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表極道、裏任侠、あっぱれ、熊五郎!!表だけで生きていける場所誰だってそんなところを探してるんじゃありませんか 北町奉行所の奥座敷で、影武者金三郎が、壺振り金三郎に戻ろうとしていた矢先であった。廊下を荒々しく駈けてきたのは筆頭与力の田崎小三郎であった。「お奉行、大変でございます、鳥居甲斐守耀蔵様、失脚にございます、、、、、、」「なんと申した、鳥居耀蔵が失脚?、、、家禄没収、全財産没収のうえ丸亀藩への永のにお預け処分とな、ううむ、これで天保の改革もすべて頓挫したか、、、、」 天保の改革は厳しすぎ、庶民はおろか、大名や旗本からも反発を買い、わずか二年余りで頓挫してしまったのだ。その責を負って、老中水野忠邦も鳥居耀蔵も失脚したのだった。「金三郎はやはり、サイコロ人生じゃな、賽の目が丁と出たぞ、鳥井失脚となれば、もう、おぬしを追う者もおらぬだろう。影武者解任じゃ、本所の口入れ屋、萬家十兵衛に挨拶をすれば、大手を振ってお梅のところへ帰れるぞ。帰った早々、青梅に押し倒されぬようにな、はっはっはっ」 鳥居耀蔵失脚の報は池に投げられた石の波紋のように、あっという間に江戸の町に広がった。 本所相生町の口入れ屋、萬家十兵衛のもとにその知らせがはいると、間髪をおおかず十兵衛は配下の下忍を集めた。キザル、泥亀の左門、狐目のお龍、番頭の喜助。「よいか、鳥居耀蔵が失脚した。数日は幽閉されたままであろう、鳥居の下谷の屋敷の地下蔵には貯めこんだ悪銭が行き場を失って泣いている。それを頂く。左門、地下蔵からの抜け穴は掘ってあるのだな」「へいっ、裏門の下谷練塀小路を隔てた稲荷神社の空井戸に繋がってております」「よし、急げ、地下蔵の悪銭すべて運び出せ、鳥居が手を打てぬうちだ」 草と呼ばれた、忍草の出番である。普段は庶民の暮らしをしているが、かれらは下層の忍者なのである。キザル、泥亀の左門、番頭の喜助が下谷の鳥居屋敷についたとき、新屋敷通りの表門辺りは騒然としていた。蛇蝎のように忌み嫌われていた、鳥居耀蔵失脚の報を聞いた庶民が押し寄せ、塀や、屋敷内に石や糞尿の塊を投げ、口々に鳥居に悪口雑言を浴びせた。「当然の報いだ、鳥居は江戸の恥だ!」「妖怪、蝮、地獄に落ちろ!」「でっちあげ、陰謀家、自業自得だ!」 だめだめだめよあれもだめ、庶民を苦しめ、取り締まり、そのくせ大奥ではやりたい放題、鬱屈していた江戸庶民の怒りが爆発していた。門番も足軽も中間も恐れをなして逃げ去り、無法状態になっていた。「こんな糞屋敷、火をつけちまいな!」その騒動を先導し、煽っていたのが、狐目のお龍であった。屋敷から金を運び出すために、表に気を惹きつけておいて、土の下を這う。天動地動の忍術のひとつだ。 表が騒然とした屋敷内の土の中では、泥亀の左門とキザル、番頭の喜助が鳥居屋敷の地下蔵から土竜のように這いずり回りながら、千両箱を運び出していた。練塀小路を隔てた稲荷神社の空井戸から千両箱を引き上げ、荷車に乗せて、大金は萬家十兵衛の屋敷に運び込まれた。 本所相生町二丁目、口入れ屋、萬家十兵衛の店に、壺振りの金三郎が訪ねてきていた。「鳥居甲斐守耀蔵様が失脚し、金三郎の身も追われることなく自由になったところで、遠山様から、影武者はもうよい、家に帰れと言われました。優しいお方でございます」「うむうむ、金三郎どん、影武者の仕事、ご苦労だったの。先ほど遠山様からも知らせがあった、感謝しておったぞ、楽しいこともあったそうじゃのう、おぬしは今後、裏を捨て表の金三郎として生きていくのだな」「へいっ、熊五郎親分のところでお世話になろうと思っております」「よし、分かった。元の鞘に収まるということか、ところで、お前に頼みがある。鬼瓦の熊五郎という男、ただの極道ではないらしいな、大徳院でお救い米という、 貧民救済の施行をしているそうだな。仁侠な男で見上げたもんだ。そこでだ、この金銭、、お救い米の足しとして、熊五郎に届けてほしいのだ。金銭はな、遠山様から、金三郎が見事な影武者だったという御褒美だ。熊五郎に届けてやってほしい」 十兵衛は鳥居屋敷から盗んだ金のうち、二百両を熊五郎のお救い米の足しにすることにした。「へいっ、遠山様からの金でございますか、、熊五郎親分に必ず届けます」 壺振りの金三郎が鬼瓦の熊五郎親分に二百両を届けると、「しゃれたことをしやがる遠山の金四郎め、だが、おめえの腹は読めてるよ」 熊五郎は毛むくじゃらの顔で苦笑いをした。あまりの飢餓や弾圧が続くと庶民が暴れだす。暴動がおきる。一揆につながる。それを恐れて、遠山影元め、飴をなめさせやがったな、、、、 天保15年師走、大徳院の境内は人込みでまるで祭りのような賑やかさだった。炊き出しには長い列ができていた。浮浪者、物乞い、乞食、貧乏人、無宿人、中には物乞いに身をやつした商家の手代や表店の住民まで混ざっていた。 鬼瓦の熊五郎のお救い米は毎年の恒例行事であったが、今年は天保の改革も終焉し、服装(なり)は汚ねえが、庶民の表情には明るさが戻ってきていた。「よいしょ!よいしょ!よいしょ!」もろ肌脱いで、桜吹雪を見せながら威勢のいい声で餅をついていたのが壺振りの金三郎であった。 遠山からの義援金もあり、軍資金は豊富だったので、熊五郎は餅もつき、酒も振る舞った。貧乏人だけじゃねえ、町の者みんなが喜んでいた。 北町奉行 遠山左衛門尉影元は本所見回り同心の山辺作之進を伴って、大徳院の山門を潜り、深編笠の影から、お救い米に、はしゃぐ人々の様子を見ていた。みな、春が来たかのような明るい顔をしていた。「お侍さん、お侍さん、おいらだよ、常吉だよ、はいっ、飲んで、、」 遠山影元の着物の裾をひっぱっり、振る舞い酒を持ってきてくれた、鼻たれ小僧はお梅の家にいた子供だった。子供はちゃんと、表と裏を見分けていやがる。「おお、常吉か、ありがとうよ、元気でいたか?、おっかさんはどこだ?」「あっちだよ、ほら、餅つきの世話してるだろう、 かあちゃん、この間のお侍さんだよ!」 餅をついていた金三郎の手が止まり、遠山影元へ視線を投げた。お梅もはにかみながら会釈した。あの日のことを思い出して、こそばゆくなった、遠山影元は深編笠に手をやって、顔を隠して歩みだした。「熊五郎という奴、なかなかの江戸の人気者じゃのう、山辺、よい者に十手を預けたの」「はっ、今年はご改革をやめ、取り締まりがなくなったせいもあり、庶民は浮かれております」「いや、江戸の町、ほんとに明るくなったわ」「殿が二百両もの大金を熊五郎に渡して、お救い米を手助けするとは、いやはや、さすがに庶民の味方遠山の金四郎でございますな」「なにっ?