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義姉が里親と会って安心したのか、ホッとしたのか?一日毎に更に気の毒なくらい痩せて骨と皮。その分、腹水は確実に貯まっている。頬骨が浮き出て、治まっていた痛みも出てきた。今日は、主治医から病状の説明等があるそうだ。極力、痛みを抑えて見送ってあげたいのが身内の率直な感情だ。私の方は、喘息の咳止めと、胃の痛み止め、頭痛・関節痛・熱兼用の頓服がそれなりに増え、薬を飲むと胃が痛い。子供の頃から飲み慣れた咳止めの頓服で胃が痛くなって、それが続いているのは今まであり得なかった事です。日中、吸い込まれそうな眠気や、貧血みたいな感じが強く出ているので、気が付けばそのままカーペットの上やイスの上から、ずり落ちて寝ていた。怪我をしなかったのが、不思議なくらいです。そうでなくても、喘息の薬は眠くなるのでその影響もあるかと思いますが、介護疲れその他で、今は常時眠い。(終わり)
2008年01月31日
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義姉の病院には、飲み物の自販機はあるが、売店も院内食堂も無い。実際にはかなり遠い、一応近所のコンビニも、無名のコンビニで、品物が呆れるほど少ない。市販の、粉が異常に不味い市販の大量生産のパンや、食べたら確実に咳コンコンになるお菓子や、おせんべいを食べて、喘息と胃が更に悪化したら困るので、作れる時にカップケーキや、パウンドケーキ、蒸しパンなどを作って冷凍しておけば多少は良いかな?私の、タンサイな頭で考えた以前読んだ新聞記事に、手術で胃を切った人が、食事を食べるのが大変で『手作りのお菓子なら一口ずつでも何回かに分けてカロリー補給に最適』で、その人は自分でお菓子を作りながら順調に回復して術後の栄養不足や、ドライフルーツ、ナッツ類を入れて貧血を予防したとありました。何か作ろう(終わり)
2008年01月29日
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夜中や朝方の咳が落ち着いている分だけ、体力は温存される。『夜、咳無しで、ちゃんと寝ていられた』。それだけでも、御の字です。今日は、長年、義姉の面倒を見ていた里親が来るそうだ。一波乱起きて当然。負けないわ この状況を図式で表すと『離婚VS義姉介護=当家崩壊』。ZARDの『負けないで』が、ぴったり合います。(終わり)
2008年01月28日
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義姉の病院の合間に『簡単に出来る物を作りたいな』♪『部屋の中を片付けなくちゃ』と、創作意欲がフツフツと出てきました。病室で、同じような姿勢で付いて居ると疲れるので、試しにやってみたイスに座った状態で出来るストレッチの効果でしょう体育館みたいに広々とした場所で無くても、『起きて半畳』の空間があれば大抵は可能なのですね。先人の教えは、改めて凄いなと実感しました。こうなったら、私の体調は、間違いなく一時的に落ち着いている。この先、大雪が降らないで、義姉が何かトンデモナイ事をやって、病院を出されない限り大丈夫でしょう。ルンルン(終わり)
2008年01月27日
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昨日は、義姉のお風呂その他付き添いで、私の薬を貰いに行く暇も無かったので、朝早く行って貰ってきました。状態が悪くないので、薬だけで済んで義姉の病院へ。義姉に、おなかの張りを緩和する塗り薬が処方されているので、塗ってあげました。それすらも、自分では出来ない。義姉の方は、座薬から点滴に代わっておりました。さすがに、義姉も『点滴をすると痛みが楽になる』『ご飯(おかゆ)が食べれる』と認識したようで、今の所は管を引き抜くような事は無い。そうなったら、『縛り付けても、拘束でも構いませんから』と、言ってあります。幾ら、私が張り付いて呪文のように『抜いたらダメよ』と言っても、24時間毎日は無理。今の内に、少し寝て、掃除しよう。(終わり)
2008年01月26日
