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今回の島根県の旅行を計画するときに、行ったことのない「島根県立美術館」で少し珍しい展覧会をやっていることを知りました。日本で近代以前のヨーロッパの美術をメインにした展覧会は少ないと思うのですが、今回は「ジョットとその遺産展」という特別展をしています。 ただ、この展覧会、明日が最終日で、きょうはその前日の日曜日。普通なら、こんな日に美術館には絶対に行きません。でも、今回はしかたがないので、きょう行きました。 「松江城」からほぼ直線に歩いて20分ほどです。宍道湖の東端に掛かる大きい橋(「宍道湖大橋」)を渡ります。 実は、松江城の天守閣の最上階から南のほうを見たときに宍道湖が見えて、その東の隅に白くて平たいながらも巨大な建物があり、「あれは一体、何なんだろう?」と思っていたのですが、それが「島根県立美術館」でした。 この美術館の‘売り’はロケーションとそれを生かした閉館時刻です。閉館が日没時刻の30分後と決まっているのです。つまり毎日変わるわけですねぇ。目の前に広がる宍道湖を臨んで、そこに沈む太陽を美術館から眺められるというわけです。 橋を渡ってから、美術館に着く前に、湖畔に下りました。そして、湖に手を浸けて、その水を何度か舐めてみました。(^-^;)宍道湖は“汽水湖”なので、水の塩辛さがどの程度なのか、確かめてみたかったのです。なんせこの夏は、「野尻湖」と「瀬戸内海」に長時間浸かって、それなりに水も飲んでいると思うので、舌も‘利く’はずです。(笑)舐めてみて、なるほど‘海と湖の中間’の味でした。 また、「宍道湖大橋」を渡っているときに、北側と南側を交互に見て、「ここも泳いで渡ったら、気持ちいいだろうなぁ・・・」と思いました。(笑)・・・あとで地図で見たら、ちょうど1kmぐらいでした。近すぎる。。。(^-^;) 振り返ると、「松江城」の天守閣が小さく見えていました。画像ほぼ中央のやや右寄りに、黒いものが見えていますが、それです。 美術館の前まで来ました。 正面(入口)は反対側です。 でも、ここでもまた‘いつも’のことが気になりました。「‘入れ物’は恐ろしく立派だなぁ。。。」 「足立美術館」のパスポートを持っていると、“相互割引”ということで、団体料金で入れます。特別展の「ジョットとその遺産展」と「コレクション展」の両方のチケットを買いました。 コイン・ロッカーに荷物を入れて、まず、「ジョットとその遺産展」のほうから見ることにしました。 ここ美術館、あとの「コレクション展」でも同様だったのですが、「展示目録」が用意されていません。受付の人に聞くと、「ありますよ」と言って、チラシを差し出す‘ざま’です。。。(・・・「展示目録(出品目録)」と「チラシ」って、同じものだと思っているんでしょうか。)まったくやる気が感じられませんでした。(・・・建物は立派なのに。。。) まず、「1.ジョットの時代(1300年前後)」。ゴシックの登場の時代です。 生まれたばかりのキリストの‘神の教えを示す巻紙を持ち、右手で祝福を与えている’ポーズは、懐かしく感じました。この1年ちょっとは圧倒的に‘釈迦の誕生のポーズ’のほうを見てきたので。。。 「聖母マリアの衣の青は信仰を、赤は愛を表す色で、頭の背後には光輪があり、その人が聖人であることを示す」というのもひさしぶりに文字で見ました。ただ、前半の色についての部分は、先月(8月)27日に「愛知県美術館」で見た「タイムスケープ-もうひとつの時間-」という展覧会で見た、イヴ・クラインの作品に添えてあった解説文が思い出されました。・・・「青は、キリスト文化の中で精神性や道徳を象徴し、天上世界を意味する金色を超越する色として機能している」。やはり、部分的に重なるものを続けて見ると、記憶がしっかりしていて理解が深まります。 この時代はジョットの師であるチマブエからジョットに移る頃です。“ジョットの革新”ということで、次のようなメモがありました。 1.輪郭線をぼかし、明暗で立体感を出す。 2.表情や身振りに真実味を与える。 3.三次元的な奥行きを生み出す。 4.全体が簡潔で、自然な印象になるよう細部を描き、整理する。 「明暗で立体感を出す」のと「三次元的な奥行きを出す」というのが伝統的な日本画とは大きく違い、西洋画の基本であるように思いました。 ただ、展覧会のタイトルに「ジョット」という名前を出しているのに、ジョットの作品は真作かどうかわからないものを含めてわずかに4点。。。キャンバスに描く時代ではなく、板にテンペラか漆喰にフレスコで描いていた時代なので、フレスコ画を持って来るのは不可能に近いとしても、‘4点’で「ジョット展」と銘打つかなぁ・・・と思いました。 全体的な展示品の少なさを‘ごまかす’ためか(・・・よく言えば、詳しい説明をするために)、イタリアの寺院の写真が大量に‘展示’してあり、中にはその写真を食い入るように1枚1枚説明とともに見ている人もいましたが、私はパスしました。 コーナーの最後には「ピエタ」や「磔刑」といった‘お決まり’の絵もあり、ここでも私は「涅槃図」を思い起こしながら見ました。 次は、「2.同時代のフィレンツェ絵画(1300年代~)」。 ここはテンペラが多くなり、実物の‘絵’が展示されていました。ただ、知らない画家の絵が多いので、感動がない・・・。 続いて、「3.不安な時代のフィレンツェ絵画」。絵を一瞥してわかりやすくするために、「はっきりした輪郭線が復活」したそうです。 聖アントニウスの絵があったのですが、‘誘惑されていない’のは初めて見ました。(^-^;)苦しんでいるわけでもなく、途方に暮れているのでもないアントニウスの姿・表情は、さすがに苦行を覚悟した人だけあって、りりしい聖人らしく描かれていました。 5枚の連続したシーンを描いた絵があったのですが、‘左から右へ’進むのが、これまた‘右から左へ’進むのに慣れた今の私には、違和感さえ覚えてしまいました。。。 「後期ゴシック」の特徴として、 1.伝統への回帰 2.奥行きの浅い空間 3.衣服や髪の波打つ輪郭線 などが挙げられるそうです。 そう言われれば、髪の毛がリアルというか、1本1本まで丁寧に描いてある印象を受けます。 最後は「4.ジョット回帰からルネサンスへ(1380年代~)」。 「1420年代にマザッチョがジョットの絵画技術の核心を一新した。理論的な線遠近法を用いた三次元的空間、一方向からの光で統一された陰影など」が特徴になるということです。それまでの絵画は、部分的な影のようなところはあっても、画面の一部が‘真っ暗’というような絵はないように思います。それがこの時代から出てくるということですね。8年前にイタリアのフィレンツェとミラノの美術館や寺院を回って見たいろいろな絵をできる限り思い出してみました。・・・やっぱり、マザッチョの『楽園追放』がいちばん印象に残っているなぁ。。。 1380年頃は「フランスの王や貴族の宮廷から西ヨーロッパ各地に『国際ゴシック』と言われる華麗な様式が広まった」時代だそうで、フランスの影響がイタリアに及ぶようになったんですね。 展示してあるもののうち、半分は‘ただの写真’で、実物の絵も知っている画家や作品がほとんどなかったので、ちょうど1時間で見終わりました。・・・これで1000円。。。‘美術鑑賞’というより、‘イタリアのゴシックからルネサンス期の美術の学習’とでも考えてみて行ったら、‘ためになる’とは思います。でも、公立の美術館が、特別展をこのタイトルで行うのは「いかがなものか」と思いました。 続いて、2階に上がり、「コレクション展」を見ます。はじめに書いたように、ここでも「展示目録」はありませんでした。無駄に広い空間、日曜日の午後だというのに「特別展」とは別料金が必要だからか、会場は閑散としていました。 展示室の番号に従って見て行きました。 まず、最初は日本画の展示で、横山大観、榊原紫峰、橋本明治、石本正らの作品がありましたが、2日続けて「足立美術館」で‘もっとすばらしい’作品を見てきたあとなので、特別の感情はありませんでした。しかも、この部屋、横長の作品を‘左から右に’見るような展示がしてあって、見にくいことこの上ない・・・。展示のセンスは「名古屋市博物館」と‘いい勝負’だな。。。 あいかわらず石本正の作品に描かれている女の人の顔を見て、顔色の悪さ(^-^;)に元気を奪われそうになりました。。。 残りの半分のスペースは、「フランス風景画の革新者たち」ということで、デュフィ、コロー、クールベ、モネなどの作品が1つずつ展示してありました。ただ、こんな美術館がエスキスながらシャヴァンヌの作品を持っていることには少し驚きました。 「第2室」は版画。・・・パス。。。(^-^;) 「第3室」は島根の焼き物。・・・ここもパス。。。(^-^;) 「第4室」は「子ども情景」というテーマで、ベルナール・フォコンという人の写真が展示してありましたが、‘子ども’はすべて‘マネキン’。。。作品からは言い知れぬ不気味さや空虚感が伝わって来て、会場の人気のなさと居眠りしている監視員の息で、廃墟の中にたたずんでいるような感じがしました。 「第5室」は「青木世一わーるど」ということで、べニア板のみで作った諸々のオブジェが展示してありましたが、これまたさっぱり理解できませんでした。 完全なオリジナル作品には、日本語としても意味不明のタイトルが付いていて、説明も一切ないので、ただ作品を見つめるだけでした。 おもしろかったのは、西洋の名画をベニヤ板で立体化した作品でした。ゴッホの描いた部屋やセザンヌの静物画などを、キットでもって組み合わせて立体化していました。でも、こういう‘パロディー’に近いような、「名画を立体化する」という視点の作品としては、森村泰昌のほうが‘笑える’ので好きです。 あと、宍道湖が一望できるテラスがあったので、有料ゾーンから外に出ました。あいにく曇っていたので、視界はあまりよくありませんでした。 「コレクション展」のゾーンには50分いました。 日没までいて、沈み太陽を見たら感動するのかもしれませんが、‘旅人’には難しい条件です。日没までいたら、きょう中にうちに帰れないので、予定より早く見終わってしまったのですが、松江駅まで歩いて行くことにしました。乗る電車までずいぶん時間があったので、駅で弁当を買い、人のいないホームの待合室で食べました。 帰りは特急「やくも」で、米子から鳥取を経由せずに岡山に出るルートで帰りました。・・・「やくも」は座席の窓の下に、ヒーターのユニットが大きくせり出しているので邪魔です。 2日で5か所をゆっくり見て回った旅はこれで終わりです。2日で恐ろしいほど歩いたのと、家に着いたのが夜11時になったのとで、「野尻湖1周遠泳大会」に参加した旅行と同じぐらい疲れました。
2008年08月31日
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松江駅に着いて、まず、歩いて20分ほどのところにある「松江城」に行きました。 日曜の昼だというのに、駅の近くに人はそれほど多くありませんでした。・・・このあたりが‘大都市’のターミナルとは違うなぁ。。。 道も複雑ではなく、プリントして行った地図を見ながら、迷わず「松江城」まで行けました。 この城の天守閣は重要文化財に指定されています。 天守閣が国宝に指定されている4つの城のうち、「彦根城」以外の「犬山城」と「松本城」と「姫路城」は今年訪れました。戦後再建された鉄筋コンクリートの城も、「名古屋城」と「岡山城」を訪れました。築城当時のまま残っている、重要文化財指定の城(8つある)は初めてです。 築城当時のまま残っている城は、見学に時間はかかりません。中にはほとんど何もなくて、要は昔の建築そのものを見るために入るからです。 それに対して、戦後立て直された城は中が博物館のようになっていて、見るものがいろいろあるので時間がかかります。 今回は前者なので、時間はそれほどかからないだろうと思いました。 この城、遠景がうまく撮れるところが見つかりません。駅から歩いて近くまで来ても、屋根が少し見えるだけで、全景が見えることろがありませんでした。「大手木戸門跡」から敷地内に入ったのですが、どこかが途切れてしまうような場所ばかりでした。 とりあえず550円払って、有料ゾーンに入りました。 ここでやっとフォトジェニックな視界が広がりました。・・・というか、ここしかありません。(もらったパンフレットの表紙の写真も、‘寸分たがわず’このアングルでした。(笑)) 天守閣の中では、録音された声による案内が全館に繰り返し放送されていました。パンフレットを見ながら回るよりいいかもしれません。 展示してあった鯱(しゃち)や梁は解体修理の際に痛みがひどくて再使用できなかったものが展示してあるんですね。・・・展示用にいくつか入れ替えるのかと思ってた。。。(^-^;) 1階は、兜、火縄銃、刀、書状、蒔絵の施してある弁当箱などが展示してありました。・・・弁当箱は豪華だった~。 2階は、城の定番、「石落とし」がありました。床は天井を兼ねた一枚板のようで、上を歩いている人の位置がわかるほど、音がしたり、きしんだりしていました。 3階は、他の城の写真による簡単な紹介でした。 4階は、特に何もなし。・・・こんな調子なので、国宝や重要文化財の天守閣は時間がかかりません。(笑) 最上階の5階に着きました。ここの特徴は、鴨居に長押(なげし)がなく、内部から四方が展望できる壁のない、司令塔の役割を持った望楼式ということで、現存する天守閣には珍しいということです。普通は、外側に回縁(めぐりえん)を設けてあるのだそうです。そう思って、中央に立つと、確かに全方向が見えました。小じんまりした「犬山城」でも、こんなことはなかったと思います。 この「松江城」は、5層6階、地下1階の平山城で、高さ30メートル、天守閣の平面の規模では姫路城に次ぐ広さだということです。 北側を撮ってみました。「堀川」が流れ、右側の山は「和久羅山」、左側は「嵩山」だそうです。 これは南側です。宍道湖が見え、奥の山々が中国山脈です。 東と西はこれといったものはありませんでした。 暑くない日で、風が結構あったので心地よく、しばらく佇みました。 これでもう見るものはないので、降りて行きました。ふと思ったのですが、この天守閣は階段を上るのに‘怖く’ありませんでした。私が慣れたのかもしれませんが(^-^;)、階段の角度が今までの天守閣の中でいちばんゆるいのだろうと思いました。 のんびり1時間を天守閣の中で過ごして、南側へ歩いて行きました。 「松江神社」がありました。 そして、敷地の一角に「南櫓」がありました。これは2001年に再建されたもので、中に入れます。 「南口門」から「千鳥橋」を渡って堀の外まで出て、少し行ったところで振り返ると、これまたパンフレットの中で使われているのとまったく同じ写真が撮れました。(笑)・・・この天守閣、本当に写真が撮りにくいんだと思う。。。 このあとは「島根県立美術館」まで歩いて行きました。
2008年08月31日
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「足立美術館」のすぐそばの旅館に泊まって、朝風呂に入って、朝食を食べて、チェック・アウトしました。1年半前までは、1人で国内旅行なんかしたことがなかったのに、すっかり慣れました。(笑) きょうも‘ハード・スケジュール’です。まず、「足立美術館」に行きました。きのうに続いて、今年4回めになります。 きょうから、「横山大観と院展の同人たち」という展覧会をしています。 きのうと同じように、庭関係は全てパスして、いちばん奥の展示館へ行きました。 まず、「小展示室」では「橋本関雪展」をやっていました。この人の絵は、好きなものと嫌いなものとにはっきり分かれます。 「生涯に60回以上中国を訪れた」そうで、道理で中国を題材にした作品が多いはずです。動物画にしても、『唐犬図』に描かれている3匹の犬は日本の犬ではない大型の犬で、柴犬の子どもでも描いてあったら、私は気に入ると思うのですが。。。(^-^;) 『富貴草』は輪郭線がなく、色に滲みもあり、ちょっと見た目には油彩のようです。 『雨後の朝』は、2匹の猿の絵でした。手前の猿は水たまりに顔を近づけ、楽しげな顔つきです。それに対して、奥のほうの猿は、険しい顔つきで後ろを振り返り、何かを警戒しているようです。解説にも書いてあったように、2匹の対照的な様子がおもしろいと思いました。 『雄飛』は海の上を飛ぶ鷲の絵でした。解説には「悪化する一方の戦況下で、(鷲を)戦闘機に見立てて描いている」と書いてあって、関雪自身のことばとして「(戦争画は)余程腹を締めてかからぬと、日本画本来の品位といふものをい犠牲にしなければならない。・・・理想に走ると、空疎になる」という文章が紹介されていました。ただの花鳥画として見るだけではいけない絵があるわけですね。 それにしても、関雪の作品は、画風が一定でないうえに、題材も様々で、また、筆致に特定のくせのようなものが見出せないので、私には見極めにくい画家の1人です。 続いて、「大展示室」。ここで「横山大観と院展の同人たち」展をやっています。 結果から言うと、「足立美術館」自体に何度も来ているし、特に、半年前にここで「横山大観の魅力展」を見てしまっているし、さらに、去年(2007年)の3月に「大丸ミュージアム・心斎橋」で「横山大観と近代日本画の名品展」で大観の代表作を見ているので、ほとんど見たことがある作品でした。 最初に展示してあった『巌上之両雄』という二曲一双の作品は、「大丸ミュージアム・心斎橋」で見たことをよく覚えていて、右側を大観が、左側を下村寒山が描いた‘合作’です。 隣にはその下村寒山の『不動明王』がありました。真っ青の明王図で、「教化しがたい衆生を救うために、大日如来が忿怒(ふんぬ)の姿になったもの」と書いてありました。広い意味での人物画で、絵全体の印象が青い作品というのは日本画では少ないのではないでしょうか。展示室を見回してみても、この絵だけが異質なような感じがしました。 これまた「大丸ミュージアム・心斎橋」で見た菱田春草の『猫梅』。描きかたの異なる猫と梅が描いてあるのですが、むしろ日本画を少し知って見ると、2人の異なる画家が描いたのではないかと思うほど描きかたがはっきり違っていることがわかります。 その隣の絵を見て、一瞬、「誰の作品?」と思いました。パネルを見て、さらに「え~っ!?」と思いました。『養老』という作品で、制作年不詳の安田靫彦の絵でした。おそらく初期の作品だろうと書いてありましたが、靫彦らしさがまったく感じられない作品でした。 そのあと、小林古径の『木蓮』、小茂田青樹の『雪後』、『朝露』、速水御舟の『新緑』などがありましたが、この美術館はあまり季節を考えないで展示をするようです。強く季節を感じさせる花鳥画、風景画で、見事に季節がばらばらで、気のせいか頭が疲れたような気がしました。(^-^;) 頭が疲れたせいか、今村紫紅の『俵藤太(たわらのとうた)物語絵』は双幅の作品だったのですが、解説と掛っている絵が、左右が一致しません。だんだん訳がわからなくなってきたのですが(^-^;)、部屋を出て、職員にその旨、尋ねに行きました。その後、展示室に戻って鑑賞を続けていると、職員が近づいて来て、「お客様のご指摘のとおり、軸が左右逆でした。解説文のほうが合っております。至急、展示し直します」という返事をもらいました。・・・でも、1時間経っても、展示はそのままでした。 平山郁夫の『祇園精舎』も2回めです。描かれている物の凹凸がものすごく、悪く言うと、木版画を摺るときに、紙をバレンで強く押したような感じに見えます。 前田青邨の『山路之秋』。ようやく秋らしい絵が見られました。私は前田青邨はあまり好きではありませんが、典型的なタッチの絵だと、認識できるようになりました。この青邨と安田靫彦はまったくタッチが異なると思うのですが、ともに東大寺の金堂の壁画修復の代表として携わったということで、仕上がりの違いがなかったのか、気になったりしました。(・・・‘杞憂’でしょうけど。。。(^-^;)) あとは、小林古径の『楊貴妃』、安田靫彦の『王昭君』と『酔貴妃』などがありました。これらも何度か見たことがあります。・・・いよいよ「足立美術館」を訪ねる旅行は終わりに近づいてきたという実感が出てきました。 「大展示室」にはちょうど1時間いました。 続いて、「大観室」です。以前はこの部屋は半分パス状態でしたが、最近はしっかり見るようになりました。(^-^;) いちばん奥に、この美術館の目玉で、秋にしか展示されない六曲二双の『紅葉』が見えていました。上部のさざなみの部分はプラチナ泥で描かれているとのことですが、プラチナ泥は半永久的に色が持つのでしょうか。銀泥は持ちが悪く、時間とともにただの黒色のようになってしまいますよね。プラチナ泥を用いる理由の1つはそのためかな、と考えたりしながら、鮮やかに発色する波を見上げていました。 16点展示してありましたが、そのうち、見た記憶がないものは3点だけ。ということで、20分ほどで部屋を出ました。 少し時間が余ったので、きのうまったく見なかった「陶芸館」に行くことにしました。河井寛治郎と北大路魯山人の陶芸作品が展示されています。 私はもともと陶芸には興味がないうえに、特にこの2人の作品は好きではないので、どうしても後回しになります。今回も適当に見ただけになりました。(^-^;) きょうはこのあと、無料の送迎バスで「安来」駅まで行って、JRで「松江」駅に行きます。バスの時間が近づいてきたので、美術館を出ました。きょうはこの程度の見かたでも2時間10分いました。 近代日本画と日本庭園に興味があって「足立美術館」に初めて来て、すべてを見尽くそうと思ったら、まる1日必要ですね。私のように何度も訪れていて、工芸、陶芸、庭園をパスしても、2時間かかります。さまざまな庭をのんびり見て1時間、どちらかの茶室で抹茶をいただいて1時間、工芸に30分、陶芸に1時間、「小展示室」と「大展示室」に1時間半、「大観室」に1時間ぐらいはかかります。これ以外に、最近は童話画も多数展示してあるので、それらも見るとなると、さらに1時間必要です。さらに、ミュージアム・ショップで30分は取りたいところです。ということは、合計で7時間は必要になるので、食事を挟むと、8時間ぐらい美術館の中で過ごさなければなりません。こう書くと、我ながらすごいことだなと思うのですが、「国立国際美術館」や「兵庫県立美術館」などで、企画・特別展とコレクション展をのんびり見たら、やはり5~6時間はかかるので、立派な美術館を隅々まで見ようと思うと、‘1日仕事’になりますね。 今、美術館横手の駐車場で工事をしているのですが、旅館の人から聞いた話では、「現代日本画展示室」を建てるのだそうです。個人的には現代日本画を幅広く集めるより、近代日本画をより一層充実させてほしいと思うのですが。。。 工事の近くに止まっている送迎バスに乗って、安来駅に行きました。安来駅は工事が終わって、すっかりきれいになっていました。ちょっとした休憩スペースができていて、売店と土産物屋もあり、電車の時間まで少しあっても、時間がつぶせそうでした。
2008年08月31日
