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サラリーマンになって、「座持ち」という言葉を初めて知った。「座持ち」とは新明解国語辞典によれば、その場に集まった人々が退屈しないように、いろいろな人の興味を引くことをすること。また、その人。とある。Mさんは、そんな「座持ち」のいい人なので、一緒にいるとついつい飲んでしまう。先日も、Mさん起点のラーメン談義で、おおいに盛り上がった。Mさんによれば、世の中には「湯切り」なる技があるのだとか。名人のそれは、芸術の域だとか。カウンター越しに眺めるだけで、魅了だれるのだという。それから、「お腹ペコペコの時、盛りをどうします?」と問いかけて、皆が「そりゃ、大盛りでしょ」と答えると、待ってましたとばかり「並盛りです」「大盛りだと、麺とスープのバランスが崩れるんですよ」と。「並盛りで足りなかったら、もう一杯頼めばいいんです」とも。うーん、奥が深い!ラーメンにしても昆虫採集にしても、Mさんの趣味は徹底している。そして、共感してしまう。それは、他の人をアッといわせてやろうとか、自慢してやろうとか、そういった邪念がなく、自らが楽しむことに集中しているので、美しく高く響いてくるのだろう。着丼したラーメンに顔を近づけ、「うーん、いい顔してるな」とつぶやくMさんの姿が目に浮かぶ。ちなみに、Mさんが食べるラーメンは年間300食、ほぼ毎日ラーメンを食べていることになる、ラーメン大王だ。「食べなくて死ぬくらいだったら、食べて死ぬ方が後悔は少ない」との名言で、日々、ラーメン道に邁進していらっしゃる。これからも、楽しい話を聞かせていただけくことを期待してやまない。
2025.11.30
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いやはやすごい人もいたもんだ、と感心していたが、よくよく調べてみるとどうも架空の人物らしい。それでも、リアルに感じてしまうのは、歴史上の人物(安藤信正など)や出来事(安政の大獄や坂下門外の変)とリンクしているからだろう。それに、「パーソナル イズ ポリティカル」を体現し、こんな町奉行所同心がいてくれたら、と待望しているからだろう。万兵衛が町中で安藤信正とばったり出会った時の言葉が忘れられない。「どうやら、私はあそこにおわするあの家族のために働いておりますようで」「つまりあの家の者どもが不幸せになるような世の中であってはならぬーそれは、ほかの誰であろうと同じこと。ご奉公の大根の考えがそこから発しているようでございます」そんな万兵衛が仕事の犠牲で愛する家族を失い、悲劇的な最後を迎えることになる。舞台は坂下門外。安藤信正から賜った「雪の日や おれも人の子 樽拾い」と書かれた白絹を鮮血に染めて倒れるのである。時代の急激な変化に合わせて、尊王攘夷に変節しても、「パーソナル イズ ポリティカル」の精神を持ち続けていたことがせめてのもの救いであろうか。先日、映画で見た「室町無頼」を彷彿させる。本作も映画化されないだろうか。
2025.11.29
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本編の主人公・村井長頼は凡人かもしれない。それでも、時に失敗し、利家や秀吉、家康といった大物との自身の器量の違いを感じつつ、成長していく物語。自身の役割を意識して、全力を尽くす。現代のサラリーマンにも通じる物語ではないだろうか。通勤電車の中で読むと、職場に向かう足どりが軽くなる。そんな本である。副題の加賀百万石の礎のとおり、ハイライトはお松さま(利家の妻)を、お家存続のために、江戸に人質に出すシーンだろう。ただ、僕の心に残ったのは、主君・利家のいまわのきわに際し、自身の妻を立ち会わせるシーン。物語の冒頭に登場した女性を、物語後半(300ページあたり)まで引っ張って再登場させるとは。あっと驚く伏線回収に平伏いたしましたぞ、砂原殿。
2025.11.28
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幼少の頃より、真田びいきだった。上田城や松代城を訪れ、六文銭の旗も買ってもらった。当時は、真田昌幸・幸村がスターで、信幸(関ケ原の戦い後、信之に改名)への関心は低かった。ところが、この歳になると体制を守ることに苦心する信幸への興味が沸々と湧いてくるのである。歴史上のヒーローも、自身の年輪によって変化するのであろうか。信幸が93歳の長寿であったことを初めて知った。時代は既に、4代将軍家綱、下馬将軍・酒井忠清の治世である。近代でいえば、明治維新から大戦を経て、戦後まで見続けたようなものであろうか。お家騒動の収拾は最後の大仕事だったのかもしれぬ。守成の人・信幸の家と領地と領民を守るための攻防は、大坂の陣の幸村の活躍と同じように、ワクワクするのである。改めて、松代の町に行ってみたくなった。
