2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全30件 (30件中 1-30件目)
1
今日は図書館記念日です。私は個人的に図書館については深い思い入れがあります。体のあまり丈夫でなかった私は、小学校のころは校庭で遊ぶより図書館で本を読むことが多かったです。卒業する頃には自分の好きなジャンルの本はほとんど読みつくし、学校の授業よりその時に得られた知識のほうが今、はるかに役に立っていると思います。日本の歴史や、科学に興味をもって知識を吸収したのもこの頃です。現代はコンピューターやインターネットの普及によって特に若い世代を中心に本を読む機会が減っています。しかし、インターネットは多くの場合は親切すぎて、文字のみならず画像や動画が提供されているので、どうしても文章から物事を想像する力が衰退してしまっているのでしょうか。このままいくと日本人全体の文章読解力や作文能力が衰退してしまうのではないかと心配です。文字を書き、そしてそれを読解し、次の行動へのヒントにするというのは人類の文明を形作る原点だと思います。なんとか本離れを防がないと文化の継承に重大な支障があると思います。
2006年04月30日
コメント(0)
自転車は、日常的で便利な乗り物です。1万円以下のママチャリから100万円以上もする高級スポーツ車もあって、生活の道具から趣味の対象まで幅広く愛されている大いなる発明品です。ですが、いぜんからから自転車について気になっていることがあります。 駅前の放置自転車などの問題は、もう市町村レベルで対処しかねるほどの問題になっていますが、今日、私が書きたいのはそれとは別のものです。自分で車を運転するようになってから思うようになったのですが、自転車に乗ってる人の多くは交通ルールを完全に無視している人が多いような気がします。赤信号の無視、一時停止の無視、安全確認をいっさいしない、二人乗り、など数えれば枚挙に暇がありません。私自信、愛車の横腹に信号無視の二人乗りの女子高生の自転車に突っ込まれた事があります。こちらの被害が甚大で助手席側ドアを交換する大修理となりましたが、幸い相手側は足をすりむいた程度ですみました。でも、間が悪ければ死亡事故にもなりかねないわけで、いくら相手側の信号無視が主たる原因だったとしても場合によっては裁判など大変な事態になっていたかもしれません。自転車は免許の必要ない乗り物ですから、交通ルールを理解できないひとも乗る可能性も有りますし、そもそも道路交通法などまったく知らないのが普通かもしれません。 昔は自転車は二人乗りしてはいけないもので、おまわりさんに見つかるとこっぴどくおしかりを受けた物です。今は、幼児を乗せる自転車用のチャイルドシートのようなものが売られていているようで合法になったのでしょうか。しかし、交通ルール無視の自転車に幼児を乗せて走ることの危険性はちょっと恐ろしい物があります。車との接触がなくても自転車なんて結構道路に浮いている砂で転んだりしますから幼児をのせるにはあまりにも危険であるように思うのですが。生活のためやむを得ずやっている人が多いのでしょうが、やはり幼児を生命の危険にさらすような行為は止めておいたほうが良いと思います。
2006年04月29日
コメント(0)
今日は、缶ジュース発売記念日です。1954年、明治製菓が日本初の缶ジュース・明治オレンジジュースを発売した日だそうです。昔の缶ジュースはプルトップなんて物は無くて、小さな鷹のくちばしみたいな道具が付属していて、穴を開けて飲んでいました。缶ではありませんが、紙コップ式のジュースの自動販売機は、上に透明な金魚鉢みたいなのがついていて、中でジュースの噴水が噴出していました。あんなことをしてジュースが傷んでしまわないのか不思議に思っていました。 私は果物の100%のジュースが大好きなのですが、多くの100%ジュースは「濃縮果汁還元」という表示があります。これはどういうことかというと、果汁の水分をいったん抜いて濃縮し、出荷するときには水で薄めてもとの濃さに戻すということです。なぜわざわざそんなことをするのかというと、果物はできるだけ産地に近いところで絞るほうが鮮度の面でも運搬費用の面でも有利です。そしてさらにそれを濃縮して体積と重量を減らせばさらに有利となります。特に外国から船で運ぶ場合は濃縮するほうが大幅に運賃を安くできるのです。しかし、水分を抜く際に一部の揮発性の香り成分などはとんでしまいます。それを水で薄めてもとの濃さにしても、それがはたして果汁100%と言えるのか疑問を感じます。 濃縮還元していないジュースも少ないですが売られています。「ストレート果汁」と呼ばれているものです。味は明らかに違うと私は思います。もしストレート果汁の100%ジュースを見かけたら試してみてはいかがでしょうか。
2006年04月28日
コメント(0)
子供のみならず大人も好きなハンバーグ。高級レストランやハンバーグ専門店のハンバーグもいいですが、家庭で手作りするのも家庭ごとの味があって美味しいものです。私もハンバーグは大好きでよく作るのですが、どうもいまだに望みどおりの味に仕上がりません。実は私には再現したいハンバーグがあります。でもレストランや専門店のものではありません。それは私がまだ十代の終わりごろに一人暮らしを始めたころでしたが、近所のスーパーマーケットで売っていた手作りハンバーグがとにかく美味しかったのです。焼いていない生のものです。普通、スーパーの手作りハンバーグは肉を売るために整形した祭に出る余り肉や安い部位を使って作るものですが、そこのスーパーのものは妙に美味しくジューシーで、上手に焼いてやれば最初のナイフの一切りで肉汁が噴出すかのようだったのです。その店はもう何年も前になくなってしまったのですが、いろいろ工夫してその味を再現しようと試みました。牛肉と豚肉の比率、玉ねぎは炒めるか炒めないか、パン粉の量は、などいろいろやってはみましたがまだ満足できません。一般的に牛肉と豚肉の比率は7対3が最も良いというのが定説になっています。でも私が美味しいと評判の店のレシピなどが料理番組に出たりしたときにメモしたところでは、5対5や8対2というのもあり、やはりセオリーなんてものは無いようです。私が今までやった実験では豚肉の量が多めのほうがジューシーになるように思います。また牛肉の量を多めにすると香りがハンバーグらしいものになります。私としては5対5くらいがちょうどよいように感じていますが、まだまだです。しょせんスーパーのパックの挽肉を牛と豚別々に買ってきて混ぜているだけですから、もとの肉質で全然違うのかもしれません。私のちょっとノスタルジックなこだわりの挑戦はまだまだ続きそうです。 ちょっと極端に、アウトドア向け牛100%ハンバーグなんていうのもたまにはどうでしょうか。例によって超手抜き料理です。造り方は、***牛100%アウトドアハンバーグ***1.材料 牛挽肉 150gくらいのを一人前につき1パック2.作りかた 挽肉をパックのトレイに乗せたまま薄めの小判形に形作る。このときこねないで挽肉の 粒々感をできるだけ残す。ある程度形になったら手にとり表面を滑らかにして強めの塩 コショウをしてそのまま焼く。牛100%なので真ん中がほんのりレアなぐらいがベスト。※ハンバーグとは似て非なるもので、癖もありますが、ワイルドな味で、簡単にできますの でキャンプの時などにしゃれでやるには言いと思います。炭火に鉄板ならさらに気分が盛 り上がります。ソースはウスターソース+ケチャップでも、焼肉のタレでもお好みで。ついでにもう一つ。***味噌ハンバーグ***1.材料 鶏挽肉 150g 長ネギ 10cmくらい 味噌 小さじ2(ちょっと量の記憶が曖昧…(-_-;) ) 2.作り方 ネギはみじん切りにして全部の材料を混ぜてこね、小判形に形作る。 後は、普通に焼くだけ。※ハンバーグというよりは味噌味のつくねかな。でもけっこう美味しいんです。 味噌の量はいつも適当なのであらためて書くと自信ありません。好みもありますから 適当に調節してください。
