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こちら、現場写真朝晩すっかり冷え込むようになり、シャワーに入るのが寒い!だんなの希望もあり、今日は久しぶりに風呂を沸かすことにしました。 ここブラジルでも風呂に入れる我が家。日系人の家庭では、よく見られます。 水色の浴槽の、電気で沸かすタイプのやつです。 水が冷たいので、沸くまでけっこう時間がかかります。 なんとなくテレビを見ながらお風呂が沸くのを待っていました。家は石造り(ブロックとセメント、タイルで出来ている)で、ひんやりとしている上、暖房器具というものが一切ないので、数少ない冬服をまとい、ただひたすら寒さに耐えているだけの、つまんない夕方。 1時間が過ぎ、さて、あったかいお風呂にゆっくり浸かろうとふたを開けると、もわっと湯気が立ち上がます。それを払いのけるようにして、洗面器を手に浴槽を見ると。。。。。キャーッ、カエルが浮かんでるぅー!!!!小さなカエルが足を伸ばして死んでます。何でぇー! ゆっくりは入れると思ったのにーとにかく、これは除去しなくては! と、洗面器をもって、水面に浮かぶカエルさんを掬い取ろうと、ゆっくり動かすと、カエルさんが足を伸ばしたままひゅルーンと浴槽内を一周。思い切ってガッと掬い取り、お湯ごと家の外へ放り投げました。ふー,(汗) 一件落着。 でもどうしよう。。 こんなお風呂に入るの気味が悪い。 でもすでに裸だった私は、寒さに震えていました。そして、よく見ると、浴槽の底にもう一匹いるではないですか!!!ヒエーッ!! しかも水底に!!! どうやってとればいいのぉ???水面は熱湯になっていて、手を入れることが出来ず、蛇口をいっぱいに開けて水を入れ、洗面器でかき混ぜながらゆらゆら浮いたり沈んだりするカエルと格闘。どうにか掬い取り、また外へポイっと投げて、しばらく考えました。この作業に約10分、寒い中、素っ裸での格闘。あんなに楽しみにしていた湯船に2匹のカエル。でもとにかく寒い! こんなに冷え切ったまま、再び服を来て部屋に戻るのもいやだし、きっと、カエルも熱湯消毒されているはず!と妙な理屈をつけ、湯船に入っちゃいました。 そろりそろりと。あったかーい!!でも、なんか気持ち悪りぃ。あまりリラックスできず、早めに上がりました。明日の朝、カエル女になってませんように。。。。
2005.04.30
昨日までのしとしと雨もやみ、日中は太陽が出て再び暑くなってきた昼下がり。娘を幼稚園に連れて行った。送迎バスが、雨が降ると、近くの超急な坂がどろどろになってスリップするため上りきれず、迎えに来ないことがある。今日は雨は上がっていたが、まだ道が悪そうで、来るかどうか分からないので、幼稚園まで歩いていった。幼稚園まで約5キロ。 歩くことになれている5歳の娘は文句一つ言わず、すたすた歩いていたが、2歳の娘はちょっとは上の子を真似ていそいそと歩くものの、しばらくすると疲れて、抱っこをせがんでくる。 10キロ以上の子供を抱えたまま歩くのは疲れる。 もしいきなり10キロ太ると、歩くだけでもこんなにしんどいのかなあ、などと思いながら、滑り落ちてくる娘を何度も抱えなおしつつ、幼稚園に到着した。ところで、ブラジル人、日系の人も含めて、べた足(偏平足)の人って見たことない。 みんなきれいなアーチ型を持っていて、足の甲のとこが高い人も多く、スニーカーを脱いでもスニーカーが、何かの型に入っているように整っている。私は、めちゃくちゃべた足。アヒルのような足なので、とてもうらやましい。 私の脱いだスニーカーは、ひどい形をしている。子供の頃からの習慣で、足の形って変わってくるのだろうか?ここのひとは、赤ちゃんのうちからスニーカーをはかせている。夏にはHAVAIANA(ビーチサンダル)を使って、足の裏の筋が鍛えられ、引き締まったかっこいい足になるのかな?沢山歩かざるをえない状況も影響するのかもしれない。娘たちには、きれいなアーチ型の足になって欲しいなあと思う。
2005.04.29
この日記に全くといっていいほど登場しない我がだんな。これといって、書くネタにもならないのですが、空気のような存在になってきているのか!?男女間の嫉妬とかほとんどない私たち。私が通りすがりの労働階級の男どもに声をかけられ、気持ち悪いんだと訴えても、けらけら笑っている有様で、全く取り合う様子もありません。彼が仕事仲間たちとビールを飲みに行くとか、大好きな車関係の展示会を観に行ったり、私にはどうでもいい映画(アクション系とか、車系とか)を観に友人と出かけるというと、あー、行ってきたら、とほったらかし。そういう、私の全く興味のないことに、ただ同行するというのが耐えられないし、よくあるブラジル人カップルのように、お互いのテリトリーをカップルでマークして歩くなんて、そんな窮屈なことはごめん。彼も私が(すごいたま~に)ショッピングに行きたいというと、行って来いというだけ。この場合、私としては、だんなに子守役をしてもらったり、荷物持ちや運転役をやって欲しいんだけど、彼にとって、人を待ったり、買い物に付き合うことはめちゃくちゃ苦痛で、店に入って5分もすると、まだあ?と聞いてくるほど。 1時間なんて考えられない長さらしい。ここだけ都合よく、やさしいブラジル人男性には、なれないらしい。なので、私は子供連れ、だんな抜きで出かけることになります。そんなわけで、夫婦で出かけることなんて、まずない私たち。そして、それをなんとも思ってないようなのですが、最近、私がネットにはまりだしてから、うるさくなってきました。長いことパソコンの前から離れないのを快く思ってないらしく、またパソコン!?とか、俺にはゲーム一つやらせないとか、ぜんぜん俺には構ってくれないとか、(構ってますよー)カタカタキーボードを押したり、一人で笑ってる私を見て、ぶつぶつ言ってきます。 夜中の12時からが、電話料金が安くなるので、その時間を狙って起きていると、まだ寝ないの?またパソコン!? いい加減にしたら! とうるさいのですが、無視。次の日には、今日はもうパソコンは禁止と言ってくるので、すかさずだんなに、あんたはよく友達とビール飲みに行ったりしてるんだし、何よ、パソコンの前に座ってるくらいで、、なんか文句あるぅ?というと、 いい加減にしてよ!と言い捨てて、部屋に入ってます。まるでネットに嫉妬しているだんなです。
2005.04.28