2025.11.27
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娘が、いよいよ年明けに成人式を迎える。成人式当日は、早朝から、髪を整え、着付けをして、それはそれは大変らしい。まあ、今回は、写真撮影だけの成人式の前撮り。本番前のウォーミングアップ程度の軽い気持ちで同行したら、とんでもない。結構、大がかりでびっくりした。まずは、お化粧や髪のセットで、約1時間。そして、ようやく撮影だ。その撮影が凄かった!カメラマンさんと助手さんが、つきっきりで着物や髪の毛を直したり、ポーズをアドバイスしてくださる。ところどころで、「カワイー!」、「いいねー!」と合いの手が飛ぶ。さらに、傘をもってみたり、屏風をバックにしてみたり、背景が藤の花に変わってみたりで、娘本人もノリノリになってくるのだ。まるで、芸能人が写真集を出すような物々しさ。撮った写真の数、なんと約120枚!ここまでで、3時間半以上経過していた。最後に、写真選び。撮影した写真データは1枚8,000円也!! 但し、コースなら約120枚の全写真のデータと25枚を選んだアルバムがついてくるというが・・・。このコースのお値段は、16万円!!結構なお値段です。とはいえ、今や気持ちが乗っている娘に我慢せよとは言えず、お店の方の「だいたい皆さん、コースですね!」とニコッと営業されては断れず。まあ、娘が喜んでくれれば。それにしても、着物レンタル(着付け+成人式当日の髪型セット)が25万円くらいしていたから、合計40万円超か!このビジネスモデルの洗礼、前にもどこかで受けたような!?と考えていたら、思い出しました。大学受験に向けた塾の三者面談。あの時も、前のめりな塾の先生に乗せられた娘のやる気を見て、余計な講座を随分と申し込んだような。子育てには、結構なお金がかかりますねー。
2025.11.26
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冷たい雨があがり、太陽が眩しい。気持ちのよい朝だ。絶好の散歩日和だ。こうなるといてもたってもいられない。僕自身、前世は犬だったのではないかと思っている。だから、こんな日は、散歩を待ちきれない犬のように、尻尾を振るがごとく家を飛び出した。近くの泉谷公園は、思ったとおりの気持ち良さ。モミジが赤・黄・青のグラデーションに染まり、ヒマラヤスギが青空に向かってすくっと立っている。昨夜の雨の雫が、樹々の葉を濡らし、色めきを与えている。そんな風景にうっとりした僕は、あちらでパシャリ。こちらでパシャリ。犬がオシッコで縄張りを主張するかのごとく、スマホであちこちの風景をマーキングする。実際、泉谷公園は犬の散歩のメッカである。樹々にかこまれた芝生は、犬たちにとって社交場であり、公園でもある。この朝は、嬉しいことに、日本犬のサロンになっていて、柴犬さんと甲斐犬さんが5匹も大集合。嬉しそうに群れて遊んでいた。これは、犬人間としてはたまらない。僕も、さりげなく犬たちの群れに入っていく。犬たちは、クンクンクンと僕の匂いを嗅いで、やがて、僕に体当たりしてきたり、からみついたり。どうやら、群れの仲間として認めてくれたらしい。嬉しい!こちらも、アゴや頬をナデナデしてやり、顔を近づけてお返しにクンクンクンと匂いを嗅いでやる。楽しい!家に帰ると、今度は、待っていたモヒうさぎさんがクンクンしてくれる。もて期到来か!?犬にうさぎに大もてだ。ところが、洋服に犬の匂いや毛がついていたのかもしれない。モヒうさぎさん、目を大きく見開いて、足ダンをしてきたのである。「犬と遊んできたれすね(怒)」「モヒというものがありながら、あなたって人は(怒)」とでも、言いたげな表情である。モヒうさぎさんは、その後、うさんぽしてもなかなか機嫌を直してくれなかった。悪いことをしたかな、と思ったが、また、あの犬たちにあったら、きっとじゃれてしまうに違いない。浮気をする人の気分が少しわかった気がした。
2025.11.24
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浅田次郎さんは、夢を操れるというというようなことをエッセイに書いていた。眠る前にこんな夢をと念じれば、実際にその類の夢を見ることができるのだという。本作品も、そんな見たい夢から着想を得たのではないか。但し、本作品は、夢ではなく既に彷徨っている魂と対話するのだから只事ではない。本作品のテーマは、そんな贖罪を償って荷を下ろすことだが、一方のモチーフはなんだろうか?僕は、二つの話とも、高度経済成長のもたらして光と影なのだと解釈した。ひとつめの話のキヨの家族は、こうした影の犠牲になったが、二つ目の話の百合子は、影を乗り越え、かつ高度成長に置き去りにしてきた美徳を武器に逞しく生きていったのである。誰しも、あの時こうしていたらという後悔や、申し訳ないことをしたという贖罪の意識のひとつや二つはあるだろう。だから、本作品は、誰にとっても他人事ではない。本作品を読んで、思い浮かべる人がいるはずである。
