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とうとう出発です。あと、4時間ほどで迎えのタクシーが来ます。海とビール、猫、魚、そして太陽が、とても楽しみ。それにしても、ギリシャ行きの便はいつも時間が悪い。今回の便は早朝の6時発。夜中の3時半に家を出ると言うでたらめさ。寝るのも起きるのも無理。徹夜で行くしかありません。(いつでもどこでも寝られるダンナが9時からぐっすり寝ているのがうらめしい。)去年は出発は夕方でしたが到着が朝の4時でした。イギリスからの距離と、時差とがなんか微妙に合わないんでしょうね。それに、今回はアテネに寄らず辺鄙なところにある島に船で直行するので、ホテル着くのは夜中の12時になります。ほぼ丸一日の旅行。でも、文句は言いません。その先にあるものを楽しみにしよう。そんな訳で、ここから2週間ほどブログもお休みです。帰ってきたらまた再開しますので、ぜひお立ち寄りを。それでは行ってきます!
Aug 29, 2005
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食べ物がおいしくないことで有名なイギリスですが、イギリスにしかないような美味しいものもあります。私はイギリスの紅茶(特にFortnum&MasonsのEarl Gray)も好きだし、スコーンに苺ジャムとクロッテドクリームをぬるのも美味しい。パブで食べるジャケットポテト、スコットランドのショートブレッド、フィッシュアンドチップスだって場所によってはとても美味しい。 イギリスの食べ物がおいしくない、と言う人は美味しいもの、美味しい場所、美味しい食べ方を知らないだけかもしれません。(まぁ、割合的に美味しくないものに当たる可能性が高いことは否定できませんけど。) でも、身近にあるもので一番美味しいイギリス製品をあげるとしたら、やっぱりHeinzのサラダクリームでしょう。マヨネーズに酸味を足したような味がするこのサラダクリームが、我が家では必需品。毎朝作るサンドイッチにも不可欠だし、ツナサラダやエッグサラダにもいい。これに慣れると、マヨネーズでは何か物足りない感じすらしてしまいます。 こんなにこのサラダクリームが気に入っているのは私だけかと思ったらそうでもないらしい。 イギリス中を美味しいものを求めて旅する番組(Food Heroes)に出ているリック・スタインというシェフも、普段は既製品には辛口なのに、このサラダクリームを取り上げて「これだけはどうしても美味しい」と言う。それに、母がイギリスに遊びに来たときに、朝食にこのサラダクリームをつかってエッグマフィンを出したことがありました。すると母もこのサラダクリームを気に入って、「このドレッシング美味しいね」といってわざわざお土産に買って帰った。そうしたら今度は日本の父がこれに取り付かれ、お土産の一本がなくなると「送ってくれ」とまで言ってくるんです。超音波電動歯ブラシ(父は歯医者)を送ってくれと頼んだら、サラダクリーム10本と引き換えにされてしまいました。 結論。だから、きっと美味しいんですよ、やっぱり。そういえば昔留学中に、Heinz製品は美味しいから絶対Heinzに就職したいと言っていた人がいました。そして、本当にHeinzに就職したんじゃなかったかしら。トマトケチャップはもちろん、うちの日曜日の定番Baked beans(7月21日の日記で紹介)もやっぱりHeinz製。当時は分かっていなかったけど、彼はちゃんと理由があってHeinzを就職先に選んだのね。 あれ、でも、Heinzって実はアメリカの会社じゃなかったかしら・・・?
Aug 28, 2005
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今気づきましたが、いつの間にかカウンターが一万を越している!たくさんの人に見ていただけて、うれしいです。(と同時に、恐縮してしまいますね。もっとまじめに書かなければいけないような義務感を感じてきます…。)お越しいただいた皆様、ありがとうございました。これからも出来る限り続けて行きたいと思っていますので、どうぞよろしく。
Aug 27, 2005
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最近イギリスではスペインやフランスなどの海外で別荘を買う人が増えている。人によってはイギリスの家を売り払って、家族を連れて移住してしまう人もいる。当然そういう別荘紹介番組も多く、昨日たまたま見ていた番組では小さい子供のあるカップルがコスタ・デル・ソルに移住しようとしていた。こういう番組を見ていていつも驚くのが、彼らはたとえばスペインに移住しようとしていても、スペイン人と関わろう、スペイン語を勉強しようなんていう気は一切ないこと。イギリス人の移住者が住む集落があり、イギリス人の集まるパブがある場所を選ぶ。昨日のカップルは、ある村にある物件を紹介されて「Too many Spanish」と断っていた。だって、スペインなんだから、とつっこみたくなる。じゃぁ何で海外に移住しようとするのか。彼らは太陽が恋しいのだ。いつも、こんな雨がちで寒いイギリスは嫌だと思っている。太陽がさんさんと降り注ぐ場所、スペイン、南仏、ギリシャなんていう暖かくて海のある南の国にあこがれている。だからイギリス人の休暇はいつも夏。日本人みたいにゴールデンウィークやお正月に旅行に行ったりしない。夏の長い期間を、太陽のある南国でビーチで寝そべって過ごすのが彼らにとって最高のバカンスのようだ。そこには、その国の文化を楽しもうなんていう気は少しもない。パック旅行で有数のバカンス地にある巨大ホテルに泊り、イギリス人ばかり集まって過ごす。もちろんイングリッシュブレックファーストやフィッシュ&チップスは必須。夜はパブでサッカー観戦。そう、彼らはスペインに行ってスペイン料理も食べない。たぶん観光スポットにも行かない。空港からバスでホテルに連れて行かれ、ビーチで数週間過ごして日焼けして帰ってくる。それだけだ。きっと植民地へ出かけていくような感じなんだろう。大学の卒業旅行でギリシャのミコノス島を訪れたことがあったが、2月の寒い盛りのこと。店はほとんど閉まり、白いはずのペンキははがれ、閑散とした街に猫ばかりがいた。それでも「旅行」を目的にしていた私にはあまり関係なく、観光客のいない島を歩き回り、たくさん写真に収めた。シーズンに向けて道路や壁のペンキを塗り替える地元民の姿があちこちに見えた。カメラを持って歩いているとおばあさんが「カリメーラ!」と挨拶してくる。平和な穏やかな島だった。すっかりギリシャが気に入って、同じミコノス島を再び訪れた。今度はまだシーズン中の9月の初めのこと。街の変わりように驚いた。同じ島とは思えないくらいの人、人、人。軒を連ねる土産物屋に貴金属店。酔って騒ぐ若者にバイクの騒音。クラブやバーも夜通し音楽をかけ続ける。英語の看板、「今夜7時~サッカーライブ!」の立て札。そして、聞こえるイギリス英語。あぁ、これなのね。と思った。随分前にGreece Uncoveredというシリーズ番組があったけど、それでも紹介されていたイギリス人の若者のバカンスの過ごし方。女だけ、あるいは男だけのグループでバカンス地を訪れる。もちろんホテルはイギリス人専用。イギリス人の集まるバーに行き、他のイギリス人グループと知り合って夏のロマンスを楽しむ。夜通し酔って騒ぎ、喧嘩し、イギリス人の恥をさらして帰ってくる。ミコノス島がそんな場所に使われていることが残念だった。世田谷の住宅地が急に六本木になったような、そんな感じ。きっと地元の人にとっても頭のおかしい外国人に支配される3ヶ月、といった感じなんだろう。そうして考えると、日本人って言うのはもっと柔軟で、好奇心が旺盛だ。どんな時期でも旅行をし、見るべきものを見、食べるべきものを食べる。欧米への劣等感ととれなくもないけど、少なくとも他の文化を賞賛しようと言う気がある。真冬のギリシャで見かけるのは日本人とドイツ人くらいだった。私も学生の頃は重いバックパックを背負って随分旅行をした。色んな場所を見て、感じて、歩きたかった。そんなのはイギリス人にとっては苦行のようなもので、バカンスとは呼べないんだろう。でもイギリスに住む今、不思議と少しずつイギリス人の気持ちも分かるようになってきた。この日照時間の少ない国に暮らしていると、本当に太陽が恋しくなる。晴天の日を待ち焦がれる。思いっきり日の光を浴びてみたいと思う。日本では感じたことがなかった気分だ。そんな理由で私達もやっぱり夏にバカンスに行くようになった。まとめて何週間も休みが取れるのはイギリスのいいところ。今年も来週から、太陽と海のあるギリシャに行く予定だ。でも、出来る限り観光客の少ない、イギリス人に支配されていない島まで足を伸ばそうと思っている。そして、美味しいギリシャ料理を食べて「ギリシャ」と言う国を楽しもうと思う。
