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「帝国憲法改正案」の衆議院本会での代表質問の2日目(6月26日)は原夫次郎/進歩党、北浦圭太郎/自由党、鈴木義男/社会党。 野党である鈴木義男(社会党)の質問を調べてみる。●鈴木義男(社会党)の質問と其の回答(6月26日)の抜粋・概要※鈴木義男は1947年5月27日発足した片山哲(社会党)内閣の司法大臣○国民主権 憲法と云ふやうな最高規範を何人が作る権利があるか、一人が作るか万人が作るか、国民全体が作るかと云ふことであります、ここに民主国と専制独裁国卜が分れるのであります。 主権と云ふ概念を只今申すやうな最高性と云ふ意味に使ふことと致しまするならば、憲法制定権が、一人にあるか万人にあるかと云ふことが、今我々の前に提供された問題であります、其の点に於て、我が国は天皇陛下が「ポツダム」宣言を御受諾遊ばされると御決意になりました其の瞬間から、民主国として復活更生すると云ふことが決つたことであります、さうして民主主義に基いて、新しい憲法の根本的改正を御示し下さいましたる以上は、今回から以後は、主権在民の原則に基いて憲法の改正がなされると云ふことも、決つたものと申さなければならないのであります。 終戦の際に連合国が我が国に送つた回答に、最終的の日本国の政治の形態は「ポツダム宣言」に従ひ、日本国国民の自由に表明する意思に依つて決せらるべきものとするとあることに依つて決せられたのであります、民主主義の原則は、諄々しく申すまでもなく、一国の政治の形態、政治運用の諸法則が、最大多数の国民の意思に依つて決せられると云ふ建前であります、此のことが争ふ余地がないものと致しまするならば、諸国の憲法が皆之を明かに致して居りまするやうに、なぜ此の草案にも其のことを明かにしないのでありませうか。 我々は天皇が日本国の象徴であらせられると云ふことは、日本国民の信念に合致する所以であつて、結構なことと存ずるのでありますが、それがどう云ふ意味を持つものであるかと申しますると「至高の總意に基く」とある、是は従来の天皇の御地位を変更する意義を有するものであるかと云ふことであります、従来通俗の意味に於て、天皇は主権者に御在しますと云ふやうに理解されて居るのでありますから、天皇の御地位が国民の総意に依つて定まると云ふことになりますれば、今度は国民が主権者であると解するのが当然ではないか。 此の問題に付ての政府の説明がどうもはつきりしない、主権は国民に在ると言つて見たり、国家と云ふ法人に在ると言はれたこともある、一貫性を欠くのであります、主権とか国権とか云ふものを、私の如く最高法規範の制定権と解する以上は、之を制定するものは君主にあらずんば国民、兎に角自然人でなければなりませぬ、私が前に申上げました憲法前文と草案の他の条文とを参照することに依つて、此の草案の起草者は国民主権を認めて居ると言はざるを得ないのであります、前文には国民の総意は至高なるものと言つて居ることは前に申上げた通りでありますが、即ち国民が国の最高規範の制定権を持つて居ることを申して居る。〓勝手に独断と偏見〓 「主権とか国権とか云ふものを最高法規範の制定権と解する、改正案では国民が制定権を有している」 「『天皇の御地位が国民の総意に依つて定まる』より主権者は天皇から国民になると解するのが当然だが、草案では国民主権であることが明らかにされていない」 「此の草案の起草者は国民主権を認めて居ると言はざるを得ない」 が主張され、原文では主権の定義についても意見が述べられている。 鈴木義男議員は改正案について「国の最高規範(憲法)の制定権を持つ者が主権者であり、国民が制定権を有している、故に主権者は天皇から国民に移る」としている。 制定には改正も含まれると思われるので、国民が憲法を改正できない状態は国民主権が十分に機能していなかった事になる。 「帝国憲法改正案」の骨子を作ったのは占領軍、鈴木議員は「此の草案の起草者は国民主権を認めて居る」と主張、この時点に於いて政府側は主権が天皇から国民に移った事を曖昧にしたがっている(嫌がっている)と思える。 「国民主権」の憲法上の表記について鈴木議員の主張は 「斯う云ふ風に間接に窺ひ知ることが出来ると云ふやうな建前でなく、端的に、明快に、何人にも分るやうに、一箇条を設けて御規定になる意思はありますまいか」 主権者は国民か天皇か、それとも国民と天皇か、天皇は国民かが問題となる。
2007.05.31
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○ZARDの坂井泉水さん死去 病院の非常階段から転落/サンスポ.COM ニュース速報 (2007年05月28日 更新) ヒット曲「負けないで」などで知られる人気ポップスグループZARDのボーカル坂井泉水さん(40)が東京都新宿区の慶応大病院の非常階段から転落、27日午後3時10分、脳挫傷のため死去したと、所属事務所が28日発表した。 警視庁四谷署と所属事務所によると、坂井さんは昨年6月から子宮頸(けい)がんのため闘病生活を送っていたが、肺への転移が見つかり、今年4月に再入院していた。26日早朝、慶応大病院の非常階段の3メートルの高さから転落、後頭部を強打した。同署は事故と自殺の両面で調べている。 所属事務所は転落の原因について「日課の散歩から病室に戻る途中、前日の雨により踊り場で足を滑らせた」としている。 坂井さんは神奈川県出身。1991年、ZARDのボーカルとしてデビュー。