2006年04月27日
コメント(0)
酢は人類最古の調味料と言われています。紀元前5000年のバビロニアではナツメヤシの実(デーツ)を使って酢が作られていたそうです。酢は世界中で独自の作り方が生まれましたが、たいていは酒を作る過程の途中で酢酸菌を働かせることで作られています。おそらく最初は酒を作る際の失敗で生まれた物でしょう。しかしこれを単なる失敗にせず、酢の持つ健康効果に気付き、薬として使用するようになり、意図的に酢を作るようになったと考えられています。 日本では5世紀ころに酒造りの技法とともに中国から伝わったと言われていますが、庶民の食生活に欠かせないものになるのは江戸時代からです。寿司や酢の物など和食に欠かせない酢ですが、国民的調味料になったのは意外と新しいようです。 今では合成酢など工場で科学的に生産されたり、巨大なタンクで発酵させたものが主流になっていますが、卓越した健康効果に注目され伝統的製法で作られた黒酢は、ブームになっていますね。 日本では米酢が中心ですが、欧米ではワインビネガーを始めとする果物酢が一般的です。最初は酒作りの失敗作であったにしても人類は本能的に酢の有益性を理解したのでしょう、酒作りがなされている文明で酢を作っていなかった文明は無いと言っても過言ではないようです。クレオパトラはその美貌を維持するため酢に真珠を溶かして飲んでいたとも言われています。酸味と言うものは本来、生命に危機感を与える警戒の味覚だと言われています。自然界での強烈な酸味は腐敗している証拠と考えられるからです。人間以外の哺乳類でこの味を好む生き物はいません。このことは少なくとも味覚に関して人類と人類意外の動物の脳に明確な違いがあるとも言えるのではないでしょうか。たかがお酢ですが人類の進化と発展の歴史の中で実はかなり重要な存在意義があったのではないかと私は思っています。
2006年04月26日
コメント(0)
録画してあった「アテンションプリーズ」を見ました。またリバイバルかあと思いつつ見てみると、ストーリーはまったくの別物のようです。ただ主人公の名前が同じ美咲洋子となっているところをみるとあながち無関係ではないのかも知れません。 昔の「アテンションプリーズ」は1970年から1971年に放送された人気ドラマで、紀 比呂子という女優が主人公、美咲洋子を演じていました。ちなみに良く似たシチュエーションのドラマで、堀ちえみが主役を演じた1983年から1984年放送の「スチュワーデス物語」は題名も内容も別物のドラマです。こちらの方が懐かしく思う人も多いでしょうね。 上戸彩の演技ですが、この種のおてんば系の演技ははまり役ですね。「あづみ」では少女らしからぬ殺陣など記憶に新しいところです。しかし、イメージがあまり偏ってしまうと正統的な女優の仕事がやりずらくならないかと、外野ながら心配してしまいます。金八先生の時の性同一性障害の少女の役をいまだに引きずっているのでしょうか。彼女が、でなく周囲がですが。 近年まれに見る個性豊かな女優ですから今後の活躍にも期待したいと思います。
2006年04月25日
コメント(0)
鉄腕ダッシュのダッシュ村が好きで毎週見ています。里山の中で人の営みがすたれ、廃墟となっていた古民家を再生することから始まり、田を開墾し、畑を造り、果樹を植えていろいろな作物を作っています。農村が生まれる過程のミニチュアを見るようで、人と自然の関わりを感じさせられ感動します。 作物だけでなく、村の土から瓦を造り、手作りの窯で焼いて屋根の修復に使うということまでやっています。水を得るための井戸を掘ったり、穀物を粉に挽くための水車小屋を作ったり、何もかも手作りです。陶磁器を焼くための登り窯を作ったときには、窯の材料である耐火レンガから手作りするという徹底ぶりです。 私は、この番組は、昔ながらの里山と人と人の生み出す文化の調和を現代に復活させる実験的な試みととらえています。今の時代にそれを行うことが何の役に立つかというと何の役にも立たないかもしれません。しかし、少なくとも私には、自ら植え収穫した米や野菜を食べ、生活に必要な物を自分たちの知恵を絞って作り、ささやかだけれども働き、工夫することで豊かになっていく生活には人間らしさを感じます。いきなり完全に自給自足の生活は無理でも、1週間とか2週間くらいの体験生活をしてみたいと思っています。
2006年04月24日
コメント(0)
今日は、地ビールの日だそうです。何年か前の町起こしブームで、たくさんの地ビールが誕生しました。それぞれ味はすばらしく、特に現地で飲む出来立ての地ビールはこたえられない美味しさでした。しかし、今も生き残っているのはそんなに多くないようです。あの銀河高原ビールですら、経営が傾き、会社更生法による再建中と聞きます。私が最も気に入ったのは北海道小樽の地ビールです。仕事の合間に立ち寄ったのですが、たぶん町営の施設で供されている新鮮な地ビールが本当に美味しかったです。 ビールと一口にいっても上面発酵タイプとか、下面発酵タイプとか種類は豊富で、それだけたくさんの流儀があると言う事です。日本人が米でお酒を作ったように、小麦を主たる農産物とする地域では麦でお酒を作るのは当然の発想だったと思いますが、麦芽がデンプンを糖化させるのに気がつくのには永い年月を要したでしょう。また、ホップを使うことをいったいどうやって考え出したのか、人類の発想と工夫には底知れないものがありますね。 バブルの頃だったかと思いますが、お酒のメーカーからさまざまな個性的なビールが売り出され、華々しい時代がありました。私は「ファインピルスナー」というピルスナータイプのビールが好きで、自分のなかで定番となっていたのですが、バブル終焉と共にそれらの新しい試みのビールはあっという間に市場から消え去ってしまいました。今、景気が回復しているということなのでまた復活してくれるとうれしいなと思っています。
2006年04月23日
コメント(0)
