバコなど肺がんの原因となるものが、ずいぶん減ってきたのに肺がんは急激に増えている。タバコ論争の目的はなにか?4)タバコを吸っている人の自殺が少ないことや、お酒、コーヒーなどの精神作用のあるものとの比較、人生の楽しみ、5)現実的に、穏やかな解決策はないのか? 一日一本でも悪いのか、20本なのか、また副流煙の影響はデータ自身がない。タバコ論争は「なぜ、これまでしてタバコを排斥しようとしているのか」について「タブー」のままというのは実に社会が暗いような気がしてならない。タバコを排斥しようとしている人に個別に聞いて見ると、社会全体の理由と違うことがほとんど(気管支と副流煙)であることも奇妙だ。竹書房から「タバコは止めない方が良い」という本を出しますが、私の意図が通じて、穏やかな反応になってくれると良いのですが。(平成24年10月26日)武田邦彦
2012.10.27
コメント(0)
・10、23、火漱石の「こころ」を読み終わった。この本にまだ手を付けていなかったころ、昔この本を読んだ友人は「読み進むと苦しくなって読み通せなかった」と述べた。中野重治は「こころという小説は素晴らしいテーマを提示しながら、作品としては失敗に終わっている」と述べた。僕はこれらの感想を聞いて大変な興味を起こした。読み終わって、焦れったくはあるがとても良い作品であると思った。兎に角内容の本質は、最後の先生から受け取る手紙を読むまでずっと焦らされる。そのいらいら感を友人は「苦しい」と評したのかと思いながら読んだぐらいである。焦らすだけのことはあり、最後のKの心情や、先生が犯した罪の重さを感じ取ろうとすれば、確かにそこに胸を締め付ける苦しさが伴う。そして結局主人公は先生にも父親にも死に目に会えず終わるのかと想像していたが、東京に急いで向かう汽車の中で先生からの手紙を最後まで読んで、そのまま突然本が終わってしまった。まあ、そこがおしゃれなのかもしれない。しかし一体この小説のどこが作品として失敗なのだろう。中野重治の言う「失敗」の意味を理解するためにも、初めからもう一度読み返したいと思う。でもこの内容は、何かに似ている。何処かで聞いた話と似通っている。そう、設定と結果は異なるが、「門」という小説だ。漱石自身か、周りの人間に実際にあった出来事を土台にしている可能性もある。だから思い出が伴い、不必要とも思われる描写や説明を書き過ぎているように感じる。「門」は最後漱石の胃病の悪化が原因でもぎ取られたような中途半端な終わり方となっている。「こころ」は失敗だと評する人がいる。「吾輩は猫である」は、一つ一つは面白いとしても、いくつもの小話を寄り合わせただけのものである。こうして見ると、一つの完成された形を成して出来上がっている作品は少ないのではないだろうか。漱石はイギリス文学の専門家である。当時のイギリス小説では、ストーリーの完結性などには興味を置いていなかったのかもしれない。
2012.10.23
コメント(0)
・10、22、月原発から垂れ流された80京ベクレルの放射能物質があらゆる所に飛散して、1年半を過ぎた。もちろんそれらはどこかに消えたりはしない。どんどん拡大して我々の体を通り過ぎたり、地面深くに染み込んだり、いろんなものにくっついて移動したりして依然存在している。海の中でも、恐ろしい動物濃縮がちゃくちゃくと進んでいるだろう。にも関わらず我々はやはり意識が甘くなり、いつの間にか魚、野菜、小麦粉などにも無頓着になっている。子供たちの給食にもやいやい言わなくなった。これが食品流通会社の願ってもない庶民の根気のなさである。今の食品の危険度を一切発表しないのだから、皆いつのまにか放射能物質のことなどすっかり眼中から消えてしまっている。僕も今日一日外食した中で、たくさんのきのこを食べさせられた。何処で採れたきのこか分からないのに、避けることもせずにぱくついている。喫茶店に入って、どんな牛乳を使用しているか分からないのに平気でカフェオレを飲んでいる。ライスだってどんなものを混ぜているか、もう誰も追及しなくなった。これはスーパーで買い物をして、自炊しても同じ結果である。今日もテレビで、被災地の新しい市長に当選した人が「一日も早く、皆が故郷に帰れるように力を尽くします」と語っていた。帰りたい人は帰ればいい。だが自分の意思で行動することを許されていない子供たちを道連れにするのは止めなければならない。そして故郷に帰って、汚染されたものをせっせと各都市にばら撒いて生計を立てることも止めて欲しい。ああ、しかし群集の大きな力に流され、我々は畢竟汚染されたものを口にし続けなくてはならないだろう。これが原発の末路、今まで無関心であった報いであるのか。ドイツは福島事故後たった三ヶ月で、国内の原発すべてを近い将来にすべて停止、廃業とすることを決定した。国会で八割の議員の賛成を得て閣議決定したという。同じ人間で、同じ国を営む人類として、どうしてここまで違いが出るのだろう。なぜ日本人は反省、見直し、後戻りということができない人種なのだろう。この国が今なお敗戦国として、日本女性が道端で米軍の男たちにレイプされても何も手出しできない理由が、我々日本人のその性質にあることが分かっているのに。ーーーーーーーーHelp!! 緊急提言3 子どもを汚染地帯に行かせてはいけない「tdyno.282-(10:35).mp3」をダウンロード福島の子どもたちの甲状腺異常の状態。1)通常の小児の甲状腺異常(結節など)は100人に1人程度。多くても3人。2)福島の子どもたちの100人に約40人に異常が発見され、特に小学生の女児は100人に55人に及んだ。3)甲状腺異常がガンになるのは大人で100人に数人だが、子どもは20人から30人(小児科専門医からの情報による)。