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http://www.mindan.org/shinbun/010411/topic/topic_b.htm破綻した 東京商銀の前身がつくられたさいに 最初は 伸び悩みだったのが上記にあげた 権逸氏の系列の方が理事長になった段階で さまざまな理由で業績があがるようになってきましたがhttp://72.14.235.104/search?q=cache:JjTyz4NSvGUJ:www.mindan.org/shinbun/000517/topic/topic_d.htm+%E9%84%AD%E5%BB%BA%E6%B0%B8&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=9&lr=lang_ja権逸氏の 満州時代からのコネクションと 韓国で国会議員もしていたことによる当時の政権とのコネクション そして この顧問団の中にも居るあの人との終戦時代からのコネクションになります。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%9C%E4%BC%9Aそのお方のつくった組織がこちらになります。最初は よかれとおもっていても コネクションの質が問題になります。銀行といっても元が 無尽講みたいなものですからそれで こんなふうになりhttp://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/077/1020/07705241020007a.html○秦豊君 では次長ね、あなた方がいろいろな銀行を調べますね、それを行う場合の根拠になっている法律というのはどういう法律で、どういう条項に基づいていますか。○政府委員(横井正美君) 今回は児玉譽士夫に対する国税犯則取締法に基づく調査をいたしておるわけでございますが、国税犯則取締法の第一条に基づきまして金融機関の調査をいたしておるわけでございます。○秦豊君 東京商銀という韓国系の信用組合のことは御存じですか。○政府委員(横井正美君) その銀行名について聞いた記憶はございます。○秦豊君 さっきの韓国外換銀行は、頭取の人事については朴正煕大統領が直接任命をする等、韓国の新興財閥、例の小佐野賢治の刎頸の友、趨重勲、韓進財閥等々とは密接な関係、町井久之とも密接な関係、これは言うまでもない、一線につながっている銀行です。不実企業に対する不正貸し付け等々も周知の事実、もう悪名の高い銀行なんです。したがって、児玉の脱税を調べ、隠し預金を調べれば当然韓国外換銀行、東京商銀等々に広がっていくのは、まじめに捜査をしようとする捜査当局にとっては常識中の常識と思うから聞いているのであって、さらに質問を進めるけれども、この東京商銀というのは、もちろん言うまでもなく韓国系の銀行なんですね。私どもの調査によると、あなた方が挙げた銀行七十一行、銀行的金融機関、信用組合を含めまして、すでに富士、三菱、三和、東海、拓殖銀行、不動産銀行、そうして一平和相互、国民相互、チェース・マンハッタン、ハンク・オブ・アメリカ、そうしてさまざまな銀行が羅列されていて、東京商銀もそれに入っているというわれわれは心証を持っている。しかも東京商銀というのは、私が前述したごとく、いわゆる日本に居住している韓国籍の事業活動に資すると、たとえば定款によると、在日、在京韓国人の経済活動を促進し、その経済的地位の向上を図るための便に資すると、金融事業を行うと、こうなっているんですけれども、これはあなたの挙げた銀行の中に必ず含まれていると私どもは思っている。 で、あなたは聞いたことがあると言われましたね、事実立ち入り調査を行っていませんか、それも答えられませんか。○政府委員(横井正美君) 御指摘の銀行の性格等につきましては、おっしゃいますように公知の事実だという点も多々あるわけでございますが、しかし、それは児玉譽士夫といかなる関係になるかというふうなことになりますと、私どもやはり調査の遂行上の見地からいたしまして、いまの段階で申し上げるわけにまいらないわけでございます。 御指摘の二つの銀行とも、銀行調査をしたかどうか、内容がどうかということについては答弁を御容赦願いたいと存じます。○秦豊君 私並びに私どもの調査によりますと、ロッキード問題が噴き上がったころに、東京商銀の理事会が連日緊急に招集をされてあわただしい往来があったと聞かされている。児玉轡譽士夫、町井久之、つまり鄭建永、それから趨重勲、さまざまなつながりがあるし、韓国外換銀行とのつながりももちろん密接である。そして韓国外換銀行、大和銀行という系列につながっている。