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アレルギー鼻炎を患っている。今から3年前、さわやかな新緑の季節に、いきなり目がかゆくなり、鼻水が流れ出し、くしゃみが止まらなくなった。花粉性のアレルギーらしいことは、病院に行かなくてもわかった。しかも、最もポピュラーな「スギ花粉」がちょうど終焉するころに、私の花粉アレルギーは訪れる。この間の抜け方が、いかにも私らしくて悲しい。なんの花粉のアレルギーなのかはまだ不明だ。だって、病院に行ってないんだもーん(笑)。市販の鼻炎薬で抑えられるので、病院キライな私は未だに病院に行っていない。この時期だと、イネ科の植物がいちばん怪しいようである。ちなみに、4月の初旬からグズグスし出した私の鼻と目だが、台湾では症状がなくなっていた。日本にしかない植物に対して、アレルギーを感じているらしい。昔々、大学を卒業して入社したとある出版社の先輩編集者さんが、スギ花粉アレルギーを患っていた。彼女曰く、「このアレルギーが始まると、自分の目をくりぬいてオキシドールでザバザバ洗いたい気持ちになる」と、ものすごいことを言っていたが、今はその気持ちがよくわかる。鼻炎を抑える薬はある程度効くけれど、効果が強ければ強いほど眠くなるのが欠点だ。あまり眠くならない薬だと、効果が弱い。それほど眠くならず、そこそこ効く薬をチョイスしているのだけれど、本日はかなり強い睡魔に襲われて、午前中1回、午後1回、眠ってしまった。というわけで、今テープ起こしをするハメになっている。6月の中旬を過ぎると、こちらがあっけに取られるほど、アレルギー症状がパッタリと消滅する。もう少しの辛抱だ。
2004.05.31
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なんとなく、体調が優れなかった今週。取材一件に、締め切り原稿を一件を送り、するハズだったテープ起こしは来週に持ち越して、金曜日は、以前単行本を執筆した際、大変お世話になったイギリスに在住している欧州MBAコンサルタント会社の経営者とお会いした。いや~、その方の写真は拝見したことがあったんのですが、実物は写真より美人でした(笑)。それだけではなく、気が利いていて、頭の回転の速い、しかも謙虚で優しい雰囲気も持ち合わせているすばらしい女性でした。そうでなければ、海外でMBAを修了して、さらに異国の地で会社を立ち上げなんて真似ができるわけもないけれど。世の中には、すばらしい人がいる。落ち込み気味の私は、少しパワーをいただいて帰って来たのでした。-------------------------------------夜更かしが過ぎて、まだ寝ておりません(笑)いや、ケーブルテレビで、「ディスカバリーチャンネル」を観てしまったのです。「ディスカバリーチャンネル」、大好きなんですよ。先ほど、たまたま観た番組は「アジアンアワー」。アジアの国の住む、普通の人たちの普通の生活をフォーカスする番組です。今回は、「香港」が舞台。香港の「テンプルストリート」を舞台に、そこの「占い師」と「中国オペラ」を演じる姉妹と、「洋品店」の主人が、登場人物でした。このプログラムで紹介されているのは、たぶん、なんてことのない、普通の人の普通の生活でしょう。取り立てて、ドラマチックな状況が紹介されることもなく、平凡な人々の平凡な生活が、淡々と紹介されていきます。この番組を観ていて思ったのですが、私が海外旅行に行っていちばん感動すること、そして、帰国した後もまたその国に行ってみたいと思うその動機のいちばん強いものは、実は、日本とは別の国に住む、平凡な人々の当たり前の生活に触れたい、そんな人たちを見たいという欲求だということに気がつきました。今、私がこうして「楽天」に日記を書いている、この瞬間にも、私が旅行中、たまたま触れ合った人たちが、それぞれの国で生きていて、それぞれの生活を営んでいる。こんな当たり前のことに私は心を揺り動かされます。18年前に、中国のとある町の公立病院で、見知らぬ日本人の女の子の診察をして、その治療費を立て替えてくれたお医者さんは、今頃何をしているのだろう?9年前に、ソウルの街角で、日本人観光客に道端で道を聞かれ、親切に道案内をしてくれた中年の女性は、元気に暮らしているだろうか?ほんの1ヶ月前、日本の小さな女の子に飴をくれたレストランの従業員は、今頃どうしているだろう。だから私は、海外旅行に行くとき、「フリー」にこだわるのでしょう。ツアー旅行では、私が求めている体験は、結構難しい。
2004.05.29
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本日、川崎にて朝の9時30分から取材。夫に娘の保育園への送迎を任せたので、いつもよりは楽だった。そしてなんと、娘と夫は朝から優雅にモーニングサービスと洒落こんでいたらしい。「とっても美味しいパンだった」と、娘は夜寝る前まで言っていた。普段、そんなにマズい朝食を食べさせていただろうか。複雑な気分である。今日取材したのは訪問介護の会社の専務である。ヘルパーの仕事の苦労やら、老人病院の内幕、訪問介護会社の実体など、いろいろ有益なお話を伺った。痴呆老人の介護をするのは、やはり並大抵の苦労ではないらしい。便を便という意識もなく扱ってしまう老人がいるので、ヘルパーさんは便まみれになって仕事をしなくてはならないこともあるという。過酷だ、過酷過ぎる。一方、街で寝泊りする老人をかき集め、寮に収容して、彼らの生活保護費や介護保険を請求し、それを強制的に徴収する悪徳企業の話やら、老人病院では、痴呆老人が意味もなくナースコールを押すために、看護士がその老人のベッドのナースコールの線を引き抜いてしまったために、緊急事態でナースコールが作動せず、その老人が急死してしまったことなど、驚くべき福祉業界の実体について、いろいろなお話を聞くことができた。「老いは、全ての人に平等にやってくる。みな、そのことを本当には理解していない」なんとも身につまされるお話であった。
2004.05.26
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台湾女性は、基本的に、スレンダーで姿勢のいい、スッキリした顔の人が多い。チャン・ツィーという女優さんが最近注目されているが、台湾にはチャン・ツィー顔の女性が山のようにいる。台湾人女性は、中国とフィリピンを足して2で割ったようなイメージの人が多いようだ。話は違うが、実は今から15年前に私がひとりで台湾旅行した際、「あなたはどこからどうみても台湾人にしか見えない」と、あちらこちりの街で言われた(いや、私はチャン・ツィーとは似ても似つきませんが)。私も中国人とフィリピン人を足して割ったような顔をしてるのだろうか?台湾島の南にある高雄という町で市バスに乗ったときなど、隣の座席に座った男性に盛んに話しかけられ、その日とても疲れていた私は無視を決め込んでいたのだが、その男性があまりに怒り出したので、「オーシーリーベンレン」(私は日本人よ)と、伝えると、彼は膝を打って驚愕し、その後、盛んに笑いながら他の乗客に、「この人、日本人だったのかぁー」と話していた(たぶん)。台中のとあるホテルでも、「台湾人にしか見えませね」とホテルの従業員に言われたし。そんなこんなで、私は、台湾人に対してはとても親近感を覚えるのであった(笑)。またまた話が飛ぶが、むかしむかし、どこの国に言ってもそれなりにナンパされていたものだが、今回は1回もそういうことがなかったなー。年取ったということなんでしょうねぇ(遠い目)。それから、台湾の男性は優しげな印象の人が多い。実際、台湾の男の人は、欧米人のように女性に優しい人が多いように思う。そういえば、台湾人と結婚する日本人女性は多いと聞いた。なんか理解できる。日本人にはない心の広さと優しさが、台湾人男性にはあるような気がする。次に、台湾の街について。15年前に台湾を訪れたときに思ったことは、街は賑わっているものの、低層の建物が多いということであった。今回、「高層ビルが増えたなぁー」というのが、台湾の街の第一印象。その一方で、古い低層のビルが未だ現役で使用されている。「日本人の忘れてしまったものが台湾では今も息づいている」とは、よく言われることだけれど、確かに台湾は、発展し成長しても、日本のように何かを置き忘れていない、そんな魅力に溢れる国だと感じる。台湾、また行きたい!正直言うと、今すぐ行きたい(笑)。たぶん、台湾旅行記はこれでお終いです(笑)。