4)放射線の被曝による損害は5年(大人、子どものデータは不足しているが3年ぐらい)の余裕がある。5)従って、被曝による影響は「重大あるいは取り返しのつかない損害」が発生する可能性がある。日本が国際的に約束している「予防原則」。予防原則: 原則15:環境を防御するため各国はその能力に応じて予防的方策を広く講じなければならない。重大あるいは取り返しのつかない損害の恐れがあるところでは、十分な科学的確実性がないことを、環境悪化を防ぐ費用対効果の高い対策を引き伸ばす理由にしてはならない。」(RIO DE JANEIRO DECLARATION 1992)・・・・・・・・・2011年の原発爆発以来、次のようなことがありました。1)事故直後から、教育委員会、校長先生に「子どもたちの汚染を減らすように全力を挙げて欲しい」と何回も呼び掛けましたが、当時、1日に50万件を超えるアクセスがあったにも関わらず、普通の先生以外は反応無し、2)1年5ミリシーベルト(セシウムだけ)の給食が始まったとき、これが1年17ミリ以上になるので受け入れないように呼び掛けたが、反応無し、3)給食責任者から「汚染された食材を拒否する親がいて困る」という相談があり、「汚染された食材を拒否する方が、食品提供者と考えが合うはずだ」と答えるようなことまであった、4)一関などが汚染されたので、子どもが被曝したり、汚染された食材を食べないように注意を喚起したら、市長や議会から抗議を受け、メディアからも「なんで一関の名前を出すのだ」と一斉に攻撃を受けた(一関ではその後、汚染牛、汚染食材、高線量率を出した)、5)1年20ミリという福島の被曝量は、1年に胸のレントゲン400回に相当すると警告したが、教育関係者は「お上が言うのだから」と自らの判断を避けた、6中国地方の中学校と記憶しているが、修学旅行に日光に行くということで心配した親から連絡があり、「大人でも行かないのだから」と校長先生にメールを差し上げたら、「昨年も行ったから」という回答があった、7)東京の学校が日光に次々と行くので、何回か控えるようにお願いしたが、生徒の全体の被曝量を計算せずに、日光に行ったときだけを計算していた、8)親が心配しているので、行事の参加をいやがる子どもを「そんな人間は日本人ではない」という先生が多かった、9)先日、汚染地帯に行くのをいやがった子どもに対して、次のようなことをした先生がおられることをメールにあった(かなりの数があった)「子供は学校で校長先生や他の先生に囲まれて参加しないと残念な気持ちになる とか日光でも生活をしている人がいるのにその人たちの心を考えた事があるか など 泣くまで延々と説き伏せる行為に及びましたこのような状態の中で学校が子どもたちを汚染地帯に連れて行くのが跡を絶ちません。」・・・これが被爆した国日本、そして文明国でしょうか・・・大人の理由は、1)子どもたちを被曝させても声が小さい、2)親の内、心配している親は少ないので、親同士のイジメで解決できる、3)子どもたちがどのぐらいの被曝をしているかは計算しない。これまで被曝していないとすると、汚染地帯に連れて行っても問題は無い、4)日本人を被曝から守る法律はないと主張する、5)国は子どもたちを被曝させても問題は無いと言っている、6)これまでのつきあい、リベートなどがある、7)汚染地帯の人の生活が大切で、子どもの健康を犠牲にしても良い。特に原発事故の後、日光などの汚染観光地へ子どもを連れて行くことが多いのですが、大人の観光客は激減しているところに、「大丈夫だ」と言い、保護者同士で監視をさせて強引に行事を実施しています。校長先生!! あなたの人生は教育だったのです。是非、教育者の本来の姿を取り戻し、子どもたちを汚染地帯に連れて行かないようにしてください。将来に対して先生は法令を超える責任を持てますか?(平成24年10月21日)武田邦彦
2012.10.22
コメント(0)
・10、20、土「吾輩はは猫である」を読み終えた。一つ疑問が残る。この本は一つの話として一環した思想、哲学、テーマがあるものなのだろうかと。其々の項で様々な知人友人が苦沙弥を訪ねて、好き勝手なことを弁じて帰って行く。最後には何か一つのところに集約されて「なるほどこういうテーマに繋がるのか」と納得させられるかもと根気良く読んでみたが、ただ駄弁の連鎖であった。有名小説として、人に大きな感銘を与えるというものには考えにくい。調べてみると、それもそのはず、これは元々漱石らが取り組んでいた俳句雑誌「ほととぎす」の小説分野での連載として、一項ずつ書き進められた娯楽のような、コラムのようなものだったらしい。それを後に一つの小説として出版した。だから全部通して読めば、さっぱり関連性の少ないテーマの通らないものなのだ。なるほど徳川封建主義から一転資本主義、自己主義となった社会で、人の生き方や考え方がどう変わって行くか、また封建時代から伝わる悪い風習や、なくなって行く惜しまれる風習なども語られる。これは「三四郎」「吾輩は猫である」通じての一環した内容でもある。登場人物もなにやらよく似た人物像が用いられている。迷亭は佐々木 与次郎水島 寒月は野々宮 宗八苦沙弥先生は広田先生大体において漱石は自分の周りの書生をモデルに、彼らを小説内で好き勝手に駄弁らせているとも言える。また、その社会の検分も、決して昔が良くて今が悪いとも、今が良くて昔が悪いとも語ってはいない。明治の若者を「露悪家」と評するのも、何もそれが悪いと言っている訳ではなく、その人々の生き方の変化を公平に検分したものである。吾輩は猫であるについて言えば、そこに計画された深い風刺や批判がある訳ではなく、ただ落語や誰かの面白い論文などをパロディ化した、まさにだらだらした茶飲み話を一冊の本にしたという風が強いものではないだろうか。我々は古人の作品を珍重し過ぎる傾向がある。きっとそこに脈々としたテーマが存在するに違いないと、肩を張って本に向かい過ぎるのだ。ということは、中学生にこれを読ませて「作者の心情、狙いを書きなさい」などという国語の問題は、余りにもばかげているということになる。それとは別に、やはり漱石の独特なひょうきんさ、じれったさのないテンポのある江戸人独特の言い回し、他に例のない視点からの描写。そういったセンスはやはり一世を風靡した原因の一つであろう。