これは児玉譽士夫をあなた方がトータルとしてとらえようとする場合に、ロッキード事件を本当に真剣に解明しようとするならば、ぜひとも、たとえば東京商銀、神戸商銀、不動産銀行等々との連関の中でとらえ直す必要があると私どもは思っている。たまたまここに私が上せたのは東京商銀という一金融機関であるが、これはあなたにこれ以上聞いても、いや知りません、存じません、聞いたことはありますという程度のことでしかないから時間のむだだ、やめるけれども、今後厳重に調査をしてもらいたいとこういうことを特にこの東京商銀については要望をしておきます。それについてはどうなんですか。○政府委員(横井正美君) 私どもは、事件の発生以来、事件の全貌解明ということで必要な調査を精力的にやってまいっておる一わけでございます。今後におきましてもその点は同様でございまして、事件の解明に鋭意努力をしていきたい、そのために必要な金融機関調査等は十分にいたしたいと、こういう所存でございます。○秦豊君 それから、先ほどの稻葉報告にこれは関連します。児玉譽士夫は四十七年度分については所得税法違反でこれを起訴されたと、まあそのとおりですね。四十八年、四十九年についても調べているという中に、五十年、それから四十七年以前の期間が含まれておりますか。○政府委員(横井正美君) 去る三月十三日に私ども児玉譽士夫の四十七年分所得税法違反容疑で検察当局に告発をいたしましたわけでございますが、と同時に、四十五年分、四十六年分、四十一年分につきまして課税の処理を玉川税務署長より行っておる次第であります。今後におきましfは、四十八年分以降の脱税につきまして引き続き鋭意調査をいたしまして適正な処理をいたしたいと、かように考えております。○秦豊君 次長、これひとつ答えてください。児玉譽士夫、四十七年分の基礎金額ですね、これ肝もうちゃんとはっきりしている。それと、同年、つまり四十七年の更正決定ですね、これはどれぐらい差があったんですか。http://72.14.235.104/search?q=cache:EliXrfdcZicJ:rkrc5w2q.dyndns.org/cache/korea/kaba.2ch.net/korea/kako/998/998300255.html+%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%95%86%E9%8A%80%E3%80%80%E4%BB%AE%E5%90%8D%E5%8F%A3%E5%BA%A7&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=1&lr=lang_jaそれで 上記のようになってしまいました。外国まで いかないでも いろんなことができる銀行がつい最近まで ほんの身近なところにあったんですね。
2006年12月20日
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http://cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E9%87%8E%E5%9D%82%E5%8F%82%E4%B8%89+%E9%BA%BB%E8%96%AC%E3%80%80%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E9%80%A3%E7%9B%9F&ei=UTF-8&fr=ush-jp_msgbrd&x=wrt&meta=vc%3D&u=www.wako.ac.jp/souken/touzai_b01/tz_b0109.html&w=%22%E9%87%8E%E5%9D%82+%E5%8F%82%E4%B8%89%22+%E9%BA%BB%E8%96%AC+%22%E6%9C%9D%E9%AE%AE+%E4%BA%BA+vc%3A%E9%80%A3%E7%9B%9F%22&d=PiTBA0VuN7hq&icp=1&.intl=jp党の分裂、軍事方針と朝鮮人遠藤 [一九五〇年六月二五日に]朝鮮戦争が勃発した。そして一九五〇年一月のコミンフォルム[共産党情報局]批判をへて日本共産党の分裂[国際派と主流派]が起こりました。それから北朝鮮から「後方攪乱」と称して、日本に密航して来た方が多かったんです。主流派が握っていた代々木の党本部にも行きましたし、私たちの国際派にも来ました。当時[日本にいる]朝鮮労働党の党員は立派だなと思って、尊敬できる人が多かったのですが、朝鮮戦争でそういう人たちが全部日本国内から姿を消して行きました。その後、「後方攪乱」で来た人たちにはホトホト参ってしまいました。彼らは麻薬を持ってきたり、日本の重要な拠点を爆破するんだと言ったりして、いくら何でもという気持ちでした。