冷え込んだ朝。 いよいよ秋本番なのか?布団から出るのがつらい。 水も冷たい!つい先週まで暑い日中が続いていたかと思いきや、今日の冷え込み。クローゼットには収まりきらない冬物はスーツケースの中に押し込んである。子供たちのたんすも二人で使っているのでスペースがない。思い切って、見るだけでも寒々する夏物のワンピースやノースリーブを収め、トレーナーや長袖と入れ替えることにした。でも、夏物と冬物をスパッと丸ごと入れ替えるわけには行かない。ここは高原のキャンプ場のようなところ。朝晩はかなり冷え込み、日中と10度以上差があることも多いこれからの季節。山あいなので、ブラジルといえど、冬の朝には霜が降りる日もある。困るのは冬が四分の一をずっと占めるのでなく、寒気団の動向により、週単位や月単位で真冬になったりして、くるくる変わることだ。1日の中でも温度差が激しい日が多い。 よく、サンパウロは、1日の中に四季があるといわれるが、ほんとに、その通りだと思う。一日中冷たい風の吹き付ける霧雨の日もあるが、大抵、朝から出かけるときは、防寒ジャケット、でも昼になるとTシャツ1枚でないと暑くてしょうがなかったり、突然天気が変わったり、、、テレビの天気予報は、大まかにサンパウロでの予報を言うので、あまりあてにならない。家から出かける際、家の周りの山々と、これから行く先である山の向こうの街との天候の違いなどは、空を見て、大体予想をつけて出かける準備をしなければならないが、たまに外れて、大雨にやられたり、突然の温度変化で寒さに震えながら帰宅することもある。なので、少しは夏物を残しつつ、厚手のものを増やしておいた。 たんすの中は、半そでやセーターをとっかえひっかえくしゃくしゃになって、収拾がつかなくなってしまう。。
2005.04.27
ほとんど一日中うちにいることが多いので、自然と電話番のような役をしている私。我が家には、間違い電話がよくかかってくる。番号が似ているのか、FARMACIA(薬局)か、とかSERRANO(街にあるじゅうたんを作る工場)か、というのが多く、かけてくるほうは、うちがどこだか確認もせず、「ALLO, ○○を呼んでくれ」とか、いきなり、「あー、○○、さっきからかけてたのにー、どう?元気~?」と、私が○○だと思い込んで、べらべらっと話しかけてくることもあった。子供がかけてきて、間違いですよって言ってもわけが分かってなくてなかなか切らなかったり。。。コレクトコールで続けて間違ってかけてくる人もいる。そして、ここの人は、自分がかけておいて、「QUEM FALA? (誰です?)」と聞いてくるのが普通だ。大抵間違いだと分かると、何も言わずにガチャッと切る人が多い。何かの勧誘や、寄付金集めの電話などは、かなりしつこく強引で、断るとまるでこっちが間違っているかのようにまくし立て、うざい。いつだったか、サンパウロの某有名新聞社が、新聞をとれと 言ってきた。 住所を聞かれたが、ここにはきちんとした住所がない。一応あるが、この住所を言ったところで、誰一人迷わずにたどり着けないし、あまりに田舎で、郵便配達さえ来ないのだ。電力会社も、ピザ屋も、皆大いに迷って、到着するのに半日かかったりする。 そんなだから、新聞をとったところで、配達に来るわけないのだが、勧誘のやつはそんなことは分からない。新聞はどこのをとっているかと聞くので、どこのも取ってません。いりません。誰にも配達できる距離ではありませんといっても、「じゃあ、どうやって情報を手に入れているの?」と不思議そうに聞くので、テレビと言っておいた。 当たり前でしょ、そんなこと。。。それでも、プロモーション価格であることを強調し、気になったら是非とって欲しいと言うと、やっと電話を切った。ブラジル人の友人で、自宅で電話に出るときは、まるで秘書か何かのように気取った声で対応し、間違い電話だったとしても、やさしく?対応。お互いに名前を名乗りあって、楽しんでさえいるような人がいたが、私にはそんな余裕はない。本名を名乗るのさえいやだ。日本語の名前だと、何回も聞き返されるし、きちんと発音できない人も多い。たまに、パウラとか、マリアと言っておくこともある。家事の手を休めて間違い電話だった時はムカッとする。いたずら電話じゃないだけまだましだけど、かかってくる電話の三分の一は間違い電話。そういうわけで、電話の対応がかなり不機嫌でぶっきらぼうな私。(私):「ALLO(超不機嫌)」 :「お宅はどこです?」 っと聞いてくると、即、(私):「誰と話したいの?」 と聞くようにしている。そこで、間違いだとすぐ分かるので、違いますよーと言って切るようになった。たまに知り合いだったときは、感じが悪いのだが。。。。
2005.04.26
街を歩いていて、お店に入ったり、パン屋さんに行ったり、どこへ行っても、子供を連れていると、実に多くの人が話しかけてくる。 かわいいねえ、なんていう名前?と、店員、お客、街行く人々、銀行の列に並んでいる間も、子供からお年寄りまで、何の気兼ねなしに、話しかけ、娘に飴を下さったり、何か食べている人は、自分の食べているものをちぎって分けてくれたり、とてもかわいがられる。子供が、人が食べているのをじーっと見ているのに(子供は大体そういうもんだと思うが、、)あげなかった場合、お腹に虫がわいてよくないから、と、迷信めいたことを言う人もいる。ここブラジルでは、子供たち、そして、これから生まれてくる赤ちゃんたちは、社会の宝、いらっしゃいいらっしゃいと、みんなでおもてなしする傾向がある。 それは、お腹に赤ちゃんがいる妊婦にしてもそうだ。好待遇になる。 妊婦が乳幼児連れでバスになんか乗っていようものならみなさん、大変気を使ってくださって、席は譲ってくれるし、子供の相手をしてくれたり、人によっては抱っこしてあやしてくれる人もいる。もし誰も気づかないと、運転手さんが、「ちょっとー、妊婦さんが来ましたから、席を譲ってあげなさーい!」と乗客に声をかけてくれ、すぐさま席を開けて座らされる。一度、メトロ(地下鉄)に、二人の子を連れて乗ったときも、そんな感じだった。ラッシュアワーの中を、幼児二人連れで移動する無茶な私を、スイスイと通らせてくれ、何人もの人がここへ座んなさい!と席を立ってくれて、恐縮した。咎めるどころか、大変ねえ、と、話しかけられ、空きのない上の子を、全く見知らない乗り合わせの女性がひざに抱っこして座らせてくれた。道中、ずっと子供相手に、ほかの乗客も交えておしゃべりしてくれ、地下鉄を降りて、次の乗り換え口で別れるまで、娘の手をつないで一緒に来てくれた。後は笑顔でチャオを言ってお別れした。この点について、子連れ=ダサいとか、ひねくれた考えを持った十代の子や独身の方々というのを見たことがない。みんな笑顔で気分よく接してくれるのだ。
2005.04.25
昨日に続いて食べ物ネタです。今日は、日本語学校が資金集めにやっている焼きそば会に行ってきました。学校の体育館であったのですが、日系人、非日系人も混ざって大盛況でした。この焼きそば、ここブラジルでは焼きそばで通っていますが、日本のソース焼きそばとは全く違い、焼きそばというより、かたやきそばとか、あんかけ焼きそばといった感じなのですが、ここブラジルでは、日本料理のひとつとして、YAKISOBAで定着しています。初めてこの焼きそばを出されたときは、えっ、これ、焼きそばじゃないよ!と思いました。麺は、インスタントのラーメンのようなものを使い、具は、鶏肉、牛肉、にんじん、白菜、たまねぎ、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーを炒めたもの、(ここでも登場するブロッコリーとカリフラワー)その上に、あんをかけて食べます。長崎の皿うどんにも似てるかもしれない。セルフサービスなので、各自、皿を取って並び、まず、麺をのせ、具をのせ、あんをかけて、おまけについてくるかき揚げや白菜の塩漬けを好みでとります。たまにブラジル人で、野菜嫌いの人など麺にあんだけかけて食べています。食べ方も、箸をどうにか使う人もいるけど、バリバリに、ナイフとフォークで食べる人もいる。非日系の人にも人気のあるブラジル風焼きそば。それなりにおいしいけど、たまにはソース焼きそばが食べたいな。。。