2012.10.20
コメント(0)
・10、17、水今日は最近では珍しく気持ちの良い一日を過ごすことができた。べつに特別何かあった訳ではないのだが、何一つムッとする出来事がなかったせいで精神的に穏やかに過ごすことができたようだ。逆に言えば、年々ちょっとしたことにムッとくるようになって来ている。また違う方面から見れば、わざわざ不快になる事柄を自ら探し回っているとも言える。自分で診察するに、これは更年期障害の一つの症状であろう。にも関わらず今日は一つとして嫌なことがなかったということで、これはただの偶然であろうと思われる。まず朝から秋の合唱祭の合同練習の指導に出掛けた。今年は僕の担当する団が当番で、その指導者が当日数団体の合同演奏を指揮することになっている。大雨の中ちょっと早く着いたので、団員さんたちとカフェでだべる。テーブルに着いたのが気持ちの良い人たちで、わいわい気楽な話で時間が過ぎ、僕はまた大きなチョコレートケーキを食べる。その後会場に入ると、酷い雨でかなり参加者が少ないだろうと想像していた中、存外に多くの人が集まっていて、とても楽しく有意義な練習が出来た。そして阿波座スタジオに向かい、大阪毎日新聞の取材を受ける。障害を持つ者が活躍する記事専門に取材する担当の記者さんがお越しになり、約2時間インタビュー。この記者さんは学生時代ずっと合唱を歌っておられたとかで話がいやに弾み、その上 林 光さんとも縁があり、そのことでも一盛り上がり。その後アンサンブルクラスのレッスン。窓の外では依然大きな雨の音が聞こえ、雨大好きの僕としてはここでも気持ち良く過ごした。帰り河内長野の駅に到着してバス停に立っていると「よっ」と馴染みの酔っ払いに声を掛けられる。彼は定年後でゆっくり日々を過ごしているらしいが、時々友人に誘われて市内に飲みに行くという。だから僕とバス停で会う時はいつも酔っ払いである。バスの中で二人で並んで座り、彼が奥さんを亡くした時に一人で北海道を回った話を聞いた。「失恋した時は、俺たち日本人は大体北を旅するんだよな。それで俺も感傷的に北海道に行って雪を見た瞬間にポケットからウォークマンを出して、分からんままシューベルトの冬の旅を聴いたんだ。そしたら何だか小学校の時に授業で聴いた曲が聞こえてくるじゃないか。あの菩提樹ってやつ。それで何だか拍子抜けだよ。全然悲しそうに聴こえないんだもん」その後僕が今志賀直哉の「暗夜行路」を読んでいる話をすると「ああ、あの中に尾道を旅して、下宿の縁側から向こうの煙突や工夫たちの働く声を描写するところがあるだろ。あれが良くて俺も尾道に行ったことがあるよ」と話す。この男は、ただの酔っ払いではない。風呂で窓を全開にして雨音を聴きながらゆったりと湯に浸かる。今日は一日雨が降っていてくれたせい、それも気持ちの良い一日の原因かもしれない。
2012.10.17
コメント(0)
・10、15、月森口氏なる看護師である人物の報道が大きく取り上げられている。彼の虚言を聞いていて、全く誰もが陥る坩堝であげく人間の哀れな姿を見るようで心が痛む。これは以前書いた「市内を歩き回ることを許された者、府内を歩き回ることを許された者」で述べたことそのままである。まさしく彼は市内派でありながらそれに気付けず、府内を歩き回ることを夢見て一日とて休まる時間を持てずに生きてきた男だろう。府内に出ることを許されていない者が、市内から一歩足を踏み出した者の苦しさは耐えられないものだ。結果自分の虚言で自分を慰めて歩くしかなくなる。その末路に記者会見でつるし上げられて、テレビにそのおろおろした姿が映し出され、おそらく看護師の資格さえ剥奪されかねないという現実に辿り着くことにも気付かないまでに頭は麻痺してしまうのだ。何よりも彼が命よりも大事に思って来た「名誉」が、もう修復の利かないところまですべり落ちてしまっていることに、彼は気付いているだろうか。先日、何度か口を利いたことのある知人の女性が死体で琵琶湖に浮いた。彼女は同業の声楽家であり、何度か仕事で顔を合わしたことがある。その時の彼女の印象は、何だか常にそわそわして尻が落ち着かず、早口で話した。とにかく知り合いになった人に取り付けたコネを最大限に利用して、仕事を手に入れたいというタイプであった。これは想像だが、ブルジョワな生活で周りにうらやましがられていなければ生きては行けない、いわゆる精神的な病気に見舞われていたのかもしれない。そしてその結果何億という借金を抱え、自らそうしたくてか他人に強要されてか知らないが、琵琶湖に浮くこととなった。これもまた出てはいけない府内に足を踏み出した者の末路だろう。「周りの友人は皆府内を自由に楽しそうに歩き回っているのに、自分はなぜここから出ることができないのか!」と躍起にもなるし「自分だって府内に出る能力があり、それに向かって努力することだってできるはずだ」と向上心に燃えてしまう。しかしそこで「自分の天命」を見抜くことは困難を極める。それに自分を初めから小さな枠に押し込んで、自らの可能性を摘んでしまうようなこともしたくない。特にそれがお金、名誉という人の弱身に染み込んで来る影からは、容易く逃げおおせるものではない。「吾輩は猫である」の最後で、水甕に落ちて這い上がることのできないと悟った猫が、所詮出られないのならガリガリと甕の壁をひっかいて喘ぐことはきっぱりやめて、運命に逆らわず力を抜いて水に浮き、甘んじて穏やかな死を受け入れる場面がある。我々は人生の泉から最高の水を汲み取らねばならない。置かれた環境が何処であれ、誰もがそれを汲み得る可能性を持っている。