最近、楽天広場の日記・記事書き込みのシステムが変りましたね。何の説明もなく突然です。使い方が良く解らなくて困っています。せめてどこに使い方の説明があるかくらいはメールで知らせてもらいたいものです。 さて、それより深刻に困っているのは、エロ書き込みが多いことです。今のところトラックバックが主で、掲示板に時々という感じですが、噂にによればあまりのエロ書き込みで掲示板の閉鎖を余儀なくされているwebページが多いようです。これらは業者によって自動書き込みソフトを使って書き込んでいるものが多いようです。いったいこんなことをしてなんの得があると言うのでしょうか。どう考えてもこんな書き込みに対してお金を払って会員になったり、通販の商品を購入するとは思えません。私のところには二つのサーバーを介して書き込まれているものがほとんどで、20ドメインくらいはそのサーバーから書き込んでくるようです。楽天広場にはトラックバックを特定のドメインからの書き込みを拒否する機能がありますが、数に限りがあり、もう使い切ってしまっています。このままいくとトラックバックを禁止する設定にせざるをえません。トラックバックはブログならではの機能なので、できることなら禁止したくないのですが、トラックバックのほぼ100%がエロ書き込みという現状からすると仕方ないようです。 楽天様、トラックバックの禁止のドメイン数を無制限にしていただくか、サーバー名でまとめて禁止できるようにしてください。どう考えてもこれはリアルの世界であれば犯罪行為であり、それに対処するのは管理者の責務と考えます。第一楽天のブログはエロ書き込みだらけなんてことが世間で常識になってしまったら一番困るのは楽天様、あなたです。品位に欠けたブログ、ソーシャルネットなんてだれも見向きもしなくなってしまいます。なにとぞ、対策のほどよろしくお願いしたいと思います。また、私以外にも同じ被害を受けている方は多いと思います。なにか良い対処法をご存知の方は教えていただくとありがたいです。よろしくお願いします。
2006年04月22日
コメント(3)
塩は人間のみならずあらゆる生き物に欠かせないミネラルです。塩は、化学的には塩化ナトリウム、つまり塩素とナトリウムが結びついたものです。塩の結晶はどなたでも見たことがあるように美しい立方体です。塩素イオンとナトリウムイオンが交互にそして立体的に積み重なった結果あの立方体が生まれます。しかし、ここで大切なのは結晶でありながらイオンの集合体である事です。イオンとは物質が水の中に溶け出し、他の物質から電子をもらったり、与えたりして電荷を帯びた物のことを言い、化学反応を語るときにはけっしてはしょれない物質というものの性質なのです。結晶という物は共有結合と言う電子を共有し合うことによる原始同士の強固な結びつきで形成されるものなのですが、塩はいくつかある例外の中に含まれています。塩素イオンはマイナスの電荷を帯びており、ナトリウムイオンはプラスの電荷を帯びている。このことによりプラスとマイナスで引き合って結晶を形作っています。この結晶は、いわば静電気でくっついている様なものですから、水と出会うとすぐにイオンに戻ります。この二つのイオンのうち、ナトリウムイオンは特に生命と深く関わっています。筋肉の収縮も神経細胞の情報伝達もナトリウムイオンがなければ成り立ちません。そもそも人間の体液は、約0.9%の塩分濃度を持っていて、生理食塩水はこの塩分濃度に調整されています。これは生命が誕生した太古の海水の塩分濃度と同じだと言われています。塩は、生命のメカニズムに組み込まれており、さらにはあらゆる生物のDNAにも必須な物質としてきざみこまれているいるのです。ちなみに、現在の海水の塩分濃度はもっと濃く、2~3%くらい、日本人の大好きなお吸い物の塩分濃度は1~1.5%位のようです。 塩は人類にとっても不可欠なものですから、地域によって塩を採取する努力をしてきました。大きく分ければ海水から採る、岩塩から採る、塩湖から採るといったところでしょうか。岩塩も塩湖も基本的には海水が陸の隆起によって海から切り離され干上がったものですから、やはり母なる海からの恵みであることに変わりはありません。生命誕生後、40億年が過ぎても、またロケットで月に降り立つほどの知恵を手に入れても母なる海に生かされているのが生命と言う物なのですね。 日本は島国ですから塩は海水から採っていました。さまざまな製塩法が考え出されましたが、古来行われていた代表的な方法は塩田法と藻塩法です。塩田法は区画された砂浜に海水を満たし天日で水分を蒸発させて塩を採るというものです。藻塩法は、海藻に海水を、かけては乾かしかけては乾かして塩を採る方法だったようですが、最終段階では塩の結晶をたっぷり付けた海藻を焼くことにより、塩と海藻の灰を採り、それをさらに水に溶かして釜で炊くなどして塩を精製していたのだと思います。百人一首の中にこんな歌があります。来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ 権中納言定家 生命の深遠な不思議さも、人類の文明も、原始生命が誕生した海に存在した塩にその根底があるのかもしれません。この単純な化学構造でたいして貴重でもない塩があらゆる生命に必須な物である事は、自然界にはありえないような複雑な科学物質を作り出している人間にとって、文明のあるべき方向を考えさせる事実だと私は思うのですが。 最後に豆知識ですが、一般に、調味料は水には溶けにくく、お湯には溶けやすいと思われがちです。例えば砂糖は確かにその通りで、冷たい水にはほとんど溶けてくれず、お湯にはよく溶けます。しかし、塩はその結晶構造から、水でもお湯でもほとんど溶けやすさが変りません。ご存知でしたか?
2006年04月21日
コメント(0)
唐突ですが、ラーメンはお好きですか。最近テレビでラーメン対決の番組をよく見ます。趣向をこらした麺もスープも素晴らしいのですが、私が食べたいラーメンとは違っています。私が今食べたいと思っているのは中華そばです。子供のころ祭りの縁日に行った時、友達といっしょに入った町の定食屋で食べた懐かしい味です。 スープはしょう油色で、でも透き通っていて、きれいな脂が少し浮いている。さっぱりとしていて、でも深い旨みがある。麺は中細の縮れ麺で、コシはあるけれどざっくりと潔い歯ざわり、小麦の旨みがある。具は焼豚、ナルト、海苔、メンマ、刻みネギ。(ナルトは重要。気分的に。昔はナルトは中華そば専用の具材だと思っていました。(笑))あとゆで卵の半切りが入る場合も。当時はどの定食屋でもそんな中華そばが出されていたように思います。 最近のラーメン屋はトンコツが主流のようで、昔のような澄んだスープのラーメンは、ほとんど見かけません。脂も背脂とかたくさん浮いていて、コクはあるけど私にはくどすぎます。店独自の味を作り出そうとする結果、ありふれたシンプルなものが駆逐されてしまっている気がします。ちょっと昔の記憶を美化しているのかもしれませんが、ラーメンもこの辺で原点に返ってみるというのも良いのでは、と思っています。
2006年04月20日
コメント(1)
ちびまるこちゃんの実写版、なかなか楽しかったですね。まるちゃん、たまちゃんはイメージにぴったりですし、ともぞうじいさんもなかなかのもの。さすがにたまちゃん以外のあまりに個性豊かなまるちゃんの同級生たちは、ちょっと?でしたが。花輪君の髪型には笑いました。陰の薄い同級生でそんな子いたっけ?というような人も何人かいました。ちびまるこちゃんて子供よりむしろ作者と同世代の大人に受けているんじゃないですかね。「チョットダケヨ」とか、「女の操」とか百恵ちゃんとか出てくると、ああ、あのころ、そんなのもあったなあって懐かしくなります。エンディングテーマも爆笑問題の2人のネズミがはまり役で楽しかったです。ほんとはあまり期待していなかったけど、思っていたより良い出来で良かったです。欲をいえばまるちゃんのおばさんチックなセリフ「やだね、あたしゃ○○だよ」みたいなのがもっとあるとアニメにもっと近づけたかな。でも、こういうのもこれだけ力を入れて作ってくれれば、時々はいいですね。
2006年04月19日
コメント(2)
