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昨日は37回目の誕生日でした。誰かが言ってたっけ。誕生日は周囲の人に感謝する日なんだって。素敵な考えだなぁと思っていたのに、ついぞ誕生日なんて忘れる習慣になっていたせいか、人と会っても、伝えそびれちゃった。「今日は誕生日なんです~。みなさん私と出会ってくださってありがとう~♪」って言えれば良かったね。もう当日は過ぎてしまったけど、私に関わってくれているみなさん。本当にありがとう。あらたまってひとりひとりに感謝の言葉を伝えたことはないかもしれないけど、私は本当に人に恵まれていて、いつもいつもサポートしてもらっているのを感じています。そういえば、以前「自分の魅力を語る」というワークをしたときに「私の周囲には温かく尊敬できる素敵な人ばかりです。それが私の魅力です」って言ったことがあったっけ。お誕生日のメッセージを下さったみなさん、ありがとう。昨日は手作りのケーキをいただいたうえ、庭でもちうどんとハーブティーをご馳走になって、ハッピーバースデーを唄ってもらっちゃいました。思いがけず嬉しかったです。アップルミントと、レモンバームのハーブティー気に入っちゃった♪夜もちゃんとお祝いしてもらいました。みんなにありがとう。これからもよろしく。
2005.09.30
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我が家のふとんは綿布団。だいぶぺちゃんこになっていたので、打ち直しに出した。2枚のふとんに対し、わたを足してもらってまた2枚になって帰って来た。ふかふか♪しあわせ♪日本人は綿布団さ~♪
2005.09.29
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私の住む町で、「あるある健康講座」という講座が催された。第一部は黒姫和漢薬の会長狩野誠氏の薬になる野菜と野草のお話。たとえばトウモロコシのひげの部分は腎臓に、芯の部分は心臓にいいんだそうだ。ユーモアを交えて語っていただいた。・・実は午前中のセッションで遅れて参加したので、この部分しか聴けていないのだけど(^^;あとどんな話があったのか、聞かれた人はコメントしてくださいまし~。第二部は癒しの森のトレーナーの会、「ひとときの会」のメンバーの間瀬さん(アロマエンジェル)のアロマテラピーのお話。たとえば、眠れないときにいいと言われる香でも、自分の好みでなければ違うものを使えばいい、ようは自分の好みで効くと思うものを使っていくことで、とらわれる必要はないというお話が印象に残った。また、一瓶あたりの高価な理由と、ワイン一本2000円を一晩で空けると思えば精油一瓶はお徳みたいな比較がおもしろかった。第三部は保健士さんの健康についてのお話。途中でアロマブーケがまわってきて、においを香ったり、野草茶を飲みながらごぼう入りチョコケーキをいただいたり、ウコンいりの野菜タップリスープをいただいたりしながら健康に良いお話をたっぷり聴く。このスープ、ブイヨンと塩でサイコロ状にカットした野菜を煮て、黒姫和漢薬のウコン茶ウコン茶100%で作る。簡単!!個人的には、精油を使ったアロマも素敵でおしゃれだけど、日本人なので地のものを上手に使いたいと思う。それで狩野氏の著書を購入。少しこれを使って研究しようかな。なにか天変地異が起こったときにはこの一冊と、山菜きのこの本をもって逃げよう。そうだ。同じ本を防災セットの中にいれておくと良いかもしれない・・・なんて思ったりする。
2005.09.28
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我が家の敷地内の草花たちむかご 道端のコスモスと道祖神こういう風景にいやされちゃうんだよな~ 北海道によくあるロールケーキ状の飼料に草が生えてる・・Golden稲・・・もうすぐ収穫です。まぶしいぞ・・・お散歩中に拾ったクルミ・・・これはオニグルミじゃなくてカシグルミみたいだぞ。
2005.09.28
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なんか書けなくなってきた。「思い」はある。書いてみたいものもある。でもなんでだろう、言葉にするとまとまらない。書いたけどまとまらずに保留にしたのが3つあって、書いてみたいのが頭の中にふたつ。まだ熟成されていないのか。こういうときは、森へ行こう♪
2005.09.27
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前日のものは、少し「教えてあげる」みたいな感じがして、どうもしっくりこない気もする。なんどとなく、「言い訳」や「評論」を聞く機会が続いて、ぼやきたくなったかんじなのだ。「決めること」「本人の意思」だということ、これだけは伝えたかった。ソースでもコーチングでも本人が決意していなければ何も変わらないっていうことを・・つづきを何パターンか書いてみたけど、しっくりこない。でも、カナダの先住民や先住民と関わる人の旅行エッセイを読んでいて、私の思いと通じることがあり、なにやら考えをまとめてみたいかんじです。準備の出来ていない人も、評論や言い訳などしてわかったふりをしないで、心をオープンにしておいて欲しい。いつか、時が来たら必要な人にはわかるときがくるから。そして心をオープンにしておくと、直感やひらめきが冴えて自分にとっていいものがひっかかってくるから。一般化して論じたり、はなから無理とわざわざ断言する。その言葉、表現の裏に隠されている、目の前の相手の本音や、その言葉の裏に隠されている真実を引き出していくことも必要なのだと思います。熱い使命を持って、関わっていくこともコーチには必要なことでしょう。ビジネスコーチングなど、企業研修に関わる人には必要でしょう。それは他のコーチに任せて、私は、「本当に望み」それを手に入れると「決意」した人と関わりたい。人にはそれぞれ準備の段階がある。その人の中で熟成された準備段階にあわせていくこと。私はそれを大事にしたいかな。
2005.09.26
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人はたくさんの選択肢を持っている。でも、それに気がつかない人は多い。自分であげる選択肢は、今までの自分の生い立ちや、考え方や、環境や、いろんなものに無意識のうちに影響されて、自分の枠組みの中でしか用意することが出来ない。「私にはこれしか出来ない」「今の環境じゃこれしかできない」「お金がない、時間がない、だから」「きまりだから」「会社だから、仕事だから」そんなときに、コーチは、枠組みをはずすお手伝いができます。「できることはなんですか?」「本当にそうなんですか?」「お金があったら、どうするんですか?」「お金を出してくれる人がいるとしたら誰ですか?どの組織ですか?」「決まりはなんのためにあるんですか?」「会社はなんのために活動しているんですか?あなたが、会社の中で一員として働いている、お互いの関係の意味はなんですか?」「誰がそれを決めたんですか?」好きなことをして生きる人生なんて、会社に所属している限り無理?本当ですか?そういうひとは存在しないのですか?あなたが、本当に望むなら。決意して、自分らしい人生を、自分の望む人生を生きると決めたなら、コーチは役に立ちます。あなたが本当に望むなら。