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今日は、義姉の病院の入浴日なので、当然私が入れるしかない。いつものように、頭からつま先まで洗ってあげて、髪もドライヤーを買って持って行って乾かしました。お風呂大好きな義姉は、素直に喜んでおりました。せめて、三歳児並みに身辺自立が出来ていれば、もう少し助かるのですが連日の病院通いと、義姉介護で、ノドの痛みと咳コンコンが酷くなり、通常の薬と、咳止めの頓服で凌ぎました。とっくに、一日の規定量を超えてしまった。ガンバレ私。明日こそ、私の方の病院に行って、薬を貰って来ないと。(終わり)
2008年01月25日
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義姉が、かなり伸びている髪を気にしているので、病院から外出許可が出て、美容室へ連れて行く予定です。でも、北海道は、吹雪と大雪、暴風雪警報が出ておりまして、天候次第でしょう。最悪の場合、街中でも一時的に遭難に近い状態があり得るので、義姉連れてという事は、注意の二乗、三乗が必須です。本日、大雪VS義姉を受け入れてくれる殊勝な美容室。私の行きつけのお店です。言い出したら、どんなに回りに迷惑掛けても『我が道を行く』頑固一徹の義姉に、勝利の女神は微笑むのか?毎日の、義妹と義姉の世話をするための病院通いで、既に私のノドは二倍に腫れて真っ赤です。熱も、喘息も酷くならないのが不思議なくらいです。お互いに、仕事や家族があるので、それなりに大変です。フリーのたいして忙しくないお仕事で、本当に良かった。(終わり)
2008年01月24日
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昨日は、義姉の入院している病院の入浴日に付き、『私が義姉をお風呂に入れてきました』。ズボンの裾をまくって、たまたまハイソックスだったので、楽でした。普通の人なら、お風呂くらい一人で大丈夫なのに、ホントに手の掛かる義姉です。一人でボーっと突っ立っているだけなので、頭から体から全部洗ってあげて、尚且つ浴槽は、浅いプールみたいな感じなので、『手すりに掴まってなさい』。この台詞を、浴槽に入っている内に3回以上言ったが、相変わらず直ぐに忘れる義姉。今更、頭が良くなれとは言わない。せめて、人並みの身辺自立を促進する薬は無いのだろうか?家に帰って、タオルなど病院からの洗濯物や、ご飯支度その他を終えて、ふと気づくと地底に吸い込まれそうなド・貧血で、起きているのも、椅子にも座ってられない具合の悪さ。北海道弁で、『ものすごく、こわかった』そのまま吸い込まれるように寝たので、久々の睡眠7時間、ちゃんと朝、食べれました。これなら、薬も効くでしょう。(終わり)
2008年01月23日
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連日、北海道の外気温は低い。部屋の中は暖かいのですが、何やら、喘息と寒さが合体しそうな感じです。昨日は、実家の母(要介護4、半身マヒ)を、老健施設から特別養護老人ホームに移すべく、長年住み慣れた自分の家に一時帰宅して、そこから特養に入所しました。施設の職員三人付いて、玄関の上がりまちの段差を、車椅子ごと4人で持ち上げて。大変ですが、それでも一時期帰宅は施設の職員の何よりの心の篭った贈りもの。お父さんの仏前にお線香を上げて、母が喜んでくれたのが、一番嬉しい。凍えるような寒さの中で、人の気持ちがこんなにも暖かいのは意外でした。泣きそうになったと言えば、いい年して少女マンガでもあるまいしと、笑われるでしょうか?義姉の病院へ行くと、昨日もその前も発熱したので『看護婦さんが、冷やしてくれた』。看護師長さんが『私たちに出来ることや、希望があれば出来る限りの事はしますので何でも相談しながらやりましょう』と、優しく言ってくれました。人一倍、手の掛かる重度の知的障害者の義姉は、『今すぐ連れて帰って』と言われても仕方ないのに、まさに地獄に仏。掛値の無い人の気持ちの優しさに、泣けてきます。洗濯その他で、寝る時間が無く、それでも何とか4時間くらい確保して、朝起きたら、首を寝違えたとても、眠たい。(終わり)