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「清水寺」と「蓮乗院」の見学が終わって、きょう最後の予定の「足立美術館」へ行きました。今年、3度めになります。 きょうは夏季展示の最後の日で、「もっと楽しもう!日本画の世界」という展覧会をしています。 去年と今年で6回めになるので、さすがにこの美術館には慣れました。(笑) まず、フロント奥のコイン・ロッカーに荷物を入れて、「ミュージアム・パス」とメモ帳だけ持って、フロントでチケットを受け取ります。チケットを自動改札機に通して、館内に入ります。 早速少し見える庭の一部を見て、立ち止まる人や歓声を上げる人がいますが、私はさすがにパス。。。(^-^;) その先に進むと、通路沿いに工芸品が展示してありますが、これはまったく展示替えがない様子なので、ここもパス。 その先の左手に、別料金の茶室「寿立庵(じゅりゅうあん)」がありますが、ここもパス。(ここの様子については、今年の2月29日の日記を見てください。) 建物が変わって、ロビーから「枯山水庭」が一望できますが、ここも素通り。 ・・・ここまで来るだけで疲れました。。。やはり、寺から急いでバス停まで歩いたためかもしれません。あるいは、寝不足のためかもしれません。 ちょうどその次に喫茶室「翠(みどり)」があります。そこで、前回来たときにもらって使っていなかった「喫茶利用券」でコーヒーを飲むことにしました。ここのコーヒーって、1000円もするんだ。。。(^-^;)自分で金を払っては絶対に飲まないなぁ。。。さすがにいい味がしていました。コーヒーを飲みながら、20分ほど休憩しました。 中庭を過ぎると、池庭が見えますが、“生の額縁”も、“生の衝立”も、“生の掛軸”も、軽く見ただけで通過状態。 そして、いちばん奥の建物に入る前に、いちばん長めのいい庭(「白砂青松庭」)が見えますが、ここも一瞥しただけで、建物の中へ。。。 今までは、これらのどこかに重点を置いて見てきたので、この絵画の展示してある建物に‘到達する’までに1時間~1時間半かかっていましたが、今回は喫茶室でコーヒーを飲んだ時間を含めて30分で到達しました。・・・知らない人が意識して見たら、「この人、ほよどこいういうものに興味がないんだろうなぁ・・・」という感じでしょう。(^-^;) さて、ようやく日本画の展示してある建物に入りました。 1階には作品は1つだけ展示してありますが、気付かないですぐに階段を上ってしまう人が多いようです。橋本雅邦の『衣通姫図(そとおりひめず)』がありました。横山大観らが線描を捨てた中で、しっかりした輪郭線を持って描かれた作品でした。 2階は、まず、「小企画」で「清方・深水・紫明展」でした。上村松園を抜いた美人画家展といったところでしょうか。 伊東深水の『湯気』がありましたが、これは同じ構図のが2作あるんですね。ここのは紙本でした。 ほかに、伊東深水の『夢多き頃』、『ささやき』、『ペルシャ猫』、鏑木清方の『潮干がり』、寺島紫明の『二人の舞妓』などがありましたが、どれも見たことのあるものでした。・・・「足立美術館」通いもそろそろ終わりですね。。。 この奥の部屋がメインの企画展示室で、「もっと楽しもう!日本画の世界」という展示をしています。 土田麦僊の『黄蜀葵(おうしょっき)』は、特徴のある人物画と違って、麦僊らしいところがなく、‘無難’な日本画でした。 入江波光の『鶉(うずら)』は初めて見ました。これまた仏様の絵とはまったく異なった画風で、こおろぎを捕まえた鶉が生き生きと描かれていました。 橋本関雪の『遅日』は、絵絹の裏に金箔を貼る「打ち箔」という技法が用いられていましたが、余白の部分の色を見て、こういうことにも自分で気が付くようになってきました。 川合玉堂の『湖畔の雪』に描かれている家の屋根の雪は、紙の色そのものでした。つまり、雪の部分は何も色を塗っていないのです。今でこそ‘何でもあり’ですが、当時は画期的な方法だったかもしれません。 西山翠嶂の『幽青』は2匹の寝ている子犬の絵でした。手前の茶色の犬はちょっと怖い顔つきで、前脚を投げ出して寝ていて、やんちゃそう。奥の黒い犬は脚をたたんで顔の下に入れておとなしそうです。対照的な性格をうまく描き分けていました。・・・2匹が起きて、じゃれあうところが見てみたいなぁ。。。 奥田元宋の『日照雨(そぼえ)』はタイトルを見ても意味がわかりません。英語を見ると、“Autumn Landscape”。元宋らしい赤が見られない作品でした。日本画版「印象派」のような感じのタッチでした。 この部屋には40分いました。少し感心したのは、わざわざ今回の展示のための解説パネルが用意してあったことです。今回の展示が終われば、もう使えないような書きかたのパネルで、おかげで絵は知っていても新しい見かたができたものもありました。 続いて、「大観室」です。 『海暾(かいとん)』という作品がありましたが、同名の作品を3日前に「名都美術館」で見たばかりです。でも、絵はまったく異なっていました。また、タイトルの英語訳も違っていて、「名都美術館」では“Sun Rising above the Ocean”になっていましたが、ここでは“Ocean Sunrise”となっていました。こちらの絵は、「名都美術館」のと違って、太陽が海の上に昇ったあとでした。 大観の絵は戦意高揚のために描かれたものが結構あると思いますが、『雪意』はただの春の兆しが感じられる雪山の絵のようですが、「戦争が終わり、平和の訪れを一層感じさせる」ように受け取らなければいけないようです。・・・やはり、一般的には「冬」はいちばん厳しい季節で、「春」はみんなが待ちわびる季節なんですね。。。 「大観室」には30分ほどいて、閉館まで30分を切っていたので、陶芸館には行かずに、ミュージアム・ショップを念のため覗いてみました。ほしいものはすっかり買ってしまったので、もう何も買うものはありませんでした。 ところで、何回来て撮影してもうまく撮れない“生の衝立”と“生の掛軸”の写真ですが、これは薄暗い部屋の奥の明るい庭を衝立や掛軸の絵としているためで、夕暮れのときならうまく撮れるのではないかと思って、奥に戻ってみました。そして、撮影してみました。 “生の衝立”です。残念ながら、何度か写してみたのですが、明暗のコントラストがうまく行かず、フラッシュを使用すると、その光が写り込んでしまいました。。。 “生の掛軸”のほうはうまく撮れたと思います。こんな写真を持っている人は少ないと思いたい。。。(^-^;) 今回は美術館の中には2時間ちょっといたことになります。さすがに目新しく感じるものはなくなってしまいました。 美術館を出て、今回は今までの旅館とは別のところに泊まることにしてあったので、そちらへ行きました。今までに泊まったところも、今回泊まるところも、どちらも美術館からは歩いて1分かかりません。 チェック・インして、出された食事も我ながら見事と思うぐらい全部平らげて(^-^;)、そのあと、温泉で1時間ほど過ごして、寝ました。 明日はまた午前中は「足立美術館」に行って、きょうとは別の展覧会を見ます。
2008年08月30日
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きょうと明日は、‘きれいに半年ごと’に行っている「足立美術館」訪問を中心とする島根県東部の1泊旅行です。 行きの経路はいつも同じで、特急「スーパーはくと」で「鳥取」まで行きます。「スーパーはくと」を初めて写真に撮りました。(^-^;) 「鳥取」で快速「鳥取ライナー」に乗り換えて、終点の「米子」まで行きます。ただ、この春からダイヤが変わって、この接続時間が短くなっていて、乗り換えたときにはすでに座席はほぼいっぱいでした。以前は接続時間が20分以上あり、「時間の無駄だな・・・」と思っていたのですが、早めに乗れて好きな席に座って待っているのと、飛び乗って4人掛けの通路側の席に座るのと、どっちもどっちですね。。。 そして、今までは「米子」からさらに普通に乗り換えて、1つ先の「安来」へ行って、そこから無料の「足立美術館」行きのバスに乗っていたのですが、このバスもこの春にダイヤ変更されて、接続がまったく悪くなっていました。それで、いろいろ調べて、少し‘無理’をすることにしました。 前回、「足立美術館」を訪れた際、安来市内の「清水寺」に行きました。その敷地内(?)に、「蓮乗院」という茶室(?)があるのですが、ここが臨時に休館していて、見学できませんでした。それで、そのときは、寺の裏山の‘ハイキング’をしたのですが、少し心残りでした。 調べると、「清水寺」を経由する地域コミュニティー・バスの「イエローバス」が、「米子」駅前から出ています。「足立美術館」に行くときは、いつも昼ごはんに困るので、ちょうどこのバスを待つ間に、駅の中のレストランで食事をすることにしました。そして、このバスで「清水(寺前)」まで行って、「清水寺」と「蓮乗院」を見学します。ここまではいいのですが、このあとが少し問題でした。もう、米子駅に戻るバスも、行き先の途中に「足立美術館前」を通るバスもないのです。。。しかたなく、寺から国道沿いの「清水入口」まで歩くことにしました。‘入口’と言っても、寺の山門から国道のバス停まで2kmちょっとあります。以前ならやめたかもしれませんが、最近、歩くことに慣れてしまったので、‘決行’することにしました。このバスなら、「足立美術館前(鷺の湯温泉)」を通るのです。 「米子」駅で初めて降りて、まず、バス停の場所を確認しておきました。「ローカルなところだから、バス・ターミナルも小さいだろう」と思っていたら、ある意味、逆ですね。電車がほとんどないので、バスが重要な‘脚’となっているためか、結構大きなターミナルでした。乗り場が「7番」だということを確認して、駅ビルの中に入って、適当なレストランで食事をしました。そして、バス停に戻って、予定どおりに来たバスに乗って、「清水」まで行きました。(200円) 半年ぶりの「清水寺」です。前に来たときは寺のお参りのしかたがわかっていませんでしたが、今は少しわかっているので、山門(大門)まで来て、一礼しました。 石段をしばらく登って、「本堂(根本堂)」への最後の石段の前に、手水舎があり、そこで手を軽く洗いました。そこから、半年前に来たときに登った「三重塔」が見えました。 最後の石段を上って、「本堂(根本堂)」へ行きました。 「本堂」の中に「納経札入れ」がありましたが、私は「納経札」をここのためには用意して来なかったので、ろうそくを買って火を灯し、賽銭を入れて、手を合わせました。そして、奥の‘見覚えのある’男の人(・・・3月に来たときに、「三重塔」に登らせてください、と頼んだ人)に、「朱印帖」を差し出しました。 この「朱印帖」は、「西国三十三所参り」で使っているのとは別に用意した無地のものです。(^-^;)これから寺に行くときは、朱印を書いてもらおうと思って、購入しました。 寺の人は真新しい朱印帖を見て、「いちばんはじめに書きますか?」と聞きました。「どこからがいいのかわからないので、お任せします」と言うと、「じゃあ、多くの方がされるように、最初のページは飛ばして、次のところに書きますね」と言いました。理由は、いちばんはじめのページは‘書きにくい’ということのようです。 「西国三十三所」の寺と同様、300円でした。ちなみに、この寺は、「中国観音霊場第二十八番札所」であり、「出雲観音霊場第二十七番札所」であり、「出雲国神仏霊場第十一番札所」でもあるそうです。‘お任せ’で書いてもらった朱印には、「中国二十八番」書いてあるので、「中国観音霊場」のバージョンのようです。 「三重塔」が先に見えていました。手前の建物は「毘沙門堂」です。 「あの先には、石仏を見ながら登れる‘ハイキング・コース’(^-^;)があるんだよなぁ。時間があったら、こんなところ(=境内の敷地内)で1日過ごすのも悪くないなぁ・・・」とも思いましたが、今回も時間に追われたスケジュールなので、ここで引き返して、本堂の下にある通路を通って、「蓮乗院」に行きました。 「蓮乗院」への通路です。奥に入口が見えます。 ここの入館料は少し高いんです。700円します。そして、本来が茶室であるので、抹茶とセットで1000円で見学すべきだと思うのですが、バスの時間まで逆算して考えると、‘危ない’と思ったので、見学だけにすることにしました。 入口には人の姿が見えなかったので、「すみませ~ん!」と言うと、奥から男の人が出てきました。そして、パンフレットをくれて、部屋に上がって、‘いっしょに説明を聞いて歩く’というパターンでした。・・・道理で高いはずだ。。。 まず、茶室から見える池庭の説明を聞きました。 蓮が生い茂っていて、池の水面が見えないのですが、中央の右下に見える岩が亀の頭になっていて、その後ろが亀の甲羅だそうです。左側には小ぶりの松があって、鶴に見立てるのだそうです。亀は「陰」で、鶴は「陽」、さらに、「陰」は「女」で、「陽」は「男」を意味するので、ペアーになっていて、お互いに引き合う関係になっているとのことでした。 左の上のほうを見ると、「三重塔」のいちばん上の層が見えました。 茶室自体は書院造で、左側のふすまの絵は谷文晁が描いたものだそうです。(・・・‘半信半疑’で聞いていました。(^-^;)) もう1つ、裏手に「古門堂」という茶室があって、向かって右側が3畳の茶室で、左側が台所になっているのですが、照明はその間にある太い1本の柱を繰くり抜いて行灯式にしてあるのが特徴だと言っていました。 茶室側です。中央奥に柱が見えます。 台所です。右奥に柱が見えます。照明の部分がわかるでしょうか。 「古門堂」の裏庭は、巨大な岩を削って造られたものらしく、上に登ると、2畳ほどのスペースがあって、そこで月を見ながらお茶を飲むこともできるそうです。 そこからさっきの池の向こう側に平たい石が並べてあって、1周して、戻って来られるようになっていました。池の奥から最初の茶室のほうを見たところです。 茶室のほうに戻って来ると、「お茶は召し上がりませんか?」と言われたので、「本当はいただきたいんですが、時間がないので・・・」と答えました。「また機会があれば、ぜひお茶も召し上がってください」と言われたので、「茶道はまったく知らないんですが、実は香道を習い始めて、聞香のときは茶室でするので、茶室はときどき地元で経験しているんです」と答えておきました。(^-^;) そして、予定の時刻を5分ちょっと過ぎて、建物から出ました。靴を履いていると、奥から「今の人、香道を習っているんだって」という声が聞こえました。(^-^;)相手は奥さんのようでした。 バス停まで30分ほしかったのですが、25分しかなくなってしまいました。迷わず歩いて(^-^;)、ぎりぎりです。 幸い、迷うような複雑な道ではなかったので、誰1人歩いている人のいない道路を、汗をかきながら速足で歩いて、国道のバス停に22分でたどり着きました。バスは5分遅れてやって来て(^-^;)、きょうのもう1つの予定の「足立美術館」に行きました。
2008年08月30日
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おととしあたりが気分的な‘底’で泳ぐ気が失せていたのですが、去年の夏あたりから持ち直し、9月のはじめに知った「OWS」にそのあと参加してみて、それ以降、ずっと途切れずに水泳の練習はそれなりに続いています。今年は、8月3日に「野尻湖1周遠泳大会」で平泳ぎで10kmを何とか泳ぎ切り、24日に「姫路・家島OWS」で3.2kmのレースをまずまずのタイムと順位で泳ぐことができて、モチベーションが保てました。数年間行っていなかった屋外の長水路プールに去年から再び行くようになって、青空のもとで‘大汗’を掻きながら泳ぐのも快感になりました。 この8月も下旬に2回ぐらい行きたいと思っていたのですが、晴れる日がありません。先週の木曜日(21日)に行ったときは、天気がいまいちで寒いぐらいに涼しくて、屋外プールの楽しみがありませんでした。その後も、まったく晴れず、このままでは「あれが屋外プールの泳ぎ納めになるかも・・・」と思っていました。 今朝起きて、うっすら晴れていて、天気予報では「1日曇り」ということだったので、「この前以上に涼しいかも・・・」と思いつつ、結局、屋外プールに行きました。 プールはさすがによくすいていて、涼しすぎてプールサイドに寝転がる気にはなれなかったので、とにかくきょうは泳ぐことにしました。・・・泳いでいる間に、垂れ込めた重そうな雲の間から、陽が射すことを期待して。。。 水は前回以上に冷たく感じられましたが、一度水につかると、水の中から出られないほどの涼しさでした。 「家島OWS」であまりにもあっけなく3.2kmが泳ぎ終わってしまったので、きょうも「3000M」を泳いで、調子を見てみることにしました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):600M」「クロール・コンビ:3000M」「イージー:50M×6」「平泳ぎ・コンビ:50M×4」「イージー:50M×4」「ダウン:700M」 ・・・トータル:5000M ペースは変わりませんでしたが、泳いでいるときの‘楽さ’が今までと違いました。・・・体が軽くなってる。。。(^-^;) 春以降、泳ぎの調子はいまいちでしたが、ここに来て、ずいぶん体がよく動くようになりました。この調子がもう少し早く感じられていたら、OWSもさらにもう少し速く泳げたかもしれないなぁ。。。 きょうは、泳いでいる間に、晴れてくるどころか、雨が降ってきました。。。顔を少し上げ気味に泳ぐと、人気(ひとけ)のないプールの水面一帯に、雨のしずくが滴ってできた‘輪’が次々に広がっていくのが見えて、薄い青い模様の巨大な万華鏡を覗いているようでした。ターン直後は反対側のサイドまで‘すとーん’と見通せるのが心地よく、寒いながらも、人のいない‘贅沢’なプールで小1時間泳ぎ続けました。 この夏の屋外プールでの「3000M」としては最もスムーズに泳げましたが、後半は指の先の感覚が麻痺してきていました。野尻湖で泳いだときと同じ感覚でした。体を絶えず動かしていても冷えるなんて、この夏まで経験したことがありませんでした。きょうのプールの水はそれだけ冷たかったということだと思います。・・・24℃ぐらいだったのかな。。。 それにしても、9コースに4人という、あり得ないほどの‘環境’で泳ぐことができました。 あとは適当に泳いで、トータル5000Mになったので、プールから上がって、‘いつも’のようにパンとドリンクを取りましたが、喉がほとんど乾いていなかったのがそれほど汗を掻いていないという証拠だったと思います。 最後のほうは雨がやみましたが、プールサイドが濡れていたので、タオルを広げて寝転ぶこともできず、しばらくしゃがんで空を恨めしげに見上げていました。 「厚い雲でもいいから、見上げよう・・・」(^-^;)と思って、少し乾いてきたプールサイドにタオルを広げて、寝転びました。 「これで夏も終わりだなぁ・・・」と、とても悲しい気持ちで雲を見ていました。 残念ながら青空を見ることはできませんでしたが、何とか屋外プールでの泳ぎ納めができたので、ほどなく切り上げて帰って来ました。 今月はこれで合計「53.6km」泳いだことになります。たぶん1か月の間にこれほど泳いだことは今までにないと思います。今年の今までの合計も「289.6km」になって、去年1年間の距離を上回りました。 そろそろ気分の‘ピーク’が訪れて、再び下降していくのかもしれません。。。ともあれ、趣味の1つ、水泳に関しては、この夏は充実していたと思います。
2008年08月29日
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きょうは大阪府南部にある、「西国三十三所・第四番札所」の「施福寺(せふくじ)」を参拝して来ました。 この寺は、公共交通機関だけで行こうとすると少し大変です。また、車を使っても、駐車場から寺までは、山道を30分ほど登らなければなりません。 バスは、南海電鉄の「泉大津」駅からか、泉北高速鉄道の「和泉中央」駅から乗ります。南海バスの「31系統・槙尾山口行き」か「33系統・父鬼行き」に乗って、「槙尾中学前」でバスを降ります。(「泉大津」→「槙尾中学前」;47分、570円)私は「泉大津」駅前から乗りました。このバスは「和泉中央」駅前を経由します。ちなみに、寺の‘頭’に付ける「槇尾山(まきのおさん)」の‘槇’の字と、バス停の「槙尾中学前(まきおちゅうがくまえ)」の‘槙’の字は、字体が違います。 「槙尾中学前」で降りて、進行方向から見て右手にあるバス停で、「オレンジバス」という小型のバスに乗り換えます。これに乗って、終点の「槙尾山」まで行きます。(12分、300円)私が乗ったときは、ほかに客は2人だけでした。 バスが終点に着きました。 乗って来たバスです。 その横に土産物屋を兼ねたうどん屋があったので、入って昼ごはんを食べました。ちなみに、これ以降は一切の店も自動販売機もありません。 バスを降りた先はこんな感じで、まずは舗装された上り坂を歩いて行きます。 5分ほど歩くと、「山門(仁王門)」に着きます。仁王の顔を確認すると、ちゃんと向かって左側は「阿(あ)」、右側は「吽(うん)」の形相でした。 山門を過ぎると、少しずつ坂が急になり、道が階段になります。 途中に廃墟同然の建物がいくつかありました。 途中にわずかに開けたところがあり、そこに「大日堂」がありました。手前にロープが張ってあって、立入り禁止のようでした。 さらに坂道と石段を上っていきます。 本堂までの最後の石段の前に、「弘法大師剃髪所」があったらしく、石碑が立っていました。その奥に「愛染堂」があります。 「愛染堂」の横から見た最後の石段です。 山門から25分で「本堂」に着きました。バス停からちょうど30分かかりました。本当に山の上にある寺だという感じがします。 「本堂」です。 ここは靴を脱がずに上がります。 ■第四番札所 槇尾山「施福寺」 本尊:十一面千手千眼観音菩薩 宗派:天台宗 開祖:行満上人(ぎょうまんしょうにん) 創建:欽明天皇時代(539~571年) 御詠歌:深山路(みやまじ)は ひばら松原 わけ行(ゆ)けば 巻の尾寺に 駒ぞいさめる 「納札」を入れて、お参りします。 「納経帖」を横手の「納経所」に出して、朱印をいただきました。 境内は広くなく、主なものは「本堂」の前からすべて見えます。 「本堂」から、上ってきた石段を挟んで向こう側に、青銅製と思われる馬の像がありました。 その先には「西国三十三所観音堂」という小さな建物があり、中に小ぶりの仏像が並んでいました。「西国三十三所」のそれぞれの本尊像が収めてあるんですね。 その先は展望台のようになっていて、眼下が見下ろせるんですが、町は見えなくて、ただ山の下のほうが見えるだけでした。 そこから左手に道があって、なだらかに下っているのが見えます。標識が立っていて、「西国古道5番葛井寺約28km」と書いてありました。「ここから次の札所まで歩いて行く人がいるのだろうか・・・」と思いながら、少しだけ先へ行ってみました。ほどなく、「この先、進入禁止」と書いてあって、ロープが張られていました。 「本堂」まで戻って、馬の像の裏側の石段を上ってみました。非常に小さい神社様式の建物(?)があって、「槇尾明神」と書かれていました。 今度は裏手に行きました。 一層、廃墟に近い感じの建物がありました。 「鐘楼」かと思うのですが、よくわからない建物がありました。鬱蒼としていて、近づけませんでした。 ほかにも、「大師堂」と書かれた建物と「不動明王護摩堂」と書かれた建物が並んで建っていました。これがどうやっても写真に収められないところにありました。(というか、足場が悪い。。。) のんびりと境内を歩きまわっても、50分ですることがなくなってしまいました。 バスの時間にはまだ早いと思いましたが、のんびりと下りて行くことにしました。 上るのに比べると、もちろん下りるほうが楽なのですが、上のほうの石段は奥行きが靴のサイズもなく、非常に下りにくい石段でした。雨上がりだったので、滑りそうで、とってもスリリング。。。 山門をくぐって少し行くと、川に下りる道がありました。看板が立っていて、「満願滝弁財天境内案内図」が書いてありました。 そのすぐ先のところに「弁財天本堂」があり、先には複雑に入り組んだように曲がった道や石段があります。「子安観世音菩薩」やら「白龍大神」があって、橋の下から見上げるような滝があり、「満願滝」と書いてありました。 ひととおり回って、元来た道に戻りました。そして、バス停でバスを待ちました。 私のほかの客は、来たときとは違う2人だけでした。 イエローバスで「槙尾中学前」まで行って、南海バスに乗り換えるのですが、もう「泉大津」まで行くバスは終わっています。「和泉中央」行きのバスで終点まで行き、泉北高速鉄道に乗って帰途に着きました。 【参考】(2008年8月28日現在)「泉大津」11:40→(南海バス・31系統)→「槙尾中学前」12:27「槙尾中学前」→(オレンジバス)→「槙尾山」12:52バスを降りてから山門まで徒歩5分。その後、寺まで徒歩25分程度。「槙尾山」15:28→(オレンジバス)→「槙尾中学校前」15:40「槙尾中学校前」15:43→(南海バス)→「和泉中央駅」16:07
2008年08月28日
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「名都美術館」に続いて、「愛知県美術館」に行きました。地下鉄の「栄」駅で降りると、すぐに巨大なビル「愛知芸術文化センター」が見えました。 美術館はこのビルの中の10階があてがわれています。1つ上の階が「空中回廊」になっていて、外が見えます。その回廊から美術館のエントランスを撮りました。 ビルの中の1フロアーが美術館になっていると知って、「広くないんだろうな」と思っていました。でも、エントランスの規模から考えると、そうではないという気がしてきます。 今は、特集展示として「タイムスケープ-もうひとつの時間-」と、コレクションのうちから日本画の名品の展示をしています。チケットは別だと思っていたら、共通でした! コイン・ロッカーは受付に申し出て、専用のコインを受け取って、それを使用するというものでした。美術館では初めて見かける方式でした。 まず、「タイムスケープ」の展示から見ました。最初は、「1.古代憧憬から廃墟へ」。「芸術作品を含めたあらゆる人工物は、時が経てばいずれは朽ち果てる運命にある」。確かにそのとおりです。美術作品に限らず、私は何かを意識して見るとき、「形あるものは永遠ではない」ということを常に頭に置いて見ています。そして、1度失われたものは、二度と100%同じ形で再現されることはありません。 こう考えると、当然あるのが、荒木高子の『砂の聖書』です。“砂上の楼閣”ということばがありますが、‘砂’というものはどうしてこんなにはかなさを感じさせるのでしょうか。 ポール・デルヴォ-の『こだま』もありました。私の大好きな作品のうちの1つで、去年の9月に「姫路市立美術館」の「シュルレアリスム展-謎をめぐる不思議な旅-」という展覧会で見ました。 次は、「2.動き出す時」。絵画や彫刻は動かないものだという‘概念’や‘先入観’を破る作品が展示してありました。作品自体が動くものと、作品は動かず、見ているものが位置を変えることによって作品が動いて見えるものがありました。 山口勝弘の『ヴィトリーヌ』は、絵の前にモールガラスがはめてあるので、右から左でゆっくり動いて行くと、絵も波打ちます。 ジョルジュ・ブラックの作品は動くわけではありませんが、キュビズムというのは複数の時間が1つの画面に描いてあるということを考えながら見ると、時間の動きが感じられます。 イヴ・クラインの『アルマン』。見様によっては少しグロテスクな作品です。友人の体をそのまま型取りしたものに、‘例’の青1色で色が付けてあります。「青は、キリスト文化の中で精神性や道徳を象徴し、天上世界を意味する金色を超越する色として機能している」とのことで、青い人物のオブジェの後ろには、金色の板がまるで光背のように輝いていました。 続いて、「3.つかの間、一瞬」。「美術作品に刻印された時間は、つかの間や、ほんの一瞬である。」まあ、写真とある意味、同じですよね。さらに、「なぜその一瞬を描こうとするのか」ということを考えてみると、「残す必要性が感じられたから」ということになると思います。それを、逆手に取ったような作品がありました。 シュヴィッタースのコラージュ作品では、たばこの包装紙が使われています。解説に書かれていたように、普通は誰も気に留めないで、‘一瞬’で捨てられてしまうものを美術作品の中で使用することによって、‘永遠’に保とうとしたのかもしれません。 少しずつ難しくなってきました。「4.記憶との対話」。「絵画の起源は、『愛する者の記憶が薄れてしまわぬよう、ロウソクの炎に照らし出された恋人の影を壁に描き留める』こと」だったそうですが、知りませんでした。上の「3.」とも共通すると思いますが、とにかく「何かを残すため」に絵画・芸術は起きたんですね。 さらに、「5.時を操作する」。「『写真=確かな真実』という思い込みを逆手に取る」。 こう書かれると、なやぎみわのエレベーター・ガールの作品があるのかと思いましたが、ありませんでした。あったのは、5月に「国立国際美術館」の「液晶絵画展」で見た、森村泰昌のフェルメールの作品をもとにしたパロディーとも取れる作品でした。 続いて、「6.プロセスと痕跡」。「美術作品は通常、完成された状態で鑑賞される。けれども、作品によっては、その制作プロセスを強く意識させるものもある」。・・・これも、言われてみると、確かにそのとおりです。 サム・フランシスやフォートリエの作品のほか、やはりありました、白髪一雄!白髪一雄の作品はそれだけを見ても、何も伝わらないように思います。作品としての絵が、キャンバスに絵の具をぶちまけ、その上にぶら下がって、足で描いたということを知って見て初めて力強さや即興の楽しさが伝わるような気がします。 