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イスタンブルは古くて新しい街。歴史もあるのだけれど、毎日どんどん変わっていく。ちょっと行かないうちに見違えてしまうほど変わってしまう街角があったりする。( だから、迷子になる...て言うのは言い訳だけど。 )街を動く足も、新しくなる。でも、古いのも動いているのが良い所。トラムヴァイ( Tramvay )、通称トラム。メインの路線は、旧市街のゼイティンブルヌ~新市街のカバタシュを結んでいる。スルタンアフメッとを縦断しているので、観光にも便利。右のは、タクシム広場からイスティクラル通りを降りる、その名もノスタルジックトラム( Nostaljik Tramvay )。赤い車両に木の窓枠が可愛らしい。私にとっては観賞用で、乗ったことはないけれど、去年、イスティクラル通りの工事のために、動いていなかったときには何だか妙に寂しかった。 これは、左の古いのがトゥネル( tünel )。「世界最古の地下鉄」とも言われるけれど、地下鉄というよりは、トロッコ列車。ガラタ橋の新市街側、カラキョイ( Karaköy )とイスティクラル通りを結んでいる。これには、アクビルの乗換えがきかない。(船とかの特殊な乗り換えは利くらしいけれど)右のは、去年開通したフニクレル( Funiküler )。真中の写真の巨大な車が回って動く。タクシム( Taksim )とカバタシュを結んでいる。これまた、アクビルの例外で、フニクレルは110秒しかからないので、トラムやバスへの乗換えが15分以内でも、アクビル乗換えが利く。どちらも短いけれど、繋いでいる場所がよく、傾斜がすごい所を走っているので、すごく短いけれど、便利。
2007.03.31
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イスタンブルを動き回るのに、本当に便利だな~と思うのが、アクビル。アクビルは、賢い( Akιllι ) チケット( Bilet )の略なのだけど、この子、小さいけれど、本当に賢い!というか、役に立つ。イスタンブルでよく使う公共交通機関、船・バス・地下鉄・トラム・近郊列車の全てに使えるし、前もって入れてある分が落ちていくプリベイドシステムなので、いちいち小銭を探したりする手間もかからない。万一お財布を忘れても、移動はできる。今は、1時間半以内のアクビルを使った乗換えは無料なので、更にお得だ。正確には、最初の乗り物に乗る時にアクビルを使ってから、15分以上1時間半以内に二つ目の乗り物に乗り換えたときに、二つ目は乗換えとみなされて無料になる。違うバス路線へのバスの乗り換えも大丈夫。ただ、Karaköy-Galata を結んでいる、アンティクなTünelや大抵の2階建てバスには、この乗り換え無料は利かない。使い方は簡単。 乗る所にある機械の、赤い丸に、アクビルのスプーンのような銀色の部分を当てる。大抵、軽い音がして、受け入れられたのがわかるようになっている。「ブー」という音がしたら、中に必要分が入っていないということなので、充当しなくてはならない。右端の写真の緑の丸ポッチは、バスの機械だと左下、トラムとかの機械だと入った後の後ろ側にあって、ここにアクビルを当てると、後どのくらい残っているのかが表示されるようになっている。 空港とかには機械もあるけれど、(使えないこともままあるが...)大きいバス停や、トラムの停留所の近くには、 Akbil Satι∫ Noktasι(∫は髭のあるs)というのがあって、そこで、アクビルを購入することもできるし、充当することもできる。アクビルは、イスタンブルの交通局から貸し出される形になっているので、購入するときに払うのは、デポジット。返却時にお金は返ってくる。
2007.03.30
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ハランは、人口1万人足らずの町だ。シャンルウルファ市から南へ44キロ、ウルファのオトガルからミニバスで1時間ほどの所にある。 ハランの名は、アッカド語で「道、旅に出る、旅団」等を意味するHARRANUに由来する。古来から、小アジアとメソポタミアを繋ぐ交通の要衝だったのだろう。旧約聖書にも、アブラハムがカナンに行く前に暮らし、その父テラの亡くなった土地としてハランは登場する。現在のハランの最大の産業は、農業。オリエントの「肥沃な三日月地帯」の最上端にあたるハラン平野は、今でも、小麦、綿花、とうもろこしと1年に3回の収穫物を与えてくれるという。ハランは、BC2000年代から、アッシリア、ヒッタイト、バビロンといったオリエントの覇者たちの神殿的な役目を果たしていた。オリエントの歴史と共に、新アッシリア、メディア、新バビロニア、ペルシア、アレクサンドロス、セレウコス朝シリア、ローマ帝国、ビザンツ帝国、アッバス朝、ハムダーン朝、セルジュクトルコと支配層は変われど、学問都市として繁栄し続けていた。しかし、13世紀、モンゴル人の征西の際に、完全に破壊されてしまった。 ハランの遺跡と並んで有名なのは、土造りのとんがり屋根の家。夏には、40℃を軽く超え、50℃を超えることもままある厳しい気候に適した造りで、壁が非常に厚く、夏には涼しく、冬には暖かいようになっている。明り取りの窓にはガラスがないけれど、壁の厚さに比例して深いため、雨なども降り込むことはないのだそう。 ハラン平野は、ユフラテス川から運河で引いてきた水で灌漑されている。ハランからさらに南下すると、すぐそこはもうシリアとの国境だ。
2007.03.29
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マントゥ( Mantι )日本に来て、饅頭はまんじゅうになった。これは、この間作った肉まん。豚まんのつもりで、でも、豚肉はすごく高いから、牛ひき肉にラードのつもりで羊の尻尾油を少し足して、しいたけとかキャベツとかねぎとかの野菜のみじん切りを入れて作った。皮は、イーストをいれて、醗酵させた。ちょっとちがうけど、それなりに肉まんぽい味だった。これは、モンゴル人の友達が作ってくれた、マントウ。ウイグル人の友達も同じようなのを作ってくれた。中央アジアのマントウ。皮は、小麦粉と塩と水をこねたものなので、餃子の皮に似ている。中身は、肉500gに玉ねぎ半個という感じだそうで、肉!がメイン。塩味と、肉の脂分が足りなければ、油を足す。でもって、赤ちゃんのこぶしと大人のこぶしの間くらいの大きさに包んで、蒸す。蒸したてを、何もかけずにそのまま食べる。これまた、おいしい。これは、トルコ人の友達が作ってくれたマントゥ。彼女も、皮はやっぱり小麦粉と塩と水を混ぜてこねて少し寝かせて作っていた。具は、やはり、ひき肉と玉ねぎ少々。材料は一緒だけれど、中央アジアのマントウとの違いは大きさ。ラビオリくらいの大きさ、というか、親指の頭くらいの大きさに包む。(手伝ったけど、自分でも稀に作るけど、気が狂いそう!)それを、蒸すというよりは、ゆでる。食べる時には、にんにく入りのヨーグルトソースと唐辛子とトマトのペーストを油で溶かしたソースをかける。どこが最初かわからないけれど、日本のマントウは、皮もふっくらしているし、具の野菜も多い。一つの大きさも結構大きい。中央アジアのマントウは、ショウロンポウに似た感じ。トルコのマントウは、強いて言えば、水餃子に似ている。時々、二杯酢と辛子で食べるけれど、懐かしい味。マントウは、ユーラシア大陸を西に進むにつれて、小さくなったのかな...