Aug 26, 2005
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オックスフォード英語辞典(OED)に今年6月新しく追加されたのが、この"Chav"という単語。確かに、ここ数年メディアでもよく取り上げられ、耳にすることが増えている。説明としては"a young working class person who dresses in casual sports clothing"(カジュアルなスポーツウエアを着る労働者階級の若者)と言うことだが、これではなんだか説明し切れてない。Chavは怖い。見つけると避けて通りたくなる。居場所としては、ショッピングセンター、マクドナルド、公園、道端、カウンシルフラットの周辺、など。服装は、とにかくブランド志向。バーバリーのキャップにピンクのトラックスーツ、ルイビトンのバッグにリング型の大きなイヤリング。男ならキャップにナイキのトラックスーツ、金のチェーンというところ。そして若い。12歳くらいから始まる。集団で行動する。酒、たばこに年齢制限なし。うるさい。反社会的とされる。労働者階級。ろくに学校に行ってない。学校に行かないでその辺でたむろする。男女合わせて6、7人はいる。そして10代のうちに妊娠したりする。こんなところだろうか。こういういわゆる反社会的な反抗期の若者の集団のことだと思っている。イギリスにはカウンシルフラットと言う収入の低い人が安価でで住めるアパート(大抵はイギリスに似つかわしくない背の高い醜い箱型の建物)がある。シングルマザーや生活保護を受けるような人も多く住む。そういうアパートが何棟もまとめて建っているので、忙しい親に構われずにそこで育つ子供は自然と群れをなすようになるんだろう。学校で出会うわけじゃないから学校にも行かず、皆でたむろして昼間から街中をうろうろするようになる。そんな風に考えると、chavは社会が必然的に生み出したものだとも言える。初めてchavを見かけ始めたころは、不思議だった。どう見ても、お金のない若者の集団が、全身ブランドにつつまれている。それも、バーバリーとかアルマーニとか、それまではポッシュな人々のみが着ていたようなものを好んで着る。それも、いかにもセンスのないこれ見よがしな着方をする。どこにそんなお金があるのか不思議。そして口を開くと、労働者階級のアクセントと若者語で、何を言っているか分からない。そのアンバランスさがおかしい。それがChavなのだ。そんなchavを上手くまねてバカにしたのが、去年BBCで爆発的なヒットとなったLittle Britainと言うコメディ。コメディアンの男2人が男女含めて何役ものキャラクターを演じる。その中に、今ではこのchavの代名詞にもなったVicky Pollardというキャラクター(写真右。実際は男性)がいる。ピンクのトラックスーツにフェイクブロンド。大きなイヤリングに濃い化粧。独特の語彙を交えてやたら早口でまくしたて、何を言っているか分からない、と言うのが売り。ちょうどおとといの日記で紹介したようなしゃべり方をする。"this fing wot you know nuffin about" と言う感じ。よく特徴を捉えたものだなぁ、と感心する。こんなChavだが、よく考えてみると、日本にも似たようなのがいる。渋谷の女子高生だ。ブランド大好きで集団でうろつき、よく分からない言葉をしゃべる。日本はイギリスほど貧富の差がないから、「労働者階級」という条件は当てはまらないし、そこまで反社会的じゃないかもしれない。でも、印象として似ている。忙しい親に構われずに子供同士でつるむようになる状況が似てるのかもしれない。どうしてブランド志向につながるのかは不明だけど。文化を超えて、同年代の若者が考え付くことなんて似たようなものだということかも?
Aug 25, 2005
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初めて会うイギリス人と話をするときは、まず「どこの人か」と考えてしまいます。これは私の中でゲームみたいなもので、その人のアクセントから出身地を当てられれば合格。想像した後で「グラスゴー出身でしょ?」等と言い当ててみると、驚かれることも多い。でも、もちろん当てられないことも多いですが。一番簡単なのは、スコットランド人。もともとアクセントが強い上に、自分達の国に誇りを持っているから隠そうとしない。エディンバラとグラスゴーの区別くらいならつく。同じ理由でアイルランド、北アイルランド、ウエールズなんていう地方色の濃い訛りも分かりやすい。次にリバプールやバーミンガム、ニューキャッスルなどの北方の訛り。イングランドだけど聞き取りにくい英語を話す人は北のほう出身なことが多い。語彙や態度も違うことがある。(基本的に北の人はroughだと思われているようです。)難しいのが南の方の人。比較的綺麗な(強いアクセントのない)英語をしゃべるので、「北じゃない」としか分からないことが多い。その上、アクセントには階級差もある。地域×階級の数だけアクセントがあると思っていい。そんな感じに、イギリスは小さい国だけど、地方、階級によってしゃべり方が違います。口を開けばどういう人なのか(出身地、階級、仕事など)ばれてしまう。日本ではイギリス英語のことをよく「Queen's English」と言うけれどそれは大きな間違いで、実際クイーンのしゃべる英語はロイヤルファミリー独特の不思議なアクセントがある。じゃぁ標準のイギリス英語とは何かというと、RP(Received Pronounciation)というのが一般に「訛りのない綺麗な英語」として海外などで教えられるもので、一部のBBCアナウンサーなんかが使うもの。でも、実際は国民の3%しかこのRPをしゃべる人はいないとも言われています。ようするに、作られた標準英語なのです。日本では首都である東京アクセントが標準的な日本語とされているけれど、イギリスは違います。RPに近いのはロンドンよりも南の地域の英語で、ロンドンでしゃべられているのはロンドン訛り。労働者階級の英語だという印象があります。一般にコックニーと言われるような強い訛りばかりでなく、Estuary Englishと言われるテムズ川周辺(ロンドンを中心に何回りか大きいエリア)でしゃべられるコックニーと標準英語の中間のような英語が一番多く耳にするタイプのアクセントだと思います。海外でRPばかりを勉強してきた外国人が、ロンドンに来てまったく聞き取りが出来ないという状態に陥るのもそのせいです。「BBCニュースなら聞き取れるのに」と言う人も多いけど、実際そんな英語を巷で話す人はいないんだから仕方がない。じゃぁイギリス英語に耳を慣らすのにはどうしたらいいのか。たくさん聞くしかないのです。出来る限り「生の」英語を聞いて、様々なバリエーションのそれぞれのアクセントを身につけていくしかない。時間がかかることだし、私もいまだに聞き取れないアクセントがいくつもあります。私は身の回りの友人、または俳優、テレビ司会者、ミュージシャンなどメディアで良く目にする特定の人を地域のアクセントと結びつけて覚えることにしています。例えば、イアン・マクレガー(Trainspotting)はグラスゴー、オジー・オズボーン(The Osbournes)はバーミンガム、オアシスの2人はマンチェスター、ガブリエル・バーン(The usual suspects)はアイルランドというように。映画によっては俳優もアメリカ英語を話そうとしたりもするので注意が必要ですが。また、一本でもある地域に根ざした映画を見ると、見終わった頃にはその訛りが地域と結びついて覚えられる。例としてはグラスゴー英語を身につけたいなら"Trainspotting"。コックニーを身につけたいなら"Lock, Stock and Two Smoking Barrels"。リバプール英語を身につけたいなら"A Hard Day's Night"。ウエールズ英語を身につけたいなら「ウエールズの山」。なんかが比較的間違いない。映画によっては役者がその地方出身者じゃなかったり、アクセントのまねが下手だったりもするのでやっぱり要注意ですが。(ブラピのアイリッシュ(デビル)、メルギブソンのスコティッシュ(ブレイブハート)なんかは酷い)こんな感じに、イギリス英語の色々なアクセントはこちらに住んでいても習得するのが大変です。イギリス映画を見て「何を言っているか分からない!」なんて自信喪失する必要はありません。特に日本ではアメリカ英語を教えるのが主流なので、イギリス英語に触れる機会は多くないはず。逆に、私はアメリカ英語に自信がありません。その昔、パルプフィクションを映画館で見て、話の半分も分らずに帰ってきたことがありました。次はアメリカ英語の習得を始めなければいけないかも…。役に立つサイト:BBCが各地の訛りを聞かせてくれます。http://www.bbc.co.uk/voices/wil/
