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佐藤賢一の最高傑作はいまのところこれなんですが、百年戦争終末の 傭兵たちの姿を描いたものですが秀吉も 信長に仕えるようになったきっかけも、信長が 蜂須賀小六を攻めて、秀吉も捕虜になって殺されそうになったが、なんとか 助けてもらい家臣になったという見方があります。さて忍者なんて 言葉がございます。普段は、商人や、虚無僧をしていて情報を集めているなんてことをいいますが。目明しや 密偵というものは実際のところ 普段は、生業があって、お上の御用をしているというのが正しいところでしょう。いわば 住吉とか、山口とかの親分が警察署を運営しているものです、へんな感じもしますが、終戦直後にもそういう時代があったわけですから おかしな噺ではございません。さて 秀吉の親戚筋にあたる杉原家について考えてみますと。http://www.rc.kyushu-u.ac.jp/~hatt/sinanoisi.html話題作になっていた黒須紀一郎『鉢屋秀吉』に話が及んだ。「秀吉に興味はないですか」といわれたときは、先生と秀吉の組み合わせをちぐはぐにも思ったほどだ。『鉢屋秀吉』は豊臣秀吉が被差別階層の出身(鉢屋、「鉢の者」)であると主張する。その根拠は安国寺恵瓊書状なのだが、「秀吉さりとてハ(は)の者に候」(信長に較べ、秀吉はなかなかの人物だ)とある部分を、この本は「秀吉さりとて、ハチの者に候」と、「ハ」を「八」に解して論を展開している。先生は上向きかげんに少し右をむいて本当におかしそうに笑うことがある。この時もそうだった。しかし「秀吉の妻ねね方の実家杉原氏は尾張清須の連雀商人の出身だ」ともいわれた。これは急に七〇〇〇石取りの主になった秀吉が、家臣になる者がいないため、もし自分がこれから出世して石高が増えても必ず七分の一を与えるという約束で杉原を召し抱えた、という有名な一節にある言葉だ。しかし「連尺」(連雀)の意味にまでは気にとめる人はいなかった。先生が『中世商人の世界』(一九九六)に詳しく述べられたように、連雀商人はこの時代には差別された存在で、秀吉はその家から妻を迎えた。秀吉自身が木綿針を売り、わらじを売った。これも賤視された職種という。秀吉は百姓の小せがれではなく、賤民階層の出だった。すると秀吉像は一変する。脱「賤」の典型になる。わたしはいつもそうであったように、先生の着眼点の新鮮さにおどろき、いつものようにまもなく活字になるであろう、その論文の完成を待ち遠しく思った。http://www1.harenet.ne.jp/~sugi/sugihara/fukutiya.htm一方は連尺商人 一方は桓武平氏 どちらが正しいのか?別に 平家の筋が商人であっても可笑しくありませんが、武家の家の系図をみてみると もともと 広島ですがそれが尾張に移動して なんていうものがけっこうございますが私に言わせると 要するに行商人やっていたんでしょう。そして もともとは 中国地方からでてきた商人がカッコつけの系図を作るというのはどうでしょうか?こう考えてみますと 従来の兵農分離のイメージというのは 小土豪クラスを組織化して、武士と農民を切り分けたとイメージですが少し違う風景がみえてきます。当時の尾張西部は、木曽川の流れが、網の目のように流れ、増水を起こすたびに、氾濫を繰りかえしていた、こんな川があばれまくるデルタ地域では、安定した農業が行えず、土地そのものは 肥沃でも、収穫は不安定だったようです。尾張といえば 豊かな穀倉地域のイメージがあるかもしれませんが、そうなったのは、江戸時代からのようです。信秀が 他の尾張の 国人領主より 一歩先に出られたのも、熱田、津島の神社と関係をはやくもて、領域に組み込めたからのようで、当時は港もあり、交通の要地でありました。そこでは砂鉄や鋳物砂が取れて 産業も盛んでした。信長の旗が銭であることを思い出して欲しいものです。いくつもの水路がある広大なデルタで よそ者がやってきたとする(秀吉のご先祖さまにも よそ者説がある、父かたは 叡山の毛坊主、河内の鍛冶屋、母方は 美濃の鍛冶屋)というのはどうか?小さな街の金融業者(たとえば 寺なんか どうだろうか?時宗の寺とか)から 金を借りて、綿花の種子を購入して それを植える。最初はうまくいかない 失敗してしまうものもできるだが 成功するものもできる(秀吉の妻のねねの家系では 杉原家は連尺商人 浅野家は金持ち)だ。物流のさかんになれば 同業者組織がうまれ 戦国の世ですから、武装も必要になる(信長の家臣団は商人の街 津島衆主体に構成されていた)ので 自衛団が生まれてきます。清和源氏の始めの多田庄は 鉱山から発展したものからもあるように、従来の武士についての認識は農にこだわりすぎです。自衛団が領主化し、それがまとまり 尾張の場合は、今川を追い落として、ひとつの象徴になれた 織田家を国主に押し上げたとみるべきでしょう。その織田家を土台に秀吉がのしあがってきたとみるべきでしょうか?