2025.11.19
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「〇〇歳を過ぎたら好きなことをしなさい。好きなものを食べなさい」といった中年・高齢者向けの指南書をよく目にする。歳を経るごとに人間は我儘になる気がする。また、体力的にできることも限られてくるだろう。将来の展望も限らてきて、もうジタバタしてもどうしようもない。残りの人生、限られている中で、我慢して余計なことをしなくてもいいのだと思う。僕の場合、新型コロナウイルス対応で生活が大きく変わった。仕事の環境が変わったばかりでなく、マラソン大会や外食など外出の機会が激減した。一方で、外出しなくても、結構、楽しめることがあることを知った。amazonプライムやTverで映画やテレビを見ながら、コーヒーを飲む至福。ちょっとしたおつまみを手作りして宅飲みする缶チューハイ。周りを気にせず、「ウィー!」でも「うまっつ!」でも法悦の声をあげ放題だ。庭に出て、モヒうさぎさんと追いかけっこやダルマさんが転んだ遊び。モヒうさぎさんの生き生きした動きや表情を撮影して、ニンマリするという少々暗い趣味も覚えた。やりたいこと、楽しいことはたくさんあるのである。昨夜は、ベランダに出て月を眺めながら歯磨きをしてみた。ものすごくいい気持ちだった。幸せを感じた。幸せの青い鳥は、身近にあるものだ。これからも、自分の身近な幸せをみつけ、楽しもうと思っている。
2025.11.17
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七年に一度のご開帳に合わせた当時のコラムを読むと、善行寺について知らなかったことがたくさんで、へえーと感心しきり。誰かに言いたくてたまらないことばかりだったので、ここに記録しておきたい。まずは由来。仏教伝来時(538年もしくは552年)の蘇我氏と物部氏の対立で、廃仏派の物部氏が「一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい/いわゆる善行寺如来)を難波の水路に投げ捨てた。これを信濃の住人・本田善光が引き上げて、長野市の今の場所に祀ったのだという。なんと、日本最古の仏像!日本仏教の原点なのだ!さらに、時が下って戦国時代。激闘の川中島の戦いも善光寺争奪戦の意味合いもあったのだとか。実際に、戦火から守るべく、善行寺如来を受け入れる甲斐善光寺を建立したというのだから合点がいく。武田家滅亡後は、信長から秀吉と天下人が善光寺如来を保持し、京都方広寺の本尊でもあったのだという。なんとも、歴史の表舞台をさまよってきたのである。そして、長野に戻った善光寺如来は、浅間山の大噴火とそれに続く天明の大飢饉による、民衆の苦しみの中、当時の住職・等順の民間救済の取り組みにより、民衆の善光寺信仰が一気に拡大したのだとか。「牛に引かれて善光寺詣り」はこうした世相の中、生まれた伝説である。小諸の老婆が川で布を晒していると、牛が布を角にひっかけてどこかに行ってしまう。老婆が牛を追いかけると善光寺に至り、夢をみて改心するという話。信心あるものは、すべて救済するという善光寺如来らしい話だ。家族旅行で善光寺に行ったのは2016年。もう10年近く前のことだ。事前にこんな話や歴史上の関わりを知っていたら、善光寺詣ももっと楽しく奥深いものになったに違いない。背景を知っているかどうかで、旅は、もしかしたら人生はより豊かになるのだ。
2025.11.16
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どうせ、一年中春眠暁を覚えない娘の学園祭出勤は、遅いに違いない。そんな目論見で、娘の学園祭に向かう前に寄り道した。門井慶喜著「家康、江戸を建てる」の舞台の一つでもあり、また、かの有名なフォークソングのタイトルでもある、神田川沿いを歩いてみることにする。神田川の水は思ったよりも澄んでいて、鯉や亀が泳いでいるのが見える。鯉が亀のすぐそばをすれ違う現場に遭遇し、注意深くみていたけど、何事も起こらなかった。ご近所さんだけど、あいさつだけの間柄というところだろうか。びっくりするくらいの鯉の悠然たる泳ぎぶりの見事なこと。あんな堂々とした鯉になるのもいいかもしれない。日頃、セカセカと川底の苔を食むように仕事して生きている小サラリーマンにとっては羨ましくもある。神田川のほとに、松尾芭蕉が住んでいたという庵があった。このあたりの旧地名をとって、関口芭蕉庵というらしい。芭蕉はそもそも伊賀の人で、元々は藤堂家の家来筋だったらしい。