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今日は、本年度大学初日でした。一日目の今日は、登録。学費を払ったり、学生証を作ったり、説明を聞いたりする日。今日の私のスケジュールは1時30分から登録、2時30分から説明会。予定より早い1時に学校着。「Red zone」「Green Zone」「Yellow Zone」「Blue Zone」と、あちこちに張り紙が張られる校舎では、もう登録が開始されている様子。去年もこうだったけど、登録日の校舎はゾーン分けされて、赤ゾーンは支払い、青ゾーンは写真撮影と言うようにそれぞれのゾーンには受け持ちがあって、順番に全部のゾーンを回ると登録が終わるように出来ている。「次は青ゾーンに行って」とか「赤ゾーンに戻って」とか言われる。なんか、「未来世紀ブラジル」を思い出すようなシュールな感じがする。さすがイギリス。でもこれは上手く出来ているようで、実は落とし穴がある。毎回列に並ばなければいけないということ。イギリス人は列(queue)が大好き。全く文句も言わずにいつまでもおとなしく列に並ぶ。紳士の国らしく横入りもせず、じーっと待つのが平気。これに慣れるとラテン系の国の人々の逞しさには辟易してしまう。一番最初の緑ゾーン(受付)には既になが~い列が。次の赤ゾーン(支払い)はさらに長く、ぐねぐねと曲がりくねる列の最後につくと、のろのろと進みながら待たされること1時間。待っている間に次の説明会の時間が来てしまった。いつものことだけど、こういうところはイギリスは本当に成ってない。きっと、登録を受け持つ係と、説明会を受け持つ係が別で、お互いのスケジュールを把握していないからこういうことになるんだ。せっかく一時間も待ったんだから列から抜けたくない。説明会はあきらめて、とりあえず登録を済ませることに。ところが、私の順番になっても、どうやらコンピュータに私の名前が無い様子。「今日支払いするつもりなの?」と聞かれる。なんのために1時間も待ったと思っているんだろう。また並ぶのはごめんなので、なんとか支払いだけは済ませてしまう。次のゾーンに並ぶと、また名前が無い。係の人に「non existence」と呼ばれる。名前を入れるところから再度登録。これを、3回やった。毎回新規登録。いったいここのコンピュータはどうなっているんだろう。全て終わって時計を見ると4時。説明会はとうの昔に終わっているはず。でもせっかくなので先生に挨拶をしに行く。「あら、説明会来なかったでしょ。どうしたの?」と聞かれて事情を説明すると、どうやら他にも来なかった学生がいたようで、「そういうことだったのね」と納得していた。そう、そういうことだったんです。でも、去年も同じだったはず。先生は毎年同じようにこういう学生の説明を聞き、毎年同じように納得するんだろう。でも、来年も何も変わらない。先生は、私が行かなかった説明会で聞き逃した今年度の授業の情報等を教えてくれた。行かなくても何とかなるものだ。一応お断りしておくと、これは、いかにも当たり前なイギリスの一日。この国ではこのくらいの手違い、間違い、面倒は当たり前です。日本同様の正確さ、効率の良さを期待するといらいらするので、ここではこの流れに身を任せてのんびりする心構えが大事です。それで何かを逃しても、みんな同じ条件なんだから、それでもなんとかなるのもこの国なんです。今日はそんなイギリスを再確認した一日でした。
Sep 28, 2005
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音韻学の説明をしようと思ったものの、途中で行き詰ってしまいました。気がつくと、なんだかややこしい話になってきて、どうしても難しく聞こえてしまう気がする。難しくないはずなのに、おかしいな~。とりあえず、もう少し頭を使って考えてみてから続きを書くことにします。(書けるものなら…)それから、来週でなが~い夏休みが終わり、とうとう大学が再開します。そもそもこのブログを始めたきっかけは、学校が休みに入って急に暇が出来たことでした。今までは毎日家でまったりしていたので、それほど苦も無く日記を書き続けることが出来ましたが、これからはそうも行かないかもしれません。毎日とはいかないかもしれませんが、出来る範囲で続けていこうと思いますので、気長に見守ってやってください。とりあえずお知らせまで。
Sep 25, 2005
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「大学で何を勉強しているの?」と聞かれることが良くあります。「音韻学(Phonology)」と答えると、たいてい「なにそれ?」と言われる。それからいつもなんとか説明しようと試みるけれど、なかなか上手くいかない。たいていは相手のほうが、もういいや、と言う感じになってしまう。ま、もともと勉強の内容に興味があって質問してるわけではなくて、話のきっかけのようなものなんでしょうけど。でも、時々本当に興味のある人もいる(かもしれない)。そんなわけで、自分の練習として(?)ここで「簡単に」説明してみようと思います。全く違う分野の人に分かってもらえる説明が目標。まず、言語学と言う分野があります。私の勉強のカテゴリーは言語学。ここでまず最初の難関。「何の言語をやってるの?」と聞かれてしまう。言語学と言うのは、あらゆる言語に共通する学問で、特定の言語を勉強するわけじゃありません。もちろん専門として日本語を研究したり、英語を研究したりすることはある。でも、それは手段で目的ではありません。例えば前に書いた日本語の「は」と「が」の違いなんていうのは(日本語専門でなくても)言語学者には興味深い研究対象です。