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私のコーチングを学ぶ仲間の一人、愛知県在住の永田雅章さん(コーチングネーム:マッキー)が「オブリガード アミーゴ」という、素敵な本を初出版されました。 彼は、工業高校を卒業後、通信機器メーカーでエンジニアとして勤務しながら大学の通信教育で小学校教員と中学校英語教員免許を取得され、以後、小学校、中学校、再び小学校教諭として愛知県内の公立学校に勤務してこられました。 学校教育の現場にコーチングを導入して、子供たちの能力や魅力を引き出し、人生の主人公となって「いきいき元気に生きられる児童生徒を一人でも多く育てたい」という願いを持って、賢ちゃんの授業にも参加されました。 彼は、私の授業の「夢を語る」コーナーでペアを組んだ時、次のような話をしてくれたことを今でも鮮明に覚えています。 『自分はいじめられた苦しい経験があるので、この体験をベースにして、「スポーツ少年が、いじめに合って苦しみながらも、これを克服して理解し合えるようになっていく」過程を描いた本を出版して、この世からいじめを無くすのに少しでも貢献していきたい。今、その構想を練って準備をしています』 私はマッキーに是非この夢をかなえて欲しいと伝え、この夢が成就しますようにと祈って来ました。 つい先日、本ができたとの連絡を頂き、わが事のように嬉しくなり、心から「おめでとう」を伝えました。その後直ぐにこの本を贈って頂きましたので、セミナーへの出講の折に、新幹線の中で読ませて頂き、深い感動を味わいました。 物語には、小学校の「サッカー部」の少年たちがいじめに悩み、これを克服して成長していく様子が、実に巧みに描かれており、サッカー部顧問の大田先生が素敵なコーチとして少年たちをサポートする姿も、とても見事に描かれています。 私は「常に心で実現したいと強く願っている夢は必ず叶う」「諦めない夢は叶うしかない」と言い続けていますが、彼がそれを見事に実証してくれたことを、心から嬉しく思うと共に、彼を心から誇りに思っております。 この本は、小学生にも楽しく読んでもらえますので、数冊購入して小学校の図書館に寄贈したいと願っております。 マッキー、オブリガード アミーゴ! ここから注文できます。
2009年06月29日
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庭の「ぎぼし」の花 前回紹介させて頂いた腰塚勇人さんの「どんなときにも、ありがとう」が、「命の授業(腰塚勇人の宝地図ムービー)」という題で、下記のyoutubeでも、紹介されていることを友人からのメルマガで知りました。 http://www.youtube.com/watch?v=K93gpsXKo70 感動された方は、このURLをコピーして、お友達や知り合いに紹介して頂けると嬉しいです。 賢ちゃんがグッと来たテロップの一部を下記に紹介させていただきます。---いつも「笑顔」でいると決めたどんなことにも「ありがとう」を言おうと決めましたそうしたら・・・手足が動き始めてくれたんですそして、必ず学校へ戻ると決めましたしゃべれる喜び立ち上がれ、歩ける喜び字が書け、おはしが使える喜び当たり前だと思っていたことに「幸せ」と「感謝」を見つけました・・・ケガから4ヵ月後、学校へ戻れました学校へ戻るときに決めたことがあります口は、人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう・・・耳は、人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう・・・目は、人の良いところを見つけるために使おう・・・手足は、人を助けるために使おう・・・心は、人の痛みがわかるために使おう・・・私を助けてくれた人たちがしてくれたことを、今度は私がしよう・・・--- 賢ちゃんが依頼を受けている明日の企業研修(コーチングセミナー)の一コマに、「当たり前の毒を消し、自分の持っている能力の素晴らしさに気付く」ことで「自己イメージを高める」コーナーがあるのですが、ここで早速この話を紹介させて頂こうと考えております。 そして、下記の項目を今後の私のモットーとして生きようと決めました。 「口は、人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう・・・ 耳は、人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう・・・ 目は、人の良いところを見つけるために使おう・・・ 手足は、人を助けるために使おう・・・ 心は、人の痛みがわかるために使おう・・・」 いいタイミングでの情報提供に、心から感謝しております。