Aug 24, 2005
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今日はひさしぶりに天気が良かったので、街に買い物に出た。ちょっと疲れてベンチで休んでいると、二人の子連れのお母さんが、店の前の階段を自転車で降りてあそぶ息子達になにやら叫んでいる。Tike them wons! 'ere! Com 'ere use!(私の耳で聞いた印象)どうやら、お母さんは人の邪魔になる店の真ん前の階段ではなく、脇の階段で遊べと言いたいらしいんだけど、子供は言うことを聞かない。しまいには自分で子供を連れ戻してきた。いらいらしている。おかしかったのが、階段を指して"them ones"と言った事。階段は複数だから"ones"なのはいい。でも、文法的には"those ones"でしょう。でも、この言い方、ネイティブの人は意外に良く使います。I want them apples.と言う感じ。わざとふざけて言っているのかなぁ、という気もするけど、その割には良く耳にする。さらに、そのお母さんは子供二人を指して"youse"と呼んでいた。これも、よくあること。"you"は文法的には「あなた」でも「あなた達」でもあるんだけど、複数の「あなた」に"you"の複数形を使う人は意外に多い。What do youse think about this?と言えば、目の前にいる人みんなに質問しているのだと分かる。フランス語やドイツ語、きっと多くのインドヨーロッパ語では二人称複数形があるんだから、複数の人を指す時はやっぱり複数形にしたくなる気持ちは分かる。同じ気持ちからか、二人称単数の"you"には"were"の代わりに"was"を使ったりもする。You was great!なんて感じに。そうすると、二人称複数ならYouse were great!になるんだろうか、やっぱり。これは確認していない。このほかにも"I didn't do nothing." とか、"Me and me husband went there."なんていう日本では絶対に「間違い」と習う英語を使うネイティブも多い。きっと教養がない、訛っている、階級が低い、等の印象を与えるかもしれないけど、これだけのネイティブがしゃべっているんだから英語には違いない。だいたい母国語っていうのは覚えるもので、習うものじゃない。どんなに学者や教育者が「これが正しい英語」だと押し付けたところで、実際に巷で使われる言葉には大した影響は与えないんでしょうね。そもそも何をして文法的に正しいとするのか、と言う問題になってくる。いつかの時代に誰かが勝手に決めただけなんですよね、大体の場合。その「誰か」は首都に住む階級の高い教養者であることがほとんどだから、それ以外の人々(地方に住む人、階級の低い人、教養のない人)の標準語は反映されないことになる。いつの間にか自分達の話す言語が「間違いだらけ」だと決め付けられ、私は正しい英語を話してないのよ。」なんて卑屈な態度をとることになる。きっとこういう文法や語法の違いなんて、言語全体からしたら大した問題じゃないんだと思います。表層的な違いでしかない。wasをwereと間違ったって、誰も気づかないんじゃないかとすら思う。きっともっと根底に、どの地域のどの階級の人が話す英語にも共通する絶対的なルールがあって、それが「英語」なんでしょうね。 文法とか語法にはネイティブの間だってこうしたバリエーションがあるんだから、あまり細かいことは気にしないで、日本でももっと「使える」英語を教えるようにしたらよほど役に立つかもしれませんね。
Aug 23, 2005
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昨日、ロンドンで久しぶりに昔の同僚と会ってきました。彼女はスロバキア人で、イギリス人には有り得ないくらい細く、一見して東欧系と分かる綺麗な顔立ち。(どうせばれないから写真を載せちゃおう)私と3年近く一緒に働いていたので、もう4年同じ学校で働いている。でも、私が働いていた当時との一番大きな違いは、彼女は今は「合法的に」働いている、ということ。あまり大きな声では言えませんが、私が働いていた学校は違法な労働者が多かった。学校と言う場所柄、学生ビザの発行を助けることが出来る。学生ビザ所持者のバイトは週15時間までと決まっているけれど、いったんビザを手にしてしまえば、ばれないようにフルタイムで働く学生も多いのが実情。もともと学生として入ったはずの人が、気づくと隣で働いている、そんな場所でした。ボスにとっても、ある意味「弱み」を握っている分、使いやすい労働力だったのかもしれません。そんな理由から、同僚は東欧系がほとんどでした。ポーランド、チェコ、スロバキア等々。3年の勤務の間にポーランド人の顔が分かるようになり、ポーランド語とチェコ語の区別がつくようになりました。イギリス人に比べると、素朴で暖かい、でもちょっとこすい人たち。彼らにとっては「ロンドンで働く」と言うのは夢のような話。稼いだお金を国に持って帰れば大金になる。昨日会った友人は、もともと観光ビザで入国し、それが切れたままイギリスにとどまっているという立派な違法労働者でした。彼女にはもう6年も付き合っているギリシャ人の彼氏がいて、一緒に暮らしている。ギリシャ人の彼は彼で国に帰ると兵役義務が待っている。ロンドンに居る間は逃れられるけど、いつか帰って2年の兵役を終えなければいけない、という微妙な立場。彼女はイギリスにもギリシャにもビザが必要なので、2人が一緒にいるには違法のままロンドンにとどまるしかない。スロバキア人の彼女が学校にも行かずにビザを取得するのはまず無理だったし、大金のかかることだからです。一緒に働いている間も、この先いつまでロンドンに居られるか分からない、と言う不安をいつも抱えているようでした。本当に、いつばれて強制送還されるかわからないような状態だったのです。それが、2004年の5月、全てが変わった。彼女の祖国スロバキアが他の近隣国と同様に、EU入りすることになったからです。これは、彼女にとっても突然の朗報のようでした。EUに加盟すれば他のEU加盟国への入国にビザが不要、就労も可能となる。合法的にイギリスにも、ギリシャにも住めるようになる。不思議とそれまでの違法就労、違法滞在に関してもお咎めはないようでした。かくして彼女は突然「合法」になったのでした。社会保障番号まで手に入れた今、今の職場を辞めてずっと夢見ていた出版業界で働こうと、彼女は動き始めているようです。違法と言う弱みがなくなったせいか、表情も見違えるほど明るくなっていました。こんな形で全ての問題が片付いて、ずっと彼女の悩みを聞いていた私にとってもうれしいことです。それにしても、このEUと言うのは不思議なものです。2004年5月にポーランド、ハンガリーなどを含める多くの国が加盟しましたが、加盟の直前まではそれまで同様の厳しい取締りが行われてました。学生にも就労にもビザが必要。多くの東欧人が貧しい国からの違法就労者として、かなり酷い扱いを受けていたのです。昔チェコを訪れた時、国境で見たライフル銃を持った物々しい警官の姿、チェコからドイツに入国する電車の天井裏まで開けて検査していた様子が忘れられません。それが、一夜ですべが変わってしまった。当時、同じ職場にコロンビア人の同僚もいました。私の目から見ると、2人とも全く同じ状況の同僚だったのに、ある日を境に片方だけが合法になってしまった、と言う感じ。コロンビア人のほうはビザが切れてからもしばらくねばっていましたが、とうとうあきらめて国へ帰ってしまいました。そもそも国籍って何なのか、人の本質には何も関係ないのに、ある国から来たと言うだけで「違法」だったり「合法」だったりする。人に対して公平じゃないような、なんか割り切れないものを感じてしまいます。そういう日本人だって、今はビザ取得前に日本国内でのエントリークリアランスが必要となり、かなりイギリスへの入国審査が厳しくなりました。スロバキア人にビザ無しの入国を認めて、日本人に認めない、その意味も私には良く分かりません。そもそも何のための入国審査なのか。自国の就労者を守るためだとしたら、このEUの存在自体矛盾しているでしょう。このままEUが広がっていって、しまいに国籍なんてなくなってしまえばどんなに簡単だろうと思います。