今日は、418(ヨイハ)で良い歯の日なのですが、同時に良い刃の日でもあります。今日は日本刀について書いてみたいと思います。 日本刀は日本古来から伝わる戦闘用の刃物です。今の形に近いものは平安時代後期頃から作られていたようです。時代によって若干の形状の違いはありますが、片刃でそりのある細身の刀身が特徴です。中世ヨーロッパなどで使われた太めの両刃の剣などは、切るというより叩きつけるという使い方で、まるで農機具の「なた」のようです。これに対して日本刀は独自の優れた技術で研ぎ澄まされたカミソリのような切れ味を誇っています。 まず、日本刀に使われる鉄は「たたら製鉄」という日本固有の製鉄法を用いて得られる「玉鋼」を使って作られています。たたら製鉄とは河の砂鉄を集め、木炭で熱して酸化鉄から酸素を還元し、鉄を得る製鉄法ですが、この方法だと非常に純度の高い鉄を得る事ができます。不純物の多い鉄は薄く整形すると脆くなって割れてしまうため、純度の高さはとても大切なのです。たとえば中国などでは、鉄鉱石を石炭で加熱し、還元する方法がとられており、これだと石炭の硫黄分が不純物となって鉄に残ってしまい、脆い鉄しかできませんでした。たたら製鉄では純粋な炭素である木炭を使いますので純度の高い鉄が得られたのです。 刀の構造にも驚くべき工夫があります。なんと硬い鉄としなやかな鉄のサンドイッチ構造になっているのです。しなやかで靭性の高い鉄の間に硬い刃が挟み込まれ、一体化しているのです。硬い刃は硬い代りに脆さも持っていますから、それだけだと簡単に折れてしまいます。それを2枚のしなやかな鉄で挟み込むことによって切れ味が良いのに折れにくい刀となっています。また、それゆえに刀を細く軽くすることも可能となり、実用の刀としては世界でも珍しい細身の刀となっています。このサンドイッチ構造も含め、非常に高度な技術で刀を作る職人は刀匠とか刀鍛冶と呼ばれ、有る意味、武器を生産するという行為から逸脱しているとさえ思えるほど物作りにこだわる姿勢がありました。このため、あまり量産にはむいておらず、また刀匠の腕で品質にばらつきもありました。しかし、その事が逆にブランドを生み、優れた刀匠の刀は芸術品として現代に残りました。刀を鍛えていく過程で生まれるあの美しい刃紋は、鍛えた刀匠によって異なる文様で、刀の目利きをするときの一つの目安となるそうです。また、刀本体のみならず、「こしらえ」と呼ばれる鞘と握りも漆や金箔が使われた豪奢で華麗なものも多く、芸術品と呼べる物です。「つば」も使った人の家紋やトレードマークなどがあしらわれ、それだけをコレクションする人もいるほど優れた工芸品です。平和な現代となって、刀はまさに美術工芸の塊です。 刃物というものは人の心を引き付ける何かがあるようで、子供のころは年長の子供がナイフを器用に使い、竹を削って竹とんぼなどのおもちゃを作ったりするのをうらやましく思いながら見ていました。今でもスイスのアーミーナイフなどはつい欲しくなってしまいます。日本刀の技術で作った包丁なんていうのが新聞広告に載っていたりすると買ってみようかと思うのですが、手入れや研ぎがうまく出来そうも無いので躊躇しています。 サムライ、ニンジャはもう世界中で通用する日本の一つのイメージとして定着しています。しかし、日本刀の優れた工業技術と芸術性についても、世界の人が知ってくれるといいなと思います。
2006年04月18日
コメント(0)
漬物は、日本人には欠かせない食品の一つです。非常にたくさんの種類があり、おそらく最初は食品の保存のための工夫として始まったと思われますが、趣向に合わせさまざまな漬物を作り出してきた日本人の漬物に対する思い入れを彷彿とさせます。塩漬け、酢漬け、しょう油漬け、粕漬け、糠漬けなどいろいろな漬け方は有りますが、基本の作り方は、塩で漬けることによって雑菌の繁殖を押さえ、天然の乳酸菌によって自然に乳酸菌発酵させるというものです。そこへさらに粕や糠といった風味のある材料を足すことで多様な種類の漬物が作られています。この多様性は世界的に見ても珍しく、海外にも韓国のキムチや中国のザーサイ、イギリス・アメリカのピクルスなどが有りますが、なんといっても多様性に欠けては日本の右に出る国はなさそうです。 近年、この漬物の乳酸菌が免疫機能の強化やがんの増殖を抑える機能があることが解り注目を集めています。植物性の食材を発酵させて得られる「植物性乳酸菌」はチーズやヨーグルトのような「動物性乳酸菌よりも胃酸や消化酵素への耐性が高く、腸まで届きやすいそうです。この性質を利用して、京都の伝統的な漬物「すぐき」から抽出した植物性乳酸菌を加えた乳酸菌飲料も発売されています。 私も若い頃はそれほどでもありませんでしたが、今では漬物のない食卓は考えられません。なかでも糠漬けは非常に大切な食べ物と感じているのですが、残念ながら我が家には糠床がありません。糠漬けはお店で買っています。以前は糠床を持っていたのですが、仕事がハードな時に手入れを忘れ、カビカビに…。以来挫折して出来合いの糠漬けで我慢しています。昔はどこの家でも何十年も使い続けられた家伝の糠床があったもので、それぞれの家ごとに違う乳酸菌が働いて家ごとの漬物の味があったものです。毎日1回はかき混ぜる必要があるので忙しい現代人はなかなか糠床の手入れができません。おそらく、現代では糠床を持っているご家庭は1割もないのではないでしょうか。電動で毎日糠床をかき回してくれる機械があればいいのにといつも思っています。なんて、横着な考えを書いてしまいましたが、出来合いのものだけに頼っていると世の中から本当の味が失われてしまうかもしれません。市販のものはどうしても安全第一で塩加減や殺菌処理など、家庭で作るものとは味が違ってしまうと思います。機会があればまた糠床を作りたいなとは思っています。
2006年04月17日
コメント(1)
地球の環境異変が加速しています。温暖化は確実に地球を蝕んでいます。近年、アマゾン川が大渇水になり、あの大河が干上がってしまうという信じられないような自体に陥っています。アマゾン川が干上がれば流域の熱帯雨林も枯れてしまいます。熱帯雨林は、地球の二酸化炭素を酸素に変えてくれる巨大な工場です。これが失われれば、一気にCO2濃度が上昇し、あっという間に地球の生態系を変えてしまう恐れがあります。このままいくと100年後にはこの熱帯雨林の3分の2が砂漠になってしまうという研究報告もあります。2070年には北極の氷は姿を消し、海面の上昇で人類の生活している海辺の土地はほとんど水没してしまいます。熱帯性の蚊などによる感染症や害虫による作物や木造建築物などの被害が爆発的に増え、人類の力でどうこうできるレベルを超えてしまうかもしれません。京都議定書では日本は1990年を基準として、2012年までに6%のCO2を削減しなければならないのですが、現実には2005年の時点で削減するどころか7.4%も増加してしまっています。特に一般家庭からの排出量は30%も上昇しています。日本もそれなりの努力はしてきました。家電製品にエコマークの表示をし、省エネルギー機器の普及を促進したり、エコカーを税制上優遇したりなどですが、残念ながら成果は全然足りていないという結果です。しかも、京都議定書の目標をクリアできれば人類に未来が開けるのかといったら答えはNoです。環境の変化と言うものは何かアクションを起こしてもリアルタイムで結果は帰ってきません。常に一歩先んじての対策が必要になります。最近の研究では2050年までにCO2の排出量を現在の半分にしなければ環境の維持は出来ないということがわかっているのです。特に大量にCO2を排出している先進国では多い場合は80%もの削減が必要となり、ほとんど不可能といってもいいくらいの危機的な状況となっているのです。環境先進国のヨーロッパでは例えば、ドイツ、オランダは80%、フランスは75%、イギリスは60%、スェーデンは50%など2050年までの長期目標を国のプロジェクトとして掲げ、すでに本腰をいれての対策に取り組んでいます。我が日本はいまだに長期目標は決まっていません。2050年になれば当然世界的に50~80%のCO2削減は国際レベルで義務化されるでしょう。場合によっては罰則付きにすらなるかもしれません。それほど人類は崖っぷちに立たされているのですから。日本も今からさらなる努力をし、技術開発や社会構造の改変をしていかなければ、国際社会で立場を失うかもしれません。今、日本は不可能への挑戦を余儀なくされているということを多くの人にまずは知ってもらう必要があるのですが、経済への影響もあるからなのか日本政府のアクションはいまだに静かなものですね。今後この問題に対して、どういった政策を打っていけるのかが日本政界の実力を示すことにもなるので、次期首相にはがんばってもらいたいものです。