2009年06月28日
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庭の紫陽花(あじさい) 今日は、新潟県の長岡で明日開催される「モラロジー基礎講座」に出講のため、午後から出発します。どのような方々と学び合えるのか、とても楽しみです。 昨日、わくわくしながら講義原稿の最終チェックをしている折、素敵なメルマガが届き、賢ちゃんの心を元気にしてくれましたので「おすそ分け」をさせて頂きます。 志賀内泰弘さんが発行されておられる【ギブ&ギブメルマガ】の第169号から、その一部を紹介させて頂きます。----**-------------【第169号ギブ&ギブメルマガ】------------** 『いつも、隣にいる、幸せをお届け』 ◆ 発行 ◆ プチ紳士を探せ!運動 http://www.giveandgive.com/ いい話のお店。 http://giveandgive.shop-pro.jp/ ■どんなときにも、ありがとう腰塚勇人(こしづかはやと)さんは、中学校の体育教師でした。生徒たちと夢を追う仕事に誇りと幸せを感じ、楽しい日々を送っていました。ところが、2002年3月。不幸が彼を襲います。 その体験談をお寄せいただきました。「どんなときにも、ありがとう」 腰塚勇人今から7年前の冬、妻とスキーへ行ったときのことでした。スピードの出し過ぎから雪面の状況がわからなくなりコブに乗り上げ、転倒・・・。頭から雪面に・・・。首が「バキッ」っという音を立て、一瞬にして首から下の力がスーっとなくなりました。救急車で運ばれ、妻はお医者さんから私が寝たきりか、車いすの生活の確率が高いと宣告されたそうです。手術は成功し、命は取り留めました。でも手足は全く動きませんでした・・・。天井とのニラメッコの毎日の中で私が考えていたこと。それは自殺の方法ばかりでした。舌をかみました。でも痛くて途中でやめました。実は生きていたかった・・・。でも手足の動かない状態での生き方がわかりませんでした。生きていくのが怖かったんです。結局、生きるという選択肢しか残りませんでした・・・。そんな中、ある知り合いの接骨院の先生の話が思い出されました。同じむち打ち症の患者さんでも、治り方が全く違うという話でした。一人は、むち打ちになった原因に対し、文句と不平不満を誰ともなく、ばらまいている人。もう一人は、その原因や痛みを、自分の良き経験として納めている人だそうです。どちらの患者さんの治りが早いか・・・。誰もがわかるところです。その先生はが言うには、自分の内側にある回復力に差が現れると言っていました。前者の方は、体中にマイナスの敵意のエネルギーが充満するそうで回復力は下がり、後者の方の身体には、プラスのエネルギーが存在するので回復は早いそうです。こうも言っていました。身体は自分の頭で思った通りになる正直なものだと。この話を思い出した私は、どんなことにも「ありがとう」を言おうと決めました。いつも「笑顔」でいようと決めました。そして、それを続けていくことは、自分の感情に蓋をする苦しさではなく、毎日の小さな幸せや、生きていることへ感謝を感じることのできる、暖かく、優しい自分になれていることを発見しました。今の自分を認めてあげるきっかけとなりました。そうしたら・・・手足が動き始めてくれたんです。医学的・心理学的に詳しいことはわかりません。でも笑顔でいること。ありがとうをたくさんいうことは、自分を豊かにしてくれ、少なくても人を傷つける行為ではないです。そしてこのごろ気がついたことがあります。人が気軽に寄ってきて声をかけてくれることに・・・。なんだかhappyになれてしまうんです。私はこれからもこの生き方を続けようと思っています。自分の幸せのために。そして私を生かしてくださっている皆様のために。お手軽ですからおすすめします。--- このメルマガの配信登録は下記URLから可能です。(携帯からもOKです) http://www.rakume.jp/usr/access.jsp?i=102281&t=3&k=1&p=1 総合人間学モラロジーでは、『「心づかい」が「行動」を生み出し、「行動」が「習慣」を作り、「習慣」が「品性」を築き、「品性」が「人生」を創る』という論理展開から、「良い心を使い、品性を高めて、いい人生を創りましょう!」と提唱しております。 換言すれば「心づかいが人生を創る」ということを明らかにした学問が「モラロジー」なのです。 この腰塚勇人さんの体験は、まさにこれを絵に描いたような、素晴らしいお話で、賢ちゃんの心に深く、強く響きました。そして大きな勇気を頂きました。感謝、感激です。 モラロジー基礎講座に参加される新潟県の皆様にも、是非ご紹介したいと願っております。 では、行って参ります。