2007.03.28
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トルコでも、先週の土曜日から日曜日に替わる夜半、夏時間になった。1時間進んで、日本との時差も6時間。夜が、短くなった。逆に、秋の夜長、というだけに、秋冬は夜が長い。長い夜の楽しみは???オペラとか...と言っても、誰も信じないだろう、(私を知っている人は)でもね、でも、トルコに来てから見るようになったの。日本にいたときには、オペラはおいそれとは近付けないものだったけれど、トルコでは、国営のオペラ・バレー団があって、庶民的なお値段で「カルメン」とか、「蝶々夫人」とかが見られるのだ。レベルを云々できる立場に私はいないけれど、見ていて充分に楽しい。舞台装置とか、衣装とかも凝っていて、素敵だ。演劇も、国立とか私立の劇場とかなら、気軽に行ける。オペラや、バレーはイスタンブルだとアタトゥルク文化センター( Atatürk Kültür Merkezi )-通称AKM(アーケーメー)で演じられるので、後ろの席だとそれなりにやはり遠いけれど、劇場はそれ程大きくないので、舞台がとても近い。普段、テレビのドラマとかで見ている役者を、近くで生で見られるのはなかなか新鮮。国立のオペラ座や、劇団の設置も、近代トルコの父、アタトゥルクの命によるものと言う。オペラや、バレーを見つつ、やっぱり、アタトゥルクは偉大だったな、と思う。オペラや演劇には、シーズンがあって10月から5月の半ばくらいまで。夏は、ボドルムとかアスペンドスとかの古代劇場で上演していたりするけれど、イスタンブルのシーズンは、もうすぐ終っちゃう...
2007.03.27
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初めてトルコに来た時、イスタンブルのブルーモスク( Sultanahmet Cami )に感動した。外から見た均整のとれた美しさもさることながら、中のタイルは圧巻だった。その後、トプカプ宮殿やら他のモスクやらに行ってみて、どこのタイルもすごいので、タイルが美しいのだ!ということに気付くのだけど、やっぱり、最初のイメージから、ブルーモスクのタイルはすごいと、私の頭の中には刷り込みされている。 最近の建物でも、街のあちらこちらに、タイルが使われている。これは、地下鉄の空港駅の壁。伝統的なカーネーションのデザインに似ているけれど...トルコ、イスタンブルにようこそ!って感じがするかな?!家の中にも、タイル!我が家の廊下は、何の変哲もない白いタイル張り。こけると痛いけど、夏は冷んやりしていて気持ちいい。夏のシリンの定位置。ただ、勢いよく走ると、滑るのか、漫画の中みたいに足が空回ってたりするけれど...
2007.03.26
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さ~い~た~ さ~い~た~ チューリップ~の~は~な~が エミニョニュ( Eminönü )の幹線道路の緑地帯にも...タクシム広場( Taksim meydanι )にも...シリンの鼻先にも...いやいや、これは、我が家の一番咲きエブル( Ebru )にも!エブルは、中央アジアで始まり、オスマン時代に発展した芸術。水面に比重を変えた水に溶かした絵具で模様を描き、それを紙や布にうつしとる。絵具が水の中で揺れたり広がったり、幻想的...
2007.03.25
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ユーフラテス川 Fιrat Nehriトルコ東部の山間部から、イラクのバスラ湾に流れる全長2780キロの国際河川。トルコ語で、フラトは男の子の名で、隣を流れるチグリス川:ディジレ( Dicle )は女の子の名前。世界最古のメソポタミア文明のお父さんとお母さん。石、ではなくて、川が話せるなら、6000年の歴史をどんな風に語ってくれるのだろう... フラト、ユーフラテスは、確かに大河。 上の3枚の写真のうち、左の2枚は、 Birecik からだけど、対岸まで500メートルくらいはある。 右端は、Zeugma の遺跡のある所。対岸は、見えたり見えなかったり。川というよりは、湖のような感じがする。 トルコ国内を流れるのは、ほぼ3分の1の971キロメートル、既に5つのダムが稼動している。 でも、流域の主産業が農業や牧畜なおかげか、透明度の高いきれいな水だ。
2007.03.24
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これ、なーんだ?ヒント!・・・はやっ9月頃に南東部、特にガジアンテプ( Gaziantep )の辺りでこんな風に木に生っているのが見られる。 ピンポーン! 正解!ピスタチオ。トルコ語では、フストゥク( fιstιk ) という。人を指して、フストゥク ギビ(fιstιk gibi)--という風に使うこともある。本来は、溌剌とした、とか、可愛い、とか、美しい、とか良い意味で使われる。Sen fιstιk gibisin.-君はピスタチオみたいだね。と言われたら、・・・とりあえず怒るのは止めておきましょう。皮をむいて、そのまま食べても美味しいピスタチオ。トルコでは、色々なお料理にも使われている。ピスタチオの産地で有名なアンテプは、バクラヴァ( baklava )-トルコ風というか、アラブ風パイのシロップがけという感じのお菓子-でも有名。ふんだんにピスタチオを使ったバクラヴァは、なるほど、おいしい。