Aug 22, 2005
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日本語を勉強する外国人が、なかなか覚えられないのが格助詞「は」と「が」の違い。使っている日本人だって違いが説明できないんだから仕方がない。でも、日本人ならぜったいに使い方を間違えないのも事実です。ということは、絶対的な法則に則って使っているはずなんです。 昔から不思議な日本語、解釈のしにくい日本語の例として 「僕はウナギ」 というのがあります。もちろん僕がウナギなわけじゃない。意味するところはおそらく「僕はウナギを注文します」ということでしょう。 「僕は天そば下さい」「私はカツ丼」「じゃ、僕はウナギ」 ということ。 これが、外国人にはわかりにくい。助詞の「は」は「が」と同様、主語を表すものと習っているからです。でもこの場合、 「僕がウナギ」 と言うのは有り得ない。それでは本当に僕がウナギになってしまう。単に述語部分を省略しているわけではないということです。 また、有名な例文として 「象は鼻が長い」 と言うのがあります。日本人なら何の疑問も持たないこの文、日本語学習者、および言語学者には悩みの種なのです。 だって、一つの文に主語は一つで良いでしょう。英語では同文が「象の鼻が長い」となって、「は」の出番はありません。「長い」のは「鼻」なんだから、「象」は主語ではない。じゃ、「象」はこの文の中で何なのか、ということになる。 これを、チョムスキー派の学者(もちろん本人ではない)は「Topic Marker」だと解釈しました。要するに、この文は「鼻が長い」で完結している。「象は」は文の外にあるもので、「鼻が長い」と言う文への主題を提供している、と。解釈しなおすと、 「象に関して言うならば、鼻が長い」 と言うことになります。 同様に、「僕はウナギ」も、「僕に関して言うならば、(僕が)ウナギを注文したい」という解釈になる。 「が」というのが純粋な主語をあらわす助詞で、「は」と言うのは話題の提供。でも、「は」と「が」が同じものを表している時は、「が」が省略されるということ。 話題として提供されるものは既出でないといけないので、いきなり「むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんはいました」とは言えない。おじいさんとおばあさんがいるのを知っていて初めて、「おじいさんは(=おじいさんに関して言うならば)」と言えることになる。 ここまでは、私もそれなりに分かりやすいと思いました。でも、例えば日本語では 「雨は降る。あなたは来ない。」 なんていう文も可能。この場合、「雨」も「あなた」も既出ではない。ここには「対比」という全く別な概念が入っている気がする。 「私が田中です。」 と言う文も可能ですね。「私は田中です。」と言うのに対して既に「田中さん」が来るのを予想していたような感がある。また、「象が鼻が長いと言うこと」と文なれば「は」は「が」に取って代わられることになる。 きっと、「は」にも「が」にも、主題、主語をあらわす以外の用法があるという感じがしてくる。 こうなると、日本語もそれほど単純ではないですね。例外を認めた時点で理論も少し弱く感じられてきます。 そしてそもそも、「象に関して言うならば、鼻が長い」なんていうのは、日本語から英語への下手な訳文のようにも思えてくる。結局、日本語を英語の概念で解釈しなおしているだけなんじゃないかと言う気がしてくる。文には「主語」「目的語」「述語」が必要だと言うこと自体、日本語には当てはまらないような気さえしてくる。「春はあけぼの」、それで、文は完成しているんじゃないのか。そして、英語の概念が(たまたま?)全言語の概念だとするのは、結局チョムスキーがアメリカ人だからじゃないか、と疑いたくなる。 先日「仄暗い水の中で」と言う映画を見ていて、子供が幼稚園でなかなか来ないお母さんのお迎えを待つシーンがありました。先生が子供に言うせりふが、「お迎えは?」というひとこと。それが英語字幕ではNo one has come to pick you up, yet?なんていう説明くさいものになっていました。それが英語の考え方と日本語の考え方の違いのような気がします。「あなたには誰もまだ迎えに来ていないのね」なんていう文を頭の中で構成してから、全てを省略しているというのは、ネイティブとしてなんか違う気がする。 私にとってのチョムスキーはここまででした。アイデアは素晴らしい。でも、やっぱり言語は違うものなんじゃないのか。もしチョムスキーが日本人だったら、できあがった理論も全然違ったものになっていたんじゃないかと、思わずにいられないのです。もちろんそんなこと、いまの言語学会で口にすることは出来ませんが。
Aug 21, 2005
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イギリスで言語学を勉強しようとすると、どうしても逃れられないものがある。それが、チョムスキー。今は政治家として活動しているけれど、その昔「生成文法」なるもので一世を風靡し、現在の言語学論理への流れを作った第一人者。いまだに言語学者は、彼の理論を発展、あるいは論破しようとして一生懸命なのだ。なにがそんなに特別かと言うと、アイデアの中心となるものは一つ。つまり、人はみな「言語中枢」を持って生まれ、その中には全人類共通の「普遍文法(Universal Grammar)」なるものがあるということ。(この場合のGrammarというのは、ある一定のルール、法則みたいなもので、いわゆる文法のことではない。)もっと突き詰めて言うと、人の言語はみんな同じ、と言っているようなものだ。あたりまえじゃん、とも思えるこんなことが、彼が理論を打ち出すまでは当たり前じゃなかった。それまでの言語学者は「言語は違うものだ」という前提で、共通点と言うよりはその差異を研究していた。だって、英語と日本語は違うでしょう。英語はSVOだけど日本語はSOV。いや、そもそも日本語では英語ほど語順は重要じゃない。日本語では「花子さんが本を買った」と言ったって「本を花子さんが買った」と言ったって意味は変わらない。でも英語でそれをすると「Hanako bought books.」が「Books Hanako bought」になり、同じ文にならない。英語には「が」とか「を」とかの助詞がないから、語順で「主語」とか「述語」が決まる。「主語」「述語」と言う概念は共通だけど、日本語では助詞という方法で、英語では順番でそれを表している。そんな風に、ようするにどうやっておなじ機能、概念を違う方法で表しているか、そんな研究をしていた。でも、チョムスキーの考えは違った。日本語も英語も元はおなじ一つのgrammarに基づいている。その表れ方が違うだけだと言うのだ。例えばこんな文がある。私は昨日花子さんと本を買いに行きました。これに単語ごとに英語の訳を当てはめてみると私は 昨日 花子さん と 本を 買い に 行きました。I, yesterday, Hanako, with, books, buy, to wentとなる。これを逆から読むとwent to buy books with Hanako yesterday, Iなんと、主語以外は完璧な英語の文ができあがる。どうして主語が特別かは置いておいて、偶然にしてはこれは出来すぎにも思える。たぶんこれが、チョムスキーの考えの根幹にあるもの。チョムスキーはこれは鏡の裏と表のようなものだと考えた。言語中枢にあるルールは一つ。でも、言語によって裏が出たり表が出たりする、ということ。もちろん言語はそんなに単純なものじゃないし、こんなに綺麗に裏表が出ることばかりではない。文が複雑になると何かが省略されたり、移動したり、いろんなことがおきる。そういう時は省略されたものを補い、移動したものを元に戻して考える。そうすると段々と、この裏表のどちらかに近づいてくる。「本を花子さんが買った」の元には「花子さんが本を買った」という基本文型があると考えることになる。こんな風にして、言語学者は様々な言語がいかに「同じ」か、という研究をするようになった。今ではこの理論もさらに発展して、裏も表もない、文法は一つ(しかもなぜかそれは英語の語順)だなんてことにもなっているけど、根底にあるこのチョムスキーの考え方はとてもシンプル。人間の言語はそんなに違わないと言う考え方は、「英語はラテン語から堕落したもの」と考えるよりは思想的に正しい気もする。何より、日本人にとっての英語というものも、それほど手の届かないものじゃないように思えてくる。真理は単純なものだ、ということかも?