2005.04.24
朝晩冷え込むようになり、日中もなんとなく風が涼しい秋のサンパウロ。 なんだかよくお腹が空きます。 何かおいしいものが食べたい! それも、日本のものが無性に食べたい!で、思いついたのがおでん。でも、食材が完璧には揃わない。ある2世の婦人Hさんと話していたら、おでんと煮しめを同じものだと考えていて、何を入れてるの?と聞くと大根(これはなくてはならないよね)にんじん(えっ? 煮しめならともかくおでんにも?)カリフラワー、あるいはブロッコリー(出た!ブラジル流日本料理に欠かせない)こんにゃく(手には入るけど、あまり好きじゃない)それだけ?たまごは? どうせブラジルなんだから、肉の串刺しとかは入れないのかな?2世のHさんは、卵を入れるなんて知らなかったといっていた。全くおでんのことなんて分かっちゃいない。がんもどき、はんぺん、たこの脚、なんだか名前を忘れちゃったけど、ちくわ系のものや、巾着袋みたいなのにもちの入ったのなど、いろんなものを入れて、あのおいしーいだしになるのに。。。ぜひとも、日本の味に近いのが食べたい!でも、現実には食材が揃わないし、近くの町にあるスーパーで揃う日本食材料しか使えない。早速スーパーへ行き、たまご、あげ、さといも、ちくわのようなものでボール状になったかいほうとかいうもの、(いつもは節約でこんな6レアルもするようなものは買わないのだけど、今日は奮発!?じゃないか。。。)そして、肝心の大根を探したけどない。ガーン、私にとって大根のないおでんはおでんじゃない。しょうがないので、ブラジル流に、ブロッコリーを代わりに買う(ぜんぜん代わりになってない?)うちに帰って冷蔵庫を開けると、昨日の残りのフェイジョンが。。。そんなのは無視。引き出しをあさっていると、古い大根半分が出てきました。すでに、とうが立ってる! でも、どうせだから入れちゃえと、まだましな部分から4切れとって、皮をむく。で、ことこと何時間も煮込むのにはガス代がもったいないし、(ドけち) なにせ、今晩食べたい、今すぐ食べたい!ので、ゆでたまごを作った後、材料をすべて圧力鍋に入れ、ほんだし、しょうゆ、酒がないのでだんなのビールを拝借、味噌もちょっと入れて、しゅるしゅる煮込むこと約10分。すでにいいにおいがしてくる。台所の熱気で、暑くなり、ドアを開けると、満月に近いお月様が煌々と照らしています。。冷たい外の空気と、家中に立ち込めるおでんのにおいが混ざったとき、とても懐かしい日本の空気を思い出しました。結局1時間煮て、ふたを開けると、卵なんかはいい色になってる。そのほかの、ちくわ、サトイモ、あげも汁とからんでいい感じ♪でも、ブロッコリーはすでにスープ化。れいの大根は案の定、スカスカのスポンジみたいで、食べられず、、、はじめは鍋いっぱいだった材料も、1時間の煮込みで半分くらいに縮んでいて、家族4人だとあまり食べるとこがない!結局、たまご、サトイモ、ちくわは数で分け、ブロッコリーの溶け出したおでんの汁をご飯にかけて食べました。いかにもブラジル流おでんかけご飯!これが結構いける。 ちょっと邪道だけど、おでんのにおいは十分堪能でき、久しぶりにホクホク食べ物で幸せ気分な秋の夕食でした。
2005.04.23
昨日のCHIZURINさん日記を見ていて、義姉のことを思い出したので、書いてみます。わたしには二人のCUNHADA(義姉)がいます。一番上はともかく、2番目の義姉が、かなりの自己中、威張りやサンで幼稚、自分さえよければなクセモノブラジル人の代表のような人で、2世でありながら(だからこそか?)日本人や日系人が大嫌い。 プライベートではまず、日系人とはつきあわないし、来伯当初、私に、「日本になんか、行ってみたいとも思わない」とはき捨てていました。物欲の塊で、「俺のものは俺のもの、人のものも俺のもの」と、まるでジャイアンのように、自分が気に入ったものは人のものでも横取りして返さない。でも、どうでもよくなったらポーイっとエンプレガーダなんかにやってしまう。バツイチで(っていうか、正式には結婚もしてなかったのだけど)、一人の息子がいます。 現在ナモラードと息子で同棲中。こういうクセモノに限って、バンコのジェレンチで、だんなのファミリーの中では一番収入がある。(確かに、仕事はがんばっているのでしょうが)そこそこの暮らしを送っている彼女、自分さえ良ければいいという典型的な人で、貧乏くさく見えることを極度に恐れています。(といっても、別に彼女は大金持ちでもないし、中の上ってとこですが、)そのため、大衆車に乗るなんて恥ずかしくてしょうがないとか、周り(って誰なんだか)の目を常の気にしていて自意識過剰気味。要するに見栄っ張りなのかな? 彼女に関するコメントなどしようものなら、すごい剣幕で怒鳴ってきます。 彼女の友人たちに良く見られるよう人の言動をコントロールしようとし、できると思っている。人使いが荒い。図々しい。態度がデカイ!外面はめちゃくちゃいい。と、最悪なことばかり目に付いてしまう義姉。現在お互いに距離を置いて、避けていいるので、どうってことはないのですが、 彼女との間には、それはそれはさまざまな摩擦がありました。(それはまた別の機会に書くとして。。)・・・・以下はあるエピソード・・・・・数年前、車がなかった私たちは、領事館や病院などで、サンパウロ市内に出る必要がしばしばあったのですが、彼女は絶対に車を貸さない。(いつも貸してくれるのは一番上の義姉でした。 今でもそう。) なぜか・・・・バンコのジェレンチである彼女が、私たちに車を貸して、帰りにバスを使って帰宅するなんてもってのほか、絶対にそんなことはしないというのです。 はっきり面と向かって言ってました。 一体何様なのか?人の評判や、見栄えに囚われて、なんだか小さな世界に住んでいる義姉。まあ確かに、着飾って、明らかに貧困層とは違ういでたちの彼女がバスになんか乗ったら狙われるのかもしれない。でも、気軽に一人でバスにさえ乗れないなんて、お金はあっても、なんて不自由なのかしら?と思いました。それなりに収入があればあるほど、どんどん生活圏が狭められていく。。 貧富の差が激しいと、こんな風になってしまうのかな?私の現在の生活レベル、ぜんぜん満足ではないけど、でもこうして自由でいられることはいいことだなと思いました。
2005.04.22
よくわけの分からないまま始めた日記ですが、今日で1ヶ月を迎えました。訪問してくださる方々、コメントしてくださる皆様、ありがとうございます!!^-^はじめは見当もつなかったネットによるコミュニケーション。いろいろ勉強させてもらってます。バイトも終わり、うちにばかりいる一主婦に戻ってしまいましたが、日々思うことを綴っていければいいなと思っています。それでは、これからもよろしくお願いいたします。
2005.04.21