生地がパイ生地ではなくて、糸状になっているカダイフ( kadayιf )もあるし、形状や中身にもいろいろなバリエーションがある。ピスタチオも、まるまま中に詰めたり、砕いて上にふりかけたり、パイ生地の間に挟んだり... カトメル( Katmer ) ブルマ( Burma ) ピスタチオケバブ(fιstιklι kebabι)お菓子は、ああ、ピスタチオ入りだな、と一目でわかるほどピスタチオが入っていると、割と、甘さ控えめでおいしい。当然だが、ケバブは、甘くない。ナッツ入りの料理?!と、最初は意外に思ったけれど、トルコ料理では、胡桃とか松の実とかのナッツをよく使う。ピスタチオ入りのケバブも、美味。私がよくお土産にするのが、ピスタチオ入りのチョコ。ウルケル( Ülker )というメーカーの Eceは、ピスタチオが一粒ずつ入っている一口サイズのチョコ。ヘーゼルナッツ入りのもある。最近、板チョコタイプのものも出た。
2007.03.23
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ネムルト山でも触れたように、ネムルトダーは、県境に位置するので、アドゥヤマン、マラテヤどちらからも登ることができる。しかし、山頂を挟んで相対するルートを辿るため、途中で合流することはなく、どちらの道を通るかで印象はだいぶ変わってくる。 杏の里マラテヤは、緑の多い、しっとりと落ち着いた雰囲気のある町。ところが、一歩山間部に入ると、街の印象とはうってかわって、乾いた山を越え、尾根を渡り、山肌に張り付いたような村を通る時以外は、木といっても丈の低い潅木が多い、荒涼とした山道を進む。 アドゥヤマンは、原油の試掘等(左の写真の手前はタバコ畑、奥は原始的?な石油の採掘機)始まっているとはいえ、大きな産業のない、乾いた町な印象を与える。ところが、ネムルトダーに向かう道は、最後の山頂に至る部分以外は、なだらかな傾斜が続き、遠くにユフラテスを眺めたり、支流を渡ったりしながら、山間の畑や村を抜けて行く。のどかな風景と、息を呑むような絶景がない交ぜになった道。 更に、山頂の遺跡だけではなく、コンマゲネ王朝に由来するカラクシュ、アルサメイヤ、ジェンデレ橋等の遺跡にも訪れるなら、こちらの道を通るしかない。 ただ、マラテヤ側から登ると、山頂部の近くまで車で登れる。西側のアドゥヤマン側から登ると、東のテラスまで、山肌につけられた細い道をかなり長く登るしかないが、マラテヤ側からは、東のテラスが見えるところまで車でいける。特に、日の出を見るなら、暗い中を登らなくてはならないから、こちらからの方がずっと楽だ。可能なら、マラテヤから登って、日没と日の出を見た後、逆にアドゥヤマンのほうに下るというのが、理想かな。。。
2007.03.22
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ネムルトダー(NemrutDagι - Dagは山)=ネムルト山はアドゥヤマン( Adιyaman )県キャフタ(Kahta)郡とマラテヤ(Malatya)県プトゥルゲ( Pütürge )郡の境に位置する標高2150mの山だ。山の名前は、天までとどく塔を立てようとしたニムロデに由来するという。この辺りに定住した初期のクリスチャン達が、構造物のあるこの山を、聖書に記述のあるニムロデの建てようとした塔になぞらえたためと言われているが、現実にニムロデとの関係はない。2千メートルをこえる山の頂に、紀元前一世紀に造られた墳墓と彫刻からなるコンマゲネ王国の遺跡がある。古代にどのような手段をつかったのか、山頂を削り、平らにした上で東と西にテラスを造り、その間に石灰石のかけらを積み上げて墳墓をつくった。実際に、棺があるかどうかははっきりしていないけれど、その墳墓が山の頭頂部を成している。本来の山の標高は2100メートルだけど、それを50メートル高くしている。人造の山頂としては、世界に類を見ない規模だという。 西のテラスに並ぶ彫像は、夕日を眺め。。。 東のテラスに並ぶ彫像は、朝日を眺める。ネムルトダーは、ネムルトダーは、ユネスコの世界文化遺産に指定されている。コンマゲネ王国は、BC850年にアッシリアの文書の中に姿を見せ、AD71年にローマに滅ぼされるまでの間、ユフラテス川沿岸に栄えた小王国。最盛期は、ネムルトダーの山頂に、この墳墓をつくりあげたアンティオコス1世の時代、BC1世紀で、王朝の系譜を辿ると、ギリシャとペルシアの両方の血統を受け継いでおり、ネムルトダーで見つかった碑文にも、ギリシャ語とペルシア語の両方が刻まれていたりする。ヘレニズムの時代に、ペルシアとギリシャという東と西を体現する遺跡2000年前の技術で、こんな所にこんなものを造った文明...ただ、私は、この自然に魅せられた。行ってみるしかないと思うのだけど、この遺跡は、とんでもなく遠い。山又山を越えて分け入った、更に山の頂上にある。ここで沈み、昇る太陽を見たとき、昔の人が、太陽を神だと思ったのが、感覚的にわかるような気がした。しかし、その太陽を創られた方ははるかに偉大だ。
2007.03.21
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2月まで暖かかったから、道端やあちらこちらで、いろいろな花が咲き始めていた。だのに、3月に入ったら逆に冬になったかのようだったトルコ。いや、この国確か北半球にあったはず...だよね?北半球って、 2月、 3月、 4月、 段々、暖かくなるんだよね???と思っていたら、今週に入って、やっぱり暖かくなった。 図書館の前、満開の花。春が来た、かな?