でも、ここで「日本語は特殊で二つの主格助詞がある」と言ってしまったら研究の意味がない。他の言語と対照比較し、同じコンテクストにおいて説明することが出来て初めて意味のある研究となります。だから、同じ学者が「じゃぁ次はチェコ語の同じような現象を研究してみよう」と言うことになったりもする。ようするに、「ある言語」の研究ではなく、「言語」そのものを研究対象としているんです。特にチョムスキー以降は「いかに全言語共通のルールを導き出すか」ということが言語学の主題となっています。そして、その言語学の中のひとつの分野として「phonetic音声学」と言うのがあります。これはたぶん「音韻学」よりも数倍メジャーで、大学の般教にも授業があったりする。要は「どうやって音を出すか」の研究。舌と、口の中、声帯をどう使えばどういう音が出るか、と言うことなので、もちろん全言語、全人類共通。各音の周波数を調べたりして、あらゆる言語の音を記述する。この場合、「音」と言うのはある瞬間にある人の口から発生された音のことで、その瞬間しか有り得ないもの。私の言う「あ」と、あなたの「あ」は、もう違う「音」です。さらに私が今口に出した「あ」と、続けて言った「あ」も違う「音」。その違いは機械で計算できるけど、普通生活するうえでは意味のない違いのことが多いし、気づかないのが普通。でも「違う」と言う事実は意外に重要なんです。なぜ「違う」ことが重要か。そこからが「音韻学」の出番です。結局さわりだけになってしまいましたが、次回こそ音韻学の話から始めようと思います。
Sep 23, 2005
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夜中にたまたまテレビをつけていたら「12 Angry Men」が始まって、最後まで観てしまいました。映画自体はとても良く出来ていました。出演者は(ほぼ)12人のみ、設定は一室の中に限られ、制作は50年代と言う昔の白黒映画なのに、面白くて途中でやめられなかった。有名な映画なので話の説明は必要ないと思いますが、この映画で考えさせられたこと。やはり、陪審員制度の有効性と、死刑の是非ですね。陪審員制度を考えるにつけ、一般の人間の理解、判断力にそれほどの信用が置けるのかどうか疑問に思います。見ず知らずの人間を他人からの情報のみによって判断する、そんなことが本当に出来るのか。「疑わしきは罰せず」と言いますが、自分が目の前で犯罪を見たのじゃない限り、100%有罪ということはありえないはず。陪審員による有罪判決というのはありえない気がしてきます。そして、この映画が作られた時代は、今よりもさらに差別が多かったはずです。それは陪審員全員が白人男性に限られることからも分かります。スラム街出身の有色人種の容疑者に対して差別的な意見、偏見が出ないはずがない。今ではもちろん陪審員も社会の性別、人種を反映するようになっていますが、それでも一般人が社会的弱者に対して公平な判断をくだすのは難しいことだと思います。それに加えて、死刑の問題があります。もともと有罪かどうかも確定的でない人物が死刑を宣告されうるというのは恐ろしい。陪審員制と死刑制度は、一般に差別を受ける対象となるような弱者を効率よく社会から取り除く二つの方法であるような気がします。そして、その両方を持つアメリカと言う国は先進国であるはずなのに、魔女狩りのように村単位で異端者追放をする、旧時代的な感じがぬぐえません。イギリスには陪審員制度はあるけれど、死刑制度はありません。昔、ある事件をきっかけに死刑制度が廃止されたそうです。「Let him have it」というその事件を題材にした映画を見たことがあります。興味深い話なので、ちょっと説明してみます。1952年。ティーンエイジャーの男の子2人がこそ泥をして、ビルの屋上で警官に追い詰められた。1人は未成年、もう1人は19歳。19歳の青年はすぐに警官に降伏したが、未成年のほうはしつこく抵抗し、警官を撃ち殺してしまった。裁判により、未成年は終身刑、19歳の青年は死刑。この事件は死刑執行後、かなり物議をかもし、社会的に問題となりました。まず、19歳の青年は実際に警官を撃った犯人ではなかった。そして映画のタイトルにもなった「Let him have it!」というひと言が判断を二分しました。これは、警官に取り押さえられた19歳の青年が、銃を手に抵抗するもう1人にむかって叫んだ台詞。「Let him have it!」というのは解釈によって「その銃を警官に渡せ」と言う意味と「弾をくれてやれ(つまり「撃て」)」という二つの意味にとることができる。警察側は、青年が後者の意味、つまり「撃て」と命令し、未成年がそれに従ったのだと証言しました。年上である19歳のほうが親分役で、未成年は子分として使われていたという印象を作り上げ、それによって結果的に19歳のほうが処刑されることになってしまった。ところが後に、この処刑された青年は知恵遅れだったため未成年のほうに使われてたのでは、という見方がでてきた。もう既に警察の拘束下にあった青年は「銃を渡して降伏しろ」と言うつもりで「Let him have it!」と言ったのではないか。現在では、おそらく当時は社会的にとても罪が重かった「警官殺し」の犯人が未成年で処罰できないので、代わりにもう一人が死刑になったのだろうという見方が一般的になっているようです。そしてその19歳は知恵遅れだったため、十分な申し開きが出来なかったと言う事実もありました。社会的にはいずれにせよ「頭の悪いチンピラ」でしかない。その時の社会も、それを代表する陪審員も「警官を殺した悪ガキ」に制裁を加え、社会から取り除く方法を求めていたのです。警察側の復讐のために社会的弱者が犠牲になった例として、しかも死刑と言う取り返しのつかない方法で犠牲になったことで、この事件はイギリスの法制度を変えるほどの影響力を持ったようです。でもきっと、サポートする家族や友人のいない無名の社会的弱者が、それまでにも数え切れないほど犠牲になってきたのではないかと想像します。やはり、陪審員制度も死刑制度も反対です、私は。
