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ワット・プラーンマニーの参道から国道3049号線に出たところで左を向くと、すぐのところに観光バスやら自家用車がうじゃうじゃ停まっています。ここは何なのかと言うと、ナコンナーヨック・ローンクルア市場 です。ローンクルア市場とは、カンボジア国境の町アランヤプラテートにあるタイ東部最大の市場の名。本家とは何の関係も無いんですが、あやかったんでしょう。○○銀座みたいなもんですね。本家ローンクルア市場は古着で有名で、ビンテージのジーンズが流行った頃は日本からも業者が買い付けに行くほどだったようですが、ここはどうなんでしょうか?入ってみましょう!時刻は、11:38。入口付近には、タイ産ワインやフルーツジュースの店が。前々回の旅の教訓で、熱中症対策にとグレープ・ジュースを一本ゴクリ ^_^;)その奥にはお菓子の店が。別にナコンナーヨック産ってわけじゃないようです。そんな中で見かけたのがコレ。味付け海苔なんですが、商品名表記が片仮名っぽくデザインされていて判読に苦労しました。「AKINORI」とアルファベットで書かれているようで -_-;)さらに奥へと進んでいくと、衣服を扱う店が多くなりました。古着ではないっぽいですね。その奥には食器などの日用品を扱う店が。奥行きが思った以上にあります。100m近いんじゃないでしょうか。雰囲気だけはチャトゥチャクっぽいです。さまざまな商品を扱ってはいるんですが、欲しくなるものがちっとも無いんですよね。他のお客さんも「あまり何も無いね」と言っているのが耳に入りましたし。きっとワット・プラーンマニー参拝客をメインに、サリカの滝などの観光客も取り込むつもりでここに開いたんでしょうけど、商品のラインナップを考え直したほうがもっと儲かると思いますよ~。早々に飽きてしまったので、ナコンナーヨックの市街地へ向かうとしますか。ナコンナーヨック・ローンクルア市場前で何か来るのを待ちます。すると、7,8分でロッ・トゥーが登場。間違いなくナコンナーヨックを通るだろうから乗っちゃいます!時刻は、11:53。国道3049号線を進んでいった途中で分岐している道を狙い定めて撮影。右がワット・プラーンマニー方面、左がナコンナーヨック市街地方面です。で、分岐して北北西に伸びているこの道ですが、旧日本軍が敷いた道なんですよ。後でもう一本、同様の道が登場します ^^病院前で停めてください。早めに運転手にそう伝えておいたら、しっかりナコンナーヨック病院の反対側に停車。時刻は、12:01。そのまま前方で歩いて最初の交差点を左折。チャイパン通り (ถ.ไชยพันธ์) というようです。左に停車しているのは、ナコンナーヨック発のロッ・トゥー。帰りはあれに乗りますか。暫く歩くと右手に市場が。路地の左側に連なっています。ついつられてこの路地に入ってみました ^_^;)ちょっぴりスラムっぽい連なる露店が終わると、壊しているのか改修しているのか微妙な市場風ビルですが、こんな状態でも中では商店が営業中。頽廃感がすさまじいですなぁ。そのまま西に抜けて、パーニット・チャルーン通り (ถ.พาณิชย์เจริญ) に出ました。取り敢えず川が見たくて左(南)にずんずん進むと、橋に出ました。ナコンナーヨック川を渡る橋です。上ってみますか!<交通費>ロッ・トゥー:20バーツここまでの合計:150バーツ※旅は2013年8月16日(金)に行いました。つづく
2013/08/28
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ワット・プラーンマニー、別名ワット・ルアンポー・パークデーン本堂での参拝を済ませた私は、お参りセット売店のところへ戻ります。売り子のおばさんはニコニコしながら早速私を案内してくれます。ここに日本人は来たりしますか?「沢山来るわよ。日本の軍人だと思う」まるで自分だけが知っている秘密を明かすんだとでも言いたげな顔つきで私の目を凝視しながら教えてくれました。自衛隊に違いない。自衛隊の人達が連れ立って、今でも慰霊に訪れているんでしょう。土産物店の連なる道を右にはずれたところで「ここよ」とおばさん。