2007.03.20
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イスタンブルの旧市街、グランドバザールの裏の一帯からエジプシャンバザールにかけては、私にとってはひっくり返したおもちゃ箱のよう。何が出てくるかわからないおもしろさが、たまらない。写真は、ぜ~んぶ、エジプシャンバザールの脇から、トラムのエミニョニュ( Eminönü )駅がある通りに平行に、一本入った小路のお店。 やっぱり、トルコチャイ( Türk Çay )を飲むにはチャイダンルック( Çaydanlιk )-2段になったやかん- が要る~ かな?上にも下にも掃除道具...右端のこれは...オール?いやいや、ラフマージュン( Lahmacun )とかを窯に入れたり出したりする道具。ラフマージュンは、薄手のピザみたいなので、焼きたてにレモンを絞って、パセリとかの野菜を巻いて食べる。おいしいのは、本当に お・い・し・い。 トルコ風な真鍮や銅の食器とか、何故か鋤だの鍬だの...トルコの生活に欠かせないコロンヤは、勿論大小各サイズ取り揃えてございます。いや、本当に、何か欲しいものがあって、でもどこに売っているのかわからない時、この辺りで尋ねまわると、7割くらいの確率で見つかる、かな?(似て非なるものなこともあるけど。)
2007.03.19
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私にとって、幻の博物館だった、サドベルクハヌム博物館( Sadberk Hanιm Müzesi )昔何かのガイドブックで見て以来、ずっと行ってみたかったのだけれど、どこにあるのかよくわからなくて、行けないでいた。先日、ボスポラス海峡沿いを散歩していて見つけた!妙に、小さな看板に、なんとなく覚えていた名前が書いてあってびっくりした。場所は、ボスポラス海峡を遡って、黒海に程近い街サルエリ( Sarιyer )の街中を少し外れた海岸沿い。1980年10月14日開館というから、決して古くはないけれど、私営の博物館らしい落ち着いた隠れ家的な雰囲気がある。19世紀に建てられた家を改装した本館と、考古学のコレクションを展示するために改造増築された建物の二棟から成っていて、どちらもなかなか見ごたえがある。 これは考古学の方にある、燭台。 青銅器と 土器。 私の燭台コレクションに入れさせていただいた。本館の方は、トルコの民俗博物館的な感じ。キュタヒャの陶器とか、オスマン時代の書籍とか、オヤ(刺繍やレース等の手芸品)のコレクションもあるし、19世紀の服装とか生活様式を模した部屋とかもある。 展示されている建物の雰囲気に合っていて、オスマン時代にタイムスリップしたような気分になる。一つ一つの展示品が大事に展示されていて、(トルコでは割と珍しい)和める博物館だと思う。
2007.03.18
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最近気になるのは、ビーズのレース( Boncuk oyasι )ビーズを編みこんだレース( Boncuklu Oya )とも言うように、編む時にビーズを編みこんだレース。すごく細かいので、編み針というよりは、縫い針のような細い針で編む。実は日本にいた頃、あまりレースとかが好きじゃなかった。女の子らしすぎて私らしくない気がしていたのだけれど、歳をとったのか、目が慣れたのか、最近は、レースが好き。慣れたというのも、テレビを見ながら、または何人かでおしゃべりをしながら、せっせと編物をする友達が何人もいる。毎日使うタオルとか、カーテンとかにも手編みレースの飾りがついていたりする。 ビーズのレースは、スカーフの縁に使われていることが多い。 ビーズ無しの手編みのレースは、簾のようにぶら下がって売られていたりするけれど、ビーズを編みこんだものは、それだけではあまり売られていない。 ごく稀に、たこ糸のように台紙にまかれた状態で売られていると、自分で編めない私は嬉しくなってしまう。細かいだけに、デザインもいろいろ。 扇とか... お花とか... イチゴとか... 技術か、芸術か、 どちらにしろ、技だなあ。
2007.03.17
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ドルマは、野菜などの器になるものにぎゅーぎゅーと具の詰まった料理。(ドルマとサルマ)なので、器にするものによっていろいろなドルマがある。 赤や緑のピーマンのドルマ ( biber dolmasι )日本でよく見る、コロンとしたピーマンは、トルコではドルマ用のピーマン( dolmalιk biberi )と呼ばれているくらい、緑のピーマンのドルマは一般的。トマトは、もうカップにしてって自分から言っているような野菜だし、中をくりぬいて、ズッキーニや玉ねぎやじゃが芋も使う。真中の写真は、やはり、中をくりぬいたナスで作ったドルマ ( patlιcan dolmasι )。 野菜だけじゃなくて、 私が密かにトルコ風寿司と思っている、 ムール貝のドルマ( midye dolmasι )や、 羊の肋骨にご飯を詰めて調理した 肋骨のドルマ( kaburga dolmasι )なんてものもある。 左の写真は、食べ易いよう、肉と骨を取り分けてほぐした カブルガドルマス。*--- dolmasι と、最後に sι が付いているのは、トルコ語で -A-の-B-と言う時に、-A- nIn -B-(s)I と表現するから。I は、前に来る母音によってかわり、i / ι / u / ü のどれかになる。(s)は、-B- が母音で終る単語の場合に付く。-A- と -B- の間の nIn は省略できるけれど、 -B-の後の -I は、基本的に省略できない。
2007.03.16
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ロールキャベツは好物というほどではなかったのだけれど... サルマ( Sarma )は好き。 Sarma は、巻く( sarmak )という動詞の動名詞。 お米や肉の混ざった具を、キャベツや不断草、ぶどうの葉等で巻いて煮た料理。 食べるのは好きだけど、作るのは...女性の指くらいの太さに巻け、と言われるのだけれど、私が巻くと、熊の手???だから、大抵作るのはドルマ ( Dolma )。ドルマは、いっぱいになる ( dolmak )の動名詞。野菜などの器になるものにぎゅーぎゅーと具の詰まった料理。詰めすぎて爆発させることもしばしば。 でも、巻くよりは簡単な気がする。 ドルマもサルマも、 オリーブオイルを使った冷たくして食べるものと、 肉が使われていて、温かいのを食べるものの2種類がある。上の写真は、冷たくして食べるサルマ。前菜になることも多く、好みでレモンを絞って食べる。右の写真は、肉入りのサルマを煮ているところで、温かいものを食したい。