2012.10.15
コメント(0)
・10、13、土日本のコレステロールの危険とされる基準値は230。これより高いとたいがいの病院では降下剤を渡される。ちなみにアメリカの基準値は300。体の大きさも違うからアメリカに合わす必要はないが、日本人でも実は260から280までは大丈夫だという。この値を230と設定すると、市場は5000億円という。尿酸値の値にしても同様の低い設定があるという。薬品会社と医師は、とにかく我々の健康などには興味はない。この問題も先日書いたいじめ問題と同様、出た症状を抑えることだけに薬を投与している。高すぎるコレステロールは食生活に問題があると言われるが、日本人の今の食生活では、相当自堕落に暮らしてもそうそうコレステロールは高すぎる値にはなり難いらしい。となるとコレステロールが高くなるということは、もちろん体のコレステロールを調整する機関に異常が見られるのだろう。その異常を探し当て治療する以外にコレステロールが高すぎる状態を回避出来ないことになる。しかしそんな原因には誰も興味はない。コレステロールを無闇に下げて癌になっても(癌発症の増加原因が、こんなところにも潜んでいるのかもしれない)、精神的に問題を起こし電車に飛び込んでも、何といっても5000億円の市場は何にも代え難い魅力となる。世の中は嘘と罠に満ちていて、自分がしっかりしなければビジネスの餌にされる。でもこれは何も現代だけの歪みではないようだ。形や意味を変えて、ずっと昔からこういった詐欺は繰り返されて来ている。ただ国民がお上に何処までも忠実で、信じきっていただけなのだ。ーーーーーー健康談話室(3) コレステロールと健康「cholesteroltdyno.267-(9:15).mp3」をダウンロードもともと人間の体が自分で作り出すものに「善玉コレステロール」と「悪玉コレステロール」があります。もちろん、体はすべて「善=体に必要」だから作るわけで、それを人間が勝手に「善玉、悪玉」と決めつけたのが混乱の元です。今から30年ほど前までは「コレステロールは悪」と言われた時代もありましたが、ずいぶん厚労省も罪作りですね。医者はコレステロールが多いと「降下剤」をくれますが、一方ではこの薬が自殺の原因にもなります。医療が「治療」から「予防」に変わるときそこにはまだ医学では未知の世界が横たわっていることを知る必要があります。・・・・・・ここから音声・・・・・・1)コレステロールの3分の2は体で作られる(通風の尿酸と同じ)、2)コレステロールは低い方が良いのではなく、個人個人の最適値がある、3)病気になっていなければ常にコレステロールは最適値にある、4)コレステロールは260から280ぐらいは問題なし(今の基準は230以上)、5)特にコレステロールが低いとガンになる可能性が高い、6)コレステロール低下薬の市場は5000億円。(平成24年10月9日)武田邦彦
2012.10.13
コメント(0)
・10、11、木武田氏の説によると、中国とアメリカは似たところがあるという。中国人は元々世界はすべて自分たちの国だと思っている。昔満州の秦国が周りの国を攻めて、不思議なことに満州とはせずに中国と命名して、北京に居ながら「ここから北は我々中国の国だ」と言って万里の長城を作り、その後自分たちでそれを超えてまた他の国を攻めて領地を広げて行った。結局彼らは国を持たず、常に手を広げて領地を改革(占領)して行くことが生き方だった。だから「尖閣は我々中国のものだ」と彼らが主張するのも、彼らの感覚から言えば至極まともなことなのだという。なぜなら世界はすべて中国なのだから。それと同様、アメリカという国は元々イギリスから逃げて来た人々が、今のワシントン、ボストン辺りに住み着いて13州で独立宣言を行った。東へ行けば自分たちの父たる存在のヨーロッパが横たわっているのでそれを避け、西へ西へと進んだ。元々その土地に住んでいたインデアンを追い払い、テキサスでメキシコ人を追い払い、そこからインデアンを600万人ほど虐殺してカリフォルニアを占領して、そこでやめておけばいいのに太平洋を渡って更にハワイへ進んでカメハメハ大王の子孫を滅ぼし、そのまままだ西へアフガニスタン、ベトナムからグアム、フィリピンへと進んだ。その辺りで日本軍とぶつかり、「韓国をやるから、フィリピンをくれ」というような交渉が交わされたという。それで明治時代の韓国融合が実現し、結果伊藤博文が殺害される。第二次世界大戦で日本も抑え、その印として今なお沖縄に米軍基地が置かれている。その後イラクまで進んで、前を見たらぐるっと回ってヨーロッパまで来たので、オバマ大統領は「イラクからは撤退したい」と述べる。このように、何かに取り付かれたように様々な国を乗っ取って西へ西へと来た訳だが、そのやり方は人格ゼロと言わざるを得ないという。たいがいの彼らのやり方は、自分たちの船を爆破して(おそらく乗組員もろとも)、それを相手国の仕業と吹聴し、報復として攻め込む。第二次世界大戦開始のきっかけとなった真珠湾攻撃も、わざと空路を空けて日本軍を誘い、日本はまんまとその罠にかかり攻撃を仕掛けた。「真珠湾を忘れるな」をスローガンに世界を味方に付けて「極悪非道日本をやっつけろ」ということだ。もちろん真珠湾攻撃で、そんなことも知らないアメリカ人たちは多く命を落とした。ここでもアメリカ政府は国民を犠牲にして大義名分を立てたのだ。