2005年04月30日
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太閤素性記で だいたいの定説ができたあとでも、それほど貧乏人ではなかったという見方は確かにあったようで、出の家は小土豪クラスではなかったかという見方があります。信長が兵農分離を確立したという見方から、兵であったものは 濃であったに違いない。それなら秀吉の家も、村長さんクラスだったに違いない。そうだといいな。ではそうしようという見方があったとみるべきでしょうか?その流れの中で 秀吉の家は村長さんだったという文献が出てきたとみるべきでしょう。ただし、村長さんという言い方が 戦国時代にあったのかなという疑問が湧いて舞いいりますし、果たして 秀吉 信長が 果たして 土地を媒介にして でてきた人物なのか。かなり疑問があります。
2005年04月27日
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別に 秀吉が私生児であろうが なかろうが たいした問題ではありませんが、その視点でみると また違う彼の伝記が見えてくるわけです。というのは、祖先を遡る場合には家が単位になるが、歴史的に見ると我々の祖先が家を持つという状況になったのは、案外新しいのである。戦国時代の大名たちがつくった法(分国法)を見ていると、非常に面白いことに気がつく。どの分国法にも多くの場合、子供の分配を決めた項目(子供分配法)がある。伊達家の場合は、男の子の場合は父親の主人が 女の子の場合は母親の主人が結城家の場合には、10歳~15歳まで育てた場合は、男女を問わず、育てた方の主人がその子供を取っていいという規定がある。こういう規定があるということは、その子供の親が夫婦という形を取って同じ家に住んでいないということである。2人は夫婦であるが、夫と妻が別々の領主の支配下にあるという状況であり、夫婦が家族としてひとつの家に生活するという形態をとっていない。そうでなければ、このような子供分配法という法律は出てこないはずだ。つまり われわれ庶民大衆が家族という形態を作り、夫婦、親子ともども生活するようになったのは、この分国法ができて以降、具体的には 江戸時代からなのである。貧農史観を見直す 大石慎三郎 講談社現代新書より 秀吉がホントの貧乏百姓だったら、家族は形成できなかったはずだという言説を読んだことがあり、あの頃は何のことだが、よくわからなかったものですが、上記のようなことならば、意味が取りにくいのですが、なんとなくわかるような気もします。郷土史家のセンセイのアタマ程度ですと、どうも不義密通程度しか 発想が行かないようですが、江戸時代以前は乱婚に近い状況があったと考えれば それもありかなという気がします。しかし この大石先生の文章なんですが、私には どうも今一 意味がとりにくですが、たとえば この場合の主人を人間とします。支配家の民衆をペットと考えます。ペットが好き勝手に交配します。その生まれた子供を、女の子なら自分の手元に、男の子なら、よそに売りにだすというニュアンスにも取れますが戦国時代は ほんとに過酷な時代だったということになりますが、いかがなものでしょうか?間をおきつつ 次は兵農分離異説ということで 考えてみたいと思います。
2005年04月26日
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秀吉が6本指だったという噺については、現在 ヤングマガジンで連載中の センゴク(仙石秀久が主人公のマンガ)にて描写されていますが、私の記憶する限りでは これぐらいだったような気がします。元ネタのフロイスの日本史にしても秀吉への悪意が感じられる本ですから?な点もありますが、もうひとつのネタを提供していることからあながちウソとも言い切れないところがあるのです。大政所の子供が秀吉の兄弟だと名乗り出たところ処刑されたという記事があります。従来の秀吉の伝記のベースになっているのが、確かに 豊太閤の私的生活なんですが、これの問題点は 太閤素性記を中心にしたために、それ以外を切り捨てて、秀吉の伝記を作ったという点にあり、その結果 江戸時代には秀吉の親爺さんは誰だか わからないというのが 定説だったのが、木下ヤエモンが生みと父 チクアミが育ての父という戸籍が作られ、農民の子という見方がされるようになったのですが。最近の 秀吉の裏の姿を描いた伝記が書かれる場合に、必ずベースに使われるのが田村栄太郎の 史料から見た秀吉の正体になりますが、この中では、江戸時代の随筆を引用しながら、秀吉の父は よくわからないと結論を出しています。