2004.05.25
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「旅行病」に罹ってしまった。台湾から帰国して、1ヶ月も経っていないというのに、また、どこか他の国に行きたくて行きたくて仕方がない。独身時代も旅行は好きだったけれど、こんな「駆られるような」思いに陥ったことはなかった。なぜだろう?考えられることのひとつに、ライティングという仕事に対して、モチベーションが下がってしまったことが挙げられる。しかも、この仕事に代わる新しい「何か」があるわけでもない。もうひとつは、母親であり妻である「重責」が、キツくなっている。私は元来がチャランポランな人間である。それが、結婚して娘が生まれてからこの方、過去の私を知っている人たちが、「そんなこともできたんだ!?」と、驚きの声を上げるほどに人格が変わっていた。そろそろそんな無理のツケが、疲れが出始めているような気もする(笑)子の母として、妻としての社会的な役割を担わなければならないことへのストレスと重圧。普通の人が普通にできていることが、私には苦痛なのだ。結婚して子供など産まず、フラフラ根無し草のように生きて行くのがお似合いの人間だった(いや、独身の人たちみんながそんな生き方をしているというのではなく、あくまでも「私」の話です)。それが、何をどう間違えてこんなことになったのか?いや、だからといってこの生活が大切ではないということでは全くないし、今から違う未来をあげるからやり直してみろと言われても、やはりこの道を選ぶとは思う。それでもやはり、我ながら無理をしているなぁーと。台湾旅行のお陰で、そんな自分自身の「無理」を自覚してしまったのかもしれない。
2004.05.23
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娘の看病疲れ(というほどのものではないけれど)が出たのか、本日の私の体調は最悪。この時期例年お約束のアレルギー症状に加え、腹痛をともなう下痢と胃痛のトリプルパンチだ。仕方がないので、吐瀉薬と胃薬、それから鼻炎止めを飲んでなんとかしのいだ。本日は、実家に弟ファミリーが遊びに来た。娘と弟の長女は、赤ちゃんの頃からの大の仲良し。まだ、扁桃腺が治りかけて、今ひとつリズムに乗り切れないわが娘だったが、その従姉妹と遊ぶうちにだんだん元気になってきた。それはいいのだけれど、私の弟の体調がかなり悪いらしい。弟は、とある会社で人事課長のポジションに就いている。今どきの中小企業の人事課長にかかるストレスは尋常でないという。口にできた口内炎が治らず、今朝起きたら口から大量出血! 義妹は、「吐血」と思い込んで大騒ぎになったが、幸いにも「出血」の間違いだった。実は弟は、GW後、会社にも何日か行きたがらずポツポツ休んでいたという。「仮性うつ病じゃないのか」というのが、義妹の話。実際、仮性うつ病の症状のひとつに、「なかなか治らない口内炎」というのものも含まれている。まぁ、実際弟と話をした感じではそう深刻な印象は受けなかった。しかし、あのノーテンキな私の弟がそのような状態にまでなってしまうのだから、彼の置かれた状況がかなり厳しいのは事実だろう。彼は人事課長という立場なので、それこそうつ病を本気で患っているような社員の悩み事をいろいろ聞く機会が多い。そうこうしているうちに、気分が落ち込んできたという。人の心の叫びを聞く作業(カウンセリング)は、負のパワーが強いもの。カウンセリングのイロハを知らない人がカウンセリングを行うと、その負のパワーに喰われてしまうものしかもしれない。実際、私も去年カウンセリングを学んだが、友人曰く、「カウンセリングを学んでいるときのアンタは、いつものアンタではなかった」と、その後言われた。人の心の叫びを聞く作業は、本当にスゴいこと、すばらしいことだと、私は思っている。そこには、他人の助けになっているというやりがいはもちろん、「他人のムキ出しの心」を覗くというある意味スリリングな魅力さえある(これは本末転倒)。しかし、その作業が終わった後の体と心の消耗は尋常でない。私は産業カウンセラー初級の実技試験さえパスできないヤツなので、まだカウンセリングの真似事を長くて10分程度しかしたことがないが、これを30分とか1時間続けろと言われたから、正直死ぬな・・・と思った。私の弟は、私と違って非常にカウンセラーに向いた資質を持っているように思える。だから、彼こそ、そのポジションから考えても、自分を守るためにはもぜひカウンセリングを学んで欲しい。しかし、今や離れて暮らす身。独身時代のように心を割って話す機会も時間もなく、姉は遠い場所から弟のことを心配している。
2004.05.22
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実は今週一週間、娘が扁桃腺による発熱のために保育園をお休みしていた。これが、すごく忙しい去年の今ごろだと大騒ぎになっているところだが、今年の5月は優雅な生活で、娘が一週間保育所を休もうが休まないが、私はビクともしないのであった(笑)。いいような、悪いような・・・複雑な気分。来週の予定は、今のところ取材一けんに、締め切りひとつ。それから、以前単行本を執筆したときにお世話になった方とお会いする予定。その方はイギリスに在住されていて、今、仕事の関係で帰国中という。実は、その方とは、メールでのお付き合いのみでお会いするのは初めてなのだ(イギリスまで取材しにはいけなかったので)。仕事の展開がね~。私の知人、友人は、最近精力的に動いている人が多く、皆さんの朗報を頂くことが多い。なんだか、置いてけぼりを食ったような気がする・・・。まぁ、焦ってみても状況は変わらないし。しかし、自分自身で動いてみなければこれまた状況は変わるわけもない。悩むところ。
2004.05.21
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突然ですが、マスターカードのCMが最近お気に入り。「里帰りのために、父へのお土産の日本酒●円、母へのカシミヤのマフラーのお土産●円、息子の笑顔priceless」というヤツ。このシリーズで、現在は海外旅行編がオンエアされている。そうそう、値段が付けられないものにこそ、本当の価値があると、私は思っているけれど、それはみんな同じなんだろ。
2004.05.20
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私が初めて海外旅行を経験したのは、今から17年前の中国旅行だった。天安門事件が起こる1年前の中国は、まだ開放政策が軌道に乗る前で、「バリバリの共産圏」という状態。中国語はおろか英語もさほど話せない、海外旅行未経験の22歳の女の子が、なぜ、フリーで中国旅行を敢行したのかと問われれば、それはひとえに『地球の歩き方』(ダイヤモンド社)に原因があったと言っておこう(笑)。「自分の足で、自由に世界中を歩く」、これが、今から17年前の『地球の歩き方』のコンセプトだったと思う。この口車に乗せられて、当時、多くの日本人の若者が海外に旅立った。「フリー旅行」(個人旅行)という言葉が一般に使われ始めて、リクルート主催の「フリーツアー」という商品が人気を呼んだ時期である。当時、フリーで旅行する場合は、主な情報源は『地球の歩き方』であり、海外にいる日本のフリー旅行者の多くは、このイエローバイブルを手にしていたらしい。15年前の台湾旅行でも、私は『地球の歩き方』を手にして、台湾という島を歩き回った。しかし、今回ITによる情報収集が可能になり、旅行前に『地球の歩き方』を熟読しなくても、旅行プランを立てることが可能だった。こんなことは初体験。今回の旅行ではイエローバイブルは必要ないかな・・と思ったものの、今での習慣からなんとなく『地球の歩き方 台湾』を購入した。私にとってこの本は、実利があるかないかというより、ほとんど海外旅行の「お守り」のような存在なのかもしれない。しかし、実際に旅行が始まってみると、このイエローバイブルは17年前と同じように役に立った。この本の特徴は、台北の街ひとつとってもエリアごとに詳細な地図が掲載されているところにある。