2005.09.25
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霧の中、突然、借り出されて森に向かう。森はいい。季節ごとに違う面を見せてくれるのはもちろん。数週間の単位だって、見られる花や草、食べられるものがその時々に、別のものが現れる。動物との出あい。いろんな楽しみがある。いつもの、黒姫コスモス園駐車場から、苗名滝へのコース。今日は、ハシバミの実を食べた。へーゼルナッツの味。うまい♪写真を撮るのを忘れたけど・・。霧があるというのは風がないということでもあり、マイナスイオンがそこに留まっていて、森林浴には最適?フィトンチッド・・揮発性活性成分は重いので、下のほうにたまってるのよ~。いずれにせよ、汗もかかず、お肌も喉もしっとりと、ある意味散策日和だったのである。幻想的だったしね。ああ、写真撮っておけばよかった。アブラチャン・・・同行者は少し茶色くなった実を食べて甘いと言っていた。緑の実は爪で割ると柑橘系のいいにおい。サルナシ・・まだ若くてちょっと渋かったな。そしてハナビラタケを発見25センチ以上ある。育ちすぎ?食べれるのかな?炒めて食べると美味しいとか?途中、トチノミを拾ったり、お茶をしたり、甘いにおいの源を探したり、クルミの殻をみつけて、「誰が食べたのかな?」「これはなんの木でしょう~?」なんてやりながら。町の人たちと一緒だったのだけど、以外に知らない。でも、山栗の料理の仕方や、よく食べるキノコについてなど、生活に密着したことはよくご存知。体験談を聞きながら、談笑しながら歩く。町内の施設で作った自然食材のお弁当をいただく。今年はヤマブドウが見えない。ツルや葉っぱは見えるのに。不作かな?でもどんぐりや、ブナのみは豊作だから熊さんも安心ね。そういえば、去年より今年のほうが目撃情報が少ない気がする。ゴールはナイノタキ(地震滝・苗名滝)売店で名物のソフトクリームを食べ、みんなご機嫌で帰途に着く。ソフトクリームはいろんなトッピングをかけ放題。これが楽しみなんだよね。かぼちゃプリンもあるよ。滝を見るだけだったら、駐車場から10分程度歩けば見られます。ちなみに新潟県になりますが。是非行ってみてね。
2005.09.24
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部屋で仕事をしていたら、敷地内を人の影が。窓からのぞいて見ると、草をかき分け、一段高くなっている隣の林へ向かっている。見ていると、そこにある木に手を伸ばし何かを採っているようだ。どうしようかなと思いつつ声をかける。「こんにちは~♪何が採れるんですか?」すると染料になる「臭木=クサキ」っていう木の実を採っているんだそうだ。クサキがそこにあるのは知っていたし、臭いらしいというのは聞いていたけど、染料になるのは知らなかった。おもしろがって、外に出て行き、教えてもらう。白い花が咲いた後、実が出来て、実の回りの皮はピンク、実自体は青く光る宝石のようだった。そのピンクの皮と青い実は別々に使うのだそうだ。別の色がでるんだそう。ちなみにこんな風に木についている。収穫した実はこちらとても素敵な色でしょう?青い実は、青光りしているかんじなの。冷凍保存して、量がたまったら使うんだって。この人はご近所に住むご夫婦のお母さんで、前に来たときに目に付けていたみたい。そうかー、声をかけてよかった^^私は今、染物はやらないけど、クサキの実がこんなに素敵で、染料になるということを知って、豊かな気分♪
2005.09.23
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今日は、寝坊して、慌ててゴスペルの練習会場に行ったら誰もいない・・「えー?(T_T) 」と思いながらも「ひとときの会」の名前を発見し、調理室を覘くと・・・果たしてそこは料理教室。地元の食材を使って、「ひとときの会」のメンバーが勉強会をしていたのだった。「ひとときの会」は森をご案内し、森の力で人を癒すトレーナー達の集団。もしくは、その方たちをおもてなしする宿のかたたち。私もメンバー。そういえば、案内が来ていたっけ・・・と、おそるおそるのぞいて見ると、料理は仕上げの段階で、「食べていけば?」の声に喜んで参加。材料費だけ払って、美味しい料理にしたづつみをうつ。ズッキーニのマリネ、ミント風味丸ナスと生ハムのはさみ焼きわかさぎのフリットミストトマトと青しその冷製パスタうまーい♪フリットミストは蕎麦粉と地ビールを使っている。季節の野菜も地のものを使っています。参加者は町内のお宿のかたたちばかり。お互いのレシピを披露しあいながら、全体の質をたかめていく。試食しながら自己紹介。「ペンション○○の△です」が続く中、「とおりすがりのkaneshigeです(^^;」お土産にレシピをいただき帰途につく。食い逃げともいうが・・隣の幼稚園では運動会。地域の集落は秋祭り。ゴールドの稲穂が美しい田園。気持ちも豊かになりました♪
2005.09.22
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畑に行ってびっくり。巨大オクラが3つも!!12、3センチはあろうかという直径も3センチ弱くらいのオクラが、大きな顔してそこにいました。コンポストから芽を出したかぼちゃさん二つのうち、ひとつは枯れて来ていて、せっかくついた実は8センチくらいの状態から大きくなれず。たぶん出かける前と同じくらいの大きさ。群馬で貰ってきた下仁田ネギは、元気にそこにいたけど、この子はどういうタイミングで食べればいいのかしら?ズッキーニは図体ばかり大きくなったけど、あんまり身はとれなかったなぁ・・来年は頑張ろうと思うのであった。
2005.09.21
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9月9~11日まで、ソースのワークショップのあと、12日の午後に家を出て以来、ひさしぶりの我が家です。群馬→東京→群馬→山梨→長野の自宅に帰宅。ぼちぼちと、さかのぼって書くつもりです。予定では、17日の夜中、もしくは18日に戻る予定だったのに、なぜか20日。東京へ行っているときに、誘われて、急遽山梨に立ち寄ることにしたのです。本当は用事のあった週末でしたが、別日程に変更になったため、ぽっかり空いていたのは、このためだったに違いないという自分に都合の良い解釈。最近は直感というか、感覚を大事に、寄り道大いに結構というノリで、楽しんでいます。これもご縁だし^^しかも、この東京行き、これも日程変更があり、急遽、一週間前に決めたというこの事実。14日の日程が変更になっていなければ、東京へは行っていなかった。東京へ行っていなかったら山梨での体験や出会いはなかった。いろんな偶然が重なって、思ってもみなかった展開になりました。そして、その偶然を引き起こすのは、自分のちょっとした一歩です。自分の選択なんだなとつくづく思います。山梨ではたくさんの素敵な出逢いがありました。こうやって、つながってつながって、人生は予測がつかないのがおもしろいですね。