それから言うと、9、11事件も真相は分かったものではない。フセインはまんまと罠にかかり、捕らえられて真実が露見される前に弁護士も付けずに闇から闇に葬られたということも想像できる。事実フセインがさっさと処刑されたことは一言だけニュースで聞いたが、その真相、裁判の経過などは何一つ報道せず、すぐに誰もが口を閉ざした。アメリカのこういう詐欺同然のやり方を日本が真似したのが満州事変ではないか。今世界の経済大国となって何に付けても権力を有している国が、詐欺のような手口で大きくなって来た訳である。頭の働くアングロサクソンの独特なやり方だそうな。ーーーーーー尖閣・竹島・四島・・領土と国(7) アメリカの「領土」「senkakuameikawesterntdyno.266-(11:49).mp3」をダウンロード先回まで「中国は世界中が中国の領土で、力で取ったところはすべて中国だ」という考えだから、「日本の領土」という意識があって、他国を占領すると心が痛むという日本人とは感覚が違うことを書きました。でも、それは中国だけのことではなく、中国は特にそれが激しいと言うぐらいです。アメリカは18世紀に建国して以来、ワシントンの近く、つまりアメリカ東海岸からアメリカ中央部、テキサス、カリフォルニア、そして太平洋を渡ってアラスカ、ハワイ、グアム、フィリピン、日本、朝鮮、ベトナム、アフガニスタン、イラクとほぼ地球を一周する勢いで軍隊を出してきました。なぜ、アメリカはそんなことをしたのか、アメリカ人が考える「領土」はどこなのか、それを地図とともに考えてみたいと思います。また日本人は時に中国人を憎みますが、アメリカ人には好意を持つことが多いのですが、これはアメリカ人が白人だからなのでしょうか?・・・ここからは音声と地図です・・・・・・[Photo。](平成24年10月10日)武田邦彦
2012.10.11
コメント(0)
・10、9、火以前から武田氏のことで少々解せないことがある。12、3、11の事故以前は彼は原発推進派であったと言えよう。この事故で自分が推し進めて来た原発の間違いを悔い、設計者のノウハウで今度は原発の危険性を訴えることになったと。それはそれでいいだろう。だが平井憲夫さんの著述を読んでいると、武田氏の考え、認識が大変甘いことが分かる。本当の原発の恐ろしさは、もちろん1950年代から武田氏は知っていたはずだ。現場や作業員の状況ももちろん、原発の建物からは24時間放射能物質が空に向かって撒き散らされ続けて来たことも、海に何十年間汚染された水が垂れ流されて来たことも、原発周辺に住む人たちに癌が多発していることも、人間に手の負えない核廃棄物が溜まり続ける恐ろしさも、ずっと前から認識していたはずだ。にも関わらず彼はずっと原発を推進して来た。科学者としての研究欲と、画期的な新エネルギーの魅力のために恐ろしい現実に目を向けないようにして来たのだ。そこにはひょっとしたら、やはり科学者としての出世欲もあっただろう。事故によって原発運転の甘さ、脆さが浮き彫りになってからそのことを悔いる前に、事故以前何十年間目をそむけて来た災いを悔いて、口にして懺悔するべきではとも思う。40年間の間原発廃止を訴え続けて来ている専門家も何人かいる中で、福島事故までの武田氏は本気で原発に疑問を持って来たのか?研究欲よりも、本当に人体を重んじて来たのか?まさか福島事故を見て「こりゃだめだ」と身を翻したのではあるまいな。結局原発を設計して来た科学者は、初めから皆すべてを知っているはずだ。知っていて一部の人たちを犠牲にしている。にも関わらず武田氏はこの期に及んで「これから何十年後には原発も安全なものになるだろうから、琵琶湖のほとりに、隅田川のほとりに建設するべきだ」などと述べている。結局自分の研究を悔いているやら、未来に希望を託しているやら分からない。ーーーーーーーー「転向」の解説(1) 私の原子力思想「tenkou1tdyno.269-(13:17).mp3」をダウンロードある先生が、「結果について責任を持たなければならない政治家もしくは実践家の「転向」と、認識に責任を持つ科学者のばあいはわけて考えなければならない」こと、「政治家もしくは実践家であろうと、科学者であろうと、なぜ、どのように「転向」したのか、そして、その「転向」を踏まえて、自分の今日が如何にあるのか、この点には十分な吟味が必要であり、これを行うことが知的誠実さだろう」とご指摘されました。原発事故以来、私は「原発推進派」から「原発反対派」に「転向」したのではないか、従って武田の言うことは当てにならないとの批判を受けてきました。それに対して、「科学者にとって転向は道徳的悪でも学問的不適切でもない。それに私は転向していない」とし、かつ「転向を弁明するのは潔くない」としてこれまで黙っていました。しかし、私は「知的誠実さ」に欠けていたようです。ここでそれを反省し、私の「転向」について、1)何を転向したのか、2)自分の今日は何か、について吟味を加えたいと思います。今のところ、まだ価値観と思想の区別が明確になっていないので、時々混乱しています。・・・・・・・・・ここからは音声です・・・・・・1)「安全な原発」と「非核武装」が私の価値観(思想)2)原発が不安全になって行くときの科学者の身の置き所、3)原発に関する著述の変化4)被曝の限度に関する変遷(平成24年10月7日)武田邦彦
2012.10.09
コメント(0)