愛知の郷土史家などに言わせますと、さる足利幕府に繋がる縁の方が 手を出したのが、白拍子だった 仲で その子供が秀吉という方もいますが。フロイスの日本史や 宮本常一の忘れられた日本人 菊地山哉の著作から考えますと、女系 女性上位、乱婚の状況が確かに存在したようですし、また柳田國男も女系で 男をよそから向かいれる系譜の存在を述べています。所詮 断定はできませんが、現在と当時では家族の概念が多少ちがうような点も上げておきたいと思います。どうもテレビの時代劇で 大政所の配役を 見てみますと、どちらかというと演技派の方々の配役がされるようですが、こぶつきで次の男を見つけたわけですからたとえば 黒木瞳とか 五月みどりとか 加賀まりこのような方に演じてもらうのが、歴史的にも正しいように思えますがいかがなものでしょうか?
2005年04月23日
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スクールラングルを読む面白いエマ まだわからない女神様 悪くないけど いまさらhttp://nekhet.ddo.jp/item/61秀吉は6本指だったという噺ですが、こちらの方が指摘しているとおりこの推論ではかなり 無理があるという 気がしないでもないのですが秀吉については 周囲の方々の 証言が意外にないのが 実状でこういうネタを組み合わせて 彼の実状を考えてみたいと思いますがここのポイントは多指症が出てくる場合のポイントは血族の濃い同士で 婚姻をすると 割に こういうことが起きやすいようです。著者は、当時の尾張は 洪水などで隔離されやすい地域だったので秀吉にこういうことが起きてしまったと 推理していますがどうだったのでしょうか?私には 秀吉の一族が周囲から 婚姻を拒まれるような一族であったという傍証になるような気がします。よくテレビドラマにあるような 貧乏百姓の一族では 明白にないという傍証にはなるかと思います。
2005年04月20日
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佐野道可なんていう人物がいます。http://kazusanosukede.gozaru.jp/busyou/busyouitiran-na.htm悲劇の武将のようなイメージがありますがほんとのところどうなんでしょうか?http://tikugo.cool.ne.jp/osaka/busho-main.htmlこちらをみるとけっこう大坂の陣以降落武者にならずに仕官できた人も多いようですがなんだか 伊達 藤堂と怪しそうな家に仕官する人が多いです。最初から因果を含んでの 大坂入城という気がしないでもありませんがもっとも そのへんは司馬遼太郎さんも小説にしていますが。真田家は仙台で 石田家は津軽で 子孫の方がいます。宇喜田の家老の明石の一族も仙台で逮捕されています。南の逃亡というよりも、本当は北に流れたようですが。秀頼の薩摩逃亡説ですが伝承レベルでは、ないこともないですが大室天皇と同じレベルで 現代人が言い出したことのようですが。そういえば 秀家の家臣団は薩摩に土着した人間もいたようですがそのへんと関係はないのでしょうか?また大坂の陣の落武者が、流罪のごとくに 九州に流されこの伝説を語ってきたとかいかがなものでしょうか?そういえば 真田幸村って 大楠公に似ていますね。本当は 精錬潔白な人間ではなかったみたいですが千早城が真田丸 天王寺が湊川 大助が正行猿飛佐助が 孫悟空の翻案ですからそのような見方で 大坂の陣をみるのも面白いと思います。すくなくても このような背景を見たいで稗史のたぐいを 歴史そのままでみるのは可笑しいです。
2005年04月17日
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ロシア革命についての本をあさると 必ずでてくるのが ユダヤ人についてのことでトロッキーを初めとするユダヤ人層が 革命初期の共産党にはかなりいたというところから ある意味陰謀論的に ロシア革命はユダヤ革命という言い方がされるが、果たして そうなんだろうかという疑問があります。ユダヤ人というのは 世界中に広がり ユダヤ人というのはユダヤ教を信じる人たちという定義をされるようです。また混血も進んでいるということですが素朴な疑問ですが、どんな層と混血したのでしょうか?また 旧ロシア帝国に飲み込まれる前のハザール王国の失われた民が 現イスラエルの上層部になり、元からの地元やアジア系のユダヤ人は、下層部になったという指摘もされています。