2005.09.20
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あけて♪ゆっくり玉手箱では、好きなことをして、生活を楽しんでいる人たちに出会いました。素敵な笑顔と好奇心。家族への愛、パートナーへの愛を感じました。「ソース」の考えでは、お金はあとからついてくると考えます。そして、お金や名声といった、いわゆる「成功」した人生ではなく、「豊かさ」を追求する、自分らしく豊かに楽しく生きる人生の実現を説きます。出会った、多くの方たちは、今はおそらくお金はあまり持ってはいないでしょう。でも、バランスよく、自分のソース・・わくわくの源をすべて活かすことでもっともっと豊かな人生になるはずです。「ソース」の目指すものが、心は豊かだけど、物質的にも経済的にも貧しいことをよしとするものとは思っていません。また、どんな基準を持って、経済的に豊かとか、貧しいとかいうのでしょうか?彼らは「夢は叶う」ということを知っています。あきらめたり、妥協したりしていません。できることから、小さな一歩から始めている人たちばかりです。それは田舎に住まいを移すことだったり、まずはエコな取り組みを始める人だったり、好きなことを継続してみることだったり、イベントに出展してみることだったり・・・そんなことをしているうちに中には、本を出版したり、全国ネットのテレビ番組のゲストとして出演したりしている人もいます。笑顔の素敵な人たちでした。【こんな人たちに出会いました】★旅する二人は写真やスライドを展示していました。ちえちゃんとは、キョウコさんに最終日にテルミー温熱療法を施術してもらいました。「東京山中暮らし」がとても素敵です。鍋の湯~お酢で髪をあらう話、私もまねしたくなりました。★音遊びの会子供も大人も一緒にできるワークショップをしてくれました。★麻こころ茶屋美味しそうなお店だったのに、おなかいっぱいで食べれんかった(T_T)★いずみ朔庵http://www.bartok-eye.com/izumisakuan_01.htm開催中、この3日間を絵で表現してました。★Kuriアコースティックデュオ名前だけはだいぶ前から聞いていたけど、お話したのは初めて。打ち上げでちょっと話しただけだけど、覚えていてくれてるかな?★はんこや象夏堂この人のはんこはすごいよ!!おしゃれ工房にも出演したんだって。本も出すらしいよ。私も作ってもらおうかな~★松井美香さん田舎ぐらしの本を出版してるよ。いろんな手作りレシピが満載♪ほかに★ヒロさん(操体法)★ターボー&キョウコさん(ギター&ボーカル)★サカタさん(事務局&イベント手ぬぐいデザイン・・これがまたいいの!)★名前はわからないけど若いご夫婦で完全自給自足している方★カズボー&くみさんほかにもたくさん!!みんな楽しくって、独自の世界を持っていて、或いは探していて、自分らしく生きてる、或いはそうしようとしている人たち。そういう人たちの集まりってエネルギー高いよね。刺激をもらってしまったのであった。
2005.09.19
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東京で誘われて、群馬の仕事の後、山梨へ向かった。到着したのは土曜の21時。イベントの初日の、「満月の宴、キャンドルナイト」の最後の曲が始まったところだった。「のんびりした里山の廃校には、みんなが楽しくなれる玉手箱があります。この箱を開けると、うれしくって、おいしくって、おもしろい人と出会えるのです。【あけて♪ゆっくり玉手箱】さぁ、楽しい鍵を見つけて、開けてみませんか?」っていうイベント。2005本のキャンドルの光と音楽のコラボレーション。竹で飾られた舞台では「みあげてごらん」が始まったところだった。ドラマ「みんな昔は子供だった」国仲涼子主演のロケ地「江草小学校」「増富中学校」が会場。そのほかに「増富の湯」では大道芸人がでて、屋台村も。到着した当日は一曲だけ聞いて、まかないのカレーうどんをいただいて、キャンドルのあとかたづけを手伝って知人で実行委員のおうちで宿泊。日曜日は都会から日帰りで来る常連もいる、ラジウム温泉で有名な増富温泉で、知っている人が一人もいない中、ボランティアスタッフとして、全体の臨機応変お手伝い。テントを張ったり、お客さんにちらしを配って、説明したり、温泉の食堂の窓から声がかかれば、売り場の枠は関係なく、受け渡しをする。売り場が忙しければ、ビールをサーバーから注ぐ。コロッケ売り場が込み始めたら、コロッケを揚げる。ホウトウを売る。コーヒーを落とす。そんなこんなであちこち手伝っているから?暇になったら、規格外のケーキをいただきながら売り物のコーヒー飲んだり、焼きウィンナーが周ってきて、それをいただきながらビールももらったり。「こちらの売り場は何を売ってるの~?」なんて覘くと、ワインの試飲をさせてもらったり。お客さんと、あーでもないこーでもないとやりとりしたり、お祭りだ!大道芸は三味線や、太鼓、ちんどんやさん。沖縄民謡をやったり津軽三味線っぽいのだったり、その場に合わせていいかんじ。ちんどんやさんは、独自の世界であやしげ~ドンキーおじさんソングが頭からはなれない・・・他の会場の様子は、こちらの方のブログに詳しいのでどうぞ。夕方、終了し、あとかたづけのあと、増富温泉に無料で入らせていただいて、宿舎、江草クリエイティブハウスに戻り、まかないづくり。ここは江戸時代の庄屋さんのおうち。いろりを囲んでスタッフやミュージシャン達と宴会・・夜は更けていく・・
2005.09.18
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(有)コミュニケーション・ラボの主催により、私がコーチングの監修(?)をしている学習塾ブレスにおいて、高校生向けの「やりたいこと発見セミナー(ソース体験版)」を行ないました。詳細は上記の本をご覧下さい。高校生向けといいつつ、大学生も、講師の先生も参加してくださって、お互いのわくわくすることを共有しながら、楽しく進めました。最初は、ぽかんとした顔で、自分の好きなこともわからないという感じの男子高校生も、自分の中のスリルを求める気持ちや、何でも知ってみたいやってみたいという好奇心の強さを実感し、最初とは別人のような輝いた顔をしていました。キーワードとして言葉にうまく乗せられないまでも、なにかしらつかんで帰ったように思います。大学生も「人と接するのが好き」というのは前からわかっていたけど「表現したい」という想いには気がついていなかったと、新たな発見があったようです。最初はただ、たのしく、自分のわくわくすることを話していた参加者も次第に深く自分を見つめ始め、最後には無口になり、自分の中に入り込んでいる場面も・・・高校生は、今直ちにここで、なにか明確な方向性や、自分はなにをする人なのかを言葉にする必要はないように思います。ただ、自分と向かい合い、対話し、何がしたいのかと考えること、そのきっかけを持つことがまずは大事なことのように思います。そしてここでつかんだ、あるいはうすらぼんやりとでも感じ取っている何かを時間をかけて熟成させてほしいです。そして、目の前にあることを一生懸命継続して実施すること。そして、今わかっている興味関心のあることに対し、まず、小さな一歩を踏み出してみること、そこから、また何かが見えてくるはず。みんなの未来は、これから、自分で作っていくものだからね。ちょっとでも、手助けになったなら嬉しいな。