、儂が二百両を熊五郎に渡したと?だれがそんな酔狂なことを申しておるのだ」「熊五郎本人ですよ、金三郎が届けてくれたと、さすが江戸っ子奉行遠山の金四郎だって、みな、大喜びでござんすよ」 んんんっ、、、遠山影元はそのからくりが読めなかった。 だが、十日前、鳥居屋敷の地下蔵から三千両を越す金が消えたという噂がもちきりであった。。もともと表には出せない裏金である、奉行を解任された鳥居耀蔵が奉行所に訴えでもしたらお笑い沙汰になってしまう。 しかし、確かに盗まれた、そして、その金の行方が分からない。三千両を越す大金である。名のある盗賊にしても手際が良すぎた。地下蔵に大金が眠っていることを知っているのは、ほんの一部の人間だけである。「そうか、ふっふっふっ、読めたぞ、萬家十兵衛の仕業じゃな、配下に泥亀の左門とかいう穴掘り名人の下忍がいたはずだ」「山辺、萬家十兵衛の店はどうなっておる」「はっ、それが、十日前、突然店をたたみ、近所に挨拶もなく、いなくなって、今はもぬけの殻になっています」「ふっふっふっ、、萬家十兵衛、謀ったな、儂の影武者に金を届けさせるとは、、やられたか、奴は草だったのよ、忍草というやつよ、、、、」 悔しくはなかった。むしろ、清々した気持であった。「裏と表と、さて、誰にでもあるようだが、裏がいいのが熊五郎と忍草か、あっはっはっ、、」 萬家十兵衛は鳥居屋敷から奪った金銭のうち、壺振りの金三郎を通して二百両を熊五郎に届けさせ、残りの三千両を伊賀の里へ運ぶことができることで安堵していた。 諸国に散り、草として生きている忍草は、、伊賀の曲崖郷の里で暮らしている同胞の一族の面倒をみることが宿命であった。両親兄弟、親戚、その一族の者、忍者としての役目を果たせなくなった、老人年寄り、激しい戦闘で傷つき、体の不自由な者、手足のないもの、耳や鼻のないもの、顔に傷のある者、五体満足な者は少なかった。 彼らは、京の都から隠れるようにして、伊賀の痩せた土地でつつましく、貧しく、静かに、暮らしていたのだ。その場所が、彼らが裏を捨て表で生きていくことのできる唯一の里であった。 だが、ここにもやはり裏があり、上忍たちは、幕府に見つからぬようにして、密かに、伊賀忍者の血を絶やすまいと、山間の道場で忍者の育成をしていた。そして、彼らの生活を支えるのが、江戸や諸藩に散る忍草からの資金であった。 ほーっほーっほーっ、子の刻、あたりは墨の世界である、本所相生町二丁目、口入れ屋、萬家十兵衛の家から行商人に化けたの四人の男が出てきた。十兵衛、キザル、泥亀の左門、番頭の喜助である。それぞれが背中に蓆を被せた木箱を背負っている。木箱の中には三千両が詰まっている。 萬家の看板を外して懐にしまうと、、さっさっさっ、四人の男は伊賀の郷へ向かって、音を立てずに走り出した。闇に生き、闇に消えた忍草らしく、真っ暗な闇の中へその姿は吸い込まれれ、跡には何も残されていなかった。(忍草 2 終わり)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.10.31
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間男じゃねえよ、女のうらおもて裏と表があるのはなにも男だけじゃないよ人生いろいろ 女にだっていろいろあるさ 本所一つ目通りから、横に入った亀沢町に金三郎がお梅と暮らしていた裏長屋があった。お梅が好物だといっていた虎屋の羊羹を小脇に抱え、手ぬぐいで顔を隠すようにして長屋の門を潜る。 洟を垂らし、薄汚い着物を着た子供らが狭い長屋の路地をかけずり回っていた。その子供をよけるようにして、金四郎は路地を歩く、たしか雪隠の横だといってたな、ここだ、ここだ、指に唾をつけて、障子に穴をあけて、中を覗いてみる。「だれだい!!、また、いたづらして、障子張ったばかりなんだよ!」 すごい剣幕で中から怒鳴り声がしたかと思うと、ぴしゃっと、障子が開いた。顔を出したお梅はあんぐりと口を開けたまま突っ立っている。びっくり仰天、もう金三郎は八丈島へいって一生会えないと覚悟を決めていたのだ。「あんた、あんたかい、金さんだよね?まさか幽霊じゃないよね、、、」「ああ、おいらだよ、足も生えてらあ、ご無沙汰しちゃったな」「何を寝ぼけたことをいってるんだい、六月もほったらかしにして、ご無沙汰もあったもんじゃないよ、まあ、そんなとこに突っ立っていたってしょうがない、中へ入りなよ」 遠山影元は、金三郎になりきって狭くて汚い長屋の畳に足を踏み入れた。「さあっ、あんた、早速抱いてくださいね」「おっとっと、そうはいかねえ、お梅さん」「なにを、気取ってんだい、あんたらしくもない、いつだって帰ってくるなり、私を押し倒していたじゃない、私もそれが好きなんだけどさ」「ちょっと、お待ちなせえ、ちょいとこの間の話をしなけりゃ、、、」「なにをぐずぐずあんたらしくもない」 お梅に押し倒されて、金四郎はあっという間に犯されてしまった。それは妻の菊枝とは違って、荒々しく動きが激しく、お梅の声も長屋中に響き渡るような声であった。「久しぶりだもの、燃えちまったよ、」「あんた、背中の桜吹雪どうしたのさ」 遠山の金四郎は焦った。迂闊であった。誤魔化しようもなかった。「あっ、刺青のことか、それが、知らねえうちに消えちまったよ、、」「ふっふっふっ、あんたが金三郎じゃないことぐらい、お見通しだよ」「じゃあ、金三郎じゃないってこと知っててまぐわったと?」「まぐわうまでは金三郎だったのさ、だから、不義密通にはならないさっ、あんたも間男にはならないよ、ところで、あんたは誰なんだい?」「儂か、儂は金三郎の影武者だよ」「御冗談言っちゃこまりますよ、なんではぐれものの金三郎に影武者が必要なんですか?そんなことはどっちでもいいさ、あんたは金三郎と繋がってるんだろう、必ず金三郎に帰ってくるように伝えてほしいんだよ、あたしは金三郎にぞっこんなんだから、きっとだよ、、」 そう言って、涙ぐみながら、お梅が手拭いで金三郎の後始末をしていると、どんどんどん、さっきの汚い子供らがずかずかと、長屋の中になだれ込んできた「お梅おばちゃん、このひとだあれ?いい人?わるいひと?お梅おばちゃん、泣いてるよ」「ああ、どっちでもないよ、話があるんだ、うるさいから外で遊んでおいで」「あの子らはなんでぃ、あんたの子でもなさそうだし」「あの子らはみんな捨て子さ、大徳院でお救い米をだしてる熊五郎親分がまとめて面倒見てるんだけど、熊五郎のところで預かってちゃ、やっぱり、行く先は博徒になっちまうから、私が引き受けてるのさ、てえへんだよ、今はね、お江戸じゃ飯が食えねえ、死ぬか生きるかてえへんだ、猫は三味線の皮にされちまう赤犬は旨いと食われちまう、犬公方の綱吉様の頃ににゃ考えらえねえことさ、」 金三郎の影武者遠山の金四郎は本所の鬼瓦一家の熊五郎のことはよく承知していた。