2007.03.15
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今年の冬は暖かかった。まるで春のような日々が続き、冬が来ないね、と言っていたのに。。。3月に入ってから、寒い。はーるよ 来い、と呼んだからって来るわけもないけれど、呼びたくなる。春が来たら。。。 エミルガン( Emirgan )に行こうっと。エミルガンは、ボスポラス海峡を黒海の方に向かって北上して、真中を過ぎた辺りのヨーロッパ側にある。瀟洒な邸宅や各国領事館や、その建物を囲い込んでいると思われる高い壁を左に、右にボスポラス海峡を眺めながら散歩するのはどの季節でも楽しい。(私は、冬の海も好き)けれど、チューリップが咲く頃には、どうしても、エミルガンパーク( Emirgan park )に行きたい。 色々な種類のチューリップが色とりどりに咲き乱れ、木々の間からボスポラス海峡が見え隠れ、鳥のなく声がし。。。 春だなあ。 チューリップの原種はトルコにあったという。 でも、オスマン時代に輸出されていったオランダの方が今ではすっかり有名。 トルコ語でチューリップは、ペルシア語起源の ラーレ( Lale )。 何だかチューリップ一つとっても、妙に国際的。そういえば、トルコ語で春を指すバハル( Bahar )は、ペルシア語起源。香辛料を指すバハル( Bahar )は、アラビア語起源。
2007.03.14
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トルコ料理、というと香辛料たっぷりでエキゾチックな感じがあった。住んでみると意外とそうでもない。と思ったけれど、それはただ慣れてしまっただけなのかもしれない。実際、家の台所には割とよく使う香辛料が少なくとも8つは並んでいる。 私は大抵、エジプシャンバザールで100gとか50gとかの単位で買ってくる。お茶とかナッツ類とかも一緒にまとめていろんなものを、ちょっぴりずつ量り売りしてもらえるので重宝だ。大抵写真のように英語名も入っているので、旅行に来た人でも困ることはないと思う。私がよく使うのは、こしょう-カラビベル( karabiber )粉も、粒もある。赤や白、緑もあり、ミックスもできる。カレー粉-キョリ( köri )相当スパイシー、辛い。 チリペッパー-アジュビベル( acι biber )粉状のと、平たいのがある。平たいのは、プルビベル( pul biber )ミント-ナネ( nane )オレガノ-ケキック(kekik)バジル-フェスレーエン( feslegen )ショウガ-ゼンジフィル( zencefil )粉も塊もあるけれど、生の生姜ほどは美味しくないと思う。シナモン-タルチン( tarçin ) 料理の途中でも使うし、食べる時にかけたりもする。トルコ語で香辛料は Baharat。アラビア語の Bahar の複数形。いい香り(元々は雛菊-Papatyaを指す)を意味し、食物に香りと味を足す香辛料を指すようになったとか。おいしい、いい匂い、と思えるくらいの量を使うようにしたいと思った。
2007.03.13
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シリンジェというと、ムスタファパシャ。エーゲ海の近くのシリンジェと、カッパドキアのウルギュップ( Ürgüp )の村の一つのムスタファパシャ( Mustafapa∫a )。なんで?と思われるかもしれない。なるほど、と思う方もいらっしゃるだろう。まず、建物のつくりが似ている。どちらも、オスマン時代にはギリシャ人の住む街だったから。(右の写真の橋も、頂点部分のとがり具合が微妙に違う。)1924年の「住民交換」で、どちらの村も住民が入れ替わった。住んでいたギリシャ系の人々はギリシャへ、替わりにギリシャに住んでいたトルコ系の人たちが「帰ってきた」。どちらの村もワインを作っている。。。イスラム国のトルコでもワイン生産で名を馳せている所は、元々キリスト教徒の住んでいた所だと思ってほぼ間違いない。ただ、ムスタファパシャはやっぱりカッパドキア。 ピンクの綿菓子の上に白いクリームののったお菓子のような岩山やら、鳩の住居跡のある岩がそこここに見られる渓谷、、、 私がムスタファパシャに行きたいと思ったのは、すごくミーハーな理由から。2003年に終ってしまったけれど、54回続き、最終回の視聴率は80パーセントを超えた(本当かな?でも、私の周りでは100パーセントだった)「アスマルコナック(Asmalιkonak)」というドラマ。地方の豪族の館(アスマルコナック)を舞台に、お母さんと子供達(男二人と娘二人)にイスタンブル育ちで都会娘の長男の嫁、館で働く人々(それぞれに味のあるキャラクター)がメインの登場人物で、家族愛とか男女の恋をメインに土地を巡る利権争いや勢力争いなんかも絡ませた面白いドラマだった。メイン以外の登場人物も癖がある人たちだった。メインの舞台がカッパドキアだけに映像も美しく、毎回欠かさず見ていた。今も、再放送があると、ついつい見てしまう。そのドラマの館が、ムスタファパシャにあったのだ。(一番上の写真)ドラマでは焼けてしまって、ウルギュップ( Ürgüp )にある右の写真の館に引越した。この前には、ドラマの記念碑のようなものがあるらしい。意外と、トルコの人は国内を観光しない。旅行ができる状態にあっても、海でリゾートするとか、ヨーロッパに行くとか。。。でも、アスマルコナックの後、カッパドキアを訪れるトルコ人が増えたとか。近いと逆に、行かないものなのかもしれないけれど、でもやっぱり、カッパドキアに行かないのは勿体無い、と思う。
2007.03.12