2005.09.17
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これはオオスズメバチの幼虫です。生です。知人達が採ってきた巣をみんなで解体。ぎゃーぎゃーいいながら。私は遠巻きに見てるだけ(^^;)成虫もありました。それらを食しました。幼虫は炒めました。成虫は揚げました。成虫はどうもチャレンジできませんでしたが、食べた人たちいわく、川海老みたいなかんじだよとのこと。幼虫は、甘かった!結果、美味しいということに落ち着きましたが、いやはや、チャレンジするまでに勇気が要ります。刺激的な夜でした・・・
2005.09.16
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先週末、2泊3日のソースワークショップをしてから、翌日ばたばたと家を出て、群馬経由東京2日間、群馬3日間、山梨3日間という、長期出張中です。ソースの報告ができていないのが、気になっています。とてもすばらしい3日間でした。あとで、さかのぼって報告予定です。今は前橋のネットカフェでこれを書いています。今回、本当は山梨は予定に入っていなかったのですが、ご縁があり、急遽、昨日、山梨を経由することになりました。直感や出会いを大切に、自分の大事にすることをやっていきたいと思っています。パズルのピースが徐々にそろって、あとは組み立てていくんだなと思っている昨今です。私とかかわってくださっている皆さんに感謝を伝えたい。そんな気持ちでいます。
2005.09.15
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東京へ、自分の学習のために行きました。「人間関係ファシリテーション」を学ぶためです。学ぶにはこちらの本をお薦めします。「人間関係トレーニング」これまでも年に数回、「ファシリテーション」を学ぶ機会を持っていました。理由は、自分が行なう「コーチング」の研修に活かすためです。私の行なう研修は、ワークショップ形式といって、講師が一方的に講義をして教えるのではなく、参加者同志でワークを行う、参加、体験型のものです。その運営に「ファシリテーション」というスキルは欠かせないものです。ファシリテーションは、グループの学びを促進するように、よりよく関わる、よりよい場を提供するための概念です。ファシリテーションに出会って4年になりますが、昨年あたりから、ファシリテーションの中でも「人間関係ファシリテーション」を私も、伝えていくような活動をしてみたいと思うようになりました。これまでは、自分のワークショップ運営に活かすという視点のみでしたが、コーチングと同じように、人間関係を学ぶ場を提供することに関心を持つようになりました。実際に、会議や、グループでの活動で実践することができるようになってきて自分が楽になり、しかも、その場が良い方向に向かっていくことを体感しています。簡単に説明すると、コーチングは1対1ですが、ファシリテーションはグループです。人が自分らしく、生きていくために人間関係は欠かせません。自分らしく、気持ちよく人と関わっていくためのサポートとして私の中のバリエーションのひとつとして考えています。まずは、自分のコミュニケーションの傾向を体感すること。そんな場を提供することからはじめていきたいなぁと思っています。誰か、呼んでください(^^;)
2005.09.14
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私は地図が読める。「地図の読めない女。話を聞かない男」こんなようなタイトルの本が以前流行ったけど、私は女だが地図が読める。(ただし、山の白地図は除く(^^; 等高線から山の形は想像できない・・)そして、話は聞けない女だったが、トレーニングして、聴けるようになった。ようするに男脳が強いらしいんだけど・・・まぁ、それは置いておいて。今回思ったのは、目的地にたどりつくために、目標物として何を選ぶか・・・ということだ。東京で、初めて降りる駅から、研修会場へ向かう。駅を降りるとき、私は進行方向と出口を照らし合わせ、目指す会場へのだいたいの方向をつかむ。出口で、あたりを見回すが、方向を確認できる明確なものが地図とてらしあわせてもすぐには見えない。環状八号線沿いにあるその会場へ行くには、まずその環八にでれば良い。線路に沿って歩きながら、念のため、通行人に尋ねる。「この道をまっすぐ行くと環八にでられますか?」確認できたので、より、効率の良さそうな道を探りながら環八に出る。難なく、会場へは着いた。別の参加者は、駅前のA銀行をまず探したそうだ。地図に書いてあったからだ。しかしそれがなかなか見つからない。見つかったところで、現地確認をしただけで、どの道を通ってどちらの方向に向かえばよいのかわからない。その銀行は、曲がり角にあるわけでもなく、進む方向を確認するための目印として書いてあるわけではなかったと思う。結局、うろうろしながら、だいぶ時間をロスしながら私よりも30分も遅れて会場入りしたそうだ。現在地を確認するには、近くに目印を見つけるのは有効だろう。でも、目的地を目指すなら、近くの目印に「とらわれている」のはどうだろうか?地図の読み方だけじゃないよなぁ・・と思ったのである。
2005.09.13
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9月9日、10日、11日と2泊3日で戸隠のペンションで、ソースのワークショップを行いました。当初京都在住の赤木広紀氏を招き、実施予定でしたが、事情により、私がトレーナーをつとめました。ソースワークショップでは、自分のわくわくすること、楽しいこと、興味のあることなどから、自分が自分らしくいきいきと活動できる個人固有の本質的な要素を探っていきます。ヒントは過去や現在、近未来にあります。詳細はこちらの本をどうぞ。夜は温泉にくりだし、2日目は6時半から早朝森林浴^^。30分ほど五感を使いながら林の中を歩き、しらかば林の秘密の場所へ。五感を使い、その場を味わい、それをきっかけに、子どもの頃のわくわくした思いを思い出していきます。30分ほどそこで参加者同士、自分のわくわくの源につながる話をして、マインドマップに記入し、別ルートで宿へ戻りました。宿では焼きたてのトーストと入れたてのコーヒーが待っています。手作りのあんずジャムと紅玉のジャムを楽しみ、紅茶に入れてロシアンティーを楽しむ参加者。