あ、本当だ!「これをお供えしてね」と花を差した花瓶を渡してくれました。ありがとうございます。花代と案内してくれたお礼も兼ねて100バーツ札を手渡そうとすると断るではないですか。感謝の気持ちですと伝えてようやく受け取ってもらえました。「じゃ、私は戻るね。サヨナラ」さよなら ^^最後は日本語で嬉しいじゃないですか~。受け取った花をお供えし手を合わせます。ここはというと、第三十七師團慰霊碑。白い祠の中に建っています。なんでこんなところに? と思うかもしれませんね。太平洋戦争の末期、インドの英印軍に打撃を与えるはずが逆に英印軍のビルマ進攻を許し退却することになったインパール作戦の大失敗の後、日本陸軍はタイで英印軍を迎え撃つ作戦に変更を余儀なくされました。バンコクでは連合国軍の爆撃が激しくなっていたこともあり、陸軍は最終決戦の地をこのナコンナーヨックに定めたのです。理由は、山があるから。山間部に洞窟を掘るなどして要塞化を図ろうとしました。タイ国内やビルマに展開していた部隊が続々とナコンナーヨックに集結します。その中に第37師団もいました。第37師団はなんと中国の山西省西南部普南からはるばる南進してきたのです。途中ベトナムでは、フランス領インドシナからフランス軍を駆逐し、ベトナム、カンボジア、ラオスを独立させる「明号作戦」(1945年3月9日)に参加、成功に導きます。勇猛な師団だったそうで。ナコンナーヨック入りした時の兵力は約1万。軍馬を3,100頭携えていました。しかし英印軍との戦闘になる前に終戦。この地に駐屯していた各部隊はそのままこの地で抑留されます。と言っても大多数の兵は塀の中に囚われるでもなく、畑仕事などをしながらのんびり暮らし、翌46年日本へ復員したのでした。この碑は、第37師団の戦友会が、命を落とした兵と軍馬を慰霊するために1989年3月25日に建立されました。立派な慰霊碑です。ふとなぜか天井が気になったので見上げると…うわぁっ! 思わず声が出てしまいました!右手に建っている碑誌を文字起こししてみます。改行位置は原文どおりにましたが、読み易くするため段分けをしてあります。日本旧陸軍 第三十七師團碑誌 第三十七師団(冬)は 一九三九年(昭和十四年)三月二十五日九州で編成 中国山西省普南へ出征して警備に任じ 次いで一九四四年春 中国縦断の大陸打通作戦に参加して南進した すなわち中国運城から南へ征旅一万四百余粁 千山万岳を踏破し仏印を経てタイに入り一九四五年夏 英印軍との最後の決戦に備えてこのナコンナヨックに進出した 図らずも同年八月十五日終戦点を仰いで長恨極まりなく武器を捨ててこの地に駐留し力尽きて倒れし多くの兵馬をこの地に埋めて 一九四六年 故山に復員した先の大戦において昔しくも戦没せし殉国の師団将兵七九二〇柱と師団軍馬四三七六頭の精霊を祭り わずか七歳で消滅した歴戦の師団と軍旗三旗を偲び 併せて大戦間失われし彼我幾多の犠牲を悼むと共に 永遠なる平和への思いをこめて この碑を建てる このナコンナヨックは 師団終焉の記念すべき地であり 師団がここに駐留間 タイ王国官民から賜わりし温かい友情と この碑建設に尽力下されしナコンナヨック郡役所及びプランマニー寺のご厚意に対し 深く感謝の意を表する そしてこの碑が 末永く日本とタイ王国との親善の礎石となることを祈る 一九八九年三月二十五日(第三十七師団創立五十周年記念日) 第三十七師團慰霊碑建設奉賛会師団創立50周年にあわせて建立したんですね。ちなみに「冬」とは、第37師団の兵団文字符です。兵団文字符は、師団や独立混成旅団などの大きな部隊に名付けられました。元々は部隊名を秘匿するためのものだったのが、愛称的に用いられたりもしたようです。ちなみに第37師団には「冬」兵団のほかに、大陸打通作戦時に付けられた臨時の略号「光」兵団という呼称もあります。慰霊碑の裏面には、一九八九年(平成元年)三月二十五日 建立 第三十七師団創立五十周年記念日) 第三十七師團慰霊碑建設奉賛会 会長 山中 貞則とありました。背後には仏像も鎮座しています。そうそう、碑誌にある「軍馬」については機会があればちょっと綴りたいと思います。