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シリンジェ( ∫irince - ∫は本当は髭の生えたS )この町の歴史は古く、エフェスが隆盛を誇った時代には、「山の上のエフェス」として知られていた。その名の表すように、エフェスからは11キロ、セルチュク ( Selçuk )の町からは、8キロほどの所にある。道の両脇、ずっとオリーブ畑の斜面を登ると、山の中にシリンジェ村がある。 今のシリンジェは、ギリシャ風の家屋の並ぶ、静かな佇まいの観光地になっている。石畳の小路では、手編みレースの縁飾りのついたカーテンやテーブルクロスやおばあちゃんが編みながら売っている赤ちゃん用の靴下に、自家製のオリーブオイルやでっかい塊のオリーブ石鹸なんて物が売られている。 近くの山で取れた野イチゴ、エーゲ海側では一般的でも、他の所ではあまり見られない珍しい野菜なんて物もある。 是非、試飲したいのは、果物のワイン。 メロンとか、オレンジとか、木苺、 あまり目にしない珍しいワインがある。 お昼にはぜひとも、ギョズレメ( gözleme )を。クレープのような感じだけれど、もう少し生地がしっかりしている。具は、ナスとかほうれん草とか、チーズとかひき肉とか、幾つかを組み合わせても良い。私は、ほうれん草とチーズの組み合わせと、ナスのペーストが好き。石竈で焼いた、焼きたては本当においしい!右端は、シンプルな野菜の炒め煮なのだけど、Arapsaç (「アラビア人の髪」という意味 )という野菜で、不思議な風味。季節のものなのでいつでもあるわけではないらしいけれど、これがなくてもきっと他の季節の野菜があるのだと思う。
2007.03.11
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35歳35歳、道の半ば。ダンテのように、人生の折り返し点にいる。血気盛んな時代の宝物、懇願しても切望しても今は無駄。涙なんかには目もくれず去って行く。こめかみに雪でも降ったのだろうか、ああ神よ、この皺の寄った顔は私のですか?いや、目の下の隈まで!どうしてこんな風に仇のように振舞うんだい?何十年も仲良しだと思っていた鏡たちよ。 (以下略)ある授業で、この詩を読んだ。拙訳なので申し訳ないが、トルコ語ではちゃんと韻を踏んでいて、リズムもよく、響きの良い詩なのだけど、内容的に、35歳ってこんなに重いかな、と考え込まされたので、印象に残っていた。この詩に再会したのは思いがけない場所。 トルコ南東部のディヤルバクル。 旧市街のウルジャミにほど近い所にある Cahit Sιtkι Talancι Müzesi 建物の外側も庭も美しい。中には、この地方の習俗がわかるような展示があり、詩人ジャヒット・ストゥク・タランジュ( Cahit Sιtkι Talancι )に関する展示もある。 ジャヒット・ストゥク・タランジュ( Cahit Sιtkι Talancι )は、1910年10月4日ディヤルバクルに産まれた。博物館になっているのは、彼の生家である。アンカラ大学を出た後、教職に就いたり、パリでトルコ語放送のアナウンサーをしたり、新聞記者をしたりと多彩な才能を発揮した。「35歳」というこの詩は、36歳の時に発表され、ある詩のコンテストで優勝したもの。当時、最も読まれている詩人として名を馳せた。ただ、彼にとって35歳は道の半ばではなく、46歳で生涯を終えている。
2007.03.10
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トルコも今年は暖冬だったのだけど...3月に入って春だなあ、と思ったら、冬に逆戻りしたような感がある。寒いと、やっぱり食事に温かいスープが欲しい。かな?写真のスープは、短いうどんに似たエリシテ(eri∫te)の入ったレンズ豆(mercimek)のスープ今のトルコ語では、スープをチョルバ( Çorba )というけれど、これは、ペルシア語からの外来語。11世紀に書かれた Divanü Lugat-it-Türk では、(トルコ語というか、トゥルク諸語に関する現存する最古の辞書)münと呼ばれている。これも外来語で、中国語かららしい。元々、小麦粉で出来た麺状のものが入った温かい液状の食物がミュンだったのだろうけれど、いつの間にかトルコ語では、温かい液体の料理のことを麺のあるなしに関わらず、指すようになったのだろう。一方で、日本語では麺という言葉は必ずしも汁物を指さない、というか、小麦やそば粉などから作られた細長い食品を指す。元々同じ単語だけれど、東と西に行くと大きく変わるみたい。でも、根っこの所でトルコと日本は意外と近いのかも、とも思う。 トルコではよくスープを飲む。具合が悪いというとおかゆではなくてヨーグルトスープだし、地方によっては朝ご飯はスープとパンだったりするし、人によってはお酒を飲んだ後には牛の胃袋のスープ(i∫kembe çorbasι)がないといけないというし、トマトのスープは夏には冷やして、冬には熱々にチーズを浮かして、といつでも美味しい...写真は左が、Karalahana çorbasι : 黒海側の郷土料理、黒キャベツとトルコでは呼ばれている野菜をメインに、松のみとかも入った具沢山のこくのあるスープ。中央が i∫kembe çorbasι :おいしいのはおいしい、というか臭いとまずいと思う。おろしにんにく、酢、唐辛子油を好みに応じてかけて食べる。右は温かいトマトスープ。(Domates çorbasι)
2007.03.09
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イスタンブルはアジアとヨーロッパにまたがる街。アジアとヨーロッパの間には海がある。ヨーロッパからきた列車は、ヨーロッパ側の終着駅シルケジ(Sirkeci)が終点。アジアからきた列車はアジア側の終着駅ハイダルパシャ(Haydarpa∫aー∫は髭のついたs)が終点。今、間にトンネルが掘られていて、ヨーロッパとアジアは鉄道でも繋がる予定。。。繋がってしまったら、用無しになってしまう2つの終着駅。何か別の用途で使うよう計画中というけれど、駅である間に是非行っておきたい。特に、アジア側のハイダルパシャ駅。 ヨーロッパ側から行くときには、カラキョイ(karaköy)から船で行くのが便利。 天気がよければ、船の外側のデッキに立ち、近付いてくる堂々たる建物の駅を眺めたい。 船着場もオスマン時代風の可愛らしい建物で、表示はアラビア文字で書いてある。 駅舎の中も、外観に劣らず美しい。中も外も微妙に古くなっているのも歴史を感じさせてくれる...発着便を知らせる電光掲示板がなければ、駅とわからないかも...