Aug 20, 2005
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国民の5人に1人が「肥満」だと言われるイギリス。最近では肥満児の割合が増え、成人病になる子供までいると言う。それもそのはず。彼らの普段の食生活を見れば、驚くことではありません。チップス、パイ、ハンバーガー、ピザ、ベーコン…生野菜なんて見たことがない子供も多いらしい。前に日記でも触れたジェイミーオリバーの番組では、アスパラガスとじゃが芋と玉ねぎの区別もつかないような子供が大勢いました。カロリーや栄養なんて考えたこともないような母親が、チップスにケチャップをつけて子供の晩御飯にしてしまうような国なのです。でも、この問題は他人事ではない、と思うこともあります。イギリスに暮らすということはイギリスの習慣、生活スタイルを受け入れ、それになじむことでもあります。だいたいスーパーに行っても食品、野菜のバラエティがとても少ない上に高い。それに対して、同じスーパー内のready meals(一食分の出来合いの料理)のバラエティの多さ、安さはすごい。2ポンドもあれば十分すぎるくらい買え、しかも暖めるだけなんだから簡単なことこの上ない。私もフルタイムで働いていた頃は、仕事を終えて家に帰ると7時過ぎ。疲れているしお腹はすいているしで、この出来合い料理に手を出すことも少なくありませんでした。特に美味しいわけでもないし、食べたいわけでもない。簡単で安い、というだけのことです。でもきっと、これが「イギリス人化」の始まりなんでしょう。夫婦の多くが共働きしている国です。2人とも仕事から疲れて帰ってくる。自分も子供も空腹。野菜を刻むところから料理を始める余裕なんてないんです。その上、安くて簡単なオプションが目の前に広がっている。さらに良くないのが、そういうready mealsの大部分は脂質、糖質、添加物の多いパスタ、ピザ、中華のようなものばかりだとうこと。一食を食べきるとそれだけでカロリーオーバーになる。それだけでなく、ケーキやチョコのような当たり前のお菓子ひとつとっても、きっと日本製の何倍ものカロリーがあるんです。これでは太って当たり前。こんな背景があるからか、イギリスに住み始めた日本人は、みんな口を揃えて「太った」と言います。意識せずに手に入りやすいものを食べているだけで太るはずです。以前、日本からの留学生を受け入れる学校で働いていましたが、留学生の大半は半年を過ぎた頃から服がきつくなったと言い始めていました。私も最初の留学時には数キロ増しで日本へ帰った覚えがあります。でも、恐いのが、女性の平均サイズ12号と言うこの国で、自分の体重が多少増加したって気にならないということです。「太った」なんて言っても嫌味にしかとられない。自分の何まわりも大きい人たちに囲まれていると、いつまでも自分は痩せているような錯覚に陥るのです。帰国して、小さくスリムな日本人女性に囲まれて初めて、自分が太ったことに気づかされる。今日、ネットでちょっと面白い統計を見つけました。国ごとの肥満度調査です。それによると、イギリス人の成人(16歳以上)で肥満(BMI*=30以上)の割合は20%近く。それに対して日本人の割合は男性1.8%、女性2.6%。これだけの違いがあるんです。暮らしているだけで体重に差が出てきても仕方がない気がしますね。食べるものに気をつけていかないとあっという間にイギリス人のような体型になってしまう。多少お金と時間がかかっても、新鮮な材料を買って健康的な料理を作っていきたいものです。うちの場合は結局、夫婦共にフルタイムで働くことに無理がある、という結論になってしまったのが残念ですが。*BMI:Body Mass Indexの略で、BMI=体重(kg)/身長(m)の二乗で計算。25以上で「太り気味」、30以上は「肥満」とされる。
Aug 19, 2005
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ヨーロッパ旅行中にぼったくられた(あるいはぼったくられそうになった)話をいくつか。まず、ポルトガル。空港からリスボン市内のB&Bまでタクシーに乗ったときのこと。前もってB&Bの経営者からメールで「8ユーロ以上は支払わないように」という注意をもらっていた。だから、ぼられる可能性があるのは分かっていた。タクシーの中にはメーターが回ってるし、それをにらみながらB&B前に到着。メーターは4.05ユーロを表示している。と、ドライバーはガチャンとメーターを降ろし、英語が話せないのか、紙になにやら書いてよこした。見ると、「18EURO」と書いてある。…え、だって今、メーターは4ユーロだったじゃない。と抗議すると、分かっているのかいないのか、今度は(高級車の写真つき)ショーファーの値段表の様な紙切れを出して見せ、そこには空港から市内まで20ユーロと書いてある。それは、明らかに違うでしょう。私はB&Bの方からもらったメールを見せ、「ほら、8ユーロ以上は払うなって書いてあるでしょ」と言ったが、相手は英語が読めないと言うしぐさ。いい加減いらいらして、「じゃ、今B&Bの人呼んで来るからちょっとまって!」と(キレ気味に)言うと、英語が分からなかったはずのドライバーは急に顔色を変え、じゃぁ8ユーロで良いと言った。8ユーロだって倍近いぼったくりだけど、もういいや。と言うことで支払いを済ませた。次は、ベルギー。これは、母達と行ったときのこと。前にも日記に書いたけど、その時はいかにも「日本人観光客」的な母とその友人を連れていたせいか、災難が多かった。市内のショッピングセンター近くのオープンテラスカフェでお茶をしていたときのこと。忙しげにトレイを持って給仕するウエイターは、ラテン人らしくにこにこと愛想が良い。お茶をした後支払いをしようとウエイターを呼び、13ユーロほどの支払いに20ユーロ札を出した。ウエイターはポケットから2ユーロコインをくれ、「今、あと5ユーロ持ってくるから待ってね~」というと行ってしまった。待つこと10分近く。気づくとウエイターは何事もなかったかのように他の客を給仕している。何度か呼ぶが、振り向かない。これは明らかにシカトだ。こちらから近づいていこうとすると、さっと振り向き、こちらが何も言わないうちに「あ、これね」と言う感じで5ユーロを返してよこした。これは、きっと彼の常套手段だ。忘れているふりをして、相手があきらめて帰るのを待っている。むかついたので、チップ無しでその場を離れた。そして同じくベルギー。そもそもたいして美味しくない上に値段ばかり高いことで悪名高い「肉屋通り」での出来事。レストランで「白ワインを一本」と頼んだ。イギリスでは、そういえばハウスワインが来るのが普通。そうでない場合は「どれが良いか」と聞かれるものだ。が、ここの店ではいきなり(しかももうコルクを抜いた状態の)シャブリ(!)を持ってきて注ぎ始めた。え、そんな高いもの頼んでない…と思った時にはもう遅い。というか、たぶん相手は日本人には何のワインかも分からないだろうと思ったのかも。でも、まぁ確かに銘柄を指定しなかったこっちも悪い。その時はちょっと美味しいワインを飲みたかったのもあり、まぁ仕方ないや、と思ってせめて味を楽しんだ。味は申し分なし。しめて40ユーロ。おまけにイギリスの話。これは、もう大分前。レスタースクエアにあるCafe Nero(名指しにしてやる)でのこと。込み合うカウンターでコーヒー二つを注文。どうしたって3ポンドくらいにしかならない。10ポンド札を渡すと、中年のイタリア人と思しき訛りを持つ店員は小銭をジャラジャラとよこした。どう見ても2ポンドくらいしかない。おかしい。店員は後ろ向きでせわしなくコーヒーを用意している。コーヒーを渡されるのを待って「おつり足りないんだけど」というと、「今5ポンド札あげるって言ったでしょう!」(もちろんそんなこと言ってない)と逆切れされた。これはかなりの観光客でにぎわうウエストエンドの話。きっとポンドにまだ慣れていない観光客ならおつりの間違いに気づかないだろう、と高を括っての犯行と見る。バカにするんじゃない。これだけの経験を通しての教訓。大きなお札を使うのはやめましょう。お釣りは必ず確認しましょう。おかしいと思ったら文句を言いましょう。(相手は泣き寝入りされるのを待っている)ワインは銘柄を指定して注文しましょう。きっとぼったくる人の大部分は、最初からぼったくろうと思っているわけじゃない。大きなお札を渡したり、主張しなかったり、こちらがスキを与えると、そこにつけこむように見える。スキを与えないだけで、大分こうした災難を避けられるのだと思います。まぁ、気づかないでぼられてることもあるかもしれませんが。
Aug 18, 2005