Sep 22, 2005
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私の友人(日本人)とご主人(イタリア人)の間に子供が生まれ、3人はロンドンで暮らしていた。夫婦の会話は英語。でも、日中は常に母親が日本語で話しかけている。子供が最初に何語で話し出すのか、とても興味があった。バイリンガルは言語習得が遅いと言うが、その子も2歳になるまでほとんど言葉を発しなかった。母親の言っていることは分かっているようだけど、自分では何もしゃべらない。そんな子供が、ある日とうとう口にした言葉が「No!」。もちろん、英語。でも、そのほかにしゃべり始めた言葉は日本語だと言う。これは面白いと思った。どうして「No」なのか。考えてみると、日本語には「No」に当たる語がない。「違う」「だめ」「いや」「やめて」「嫌い」そんな全てを一語で表せるのだから、英語の「No」はかなり幅広い。「とにかく目の前に起きていることがイヤ!」という力強い否定の一言なのだ。言葉をうまく使えない子供にとって、何かを食べたくない、したくない、嫌だ、という否定の意思をはっきりと表せる「No」が使いやすいものだと言うのは納得できる。そういえば、日本人はよく英語で"I think it's not right."というような間違いをする。「そうじゃないと思う」という日本語の思考法に基づくんだろうけど、英語ではこれはおかしい。何がおかしいかって、NoはNoでしょう。「think」という語は「思う」とは違う。肯定形で使われれば「何に肯定的な感情を持っている」ということ。逆に「I don't think」という否定形になれば、それは何かに対する否定の感情の表れとなる。英語の語順では思うことの内容は後に来るから、とにかくそれから話されることが否定なのか肯定なのかを先に知る必要がある。I think [what John said last night was right.] (昨日ジョンが言ったことは正しいと思う。)を否定にした時、I think [what John said last night was NOT right.]こうなってしまっては肯定なのか否定なのか分かりにくい。聞き手にとっては、途中まで肯定だと思って聞いていたら急にひっくり返された、そんな印象になる。話し手はジョンの言ったことに対して反対なわけだから、NOTが先に来たほうが伝わりやすい。I do NOT think [what John said last night was right.]と言えば、"I do NOT think" まで言った時点で、話し手のスタンスが分かる。「私は反対だ」ということ。同様に、日本人はよく英語の否定疑問形に対する返事で困る。Don't you like Sushi? (お寿司は好きじゃないの?)と聞かれた時に、答えはYesなのかNoなのか。もちろん日本語ではお寿司が好きじゃないなら「はい。好きじゃないです。」、好きなら「いいえ。好きです。」となるだろう。この場合、聞き手は純粋にその場の話し手の質問内容に対して、「はい、あなたの言っていることは正しいです。好きじゃないんです。」あるいは「いいえ、あなたの言っていることはあっていません。好きなんです。」という肯定、否定の意思を表していると思われる。ここでまた日本語と英語の思考の違いが顕著になる。英語なら絶対に"Yes, I like Sushi."か "No, I don't like Sushi."になる。Yesと肯定しておいて I don'tと否定することは出来ない。そこにあるのは、相手の質問に対してと言うより「寿司が好きか嫌いか」という事実に対する絶対的な「肯定」か「否定」の感情のみ。普通の疑問形で聞かれても、否定疑問形で聞かれても、返事には変わりはない。質問されなくたって、「YES!I like Sushi.」というのは普遍(じゃないかもしれないけど)の事実なのだ。ジョンレノンがオノヨーコに出会った時、オノヨーコの展示物の一つに梯子と扉があり、自分で梯子を上っていって扉を開けると、ひとこと「Yes」と書いてある。それにジョンがえらく感動したとかいう話がある。これは日本語の「はい」では無理。「そうです」でも「好き」でもない。「Yes」というのは全てに対する肯定。全てを否定する「No」に対する力強い肯定の一言なのだ。そんな風に考えると、英語って言うのは本当にYesかNoかの意思表示が大事な言語だと分かる。英語で話していると、常に「賛成」なのか「反対」なのか、「好き」なのか「嫌い」なのかの二択を迫られているような感がある。でもいったんこれに慣れると、今度は文を最後まで聞かないと肯定か否定かが分からない日本語は、まどろっこしくも思えてくる。今となっては否定疑問形に日本式に答えることが出来なくなってしまった。私の頭の中でこの二つの考え方を両立することは出来ないらしい。一時期「私はそうは思わない」というのが口癖のようになっていて、親に指摘されたことがあった。日本人はそうは言わない。「まあね」「そうね」なんていう英語では肯定ともとられる曖昧な語で否定の感情をやわらかく表そうとする。英語圏では常に自己主張を要求するのに対して、日本では他人との協調性が重視されるという文化の違いもある。それがこうした言語の違いによるものなのかどうかは分からないけど。
Sep 21, 2005