ワット・プラーンマニーに来た目的を済ますことができたので、次の目的地に向かうとしますか。来た時とは違う門から出てみます。目の前にはだだっ広い無料駐車場を備えた土産物店群がそこかしこに。衣服が目立ちますが、わざわざここまで来て買うんですかねぇ?もうちょっとこの地ならではのものを売ったほうがいいようにも思えるんですけど…。表の国道3049号線を目指しててくてく歩いているとまたもや牛さん模型が~。遠くに山並みも見えて、なんとものどかな景色です。こっちの参道沿いにも入口まで延々と連なっています ^_^;)途中でこんなものも発見!これってシロアリの巣ですよね?初めて実物を見ましたよ。入口近くまで歩いてきたところで、でっかい観光バスが通過。しかも2台も。「バスを連ねて参拝に来る」ほどの人気ってにわかに信じられなかったんですが、この光景を見て信じざるを得ませんでした。凄い人気ですね、ワット・プラーンマニー。寺の門から歩いて5分で国道3049号線に出ました!「お帰りの道中どうぞお気を付けて」と。時刻は、11:36。次の目的地は、目と鼻の先です(笑)<交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:130バーツ※旅は2013年8月16日(金)に行いました。<参考>『瀬戸正夫の人生(下)』瀬戸正夫著、東京堂書店、2001年「長い旅路」『平和の礎』第3巻、独立行政法人平和祈念事業特別基金(PDF)つづく
2013/08/26
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次の目的地へと向かうために再びナコンナーヨック「病院前」の待合所に。ワット・プラーンマニーというご利益がとてもあり、ナコンナーヨックに来たら必ず参拝すべしと言われているお寺に行こうと。事前にネットで情報収集して分かったのは「白いミニバスがナコンナーヨックから国道3049号線を走っている」ということだけ。具体的にどの辺り発でどこ行きなのかも分かりません。本当に走っているのかという不安が少々…。待合所で待っているとすぐに一台のロッ・トゥーが現れました。「この車ですよ。ワット・ルアンポー・パークデーンに行きます!」「ありがとうねぇ」そんな会話を、待っていた男性とおばあさんが交わしているじゃないですか。ワット・ルアンポー・パークデーンとは、なんと私が行こうとしているお寺の別名なのです。渡りに舟! 私も乗り込んじゃいましょう!(笑)時刻は、10:56。窓には、ナコンナーヨック クンダーン・ダム 第1-16運河 と。なるほど、国道3049号線の奥にあるクンダーン・ダムまで行くのか。国道305号線がナコンナーヨックから国道3049号線と名を変えた道を北東へと疾走していきます。すると、途中で右折してあぜ道のような細い路地へと。なんと、ワット・プラーンマニーの入口前に横付けしてくれました。前もって運転手に頼んでおけばここまで入ってくれるんですね。運賃20バーツを運転手に払い、おばあさんの続いて下車します。時刻は、11:02。ロッ・トゥーを見送ります。ロッ・トゥーの先に見える白い山門は国道3049号線沿いに建っています。それよりも、やっと山並みがはっきり見えましたよ!入口横の道沿いには…牛やゾウがズラ~っと。ぱっと見が本物に見えて一瞬驚きました ^_^;)きっと檀家さんの寄進なんでしょうね。さて、ワット・プラーンマニー (วัดพราหมณี) に入りますか。参道を進むうちに売店が並び始めました。来るまでの沿道でもそうだったんですが、マナオやソムオー(ざぼん)を売る売店が目につきますね。ナコンナーヨックの特産品なのかな?しかしお寺にまで銀行のATMがあるのがなんとも… ^_^;)まっすぐ進んだ右に本堂がありました。その前にお参りセット売り場が。20バーツの1セットを買いつつ、売り子のおばさんにとある場所を尋ねてみました。ちょっと歩いてみたのですが見当たらなかったもので。「あとで案内してあげるから、まずはここでお参りを済ませてね」ありがとうございます。ではちょっとお待ちください~。ラマ5世期の創建だそうで、100年余りといったところですか。有名なお寺のわりに小ぶりな本堂ですね。