全6件 (6件中 1-6件目)
1

ひろし君より少し上の年代のあんちゃんたちは、庭先でベーゴマで夢中になって遊んでいた。ベーゴマとは、鉄でできた貝殻のような小さな駒をバケツに張ったビニールシートの遊技台の上で戦わせるゲームである。古くは平安時代に京都の周辺で始まったといわれ、バイ貝の殻に砂や粘土を詰めてひもで回したのが始まりといわれている。 勝敗の決め方は、複数人が遊技台でベーゴマを回し、当然弾き飛ばされた駒は負けとなり、最後まで遊技台の上で回転し続けたベーゴマが勝ちとなる。またそれが「本気勝負」なら勝負に勝った者が、負けた者の駒を総取りすることが出来るのだ。 小さな駒に紐を巻いて、一斉にバケツの上にピタッと落とすため、まだ低学年の少年達には難しくて遊べない。当然ひろし君もまだベーゴマはうまく扱えなかったし、このゲームをやる同年代の遊び仲間もいなかった。 だからひろし君たちは、ベーゴマよりもメンコのほうに夢中になっていた。メンコの語源は「小さな面」、つまり面子を意味していた。すなわち小さな厚紙の片面に写真や図柄を貼り付けたカードを大地に叩きつけて、相手のカードを裏返しにすれば勝ちとなるゲームなのである。地域によっては「メンコ」ではなく、めんち、ぱんす、ぱっちんとも呼ばれていた。 ひっくり返されると負けになるので、裏にロウを塗って重くしたメンコを使う者もいたが、汚ないのでひろし君はロウが塗られたメンコが大嫌いだった。またひろし君が好んだのは、マンガや映画の主人公の絵が貼られているメンコで、汚れるのが嫌なので勝負には使わずに、宝箱の中に大切に保管していた。 このメンコも本気勝負があり、勝てば相手のメンコをもらえるため、ベーゴマ同様学校では禁止されていたが、面白くないので誰も本気勝負以外はやらなかった。ただ思い切りメンコを大地に叩きつけるため、指をコンクリートにぶつけたり肩が痛くなったりするので、いつの間にかひろし君はメンコをやらなくなってしまった。 その頃になって周りのメンコ仲間たちも、あっという間にいなくなり、メンコというゲーム自体の流行も終わってしまったのである。その後一時的に牛乳瓶の蓋をテーブルから落ちないように飛ばして、その飛んだ距離を競うゲームが流行ったが、これは1年も経たないうちに廃れてしまったようである。作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.11.24
コメント(0)

今場所も期待外れの稀勢の里いつになったら望みが叶う大相撲 応援すると怖くなり贔屓力士の立ち合い観れず作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.11.20
コメント(0)

ひとり立ち できし子の笑み さくらんぼ初孫や はじめの一歩 小鳥来る作:篠原麻美※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.11.16
コメント(0)

桜舞う バギーの吾子は 夢の中抱き上げる 赤子の頬に 若葉風(わかばかぜ)作:篠原麻美※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.11.13
コメント(0)

安産を 願う日々なり 凉新た(りょうあらた)満月や 青き地球に 女の子吾子抱きて 娘の眼(まなこ) 冬日和作:篠原麻美※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.11.09
コメント(0)

ひろし君は小学校に入学する前まではおばあちゃん子で、杉並に住む祖母のたねと一緒に住んでいた。それから小学校入学と同時に、世田谷の梅ヶ丘で和菓子屋を営んでいる両親のもとに引き取られている。 だが小学生になっても、たねのことが忘れられず、少なくとも月に1回は土曜日にひとりで電車に乗って、たねの住んでいる杉並の実家まで泊まり行った。距離的にはそれほど遠くはないのだが、電車を3回も乗り継がなければならない。 まず小田急線の梅ヶ丘から下北沢まで行き、井の頭線に乗り換えて明大前に行く、そこでまた京王線に乗り換えて、ひとつ先の代田橋で降りるのである。注意しなくてはならないのは、明大前で必ず各駅停車に乗ること。間違えて急行に乗ってしまうと新宿までノンストップで運ばれてしまうからだ。 まず梅ヶ丘で下北沢までの切符を5円で購入する。下北沢で井の頭線に乗り換えるのだが、連絡口には改札がなく長い連絡通路を歩いて行けば、自然と井の頭線のホームに繋がって行くのだ。また明大前でも井の頭線と京王線は繋がっているため、そのまま京王線に乗り換えて代田橋で降りるときに、梅ヶ丘で買った切符に5円玉(下北沢から代田橋までの運賃)を添えて改札口を出るという手順を棒暗記していた。 ひろし君がまだ小学1年生のことである。例によってたねの家に行くために梅ヶ丘駅で切符を買い、ホームに上って行くとそこには上級生でいじめっ子と評判の少年が立っていた。近くにある肉屋の息子である。ひろし君は嫌だなあと思いながら、慌てて目を伏せながらホームの端のほうに走って行った。 だが肉屋の息子は、めざとくひろし君を見つけて追いかけてきたのである。そしてひろし君の胸ぐらをつかむと。「おい、お前どこに行くんだ」と凄むのである。「おばあちゃんち・・・」とひろし君はやっとかすれた声で答えるのが精一杯だった。「お前、いくら持ってるんだよ」「5円・・・」たねの家に行くときは、ひろし君はいつも片道運賃の10円しか持ってゆかない。帰りの運賃はたねにもらうことになっていた。すでに下北沢までの切符を買っているので、あと5円しか持っていないのである。「なんだそれぽっちしかないのか、しょうがないな、じゃあその5円をよこせ」 しかしなけなしの5円を渡してしまったら、もう代田橋で降りられなくなってしまう。ひろし君は首を振った。それを見た肉屋の息子は、両腕でひろし君の首を思い切り締め上げてくる。ひろし君は苦しくてたまらない、そのまま気を失いそうだった。 だが幸運なことにホームに電車が到着し、車掌がもみ合っている少年二人を見つけ、二人を引き離してくれたのである。やっと自由になったひろし君は、急いでその電車に乗り込んだ。肉屋の息子のほうは、反対方向の電車に乗るらしく、もう追いかけては来なかった。やっと肉屋の息子から逃れたひろし君は、思わずぺたりと電車の床に座り込んでしまった。 だが電車が下北沢に到着するころには、もうさっきの出来事を忘れたかのように元気になっていた。明日はたねと一緒に生まれて初めて映画を観に行くことになっている。『ゴジラ』という怪獣映画だ。もう頭の中は『ゴジラ』のことで一杯だった。作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.11.04
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1
![]()
![]()
![]()