昼前、上の娘を幼稚園行きピルーア(ワゴン車)に乗せるため、バス停まで連れて行きました。やっと来たピルーアは、すでに通学する子供たちで満員、娘はある女の子のひざに抱っこされ、一緒に待っていた二人の小学生の子は、背もたれにつかまり立ったまま、がーっとドアを閉め、ピルーアは出発しました。安全第一のはずの市の送迎ピルーアがこんなことでいいのか、これこそ写真を撮って、訴える必要がありそうです。その後、私は下の娘を連れ、コチア市のセントロへ行き、街をぶらつきました。 この街、丘の頂上に位置する、ものすごくごちゃごちゃしたとこで、商店街を両サイドにバスがひっきりなしに往来し、どこからやってくるのかたくさんの貧しい階層の買い物客でごった返しています。大ボリュームの客寄せアナウンス、車のクラクション、AXEや、ラップ系の曲が通りで流れ、うるさいったらない。そんな中、娘を機嫌よく連れ歩くため、あちこちでいろんなものを食べさせながら店をチェック、バーゲンの靴下を12足選び、冬物ジャケットを買って、へとへとになり、バス停に向かいました。このバス停がまたすごい。ひとひとひとで、お菓子を売り歩くおっちゃんたちや、行きかう人々で目が回りそう。ビリェッチ(券)を買ってくれとしつこいアンちゃんが3,4人はいる。そして、バスとピルーアで客とり合戦、バスが近づいてくると我先にと、ドアを開けたまま一歩先にピルーアがバス停に滑り込み、コブラドール(料金徴収係)のアンちゃんが行き先を叫び続ける。 みんなこうして生活してるのか。。。でも、地獄のような喧騒。待ちに待った挙句、やってきたのはバスでなくピルーア。娘もぐずついていたので、迷わず乗り込み、座席を確保しました。ラッシュ時のためか、まだはじめの方であるこのバス停で、すでに席は埋まってしまいました。後ろは約12人乗り。前に運転手、その横にあと二人乗れるのみでした。ピルーアは出発し、次のバス停、その次とどんどん客を詰め込み、本来乗るべきでない通路?にも人が入ってきて、立っています。次の、我が家との中間地点にある街に着いたとき、長いことバス停に停車、無理やり客を押し込み、ほんとにこれ以上乗れませんというとこまで乗せ、(まるでギネスブックにでも挑戦しているような。。。)コブラドールのアンちゃんは、前の席の、お客のひざ前に立って、フロントガラスに背を向けて立っていました。すでに通路には、10人くらいが立っていて、計、約25人乗ってます。そんなぎゅうぎゅう詰めの中、窓際に座っていた私は、フロントガラス越しに外を見ていました。すると、下校中のY君が歩いているのを発見!!きゃー、Y君だー! と彼の姿を目で追うものの、私のいる窓と反対側を歩いていたので、乗客にさえぎられた窓からは見えず、ほんの一瞬でした。いよいよピルーアが動き出し、さよならY君と心の中でつぶやいていると、ピルーアはいきなりUターン、もと来た道を逆戻りしていきます。え、なんなの? とわけの分からない私、でも、向きが変わって、Y君がまた見える!! きゃー、ここから見てるよーん(ストーカーか。。) 不審な動きをするピルーアを、Y君もチラッと見ていたようですが、それもつかの間。ピルーアは、裏道へ入り、我が家の方向向けて進みだしました。それは、近くにあるPOLICIA RODOVIARIA(交通関係の警察)を避けて通るためだったのです。超満員の乗客一同、息を呑むようにしーんとし、目をキョロつかせていましたが、 無事に裏道を抜け、すっかりリラックスムード。何人かが下車し、また乗ってくるので、人数は減りません。そして、ある街道を左折しようと、車が通り過ぎるのを待っていました。1台、2台3台が過ぎ、今だ!と左折しようとしたそのとき、1台のパトカーが!!!これには運転手をはじめ、乗客全員が再び、やベーっといって、静かーに見守り、祈っているような雰囲気さえありました。 私は、こんなの絶対捕まると思いましたが、どっこい、パトカーは、何のお咎めもせず、スーッと通り越していきました。えーっ!見なかったの?この超満員ぶり。15人乗りの車に、10人は定員オーバーなんですけどお!!でも、捕まってたらめんどくさいことになってたのかもしれないし無事到着したので、とりあえず、神様に感謝!サバイバルなピルーアの旅でした。
2005.04.20
ついにやってきた給料日!すずめの涙ほど?(1SALARIO MINIMO 約1万円)だけど、現金で支給され、HAPPY気分。ありがたや。下の子を連れ、バスでとりに行ったのですが、そのバス内の写真を撮ってやろうと、デジカメもかばんに忍ばせていました。 で、子供を抱っこしてたので、揺れるバスの中をあまり移動できず、運転手の3つ後ろくらい陣取り、シャッターチャンスを狙っていました。が、ふと、前方上の方を見ると、注意書きが、、1、運転手に話しかけるのは必要最低限にすること (おそらく運転に集中させるため。 でも、ここじゃ、 わいわいにぎやかにおしゃべりしながら運転してるけどね)2、禁煙 (これは当然!)3、その横に、カメラのデザインがあって、×がしてある。 特に説明はない。(もしかして、撮影禁止?なんで?)もぞもぞする子供をかかえ、何でだろう、運転手に聞いてみようか?でも、そんなこと話しかけちゃ悪いかな?などど考えつつ、タイミングを見計らっていましたが、この運転手あまりなじみない顔で、しかも、カーブや丘陵のアップダウンも容赦なく、すごいスピードでエンジン音鳴らしてすっ飛ばしていく。(大体どの運転手もそうだけど)無人のバス停が続き、スピードは緩まない。ちょっとした、ジェットコースターだ!そして、あっという間に目的地についてしまいました。やっとの思いで立ち上がり、そそくさと下車。結局聞けずじまいだった。次回、顔なじみの運転手のとき聞いてみよ。
2005.04.19

ママ犬のシロと、5匹の子犬たちの模様です。さあ、「飲むなら飲め」といったかんじ。さすがに5匹への授乳で、やせ気味のシロ。いつもお腹をすかせてます。満腹になった子犬たち、ママのお腹でうとうと。 シロも眠そう。
2005.04.18

先日載せたアメリカ人俳優、LUCAS BABINの ノヴェラ「AMERICA」のシーンです。ドアップ写真がなくて ちょっと残念。。日本からもご覧になってる方が いらっしゃるようなので、載せてみます。ブラジル人女優GABRIELA DUARTEと。 カウボーイなスタイル。 ☆☆☆☆☆うーん、かっこいいぞ、やっぱ!
2005.04.17
さっき、日本語学校であった私の送別会、兼、日本から戻ってこられた先生の歓迎会に行ってきた。はじめて、午前、午後両方の生徒たち、父兄もそろって、一品もちよりの楽しい会になった。校長先生の挨拶に続き、S先生(私)も何か一言お願いしますといわれ、おそらく生まれて初めて、大勢の人の前で話をした。あまりにとっさのことだったので、それほど緊張するまなく、楽しかった1ヶ月間のことを簡単に伝え、これからも陰ながら応援していますというありきたりの事を言って、切り抜けた。いろんな人と談笑し、お開きになった頃、(↓ここからが今日のハイライト)シャイなY君が、わざわざお別れの挨拶をしにやってきてくれた。挨拶といっても、「せんせい!」と言ったきり、恥ずかしそうにしていて、ABRACO(ハグ)するんだかしないんだか、中途半端な状態になったので、思い切ってつかまえ、ほっぺにチュッ(でも、彼の長い髪がかかってたので、実際には髪の毛になったけど)とやって、がんばって勉強続けてね、と肩をたたくと、いつものように照れ笑いをしていた。 ったくもう、かわいいやつ!!