最後は、「7.響きあう時間」。「美や芸術は、離れた時代のものを並べてみても共通性はない。すべてを(時系列に)並べてみると、流れがある」。・・・これも、言われてみて、「なるほど・・・」と思いました。 この部屋の展示は‘めちゃくちゃ’でした。(笑)室町時代の木造の獅子像、現代アートのオブジェ、平安時代の不動明王像、現代作家の志野焼の茶碗、タピエスの絵画、桃山時代の織部の茶碗、江戸時代の棗、フォンタナの絵画・・・。 ここまで順番・ジャンル不同に並べられると、逆に小気味いいです。(笑)どれとどれを取っても、隣に展示してあるものとはおそらく共通性はないように並べてあったのではないでしょうか。「美術史の試験」のような感じでした。・・・「作品を年代順(古い順)に並べなさい。そして、前後のものの共通点を言いなさい」。 最後には、メナード美術館所蔵の作品から、シャガール『すみれ色の花』、デュフィ『シシリー風景』、ミロ『絵画』がありました。「メナード美術館」は今年の2月に「日本画(の名品)」展を見に行きました。その後、現在は改修のため、約1年にわたって休館しているため、作品をいくつか貸し出しています。実は、私はこれを狙って来たというのもあるのです。 別料金だと思って来て、予定にない展覧会を見て、ここまでで1時間ちょっとかかりました。「名都美術館」が予定外に早く見終わってしまった分を十分に取り戻して(?)くれました。しかも、とても楽しめました。と同時に、「この美術館、どれだけ部屋があるのだろう・・・」と思いました。これだけ見て、私が目当てで来たコーナーがまだ見当たりません。。。(^-^;) 「次かな?」と思って、次のゾーンに進むと、「特集展示:片岡球子展」でした。文化勲章も取り、今年103歳で‘大往生’した女流画家の作品の展示でした。私は片岡球子の作品は、日本画にしてはタッチが荒く、大胆すぎて、好きではありません。確かに、構図は日本画的で、マチエールも岩絵の具です。ただ、色が原色に近いような‘どぎつさ’で、作品全体が落ち着かないのです。さらに、そこに金色があるため、ゴーギャンの絵にクリムトを加えたような感じがしてしまって、ゴーギャンもクリムトも苦手な私には‘辛い’画家です。 まあ、さらっと全部を見ましたが、これだけで小さい美術館なら「片岡球子展」ができそうなぐらいでした。 そして、ようやく目当ての展示が見えてきました。「日本美術院の画家たち」。 横山大観、菱田春草、前田青邨、速水御舟、小林古径。。。ただ、2月に「メナード美術館」で見たものがほとんどで、しかも、非常に丁寧に見たので、どれも記憶にしっかり残っています。その意味では新鮮味がありませんでした。 でも、私が最も好きな画家の1人、安田靫彦の作品も3点展示してあり、特にお気に入りの『王昭君』は5分ぐらい見つめました。そして、この恐ろしく精緻な寸分の狂いも感じられない筆遣いの絵が、73歳のときの作品だと気が付いて、身震いしました。 すっかり‘満腹’になりましたが(笑)、展示室はまだありました。 「特集『宇宙へ』」。バッラやアルプの作品がありました。 次の部屋は彫刻で、ロダンとブールデルの作品が並んでいました。 最後は、熊谷守一の作品の部屋でした。 後半もちょうど1時間で、全部で2時間ちょっとかかりました。コレクション展示だけでこれだけ楽しめる美術館はそうないと思います。また、大変見やすくてよかったと思います。 会場を出て、ミュージアム・ショップに行きました。 過去の特別展の図録の売れ残りが大半で(笑)、たいしたものはありませんでした。「所蔵名品選」の類が3種類ありましたが、もう金もないし、うちに置くスペースもないので、我慢しました。(^-^;) でも、どうしてもほしいものがありました。10年以上前に行われた「安田靫彦展」の図録です。持っている画集より収録作品の数が多いような気がして、また、解説が非常に充実していたので、これは買いました。 ロッカーからかばんを出して、「名都美術館」で買った図録やグッズ、ここで買った図録とで、かばんはいっぱいになり、重さも相当なものになりました。 かばんから漏れる「香」のにおいを漂わせながら(笑)、地下鉄からJRに乗り換えて、帰って来ました。・・・また、置く所のない本が増えてしまった。。。(^-^;)
2008年08月27日
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きょうは4月に続いて、日帰りで名古屋に行って、美術展を2つ‘はしご’して来ました。 はじめは、正確に言うと名古屋市内ではなく、愛知郡長久手町にある「名都美術館」に行きました。私の中で、島根県安来市の「足立美術館」、東京の「山種美術館」と並ぶ、近代日本画の優れたコレクションを所蔵している美術館という位置付けがありました。 「足立美術館」は、去年と今年で既に5回訪れていて、また、今週末に行く予定にしています。「山種美術館」は、去年の8月に行って、オフィスビルの1画に入っているだけの規模の小ささにがっかりしました。 今回の「名都美術館」は、公共交通機関の駅からの近さでは文句ありませんが、地下鉄と別料金の「リニモ」に乗らなければならないので、交通費が高くつきます。「リニモ」の「杁ケ池(いりがいけ)公園」駅で降りてすぐのはずなのですが、降りた駅のホームから‘それらしき’建物が見えて、嫌な予感がしました。。。・・・「小さい」。。。 ちょうど昼に着いたので、駅から直結しているショッピング・ビルに入って、「味噌カツ」を食べました。・・・「おいしいなあ、味噌カツは!」(笑) そこから歩いてほどなく「名都美術館」に着きました。案の定、独立してはいるものの、小ぢんまりした建物で、おまけに(?)どこから見ても建物の全景が写真に撮れません。これはエントランスです。 今月2日に訪れた長野の「水野美術館」のほうがよほど立派です。入ってからわかるのですが、庭もわずかで、しかも、そのわずかの庭が見渡せる場所がありません。(・・・従って、庭の写真はありません。) 今は、所蔵作品の中から、上村松園、伊東深水、鏑木清方の3人を除いた画家の名作展『所蔵秀品展』をやっています。この3人の作品がないのは、次回の特別展が『上村松園・鏑木清方・伊東深水展』だからです。本当はこの展覧会のほうが見たいのですが、時期が悪くて、あきらめました。。。 中に入ると、「水野美術館」と同様で、発券、チケットもぎり、グッズ勘定(レジ)を1人でやっていました。(・・・「足立美術館」が例外で、これらの場所がそれぞれ独立していて、担当が2人ずついるというほうがすごいのかも。。。) しかも、さらにがっかりしたのは、コイン・ロッカーがないことです。受付の人に言うと、預かってくれました。この点は、4月に訪れた「桑山美術館」と同じです。 展示目録もなく、期待が大きかった分、ちょっとがっかりしながら見始めました。作品には解説も一切ありませんでした。 入ってすぐ、牧進の作品がありました。前にも書きましたが、現在活躍中の画家で最も伝統的な日本画を描く画家として、私は注目しています。 『朝涼』という作品で、青い朝顔が縦長の画面に描いてあるだけの作品で、「すずめの1羽でもどこかにとまっていればもっと好みだったのに・・・」(^-^;)と思いましたが、伝統的な画風の中にどこか現代的な要素が品よく混じっているような感じもしました。うがった見かたをすれば、左右の朝顔が寄り添う男女(雌雄)のようにも感じられて、いきなり‘じーん’ときました。 奥村土牛の『仔犬』。牡丹を描くのとは違った筆致で、まるまると太った子犬が不安げな伏せ目がちのまなざしで少し下を向いているのが、幼い犬の特徴をよく表していると思いました。・・・また、犬を‘よしよし’したくなってしまった。。。(^-^;) 伊藤小坡の美人画が6点ありました。上村松園と鏑木清方を足して2で割ったような画風ですね。(^-^;)描かれている女性の着物の柄や裾模様が、おみなえしであったり、桔梗であったりと、季節を考えた展示になっていました。『虫売(むしうり)』の女性のかすりから透けて見える着物の柄は、上村松園の『待月』と同じように丁寧に描いてありました。 その次は、戦後の画家の作品でした。安田育代の『天与』は、胸をあらわにした女性が赤ちゃんに授乳をしているところの絵で、左右にはたわわに実ったざくろの木が描いてあります。ざくろって、“子孫繁栄”の象徴ですよね。その左右に1人ずつ描かれていた女性も、そのうち子供を授かるのでしょうか。 このあとは、平山郁夫、奥田元宋、橋本明治、横山操らの作品が1~2点ずつありました。 橋本関雪の『玄猿図』は、輪郭線のない描きかたで、毛のふさふさ感がよく出ていました。 2階に上がります。 まず、横山大観が3点ありました。あいかわらずタイトルが難しくてよくわからないのに、解説がないので‘苦しい’です。。。「『海暾(かいとん)』って何だろう・・・」と思って英語(“Sun Rising above the Ocean”)を見て、ようやく納得する始末。。。英語もわからないものがあって、「???」という作品もありました。(^-^;)ちなみに、『海暾』、太陽はどこにも描かれていないんですよ。。。 次の部屋は、堀文子が3点。堀文子の作品は色がどぎついような気がして、好きではありません。 ほかには、高山辰雄、杉山寧、加山又造、奥村土牛が1~2点ずつありました。杉山寧の『葡萄』はおいしそうには思いませんでしたが(^-^;)、『鯉』は少しくねらせた体が生きているかのように描かれていました。時代が違いますが、牧進と‘いい勝負’をしていると思います。大山忠作を加えてもいいかなぁ。。。 次の部屋は、橋本明治の作品が2点ありましたが、この人の人物画はどうも‘違和感’のようなものがあって、見ていて落ち着きません。輪郭線が太すぎるのはアイデンティティーなのかもしれませんが、『爽』に描かれている女性の顔など、まるで能面のように見えてしまいます。 最後の部屋は、小倉遊亀、徳岡神泉、速水御舟、川合玉堂、東山魁夷らでした。速水御舟は作品によっては好きなのですが、水墨画はいまいちです。今回は水墨画の『コモ湖暮色』という作品で、イタリアの風景でした。水墨画でイタリアの湖の湖畔を描いても、しっくり来ない。。。 よかったのは、川合玉堂です。『鵜飼』という作品で、典型的な画風の作品でした。あいかわらず、昭和の初期のノスタルジーを感じました。 最後は、小山硬の『十五夜』でした。満月の中にうさぎそのものが描かれていました。・・・もうすぐ秋ですよねぇ。。。 奥の階段を降りて、1階に戻ります。ホールの壁に山口華楊の『制空』が掛けてありました。空を飛ぶ鷹の雄姿でしょうか。 作品の質は悪くないものの、展示の順番に疑問符が残りました。何より、ゆっくり見ても50分で鑑賞が終わってしまった規模の小ささが残念です。 さて、受付に戻って、少ししかないグッズを見ます。 過去の展覧会の図録で半額になっているものがいくつかあり、そのうち、2つが興味を惹きました。狩野芳崖の『悲母観音』関係の展覧会のです。 せっかくだから、この美術館の「名品選」も買って・・・。 ・・・ん???「香り遊び」?箱の中に、聞香に使うような香木のチップがビニール袋に9種類入っています。ちゃんとした聞香用のは、香グッズの店では恐ろしい値段で買えません。しかも、箱の中の袋のラベルを見ると、色を見ただけでわかってしまうからか、聞香には使わない「龍脳」もあります。さらに、知らない「山奈」や「甘松(かんしょ)」といったものもありました。もちろん、‘定番’の「白檀」もありました。 ・・・‘今の私’にこういうものを見せないでください。。。(^-^;) 値段を見て、「3つぐらい買おうかな・・・」と思って、‘念のため’、袋を1つ持って、「これ、1つの値段ですよね」と聞くと、「いいえ、セットのお値段です」。「・・・桁が1つ違う。。。(^-^;) 値段の付け間違いかも。。。」 「じゃあ、これを‘2セット’と、図録を‘あれ’と‘これ’と、あと、『所蔵名品選』をください」。 ・・・また、‘散財’してしまいました。。。(^-^;) 荷物の嵩も結構なものになりました。 実は、家を出るとき、少し迷ったのですが、先日の「OWS」の帰りとほぼ同じ格好で来ていたのです。つまり、白のメッシュのTシャツに、ハーフジャージ、エナメル・バッグ。(さすがにサンダルではありませんでしたが。)支払いが終わって、それらをかばんに入れると、ほぼいっぱいになり、水泳の試合の帰りのような格好で、かばんからは「香木」のにおいがぷんぷんしていました。(^-^;)地下鉄に乗ってもにおいはず~っと漂っていました。 しかし、愛知県には、小牧市に「メナード美術館」、名古屋市に「桑山美術館」、長久手町に「名都美術館」と、近代日本画の優れたコレクションを所有している美術館が3つもあるのに、どこも建物が小ぶりなのが残念です。・・・この3つをまとめた美術館ができたら、‘無敵’だろうなぁ。。。(←‘夢想’です、聞き流してください。(^-^;)) 続いて、「愛知県美術館」に行きました。
2008年08月27日
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おとといの「家島OWS」で、「ゴールはまだまだだと思って抑え気味に泳いでいたらゴールだった・・・(^-^;)」という‘不完全燃焼’で‘あり余った体力’(笑)を発散して来ようと、きょうはスポーツ・クラブのプールに行って泳いで来ました。 大会前の‘超長距離’の不調がうそのように本番では「3.2km」があっと言う間に終わってしまったし、今月初めの‘平泳ぎの10km泳’も完泳できたし、きょうは「クロールで『3000M』の倍ぐらい泳いでも大丈夫だろう」と、メインを「6000M」1本に決めて行きました。 8月末の平日の正午過ぎ、「きっとがらがらだろう・・・」と思って行ったのですが、期待したほど閑散とはしていませんでしたが(笑)、無事に端のコースを1人で泳ぐことができました。・・・真っ黒に日焼けした体に、前回と同じ赤一色の競泳水着、さらに今回はおとといの大会の腕の番号跡が残っています。遠慮してくれたのかな。。。(^-^;) アップをして、「6000M」を蹴り出しました。「120往復かぁ・・・。数えるのが大変だなぁ・・・」。(笑) 去年、初めて「3000M」を泳いだときも、‘60往復’数えるのが大変だったことを思い出しました。 まずまず順調に泳げて、‘念のため’に「3000M」のラップを見たら、3月の末以来の好タイム!「うまく行けば、‘1時間40分’を切ることができるかもしれないぞ」と思いつつ、61往復めを蹴り出しました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):800M」「クロール・コンビ:6000M」「イージー:50M×6」「ダウン:900M」 ・・・トータル:8000M 4000M(=80往復め)を過ぎたあたりから肩がよく回るようになって(・・・エンジンがかかるのが遅いタイプ(^-^;))、ラップ・タイムも上がっていることを期待していました。ただ、横たわったような姿勢で力いっぱい上半身を動かすので、だんだん腰が痛くなってきて(^-^;)、そのうち、全身の感覚がなくなりかけました。・・・そりゃあ、これだけ続けて全力で泳いだことは、若いときにもなかったもんなぁ。。。 無事に「6000M」を泳ぎ終わって、時計を見て、がっかり。。。(^-^;)前半の「3000M」より後半の「3000M」のほうが時間がかかっていて、「1時間40分」を切るどころのタイムではありませんでした。。。(eq:cd)それでも、それを2で割ったタイムでも、「3000M」のここのところのタイムよりいいタイムでした。 毎年、2月上旬~中旬と8月下旬~9月上旬が‘泳調’はピークになります。今年も同様のようです。 トータル距離も最高を更新しておきたかったので(^-^;)、長めのダウンをして、トータル8000M泳ぎました。大阪市の地下鉄の「梅田~天王寺」より長い距離を泳いだのか。。。歩くのなら絶対に‘不可能’だな。。。(笑) でも、「西国三十三所」の寺の中には、最寄りのバス停から片道1時間以上歩かなければいけないところもいくつかあるので、歩けるようにならないと。。。(^-^;)・・・まあ、先々週の金沢の「兼六園」と「金沢城公園」、先週の姫路の「書写山」と「姫路城公園」では、それぞれ合計で5時間程度‘平気’で歩けたから、大丈夫だとは思うのですが。。。 ・・・これだけ泳いで、少しは体力を発散できたかなぁ。。。
2008年08月26日
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(【1】の続きです。) ゴールしてすぐに、タイムと順位まで書いてある「記録証(完泳証)」が手渡されました。・・・チップって、すごい! とりあえずの目標、「1時間4分を切ること」、「参加者全体の半分までに入ること」の‘両方’が達成できていました!特に、タイムのほうは、プールでの「3000M」の平均的なタイムと同じだったので、‘海’で‘200M長く’てこのタイムということは、相当、潮の流れが後押ししてくれたのだと思います。 でも、性別・年代別の順位に不満を感じてしまいました。(^-^;)「・・・オレと同じ年代の男って、‘意外’に層が厚いんだなぁ。。。」 去年と違って、ゴールしたあとはまったく喉が渇いていなかったし、何より、あとからあとからゴールしてくる人が続いているのがうれしかったです。去年は、ゴールしたあと、「えっ? 人、いないの??」みたいな感じだったので。(^-^;) 知り合い(?)を見つけてはしゃべったり、写真を撮りあったりして、最後の人がゴールするのを待ちました。 そして、支給された弁当とお茶を受け取って、食べました。・・・「穴子弁当」。。。穴子、苦手・・・。(^-^;) 食べている間に、顔面蒼白で意識のなさそうな若い男の人が担架で運ばれて行きました。それを見て、少し‘ビビッ’たり。。。 人数の多い大会の割にわきあいあいとした感じも漂い、自分自身まずまずの結果だったので、非常に楽しく参加することができました。 ・・・でも、‘余力’、残りすぎ。。。_| ̄|○方向感覚に自信があれば、もう少し飛ばせるんだけど、‘誰かのそばにいない’と泳げないのがなぁ・・・。(^-^;) 閉会式では、距離別、男女別、年代別などの成績優秀者が表彰されて、解散となりました。 ほとんどの人は臨時に用意された船に乗って、‘本土’に帰って行きました。 私は1台あとの定期便で帰ることにして、島の岬に見える神社まで歩いて行ってみました。鳥居をくぐって、200段ぐらいある石段を上って、本殿に行きました。・・・汗だく。。。(^-^;) その横から、OWSのスタート地点のある島が見え、スタート地点自体も見えたので、ちょっと足場が悪かったのですが、撮影しておきました。・・・「あそこから泳いできたんだぁ」。(画像の右から4分の1あたりの浜です。) ゴール地点の海岸に戻って、今度は海に入りました。 近くの浜にいた人が「腕に番号が書いてありますねぇ。きょう、泳いだんですか?」と声を掛けてきたので、「ええ。遅いですけどね」と言っておきました。・・・「やっぱり腕を見るんだぁ」。(笑) しばらく泳いで、船の時間が近づいてきたので、上がって、道路沿いにあった無料のシャワーを浴びました。水のシャワーだけなので、腕の番号を洗い流すこともできないし、また、更衣室もないので、人があまりいないことをいいことに、路上で一瞬‘フルチン’姿をさらして(^-^;)、着替えました。・・・「こういうとき、男って便利だな」。(笑) 上は薄手のメッシュのTシャツ、下は水泳用のハーフのトレーニング・パンツ、脚はこれまた水泳用のスリッパ(・・・本来、プールサイド用(^-^;))、腕にはマジックで書かれた番号が残ったままという、いかにも「OWS(それでなければ、トライアスロン(^-^;))に参加して来ました!」という格好(・・・上の画像とは別)で船に乗り、港からはバスに、姫路駅からはJRに乗って、とことこと帰って来ました。 ‘あ~~~~、楽しかった!’‘泳ぎ足りないっ!’‘もっと泳ぎたかった!’ ・・・この‘妙’にあり余った体力、どうしたらいいんでしょう。。。(笑)
2008年08月24日
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5時半に起きて外を見ると、うっすらと雲はあるものの、薄日が射していました。そして、泊まった時だけの習慣、“朝風呂”といきたいところですが、大浴場がないので、部屋で“朝シャワー”を浴びました。(・・・やっぱり、大浴場のあるホテルがいいなぁ。。。) 荷物をそそくさと片付けて、朝食の時間が20分しかないので、レストランに急ぎました。あわただしく食事をして、チェックアウトをして、用意されていたタクシーに乗って、姫路港へ。港に着くと、チケット売り場は長蛇の列。。。「間に合うのかな・・・」と思いつつ、しかたなく並んで、何とか予定の船に間に合いました。 満員の船は問題なく家島に近づいて行きましたが、途中から雨がぽつぽつ・・・。(^-^;)「やっぱり天気予報のとおりか・・・」と思ったのですが、家島についてほどなく雨はやみました! エントリーの場所に書類を持って行きます。番号を確認されて、「腕に番号を書きまぁ~す!」と言われて、「は~い!」。(^-^;)・・・私はこのために、OWSに参加しているようなものです。(笑) ただ、番号が2桁でした。。。・・・いいなぁ、3桁の人。。。でも、「111」番の人を見かけて、「あれよりはいいかぁ・・・」と思いました。(笑) 今回のOWSでは、タイムを「チップ」で計測するということで、足首に黒いバンドを巻きました。 3日の「野尻湖1周遠泳大会」で言葉を交わした人を見つけて、挨拶。続けて、「・・・ん?」と思ったのですが、声を掛けてみると、私が昔、スイミング・スクールで水泳を習っていたときの年配の女のコーチでした。その頃は何度もマスターズ大会にみんなで参加していたのですが、私がスクールをやめて、また、マスターズ大会にも出なくなって、何年ぶりかで‘再会’しました。‘募る話’をしていて、いっしょに来ていた人たちとも少し話をしていたら、そのうちの1人がその(元)コーチに「この人、20歳ぐらい?」と言うのが聞こえました。(!)それに、(元)コーチは気を利かせて、「もうちょっと上」と答えていました。もうしばらくして、今度は直接、「大学生ですか?」と聞かれたので、年を隠さない私(笑)は、正直に年を言いました。・・・あいかわらず、その場が一瞬、‘凍りつき’ました。(笑) 「色白は七難隠す」と言いますが、男の場合は逆じゃないでしょうか。私は夏に日焼けしていると、冬より必ず‘さらに’若く見られます。 さて、そうこうしているうちに、開会式の時間になりました。空はすっかり雲が薄くなって、強い日差しが射していました! この大会では、多くの人がスパッツやハーフ・スパッツの水着を履いていましたが、私は日焼け跡が‘ずれる’のが嫌で(笑)、今回もいわゆるかつての“競泳水着”にしました。でも、野尻湖での遠泳のときとは違って、参加泳者数300人足らずのうち、そんな水着の人は数えるほどしかいませんでした。(^-^;)そして、ほとんどの人がTシャツに短パン、頭には帽子かタオルという格好でしたが、私は‘暑い’ので、水着1枚で、‘お偉さんたち’の挨拶と話を聞いていました。 長~い話が終わって、「3.2km」の参加者は用意された船に乗り込みました。このOWS大会の最大の特徴は、「島から島への1ウェイ」です。‘1ウェイ’はあっても、‘島から島へ’というのはほかにないのではないでしょうか。‘泳いで場所を移動した’という実感が存分に実感できます。 船は数分で出発地点のある「男鹿(たんが)島」に着きました。スタートまで1時間近くあり、その間に準備運動なり、試泳なりを各自でしておくように言われたので、私は念入りにストレッチをしておきました。念入りすぎて(^-^;)、試泳をする時間がまったくなくなってしまいました。。。(汗) 「スタート10分間です!」というコールを聞いて、参加者は続々と所定の場所に集まって来ました。「みんな、泳げそうだなぁ。。。」と少し尻ごみ。。。(^-^;)8月中旬を過ぎて、こんな大会に出る人はみんなよく焼けていて、いかにも泳げそうに見えるんですよね。スタートについては、去年初めてOWSに参加したときには、前のほうから出発して‘失敗’したので、今回はほぼ最後尾から出ることにしました。 スタートの時間が近づくにつれ不安になるのは、「ちゃんとコースのとおりに泳げるだろうか・・・」ということでした。去年も何度もコースアウトしそうになったし、今回はブイの数が少ないので余計に不安になりました。‘地図が読めない’、‘方向感覚がない’ということは、役員の人が口頭で説明するコースなど、まったく理解できません。(^-^;) 「どうせ上位には入れないんだし、去年みたいに誰かにくっついて泳ごう!」と思っていました。 そして、いよいよ出発になりました。 水は、去年の「せとうちOWS」や今年の「野尻湖遠泳」のときよりきれいで、数メートル先まで見えるのが安心できました。さらに、今年は屋外プールで、「ヘッドアップ・クロール」や‘クロールから平泳ぎに瞬間的に変える練習’を何度かしておいたので、ときどき顔を上げて前を見ながら泳げたのも、心強く感じました。 それでも、方向感覚だけはどうしようもないので、常に3~4人のグループのそばを泳ぐようにしました。そして、少し余裕があると思ったら、顔を上げて、1つ前のグループに追い付けるようにスピードを上げました。 平泳ぎの10kmと比べると、明らかにスピードが出ているのがわかって、何とも気持ちいいです。それと、スタート前の十分なストレッチが効いたのか、肩が非常に調子よく回りました。プールや湖と違って浮きやすいし、せっかくの海なので、泳ぎながら口に水を入れて、何度も塩(潮?)の味を確かめました。(笑)また、息継ぎのときにときどき顔を高めに上げて横を見て、島の山を見る余裕もありました。その山がまったく見えなくなったとき、「ああ、沖へ出たんだな」と思いました。 くらげの姿は1度見ただけですが、何度も腕や肩が‘ちくりっ!’としました。(あとで見てみると、赤く小さく腫れていました。) 3~4人のグループの中で数分泳いでは、機を見て1つ前のグループへ・・・という泳ぎをずっと繰り返しました。幸い、コースから大きくそれることもなく、同じような泳ぎを繰り返しているうちに、再び山が見えてきました。「あっ、ゴールのほうの島だ!」 でも、時計を見て、「そんなはずはない・・・」と思いました。去年のOWSや最近のプールでの3000Mのタイムから考えると、まだまだゴールは先のはずです。「ま、何かの間違いだろう」と思いながら、泳ぎ続けました。 「ん? 今、目の前に見えてるの、ゴールの島の岬じゃぁ・・・?」 そう思いつつ泳いでいると、少し先の船に乗っている係の人が「曲がって! 曲がって!」と言うのが聞こえました。つまり、間違いなくゴールの島の岬でした。 「えっ・・・、もうすぐ終わり? まだ泳ぎ始めたばかりのような気分なのに・・・」。 そこでまた数メートル前に4人のグループを見つけたので、追い付きました。そして、しばらくすると、何とゴールが見えていました。 「もう飛ばすしかない!」と思って、キックを強くして、スピードを上げました。 2人だけ抜くことができて、目の前に砂利が見えました。あとは走ってゴールをくぐるだけです。 自ら立ち上がって走っているときに、実況のアナウンサー(?)の声が聞こえました。 「がんばれ、がんばれ! あと少しですよ! ・・・いや、余裕のようですねぇ、笑顔で走ってらっしゃいます」。(^-^;) 口で息をすることもなく、顔をしかめることもなく、「本当にもう終わり・・・?」という感じのゴールでした。 (【2】に続く。)
