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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E4%B8%AD%E6%9F%90%E9%87%8D%E5%A4%A7%E4%BA%8B%E4%BB%B6宮中某重大事件(きゅうちゅうぼうじゅうだいじけん)は、1921年(大正10年)に、裕仁親王(当時皇太子、のちの昭和天皇)の妃に内定していた良子女王(のちの香淳皇后)について、家系に色盲の遺伝があるとして、元老・山縣有朋たちが女王及び同宮家に婚約辞退を迫った事件である。http://whole-week.mo-blog.jp/weakhole/cat2670114/index.html宮中某重大事件において、右翼のあらかたが邦彦王の側についたというのも考えてみれば不思議である。邦彦王の父親は幕末公武合体派のフィクサーとして一時期宮廷政治を牛耳った。当時は青蓮院宮と言われた名高い人物である。京都から長州藩を追い落としたクーデターの主要人物でもある。明治維新では失脚して広島に流されていた。彼は京都にたむろした浪人たちを操るのが巧みであった。諸藩の政治活動家が出入りした。息子の邦彦王にもその素質は受け継がれたらしく、事件では右翼の壮士たちをたくみに操ってきわどい策謀や情報戦をおこなった。右翼には西郷隆盛に心酔するものが多い。西郷は島津斉彬の盲目的な忠犬である。庶出の弟島津久光を憎むこと蛇蝎のごとくであった。しかし、明治維新後栄えるのは久光の系統だけである。公爵家だけでも島津久光系は二家あった。西郷派は西南戦争後、まったく圧伏されていたのであるが大正のはじめごろから、島津のお家騒動(おゆら騒動)にかこつけて久光を非難する文章が出始めた。大正4年には江戸学の祖といわれる三田村鳶魚がおゆら騒動を、旧薩摩藩士の加治木常木聞き書きとして発表した。三田村は八王子あたりの徳川恩顧の百姓サムライであったからセンチメントとして滅びた西郷派と共鳴するところがあったのであろう。三田村がおゆら騒動を発表したのは右翼の思想家が集まる雑誌「日本および日本人」である。こうしてみると、クニノミヤ家は長州系に嫌われ、クニノミヤ妃は久光の子孫ということで西郷派に嫌われ、むしろ久光の血が皇室に入ることを嫌うはずである。事実当初はそういう意見もあったが、結局ほとんどがクニノミヤ家の応援にまわった。これは当主邦彦王の壮士操縦術がたくみだったことにもよるが、基本的にはかれらは騒動を大きくする種があればなんでもよかったのであろう。編注 頭山満は 霞を食っていきていたわけでないという話です
2010年12月18日
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戦後 書いた文章の中で 頭山のような人物にたいしても 屈託なく敬意を表しているのが面白い 頭山満は 宮内省の所有地に家を建てて 住んでいたという その地代を滞納していたところ 督促状が来たので 実業家の末永一三に おい これを払っておけ と指示したという 払わされた末永は 松平宮内大臣に 頭山翁に失礼ではないか と八つ当たりをしたという日本国怪物列伝 福田和也 角川春樹事務所よりhttp://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=10064964&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA新聞記事文庫 犯罪,刑務所および免囚保護(5-030)神戸新聞 1932.11.6(昭和7)帝都を暗黒化して要路の大官暗殺の企決行の間際を迅雷的当局の大活動で満洲浪人ら六名を検挙す警視庁刑事部では五日払暁某右翼団体の巨頭○○○○氏(二六)を検挙すると共に一方特高部の一隊は同日午前六時武装警官を動員し最近帝都において某々要路の大官を暗殺せんとする戦慄すべき大陰謀を企てつつあった右翼団体の検挙を行った 