2009年06月13日
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アリストロメリアとパンジー 前回の続きです。--- ホ・オポノポノには、クリーニングのための4つの言葉がある。 「ごめんなさい(I'm sorry)」「許してください(Please forgive me)」 「愛しています(I love you)」「ありがとう(Thank you)」 これがその4つの言葉だ。 何についてのごめんなさいなのか? 許してくださいなのか? その記憶を、今まで放っておいたことに対して。気付かず、対処しなかったことに対して。 何を愛するのか? その、記憶そのものを。 「愛」によっては消える。 私たちがこれらの‘言霊’を使うと、そのもろとも包み込んでしまう光が届く。「神」「宇宙」「創造主」「サムシンググレート」とにかくそうした存在。 ここでは「宇宙」に統一させていただくとして、誤解を恐れず大ざっぱに言わせていただくと、その「宇宙」からの光がを消し去り、私たちの現実を照らしてくれるのだ。だから、最後に言う。 ありがとう。 宇宙にそれが受け入れられ、が消去されたこと、光が届いたことに対する感謝だ。私たちの「感謝」が、「愛」が、受け入れられた、という‘完了’を意味する。 が消えたとき、初めて、私たちは「宇宙」からやってくる「光」そのものを、現実として目にすることになるのだ。 4つの言葉のうち、「ありがとう」と「愛しています」は他の二つの言葉を網羅するので、この二つだけでも良いそうだ。そして、「愛しています」は「ありがとう」も包括する。なので、「愛しています」一つで充分だということになる。 「愛しています」が苦手なら、「ありがとう」でもいい。「日本語でも英語でもいいのか」「どちらかというと4つ言うのがいいのか、やはりI love youだけでいいのか」など、疑問がでてきたら、それをクリーニングしよう。 疑問はだ。大事なことは、ただ、「やること」なのだ。 (中略) 世界で起きる全てのことを「自分の問題」としてクリーニングし続ける博士だからこそ、現代医学で治せなかった人々を治すことができたのだ。 誰にでもできる。とても簡単な方法。でも、やり続ける人は少ないだろう。 「やり続ける人になるだけ」。博士の話を聞き、そしてその場に共にいることで、そのシンプルさが、そしてそれゆえの難しさが、染みいるように伝わってきた。 100パーセント引き受けるか、それ以外。やるか、やらないか。 「オポノポノは、言うは易し、行うは難しですな」 社長(トータルヘルスデザイン社長:近藤洋一氏)が言った。まったくその通りだ。 「その通りです。しかし、やるしかないのです。やるのは私一人でいい。私は日本に、何かを教えに来ているのではありません。ここへ来たのは、クリーニングしてくださいと伝えるためではありません。ただ、私の中のを消すために、目の前の現実をクリーニングしに来ているだけです。日本に来たことで、クリーニングするべきことが現れます。問題が起きれば、私はそれをクリーニングして、にすることができる。問題が起きた時は、チャンスなのです。問題は、それがとして存在していることを見せてくれているのです。見せてもらわなければ、消せないのです。 消せば消すほど、クリーンになります。クリーンになって、の状態がつくれれば、光を遮るものがなくなり、インスピレーションがやってくる。 こそが、宇宙であり、すべてなのです。これより大きな力は存在しません。 この場所に来る前から、この場所をクリーニングしていました。部屋に入る前にも、この部屋を。そして、この椅子を、机を、壁を、飾ってある花を、あなたを。今こうしている間も、クリーニングし続けています」 「クリーニングするのに、言葉に心を込める必要があるのでしょうか」 答えはノー。 「コンピューターで、間違った文章を打ってしまったものが、ずっとメモリで残っていたとします。それを消すのに、いちいち「ごめんね」とか「愛しているよ」とか、心を込めて消しますか(笑)? そんなことはしませんね。役者のように、その感情になったつもりでとか、そんなことは不要です。