実はこのお寺に参拝した人の中に宝くじに当たった人が続出したそうで、それで土日ともなると観光バスを連ねてご利益にあやかろうとする人たちが各地からわんさとやって来るんだそうです。なんと言うか、まぁ、いいんですけど ^_^;)私は違うことの願掛けをしようと思います。手前でロウソクと線香に火を付けて差し、祈ってから本堂内に入ります。巨大なロウソクに圧倒されつつ、花輪をお供えして奥へ進みます。手前のヤマタノオロチのような神様はなんでしょう?ワット・プラーンマニーのプラーンマニー (พราหมณี) とは「女性のバラモン」の意だとか。バラモン教の神様なんですかね。周りにある仏像に金箔を貼ってお供えセット使用完了。奥の最上段に鎮座している仏像はランサーン様式で、昔ラオスのビエンチャンからここへ移されたんだとか。この写真では分からないんですが、上唇が赤い色をしているんですよ。なんでも色を塗ったわけでもないのに、長い年月を経ても鮮やかな赤色のままだそうで。ここの別名ワット・ルアンポー・パークデーン=赤口本尊寺は、この仏像に由来しているんです。そんな唇の色にちなんでか、お供え物にナムデーン (น้ำแดง) と呼ばれる赤い色のジュースが大人気。中には1ケース丸ごとお供えする人もいるんだそうで。どうかみなさん、宝くじに当たっていますように… ^^あれ? 私のお供えセットにはナムデーンが無かったぞ。違うバージョンのお供えセットが売られているのかな。ま、いっか。さて、いよいよここに来た本来の目的の場所へ!<交通費>ロッ・トゥー:20バーツここまでの合計:130バーツ※旅は2013年8月16日(金)に行いました。<参考>新聞『コムチャットルック』2012年3月23日付け(タイ語)↑このページの左上の写真が、仏像の唇の赤い色が分かりやすいと思います。つづく
2013/08/22
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バンコク西方のラーチャブリーの旅で山を見てきました。そこでふと、じゃぁバンコク東方の山も見てみたいなと思い調べてみると、どうやらナコンナーヨック県まで行けば山を眺められるらしいことが判明。ということで今回の目的地はナコンナーヨックに決定!決定してから見どころを調べたのですが、滝やらダムやらばかりが多く外国人観光客には地味な印象が…。でもです。よくよく調べると興味深いスポットがいくつもあったのでした。滝やダムは今回はパスしてそんなところを巡ってみることにします!出発は8月16日(金)。まずは戦勝記念塔へ。南東ゾーンでロッ・トゥーを探すと、とあるカウンターにナコンナーヨックとの文字が。ナコンナーヨックに行きたいんですが。「ナコンナーヨックですね。90バーツです」その場で支払うと、「あの車です。すぐ発車しますよ」と、ハザードを付けている車を指差しました。窓には、カビンブリー ナレー交差点-チャンタカームとあるだけで、ナコンナーヨックと一言も書いてないんだけど本当にこれでいいの?不安に感じつつも乗り込みます。カウンターで貰ったカードをまじまじと読んでも、やはりナコンナーヨックの文字は無し。言ってたとおり本当にすぐに出発。時刻は08:30。心配だったので、地名は聞いたことがあるもののどこにあるのか知らなかったカビンブリーをiPhoneでグーグルマップを使って慌てて調べます。なるほど、ナコンナーヨックから右折するとカビンブリーなのか。じゃ、通るってことですね ^_^;)ロッ・トゥーはウィパワディー・ランシット通りを北上、ドンムアン空港を通過してフューチャーパーク・ランシットのジャンクションから国道305号線、ランシット-ナコンナーヨック通りに入り東北東へとまっすぐ爆走していきます。この通りってランシット運河沿いにずっと伸びていいるんですね。ちょっと分かりづらいですが、右手にランシット運河が。時折、味のある木橋が架かってるんですよ。で、09:52、右手に聳える白亜のビルはシーナカリン・ウィロート大学オンカラック・キャンパスのようです。私は十数年前にスクンビット・ソイ23奥にあるシーナカリン・ウィロート大学でちょこっと大学生をしたことがあるんですが、在学中はこっちのオンカラック・キャンパスへは終ぞ来る機会がありませんでした。