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世界大会が終わって一週間。 ホッとした安堵感と、心に重いものが乗っかっている感じがする。この重い物の正体はなんだろう。それは、ジャッジの曖昧さ、審判ルールの曖昧さかもしれない。 公明正大な判定で、極真空手は支持を受けてきた。審判員は、自分の道場生の時は控えの審判員と交代しなければならない。それが、したりしなかったりと、曖昧さが残った。これは、最高審判長の私の責任である。 体重オーバーによる減点からのスタート。これも、私がもう少し確認をしておくべきだった。体重が申告より2kgオーバーしたら注意を取られ、注意1、減点1から始めると、明確に伝わっていたかどうか。伝わっていて申告をごまかしていたら、バカとしか言いようがない。果たして、そんなバカをするであろうか。解釈の仕方、体重の測り方等、もっと厳しく伝えてやればと思った。有力選手が、減点1注意1からのスタート。あまりにかわいそうである。有力選手は、体重を誤魔化す様なセコい真似はしないはずである。伝え方と伝わり方で、誤解が生じたのかもしれない。 昔、全日本を代表するキックボクサーが「私がキックボクシングに命を懸ける事が出来たのは、タイのレフリーが本当に公明正大だから、命を懸ける事が出来た」と言っていた。そのレフリー達が、0.5ポイントで勝ちと言ったら勝ち、負けと言ったら負けと、どっちにいっても納得出来たと言っていた。 総極真が、真の極真空手を受け継ぐには、審判員の自覚と本当の審判講習会を積み重ねていく事だと痛切に思った。 大会は、結果が全てである。その結果を出してしまったら、もう何人(なんびと)も何も言えない。絶対の所である。その絶対の試合場という極地に、公明正大な審判員を置く事が、これからの総極真の最大の課題と使命であると思った。 審判員達は、観客達や多くの関係者の目を、決して侮ってはいけない。結果を出したら全て終わりではない。曖昧な判定をした審判員達の姿は、ずっと記憶に残るのである。空手家としてでなく、公正な判断の出来ない人間として記憶に残るのである。
2016.10.29
いよいよ、世界大会。よくここまで来たと思った。 皆の力があったからこそ、ここまで来る事が出来た。道場生、御父兄、関係各位の皆様、そして先生、師範、各責任者。中でも、事務局は本当に大変だと思う。本当に心からお礼を言わせていただきます。 極真空手・・・極地において真を極める。 世界大会という極地において、それぞれがそれぞれの真を極めれば良い。ただし、横から見ている人達には極地は無い!中に入って必死にやっている人達にこそ、極地はある。 私も私の真を極めたい。
2016.10.20
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