2006年04月16日
コメント(0)
縄文時代の人々の生活を原始人のそれのように思っている人は多いのではないでしょうか。縄文時代はもちろんエジプト文明やメソポタミヤの文明においてすら人類の体や頭脳の構造は現代人とまったくといっていいほど変りません。1万年やそこらでは生物学的な変革は起こらないのです。現代人が工業製品を使って豊かな生活を行えるのは、永い人類の生活の知恵・知識の成果なのです。特に文字を駆使するようになってから知恵の伝承は劇的に進み、知識の上に知識を積み重ねるようにして、ついには月にすら到達し、音よりも速く飛ぶことも可能としてきました。しかし、現代人が突然縄文時代に転送されたとしたら縄文人のようにたくましく生きていけるかといったらそれは無理でしょう。現代人は既にあるものをベースにしてしか、ものを考えられません。テレビでときおり見かけるサバイバルものの番組など縄文人がもし見たらお笑いぐさかもしれません。現代人は、火を起こす、飲料水を確保する、食糧を調達する、そんな生物が生きていくための基本的なことすら文明の利器を使わなければ容易にはできないのです。 縄文時代の生活はけっして原始人のような生活ではありませんでした。遺跡から発見される食物の残骸から鹿や猪などの獣肉、現代人も食べている近海もののあらゆる魚介類、さまざま山野菜など実に豊かな食生活を送っていたことが解っています。特筆すべきは植物性食品で、まだ米の栽培が始まっていなかった縄文時代においては、木の実が重要な位置を占めていました。なかでも実が大きくアクもほとんどない栗は、縄文人の主食に近い木の実として、美味しい実を付ける木の子孫を意図的に増やすなど、ほぼ現代の果樹栽培のような管理をして心血を注いでいたようです。縄文時代の遺跡から発見される栗の化石をDNA解析するとかなりそろった解析結果が出たそうです。野生の栗の寄せ集めではばらばらのDNAになるはずですが、これは優れた栗の木を意図的に増やしていた証拠で、長期に渡って地道に美味しい実をもたらす栗を選別して育てていたことがうかがわれます。 栗以外の木の実であるどんぐりやしいの実、とちの実なども縄文人は食料として利用していました。これらは栗に比べるとアクが強いのでそのままでは食べられません。ここで活躍するのは縄文式土器です。縄文式土器というとゴテゴテと装飾のついたゴツイものを思い浮かべる人が多いと思いますが、あれは祭事用で日用の物はもっとシンプルなものを使っていたようです。この土器の発明によって、アクの強い木の実でもゆでてからさらに水にさらすといった技法を工夫し、美味しく食べられるようにしていました。この土器は海や川で取った魚や貝、山で取ったキノコや山芋などさまざまな食材を併せて煮込むという調理方法も生み出し、塩を海水から得る事もできるなど縄文時代の食文化に革命をもたらした奇跡のような工芸品であるといえるかもしれません。 縄文時代は豊かな自然に恵まれ、自然と共存していました。後の弥生時代になると米を栽培するようになり田の所有などから貧富の差と言うものが生まれるのですが、縄文時代はオーストラリアのアボジリニーのようにみんなで協力して狩猟・採取し、みんなで分け合って食べるという文化だったので争いもあまりなく、人口も少ないので他部族との争いというようなことも少なく、平和で穏やかな時代だったと言われています。人々は平和を享受しながら、どうしたらもっとたくさん美味しい木の実が取れるかとか、獲物がたくさん取れたときに長期保存するためにはどうすればいいかとか、前向きにものを考えられる幸せな時代だったのではないでしょうか。共に働き、共に収穫し、共に工夫して自然と共に生きる。私には、縄文時代が自由奔放で、かつ努力が報われる、現代より幸福で夢のある社会に思えてしまいます。そしてそこで生活していた人々は我々と生物学的には寸分違わない同じ人間なのです。現代社会がなにか間違った方向に進んでいると思ってしまうのは私だけでしょうか。
2006年04月15日
コメント(0)
豆腐は、日本の食文化に深く根付いた食材であると同時に、今や世界で人気の低カロリー高タンパク食品です。癖がないのでどんな調理方法にも応用が利き、さっぱりとしているのに深いコクも併せ持っている希有な食材と言えましょう。豆乳に凝固剤を加えて固めるなどという凝った技法を大昔に考え出した人は天才です。「深いコク」には若干異論を唱えたい方もいるでしょう。「それほど濃い旨みは感じないなあ。」とか。そうですね、やはり、普通にスーパーで売っている豆腐は味が薄いです。これは、原料の豆乳の濃さが薄いものが多いからです。昔ながらの豆腐作りでは、豆乳に海水からとったニガリを凝固剤として使っていました。これは豆乳が濃くないと固まってくれないので必然的に味の濃い豆腐になります。昭和30年代くらいまではこうした豆腐が多かったのではないでしょうか。現代ではグルコノデルタラクトンなど化学精製された凝固剤で、薄い豆乳でも固めることができるようになり、同じ量の大豆から倍以上の豆腐が作れます。しかし、そういった化学的凝固剤が悪いとは一概には言えないようです。ニガリも複雑な成分ではあるものの、主たる成分は塩化マグネシウムという化学物質であるわけですから、人口的、化学的という言葉にヒステリックに反応しすぎるのも考え物かもしれません。最大の問題はコスト低減のため少ない大豆で大量に豆腐を作ろうとすることであって、たとえグルコノデルタラクトンを使っても濃い豆乳で作れば味の濃い豆腐になると言う豆腐屋さんもいるようです。 同じ豆腐でも高級なもの、こだわりのある豆腐屋さんの豆腐はびっくりするぐらい味が違いますね。まるでゆでたての枝豆をそのまま液体にして固めたような、濃い大豆本来の味があります。また、沖縄の島豆腐は海水で固めるらしいですが、実にずっしりとした重みと硬さのある豆腐です。海水を直接食べることになるので海のきれいな所でしか作れない豆腐です。 豆腐のルーツは中国にあると言われていますが、いつどの地方で生まれたのかは明確には解っていません。日本には奈良時代には既に伝わっているらしいのですが、実は豆腐を一般庶民が食べられるようになるのは江戸時代中期以降なのです。徳川幕府は家康・秀忠・家光の三代に渡って庶民にぜいたく品として豆腐を製造することを禁じ、豆腐は特権階級でのみ食べられるご馳走でした。しかし、その後豆腐が解禁されると「豆腐百珍」などの、まるで現代でありがちな、豆腐に特化した料理本なども出版されたりして、豆腐の実力と人気が伺い知れると同時に、江戸の庶民の食文化の豊かさにも感心します。 豆腐が嫌いな日本人(というか日本人以外でも)には出会った事がありません。万人に愛され、鍋物にも、中華風の炒め物にも欠かせない豆腐ですが、個人的にはそのまま食べるのが一番のような気がします。薬味もしょう油もいりません。できの良い豆腐であればあるほど素のままが一番美味しいと思います。豆腐という食材の完成度の高さを感じます。