当然 これについては 言語の面からも疑問視されていますがここからは あくまでも 私の仮説です。ユダヤ教や キリスト教について 十分な知識がありませんしユダヤ人についての十分な知識がないことを承知で言わせて貰えば ユダヤ人というのは 日本でいうところの被差別部落民ということではないかと 思いますがいかがなものでしょうか?日本では 非差別史の研究には いろんな障碍がありますが文化や産業の面で 被差別民たちの功績は 誇りあるものだと思われていいのではないかと思いますが 西洋にとってもユダヤ人という存在はそのようではないかと思いますがいかがなものでしょうか?ユダヤ人といっても、古代ヨーロッパの文化をもっていてキリスト教に取り込まれなかった人 アジアから流入してきたハンガリー人のようなジプシーのような民族が混ざり合い ユダヤ人というものを作っていったように思いますが いかがなものでしょうか?切支丹弾圧を理由に、国内をまとめようとした 江戸幕府ホロコーストを理由に、第二帝国でも十分に国内を纏め上げられなかったのを、無理にまとめた ナチズユダヤ人に不満を集めて、国内植民地を押さえ込もうとした 旧ロシア帝国ユダヤ人弾圧の反乱としての ロシア革命私には そう思えますがただ ユダヤ教の歴史なんて わからないし、また国内でも十分な史料があるとも 思えませんが ユダヤ人 被差別部落民説いかがなものかなと思います。
2005年04月16日
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地元の秀吉の伝承などをまとめたもの武功夜話が 偽書というよりも創作ではないかと言われる昨今なんで この本の価値がある意味 かなり弱くなった印象もある。しかし郷土史家のセンセイというのはバカじゃないかと思いますね。史料をあさって 講談ネタをそれにまぶすぐらいしかできないのだから、民俗学的にとか 文学的にとか そういう面での考察ができないというのが この本を改めて よむと そう思います。注目ポイントは 初代の中村勘三郎が 秀吉と 同郷であった点です。この点は掘り起こしてみたいものです。
2005年04月15日
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武田信玄 北条氏綱 毛利元就 徳川家康の姿を一次史料を中心に描くながらも 独特のイッタような文体で面白く、またある方には意外な姿を描き出す特に 元就については、彼をうまく利用して輝元が領国と体制をまとめてきたという点は面白かったし、もともと名分うんぬんというよりも、実利で動いてきた政権なので転がり込んできた足利義昭を十分に利用できなかつたという解釈も興味深かった。この見方が正しいか どうかは別だが戦国時代の逸話にしてもほとんどが創作 それを考えないで毛利政権を論じるのは 確かに可笑しい
2005年04月14日
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http://66.102.7.104/search?q=cache:gRYt79waMisJ:academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1076182059/+%E5%A4%A7%E5%AE%A4%E5%A4%A9%E7%9A%87&hl=ja自称天皇についての2ちゃんねるのスレですが、戦前戦後と紙一重の方は一杯いましたようです。大室天皇No. :12 Name :屁着火大腸破裂子 Date :2004/10/23(Sat) 15:17 大室天皇について誰も詳しく書かれないので私が知っている範囲内で書きます。 この話は昭和40年代の人なら誰でも知っている有名な話です。この天皇家は麻郷の助政にあり、小学校から西の方の山の手に少し入った所にありました。現在はどうなっているかは定かではありません。 何でも自分の家から錦の御旗が出てきたことから、天皇家に違いないと思われていたようです。この大室さんから聞いた話によると、平生の箕山もアンデス山脈もみんな大室家を向いているのだそうです。そのほか、自分の家が天皇家であるということをいろいろと熱っぽく語られていました。昭和天皇の裕仁殿下も呼び捨てにしておられました。ま、一種の誇大妄想に罹っておられたのではないかと思います。ここの家族のかたとお話したことはありませんが、多分あきれておられたのではないかと思います。 某2ちゃんねるではなく、とあるBBSからの収録さらに愚考してみますと 大室側で出た噺を 鹿島先生側でうまく膨らました印象があります。大室側としては 明治帝うんぬんというよりも、自分の先祖は うんぬんという気がします。奇兵隊が維新以後にどうなったのか錦の御旗は 菊の紋とみて 木地師の伝承からみてみるのもいいかもしれません。まあひまな方はどうぞ