2008年01月22日
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人口40人当たりに病院一軒の病院銀座と呼ばれる地域に住む者として、バカみたいなタイトルになりました。当市は、高度治療が可能な総合病院や専門病院、個人病院がたくさんあるので病院には不自由しません。義姉が、昨日やっと入院させて貰えて(殆ど院長先生の犠牲的温情と義姉の状態が良くない)その間だけでも私が自分の具合が悪くなっても、ツルツル路面で滑って転んで骨を折ったとしても、義姉が診療拒否して病院を強制退院されない限り、心おきなく病院を受診する事が出来ます。ケータイを、日中は肌身離さず、夜は枕元に置いて、昨夜は何ヶ月かぶりで『その日の内に寝る事が出来ました』。洗濯が、通常一日一回~二回で済む所、糞尿地獄になってからは、昼夜問わず洗濯の山です。何度洗っても取れないウ○チの匂いが、義姉のタイツやズボン、シーツに染み込んで、更にドッと疲れが出てきます。せめて、洗濯物がきれいにウ○チの匂いも無く仕上がれば、アライグマみたいな24時間お洗濯も多少は報われる。私が一番大好きな、懸賞ハガキ書く余裕も、お菓子を作る暇も無い。せめて、息子にゼリーくらい作ってあげたい。朝起きたら、また、右側の背中から腰に掛けてジワジワと痛い。義姉が居ないと、吐くのが酷くなっても、安心して病院で点滴出来ます。(終わり)
2008年01月20日
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朝、いつものようにトイレも衣服も、全部ウ○チで汚した義姉を、きれいにお風呂場で洗ってあげて、朝を食べさせて(ミカン3粒)、いつものかかり付け医に連れて行き、待合室で待っていると、突然の激しい痙攣と、かなりの震えで直ぐに姉の手が氷みたいに冷たくなった。直ぐに申し出て、血圧その他極端な異常は無いが、暫く点滴しながら様子を見るが、かなり体の負担も大きいようだ。取り敢えず、入院になりました。『本人が帰ると言ったら、帰しますから』。束の間の安らぎのひと時になるのか?一瞬の幻で終るのか分かりませんが、このまま入院と退院を繰り返すような気がします。何たって、人一倍、ナルシストで我がままな義姉は、初めての入院体験。耐えられるかどうか?(終わり)
2008年01月19日
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昨日も、朝の9時から午後四時半まで紹介された総合病院で義姉の胃カメラと、エコーと点滴、診断、家族への説明がありました。義姉にしては、珍しく点滴を引き抜く事も無く、500の点滴二本を完了した。精神科や、施設も間に合わないくらい、病状は進行していた。家に帰ってから直ぐに『ウ○チ出るー』と、義姉は、その辺をウロウロしている。『早くトイレに行けっちゅうの』!!!余りにも悲惨で、書くのも憚られるので、割愛します。いくら洗濯しても、一度付いたウ○チの匂いは、赤ちゃんのと違ってホントにシツコイ。絶対に取れないと言った方が正解かもしれない。どこかの有名大メーカーで、値段高くても良いから、仕上がった洗濯物にウ○チの匂いが残らない介護用洗剤を作って開発してくれないかしら?介護界の、ノーベル賞ものです。全国の尿失禁や便失禁がある介護者を抱える家族や病院・施設から、感謝状と表彰状が殺到するだろう。せめて、洗濯物がきれいに何の不快な匂いも無く乾いたら、介護に携わる物の想像を絶する苦悩と、やりばのない疲れは、幾らか半減するだろう。毎日続くウ○チの処理と世話で、私の喘息は見事に復活した。喘息の薬も頓服も、かなり眠くなるのね。でも、点滴している義姉を『針を抜かないように』見張り番しながら薬で咳を抑え、眠さをこらえて、貧血みたいな感じで吸い込まれそうになるのを堪えながら付いていましたが、病院だったせいか、私の咳コンコンには、まるで効かなかった。その、フラフラ状態で家に帰った途端に、冒頭の義姉大量便失禁。『そう、長い事ではない』『通院で痛みがコントロールできなくなったら入院させるから』と言われながらも何時まで続く糞尿地獄!!!私、この分で行くと、義姉並みにイカレテ、発狂するのではないか?(終わり)