2007.03.08
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これは、何で行く?の続きです。飛行機か? 列車か? 船か? バスか?飛行機は速いし、最近は色々な路線が増えているし、早くから予約するとかなり安い。以前はイスタンブルを基点とするしかなくて、例えば、イスタンブルからエフェスとカッパドキアに行くのに、イスタンブルからイズミルに飛んで、エフェスを見てイスタンブルに飛んで戻って、又カイセリに飛んで...なんていうことをしなくてはならなかったけれど、今はイズミルからカイセリに飛ぶ便がある。(興味のある方は、Sun Expressを参照ください)欠点は、 空港が割と町から離れていて、行くのが不便な上に前もって行かなくてはいけないから、移動時間は短くても意外と時間がかかること、便が増えてはいても行けないところも多いし、予算に合わないこともある。だろうか?一方で、トルコのほとんどどこにでも行っているのが、 長距離バス。バスは庶民の足なので、長距離バスの発着ステーション:Otogar は街の中にあるか、なくてもバス会社のサービスバスがあるし、それもないアンカラでもメトロで行ける。網の目のように張り巡らされたバス網、便数も多い。孫に会いに行くおばあちゃんとか、仕事で移動中のビジネスマンとか、いろんなトルコの人と知り合うチャンスでもある。コロンヤとかお茶のサービスも嬉しい。欠点は...夜行は疲れるかも。それと、トイレがないことが多く、長いと4時間くらい止まらない事もあるので、トイレの近い人には厳しい。 そこで、 列車 トイレもあるし、 中を歩きまわれるから、エコノミー症候群とも縁がない。 寝台なんてものもあったりする。 寝台車で横になって行けば、疲れも少ない。 窓の外の景色は刻々変わるから、飽きない。欠点は... やはり、路線が限られること。 そして、日本にいたら信じられないかもしれないけれど、時間に正確でないこと! さらに、同じ距離でもバスよりも時間がかかること。 余裕のない旅には勧められない。海があって、路線があるなら意外と楽しい 船。 IstanbulからBursaに行くなら、船でYalovaかMudanyaに行ってミニバスに乗り換えた方が、バスで行くよりも速い。 Izmir とか Bergama や Çanakkale といったエーゲ海方面に行く時にも Bandιrma まで船で行ってそこからバスの方が速い。 船の中にはトイレは勿論、ビュッフェとかもあり、なかなか快適。ただ、全席指定なので夏などの混む時には要予約。イスタンブルからのシーバスの情報はこちらからどうぞ。 それでも迷ったら、メールで相談してくださいな。
2007.03.07
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トルコは広い...でも、はるばるトルコまで来たからには、あっちにもこっちにも行きたい。と、私も思う。やっぱり、エフェス(Efes)やカッパドキア(Kapadokya)は外せないし、美味しいものを食べにアンテプ(Gaziantep)とか、ブルサ(Bursa)に温泉に入りにとか、真っ青な地中海(Akdeniz)で沈んだ遺跡を見ながら泳ぎたいとか...欲望は果てしない。けれども、時には限りがある。移動も旅の一部。何で移動するか?それが問題。手っ取り早く飛行機か...それとも、クルーズ? 列車の旅も旅情を誘う... でも、トルコではなんといってもバスが便利... はて、どうしよう?
2007.03.06
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同じ文字でも、言葉によって、或いは人によって発音が違う。ここでは、人による発音の違いは置いておいて、言葉による音の違いを考えたい。日本語は平仮名やカタカナを使っているけれども、これらの文字は他の言葉では使われていないから、文字と音が対応しているように思える。けれども、mとnの区別のあるトルコ語を話すトルコ人に言わせると、唇を閉じて言う「ん」の音は m に、唇を開いて言う「ん」の音は n に聞こえるという。意識しないけれども違う音を発していたらしい。逆に、意識しても区別して発生できない音がある。私にとって致命的なのは、 r と l ・・・聞いてもわからないし、もちろん発音も出来ない。綴りでおっていくしかないのでひたすら単語を覚えるとか、混同しそうな単語は避けるようにするとか、頑張るしかない。慣れ親しんだ日本語にない音はやっぱり難しい。のだけれど...トルコ語にある以上、頑張るしかない。んで、ここからが本論。トルコ語の母音は8つある。アルファベットで書くと、a、i、u、e、o、ι、ü、öペアで考えると発音しやすいと思う。それぞれの唇の開きや形は同じで、a - e あ と言う時のように口を開く。o - ö お と言う時のように口を開き、唇を心持ちすぼめる。u - ü う と言う時のように口を開き、唇を突き出し気味にすぼめる。ι - i い と言う時よりも唇を横に広く引き絞る。左( a o u ι )の音は舌の位置が喉に近く、右( e ö ü i )の音は舌を唇の方に突き出して発音する。舌の動きで音が変化するのがおもしろい、(でも一人でやりながら、笑ってしまうけど。)母音の違いは結構微妙に大きくて、 カタカナで私ならクズと書く単語、kιz(乙女)とkuzu(子羊)では大違いだ。子音には、b、c、ç、d、f、g、逆帽子を被ったg、h、j、k、l、m、n、p、r、s、髭のついたs、t、v、y、z がある。発音で微妙に気をつけなくてはいけないのは、b と v どちらも「ばびぶべぼ」に近い音なのだけど、bは唇が合わさった状態から発声する破裂音で、vは両唇を近づけて震えさせて発音する摩擦音。c と jも同様で、どちらも「じゃじじゅじぇじょ」に近い音だけれど、cは舌を上口蓋にくっつけた状態から発声する破裂音で、jは舌を上口蓋に近づけて発音する摩擦音。s と髭のついた s (ここでは、∫ で代用させていただく。)は、sが 「さすせそ」でのsの音。∫ は「しゃししゅしぇしょ」での子音の音に近い。特殊文字で見つけられなかった、逆帽子を被ったg(ユムシャック ゲー)は、現代トルコ語の共通語では、直前の音節の音を伸ばすように発音される。今まで、トルコ文字の出し方がわからなくて、カタカナで書いてきたのだけれど、これからはできるだけ、地名等はアルファベットで書きたいと思う。
2007.03.05
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初めてトルコに来た時に、私は心を奪われた。日本に帰って、トルコに恋をしました~。と言って苦笑された。人とかものとか単体ではなくて、この国に心を奪われた。今でもそれは変わっていない、私はDilbend。トルコ全体、どこも面白いけれど、私の中で、一番はやっぱりカッパドキア。何万年前かいつのことか、自然の産み出した不思議な世界今のアクサライ近くにあるハサン山(3262m-左写真の右端の山)とメレンディズ山(2963m-左写真の中央より左よりの山)カイセリの近くにあるエルジェス山(3916m-右写真)の3つの火山の爆発による堆積物の風化と地形変動によってできたというきのこの家族がいたり... らくだがいたり、モアイがいたり...岩に穿たれた住居跡があったり、 季節や時刻で岩の表情が変わる所早朝、暁の明星と共に気球に乗り、空から日が昇るのを眺めるもよし、岩の中を鳩になった気分で冒険するもよし、暑い日には小鳥のさえずりを聞きながらポプラの繁る谷を散策するもよし...一日を過ごした後は、夕日を眺めながら自然の驚異にただただため息をつくのみ...