2005年04月13日
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http://www.hachiman.com/books/89350-561-0.htmlかの方の師匠の浜名秀雄サンは これを元に広げ、弟子の鹿島先生は さらに膨らましていったというのが 八切止夫の解釈で鹿島サンは弁護士ですが、あとの2人は元軍人(どちらかというと文官ですが)偏見かもしれませんが、ひもつき 色つきになりやすいものです。http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835208&tid=ffckdc8ebebbka4rjqa4a8a4k&sid=1835208&mid=1&type=date&first=1白河本旧事記ですがhttp://66.102.7.104/search?q=cache:JX_RuqQm4UQJ:akindo.k-server.org/kodaisi-box/sirakawahon-02.htm+%E7%99%BD%E6%B2%B3%E6%9C%AC%E3%80%80%E9%B9%BF%E5%B3%B6%E6%98%87&hl=jaどうみても、私には、贋作を売りつける 骨董屋の親分のように見えますがさて
2005年04月12日
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かの八切止夫の場合は自分の財産を使い シエル出版というものを始めたそう 書き残していますが、自分で出版社を作るというのは大変なことで、黒岩涙香も、かの徳富サンも また菊地寛も機密費もらいのと指摘をされています。ようするにスポンサーがないと大変であるというのが現実のようです。さて いまでもその名残がありますが、佐高信サン 故竹中労にしても総会屋系出版上がりの方ですが、商法改正前は 総会屋サンが金を出して、左翼系(場合によって右翼系)のライターが 書く 総会屋系雑誌というものが いくつかありました銀行から金を引き出して 御用になったのが、風貌が大学教授ぽい小池サンという総会屋サンで その師匠が児玉サンの子分で 現代評論社のオーナーで 木島隆夫サン その傘下の雑誌が 一世を風靡した 現代の眼ですね。ただ そんな総会屋系雑誌も 商法改正後は諸般の事情で 噂の真相に歴史を残すのみなりましたさて いまでも営業しているのか いないのか よくわかりませんが新国民社のスポンザーは誰だったのか?そう考えてみることがあります。鹿島サンの評伝をみますと、例の3万円もする本ですが 自分で翻訳したということですが、ネット上の風評からでは 大韓民国在郷軍人会というものが 絡んでいるということで ございますが いかがでしょうか?また3満の本ですが、韓国版と 日本版がどうも違うという噺も聞きます。また お仲間の中丸薫サンにしても 資金がどこから出ているのかが判らないということ ども北に甘い また鹿島サンにしても 弁護士家業のお付き合いから その筋の方との付き合いもあったようですが さて右の方は天朝さま絶対のはずなんですが 義理を重く見て 南のメシアさま絶対になる方も多いようです。嘆かわしいことですが。いろんな事情があるのでしょうね。こういうのを鹿島サンいうところの偽史シンジケートというのでしょうね。ここの考証は、半分 推測と推定ですが、ひまとお金のあるかたはぜひ さらなる追求をしてみては いかがでしょうか?鹿島サンの 裏事情をごぞんじの方は まだ存命中の方も多いので そのうち 面白い噺が語られることもあるかたと思います。さて
2005年04月11日
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もともと電波な人だったんですが、山口県熊毛町田布施町在住の大室近祐(平成8年没)という人の裁判で弁護人に選任された事で大室氏と知り合い、大室氏から大室寅之祐(大室氏の大叔父)が睦仁親王(孝明天皇の皇子)を殺害して明治天皇になった、という話を聞かされ、大室寅之祐=明治天皇説を自費出版したのが始まりです。もともと大室近祐氏は、地元でも有名な詐話氏でして、「田布施の和田喜八郎(東日流外三郡誌の作者)」と呼ばれていました(藁)大室氏は一時あの古田武彦氏にも接近しましたが、古田氏は「私の専門外」と相手にされませんでした。