2006年04月14日
コメント(0)
今日は、喫茶店の日です。が、喫茶店の話題は先日書いたばかりなので、今日は春キャベツを使った簡単サラダのレシピを書きます。 *** 簡単春キャベツのサラダ ***1.材料(4人分) 春キャベツ 4分の1個 リンゴ 2分の1個 ハム(薄切り) 2枚 マヨネーズ 適量 ※分量はかなり適当です。マヨネーズだけ味見しながらちょうど 良い味に調整すれば、あとはあまり深く考える必要はありません。 ※マヨネーズのおかげでサラダといっても3日くらいは平気でもちます。 少し多めに作ってもいいかも。我が家では取っ手の取れる鍋にいっ ぱいに作って冷蔵庫に入れておきます。2.作り方 キャベツ、ハムは千切り、リンゴは良く洗って皮ごと拍子木切りにします。 この時、皮の赤身が全部の切ったリンゴに付くようにすると出来上がりが きれいです。めんどくさければイチョウ切りでもかまいません。 あとは全部を合わせてマヨネーズで和えるだけです。ほとんどキャベツのマヨネーズ和えで料理ともいえないようなものですが、不思議なことにリンゴとハムが入ると味が別物になります。キャベツが余った時などにぜひ試してみてください。
2006年04月13日
コメント(2)
今日はパンの記念日です。1842年(天保13年)、のこの日、伊豆韮山代官の江川太郎左衛門英龍が軍用携帯食糧として乾パンを作り、これが日本で初めて焼かれたパンと言われています。 パンについて語るとき、小麦のことをはしょるわけにはいきません。世界のトウモロコシ、米と並んで三大穀物の一つとされている小麦ですが、人類が始めて「農業」を行ったのがこの小麦の栽培だと言われており、その日暮らしの狩猟中心の生活から、定住し、計画的に食糧を生産する生活が始まったのです。人類の歴史の中での重大なベンチマークと言えるでしょう。それは約9千年から一万年前のメソポタミヤで始まりました。 しかし、小麦を栽培しようと考えたからには野生の小麦を食べてみて美味しかったということでしょうが、果物や野菜、トウモロコシのような実の比較的大きい植物と違い、小麦は殻がむきにくく、また実の内部まで殻が食い込んでいるので米のように簡単に殻をむいて煮炊きすることもできません。どうしても一度粉に挽く必要があるのです。最初に小麦を食べた人が、そこまでして野生の草の実に過ぎない小麦をたくさん集めて食べようと思ったことが私には不思議です。とはいえ、小麦の栽培はその保存性の良さなど、利点があったため、周囲にどんどん広がっていきました。 小麦は最初、石で打つなどして粉砕したものをお粥のように煮て食べていたのだろうと考えられていますが、メソポタミヤで約6千年前に粉にして水でこねて焼くという無発酵パンの原型が生まれたとされています。小麦の食べ方として秀逸だったパンはすぐにエジプトに伝わり、そこで画期的な発明がなされました。発酵パンの製法です。おそらく、焼き忘れたパン生地が翌日に天然の酵母で発酵したものをもったいないので焼いてみたら柔らかくて美味しかった、というように偶然からの発見だったのでしょうが、エジプトでは労働者の給料にするなど重要な食べ物となりました。エジプトはこの発酵パンの製造法を秘密にし、唯一発酵パンを食べられる国であったことから、周囲の国から「パンを食べる人々」と呼ばれるほどでした。エジプトはやがてギリシャに征服され、製パン技術はギリシャに伝わり、さらなる発展を遂げ、職業としてのパン職人も定着し、量産の時代に入っていきます。2千年ほど前になると製パン技術はギリシャからローマへ伝わり、初めてパン屋さんが作られました。その後は世界各地でそれぞれの食文化に合わせたパンが誕生しています。 日本へ伝わったのは、約600年前ポルトガルが鉄砲と同時期にもたらしたとも、フランシスコ・ザビエルが持ち込んだとも言われていますが、キリスト教が禁止されたことから異教徒の食べ物としてパンが普及することはなく、日本でパンが作られた史実は約170年前の江戸時代、兵糧として作られるまで待つことになります。この時から薩摩や水戸など各地でパンが作られるようになり、特に1854年の開国以降は横浜や神戸など港町を中心に広がっていきます。1875年には木村屋総本店のあんパンが発売され、日本オリジナルのパンのスタートとなりました。 日本では世界中のさまざまなパンを買う事ができますが、やはりもっとも一般的なパンは食パンです。発祥の地は産業革命時代のイギリスで、大量生産、大量輸送のために工夫されたパンなのです。和食党の人でもパンがまったくなかったらさすがに困りますよね。パンも日本の食文化の中で大きな位置を占める食品となっています。私もご飯は大好きですが、1日1回くらいはパンを食べたいと思います。特にパン屋さんの焼きたてのパンは炊きたてのご飯に勝るとも劣らないすばらしい人類の大発明だと思います。
2006年04月12日
コメント(0)
最近、というかずいぶん前から喫茶店というものが街から消えてしまいました。若い人の中には喫茶店というものを知らない人もいるのではないでしょうか。友人と待ち合わせしたり、真夏の炎天下から非難して休憩したり、ずいぶんお世話になりました。コーヒーや紅茶が美味しい店はもちろん、ピザトーストが美味しい店やカレーの美味しい店などいくつかのお気に入りの店があって、土曜の昼下がりなどは、お茶をしながら買ったばかりの文庫本の目次を眺めて本の内容を想像したりして、まったりと時間を過ごすのが好きでした。いまはカフェスタンドというか、スタバのようなお店ばかりで落ち着けません。昔の喫茶店は飲み物や食べ物と一緒に雰囲気も売っていたようなものなので、静かでくつろげる空間になっていました。ちょっと大切な打ち合わせをしたりするのにも喫茶店は好都合だったのですが、いまではファミレスなどを利用するしかありません。ファミレスは当然食事がメインの場所なのでコーヒー1杯で1時間も打ち合わせしていると気がひけます。なんとか喫茶店が復活してくれるように願います。
2006年04月11日
コメント(0)
今、古民家をリフォームしたり、解体して出た柱や梁などの廃材を再利用することが一般的になりつつあります。古民家は現代のコンクリートのマンションのような合理性の塊の建築物と違い、空間が贅沢に作られています。高い天井、天井が張られず小屋裏に繋がる大空間。使われている材も樹齢の古い大型の太く長い材料を継ぎ目無しで使っていたりします。リフォームして住宅や飲食店に使う場合はもちろん、解体して部品のみ再利用する場合でも、今では手に入れるのが難しい大型の古材は大変珍重されているそうです。古民家では梁などはきちんと四角に整形されておらず、不規則に曲がっていたりして、それがまた味のある建築材料として喜ばれるのだとか。また、伐採してから百年近くも経った古材は適度に枯れて、収縮やそり、曲がりが落ち着いているのも良いところです。何百年もかけて育った木からつくった材木は、良く考えればたいへん貴重な資源です。古いお寺などを見れば解るように、大切に使えば質の良い木材は何百年ももちます。コンクリートの建物は壊せばコンクリートと鉄筋の瓦礫が残るだけですが、木材は、何度かの再利用を経て最後は土に返ります。その土を糧にまた新しい樹木が育ち、材木として利用されて、そしてまた土に返っていきます。この悠久のサイクルこそが人と自然の関わりとして正しい有り方だと思います。一時的なブームに終わらない事を祈ります。