2008年08月24日
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3日前に姫路に来たときは、「円教寺」のあとで「姫路城」に行きました。その「姫路城」の隣に、「後楽園」や「兼六園」に似せて作ったような日本庭園があると聞いたことがあったので、今回はその「好古園」というところに行くことにしていました。・・・今週は、‘姫路三昧’だ。。。(^-^;) 入り口です。入場料は300円でした。 この庭園はあるところから全景が見渡せる設計にはなっておらず、塀で仕切られたセクションごとにテーマを設けて見せるようになっています。 特に決まった順序はないようで(・・・このほうが私には大変なのですが。。。(^-^;))、まず、まっすぐ歩いて行って、「屋敷門」をくぐってレストラン「活水軒」を素通りし、その奥の「潮音斎」に入りました。言ってしまえば、ただの広い茶室です。「中秋の名月」を見るのに最もいい方向に向けて建ててあるそうです。和室には入ることができません。中はこんな感じで、見るだけです。 その反対側は池庭になっていて、奥には滝がありました。滝の奥の木々の向こう側に、わずかに姫路城の建物の一部(天守閣ではない)が見えていました。 建物を出て、池の横から「潮音斎」を右手に見たところです。池自体の眺めは、ここからのほうがいいように思います。(・・・せっかくの眺めを逆光のため、失敗していますね。。。_| ̄|○) 大きく曲がって、「苗の庭」に進みます。お盆過ぎという時期は本当に花のないときですね。何十種類と植物が植えられていたのに、咲いていたのはオミナエシぐらいで、あとは、サクハナギボウシという濃い紫色の花のギボウシが少しあっ程度です。他に咲いていたのはオレンジ色のユリで、オニユリかなと思いましたが、わかりませんでした。 通路に沿って奥に進みます。左側は「茶の庭」と「双樹庵」、右側は「流れの庭」と「流水亭」があります。 ここのところ、茶室を連続して見ているので、さすがに‘食傷気味’・・・。(^-^;)私が行ったときには営業が終わっていましたが、「双樹庵」では有料で抹茶がいただけます。ただ、そこから見える庭の眺めは大したことがないように思いました。 「流れの庭」には、珍しい流れ方をする小川がありました。 水が元のところに戻って行きそうで、そんなことはないことに気付きます。ふと、『方丈記』のはじめの部分、「川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」という一節を思い出しました。近くでキキョウが数輪涼しげに咲いていました。 ここはそのまま次のゾーンに進めます。 「夏木の庭」と「鷺望亭」を経て、「松の庭」と「長屋門」があります。 「夏木の庭」は落葉樹を集めてあるらしく、秋に訪れると、紅葉が見られると思います。今はひたすら葉が生い茂っているだけで、どの庭もほとんど同じようにしか見えません。。。 その隣は「花の庭」で、中央に「花笠亭」があったのですが、咲いている花は何1つありませんでした。やはり、花を見たくてこういうところを訪れるなら、春か秋しかダメですね。。。 最後のゾーンは、「竹の庭」と「聞竹亭」、「築山池泉の庭」と「臨泉亭」でした。 「竹の庭」はまさに竹ばかりでした。(笑) 以上の散策でちょうど1時間でした。 日本庭園に興味があって、初めて来たら、感激すると思います。「足立美術館」の庭園のように一歩も歩くことができないもどかしさはありません。 昼に訪れた「一乗寺」もそうだったのですが、この「好古園」も、蚊が多く、何度も刺されて、かゆくて神経が集中できませんでした。(・・・別に、神経を集中させる必要があるものはないんですけどね。。。(笑)) 「一乗寺」の境内と、この「好古園」の散策で、相当足が疲れました。 泊まるホテルはここから歩いて30分ほどのところにあるので、‘がんばって’歩きました。チェック・インする前に、食事を済ませておこうと思ったのですが、姫路駅の南って、本当に何もないんですねぇ。。。「もう少し行けば何かあるだろう・・・」と思って歩いているうちに1時間経ってしまいました。ようやく見つけた中華料理店で唐揚げ定食と五目ラーメンをたいらげ、ようやくエネルギーの補給(?)ができました。・・・きょう、こんなに歩いて、明日の遠泳、無事に泳げるのだろうか。。。
2008年08月23日
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明日は、今は姫路市(の一部)となった「家島」で「OWS(≒海での遠泳)大会」があり、それに参加します。うちから姫路は日帰りの距離なのですが、OWSって、どの大会も早朝に召集があって、競技のスタートも午前中です。特に、今回は‘本土’の沖合の島で行われるので、船の時間も考えて調べると、始発の電車に乗っても間に合わないので、しぶしぶ泊まることにしました。しかも、小さい島なので、旅行代理店に問い合わせた段階で、男の相部屋はもうないと言われ、さらにしぶしぶ姫路駅前のビジネスホテルに泊まることになりました。まったく金の無駄だとは思いますが、時間的にどうしようもないし、このホテルなら当日は港までの送迎をしてくれるとのことだったので、決めました。ただ、大浴場がないんですよねぇ・・・。_| ̄|○個室の狭いユニット・バスじゃくつろげないよ~。。。 さて、きょうは夕方に家を出てホテルには泊まるだけということも考えたのですが、もったいないので、まる1日、姫路近郊を観光しようと思いました。・・・3日前に日帰りで観光に来たばかりなんですけどね。。。(^-^;) 姫路駅へ向かう電車はがらがらで、乗っていた車両の客は途中の駅でどんどん降りていき、途中の駅から車内は私1人になりました。姫路駅に着いて降りるときも、隣の車両からは誰も降りて来ませんでした。・・・2両に私1人だったのか。。。 まず、姫路駅前から出ているバスで、隣の加西市に行って、「西国三十三所」の「第二十六番札所」になっている「一乗寺」にお参りしました。ここも、きのう訪れた「南法華寺(壷阪寺) 」と同様に、公共交通機関だけで訪れようとすると、バスの便が少ない(1日4本、平日の終バスは12:40!)ので、気を付けなければいけません。 ■第二十六番札所 法華山 一乗寺 本尊:聖観音菩薩 宗派:天台宗 開祖:法道仙人 創建:白雉元年(650年) 御詠歌:春は花 夏は橘(たちばな) 秋は菊 いつも妙なる 法(のり)の華山(はなやま) ここは入山料(拝観料)が必要です。(300円) それから、この寺は「山門」がありません。 入口で入山料を払おうとしたときに、雨がぽつぽつと降ってきました。。。寺のチラシを渡しながら、受付の女の人が、「若いのに偉いねえ。よかったら、傘を貸してあげるよ」と言いました。(^-^;) 実は、寺の参拝に失礼とは思いながら、今回は明日のOWS関係の荷物もあるし、1泊しなければならないこともあり、できるだけ身軽な格好でと思って、Tシャツにハーフ・ジャージ、さらにかばんは今年の遠泳大会関係の旅行のために‘この歳’になって買った“エナメル・バッグ”(・・・高校生がスポーツの試合のときに肩からたすき掛けにしているかばん)をしょった格好だったので(^-^;)、もしかしたら、大学生あたりが寺参りをしていると思ったのかもしれません。。。 敷地に入ると、いきなりこの石段が迎えてくれます。 1段ずつ飛ばさないように上って行きます。 一段落したところに「常行堂」があり、上がれるようになっていましたが、何も見えませんでした。。。 先ほどと同じような石段が続きます。 左側に「三重塔」(国宝)がそびえ立っています。でも、中に入ることはおろか、建物の近くに行くこともできません。完全な逆光で、見苦しい画像になってしまいました・・・。 そして、もう1度石段を上りつめると、「本堂(大悲閣)」に着きます。この「本堂」、正面からは写真が撮れません。というのは、正面が石段のほうを向いているのです。 正面を撮ろうとしても、石段の下から見上げたこんな写真しか撮れません。 下の画像は、「本堂」を奥のほうから撮ったものです。(正面は、見えている建物の画像の長い‘辺’の反対側になります。)左奥に「手水舎」が見えていますが、石段を上りつめたところはその奥になります。中にはその横から入ります。 書写山の「円教寺」と似たようなお堂で、荘厳な感じです。ただ、円教寺以上に人が少なくひっそりとしていて、寂れた感じもします。 荷物を片隅に置いて、線香を供え(3本20円)、賽銭箱横の「納経札入れ」に「納経札」を入れ、本尊があるはずのほうに向かって手を合わせました。 そして、「朱印帖」を出して、朱印を受けました。 「本殿」にいる間に雨は本降りになり、建物から出るのがためらわれました。 上ってきた石段から見て、「本殿」の右側に「鐘楼」があります。「円教寺」のとそっくりです。 石段が見えるほうに回ると、左手に見てきた「常行堂」と「三重塔」が見降ろせます。 雨が小ぶりになったので、傘をさして、「本堂」の裏に回りました。 真後ろには「護法堂」(重要文化財)があります。 左奥に行くと、突き当たりに「行者堂」と、斜め向かいに「弁天堂」と「妙見堂」(どちらも重要文化財)がありますが、いずれも中は見えませんでした。 「本堂」の裏手には道が続いていて、「奥の院」へ続いています。 数分歩いて行くと、「開山堂」があります。これも中はまったく見えません。 その左手に崖の道があって、そこを上って行くと、「賽の河原」にたどり着きます。見えにくいかもしれませんが、参拝者が積み上げた小石が無数にありました。 さらに奥に続く‘けもの道’のような道があって、「法華山山頂」と書いてあったので登り始めたのですが、幅が40cmぐらいしかなく、雑草が生い茂り、蜘蛛の巣が無数に張っているうえに、雨が降っていてぬかるんでいて、非常に危険な状態だったため、途中まで行って引き返しました。帰ってから地図を見てみると、あと50メートル程で山頂だったようで、とても残念なのですが、草の茂りかたがものすごく、とても歩ける状態ではありませんでした。・・・腕も、脚も、剥き出しの格好だったし。。。(^-^;) 元来た道を途中まで戻って、「本堂」の方とは別の道へ進みます。 途中に「西国三十三所」のすべたの札所の本尊を掘った石仏がありましたが、かなり風化しています。 「放生池」があって、中央に祭壇がありました。 最後に、赤鳥居が並んでいて、奥まで行くと、「見子稲荷」がありました。赤鳥居も相当傷んでいて、根元が腐食して倒れそうなものばかりでした。 ここまでのんびりと歩いて1時間50分でした。「賽の河原」から山頂を目指した時間が約20分だったので、山頂へ行かなければ1時間半あれば十分に見て回れます。山頂を目指すのであれば、むしろ冬から春にかけての時期のほうが登れる可能性があると思います。30分見ておけばいいのではないでしょうか。 昼ごはんを食べていないし、バスの時間までは40分あるし(・・・ちなみに、姫路駅に戻る終バスで「15:12」です)、バス停横の土産物屋でうどんを食べることにしました。 この寺の境内の中も、そして、この土産物屋の中も、バス停の周りも、まったく飲み物の自動販売機がありませんでした。暑い時期に拝観する人は、何か持って行ったほうがいいと思います。 のんびりとうどんを食べて、寺の入り口の近くをうろうろしていると、バスが定刻にやって来ました。 続いて、このバスで姫路駅前まで戻らずに、2つ手前の停留所で降りて、姫路城横の「好古園」に行きます。
2008年08月23日
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きょうは、近鉄(南大阪線・吉野線)に乗って、南法華寺(通称、壷阪寺)を参拝して来ました。 近鉄「壷阪山」駅で降りて、そこからバスで寺のふもとまで行きます。(310円)このバス、ゴールデン期間中は1時間に3本ありますが、3月から11月の間は1時間に1本しかありません。(12月から2月の間は日中はバスはありません。朝夕1本ずつだけになります。) 「南法華寺」は「西国第六番札所」です。 ■第六番札所 壷阪山「南法華寺(壷阪寺)」 本尊:十一面千手千眼観音菩薩 宗派:真言宗 開祖:弁基上人 創建:大宝3年(703年) 御詠歌:岩をたて 水をたたえて 壷阪の 庭の砂(いさご)も 浄土なるらん バスを終点で降りて、案内に従って坂道を数分歩くと、こんなところに出て来ます。右側に見えているのは「大講堂」です。ここはこれより先は「入山料」として600円が必要です。 「大講堂」を過ぎると、石段があり、その上に山門があります。 山門をくぐると、「手水舎」があります。ここで手を清めます。 ここからこの寺は、少し‘怪しく’なります。(笑)由緒ある寺なのは間違いないのですが、1980年代以降に造られた建物や石像が多く、どこか新興宗教の本山のような感じが漂ってきます。 「手水舎」のとなりには真新しい「大釈迦如来石像・壷阪大仏」が鎮座していました。その前には、左側に「普賢菩薩像」、右側に「文殊菩薩像」があり、いずれも石碑に「平成19年11月11日開眼」と書いてありました。 本堂である「礼堂」へ続く石段の左側には、「多宝塔」(画像手前)と「灌頂堂(かんちょうどう)」(画像奥)がありました。 「多宝塔」の中には「不動明王像」がありました。 「多宝塔」の手前の石段を上ると、「三重塔」と「礼堂」があるのですが、その手前によくわからないお堂があって、その中に「誕生釈迦像」がありました。寺でこの像を見たのは初めてです。・・・これのレプリカがほしいのですが、どこにもないんですよねぇ。。。(^-^;) その建物を出ると、右側に「三重塔」(重要文化財)があります。 そして、左側に「礼堂」(重要文化財)があります。この寺の「本殿」はここになります。 向かって右側に「朱印場」があったので、朱印をいただきました。「『輪袈裟』を掛けて、念珠を持って・・・」と思ってかばんの中を見たのですが、念珠を忘れた。。。_| ̄|○ 靴を脱いで、「輪袈裟」は首から垂らしたまま、「礼堂」に入りました。 驚いたことに、ここは本尊を公開しているのです。「礼堂」から続いている「八角円堂」の中央に、本尊の「十一面千手観音像」がありました。 ほかにも「八角円堂」には、不動明王像、薬師如来像、増長天像、多門天像などが並んでおり、大変オープンな寺だという印象を受けました。 この寺は「眼病封じの寺」だそうで、目に関するものが目立ちます。売店でも、どこのドラッグ・ストアーでも売っていそうな目薬が大量に置いてあり、1個1500円で売られていました。 また、「壷阪観音・メグスリの木茶」なるものがあって、味に興味があるので、1袋買いました。(笑)35パック入りで1100円でした。帰ってからすぐに入れて飲んでみたのですが、麦茶と柿の葉茶の中間のような味で、とてもおいしかったです。ちなみに、この寺は「つぼさか施薬院」という通販ショップを「楽天」の中に開いていて、グッズを売っています。(笑) 「めがね供養観音」もありました。(笑) 「礼堂」の前に奥へ進む通路があるのですが、それが「まよけ橋」。札に「写真を取って(ママ)魔を取ろう」と書いてあります。‘怪しげ’な新興宗教と言うより、“ナンチャッテ”宗教のような感じさえ漂ってきました。(笑) 橋の奥に見えている壁は、長大なレリーフになっていて、釈迦の一生が掘ってあります。・・・こんなの、絶対にほかの寺では見られないと思う。。。 そのレリーフを過ぎると、細い階段があって、そこを上ると、「真言の森-四国八十八所-砂踏み道場」になっています。 その手前の‘草ぼうぼう’の通路には、「七福神像」が並んでいました。 ここで、道路をくぐって抜ける通路へ進み、しばらく歩いて行くと、「大釈迦如来石像」が石段の上に見えました。高さが20メートルもあるそうです。しかも(?)、この石像、インドからやって来たそうです。 逆のほうに石段を降りて行くと、今度は「大釈迦涅槃像」がありました。 実は、私は日本各地にある“巨大仏”を見てみたいと思ってはいるのですが、わざわざ時間と金を使って行くほどではないので、未だにどこへも行ったことがありません。先週、金沢に行く際に、途中の「加賀温泉」駅に着く手前で、木々の間から金色の巨大な立像が見えて、「ああ、これが‘噂’の『加賀大観音』かぁ・・・」と、意外に感激しました。(笑)ただ、この「加賀大観音」も、淡路島の「世界平和大観音」も、経営難から既に‘営業終了’してしまったようで、もう中に入れないのか(^-^;)と思うと、少し残念です。 こんな“ナンチャッテ”仏像といっしょにしてはいけませんが、私が今までに見た中ではいちばん大きい仏像になるので、賽銭を入れて、周りを1周したり、近づいたり遠ざかったりして、しばらく感激に浸りました。。。 帰りの通路から、寺のほぼ全体が見えるところがありました。 程よい広さで、どこか少し騙されたような気もしないではない寺でしたが、新旧、大小のいろいろな仏像に出会うことができて、とても楽しい時間が過ごせました。ちょうど2時間かかりました。 寺をあとにして、バス停まで戻って、近鉄に乗って、帰って来ました。そして、上にも書いたように、‘一服’ということで「メグスリの木茶」を入れて、いただきました。
2008年08月22日
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3日後の日曜日は「姫路・家島OWS」で、クロールで3.2kmを泳がなければならないので、きょうも天気を心配しながら、屋外プールに行って‘練習’してきました。 ただ、きのう、まる1日、トータルで何km歩いたかわからない疲れがあって、寝坊したので、いつもより行くのが30分ちょっと遅くなってしまいました。 プールはいつも8月も20日を過ぎると、急に人が減るのですが、きょうも‘期待以上’に閑散としていました。 プール・サイドに寝転がっている人は誰もいません。。。加えて、「曇りのち晴れ」と言っていた天気予報が外れ気味で、ものすごく重たそうな雲が垂れ込めていて、小雨がぱらつく状態でした。さらに、風も吹いていて、寒い・・・。_| ̄|○ それで、しかたなく、まず泳ぐことにしました。・・・午前中にプールで泳ぐなんて、室内・屋外を問わず、どれぐらいぶりだろう。。。 きのうから今朝にかけては、気温も低かったようで、私など、夜中に寒くて目が覚めて、布団の下に敷きっぱなしになっている(^-^;)電気毛布の電源を入れたいと思ったほどでした。(笑)夜中の気温の低さでプールの水も冷えたのか、冷たいぐらいで、じっとしていたら寒い・・・。 アップに続いて、「3000M」を泳ぎました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):400M」「クロール・コンビ:3000M」「イージー:50M×4」「平泳ぎ・コンビ:50M×4」「イージー:50M×4」「クロール・コンビ:400M」「イージー:50M×4」「ダウン:400M」 ・・・トータル:5000M 屋外プールでは今までで最も調子よく泳げましたが、おおよそのタイムは前回と同じでごく平凡。。。・・・続けて泳げただけましか。。。 思ったほど調子よく泳げなかった‘証拠’だと思うのですが、泳ぎ終わった後も、肩は冷たいままでした。調子よく泳げたときは、肩が熱くなっているのですが、ここのところほとんどそれがありません。平泳ぎの「3000M」が泳げるようになったときが懐かしい。。。(^-^;) とにかく寒くて水から上がれないので、とろとろとイージーで泳いでみたり、予定外の「400M」を泳いだりして、天気がよくなるのを待ちましたが、「現在の気温、26℃」という放送が聞こえて、気分は‘撃沈’されました。。。 トータルで5000M泳いでしまったし、2時を過ぎているのに昼ごはんを食べていなかったので、プールから上がりました。 陣取ってある所に行って、タオルで体の水気を拭き取りました。・・・とにかく、寒いっ! 50Mで9コースあるプールで、4~5人の状態で気持ちよく泳げたので、もっと泳ぎたかったのですが、筋肉痛が怖くて、きょうはこれでやめ。持って行っていたパンとジュースをいつものように頬張り、しばらく泳いでいる人たちを見ていました。 「寒いし、もう泳がないし、帰ろうかなぁ・・・」と思っているうちに、雲が薄くなり、薄日が射してきました!寒い体に直射日光が気持ちよくて、タオルを広げて寝転びました。雲が徐々に薄くなり、青空とまっ白い雲とのコントラストが何ともきれいで、しばらく空を眺めていました。 体の裏も表も温まったと思ったので(笑)、もう少し泳ぎたい気持ちを押さえて、引き上げました。 “貸し切り状態”の屋外の水の澄んだ50Mプール・・・、もう1回、ここで泳ぎたいなぁ~。。。
2008年08月21日
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バスを降りて、急いで「姫路城」に行きました。「姫路城」は子どものときに、家族と、あるいは、学校の遠足で来たことがあります。でも、何も記憶に残っていないんですよねぇ。。。 それ以降、6~7年前にひさしぶりに友人と訪れたのですが、そのときの具体的な記憶もありません。。。 建築物の見学って、こんなものでしょうか。。。 繰り返しになりますが、建築当時の天守閣が残っていて、それが「国宝」に指定されている城は4つしかありません。その4つはぜひ‘記憶に残るように’しっかりと見学したいと思っています。そして、今年の2月にまず「犬山城」を、そして、今月2日に「松本城」を訪れました。今回「姫路城」を訪問したことで、残すは「彦根城」だけとなりました。・・・「彦根城」も子どものときに行ったことがあるんだけどなぁ。。。(^-^;) (・・・以下、作成中。。。 m( _ _ )m)
2008年08月20日
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きょうは姫路に行って、「円教寺」と「姫路城」を参拝・見学して来ました。 「円教寺」は、「西国三十三所・第二十七番札所」です。 なぜか好きな(笑)山陽電車で姫路駅まで行き、そこから「神姫バス」で「書写ロープウェイ駅行き」に乗って、終点まで行きます。(約28分、260円)そこから、ロープウェイで山頂まで行きます。(約4分、往復900円)金さえ気にしなければ、寺のふもとまでは疲れることなくたどり着きます。 ロープウェイを降りてからは、ちょっとした山道を1kmほど歩かなければなりません。暑い日なら大変かもしれませんが、木々が生い茂っていて道はほとんど木陰になっているし、きょうは気温が低め(といっても、30℃は超えていたはず)だったので、暑いのが好きな私としては絶好の‘巡礼日和’でした。 ■第二十七番札所 書写山「円教寺」 本尊:如意輪観音菩薩 宗派:天台宗 開祖:性空上人 創建:康保3年(966年) 御詠歌:はるばると のぼれば書写の 山おろし 松のひびきも 御法(みのり)なるらん ロープウェイ乗り場に着くと、こんな感じで、左奥の山が書写山です。(ロープウェイの鉄塔が見えています。) ここは、「入山料(300円)」が必要です。入口で金を払うと、こんな感じの参道が見えてきます。この道をずっと歩いて行きます。 「仁王門」までは、「西国巡礼の道」ということで、「西国三十三所」のすべての本尊の小ぶりの像が順番にこんな感じで置いてあります。これを見て行くと、あっという間に「仁王門」に着きました。 途中に、今はやりの(?)“田んぼアート”の「姫路城」と「はばタン」が見えました。(「はばタン」というのは、2006年の「のじぎく兵庫国体」のキャラクターの愛称ですね。) 「仁王門」に着きました。 軽く一礼をして、敷居をまたいで先に進みます。 「寿量院」、「十妙院」を通り過ぎると、「摩尼殿」に着きます。(ちなみに、食事は手前の茶屋でうどんが食べられます。少し寺の気分を味わってみたければ、「十妙院」の近くにある「円教寺会館」で「会席弁当」が1500円で食べられます。) 「摩尼殿」を見上げたところです。ここが「西国三十三所」の「第二十七番札所」で、33か所のうち、最も西にある札所です。(ほかに「播磨三十三観音霊場」というのがあるようで、「円教寺」はその「第一番札所」になっていましたが、その朱印は奥の「開山堂」で別のがありました。) 階段を上ると、「摩尼殿」の左手に「手水舎」があったので、手を洗い、初めて口をゆすいでおきました。(^-^;)・・・さっき、うどんを食べたばかりだったので。。。 靴を脱いで上がります。供える線香が3本100円というのには少し驚きましたが、お供えをして、横にある箱に「納経札」を入れて、賽銭もして、手を合わせました。 続いて、一角にある朱印場に「納経帖(朱印帖)」を出して、朱印をもらいました。 実は、せっかく買った「輪袈裟」を「中山寺」と「総持寺」では使わずじまいでした。誰もしていないし、大げさな気がしたからです。 でも、ここは程よく荘厳な感じがしていて、人も少なかったので、首から袈裟を掛け、大きな念珠を手にして、頭を下げて朱印を受け取りました。 すると、後ろの方で年配の夫婦が「あの人、本格的にしてはるわ・・・」というのが聞こえました。(^-^;) 手荷物を片づけるスペースもあり、気持ちよくお参りができました。 靴を履いて、奥の道へ進みました。 「大講堂」を過ぎると、広いスペースの奥の中央に「食堂(じきどう)」(画像の左側)、右側に「大講堂」(画像の右側)、左側に「常行堂」が見えてきます。(いずれも「重要文化財」)「食堂」は、本来は修行僧の寝食のための建物ですが、今は宝物館として公開されています。(200円) 金を払って、中に入りました。主な展示は2階で、仏像や瓦が展示してありました。 ほぼ中央に「食堂」の本尊の「文殊菩薩像」がありました。 その奥に「五大明王像」がありました。そのうちの右側の3体です。左端が「不動明王」で、中央が私の好きな「軍荼利(ぐんだり)明王」です。(右端は「金剛夜叉明王」)「奈良国立博物館」の像のように、片足を上げていません。(笑) 「常行堂」は、南に突き出た部分のみ中が覗けるようになっていて、奥に大きな阿弥陀如来像が見えました。 ぐるっと回って来て、少し下がったところに「鐘楼」がありますが、独特の形をしています。 裏手に回って、「奥の院」に行きます。 右手に「護法堂」、左手に「護法堂拝殿」がありますが、拝殿が独立しているのは珍しいらしいです。中央に「開山堂」があり、靴を脱いで上がれます。 上がると、そこの集印所の男の人がのこのこと出て来ました。そして、頼みもしないのに(笑)、建物や仏像について解説をしてくれました。「奥の院」まで来る人は少なくて、退屈しているんでしょうか。。。 ありがたく話を聞いて、南のほうの道へ進みました。「金剛堂」を過ぎて、「薬師堂」、「法華堂」を経て、先ほどの「鐘楼」のところに戻って来ました。「薬師堂」と「法華堂」はどちらも靴を脱いで階段は登れるので、仏像を拝むことはできました。 そのまま進み、「瑞光院」の前を過ぎて、最初の「摩尼殿」の下に戻って来ました。 これで最低限のところは一通り見たと思います。予定(想像)の見学時間の2時間は軽くオーバーし、3時間10分もかかりました。 ‘しらみつぶし’的に見ようと思ったら、5時間ぐらいかかるのではないでしょうか。さらに、ロープウェイを使わず、いくつかある‘登山道’を行きと帰りで別のルートを使って散策するのも楽しそうです。 寺、神社、城郭公園の散策で、これほど気持ちよく、かつ、楽しく歩けたのは今までにありません。その気になれば、まる1日ここで過ごせそうです。 もう少しのんびりしたい気持ちでしたが、時間が押しているのでロープウェイ乗り場まで急ぎ、バスに乗り換え、続いて「姫路城」に行きました。