逮捕されたのは紅田猶徳(三三)浦上四郎外二名の満洲浪人で直に警視庁に連行する一方渋谷の青雲館内の独立青年社員岡田利平(三一)および千葉勝雄(二五)も逮捕し社内に隠匿してあった爆弾数個およびピストル数挺実弾数百発を押収して引揚げた右は今春来相策謀して恐るべき計画を進め近く帝都を暗黒化しその混乱に乗じ要路の大官を暗殺すべく将に決行せんとする間際において検挙されたものらしく発覚の端緒は最近前記青雲館附近で時折ものの爆発するが如き怪音を聞くことあり、当初は破裂玉と称する玩具であろうなどと思われていたが、最近にいたり全く前記一味が陰謀決行のため爆弾の効力を試していたものなることが判ったためで、この外過般小石川区白山御殿山に起った爆発騒ぎも右と同様爆弾の効力を試せるものではないかと思われるので、この方面に対しても大活躍を開始した 陰謀に重要役割 東京ガス疑獄でも恐喝の疑い ○○○○氏拘留理由五日検挙された右翼巨頭○○○翁三男○○○○氏(二六)の拘引理由は 一、五・一五事件背後の有力人物紫山塾主○○氏等の依頼により同氏の手を通じてピストル六挺を提供したこと 一、去る九月検挙された東京ガス事件の赤沼吉五郎(鈴木寅彦氏四天王の一人)を山本貞美等三名と共に二万円を恐喝したこと 一、大官○○氏暗殺計画に極めて重要な役割を演じていたこと 以上三点の嫌疑によるもので身柄は七日市ヶ谷刑務所に収容される筈である 巨魁は逸早く逃走帝都を闇黒化し要路の大官暗殺のおそるべき陰謀を指導した主犯者は渋谷の青雲館内独立青年社盟主児玉誉志夫と判明したが同人は事件発覚と共に逃亡行方を晦ましているので警視庁刑事、特高両部では各方面に手配して捜査につとめている 同人はかつて当時の蔵相井上準之助氏邸の爆破事件と関係ある右翼団体の有力人物である 問題の二結社と拘引者の素性天行会は昨年九月頃心身鍛錬を目的に○○○氏の三男○○氏を会長に創立されたもので、今回検挙された紅田は福岡県生れで早稲田大学出身多年支那方面を放浪して去る四月帰朝、のち天行会に身を寄せたもので浦上、新谷の両名も福岡県の出身で浦上は昨年末、新谷は本年九月天行会に身を寄せ小柳が同会へ出入りするようになったのは極く最近である 独立青年社は今年春児玉誉志夫が盟主となって尊王愛国資本主義改革を綱領として設立され、盟主児玉は四年前建国会に籍をおいていたが、当時労農党結成の反対を叫んで赤坂見付で直訴し六ヶ月の刑に処せられその後生産党の幹部となっている津久井竜雄氏と同会を脱し急進愛国党その他と関係していたが本年春独立青年社を組織したもので 岡田利平は数年前アメリカ大使館国旗奪取事件で有名となり、その後満洲を放浪していたが本年四月満洲から帰って独立青年社に参加し、千葉は本年五月、弟が天行会に入っているので同会に身を寄せその後同社に参加したものである 編注 なぜ頭山満 秀三の名前が伏せ字か たぶん宮内省所有の土地の中にこの天行会の本部もあり 当時の宮中と右翼の微妙な関係を 警察が触れたくなかったという面もあったのではないかと思います
2010年12月18日
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Yeah, one tsu! Check check check it outPesh, pesh!俺は福島生まれ朝鮮半島育ち仲間は 全国 世界中背中に紋紋しょった奴は大体友達そんな奴らはえらそな奴と大体同じ裏の道歩き見てきたこの街 大陸で三河島 浅草 満州 上海 巣鴨 そう思春期も早々に これにぞっこんに学校いかず親もいず故郷から出て 仲間たちと共に死線をくぐり臭いメシも喰いだが時は経ち今じゃ民族愛国運動のトップそこらじゅうで幅をきかすDON DADA自由党つくってマジでNo.1日本代表トップランカーだそうこの地この国に生を授かり巣鴨出てから無敵の力預かり陛下 先輩たち 仲間たち 部下たち今日も感謝してI got sound, I got feel, I got beautiful daysI got song, I got love, I got grateful daysI got it yeahYou makes me happy, when sky's grayDarling, my darlingThank you my friend
2010年12月13日