今になってその前を通過するとは。ちょっぴり感傷に浸ってしまいました。そういえばオンカラックはナコンナーヨック県ではないですか。あとちょっとで到着ですね!しばらくすると左側の車窓に山並みが見え始めました!やはり東側で山が最初に見えるのはナコンナーヨックなんですね。でも右側座席に座っていたためうまく写真が撮れず -_-;)運転手が私のほうを向いて、「ナコンナーヨックで降りる人、どこで降りますか?」と。病院前で降ります。事前に調べておいて良かった~。そしてロッ・トゥーはナコンナーヨックに到着。時刻は、10:20。戦勝記念塔から1時間50分と思ったよりも時間がかかりました。来た方向を眺めます。この通り、305号線の反対側にナコンナーヨックの中心部が広がっています。後で見ることにして、まずは腹ごしらえを。朝食まだなんですよー。「病院前」と言って降りたここは、ナコンナーヨック病院の前。病院なら食堂がきっとあるはず。中に入って案内板を頼りに食堂へ。あった! ここみたいですが…食堂というか屋台というか。しかも営業しているのは、この1店だけ!(笑)まぁとにかく腹が減ったので何でも食べられればいいや。ガパオ・ムー(豚挽肉のバジル炒めのせご飯)を注文。30バーツ也。へぇ~、カオマンガイみたいにスープが付くんですね。これは初めてです。味は美味しかったですよ。十分に合格点!さてさて、このナコンナーヨック病院に来たのには実はもう一つ理由があるんですよ。iPhoneで開いたグーグルマップの航空写真をご覧いただきたいのですが、中央の青い丸が現在地の食堂(笑)で、病院の敷地の上部に注目して欲しいのですが、不自然に円弧を描いてますよね?これは私の見立てでは、昔この円弧の線に沿って町の城壁があったはずなんです。城壁の始点・終点の寺院と川、町の広さを勘案すると間違いないと思います。調べたところ、ナコンナーヨックの城壁はアユタヤ時代に王の命で破壊されたものの、破壊しつくされずに基礎部分が低く残っていて、20世紀初頭までは城壁の跡がはっきり確認できたとのこと。でも、今でも右側に記した黄色い「←」の場所に城壁跡が残っているのでは!?と推測してそれを確かめに行こうと。食事を終えた私は、病院を出て305号線沿いに病院の右隣の空き地へ向かいます。草地に分け入って行くと、はっきりとは分かりませんが、この右手の雑草の列がやや不自然ですよね。低い盛り土の上に生えているように見えます。雑草に覆われているのでこれ以上は確かめられませんでしたが。んー、微妙に空振りかな?(笑)でもこの手前でこんな光景を目にしたんですよ。綺麗な花が咲き乱れていました。これ、砂地に縦横に延びたツルから咲いているんです。面白いですね。なんていう花でしょう?<交通費>歩いただけなので:90バーツここまでの合計:90バーツ※旅は2013年8月16日(金)に行いました。<参考>www.amphoe.com(タイ語)つづく地図はまだ作成できていません。今しばらくお待ちください m(_ _)m
2013/08/19
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バンコク周辺1日旅シリーズは小休止して、今日はこんなものをご紹介します。もう既にご覧になったり買われた方もいらっしゃるかと思いますが、「แม่」(メー)=「お母さん」と缶に大きく書かれたコカコーラです。これはコカ・コーラが世界的に行っているキャンペーン「Share a coke」の一環で、タイでは8月12日の「母の日」にちなみ、「お母さんのための缶コーラ」を発売したもの。母の日を3日経過しているのでもう売り切れではと心配しましたが、まだ店頭に残ってて良かったです!このコーラを買ってお母さんにプレゼントしよう!…っていうコンセプトなんでしょうかね?まじまじと眺めながら考えてしまいました。でも少なくとも私みたいなミーハーな人は飛びつくので(笑)キャンペーンは成功したんだと思います。日本では「Share a Coke and a Song」キャンペーンというのをやってるようですね。全然知りませんでした ^_^;)あとでゆっくり飲むことにします!