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というのも、最近とみに日本語が怪しい。海外生活の長い人ならみんな経験があると思いますが、思う言葉が口からでてこなかったり、いったん口に出した言葉が本当にあっているかどうか自信がなくなったり。3年目くらいまでは平気でしたが、5年を過ぎた辺りから急速に日本語力が衰えてきました。例えば昨日メールに「イギリスはめっきり冷え込んできました」と書きましたが、使ったそばから「めっきり」という言葉が本当にあるのか怪しくなって、辞書で調べてしまいました。この日記の一文目の「とみに」と言うのも自信がなかった。昔、「カラスカラスカラス」と何回も続けて言うと「カラス」という言葉の意味が怪しくなるという話を聞いたことがありますが、そんな感じでしょうか。言葉の音というのは記号でしかない。任意の音が持つ記号性が、何度も口に出すことで失われてしまうんですね。海外生活者の場合は頻度が低いことで失われているんでしょうけど。うちにある電子辞書のヒストリーを見ると、私の中でどんな語の意味が怪しくなって調べたのかが分かって面白い。例えば、「単発」「断絶」「断続」なんて三語を続けて調べている。この時探していた語は「断続」でした。なんとなく三語の音が似てるのが面白い。「欺瞞」、「含有」、「一緒くた」なんて言葉も調べている。でも、「一緒くた」っておかしくないですか?「くた」ってなんだろう…さらに、最近まずいと思うのが、英語のカタカナ語化です。日本語になりにくい英単語を、そのまま日本語読みして使ってしまう。ホテルとかB&Bとかを「アコモデーション」と呼んだり、レストランで一品頼んで二人で「シェアする」とか、今夜一杯飲むのを「ファンシーする」とか、なんとか1人で「マネージする」なんていうのは、きっと英語圏に暮らす日本人ならみんな普通に使ってるはず。でも、日本語は別にちゃんとあるのに、英語の単語をそのまま借りてきて使うようになるともう少し重症。水道水を「タップウォーター」、テレビの地上波を「テレストリアル」、想定することを「アシュームする」なんていうのは良くある。ガソリンが「ペトロル」に、マグロが「ツナ」に、家財保険が「ホームインシュランス」になってしまうと、もう完璧に日本語じゃありません。これをうちでは「ルー大芝化」と言っていますが(表現が古いのは百も承知です。もう6年以上前の芸能人しか知らないので許してください)、これは日本人としてかなりまずいと思っています。たまに日本に帰ったり日本で暮らす友人が遊びに来たりすると、「海外暮らしを鼻にかけた嫌なヤツ」に見える危険がある。英単語を一生懸命日本語に置き換えようとしながらしゃべっていると、しまいにはどれが日本語でも使われている外来語かわからなくなってしまう。考えすぎてかなりとろいしゃべり方になることもあります。でも、大事なのは気にかけることだと思っています。気にしなくなったらどんどん酷くなって、本当に怪しい日本人になってしまう。決して同時に英語が上手くなっているわけではないので、結局日本語も英語も怪しい人になってしまう危険が高い。イギリスに来たばかりのときに、在英25年と言う日本人に会って、その日本語の酷さに驚いたことがありました。単語ばかりじゃなくアクセントもおかしい。あと、ありがちなのが丁寧語とか敬語とかを忘れて妙になれなれしくなる人。日本人らしさというのは失いたくないものだと思います。そんなことを考えると、ブログって言うのは日本語を練習するのにとても良い場ですね。ここで日記を書くのにいつもどれだけ辞書を使っているかを知ったらきっと驚かれると思います。でも、そうしていったん取り戻した単語はまたしばらく使える気がします。気づかずに間違って使っている日本語もあるかもしれませんが。そんなわけで、日記で間違った語を使ってたらいつでも教えてくださいね~。
Sep 20, 2005
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ギリシャの風景です。海の色が綺麗でした。街中で目にする光景。タコは天日で干すとやわらかくなるようです。
Sep 19, 2005
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旅行記はこれくらいにします。おまけに、ギリシャで撮ったお気に入りの写真をいくつか。毎回必ず撮ってしまう猫と犬の特集です。
Sep 18, 2005
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M島のビーチを訪れると、遠くの海に良く見かけるのがタンカー。大自然の中、エーゲ海の青い海にとても似つかわしくない大型のタンカーが行き来する姿が見える。いや、本当のところ「タンカー」と呼ぶのが正しいのかどうかも良く分からない。とにかく巨大で横長の明らかに何かを運ぶ船。そして、内陸地でも見かける工事現場のようなむき出しの土。ブルドーザーとまるで宅地開発でもしているかのような、階段状に切り開かれた山。また、M島で周遊船に乗っているとあちこちで何かの採掘場や、工場の跡地らしきものの横を通り過ぎる。「mine(鉱山)」という曖昧な総称で呼ばれるので、何かを掘り出しているのは確か。でも実際に何をしているのかは分からなかった。その謎を解くために、以前から気になっていた「炭鉱博物館」なるものに行ってみることに。外からはあまり目立たないその建物の中に入ると、驚くほど近代的な設備によく効いた冷房。しかも入館料はただだという。そこで分かったのは、活発な火山地帯だったM島はかなり昔(記憶が正しければ石器時代からと書いてあった気がする…)から様々な種類の産業鉱物が取れる場所で、現在でも労働可能な島民の25%は炭鉱業に従事していると言う事実。