「I love you」とはパソコンのデリートキーのようなもので、一文字消すのに一回押す。そういうものです。「ただやるだけ」でいい。言葉そのものにパワーがあるんです。言霊なのです。気持を込める必要も、声に出す必要もありませんよ」 これは、少し安心した。「I love you」という気持ちにならなくてもいいなら、ちょっと気楽だ。やるだけ、やるだけ、「Jusut do it」だ。 ・・・ということがわかっていながら、博士とのやり取りの中で、私たちは話を「光として」そのまま聞かず、たびたび過去に得た自分の知識とつなげることを繰り返してしまった。 「解釈や意味をつけて納得するという作業は、実は潜在意識、に操作されているのです。理屈と意味はあまり必要ないんです。ただでいたらいいんです。 しかしそこに、‘理屈’を置くことによって、光は遮られてしまう。クリーニングして、光があるべきところへ届くようにするだけなのです。できるだけ考えないようにしてください。歴史的に、英雄とされる人々には、実は学歴がないのですよ。 私たちが考えてわかることなど、たかが知れています。でも、は、すべてを知っています。比べ物にならない。どちらの情報を選ぶかという話なのです。 いつも自分に問いかける、大切な質問があります。知識が欲しいのか、それとも叡智がほしいのかということです。知識を手放す、ということは、を手放すということ。だから、叡智がはいってくるんです」 「そういう意味では、もう質問はありませんね」 社長が笑った。 「知恵のある方の消化は早いですね。意識が話しているように思っていても、潜在意識のが質問しているんですよ。であれば、質問はないはずです。そこに光がとおるだけ。があることで、光が通らないから、わからないだけです」 「わからない」状態は、フィルムの再生中だ。その答えを得ようとすれば、さらにフィルムが連続再生されるだけの話だ。 「わからない」というを「I love you 」で消すのだ。 「わからない」が消えると「わかる」かも知れないし、「わかる必要はない」かも知れない…とにかく、「わからない」という状態は消える。 「愚痴る」「質問する」「責める」「怒る」「悲しむ」…その対象が、自分でも人でも、物質でも。私たちの行動こそが、にさらにエネルギーを与え、嵐や地震、戦争を巻き起こすことになるのだ、と博士は言った。--- ヒュー・レン博士は、ネガティブ(不都合)な状況が起こった時は、何かは分からないが「その問題の原因」となっている「記憶」をクリーニングすることで、現実の世界を実際に変えてこられました。 『問題となっている現象の原因となっている記憶を消す「デリートキー」が「I love you」であり、感情を込めなくても言霊の力で消すことができる』というのは、何とすごい発見なんだろう! 原理原則が極めてシンプルで、何て分かりやすいんだろう! 問題は「自分の周りに起こることは、100%自分の責任!」と思えるかどうかにかかっているようです。 多くの人が共に心を合わせて「クリーニング」をし続けるようになれば、悪い現象は少しづつ減って、住み良い世界に近づくことは間違いないであろうと、賢ちゃんは思います。 しかし更に積極的に、家庭を、職場を、社会を、そして国や世界を、より良くするために、「道を切り拓いていく努力」も、もう一方で必要なのではないかと感じております。 人生を左右する品性パワー(「いい人生を創造する“つくる力”」「より良い人間関係を創造する“つながる力”」「困難に出会っても“もちこたえる力”」)を強めて、人間力を向上していくことも合わせて、必要ではないかと考えている次第です。 コーチとして、自分の心のネガティブな記憶をクリーニングしながら、人間力を高める努力も継続しつつ、「幸せ配達人」を目指して行こうと、決意を新たにしております。 この本には、この後にも素晴らしい情報が盛りだくさんですが、これ以上は著者に配慮して紹介は控えさせて頂きます。 興味関心をお持ちの方はご購読をお勧めします。何と1冊税込み400円というお手ごろ価格ですので・・・ この本のお陰で、賢ちゃんの視野を大きく広げてもらえたことに、心から感謝しております。
2009年06月06日