94年の選抜高校野球開会式の入場行進曲にもなった「負けないで」でスターに。作詞も担当し、作曲家織田哲郎さんとのコンビで「揺れる想い」「この愛に泳ぎ疲れても」「マイフレンド」などヒットを連発した。 さわやかな歌声と親しみやすく印象的なイントロとメロディーで人気を集めた。DEENやWANDSなど同じ所属レコード会社のグループとともに「ビーイング系」と呼ばれ、90年代を代表するグループの1つだった。 葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は未定。└─── 「遠い日のNostalgia」「誰かが待ってる」「愛は眠ってる」「負けないで」「揺れる想い」は今も聞いているし、私のBEST30には入っている大切な歌、これからも聞き続けるだろう。 ご冥福をお祈り申し上げます。
2007.05.28
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第一次吉田茂内閣は自由党・進歩党の連立内閣、金森徳次郎(貴族院)が憲法担当大臣。 1946年6月25日の吉田首相の「帝国憲法改正案」説明後、各党が代表質問を行った。25日:北れい吉/自由党26日:原夫次郎/進歩党、北浦圭太郎/自由党、鈴木義男/社会党27日:吉田安/進歩党、森戸辰男/社会党、酒井俊雄/協同党28日:安倍俊吾/無所属、細迫兼光/新光倶楽部、布利秋/民主党、野坂参三/共産党●北れい吉(自由党、北一輝の実弟)の質問(6月25日)の抜粋・概要 北議員は総論5項目と各論22項目を質問、以下は総論と戦争抛棄(各論)について。○現行憲法改正の根拠 天皇と一般国民との間に介在して居る所謂特権階級、所謂封建的残滓が今日を禍ひした、戦敗の結果軍備がなくなり軍部が現在の憲法に於きましても政治に干渉する余地は殆どなくなつている。 天皇と国民との直結が可能になつて、運用宜しきを得ば民主主義の傾向に我々は進展することが出来る、即ち現行憲法の場合に於ても、運用宜しきを得ば必ずしも非民主的でないと云ふ議論がある、然るに政府が敢てここに断乎として憲法改正を決意したことは、更に何等か重大なる根拠がなくてはならぬ、唯民主主義を徹底する為め、平和主義を徹底する為めであるの説明だけでは、まだ全国民が納得する程度でない。○憲法改正とポツダム宣言との関係 マッカーサー元帥は此の憲法草案の審議に当り、此の憲法は新憲法でなく、現行憲法の改正であると言はれ、更に此の憲法に付ては十分に審議をせよ、更に又訂正すべきものは、国民の自由意思でどしどし訂正せよと言はれて居る、吉田総理大臣の御言葉に依れば、国際関係、日本の現在置かれたる状況を念頭に置いて審議して貰ひたいと云ふことと、どう云ふ関係があるのか。○日本国家民主化の問題 マッカーサー司令部が、単に之を民主的であると称するのみならず、此の草案は極めて進歩的であると言つて居りまするが、政府は此の進歩的と云ふ点が何処にあるか明瞭に御指摘願ひたいと思う。○君主制の是認の根拠 君主制は共和制と対立するけれども、必ずしもデモクラシーと対立するとは考へませぬ、英国に於ても、北欧諸国に於ても、君主制を維持しながらデモクラシーが成功して居る。 共産党が天皇制打倒を唱へるだけで、国民の絶対多数は天皇制を支持して居ることは、此の議会に現はれました政党の分野を見ても一目瞭然。 天皇は既に「爾臣民と共に在り」と仰せられ、我々は又悠久の民族的伝統に依つて、天皇に直結して居ることを考へて居る以上は、如何に憲法であつても、法文の規定を超越した何ものかがあることは我々は確信する所。○新憲法と国体の関係 日本国民と云ふ中には、天皇も加へて宜しい、さうすれば天皇を含めた日本人全体が此の憲法制定に与かる、此の憲法の精神を貫徹する誠意を持つて居ると云ふことであるから、民主主権説から主権在民説を変革したと云ふ必要はないと考へるのであります。 此の憲法は国体変革にあらずと云ふことを、懇切丁寧に国民に徹底させる必要と責任がありはしないかと感ずる。○戦争抛棄(各論) 「マッカーサー」元帥が日本の憲法の進歩性、非常に特色のある進歩性として指摘した所の此の条項でありますから、当局としては変更は困難を感じますと想像。〓勝手に独断と偏見〓 第一日目は北議員の質疑応答後に「主要食糧の輸入に関する報告」があり、報告後「内閣総理大臣は関係方面との打合せの為め是れより退出せねばならぬとのことであります、・・・本日は是にて散会・・・」 GHQは存在感を示し、政府と与党は国体の変更を拒否しながら帝国憲法改正を進める。◇吉田茂首相 「上に皇室を戴いて、此の忠勇なる日本国民が皇室を中心として一致団結する、さうしてそこに平和に対する危険があり、世界の平和を紊す原因がそこにある」 この誤解・疑惑に対して 「日本が如何にして国体を維持し、国家を維持するかと云ふ事態に際会して考へて見ますると、日本の国体、日本の国家の基本法たる憲法を、先づ平和主義、民主主義に徹底せしめて、日本憲法が毫も世界の平和を脅かすが如き危険のある国柄ではないと云ふことを表明する。」◇金森大臣 「ポツダム宣言に伴ふ所の国際信義を実行する」 「我々は此の混沌たる思想の混乱、社会情勢の動揺と云ふものを逸早く乗切つて、秩序ある国家再建の礎を固めると云ふ為には、どうしても新たなる憲法には、新しき原理を盛り込まなければならぬ。」
2007.05.26