M島を拠点に世界的に発展したS&Bという産業鉱物会社がおそらくこの博物館の出資者で、あちこちで目にする採掘場やタンカーもみんなこの会社のもの。そう、そういえば街ではよく「S&B」のロゴ入りの妙に綺麗な緑のバスを良く見かけた。きっと社員を街から採掘場に運ぶバスなんだろう。 船から見える昔の炭鉱跡(左)とビーチのすぐ上に見える現在のS&B工場のひとつ(右)館内ではこの会社がM島からどのように発展し、世界に市場を広げたか、そして採掘後には木を植えるなどしていかに環境にやさしい開発を行っているか、などが詳しく説明されている。島で取れるのはSulfite(亜硫酸塩)、Baryte(バリウム鉱石)、Perlite(真珠岩)など、聞いただけでは良く分からない鉱物ばかり。展示では簡単にその使用法等が説明されていたが、中でも目を引いたのはSulfite(亜硫酸塩)の使用法。なんと、フランスなどに輸出され、ワインの木に虫や病気がつかないようにするための除虫剤として使われるというのだ。そこで思い出したのが、前に家で飲んだことのあるワイン。ラベルに「Contains Sulfite(亜硫酸塩含有)」と書かれていたことがあって、いったいどうして・・・と不思議に思っていたのだ。そういうことだったのね、と謎が解けて、しかもM島との間につながりを感じて、妙にうれしくなってしまった。(でもやはり身体に良くないのか、最近では使われなくなったとも書かれていた。)昔採掘場で働いたと言う島民達の話をまとめたビデオも放送されていた。14歳と言う若さから仕事を始め、男性は採掘を、女性は採掘された鉱石をより分ける作業をして働いたと言う。昔はつらい仕事だったようで、「思い出したくない」と涙を浮かべる老人もいた。青い海と美味しい魚ばかりの楽園のように見える島の背後に、そんな歴史と文化があることに驚いた。観光業や漁業が一番の収入源なのかと思っていたけど、きっとそれはおまけみたいなもので、実際は鉱物がこの島の財産であり収入源なのだ。工事現場のようにみえる荒れはてた大地の下にそんな資源が埋まっているなんて。そして、妙に納得してしまった。私がM島をこんなに気に入って、何度でも訪れたいと思う一番の理由は、他の観光地と違って島民が観光業にがつがつしていないところにあると思っている。物価は安いし、みんな正直でぼったりしない。必要以上の愛想も振りまかないし、誰もが普通に暮らしている感じがなんとも心地良いのだ。きっと、観光のみに頼らない島民の精神的な安定感と、島の持つ歴史への誇りのようなものが、この島の独特の雰囲気を作り出しているのかもしれない。そんな新しい発見をした3回目のM島でした。
Sep 16, 2005
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これはファンの方への情報。(興味のない方は無視してください)最近イギリスのラジオでポールが出演したものがネット上で聴けます。9月9日放送http://www.virginradio.co.uk/djsshows/shows/pgbreakfast/paul_mccartney.htmlポールがよく出る朝の番組。ポールが答える悩み相談コーナーなど、楽しそうです。ニューアルバムから生演奏あり。9月12日放送http://www.bbc.co.uk/radio1/alt/zanelowe/interviews/paul_mccartney/1.shtmlまじめに曲について話してます。ニューアルバムから生演奏あり。9月14日放送http://www.bbc.co.uk/6music/shows/tom_robinson/Wednesday分をクリック!これもBBCだけにまじめ。でもいいインタビューです。録音曲のみ。9月17日放送http://www.bbc.co.uk/radio2/soldonsong/アビーロードでのミニギグを収録したもの。ニューアルバムからの曲のほか、Blackbird、ニューアレンジのBand On the Run、 Lady Madonna等も聴けます。こんな感じです。とくに最後のSold On Songはお勧め。放送日から1週間経つと削除されてしまうページもあるようです。
Sep 15, 2005
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そんな訳で、とうとう手に入れました。ニューアルバム。最初の印象は「カラフル」な感じ。前回のアルバム(Driving Rain)がモノトーン、その前(Flaming Pie)がアースカラーというのが私の印象。 30年連れ添った奥さんに死なれて目標を失っていたポールが、新しい奥さんと結婚し、さらに赤ちゃんが産まれて、自分を取り戻した感のあるアルバムです。とにかくポールの持ち味がよく出ている。Radiohead、Travisなんかのプロデュースをしたナイジェルゴドリッジが参加しているので最近のブリットポップっぽいアレンジがされてます。ほぼ全楽器をポールが1人で演奏していると言うこのアルバム、とにかくポールのメロディライン、ボーカル、そしてベースがよく生かされています。シングルカットの"Fine Line"は「いかにも」過ぎてコメントするに及ばないけれど、"How kind of you"、"This never happened before"、"Anyway"なんかがちょっと耳に新しくて聴き応えがある。上流階級の友達のしゃべり方をまねてふざけた(?)という"English Tea"と、ポール自身が「Blackbirdの娘」と呼ぶ"Jenny Wren"は、ビートルズのホワイトアルバムに入っていてもおかしくないようなポールらしいかわいい小曲です。このアルバムを聴いていると、あ~、そういえばポールってこういう曲を作れる人だったなー、と思い出せる感じ。伊達にビートルズにいたわけじゃありません。(逆に言うと、今まで一体どうしてたのー?と言いたくもなる。) 批評家の評判もかなり良いらしい。ビートルズ以降の最高傑作と呼ぶ人もいますが、私の中ではOne of the bestにとどめておきます。でも確実に、私のお気に入りアルバム5本の中に入ります。 今年63歳のポール、まだまだ頑張ってますよ~。 http://www.nme.co.uk で(メルアドを登録すると)アルバムが全部聴けます。(いつまでやってるかは知らない)