熊五郎は見回り同心の山辺作之進から本所相川町の御用の向きを任され、十手を預かっていた。賭場を開帳するやくざと岡っ引きの親分の二足の草鞋を履いていたのだった。 その熊五郎、本所あたりでは、強き者に屈せず弱き者を助ける任侠者で、庶民から絶大な人気があった、だが、その熊五郎が、年の暮れには、自腹を切って大徳院でお救い米をしているということだった。「金さん、あんた熊五郎親分に挨拶してこなきゃあね、さっ、大徳院にいってみようよ、」 金四郎とお梅、それに五人の洟たれ子供らもぞろぞろと、ついてきた。大徳院の境内はにぎやかだった。浮浪者、物乞い、貧乏人がどこから浮いてでもきたのだろうか、「ありがてえ、ありがてえ」と感謝して大根汁を啜って、粥にかぶりついていた。「江戸には、こんなにも飯の食えないひもじい思いの人がいたのだろうか」 遠山影元には信じられない光景が広がっていた。「正月には雑煮を振る舞うからな、生きてたら、またおいで」 熊五郎が子供の頭を撫でていた。師走なのに境内の中には暖かい風が吹いているようだった。遠山影元は金三郎の女房、お梅の様子を探りにきたのだが、江戸の町の底辺を垣間見ることができた。 一方、金三郎はいつまでも遠山影元が戻ってこないので、いらいらしていた。奥座敷の座布団に腰を降ろし、庭に散る枯葉が風に舞うのを眺めながら、遠山影元が尻を掻く仕草を真似てみたりしていた。「殿さま、お茶をお持ちいたしました」 遠山影元の奥方、菊枝が盆に茶とかりんとうを載せてきた。菊枝はふくよかな体をした美人であった。花柄の絹の着物を着て、化粧をしていた。いい匂いもしてくる。その菊枝の鼻の孔が膨らんでいた。「あなた、ご飯にいたしますか?湯を浴びますか?それともあれにいたしますか?」 金三郎はドキッとした。お梅と暮らした長屋でも、よく、お梅が言っていたことだ。「さあ、では寝間にまいりましょう、きょうの殿様は少しおかしいですわ」 ここは影武者だと悟られてはまずい、金三郎は奥方に手を取られて、寝屋に入った。三月もの間、禁欲生活をしていた金三郎にはたっぷりとたまっていた。 菊枝がはらりと着物をぬぐと、金三郎の背中の桜吹雪が厚く燃えだした。まるで月に光る夜桜のように艶やかであった。菊枝と金三郎は三度まぐわった。「この桜吹雪素敵でございますわ、いつ彫ったのでございますか?ほっほっほっ」「うむっ、この刺青はの、わしの知らぬうちに勝手に出てきたようなものでの、、、」「ほっほっほっ、金三郎殿、もう、あなたが夫の遠山影元ではなく、影武者の金三郎であることぐらい、とっくに承知しているのですよ」「えっ、それでは承知していてまぐわったのですか」「いいえ、その時は影元様だと思っておりましたのよ、ですから、不義密通にはなりませんわ、ほっほっほっあなたも間男にはなりませんわよ、ほっほっほっ、それにしても、あなた、きょうはとても素敵でございました」 といって顔を赤らめた。奥方にも表と裏の顔があったのだ。「金三郎殿、、奉行所の中では誰もが、そなたが影武者であることぐらいみな知っていますよ、知っていながら気づかぬふりをしているのです。影武者で周りの者を騙しているつもりでしょうが、周りの者は騙された振りをしているのです。将軍様もそうかもしれませんよ、殿も金三郎も騙したつもりが騙されていたのですよ」 深夜、遠山影元は帰宅した。「金三郎、お梅は元気で暮らしていたぞ、男はいなかったが、餓鬼どもを五人も抱えていたぞ、熊五郎が拾った子供だそうだ、」「そうですかい、それで安心いたしやした、お梅は子供の面倒を見るのが好きでしたから、よかった」「おおっそれとな、大徳院で、熊五郎親分にもあってきたぞ、お救い米をしていた。なかなかできることではない、大した男だな熊五郎は、それとな、正月には大きな賭場が開帳されるようだ。壺振り金三郎に壺を振ってくれと頼まれた。桜吹雪が咲かなきゃ、見栄えがしねえとさ」「ああ、懐かしいですな、帰りてえな、熊五郎親分のところ、また薄明りの中で、桜吹雪を見せながら壺を振りてえ、だが、そいつは無理でござんすね、あっしはお尋ね者でござんすもね」「うむっ、そこが思案のしどころよな、だが、いつまでも影武者でいることも難しくなってきたような気もする。どうも、この頃、与力同心の態度がおかしいのじゃ、、」「あっしも、どうもこの頃、影武者が皆にばれているような気がいたしてまして、、」「そうか、おぬしもそう感じていたか、儂も周りの者も変に気を使っているのようでな、このあたりが潮時かもしれぬな、表は表、裏は裏、元の鞘に収まるのがいいようだだな。影武者などいなかったことにするか、このところ痔の調子もよくなった。よし、、影武者はやめにしよう。金三郎が無事にお梅のところへ帰れるようになんとか算段しよう。お梅がかわいそうだからな、あんないい女はめったにいるものではないぞ、ふっふっふっ、、」「まさか、殿様、お梅となにしたわけじゃありませんよね、、」「なにをいいやがる、金三郎おめえこそ、菊の花と梅の花、間違えちゃいねええかい?まあ、男に裏表があるように、女にも裏表があったということで許しあおうじゃねえか」 遠山影元の笑みには苦いものが混ざっていた。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.10.24
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金三郎の影武者 遠山の金四郎えっ、畳の裏返しじゃあるまいにおいっ、いよいよ裏が表になりやがった己ではない人間として生きてみてえだと?まっ、誰にでも、そんな願望があるんじゃないですか、化粧も着物着るのも、髪型変えるのも、所詮は化けるってことですからな、よくあることでござんすよ 壺振りの金三郎が遠山影元の役宅に入ってもう五か月が経ち年の暮れを迎えようとしていた。金三郎の影武者ぶりも板につき、遠山影元になりすました裁定も十回を数えていた。もちろん、桜吹雪の刺青はあれ以来見せてはいない。 奉行所は表が公務の場所で、奥が遠山家の私邸として使われていた。遠山はその私邸に金三郎を呼んで、馳走を出し、二人で杯を交わしていた。「おめえはどうして、そうお気楽にしてられるんだい?」「遠山様、あっしなんかは、何にも考えちゃいませんや、賽子の目のように丁が出たり半がでたりのいきあたりばったりの人生でございますから、、」「おまえはよいな、自由で、きままで、何も気を使うことがない。