・10、8、月 あちこちの学校でいじめ問題が起こり、多くの子供たちが自ら命を絶って行く。 これは大変な問題であるはずだ。 だが実際ニュースで耳にしても「ああまたか」と痛々しくは思うが、いわゆる耳慣れて来てしまっている。 我々大人のこの慣れが僕は心から恐ろしい。 実際多人数から精神的苦痛に日々追い込まれ、死を選ぶしかないところまで我慢を重ねているとすれば、そこにある問題、我々大人が手を尽くさねばならない部分とは何か。 「周りが気を付けて、いじめを見逃さないようにする」「相談窓口を設けて、いじめを受けている子供の訴えを聞く」「学校と親が一丸となっていじめを撲滅する」と様々な対策が講じられている。 しかしこれは「腫れたから抗生剤を飲んで炎症を叩く」「腰が痛いから痛み止めの注射をする」「椎間板ヘルニアが出たから、そこを手術で削り取る」というのと同じで、出た症状に対して場当たり的な対策にしか目が及んでいない。 腫れを薬で抑えても、その原因が解明されて、そこに手当てが施されていなければまた腫れて来るだろう。 集団で一人をいじめるという行動は、何も今に始まったことではない。 学校内に限らず、社会には昔から残酷ないじめがあらゆる場所に存在する。 いじめる者は、社会から大きな抑圧とストレスを課されている。 その重さ、寂しさ、弱さ辛さに耐えられず、その代償として他人が苦しむのを見たい。 それでは子供たちの表に現れる残酷な症状はどこから来るのか。 もちろん大人たちの矛盾から来るのである。 大人たちの弱さ、社会の矛盾から来るのである。 社会を見渡せば、弱虫ばかりでろくな大人はいない。 皆自分の面目と生活と時間と安全地帯を守ることに精一杯なのだ。 我々大人が日々祈りを捧げ、心を開き信じる対象は神ではなく金銭なのだ。 では生まれてまだ汚れていない子供たちは何に心を開けばいいのか。 大人たちから何かを学び取ろうとして目を上げてみれば、他人を怖いものに差し出しても利口に安全なところに逃げ、邪魔なもの、目障りなものは除去し、紙幣に手を合わせて日々祈りを捧げている人々の姿である。 まともに話しさえ出来る大人はめったにいない。 役目として親は親になろうと肩を張り、教師は教師になろうと肩を張っている。 そしてそんな所で大人たちは「まともな人間になれ」と要求する。 子供の立場からその矛盾を批判すれば「お前はまだ世間の厳しさ、現実を知らない」と突き放される。 大人たちが子供たちに要求する「立派な人」というのは、誠実で真面目で嘘をつかずよく働いて、なおかついつも朗らかな人のことだろう。 しかし実際の社会ではそんな人は騙され、踏み台にされ、笑いものになり、舐められる。 だから大人たちは皆正反対の人格を身に付けて行くことになる。 要するに自分で出来ないことを子供たちに要求して鼻を高く掲げている。 この矛盾が結果一人の子供を死に追い詰めているとすれば、その解決方法は簡単なことだ。 大人一人一人が、言葉を使わず自分の背中でもって生き方を示すことだ。 子供たちに歩んで欲しい道のりを、我がの背中で示すのだ。 さて、我々にそれが出来るか! 物と欲望に満ちた現代で、それは困難を極めるだろう。 自分で果たすことのできないことを、あたかもそれらをやりこなして来たような顔をして子供たちに要求するものではない。 「自分が果たせなかったことを子供にこそ苦労をさせないために要求するのが、親としてなぜ悪い」と子を思う親を演じることこそが矛盾であり、それが「いじめなければいられない」という子供たちを生んでいる。 これらは教育の円の外から見たギャラリーとしての感想である。 ーーーーーーーー 福島県「秘密会議」の違法性と検察 「himitukainoihouseitdyno.259-(7:35).mp3」をダウンロード (この記事は音声が主体です) 福島県が主催した「県民健康管理」の秘密会議は、税金を払っている私たちが主人な のか(民主主義)、それとも秘密国家なのか、疑わしい問題を正面から提起しました 。また、この問題の明らかな違法性は、 1)原子力基本法で定める「自主、民主、公開」の原則に反すること、 2)医師の倫理に反すること、 3)福島県の役割に関する公務員倫理法違反、 にあると考えられます。つまりハッキリした犯罪行為であるということです。 しかし、秘密会を計画した県、およびその委員会に出席した委員の人は「自分たちが 正しい」という「確信犯」なのです。それは間違ったエリート意識、パターナリズム で「この道路は80キロだが、俺は偉いから時間を損失するのは国民の損失だ。だから 俺は160キロで走る」という論理と同じです。 ところで人間は「自らが意識している不当性」を間接的に指摘されると、その人は猛 烈に反撃をします。それは自らの違法性、不当性にすでに気がついているからです。 特にエリートは常に自己矛盾に気がついていますから、自らが意識している不当性に ついての防御能力が高いのです。 (平成24年10月4日) 武田邦彦 ーーーーーーーー 放射線と被曝の教室(8) 福島とその近くの子供の守り方 「tdyno.261-(9:18).mp3」をダウンロード (ここで解説をすること・・音声が主体です) 1)福島の被曝量が相変わらず多いこと 2)福島で甲状腺異常が多発していること、 3)チェルノブイリでの低線量被曝の影響がまだ続いていること、 4)「1年100ミリまで大丈夫」と言って避難を妨げていること、 5)1平方メートルあたり4万ベクレルを超えるところが多いこと、 6)セシウムの再飛散が続いていること、 7)「健康診断結果」が「秘密会」で検討され、「被曝とガンには関係が無い」との 口裏合わせが行われたこと、 8)ガンの特効薬の研究所が福島にできるという話が進んでいると (こんな矛盾した状態の中で、福島の近くにお住みになるお子さんをお持ちの方に、 すこしでも被曝を減らす考え方を整理しました。) ポイント 1)食材に注意、 2)再飛散を体内に入れない、 3)医療被曝を減らす (本来は医療は医師に全部、お任せするのが良いのですが、「被曝して良い」という 医師や「秘密会に出席する」という医師がいる限り、当面は注意しましょう) (平成24年10月6日) 武田邦彦
