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切れた善意の輪 山岸銀蔵をマークせよという指令は高論歩刑事に課せられたままだった。豪邸を離縁した女房に譲り、山岸金蔵が経営していた会社はことごとく社員に譲り、銀行にあった預貯金もすべて引き出されていた。そして、山岸銀蔵は町の安アパートの六畳間に住んでいる。 どう考えてもオカシイ、何かが匂う、何かがある、というのが警察の見解である。その裏には何か重要なことが隠されている、事件性はないか、あるいはこれから起こるか、不審な動きはないか、それを調査すべく、刑事高論歩は毎日のように山岸銀蔵を尾行していた。 一方、山岸銀蔵の悩みはいっこうにお金が減らないことである。父金蔵の遺言は「お金を捨てよ!」であったが、町の食堂へいっても、夜、寿司屋へいっても、「銀蔵お坊ちゃま、今日は結構ですよ」とお金を受け取ってくれない。あの十万円の香典返しが効いているのか、町の人は銀蔵さんにいいことをしておけば、またきっと十倍返しだよと姑息な計算をしていた。 アパートにも、貰い物のおすそ分けだとか、煮物ができたからとか、饅頭を作ったからとか、いろいろなものを持ってきた。譲った会社からも感謝のつもりなのだろうか、いろいろなものが送られてきた。 そんなことで、銀蔵のお金は減るどころか増えてしまう羽目になっていた。銀蔵は泣きながらお金を減らさなければならなかった。 三億六千万円というお金は一日一万円づつ使っても、百年近くかかることになりそうだ、これでは、とても銀蔵が幸せへの道である、無一文になるのは気が遠くなりそうであった。 山岸銀蔵はかって父が小さい頃預けられた養護施設に寄付しようと思いついた。もみの木児童養護施設にタイガーマスクと名乗って、ランドセル20個が届いた。地方紙の隅にその記事が載った。その養護施設の先生方は喜んだが、他の養護施設の園長も、「うらやましい、わが施設にも欲しい」と、テレビで話した。山岸銀蔵は、次々と他の施設にランドセルを送った。地方紙には、共感した人々のタイガーマスクの善意の輪が広がる、という記事が載った。 町では廃校になった小学校を改造して、特別養護の老人施設を作ろうと議会で決めていたが、予算がなくて、その計画が宙に浮いていた。銀蔵はその事を知り、匿名で現金一億円を寄付することにした。 まず、郵便小包で、一千万円を「老人施設のために役立ててください、二宮金次郎より」と、手紙を入れて送る。町役場は驚き、そのことはすぐに記事になり、地方紙だけでなく、全国紙の地方欄にも書かれ、話題を呼んだ。そのことが、呼び水になったのか、次々と、二宮金次郎を名乗るきふが届き、その金額は二億円を上回り、町では老人施設を作ることができた。特別養護施設に入れなかった町の待機老人は全員入れた。老人たちは「神様仏様、金次郎様」と喜んだ。 次々と起こる善意の輪、町中に助け合い、好意の連鎖が動き出しているようだった。新聞には、人の心が触れ合う素敵な町だと特集もされた。だが、そのすべての寄付は、山岸銀蔵がやったことだった。そして、晴れて、山岸銀蔵は無一文になることができたのである。 無一文になれば、心を覆っている霞がぱあっと、晴れて、すっきりした気持ちになるだろう、と思っていた。山岸銀蔵は金の山が消えたアパートから、一歩を踏み出そうとしていた。「チッチッチッ、、、、」高論歩刑事はこの善意の輪に山岸銀蔵が絡んでいると睨んでいた。 いや、町の人も、もしかしたら、銀蔵さんの仕業だろうかと、疑心暗鬼ながらも、銀蔵を疑っていた。だが、それは犯罪にはならないだろうし、美談にはなっても罪にはならない。高論歩刑事も捜査するというより、銀蔵のやっていることの真意を確かめることぐらいしかできなかった。「たしか、金を捨てろというのが親父金蔵の遺言といってたな、、、それで、あちこちに寄付をしているのだな、新聞に出ているように善意の輪が広がってきている、というのは本当だろうか、全部銀蔵がやっていることではないのか?」 