失うものがない、守るものがない、それが気楽というものだろうな、お主は儂になって、儂にもできなかった見事な裁定を下した。おいっこの頃じゃ、おめえの御裁きの方が人気があるくらいだ、どっちが本物か見分けがつかねえぐらいだ、だが、桜吹雪の刺青のお蔭で儂は苦労もしておるがのう」「でも、あっしはあくまでも裏でござんすよ、いねえことになってる人間でござんすよ、つまらねえといえば、つまらねえ、殿様とは月とすっぽんでさあ、、」「だがのう、城の中では、組織でがんじがらめ、武士の身分ほど細かく決められていて、ばかばかしいものはないのだぞ、お家大事だけで、自由はない、一歩間違えれば、転落する。武士は食わねど高楊枝などと、威張ってはいるが、内実はつまらぬ生き方の武士の生活なのじゃ。金がないのに見栄を張り、屋敷の中では内職をして凌ぎ、与力や同心までもが商人からは借金をして頭が上がらぬ者ばかりだ。それに比べりゃあ、士農工商などという身分制度などあってもなきがごとしだ。これからは、武士じゃなくて、商人、百姓の時代が来るかもしれねえな」「それでも殿様、このような大きな家に住めるんでございますから、あっしらの住む裏長屋は六畳一間きりでござんすよ、、、、」 ふと、そう言って、金三郎は長屋に残してきたお梅のことを思い出した。急に女房のお梅はどうしているだろうかという心配風が吹いてきていた。「そうだ、殿様、頼みごとがあるんですが、女房のお梅の様子を誰かに見に行ってもらえないでしょうか、たぶん、お梅はあっしはもう、八丈島へ送られていると諦めていると思うんですが、、、」「お梅がほかの男えを引き入れいるんじゃねえかと、心配なったな金三郎」「まあ、それもありますが、なんだが、役宅をでればすぐそこにいるのに、会えねえ、様子もわかららねえじゃ、この辺がむずむずしていけねえ」「ふううむ、おっ、いい考えを思いついたわ、お主が儂の影武者になったんだ、今度は儂がおめえの影武者になってやろう、今度はわしが金三郎になって町へ出るのじゃ、己ではない人間として生きる、化けの楽しみ、役者の気持ちもわかるようなきもするな。こりゃあ楽しみだ、なあ、金三郎、遠山の金四郎が金三郎になるんだぜぃ、何にもとらわれない生き方、鼻っから人生を投げ出したようで、どうせ、いつかはあの世だぜ、死ぬその日までくよくよしてる暇なんざありゃしねえんだ、おもしろおかしくいこうじゃねえのって、そんな金三郎になりきる、こりゃあおもしれえ、おいっ、儂が金三郎になって、おめえのかかあの様子を見てくることにするよ、」 三文役者にでもなったつもりか、遠山は悦に入り、ご機嫌であった。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.10.21
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桜吹雪があるのかないのか 遠山の金さん裏にあって表にないもの 表に出せない裏にあるもの誰にだって表に出せないものはあるってことよへんっ、でもこのごろじゃ、どっちが表だか裏だかわかりやしねえ 壺振り金三郎の影武者ぶりは日を追うごとに様になってきていた。やや頬が痩せていたので、口に綿を詰めて膨らませると、遠山影元に瓜二つになった。役宅の廊下を歩くと、与力や同心たちが、うやうやしく頭を下げる。「うむっ」と、見下して首を振る。誰も怪しまない、金三郎は遠山影元になりきることに面白みを感じていた。側用人の戸田内規も「こいつは使える」と、満足していた。 町奉行は老中に報告するため、毎日江戸城へ登城することが義務であった。だが、遠山影元は痔が悪く、歩くことさえままならぬ日もあるので、将軍家慶に特別に嘆願して、駕篭での登城を特別に許されていた。 その日、遠山影元の痔の痛みは限界であった。なんとか登城はしたものの、老中水野忠邦に報告している最中でも脂汗が出て、とても話のできる状況ではなかった。「遠山、もうよい、本日は下がれ、養生せいよ」 下城の駕篭の中でも、痛みはとれず、肛門を擦りあわせ、手で押さえ、綿で押さえ、歯を食いしばって耐えていた。だが、その日、奉行所に戻ると大事な裁判が待っていた。 公事上聴という、将軍が町奉行所の裁判を上覧することがあり、今年もその上覧の時に、徳川家慶は、遠山の裁きを『裁判が巧みで、人情のある裁きだ、遠山の裁きは格別によい、他の奉行も遠山のようにあるべきだ。』と、特別気に入っていて、是が非でももう一度内密に見てみたいという申し出があり、今日がその日であった。 こんな日に限って、遠山の痔が悪化して動けず、お白州にたてないとは残念至極の思いだが、仕方がない、苦慮した遠山影元と用心戸田内規は決断した。「金三郎殿、いよいよ、出番がまいりました。本日の訴訟を裁いていただきます。隠密裏ではありますが、将軍様が御覧になります。なにとぞ、粗相のないように、よろしいな」金三郎もやっと出番が来た、もう何度も節穴を覗いて遠山影元の裁判は見ている。だいたいの流れはわかっていた。 お白州には賭場荒らしの罪でお縄になった三人の男が座らせられていた。賭博罪は島送りが妥当な罰であったが、賭場荒らしや、いかさま博打で島送りとなれば、すでに捕まって島送りになった昔の博徒仲間に、いたぶられ、虐められ、やがて命を奪われることは目に見えていて、島から帰ってこれることは万に一つも期待できなかった。 遠山影元の影武者壺振りの金三郎が重々しく威厳のある声を上げた。「一同の者、表を上げいっ!」 咎人三人が顔をあげると、驚いたのは金三郎だった。本所深川近辺の賭場の常連の者の顔はだいたい見知っていた。 白州に座っていたのは、深川今川町の船宿「万水」で賭場を開帳していた、与五郎一家の者で、金三郎も幾度かその賭場に顔を出したことがあったので知っていた。 だが、その賭場はイカサマ博奕という噂が絶えなかった。細工した賽子をつかっているという噂だった。「いかさま博打をし、賭場を荒らし、金銭を強奪したこと、間違いはないか」「とんでもねえ、あっしらは、賭場なんぞに出入りしたこともねえ、とんだ、いいがかりでござんすよ」「そもそも、博奕に負けた腹いせで、賭場荒らしだのいかさま博奕だのといわれちゃ、お奉行様、いったい誰がそんなことをいってるんですかい、あっしらが博奕をしていた証拠でもあるんなら、見せていただきやしょうか!」 三人ともすっとぼけて、奉行をせせら笑っている。奉行を舐めていやがる、ここで引き下がったら笑いものだ。偽物の奉行だと悟られるかもしれない。金三郎の頭にはかっかっと血が上ってきた。体が熱くなってきた。背中の桜吹雪が燃えてきてむずむずとしてきた。