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1892年の第2回衆議院総選挙(投票人は住所氏名を明記、実印を押す)、当選者の平均得票数は千票、11票で当選した代議士もいた。 1946年4月10日の戦後初の衆議院総選挙では、女性が選挙権・被選挙権を得、有権者数は男性が1632万、女性が2056万。 「日本国憲法」は国民が政府・国会議員・官僚など公務員に示すガイドライン、国民は憲法を改正する権力・武力を持たない、連合国主導で作られた改正案が政府案として勅命により帝国議会に付され審議が始まる。○衆議院本会議(6月25日):吉田茂首相による「帝国憲法改正案」の説明(抜粋・概要) ポツダム宣言及び関連文書に、「日本國國民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に對する、一切の障礙を除去し、言論、宗教及び思想の自由竝に基本的人權の尊重を確立すべきこと」並に「日本國の政治の最終の形態は、日本國國民の自由に表明する意思に依り決定さるるべきこと」の条項がある。 此の方針は平和新日本の向ふべき大道を明かにした、国家の基本法たる憲法の改正が要諦と考へる。 本改正案の基調とする所は、国民の総意が至高のものであるとの原理に依つて諸般の国家機構を定め、基本的人権を尊重して国民の自由の福祉を永久に保障し、以て民主主義政治の基礎を確立すると共に、全世界に率先して戦争を抛棄し、自由と平和を希求する世界人類の理想を国家の憲法条章に顕現するにある。 第一条に於て、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であつて、其の御地位は日本国民の至高の総意に基くものと規定している、之に依り皇位を繞つて過去の神秘性と非現実性が完全に払拭され、其の基く所は現実なる国民の総意であることが如実に示された。 現行憲法に於ける如く広汎なる大権事項を規定するに於ては、却て政府其の他の権力者が時に誤つた理念に侵されて、天皇の御名に隠れ、民意を歪曲し、国政を専断し、動もすれば無暴なる政策を施行せんとして、遂に国家国民を破滅に導き、累の及ぶ所予断を許さざる事態に立至る虞あることを免れない、改正案に於いては、天皇は内閣の助言と承認に依り一定の国務のみを行う、此の形態は民主主義国政の常道を踏むものである。 改正案は戦争抛棄を規定している、即ち国の主権の発動たる戦争と武力に依る威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争解決の手段としては永久に之を抛棄するものとし、進んで陸海空軍其の他の戦力の保持及び国の交戦権をも之を認めざることにしている、斯かる思ひ切つた条項は、凡そ従来の各国憲法中稀に類例を見るもの、斯くして日本国は永久の平和を念願して、其の将来の安全と生存を挙げて平和を愛する世界諸国民の公正と信義に委ねんとする。 国民は総ての基本的人権の享有を妨げられないことの大原則を規定し、又此の憲法の保障する基本的人権は侵すことの出来ない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられるものであることを明示、更に具体的事項に付て、権利、自由の保障及び民主主義の発展向上の為め必要なる規定を設ける。〓勝手に独断と偏見〓 GHQは主に貴族院の審議に干渉し連合国の意見を反映させた。 「日本国は永久の平和を念願して、其の将来の安全と生存を挙げて平和を愛する世界諸国民の公正と信義に委ねんとする」 日本は武装解除されて連合軍の占領下、GHQによる戦犯指名・公職追放が多発、食料援助が必要な日本、政府と国会議員は連合国の建前に優等生として振舞う。 志賀義雄(共産党)の動議「帝国憲法改正案の議事は之を延期すべし」は却下された。○志賀議員が述べた延期理由(抜粋) 草案作成に当つて日本人民全体の意向を忠実に取入れると云ふ用意が政府に於て欠くる。 先般の総選挙に於ても、憲法よりは食糧だ、斯う云ふ声が人民の間には強い。 十分に人民全体が此の議会に対して注目を向けた状態の下に於て審議されるのでなければ、日本人の自由に表明せられたる意思に依つて将来の日本の政治形態を決定すべしと云ふポツダム宣言の趣旨にも反することになる。└─── 日本共産党の「日本人民共和国憲法(草案)」(6月29日発表)での主張抜粋、 「天皇制支配体制によつてもたらされたものは、無謀な帝国主義侵略戦争、人類の生命と財産の大規模な破壊、人民大衆の悲惨にみちた窮乏と飢餓とであつた。」 「この専制的政治制度は日本民族の自由と福祉とに決定的に相反する。同時にそれは近隣植民地・半植民地諸国の解放にたいする最大の障害であつた。」
2007.05.22
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現在のマイブームは「瀬戸早妃」。 Wikipediaによると(以下は抜粋)。 宮城県仙台市出身で1985年6月21日生まれ、グラビアアイドル・女優・タレント、サンズエンタテインメント所属。 テレビドラマには 嫌われ松子の一生(2006年10月 - 12月、TBS) - ソープ嬢・レイコ 役 花より男子2 リターンズ(2007年1月 - 3月、TBS)- 浅井百合子 役 ラジオ・舞台で活躍、写真集やイメージDVDを出している、 2006年2月、舞台「Kiss Me You」上演中に左膝前十字靱帯損傷、2006年9月に手術を受け現在リハビリ中。 2007年にも舞台やテレビ出演をしているようなので、リハビリは終わったのかもしれない。 