その他、主要観光地の地図がほとんど網羅されている。たとえば、ウェブサイトでは花蓮の地図を見つけることができなかったが、『地球の歩き方』には、花蓮はおろか、もっとマイナーな観光地、「蘇おく」の地図さえ載っていた。フリー旅行において地図は不可欠なもの。当然、地図は現地で調達可能だけれど(実際花蓮で地図は調達したが)、なんとなく、日本語表示の地図が事前にひとつあると安心できたりするものだ。しかも、「蘇おく」のようなマイナー観光地だと、旅行者用の手軽な地図など売っていないケースも多い。それから、台湾鉄道の時刻表が巻末に載っていたのも便利だった。もちろん、細かい時刻表示などは掲載されたものとは変わっていたが、実は電車の時刻表なんて大幅に変更されないことが多いので、停車駅などを巻末の時刻表と照らし合わせて確認しながら旅行することができたのだった。旅行には、ノートパソコンを持参しなかったので、ウェブサイト情報は、日本にいるときに収集したものしか使えないが、書籍の場合、出発前に読んでいなくても、その都度、書籍を読み直して情報を収集することができる。当たり前だが、書籍は鞄に入れることもできる。今回の旅行では、「本」という媒体の特徴やら可能性を再認識させられた(笑)正直、この本を購入するときは、1640円という価格が「高い」と感じた。ウェブサイトなら、無料で情報が収集できるからだ。実際は先ほど書いたように、この本を持ってきてよかったと思うことが多かったのだが。帰国後、ボロボロになった『地球の歩き方』を手にすれば、旅行中の思い出がいろいろ蘇ってくる。これも書籍の付加価値のひとつなのではないかと思う。手にして確認できることや、ともに時間を過ごせること。私って、かなりのアナログ人間なのかもしれない。
2004.05.19
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「夜市」といえば、台湾旅行の目玉中の目玉とされている。特に、台北には「夜市」が多い。私が15年前にひとりで台湾旅行をしたときも、確かに「夜市」はあった。しかし、当時「夜市」という名で呼ばれていたかどうか、実は記憶が定かではない。しかも、今ほど「目玉観光地」的な扱いはされていなかったような気がする。今回の旅行では、「饒河街観光夜市」と「士林夜市」に行った。このふたつは、台北でも代表的と言われている有名な「夜市」である。実は私が最初に立てた旅行プランでは、連日連夜あちらこちらの夜市を覗くつもりだったのだが、台湾2日目、「饒河街観光夜市」に初めて遊びに行ったとき、夫のノリが異常に悪いことに気がつき、その後3日目に「士林夜市」に行ったとき、彼のトーンがますます下がりまくっているのを見て、疲れた体にムチ打ってまで「夜市」に出かけることはやめにした。どうやら、夫は「夜市」の「臭い」にノックアウトされてしまったようなのだ。「夜市」では、洋品店から雑貨屋、マッサージ店、占い小屋、そして食べ物屋まで、ありとあらゆる屋台が軒を連ねている。その食べ物屋台の多くで扱われている食材が、台湾名物の「臭豆腐」。匂いはキョーレツ、でも味はかなりイケる代物である。前回の旅行で私は試食済みであった。夫は、この猛臭にやられてしまったようなのだ。「あの臭いを嗅ぐと食欲がなくなる・・・」と、ポツリ。「臭い」に敏感な人は「夜市」がツラいようである(笑)さて、「饒河街観光夜市」について、ちょっと紹介しよう。台北で「士林夜市」の次に有名なこの「夜市」は、夜市初心者に打ってつけと言われている。というのも、駅前から伸びる直線一本道がそのまま夜市になっているので、散策しやすいからである。子連れの私たちの場合も、巨大過ぎて全貌が掴めない士林夜市よりも、こちらの方が気軽に楽しめた。この夜市で、娘にパチンコゲームのおもちゃを買ってあげた。初めはセーラームーンの変身スティックが欲しかったようだが、大きいおもちゃは持ち帰りに不自由なので、親の権威を振り回して、パチンコゲームに代えさせたのだった(笑)。私は、この夜市でマッサージを経験した。このマッサージ、初めは恐ろしく痛くて、「痛い痛い」と騒いだらその後はソフトなタッチに変わって、最高に気持ちがよかった。台湾でマッサージとは、絵に描いたような旅行者パターンだけれど、旅行中というのは自分で自覚しているより体が痛んでいるもの。マッサージを受けると、その疲れが自覚できる。だから、旅の途中マッサージでケアするのは、その後の体調管理にも役に立つかもしれない。実際、30分のマッサージの後は、体が軽々として元気になった(笑)。なお、夫は私がマッサージをしている間、娘の相手に四苦八苦していたらしい。夜市には、子供の遊べるゲームもいろいるある。輪投げや金魚救いは定番中の定番。子供用のパチンコゲームもかなり人気だった。台湾の夜市は、「日本の夏祭」によく似ている。娘も、夜市でたくさんのゲームで遊んでいた。ジュースも飲んだし饅頭も食べたし、何より、遅くまで遊んでいても怒られない夜市を気に入っているようだった。なお、「饒河街観光夜市」の入り口の側に結構大きな廟がある。廟は台湾中どこにでもあるけれど、この廟にはトイレがついているので大変便利。饒河街観光夜市観光中にトイレに行きたくなったら、入り口付近にある廟を探そう。私たちは、23時ごろこの廟に入ったのだが、台湾人が何人かこの廟で祈りを捧げていた。--------------------------------本日は埼玉で取材。ところが、なんとインタビューの仕事に名刺を忘れてしまった。こんな失態をさらしたのは、およそ10年振りくらい。しかも、取材が終わった後にテレコを取材場所に忘れる・・・という失態もやらかす。駅で担当編集者から電話をもらい、トンボ帰りで取材場所に戻ってテレコを受け取った。実は、本日の失敗はこれだけではない。筆記用具を忘れたので、キオスクでボールペンを買った。さらに、アレルギーで鼻炎気味だというのに、薬を飲み忘れてしまって、取材中ずっと華をすすりっぱなしであった。話は昨日に戻る。実は、昨日は娘の誕生会を我が家で開いた。この誕生会の準備でも私はいろいろ失敗を繰り返した。完成間際の料理をひっくり返して一品ダメにしてしまった。仕方がないので、急遽ピザを宅配してもらったりもした。さらに、このような状況でバタバタしているときに夫の両親が我が家に到着。キッチンの収納扉を閉め忘れていたら、夫の父がこのトビラに激突。流血騒ぎで一時は救急車を呼ぶ呼ばないと大騒ぎとなった。話はまだまだ終わらない~。実は本日、娘は風邪で保育園を休んだ。私が取材中、母に救援に来てもらっていたのだ。私が帰宅後、母はお買い物に。私が帰ってきて喜びを全身で表現してくれる娘だったが、その後「気持ち悪い」と呟いた後、なぜかソファーでゲロゲロ~。ソファーのくぼみにゲロが溜まり、ゲロ池ができていた。着替えもままならぬままそのゲロ池の始末をして、気持ち悪がる娘の背をさすって、そのまま娘を背負って病院へ。「単なる風邪」と診断される。嘔吐症状を抑えるために座薬を出された。娘は座薬が初体験。肛門に突っ込んだら、その後、「イタイイタイ」と泣き喚き、30分ほどでやっと寝てくれた。その後も、「ママ~、ママ~」と大騒ぎ。この二日ほど、なぜか私のバイオリズムは下がりっぱなし。でも、本日5月17日は、娘の誕生日なのだ(誕生会は日曜日に繰り上げて行った)。今から5年前に、娘は産声を上げたのである。私は、帝王切開で娘を産んだ。お腹から出された後、「ヒーンヒーン」と泣いていた娘は、看護婦さんに抱かれて私の目の前に連れてこられた。思わず、「かわい~」と叫んだ私の声に反応して、娘は一瞬泣き止んだ。目がまだあまり見えていないハズなのに、私と一瞬目が合った。看護婦さんは、「ママわかるの~?」と、娘に聞いていた。そのときの娘の表情が目に浮かぶ。「悲しみの涙」または「悔しさの涙」を流した経験は、星の数ほどあるけれど、「喜びの涙」を流したことは、後にも先にも娘を出産したときしか、今のところない。新生児のときの娘と、5歳になった娘、私には、なぜか「同じ顔」に見える。もしかすると、娘が20歳になり30歳になり、40歳になっても、私にとっては新生児の頃と同じ顔の娘なのかもしれない(笑)親が見ている子供の顔は、その子供の「魂の姿」なのかもしれないなんて、人の親になって思う。そして何より、娘を私に託してくれた「何か」に心から感謝!