そんな経緯で、神田上水の改修工事に携わって、この水番屋に庵を結んだという。風流人も生活のためには苦労もあったのだと感慨深い。「家康、江戸を建てる」では、塩辛い水しか出なかった江戸に、七井の池(井の頭)から水道を引いたとあった。目白下(文京区関口大橋付近)には、海水の遡上を防ぐ石堰(いしぜき)を作ったという。川床が人工の構造物っぽいのはそのせいであろうか?以前見た映画「オオカミこどもの雨と雪」の一幕、オオカミであるお父さんが川で事故にあい、ごみ収集車に運ばれるシーンがあった。映像は、雨の日のコンクリート直立護岸の川だった。オオカミのお父さんと人間のお母さんが出会ったのは一橋大学で、国立の街がモデルになっているというということだが、本当だろうか。あの雨の日の直立護岸の風景は、この神田川・早稲田付近と重なるのだが。そうこうしているうちに、肥後細川庭園に到着。南門から入って、池も周りを歩く。薄曇りだが、周囲の樹々が池の水に映えて美しい。モミジは少し色づき始めたところだろうか。もう2週間もすれば見事な紅葉になるだろうに。ちょっと悔しい。その分、季節はずれのツツジの花のサプライズがあった。松聲閣(しょうせいかく)なる屋敷は、父の会社の箱根保養所の風情。幼き頃の思い出が蘇る。出口の門で、屋敷を守るように三角の目をひからせているカマキリに遭遇。さすが、肥後細川藩の守衛、迫力がある。ちなみにカマキリは秋の季語なんだとか。季節は確実に進んでいるということだろう。気がつくと、2時間近くたっていた。気持ちの良い逍遥になった。
2025.11.08
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娘からの招待をいただき、学園祭に参加。「招待」というのが正しいのかどうか。娘からは、「来てほしい」が、でも、「皆の前では、他人のフリで」という微妙かつ複雑なミッションを課せられてのご案内なのだ。確かに、大学生くらいになると親がわざわざ来るのも照れくさく、親離れしていないように見られるのも嫌なのだろう。僕自身の当時を振り返ってみても、娘の気持ちはわかるので、そぉーっと、参加するつもりだった。ところが、キャンパスのメインストリートで、娘とばったりと出くわしたのである。お互い、思わず「おー」と声を漏らし、そしてなにもなかったように距離を取った。少し、離れてみていると、娘は、サークルのプラカードを持ち、声を張り上げて呼び込みをしている。裏方仕事を一生懸命に取り組む娘はカッコよかった。父親として、嬉しかった。しばらくして、娘のサークルの会場に、偶然を装って入室。しかも、娘に似ていると思われないよう、マスクをして、上着のフードを頬くらいまであげる。少々、野暮ったく、不審者っぽくもあるが、完璧なディフェンスである。ところが、受付にいきなり娘が・・・びっくりしたー。またまた「おー」と出かかった声を飲み込む。なんとか、娘に軽く会釈をしながら、それでも、それ以上は踏み込まないように、関門を突破した。ふー、危ないところだった。ところが、展示してある作品が、いずれもニックネームだったりするものだから、娘の作品や、娘のコメントがどれだかわからない。〇〇(娘の名前)の作品はどれですか? と聞きたいのはヤマヤマだが、ここはじっと我慢だ。通りすがりの者ですが、ちょっと拝見しますよ、という雰囲気を醸し出して、でも、やたらと細かくじっくりと見てしまった。平成初期、二流私大だった僕たちの学園祭は、村の祭りのようだった。学内の生徒が、顔見知りのところに顔を出す。もしくは、高校の時の友達が見に来てくれる。そんな、インナーのお祭りだった。それが、どうだ。早稲田祭りの来場者数は、なんと20万人だというではないか。確かにキャンパス内は、歩くのも難渋するほど人でぎっしりで、不特定多数の人があらゆるところから自主的に集まり楽しんでいる。村の祭りというより、これはテーマ―パークのようではないか。一方で、盛り上がりという点ではどうか。僕の所属するテニスサークルは、毎年、羽目を外しすぎた。結果、実行委員会から催事の中止を命じられた。大学4年の時なんか、大学祭への1日目にして参加自体を禁止させられた。村の掟を破ってしまったのである。何がそんなに楽しかったのか。村の祭りの無礼講、他のテニスサークルと酒を酌み交わし、サークルの名誉にかけて、時に喧嘩になる。そんなことに一生懸命だった。当時の仲間が集まるとそんな武勇伝で、今だに盛り上がる。令和の現在、そんな羽目を外すことはなおさら許されないだろうが、後々、盛り上がるような、そんな良い仲間と巡り合って欲しい。テーマパークの運営者は、どんな打ち上げをしたのだろうか。良い思い出をたくさん作って欲しいものだ。
2025.11.03
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