テレビドラマは殆んど見ないので瀬戸早妃の存在自体知らなかった、知ったのは一月程前に見つけたネットの画像、中国系の画像サイトで熊田曜子に次いで2位になっていた。 私から見ると信じられないほど綺麗(所謂巨乳ではない)、毎日放送『知っとこ』(5月12日)にゲストで出ていたので少し見た、それなりにコメントしているが妙に落ち着かない感じを受けた。 瀬戸早妃のネット画像で興味を引くのは、美しさもあるが、それぞれの写真に写っている瀬戸早妃が同じ人間と思えないほど異なって見える事だ、化粧や何年かの時間の経過などがあると思うが、これほど同一人物と判定することが難しい女性も珍しい。 瀬戸早妃に限ったことではないだろうが、どんでもなく美しく特別な存在に見える場合、そこそこの美しさ(平凡)に見える場合、普通の設定で十分美しいのに不必要な設定で良さを潰している場合がある。 瀬戸早妃はこれだというイメージがつかめない、事務所も彼女をどのように育てるのか掴めてなく、まずはマスメディアに露出を考えて年月だけが過ぎているのかもしれない。 中国系サイトで人気があるのだから、それなりの存在感はあると思えるが、彼女の魅力をうまく引き出していないのだろう、また瀬戸早妃自身が自分の良さに気づいていないのではないか、回りが自信をつけさすことも重要と思う、舞台・テレビ・映画等で活躍してほしい人材。
2007.05.21
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帝国議会での審議の前に、金森大臣の主張を見てみる。○金森徳次郎『ウィキペディア(Wikipedia)などよりの抜粋』 金森徳次郎(1886年3月17日-1959年6月16日)は憲法学者、政治家。税務監督局属兼大蔵属。1934年岡田内閣にて法制局長官に就任。 著作「帝国憲法要説」が天皇機関説的であるという理由で右翼勢力に攻撃を受け辞任。 1946年2月貴族院議員に勅選され、6月に第一次吉田内閣で憲法担当の国務大臣に就任。議会において憲法改正草案に関する答弁をほとんど1人で行った。└──○金森6原則(「政体」は変更されるが、「国体」は変更されないの説明)の抜粋・概要※1946年7月17日に金森がケーディスに語った天皇の地位に関する説明内容の文書化。第一 従来の天皇中心の基本的政治機構は新憲法では根本的に変更されてゐる(従来の天皇中心の根本的政治機構を以てわが国の国体と考へる者があるが、之は政体であつて、国体ではないと信ずる)第二 現行憲法に於て国民意思は天皇により具体的に表現されるが新憲法では然らず。(新憲法では国民意思は主として国会を通じて具体的に表現される)第三 天皇は新憲法に於ては象徴たるに止まる。象徴の本質は天皇を通じて日本の姿を見ることが出来る。と云ふことに在るのであつて、国家意思又は国民意思を体現すると云ふやうな意味をもたない。第四 現行憲法では天皇は何事も為し得る建前になつてゐるが、新憲法では、憲法に明記された事項以外は何事も為し得ない。(法律を以て其の権限を追加することも絶対に出来ない。)第五 現行憲法に於ける天皇の地位は天皇の意思又は皇室の世襲的意思に基くものと一般に考へられて居たが、新憲法に於ては天皇の地位は全く国民主権に由来する。第六 政治機構とは別個の道徳的、精神的国家組織に於ては天皇が国民のセンターオブデヴォーションであることは憲法改正の前後を通じて変りはない。(国体が変らないと云ふのは此のことを云ふのである。)※devotion:献身、信心、精進、全身全霊、忠実、専念、帰依、愛着└──(「HP:日本国憲法の誕生」より)〓勝手に独断と偏見〓 金森大臣は憲法改正後も実態の変更を望んでいないように思える。○「金森6原則」の「国体」「政体」以外の内容 従来は、 天皇中心の基本的政治機構で国家の意思や国民意思は天皇により具体的に表現されていた。 帝国憲法では天皇は何事も為し得る建前になつていた、また天皇の地位は天皇の意思又は皇室の世襲的意思に基くものと一般に考へられて居た。 新憲法下に於いては、 国民意思は主として国会を通じて具体的に表現される、天皇は憲法に明記された事項以外は何事も為し得ない。 天皇の地位は全く国民主権に由来する。○「新日本建設に関する詔書」(1946年年1月1日)の一節(所謂「天皇の人間宣言」と云われる部分) 朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非ず。天皇を以て現御神とし、且日本国民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基くものにも非ず。○「宣戦の詔書」(1941年12月8日)より抜粋 天佑を保有し万世一系の皇祚を践める大日本帝国天皇は昭に忠誠勇武なる汝有衆に示す朕茲に米国及英国に対して戦を宣す朕か陸海将兵は全力を奮て交戦に従事し朕か百僚有司は励精職務を奉行し朕か衆庶は各々其の本分を尽し億兆一心国家の総力を挙けて征戦の目的を達成するに遺算なからむことを期せよ <中略> 皇祖皇宗の神靈上に在り朕は汝有衆の忠誠勇武に信倚し祖宗の遺業を恢弘し速に禍根を芟除して東亞永遠の平和を確立し以て帝國の光榮を保全せむことを期す━━━ 日米開戦時と敗戦直後の詔書では、天皇の立場と戦争への関与の主張は異なる、GHQに憲法改正を命じられていた近衛文麿が戦犯指名され自殺する世の中。 1945年11月5日に幣原内閣で閣議決定された「戦争責任等に関する件」では、 「天皇陛下に於かせられては開戦の決定、作戦計画の遂行等に関しては憲法運用上確立せられ居る慣例に従はせられ、大本営、政府の決定したる事項を却下遊ばされざりしこと」 「昭和天皇独白録」などにも同様の内容が主張されていてるが、「木戸幸一日記」では異なる。 戦犯指名に対して、首脳部がどのように戦争に関与していたかを決めておく必要があったと思われる。