2004.05.17
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台北にはMRT(地下鉄)が走っている。今から15年前の台北には、MRTはなかった。だから、台北の交通手段は、市バスかタクシー、及び徒歩しかなかった。台北の街を網の目のように走る市バスは、運賃も安く、確かに便利な乗り物ではあるけれど、中国語を話せない人間にとってはなかなかデンジャラスな乗り物でもある。15年前、この市バスを頻繁に利用しつつも、たまに目的のバス停を間違って、ワケのわからない街で降りて途方に暮れていた思い出がある。対して、今回の旅行では、MRTを徹底的に利用した。MRTなら、駅を間違うことはがない。安心して利用できる。ところが、思いもかけない問題が発生(笑)。台湾のMRT改札機は、無人改札でバーを押して出たり入ったり旧式(?)タイプなのだが、実は、私はこのバーと相性が悪く、なぜかトークンを入れてバーを押しても「エラー」。一度など、円山駅でトークンが無効になって、有人改札機から出るハメになった。これにウケまくっていたのが、夫と娘である。普段エラそうにしている母であり妻である私が、バー改札ごときでてこづっているのがよほど面白かったらしく、娘など、MRTの改札を私が通るのを旅行にいちばんの楽しみにしていたほど。なんでも、MRTの改札は、「あわてて通ろうとすると、バーのロック解除が間に合わないときがある」(旅々台北より)代物らしい。つまり、私がMRTの改札を通り過ぎる対ミンクが早すぎるらしいのだ(これは帰国して後日わかった)。みんなが何気にできているこのタイミングが、うまく取れない。3回に2回はうまく通れず、私だけがMRTの改札で引っかかかり、娘と夫に笑われていたのだった。今回の旅行で、初めて台湾国鉄に乗ったのは、「饒河街観光夜市」に行くとき。「饒河街観光夜市」の最寄り駅「松山駅」は、台北からひとつめにある。ところが、私たちが、饒河街観光夜市に行く日、松山駅を通る電車が30分ほど送れて到着した。はっきり言って、海外の電車は遅れて到着するのが普通、たまに、早めに到着するなんて、オチャメなこともしてくれる(笑)。私はこういう状況に慣れているが、夫は海外旅行初体験。電車が、大きな事故があったとかそういう理由以外で何気なく遅れてくるということに全く慣れていない。彼は、目的の電車が台北駅に到着するまで、ソワソワイライラしていた(笑)。松山駅を通る電車は、かなり古いタイプの電車だった。私が15年前に乗車した頃と同じような感じだ。電車に乗車した時間も遅かったので、夜の台湾の街を走る古いタイプを電車に揺られながら、私が時間が15年ほどさかのぼったような、そんな不思議な気持ちがしていた。ところで、今回の旅行中でバスを利用したのは、たった1回のみであった。15年前の旅行では、主要交通手段はバスだったが、さすがに娘連れでわけのわからないことになるのは避けたかったらしく(我ながら)、台湾旅行慣れした旅行6日目で、初めて台北の市バスに乗った。MRT士林駅からタクシーを使う距離にある「中国電影文化城」から台北駅に行った。タクシーとMRTを利用すると、総額160元程度かかるところ、市バスを利用すれば、総額30元程度で台北駅に行くことができる。しかも、市バスの場合、中国電影文化城」の目の前に停留所があるので、便利なことこのうえない。15年前、私がリスクを背負いながらもバスを盛んに利用していたのは、ある意味当然だろう。ところで、夫は台湾のバス初利用でも、目がソワソワ空を泳いでいた。そりゃ当然である。全て中国語でアナウンスされる停車駅はワケわかんないわけだから、自分が一体今、どこにいるのか? どこに向かっているのか? それが不明なまま行動するのは初体験なワケで、不安になるのは当然だろう。ところが、横を向けば、嫁がノンキな顔をしてのんびり座っている。「こいつは一体どうするつもりなんだ!?」と声を大にして叫び出したかったに違いない。ゴメンね、私はこういうワケのわかんない状況に慣れているの。「停留所がわからない」なんて、よくあることなのよー(笑)。でも、焦る夫を横目で盗み見ながら、「私が初めて海外旅行したときもあんな感じだったよなー」なんて、思い出していた。「台北駅だ!」目をサラのようにして、バスの窓から見える風景を凝視していた夫は、自分の見知った風景を見つけて叫び声を上げた。「ココで降りよう!」はい、仰せのままに。無事に、市バスに乗って「中国電影文化城」から台北駅に到着することができた。繰り返しになるが、夫は海外旅行があまり好きでないらしい。というか、旅行そのものにあまり興味を覚えないらしい。それなのに、台湾なんて興味も縁も縁もない国に、なぜか「自由旅行」などという方法で連れてこられ、ものすごいストレスに晒されている。全て、私の旅行のやり方に合わせてくれたからだ。私は、心の中で、今回の旅行に付き合ってくれた夫に、心からお礼を言った。「さんきゅー夫!」
2004.05.15
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タコロ渓谷に関しては、15年前の台湾ひとり旅行で悔しい思い出があった。タロコ渓谷は、花蓮からクルマで1時間強ぐらいのところにある世界でも有数の観光地だ。ほぼ垂直にそそり立つ大理岩峡谷の景観は、ため息がでるほど勇壮なもの。このタロコ渓谷の観光は、バスツアーで行くのが最も一般的な方法だ。今から15年前、徹底して「フリー」にこだわった私は、タロコ渓谷に関しても、なんとか自由に見て回れないものかと画策した。そこで考え付いたのが、花蓮から台中へ抜ける普通のバスを利用して、台中への交通と観光を一緒にすませてしまおうというものだった。このバスは観光バスではないけれど、タロコ渓谷、天祥と、ツアーバスで回る場所のほとんどを網羅している。そこで、15年前の私は、花蓮に到着した次の日には、台中行きバスに乗り込んでいたのだった。確かに、このバスでは天祥を初め、タロコ渓谷を通り抜けて行く。しかし、所詮は普通のバスである。見所で少し停車してくれるわけではない。当たり前のように観光地を通り越して行くばかり・・・。正直、あまり感動はなかった。そのバスに乗りながら、失敗したな・・・と思った。今回、台湾旅行を企画するにあたって、私は15年前の後悔やら心残りをはらしたいと思ったのだ。花蓮を旅行プランに無理やり組み入れたのは、このためであった。そして、前回の失敗を教訓に、今回はタロコ渓谷バスツアーに参加した。ツアーといっても、観光シーズンではなかったためか、マイクロバスに乗り込んだのは、私たち家族3人のみの貸切状態であった。なお、ツアーの参加方法は簡単で、花蓮で宿泊するホテルのロビーで、「タロコツアーに参加したい」と言えばよい。あとは、ホテルのひとがよしなに対処してくれる。どのツアーを選んでも、なぜかルートは同じで、天祥(昼食もこの街にあるホテルで採る)→タロコ渓谷→大理石工場→花蓮海岸公園となるらしい。前でも書いたが、タロコ渓谷は、一見の価値ありの観光地である。垂直に切り立った大理石の渓谷は、見事としか言いようがない。がけの下を流れる川の透明度はため息が出るほど。日本でこれほどの透明度を誇る川歯、どの程度あるのだろう? バスを降り、崖を下って川を見物した。運動不足の日本人にはキツいが、現地台湾人は息も切らずにスタスタ歩いて行く。ツアーガイドを兼任しているバスの運転手の脚力が強いのは当然のこととして、途中一緒になった台湾人の若い女の子の脚力もスゴい。ああ、日本人って、どの国に行っても軟弱さが目立つ(というより、私の“軟弱さ”ではあるが)。結局、最後は、そのガイド兼任バスの運転手に娘を抱っこしてもらったりしていた(笑)途中、タロコ渓谷の入り口にあたる最も大きな街、天祥で、昼食タイムとなる(なお、ツアー料金には、この昼食代も含まれている)。タロコツアーの場合、天祥でも最も大きなホテルのレストランでの昼食がプランに組み入れられているケースが一般的なので、かなり美味しい昼食が楽しめるハズだ。旅行日程に余裕のある人は、ぜひ、この天祥で宿泊して、ゆっくりタロコ渓谷を楽しんで欲しいもの。ツアーは16時頃終わり、ホテルに戻って、その後はなぜかお昼寝タイムに入った(笑)そして、18時頃起きて、夕食をとるために花蓮の街に繰り出した。