もう限界突破、やにわに、片膝立てて、もろ肌の桜吹雪見せつけて、咎人を睨み付け、「おいおいおい、政吉、音松、丑蔵、目ん玉おっぴろげてよおく見やがれ、深川今川の万水で拝ませたこの桜吹雪、まさか、見忘れたとはいわせねえぜ!!」と啖呵を切ってしまった。白州にいた政吉、音松、丑蔵も吃驚仰天の顔。「あっ、おめえ、まさか、壺振りの金三郎じゃねえか!」「そうよ、表が奉行で裏は壺振りの金三郎でいっ、奉行はな、市井の中に潜り込んで、おめえらみてえな悪を見張ることもあるのよ」「へっ、恐れ入りやした」「どうだ、政吉、音松、丑蔵、島送りがいいか、打ち首がいいか、どっちでも好きなほうを選びやがれ!」「へへいっ、お奉行様、島送りじゃ、昔の名間にどつかれて殺されちまう、死罪のほうがさっぱりしますわ」「ようし、それなら、政吉、音松、丑蔵、三名の者打ち首じゃぁ、、、これにて一件落着!!」 だが、その場に居合わせた与力同心たちは一件落着とはいかない。遠山影元にあんな刺青があったとは、びっくり仰天の助で、声も出ない。だが、横の部屋で臨席していた、徳川家慶は芝居がかったその裁定が気に入り、名奉行だと、ますます手を叩いて喜び、太鼓判を押した。 用心戸田内規から、ことの顛末を聞いた遠山影元もショックを隠せなかった。だが、壺振りの金三郎が遠山影元の影武者であるということは口が裂けてもいえない。すぐに、奉行所内にかん口令を敷いて口止めをした。 だが、秘密は漏れるためにあった。鳥居耀蔵にその話が伝わるのに時間はかからなかった。鳥居耀蔵はこの情報で宿敵の遠山影元を陥れられると、早速老中水野忠邦に密告した。 老中水野忠邦は、天保の改革を進める奉行が刺青をいれているということは不届き千万、笑止千万、あってはならぬことと激高し、鳥居耀蔵を同席させて、罷免に値すると遠山に詰問した。だが、遠山影元は動じない。「どなたがそのような噂を流したのでござりましょうか、そこの鳥井様ですか?わたくしめを陥れる陰謀ではありませぬか?」「何を申す、おぬしの肩に桜吹雪の刺青があることは明白じゃ、もろ肌脱いで見せてもらおうか」 遠山影元はゆっくりと片肌を脱いだ、色白の肌のどこにも刺青はなかった。「さあ、鳥居様、どこに彫り物がありましょうか、」「あっ!なぜだ?おぬしが儂を罠にはめたのか!!」 老中水野忠邦は大恥をかかされた。鳥居耀蔵に比べると、天保の改革に何かと疑問をぶつけ、消極的な取り締まりしかしていない遠山影元であったが、将軍家慶の信頼が厚く無碍には扱えなかったが、その遠山を失脚させる絶好の機会が来たはずだった。だが大失敗。今まで、鳥居耀蔵を右腕と頼んできたが、鳥居耀蔵にある不安を感じていた。 北町奉行 遠山左衛門尉影元に桜吹雪の彫り物があったとかなかったとかの論争があるが、ある時にはあり、ない時にはないというのが真相だった。裏にあって表にないものなあに!そいつが桜吹雪だとさ!!(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.10.16
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鬼瓦の熊五郎は本所界隈を縄張りにして賭場を仕切っていた胴元で、博徒とよばれたやくざである。背丈が六尺を超えた大男で、顔といわず背中にまで毛が生えていて、睨みつける眼光は恐ろしかった。 三人の代貸しを置いて、本所界隈を縄張りにしていて、大名の下屋敷、旗本屋敷の中間部屋や神社の境内、船宿の二階、商店の奥座敷、百姓屋、空き道場などで、賭場を開き、寺銭を稼いでいた。 博奕は御法度であり、幕府は厳しく取り締まり、お縄になれば遠島という重たい罪が待っていたが、博奕の誘惑の花の香りに負ける輩は何処にもいて、どの賭場も流行っていた。 鬼瓦の熊五郎にも抜かりはない。北町同心、山辺作之進から、本所相川町の御用の向きを任され、十手を預かっていた。つまり、岡っ引き、俗にいう親分でもあったのだ。やくざと親分の二足の草鞋を履いていたのだった。 そのころ、八丁堀の与力同心が手先として地元の顔役を岡っ引きとして使うことは珍しいことではなかった。蛇の道は蛇というように、賭場には無宿人、盗人、悪人、咎人、如何わしい輩も出入りしている、熊五郎には賭場で働き、手先として使える配下の者が三十人はいたので、彼らの情報を同心に密告することができ、密偵の役割も十分に果たすことができていた。 山辺作之進からは賭場開帳の目こぼしをしてもらったり、手入れの情報を教えてもらっていた。持ちつ持たれつの関係だった。もちろん、その見廻り同心山辺作之進を使っていたのは北町奉行の遠山影元であり、大事な情報は山辺作之進を通して、遠山影元に伝えられていた。 熊五郎にはもう一面の顔があった。強きを挫き、弱き者を助ける任侠としての男気が本所界隈では人気を集めていた。やくざを褒めちぎるのはお門違いではあるが、刀を振り回す旗本奴や御家人、無宿者の無頼漢が闊歩する本所にあっていつも泣きを見るのは商店や庶民町人である、無理難題を突き付けて、無銭飲食、恐喝、脅し、を繰り返していた。奉行所の同心でさえ、見て見ぬふりをしていたが、だが、そんなことは熊五郎親分が許さなかった。「おいっ、ここは本所、熊五郎様のいるところ、手前らの好き勝手にはさせねえぜ!」 毛むくじゃらの六尺男が、眼光鋭く、無頼者を睨み付け、逆らうものは腕力で押さえつけた。熊五郎と不良侍の諍いは絶えなかったが、北町奉行遠山影元は熊五郎びいきの裁定で庶民を守った。庶民は拍手喝采、熊五郎のおかげで、本所界隈の侍が絡む事件沙汰が減っていたことも事実であった。 そんな鬼瓦の熊五郎一家の下で、金三郎は賭場の下働きをしていたが、賭場に入ると、自分の血が騒ぐのを感じていた。賭場の匂いがたまらなく好きであった。壺振り師の銀二に遊びながら壺の振り方を教わっていて、その銀二が腹をこわして、壺を振れない事態がおき、金三郎が代理の壺振りをしたところ、色男の上に度胸も据わっていて、評判も良く、代貸の寅蔵に見込まれた。 寅蔵は金三郎を江戸一番の壺振り師にしようと、背から肩肘にまで桜吹雪の彫り物を入れ、猛練習をさせた。金三郎は持って生まれた賭け事師の血が流れていたのか、あっという間に頭角を表し、鬼瓦一家の看板壺振り師になった。 金三郎は壺振りのない日にも、あちこちの賭場に客として顔を出して、賭場の流儀を学んだ。賭場の裏表、いかさま賭博も見抜けるようになり、客の心情も経験した。 客としての金三郎も、その駒の張り方が粋で気風がよくて、様になっていて、博徒仲間の中でも一目置かれる、まあ、よくいえば、この世界の顔役になっていた。 そのうちに、金三郎はお梅という女と所帯を持ち、長屋暮らしをはじめた。