2012.10.08
コメント(0)
・10、6、土夏目漱石の「吾輩は猫である」にようやく手を付けている。今丁度真ん中ぐらいまで読み進んだが、読む前から感じていたように、猫を主人公にして人間社会を論じさせるなど、余りにも月並みである。だがその月並みがおそらく誰にも真似できないほど巧みで、かつ退屈させない。猫の目からみた世界であるから、ほんの限られた範囲の話である。登場人物が家を出てしまえば、ほとんどその行き先を追って描写することはできない。おそらく初めから家の中だけで繰り広げられる様々な会話や持ち込まれる説明だけに限って話を書くつもりだったのだ。だからこそ猫の視線でなくてはならなかった。半ばまでの内容のほとんどが主人を訪問して来る人々の嘘話やむちゃくちゃな哲学や理論によって構成されていて、人の会話の中でしか広い世界に出て行くことはできない。なんというだらだらした本だろうと思って進むと、ここに来てなんとなく盛り込まれている問題が見えて来るように思えて来た。この辺についてはもっと読み進んでから述べたいと思う。漱石の後の時代を担う作家たちが口を揃えて彼を崇拝している。もちろん芥川龍之介にしてもそうだ。中野重治も言っている「漱石が巨人なら、私などは洟垂れ小僧だ」と。どの明治の文豪も素晴らしい作品を生み出しているが、ただ漱石だけに感じるものは、テンポの良さ、理屈の巧みさ、知識の豊富さ、独特なひょうきんさであろう。そして舞台が東京下町の中流階級、すなわち現代の我々と同じ世界であり、それがとってもほっこりさせられ居心地の良い感情を引き起こす。電車の中で何度も噴出すような文章を、よくまあ江戸の封建時代崩壊後から間もなくに書けたものだ。近代文学の扉を開いた人であり、ほとんどの人がある意味ではその扉をくぐれずにいるのだろう。しかし中学生にこれを読んで感想を言えと言っても、表面の漫画的な文章の裏に据えてある問題を読み取ることは無理だろう。ならいっそ年を取るまで読まずにいる方が、子供の時に無理やり食べさせられて拒否感が取れないピーマンみたいにならずに済む。後半を読んで、また新たに感想を述べたいと思う。
2012.10.06
コメント(0)
・10、3、水僕の父親は空手に青春のほとんどを注いだ体育会系の人で、余り細かいことに頭を傾けることのできない人であった。彼は子供をどう育てればいいかにも困惑していたと思う。彼の行き着いた考えは「スパルタ教育こそが最も正しい教育である」という結論であった。しかしのところ本を読まない父にとって、スパルタ教育が何であるかも知識にはなかったであろうと思われる。そこで彼が僕に要求したことは、食事の際の姿勢と、朝のランニングと、時間に決して遅れないということだった。食事の際には正座をして、箸と茶碗を持つ手が机に触れてはならない。うっかり足を崩して食べたりすると力任せに太股を捻り上げられ、その度僕は声を上げて泣いた。父もそのような姿勢で食べているのなら文句はなかったが、そうではない。自分は実行せず僕には要求する、そこに子供心に強い不信感を抱いていた。朝のランニングにしても父も同行するのなら分かるが、僕は毎朝5時半にそっと一人家を出て、松ヶ崎浄水場の前を過ぎて、高野川を北に上がり、馬橋の袂を左に折れ、畑に出てあぜ道を北山通りの方に走る。そのころになってようやく辺りは明るくなる。そこから工芸繊維大学の脇に出て、ぐるっと回って帰って来る。子供にはちょっとした距離だ。父が怖いという理由だけでこれを僕はしばらく続けた。今から考えればこのようなしつけはほとんど意味はない。ひとりぼっちの朝の畑の匂いが今でも懐かしいだけだ。しかし何の哲学もおびない父のしつけの中で「時間に遅れることは人として最も恥ずかしいことの一つである」という教えは大きな意味を持つと今も感謝している。そして待ち合わせに遅れるという罪悪の意識は、子供の時のまま今も僕の中にあり続けている。だが父その人は、いつも待ち合わせに遅れることを何とも思わない人であった。自分が実行できないことを、これほどさも大事な教訓のように吹聴できる人も少ない。ーーーーーーー人生講座(10) 遅れず「okurezutdyno.249-(8:47).mp3」をダウンロードあれは私が30才を少し過ぎた頃ではなかったかと思う。その頃、私は研究所にいて小さな研究グループを持つようになっていた。人数は14人ほどだった。あるときに、そのうちの数人と東京の品川に朝の9時に待ち合わせて、どこかに行く用事があった。私はリーダーでもあったので、8時半頃には品川の待ち合わせ場所に着いた。それから程なくしてボツボツとみんながやってきて、9時までに大学卒を除いて集合した。さらに5分遅れで大学卒、15分遅れで東大卒が来た。そして5分遅れた人は5分分の、15分遅れた人は15分分のいいわけをした。その時、私はそのいいわけを聞きながら「ああそうか、人間というのはいいわけができる時間だけ遅れるのだな」ということが分かったのである。つらつら考えてみると、30分前に最初に来た人から最後の15分遅れまで、驚くべき事にほぼ「研究能力に反比例していた」のであった。つまり、研究能力がほどほどの人が最初に来て、だんだん優秀になり、最後にもっとも優れた研究者が来たのだ。人間は生物の一種だから、自己を防衛しようとその力を発揮するのは当然である。そして動物なら腕力や牙が勝負を決めるが、人間は頭脳で優劣が決まる。ということは頭脳を武器にして自己防衛に走るのは動物としてまともかも知れない。研究能力がもっとも上だった東大卒の私の部下は「遅れても言い訳ぐらいできる」と考えて、一番先に来た人より45分も後に下宿を出たのだろう。