2007.03.04
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歴史好きにはたまらないトルコ、古代メソポタミア文明に始まり、数多くの文明が産まれ育ち、滅びていった...多くの遺跡があるし、多くの博物館もある。本当に各地の町の博物館や色々なテーマの博物館を考えたら何百もある博物館。どれもおもしろいと思うけれど、私的に一番好きなのは、アンカラにあるアナトリア文明博物館。 アンカラ城址のすぐ近くにある博物館には、中央の写真のトルコ地図の上に示されているようにトルコ全土の発掘地からの出土品が展示されている。特にヒッタイト関係の展示は秀逸だ。昔の商館を使った建物も趣がある。 庭も広く、出土品がそこここに置かれていて、天気の良い日に散策するのも楽しい。中の展示物も多岐にわたっている。中央写真の素焼きのカンテラを見て、この小ささじゃやっぱり予備の油を準備しておかないといけないな、とか、右の楔形文字で書かれた書簡(見難いけれど、何が書いてあるのかの説明もある)を見ながら、こんなことを何千年も後の人たちに見られちゃうなんて夢にも思ってなかっただろうに、とか思っていると、いつの間にか時間が経ってしまう。
2007.03.03
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トルコ料理の中で最初の地位をケバブと争ったのは、朝ご飯!トルコ語でカフヴァルトというけれど、語源はカフェオレからとか、コーヒーの後、とか諸説あるようではっきりしない。どちらにしろ、トルコで一番好きな食事は?と聞かれたら(料理ではなくて、食事。)ためらいなく、朝ご飯!と言うと思う。普段は、トルコ風朝ご飯を食べないけれど、お客様がいるときは別。日本からのお客様でも、トルコ人でも、人がいればトルコ風朝ご飯を食べられるチャンス!普段は簡単にすませても、お客様がいる時の朝ご飯はフルコース。まず、朝食に欠かせないのは、焼きたてのEKMEK(パン)。トルコの主食はパンなので、パン屋(フルン)は本当にたくさんある。我が家の近くにも歩いて3分くらいの所にあって、朝6時前から焼きたてのパンを買うことができる。ちょっと太らせたフランスパンのようなパンは、外側はパリっ、中はふわふわしているけれども噛むともちっとしていておいしい。細長いのがノルマル(普通の)、ちょっと黒っぽいのが胚芽入りでケペックリ、丸いパンがくっついて花の形のようなのがチチェック、近くのパン屋には朝は大抵この3種類が並ぶ。トルコ人の友人達に朝食に欠かせないものは?とアンケートをとったら、この3つを9割以上の人が挙げた。 まず、オリーブ。日本にいた頃はオリーブは緑だと思っていたけれど、トルコに来たらむしろ黒い方がポピュラーだった。塩漬けで、産地とかによっても味が微妙に違う。次にチーズ。ベヤズペイニルという白チーズ、プロセスチーズに一番近いと思うタ-ゼカシャ-ル、ちょっと塩がきついけれど私は大好きなエスキカシャール...そしてジャム。写真は、今が旬オレンジの皮のジャムだけれど、果物の宝庫トルコではジャムの種類もふんだん。杏とか桃、イチゴや花梨、ブラックベリーや木苺のジャムは素直においしいし、若い無花果を丁子風味でジャムにしたものとか、薔薇の花びらのジャムとかも意外とおいしい。私的に話の種だな程度の味の、ナスやすいかのジャムなんてものもある。この3つ以外にももちろん、トマトやきゅうりといった野菜や、ゆで卵かメネメンのような卵料理かスジュク(トルコ風サラミ)やハムといったたんぱく質も並ぶ。そして、我が家のカフヴァルトに欠かせないのは、KAYMAK(クロケットクリーム)とBAL(蜂蜜)。焼きたてのパンにこの二つをつけて食べるともう、夢のようにおいしい~。朝起きたばかりでも、夢の世界に飛んでいけてしまう。(カロリーを考えると現実の世界に戻ってこられるけれど...)ホテルについている朝ご飯では見かけたことがないけれど、朝ご飯を出している街の店には Bal ve Kaymak というメニューをおいている所がある。お試しあれ~。
2007.03.02
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トルコ料理はフレンチ、中華と並んで「世界三大料理」の一つだとか...アラブと地中海に中央アジアの混ざった料理は確かにおいしく、多彩だ。はてその中で最初に何を書けばいいのか、私なりに随分(1時間くらい)悩んだ結果、2つまでに絞ったのだけれど、そこからは進まず、シリンとも相談した結果、ありきたりだけれど、やはりトルコ料理といえば、最初は ケ バ ブ ということになった。一口にケバブと言っても実は色々な種類がある。最近は日本でも食べられるというドネルケバブもおいしいけれど、うまい焼肉屋で食べる焼肉と焼肉弁当の上にのっている焼肉に違いがあるように、やはりうまいケバブ屋で食べるケバブは違う。 これとあわせて食べると更に美味しい、という食べ方はどの料理にもあると思うのだけれど、ケバブにも勿論ある。例えば、左端のアリナズィクという名のケバブは、ひき肉を串の周りにつけて焼き、焼きナスをヨーグルトで和えたソースと一緒に食べるというもの。これが来たらまず、フォークでケバブをつぶし、ナスヨーグルトと馴染ませていただきたい。(中央の写真参照)それから、右端のように丸かったり、または長いこともあるけれど、とにかく薄いパンが大抵はついてくるので、それで巻いていただく。口の中に広がる肉、なす、ヨーグルト、小麦... 味のハーモニー を楽しんでいただきたい。 左端は発祥の地ブルサ、ケバブの大王(名前から)イスケンデルケバブ中央は、暗くて見難いけれど奥がピスタチオがたっぷり入ったフストゥクルケバブ、手前はミニ玉ねぎと一緒になっているソーアンルケバブ右端はエクシリケバブ、料理で有名なガジアンテプにはこんな妙なケバブもある。桜んぼうと一緒に厚手の器に入れた肉を窯で焼いたケバブ、甘酸っぱい味がくせになりそう。ケバブ:kebabは元々アラビア語で、トルコ語に入ってkebapと最後の文字が無声化した単語。直火で焼いたもしくは器に入れて火で焼いた(オーブンや窯のようなところで焼くイメージ、コンロで煮るのとは違う)肉を指すけれど、同様の調理法を施されていれば他のものもケバブという。だから、ケスタネケバブは焼き栗。
2007.03.01
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