2008年08月20日
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今月は屋外プールにばかり行っていたのですが、きょうは天気も怪しいし、一度‘ちゃんと’泳いでおきたかったので、ひさしぶりにスポーツ・クラブのプールに行きました。1週間ちょっと閉館していて、内部の塗装を行ったようで、ペンキの剥げたところがきれいになっていました。 ひさしぶりに冷ための水で、なかなか気持ちよく感じました。‘灼熱’の暑さの日の屋外プールはぬるま湯かと思うほど生温かいので、じっとしていると気持ちがいいのですが、まじめに泳ぐと頭が痛くなってきます。 きょうは、今度の日曜日に迫った「姫路・家島OWS」の「3.2km」のレースに備えて、「3km」を泳いで、一応タイムも見ておきたいと思いました。クロールの長距離の調子は春以降さっぱりのままです。。。 屋外の長水路のプールと違って、泳ぎ慣れた室内の短水路のプールは泳ぎやすいです。泳ぎやすいといのか、正確に言えば、速く泳げているような感覚で泳げます。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):600M」「クロール・コンビ:3000M」「イージー:50M×4」「クロール・コンビ:3000M」「イージー:50M×4」「平泳ぎ:25M×2」「ダウン:550M」 ・・・トータル:7600M 「3000M」のはじめはいまいち調子が出ませんでしたが、800Mを過ぎたあたりから‘懐かしい’感覚で肩が回るようになりました。2000Mを過ぎたあたりから、「もしかしたら、ベスト・タイムが出るかもしれない」などと思いながら、屋外プールではなかなか泳ぎ切れなかった「3000M」がまったく無事に終わりました。 時計を見て、「ええっ・・・?」 年末・年始の頃のタイムの平均より遅いぐらいだ・・・。_| ̄|○ (cd:tz) 調子が悪いと感じてこれなら納得もできますが、調子よく泳げて平均以下のタイムではがっかりです。。。 それで、体力はまだあると思ったので、‘生まれて初めて’「3000M」をもう1本泳ぐことにしました。 真っ黒に日焼けして、きょうは真っ赤な競泳水着を履いて、‘速そう’に見える男が‘ばしゃばしゃ’と泳いでいるコースは、‘なぜか’ほかの人は遠慮してくれて、途中わずかの時間を除いて1人でコースを占領して泳げました。(^-^;)(前にも書きましたが、私の泳ぎは小さくて回転が速いんです。水泳をあまり知らない人が見たら、速そうに見える泳ぎです。実際は遅いんですけどね。。。) ただ、さすがに1本めよりは疲れました。 タイムを見て、「・・・」。 何と、去年の10月に「3000M」を泳ぐようになってからの“ワースト・タイム”でした・・・。(cq:qc) 今度のOWS、ダメだな。。。 それと、きょうはこんなメニューだったので、トータル距離が‘とんでもない’ことになりました。(笑)調子のよくないときの2倍です。去年の「泳ぎ納め」で初めて‘6000M超え’をして、‘7000M超え’はないだろうと思っていたのですが、きょう、それをやってしまいました。 プールから上がるときは、さすがに‘へろへろ’でしたが、のんびりとシャワーを浴びて、自転車に乗って帰って来ると、壮快な気分になりました。 ・・・この夏は食欲旺盛で、せっかく減った体重が少し増えているんです。。。(^-^;)
2008年08月19日
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香道教室の帰りに梅田に寄って、今年初めて「大丸ミュージアム・梅田」に行きました。まったく興味はないのですが、せっかく「大丸ミュージアム・パス」を買ってあるので、「チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展」を見てみることにしたのです。 「大丸ミュージアム・梅田」は、去年は2回行ったのに、今年はまだ一度も訪れていませんでした。ここはコイン・ロッカーがないのがちょっと不便なんですよね・・・。 この展覧会、「大丸ミュージアム」の展覧会ながら、入場料が1200円もします。いつもは800円なので、突出して高いと思うのですが、何か理由があるのでしょうか。「大丸ミュージアム・パス」が1600円なので、この展覧会とあと1つ何かに入れば、「パス」の元が取れますね。 会場は、これだけの入場料を取っておきながら、出品目録がありません。まあ、今回は展示品1つ1つにしっかりした説明が掲示してあったので、じっくり見たいと思うものについては、自分のペースで見て行けます。 コーナーの最初は、チンギス・ハーンが登場するまでの5つの国の紹介でした。 紀元前の「東故(とうこ)族」の青銅食器、かぶと、短剣などから始まり、91年に崩壊する「匈奴(きょうど)族」の瑪瑙(めのう)の首飾りや金でできた冠の飾りなどが展示してありました。さらに、「鮮卑(せんぴ)族」の時代になると、装飾品が派手になっていき、「俑」が登場します。「福岡市博物館」にある邪馬台国の金印のような印もありました。6世紀からの「突蕨(とっけつ)族」は、最初に文字を作り出した民族だそうで、ペルシア製の壺が展示されていて、シルクロード交易がはじまったことがわかります。最後の「契丹(きったん)族」は12世紀のはじめに女真族に滅ぼされましたが、白磁の壺が出てきて、陶器の菩薩像や石で造られた涅槃の彫刻もありました。 知らない(興味のない)国の遠い過去の‘遺産’を見ても、楽しくはありませんね。。。 次は、「モンゴル帝国の勃興」でした。13世紀のはじめあたりで、豪華な装飾品や戦闘道具が展示の中心でしたが、私はやはり“美術”に興味があるので、こういったものを見ても「きれいだな」とか「作るの、大変だっただろうな」ぐらいしか感想が思い浮かびません。 今は亡き「モンゴル文字」で描かれた墓誌があり、数少ない縦書きの文字が横文字のキリールに置き換わったことは、少し残念に思いました。 銅製の菩薩像が登場していました。 最後は、「14世紀の明・清の時代のモンゴル」でした。1911年にモンゴルは独立国家になります。 比較的最近の民族衣装や食器類を見ても、感動はありませんでした。日本各地の博物館でもおもしろいとは感じられないことが多いので、よく知らない国のこういったものを見ても、のめり込むことはありません。 最後に、銅製の釈迦像と明王の像もあり、最近のもののためか、日本の仏像と似ていて、見てほっとしました。 展示数が多かったようですが、すべての説明は読むことなく、40分でひととおり回れました。・・・「昔は展覧会はこんな感じで見ていたんだよなぁ」と思い出しました。 「興味のない展覧会を見ても、やはり楽しめるものではないなぁ・・・」と思いつつ、図録もグッズも何も買わずに会場を後にしました。
2008年08月18日
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3番めの結び方でした。 意外に簡単でした。
2008年08月18日
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きょうも、隣の両親の家には弟の下の子どもが泊まっていたのですが、どうしようか迷った挙句、両親に任せることにして(^-^;)、私は仕事に行く日と同じ時間に起きて、1人でいつもの屋外プールに行って泳ぐことにしました。来週末は「姫路・家島OWS」で3.2kmのレースがあるのに、この3か月ほど、信じられないくらいクロールの長距離の調子が悪いので、少しは泳いでおかないとと思って。。。(スポーツ・クラブは休館中。。。) 弟の下の子どもはほとんど泳げないので、いっしょに行ってもこっちが泳げずに見ているだけになってしまうし。。。 さて、初めて「朝」という時間帯にプールに着きました。お盆の土曜なのに、さすがにまだ人はまばらです。いつも陣取って寝転ぶところも(^-^;)、斜めに射す太陽の光が物の影になって半分ぐらいしか当たっていませんでした。 それでも、一応いつものところを陣取って、少し寝転びました。(^-^;) その間に少しずつ人が増えてきました。 いつもよりは短めに切り上げ、パンとジュースをたいらげて、プールに入りました。 「きょうこそ、『3000M』を泳がなきゃ。。。」と思って、アップのあと、少し抑え気味にスタートしました。 相変わらず調子が出ず、前回に続いて、400Mあたりで「きょうもダメだ・・・。1500Mでやめよう・・・」という感じになりましたが、1200Mを超えたあたりから何とか持ち直し、スローペースながらもようやく「3000M」が泳げました。前回「3000M」を泳いだのはいつか、調べてみると・・・、‘6月29日’。。。(^-^;)・・・それ以降、平泳ぎばかりやってたもんなぁ。。。実は、今月3日の平泳ぎの遠泳の筋肉痛がまだ残っていたりします。。。(^-^;) ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):400M」「クロール・コンビ:3000M」「イージー:50M×4」「平泳ぎ・コンビ:50M×4」「イージー:50M×4」「ダウン:500M」 ・・・トータル:4500M でも、「3000M」のタイムは思ったほどひどくもなかったようで、まあ何とかなりそうです。(^-^;)(秒針のない時計しかなかったので、タイムは正確にはわかりません。) 最後に平泳ぎを少し泳いでみましたが、脚が痛い。。。 一応考えていた内容が終わったときに、雷が鳴り始めたので、撤収して帰って来ました。 「○○君は何してるのかな・・・」と思いつつ両親の家を覗いてみたら、誰もいませんでした。 帰って来て聞いたら、昼過ぎに弟が車で来て、みんなで近所の川の上流に行って、水遊びをしてきたとのこと。こちらも雷が鳴って危なかったので、撤収して(笑)、買い物をして帰って来たようです。 「晩ごはんを食べて帰るのかな?」と思ったのですが、5時過ぎにみんなで帰って行きました。 今度会うのは秋の彼岸の日になるのかな。。。
2008年08月16日
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きのう旅行から帰って来て、駅前で弟の子どもたちの‘出迎え’を受けて、その後、隣の両親の家でいっしょに夜遅くまでオリンピックの野球の試合を見ました。・・・日付が変わったのに、まだ寝ない。。。_| ̄|○ そして、私は自分の家に引き揚げ、ばたばたと荷物を片づけて、寝ました。 今朝、子どもたちは起きてからしばらくはずっと2人でテレビゲームをやっていましたが、ほどなく‘誘い’を受けて、仲間入り。。。・・・別に、仲間に入れてくれなくてもいいんだけどなぁ。。。(笑) 弟は、休日は家にいても鬱陶しいだけだという感じで、たいていどこかに出かけるようです。それで、子どもたちは‘出歩く’のに飽きてしまっているらしく、たまには家でのんびり過ごしたいようで、近場に出かけるのに誘ってみても行きたがりません。。。 母も‘うんざり’といった感じで(笑)、昼ごはんを作る気が起きないらしく、みんなで近所のスーパーの中のフードコートに。お盆なので、「混んでいるかな?」と思っていたのですが、普段程度の客の入りで、並ばずにハンバーガーやうどんが注文できました。あいかわらずのすごい食欲に感心するやら、呆れるやら。。。 そのまま、別のスーパーまでいっしょに晩ごはんの総菜を買いに行って、帰って来ました。 それから延々4時間、みんなでトランプ。。。(^-^;)・・・よくも飽きずに同じことが続けられるなぁ。。。 3時頃に弟の嫁さんが、夜には弟が仕事帰りに職場から直接やって来て、さらに大勢で両親の家で食事。 食べ終わって、「さあ、そろそろ帰るだろう・・・」と‘期待’していたら、下の子が「もう1泊する!」。。。(汗) 「あしたはいっしょに遊べないよ」と言ってみても、「それでもいい!」。。。 上の子は明日の昼から用事があるとのことで、弟たちが連れて帰ることになりましたが、下の子は1人でもう1泊することに。。。_| ̄|○ 風呂のあとも、テレビを見て、母と私と3人でトランプをして、私はとりあえず10時半に引き揚げて来ました。 10日の日記の最後に、「(弟の子どもたちに)会いたいような、会ったらまる1日潰されてちょっと嫌なような、複雑と言えば複雑な心境です。平日にいきなり来て、両親の家に泊まるというのは避けてほしいなぁ。。。」と書いたことが、まさに現実になってしまいました。(^-^;) なついてくれているのはかわいいんですが、‘実の親’と違って、しばらく放っておくというわけにもいかず、長時間いっしょにいると、とても疲れます。。。弟と嫁さんは、明日は上の子に付き添わないといけないようで、‘喜んで’下の子を置いて帰りました。 ひさしぶりに会ったので、どこかへいっしょに行くというのなら楽しいと思うんだけどなぁ。。。
2008年08月15日
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時間が余ったので、金沢旅行最後の見学場所として「金沢城公園」を散策してみることにしました。 地図を見ると、「兼六園」より広いです。。。しかも、歩く総距離はこちらのほうが1.5倍ほどかかると案内に書いてあります。美術館で絵を見るにしても、公園の類を散策するにしても、とにかく立ちっぱなしなので、最後には脚の感覚がなくなります。「きょうは既に美術館1つと『後楽園』を散策したあとだから、大丈夫かなぁ・・・」と思いつつ、敷地内に入りました。 敷地の中の散策だけだと無料です。敷地に入るのに、「石川門」をくぐります。すると、「三の丸広場」に出ます。 正面には復元された「五十間長屋」があります。「三の丸広場」から見た「五十間長屋」です。 「五十間長屋」の向こうに「二の丸広場」があるのですが、そこ「五十間長屋」の端に橋(「橋爪橋」)がかかっていて、その欄干の上の部分が玉ねぎ状の「宝珠」その物の形でした。・・・確かに、うちの庭にある「ギボウシ」のつぼみとそっくりだ。。。 「五十間長屋」には有料(300円)で入れます。どうしようか迷ったのですが、とりあえずパスして、あとで時間があれば入ることにしました。 ここで、散策コースは大きく二手に分かれます。案内図を見ながら、まず、西半分のほうを回ってみることにしました。(・・・ここの案内地図、上が北東という、私には到底把握できないものでした。(^-^;)) 石段を少し登り、「三十間長屋」の前まで来ました。でも、これはまったく公開されていないので、説明のパネルを読んで、次の「戌亥(いぬい)櫓(やぐら)跡」に行きました。蒸し暑い日でしたが、木々が生い茂り、木陰を選んで歩くと、木漏れ日が心地よく感じられました。 見晴らし台があって、そこからさっき歩いてきた「石川門」や「五十間長屋」が見えました。右奥が「石川門」、左手の建物が「五十間長屋」です。 また少し道を戻って、ほぼ南角の「辰巳(たつみ)櫓跡」に行きました。このあたりまで来る人は少ないようで、歩いていてもあまり人とは擦れ違いませんでした。 ここから南西のほうに「金沢21世紀美術館」が見えました。ただ、この美術館は平屋なので、目立ちません。画像のほぼ中央に見えている白い建物が美術館です。 また少し戻って、別の道のほうに行くと、「鶴丸倉庫」がありました。今年(2008年)に重要文化財に指定されたばかりの建物で、運よく内部が特別公開されていたので、入ってみました。 1848年に建てられ、その後は軍隊の被服倉庫として使われたのだそうです。 人が住んだり、客をもてなしたりするための建物ではないので、階段は手すりもなく無骨で、一切の荷物が置かれていない状態はある意味、不自然でした。 「鶴丸倉庫」を出て、休憩所でドリンクを買って、飲みながらしばらく休憩しました。立派な休憩所で、前は池があって、「五十間長屋」が見えていました。 これで公園の西半分の散策が終わりました。そして、「五十間長屋」の前に戻ってきました。時間は十分にあります。それで、「五十間長屋」の中に入ることにしました。 最近復元されたばかりの木造の建物なので、木のにおいが漂っていました。特に、檜(ひのき)が使われているところは、とても心地よい香りでした。・・・天然の‘アロマ’ですよねぇ。。。 城郭の中の階段はどこも大変急です。ここもこんな状態でした。 ただ、これはかつての階段を再現したもので、ここからは登れません。別の階段から登りましたが、それでも大変急でした。階段の下では、ボランティアの案内の人が親切にいろいろな説明をしてくれました。 2階はただ歩くだけです。(笑)「50間」なので、およそ90メートルあるはずです。 天井の柱にはプラズマパネルが設置してあって、この建物の説明が流れていました。2~3分だったので、一度立ち止まって、はじめから終りまで見ました。 南西の端まで来ると、はじめに渡った「橋爪橋」が真下に見えました。 木の香りに満たされて、何となくすっきりした気分になって、建物を出ました。 がんばって東半分も歩いてみましたが、こちらは大したものはありませんでした。 それで、‘懲りずに’(^-^;)、再び西半分のほうへ行き、案内に書いてあった「石垣めぐり」の道を歩くことにしました。 「薪(たきぎ)の丸コース」という、城郭の石垣のほぼ下側に沿って歩くコースをのんびりと歩きました。人はほとんどおらず、まだ夕方前なのにしーんとしていました。 組まれた時代によってまったく異なる石垣があり、ところどころに立っている説明プレートを読みながら進みました。 そして、南西の角に下りてきました。 これで、金沢城公園の散策が終わり、道路に出てきたので、歩いて5分ほどのところにあるバス停に向かいました。もらったガイドマップに書いてある「金沢城探訪:約1900M」に加えて、「石垣めぐり」のコースも歩いたので、2.5kmは歩いたと思います。その前には、「兼六園探訪:700M」のコースの2倍ぐらい丁寧に歩いたので、この2か所だけでも4kmほど歩いたことになります。・・・兼六園の前には美術館に行ったし、そこから兼六園まで歩いたし、正直なところかなり疲れましたが、大変楽しい散策でした。 金沢駅までバスに乗って行き、特急「雷鳥」に乗って帰って来ました。1泊2日の旅行でしたが、盛りだくさんで、充実した旅行になりました。
2008年08月14日
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思ったよりずっと早く「中村記念美術館」を出てしまったので、予定ではあとは「兼六園」の散策だけだったのですが、絶対に時間が余るのは明らかだったので、どうしようか少し考えました。「まず、予定どおり『兼六園』に行って、その隣にある『金沢城公園』を散策しようか。でも、天守閣のない城跡を見てもなぁ・・・」、「暑いし、『中村記念美術館』の近くにある『石川県歴史博物館』へ行って、涼しいところで石川県の歴史でも見てみるか・・・」。ずいぶん迷ったのですが、公立の博物館は今年いくつか見ていて、よく知らない県や市の展示物を見ても、あまり楽しめません。それで、炎天下の中、「兼六園」と「金沢城公園」という組み合わせにすることにしました。 「中村記念美術館」から「兼六園」まではすぐなので、歩いて行きました。 入口には「本日無料」と書いてありました。3月に岡山の後楽園を訪れたときも「本日無料」だったので、「日本三大名園」を訪れるときは、ちょっと運がいいようです。(笑)・・・「偕楽園」に行くときはどうかな。。。 南に位置する「隋身坂口」から入って、まず南東の「山崎山」のほうへ行きました。小高くなっていて、木々が鬱蒼と茂っていました。こういう感じのところは「後楽園」にはなかったような気がします。 くねくねとたくさんある通路もできる限りひととおり歩いて、「明治記念之標」の前に出ました。ここは絶えず人が立ち止まって見て行っていました。 その少し先に行くと、「七福神山」がありました。「1822年に建てられた竹沢御殿からながめた築山で、自然石を左から順に、恵比寿、大黒天、寿老人、福禄寿、布袋、毘沙門天、弁財天に見立てて配している」とのことですが、‘どれがどれか’、わかりません。。。(^-^;) 園のほぼ中央に「霞ケ池」という大きい池があり、中に「蓬莱島」という島があるのですが、これが‘亀の甲’の形をしていて、不老長寿を表しているのだそうです。これはよくわかりました。松が茂りすぎだと思いますが、右側に出ている岩が亀の頭に見えて、全体が亀を横から見たところのようです。 一旦、「隋身坂口」のほうに戻って、梅林を見てみましたが、当然ながら見るべきものはありませんでした。(^-^;) その近くの「舟之御亭(おちん)」あたりからの眺めです。 その北側に進むと、茶室「時雨亭」がありました。有料で抹茶がいただけるのですが、行ったときは満員で入れませんでした。反対側の部屋だけ見学ができました。 北西の角まで進むと、「瓢(ひさご)池」があり、北から眺めると、奥に小さい滝があります。(画像中央に写っているのですが、わかるでしょうか。) 写真を撮っていたら、その近くのベンチに座っていた強面(こわもて)の‘兄ちゃん’2人がこっちに‘肩を交互に出して’近づいて来て(汗)、どきっとしましたが、「写真、撮ってもらえますかぁ」。。。そして、撮り終わったら、2人がそれぞれ「すみませんでしたぁ」、「ありがとうございましたぁ」と言って、去って行きました。(^-^;)・・・同じように真っ黒に日焼けしているので、‘仲間’のように思われたのかな。。。(^-^;) 北の端まで来たので、そのままずっと東に歩いて行くと、土産物屋が並んでいました。昼ごはんを食べないといけないのですが、暑くて、さすがにうどんを食べる気にはなりませんでした。(^-^;)数軒を見て行くと、「冷やしうどん」がある店があったので、そこに入ってそれを注文しました。つけうどんではない、冷たい出汁のうどんは初めて食べました。何とも微妙な食べ物でした。(笑) 店を出て、少しだけ南のほうに行って、「徽軫(ことじ)灯籠」を見て、「桂坂口」から出ました。目の前には、金沢城の「石川門」が見えていました。 続いて、「金沢城公園」に行きます。
2008年08月14日
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「金沢21世紀美術館」近くのホテルに1泊し、旅先ではいつもながらの朝風呂に入り(・・・屋上が露天風呂になっていました)、チェックアウトしたあとは、徒歩で数分の「中村記念美術館」に行きました。 金沢市立の小ぶりの美術館です。 今は、コレクションの中から近世から現代までの日本画と、シャガールの版画を展示しています。・・・この‘ミス・マッチ’が何とも言えない。。。(笑) 入館料は300円で、その意味でおそらくたいした展示物はないと思いました。でも、コイン・ロッカーはちゃんとありました。 展示室は2階のみで、しかも、部屋は2つのみでした。 入ってすぐのところに、紺谷光俊という人の軸装の絵(「3幅組」と言うのか?)、『朝暾(ちょうとん)・子(ね)の日・重陽』がありました。知らない画家ですが、典型的な近代日本の人物画だと感じ、その恐ろしく丁寧な描写に驚きました。着物の柄の細かさなど、上村松園に負けていないと思いました。ただ、1945年に55歳で亡くなっているので、作品が多くはなく、活躍した期間が短かったために、名前が知れ渡らなかったのではないでしょうか。実は、このあとも飛び飛びにこの人の作品があったのですが、どれも本当に丁寧できれいな作品ばかりでした。 特に、あとのほうに展示してある『馬上のほまれ』は、安田靫彦の歴史画の描きかたに似ていて、結構好みでした。 そのあと、下村寒山の『寿老』、川端龍子の『秋枝図』、橋本間雪の『梅花書屋図』など、有名な画家の作品が何点かありましたが、知っている作品はなく、また、新たに見て気に入ったものもありませんでした。 知らない画家の作品は、「南画」らしきものが多く、「南画」がいまいち好きではない私には、少し退屈な感じがしました。 奥へ行って、鏑木清方の『通艸(あけび)』という作品がありましたが、鏑木清方の静物画は初めて見ました。 私の好きな夭折の画家、山川秀峰の『婦人』という作品もありました。淡い色使いで、小ぶりの作品でした。 奥田元宋の『霜』は、どこにも霜は描かれていません。柿の枝が描いてあって、いくつかの実が落ちて、へただけが残っています。晩秋を感じさせ、それが霜の降りる頃なのでしょう。 奥村土牛の『牡丹』、前田青邨の『大物浦(たいもつのうら)』で日本画は終わりです。 その途中に衝立のような展示パネルを置いて、そこにシャガールの版画が6枚展示してありました。・・・なんか、ミス・マッチだなぁ。。。 ゆっくり見ましたが、45分で終わってしまいました。もう少し展示数があったらよかったんですが。。。 1階には喫茶室のようなところがあり、100円で干菓子と抹茶がいただけるので、入りました。メニューは他に何もないのに、数十席ありました。窓からは庭にある茶室が見えましたが、ただそれだけでした。 軽く休憩できたので、次は「兼六園」に行くつもりです。