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一年ほど前に中古で購入したうちの愛車ゴルフが、このところ調子が悪い。調子が悪いと言っても今まではそれほど深刻なことはなく、ダッシュボードの取っ手が壊れたり、すぐにスタートしないことがあったり、というマイナーなものだった。それが、昨日ダンナが会社から帰宅途中、スピードメーターの針が動かなくなってしまったという。これは今までの中で一番深刻。聞けば、この状態で運転するのは違法だと言う。仕方ないので、修理に出すことにした。出すことにしたと言っても、どうしたら良いのかわからない。電話帳を開けば車修理のガレージはたくさんあるけれど、どこにしたら良いか分からず困ってしまった。どこでもいいと思うかもしれない。でも、イギリスでは車の修理工ほどに「ぼる」人たちはいないのだ。客に車の知識がないと分かれば好き勝手言い、必要のないものまで取替え、高額を請求する。以前「Rogue traders(不正直な商売人)」と言うテレビ番組が、路上で車修理工の誠実度の実験をしたことがあった。車のスパークプラグをわざと壊し、(車の知識がないように振舞う)女性ドライバーが修理工を呼ぶ。他のパーツは全部取り替えたばかりの新品。正直な修理工ならスパークプラグだけを取替え、それだけなら大した額にはならないはず。ところが、呼ばれた修理工のうちかなりの割合(人数を覚えていないのが残念)が、エンジンを交換する必要があると言い、何万と言う額を請求した。それが、イギリスの修理工の実態。そんな定評があるので、ガレージ選びには慎重にならざるを得ない。もともと私もダンナも車の知識なんてないので、「信用できそうな」ガレージを選ぶしかないのだけど。電話帳から選んだ近所のガレージに電話して症状を説明すると、値段もいつ出来るかも「見てみないと分からない」の一点張り。ぼられるのが怖いので、せめてどれくらいの料金の幅が有り得るかと聞いても答えてくれない。これではどんな額を請求されても文句も言えない。結局、安全パイとして考えていたワーゲンのディーラーに持っていく事にしてしまった。バスを乗り継いでいく面倒くさい場所にあるし、ダッシュボードの取っ手を直すだけで60ポンド取ったところ。純正だから高いんだろうけど、ぼられるよりは気分的にましだということで。なんか、「rogue traders」に負けを認めたようでちょっと気分が悪かった。車のことを知らない人間が悪い。知らないからお金がかかるのだ。お金をかけたくないイギリス人はオイルチェンジやバッテリーチェンジのような大抵のメンテナンスは自分でしているようだ。いちいちガレージに持っていくと、いちいち必要以上のお金を取られるから。ボンネットを開けて、自分で車の状態をチェックできるだけで、かなりの節約になるのだ。そしてふと、実家の母のことが頭に浮かんだ。もう25年車を運転している母は、車の中身のことなんて一切知らない。ボンネットを開けたことなんてあると思えない。…でも、そうだ。日本にはガソリンスタンドという強い味方がある。中に座っているだけでガソリンを入れてくれ、窓を拭き、オイルをチェックし、タイヤを代え、帰るときには道路に誘導までしてくれる日本のガソリンスタンド。車を自分でチェックする必要なんてない。何も知らなくても車に乗れるし、壊れてもぼられる心配無しに修理に出せる国。こんなサービスがイギリスにあればきっと大繁盛するに違いない。イギリスでは車一つ乗るのも大変。ぼられないように勉強するか、お金を払うしかない。ダンナの同僚のイギリス人は中古で60万ほど出して買った車に、最初の一年の間に40万以上の修理費を払う羽目になったらしい。本当にそれだけ壊れたのか、ぼられたのかは不明。彼は結局その車を売り、無料修理と保障が3年間ついている新車に買い換えたと言う話だ。MOT(車検のようなもの)も新車なら毎年必要ないし、長い目で見れば、そのほうが安上がりかもしれないと思えてくる。なによりも、この心労がないだけで随分気楽なことだろう。私たちも最近は、次は新車にしようかと思い始めている。
Aug 17, 2005
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日本へ帰る前には、いつも数ヶ月前から買い物リストを用意します。文房具(日本製の方が出来が良い)、電化製品(イギリスでは日本の数倍高い)、漢方薬(手に入れるのが大変)、食料(梅干、鰹節、味噌などいつも必要なもの)など色々。思いついたら書きとめておいて、それを日本へ帰るときに持って行く。そうしないと、いったん日本に着くと何が必要だったのかを思い出すのは意外に大変なのです。今回は初めて夏の帰国でした。そして、帰国に先立つ数週間、イギリスは異常に暑かった。(とは言っても日本の比ではない。)こちらにはもちろんエアコンなんてないし、室内には熱がこもって時には30度を超える暑さに。できる事といえば小さな扇風機を回すだけ。窓を開ければいいと思うでしょう。でも、それはしたくない。特に夜には。だって、窓を開けるとどんどん入ってくるんです。藪の多い田舎に住んでいるせいか、蛾、カゲロウ、(なぜか)てんとう虫、その他多くの虫、虫、虫…。ダンナは空中を飛ぶ虫を片手で捕らえるのが上手くなりました。ぱっとつかんで窓の外に放す。でも、きりがないんです。そんなわけで、今回の買い物リストに書き足しました、「網戸」。イギリスには網戸がありません。これだけ虫が入ってくるのに、ビクトリア人は様々な天才的な発明をしたのに、イギリス人は網戸を知らない。蚊がいないからかな。それとも虫なんて気にしないのかな。もちろん網戸ごと持ってくることはできないので、張り替え用の網を買ってきました。どうやって窓に取り付けるかは考えられなかったので、取り合えず両面テープとマジックテープなんかを買ってみて、あとは適当に、ということで。 こんなこと(↑)になりました。厚紙でヘリを作って、マジックテープで開閉可能にしました。両面テープはまったくダメでした。ペリペリとはがれてくる。仕方ないので、窓枠上部は画鋲止め。端はへろへろで、隙間だらけ。でも、まずまずの出来です。何よりも、これで蛾に苛まれることなく窓が開けられる!二箇所の窓に網を取り付け、これでもかと窓を開け放しました。あれ…でも、なんか、寒くない?気がついたらもう秋風の吹き始めているイギリス。もしかして、もうこの先窓を開け放す必要なんてない?このいい加減な網戸は来夏まではもたないでしょう。もっと早く思いつけばよかったな~
Aug 16, 2005
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先日日本で見た、原爆投下60年を記念する番組。何よりも印象深かったのは、実際に原爆を作り、投下する飛行機に乗って映像撮影をしたというアメリカ人科学者と被爆者の対談でした。だいたいどういう神経をしていたら、そんな人物が広島にやってこれるのか不思議でした。それほどに悔恨の念にさいなまれているのか、誤りを正したいのか。でも、記念館で原爆の残骸を見て懐かしそうに「私が作ったんだ!」と言い、きのこ雲の映像に誇らしげに「これ、私が撮ったんだよ!」と言う姿を見て、この人物の神経を疑いました。どんなに被爆した市民が苦しんだか、どんなに後遺症が酷かったか、と言う話に「そりゃ酷いね」とまるで他人事のような態度。あんな兵器を作ったのが間違いだったと認め、ひとこと謝って欲しい、と言う被爆者に「絶対に謝らない」と言い張り、「あんなことをした日本が悪いんだ」と言う。最後には「アメリカにはこんないいまわしがあるんだよ」、「Remember Pearl Harbour!」と言い捨てた姿には、もうこんな人物の話を聞いても仕方がないと諦めるしかありませんでした。でも、恐ろしいことですが、このアメリカ人の態度は戦勝国の間では決して特異なものではないのです。今現在そうであるように、アメリカも、イギリスも、自分達は「正義」だと信じて疑わない。原爆も「evil」な日本に対する当然の報いだったと言う人がどれだけいるか。戦争を終わらせるためには原爆が必要で、素晴らしい効果をあげたと信じている。このアメリカ人は原爆の一番の犠牲者となったのは学校で朝礼を受けていた子供だったということに対してどう思うかと聞かれ、「罪のない市民」なんていうものはいない、戦争に参加している以上誰もが罪を犯しているんだ、と言い切った。戦争の罪を負う日本人は大人も子供も関係なく、処罰されてしかるべきだということか。いったん国外に出ると、原爆の投下が人類の恥ずべき歴史だと思っている人間は、思うよりも少ないのです。初めてイギリスに留学に来た20歳のころ、戦争について自分がいかに無知だったかを知り、驚きました。イギリスでは日本では語られないような歴史を、日本人が何をしたのかと言う事実を突きつけられる。マレーシアで日本人と戦ったと言うイギリス人に会い、日本人が学校で事実を教えていないことに憤慨する韓国人に会い、「VJ Day(Victory over Japan Day)」として終戦記念日を祝う国民に会う。戦争中に日本人がしたことは正当化できないし、それを正しく教育していないのも事実です。誰かが隠そうとしているのは明らかだし、きちんと教えてこそ未来があると思う。日本人の中には「被爆国」としての被害者意識を戦争責任とすりかえようとする気持ちすらあるような気もします。でも、少なくとも、日本人は戦争を悔いている。もう二度と戦争が起きないように祈り、後悔の念で「終戦記念日」に黙祷する。こちらにきて初めて、戦勝国にとっての終戦記念日が日本人にとっての同じ日と全く違う意味を持つことに気づかされました。彼らは戦争に「勝った」のです。戦いの力を持って自分達の「正義」を世界に知らしめた。言ってみれば、戦争は彼らにとって成功だったのです。終戦記念日は勝利を祝う日。だから、後悔することなんてないし、謝ることなんてない。彼らにしてみれば原爆は必然だったし、結果的に彼らの勝ちを決定的にしたものです。どうして後悔する必要があるでしょう?必要があればまた同じことをしようと思っているかもしれない。私の中では、戦争は戦争。勝ちも負けもありません。時代が違えばイギリスだって日本と同じようなことをしていたし、大きな目で見ればどちらが正義ということはない。自分達がおよそできる限りの植民を終えた後だから日本を悪者にしただけで、イギリスやアメリカが特別に正義を語れるような性質を持っているとは思えない。長い人類の歴史の一部分を切り取って、自分達に「正義」という肩書きを与えているようにしか見えない。戦争を成功として後悔しない精神が生み出すものは、また新たな戦争だけ。「勝った」「負けた」ではなく、戦争そのものを、戦争が人に何をしたのか、させたのかを考えるべきだと思うのですが。そう思うのはやっぱり戦争に負けた日本人だからなんでしょうか。