・・・・・・・・・このことがあってしばらくして、私は「遅れず」という言葉をモットーにし始めた。ながいおつきあいをしていただいている私の先輩は「武田先生より先に来るのは至難の業だ」と言われ、講演会ではご担当の人に“あまり早く講演会場に来すぎてご迷惑をおかけしている”。人と待ち合わせるときに、日常的なこと、たとえば講義や待ち合わせ、会議なら1時間前、講演会、披露宴やスポーツなら2時間前に到着するようにしている。どんなことがあっても「絶対にいいわけをしない」と決意すると、これが案外、難しい。時によっては新幹線が遅れることがあるし、意外な事故渋滞に巻き込まれることもある。それでも「遅れず」を守るのは大変だ。「新幹線が遅れましたから」といういいわけはしない。・・・・・・・・・人生は小さな損得を考えて大きなものを失う。自分の頭脳を保身に使って大切な人生を失う。でも、小さな損得より誠意、頭脳を保身に使うよりデディケーションと思っても、実はやれることはそれほど変わらない。人の信頼を得ることができるが、それより自分の気持ちが楽だし、時の流れに透明感を感じる。このような生活を続けるためのテクニックもある。たとえば3時に待ち合わせがあって、そこまで30分とする。普通には電車の時間などを見て、35分ぐらい前(2時25分)にでて、電車に乗り、歩く。でも、電車が少し遅れたら汗だくになって走り、いいわけをしなければならない。私は1時間30分前に出る。そして、もし大学や家にいたら1時30分から2時25分まで家で時計を見ながら仕事をするのではなく、とにかく1時30分にでて、先方についたら喫茶店やどこかのベンチで「大学や家にいるとしてやる仕事」をそこでする。つまり、早く家をでても、時計を気にしながら家で何かをやっても、あるいは大学を出る時間をはかっても、結局の所、自分の人生でやることはほとんど変わらない。でも、少しは工夫している。たとえば「読みたい本」や「携帯電話の整理」、「パソコンに入れた音楽や解説」など、「どこでもできる」ことを少し「貯金」しておく。これも慣れるとほとんど自動的にできるので、意識は特にしていない。出かけるときにいつでもできることの道具をカバンに入れておけば良いだけである。いわば「遅れず」を実行するために必要な蓄えとも言える。人生は「原理原則」や「大義名分」もあるけれど、それだけに余り偏ると「実施」が難しい。単なる大言壮語になってしまうので、細かい細工や準備も必要だ。それを小道具に使う。・・・・・・・・・今日も福島県から、「いかにして健康診断結果を隠すか」というのに腐心していたニュースが流れていたが、人生というのは何をしてもあまり変わりがないような気がする。それなら気持ちよく透明感をもって過ごしたものだ。(平成24年10月3日)武田邦彦
2012.10.03
コメント(0)
・10、1、月 我々は所詮快不快の外で暮らせるものではない。 なるほど、一生家に一人で座っていればそれもあろうが、生きる手ごたえを求めて一 歩門を出れば、たちまち快不快に溺れることになる。 快には必ず不快が付き纏うと考えるべきであろう。 一人の人を知りうるまでには時間が必要である。 知りえた時にその人物の美点も欠点も含めて自分にとって快であるか、それともどう してもしっくり来ない快以外のものが残るかは長く付き合わないと知りようもない。 そういう意味では親子の縁を結ぶ、結婚するなどは非常な惨い博打である。 生まれ落ちた場所で何とかやって行くしかないし、与えられた肉体と技能で何とか楽 しくやるしかないのだ。 我々は人生の泉から、最高の味を汲み取らねばならない。 しかもそれは、自分に与えられた泉以外から汲み取ることは許されてはいない。 目の前に水を湛える泉のことのみに懸命に成り得る賢者でなくてはならない。 それはまたマゾヒズムでもある。 ーーーーーー [好悪] わたしは古い酒を愛するように、古い快楽説を愛するものである。我我の行為を決 するものは善でもなければ悪でもない。唯我我の好悪である。或は我我の快不快であ る。そうとしかわたしには考えられない。 ではなぜ我我は極寒の天にも、将に溺れんとする幼児を見る時、進んで水に入るの であるか? 救うことを快とするからである。では水に入る不快を避け、幼児を救う 快を取るのは何の尺度に依ったのであろう? より大きい快を選んだのである。しか し肉体的快不快と精神的快不快とは同一の尺度に依らぬ筈である。いや、この二つの 快不快は全然相容れぬものではない。寧ろ鹹水と淡水とのように、一つに融け合って いるものである。現に精神的教養を受けない京阪辺の紳士諸君はすっぽんの汁を啜っ た後、鰻を菜に飯を食うさえ、無上の快に数えているではないか? 且又水や寒気な どにも肉体的享楽の存することは寒中水泳の示すところである。なおこの間の消息を 疑うものはマソヒズムの場合を考えるが好い。あの呪うべきマソヒズムはこう云う肉 体的快不快の外見上の倒錯に常習的傾向の加わったものである。わたしの信ずるとこ ろによれば、或は柱頭の苦行を喜び、或は火裏の殉教を愛した基督教の聖人たちは大 抵マソヒズムに罹っていたらしい。 我我の行為を決するものは昔の希臘人の云った通り、好悪の外にないのである。我 我は人生の泉から、最大の味を汲み取らねばならぬ。『パリサイの徒の如く、悲しき 面もちをなすこと勿れ。』耶蘇さえ既にそう云ったではないか。賢人とは畢竟荊蕀の 路にも、薔薇の花を咲かせるもののことである。 芥川龍之介
2012.10.01
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1

![]()
![]()