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百合 このところ、コーチングセミナーへの出講が重なり、その原稿作成と、畑や庭の草取りに追われて、ブログの更新が滞っておりました。 昨日八戸への出講から戻り、今日は雨で畑仕事ができないので、久しぶりにブログの更新をしております。 今回は、以前「究極の自己反省」として紹介しました「ホ・オポノポノ」について新たな情報を得ましたので「おすそ分け」をさせて頂きます。 ※ 過去の「ホ・オポノポノ」の記事については下記をご参照下さい 2008年5月15日(木)世界を変える「究極の自己反省」(1) 2008年5月16日(金)世界を変える「究極の自己反省」(2) 2008年5月29日(木)ホ・オポノポノの実践 2008年9月26日(金)ホ・オポノポノの講演会 2008年10月23日(木)「ホ・オポノポノ」講演会報告 をご参照下さい。 それは「あなたも魔法使いになれる”ホ・オポノポノ”」(滝澤朋子著、近藤洋一監修、Banksia Books出版)という本を読んで、自分の視野が広がり、スピリチュアルな、顕在意識ではなかなか納得しにくい部分が、感覚的に分かった感じを味わえたからです。 「ホ・オポノポノ」では、自分の周りに現れる諸問題は、自分の心の中にあるマイナスの記憶が投影されているにすぎないので、このマイナスの記憶を「クリーニング」する(消す)ことが先決である、と言うのです。 この部分を以下に紹介させて頂きます。--- オポノポノは、この「クリーニング」を行うことによって、問題を解決する。 まず前提としなければならないのは、このは、「私」やあなた、一人ひとりを通して目の前に現れている、ということだ。私たちは、五感で感じられる世界を「現実」として生きている。目に見え、手に触れられ、香りもし、音もする。感覚で感じる。 私たちはそういう、の中に生きているが、そのは、「私」の中にあるフィルムが映し出された‘映画’のようなものだという。スクリーンに映し出された映像は、フィルムの投影にすぎないので、フィルムを変えれば映像が変わる。そのフィルムを選ぶのは私たち自身。仮に私が「うんざり」というフィルムを選択すれば、当然映し出されるものは「うんざり」ということになる。 私がよく見るシーンは、恥ずかしながら「めんどくさい」シリーズだ。 つまり、私たちが「現実」だと思っているは、自分の選択次第で変えられるものだということだ。「自分の人生は、自分が創造できる」、という話は、よく耳にされるのではないかと思う。しかし、この言葉を本当に、文字通り、「全世界が、私自身の創造」だ、というように受け止めている人は、少ないのではないだろうか。 少なくとも、私はそうではなかった。 アパートの上の階の住人の足音が特別うるさいのも、 隣のマンションのゴミが毎朝カラスに散らかされているのも、 近所に新しくできたタコ焼き屋さんがまったく流行らないのも、 目の前で見知らぬ人が転ぶのも、 友達が急にリストラされたのも、 ゴミの不法投棄で山がどんどん汚れていくのも、 世界で起きる戦争も、 政治家の汚職も。 「すべて自分の周りに現れるというだけで、自分が創り出したものだ」 とは、まったく思っていなかった。 いやいや、そんなバカな。 天井の足音は、住人の気質の荒さのせい、 ゴミがカラスに荒らされるのは、マンションの住人がゴミ出しの規則を守らないせい、 タコ焼き屋さんが流行らないのは努力が足らないせい、 転んだのはその人が不注意なせい、 リストラは運が悪かったし、 ゴミはもちろん不法投棄をする人の、 戦争はそれを起こす人たちの、 汚職はそれをした人の。 それぞれ、起こした当人の問題。 だと思っていた。 政治家の問題に関しては、その人に投票したのが私だ、という見方もあるが、あまりに愚かな行動に対してまで、自分に責任があるとは思わない。「その問題を起こした人の問題」で、それはその「問題を起こした人が解決すべき」だと思っていた。 「いやいや、タコ焼き屋さんは確かにおいしくなかったから2回目は行ってないけど、それ、味の問題でしょ?」 「2階の人がうるさいのは彼らの性質の問題ですから。そういう人が引っ越してきただけ。前に住んでた人は静かだったし」 そう思うのが当然だと思っていた。 それでもあえて言うなら、「目の前に現れることは自分の鏡だ」、という話は聞いたことがあり、それには少なからず納得していた。自分の中にあるということを見せるために、そこに現れるのだと。 たとえばその人が「意地悪」する人だとしたら、自分の「意地悪」な部分をなくす必要があるのだ。相手はそれがあるよと見せてくれている存在。だから鏡。 この話が、オポノポノに近いかもしれない。 目の前に現れる問題は「すべて」、「私のが創り出したもの」。そうオポノポノは考える。 私の中のが「クリーニング」されない限り、私の中から消えない限り。 「その現実を、目の前から消すことはできない」。 