2007.05.19
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○日本国憲法 第96条1.この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。 この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。2.憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。└─── 憲法改正に於ける「国民投票法」が参院本会議で採決され、2007年5月14日に成立した。 賛成は自民と公明、他の党は反対(民主党の渡辺秀央氏は賛成)、憲法改正の発議が総議員の2/3の為、朝日新聞では民主を巻き込み政界再編の可能性が書かれている。 最短で2011年の夏から憲法改正の発議が可能となる予定、国会での審議も重要だが、国民が変更の意図する所を理解し改正の是非を判断する事がもっと重要。 発議者の説明がいい加減で納得できなかったり、改正が多岐にわたり理解できない場合は、反対するしか無い。 憲法改正とそれに対応する法律がセットで示されないと意味が無い場合が存在すると思われる、改正の実態が明確な国民の為の憲法改正を行って欲しい。〓勝手に独断と偏見〓 国民と政党の憲法改正にはずれがある、世論調査では国民は憲法改正に反対ではないが、集団的自衛権の行使には慎重だ。 現在の憲法では自衛隊は認められていない、自衛権と自衛力保持や集団的自衛権の制限の改憲はよいと思う。 他には、「第6条」 1.天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。 2.天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。 削除するか、主語を天皇ではなく国民にするのはどうだろうか。 共産党・社民党の改憲反対は自分達が改憲の発議ができる可能性が無い為と思う、「大日本帝国憲法」が改正され「日本国憲法」ができた時は共産党・社会党は自分達の憲法草案を持っていた。 以下は蛇足。 「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議」ではなく、「総議員の二割以上の賛成で、国会が、これを発議」とし、「発議に対して党議拘束は行ってはならない」を付けて「党議拘束を行った場合はその政党の責任者に対して如何なる公務員になる権利も剥奪する」と罰則をつける、だったら共産党・社民党は改憲の発議に積極的になるだろうか。 ただ、上記の修正では発議が多発する可能性があるので、「国会議員は一生に一度だけ発議に参加する事ができる」とすればよいと思う。
2007.05.16
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「帝国憲法 第七十三条 将来此の憲法の条項を改正するの必要あるときは勅命を以て議案を帝国議会の議に付すへし」 「帝国憲法改正案」は1946年6月20日、帝国議会に提出された。●帝国憲法改正案(抜粋)○第一章 天皇第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、日本国民の至高の総意に基く。第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。第三条 天皇の国務に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。第四条 天皇は、この憲法の定める国務のみを行ひ、政治に関する権能を有しない。 天皇は、法律の定めるところにより、その権能を委任することができる。第五条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその権能を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国務を行ふ。 一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。 二 国会を召集すること。 三 衆議院を解散すること。 四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。 五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。 六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。 七 栄典を授与すること。 八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。 九 外国の大使及び公使を接受すること。 十 儀式を行ふこと。第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。○第二章 戦争の抛棄第九条 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。 陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない。○第五章 内閣第六十一条 行政権は、内閣に属する。第六十二条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。第六十三条 内閣総理大臣は、国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。○第十章 最高法規第九十三条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。第九十四条 この憲法並びにこれに基いて制定された法律及び条約は、国の最高法規とし、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。第九十五条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。〓勝手に独断と偏見〓 上記の抜粋に於いて「帝国憲法改正案」と「日本国憲法」との主な違いは、○「日本国民の至高の総意に基く」->「主権の存する日本国民の総意に基く」○「天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する」の追加○「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」の追加○「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」の追加○「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」の追加 自由党・進歩党の憲法改正案は天皇が統治者、社会党案では主権は天皇と議会、共産党案は人民主権。 戦争放棄はいずれの案でも主張されていない。 「国民主権」の主張が弱いのは長年の教育の成果で民主主義否定が国民に浸透したのか、政党は国民と乖離していたのか、不敬罪への恐怖か。 占領者が「戦争放棄」を強いるのは自分達の言いなりにしたい為だろう。 戦前・戦中に教育を受けてきた者達は「戦争放棄」を変更しなかった、恐れたのは米国・自分達・政府・責任・敗北、それとも戦争。 「憲法」は主に権力者(現在では大臣・国会議員・官僚などの「公務員」)を縛る物とすると、「公務員」が国民の為の憲法改正を行うことは難しい、国民の発議は無理か。
2007.05.12
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1946年6月8日、枢密院本会議にて天皇臨席の下、憲法改正草案が起立多数により可決され、6月20日には第90回帝国議会開院式が行われ「帝国憲法改正案」が衆議院に提出された。 「枢密院」「貴族院」の文言はなく、統治権は天皇にはない、戦争放棄・基本的人権・「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」が記されていた。 「大日本帝国憲法」下で占領下の日本、5月19日には「食糧メーデー」に於いて「プラカード事件」が発生している。 「憲法改正」は国民にとって重要なことだが、国民は憲法改正より食料と日々の安定した生活を求めていた、天皇と政府・統帥部・支配層にとっては自分達の権力が制限されたり否定されたりする事であり重要度は大きい。 「極東国際軍事裁判」の起訴は天皇誕生日である4月29日に行われている。 「ポツダム宣言」の履行に伴う憲法改正を行う事を求められているのは日本政府であり、国民は憲法改正を云々する余裕がない状態。 「プラカード事件」では天皇批判が公然とできる雰囲気になりつつあり「不敬罪」で国民を抑える事ができる状態ではなくなっている。 日本共産党は合法化された政党となり憲法草案には天皇制反対が主張されている。 政府と支配層はGHQと国民(所謂知識人やマスメディアではなく)の顔色を伺う事が必要となっている。 「HP:日本国憲法の誕生」の資料をベースに帝国議会の審議、GHQ・極東委員会の関与について調べてみたい。 帝国憲法改正は「ポツダム宣言」の 「日本国政府は日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし言論、宗教及思想の自由竝に基本的人権の尊重は確立せらるべし」 「日本国国民の自由に表明せる意思に従ひ平和的傾向を有し且責任ある政府が樹立せらるるに於ては聯合国の占領軍は直に日本国より撤収せらるべし」 により必要とされた、連合国の目的は、 「吾等は無責任なる軍国主義が世界より駆逐せらるるに至る迄は平和、安全及正義の新秩序が生じ得ざることを主張するものなるを以て日本国国民を欺瞞し之をして世界征服の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力及勢力は永久に除去せられざるべからず」 「日本国の戦争遂行能力が破碎せられたることの確証あるに至る迄は聯合國の指定すべき日本国領域内の諸地点は吾等の茲に指示する基本的目的の達成を確保する為占領せらるべし」 連合国は「日本国の戦争遂行能力破碎」を行い、軍事的に日本を永久に無害な存在にする事を望み、民主主義の定着により「世界征服の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力及勢力は永久に除去」を期待した。