毎日の暮らしは賽子の目暮らし、ツキのまわった日には、料理屋で鰻をつつきながら一杯飲り、ツキに見放された日には、冷や飯に沢庵一切れだった。だが、お梅もそんな暮らしが性に合っていたのかもしれない。 お梅もまた、博奕のような半生だった。父親が博奕でお縄になり八丈島へ遠島になり、見栄えの良かったお梅は一膳飯屋の酌婦として、働いていて、その二階で手慰みの博打をしているところへ、壺振り金三郎が現れて、その粋のいい姿に一目ぼれした。以来、二人は長屋と賭場を行き来して暮らしていた。「あんた、今日の賽の目は上手く転んだかい?えっ、ツキが回ってこなかったって、しょうがないねえ、ごはんにするかい?、湯へ行ってくるかい?それとも、あれするかい?ふっふっふっ、、、ほら、背中の桜吹雪が桜色になってるよ、」「なにいいやがる、おめえの尻の方ががぶるぶる震えてるんじゃねえのかい」 まあ、博奕人らしい、その日暮らしの長屋暮らしも悪くはなかったのだが、浮いて沈んで、運のつきとでもいうか、、、、本所、本所大徳院境内の賭場、鬼瓦の熊五郎一家の代貸、寅蔵の開いた賭場で、片肌いで桜吹雪を披露して、「みなさん、よろしゅうございますね、でははいります!」 といったところで、御用だ御用だ、と南町奉行の獲り方に囲まれて万事休す。 鬼瓦の熊五郎一家の賭場は北町奉行の同心、山辺作之進と繋がっていたのに腑に落ちない。賭場に手入れがある時には前もって山辺作之進から繋ぎが入る手筈になっていたのだ。 大徳院境内で賭場が開帳されると、南町奉行に密告したのは十兵衛配下の狐目のお龍であった。今月は北町は非番であった。南町の鳥居耀蔵にしてみれば、遠山と繋がりのある熊五郎の賭場を手入れするのは願ってもないことだった。総がかりで大徳院を取り囲んだ。 これも、萬屋十兵衛の筋書であった。どうしても、壺振りの金三郎をお縄にすることがこれからの仕掛けに必要であった。壺振りの金三郎は鳥居耀蔵の取り調べを受け、博打の罪は遠島と相場が決まっていたが、桜吹雪の刺青で壷を振る派手な振る舞いが災いしたのだろう。金三郎には打ち首の裁定を下されたのだ万事休すと思い、南町の牢で観念した金三郎だったが、床下から泥亀の左門が現れ、助けられたのである。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.10.13
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サイコロ人生、壺振り金三郎風に吹かれて西東表を見せては裏返し浮いて沈んでまた浮いて、どうせこの世は浮き沈み、くるくる回って、また浮かぶ、生滅流転の人の世を恨んでみたとて仕方がねえ、 行燈におぼろに浮かぶ夜の花、壺振り金三郎の片肌に彫られた桜がその場の空気を支配する。「丁半駒揃いました、よう、ござんすね、はいります」盆座をはさんで丁半それぞれの駒が揃った。 壺が振られ、さいころが転がった。出目はぴんぞろの丁、うおっーという声と、ため息がその座に混ざる。ここは、本所大徳院の境内の賭場、鬼瓦の熊五郎一家の代貸、寅蔵の開いた賭場であった。 無宿者、浪人、旗本崩れや、御家人の厄介者、商店の番頭や手代、御隠居、大工や鳶、職人など、様々な人が混じり合った三十人を超す大がかりな賭場が開帳されていた。手慰みの博奕ではない。今日だけで、二百両は動くといわれていた。常連の博奕好きが集まっていた。御法度ではあったが、江戸では博奕が盛んであった。 壺振りの金三郎も博徒の生活に足の先から頭の先まで浸かっていた。物心ついた時から金三郎は博奕に振り回され、賽の目のように流転の連続、浮いて沈んでまた浮いての繰り返しであった。 父は百姓だったが、博奕に溺れ、借金取りに脅され、家でぶらぶら(首を吊る)になり、母は岡場所に売られ、金三郎は谷中感応寺の境内に捨てられた。 捨てる者あれば拾うものありで、所帯を持って、やることはやって、十五年も経つのだが、まだ子宝に恵まれていない。金五郎夫婦に拾われた。その時につけられた名前が金三郎だった。 拾われた時、金三郎がぎゅっと握っていたのが、風に吹かれて飛んできた谷中感応寺の富札で、この富札が三百両の大当たり。ところが、これがまた良いのか悪いのか、金五郎は裏長屋住まいの棒手振りの、しがない青物売りだったが、三百両の大金を手にし、深川に『八百金』という屋号の八百屋を開き、番頭手代も雇い、始めの頃こそ、商売繁盛だったが、あぶく銭身につかず、の例えどうり、次第に、仕事はほっぽり、深川六間掘町の色茶屋の女に入り浸り、やがてはお定まりの道で、飲む、買う、打つ、の博奕に嵌まってしまった。 いちど、足を突っ込むと、そこは底なし沼のようで、もがいてももがいても、ずぶずぶと沈んでいくのだった。賭け事の中には人を狂わす悪魔が潜んでいる。勝つこともあれば負けることもある、賽子の目はころころ変わる。そこがまたたまらねえ、今度こそはという気持ちにさせる。 金五郎は十六になったばかりの金三郎を引き連れてあちこちの賭場に出入りしていた。三百両の暖かい懐を持った、金五郎はどこの賭場でも上客扱いだったが、賭場の崖から落下するのはあっという間だった。 終いには、百両もの借金をこさえて、金五郎は始末されたのか逃げたのか姿を消したまま、店は借金の方にとられ、女房のお勝は深川富岡八幡宮の岡場所へ売られ、金三郎は本所の鬼瓦の熊五郎一家に預けられた。もちろん、借金の方である。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.10.10
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裏として生きてく 影武者修行表を捨て、裏で生きる人生を二度生きるようなもんでそんなことができたら 案外面白えかもしれねえな、 夜九つ、辺りは暗闇である。江戸城の堀、呉服橋御門の脇に二人の人影を積んだ小舟が浮かんでいた。大きな柳の木の枝が川面すれすれまで垂れ下がっていて、風にゆっくりと揺れていた。青蛙が柳にぶら下がって、ケロッケロッと鳴いていた。 泥亀の左門は手に鉄爪の手袋を嵌め、目には竹で作った泥除けの眼鏡をかけ、堀へよじ登り、横っ腹から穴を掘り出した、泥亀の左門の体はまるで虫が穴の中に潜っていくように消えていった。 小舟を漕いできたたもう一人の影、黒装束で闇にまぎれていたが、萬家十兵衛手下のキザルであった。夜なので見えはしないが、呉服橋御門の脇の水が泥亀の左門のかきだした泥で赤っぽく濁っていた。 翌夜、亥の刻、呉服橋御門の下に、丸い木枠を組み合わせた水蜘蛛(みずぐも)と呼ばれる忍者の使う水上歩行器を操りながら、黒装束のキザルが、近づいてきて、「ほー、ほー、ほー」と、梟の偽声を響かせる。