2013/08/15
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レストラン「マイタイ」での夕食を終え、ラーチャブリーの町を歩きます。まだ19時ちょっと前だというのに、通りには人も車もまばら。地方にいることを実感させられますね。そろそろバンコクへ帰りますか。メークローン川沿いに出ると、思わずこの景色に見とれてしまいました。食堂街の時計塔の夜景もなかなかですよ。時計塔の時間、まだずれたままですね。早く直してください(笑)土日ならこの時間、時計塔のすぐ先のコーイキー市場で夜市が開かれているのに残念!で、バンコク行きロッ・トゥー乗り場に到着。場所をグーグルマップのストリートビューでお知らせしておきます ^_^;)時刻は18:57。今度は手前の人気のあるほうの業者で、バンコクまで、と告げるとスタッフが顔を見合わせています。ん?「もうありませんよ」えっ!?「まだある?」隣りの業者にも聞いてくれましたが、答えはノー。最終便は18時台で終わりだなんて。なんてこった。まさかあの場末ホテルに泊まる羽目になるんじゃ…。「もう一ヶ所バンコク行きロッ・トゥー乗り場があるので教えます」一人のスタッフのその言葉に一縷の望みが!「この先を左に曲がってしばらく歩いた2つ目の信号を・・・」え、左に曲がったらメークローン川に突っ込むんですが -_-;)…なんて疑問に思ってたらもう耳が付いていかずチンプンカンプン。ありがとうございます。と言ってその場を後にしたものの、一体どうするんだー!歩きながら考えます。あ、そう言えばレストランに行く前に「76」番の乗り場があったじゃないか。あそこに行ってみよう。速足で到着すると、まだ開いてます。やった!受付のおばさんにバンコクへ行く旨告げると、「20時発ね」と。戦勝記念塔に行きますか?「南バスターミナル行きよ」えー、せめてチャオプラヤー川の向こうまで行って欲しいんだけどなぁ。私が困った顔をしているのを察したのか、「それならロッ・トゥーのほうがいいわね。この先の橋の下が乗り場よ」へ? なんだ。ここはバス乗り場だったのか! バスにも「76」があるんですね。ストリートビューで確認したら、この前に確かに76のバスが停まってました ^_^;)お礼を言って、その橋とやらを探します。交差点に着いて左右を見回すと、あ、あった!ここにも「76」とあるってことは、同じ業者がバスとロッ・トゥーを運行してるんですね。橋と言うのは、歩道橋でした。場所はここです。時刻は19:08。受付の若い女性にバンコク行きはまだあるか尋ねたところ、面倒臭そうに無言で椅子に座るよう指図されました。まぁ、外にいるのと変わらない上にこんな狭いところに一日中座ってたんじゃイヤにもなるでしょうけど、自己嫌悪にも陥らないんでしょうか -_-;)ボーッと待っていると、突然電気が消されました。はっ!?不機嫌姉ちゃんのほうを向くと、のっそり立ち上がって「来ましたー」と。右手からバンコク行きロッ・トゥーがやってきて停車。おいおい、待ってる客がまだいるんだから、全員乗り込んでから電気消しなさいよ。まぁどうでもいいか(笑)気にしないことにして乗車しまーす。きっとバスターミナル始発なんでしょうね。ここに寄ってからバンコクへ向かうと。19:22出発!これが最終便だとのこと。まだ南バスターミナル行きのバスがあるにはありますが、戦勝記念塔まで行ってくれるのは、他業者の運行も含めてきっとこのロッ・トゥーの便が最終なんでしょうね。スアンプンでも危うく最終便を逃すところだったのに、またやらかしてしまいました。学習能力の無い私でもさすがにもう次回からは気を付けます。途中で乗客を拾いつつ、夜の空いた道をかっ飛ばしたロッ・トゥーは、1時間40分弱でバンコクの戦勝記念塔に到着!時刻は、21:00ちょうど。帰って来れて良かったです(笑)私の場合こんな遅い時間になってしまいましたが、例えば行き帰りともにバンコク-ジョームブンのロッ・トゥーを使えば、余裕でミャンマー国境のフアイ・コークムー・ビューポイントに日帰りで行って帰って来られることが分かりました。問題は、車のチャーターですよね。レストラン「クルア・ガリアン」でいつも紹介してくれるのかは何とも言えません。困った時にはコーヒー・スタンドのお姉さんに相談してみるのもいいかもしれません。こんな感じですが、日帰り国境旅の参考にしていただけましたら幸いです。これにて今回の旅も完結です。最後までお付き合いくださいましてありがとうございました!次回は、まだ行ったことのない方面の旅をお届けする予定です!<交通費>ロッ・トゥー:80バーツここまでの合計:1,567バーツ※旅は2013年5月3日(金)に行いました。おわり
2013/08/12