午前中は、曇り。鏡池に移動し、15分ほど自由行動。スケッチをする人、写真を撮る人。その間に私は鏡池の池のほとりにシートを敷き、参加者が戻ってくるのを待ちます。参加者が笑顔で戻ってきました。今の感じを話してもらい、それからわくわくを語ります。10時には鏡池にある、どんぐりハウスでコーヒーを飲みながらわくわくを語っていると、そこのオーナーが手作りのトマトを差し入れてくれました。そうこうしているうちに、ガスがかかって見えなかった戸隠山に光が当たり始めます。やがて戸隠山の全貌が見えました。参加者、初めてみる戸隠山に感動。人が増えてきたので、さらに高い位置にあるあずまやに移動し、本質を探るためのレクチャー。お昼前に中社エリアに移動しました。中社では神前結婚式だったのか、神主さん、白無垢のお嫁さん、はかまの新郎さんと遭遇。しあわせ気分をいただきました。そして、戸隠流のお参りをレクチャー、参加者は何を祈ったのかな?私は、参加者のわくわく発見と、豊かな人生実現を祈念しました。そして近くのお薦めのお蕎麦屋さんへ。そこで打ち立ての十割蕎麦をいただきました。参加者はちょうどはじまった蕎麦打ちを見学したり、若旦那の蕎麦のうんちくに耳を傾けたり、塩で蕎麦を味わったりしながら、笑顔で大満足。サービスで蕎麦団子をいただき、またまた笑顔。お腹イッパイの幸せと満足と共に、森林植物園へ移動。熊や動物と共存する戸隠です。熊情報をお知らせし、みどりが池のテーブルで現在から未来に向けてのわくわく探しを少し行い、その後、参加者に森林植物園の地図とわくわくへつながる指示書を渡し、ペアで自由に、森の中を散策してもらいました。時間に戻ってきた参加者にどうでしたか?と尋ねると、「なんだかやりたい方向がちょっと見えてきたみたい」と笑顔。「素敵な場所があったよ」とも。参加者同士の関係も「パートナー」のように見えました。宿に戻り、食事までの間、わくわくのキーワード抽出を宿題に、それぞれ、お風呂に入ったり、好きな場所で自分のわくわくする本質について考えます。この日の食事には生ビーツを使ったボルシチがでました。お魚の香草焼き、チキンのトマトソース煮も。お腹イッパイです。夜もワークがあるので、ビールはちょっとだけ(^^)夜はわくわくの地図をつくりました。最終日は、のんびり起きて、食事をしました。みんなぐっすり眠れた様子。食欲も旺盛です。朝から雨が降っています。強い雨の音をBGMに好きな場所で個人作業。わくわくの地図を材料に、自分は何をする人なのかを探ります。目をあげると、雨に濡れる白樺の林が目に入ります。参加者それぞれが、自分の方向性、やっていくことを見つけました。すっきりした顔で、はっきりと宣言していました。これしかないとまで言っていました。夏野菜カレーのランチを食べ、食後にコーヒーを飲み、語らい、午後、行動計画を立てて、終了しました。みなさんの笑顔がとても印象的でした。私自身も、自分がやりたいことのひとつを実現した、そんな場になりました。充実の3日間を過ごしました。「ソース」というプログラムと、戸隠の自然、宿のオーナー夫妻、参加者おひとりおひとりの真摯な関わり。そのすべてがすばらしい空間を生み出したと思います。すべてにありがとう。感謝です。参加者のおひとりが、ブログで感想をかいてくれていますのでごらんください。→ こちら
2005.09.11
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今日実施する「ソースベーシックワークショップ」の下見で、戸隠をうろついていたら、鳥見亭の吉井さんにばったり。「3時から日御子社で踊りの奉納があるから、見に来るといいよ」時はもうすぐ3時になろうというところ、どうしようかなーと思いつつ、初めて、中社ゲレンデまで行き、私の背よりも高い、一面のススキに圧倒されながらも、眺めを楽しみ、私道と思われる道をガタゴト抜けて、「遅いかなぁ」と思いつつも、折角得た情報だし、ひっかかってきたことは何事にもおもしろがろうと思ったことを思い出し、行ってみることにした。日御子社では、奉納がまさに始まろうとするところ、太鼓の音がドンドンするなかをちょっと小走りで階段をあがると、見知った顔がお社の中にも、周りにもいた。外から覗き込んでいるのは10人くらい。たまたまネイチャーゲームで一緒だった、下校途中の小学生もランドセルをほおって、中を覗き込んでいる。中では神主さんが、白塗りで着物を着たおねぇさんと、男の人をお祓いしている。外で見ている私たちのほうにもやってきてお祓い。自然に頭をたれる。その後踊りを2つ踊っていた。聞くところによると京都の芸妓さんとのこと。奉納が終わると、芸妓さんも出てきて、なぜかその辺で見学していた私も含み、20名ほどで記念撮影。私もしっかり加わる。そしてお神酒が振舞われた。踊りの奉納のことは、クチコミで伝わったらしく、そこにいた1/3くらいは知り合いでびっくり。日御子社は、天照大神が、岩戸に隠れたときに、岩戸の前で踊った神様。だから、踊りの神様で芸能人もくるのだそうだ。日常と伝統が自然に今もつながっている。地元の人が周りで覗き込んでいるのも、なんだか微笑ましい。幸せなかんじがした。そういえば、日本の伝統とかノスタルジーを感じさせるものって、私には必要なわくわくの要素だった。(^^)声をかけてくれた吉井さんに感謝。偶然であわせてくれた神様に感謝。
2005.09.09
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私の参加している異業種交流会21世紀ニュービジネス協議会で「暮らしお悩み解決講座」というのをやっている。先日6回目の講座があり、テーマは「守ろう住まい ホームセキュリティーの今」であった。現役の警視にお願いし、「命を守る防犯」について話してもらった。昔と今は泥棒の質が違うこと。都会ではガラス破りが圧倒的だけど、長野県は鍵をしめていないところへの侵入が多いこと。こういう言い方は決め付けで嫌だけど日本とお金の価値の格差のある国の人が、家人のいるときに入ってきて、暗証番号を言わせたりする、荒っぽい手口らしい。昔のように、ご近所づきあいがあって、よそ者がうろついてたら、声をかけたるような風習があれば、泥棒も入りづらいけど、今はよそ者だかご近所さんだかわからないという話は、そうだよねー、近所づきあい大切だよねーと思った。泥棒の心理としては、用心している印象があると嫌がるようだ。「猛犬注意」の表示とか、ピッキングされにくい錠(10分以上かかれば9割の泥棒は断念するんだって)、侵入時に音がする(普通のガラスだと割れても音がしないようにできるらしい)防犯ガラス、砂利が敷き詰められている、窓の格子のねじに接着剤、警備会社のステッカー・・・そういえば、マンションに住んでいるとき、隣からの侵入があったのだけど、そのときに警察に言われたのは、ベランダに下りたら物音がするように、なにかをおいておくといいといわれた。外に洗濯機がおいてあったのだけど、その上にカゴとか、足元に植木とか。一番印象的だったのは、夜間の玄関先を明るく!ということ。町中が夜明るいと、犯罪率がさがった実験結果があるらしい。夜中中電気をつけておくんだって。我が家の周りは本当に真っ暗なので、普段夜遅くに家に帰ったら、鍵穴さえわからない状態で、車のヘッドライトをつけておいて、鍵をあけるかんじなの。だから、物騒だよなぁと思って、以前玄関の明かりをずっとつけておいたら、「朝帰り?」とか言われちゃったのを思い出す。ようするに、帰るつもりで、帰らなかったの?っていうことかな?やっぱり玄関先は電気をつけておくようにしようっと。省エネは違うところでやりましょう。玄関先は明るく!ね。