半時もせずに柳の枝の間に掘られた穴から三尺ほどの短い縄が水蜘蛛を履いたキザルに投げられる。 その縄の結い方が暗号になっている、結繩という忍者の伝達手段であった。キザルは縄目をじっと見てから、縄を堀に捨てる。縄は泥亀の左門が投げたものだった。穴掘りの進み具合を結縄で報告していたのである。 梟長屋に匿われていた壺振りの金三郎に繋ぎがきたのはあれから六日後だった。おまんまと酒は毎日長屋の向かいのおたき婆さんから届けられたが、どうも、床下から、見張られているようで、尻がむずむずして落ち着かず、まして、夜になると、欅の樹の間から、薄気味悪く毎日のようにホーッホーッホーッと梟が啼く。 座布団の上で、一人でサイコロを転がしているのも、もう飽き飽きしていた。もう、我慢の限界、こんな長屋に押し込められちゃ、金玉が腐っちまう、 妖怪だかなんだかしらねえが、鳥居耀蔵でもなんでもきてみやがれ、壺振りの金三郎、そんなことにびくついちゃ男が廃るわ、ぱっと散って見せてやろうじゃなないか!と、居直り、やけのやんぱちで、今夜にも長屋からとんづらしようと思っていた矢先であった。 狐目のお龍が長屋の障子を開いて顔を出した。裏長屋には似合わない仇な姿の狐目のお龍に金三郎の目はくぎ付けになった。「あんたが壺振りのの金三郎どんだね、ふっふっふっ、私の目に狂いはなかったはね、、あんたは鯔背ないい男だよ、やっぱり、名奉行遠山金四郎様によく似てるよ」「へえー、そいつはどうも、ところで、姉さんは誰なんでぃ」「あんたに、秘命を伝えに来た繋ぎさ、泥亀の左門さんから聞いてるだろう?」 そうか、この女が繋ぎだったのか。金三郎は合点がいった。「金三郎どん、明日から、北町奉行遠山影元様になるんだよ、、、」「えっ、また悪いご冗談を、、、」「いや、ほんとのことさ、、遠山様の影武者になるってことさ、いいね、逃げるわけにはいかないよ、それにさぁ、遠山さまの役宅に住めるんだ、お尋ね者にとっちゃこれほど安全な場所もないだろうさ、鳥居様どころか、お釈迦様でも、壺振りの金三郎がまさか、遠山様の影武者だとはね、、、なに、仕事は他愛もないこと、遠山様の口から出る情報をわれわれに伝えてくれればそれでいい、影武者といったって、あんたは忍者のような者、十兵衛様の差し金だってこと忘れちゃいけないよ、手筈はすべて整ってるわ、表で駕篭が待ってる、それに乗れば、万事うまくゆく」 壺振りの金三郎が目隠しをされて駕篭に乗り、キザルの漕ぐ小舟に乗り替え、呉服橋門際の堀につき、そこで、この間の泥亀の左門が待っていた。土手をよじ登り、左門の掘った穴を土竜のように這い、連れてこられたのが北町奉行所の裏手にある離れの茶室だった。これから先に何が待っているのか、なにがなんだかわからずにぽかんと口を開けて放心状態の金三郎の尻を畳針が突いた。「痛つぅ!」金三郎が慌てて、尻を上げると、畳針がくるくる回っていた。「金三郎どん、あっしですよ、左門です、ぼやっとしてちゃいけませんよ。見張られていること忘れちゃいけませんよ、あんたは逃げられない宿命なんだ、ちゃんと影の遠山様にならなけりゃ、この針をぶすっと、刺すことのなりますからね、いいですね、二のつく日と五のつく日の子の刻、繋ぎが来ることを忘れちゃいけませんぜ」 左門がまるで土竜のように床下から見張っているのだ。ぶるぶるっ、金三郎の体に震えが来た。なんて恐ろしいやつらだ。 呆然としていた金三郎のもとへ、遠山影元の側近である、側用人の戸田内規がやってきた。戸田内規は影元幼少の頃からの用人である。腰をかがむようにして歩くその姿は六十の坂を超えていた。「うむむむ、よく似ておる、影元様のお若いころに仕草までもがよく似ておる、そなた、金三郎と申したな、明日からお主は殿の影武者になるのだ。殿は昔は遠山の金四郎といわれていたのだ、遠山の金さんとな、そなたは金三郎だ、名前まで似ておるわ、よいよい、これなら、影武者が務まるだろう。殿の部屋の隣にお主の隠し部屋を作ってある。その部屋には覗き窓もついている。明日から、殿の御作法、仕草、癖、話し方、間合い、歩き方、癇癪の出し方、屁の音、臭い、すべてを観察し、わが身のものとせよ。そして、しかるべき時に殿の影武者となって働いてもらう、よいな。そちには、高い金を払っているのだ、影武者が務まらぬ時は煮ても焼いてもよいことになっておる」 こうして、壺振りの金三郎は遠山影元の影武者となった。壺振りの金三郎にとって悪い話ではなかった。何しろ江戸の町中にお尋ね者として人相書が出回っていた。岡っ引きや小物が報奨金欲しさに金三郎を鳥居耀蔵に密告しようとして躍起になっていたのだ。なるほど、北町奉行所の役宅が隠れ家とは、これほど安全なところもない。 豊臣秀吉、武田信玄、徳川家康、など、戦国武将がみな影武者を使って命を永らえたことはよく知られていたが、天保の時代、徳川家慶も鳥居要蔵も老中水野忠邦も、影武者を使っているという噂が拡がっていた。そして、この噂に踊らされ、遠山影元も月三十両という莫大な費用で金三郎を影武者として雇ったのである。 壺振りの金三郎はぽかんとして、空を見つめて、波乱万丈な自分の運命をつくづくと感じていた。ふわふわとした流れる浮き雲のような人生が行き詰まり、明日は打ち首かと思えば、どんでんかえしの扉の向こ側に、また空がぽっかり口を開けて待っていて自分の粗末な考えの及ばない世界があった。 まだ金三郎には表を捨てて裏に生きることの意味が分かっていなかった。だが、裏として生きる影武者修行はすでに始まっていた。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.10.07