夕食は、台湾先住民料理が楽しめる「思想記」というレストランに行く。その後、夜のベイバンゴン公園、ナンバンゴン公園へ。翌日、9時11分発の電車に乗って、台北に戻った。ちなみに、15年前のひとり旅行で、私は花蓮から台中にバスで抜けたのだが、天祥、タロコ渓谷と抜けて、梨山というルートをバスに揺られた。梨山には比較的大きな村がある。この村は、標高は約1900メートルの高さにあるという(当時は知らなかった)。山々に囲まれた見事な景観が楽しめる、とうのも、当時の梨山の写真が残っているからだ。今見ても、「私、本当にこんなとこに行ったことがあるのか~」という印象の風景だ。この村まで来る酔狂な日本人は、たぶん『地球の歩き方』の読者ぐらいだろう(笑)しかし、15年前に私が撮影した花蓮、台中横断紀行の写真はここで終わっている。なぜか?この梨山の休憩所で食べてラーメンにあたって、その後大変な思いをするからであった(笑)ちなみに、うちの娘はこのタロコツアーがとてもつまらなかったらしく、ツアー中、10回は、「ホテル帰りたい」とボヤいていた。しかし、ツアーの最後に立ち寄った花蓮海岸公園はいたく気に入り、嬉々として貝殻集めをしていた。花蓮の海の美しさはすばらしい。マリンブルーって、こういう色のことをいうのだろうと、私はひとり納得していた(ハワイなどに行ったことがないので)。しかも、海の側には雲で山頂が霞む山々も見える。海あり山あり、花蓮は、とても魅力的な観光地である。追記:バスツアーでタロコ渓谷を観光した場合、ツアー旅行金はひとり1000元程度かかる。我が家の場合、3人で3000元。台湾の物価を考えると、これはかなり高い。バスツーアが、これだけかかるのであれば、タクシーを一日チャーターしてタロコ渓谷に行ったほうが、自由がきくし割り安なのではないかと思う。ホテルのフロントで相談してみたり、運良く人のいいタクシー運転手に出会えたら、ぜひ、この方法でタロコ渓谷に行ってみて欲しいと思う。それから、花蓮の観光地は当然ながらタロコ渓谷だけではない。さまざまな見所があるようだ。余裕のある旅行日程なら、花蓮の観光地を観て回るとよいと思う。
2004.05.14
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我ながら、この旅行記は長い(笑)。しかし、私は今まで旅行記の類を書いたことがないので、ぜひ、これは書き上げておきたい(のちのちの自分のために)。がんばらなければ・・・。が、ちょっと本日は小休止で、いつもの日記に戻ろう。現在、明日締め切りのインタビューものを手直し中(いや、ちゃんと仕事もしているんですよ)。インタビューが今ひとつうまくいかなかったために、原稿作成時に苦しむハメになっている。今回のインタビュアーは、自分の思いを言葉にすることが上手な人ではなかった。でも、魅力的な人でなかったということではない。その人の思いは、ひしひしと伝わってくる。だからこそ、プロである私がその言葉にならなかった思いを伝えたいと思うのだけれど、なかなかうまくいかない。チクショーという感じ。でも、なんとかかんばるぞ。原稿書きの気分転換に、CDストックをひっくり返してみた。なんと、夫の持ち物ではあるが、あのリンドバーグのアルバムがあるではないか! 『LINDBERG FLIGHT RECORDER 1989-1992』。懐かしすぎる。リンドバーグは、間違いなく20年後、忘れられてしまっているバンドに違いない。いや、今だってそれに近いけど(笑)。私とってのリンドバーグは、あの伝説的お笑い番組『夢で会えたら』のエンディングテーマ、『BELIVE IN LOVE』なのだ。「リンドバーグが好きというより、あの時代の、あの「色」が好き。あの色を体現しているこの音楽が好き」ということになるだろう。いや、流行歌なんてみんなそんなものかもしれない。と言うわけで、今、このアルバムを聞きながら日記をつけている。たまにはこんなのもいいでしょう。
2004.05.13
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台湾旅行4日目、台北鉄道を利用して、台北から「蘇おく」に途中下車して、花蓮に行く。「蘇おく」は、台北から自強号で1時間半ぐらいのところにある小さな街である。この街にあるのが、「蘇おく冷泉」。施設建物は、ギリシャの神殿のようなつくりになっている。冷泉というだけあって、イメージは「プール」である。台湾の温泉の多くは水着着用を義務付けているところが多いので、余計にそういうイメージだ。川床のあちらこちらに、冷泉のシャワーがダイナミックにふりそそいで、その下で、水着姿の観光客が奇声を上げて楽しんでいた。しかし、私たちがその地を訪れた日は、あいにくの曇り空なう上に、日本の3月初旬程度の気温で寒かった。娘と私は、足浴だけにとどめたが、夫は全裸になって家族風呂に浸かる。「風邪ひくからやめなよ」という私の制止も聞かない。「真水じゃないんだから」というのが、夫のこだわりであった。はっきりいって、あの気温で冷泉とはいえほぼ水に近いものに浸かる夫は、かなりのチャレンジャーだと思う。が、「浸かっていると、ポカポカあったかい」と夫。確かに、冷泉につけている足だけ、ポカポカしてくる。気温が25度もあれば、なかなか楽しい施設だと思う。実際、冷泉から上がった後、体はポカポカと暖かかったらしい。私たちは、「花蓮」に行くまでの途中下車で、駆け足冷泉体験だったが、もう少し日程に余裕があれば、この「蘇おく」で一泊して、冷泉でゆっくり遊んだりしてみたかった。ところで、昨日、15年前に私が台湾を一人旅したときの写真を久しぶりに引っ張り出してみた。私はすっかり忘れていたが、なんと、15年前の旅行でも、私は「蘇おく」に立ち寄っていた。私が撮影した写真の中には、「蘇おく新駅」と「旧蘇おく駅」がしっかり収められているのだ。今はすっかり近代的な建物に変わっている「蘇おく新駅」だが、15年前は古ぼけて小さな田舎の駅というたたずまい。写真で見る限り、「旧駅」はあまり変わらないようだ。残念なことに、今回の旅行では「蘇おく」の写真は撮影しなかった。しかし、「花蓮」ではたくさんの写真を撮影したので、15年前の「花蓮」と、今の「花蓮」を写真で比べてみることができた。今より古ぼけた「花蓮駅」。15年前、確かに私は、たったひとりで、「蘇おく」や「花蓮」に立ち寄り、その駅舎をファインダーの中に収めている。その当時の記憶は、今はかなり曖昧ではある。当時の私は、どんな思いでその駅を撮影していたのだろう。そしてその15年後、夫と娘とともに、同じ駅をバックに、今度は夫と娘入りの「花蓮駅舎」を撮影してきた。なんとも不思議な気持ちがした。余談だが、15年前、「蘇おく」駅の側にある食堂で昼食を食べた。とても美味しかった。そして、15年後、時間がなかったので、「蘇おく」駅のベンチで、コンビニで買ったお弁当を家族で食べた。まずくはなかった(笑)ひとりで食べる美味しい昼食より、今回の旅で食べたコンビニ(ファミリーマート)お弁当の方が美味しいような気がした。
2004.05.12