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フットマッサージを終えた私はコーイキー市場を歩いて、あの店へ。なんでこんな分かりにくい写真を撮ったんだろ。すんません。前回涼んで生き返ったカフェ、「Cups'n Cake」です。優しい夕日が差し込む店内で再びマナオ・ソーダを飲んでまったり。再びメークローン川沿いを歩きます。橋をバスとソンテオが夕日を浴びながら渡っていきます。なんだか郷愁を感じる光景ではないですか。川沿いから一本隣りの道も歩いてみましょう。電線が夕日で光り輝いてこれまたグッとくる景色です。夕景を体験するとその街を好きになってしまいますね ^_^;)この道沿いにこんな建物発見。「アーラヤ・ホテル」との看板があるってことは、ホテル?場末感満点で泊まるには勇気が要りそう…。東へと歩くと、あれ?「ラーチャブリー・ツアー 76」とありますね。この数字どこかで見覚えがあるなと思ったら、前回ラーチャブリーに来た際にバスターミナルで (再掲)ズラッと並ぶ「76」番のロッ・トゥーを見ているじゃないですか。ってことは、ここはバンコク行きロッ・トゥー乗り場かな?でもまだ帰りませんよー ^^さらに東に歩いて、左側のゴーントーン通り(ถนนก้อนทอง)に入ります。少し歩いた左側にありました。探していたレストランが!「マイタイ」という店です。タイ語のガイドブックに載っていたのでディナーにと思い来てみました。さてどうなんでしょう…。扉を開けて入ってみます。時刻は、18:10。ちょっと意外な内装。結構歴史のある店らしいんですよ。かつてラーチャブリーの若者がデートで使う店として人気だったんじゃないですかね。雰囲気的にそんな感じ。では肝心な料理の味はどんななんでしょう~。入り口のおすすめメニューにあった2品を頼んでみたのですが、ぐえっ、予想外のボリューム… -_-;)上はガイトート・クリーム・マナーオ(ライムクリームのフライドチキン)下はタウフートート・ハートヤイ(ハートヤイ風揚げ豆腐)しかも両方とも揚げ物だったことに今更気付いて呆然です(笑)でも両方とも美味しかったですよ。さすがに完食は無理でしたが。ちなみにライスは逆向きになってますけど、クマさんのかたちに型抜きされてます(笑)テキパキと動き回っている性格の良さそうな女性店員に会計を頼んで、店を出たのは18:50。外はもう夜の帳が下りていました。<交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:1,487バーツ※旅は2013年5月3日(金)に行いました。つづく
2013/08/08
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満員のラーチャブリー行きロッ・トゥーが発車しました。時刻は15:54。お客さんと運転手の会話から分かったんですが、これがなんと最終便。この後に16:50発の終バスはあるものの、ほんと危なかったです ^_^;)幸いにも助手席に座れたので景色を堪能できますよ~。岩山に突き当たり曲がると、まるでうっそうとした森の中を走っているようですが、ここはラチャパット大学ムーバーン・ジョームブン校のキャンパスなんです。と言うことは…ジョームブンの町に到着しました。ここで3分の1ぐらいの乗客が降りるようです。バンコクからスアンプンに行く場合、ジョームブンまでロッ・トゥーで来て、バスかこのロッ・トゥーに乗り継ぐのが最速なので、自家用車で来ない人はこのルートを取るようです。しかし私以外にも公共交通機関でスアンプン観光に訪れる人っているんですね。大変だろうにと感心してしまいましたよ(笑)「どのキウですか?」と運転手。「キウ2000です」と乗客。キウとは英語の "cue" からきた語で「列」の意味なんですが、この場合はロッ・トゥーの業者のこと。なのでキウ2000は、2000という業者って意味になります。そのキウ2000の前でロッ・トゥーは停車。16:31。ジョームブンとバンコクを結ぶロッ・トゥーを運航している業者はいくつもありますが、この「キウ2000」が一番人気があるんですよね。サービスがいいのかな?南バスターミナル-戦勝記念塔-モーチット2と看板にあります。ここで下車するみなさんは、バンコクに帰るんでしょう。私もそうすれば速く帰れますけど、どうせならラーチャブリーをまた歩きたいのでこのまま降りないことに。ちなみにスアンプンからジョームブンまでは50バーツとのこと。しばらく走るとまた岩山が見え始めました。「タイの小桂林」とか銘打って売り出せませんかね?規模的にちょっとムリかな ^_^;)車窓の景色が賑やかになってきたなと思っていると、見覚えのある時計塔が。ラーチャブリーのコーイキー市場前に到着!ここで降りましょう。時刻は17:05。私はまたもや運賃をメモるのを忘れてしまいました。たしか70バーツだったような。