2005.04.16

気になる俳優 ☆LUCAS BABIN☆8時のNOVELA (ドラマ) 「AMERICA」に、アメリカンカウボーイのNICK役で出演中のLUCAS BABIN。 ネットで調べたところ、モデルでもあり、歌手でもあるらしい。テキサス出身、獅子座、25歳、185センチの彼、ドラマでは、モデル写真とはぜんぜん違った表情を見せています。 美しいモデルのポーズ写真より、実際動いて、ポル語や英語でせりふを言ってる彼の方が好きだな。ギター片手にトムジョビンの歌うたうシーンもあり。斜に構えて、切れ長の目で、睨むあたり、かっこいい。テレビで、カウボーイ役の彼を見ていると、なんとなく、松田優作を思い出すのは、私だけでしょうか?? イチ押しです!!ふーっ、やっとアップできた。写真集めやアップ時のエラー続きで手こずって、1週間かかっちゃった。
2005.04.15
バイトも終わり、なんだかっぽっかり穴の開いたような朝。 学校で子供たちと笑って話をしている夢で目が覚めました。また今日からしばらく、専業主婦です。とりあえず、天気がいいので、これから洗濯だ!
2005.04.14
伸びに伸びた芝生を切る晴天の日たとえば庭に植えられている植物から、なんとなく、これは日系人の家庭だろうと想像のつくことがある。 竹やぶがあったり、柿の木や、桜(と言っても沖縄桜だが、)杉があったり、大きな石がおいてあったりする。 懐かしい日本の景色に少しでも近づけたいと言う思いの現われなのだろう。私も、実家の庭に植えてあったさまざまな木々に思いをはせていたので、よくわかる。 この田舎に来て、この世の果てのような殺風景な景色が耐え難く、なんとしても、自分の手で楽園に変えてやろうと、とりつかれた様に、手をあらし、日に焼けながら、草を刈って焼き払い、再び草が生えないように根っこごと取り去り鍬やスコップで地面を耕すという大作業をやってのけ、まずは芝生を植えたのが約5年前。(おかしいくらい必死だった)それぐらいしか私に出来ることはなかったし、何かに対抗するように意地になってやっていた。当時、ネットとかもなくて、やり場を失ったエネルギーすべてを、夢のようなお庭を造ってみせるという野望にかえ、費やしていた。実際問題、気候の違いから、日本のものと全く同じものは植えられないし、予算の都合などで、庭園にするのは難しく、いまだに、庭は完成していないが、巨大な雑草に侵入されないように、家の周りだけは芝生のみにおおわれている。(その芝生も日本のとは違って、巨大だけど、そして、最近はもうあの頃のような気力がない)その、未完成な庭の芝生に囲まれた我が家は、ブラジルにいながら、1DKのアパートのような狭さだが、床はタイル、壁もコンクリートで、たんすやベッドといった家具、台所の棚やガス台など、ステレオ以外はすべてここ製だ。それでも、昨年、日本で知り合った日系人の友人が何年ぶりかで帰伯、我が家によって行ったとき、家に入るなり、「日本のアパートみたいだ!」と、ごちゃごちゃした室内を見渡しながら面白がっていた。この狭さと、ものの多さ、雑然としたものの配置、カレンダーだの、風鈴っぽいものなど、壁にぶら下げられたものや冷蔵庫に貼ってあるものなどから、日本っぽさが出ているのだと思う。ものにあふれている。(それは、整理整頓が苦手な、私っぽい空間ともいえる。)逆に、日本にいるブラジル人の部屋は、やはり、日本ぽくないと思う。妙にすっきりとしていて縦に置く感じ、スマートな、縦じまのカーテンだったり、、調えられたベッド、お客重視のものの配置、などから、海の向こうの住みなれた空間がかもし出されている。やはり、住む人の意識によって空間は作り出されていくんだろう。そこへ望郷の念が入ると、更に、お国色が出てきやすくなるように思う。
2005.04.13
先週、だんなのおばが亡くなり、お葬式があったのだが、私たちは特に呼ばれもしなかった。義姉二人とその恋人たち、舅と姑で行ってきたようだ。相変わらず、軽視されてる末っ子のだんなと私たち。ま、それはそれで楽でいい。そして、明日、初七日のミサがあるというのだが、義姉は、行ってきたらいいというが、姑は、行かないでいいからという。 だんなのおばは、私たちによくしてくれたし、お葬式にも行かなかったので、挨拶くらいしたい気持ちもある。それでも、なんだかんだ言っては、行って欲しくなさそうな姑。何で行かなくていいのか聞いてみたら、とだんなに言うと、しばらくして戻ってきた彼は、「行くんなら、香典を持っていかなきゃいけないよ」と強く言われたらしい。なんだ、それでそんなに行って欲しくないのか。でも香典がいるなら、それぐらい包めばいいことだし、香典の包み方も知らないから行かなくていいということなのか?それなら、こういうときこそ覚える機会なんじゃないの?これじゃいつまでたっても知らないままだ。なんだか良く分からないなあ、ここのママィ(姑)の言うこと。それにしても、日系社会の冠婚葬祭で残ってるのは、香典くらいで、お年玉とか、ご祝儀とかは聞いたことない。何で、香典だけが続いているのか、不思議だ。さすがに香典返しまではないみたいだが。。
2005.04.12
画像は、濃霧で五里霧中なサンパウロ、田舎の朝。太陽の昇ってくる8時すぎまでこの調子。昨日娘の日本語について書いたが、今日は、日本語源について書いてみたい。昨年の里帰りの際、、あっという間に日本語を覚えた娘。日本に到着してまもなくはポル語交じりで、周りの本物日本人たちの話す、もの静かな日本語が分からないこともあったが、 約40日でほとんど日本語のみで話すようになり、私のことも、ママィでなく、おかーさーんと呼び、パパのことはおとうさーんと呼ぶようになって帰伯した。そして、口調は、日本で触れ合った人々の口調そのまま。同じ年頃の子供たちや、おばあちゃんや母、妹の口調。この妹の口調で、「じぶん、○○じゃん」とか、「○○ずるいし」と、しを語尾につけて話すのがおかしい。今でもたまにこういう言い方をすることがある。何度も繰り返し絵本を読んでもらったことも、彼女の日本語力アップにつながったようだ。しかし、あれからほぼ一年、再び、おかあさーんはママィに戻り、日本語能力は、あまり伸びていないように思う。やはり、大勢の人と使う機会がないと、忘れてしまう。そして幼稚園通いが始まり、さらに、ポル語が強くなっている。子供のころ日本語で話せるとして、その後、成長とともに、ポル語が強くなると、子供レベルの日本語で止まったまま大人になってしまうのだろうか?ここで日本語を話すのは、わたしと、舅、姑くらいだ。舅、姑、ともに1世で、約50年前に船でやってきて以来、一度も日本に帰国してない。かなしいかな、言葉の面でも、考え方の面でも、かなりのうらしまさんだ。(スプーンのことを’さじ’という)帰伯してからも、娘は、彼らとは日本語で話すので、今はほぼ、娘の日本語は、この祖父母の口調(ちょっと古い日本語)と私の口調によって構成されている。そして、この祖父母は、東北出身なので、イントネーションが私と違う。たとえば、雨は、あめ(’あ’にアクセント)でなく、あめ(’め’にアクセント)になってしまう。 そんなのもそのまま吸収し、まるでおばあちゃんな口調で「やだー、あ’め’が降ってきた」と言ったりして、なんだかかわいくておかしい。 広島弁、たまに関西言葉、標準語、そして、東北のアクセントの混ざった上に、ちょっと外人なアクセントの強い日本語になる。日本人から見ると、外人な日本語。ここの日系人の日本語のように、独特の日本語になってしまうのか。(娘は実際、日系人だけどね)ちょっと悲しいけど、しょうがないのかなあ。。。まず、私が正しい日本語を貫き通さないと、だめなんだろうけど、この点で、すでに自信がない。。。
2005.04.12