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http://matomech.com/article.aspx?aid=998401&bid=291俳優、タレント、歌手、モデル、元暴走族、元チーマー、クラブ経営者、格闘家、 警察官僚OB、ベンチャー経営者、政治家の二世、芸能プロダクション代表・・・。 相関図に登場する人物たちは、なぜツルむのか。 こう質問した時、元暴走族のクラブ経営者の答えは明確だった。 「価値観とライフスタイルが同じなんです。みんな自分の能力と実力で生きており、 そのことに自信を持っている。女なら顔やスタイルや声は重要な売り物だし、 男ならそこに頭脳や度胸が加わる。彼らは、店を起こし、会社を立ち上げ、それなりのカネを持つ。 ある意味、成功者で、みんな"一般人"とは違うという特権意識があります。 時間とカネを自由に使える人間たちが、同じレベルの友人と、心地いい空間を求め、 会員制クラブやクラブのVIPルームに集まり、深夜まで群れて遊ぶ。そこにはいい女と酒がある。 そんな空間が、麻布、六本木、青山、渋谷あたりに存在するんです」クラブ経営者は認めなかったが、その空間にクスリが介在することは、のりピー・押尾事件が象徴している。編注戦前から 小林秀雄などの文士連中とか 白洲次郎などは いわゆる国士のセンセイ方と 関係が深かったんですが その背景も 構造はこんなモノかも 知れません戦後はヒロポン 戦前はケシの花 小林秀雄なら 親父譲りの宝石商のコネ略「ボコる」にも限度がある。陥没骨折のうえ、非常階段に血痕が何か所にも残るほどの重傷を負わせたのでは刑事事件である。 それは、無秩序の証明でもある。銀座・赤坂といった昔ながらの「夜の繁華街」には、縄張りを持つ暴力団がいて、 それなりに仕切っている。終戦直後の「銀座警察」の"秩序"は健在だ。 だが、暴対法を始めとする警察当局の締め付けは、暴力団の勢力を弱めた。 また、暴力団組長が使用者責任を厳しく問われることになったために、暴走族など"予備軍"を安易に スカウトできなくなった。構成員にするにも、頭のいい穏健派を選び、すぐ切れるような粗暴犯は必要としない。 のりピー事件、朝青龍事件、海老蔵事件に共通するのは、暴走族・関東連合のOBが絡んでいることだ。 これまであれば、暴力団が力で従わせる不良が、自立して思わぬ商才を発揮、暴力団に負けないぐらいの 資力と人脈をかまえ、それに後輩を暴力装置にして存在感を増している。 広域暴力団幹部のこんな"嘆き"を聞いたことがある。 「暴力団というだけで、一般人には手を出せない。脅しはもちろん暴力もご法度。 でないと、組長以下、一蓮托生でパクられる。それを知っている不良は、縄張りなど関係なしに 商売を始め、トラブルになるとケンカを売ってきて、こっちが本気になると警察に駆け込む。ホントにタチが悪い」 編注 今回の歌舞伎役者が 殴られた事件の背景の構造ですが 関東連合という集団と 暴力団の関係は 新聞などの報道などとは 実態がちがうようです 児玉系右翼の上海帰りのセンセイ方と 昔からの地回りとの関係もこれに近いものがあったのかもしれません
2010年12月13日
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http://plaza.rakuten.co.jp/junksai/diary/201005240000/補足ですが 岸信介と 児玉センセイとは セットで考えられがちですが 頂上作戦と 勝共連合結成以前は 河野一郎と 児玉センセイですさて党人 河野一郎 最後の十年 著 小枝義人 春風社という 所詮 洋平センセイの監修なんで やばい話は ほぼないのですが 年表に一郎センセイの実業家としての経歴が 詳細に書いてあり ひとつ 興味深い記事がありました昭和十年 一月 神奈川県中郡畜産組合組合長に就任 全国でも模範的な屠場の新築 改善を図り 同時に 日本有数の酪農地帯としての中郡を建設し 乳牛の改良に努力河野一郎センセイは これ以外にも 畜産業界の要職にいろいろつくわけですが これの示す意味を 今後 考えてみたいものだと思います
2010年12月08日
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