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泥中に咲く花、泥亀の左門陰に咲く花 黒い花誰も気づいちゃくれねえ 日陰花だが 確かに咲いた泥中の花 陽のあたる明るいものだけが世の中じゃねえよ、 丑の刻(午前二時)、江戸の町の灯りは落され、辺り一面、墨を塗りたくったような、暗闇が拡がっていて、ホッホー ホッホー と、梟(ふくろう)の啼く声だけが静寂を破っていた。その暗闇の黒い皺がわずかに歪んだ。深川相生町の口入屋、萬屋十兵衛の裏長屋の井戸の釣瓶がかすかな音をたてていたのである。 釣瓶の縄紐が動くと、井戸の中から桶を抱えて、泥だらけの男が顔を出した。四方に目をやった。暗闇でも夜目がきくのだろう、四方に目を凝らす。男は泥亀の左門という下忍だ。 その左門が手を差し伸べてもう一人の男を引き上げた。もう一人の男は壺振りの金三郎という。二人は汚れた褌を外し、素っ裸になって、桶の水を頭からかぶる。ついでに、尻や金玉についた泥を手で洗い落とすと、裸の躰に上っ張りを羽織って、長屋の腰高障子を開けた。 泥亀の左門が行燈に灯を入れると、つい今まで誰かが準備したかのように、火鉢に炭が熾されていて、まだ温かい徳利の乗った膳が用意してあった。湯気の出ている味噌汁とご飯が御櫃に入っていた。地中の穴の中を二時(4時間)も這いずり回っていたので、体はすっかり冷え込んでいたので有難かった。「金三郎どん、冷えたろう、おいらの息子も縮みあがったまんまだ、さあ、一杯飲りなよ、暖ったまるぜ」 そう言って、左門は徳利を傾け、箸を動かした。壺振りの金三郎は賭博の罪でお縄になり、南町奉行鳥居耀蔵に打ち首という裁定を下され、明日にも、打ち首になるところであった。「おいらのツキもこれまでだ、浮いて沈んで、沈んで浮いての生き様だったが、どうせ、間いつかは死ぬもんだ、これで、さっぱり、この世とおさらばよ、」 博奕三昧の人生を送ってきた金三郎らしく、粋がって、さばさばとした態度をみせていたが、小塚原に首を晒されると聞いて、薄気味が悪くなってきてもいた。色男が台無しになっちまう。 だが、人生というのは一寸先に何が待っているのか、とんと見当もつかない。ツキが落ちたと思ったら、おっとどっこい、もいちど賽の目が金三郎に向いてきたのである。牢屋の床がギーギーという音を立て床板が外されると、床下から、泥だらけの男が出てきた。「金三郎どん、助けに来たぜ、黙ってついてきな」「あんたは誰でえ?」「あっしは泥亀の左門という、ある人に頼まれて金三郎どんを牢抜けさせるのだ」 金三郎には、なにがなんだか分からない。ただ、命が繋がりそうな風が吹いたことは確かなようだ。泥亀の左門の後ろから、くねくねと曲がった、真っ暗な穴の中をまるで土竜(もぐら)のように、這いずり回り、地面の上に出たら、この長屋の井戸に辿り着いたのだった。「左門の旦那、おせっかいとは申しませんが、なぜあっしを助けてくださったのか、とんと解せませんが、、」「まあ、おいおいわかることよ、それよりも、いいかい、金三郎どん、しばらくこの長屋に身を潜めているんだ、飯も酒も向かいのおたきばあさんがちゃんと用意してくれる。言っとくが間違っても外に出ちゃいけえねえよ、牢抜けに気づいた奉行所は面子丸潰れだ、死に物狂いで、金三郎どんを探すだろうからな、明日になりゃあ、お尋ね者の金三郎は賞金首になって、人相書きが江戸中に撒かれるだろうよ。なにしろおめえは、御法度の博奕打の中でも、桜吹雪の彫り物した壺振りの金三郎と、名を鳴らした大物の博奕打だ。おめえを生かしたんじゃ、天保の御改革も進みやしねえ、鳥居様が地団駄踏んで悔しがる様子が金三郎どんにもわかるだろう?こんどは、見つけ次第ばっさり首をはねられるぞ」「へいっ、まあ、そりゃあ、首がすーすーしてまさぁ」「そのうちに繋ぎが来る、それまではこの長屋でじっとしてるんだぜ、あっしはこれで失礼する」 と言うと、泥亀の左門は奥の畳を持ち上げ、床下に潜り込んだ。「おっと、いつでもこの床下から見張られていることを忘れちゃいけねえよ、じゃあ」 畳が閉じられ、左門は消えた。金三郎にはまだ、ここがどこなのか見当もつかない。なにがどうなったのかもわからい。だが、どっちでもいいことだ、命が今日もつながったということだ。どうせこの世は浮き沈み明日は明日の風がふく、どんな風がふくのやら、見当もつかねいやい。 隅に畳まれた蒲団を引っ張り出して、潜り込んだ。奉行所のお白州から、牢屋へ入れられ、穴の中を這いずりまわって、ろくに寝ていなかった金三郎はぐーすかぴーすか、鼾をかいて、眠りに落ちていった。ホッホー ホッホー梟が啼いた。 床下に潜り込んだ泥亀の左門はその呑気な鼾を聞くと、にっと笑って、床下を這い、三軒隣の長屋の土間から顔を出した。「ごくろうだったね、首尾は上々だね、」 待っていたのは、狐目のお龍だった。三十路を越した年増ではあっても、その色香は臭うばかりであった。十日も土の中に潜りこんでいた左門にはたっぷりたまっているものがあり、お龍の艶姿に思わず、ごっくんと、つばを飲み込んだ。金三郎と左門が入った長屋に炭が熾され、酒や飯の用意をしたのは、お龍であった。「さてと、いやらしい顔で見るんじゃないよ、それより、次の仕事だよ、、北町のお奉行所を掘っておくれってね、大仕事だよ、この絵図面をみておくれ、このお堀の呉服橋の南側に大きな柳の木があってね、その柳の枝が堀に覆いかぶさっているところがあるんだよ、その柳の陰から掘り進んで北町奉行所の奥の間、ここまで掘っておくれ、七日もあればいいだろう」「ええっ、そいつは難儀だね、十日潜って、また明晩から掘るんですかい、出すもの出さなきゃ股倉が腐っちまうよ」 左門は嫌味のひとつもいいたかった。お龍の伝えてくる仕事はいつも急であった。 泥亀の左門は萬屋十兵衛配下の草と呼ばれた下忍であった。表向きは井戸掘り職人である。板橋だ、品川だ、今回は四谷の大名屋敷の井戸掘りだと出掛け、三日も十日も穴の中に潜っていることはざらにあったが、掘っているのは井戸だけではなかった。四尺に満たない背丈だが、着物の下の躰はごつごつとした筋肉が盛り上がり、頑丈な躰を持っていた。 穴を掘る時には、竹眼鏡をつけ、手には鉄爪を嵌めて泥を掻き、蛞蝓のように、体をくねらせて泥の中を堀りすすむ。兵糧丸として、干し飯を齧り、スルメを噛む。口の中でふやかすと甘さが舌を伝わってくる伊賀の「固焼き」も懐に忍ばせている。 父の右門の話によると、祖先は甲州金堀衆で、武田信玄の時代、穴を掘って城に侵入し、内部から攪乱して、城を陥とす山本寛助の得意戦法を使う時に、その配下として穴堀りをする忍者であったと聞かされていた。武田家滅亡の後も、戦国大名に雇われて、城落としの手伝いをしてきた。 徳川の時代になると、城落としの仕事もなくなったが、大名屋敷や高禄の旗本屋敷ではいざという時の為に、秘密の抜け穴を欲しがった。また、火事の多い江戸では、一度大火に見舞われると、すべて失うことがあったため、大名家だけではなく大店も密かに地下蔵を造った。 もちろんこれらの仕事は秘密裏に行われた。萬屋十兵衛が仕事を請け負い、下忍の泥亀の左門が穴を掘った。江戸の町のあちこちに、まるで土竜のように穴を掘っていた。表ではなく、陽のあたらぬ裏の世界をつくっていたといえるであろう。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.10.03
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