2008年01月19日
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昨日、義姉は、かかりつけ医の紹介で総合病院の専門医を受診して、明日、本人を眠らせた状態で胃カメラ検査です。土石流みたいな便失禁が、本人の自覚が全く無いまま、今日で三日も続いている状態を、そのまんま、包み隠さず話しておきました。『認知症も出てますね』入院出来る精神科、義姉の状態でも入れる施設を紹介してくれるそうです。ホッとした。これで何とか、又、土石流みたいな便失禁の後始末に耐えられる。帰りに、薬局で消毒薬と、使い捨ての手袋、マスク、おしり拭きを買いに行ったのは言うまでも無い。診察が終ってから総合病院のトイレで、朝、あれだけ汚して全部取り替えて、お風呂に入れてきれいにしたのに、前日のバリウム飲んだ後の下剤で、下痢しやすい状態もあるにせよ、又、やってしまった。幸い、土石流までにはならなかったのですが、汚物で汚れたパットを自分で替えられない究極のおバカ。ウエットテイシュは、家にはありますが、仕方ないのでテイシュを濡らして拭いた。おまけに手を洗うのに、家の水道でさえも7ヶ月毎日、一回毎に使い方を忘れる義姉は、自分で手も洗えない。『手を出したら、誰かが洗ってくれるのか』更に、温風殺菌乾燥も、ハンカチで拭くのも、言わないと出来ない。義姉59歳、変な依頼心だけは、200パーセント発達している。私の方こそ『連日の義姉の土石流的排泄物の処理と介護で、限界を超えた疲れとイライラの極致で、かなり、おかしくなってないか』?『私の精神状態はマトモなのか』?精神科を受診したいくらいだ。まだ、1+1=2と、瞬時に充分認識出来るから、多分大丈夫だと思いますが(笑)実際に使ってみると、使い捨ての手袋は、座薬を入れる時に便利ですね。買ったばかりの義姉の衣服についたウ○チの匂いが、しっかりとその部分に洗剤付けて擦り洗いして、洗濯したのですが、洗っても洗っても乾くと明らかな糞臭が取れないので、結局、燃えるゴミに出すしかありません。昨日は、それでサイト検索しまくりました。つくづく、思いました。同居が始まった時点で、その時点では想定外のシャンピニオンエキス、体臭がバラの香りに変わる物などを、元気な内に常日頃から摂取させておくのも一つの、長い目で見た対応策かな?と。(終わり)
2008年01月17日
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昨日の朝から激しく便失禁していた義姉に、朝からお風呂に入れて洗ってあげて、洗濯に追われ、再度病院に連れて行って、取り敢えず穿くタイプの紙オムツと尿取りパットで防御したら何とかなると想定した私は、まだ健常者の範疇でしか物事を見られないようだ。普通の人なら一回言えば分かるが、この義姉は、一回毎に全部忘れて、それも完全にゼロの状態にリセットされる。義姉は、一応、生理の経験もあるらしい。『その時はどうしたの』『ナプキンを、自分で代えた』パットは、それと同じではないか。義姉の頭の中では、今回は『私、初めての経験』になるのだろう。毎朝、義姉のウ○チパンツの処理と洗濯で始まるのは、近日中に総合病院の精神科への紹介・入院があるにせよ、普通の住宅事情の家で、耐え難い事だ。恐らく、これだけ手の掛かる義姉なら、家族の付き添いが無いと入院させてくれないのでは?高校一年男子の、介護と言えば学校のボランティアで車イスを押してあげた、保育園のクリスマス会を手伝ってあげた、祖母の手を引いてあげた程度の、きれいな体験しか無い、免疫の無い、気持ちの優しい息子を真っ先に『青少年の健全育成』『教育上の配慮』の観点から、最優先で保護しなくてはならない』。息子に、義姉のウ○チの世話をさせるつもりは、毛頭無いし『僕で出来る事があれば手伝ってあげる』今の無垢で純粋な状態の息子に、何も鍛えてない60歳の義姉の皺腹及び下半身を晒すのは、絶対に、あってはならない甚だ良くない悪環境です。実際に、その実情を知らない人は『介護の勉強になる』『良い経験になる』などと、超・想定外のウ○コパンツの下の世話もした事も無いのに能書きだけは一人前にノタマウ。確かに、介護の、きれいな部分なら別だ。