Sep 15, 2005
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ギリシャに旅行に来るたびに困ることがある。特に海の美しいエーゲ海の島々を訪れるといつもまいってしまうのが、水。上水も、下水も、とにかく水事情がとてもよくないんです。 海に囲まれる島の水道水は飲料に適しません。口に入れるとすぐに分かる。しょっぱいんです。たぶん海水とあまり変わらない水なんでしょうね。髪を洗ってもシャンプーがあわ立たないし、洗い終わってもごわごわ。常に海水で洗髪しているようなものなのだから仕方ない。おそらく上水処理法が発達していないんでしょう。飲み水用には一日に何本もミネラルウォーターを購入する。キオスクも何も無いビーチ(要するにただの海岸)も多くあるM島では、外出先でも水は必需品。暑い中汗をかきながら重いボトルを常に持ち運ぶことになる。 でも、そんなことはなんでもない。 本当にこれだけは勘弁して欲しいと思うもの。それは、下水のほう。つまり、トイレ事情。見かけ上は普通の水洗トイレ。でも、座ると目の前には大抵大きな注意書きがあります。 「紙を便器内に捨てないこと!」 初めて見たときは意味が分かりませんでした。イギリスのトイレにもよくある「紙以外は捨てないで」の間違いかと思いました。でも、違う。ここでは本当にトイレットペーパーを流せないんです。きっと、下水は処理されずにそのまま海水に捨てられるんでしょう。紙を捨ててしまっては自然に戻りにくくなるのかもしれない。じゃぁ、どうするか。便器の横には足で踏むと開くタイプの汚物入れがあります。用の済んだ紙はそこに捨てろということ。 これは、水洗便所を当たり前のものとして育った世代にはつらい。どうしても抵抗がある。外出先のトイレはまだいい。匿名性があるから。でも毎日泊るホテルの部屋で、いつも顔を合わせるホテルのおばさんがその汚物を集めに来ることを思うと、どうにも落ち着かない。それに、あの暑さの中、いつまでもバスルームに汚れた紙があると思うのも気分が悪い。島の人々はそんなことを気にする様子は全く無いけれど。 これ以外は本当に完璧なのに。ギリシャのバカンス。 ここで、ギリシャの方に提案。ウォッシュレットを輸入したらどうでしょう。あれなら紙も要らないし、掃除の手間も省ける。観光客の泊る施設にだけでも設置したら、きっと大人気になると思いますよ。
Sep 15, 2005
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泊っていた宿から街中へ歩く途中に、いつも真っ白い廃墟のようなこんな建物の横を通っていました。 毎日横を通るうちに気になり、ある日ぐるっと回って正面へ行ってみると、剥げかけたペンキで「cinema」と書いてある。ガラスの中には色あせた映画のポスター。どうやら廃館になった映画館のよう。外から見て不思議なのは、この建物には天井が無いこと。初めは天井が取り壊されたのかと思ったけど、どうやら違うらしい。鍵が刺さったままの正面玄関の扉を、そろそろと開けてみると…こんな光景が広がっていました。まるで、Cinema Paradisoみたい。青空上映だったんですね。今は草が生い茂りピンクの花が咲き誇る映画館。昔はきっとたくさんのお客さんで溢れかえっていたはず。一昔前のギリシャにタイムスリップしたような、不思議な空間でした。
Sep 14, 2005
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あまり頭にきたのでひとこと。おとといは、ポールマッカートニーのニューアルバムの発売日でした。そもそも遠い昔にイギリスに興味を持つきっかけを与えてくれたのもポール。4年ぶりのニューアルバムと言うことで、随分前から発売を楽しみにしていたんです。いつもなら、発売日の朝に自分で買いに行く。それが一番確実で間違いが無いから。でも、今回はHMVがしつこくメールを送ってきて「オンラインで予約すれば抽選でポールのライブの上映会に参加」なんていうので、それに乗ってみたんです。HMVのサイトでアルバムを予約して、郵送されるのを待つことに。そして、発売日。分かっていたつもりでした。ここはイギリス。私の中では最初から、発売日に届く確率は20%。その翌日が50%。その次の日になるのが30%と言うところでした。まぁ、発売日に届かなくても仕方が無い。(本当は仕方なくないけど。)きっと発売日に発送するんだろう。上手くいけば翌日、郵便が遅れればその次の日になるかも・・・そして、今日がその3日め。アルバムどころか「発送済み」のメールも来ない。痺れを切らして問い合わせてみると、なんと「在庫がありません」!!え、だって発売日でしょ。「予約」したのよ、私は。しかもおととい街に出た時は、どこのレコードショップでもウインドウで大々的に売り出していた。もちろんHMVも含めて。在庫が無いなんてありえない。