2006年04月10日
コメント(0)
農産物の残留農薬をきびしく規制する「ポジティブリスト」という制度がまもなくスタートします。農家や外食産業では対応におおわらわのようです。消費者にとっては安全面から言えば歓迎すべきなのでしょうが、一方で今までの農業のやり方で作った野菜のほとんどは規格を満たすことが出来ず、深刻な供給不足を起こす恐れがあります。また、この規制への対策コストは、結局一番弱い生産農家がかぶる事になり、はたしてそれが日本の食糧政策として良いことなのか 疑問を感じます。どうも政府のやることは、永い事なにもしないでほったらかしか、綿密かつ多角的な対策をした上での規制強化でなく、何の方法論もないまま突然杓子定規に規制するというシーンが多い気がします。最近の中古家電のPSEマークの問題、道交法改正による違法駐車の取り締まりの問題など、法の基本理念は充分理解できても後先考えないやり方で規制を強化すると困るのは結局、国民です。それに、国民に対する説明が不十分であるとも思います。官報に載せたからそれで終わりというものではないと思うのです。規制強化にしろ、規制緩和にしろ、それは国民の幸福のために行われるものでなければなりません。政府はこれらの問題に関して、新聞やテレビなど一般民衆が容易に見ることができる方法で、なぜ今それをやるべきなのか、その方法がベストな理由は何なのかを充分説明をしてもらいたいと思います。
2006年04月09日
コメント(0)
今日は、昨日からのつながりで、卵料理についてです。オムレツは家庭でも良く作られる料理だと思うのですが、プロのようにフライパンの柄を叩いて卵を手前方向に回転させるというワザがどうしても出来ません。卵が飛び跳ねるだけです。なので私はフライパンを前方に思い切り傾け、フライパンの淵に卵を寄せてと言うよりはほとんど淵に乗せて、フライパンの傾きを水平に戻し、重力を利用して裏返す感じでやっていますが、今ひとつ形の良いオムレツができません。簡単に形良く出来る方法があれば教えてほしいです。目玉焼きも定番料理ですが、私の作る目玉焼きは、黄身に白身の薄い膜がどうしても付いてしまいます。洋食屋さんで時々みられる黄身が鮮やかに黄色で半熟の目玉焼きが焼きたいのですがどうもうまくいきません。厨房が見えるような店でみていると、プロは、水を入れて蒸し焼きにするのではなく、弱火にして蓋を少しずらした状態で火を通しているようです。たかがオムレツや目玉焼きでもプロのワザは大したものだと感心します。でも、道具も大事だと思っています。最近目玉焼きを作るときにいつも思うのですが、安物のフライパンはなぜか中央が周囲より高くなってしまっているものが多いように思います。そのため、卵が中央に形良くおさまってくれないのです。少し高級なフライパンは水平にはなっていますが、そもそもレンジが厳密に水平になっていないのでどうしても卵は偏りがちになります。いっそ、目玉焼き用に僅かに中央が低くなっているフライパンはないものかと思うのですが。中華鍋ならうまくいきそうですが、我が家はIHなので底の丸い中華鍋は使えません。鍋メーカーさん、ぜひ中央が低い目玉焼き用フライパンを作ってください!
2006年04月08日
コメント(0)
時々無性に卵かけご飯が食べたくなります。昔から有る、なんてことはない食べ物のようですが、近年、卵かけご飯は静かなブームとなっていて、卵かけご飯専用のお醤油を売り出しているメーカーがあったり、卵かけご飯のファンクラブや全国集会があったりするらしいです。 卵かけご飯は日本独特の食習慣です。当然のことながら米食文化圏でなければありえない食習慣ですし、中国や東南アジアの米をよく食べる地域でも生卵をご飯にかけて食べることはあまり無いそうです。卵の殻にはサルモネラ菌が付きやすく、清浄な水が豊富にあって衛生的な食生活をできる日本以外では普及できなかったと言う説もあります。とはいえ、日本でも卵を食べる習慣が始まったのは江戸時代で、一般家庭にまで普及するのは明治時代以降だったようです。江戸時代以前の日本の食文化においては、卵は神仏に供えるもので人が食べる物ではなかったようです。 卵は消費者物価の優等生と言われ、30年以上前からほとんど価格が変わっていません。言い換えれば昔はけっこう高価だったということで、私の家では鶏を数羽飼っていて卵に不自由したことはなかったのですが、貧しい家では小さい子供は1個の卵を2人で分け合って卵かけご飯を作ったりしていました。今ではずいぶん庶民的な価格で買える卵ですが、ブロイラー的養鶏を嫌い自然に近い形で飼育した鶏の卵は高級品として高値で流通しています。でもやはり自分の家でその朝生まれたばかりのまだ温かい卵を使って作った朝食の卵かけご飯はもはや自分の中では伝説の美食となっています。 卵かけご飯にこだわりを持つ人は多いようです。直接ご飯の上に割り入れるのはNG、必ず器に割り入れてからカラザを取り除くとか、醤油は先にご飯にかけて混ぜておくとか、海苔やシラスをトッピングするとか。私の場合は、こだわりというほどではないですが、卵かけご飯には薬味としてワサビを使います。これが意外と合うんです。チューブのワサビで充分ですので、ぜひ試してみてください。
2006年04月07日
コメント(0)
子供のころから石が好きでした。白くてキラキラしたのや黒くてツルツルしてるのとか川原で色々な石を集めて遊びました。学校の旅行で鍾乳洞などに行くと鉱物標本のセットを売っていて、なんの使い道もないのによく買ってしまいました。占い師の持っている大きな水晶玉が欲しくて、大人になったらきっと買ってやると思っていましたがその夢は今もかなっていません。宝石はもちろん素晴らしいと思いますが、アメジストやラピスラズリなどの貴石と呼ばれる石も好きです。彩り豊かですし、独特の模様も味があります。これらの石はパワーストーンとも呼ばれ、神秘的な力を秘めていると言われています。私自身はそういうオカルティックな話を盲信することは無いのですが、地球の内部で、マグマと温度や圧力のいたずらで生まれる不思議な結晶たちが単純に好きなのです。 で、パワーストーンのブログを作ってみました。まだTOPページしか出来ていませんが、よろしかったら見てやってください。http://sizuku2001.seesaa.net/
2006年04月06日
コメント(0)