ノーマライゼーションの観点からも、心の問題も充分過ぎるくらい、理解している。今、切実に思うのは、この義姉よりも一日でも先に死ねないと言う、当たり前の、しかも一番大事な事です。志半ばで、義姉の介護疲れの過労死で死んだら、私は絶対成仏なんか出来ません!!!排泄物の匂いで、喘息が一気に酷くなる私。それに、インフルエンザや、橋本病が悪化して、ツルツル路面で骨でも折ったら?ショックで胃潰瘍が見事に復活するだろう。介護は体力勝負ですが、イッタイ何処まで私の体力が持つのだろうか?前・里親宅で、義姉は便が大量に付いた状態の衣服を、押入れやベッドの下に丸めて放置して、後日大変な悪臭になって事の次第が分かり、『怒られた』当たり前だ。これで褒める人が居たら、どこか異常だ。今日は、義姉のバリウム検査です。其の後、出る物が出たら、かなりの下痢になるだろう。今から、頭クラクラ。(終わり)
2008年01月15日
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朝降りて行くと、何とも言えない肥溜めの匂い。香りの元は、間違いなく義姉だった。それも、手には何重にも擦り付けたような後があり、着ている服と、カーペット、なぜか靴下の片方など、通常の下痢だけでは考えられないような広範囲に点々と、痕跡と何とも言えない匂いが。義姉は『ウ○チ出たー』と、涼しい顔。『手洗いなさい』と言っても、石鹸を付けるフリで、ほんの、サッとで『洗った』。冗談じゃねー!!!トイレの消臭スプレーを撒いてお風呂のお湯を足して、頭から全部シャワーで洗ってあげて、ホントに、私の怒り心頭と驚愕、お察し下さい。それから服から、パジャマ、シーツその他全部洗って、酷いのはそのまま投げて、とにかく私は、必死で洗濯と清掃に励んだ。私の喘息は、特に排泄物の匂いでドッと酷くなるのね。今、冷静になってみると、素手で雑巾と洗剤、石鹸だけだった。私の方への影響は大丈夫か?ウ○チが付いた後の処理は、雑巾で拭いて、石鹸や洗剤で洗って、それだけで大丈夫なのでしょうか?感染などの恐れは無いのでしょうか?義姉本人には、今のところ感染症は出ておりませんが?薬局で売っている消毒薬は、どれが良いのでしょうか?オキシドールと、消毒用エタノール程度しか浮かびませんが?お知恵拝借、お願いします。私の方が、体がフラフラ、おかしくなりそうです。(終わり)
2008年01月14日
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朝起きてから、かなり痛いようだ。痛み止めの座薬も、当然一人では入れられないので、入れてあげるしか無い。当番病院も、一度も掛かった事の無い患者は、データが何も無いので、かなり受け入れが難しい。そうでなくても、重度の知的障害者の義姉。いつもの、かかりつけ医に連絡して、診て貰いました。痛いのと、痛くないのと、主訴が二転、三転する。点滴に痛み止めを入れて、普通の人なら、問題なく終るのに義姉の場合は、100入れるのが精一杯で、管を引き抜こうとして大変だったそうです。なので、私が隣に張り付いて『勝手に抜いたら、ぶっ叩くからネ』と呪文のように繰り返して言い聞かせた。どうも義姉は、点滴をしたり、医療機関を受診すると、物凄い重症=私、悲劇のヒロインだと認識するようで、かなり大げさに受け止めるようだ。その度に周りは大変ですが、本人が足りない分、やはり回りの者が其の時に出来る最善を尽くすハメになる。今頃、どっと疲れが出て来ます。(終わり)
2008年01月13日
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授産所の行事が終わる頃迎えに行ったら、『おなかが痛い』それも、かなり痛そうだ。義姉の、かかり付け医に連絡して土曜日の午後3時なので、当市の当番医を受診。かなり離れた郊外で、路面はツルツル、雪が降って思うように走れなかったが、一刻も早く連れて行ってあげたいのが人の情。幸い、当番病院で義姉の状態を伝えて、受け入れてくれて『本人にはショックを受けないようにナイショ』でと、予め連絡して、断りもせず快く引き受けてくれました。医師も看護師さんも、穏やかに対応してくれて、大変ありがとうございました。