5歳の娘が幼稚園に行くようになって、約10日どんどん新しい語彙(ポルトガル語)が増え、友達から聞くのであろう、ブラジルっ子な言い回しを、感情たっぷり、ジェスチャーつきでやってみせる。 それはほほえましいが、反面、日本語はあまり使わなくなってきている。私が日本語で言っても、ポル語で返ってくるので、わざと、「え、なに?日本語じゃないとママィには良く分からないなー」と言ってみる。 すると、 「あのねー、うーんと、CAVALO(馬)って、日本語でなんていうのー?」(そのとき、ちょうど、幼稚園で見た子馬のアニメのストーリーを話していた。) 「うまだよ」 「あ、そう、あの、うまがねー、こうして、ぴょーんって、跳んだの、ふたつの(二頭のこと)、ひとつは白い、もうひとつは、あのー、ポルタ(ドア)の色、なんていうの?」 「茶色いやつ?」 「うん、茶色いのが、それで、ヒヒーんっていって、逃げていったの。」 と、なんだかたどたどしい日本語になってしまう。本人も、使いにくいようだ。日本語で言うときは、もどかしそうに少し考えてから、一生懸命文を作ろうとするが、結局、「うまが、行ったの、外に、」という風になって、「うまは外に行ったの?」と聞きなおしてみる。 たまに’日本のおばあちゃんちごっこ’というものになることがある。私が、実家の母役になったり、妹の役になったりして、「良く来たねー、」だの、「ちょっと、買い物に行ってこようか?」だの、そっくりに口真似をしながらやる。 次第に私まで調子に乗って、実家の愛犬バーディや、そのバーディをしかる父まで登場させて、父の声そっくりに「バーディ、いけない! ハウスッ!!」とやると、娘も喜んで、「バーディー、だめでしょ!ハウス、ハウス」と、日本語で’ごっこ’に入ってくるが、途中、次の話の展開を提案するときは、ポル語になってしまう。 「mae, pensa que voce estava tomando banho!」「ママ、お風呂に入ってたふりしてね!」 という風に。(このpensaの使い方もおかしいような気もするが、、) やはり、私一人と日本語で会話を続けるのにも、限界がある。これで、下の子が日本語で会話に加わるようになれば、また変わってくるのかもしれないが、下の子ともポル語で話していることが多い。だんなの日本語は怪しいし、我が家での日本語教育は難しくなってきている。 (だんなは日本語を話すが、シンプルなしゃべり言葉で、たとえば日本人に話すように、「そんな可能性はないでしょ」と言うと、もう、可能性の意味が分からなくて、結局、もっと簡単な日本語に置き換えるか、ポル語で言ってしまうことになる)
2005.04.11
最近、娘がかなりのボリュームでテレビを見ていて小さくすると、「聞こえなーい」と不機嫌な顔をすることがある。確かに、テレビの音がステレオでないので、大きくしてもボワンボワンと不鮮明な聞き取りにくい音しか出ないからかもしれないが。。ここでは、アホみたいにでかい音でドラマを見ている人を良く見かける。 そしてまた、周りにいる人たちも、遠慮なく大声でしゃべるので、ドラマもおしゃべりも何を言ってるのか聞きとれなくなってしまう。そうなると、もう見る気がしなくなるが、それでもみんな、テレビの前にへばりついている。 私的には、こういうものは一人で落ち着いてじっくり見たい。そういうわたしも、ここへ来てから、やたらと声を張り上げたり、腹のそこからしゃべることが癖になってきた。 あー、やだやだ。でも、やはり日本人。 一日中この調子ではいられない。そして、ここには、もっと大声でしゃべる人がいる。もう壊れて調節が効かなくなったかのように、不愉快なトーンで、どうでもいいことを喋り捲る人々。 大抵、貧しい層の人々なのだが、これには辟易する。やはり、それなりに、静かに、品良く暮らしたいと思う。
2005.04.09
バイトも残すところあと4日になってしまった。ドキドキしてしようがなかったY君にもなるべく普通に、ほかの生徒たちと同じに接するように、努めてきたが、はたから見てどう映ったかは、自信ない。もとYMOの一人と同じ名前を持つY君(名前バレバレ?)とてもシャイだし、こちらはドキドキしているので、何か言いたそうにしている彼と目があうと、お互いに照れてしまう。それでも、最近は少しづつ話しかけ、向こうも私に何かいってくるようになっていた。休憩時間、いつもウォークマンを聞いているので、何を聞いてるのか、聞かせてもらったら、レッチリだった。(レッド ホット チリペッパーズ略)調理実習のときは、三角巾を頭にかけて、後ろで結ぶのを手伝って欲しいと頼まれてどぎまぎした。(もちろん、心の中ではめっちゃくちゃ、にやけながらも、平静をとりつくろってたけどね。)授業中、家族のことを日本語で言うテキストがあるので、なにげに、兄弟は誰がいるのか聞いてみたら、お姉さんがいると言っていた。 うーん、確かにそんな感じだ。かわいらしい末っ子なのだろう。 授業にも熱心で、つかみが早く、飲みこみのいい、賢いY君。はじめは、いかにも外人な発音だったが、最近は発音も日本語らしくなってきている。 ちょっとは私も役に立ってるのだったら、とーっても嬉しい!昨日、帰り際、私のちょっと後ろをY君が歩いて来るのが見えた。私は、なんだか二人きりになるのが怖くて、逃げるように近くのスーパーへ入り、ミネラルウォーターを見ていた。 うちの水が、変な味がしていて、どうしても飲めないので、ボトルで買って帰るつもりだった。一番上の棚に並んでいるペットボトルをとろうと背伸びして手を伸ばしたそのとき、「せんせい」 と呼ぶ声が。。Y君がすぐ横に立っていた。ペットボトルをかかえ、体勢を整えてから「なに?」 と聞くと、「冷たいヘフリジェランテ(炭酸飲料のこと)はどこにあるの?」と聞いてきた。思いもよらぬ彼の登場にびっくり、焦った私は、どこにそんなものがあるのか、頭の中が真っ白になってしまった。「私もよく知らないんだけど。。」と言いつつ、店員さんに尋ねると、スーパーの入り口のところにあった。Y君は、くるっと向きを変え、さっさと行ってしまった。なんだったんだろう。よく分からないけど、こんなことがあるのも、あと4日だなと思うと、ちょっと寂しい。
2005.04.08
昨晩遅くまでネットをやっていた私は、ついつい朝寝坊。娘たちの方が早く起きていた。娘二人のおしゃべりを寝耳に聞きながら「あー、早く起きなくっちゃ」と思っているのだが、体がついていかない。そこへ、さわやかな朝の始まりのようなクラシカルなメロディーが。。。なんと、5歳の娘がラジオをつけ、「ママィはこれがすきなんでしょ、CULTURA。りかも好き。だからこれにしといたからね」というではないか。このCULTURA FMというのは、日本でいうNHKといったとこか。主にクラシックが1日中流れている、私のお気に入りの、(そして、娘も?)ラジオ局である。(フリーページ、お気に入りのラジオ局参照)妊娠中も、よくこの局で、オペラなど聞いていたのだが、ある日、カルメンを聞いていると、「りか、この歌知ってる。 おなかの中で聞いたから」というではないか! ほんとに覚えてるもんなんだろうか?ま、私を喜ばせようとして言ってるのかもしれない。ミーハーな私は、QUEENはもちろん、その他流行ものや、ボサノバ、REGIAO URBANA、アラブ系音楽、など、めちゃくちゃな嗜好で、気分によって聴くものも変わるのだが、このCULTURAは、心のオアシスのように、基地になっていて、疲れたときはこの局に戻ってくる。そして、娘も好きなようだ。 ロックなどを聴いていると、「うるさーい!耳がいたーい」と、嫌がるが、CULTURAだと、「いいねえ」 とご機嫌だ。娘と同じものが聞けるのは楽しいな。ま、まだ5歳だから、これからどうなるのかは予測不可能だけど。。。
2005.04.07
朝、洗い物をしていたのだが、まったく落ちない油汚れ。ここの洗剤、過大な広告に反して、まったく効果が著しく低い。某Yを使っているが、何が、「Y、RENDE MAIS」だ!うそこけ。油のついたなべなど、洗剤をたらして、スポンジで磨けば磨くほど、油分がネロネロとなべ全体に刷り込まれたようになって、一向に油切れしない。。そこで、登場するのが、日本から送ってもらった台所用洗剤(J) 。 ほんの少量で、どんなものでもキュッキュッっと仕上がり、 グラスはもっと透明になるし、食器や、なべ、流し台など、これを使ったところがピカピカになるのがはっきり分かる。泡立ち、泡切れもよく、オマケに除菌効果つき。 これでまな板の殺菌も出来るし、スポンジが嫌なにおいになるのを防いでくれる、スグレモノ! 素晴らしい!!!でも、もったいないので、たまに出してきて使うのみ。もーここの洗剤、かけてもかけても落ちないんですけど、、、お湯とかで洗ってるのかな? うちはお湯でないし、わざわざ沸かすのもめんどくさい、洗剤ひとつで落としちゃうことが当たり前の感覚のまま、ひたすら、ここの洗剤が飛躍的に進化してくれるのを待つものぐさ主婦です。。はよ、日本の洗剤技術を真似でもしてくれ!もう6年も待ってるんですけど!!!