それは私たちにとってとてつもなく大きな影響を与えているだ。ここでいうとは、「昨日酔っ払って何を言ったか覚えていない」とか、そういうレベルのものではない。 自分が生まれてきてから体験したすべての記憶はもちろん、、地球創生から現在に至るまでに存在した全生物、動植物から鉱物まで、そのあらゆるものたちが体験した、膨大な、とてつもなく膨大なを指す。 この全人類、全てのものに共通しているは、私たちの「潜在意識」に貯蔵されている。「潜在」している意識なので、普段私たちがそれを認識することはできない。 しかし、その「潜在意識」の中のは、ものすごい影響力とスピードで、瞬間瞬間、私たちが認識している意識「顕在意識」をコントロールしているのだという。 博士によると、「顕在意識」が1秒間に15~20ビットの情報量を送ってくるのに対して、「潜在意識」は1100万ビット。太刀打ちしようのない情報量なので、「顕在意識」はとてもかなわない。私たちの現実の世界は、ほとんどがこの「潜在意識」のをフィルムとして再現した映像なのだ。 この潜在意識、は、私たち人類、生きとし生けるもの、鉱物や人工物までが共有して持っている。私たちは、同じのフィルムによって共通のを創造しているわけだ。そういう意味で、私と、私以外のすべては、まさに「ひとつ」。ものすごくはっきりと、運命共同体だということになる。 ということを大前提にしたところで、「クリーニング」なのである。 ホ・オポノポノは、その私たちの共通のをする。 何億年もの時間の中で複雑に絡み合い、もつれ合い、積み重ねられてきた、もうほどくことが不可能とすら思える、膨大なのフィルム。これを「消す」ことで問題を解決するのだ。 これは、目の前に現れたときにしか、消すことができない。再生された現実をみて、私たちはフィルムの存在に気付くことができる。 現れたら、その瞬間を逃さずにに働きかける。そのフィルムが二度と再生されないように。 目の前に現れた「現実」に対しては、一切アプローチしない。手を出さない。口も出さない。この「現実」に二度と遭遇したくないのなら。 ただ「を消す」。が消えてはじめて、現実も消える。「元を断つ」のである。 これが「ホ・オポノポノ」だ。 ヒューレン博士は、触法精神異常者収容病棟で、人々の「暴力性」に出合った。その「暴力性」は、博士と彼らの共通のだ。だから、博士は自分のから「暴力性」をクリーニングした。 共通のから、「暴力性」が消えたことによって、彼らからも「暴力性」が消えた。結果、彼らは、「治った」。 どうやって? 「I love you」の言葉を、ひたすら自分の内側にむかって唱えることで。 「この問題を起こしているのは、私の記憶の何が原因なのだろう?」 その「記憶の中にある原因」を、「I love you」の言葉によって消す。 「何が原因か」の「答え」は必要ない。 ただ、それが自分の関わるが起こしているのだということを「100パーセント受け入れて」クリーニングすることが必要だ。 これが99パーセントであってはいけない。 ちょっとでも、「やっぱりあの人も少しは悪いのだ」とか、「相手の方がクリーニングしないといけないだろう」とか、そういう気持ちが残っていてはいけない。 この現実は「私の」が生み出している。そのことを「100パーセント」受け入れた上で、「I love you(愛しています)」を唱えるのだ。--- 私は、クリーニングを続けているのですが、これと分かる成果を実感することができていませんでした。その原因が、これを読んで分かったような感じがしました。 「100%信じ切れていなかった」からではないかと・・・ 「自責(自分の責任)」と「他責(他者の責任・周りの環境のせい)」という視点から言えば、「どんなことが起ころうとも、全て自分の責任」と100%確信した「自責」モードに入らない限り、クリーニングによって「全く新しい別の世界」にワープすることはできないようだ、と「感じた」のです。 コーチングでは「自分の身の周りに起こる全てのことには肯定的意味がある」と捉えて、「どんなことからも学び、自分の成長の糧とすることができる」と考えますが、「どんなことでも身の周りに起こることは100%自分の責任」とまでは確信しきれない、自分がいましたので・・・ 心の底から「自分の身の周りに起こることは100%自分の責任」と思えるようになりたい、賢ちゃんが新たな目標を得た瞬間でした。 続きは、次回に譲ります。 ここから注文できます。
2009年06月05日
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