〓勝手に独断と偏見〓 「日本国憲法」下での首相の任命は、 「第6条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。」 前提として、「主権の存する日本国民」「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」 「日本国憲法」以前は、元老・重臣・内大臣が天皇の要望を加味し内閣総理大臣を推薦、天皇が総理に組閣を命じていた。 「日本国憲法」下では内閣総理大臣を指名する者は国民の選んだ国会議員であり、内閣総理大臣は国会議員の中から選ばれる、天皇及びその周辺の意向は加味されない(多分)。 「日本国憲法」の国会審議(1946年6月8日)の前には、幣原内閣の下で衆議院議員総選挙(4月10日)が行われ、5月22日には吉田茂内閣(自由党)が誕生している。 (衆議院総選挙結果:自由党141、進歩党94、社会党93、協同党14、共産党5、諸派38、無所属81) 「枢密院」「貴族院」は「憲法改正草案」に本音は反対だが、改正案を大きく変更はできないという枠組みの中での審議となる。 もし、GHQなどからの干渉の無い憲法改正が行われていたとしたら、「天皇は陸海軍を統帥す」の変更以外は期待できなかったと思う。 占領下、皇族の多くが皇籍離脱し、華族が廃止され、女性に国政の参政権が与えられた。 国民(男性・女性)が主権者である事の自覚が求められた、占領軍にも好ましく洗脳と好ましくない洗脳があったと思われる。○Wikipediaによると 「女性参政権」 「1931年には婦人参政権を条件付で認める法案が衆議院を通過するが、貴族院の猛反対で廃案に追い込まれた。」 「戦後廃止された姦通罪」 「刑法 第183条 有夫の婦姦通したるときは二年以下の懲役に處す其相姦したる者亦同し」
2007.05.09
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昭和天皇は「日米戦は日本に有利な状態で終わる」と考えていたが、「日米開戦を抑えることは困難」とも考えていた。 「天皇は日米開戦を阻止できなかった」のは何故か。○「東京裁判個別意見(ウエッブ裁判長) 天皇の免責」よりの抜粋 天皇の権限は彼が戦争を終わらせたときに疑問の余地が無いまで証明された。 戦争を終わらせたときと同様、戦争を始めるにあたって、彼が演じた顕著な役割は、検察側によって導きだされた否定できない証拠の対象であった。 <中略> 戦争をおこなうには、天皇の許可が必要であった。 もし彼が戦争を望まなかったならば、その許可を差し控えるべきであった。 彼が暗殺されたかもしれないということは、問題の答えにはならない。 この危機は、自己の義務を危険があっても遂行しなければならない統治者のすべてが冒しているのである。 いかなる統治者でも、侵略戦争の開始という犯罪を犯しておいて、そうしなければ命が危うかったのであるからといって、それを犯したことについて、 赦されるものと正当に主張することはできない。 天皇は進言に基づいて行動するほかはなかったということは証拠と矛盾している。 彼が進言に基づいて行動したとしても、それは彼がそうすることを適当と認めたからである。 それは彼の責任を制限するものではなかった。 しかし、いずれにしても、大臣の進言に従って国際法上の犯罪を犯したことに対しては、立憲的君主でも赦されるものではない。└─「東京裁判/朝日新聞東京裁判記者団/朝日文庫」より 上記は「昭和天皇独白録 結論」への反論になっている、昭和天皇の主張(概要)にウエッブ裁判長の主張を当てはめてみる。1.天皇は立憲政治下に於ける立憲君主として日米開戦を裁可した、好き勝手に拒否権を発動する専制君主ではない。 戦争をおこなうには、天皇の許可が必要であった。 もし彼が戦争を望まなかったならば、その許可を差し控えるべきであった。 天皇は進言に基づいて行動するほかはなかったということは証拠と矛盾している。 彼が進言に基づいて行動したとしても、それは彼がそうすることを適当と認めたからである。 それは彼の責任を制限するものではなかった。2.終戦の際は議論分裂で天皇に裁断を求めたので、天皇は信ずる所に依って事を裁いた。 天皇の権限は彼が戦争を終わらせたときに疑問の余地が無いまで証明された。3.開戦を拒否すると、国内は必ず大内乱となり、天皇の信頼する周囲の者は殺され、天皇の生命も保証できない、結局狂暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行はれ、果ては終戦も出来兼ねる始末となり、日本は亡びる事になったであろうと思う。 彼が暗殺されたかもしれないということは、問題の答えにはならない。 この危機は、自己の義務を危険があっても遂行しなければならない統治者のすべてが冒しているのである。〓勝手に独断と偏見〓 天皇は東条内閣と統帥部の開戦論に対して、重臣達(開戦反対が多数)に確認するなど日米開戦に慎重だった。 昭和天皇は開戦当時、日米・日中戦争を主に損得で考えていたと推察、言い訳が必要となったのは敗北した為。 ウエッブ裁判長: 戦争を終わらせる事ができた天皇が日米開戦を阻止できなかった筈が無い、天皇は開戦の最終決定者であった。 昭和天皇: 終戦の時は政府でも意見が分かれていて意見が一致しない状態で判断を求められたので、ポツダム宣言受諾を決断した。 もし、国民的憤慨を背景として軍が立ち上がった日米開戦に反対していれば、天皇の影響力は弱まり、戦争終結も行えず、今次の戦争に数倍する悲惨事が行われただろう。 