昔から小さな物、精密な物が大好きで、腕時計はいくつも持っています。ただ、高級な物は無くてリーズナブルな価格の物ばかりです。こだわりは、いくつかの例外を除けば電池を使わない時計であることです。昔は時計の電池は自分で交換できる物が多かったように思うのですが、防水性などの問題で今では技術のある人しか交換できません。以前に腕時計を一つしか持っていなかったころのことですが、電池が切れてしまい、その時計を買った店に持っていってらメーカーに送り返さないとできないと言われてしまったことがあります。毎日使うものですから、たかが電池交換で何日も使えないのは困ります。それ以来、腕時計は電池を使わない時計を愛用しています。 電池を使わない時計としては、機械式、太陽電池式、そして自家発電式があります。自家発電式はセイコーのキネティックAGSという仕組みです。自動巻きの機械式時計が腕の動きで重りを回転させ、ぜんまいを巻き上げるのに対して、AGSはぜんまいを巻き上げる代りに発電機を回転させる仕組みになっています。普段メインに使っているのはソーラー式の電波時計です。一日に何回か自動的に秒単位まで時刻合わせをしてくれますし、カレンダーも同時に合わせてくれるので大の月・小の月も閏年も気にする必要がありません。もちろんぜんまいを巻く必要もありません。ものぐさな自分はとても重宝しています。でも、一番大切にしているのはスイス製のパワーリザーブインジケーター付きの機械式時計です。パワーリザーブインジケーターというのは、ぜんまいの巻き残量を表示するもので、このインジケーターが0を指すとぜんまい切れで時計は止まってしまいます。このインジケーターが満タンだと元気に動いてるな、残量が0に近ずくとダウン寸前だな、というふうに生き物のように思えていとおしいのです。あまり外出するときには着けず、家の中で楽しんでいます。 セイコーやシチズンでは、クォーツ時計が主流の今でも機械式時計を作れる時計職人を絶やさないようように努力していると聞きます。機械式時計は、正確さではクォーツ時計にはかないませんが、小さなケースの中に詰め込まれた精緻なメカニズムは、ケースの中で完結している芸術のようにすら思えます。これからもずっと作り続けてもらいたいと願います。
2006年04月05日
コメント(0)
京都は昔から人気の高い観光地ですが、最近とみに人気が高まっています。これは人気にあぐらをかくことなく集客のための努力をしているためです。観光客が減少する冬に積極的にお祭り等のイベントを開催し、通年で観光客を絶やさない努力をしているのです。京都の魅力は寺社仏閣や紅葉だけではありません。景観条例などで美しい町並みを保護し、町ぐるみで観光資源の保全に努めているのです。 京都の町屋は京都の独特の日本建築です。最近、この町屋を宿泊施設として利用できるようになっています。古い日本建築独特のわびた雰囲気が女性客などに人気のようです。 町屋は単に古いだけでなく、現代の建築が見習うべき工夫に満ちています。京都は夏暑く冬寒い土地なのですが、町屋はこのような風土でも快適に暮らせる仕掛けがあります。町屋は間口が狭く奥行きが深いうなぎの寝床のようになっています。これは昔、間口の広さに税金がかけられていたことによるものらしいです。しかし、この狭い間口にも関わらず「通り庭」と呼ばれる敷地の奥まで届く細長い庭が造られています。この通り庭が風の通り道となり、一番奥の部屋へも新鮮な空気が行き渡り、夏の暑さを和らげ、冬には太陽の光を広い面積に受けられるのです。内部の建具にも「夢双窓」というスライド式のシャッターがついた建具で、風を通したり止めたりを調整できる建具が使われていますし、2階の外壁には「虫籠窓(むしこまど)」という縦格子の窓が付けられています。また、雨や雪の日に通りに面した壁が傷むのを防ぐために「犬矢来(いぬやらい)」という竹製等のカバーがかけられ、家によってデザインが異なり、その家の個性になっています。個人的に一番好きな工夫は、間口に設置された「ばったり床几(ばったりしょうぎ)」という折畳み式の台です。元々は商売品を並べる台で、昼間の商売が終わると商品を家の中に入れ、夜の間は折り畳んでおくと言う風に使われたようですが、今ではベンチとして、季節の良いときには縁台将棋などを楽しんだりするようです。昔は当然エアコンなどあるはずも無いのですが、創意工夫で快適に暮らせるように知恵を絞っていました。世界に誇ってよい日本の文化だと思います。
2006年04月04日
コメント(0)
今日は、日記ネタが特にないので、一人暮らしの方や主婦の一人で食べる昼食にぴったりの超簡単手抜き料理をご紹介します。*****海苔とあられのパスタ*****1. パスタを茹でる アルデンテに茹で上げます。太さはお好みで。私はいつも1.6mmを使っています。 というかなんでも1.6mmでやってます。太からず細からず万能に使えるので。2. 茹で上がったパスタにバターを絡める。 茹で汁は、そんなにしっかり切らなくてもざるでザッザッと2回も上下させればOKです。 大体パスタ一人前100gに対してバター5gくらいでしょうか。手早く絡めます。3. 「永谷園の海苔茶漬けの素」を一人前に付き一袋振りかけ、全体に絡めます。さらに刻み海苔を トッピングしてもいいでしょう。これで出来上がりです。いろいろなお茶漬けの素で試しました が、シンプルな海苔茶漬けが一番美味しいようです。嘘みたいに簡単ですが美味しいですよ。だまされたと思って試してみてください。
2006年04月03日
コメント(0)
春キャベツが美味しい季節です。同じキャベツでも冬キャベツとは別物の美味しさです。芯の甘さは格別ですね。生で千切りしてマヨやドレッシングで食べるも良し、バターでアンチョビをさっと痛め合わせ、パスタを茹でたパスタをあえれば、それだけで甘味と塩味とバターの風味でシンプルだけれど至福の逸品になります。春爛漫のこの季節だからこそ美味しい我が家の季節限定の定番メニューです。
2006年04月02日
コメント(0)
KDDの迷惑営業には本当に困っています。「メタルプラス」というサービスの営業活動らしいのですが、数え切れないくらい営業の電話がかかってきます。ひどいときは一日10回もかかってきてストレスが爆発しそうです。とうとう切れて、かかってきた電話になぜこんなに頻繁にかけてくるのか、迷惑だと思わないのかと問い詰めるとなんと電話したのは初めてだと言う。KDDの委託を受けている会社なので他社のことは解らないが、日本全国に委託されている会社は無数にあるのでそちらから電話がかかっているのでは、とのこと。しかもその会社は私の住んでいるところとはかけ離れた場所にある会社だと言う。 しかし、まず、電話がかかってきたときに「KDDに委託されている○○社と申します。」ときちんと名乗った業者は一社もなく単にKDDと名乗るだけ。しかも電話での説明だけで契約を結ばせようとする。ほとんど詐欺の手口に近い。 そもそもKDDが日本中の下請け業者にエリア分けもせず直接電話営業を許すような委託契約をしている自体が問題です。そんなことをすれば無数の業者から無差別に電話攻撃がくるのも当然で、KDDは私たち一般人がどんなに迷惑をかけようが契約をとることを優先しているのです。常識的な会社であれば、複数の下請けから同じ家庭に電話しないように下請け業者ごとにエリア分けしたり、同じ会社から2回以上電話させないように最新の注意を払うはずです。こんなことは企業として当たり前の配慮であって、KDDはそんな最低限の責任も果たさず下請けに丸投げしているのです。 一日に10回もかかってきたのでは仕事になりませんし、料理もできません。電話をかけてきた下請け業者にいくら文句をいっても、「今までのは全部べつの業者で、うちの会社としては初めて電話した。」と言うばかりでらちがあきません。でも自分の電話代を使ってKDDに直接電話するのも嫌です。KDDのやり方はあきらかに商道徳を無視した下劣な迷惑行為です。絶対に許せません。もしこの日記を読んで同じ経験をされた方がいたらトラックバックや日記リンクを使ってできるだけ多くの人に情報を発信していきましょう。よろしくお願いします。
2006年04月01日
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1