2005.09.08
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先日書いた「癒しの広場」秋の特別イベント「見つめなおそう自分の輝き」のご案内をくれたのは、富井さんという、催眠や、フラワーエッセンスなどを扱う人。彼とは、いつも私がワークショップでお世話になっている会場の受付で、本当にたまたま出会って、お話したら、お互いのやってることにちょっと関心あるんですよね、参加してくださる方の仲にも関心あるかたがいらっしゃるんですよねという話で、名刺交換をした仲。その後、メールでやりとりをちょっとしたり、共通のお客様がいたりで、なんとなくご縁を感じていた。そして毎年彼の主催する「癒しの広場」の出展ご案内をいただいていたのだけど、私の分野的に「癒し」はちょっと違うと思っていたのと、日程があわないこともあって、一度も参加したことはなかった。でも、今回はテーマもぴたっとくるし、日程も調度空いている。それで、問い合わせのメールをやりとりしているうちに、一度お会いして話しませんかという声をかけていただいた。でも、今日の夕方以外は10日以上先にならないと時間が取れず、もし、今日お会いできるようだったらお電話くださいとメールをだしておいたら・・・果たして電話が来た。これもやはりご縁だ。今回は出展しよう。会う前にそう思い、会ってお話をして、さらにそう感じる。お互いに、コーチングもスピリチュアルなことも、宗教も、本質的なことは同じと感じている。癒しの広場の出展者たちも、回を重ねるごとにそういう想いを強くしているそうだ。人によって、或いは人がどの場所にいるかによって、そのときに最適なサポートがあり、その人に合うサポートがある。その選択肢がたくさんあることを知ってもらったり、相手に合うサポートを紹介できたらいいよねなんてお話をした。個人的には、コーチングも、スピリチュアルなこと(カラーやフラワーエッセンスや、睡眠やそのた各種セラピー、占いなどいろいろ)、宗教も、すべて、人が、その人らしく、前向きに豊かな人生を送るためのサポートだと思う。富井さんの表現によると「地に足の着いた」アプローチとしてコーチングは、現実的だし、とっつきやすいだろう。コーチングでやることが明確になり、新しいことへ一歩足を踏み出そうとしたとき、心は決まっているのに、人によってはあともうすこし、なにか後押しが欲しいなんていうときに、潜在意識的なことや、占い的なことに、OKをだしてもらうと、その一歩が出しやすいとか、そんなのもあるかもしれないよね。組み合わせたり、その人の状態、心や考え方の段階によって使い分けたりできると思う。そんな話をして、また頭の中がクリアになっていくのをかんじた。つなげていきたいなぁ。はじめて、イベントに出展するとあって、私としてはこれも勉強のようなもの。どんな方が出展しているのかも関心があるし、たくさん学べることもあるだろう。何より、このタイミングで富井さんとお話できたことが、私には何か意味があるように思う。時間がないけど、イベント楽しみたい。10月16日(日)長野市アゲイン7回催事場(長野市北石堂)癒しの広場「みつめなおそう自分の輝き」私は、「ソース」の自分のわくわくの源・・本質をさぐる と自分のわくわくの本質を生きるサポートをコーチングで・・・というところを出展します。ついでに信濃町の「癒しの森」のパンフも置いておこうっと。
2005.09.07
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最近はスキー場もいろいろ工夫をしている。夏場、ヒメサユリという百合をゲレンデに植える福島のスキー場。コスモスを植えているのは黒姫のスキー場。先日はテレビで大きな百合を植えて、観光のあらたな目玉にしていこうとするスキー場が、専門家の指導を受けていた。観光客からお金をとって、百合を見てもらうのだから、、朽ちていたり、汚くなっている花はそこだけ切ってしまうのだそうだ。客から近いところの花のチェックはするようにという指導だった。そんな話をテレビで見ていたせいなのか?一昨年訪れたときにはきにならなかったけど、コスモス園のコスモスの痛み具合がやたら気になった。写真が趣味の友人を連れて訪れたのに、撮ろうとすると、汚れた花がファインダーの中に入ってくる。風のせいなのか、一部株が倒れているのもあった。こういうのの手入れをするのも、お金を取っている以上必要なんじゃないか?なんだかただ、ボーボーに生えている感じのするところも。花の盛りを過ぎた時期ならわかるけど、まだ満開になっていない7割咲きくらいの時期だった。観光の定番になって、お客がコンスタントに入るようになったら、そういう心がけもおろそかになっちゃうのかな?もちろん公園内の自生している花なのだったら、こんなことは言わないのだけど。
2005.09.07
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知人の主催する「癒しの広場」というイベントのご案内がありましたので転載します。今回のテーマが「自分の本質に光をあてる」ということだから「ソース」&「コーチング」をテーマに出展してみようかなとちょっと考えています。□□癒しの広場秋の特別イベント□□ 「癒し~美しさの再発見」 ~みつめなおそう自分の輝き~日 時: 2005年10月16日(日) 10:30~19:00会 場: アゲイン7階催事場(長野市北石堂)入場料: 300円(中学生以下無料)主 催:癒しの広場実行委員会 http://i-hiroba.net癒しの広場、今回のテーマは「Beauty」。”もう一度自分を見つめなおし、自分の本質に光をあてましょう”癒しの広場では、人が発する「美しさ」というものは、自分と別のものをまとうことではなく、また自分と別のものになることによって見出されるものでもなく、その人の本質の輝きであると捉えます。その自分の本質の美しさに気づき、もういらなくなったものを手放し、そして本来の美しさをさらに表現していく方法について、様々な提案をご用意いたしました。自分の本質・美しさを再発見していくそのプロセスが「癒し」です。<参加ブースカテゴリー>○自分の本質・美しさに気づくためのサポート○美しさへ脱皮するプロセスのサポート○自分の美しさをさらに表現する手段の提案出展料 8,000円(協賛金無し)ブース 机2台約6mスペース
2005.09.06