帰って来てから、『やさしい先生で良かったネ』と安心して、おかゆを少しと、ミカンと「なます」を、さっぱりして美味しいと食べて薬を飲みました。痛み止めの注射と、薬、座薬で、今は寝ております。いつもは、何をするにも私に全部頼る、ヒステリーのヘタレ夫が動揺しないで、パニック起こさないで、ツルツル路面に気を付けながら運転して、当番医まで新聞で調べた。今回は、我が夫ながら見直しました。いつも、こうだと良いのに。今回、医師や看護師さんに恵まれ、あまつさえ夫までもマトモに行動してくれた。人の輪は、天の恵みか、ご先祖様の裁量か?かくも嬉しい。(終わり)
2008年01月12日
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義姉の、先日のCTの結果は、Drが『癌です』『癌だ』と連呼した癌でした。それも、手術が不可能なほど進行していて、既に腹水が貯まっているそうです。胃カメラをやれば、詳しく分かるが、多分本人がパニック起こして、管を抜いたり予測付かないので、比較的負担の少ないバリウムで検査します。15日のバリウム検査まで、兄弟や身内で『抗がん剤を使った治療をするか、否か』結論を出して欲しい。抗がん剤の治療を受けるのであれば、大きな病院の有名な専門医を紹介すると言っておりました。義姉の兄弟は『抗がん剤でも何でも使って、出来る限りの事をしてやりたい』。その心情、察するに余りある。いくら知的障害が酷いと言っても、血縁の濃さは他人の嫁には適わない。実の弟である夫は、相変わらず一言一句医師の診断や状況を伝えても、ウンともスンとも反応が無い。賛成でも、反対でも、とにかく、自分の意見が全く無い。本人には、授産所から、兄弟間、皆で秘密にしました。多分言っても理解できないでしょうし、余計な不安を与えない方が良いでしょう。この先、義姉の体力が抗がん剤に、どこまで耐えられるか?そのショックで、面倒見ている私の方が、何処まで体力持つか?全ては嫁の体力次第。(終わり)
2008年01月12日
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三日に、ショートステイに預けた義姉を迎えに行ったら、向こうでも『私、重症』だと思い込んで、どこも悪くも無いのに、咳一つくらいで『風邪引いてるから初詣も行かなかった』。『吐きそうになったから点滴した』。『吐いたの』?『吐いてない』本人は、それだけで『私、物凄い重症』と、悲劇のヒロインみたいに思い込んでいるらしく、病院のDrも、施設の職員も、義姉の習性を理解していると言っても、夜間に多大な迷惑を掛けてしまった。吐いたら、500の点滴三本、喘息の状態が酷ければ点滴三本、軽くて一本が普通の私から見れば、糖尿しか無い義姉は、遥かに丈夫で健康体です。『私、少ししか食べられない』と大げさに嘆き、食事をロクに食べない義姉は、お菓子やジュースなら、底なしに、幾らでも食べて飲みます。今日は3時から胸部CT、明日は7:45分から腹部CTですが、義姉にそれほどの悪い所は無いでしょう。義姉は一人で病院には行けないので、結局、私が迎えに行って連れて行かなくてはなりません。義姉が居ると、私の頓服の量が、一気に増えて、薬で眠いのね。その時に、少し横になって休めれば問題ありませんが、義姉は、そうゆう時に限って、何かかにかやってくれます。IQ32の義姉に『おちょくられているのか』?(終わり)
2008年01月07日
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義姉を見ていて、つくづく思います。ゼロ歳から私が面倒見ていれば、こんなに酷くはならなかった。『名前は漢字で書ける』と、大威張りで言うので、書かせてみたら、ミミズよりも酷かった。それも、自分の名前だけで、ひらがなや、カタカナは、読めない、書けない。住所も電話番号も書けない。それ以前に、筆圧が無いので、子供が小さい頃にやらせた公文のプリントやドリルを探しましたが、一番やさしい『エンピツのおけいこ』でさえも、義姉にはかなりの難関。最低限、筆圧を付けるべく、エンピツやクレヨン持たせて、線のなぞり、色塗りでもやらせようか、粘土や折り紙か?