しかもいつ届くのか聞くと、「発売元に注文したが発送がいつになるかは分からない」なんていうでたらめな返事。じゃぁ私は何のためにわざわざ予約したの?!今だって外に出て店に行けばすぐにでも手に入るのに、「予約」したためにいまだに聞けないでいる。こんなでたらめが許されるなんて!こんなこと、日本では考えられません。きっと、大問題になると思います。さらに悔しいのが、予想外にこの抽選に当たってしまった(と言うのもおかしいけど)ので、注文がキャンセルできないと言うこと。明日ロンドンのHMVで上映会に参加できることになった。それは、うれしい。でも、その時にもきっと私はニューアルバムが聞けていない!そしてもしかしたらその上映会に参加している他の人たちもきっと…ファンの集まりのはずなのに、おかしいですよね。書いていたら怒るのを通り越して、おかしくなってきました。明日上映会を見終えてから、注文をキャンセルしてやろうと計画中です。
Sep 14, 2005
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去年も7月に訪れたM島。短い滞在だったけど、去年は観光用の周遊ボートに乗れました。毎日それなりに風はあり、朝にボートの出る港へ出向かないとツアーが決行するか分からない。それで毎朝9時30分にとりあえず船着場へ行き、「今日は風が強いから船は出ないよ」と言われてすごすごと引き返してくる、そんな日が数日続いた後の、幸運でした。去年同時期に旅をしていたfetaは、強風のせいで結局周遊ボートには乗れなかったのだから、今年も運次第だなと感じていました。なんでそんなに周遊ボートにこだわるかと言うと、これが、すごいんです。もともと火山地形で島のあちこちで様々な種類の鉱物がとれるようなM島。ボートで島の周囲を回ると、わずかの移動距離の間にこの世のものとは思えない光景が目の前に広がる。それも、次々と島の様子が変わっていくのが面白い。こんな光景が次々と目の前に展開されていきますでも、目玉はやっぱり海。何も無い海の真ん中で船は停まり、突然の水泳タイム。観光客もいない、ビーチも無い、人の手が全く入っていない海で泳げるのは船だからこそ。でももちろん、足はつかない!同じ船で来たギリシャ人観光客は平気で船からぼんぼんと海に飛び込みます。あの人たちにはまるで泳ぐのが歩くのよりも楽そうに見える。ろくに泳げない私も泳げないなりに、浮き輪につかまって浮かんでるだけで楽しい。そんな楽しい船ツアーに乗りたくて、今年も朝は船着場に通ったのでした。でも、あいにく北風の毎日。3日ほど通うと、朝窓の外を見ただけで「今日もダメだな」と分かるようになりました。でも、今年はちょっとついていた。たまたま訪れたインフォメーションセンターで、北風の影響を受けない南側だけの船ツアーがあるという情報を得たのです。さっそくタクシーで教えてもらった南側の港へ。キポスという地名のその場所に着くと、あるのはたった一軒のタベルナのみ。眼下には広がる海と、一隻の小さな船。たったこれだけの場所にキポスと名前をつけるのもすごいけど、本当にこんな場所からツアーが出るのか不安になりました。だって、私たちを乗せてきたタクシーが去っていくと、そこには誰もいない。帰れなくなったらどうしよう、と思っていると、タベルナの厨房らしき場所から女の人が出てきました。どうやら私たちは早すぎただけらしい。言われるままにそのタベルナで待っていると、どこからくるのか次々と車で乗り付ける観光客が増えて行き、船が出る11時には20人ほどになっていました。そして、乗り込んだのは眼下に見えていた漁船のような小さな船でした。今回のツアーも楽しかったです。正味3時間と短いツアーなのでランチ休憩とかは無かったけど、その分ゆっくりと水泳タイムが楽しめました。一度島を一周するツアーに乗った人ならこれで十分なはず。透き通った水の中をのぞくと魚の群れが泳いでいく。同じ船の人で、なんと素手でタコを捕まえている人までいました!やっぱり持って帰って食べるのかな。 キポスのタベルナから見えるツアー船と、泳いだ洞窟の中からの光景そして、泳いで戻ってきた後にそのタベルナで食べたタイの味は格別でした。たぶん漁師だったこの船のオーナーのおじいさんは、こんな「南岸ツアー」を考え付くなんて商才があったんでしょうね。他の船はみんな風で運航を中止している時に観光客を独り占め。最後は自分のタベルナでランチをして帰ってくれるんだから、大儲けかも。でもおかげで風にもかかわらず、今年もギリシャの海を堪能できたのでした。去年このツアーを知っていればよかったのにね~!fetaさん。
Sep 13, 2005
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ギリシャと言えば海。初日はやはりビーチに向います。でも、ビーチならどこでも良いわけではない。何回かギリシャ旅行をするうちに学んだことは、「風を読む」ということ。エーゲ海の島々は風が強いことが多いんです。荒野のような丘に生えるオリーブの木々を見ても、大抵は風に押されてどちらかの方向に倒れているもの。風がとても強い日は泳ぐのも危険だし、島付近を回る観光の周遊ボートも中止となります。だからまず、朝起きたら窓を開けて風を確認する。周囲の木のしなり方で風の強さ、方向を確かめる。風が無い日はしめたもの。どのビーチに行ってもいいし、周遊ボートにも乗れる。逆に風が強い日は一考の必要あり。私の滞在したM島はちょっとオーストラリアに似た形をした比較的小さい島。島の中心部は山になっており、島の北側、南側のあちこちにビーチがある。風が北から吹く日は山を越えた反対側、すなわち南側のビーチが安全。風が南から吹く日は北側のビーチが安全とされている。風は山を越えて反対側までは届かないし、向かい風を受ける岸辺の波はとても荒くなるんです。私の滞在中はほぼ毎日北風が吹いていました。したがって南側のビーチをかなり制覇することになりました。一度、風の向きが悪いのを承知でどうしても行きたかった北側の海に行くと、日本海のような高波の打ちつける海辺に人っ子一人いませんでした。とても泳げる環境ではない。風の無いギリシャの海はさざ波程度しかたたない穏やかな海です。風一つでこうも違うのかと驚かされました。ギリシャで海に行く時は風に気をつけましょう!写真は風で大荒れの海(↓)