高論歩刑事は、今日こそ、銀蔵に直接当たって事の真意をたしかめようと、いつものように、銀蔵のアパートのまえの電信柱に寄り掛かるようにして、煙草をふかしていると、馴染みになった、アパートの一階の端に住む大家の婆さんが、にやにやして銀蔵の傍にやってきた。「刑事さん、もう、銀蔵さんはいませんよ、どこかへ引っ越しましたよ、だからねえ、もう、タイガーマスクも善意の輪も切れちまって繋がらないよ」「チッチッチッ、」 刑事高論歩としては迂闊であった。大失態である。まさか、銀蔵が姿を消すとは思ってもいなかった。それにしても、この婆さんまでタイガーマスクの正体が山岸銀蔵だと知っていたとは、、、俺は何をしていたんだろうか、刑事失格かぁ、、、、(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.05.30
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お金を捨てよ! 山岸金蔵の一人息子、山岸銀蔵は葬儀が終わり、納骨も終えると、頭の上にずっと覆いかぶさっていた、大きな黒い石が突然ごろごろと転がり落ち、すっうと、頭が軽くなった解放感に浸っていた。 もう、四十にもなるが、今までの人生は偉大な父金蔵のいうがままであった。自分の意見などというものはこれっぽっちもなかったし、父に逆らうなどということも一度もなかった。父の体の一部のような存在だった。父金蔵の不器用な操り人形だった。大きな重しが取れてみて、果たして自分の人生は何だったのだろうか、と、ふと思っていた。 父金蔵は小学校にも通えぬ貧しい家で育った。惨めで、情けない、悔しい、幼少期を過ごしたせいもあり、いつしか、人生は金がすべてだと考えるようになった。がむしゃらに働き働き働き、財を築き、尽きることのない物欲は彼の凄まじいエネルギーになっていた。 始めは平屋の中古住宅から始まって、二階建ての洋館をたて、町の真ん中にマンションを建てて、最上階に住み、最後はお城のような御殿を建てた。 車に女、家、地位、もっともっといいものが欲しくなる。金蔵にとっては、よりいいものを手に入れることが幸せなことだった。そんな父金蔵は病院の特別室に銀蔵を呼んで、遺言らしき言葉を目を瞑ったまま、朦朧とした意識の中で呟いていた。それが本心なのか、病に負けて弱気になったのかは銀蔵には判断がつかなかった。「金さえあれば何でも手に入る。儂はその金で、欲しいものをどんどん手にいれた。もっといい家、もっといい車、もっといい立場、これらはみんな金で買えたんだ。女もほとんどは金で転んだ。儂は成功者だと思った、幸せだと思った、すべては物が欲しかったから、そのためには金が必要だった。その金のために自分の人生のほとんどの時間を費やしてきた。だが、銀蔵よ、金でなんでも手に入れられたが、金で手に入れたものには何の価値もなかったような気がするよ、金持ちになることは罪なことだ。他人を誑かし、欺き、出し抜き、騙し、他人との競争に勝って手に入れた金で山を買い土地を買い家を建て車を走らせ、女を囲った。だがなあ、今、死ぬ直前になって、金など、何の価値もないことがわかったような気がするんだ。どうせ死ぬんだったら、気持ちの良い生き方の方がよかったなあ、他人を出し抜いて、騙して、生きるよりも、他人と仲良くした方がよかったかなあと、思うのだよ、しかし、遅かったようだな。息子よ、銀蔵よ、お金を捨てよ、金に縛られるな、金から解放された人生を歩むがいいぞ」 銀蔵には思ってもいなかった言葉だった。まさか、父の最後の言葉が「お金を捨てよ!」では、今までの父の行動の価値観が180度ひっくり返ってしまったことになる。だが、父の言うことには逆らえぬ、息子山岸銀蔵は父の遺言を実行しようと決めた。父の遺産をすべて、捨ててしまわなければ、、本当の自分の人生は始まらないのかもしれないと思った。香典返しに十万円の現金を入れたのがその手始めだった。 高論歩刑事と丸田万吉巡査は、城のような塀に囲まれた、山岸家の呼び鈴を押した。「山岸銀蔵さんですか、町のひとが、香典返しに十万円が入っていたので、みな動揺しています。