義姉の耳は良いのですが、前・里親宅で音楽系統は一切嫌いで、カラオケや、民謡、詩吟の一つもやらない夫婦で、文化の欠片も無かった。せめて、お茶くらい日常生活と同時進行で教えていれば、少なくても授産所で顰蹙かう程、汚く食べる事も無かったでしょう。『父も母も歌は嫌いだった』と、義姉は律儀に全く受け付けない。きれいなクラシックの音や、本来、母親がやさしく歌い掛けてあげて幼子が安心する子守唄、日本語の歌詞がとてもきれいな童謡も、義姉にとっては永遠に無理か、幻か?時計は、前・里親が一生懸命に教えたらしいが、10時と3時のように、時間しか教えなかったそうだ。いわゆる、何時何分が、全く理解不能。いくら、義姉に、IQ32の、重度の知的障害があるからと言っても、それぐらい教えておかないと、腕時計は持っていても実際に使うことは無いので、授産所に通う時に困るだろう。小学校特殊学級中退の59歳の義姉の為に、遅蒔きながら教育元年になりつつある現実。ここで、例え私が一生懸命教えたとしても、義姉の知的レベルは、来年の今頃も同じ程度だろう。義姉と同居以来、いつも絶望だけなので、けして高望みはしません。名前の他に、北海道と市町村から続く住所くらいは、誰が見ても読める字で、書けるようになって欲しいと思うのは知的過ぎる贅沢でしょうか?あり得ないだろうが、名作絵本の一冊、たとえ、一ページでも良いから義姉に読めるようになって欲しいですね。公文の大量インプット、大量読み聞かせ、童謡掛け流し方式でやってみようか?(終わり)
2008年01月05日
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明日は、義姉の通っている授産所で新年の顔合わせがあるので、午後からショートステイの山の中へ、夫と迎えに行きました。わがまま、超ナルシストの義姉は、家でも何処でも大変です。周りに、手いっぱい面倒掛けるのが当たり前だと認識しているようだ。せっかく戻った体調も、義姉が帰ってきたら、元の木阿弥。また、睡眠四時間の、いつになったら入所できるか分からない介護生活の始まりだ。夫の妹夫婦も、たまに日帰りでも良いから、自分の姉の面倒を見たって罰は当たらないだろう。毎日、神経と体をすり減らして、死ぬほど体調悪くても、家族犠牲にして面倒みるのが当たり前。たかが、長男の嫁とは、実に理不尽で、終生報われない存在ですね。(終わり)
2008年01月03日
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義姉がショートステイに行ってるので、絶えず何処かで間違いが無いように張り詰めている気持ちが開放されております。きっと、この状態で血圧を測れば、元の低い数値で安定している事でしょう。一ヶ月に一週間でも、重度の知的障害者の義姉が、ショートステイを利用できる福祉の制度は、何物にも代え難く喜ぶべき事です。義姉本人にとっても、気心の知れた昔からのお友達や、馴染みの先生方と楽しく遊んで過ごせる毎日は、きっと『快』の空間だと思います。明日の午後、義姉を迎えに行くまで、束の間の命の洗濯を楽しんでおります。極めて質素に、息子の為にお菓子を作って、大好きな懸賞応募に励み、疲れたら横になって、側から見れば一笑に付されそうですが、私にとっても『快』の時間です。(終わり)
2008年01月02日
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明けまして、おめでとうございます。北海道は晴天、雪が積もっています。今年は、暮れからのおせち作りで疲れた体と、義姉介護同居で疲れ果てた精神的な疲れが、ショートステイのお陰で、大幅に緩和しております。何が良いと言って義姉への目配り無しに『心行くまで夫や息子の為に作れた事』が一番です。体が、こわい時に(北海道弁で、しんどくて、かったるくて、体調が悪い事)少し横になって休めたのは、神仏が下しおかれたお年玉のような気がします。大々的な飛躍は出来なくても、助走の準備くらいは楽々出来るでしょう。今年こそ、良い年でありますように。(終わり)
2008年01月01日
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