2005.04.07
昨日の土砂降りの雨で、母犬シロが、1匹づつ口にくわえて穴倉から我が家の玄関前に子犬たちを移動させてきた。 はじめてみる勢ぞろいした子犬たち4匹かと思いきや、実は5匹だった!1匹白いのが、穴倉に忘れられてフィーフィー鳴いているのを聞いてだんなが救出した。白いの1匹、黒いの1匹に、白に黒い模様のあるのが3匹。その中でも一番大きい、背中にハート型の黒い模様のあるのが、娘のお気に入りらしい。 娘たちに抱っこされまくりだ。まだ目も開かない子犬たち、寒さしのぎか、みんなぴたりと身を寄せ合っている。初画像入れてみます
2005.04.06
ほんとに、すんげー土砂降りで、我が家の前の坂道は濁流と化していました。 そんな大雨の中、出勤。 。。。。今日は、簡単な作文を書いてもらい、その後よさこいソーラン節なるものの練習でした。いやー、子供たち、こんなもの踊らされるのか、かわいそ、と思ったのですが、「はい、休憩終わりー、今度はソーラン節の練習始めるからこっち来てー」というと、意外や意外、子供たちは目を輝かせてやってきます。「やったー、ソーラン節だー」と、早くも鼻歌まじりに振り付けを始める生徒たち。 ある、スポーツ大好きな女の子Sちゃんなどはあまりの嬉しさに「きゃー、せんせー、」と、喜びいっぱい、私に抱きついてきました!!そんなに、嬉しいことなのかなあ?こういうものをみんなで踊るってことが、子供のころから嫌だった私には、よく分からない積極さです。その女の子だけでなく、12歳、13歳の年頃になりつつある男子生徒たちも「よっしゃー!」と意気揚々です。 れいの、シャイなY君くらいでした、照れまくってたのは。。。。。。。さて、どんどんというダンス系ビートに乗って、じゃんじゃらジャんじゃジャンという三味線の音がからみ、ソーラン節のイントロが始まると、すでに定位置についた子供たちが、迷いなく、踊りだしました。私一人、おかしくて、ニヤニヤしていましたが、一生懸命、かつ楽しそうな子供たち、 リズムに乗って、「どっこいしょー」だの、やってるのですが、なにか、動きが日本っぽくない。 元気でダイナミックな動きの男子生徒たち、軽やかにステップを踏む女子生徒たち、種をまくしぐさをしながら、前へ1,2、とすすんでいく振り付けのあたり、なにか、テクノダンスっぽいのです。 いやー、かわいーなー、何の先入観もなく、テクノなソーラン節を楽しくやってのける子供たち。そうこうするうちに、先生も踊りに入ってくださいと言われ、なんとなく後ろの方にはいってみたのですが、隣にいるF君の真剣なこと。 私もつられて、踊っちゃいました。たしかに、楽しいかも知れない。 いいなあ、何の恥ずかしさもなく取り組めるって。 こういうのが、ブラジルのいいとこかもしれないと思ったのでした。
2005.04.05
先日、ブラのことを書いて思い出したことを書いてみます。ブラジルから思い出す大阪ネタです。大阪にいたころ、上本町あたりだったでしょうか、輸入物の下着が安く買える店があり、よく通ってました。雑居ビルの中にある卸売りSHOPで、小さなスペースに、ブラが山と詰まれ、壁にもブラやパンツが吊られていて、 よくみると、ブラの合間に張り紙がある。男性入店お断り、かばんを持ったままの入店禁止守れない方はお帰りください確かこんな感じだったと思う試着も禁止。 大体のカンで、自分のサイズを買っていく常連さんが多い。 返品、交換もだめ。 そして、コーナーによっては、横向きに、かにさん歩きをしないと通れないほど下着に埋め尽くされた狭い店内に入るには、まず、かばんや買い物袋といった、持ち物を、レジでおばちゃんに預けなくてはいけない。 といった、お約束事がある。このおばちゃんたちが強烈だった。初めてくる人たちは、大量の下着に目がくらんでしまい、この張り紙が目に入らなかったりする。すると、おばちゃんに、すごい剣幕で、「規則が守れへんのやったら、入店お断りや!帰ってーな」とやられる。若いカップルが、わあー、みてみて、ちょっとここ入ってみよー。などと、うかれてやってくると、「ちょっとちょっと、ここは男性入店お断りや、あそこに書いてあるやろ! ようみてからきてえな」と、容赦ない。お客はびっくりして、萎縮する。ランジェリーショップの店員さんには程遠い卸問屋のおばちゃん愛想笑いのひとつもなく、常に、目を光らせている。こんな怖いおばちゃんたち3人に見張られたこわーい店。私も最初はびびったけど、規則さえ守っていれば、おばちゃんは怒らない。 それどころか、客が少ないときなんかは、ブラ選び(特にサイズに関すること)を手伝ってくれこともあったっけ。。。そして、輸入物が、ほかより安く買える。 となれば、おとなしくおばちゃんの言うこと聞くくらいお安い御用。 で、たびたび足を運んでは、掘り出し物を見つけてました。 輸入物下着の間からお客を怒鳴る、大阪のおばちゃんたち。 今では、懐かしい思い出です。
2005.04.04
美容院へいってきました。昨年日本で染めてきた髪の毛も、もう長ーいこと(かれこれ、8ヶ月)も放っておいたので、根元はすでに真っ黒です。 あまりべたべたにブリーチしても、髪が痛みそうなので、LUZES(細メッシュ?)をやりたいんだけど、でも、どこの美容院も高い!私の言う高いってのは、85レアルとか(日本円にして、3500円くらいかな。気分的には8500円)、なんだけど、ある、ファベラーダで、だんなの知り合いのやってる美容院(ていうか、床屋さん風)で、なんと、25レアル(日本円で約1000円、同じく、気分的には2500円)、でやってくれると言うではないですかぁ!ちょっと、やばいかなあ?大丈夫かなあ、そういう床屋さん?とは思ったものの、この安さには抵抗できず、行っちゃいました。皆さんご存知でしょうか、多めのメッシュをするときにかぶるたーくさんの、小さな穴のついた、水泳用キャップみたいなやつ。あれをかぶって、鈎針を使い、穴から髪の毛を少しづつ束で引っ張り出していき、その引っ張り出した部分だけをブリーチするわけですが、そのときの鏡に映る姿は悲惨です! 志村けんがかぶる、はげかつらのような、あるいは、落ち武者のような、誰にも見られたくない、オッサンみたいな格好です。 