Sep 12, 2005
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今回の旅行は一箇所滞在型と決めていました。アテネの空港から港へ直行し、予定より一時間遅れのフェリーに乗り込みました。目指すはエーゲ海に浮かぶM島。ミコノスやサントリーニなどの外国人にメジャーなバカンス地と違い、ギリシャ人観光客の多いちょっと寂れた田舎町という雰囲気を持つこの島。落ち着いた雰囲気、島民の正直さ、ビーチのバラエティの多さ、物価の安さが気に入り、今回で三回目の滞在となります。M島終着の大型船では1人3000ユーロ以上というキャビン代をケチり、ソファーの片隅を陣取って就寝。船酔いを避けるには寝てしまうのが一番です。ゆらゆらと揺れる船内でうとうとしながらようやくM島に到着したのは、予定より3時間も遅れた午前3時のことでした。シーズン中だけに真夜中でも人出のある港に降り立ち、12時に港で待っていてくれるはずだった宿からの出迎えを探すものの、やはりいない。目の前にはちらほらと客の呼び込みをするホテルのおじさんが数人。「宿あるの?」「すぐ近くだよ」などと話しかけてくる。こういう人たちも大抵は危険でないのがこの町の良いところ。よっぽど着いて行こうかと思ったけど、今回予約していた宿は一泊20ユーロと格安。真夜中なのを承知で、思い切って電話をすることに。こういう時はイギリスから持参した携帯が大活躍。料金は高いけど、そのままヨーロッパで使えるのがうれしい。電話には一回のコールですぐに返事がありました。事情を話すと、若い女性が眠そうな声で「My husbandは寝ていて迎えにいけない。でも部屋はある。」とのこと。あるならいい。荷物を持って迷うのが嫌で出迎えを頼んだけど、実はたいして遠くはないはずの宿へ歩いて向うことにしました。音楽も聞こえ、若者の姿もちらほらと見える街中を通り抜け、宿があるはずの住宅地に入るとさすがにひっそりとしている。タイヤ付きのバッグを引きずりながら歩くと、アスファルトの上でごろごろとうるさい音を立てる。と、真っ暗な住宅地の一つの家の前になぜかおばあさんが1人。玄関先の花に水をやっている。私たちを見て驚いた顔をし、なにやら話しかけてくる。もちろんギリシャ語。「○×△○×△ドルマンテ○×△」ドルマンテと聞こえた気がした。ドルミールは仏語で寝ること。イタリア語でもdormanteと言うのは寝ることじゃなかったかしら。なんていうかなりいい加減な想像からおばあさんは「みんな寝てるんだから静かにしなさい」と言っているのかと推測してみた。でも、どうやら違うらしい。おばあさんは寝る真似をしてみせる。あれ、やっぱり寝ることなの?おばあさんは自分の家を指差す。あ~、そうか。寝るところはあるかと聞いているのね。ようやく意思の疎通が出来、「アネモス!」と宿の名前を言ってみた。ギリシャ語のありがたいところは綴りをローマ字読みすればそのまま通じるところ。おばあさんは納得した様子で「アネモスならまっすぐ行ったすぐそこだよ」というようなことを言い(想像)、なぜか胸の前で十字を切った。「通じてよかった」と言う気持ちの表れかしら?ようやく宿にたどり着くと、女の人が二階の窓から乗り出してこちらを見ている。「Mr ○○コ?」とダンナを見て私の名前を呼んだ。ずっとメールでやり取りしていたのは私だけど、「子」で終わる私の名前は大抵男の名前だと思われるみたい。夜中の三時にその誤解を解くほどの元気も無く、「Yeeees!」と返事をして中に入れてもらった。建物は新築らしくとても綺麗。エアコン、テレビ、冷蔵庫、ミニキッチン、2人掛けの食卓、ツインベッド、箪笥とバスルームのついた、小さいけれど必要なものはみんなそろった部屋。そして清潔。良かった。かなり安いから酷い部屋だったらどうしようとちょっと心配だったのよね。眠そうな顔をした宿のおばさん(というにはまだ若そう)はそれなりに綺麗な英語をしゃべり、簡単に部屋の説明をして「あ、それから水道水は飲まないでね。冷蔵庫に水を買っておいたから。」と言い残して去って行った。どうやら部屋の用意をして、(たぶん)電話が来ることも予想して待っていてくれたみたい。せまい部屋はエアコンを入れるとすぐに冷えた。シャワーを浴び、良く冷えた水を飲んで寝る用意が出来た時は4時過ぎでした。朝の3時30分に家を出てきた時からおよそ24時間(時差はあるけど)。ぐったりと疲れてベッドに倒れこむとすぐに眠りに着きました。そんな、ギリシャ一日目でした。 こんな感じの部屋でした (写真はHPから転載。でもたぶん私たちの部屋のほうがせまくて安かった。)
Sep 11, 2005
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今回で4回目のギリシャ旅行でしたが、相変わらず暑く、美しく、美味しく、そしてどこか懐かしいギリシャでした。新しい発見もあり、色々と思うところも多かったので、また少しずつ日記に書いていきたいと思います。
Sep 8, 2005
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