2008年08月14日
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バスを「武蔵ケ辻」で降りて、ほぼ直線の道路を早足で歩いて15分ほどのところにある「金沢21世紀美術館」にやって来ました。 開館以来、たいへん話題になっている美術館です。この美術館の開館時の館長が書いた新書(『超・美術館革命』角川書店)も持っていて読んだのですが、ものすごい自慢話でうんざりしました。(・・・最初の1ページで嫌になります。) ‘珍しく’迷わず着いて、できる限り遠くから全景を撮ってみました。 この美術館、今どき‘平屋’なのです。しかも、上から見ると、完全な円形です。その形状を生かして、入口は90°ずつずれた4か所にあります。 一角には独立した茶室があり、内部は無料で公開されています。庭を撮ってみました。 美術館に着いたのはちょうど4時。閉館まで2時間しかありません。普通なら、大きい美術館で2時間というのは明らかに時間不足になります。 今は、すべての部屋が2つの特別展に使用されていて、コレクション展がありません。私は2つの企画展のどちらも興味がなかったのですが、実物の人間を巨大化したリアルな像を作った「ロン・ミュエック展」(・・・軽く‘グロ’です)よりは、現代絵画らしい(・・・既に‘伝聞’(^-^;))「サイトウ・マコト展:SCENE[0]」のほうがましだと思って、そのチケットを買いました。 まず、この美術館が人集めに成功している最たる原因は、無料ゾーンにあるレアンドロ・エルリッピの『スイミング・プール』だと思います。‘生きている人間がプールの底に立った状態で沈んでいる’のです。こんな作品です。 これがうまく考えられていて、知らずに来たら、一瞬「どうなっているんだろう・・・?」と考えると思います。そして、実物を見ていると、数秒で‘答え’がわかると思います。‘念のため’、別の角度からの画像です。(笑) その答えを‘確かめたい’場合は、有料ゾーンに入らなければなりません。そして、このオブジェはチケット・ブースの前を通って出入りするようになっています。つまり、美術に興味がなくても、アミューズメント・パークにでも来たような気分になって、「せっかくだから入ってみるか・・・」と思うのだと思います。 お盆とはいえ、平日にチケットを買う列に軽く50人以上が並んでいるのは見たことがありません。正確に言えば、「ルーブル美術館展」とか、「(有名な画家)展」とかなら、ないことはないのですが、ロン・ミュエックにしても、サイトウ・マコトにしても、‘普通’の美術館でやっていたら、閑古鳥が鳴いていると思います。 さて、上の『スイミング・プール』の‘仕掛け’はわかったでしょうか。わからない人は、この日記の終わりのほうを見てくださいね。(笑) ほかにも、無料ゾーンにはヤン・ファーブルの『雲を測る男』があります。これは建物の屋根にあるのですが、館内の手前に見やすい場所があって、うまく雲が出ていたら、その雲とこの像とを併せて撮りたくなります。私が通りかかったときは雲1つなかったので、あきらめました。・・・いつも雨が降るくせに。。。(笑) さて、「サイトウ・マコト展」のゾーンに入りました。 絵に説明は一切ありません。入口でくれるリーフレットに部屋ごとのコメントがありますが、作品ごとの解説や技法などのついての説明がありません。 最初の部屋で初めて作品を見たときは、「何が描いてあるんだろう?」と思いましたが、一歩下がってみると、絵が‘浮かび上がって’きました。つまり、おそらく近寄って見ることを前提にしていない絵だと思います。 結局、技法はわからずじまいで終わるのですが、最初は点描かと思いましたが、そうではありません。写真をコピー機で撮り、さらにそれをコピー機で撮り・・・、という作業を何度も繰り返していくと、だんだんドットがつぶれて、同じ濃さのところは続いたような‘絵’になりますが、言ってみればそういう感じです。それを何で描いたかはわからないのですが、極めて平面的な感じなのに、離れて見ると、くっきりと描いてあるものが浮かび上がって来ます。 その意味では新鮮で、はじめのうちは、絵の前に立ち、少しずつ後ろに下がって行って、何かが見えるまでがおもしろいと思いました。 でも、すべてがこのパターンなのです。 友人やカップルで来ていて、「わあ、おもしろいっ!」と歓声を上げて、作品の前で近づいたり遠ざかったりを繰り返していた人たちも、部屋が変わるごとに口数が減り、作品の前をほとんど素通り同然で過ぎて行くようになりました。 私も最初こそ新鮮味を感じましたが、人の多さとうるささで落ち着いて見ることができず、作品のパターンがここまで統一されている画家、あるいは展覧会も他には知らないので、後半は完全に飽きてしまいました。 コーナーごとの解説も、作品やアーチストについてのコメントも、一切ありません。解説を読んで、絵をじっくり見るということができません。 そのくせ、結構意味深なタイトルが付いています。例えば、鳩の死骸を持っている男の肖像に『イノセント』、披露宴のあとと思われるシーンで殺された新郎の絵に『境界線』など。。。 1つ1つの展示室が最近できた美術館とは思えないほど狭く、人の多さとあいまって、だんだん息苦しくなりました。 「これが1000円払って見るような展覧会か・・・」、と思いました。 それでも、端折ることなく見て行って、ちょうど1時間で会場を出ました。 入口でもらったリーフレットの最後に、サイトウ・マコト本人の言葉が載っています。「絵画の生まれ方というのはどうでもいい。プロセスはどうでもいい。結果としてそれが世の中に対してどこまで広がりを見せる力があるかということだと思っている」。・・・こんな考えで‘描いた’人の作品を高い金を払って、狭苦しい会場で見せられたのだと思うと、腹立たしくなりました。 図録もまさに‘図録’で解説がありません。かろうじて巻末にインタビューが載っているのですが、これが英語。日本語訳は小さい別冊で付いていますが、あくまで‘おまけ’といった感じでした。これをカッコいいと思っているのかと思うと、ばかばかしくなりました。 今年、“ワースト1”の展覧会は、ほぼ間違いなくこれになると思いました。 建物から出る前に、『スイミング・プール』の下に行くために、別の通路のほうに行きました。階段を下りる際に、「ロン・ミュエック展」の1部屋が見えたのですが、遠目に見ても明らかに‘作り物’とわかる出来でした。写真で見ると、巨大な実物の人間のように見えていたので、「これももし金を払って見ていたら、がっかりしただろうな・・・」と思いつつ通り過ぎようとしたら、若い女の人2人が会場から出て来るのとすれ違って、「もっとリアルなのかと思ってたぁ~」と言うのが聞こえました。 『スイミング・プール』の下の部屋はこうなっています。 また、美術館を出て、『雲を測る人』が見えるところはこんな感じです。建物の中の男の人がちょうど見上げています。 美術館に縁のない人が美術館に足を運ぶきっかけになると考えれば、この美術館がやっていることは成功していると言えるのでしょうが、入った人が「こういうのが美術なのか。意外に堅苦しくないな」と‘勘違い’したり(・・・少なくとも今回の2つの展覧会で見せているものは、私は美術ではないと思います)、あるいは、その感覚でほかの美術展を見て「ここはおもしろくないじゃないか!」と思ったり、また、そういった意識でほかの美術館に行ってマナーの悪さを露呈したりしなければいいが・・・、と思います。 決して美術が一部の人たちだけのものだとは思いませんが(・・・私もまったくの専門外で、基礎知識も怪しいまま美術館・博物館を訪れていますが)、この美術館のやっていることは好きになれません。今後、この美術館でしか見られない展覧会でもあれば、また来ることがあるかもしれませんが、雰囲気に馴染めない美術館として強く記憶に残りそうです。ここでも、時間が足りないかもしれないという心配は、結局は杞憂に終わりました。
2008年08月13日
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きょうと明日の1泊2日で、金沢近郊の小旅行です。 まず、旅行の日は当然(苦手な(^-^;))早起きで、特急「サンダーバード」に乗って金沢駅までやって来ました。 今月初めの松本・長野旅行のときほどではないものの、朝が早いとお腹がすくのも早いので、乗る予定のバスまで時間があるし、駅でうどんを食べました。少し足りない気もしたので(^-^;)、コンビニでサンドイッチを買って、適当なところで食べようと思ってバス乗り場に行きました。 きょうはまず、金沢駅前から出ているバスで、富山県南砺(なんと)市の「福光美術館」へ行きます。ここは、地元出身の棟方志功と石崎光瑤(こうよう)の作品をコレクションの核とした美術館です。棟方志功はよく知られていると思いますが、私は好きではありません。今回は、「石崎光瑤没後60年展」が開かれているので、石崎光瑤の作品を目当てにはるばるやって来ました。 石崎光瑤は、1884年生まれで1947年に63歳で亡くなっています。竹内栖鳳に師事し、『熱国妍春(けんしゅん)』(1918年)と『燦雨』(1919年)が「文展」で続けて「特選」となり、以後、無鑑査となるほど、生前早くから認められた画家です。ただ、63歳で亡くなったために、文化勲章を受けることができませんでした。もう少し長く生きていられれば、文化勲章受賞は間違いなかったと思います。比較的早くに亡くなったことと文化勲章を受けていないことで、知名度は低いと思いますが、若くして認められただけあって、‘正当’な日本画を描く画家だと思います。 私が石崎光瑤を知ったのは、去年(2007年)の4月に奈良の「松伯美術館」で「熱帯花鳥へのあこがれ」という展覧会で、上村松篁が影響を受けた画家として光瑤の作品が展示してあるのを見たときでした。ただ、このときは特別な感銘は受けませんでした。その後、今度は8月に行った「国立新美術館」での「日展100年」で石崎光瑤の『燦雨』を見て、立ち尽くしてしまいました。それ以来、気になっている画家の1人だったのですが、関西で作品をまとめて見る機会はありませんでした。 年度初めに「福光美術館」で「石崎光瑤展」をやると知って、楽しみにしていました。 現在は自治体としては南砺市にありますが、合併する前は福光町だったので、美術館の名前はそのまま「福光美術館」になっています。西から来る場合は、金沢駅前から直通バスが出ているので、バスの時間を調べておけば、そんなに不便ではないと思います。ただ、このバスが1日6本しかなく、片道50分ほどもかかり、運賃は840円もします。。。 11時過ぎのバスに乗り、予定どおり美術館近くの停留所に着きました。「川合田(かわいだ)温泉」という停留所です。どこに温泉があるのかと思いましたが、道路沿いの川の下に古びた建物があって、それが温泉宿のようでした。他には一切建物はありません。その1軒のために停留所が作られているんですね。。。 今は私が行こうとしている美術館があり、その奥にプールがあるらしいので、少しは利用客はあるのかもしれませんが、そのときに降りた乗客は私だけでした。 美術館までは歩いて5分ほどかかり、その途中では誰1人すれ違いませんでした。美術館の前まで来ても、人気(ひとけ)はまったくなく、雰囲気は「滋賀県立近代美術館」と似たような感じでした。美術館の200mぐらい先には巨大な銀色のドームが見えていたのですが、あれがプールなんでしょうか。。。美術館とプールのために、わざわざ幹線道路から山のほうに別の道を作ってあるのですが、“いつもの心配”をしてしまいました。。。(^-^;)・・・「いつまで持つんだろう」。。。 建物は思っていたよりずっと立派でした。 美術館の中で飲食はできないし、人の気配がないので、建物の前の木陰で持っていたサンドイッチを座って食べました。この間も誰も‘人’を見ず。。。 建物の中に入って、受付で入館料(700円)を払いました。そして、隣にあるコイン・ロッカーに荷物を入れました。 1階の展示室が「企画(特別)展」、2階が「常設展」のスペースになっています。 1階の奥へ行くと、いきなり展示してある絵画が見通せました。ゾーンの入り口で半券を見せて、中に入りました。展示品目録をくれましたが、展示作品数はわずか15点。これで「石崎光瑤展」とはちょっとした‘詐欺’のような感じです。まあ、ほかに下絵や写生などが数点はありましたが。。。 まず感動したのは『春律』でした。保存状態もよく、ものすごい描写力と描きかたの細かさに圧倒されました。画面の半分以上は金色の背景になっているのですが、右上に飛んでいる雄の山鳥が左下にいる地面上の雌に視線を送っている構図です。ちょうど川端龍子の『愛染』と似たような感じです。求愛しているのでしょうか。はっきりとした輪郭線はなく、色使いで背景との境を付け、また、2羽の羽が1枚1枚見事に描かれていました。 屏風仕立ての作品が多かったのですが、その中の1つで大作の『白孔雀』(6曲1双)は、日本にいない鳥が描かれていて、緑と白のほかは青がわずかに使われているだけで、赤や黄色といった目立つ色が控えられていて、少し寂しさを感じるような作品でした。 それに対して、隣にあった『熱国妍春』はオレンジ色の花が咲き乱れ、真っ白な鳥が鮮やかで、並べて見ると対照的で、絵に近づいたりちょっと離れたりして2作を交互に見ました。 次が『燦雨』でした。この絵に‘お目にかかる’のは2度めになります。熱帯の鳥が突然のスコールに逃げ惑う様子が非常にうまく描けていると思います。雨は右上から左下に降っているのですが、ところどころ角度が違うのが、瞬間的な風が吹いているようで迫力があります。 雨が右上から降っていて、鳥たちもすべて左のほうに逃げようとしていることで、まず、6曲1双の大きい絵の右端に立ち、雨の線をたどりながら鳥たちの逃げ惑う様を徐々に左に歩きながら見て行くと、絵巻の物語を見ているような気持ちになりました。日本の花鳥画で、これほどまで動きを感じさせる絵が他にあるでしょうか。動きが感じられる半面、決してうるさい構図でないところが、高く評価された理由の1つになっているような気がしました。 『寂光』は金箔を用いた孔雀の作品で、やはり全体として鮮やかさが感じられます。鮮やかではあるものの、決して派手さは感じることはなく、水面に映っているのか、画面の一番下にある満月がむしろ静寂感を醸し出しています。 『秋光』あたりは、シジュウカラ(?)と紅葉した木の葉の組み合わせで、伝統的な日本画の印象を受けました。 多くない作品数でしたが、のんびりとちょうど1時間かかって見ました。2階にも数点展示してあるとのことなので、続けて2階に行きました。 ここは、絵画の展示ゾーンは棟方志功が半分以上を占めていました。棟方志功は興味はないので、さっと見て、奥の石崎光瑤のコーナーに進みました。 意外なことに(?)、9点も展示してありました。1階と併せると、24点になります。 『遊兎』に描かれているうさぎは、まさに師匠の竹内栖鳳の描く動物とタッチが同じで、大のお気に入りの『櫨邊』の犬と同じようなふさふさした毛の質感にぬくもりを感じました。 2階には40分ほどいました。 帰りのバスも本数が限られているので、予定していた2時間半で全部が見られるだろうかという心配は残念ながら杞憂に終わり、1時間40分で十分落ち着いて見られました。受け付け横の本棚のようなところが売店で、のんびりと見ましたが、特にほしいものはないので、今回の特別展の図録だけ買いました。巡回のない展覧会で、さらに言ってしまえば、有名な画家の展覧会ではないし、出品されている作品の数が少ないので、ぺらぺらなのに2000円もしました。まあ、石崎光瑤の画集は出版されていないので、ちょっとした画集という感じで購入しました。 帰りのバスに乗るために美術館を早めに出て、バス停まで行きました。遠くで雷が光って、ものすごい音が鳴っていました。いつ土砂降りになるかわからないと思ってひやひやしましたが、バスは予定の時間になっても来ません。5分ほど遅れて来たバスはボディーがびちゃびちゃに濡れていました。手前は土砂降りだったのでしょう。最近「雨男」の汚名を返上できているので(^-^;)、きょうも雨に遭わずに済んでほっとしました。 バスは金沢市内に入ってから渋滞に巻き込まれてとろとろ運転になり、降りようと思っていた停留所に10分遅れて到着しました。「武蔵ケ辻」という停留所で降りて、歩いて15分ほどのところにある「金沢21世紀美術館」に急ぎました。
2008年08月13日
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庭ではひまわりもすっかり枯れてしまい、毎年のことながら、花が少ない時期になりました。 枯れたひまわりはしばらくこのままにしておきます。外は暑すぎて庭作業をする気になれないというのも1つの理由ですが、4年ほど前から種を狙ってやって来るようになったカワラヒワの賑やかな‘食事風景’がかわいいからです。スズメよりわずかに大きくて、グレーがかったグリーンとでも言えばいいような色の鳥です。必ず数羽でやって来て、耐えず鳴いているので、「今、庭に来ているな」とすぐにわかります。遠目にはスズメと区別がつかないこともありますが、スズメと違って絶対に地面には下りません。いつも電線に止まって様子を見て、直接ひまわりに飛んで来ます。 花が少ない中で、サルスベリが満開になりました。これは親のほうの玄関の前に植えてあります。 あとは、親の家と私の家の間の通路(?)脇に植えてあるギボウシが数日前に花茎を伸ばし始め、きのうあたりからてっぺんのつぼみが急に膨らんできました。 ギボウシという名前の由来は、「宝珠」に似ているところからと言われています。(擬宝珠)「宝珠」とは、如来や菩薩などが手に持っている物、あるいは、五重塔などのてっぺんに付いている(飾られている)物です。 今まで双方をそれほど意識して見たことがなかったのですが、最近、仏教美術にも興味を持つようになって、博物館などで宝珠を見ていたので、「今度はギボウシのつぼみを見ておかなければ・・・」と思っていました。 おととい「なるほど似ていると言えば似ているかも・・・」と思って、しげしげと見ていました。きのう、きょうで、さらに膨らんで、下のほうからごく一部、花びらが出てきていました。 1年でいちばん暑いときにうちの庭で咲くのがギボウシ、寒いときに咲くのがふきのとうです。うちのギボウシは遅咲きで、花期がちょうどお盆のころになります。 ・・・と、そこにハチが飛んで来ました。 ハチもこの時期は蜜集めに苦労しているのか、まだほんのわずかしか出ていない花びらの中に必死でもぐろうとしていました。 花がない一方で、先日からところどころで毛虫・青虫の類を見かけます。‘高い薬’を散布しておきました。。。(^-^;) 山茶花の木も毛虫が付きやすいので、よく見てみました。そして、枝の先につぼみになる小さい新芽のようなものを見つけました。 夏の盛りの暑さが続いていますが、植物はちゃんと季節の移ろいを感じているようです。
2008年08月12日
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今週は、いつも行っているスポーツクラブが施設の改修を兼ねて長めに夏期休暇で営業していないので、泳ぐためにはほかのプールに行かなければなりません。平日ながら盆休みに入っている人も多いだろうから、「屋外プールは混んでいるかなぁ?」と思いながらも、‘いつも’の屋外プールに行って来ました。ただ、屋外プールと言っても、きょうは今までと比べると、‘泳ぐため’に行くという気持ちが強かったんですが・・・。 前回と同じ時間に着き、まだ人がそれほど多くなかったのでほっとしました。 ‘いつも’の場所を陣取って、しばらく寝転びます。日焼けもすっかり落ち着いて、‘いい色’になりました。(笑) ミネラル・ウォーターやジュースを飲んだり、パンを食べたりするところまでは今までどおりですが、きょうは早めにプールに入りました。 人も多くはなく、端に取ってあるコースでは続けて泳げそうでした。 アップのあとは、屋外プールでは初めての「3000M」を泳ごうと思っていました。先月はもっぱら平泳ぎの練習ばかりで、その平泳ぎが必要だった遠泳大会も終わったので、今度は24日(日)のOWSのための練習を少しはしておかなければなりません。特に、この春あたりからクロールの長距離の調子がさっぱりなんです。。。 「きょうは、アップが500M、そのあと「3000M」、イージーが200M、ダウンが800Mで、トータル4500M!」と思って、始めました。 アップが終わって、「3000M」を泳ぎ始めたのですが、まったく調子が出ません。。。400Mぐらい泳いだときに、「絶対に3000Mは無理だ・・・」と思うほど、腕に力が入らなくなりました。。。それで、あきらめて、「1500M」を2本に変更することにしました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):500M」「クロール・コンビ:1500M」「イージー:50M×4」「クロール・コンビ:1500M」「イージー:50M×4」「平泳ぎ・コンビ:50M×6」「イージー:50M×4」「ダウン:400M」 ・・・トータル:4800M 「1500M」は2回とも‘へろへろ’・・・。_| ̄|○何より、プールで「3000M」が泳げなくて、海で3.2kmが泳げるのか、不安になってきました。。。 平泳ぎなら少しはましかと思って泳いでみましたが、こちらも‘先々月状態’でした。。。 トータル5000Mにしたかったのですが、時間切れでできませんでした。 ・・・ちょっと‘遊びすぎ’で、疲れてきたのかも。。。(^-^;)
2008年08月11日
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来週末は土曜日がもう16日で、お盆の墓参りは‘先祖を迎えに行くため’らしいので、早めのほうがいいということで、きょう墓参りに行きました。 いつもは弟の家族もいっしょで、子どもたちがにぎやかなのですが、きのう、きょうと、旅行の予定を立ててしまっているとのことで、今回は弟の家族抜きで両親と私だけで行きました。以前にも一度、同様のことがありました。 母は既にきのう供える花を買って来ていました。弟たちがいっしょに行くときは、途中の駅で待ち合わせて、車にちょっと詰めて全員が乗っていくのですが、きょうは3人で電車とバスを乗り継いで行きました。 弟の家族が一緒のときは昼前に墓参りが終わるようにして、昼ごはんを墓地近くのレストランで食べます。私も気に入っているし、弟の子どもたちが大好きなレストランがあるんです。大勢でにぎやかに食事するのも1つの楽しみなんですが、今回はそれもありません。 弟たちがいないので、今回は夕方行きました。昼は猛暑で、炎天下の中、草むしりをするのは大変だと思ったからです。 墓地に着いて、墓の周りを見ても、思ったほどは草は生えておらず、夕方だったため、汗だくにはならずに、墓周りをきれいにすることができました。 いつものように母が読経するのですが、今回、私は買ったばかりの数珠を出して、手を合わせました。 そして、5時半に‘いつも’のレストランに3人だけで行きました。‘余計’なものは注文せずに、‘粛々と’食べました。(^-^;) 弟の子どもたちもだんだん大きくなり、いっしょに住んでいない祖父母とは少しずつ縁が薄くなっていくのかもしれません。私もずいぶん長い間会っていません。 会いたいような、会ったらまる1日潰されてちょっと嫌なような、複雑と言えば複雑な心境です。平日にいきなり来て、両親の家に泊まるというのは避けてほしいなぁ。。。
2008年08月10日
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結び方の2種類でした。 最初は大変でしたが、3~4度続けてしてみると、体が覚えてきました。
2008年08月09日