Aug 15, 2005
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日本の実家に帰って久しぶりに会った、うちの犬達をご紹介します。左から、ララ(♀)、キー(♀)、アレックス(♂)です。 普通犬の世界には厳格なヒエラルキーがあると言いますが、この三匹、不思議なことに順位が決まっていないようです。うちにはもともとキーとゴールデンレトリーバーのダーがいました。ダーは数年前に亡くなりました。ダーとキーは中が良くて、喧嘩はしなかった。私が高校の頃に二匹を買ったので、キーももう13歳近い老犬です。だから、現在家の中ではキーが一番の古株。一番エライはずなのですが…。私が大学の頃に両親がララを飼い始めました。小さくて従順なので、父が異常にかわいがってどこへ行くのにもバスケットに入れて連れて歩く。レストランで食事をしている最中もいつまででもじーっとバスケットのなかでおとなしくしている犬です。家に置いていかれる時は、まるでこの世の終わりのような騒ぎ方をします。とにかく、バスケットの中にいるだけでも、人の側にいたい犬。人の会話の中で「行く」と言う言葉を聞きかじると「連れてって!連れてって!」と大騒ぎを始める。母が化粧をする姿を見ても出かける用意だと知っていて騒ぎ始める。開けたドアの隙間から逃げ出していったん外に出てしまえば連れて行ってもらえると信じている。そして実際、そう言う状況になると父は「かわいそうじゃない」と言って連れて行ってしまうのです。父がそうやってララを溺愛するので、ララは自分がキーよりもえらいと思っているらしい。家の中には家族が座るソファがあって、それが犬達にとっては一番人間に近い、憧れの場所。ララは小さい身体で母が座るソファを陣取り、キーが近づくと撃退するのです。うなる、鼻面に噛み付く。キーは気が良いのか、相手にしていないのか、下の地位に甘んじているのか、ララには反抗しません。「しかたないな」と言うように別な場所に行って寝てしまうのです。そこにアレックスが来ました。アレックスは、ララが産んだ子供です。二匹ともヨーキーなのに、アレックスはララの4倍くらい大きい。ビーグルのキーと同じくらいのサイズです。唯一の雄で、だからか気が強い。一番若くて子供なのに、自分が下だと思っていない。一度も親元を離れたことがないまま大人になった甘ったれた犬。母親であるララの力を借りて、一緒にキーを迫害するのです。親子だと思っているかどうかは分からないけど、ララとアレックスは喧嘩はしません。アレックスはララからは絶対におやつを奪わない。ララとアレックスは二匹一緒になって、ソファにやってくるキーを撃退します。「お前なんか来るな」と意地悪い態度をとるのです。でも、キーだって負けていません。アレックスがいつも母親の陰に隠れていて、本当は根性がないのを知っているみたい。ララには歯向かわないキーも、アレックスに喧嘩を吹っかけられれば黙っていない。取っ組み合いの喧嘩になります。時には血を見るほど。近くにいると人も巻き込まれて噛まれてしまう恐ろしい喧嘩です。そして、最後はいつもキーが勝つのです。アレックスは情けなくお腹を出して、喧嘩のあとはいつもキーの機嫌をとりに行く。それなのに、順位を学ばないアレックスがおかしいのでしょう、たぶん。数日後にはまた血を見る喧嘩となるのです。それでも、不思議なことに三匹はわざとみたいにべったりとくっついて寝ることもある。散歩に連れて行って放してやっても、3匹連れ立ってぞろぞろと歩く。本当は仲がいいのかも、と思いたくなる。それに、もういいお婆さんなはずのキーがいまだ餌を奪い合う元気を持っているのも、アレックスという天敵が近くにいるからかもしれない、なんて思ったりもします。ある程度の刺激があったほうが、犬も長生きするのかも?それでも三匹を美容室に連れて行って「ところどころにかさぶたがあるみたいなんですけど…」なんて言われると、ちょっと恥ずかしいですけどね。
Aug 14, 2005
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突然BA(英国航空)がストを始め、キャンセルされた多くの便に乗る予定だった客でヒースロー空港はごった返している。普段のストは混乱を最小限にするために何日も前に予定が発表されるものだけど、なんでも今回は不当に解雇された同僚をサポートするための、予定外のストらしい。昨日から始まったストは今日の18時まで続く予定で、ちょうど週末をかけて夏のホリデーに出発する予定だった人々はそれまで空港で足止め。かわいそうに。こんな突然のスト、実は私も経験があります。まだ日本で大学生だった頃、旅行でイギリスを訪れていました。市内の安ホテルに数泊し、翌日は飛行機でパリに行く予定でした。ガトウィック空港から昼前に発つ飛行機に間に合わせようと、早朝に空港行きの高速列車の出る(当時の国鉄)ビクトリア駅へ着きました。ところが、がらーっと広い駅の構内は電気はついているものの人っ子一人いない。切符を買おうにも自販機も止まっていれば、電車が動いている気配もない。全く何が起きているか分からずにしばらくうろうろしていました。すると、どこから来たのかBAのスタッフらしきユニフォームを着た女性が「どうしたの?」と声をかけ、近づいてきました。事情を話すと、女性はあきれたような顔で「今日はストで国鉄は全部止まってるのよ!ニュース見てないの?」などと言う。ニュースって言ったって、こっちは旅行中だしそもそも安ホテルにはテレビなんてない。文句を言いたかったけど、彼女に責任はない。それどころか、彼女は駅構内のBAのオフィスに戻って、ストの影響のない地下鉄で行けるヒースロー空港発の別のBA便にチケットを取り替えてくれた。おかげで数時間遅れながらも無事パリに着くことができたのだけれど、もしあの時彼女が声をかけてくれなかったら、あるいは持っていたチケットがBA便じゃなかったらどうなっていたんだろう…。運が良かったと思うべきでしょうね。そもそも、イギリス人はストが大好き。いや、好きなわけじゃないかもしれないけど、とにかく何かと言うとストをするんです。最近では5月にBBC社員のストがあって、BBCでは一日録画番組ばかり流していた。その時の理由も確か、社員何千人かの解雇に対する抗議でした。もっと深刻なところでは、消防士のストが大分長い間続いたこともありました。ちょうど9/11の後で、消防士のヒーロー話が話題に上っていた頃だった気がします。命をかけて働いているのに給料が少なすぎると、断続的に何ヶ月にもわたるストを決行しました。火事になったらどうするんだろうと思ったけど、軍隊が常にスタンバイしていたらしい。郵便局とか地下鉄のストも多い。普段は賃上げ要求なことが多いが、ちょっと前にはたった一人の社員の不当解雇を理由に地下鉄全体がストを決行したこともありました。その時は、確かある操縦士が足の怪我を理由に休職中、ビリヤード場か何かで遊んでいるのを発見され、解雇された。そのことに抗議するため同僚がストを始め、地下鉄全体に波及したということでした。仲間思いの気持ちには頭が下がるけど、迷惑をこうむる一般市民の気にもなってほしいものです。こんなふうにしょっちゅう起きるストですが、不思議なことにあまり実際の問題解決に結びついているようには見えません。スト決行中には労働者側の要求、抗議、および問題点が色々と話題にのぼりますが、いざ終了する時に和解が成立したと言う話は聞いたことがない。成立しなくてもストは終了するし、また何ヶ月、何年か経ったら再開するように見える。こうなるともう年中行事のようにも見えてくる。きっと「make a point」ということなんでしょう。だいたい、何事においても主張、抗議、反論しないと満足していると解釈される国です。主張する、と言う行為そのものが大事なんでしょうね。一般市民も結局は労働者の一人。「またストか」となかば諦めに近い境地で終了を待つしかないのです。