同行していた娘にも、「ママィ、タ ムイント フェイア」(ママ、カッコワリィ)といわれ続けました。さて、そういう状態で、美容師さんと、たわいのない話をしながら(苦手なんですけど)、娘の相手をしながら、30分も過ぎたでしょうか、やーっと、この屈辱的な格好から開放される!シャンプー台へ向かい、あー、すっきり。鏡を見ると、うんうん、確かに明るくなってる。ぶあーっと乾かし、ブロウしてもらうにつれて、なんだかますます明るくなっていく。すでにメッシュではなく、(あまりに、たくさん束をとりすぎたのか)全体的にブリーチされてるカンジ。。。やばい! なんか、顔色悪く見えるほど明るい!いま、日に焼けてるし(日本人から見るとね)なんか、おばさんが無理やりコギャルをまねてるみたいじゃん!!!がーん!、これで、明日学校で先生として、みんなの前に立つ勇気ないよー。いまから、もーちょっと、髪の色落ち着かせるためヘアマニキュアみたいなもの買いに行こうかな。。。今日は日曜だから、昼までに ゲットしなくては!(日曜は12時ごろお店閉まっちゃうんです)いますぐ、ダッシュ!!
2005.04.03
今日は、ブラについて、思うこと。かつて、ここのブラジャーといえば、ワイヤーなし、パッドなしの、レースとストレッチ素材で出来たもので、色はほとんどが赤、黒、白の3種類のみでバリエーションがなく、あるいはコットン混じりのミニ花模様のとかが主流で、あまり選択肢はなかったように思う。パンツはここの方が好きだけど、ブラジャーだけはどうしてもなじめず、日本から送ってもらったこともあった。日本にいるころ、、フランスの有名メーカー、コレールだの、アメリカの有名メーカーのなんとか、八リウッド、ちょっと安くて、ワンダーブラ。 高いレース使いのものや、サテン生地のようなものなど、70Dだった私は、ブラには贅沢していた。今では絶対にこんなにブラに金をかけられないし、もうそういうことはないと思うが、ビクトリアズ・シークレットのブラの個人輸入に手を出したり、(この場合、そんなに質の良さはなかったけど)PJショップのもの、輸入物、国産の有名メーカものを使っていた私にとって、ここのブラは、ひえーっ、なんじゃこりゃあ!!! だった。何せ、サイズ展開が、S,M,Lしかないのだ!A、B,C,Dtという、カップの大きさの選択肢はない。みんな、そんなのを、だいたいで、使い分けているのだろう。いまだに、カップのサイズは、細分化されたものはないが、ここ最近、豊胸ブームのせいもあってか、ワイヤー入り、パッド入りで色数や素材も豊富に出回ってきているように思う。少なくとも6年前よりは。。つくりは相変わらず、ちゃっちい感じもするし、日本に売ってる国産物、欧米のものに比べると、シャープな胸のシルエットを作り出すような工夫はないが、4年にわたる授乳によってすっかりたれ乳になっているバストを寄せて上げる効果はある。時間の経過とともに、私の胸はサイズダウンし、ブラは少しづつ改良され、ここのブラでも何とかなるようになってきた。ちょっと悲しいが、今はブラも現地調達している。ま、それでよし。次は、ヌーブラですね。(実は買っちゃいました)ここのヌーブラはまだ、重くて、色も肌色のみか、あっても黒ぐらいかもしれない。日本では、すでに、さまざまな色、デザイン、刺繍入り、レースの有無などがあり軽量化されているようです。おまけに、ヌーブラ専用ポーチや、専用洗剤まで品揃え。ま、いつまで待っても、あれほどのきめ細やかな種類のものは、ここでは生産されないだろうけどね。。
2005.04.02
娘が幼稚園に行き始めて二日過ぎ、彼女の発言には、目を見張るものがある。幼稚園で先生や友人に聞いたのであろう、ブラジル的な話を聞かせてくれる。 話題はいろいろだが、今日は、宗教っぽい話になった。娘が言う。「ママィ、デウス、クリオウ、ノス?」私 「え、何?もう一回言ってみ」娘 「あのねえ、 デウスが人間たちを作ったの」私 「あ、そうなの?誰が言うのそんなこと?」娘 「りか、知ってるも-ん」私 「そう、あんたもそう思うの? それはねえ、宗教だから、 信じたければ信じてもいいし、信じたくなければ信じなくて もいいんだよ」 と言っておいた。ほかにも、デウスが赤ちゃんを空から落っことして、お母さんのおなかに入るというようなことを言っていた。うーん、さすが、カトリック国で育ってるな。これからもどんどんこういった、無宗教な私には、遠いお話が我が家に持ち込まれていくのだろう。。
2005.04.01
ブラジルではごく、普通の、私には、いまだに、いや、永遠になじめないこのポイ捨ての感覚。もー、それは、ポーイポイと、どこでもお構いなしに放り投げる。歩きながらポーイ、 バスの車窓からのみ終わったミニボトルをポーイ、飴の包みをポーイ、ひゅるひゅるっと飴の包みが風に乗って吹き飛ばされるのを目にするたび、なにしとんのや!と、やや怒りに満ちた感情がわきあがってくるが、捨ててる本人は、すっきりとした、なんでもない顔をしている。 先日、近所のブラジル人女性(S)と、帰り道一緒に歩いていたのだが、私たちは二人ともジュースを飲んでいた。 歩きながらジュースを飲むことには私も慣れているが、そのあと、(S)は、やはり、その辺の草むらへ、ポーイっとやってしまった。 唖然として、見つめる私に、sが言う。「それ、あんたのもよこしな、捨ててやるから」私は、「いい、いい、、うちにもって帰って捨てるから」S「いいから、捨ててあげる」私「nao nao」何でその辺に投げて平気なわけ? と言いたいとこだったが、なんとなく言う気がうせてしまった。こんなだから、町も、田舎道もきったないんだ。うちの中はこれでもかというほどにぴっかぴかにしておくくせに、何で外では、平気でポイ捨てなのか?ちなみに、私の場合、うちの中はめちゃくちゃ汚いが、ポイ捨ては絶対に出来ない。 おい、もうちょっとうちをきれいにしろよ! といわれそうだが。。。
2005.04.01
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