九州地方の党財政部をやっていた作家井上光晴さんは、旅費とか食費として麻薬をもらったんですが、共産党が麻薬を扱うとは何事かということで、みんなトイレに捨ててしまったのです。また、トンネルなどを爆破すると言うんですが、共産党臨時指導部の議長だった椎名悦郎は、とんでもない話だということで、爆破のために設置した爆弾を解除し、ストップをかけたこともあります。拉致問題のさいに 顔を出したのが かのウニタ書房の、遠藤忠夫さんですが、ここでは かれの若かりし日の思い出ばなしがなされていますが 興味深いのは 北朝鮮の情報網との関連で ほんとうか 嘘かはしりませんが あの方の 果たしていた役割が 窺い知れるようにおもいます。安倍さんの 主席秘書官も 元国鉄 遠藤さんも国鉄に関係のあった方で 世の中 よくわからない闇の世界があるんだろうなとおもいます。
2006年12月19日
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新船を補給した 星井グループは 大分の臼杵港を基地に 南シナ港 香港 北朝鮮沿岸の港を往復して 情報収集にあたり 向こうから持ち帰った積み荷は 臼杵付近で いくつかの小型漁船に積み替え 目立たぬように 別の港に輸送した。具体的には どんな活動をしたのか。朝鮮戦争のさなかだった。あるルートを通じて 日本共産党員に三十万円を献金し、徳田球一の古い同志だった金天海の紹介状を手に入れた。そのおいの宋文紀を水先案内人にしたてて、元海軍少尉を責任者とするグループを北朝鮮の元山港まで密港させた日本の右翼 猪野健治 星井真澄の章より金天海は当時 北朝鮮に帰国?していたので 共産党から 朝鮮人系の組織に 話しがいき 金天海の了解が得られたということなんでしょうか?この星井さんという方はキャノン機関とも 関係のあった方で キャノン機関に関係のある噂のあった 共産党員といえば 伊藤律ですから そんなルートもあったということなんでしょうか?金天海のおいというのも よくわかりませんが、北朝鮮で ソ連軍撤退の情報をつかみ 日本にこのあと 帰国したようです。
2006年12月19日
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解放同盟の神様的存在だったのが、松本治一郎センセイですが、その養子の松本英一と義兄弟で 転向して、 室町将軍 三浦義一の後継者にして また 現代の眼の発行人の木島力也の盟友だったのが この西山広喜センセイになります。同和対策事業推進を 田中角栄にねじ込んで OKさせたのも、同和運動の力というべきなのかもしれませんが バックに 三浦義一 児玉センセイ 住吉連合 また後年には 日本青年社とくれば いかに田中角栄でも というところが 今日の 同和利権の誕生のきっかけというものかもしれません。これがいいのか 悪いかは 別問題です。それにしても 同和は コワイというのは 差別だという見方が されるようですが怖い人がしているから 怖いよといってはいけないのでしょうか?日本政治文化研究所が この方の本拠で 企業からの賛助金が相当なものであったようですが、これだけ 怖い方々が周囲にいれば なにが元かはしりませんが、おねえさんというかおばさんとの身の下のトラブルですが?販売会社や関連会社のスターの税金処理ですか?国税との関連ですが 原液の廃棄のトラブルですか 某ツバメさんみたいからの お金が一杯あつまってくるのだろうなという気がします。現代の眼という 総会屋出版の雑誌の発行人であった木島力也とも盟友であったようですが さてこのような絵が見えてくると あの雑誌 果たして 編集と営業がどこまで 分離していたのでしょうか?この雑誌のメインライターだった竹中労がもっていた右翼とのパイプって この人の関連抜きには考えられないし、編集長の丸山実は晩年はほとんど宗教ゴロになりさがったし。また かの国会の爆弾質問男さんも むかしは 松本治一郎の秘書で 西山センセイとも知り合いでございます。なんで情報があつまるということを考えれば こんな背景も見えてくるのですが。一般的な 知名度はあまりありませんが、集金力 人脈 暴力装置においては ピカイチの黒幕さんであります。
2006年12月18日