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また目覚まし時計が鳴る前に眼が覚める。昨日からの雨も止んでいるようだ。おととい、いただいてきたネギを畑に植えよう。もらってきた下仁田ネギは柔らかく育てるためには何度か植え替えなければいけないらしい。ズッキーニとモロヘイヤにまぎれてネギを植えてみる。小一時間作業して、今日の収穫のズッキーニをベーコンといっしょに焼いて、昨日の残りの味噌味肉じゃがとともに朝食。デザートは、自分で作ったアンズジャム入りヨーグルトと、群馬から貰ってきた梨。身体を動かしたあとだし、美味しいねぇ♪って、小さな幸せの報告でした^^
2005.09.06
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先日書いていた、政治家のネット活動についてのことが問題になっている。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050905-00000005-zdn_n-sci民主党のサイトの更新が公選法違反だと指摘されたんだって。ライブドアもホリエモンのブログ書き込みを停止したって。読者のブログへの書き込みにも削除の可能性が・・って。それでも抜け道があるらしく、公選法で明示しているのが「文書図画」だけなことに目を付け、選挙期間中に真っ白なページを作り、演説の音声を公開したり、バナー広告はOKみたいだったり・・わけわかんないですね。なんだかなぁ・・
2005.09.05
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某メジャー安売りガソリンスタンドで。カードに5000円の入金をし、レギュラー満タンを依頼。その後、混んできたので、店員が前に車を出してくれという。移動させる。・・・・・待つ・・・・・・・待つ・・・何も言ってこない。何かトラぶっていたかんじを少し感じていたので、黙って待っていたが、あまりにも店員がうんでもなければスンでもない(って表現変?)ので、不快になり、車を降りる。辺りを見回すが、店員は普通に業務をこなしている。私のほうは誰も見ない。「あの、私の精算はどうなってるの?」店員「あ、今やってますので」それだけ?何でこんなに時間がかかってるのか説明もないの?アルバイトのおねーちゃんで、しかも私のところに関わっていた人ではなかったので、一瞬どうしようかと思いながらも車に戻る。しばらくして、社員らしき人が来て、「カードのとり違いがありましたが、こうこうこのように、問題はありませんので。」それでおしまい。お待たせしてゴメンナサイもない。途中の放置具合も、問題ありだよー。結果的に問題を解決したとしてもさ、その間に、一言説明があるかないかで全然受け取り方が違うんだよー。私は、これだけで、もうここには来たくないと思ってしまう。黙って放置されて不安だったこと、もし一言、いまこういうことが起こっていて、訂正中なのでおまちくださいと説明があったとしたら、全然ちがうことなんかを伝えようかとも思ったけど・・・・・安売り店だから仕方ないか・・と一瞬思ってしまったので、タイミングを逃し、スゴスゴと車をだした。私はただ文句を言いたいわけじゃない。普通はこういうこと、誰も指摘しないだろう。お互いが気持ちよくするためにも、気がついたことは伝えたいと思っている。だから、キモチイイ対応をされたときには、それを伝えるようにもしている。デモ今回はちょっともんもん・・「黙ってずうっとほおって置かれて不安だったよ」ってそれだけ伝えればすっきりしたかも。余分な説教しようとしたから言えなかったんだ。まだまだ修行が足りません。
2005.09.05
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正直なところ、私には心理学のバックグラウンドはない。今回、私の主催するコーチングスキルコースの受講生で、その後もプチ研(練習会)にも参加してくれていたHさんのお誘いで、産業カウンセラー協会の地区研修会に一般参加し、タイトルにもある「グロリアと3人のセラピスト」というビデオを鑑賞した。3人のセラピストとはC.R.ロジャース(来談者中心療法、F.S.パールズ(ゲシュタルト療法)、A.エリス(論理療法)である。グロリアというクライアントを3人がそれぞれの療法で30分間のカウンセリングを行なう場面が記録されている。若干の知識で、ロジャースはイメージ出来てはいたが、そのほかの二つは想像もしていなかったので、少々驚き。ロジャースはいわゆる一般イメージのカウンセリングのイメージ。それでも、クライアントが答えを欲しがって、質問を投げかける中、ほとんど、質問をせずに、関わっていくさまは、すごいと思った。途中で、クライアントのグロリアが、答えが出たような気がすると言っていた場面があった。もし私がグロリアにコーチしていたのであれば、ここで、その出てきた答えについて確認をして、行動の約束をして終了というかんじかと思うが、ロジャースはそのグロリアの言葉にはさほど関心を示さず、なにか言葉をかけていった。そうこうしているうちに、最初の問題とは別の、もっとグロリアに影響を与えている父の存在がクローズアップされてきた。おそらく、その父の存在というのが根本にあって、これに対処しないと、おそらく似たような問題は次々にでてくるのだろうから、ここを扱うのは必要なことなのだと思う。でもなぜ、グロリアがすっきりした顔で答えが見つかった気がすると言っているのに、さらに深く追求したのか?その根拠は何か?彼女のノンバーバルから、私は見逃したのかもしれないけれど、何も感じ取れなかったのだけど。このあたりが少々疑問。知りたい。次に「ゲシュタルト療法。」こちらはクライアントの感情を煽って、不満を起こさせたりして自己に対決するように仕向けてる。やってることは一見過激。相手のノンバーバル(身振り手振りや、しぐさなどの言葉以外の情報)をとらえて、次々に追及しているかんじ。あそこまでされたらイライラするし、バカにしているの?って私も思うかも。私だったら「足をぶらぶらさせていますが、今何を感じていますか?」ぐらいだろうな。感情を煽って、不満を爆発させるって、リスクも伴うし、聴く側のあり方も一貫していなくてはいけないだろう。経験と覚悟が必要と思う。私のような関わり方に、なれていない人は、問いかけた人の期待する答えを探しにいってしまうかもしれないので、感情が直にでるようなこのビデオのような煽るような関わりが、実は時間もかからなくていいのかもしれない。「論理療法」これは、ほとんどカウンセラーが解説、説明、説得と言う感じで、カウンセラーばかりが話しているかんじ。通常は宿題をだすのだそうだ。ものの見方を説いて聞かせるということも、考え方もわかるけど、このビデオは極端に説得を試みているように感じた。実際グロリアは、話についていけていなかったことを最後に告白している。総じて・・観終わって感じたのは、コーチングはこれらの心理療法、そしてそれ以外の方法も含めて、の良いところをスキルとして、考え方としてわかりやすく取り入れているなぁ、というところ。クライアントの性格や、クライアントとの距離感(信頼関係)によって、その時々に一番良いと思われるかかわり方をすればいいのだということをあらためて再確認。ようはスキルや療法、流派ではない。そして、それらのバランスがうまく取れていて極端じゃないし、論理療法のようなものの見方的な考えも、「説得」ではなくて、「提案」や「質問」という形で相手が受け取りやすいように情報提供している。また、ワークショップ形式などでその、ものの見方を提供することもできる。そんなバランスのよさとわかりやすさ、とっつきやすさが、コーチングの魅力と思った。