しかし鹿島氏らとは意気投合し、大室氏曰く、「ワシの顧問弁護士」と大変気に入られていたようです。しかし大室氏にとって、鹿島氏は唯一の自己代弁者であり、鹿島氏にとっては、ネタの提供だけでなく、金銭面での最大のスポンサーであり、鹿島氏、大室氏の利害の一致という点で結びついていたのが真相です。もっとも鹿島氏は平成8年に大室近祐氏の死後の相続問題が泥沼化し、長男の大室照元氏、次男の大室弘樹氏双方が告訴する事態になりました鹿島氏は大室弘樹氏の弁護人に選任されましたが、鹿島氏が作成した大室近祐氏の遺言状について、「遺言書は無効」とする判決が平成12年11月に山口地裁から下され、そのショックが大きかったのか、平成12年の12月15日に心不全でお亡くなりになりました。合唱。上記 2ちゃんねるからの収録
2005年04月08日
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さて このかたの噺ですがhttp://www.asyura2.com/0406/war59/msg/818.html池田大作的手法という評価ですが、かの歴史家のトインピー先生もかの方の孫にいわせると ダイサクイケダなんかといっしょの写真取るんじゃなかったということのようで、また弁護士というより商売人に近いといわれる鹿島昇センセイも、著作に ほんとか どうかしりませんが かなりご身分の高い事情通から聞いた話を載せています。http://www.tobunken.com/olddiary/old2004_05.html連載原稿、すでに締切過ぎているものもいくつかあり。北海道新聞の書評から。ト ンデモ本批評だが、今回は中丸薫(中丸忠雄の奥さん)の『闇の世界権力をくつがえ す日本人の力』(徳間書店)と、その元ネタであると思われるユースタス・マリンズ 『カナンの呪い』(成甲書房)を取り上げる。マリンズの本が、ユダヤを悪の根元と しながらも、その祖先である(と、マリンズが断言する)カナン族の名で呼んでいる のは、ユダヤ協会からの指弾を避けるためだろうが、監訳者の太田龍が、サブタイト ルに“寄生虫ユダヤ3000年の悪魔学”とつけてしまっている。という評価もあるようで、詐欺師サンたちがどのようなところからネタをもってくるかが 興味深いものがあります。http://www13.ocn.ne.jp/~ryouran/html/kyuusei.html中丸薫サンのお父さんが顧問をしていた、世界救世教についてですがそういえば この宗教の兄貴分のほうにも 皇族の血を引いていると自称していた方がいましたがシンジケート 闇の組織というのをさかのぼると 大本教というところまでさかのぼるようですが、
2005年04月07日
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http://www.taiyonokai.co.jp/明治天皇の孫という方ですが http://66.102.7.104/search?q=cache:33VypLgRr-EJ:ojhec.hp.infoseek.co.jp/bbs/log_200411.html+%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E4%BC%9D%E8%AA%AC%E3%80%80%E4%B8%AD%E4%B8%B8%E8%96%AB&hl=jaなんだ詐欺師じゃない という以前に 紙一重のオバサンじゃないというという表現は 大げさでしょうか?http://www.infact-j.com/index.htmlそれで ここにつながりますがなんで 韓国なんていうのだろうとかんがえてみますとhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E4%B8%80%E6%95%99%E4%BC%9A結局 これに結びつくのだろうとおもうわけでhttp://plaza.rakuten.co.jp/tsukinetwork/diary/200502050000/なんでも鑑定団に出ていたのを記憶してますがようするに詐欺じゃない?そんな気がしますが?なにか歴史や 思想史の範疇というよりワイドショーのような感覚でみるのが 面白いのかもしれません。
2005年04月06日
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はっきりいって この程度で本が出せるというのも、すごいなという気がします。古田裕信氏の覚え書きノートという、八切氏の誤った点まで原典にあたり 確かめた自費出版のものを読んだあとでは、模倣者じゃないといっても、その言葉は空しいばかりという気がします。