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きょうは、「兵庫県立美術館」へ行って、「冒険王・横尾忠則」展を見て来ました。 「兵庫県立美術館」も、「大阪市立美術館」、「大谷記念美術館」(西宮市)、「奈良国立博物館」に続いて、今年だけで既に3度めになりました。・・・この4館だけで12回訪れているわけか。。。 今回も、年初の「ムンク展」のときと同じ通路にシースルーの文字で表示がされていました。 横尾忠則は名前はよく聞きますが、何をする人かと言われれば、よく知りませんでした。 展覧会のチラシから抜粋して書くと、1936年生まれで、絵画とグラフィック・デザイン間を越境して、多面的な活動を展開してきた人と紹介されています。そのうち、今回の展覧会では「冒険」をキーワードとして、絵画を中心に、これまでの足跡をたどろうとするものです。 会場の入り口に「出品リスト」のほかに「豆知識」というシートが置いてあります。これはぜひ取るべきです。半数以上の作品についての1行コメントが書いてあります。それが解説になっていたり、絵を見るときのヒントになっていたりして、今までの展覧会で受け取ったシートの中でいちばん役に立ったシートになりました。絵の横には個別の解説はないので、その意味でもこのシートはあったほうがいいと思います。 会場はまず、「1.予感・選択」といコーナーから始まります。「予感」とは今までの人生から考えて、これから起きそうだと感じていることでしょうか。「選択」は現在置かれているところから、未来に向ってどの方向に進むかを選ぶということでしょう。コーナーの最初にあったパネルには、「Y字路」は分かれ道であり、「選択」を意味するとありました。展示してある作品はいずれも「Y字路」を手前から見たところで、「あなたなら、どちらの道に進みますか?」と問われているようでした。普段目にしているのは圧倒的に「十字路」が多いと思うので、昼や夜のさまざまな「Y字路」を見せられると、それだけで異次元空間に迷い込んだような感じになりました。ほどよくシュールな感じで、思っていたより横尾忠則の世界に引き込まれました。 『昨日今日明日』という作品は、エルンストの『昼と夜』のように、1つの風景を別の時間で切りぬいたものを‘貼り付けた’感じで、また、『TとRの交差』には明らかにデ・キリコの“イタリア広場”が「画中画」引用されています。緻密な描きかたではないのですが、遠目に見るといい感じで、シュールレアリスムの巨匠の手法や作品をうまく利用していると思いました。 描かれているのは日本の街並みなのですが、こんなにうまく西洋風のシュールさが出せるとは思いませんでした。 続いて、「2.旅の始まり」、「3.少年は冒険を好む」。左右がすべて反転して描かれている『脈絡』では、‘EXIT’のところにいる後姿の女の子が‘後ろ脚’で入って来ようとしているようにも感じられます。つまり、具体的にはわからないとこまで‘逆’なのではないかと考えてしまいました。 次は、「4.冒険の時代」。ここはイラストレーターとしての活躍を紹介するところで、ポスターや雑誌の表紙、レコード・ジャケットなどのイラストがいかにして色づけされるかが、夥(おびただ)しい数の原紙や色指定紙といった実物の展示によって紹介されていました。思った以上に細かい作業で、イラストレーター本人はもとより、依頼を受けた印刷業者の苦労がわかるコーナーでした。 「5.創造と冒険」。ここは、「コラージュ」、「夢」、「反復」、「名画」、「ルソー」というテーマに分けられていて、特に、最後の2つが楽しめました。 「名画」は、巨匠の有名な作品を好き勝手に引用して自分の作品に仕上げたものです。たいていの作品は見てすぐに、元の作品がわかるものでした。『集合と分散-その力の動き-』はベラスケスの『ラス・メニーナス』だし、『解かれた第7の封印-画家の誕生-』は明らかにフラ・アンジェリコの『受胎告知』です。ただ、『天の岩戸』は「画面を走る赤い線は、クールベの『まどろみ』の眠っている女性2人の輪郭をたどっている」らしいのですが、唯一わかりませんでした。。。 普通、こういう作品は絵の題材に困った(もっと言えば、行き詰った)場合に用いるやり方だと思うのですが、どの作品もそういう感じは受けず、むしろ、余興で楽しんでやったような感じさえ受けました。それほどうまく自分なりに作品を取り入れ、オリジナリティー溢れる仕上がりになっていました。 「6.戦士の休息」。ここは男たちの入浴シーンを結構荒っぽいタッチで描いた作品が展示されていました。見ている方としては、‘休息感’はありませんでした。。。 「7.冒険は終わらない」。ここは2007年、2008年の作品ばかりで、むしろ難解になっていて、よくわかりませんでした。知らない人物や場所がモチーフになっているのは‘苦しい’です。。。 よく知らないアーチストで、特に興味もなく行ったのですが、結構楽しめて、2時間ちょうどかかって見ました。 「特別展」のあとは、この美術館のもう1つの楽しみ、「コレクション展」を見に1階へ行きました。 最初の2部屋は新しく収蔵された作品が展示されていました。菅井汲の大作が2点ありました。 その次の部屋は、木版画とアクアチント、エッチングの作品が、刷り板と併せて展示されていました。特に木版画は、1枚の作品に使われる何枚もの板が並べて展示してあって、肉筆より大変そうな作業の過程がわかりました。・・・うちにある版画もこういう過程を経て出来上がったんだ。。。 あとの部屋にあった彫刻は前と変わっていませんでした。 最後に、2階に行って、金山平三と小磯良平の部屋をさっと見て、いちばん奥の近代の日本人の絵画を見ました。残念ながら「これ!」という作品はありませんでした。それでも、黒田清輝、岡田三郎助、安井曽太郎、須田国太郎といった、大正から昭和の初めにかけての蒼々たる顔ぶれの作品も1~2点ずつありました。 「コレクション展」だけでも1時間15分かかり、「特別展」と併せて3時間半近くを美術館の中で過ごしました。 この「兵庫県立美術館」ははじめはどうも好きになれませんでしたが、最近、慣れもあるのか、結構お気に入りになってきました。毎回訪れるたびにのんびりと4時間程度を過ごして、「ああ、楽しかったな」と思って帰れる美術館はそうはありません。 今回は、美術館を出て、隣の隣にある「JICA」に寄って、食堂で月替わりのエスニック定食、今月は「インドネシア定食」(650円)を食べて帰りました。 「美術」と「エスニック料理」という2つが楽しめて(^-^;)、気分のいい1日でした。
2008年08月08日
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4日前の「野尻湖10km遠泳」での平泳ぎの疲れは‘手ごわく’(笑)、まだ足の筋肉痛は完全には取れていません。それと、きのうの集中豪雨的な通り雨でびちゃびちゃになり、全身ずぶ濡れでクーラーの効いた電車に乗ったせいか、体が冷えてしまったようです。朝からくしゃみが止まりませんでした。 それで、きょうは朝起きたらいい天気だったので、屋外プールに行って、日光と水泳とで温まって来ようと思いました。(笑)ただ、天気予報では、「夕方はきのうのような雨になる可能性があります」と言っていたので、わずかに迷いましたが、まず傘を持って行くようにし、土砂降りになったら、そのときはプールで泳げば、雨の中でのOWSの練習になるなどと考えました。 プールには10時過ぎに着きました。いつものように最初はプールサイドにタオルを敷いて寝転びます。 きょうは平日だし、天気がいまいちだということで、人は多くありませんでした。1人で来ていてプールサイドに寝転がっている大人など、4~5人しかいませんでした。(^-^;) 寝転んでいる間は、天気はまずまずで、一層焼けたと思います。。。 いつものようにパンを食べて、水やジュースを飲んで、しばらく寝転がっていたら、監視員が近くを通るときに、「暑さ対策は大丈夫ですか?」と声を掛けてきました。・・・声を掛けられたのは初めてだ。。。タオルを5枚と、ペットボトルや水筒のようなものも2本持って行っていたので、それらを指さして、「大丈夫だと思います」と答えておきました。・・・あまりにも無防備に長時間、寝転び過ぎ?(^-^;) そのあと、プールに入りました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):400M」「クロール・コンビ:1500M」「イージー:50M×4」「平泳ぎ・コンビ:50M×6」「イージー:50M×4」「クロール・コンビ:1500M」「潜行、横泳ぎ、ヘッドアップ・クロールなど:合計600M」「イージー:50M×4」「ダウン:600M」 ・・・トータル:5500M 泳ぎ初めて間もなく、雨が数滴ぱらりと落ちました。「きのうのような雨になるのかな・・・」と思いつつ空を見上げると、それほど厚い雲ではありませんでした。その後も結局雨は降らず、どんよりした雲がかかった状態で、気温は高くて直射日光はないという泳ぎやすい条件になりました。 まず、いつものようにクロールで「1500M」。あいかわらずさっぱりダメです。。。 そのあと、先月は平泳ぎばかり練習したし、「遠泳大会で10kmも泳いだのだから、むしろ平泳ぎのほうが泳ぎやすいかも・・・」と思って平泳ぎで泳ごうとしましたが、脚が言うことを聞きません。。。それで、あえなく50M単位で6本泳いだだけでやめました。・・・脚(足)は相当悲鳴を上げているのかも。。。 ‘いつも’なら、このあたりで切り上げるのですが、今週は営業時間を2時間延長しています。火照った体に、曇った空。‘絶好’の組み合わせです。(笑)泳いでいると、とても気持ちよく、どうしても水から出る気になれませんでした。それで、クロールで「1500M」をもう1本! その後、人は少しずつ減っていき、逆に泳ぎやすくなったので、ひさしく泳いでいない横泳ぎや潜行、ヘッドアップ・クロールなどを適当にやりました。気が付くと、広いプールに客は10人ほどになっていました。 最高でトータル5000Mでやめようと思っていた意志は軽く崩れ、ダウンをとろとろと泳ぎました。泳ぎ終わってあたりを見ると、私1人になっていました。。。(^-^;)・・・営業終了時刻まで1時間近くもあるのに、もったいないなぁ。。。 監視員たちはきっと「早く帰れ! そしたら、オレたちも帰れるのに・・・」みたいに思っているんじゃないかと思って(笑)、プールから上がりました。 シャワーを浴びて、服を着て、施設から出たときでも、まだ営業終了まで30分もあったのに、客は完全に私1人状態でした。プールで最後の客になったの、たぶん初めて。。。 去年の「プール滞在時間」7時間半の記録を抜いて、きょうは7時間45分いました。(^-^;) 24日の日曜日は、今度はクロールで「タイム&順位」を競う遠泳大会があります。クロールの長距離の練習をしなきゃ。。。
2008年08月07日
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「中山寺」に続いて、阪急電車に乗って「総持寺」にやって来ました。ここは寺の名前がそのまま駅の名前になっています。 「西国三十三所・第二十二番札所『総持寺』」は、駅から歩いておよそ5分のところにあります。駅を出ると、看板があるので、方向もわかります。 朱印帳の受け付けは5時までで、「中山寺」の参拝に1時間40分もかかるとは思っていなかったので少しあせっていましたが、ちょうど4時に「総持寺」に着きました。 ■第二十二番札所 補陀洛山「総持寺」 本尊:千手観音菩薩 宗派:高野山真言 宗開祖:藤原中納言山蔭 創建:寛平2年(890年) 御詠歌:おしなべて 老いも若きも 総持寺の ほとけの誓い 頼まぬはなし 山門の外に手水舎がありました。これが何とも現代的で、金属でできた蓮に手を近付けると自動で水が出てくるようになっていました。 その隣に石段があって、上に山門がそびえています。 山門をくぐると、ほぼ正面に「本堂」が見えます。この画像を撮っているときは、見てのとおりのいい天気でした。。。 賽銭を入れて、お参りをしました。 そして、右手にある「納経所」に行きました。ここは、土産なども扱っていて、ガラス張り(?)の部屋になっています。 集印帖をかばんから出しているときに、雷が鳴りました。きのうの奈良からの帰りは間一髪で駅まで雨に遭わずに戻れましたが、「きょうは降りそうだな・・・」と思いました。 「納札入れ」が見当たらなかったので、聞くと、納経所の隣にありました。納経札を入れ、集印帖を差し出しました。 朱印を書いてもらっている間に、突然、空が割けるような雷とともにものすごい雨が降り始めました。あまりの雨の強さに、朱印を書きながら寺の人が「少しゆっくりしていったほうがいいですねえ」というほどでした。 10分ほど様子を見ましたが、雨の勢いは衰えそうにないし、寺の参拝は5時までなので、‘意を決して’傘を片手に境内に出ました。 がんばって土砂降りの「本堂」を撮ったんですが、雨ってカメラにはそれらしく写らないんですね。。。 奥に「普悲観音像」を祀っている建物があって、ここは中に入れました。 中には「西国三十三所」の各札所の本尊の小ぶりの石像が並んでいました。 「本堂」の左側に「薬師如来堂」もありました。 その前あたりは小ぶりの日本庭園といった感じで、池もあります。本来は、この池にいるはずの亀をさがしたいところだったんですが、信じられないぐらいの雨が降っていたのであきらめました。 池の西、「薬師如来堂」の南側に「不動明王堂」がありました。中は薄暗くてよく見えませんでした。 境内は広くはなかったので、30分程度で回れると思います。私は納経所でしばらく佇んだのと、土砂降りの雨の中、傘を持ってカメラを片手に見て回ったのとで、境内に小1時間いました。 帰りは雨はさらにひどくなり、駅へ向かう途中の道は川のように水が流れていました。 ほぼ全身ずぶ濡れ状態で駅にたどり着き、電車に乗って帰って来ました。 夜のニュースで、「総持寺」のある茨木市はずっと「大雨・洪水警報」が出ていて、床上まで浸水した家もあったそうです。きのうとは逆で、きょうは最後の1時間は経験したことのない雨に遭ってしまいました。。。 体が冷えていたら風邪を引きかねないので、風呂にのんびりと入りました。
2008年08月06日
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きのう、「奈良国立博物館」で「西国三十三所」展を見て、隣の興福寺境内内にある「第九番札所・南円堂」をお参りして、私の「西国三十三所巡り」が始まりました。早速、きょうは電車で行きやすい札所を2つ続けてお参りしてきました。 1つめは「第二十四番札所・中山寺」です。もう1つは「第二十二番札所・総持寺」です。どちらも阪急電車の駅から歩いて数分なので、方向感覚に弱い‘入門者’にもってこいだと思いました。(^-^;) まず、「中山寺」に行きました。阪急「中山」駅から歩いて1分という、おそらくすべての札所の中で駅からの近さ・便利さでは1番ではないかと思う寺です。 ■第二十四番札所 紫雲山「中山寺」 本尊:十一面観音菩薩 宗派:真言宗中山寺派 開祖:聖徳太子 創建:推古天皇時代初期(593~628年頃) 御詠歌:野をもすぎ 里をもゆきて 中山の 寺へまいるは 後の世のため 山門です。 左手に「総持院」、「宝蔵院」、「観音院」、右手に「華蔵院」、「成就院」といった建物を見ながら中央の参道を進むと、石段に行き当たります。この石段を上がった右手に「納経所」、さらに上がった向こうに「本殿」があります。もちろんこの階段を上がってもいいのですが、どちらにも右側にエスカレーターがあります。境内にエスカレーターがある寺も珍しいと思います。 「納経所」に入って、朱印を受けました。 そして、向かいにある「五百羅漢堂」に入りました。1997年に建てられた新しい建物です。「五百羅漢」だから、「本当に羅漢像が500体あるのだろうか?」と思ってしまいますが、実際には700体余りあるそうです。 本尊は釈迦如来像で、間近で見ることができます。 続いて、エスカレーターでさらに上へ行って、本堂をお参りします。「五百羅漢堂」横のエスカレーターの向こうに見えているのが「本堂」の屋根です。(エスカレーターの右側にわずかに見えている建物が「五百羅漢堂」です。) 「本堂」を正面右手から見たところです。左手奥には「大願塔」が見えています。 賽銭を入れて、手を合わせました。また、賽銭箱の横に「納札入れ」があるので、そこに「納経札」を入れました。 奥に進むと、「大師堂」があります。真言宗祖の弘法大師がお祀りしてあります。 「大師堂」も中に入れます。堂内には「西国三十三所」の土砂が安置されていて、「砂を一踏み三礼すれば、その功徳は西国三十三所観音巡礼に等しい」と書いてありましたが、料金500円が必要で、私は「西国三十三所」は時間がかかっても実際に行ってみたいので、入って、掛けられている霊場の掛軸を拝見だけしました。 ここで‘旋回’して、「大願塔」の北側に出て来ました。 階段を下りて来ると、いくつもの建物がありますが、このあたりは新しい建物です。 ちょうど中腹あたりまで戻って来ると、「閻魔堂」があります。ここは中に入れます。 中央の通路まで戻って、山門に至る途中にある「観音院」や「華蔵院」も少しずつ覗いてみました。 そして、山門まで戻って来ました。思っていたより広い寺で、これだけの参拝で1時間40分かかりました。 山の手にあるためか、下界より(^-^;)わずかに涼しいように感じました。 続いて、阪急電車に乗って、「総持寺」に向かいます。
2008年08月06日
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「奈良国立博物館」で「西国三十三所-観音霊場の祈りと美」展を見て、そのあとで、隣にある「興福寺」境内の西端にある「南円堂」へ行けば‘理想的’だと考えていたのですが、いつも「奈良国立博物館」に行くと、結果的に閉館間際までいてしまい、「南円堂」の納経の受付時刻が午後5時までのため、遅くなると「納経帖」に朱印を記入してもらうのが間に合わなくなると思っていたので、実は、博物館に入る前に、「南円堂」での記帳は済ませておきました。 私はこれから「西国三十三所参り」を始めるつもりです。その巡礼に際して、いくつかの決まりごとがあるので、ここに記しておきたいと思います。私なりに本やインターネットのサイトで調べて、「これだけはしよう」と考えた‘最低ライン’です。 まず、西国巡礼は観音菩薩への帰依を求めることであるということを忘れないようにする。 寺での実際の参詣の手順としては、 1.山門をくぐるときは、一礼をし、敷居をまたぐ。(踏まない。) 2.手水舎で手を清める。 3.本堂を参拝し、納経札を納める。 4.ろうそく、線香などを供え、賽銭を入れる。 5.納経所で朱印を受ける。 6.山門を出て、本堂のほうに向き直し、一礼する。 今回の「南円堂」は興福寺の境内の中にあり、他の寺とは様子が異なります。 「南円堂」にお参りする前に、まず、境内の南西の隅にある「三重塔」のほうに行きました。 そして、その北にある国宝の「北円堂」のほうに行きました。元は721年に創建された建物で、今は1208年に再建されたものが建っています。本尊は「弥勒如来座像」で、これも国宝に指定されています。内部は年に数日しか開放されません。 それから、「南円堂」に行きました。 ■第九番札所 興福寺「南円堂」 本尊:不空羂索(けんさく)観音菩薩 宗派:法相宗 開祖:藤原冬嗣 創建:弘仁4年(813年) 御詠歌:春の日は 南円堂に かがやきて 三笠の山に 晴るるうす雲 私にとっては最初の寺ということで、「第一番札所」のような気分です。JRの奈良駅からうだるような暑さの中を歩いて来たので、顔や腕から汗が滴るように出ていました。それを見た納経所の人が「これ、お使いなさい」と言って、タオルを差し出しました。一瞬戸惑っていると、「あげるということですよ」と言いました。私は汗を拭くという習慣がありません。指で目の周りの汗を脇に寄せるぐらいしかしないのです。。。でも、他人から見たら、とても暑そうに見えるんでしょうね。(^-^;) お礼を言いつつ、もらったタオルで汗を拭きながら、買っておいた「納経帖」を差し出して、「きょうから始めます。よろしくお願いします」と言いました。「ああ、そう。がんばってね」と言われて、「もしかして、‘若い奴が感心なことだな’と思われて、タオルをくれたのかもしれない・・・(^-^;)」と思いました。朱印はどこでも300円です。お金を払って、書いてもらった朱印にあらかじめ用意しておいた懐紙を挟んで閉じました。 ここで「奈良国立博物館」へ行って、「西国三十三所」展を見て来ました。そして、帰りにもう一度「南円堂」の前を通りました。5時を少し過ぎていましたが、まだ納経は受け付けているようで、人がいたので、博物館で買ったばかりの「納経札」を出して、「これはどうしたらいいんですか?」と聞きました。すると、「賽銭箱の横にお札を入れる箱があるから、必要なことを書いて入れてください」と言われたので、急いで記入して、言われたところに入れました。 そして、先ほど来たときには賽銭を入れてお祈りをしていなかったので、きょうの締めくくりとして、賽銭箱に少しばかりのお金を入れて、「きょうから三十三か所を回らせていただきます。どうかお見守りください」と手を合わせました。 そして、境内をあとにして、昼に来たときにもらったタオルを片手に、駅まで歩きました。猛暑で汗が噴き出ましたが、気持ちよくタオルでぬぐいました。 駅に着いて10秒ほどしたら、突然雷が鳴って、叩きつけるような雨が降り始めました。電車に乗っている間、しばらくは遠くが見えないほどの雨でした。その後、雨はやみました。 もうすこしのんびりしていたら、この雨にあって、ずぶ濡れになっていたと思います。「お寺にお参りしたおかげかな・・・」と思いながら、帰って来ました。 これから時間を作って、気が向いたときに「三十三所」を回りたいと思います。「結願(けちがん)(・・・三十三すべての寺のお参りを終えること)」はいつになるかわかりませんが、必ず達成したいと思います。
2008年08月05日
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きょうは、「奈良国立博物館」へ「西国三十三所-祈りと美-」展を見に行って来ました。この博物館を訪れるのは今年に入って3回めです。 この展覧会は今年最も楽しみにしていたもののうちの1つです。仏教美術に興味を持つようになって、寺をのんびりと見てみるのもいいものだと思っているのですが、訪れる寺を選ぶ“拠りどころ”のようなものがあったらいいなと思っていました。そんなときに知ったのが「西国三十三所」です。 近畿2府4県と岐阜県の合計33の寺が指定されています。この意味では、三重県は昔から近畿ではなかったんだなと思ったりもします。 「西国三十三所(さいごくさんじゅうさんしょ)」は、いわゆる「四国遍路」として有名な「四国八十八か所」と並んで、よく知られている巡礼の道だと思います。「西国三十三所」は「さんじゅうさんかしょ」と言わないのが正しい(伝統的な)ようです。 【以下、展覧会のチラシより】西国巡礼は、奈良時代に奈良・長谷寺(はせでら)を開いた徳道上人(とくどうしょうにん)によってはじめられ、その後、花山法皇(かざんほうおう)の中興を経て広がったと伝えられています。そもそも霊場が三十三所に定められたのは、『法華経(ほけきょう)』普門品(ふもんぼん)(観音経)の説かれる、観音菩薩が三十三の姿をあらわして衆生(しゅじょう)を救済するという三十三身の教えに基づくと考えられています。それぞれの霊場は宗派も一様ではありませんが、いずれも観音菩薩を本尊として祀っており、三十三所の巡礼は、宗派を超えた「観音の道」ということができます。 調べてみると、三十三の寺の宗派に「浄土宗」はありません。うちは浄土宗なので、少し寂しい(残念な)気持ちもしますが、‘宗派を超えて’お参りできるということなので、気にしないことにします。そして、実際に三十三の寺にお参りするときは、最低限の決まり事と持ち物(格好)を持参しようと思っています。 また、すべての寺に公共交通機関を利用して、不便な所にある寺で徒歩で片道1時間以上かかるところでもタクシーは使わないで、歩いてお参りすることにしたいと思います。お参りする目的は人それぞれだと思いますが、私の場合は、「現世における懺悔」と「現世のあと、少しでも‘いい所’へ行けることを願って」です。 博物館に入って、まず、コイン・ロッカーにかばんを入れます。去年の8月に初めて「奈良国立博物館」に来たときに作った「年間パスポート」を利用して入館します。この「パスポート」で特別展に6回入れるのですが、「奈良」で3回のほか、「京都」で1回、「九州」で1回の、合計5回で終わってしまうことになります。最近は少しは展覧会を選んで見ているということになるのでしょうか。。。とにかく、パスポートの元は取れましたが、使い切ることはできませんでした。 まず、最初の部屋は、「第1章.ほとけ-観音の道」でした。いくつかの寺の観音像が並べて展示してありました。飛鳥時代のものは左右対称で、奈良時代のものは腕が長く、体に独特のひねりが見られます。展示されているうちの10以上が重要文化財という、いきなり圧倒される部屋でした。 続いて、「第2章.縁起-霊場のなりたちと信仰」。はじめに書いた“成り立ち”の説明のあと、関係のあるものが展示されていました。3番めの勅撰和歌集『拾遺和歌集』、また『大鏡』の原本もありました。 ここまでで1時間以上かかりましたが、展示品数から考えると、まだ3分の2以上残っています。。。メインの展示品は終わったと考えて(^-^;)、まずかに急ぐことにしました。 次は、「第3章.秘宝-霊場に寄せられた祈り」。廃仏毀釈の動きのある中で守られてきた秘宝が展示してありました。仏像に対して祈りを捧げるというのは、言ってしまえば、一種の“偶像崇拝”のようなものでしょうか。でも、逆に言えば、一般庶民にとって神に何か願いがあるときに、祈る対象がほしいと思う気持ちもあるはずで、そのときに仏像というのは大きな力になったのではないかと思いました。 ここでは、菩薩ばかりではなく天像も展示してありました。それを見て、ふと思ったのですが、菩薩には立像も坐像もありますが、天像には立像しかありません。どうしてでしょうか・・・。あのいかめしい顔つきに坐像は似つかわしくないとか、そんな理由でしょうか。。。 また、このあたりから、三十三所ではない寺の所蔵品が多くなりました。 「第4章.法華経-観音の教えと救い」。はじめに書いた「法華経」関係の展示コーナーでした。 「第5章.霊験像-伝えられる利益とかたち」。「第6章.浄土-観音の居ます場所」。 最後は、「第7章.巡礼-人々を誘う力」でした。 展示品が200近くもある展覧会で、後半は「書」が多くなった関係で、博物館の展示はいつも後半が端折り気味になりますが、それでも2時間10分かかりました。 続いて、本館に行って、常設展示を見ます。 特別展の会場に今まで本館に展示されていたものが展示されていたので、常設展のほうは展示替えがあるはずです。この1年で最も入れ替わっていたように思います。 本館を1周して、最後に‘いつも’の「阿弥陀如来像」の前に行きました。あいかわらずの立派な‘水かき’を見上げながら、「これから三十三の寺を回ります。どうかその手ですくい上げてください」と念じておきました。 「阿弥陀如来を信仰する人が臨終のとき、阿弥陀如来が観音・勢至の2菩薩をはじめ、聖衆(しゅじょう)とともに迎えに来ると経典に説かれている」そうです。 また、ボランティアの解説の人が言っていたのですが、京都の「三十三間堂」の千十観音像のうち、1体がここに展示されていて、もう1体が「東京国立博物館」に展示されているので、実は「三十三間堂」は観音像がすべてそろっているのではないのだそうです。 本館にはちょうど1時間いました。 特別展に合わせて出されているグッズ・コーナーで、図録のほか、いろいろ買い込みました。(^-^;)少し前に浄土宗の男性用の念珠だけは買っておいたのですが、ちょうどいい色・サイズの数珠入れがありました。(・・・これ、懐紙入れにもぴったりで、もう1つほしくなりました。)また、「三十三所用のお札」の束がありました。ちゃんとした袈裟を着てお参りする‘勇気’はないので、肩から下げる「輪袈裟」を見て「いいなぁ」と思いました。ついでに(?)、般若心教の扇子も飾り物にいいと思い、これら全部を‘お買い上げ’しました。 これより前に念珠といっしょに買っておいた「納経帖」と併せて撮ってみました。(扇子は写っていません。) 早速、「西国三十三所参り」を始めることにします。