2005.09.04
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社会産業教育研究所出版部 TA~交流分析について初めて読むのにはとっつきやすいかな?「ゲーム分析」っていうのを読んで挫折した経験から言うと。「自分の生き方・あり方は、子供の頃、自分で決心して決めたことによるものなのだから、自分の決心次第で、いくらでも変えていくことが可能である」1)自我状態の分析2)やりとり分析3)ストロークとディスカウント4)対人関係における基本的態度5)ゲーム分析6)時間の構造化7)人生の脚本分析「TAはすぐれた分析のシステムですが、他人を分析したり変えようとしたり、捜査したりするための道具ではない」「変えることが可能なものは、今ここに生きている自分だけ。過ぎ去った過去の自分でもなければ、まだ直面していない未来における自分でもありません。今ここでの自己に対する”きづき”は”新たなる自己への第一歩を踏み出すものです。」TAのねらい「自分自身が本来もっている能力に気づき、その能力の発揮をさまたげているいろいろな要因を取り除いて、本当の自分の能力の可能性を実現して生きること=そこには自己の変容が求められている」エニアグラム?エゴグラム?批判的な親P大人A子どもC相手とのやり取りがこのPACのどれで行われているかを分析し、やりとりが交差している場合はコミュニケーションが中断されてしまう。しかし、その場合であっても相手の投げてきたコミュニケーションと同じパターンでつなぎなおせば建設的な会話が出来る。私A→A 相手P→Cであったら相手P→C私C→Pと切り返すんだって。なるほど。理論的にはそうなんだろうけど、この会話がどういうパターンなのかっていうのを頭で理解しようとするよりも、相手の会話をちゃんと受け取って、相手の期待するボールをいったんかえすっていうほうが理解しやすいし、実行しやすいな。「あなたもOK.わたしもOK]「人はなぜゲームを行うのか→否定的ストロークを得るための時間の構造化をしている。・・ゲームはかなりの時間をつかう。退屈せずに自分の時間を構造化できる」「仕事が少なく暇のある職場ほど、ゲームはよくおこなわれる」ゲームをやめるためには1)気がつく2)役割を演じることをやめる3)質問する4)否定的ストロークを肯定的ストロークに代える5)ゲームをやめるにはどうしたらよいかよく話し合う6)最悪のケースは逃げ出す肯定的ストロークの貯蓄部下から上司への肯定的ストロークコーチングでいうところの承認。承認が欲しかったら、おしげもなく承認しよう。承認はエネルギーの源だ。承認するひとになろう。
2005.09.03
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朝、早く起きることが出来ず、だらだらとしてしまう。これは悪習だ。これを改めよう、直そう意識していたときには、ますますだらだら、起きられない。2度寝、3度寝。そして後悔、自己嫌悪。悪習をなおそうとするのではなく、あたらしく良い習慣をはじめると考える。早起きしたらキモチイイだろうな。すっきり目覚めるといいな。そんなふうに思いながら、たまーに起きれたときには、早朝の雰囲気を楽しむ。ゴミだししながらの散歩。遠くの風景を見る。深呼吸。3日坊主ならぬ1日坊主が、何度か続き。あるときは1ヶ月くらい怠惰な朝を過ごしていたこともある。また、思い出したかのように、早起きをする・・楽しむ・・早起きっていいなぁと思う・・そこになんちゃって自然農で育ててる野菜の収穫が始まったら、はずみがついた。早朝に、お野菜たちの成長具合を見る。いつのまにか、本当にいつのまにか、自然に7時前に眼が覚めるようになった。早いときには5時台もあるけど・・そして苦労なく、起きて、作業を始める。いつのまにか。気がついたら。早い時間に起きたくなるような仕込をしておいたりシステムがあったりするといいのだな。また良い習慣を始めるという意識に、無意識に変わったこともあるかもしれない。知識として知ってはいて、そうしていたつもりだけど、潜在意識の中には悪習を直すというインプットがあったのかもしれない。でもそれが徐々に「早朝起きるとキモチイイ」という感覚の刷り込みが、「朝早く起きよう」と身体に、潜在意識に起こったというかんじかも。今、また新たに良い習慣をはじめるべく、単発でぼちぼち始めていたものがあるんだけど、(ようするに継続していない)そろそろ、習慣として根付きそうになってきている。3日坊主も10回やれば1ヶ月。やりたいこと、身につけたい良い習慣は、3日坊主になってしまっても、それでもオーケー、あきらめず、継続すること。そうするといつのまにか習慣になるもの。そんなことを思っている。追伸:それは年取ったからだよ。年寄りの早起きっていうやつ・・・なんていう悪口はいわないでぇ~(^^;
2005.09.02
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「心のクセ」とか「心の習慣」を変えるっていうのは、理解可能。そういうものが、今の自分を創っているのもわかる。で、具体的にどうするのかっていうのは、目次を見れば、全てわかっちゃうかんじ。ステップ1悪口を言うクセをなくすとかね。で、そういうものが、わかってるのと「出来ている」っていうのが違うって言うこともね。ひとつ、ヒットしたのは「寝床は身体を休めるためのものであって、考えながら生活するための場所ではありません」「考えて行動するためには、身体を起こして目覚めさせることです。」そういうことは考えたことがなかった。でも個人的には、会社員生活をやっていて、いろんなことに疲れて、判断に迷うとき、会社を一日さぼって、布団の中で「あーでもない。こーでもない」と考えをめぐらせている時間というのはある種幸せだったな。そこから見えてきた考え方とか選択肢もあったから。ただ、書き留めないと忘れちゃうのが難点で、枕元にはメモがいつもおいてあるんだけどネ。今なら、こうやって、パソコンに向かって、だらだらと考えを書き留めるかな。そうこうしているうちに方向性が見えてきたりするんだよね。そういえば、最近布団の中で考え事ってあんまりしなくなったな。「寝床は考えながら生活する場所ではない」そりゃ生活する場じゃないよね。(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
2005.09.01
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