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第六には新生協力會事件、これは詐欺と恐喝でありますが、京都地方檢察廳の捜査にかかる事件であり、被告人は小沼儀市、同人は終戰後綿布等のブローカーをやつておつたが、昨年六月京都市内に海外引揚者、罰災者新生協力會なるものを設立し、みずからその理事長となり、朝鮮人連盟保安隊と結び、大阪市日本産業建設協會理事長秋月琢磨、及び同協會纖維部長湯淺儀一等を威赫監禁し、綿布五萬反の提供を強要し、さらに百六十萬圓の小切手を喝取した上、自分を通ずれば隱退藏物資の拂下入手が確實であるように裝い、宜傳して、造船統制會勤勞者用物資構買係を欺冏して綾生地等千百反の代金名義のもとに九十五萬七百圓の小切手を騙取したほか、同樣手段で約二十囘にほたり現金合計四百七十八萬五千圓を騙取したのであります。
2006年12月12日
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戦争中に、政府は、ぜいたく品所持の禁止と戦力の増強の名目で、全国の隣組を動員し、市価よりもわずかに高い価格で、強制的に貴金属を買い上げました。今返還しようとしております貴金属は、この供出品が回り回って工場や会社にあって、そこから接収されたか、あるいは、供出をサボって隠匿していた一部の会社や個人が接収されたかでありまして、いずれにいたしましても、強制的とは言いながら、純真に国のためと思って供出した人々には返還も補償もされず、当時の言葉でいえば非国民であった三百四十一の会社、個人に恩恵を与えるということは、法理以前の問題として、断じて承服できないところであります。(拍手) しかも、この貴金属の問題は、昭和二十七年十月、衆議院行政監察特別委員会が取り上げて以来、幾多の疑惑に包まれたままでありまして、それらの諸点は今なお国民の脳裏に明らかであり、これが解決されないままに処分を決定するようなことがあれば、政治に対する国民の不満と不信は大きな危険にさらされることを考えなければならぬのであります。(拍手)社会党がこの法案に反対する第一の点は、まさにここにあります。 全総額七百三十億円以上に上る貴金属にからまる疑惑は幾多にわたっているのであります。終戦の翌々日、すなわち八月十七日、軍需省が交易営団の幹部を招いたとき、三井信託の地下室において、十万六千五百カラットのダイヤが間違いなく九つの魔法びんに詰めかえられたであろうかという疑惑が第一であります。 次には、中央物資活用協会が、終戦直後、その保有する金、白金、ダイヤモンドの没収を免れるために埼玉県の共和村の青木理事宅に疎開させたという証言を行い、数日を経ずして、記憶違いといって取り消したという疑惑であります。 さらには、陸軍航空本部及び第一陸軍造兵廠にからまる横流れ事件であります。海軍技術研究所は、また、二千カラットの上質ダイヤが栃木県の指定商の加島という男の自宅のニワトリ小屋の地下に埋蔵され、その後何らの受領証もなく連合軍に引き渡されたということにからまる疑惑であります。 次は、皇太后陛下のお手元品である女官用の英国製王冠並びに首飾りのうち、五個の大粒ダイヤが宮内省の金庫の中でいつの間にか消えてなくなったという事件である。しかも、これが、昭和二十七年の七月、行政監察特別委員会の職員によって、大阪心斎橋の時計店で紋章入りケースの中に発見された瞬間、その直後、再び姿を消したというのであります。 次は、占領軍が接収中に起った事件であります。接収が一部無理やりに行われた結果、これに関する受領証もなく、特に二十年十月十八日、三井信託から、ダイヤ十万二千九百十七カラット、プラチナ二百四十キロ三百八十一グラム、金、銀、貴金属四百五十九キロ九十七グラム等を持ち去った、総司令部のカッツ大尉なるものは、一体何者であるか、今なお判明せず、その数字も、その後、営団側にまって、奇怪にも変更されたということがあります。 マレー大佐事件は、マレー大佐が接収貴金属を勝手にアメリカに持ち帰ろうとし、米国へ到着寸前発見され、官職を剥奪された事件であります。接収解除され先後は、また、占領軍の鑑定をしていた者が再び再鑑定に当り、あるときには売り手の立場で鑑定し、あるときには買手の立場で鑑定し、ダイヤ一カラット平均四万円と鑑定していますが、その若干の後の記録によれば、特級のものは三十五万円、一番安いものでも三十二万円であったことを考えると、この鑑定人が業会の連合会長をしていたことを思い合わせ、大蔵省のあり方に深い疑惑が集中したのは、けだし当然であります。(拍手) これらの諸点はその一例にすぎません。かつ、権威ある行政監察特別委員会の報告の引用であります。われわれが問題とすることは、この報告に対し、政府がその後これらの疑惑に何らり措置をしていないことであり、問題の事件で処分を受けたのは、何とアメリカ人であるマレー大佐ただ一人であるという不可思議なる事実であります。(拍手)国民は、断じて、かかるばかげた結果を承認しないのであります。