三千円しか香典を出していないのに、十万円も香典返しがきたひともいて、嬉しいやら、怖いやら、どうしていいのかわからない、神棚に上げて、拝んでいる人もいるくらいで、なかには薄気味悪くて眠れないという人までいて、そこで、なぜ、十万円もの香典返しをしたのか、その真意をお聞きしたくて参ったのでございます」「ああ、香典返しですね、父、金蔵の遺言です。金など何の価値もないのだから、捨ててしまえというのが、父の遺言なんです」「えっ、金を捨ててしまえと???」「そうです、さんざん金を貯めて、金を貯めたことに後悔して死んでいったのです」「よく、理解できませんが、それでは、町の人は喜んで十万円を使ってよろしいのですね」「当たり前のことです、そんなに、動揺しているのは町の人もお金に縛られているのかもしれませんね」 高論歩刑事と、丸田万吉巡査は、狐につままれたような気持ちで、お城のような豪邸を後にして、本署の課長にその旨を報告した。その話は町中にあっというまに広がり、町の人はほっとして喜んだ。その日の夜は、どこの居酒屋も、スナックも安キャバレーも満員だった。 山岸銀蔵は父に言われた通り、金を捨てることを実行に移した。親同士の政治的な繋がりで結婚した町一番の山田デパートの社長の娘の、女房聡子とも別れることにした。銀蔵は父のいうがままに結婚しただけで、聡子の方は山岸家の財産に囲まれた、セレブな奥様に憧れただけで、お互いに「好き」という感情も持っていなかった。お城のような豪邸を別れ金として、聡子にあげるといったら、聡子は喜んで離縁を承知した。銀蔵はひとり家を捨て、町のアパートに引っ越した。 土建業、電気工事、不動産、パチンコ、スーパーの事業も、分社して、それぞれの責任者に株を譲り、社長になってもらい、銀蔵はすべての事業から身を引いた。残された不動産、株、現金などの遺産は相続税を払っても、なお、三億六千万円を超える金が銀蔵の手元に残った。銀蔵はその金をすべて、銀行からおろし、アパートの部屋の片隅に積み上げて、見つめていた。「この金を捨てなければならない、この金の向こう側に幸せが待っている」 強迫観念のように、この親父の残した金を使い果たさなければならないと心に決めていた。金がなくなって、無一文になって、初めて自分の人生が始まるのだと思うと、わくわくとした嬉しさがこみあげてくるのが、不思議だった。「金があっては幸せになれない」銀蔵は父金蔵が死に際に呟いた言葉を思い返していた。(つづく)作:朽木一空 ※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.05.26
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華麗なる葬儀 みんみん蝉に代わって蜩(ひぐらし)が鳴いている、草むらでこおろぎも鳴き始めていた。暑い夏も終わりを告げて、もう秋の気配がしてきた。そして、山間部には間もなく一足早い寒い冬がやってくる。歳をとるごとに春夏秋冬のめぐりは早い。が、この夏は記憶から消えそうにもない出来事がおきた。 必ずしも貧しいというわけでもないのだが、みな質素に暮らしているのが山里の流儀というものだった。地味が板についている暮らし振りだった。だが、こんな山里の町でも、ひとり、優雅絢爛に暮らしている男がいた。 町長歴20年、教育長、信用金庫の理事、組長、消防団長など、名誉職のほとんどを経験し、地元の名士で実力者、土地持ち山持ちで、お城のような邸宅に居を構える山岸金蔵だった。町の人は、お大臣様と呼び、表では持ち上げておいても、裏に回ると、金にはドケチで汚いやり口を使うと、評判は必ずしも良くなかった。 なにしろその財力は町の予算をしのぐほどで、土建業、運送業、電気工事、不動産、パチンコ、スーパーと、事業も手広くやっていた。当然のことだが、正しい商売だけで成功したわけでもなく、金に纏わる悪い噂、力を背景にした恐喝、買収、賄賂、騙し、出し抜き、裏切りと、枚挙にいとまのない悲喜劇が繰り返されて、のしあがった男だった。 