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台北と言えば、お決まりの観光コースというのものがある。しかし、我々の旅行は、4歳の子連れのために、その観光コースをそのまま踏襲していると、娘の堪忍袋の緒が切れまくって大変なこととなる。なので、今回の台北観光は、ちょっと毛色の違ったものとなった。●中正記念堂公園お決まり観光場所である中正記念堂公園は、今回の観光に組み入れた。広々とした公園なら、娘も気に入ると思ったからだ。ところが、初めの娘への説明のしかたが悪かった。「広い公園に行こう」と言ったもので、「滑り台がない、お砂場がない、ジャングルジムはどうした!?」と、キレ出したのだ。娘にとって公園とは、定番の遊具が処狭しと並んでいる日本の街中にある「公園」なのだということを痛感。「お花キレイだね~」とご機嫌をとっても、ときは既に遅し。なんとかなだめすかして記念堂の中に入り始める。公園で嫌がるなら、祈念堂の中はアウトだろうと予想したが、意外にも祈念堂の89段の階段は気に入った模様。嬉々として89段の階段を登る娘を眺めつつ、子供の気持ちは本当によくわからない・・・と思う。尚、祈念堂の中には、蒋介石ゆかりの品やら、蒋介石が愛用した自家用車やら、蒋介石に関係のない絵画展などが開かれているが、そのどれも、娘は喜んで鑑賞していた。ますますもって、子供の心は理解不能の思いを強くする。中正祈念堂観光の後、公園内の自販機でジュースを買って、一休み。その時間も、娘は結構楽しそうであった。●世界一高いビル「TAIPEI101」2004年に正式オープンする予定の世界一のノッポビルがココ。去年の11月に先行オープンしていて、付属のファッションビルの一部に入ることができる。このビルが正式オープンすると、世界一高いということだけでなく、世界中の主要なブランドショップが一同に介するブランドビルが完成することになる。来年には、台湾観光の目玉となっていることだろう。なんにしても、このビルはとにかくデカい。どの程度高いかというと、ビルの上の方は雲がかかり霞んで見えるほどの高さである。下から見上げると、圧巻という言葉しか浮かばない。●ワーナービレッジ「アメリカの大手映画会社ワーナーブラザースが投資した、映画館やショップなどか入っている複合型娯楽施設」(『地球に歩き方 台湾』より)。映画好きにはたまらないだろうが、4歳の娘を抱える我々は、映画を楽しむこともできず、ビル内のゲームセンターでお茶を濁した(笑)。ちなみに、台湾のゲームセンターには日本のゲーム機がたくさんあり、人気を博している。●中国電影文化城MRT士林駅の近くにあるテーマパーク。なんでも、台湾の映画会社の撮影所をテーマバーク化して一般公開している遊園地らしい。我々がこの遊園地を訪れたのは、ウイークデイの午後。はっきり言って、来園客がほとんどいない貸切状態であった(笑)。アトラクションは、はっきり言ってショボい。お化け屋敷も恐竜館も、ショボすぎて涙がチョチョギレる。が、娘はそれなりに楽しんでいた。しかし、中国伝統の建築や町並みを再現した古城電影街道のみ、一見の価値がある。映画で見るあの街なみをそのまま体現てぎるからだ。しかも、テーマパーク側が、ほとんどメンテナンスを行っていないためか、町並みが本気で荒れ放題(笑)。計算外の相乗効果で、昔の台湾の町並みって本当にこんなだったのでは?という雰囲気をかもし出している。なお、実は、私たちが台湾旅行した4月22日から28日中、その3日間は、雨降りであった。その3日というのが、台北観光に当てた日であった。つまり、台北観光は、ほとんど雨にたたられていたといことになる。しかも、23日は雷雨で、ほとんどホテルの外に出ることがままならなかった。正直に言うと、台北観光は、プランから大きく外れてしまったのだが、それはそれで楽しめたと思う。台北の街を歩いているだけで、いろいろな発見があり楽しめたからだ。余談だが、台北観光の最大の目玉、故宮博物館には今回行かなかった。博物館に行っても、娘が楽しめないと思ったからである。正直、私は前回のひとり旅行で故宮博物館を訪れているので問題ないが、夫には少々不憫な思いをさせたような気もする(笑)。明日は、台北名物の「夜市」について書きます。
2004.05.11
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「旅行記」の続きを書くハズでしたが、ちょっと気分転換に、別のネタで(笑)。今週末は、娘の保育園に毎日持って行く布袋を作る作業で、費やされた。幼稚園と違って保育園では、手提げ袋などを手作りで持って来いなどというご無体な要請はないけれど、一応、保育園に毎日持って行く手提げ鞄は、なんとなく個人的に手作りモノにしている。そこに、深い意味はまるでない(笑)。なんとなくだ。去年は、『セーラームーン』の布切れで手提げを作った。今年は、「ウサハナ」である。しかし、布を買ってはいたもののなかなか作る機会がなく、去年の『セーラームーン』袋をそのまま使い続けていたのだが、今週末、その布切れから、手提げ袋一つと、プチ手提げ袋に、ティッシュ入れを作った。不器用な私にとって、これはなかなか大変な作業なのだが、こういう作業をしていて思ったことは、「手提げ袋を作る作業は、本を作ることに、結構似ている」ということだ。私は、裁縫の基本知識はほとんどないので、何を作るのでも、適当に「それらしく見える」ようにあつらえてしまう。まずは、それらしく見えることが肝心なのだ。この仕事の進め方が、実に私が本を書くときに似ていて、ちょっと笑ってしまった。完成品を見ても、細部を気にしなければ、そこそこカタチになっているという代物。これも私の原稿を書くやり方と同じ。このからくりに気がついて、ちょっと考え込んでしまったのでした・・・。
2004.05.10
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何度も言うが、見所(これについてはまた明日にでも書くけれど)も多く、美味しいものが安く食べられる台湾は、オススメの国である。特に、子連れ旅行には、治安がよく清潔な台湾はまさに打って付けという感じだ。海外旅行人口が増えるにつれて、最近では、ツアー旅行ではなく、フリー旅行か、またはスケルトンツアー(航空券往復とホテルがセットになったもの)を利用する人も増えている。さて、台湾旅行のプランの組み立て方について、本日は一言書き記したい。ウェブサイトおよび旅行情報誌を覗いてみると、台湾旅行でいちぱん多いタイプは、3泊4日のスケルトンツアーだろう。スケルトンツアーといっても、空港までの送迎があり、初日のみツアー観光が組み入れられているものが目立つ。この日程だと、台北一都市滞在型になる。私個人の意見だが、せっかく台湾まで出かけて行って台北一都市のみというのは、非常にもったいない。やはり、台北以外の街も覗いてみた方が、旅行の楽しみも広がるというものだ。というわけで、台北以外の観光地が組み入れられたものを探してみると、周遊型ツアーを選ぶことになるだろう。周遊型でスケルトンツアーは、あまり見かけない(こういうものがあれば、いちばん便利だと思うのだが)。たとえば、台北→台中→高雄→花蓮→台北 といったルートが代表的なものだろう。実は、これは、今から13年前に私自身がフリーで台湾を旅行した際、チョイスしたルートと同じだ。はっきり言って、この期間内でこれだけの観光地を回るのは、駆け足感が強くなり、忙しない旅行になってしまいがちである。このプランなら、最低10日間は欲しいところだ。今から13年前にプランの組み立て方で台湾旅行を不成功に終わらせた私は、駆け足旅行に懲りた。そこで、台湾旅行の次に出かけたタイ旅行では、5泊6日でバンコク一都市に滞在するカタチに変えてみたのだが、これまた動きが少なすぎて、面白味に欠ける旅行になってしまった。つまり、6泊7日程度の海外旅行なら、メインになる都市プラス、もう一都市を加えるプランがちょうどよいと思うのだ。台北プラスもう一都市ということになる。話は違うが、ラグビーボールのようなカタチをした台湾という島は、その中央に険しい山脈を抱えているために、街は島の東側と西側に分かれて発展してきたという経緯がある。島の北側、つまり真上に当たるのが台北であり、西側ルートで、島の中央に台中という街があり、西側ルートで南下すると台南、そして島の下に高雄がある。この西側ルートの方が発展が早く、鉄道も早くに整備されたために、一昔前の台湾旅行といえばこの西側につながる街々街を訪ねるのが一般的だった。私も右に同じである。さて、目を転じて、島の東側は、「蘇おく」、「花蓮」、「台東」と続く。「花蓮」はタロコ渓谷の玄関口として、以前から台湾の有名な観光地だったが、その他の東側の街は、東側の交通網が整備され始めたのと同時に、最近になって注目を浴び始めているところだ。ちなみに、台湾の場合、西から西、東から東への交通網は発達しているが、東西をつなぐ交通網は、今のところバスしかない。大きな山脈を中央に抱えるために、鉄道が通せないのである。かろうしで、島の南で、台東と高雄間が、山脈を迂回するようにしてつながっているのみだ。私がこの日記で、「13年前に花蓮と台中間をバスで8時間以上かけて行った云々」と何度か言っているが、それはこういう事情によるものだ。