天皇の主張「日本が天皇の影響下にあった為、戦争被害が最小限に抑えられた」「日米開戦に反対すると天皇の生命も保証できない」は同意できる面もあるが、終戦時の「ポツダム宣言」受諾に於いての最優先事項は「国体護持」であり、天皇の主張は良いとこ取りだろう。 ドイツのソ連侵攻後の日本の南部仏印進駐に対して米国は石油全面禁輸、海軍が開戦賛成となり、天皇は開戦に於ける損得の是非を判断できず、東條内閣と統帥部の判断を受け入れ開戦を決断した。 天皇は日米開戦を阻止できなかったが、「ポツダム宣言受諾」を政府・統帥部の首脳部に命じ戦争を終わらす事が出来たのは、終戦時に天皇の意志が明確だった為と思える。 「国体護持」の保障はなかったが、戦争の継続は天皇と日本を破滅させる、の認識による決断だった。
2007.05.06
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○「安倍首相、憲法解釈変更の意向示す 集団的自衛権/asahi.com」 2007年04月26日11時25分 安倍首相は26日午前、集団的自衛権の行使を認めるための憲法解釈変更について「私の方針は随時述べている。所掌の部署において、私の方針にのっとって整理研究等をしているのは当然ではないか」と述べた。集団的自衛権の行使はこれまでの憲法解釈では禁じられてきたが、行使の容認に向け内閣法制局などで検討を進めていく意向を示したものだ。 米国・中東訪問への出発前に、首相公邸前で記者団に語った。 首相はこれまで、集団的自衛権の研究を機に解釈変更に踏み込む考えを示唆している。17日の米メディアでも、憲法の解釈変更について「世界に貢献するために政治家として責任ある者として考えるべきだ。その観点から法整備、解釈を研究していきたい」と強調していた。 ただ、複数の内閣法制局幹部は26日朝、首相からの検討指示を否定、憲法解釈の変更も検討していないとしている。今回の発言には、歴代首相が国会答弁で示してきた憲法解釈の変更に消極的な内閣法制局を牽制(けんせい)する狙いがありそうだ。 政府は25日、首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を設置。ここでは、(1)対米ミサイル撃墜(2)公海上の米艦船への攻撃に応戦――など四つ事例についての研究を求めている。懇談会設置について、首相は「(憲法を)どう解釈すべきか議論をしてもらいたい」と解釈変更に意欲を示した。└───○衆議院議員稲葉誠一提出「憲法、国際法と集団的自衛権」に関する質問に対する答弁書(昭和56年5月29日提出)-抜粋-より 国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもつて阻止する権利を有しているものとされている。 我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第九条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであつて、憲法上許されないと考えている。 なお、我が国は、自衛権の行使に当たつては我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することを旨としているのであるから、集団的自衛権の行使が憲法上許されないことによつて不利益が生じるというようなものではない。└───〓勝手に独断と偏見〓 政府は必要に迫られているいるのかもしれないが、集団的自衛権を憲法解釈の変更で処理するのはどうかと思う。 憲法解釈により憲法と実態との乖離をより拡大させる事は、政府が国民の憲法による政府管理を拒んでいる事と思う、法が政府・公務員の好き勝手な解釈で運用されてしまうのでは民主主義ではないと主張したい。 「日本国憲法 第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」 憲法の変更を全否定するつもりはない、しかし公務員が憲法に従うのは当然、現実に合わないのであれば国民の了承を得て修正すれいい。 政府は「集団的自衛権」で何を実現したいのか、1940年の「日独伊三国条約」は日本を対米戦に導く一端となった条約だが、友好国が他国から攻撃された場合は経済的・軍事的に相互援助するが、友好国が他国を攻めた場合には共に戦う義務は無い、ドイツがソ連に侵攻したときに日本は対ソ戦に参戦していない、友好国の始める戦争に無条件に参戦はありえない、少なくとも議会の同意が必要だろう。 日本が「集団的自衛権」の発動により参戦する或いは後方支援する条件として、 友好国に対して軍事的な攻撃が継続的に行われている場合、或いは多大な被害を受けた場合、明確に多大な被害が発生しうる場合、で友好国から要請があった場合(予め危険を察知し要請があった場合を含む)など初動条件に制限を設定し。 且つ、継続的な参戦(後方支援を含む)には、初動から30日以内に衆議院・参議院のそれぞれ3/5の賛成を必要とする。 緊急を要しない参戦或いは後方支援に於いては友好国よりの要請後30日以内に衆議院・参議院のそれぞれの3/5の賛成により「集団的自衛権」の発動を決定する。 など、派兵決断と継続を含めて制限を決めておけばよいと思う。
2007.05.02
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