その山岸金蔵が死んだのが今年の夏だった。普通なら88歳の大往生なのだが、病院では特別室に院長を呼び出し、「大腸癌も直せぬやぶ医者め!!治せぬなら、潰れてしまえ」と怒鳴り散らしていた。自分はまだまだ生きるつもりであったらしい。 そんな地元の名士で幅広く事業をしていた山岸金蔵なので、住民は皆、何かの関わりを持っていて、その存在感は良しつけ悪しきにつけ大きなものだった。山岸金蔵の死が知らされると、町の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。そして、当然のこと、その葬儀は町始まって以来の大がかりで、華麗なるものだった。 葬儀場は小学校の体育館で行われ、喪主は一人息子の銀蔵が務めた。町役場の職員は当然のこと、学校関係者、警察、消防署、町の公的機関のほとんどの人に葬儀に纏わる役割が課された。丸田万吉巡査は交通整理、高論歩刑事は香典泥棒の警備の主任にさせれていた。「チッチッチッ」なにしろ、人数が多い、町の半分以上の人が参列したのだ。事件がおきたら大変なことだ。町の人はその香典の額で悩んでいた。「おいっ、香典はいくらが妥当だべぃ?」「なにしろ、お大臣様だ、町の者はみな世話になってるべぃ、三千円というわけにもいかんべえなあ」「受け付けは町役場の助役が仕切っていて、香典の記録は町役場に保管されそうだ。あとあと、誰がいくらなんぞと噂されても困るしな、秘密情報が漏れるということもある。ここは、一枚だすしかなかんべえ」 町の人は近所の葬儀には三千円と相場が決まっていたが、やはりそこは町一番の有力者の山岸金蔵は死んでも隠然たる影響を町の人に与えていた。隣町の寺からも応援の坊さんを呼び、総勢十人の坊さんのお経が合唱のように小学校に響き、五列に並んだ長い焼香は延々と続いた。 それは、今まで見たこともない大がかりで華麗なる葬儀であった。焼香が終わり、東京の葬儀屋から運ばれた、車の後ろ半分が神輿のようになっていて、彫刻や彫金で飾られた大型の宮型霊柩車で出棺すると、人々は手を合わせ合わせて見送った。「ていした葬儀だったな、町始まって以来のことだんべ」「立派なもんだ、さすがは山岸お大臣様だ」 人々は華麗なる葬儀にまだ興奮が収まらぬまま家路についていた。 初七日も過ぎ、華麗なる葬儀の熱も冷めたころ、各家家に香典返しの品が届いた。香典返しを開けるのはなんとなく楽しみなものである。 だが、山岸金蔵は土地持ちの大金持のお大臣だが、屁を出すのも、唾を吐くのももったいないというほどのケチでもあった。ケチの金蔵、ケチキンという綽名で嘲笑する者までいた。 金持ちはケチだから金が貯まると、この辺りでは昔から言われていたことだ。案の定、香典返しは厚めの封書だけで、どこにも、海苔やお茶、鰹節、ましてタオルなどが入っていようもなかった。 ただの挨拶文で終わりか?ケチキンの山岸金蔵の息子もやはり、ケチの銀蔵だったか、ケチギンだなと、笑った。ところがびっくらっ驚いた。その封書の中にはなんと、十万円の現金が入っていたのだ。 一万円しか香典を出していないのに、十万円のお返しでは十倍返しになってしまう。何かの間違いではないだろうか、と薄気味悪く思うものもいたが、近所や親戚に聞いてみると、みな十万円の現金が入っていたのだ。 悲しくはない、喜んでいいのかうれしいのか、半信半疑、疑心暗鬼、狐につままれたような表情の顔が町の中をうろついていた。「チッチッチッ」 高論歩刑事に十万円の香典の謎を探れという指令がきたのであった。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.05.20
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五月晴れ 長き休日過ぎ去りてほっとするのは ジジとババだけよその国 支援するより足元の災害施策 なぜやらぬのか新緑に 光るハンカチ 悲しけれ (俳句)作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.05.16