行監の努力も権威も、また、やみからやみへ葬り去られているのでありまして、本法案の審議に当って、政府が、行監の勧告にかかわらず、その経緯について、みずから明らかにしないことは、怠慢というよりも、一そう深い疑惑を持たざるを得ないのであります。(拍手)不当にしてかつ不法な方法でこの貴重な貴金属を持ち去った者は、この法案の通過をあざ笑い、胸をなでおろしておることでありましょう。かかる事態を放置して、断じてこのような法案を許してはなりません。(拍手) 私が根本的問題として反対する第二の理由は、法理的立場であります。政府原案は、問題のあった交易営団などから接収された貴金属については、返還請求があっても国に帰属するものとして、紛争の一つにピリオドを打ちました。もし政府がこの決定をするならば、これらの営団や物資活用協会、金銀運営会、金銀製商連盟などは、政府機関でなくして民間団体でありますから、もしこれらに返さないとするならば、同じ民間であって、同様の条件で接収された法人や個人三百四十一社にのみ返還するということは矛盾もはなはだしく、理解に苦しむところといわなければならぬのであります。しかも、かりに証拠があっても、現物のあるものは全部返して、現物のないものは按分比例で少し返すというに至っては、小学校の子供でも算術が間違っていはしないかと首をひねるに違いないでありましょう。(拍手) そもそも、昭和二十年九月と二十一年五月、占領軍が貴金属を接収した経緯を考えてみまするならば、これは賠償に充てるために没収したと見る方が正しいと考えられるのであります。 一九四七年七月の極東委員会対日貿易十六原則に、金、銀その他の貴金属及び宝石のストックにして、明らかに日本人所有のものと立証されたものは、終局的には賠償物件として処理すべきである、それに至るまでの間にかかる日本人資産については、その価値を保有すべきであるが、右資産自体は、日本平時経済の生産力回復に貢献するように仕組まれた生産計画に対する金融を助ける外国為替の獲得手段として使用するも差しつかえないと言っているように、明らかに接収は没収の観点に立っているのであります。 中には、この点について、ヘーグの陸戦規則によったとみなされるから、この規定によって、敵国内といえども私有財産は没収し得ない、従って、所有権は被接収者に残っていると言う者がおります。しかしながら、接収がヘーグ陸戦規則によったか、無条件降伏のポツダム宣言によったかについては議論が分れるところでありまして、かりにヘーグの陸戦規則によったとしても、ポツダム宣言と矛盾する部分は、無条件という立場にあるポツダム宣言をとらざるを得ないのではないかと思われるのであります。(拍手)しかも、占領軍が接収を解除した経緯は、明らかに接収当時の政策を変更したものでありますから、これをもってしても、接収当時の判断をすれば、返還の理由なしと判断すべきでありましょう。百歩譲って、右の諸点を認めたにしても、営団などには返さない、その他の会社や個人には返すということ、並びに、現物のあるものは返す、現物のないものは按分比例で返す、あるいは、占領軍のした行為であって、被接収者個人の責任によらないことであるのに、接収のときの米軍の発した証拠書類などがあるものは返す、ないものは返さないぞということは、矛盾撞着の積み重なった措置でありまして、断じてとるべきではありますまい。(拍手)さらに突き詰めて、憲法に示された私有財産不可侵の条項があるから返すべきであるとしたにいたしましても、かくのごとき場合は、社会党修正案のごとく、万人ともに認める証拠があり、同時に現物があり、かつ、何よりも大切なことは、その返還によって生ずる実益というものが他の戦争犠牲者との間の公平の立場から行われるのでなければ、全国民は承服することはないと断言してはばからないのであります。(拍手) 最後に、政府原案の各条項について反対の立場を明らかにいたします。 この案が、第一に、実体論として、返還を受ける者の中の多くは、供出をサボり、貴金属を隠匿した者や、終戦後旧軍用財産を横領した者などで接収されたものでありますが、この矛盾を防御する方法が保障されないのは、いかにしても不十分といわなければなりません。 第二に、返還すべき証拠のないものについて、客観的に立証する方法がありません。 第三に、返還者に対して一割の納付金を納めしめるからというのでありますが、わずか一割では、戦時補償特別税が一OO%課税された経緯や、十二年たった今日、突如として収益が増加するという点、並びに、これらの人々がほとんど困窮者でないという諸点から考えるも、まことに国民の手前だけをつくろう、お粗末な案と言うより言いようがないのであります。従って社会党修正案のごとく、八割とすることによってこそ、国民は心から理解し得るであろうと確信をいたします。(拍手) 第四に、重大なことは、これによって国庫に入る七百億に上る巨額な金について、使途を法律をもって明らかにしない点であります。