私の超個人的な意見だが、台湾の魅力的な観光地は、実は東側にこそ集まっているように思う。有名なタロコ渓谷は言うに及ばず、「蘇おくの冷泉」も、魅力的だし、蘇おくから花蓮間の海岸線をバスや自動車で走れば、実に見事らしい。「蘇おく」や「花蓮」からは、ホエールウォッチングのできる船も出ているという。台湾に行くなら、3泊4日の日程をなんとか、6泊7日ぐらいに延長して、台北以外の土地を覗いてみるといいだろう。これは台湾に限らないが、その国の首都から離れれば離れるほど、旅行は面白みはます。人々もフレンドリーになるような気がする。そして、台湾旅行では、もう一都市観光地を増やすなら、拓けた西側ではなく、東側がオススメである。ちなみに、今回の我が家の台湾旅行プランは以下の通り。4/22(木) 夜遅く台北に到着 台北泊4/23(金) 台北観光 台北泊4/24(土) 台北観光(ただし、雷雨のために動きが取れず 台北泊4/25(日) 台北から「蘇おく」へ電車移動。「蘇おく」の冷泉につかる→昼食後、「蘇おく」から電車で花蓮へ→花蓮観光 花蓮泊4/26(月) タロコ渓谷観光→花蓮観光 花蓮泊4/27(火) 花蓮から台北へ電車で移動→台北観光 台北泊4/28(水) お土産購入→空港から一路成田へちなみに、うちの夫はこのプランでも、「詰め込みすぎ」と感じたそうである。明日はいよいよ(というかやっと)、観光編です。
2004.05.07
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台湾は、グルメの国と呼ばれている。一流レストランから街の食堂、屋台まで、それぞれのジャンルでそれぞれに美味しいものが山のようにあるからだ。さて、私たちは台湾に滞在中、それこそ、世界6指に入ると言われている超高級ホテルのレストランから、街の有名レストラン、台湾の庶民が利用する街の食堂、夜市の屋台、台湾の先住民族の食事が味わえるレストラン、デパ地下のフードコートと、実にバラエティーに富んだ食を堪能することができた。ただし、今回ここに書き記す内容は、私たち家族の主観だらけの個人的な台湾食体験記であることを、まず、お断りしておきたい。台湾二日目の昼食は、世界六指に数えられている超有名な円山大飯店にある広東料理店「金龍庁」にて、飲茶をいただいた。このホテルは、もともと迎賓館として利用されていた建物で、荘厳で実に華麗。宿泊場所として利用できなくても、観光地として訪れる人も少なくなく、建物をバックに記念写真を撮る人が後を絶たない。ご多分に漏れず、我々もホテルをバックに記念写真を撮影させていただいた(笑)。エビ餃子や饅頭などを一通り食べて、昼食代は総額1200元程度。日本円にして4000円ぐらいだろうか。「金龍庁」の調理は、美味しかった・・・と思う。ホカホカの饅頭の中から、ジワーっと肉汁がたれてくるあたり、さすが一流レストランのお味という感じであった。しかし、感激して口に運んでいたのは、最初のひと口目、ふた口目ぐらい。三口目あたりから、胸がいっぱいになってくる。つまり、非常にくどいのである。この1200元というお値段、台湾の物価から考えるとかなり高いが、日本の物価からすれば、このグレードでこの値段はかなり安いだろう。その日の夜は、これまた、台湾では老舗中の老舗、超有名な台湾料理店「欣葉」に行く。実は、このレストランは、宿泊しているホテルに隣接するビルの中にあった。この「欣葉 」でオーダーしたメニューは、「牡蠣の玉子とじ」やら「エビの炒め物」やら、5品程度、ここの料理も、一口目は確かに美味しく感じた。しかし、二口、三口と食べ続けているうちに、もうお腹一杯になってしまう。隣を見れば、夫も娘も同じ状況らしい。「欣葉」で支払った額も、「金龍庁」と同じぐらい。対して、台湾3日の昼食は、宿泊中のホテルの近くにある街の食堂で採った。「ここの料理が台湾でいちばん美味しかった」というのは、夫の話である。夫のオーダーしたメニューは、ご飯と牛肉のフライ、そしてレタスがセットになった定食モノだ。私はピーナツソースのようなものに麺をからめて食べる汁のない麺ものをオーダー。このメニューもかなり美味しかった。ここでの昼食代は、家族三人で総額120元ほど、日本円で440円程度だろう。娘はエビチャーハンを頼み、私と夫が頼んだ料理も少しずつつまんでいた。この日の夕食は、私は夜市の屋台で、酸辛蝦麺を食べる。すっぱくて少しからいスープに、香菜とエビがたくさん入っているとても美味しいラーメンだ。これは、私的に台湾滞在中、ベスト3に入る食事だった。日本円で170円程度の代物である。夫と娘は、マックのハンバーガーを食べていた(笑)。つまり、私たちが美味しいと感じた台湾の料理は、ガイドブックなどで紹介されている有名店より、庶民が利用する食堂や、屋台の食事だったということである。いや、私たちが普段から、ご飯にお味噌汁があれば十分というような慎ましい食事を愛する慎ましい人たちというなら、この結果はうなづける。しかし、少なくとも、私ひとりに限ってみれば、そういうタイプではない。若い頃からエンゲル指数が高い生活を送っていたし、美味しいものには目がない人間である。しかし、そんな私でも、台湾に限って言えば一流と言われる名店より、庶民が愛用する食堂や屋台の方が美味しいと感じた。この理由についていろいろ考えてみた。庶民が普通に食べる台湾料理は、中華料理と日本料理がミックスされたものらしい。つまり、中国や香港の中華料理より、台湾料理はさっぱりしているメニューが多いのだ。対して、台湾で一流と呼ばれるレストランの場合は、純粋な中華料理が多いのではないかと思う。その証拠に、レストランを紹介する文章の中で、しばしば、「香港のスター達も絶賛」とか、「上海にも出店予定、本場でも高く評価」とかいうフレーズがよく目につく。そこで、旅行者ではなくて庶民に人気のある有名なレストランに行けば、我々の口にも合うのではないかという観点からチョイスしてみたのが、台北の「好記担仔麺」というレストランだ。ここは、世界的もかなり有名な台湾料理のレストランだ。オーダーしたのは、「しじみ醤油」「担仔麺」ふたつ、「鰤の粕漬け焼き」などなどである。読みがあたって、この店は本当に美味しかった!「しじみ醤油」は、ご存知のように日本の台湾料理店では定番中の定番メニューだ。私も数え切れないほど食べたことがあるが、「好記担仔麺」で食べた「しじみ醤油」は、今まで食べた中でいちばん美味しかった。それから、台湾名物の「担仔麺」。娘も気に入ったこのラーメン、「エビセンの味がする・・・」(娘談)。確かに、この料理の味を説明するのは、「エビセン味のさっぱりラーメン」というのがいちぱん適切だ。台湾に行ったら、ぜひ食べていただきたい一品である。「ぶりの粕漬け焼き」は、日本の物とそっくり同じ味がして驚いた。日本料理である。これもかなり美味しかった。6日目の夕食で、旅行ガイド書やウェブサイトで紹介されていないレストランに入った。日本語も英語も通じない、けれど、地元台北人人気のレストランだった(店名を忘れた)、このレストランでは、ビール1本、エビチャーハン、牛肉チャーハン、マーボー豆腐、竹の子の炒め物を頼んで、わすが、500元程度。日本円にして、1700円ほどだ。ビールを飲んで、美味しい料理をたくさん食べてこのお値段!ちなみに、台北三越デパートの地下フードコートで、火鍋というものも食べてみた。カウンター式で、それぞれの前に鍋が並び、お野菜もたくさん、メインの具とスープの味、麺か春雨かを選べるシステムで、デザートに杏仁豆腐もついている。私はエビ鍋にして、夫は肉鍋にした。エビ鍋は、立派なエビが6匹ついていて、250元。肉鍋も同様だ。これもとても美味しかった。実はこの「火鍋」、日本の「しゃぷしゃぷ」が原点らしい。台湾ではこの火鍋が人気で、「日式鍋」という名前で、そこかしこで見かけることができた。「本場の中華料理」にこだわらなければ、台湾では、わずか200円以下で、ものすごく美味しい台湾料理が味わえる。中華料理より、日本料理と中華料理の折衷料理が好きな人にとって、台湾はパラダイスである。番外編として、台湾の先住民料理を堪能できる花蓮の有名レストラン「思想起」にも行ってみた。先住民の料理は、中華料理より日本料理に近く、全体的に甘め味付けを特徴とするらしい。