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乳色の 湯舟に溶ける 雪の華 心地よきかな 春のひとひら武蔵野の 香り残しし深大寺そばを喰ふたび 亡き父浮かぶ作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.05.12
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ひろし君の隣家は富久寿司という寿司屋で、店を除くと二部屋しかない平屋の狭い木造家屋だった。そこに夫婦と子供4人がひしめき、さらには住み込み職人の山崎亨こと、通称山ちゃんまで住んでいたのだから驚きである。 その富久寿司の末っ子・松山信広こと「のぶちゃん」は、ひろし君より一つ下の幼馴染だった。泣き虫で小学生になってもお母さんのおっぱいを吸っていたので、いつも冷やかしていたのだが、近所に同年代の男の子が少なかったせいか、いつも一緒に遊んでいた。 ひろし君の家は和菓子の製造工場を少しずつ広げたため、庭は全て潰してしまった。だがのぶちゃん家の裏側には、まだ猫の額ほどの庭と井戸端が残っており、道路に面した隅のほうには、小さな石炭小屋も建っていた。ひろし君たちは、かくれんぼをすると、よくこの石炭小屋に隠れて泥んこになり、大人達に叱られたものである。 ある日ひろし君は、その石炭小屋から道路に出たところで10円玉を見つけた。このあたりに落ちていたのだから、おそらくのぶちゃんの家族が落とした確率が高いのだが、一応公道に落ちていたので、のぶちゃんと相談してお巡りさんに届けようということになった。 早速二人は、家から15分ほど歩いた場所にある「北沢警察署」まで行き、窓口にいたお巡りさんに拾った10円玉を手渡した。すると二人の少年をじっと見つめていた巡査は、優しく微笑みながらポケットから10円玉を取り出した。そして「君たちは正直だなあ、ご褒美にこれをあげよう」と言って、少年たちの頭を撫でながら、それぞれに10円玉を握らせるのだった。こうして二人の少年は大喜びで、北沢警察署をあとにすることにした。 10円がいきなり20円になる。この実に美味しい出来事があってから、二人は目を皿のようにして道端を歩き回った。だがそう簡単にお金は落ちていないものである。がっかりして諦めかけたとき、のぶちゃん家の縁側下に10円玉が落ちているではないか。 当然ここに落ちていたのだから、間違いなくのぶちゃんの家族が落としたに違いなかった。だがそんなことは、もうどうでも良い気分だ。ひろし君とのぶちゃんの二人は、小躍りしながら拾った10円玉を握りしめ、またまた北沢警察署へと向かった。 薄暗い警察署には、先日20円にしてくれた巡査は見当たらない。そこに「僕たち何か用?」と言いながら婦人警官が近寄ってきた。それでひろし君たちは、近所でお金を拾ったと言いながら、10円玉を彼女に手渡した。 すると彼女は「ちょっと待っててね」と言い、別の部屋に入ってしまった。そしてすぐに戻ってきてひろし君とのぶちゃんに5円ずつ手渡したのである。 今回は全く儲からなかった。ひろし君たちは「やはり女はケチなんだね」と、悔しそうな顔をしながら帰り道を急いだ。そしてこの件以来、もうお金を拾っても、二度と警察には届けないことにした。作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.05.05
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大地震 思わぬときに 勃発しこころ休まぬ 日々が過ぎ行くひとり湯で 月を仰ぎて 瞑想す南の空は 震災やまず作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.05.02
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