Aug 12, 2005
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強く印象に残ったものが三つあります。一つはたまたまケーブルの子供用チャンネルで見た「母を訪ねて三千里」。子供の頃は大好きでした。今でも主題歌を歌えます。何十年ぶりに見て、なんだか驚いてしまいました。たまたま見たその日のエピソードはマルコが乗っている船が大嵐で沈みかけると言う話。大揺れの船の中、酔って吐く人、自国ではどんなに働くのが大変かと言うことを語る人、パニックになる人など色々いました。最終的には全員で歌を歌いながら嵐を乗り切る。その光景がなぜかとてもシュールに見えたのです。これは、子供向けのアニメじゃなかったのか。子供は船に酔って吐く人を見て面白いんでしょうか。仕事を求めて海外移住する人の話なんか幼い子供に理解できるんでしょうか。ここに、イギリスを含む海外の子供向けアニメと日本のアニメとの一番大きな違いを見た気がしました。海外のアニメは往々にして大人によって「子供向け」に作られたものです。どんな話をとっても筋は一つ。悪者がいて、ヒーローがいる。悪者が懲らしめられて一件落着。子供に見せたい部分だけを分かりやすくまとめた話がほとんどです。それに対して日本のアニメは、いいところも悪いところも見せて後は見る人に考えさせようと言う姿勢が感じられる。だから大人が見ても面白いし、きっと子供に理解できないところも多いだろうけど、それはそれで良しとしているんでしょうね。どうして日本のアニメが世界でこんなに人気なのか、ちょっと分かった気がしました。二つ目は、番組のタイトルも趣旨も分かりませんが、何人かのタレントが老人介護について話していた番組。そこに出ていた舛添要一が自分のルール三か条のひとつとして「実の息子より嫁」と言い放ちました。何かと思えばどうやら、この人は自分の母親が痴呆になり、その介護で大変な思いをしたという。何年にも渡る介護の末、出た結論がこれ。母親は実の息子、異性である自分よりも嫁に気兼ねがない。特にオシメを代える要員として嫁が不可欠だと。なんて自分勝手な意見だろうとあきれてしまいました。奥さんが「他人」である姑のオシメを代えるほうが自分がやるよりもいい。他人のオシメを代えさせられる奥さんの気持ちなんて考えたことがあるのか。(でもこういう場合奥さんもきっと「よい嫁」であることを誇りとしているのだろうけど…)じゃぁ、奥さんのお父さんの介護は「他人」で「同性」である自分がやるというのか。(そんなこと考えてもいないに違いない。)そして、付け加えるように自分ももちろん「手伝う」と言ったずうずうしさ、しかもそれがいかにも素晴らしいことのように誇らしげに言った姿に、日本の家族制度の縮図を見たようで、本当に嫌になってしまったのです。そもそもお家制度的な考え方が全く理解できない私は、女であるだけで自分が結婚した男性の家族の面倒をまで見させられるという考えがわからない。男と女は平等に一対一の関係で一緒になるのではないのか。少なくとも日本ではそうではないらしい。今のイギリスでは「嫁姑」という観念はないに等しい。ほぼ友達のように、良き理解者として自分のパートナーの親と付き合う人もいます。きっとそこには親子双方の自立があり、親も老後の面倒を見てもらおうなんていう気もないし、結婚して家庭を持った以上子供も自立した一つの家だという考え方があるんでしょう。日本では親はいつまでも親、子はいつまでも子で、親が死なない限り自分は自立できないようです。だからきっと、私は日本にいたくないんだろうな。三つ目の番組は、原爆投下60年を記念する特番でした。これに関しては思うことが多いので、また別の機会にまとめて書きたいと思います。
Aug 11, 2005
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うれしいこと・涼しい!とにかく、すずしい。もう夏は終わった、と言う感じ。日本の春のようなさわやかな天気が続いています。既に日が短くなり始めているのには驚きましたが…・時差ぼけ帰ってきて以来時差ぼけのおかげで早寝早起きが続いています。普段はほっておくと朝の4時まで平気で起きている私なので、こんな時には時差ぼけもありがたく感じます。この「早寝早起き」時差ぼけは、日本から帰ってくるといつも体験します。逆に、日本に帰った時はいつもへんな時間に眠くなってつらいのです。・紅茶イギリスの紅茶はやっぱり美味しい。日本から帰ってくるとそう実感します。紅茶の葉もそうですが、何より違うのは水。カルシウムたっぷりの硬水がやはり紅茶には不可欠なんですね。日本の軟水で紅茶を入れるとどうしてか渋みばかりが出てくる気がします。でも、軟水はコーヒーには合うようです。コーヒーはイギリスよりも日本で飲んだほうが美味しい気がします。・静けさ日本って騒音が多いですね。選挙カー(ちょうど仙台市長選でした)、ゴミ収集車(草競馬、ロシア民謡などをかける)、車(実家の下は駐車場なので)、スイカ売り(仙台だけ?)、赤ちゃん、犬猫(実家で飼っているのだけでなく、近所の犬猫)等々、四六時中何かの音がしている。暑くて窓を開けてるからか、他の家の音まで良く聞こえる。イギリスは静かです。犬すら鳴かない(家の中で飼っているからでしょうか)。ようやくぐっすり寝られるのがうれしい。・BBCニュース日本でもBBCを見て親に嫌がられていました。これがないとどうも落ち着かない。日本のテレビはニュースでもどうも主観が入りすぎていて見にくい気がします。事実だけを脚色無しに伝えて欲しい。悲しいこと・バジル全滅!?ダンナに世話を任せておいたバジルがほぼ全滅状態。最初の4日、水やりを忘れていたと言う。帰ってきて毎日看護(?)を続けると何本かは回復傾向に。愛情が足りなかっただけ…?
Aug 10, 2005
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数年ぶりに見たもの、体験したもの・トンボイギリスにはいない、いても見たことがない。dragonflyと言うことばがあるんだからいるはず?・夕立あ、降り出した、と思った三秒後には大雨。人が軒下で雨宿りする光景がどこか新鮮。イギリスの雨はあんなに威勢よくありません。・ゆかた七夕だからか、街のあちこちに浴衣姿の若者が。最近の浴衣はカジュアルだったり、ミニだったり、いろいろなんですね~。・プリクラ両親に誘われて(!)プリクラを撮りました。その進化にびっくり!「美肌」だとか「足長」だとか、実物以上にきれいに撮れる。これなら撮りたくもなりますよね。イギリスにはたま~にゲーセンとかデパートの中なんかに、日本の昔の味気ないプリクラがあったりします。・美容院シャンプー、カット、カラーで賞味3時間。お茶を出してくれる、雑誌を持ってきてくれる、マッサージまでしてくれる。まさに天国ですね。あまりに丁寧な対応に感動しました。よくイギリスに勉強しに来る日本の美容師さんがいますが、イギリス人には日本にサービス精神を学びに来て欲しいものだと思います。・携帯電話支払いができるタイプは初めてみました。一番の疑問は「盗まれたらどうするの?」ということ。イギリスでは携帯電話は盗まれやすいものの代表です。そんなもので支払いができたら大変なことになる。やっぱり日本は治安が良いんですね。・留さんずいぶん老けちゃったな~…そんなところでしょうか。
Aug 9, 2005
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日本へもイギリスへも「帰る」のです。変ですね。とうとう帰国中は一度しか更新できませんでした。一番の理由は「暑さ」。実家のコンピュータ室にはエアコンがなく、毎日30度を超える気温の中、だらだらと汗をかきながら文章を書く気になれませんでした。それでも書きたいことは色々あったので、思い出しながら少しずつ書き足していきたいと思っています。エールフランスは、いまいちでした。気が利かない、融通が利かない。(どうしてわざわざ二人連れの真ん中に座らせるの!?)(荷物の20K制限を3k超えただけで超過を請求されたのは初めて。)乗換えが遠くて案内が悪い。(同じターミナルのゲート間をバスで移動するなんて、どこにも書いてない。)食事もよくない。(フランスなのに、美味しくない。)(どうして食事の選択肢が二つとも肉なの!?)もう乗りません。日本はとにかく暑かった。免疫がなくなっているのか、日本が暑くなっているのか、とにかくこんなに暑いなんて予想してなかった。気温34度、湿度80%!?まるでサウナです。あんな暑さの中、毎日スーツを着て働きに出る日本人はエライ!暑さに負けて結局七夕も見に行きませんでした。スイカ、生ビール、かき氷の味は格別でしたが。もう日本には戻れない、と実感してしまう夏でした。
Aug 8, 2005
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