正直、すごく美味しいとは思わなかったが、よい体験ができたと思う。台湾ほど、バラエティーに富んだ食を体験できる国は少ないのではないだろうか。ただし、台湾で食べる洋食は、かなりマズい。一流ホテルの一流レストランはいざ知らず、街の洋食レストランは避けた方が無難だろう。それから、マクドナルドも、台湾の物価から考えると決して安くない。バリュー3セットプラスアップルパイ、これで1000円程度かかる。日本の物価で考えるとやはり安いが、美味しい食事がひとり200円ぐらいでできる台湾の食事情からすると、たいしたメニューでもないのにこのお値段は、ちょっとした暴利だと私は思う(笑)。安くて美味しいもの満載の台湾で、高くてまずいファーストフードを食べる必要はまるでない。マックは日本か本場アメリカで利用する方が利口だろう。台湾では、もっと美味しく、すごく安い、そんな台湾料理をお試しあれ。追記:子供が海外で地元に食べ物に慣れずに食が進まなくなる。これは、親にとっては大きな心配の種である。実は、うちの娘も旅行の前半の三日間は、台湾料理になじめず、仕方がないので、コンビニでパンやヨーグルトを買ったり、マックにも1回行ったりといろいろと気を遣った。ホテルで朝食を採ることにしたのも、朝はベーコンエッグとトーストを食べたい娘に合わせた感が強い。さて、こういう場合の対処法だが、地元料理に慣れるまで、子供にはチャーハンをチョイスしてあげるとよいと思う。チャーハンは、どこで食べても日本で食べるチャーハンの味と大差ないのだ。中国人のいるところ、チャーハンがある(笑)。中国人は、ありがたいことに世界中にいるから、世界中で、チャーハンには事欠かないハズだ。チャーハンを食べさせつつ、他の料理を少しずつ与えれば、環境適応の早い子供は、すぐに地元料理にも適応できる。うちの娘も3日で慣れて、旅行後半はいろいろな料理をモリモリ食べていた。
2004.05.05
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子連れ旅行の場合、子供のトレイについてはかなり気になる。子供のおしっこ、うんちは、時と場所を選ばず、なので、街のド真ん中で、唐突に、「おしっこ~」と言われると、かなり慌てる。しかし、台湾はそういう意味でも実に子連れ旅行にうってつけの国と言えるのではないだろうか?台湾の公衆トイレは、抜群に清潔だ。公衆トイレで不愉快な思いをしたことは、ほとんどなかった。台湾の人って、公衆マナーに優れているのだろう。観光地や公園、駅でトイレを見つける度に、娘を強制的にトイレに連れ込んでいた。そのうち、「カオちゃんはしたくなくてもおしっこができるだよ~」と、娘に言わせるまでになった(笑)ちなみに、公衆トイレがある場所以外で子供がおしっこに行きたくなかったら、コンビニで頼めば、気持ちよくトイレを貸してくれるらしい。それから、ガスステーションのトイレを利用するという手もある。これは、旅行の最終日に我々が使った奥の手だ。というより、空港にタクシーで向かうとき、娘がいきなり「トイレー」と言い出した。タクシーに乗る前にトイレに連れて行くのを忘れてしまったのだ。タクシーの運転手には、英語も日本語も通じない。夫は、娘を指差し、お尻を抑えて、足ヲバタバタさせ、「おしっこ行きたい」のゼスチャー(!!)。見事通じて、ガスステーションに連れて行ってもらえた。ところで、なぜ台湾人が公衆道徳に優れているかについてのひとつの考察がある。台湾の街中を歩くと、色鮮やかな「廟」を必ず見つけることができるだろう。「廟」は、神様が祭られているところで、この「廟」に祭られている神様は、ひとつではないのだ。仏もいればキリストもいる。伝説に語り継がれている土着神もいれば、歴史的な有名人や英雄なども含まれているらしい。いわば、台湾は多神教の国なのだ。人々は、自分の家の隣で祭られている思い思いの神様に、好きなときに祈りを捧げに行く。台湾人の心の底に、そして生活に密着して神様は存在しているのだ。それが、台湾人の心を支えている。そのことが、台湾の人々の道徳心を今でも守り、人々が穏やかな生活を送れるように導いているのではないかという話がある。真意のほどはわからない。しかし、多くの台湾人の故郷である中国のトイレの汚さを思うと、この話は少しうなづける。中国では、そこそこ近代的なホテルのロビーにあるトイレでさえ、「ゲッ」となることが多かった。日常の食を見ても、気質を見ても、台湾人と中国人は大きく隔たっているように思える。政治的な見方はさておいて、これほどに変わってしまった台湾人を中国の一部にしようという試みは、果たしてどれほどの現実性があるのか、はなはだ疑問だ。
2004.05.04
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飛行機から一歩外に出ると、そこは、空気の匂いも温度も日本とはまるで違っていた。台湾には、台湾の匂いがある。もちろん、日本には日本の匂いがあるだろう。今から15年前に知ったその匂いを、私はまだ覚えていた。中正空港に足を踏み出した途端、「ああ、台湾の匂いだなぁ」と思ったから。中正空港からリムジンバスで予約したホテルに向かう。リムジンバス乗り場を見つけるまでに少してこずってしまったが、なんとか無事にホテルに着くことができた。ところで、空港からタクシーで台北の街まで行くと、およそ1200元かかる。リムジンバスだと、100元から140元。リムジンバスの停留所からホテルまでタクシーを使うとしても、台湾のタクシーの初乗り料金は70元なので、手配旅行で中正空港に降り立ったのなら、リムジンバスを使った方がかなりお得だろう。予約したホテルは、帝后大飯店。台北のよくあるエコノミーホテルなのだが、エコノミーホテルには珍しく、「静かである」という大きなメリットがある。多くの台北のエコノミーホテルは、とにかく騒音がひどいところが多い。神経質な人はなかなか安眠できないらしい。うちの夫は音に過敏なので、安眠できないようなうるさいホテルはできるだけ避けたかった。そこで、ウェブサイトのクチコミ情報から、「静かなエコノミーホテル」という条件で絞り込んだのがこの帝后大飯店。日本語もそこそこ通じたし、エコノミーホテルにありがちな、トイレの水が流れないとか、バスのお湯がすぐに水に変わるとか、そういう問題は一切発生しなかった。広さもそこそこあり、窓も広くて部屋が明るい。このホテルには合計4泊したのだが、宿泊中にイヤな思いをしたことは1回もなかった。有能なメイドさんがいて、毎日、部屋の掃除を非常に丁寧してくれるというのも非常にポイントが高い。滞在中、気持ちよく過ごすことができるオススメのホテルである。ただ、帝后大飯店は、星の数ほどある台北のエコノミーホテルの中ではあまり知名度が高くない。同レベルと思われる麒麟大飯店などは、知名度が高いのでタクシーの運転手のほとんどが知っているようだが、帝后大飯店を知っているタクシーの運転手には、滞在中一回も出会うことはなかった。その場合、ホテルのカードを運転手に見せるとか、住所を一緒に告げるというのは、よく言われる対処法だが、私の場合、日本からパソコンのプリンターでホテル周辺の地図をプリントアウトして、ホテルをその中に書き込んで、タクシーに乗るたびに見せていた。それを見せれば、ほとんどの運転手が迷うことなくホテルまで連れて行ってくれた。あまり知名度の高くないホテルに泊まってしまった人は、このようなものを用意していくと、タクシーに乗るたびにストレスを感じることなく、ゆったりした気分のままホテルまで戻ることができるだろう。実は、私たちは朝食はホテルでとっていたのだが、二泊目の朝、何種類からメニューの中から、私が間違ってトーストのついていないものをチョイスしてしまった。うちの娘はパンが大好き。「パンは?」と聞いてみると、「選んだメニューにパンはない」とのこと。「コンビにでパンだけ買うか」と思っていたら、レストランのおばさんが、娘用にトーストを二枚焼いてきてくたれ。恥ずかしがってろくろくお礼も言えない娘に、「ありがとうは?」と片言の日本語で話しかけてくれたそのおばさん。愛想はなかったけれど、とても優しい人であった。
2004.05.02
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