2005年04月05日
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http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho335.htm金井氏はもう一編、「《一遍聖絵》に見る草履・草鞋と被差別民の草履作り」を寄せている。この内各も重い。まず、巻六の伊豆三島大社鳥居前の民家と玉垣の間の道に、二本の棒の先に草鞋がくくりつけられているのが見えるが、これは売り物ではなく民間信仰の事例をあげて「悪霊よけのまじない」であることを指摘する。そのうえで氏は、なぜ、草履にそうしたカがあると考えられてきたかを説きはじめる。「草履は被差別部落民の代名詞ともなる生業の基礎」ということから発して、「被差別身分の人たちの中に薬や医に従事する人がいた」実例に言及し、彼らが作る草履には「悪霊を退散させ、癩病さえも治癒させる特殊な呪カがある」と、信じられてきたことを明らかにしている。http://www.ffortune.net/social/people/nihon-kama/ippen.htm一遍についての説明は上記の通りhttp://www.jinsho.jimokuji.ed.jp/furusatohakkenn/koumyouji/05koumyouji/05koumyouji.htm太閤さまと 時宗の関係は上記のとおりだがhttp://www.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/haikusyu/chosho.htm#kuかのひとはこれを知っていたかもしれませんhttp://shushen.hp.infoseek.co.jp/hitori/edojidai.htm草履取りをこのように考える見方もあるようです。http://66.102.7.104/search?q=cache:f9wVzRJASn4J:www.jimbunshoin.co.jp/rmj/sawari5205.htm+%E7%B5%B5%E6%9C%AC%E5%A4%AA%E9%96%A4%E8%A8%98%E3%80%80%E3%80%80%E8%8D%89%E5%B1%A5%E5%8F%96%E3%82%8A&hl=ja絵本太閤記が例の草履取りの噺のネタですがhttp://www.asahi-net.or.jp/~mg5s-hsgw/tkburaku/history/cyouri.html草履作りの方の状況です。
2005年04月03日
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私の年だと 基礎英語のために初めてラジオを聞きナイターを聞きつつニューミュージックの旗手たちのDJを聞いていた方が多いのではないかと思いますが いかがなものでしょうか?TBSだと落語とかね。大沢 のんびりワイド 悠里サンなんか アナウンサーだけど本職があきれるほど 漫談上手いものね。文化放送だと 吉田照美 さだまさし などかな。あとは ニッポン放送のオールナイトニッポン金曜日の早朝 マジで 有楽町で 土下座していようかと思った時期もあります。爆笑問題の 大田が ホリエモンにかなり怒っていたけど、ほぼ同世代なんで 感覚的には とても判ります。でも ナイナイが でも俺たちは ラジオ出るぞという気持ちもわかります。それも正しいと思います。ホリエモンに対しての批判の中には バカな意見もあるのは判りますがニッポン放送の亀淵サンは ほとんど株価を上昇させられなかったでも おいらは という意見にたいして 私は うーんと思うんですよね。ニッポン放送が育てた 文化というものの価値って 市場が評価してないけど(これは 文化放送しかり ニッポン放送の経営者が許されるとは思えないけど)歴史的には 評価されてしかるべきだと思うのだけれどもネットラジオって 意外に簡単にできるようなんですが、これを生かすとかねどうせ金という見方がされがちだけど 文化として ニッポン放送や フジテレビをどうするか 語って欲しいんだけれど 無理なのかな?角川グループで 兄貴の春樹と 弟の歴彦が 喧嘩したときに編集(現場)を押さえている 歴彦サイドに 作家連中がつき角川がガタガタになった時期があったけど ホリエモンが対応間違えると似た目にあうでしょう?判っているのかな?
2005年04月01日
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