七百億の貴金属は、八千万国民が、戦時下、空襲と配給と家族離散の苦しみの中から、強制力と愛国心の矛盾にもだえつつ、血を吐く思いで供出し、しかも、今や返らないものであります。一方では特定の人々には返っていきます。もしそれ、七百億の金が漫然と予算に配付され、中には汚職の泥沼に使用されるともなれば、これは、法律や理屈にあらずして、国民の怒りは一そう爆発するでありましょう。(拍手)この感情はすでに数年前よりちまたに語り伝えられておるのでありまして、政府がこの国民感情を洞察することもなく、この法案に織り込まなかったことは、口で国民とともにと言っても、その正体見えたりといわなければならぬのであります。(拍手)われわれは、この金は、ことごとく、与野党が一致した行政監察委員会の決定のごとく、戦争に傷つき倒れた人々、生活に呻吟する未亡人などに愛の手を差し伸べる社会保障に、また、再びかくのごときことを繰り返さないための平和な日本建設のためのいしずえとなるべき学術、科学の振興のためにのみ使用さるべきであると、強く主張してやまないところであります。(拍手)あらゆるものは、その使われる目的によってこそ、いよいよ光を放つのであります。日銀の地下に十数年目の目を見なかった莫大なダイヤモンドや白金は、それによってこそ、さん然たる光を放ち、本来の目的を達すると確信をいたすのであります。(拍手)
2006年12月10日
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http://72.14.235.104/search?q=cache:vixe8NQ015UJ:kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/008/1294/00811141294015c.html+%E7%94%B0%E4%B8%AD%E6%B8%85%E7%8E%84%E3%80%80%E6%97%A5%E7%99%BA&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=4&lr=lang_ja国会のかなり 昔の議事録ですが 一昔前は 講演費というのが 労務対策費というかはっきりいって 裏金になっていたというのが おおいに笑える次第です。近著で 森達也の下山事件の本などで 田中清玄も 下山事件 松川事件 三鷹事件などに関係していたという見方が 一部でされているようですが これに 阪神教育闘争事件 朴烈と金天海の国外追放事件 そして 電力再編成という事件をひとつに まとめて いわゆる逆コースの流れの中で とらえるのが ポイントのようにおもいます。田中清玄の三幸建設も これに絡んでいたようですが 議事録を参考にした範囲では、大手建設会社の下請けをしながら 警備(ある意味では 共産党系対策)もしながらというのが 当時の状況だったようです。また 面白い噺ですが この電力再編の結果 共産党系の労組が切り崩されて 旧民社党系の電力労連ができ、その初代書記長が かの佐々木良作氏になります。広瀬隆の私物国家によると 日本の政治家と 建設業界と 電力業界は、トップの人脈と 閨閥で 結ばれているそうですが 清玄が フィクサーとして 大きくなれたのも、戦後の一番 肝心な時期に 日本の特権階級の信頼を得たからだということがこの本をみると よくわかります。
2006年12月03日
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田中清玄が ムショから出たあとについて 自伝では いろいろ書かれていますが検事筋から 藤木幸太郎サンという横浜の沖仲士の元締めに噺がいきそちらにでつだって貰い 三幸建設工業の前身となる神中組を設立させたようです。戦前は 当時の満鉄や 昭和通商などの一種の国策会社において 反体制(サヨクとは かぎらず)の人間で 能力のある人間を 野に置いておくよりも 取り込むことがなされたようです。自伝のほうでも このへんのことについては カッコよく書かれていますが山口組の三代目の自伝には 三幸建設工業を 三光汽船と 間違えていますがこの神中組の本質を はっきりと 人貸しと断言しています。田中清玄については また あとで まとめてみたいとおもいますがこの会社を軸に、いわゆる任侠系の人間 旧共産党系の人間そして朝鮮人を取り組んで 表の稼業は いわゆる人夫貸し裏の稼業は 労組崩しと 争議への介入を ある時期までおこなっていたのではないかとおもいます。
2006年12月02日
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