2008年08月05日
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灰の扱い方の最終チェックをされて、中央に穴をあけておく練習をしました。
2008年08月04日
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きょうは、今回の旅行のメイン目的の「野尻湖1周遠泳大会」です。 戦前から続く歴史のある遠泳大会で、今年で82回めになるというから驚きです。ただ、言ってしまえば、スタイルも古い感じです。 ここ数年で急にはやり出した、アルファベットで「OWS」と言われる大会と比べて考えると、「順位やタイムを競うものではない」、「泳ぐスタイルは平泳ぎ限定」というあたりが違います。 何度も日記に書いてきましたが、私はとにかく平泳ぎが苦手で、まともに泳いだことがありません。もともときょうは山形県で行われるはずだった「由良遠泳大会」が急拠中止になったために、その代わりに参加を決めたものです。 苦手でほとんど泳いだことのない平泳ぎの練習を、取って付けたように(^-^;)本番1か月前から週に1回始め、わずか4回の練習でいきなり10kmも泳げるのかどうか不安でしたが、プールでなんとか3000Mが泳げるようになったので、大丈夫だろうと思っていました。 6時に起きて、目を覚ますためにまず、旅行のときだけの習慣、“朝風呂”に入りました。その後、食事をして、部屋で自分でストレッチをしておきました。 きれいに晴れた空で、気温も十分に高いと感じました。泊まった部屋から見た朝焼け(?)の湖です。 宿泊客は、旅館の人が荷物を預かってくれて、泳ぎ終わったあとは風呂も入れてもらえるというので、名札を下げたかばんを渡しました。また、休憩時の弁当も手配してくれるということで、ペットボトルのお茶込みで1000円払いました。 チェックアウトして、受付場所に行って、張り出してある紙で自分の番号と隊列の位置を確認します。 キャップの色は「黄色」・・・。「最悪だぁ~。。。」白かブルーなら、これからスポーツ・クラブのプールで泳ぐときに使えますが、黄色って、‘普通’の人は使いません。「スクールのインストラクターがかぶってるキャップの色だぁ~。。。」 泳ぐ位置を見て、想像とは違いました。私のように、初参加で‘若くない’者(^-^;)は、たぶん後ろの方で、「いつSOSを出しても、救助されやすいようなところだろう」と思っていたのです。後ろの方でもないし、列の端でもありませんでした。むしろ中央のほうが、万が一のときは誰かに発見されやすい???(^-^;) 受付近くでうろうろしているときに、去年(2007年)の「せとうちOWS」で声を掛けてきた年配の男の人を見かけたので、挨拶しました。ところが、「あんた、誰?」みたいな顔をされたので(^-^;)、去年の話をし、「写真を送ったKenjiです」と言って、ようやく思い出してもらえました。 すると、「いや~、Kenjiさん!? 去年よりさらに若くなりましたねえ! 最初、どうして“高校生”が声を掛けてきたのかと思ったよ」と言いました。(笑)・・・“高校生”ですか。。。レスキューのボランティアを地元の高校の水泳部の男の子たちがするようだったので、そのうちの1人と思ったようです。(^-^;) 「いやぁ、本当に若く見えるねぇ。いいなあ、そういう‘○○歳’」。・・・お世辞じゃない感じで、そう言ってくれました。(爆) こういう行事の‘お決まり’の、関係者の挨拶や注意事項を聞いたあと、‘申し訳’程度の準備体操をして、いきなり浅瀬から決められた順に湖に入って行きました。・・・‘湖’で泳ぐのは、琵琶湖以外では初めてだ。。。 関係者の挨拶の中で、きょうの水温は24.5℃だという話がありました。26℃の水温のプールで震える私。。。(^-^;)でも、思ったよりはずっと温かく感じ、結構すんなりと水に浸かれました。 その後、いきなり前のほうの人が平泳ぎで進み始めました。 私の前は中学生、隣は小学生の男の子で、お互いに知り合いらしく、顔を上げたまま泳ぎながら話をしていました。・・・余裕だなぁ。。。 進み始めてしばらくすると、‘渋滞’が起きて止まりました。思っていたより前後も左右も人の位置が近いんです。進みかたにムラができると、すぐに前の人に当たるほどの距離になります。 また、平泳ぎが苦手な私でも、「もうちょっと速くてもいいんじゃないかなぁ・・・」と思うほど、平均的な速度は遅かったと思うし、何度も何度も‘渋滞’状態になりました。でも、おかげでとりあえずまったく問題なくそこそこの時間が経ちました。 私は腕時計をしていたので、ときどき時計を見ました。リタイアする人は最初の30分以内が多いと聞いていたのですが、私はこの30分はあっという間に過ぎました。でも、前後して、右のほうを泳いでいた男の子がお父さんに「寒い・・・」と言うのが聞こえました。そう言えば、私もずっと泳ぎ続けているわけなのに、体はひんやりした感じでした。数分後、男の子はピックアップされました。 さらに、左前方の人が何度も遅れ、(おそらく)強制的に引き上げられるのがわかりました。 ‘渋滞’はその後も何度も起き、気が付くと、手の指が‘しわしわ状態’になっていました。体が冷えているんだな、と思いました。 それと、尾籠な話になりますが、あとで何人かの人から聞いたのと同じで、泳いでいる間に尿意を感じました。しばらく止まっていられれば‘排出’できるのですが、ゆっくりでも泳いでいると、出せません。。。結局、(たぶん)多くの人が‘我慢’したまま、前半を泳ぎ切ったようです。体の表面が冷えている証拠だと思います。 それでも、途中からは少し余裕も出てきて、左右程度はきょろきょろして、ほかの人の泳ぎを見たり、岸の木々や建物などを見て、わずかながら風景を楽しむことができました。ただ、持って行くゴーグルを間違えてしまって、曇った状態で視界が悪かったので、遠くは見えづらく、残念でした。水は期待していたほどきれいではなく、魚はまったく見当たりませんでした。まあ、クラゲの心配をしなくていいのはありがたいです。(^-^;) 前半はこんな感じが続き、予定より10分遅れて、休憩場所にたどり着きました。・・・我ながら、よく2時間40分も平泳ぎで泳ぎ続けられたものだ。。。(笑) ところが、水から出るために浅瀬で足を着こうとして、足が言うことを聞きませんでした。足首が‘へろへろ’なのです。少し違いますが、長時間正座して、いきなり立ち上がろうとしたときのような感じです。手で水を掻いてバランスを取りながら、ゆっくりと足をつけて進み、無事、‘上陸’しました。 泳いでいる間は「この調子なら、後半も大丈夫だ!」と思っていた安心感が、上陸するときの足の感覚のなさで一気に心配になりました。 陸に上がって、役員の人たちのいるところに行って、弁当とお茶を受け取りました。 トイレは行列でした。。。(笑) 休憩は12時30分までということで、50分足らずしかありません。食べてすぐに泳ぐのには不安もあり、また、陸に上がってから思っていたよりは疲れを感じたので、大きめの弁当は食べ切れませんでした。 弁当を食べているときに、後ろにいたおじさん2人が「兄ちゃん、いい色してるね~!」と声を掛けてきました。少し話をしていると、‘やっぱり’年の話になって(笑)、年齢を言ったら、ほどなく会話は終了しました。。。 のんびり休憩したという実感もないままに、「では、後半、出発します!」ということで、再び‘申し訳’程度の体操がありました。 そして、後半が始まりました。 明らかに前半よりスピードが上がっています。前半の遅れを取り戻すかのような感じです。 前半は何度もあった‘渋滞’もほとんどありません。それどころか、「前の車との車間距離」はときどきかなり広がりました。しかも、前半よりゴーグルの曇りがひどくて、疲れもあり、景色を眺める余裕はまったくなくなりました。 前を泳ぐ男の子は余裕しゃくしゃくといった感じで、ときどきバタフライで泳いでみたり、数メートル垂直にもぐったりしていました。それを見ていた左側の小学生も真似をしていました。・・・いいなぁ。。。 前半は何度も前の男の子に追い付いていたのに、後半はその子の姿を姿をとらえるのがやっとになるほどで、また、手足の感覚もわずかに麻痺しかけていました。疲れと水温が原因だと思います。 それでも、泳いで行く方向を確認しなくていいというのは、他の「OWS」と大きく違う点で、「どこを泳いでいるんだろうか」という心配・焦りがないのは助かります。 定位置から遅れそうになったときや、体の調子を整えたいときは、少しならクロールでもいいということだったので、ほんの数回、クロールで泳ぎました。前や隣を見ると、結構な時間、クロールで泳いでいる人もいたので、私と同様、前半とのペースの違いを感じたのでしょう。 最後の30分ほどはほとんど気力だけで泳いでいたと思います。時計を見て、あと20分ほどだと思ったときに、「あと1時間泳がなければいけないとしたら、無理かも・・・」と思うほど、疲れていました。 ところが(?)、そんなことを考えて10分もしないうちに、「間もなくゴールで~す!」という声がしました。その2分後には出発地点に着きました! 時計を見ると、2時50分。前半と後半がまったく同じ距離ではないのかもしれませんが、前半より20分も早く‘上陸’になりました。 ほとんど感覚がなくなっている足を引きずるようにして、1歩1歩水際を歩きました。。。 なんとか水から上がることができて、無事、平泳ぎで10kmを泳ぎ切ることができました! 全員にお汁粉がふるまわれ、それをすすりながら、完泳できたことにほっとしました。 相当な量の運動をしたはずなのに、体は温かくなく、陽の当たる部分にいたいと思いました。 その後、完泳回数順に「完泳証」が手渡され、初参加の私は最後に受け取りました。 参加者127人、リタイア6人ということで、121人が完泳したそうです。 きょうのような絶好の条件の下でも体が冷えたぐらいなので、「水温がもっと低くて曇っていたらどうなっていただろう・・・」と思いました。 関係者の挨拶がすべて終わり、大会は終了しました。 急いで旅館に戻り、風呂に入れてもらい、身づくろいと荷物の整理をして、バス停に向かいました。 予定どおりにバスも在来線の電車も運行され、長野まで着きました。出発まで40分もあるのに、乗る特急の「しなの」号はもうホームに停車していました。それで、駅弁を買って、車内で食べました。 3時間以上かかって名古屋に着き、さらに「のぞみ」号に乗り換え、在来線に乗り換えて、家に着いたときは11時を大きく過ぎていました。名古屋あたりから、足の曲がる部分(・・・サッカーボールを蹴る部分)がものすごい筋肉痛を起こし始めていました。階段を上るのが大変で、歩いていても、爪先が上がらず、何度かつんのめりそうになりました。。。(^-^;) 「観光旅行&遠泳大会」の「長野県縦断旅行」は、そんなこんなで終わりました。でも、やっぱり楽しかったなぁ~! ・・・来年、「野尻湖遠泳大会」に参加するかと言われれば、微妙なところです。。。やっぱり“敵”は水温で、2番めは距離です。8kmぐらいだったら気楽なんだけどなぁ。。。・・・あと、この大会、‘腕に番号を書かれない’のが個人的には非常に残念です。(^-^;) (P.S.大会の画像は数日後にアップします。m( _ _ )m)
2008年08月03日
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「松本城」を見学したあと、特急「しなの」に乗って「長野」駅まで行きました。松本と長野がこんなに離れているとは知りませんでした。 駅を降りて、バス乗り場に飛んで行き、「水野美術館」に行くバスに乗りました。 バスは10分ほどで「水野美術館」前に着きました。 「水野美術館」は、キノコのコマーシャルで有名な(?)「ホクト株式会社」の会長の美術コレクションを展示している、2002年に開館したばかりの私設美術館です。コレクションは「近代~現代の日本画」です。 きょうから「川合玉堂展」をやっています。この美術館は、年に6回程度、企画展をし、そのうちの4回はコレクションの中からテーマを決めて、残りの2回はコレクションをメインにしながらも他から借りて特別展を行うようです。今回の「川合玉堂展」は後者で、「東京国立近代美術館」や一般企業などから借りた作品も展示されていました。 川合玉堂の作品をまとめて見たのは、去年(2007年)の4月に大阪(難波)の「高島屋グランドホール」で行われた「川合玉堂展」が初めてでした。もちろん名前は知っていましたが、特に興味があるわけでもなく、気が向いたから行ったという程度でした。ところが、この展覧会自体がすばらしく、作品を解説とともに丁寧に見て行くうちに、川合玉堂の世界に引き込まれていきました。ときどきは、ノスタルジーのようなものを感じて、うっすら目に涙が浮かぶほどでした。今でも、決して自分の中の「トップ5」には入らないのですが、その後、複製版画を2枚買うなど、好きな画家の1人には間違いありません。 美術館の規模は島根県安来市の「足立美術館」には遠く及ばず、奈良市の「松伯美術館」よりはずっと立派です。 駐車場から見た美術館の入り口です。 建物はほぼ立方体であまり見栄えがよくありません。また、日本庭園もありますが、広くはないし、入ることもできません。木の向こうにはビルが見えるところもあり、「足立美術館」のような工夫はありませんでした。 庭はこんな感じです。 入ると、すぐに受付です。コレクションのみでの展覧会は800円、年に2回の特別展のときは1000円と決まっているようです。 コイン・ロッカーは左手にちゃんとありました。音声ガイドが200円だったので、ひさしぶりに借りました。 展示は3階からということで、エレベーターで3階まで昇りました。 展示室に入ると、いきなり六曲一双の屏風の大作『紅白梅』がありました。 その後は、「1.清流風光」というコーナーから、テーマを決めて作品が展示してありました。 玉堂は「(朝は)空だけが明るくなって、空の明けてくる時間ですね。岩の線を研究するにも、水のしわを研究するのにも、その時間がいちばんですね。岩の線でも秘法を教えてくれるのですよ。水のごつごつした線まで見えるのですね」と言っていたそうです。やはり、「できる人」は「朝型」なんでしょうか。。。(^-^;) ←典型的な「夜型」 『緑陰懸瀑』はわずかに2人の人物が描かれていて、その部分を見れば玉堂の作品だとわかるのですが、山の岩肌あたりを見ていると、横山大観と区別できないような気がしました。玉堂の作品は、昭和の初期のノスタルジックな雰囲気を思い起こさせるものがいいと思いました。 続いて、「2.花鳥諷詠」。「春苑」という作品の解説に、玉堂のことばとして「梅の花を描くときは『まだ足りない』と思うぐらいで丁度良いのだ」と書いてあって、絵を見ると、確かに「もう少し梅の枝に花があったほうがいいなぁ」と思いました。この絵、「絹の裏側に金箔を貼った紙を施し、その絹目を通して金色が淡く輝いている」らしく、言われないと気付かないほどのわずかの金色が画面全体に感じられました。 次は「3.山村余情」。「山村春麗」という作品の解説に、「山水画は理想の世界を描くものだったが、玉堂は現実の風景を描き、日本画の中に風景画というジャンルを確立した」と書いてありました。西洋でも、絵画の歴史の中で純粋な風景画が確立したのは近代になってからですよね。私は西洋画の風景画はどうしても好きになれませんが、日本画ではそれほどでもないのは私が日本人で、特に玉堂の描く風景は明治から昭和にかけてのノスタルジーを感じさせるからかもしれません。現に、江戸時代の風景画的な絵を見ても、玉堂の絵を見るときほどの感動はありません。 玉堂の絵は、春と秋のものが多く、冬は少しはありますが、夏の絵が見当たりません。玉堂が夏が好きではなかったのか、あるいは、夏は絵にしにくいのかなと考えたりしました。 うちにエスタンプの版画がある「彩雨」もありました。「紀元2600年奉祝美術展出品作で、国威の発揚をはかって軍事色が濃い作品が目立った」中で、この作品は異色だっただろうと思いました。平和な山村のありふれた秋の様子が描かれています。・・・旧暦では間もなく立秋だし、うちの玄関の絵も「彩雨」に掛け替えよう。。。 最後は絶筆の「出船」でした。世話になった医師にあげるために描いたとのことで、「‘落款’を入れようとして、(医師に)『絶対安静です』と見とがめられたが、『‘楽観’できないということは私も長いことはないな』と洒落で返した」と解説に書いてありましたが、死ぬ間際に本当にこんな台詞が思い浮かんだんでしょうか。何人かの画家の絶筆を見たことがありますが、どれも力強さがなく、まさに絶筆だと感じさせられました。でも、玉堂の絶筆はそんなことはなく、明らかな衰えは感じられませんでした。最後は「弟子に支えてもらいながら落款を入れて完成させた」そうです。 3階は以上で、2階に降ります。ここは、玉堂に関係のある画家たちの絵が展示されていました。 まず、橋本雅邦の作品が4点。雅邦の弟子だった横山大観の作品が4点、菱田春草が2点ありました。この2人は後に“朦朧体”を呼ばれる描きかたを推進したのに対し、玉堂は「力強い線描に憧れていたため、(2人に)同調しなかった」ということです。 その他、鏑木清方が1点、玉堂の弟子である小玉希望が6点、奥田元宋が5点、希望の弟子である佐藤太清(たいせい)が3点ありました。小玉希望は油彩画への関心があったらしく、50歳を過ぎたころの作品は、ぱっと見た目には油彩画のように見えました。奥田元宋は、「人は生まれながらにして、身についた色がある。私の場合は赤だったようだ」と言ったそうです。才能は別として(^-^;)、私にもそれがあるとして、一体何色だろうと考えました。絵は赤と金が目立つあたり、川端龍子のタッチに似ていると思いました。 最後は、東京美術学校の教師になってからの同僚・後輩たちの作品でした。山口蓬春が2点、山本丘人、杉山寧、高山辰夫、東山魁夷がそれぞれ1点ずつ展示してありました。 以上で1時間40分かかりました。 1階に降りて、ミュージアム・ショップへ行きます。 今回の展覧会の図録は非常に小ぶりで正方形に近い形でした。・・・あまり好きじゃないなぁ。。。その他、所蔵名品選の類を2冊買うことにしました。・・・本が3冊で既にかなりの重さ。。。 アクリルのかわいい絵葉書立もほしくなりました。(^-^;) そして、ここにもありました。。。例の香合です。4つあったうちの3つは既に持っているものでしたが、1つだけ持っていない柄のがありました。「菖蒲」の柄です。 店員にまとめて差し出したら、奥から‘応援’が出て来ました。(笑)1つ1つ袋に入れたあとで、「紙袋をお渡ししましょうか?」と言われたので、もらいました。・・・大きい紙袋いっぱいになってしまった。。。 香合はこんな柄です。 バス停から見た美術館の全景です。 遅れて来たバスに乗って、長野駅まで戻りました。そして、そこから普通電車で30分ほど行った「黒姫」駅に向かいました。 次の駅はもう新潟県という長野県の北端の駅で降り、バスを待って、ようやく野尻湖畔に着きました。旅館は少し迷ってたどり着き(^-^;)、チェックインして食事をしました。 風呂に入って、部屋に戻って、荷物を整理しました。観光と遠泳大会を‘混ぜた’旅行は初めてで、とにかく本の類を濡らしたくなかったので、持って行った袋に入れて厳重に梱包しました。 明日は目の前の湖で遠泳10kmがあります。
2008年08月02日
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きょうはまず、朝4時半(!)に起きて、早朝の新幹線に乗るべく、家を出ました。しかも、こんな日に限って、日焼けあとがかゆくて(^-^;)、よく寝られませんでした・・・。起きたときから疲れ気味。。。 身づくろいをして家を出て、新幹線の「のぞみ」で名古屋まで行って、中央本線の特急「しなの」に乗り換えました。・・・なんか特急料金が高く感じられて、もったいない。。。(^-^;) 長野県に入るのは、高校生のときの学校のキャンプ以来です。。。 まず、松本まで行って、いったん電車から降り、改札を出ました。「松本城」へ行くためです。 でも、朝ごはんが5時だったので、まだ10時だというのに、おなかがぺこぺこです。。。それで、開店したばかりの「信州そば」の店に入りました。そばはあまり好きではないので、店員に「うどんはないんですか?」と聞いて、困らせてしまいました。(^-^;)・・・関西では、看板に「そば屋」と出ていても、たいていはうどんも置いています。。。でも、ないものは注文できないし、せっかく「信州」に来たのだから、そばを食べました。 そそくさと食べて、松本城へ向かいました。場所はまずまずの便利さのところにあります。松本駅からゆっくり歩いて20分ほどでした。 「松本城」の天守閣は、1593年から1594年にかけて築城された当時のものが残っており、国宝に指定されています。今年(2008年)の2月に、愛知県犬山市の「犬山城」に行ったときにも書きましたが、国宝天守閣は「犬山城」「松本城」「彦根城」「姫路城」の4つだけです。そして、これは6月5日の日記に書いたことですが、「そのうち制覇したい‘シリーズ’の場所」として、この国宝4天守閣を挙げました。そのときは、「松本城」がいつ行けるかわからないから、この4つは難しいだろうと思っていたのですが、意外に早く訪れる機会がやって来ました。 入場料は、公園の敷地内にある「松本市立博物館」と共通で600円でした。 堀を挟んで、やや東寄りの南側から見たところです。 続いて、堀を渡って城のほぼ東から撮ってみました。 天守閣へは犬山城と同じで、靴を脱いで入ります。中の階段の‘急さ(約60°)’も同じで、1段の最も大きい段差は40cmほどもあり、つるつるの木の床に靴下をはいていると、滑りそうでスリル満点でした。。。 また、空調設備がないので、犬山城は2月のはじめでとても寒かったし、今回は蒸すような暑さで頭がぼ~っとしていました。 再建された名古屋城や岡山城は、言ってしまえば中は博物館です。それに対して、犬山城や松本城は当時の城という建物の中を見せるために入れてもらえるだけで、展示物はあまりなく、それほど時間はかかりません。展示物は戦いの道具が多く、刀や鎧がほとんどでした。 それでも、犬山城よりは広く、また、「小天守閣」と「(本)天守閣」が続いて建っていて、小天守閣から入って(本)天守閣のほうへ回って出てくるようになっているので、思ったよりは時間がかかりました。 (本)天守閣の最上階は、もう少し見晴らしがいいかと期待していたのですが、犬山城のように低いながらも単独の山の上に建っているわけではないので、いまいちでした。ここはどの階でも外へ出ることはできず、格子の張られた窓からしか外が見られない点でも、外界が楽しめませんでした。犬山城の最上階が外の通路(?)を一周できるというほうが珍しいんですよね。。。 最上階は、階段を除いて16畳大で、地上からの高さは22.1mだそうです。 一応、4方向を撮りました。 まず、東を見たところです。 続いて、南側。 北側は特に何もなかったので、最後に西側です。 天守閣を出て、西側にある橋を渡りました。 天守閣をやや北寄りの西側から見たところです。 最後に、堀の外側を歩いて来て、南西から撮りました。 ゆっくり見て回って小1時間でした。 続いて、せっかく博物館にも入れるチケットを持っている(買わされている)わけだし、少し時間もあったので、「松本市立博物館」に寄りました。ただ、「市立」の博物館はその市のことをよく知っているか、興味を持っていないと、ほとんど楽しめません。まして、今回の私は、ちょうど1か月前に「奈良国立博物館」、わずか3日前(^-^;)に「神戸市立博物館」へ行ったばかりなので、‘間の悪さ’はどうしようもありません。 1階の常設展示は、「1.松本城ができるまで(の松本の歴史)-原始・古代・中世-」、「2.松本城と城下町の時代」、「3.明治から現代へ」、また、「松本歳時記-人々の暮らしと年中行事-」のコーナーに分けられています。 驚いたことに、最初のコーナーでは、実物の土器が‘むき出し’で展示してありました。簡単に触れる場所に展示して、大丈夫なんでしょうか。 合わせ貝や、木で作られた道祖神、また、松本地方は8月7日に七夕が行われるということで紙で作った七夕人形があったり、さらに、昭和の時代の電気製品が展示してあったりと、展示品が多くない一方でいろいろな種類のものが展示してあったので、ある意味、退屈はしませんでした。・・・やっぱり、「名古屋市立博物館」のときと同じで、初期の電気製品は見ていておもしろいです。知らない形のものがあったり、‘懐かしい’ものを見たりして、博物館の通り一遍の展示とは違う感じがします。 2階は企画展ということで、「七夕人形と供え物」という展示をしていました。個人的には七夕人形というのは馴染みが薄いです。さまざまな地方の人形が少しずつ展示してありました。 1階にもあった紙で作った人形は、「人形(ひとがた)形式」と「神雛形式」とあり、折り紙で作った流し雛もありました。 熊本の「七夕綱張り」、姫路の「七夕紙衣」、あと、なぜか青森の「ねぶた」のミニチュア(と言っても、3mぐらい)も展示・紹介してありました。 地下にも展示スペースがあり、農具と鉄砲が展示してありました。 端折って見たのに、意外に全部で45分もいました。 松本城公園をあとにして、松本駅まで歩いて戻りました。時刻は1時前。再びお腹がすいたので、駅構内の売店でサンドイッチとおにぎりを買って、‘2度め’の昼食。(笑) もう1回、特急「しなの」に乗って、今度は「長野」に向かいました。
2008年08月02日
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