今回はたるんでてスミマセン m(_ _)mスアンプンへ行きたい時はどこから乗ればいいんですか?「ここで待って入ればいいですよ」と運転手さん。ってことは、ここで待ってバスとロッ・トゥーのうち先に来た方に乗ればいいんだな。さて、まずどうしようかな。優しい夕日に照らされたコーイキー市場が目の前に。自然とそちらに足が向きます。するとこんなのぼりに目が止まりました。フットマッサージが59バーツだって!? ずいぶん安いな。夕方になると川沿いの遊歩道に椅子を並べて営業しているようですね。「30分で59バーツです。いかがですか?」男性から声をかけられ、なんとなく座ってしまいました(笑)「1時間で120バーツですよ」いえ、30分でいいです。すみません…。実際にマッサージをするのは女性たち。男性は「先生」と呼ばれていたので、マッサージ法を教えつつこの店(?)を経営している人なんでしょうね。ハッカ油を塗られて早速マッサージ開始。メークローン川を眺めつつ、涼しい川風に辺りながらのマッサージ、最高ですよ~~。「日本でマッサージ店を一緒にやりませんか?」えっ!?「そうしたらみんなも日本に呼ぶからね!」「日本ってタイ語通じるの?」「通じるわけないでしょ。みんなで日本語勉強して準備しなきゃね。あははは」私をダシに大笑いしながら話を楽しむみなさんでした。メークローン川の対岸から野太い声の合唱が聞こえてきます。「あぁ、向こうに軍の基地があるんですよ」前回の旅でラーチャブリー旧城壁かと思って壁を撮影した陸軍工兵局パーヌランシー基地ですね。ほんとだ。隊列を組んで走りながら歌っているのが見えました。30分なんてあっという間。でも随分と体が軽くなった気がします。ありがとうございます。去り際に、「今度来たら、日本でのマッサージ店出店の相談をしましょう」男性がニコニコしながらそう言ってきました。おいおい、まさか本気だったんですか? -_-;)<交通費>ロッ・トゥー:70バーツ(?)ここまでの合計:1,487バーツ※旅は2013年5月3日(金)に行いました。つづく
2013/08/05
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男の子の言う「空港」ことヘリポートを見物して戻ると、売店の前におばちゃんが立ってこちらを見てます。「来たの気付かなかったわよ。どの車で来たの?」こちらこそ売店に人がいるなんて気付きませんでしたよ ^_^;)平日じゃ売り上げほとんど無いんじゃないでしょうか。大変そう。郡役所から補助が出てるのかな?さて、男の子と車へと戻ります。スアンプンに帰りますか。14:50出発。下り坂を駆け下りて行きます。オフロード・バイク好きな人には楽しめる道かもしれませんね。舗装道路に復帰して、お寺の横を通ります。もうここまで来れば、すぐそこ。スアンプン郡役所横で隊員さんは車を停めます。さて、ずーっと悩んできたチャーター代を渡す時がやってきました。4WD車で悪路を走ってくださいました。500じゃ少ないので1,000ですよねぇ。しかも隊員さん&男の子の嬉しいガイド付き。ガイド代として200追加しますか。ということで1,200バーツを渡そうとすると、隊員さんは顔をしかめて、「500バーツ札あるか?」と。いえいえ、この額でいいです。隊員さんは渋々そこから1,000バーツ札だけを受け取り、私を降ろして走り去って行きました。・・・なんともあっけないお別れ(笑)まぁ、それ以上何があるわけでもないんですが、実直というか愛想のあまり無い性格は、職業柄なんですかね ^_^;)逆に言えば頼りになるので、道中安心していられたってことはありますが。時刻は15:27。あれ? 郡役所の駐車場にロッ・トゥーらしき車があるぞ。バス以外にも路線があるのかな?せっかくスアンプンまで来たんだから、あと一ヶ所ぐらいは見どころに訪れたいもの。モーターサイ詰所へ歩いていって尋ねてみました。アルパカ・ヒルに行けますか?モーターサイのおじさん達は顔を見合わせて「知ってるか?」「いや、知らない」とやってます -_-;)アルパカっていう白くて首の長い動物がいるところですよ。「そんな動物初めて聞いたぞ」私の発音が悪いのかと思い、タイ文字で書いて見せてもダメ。なんだよー。仕方が無い。じゃ、ボークルン温泉には行けますか?「行ける。30分かかるよ」ええーっ!? そんなに遠いんだ。諦めるかぁ (T_T)ガックリ肩を落として、とりあえず辺りを散策してみることに。すると、郡役所前の交差点から少し先にコーヒーのスタンドを発見。場所は、以前掲載したこの写真真ん中の、黒っぽいピックアップ車が停車している左側あたりです。小さな木造スタンドで、三方にはカウンター席があり、中で20代半ばぐらいの女性が一人で切り盛りしています。チャーイェン(アイスミクルティー)ください。ここに座って飲んでもいいですか?「いいですよ!」とても気さくで気が利く女性で、いきなり話がはずんでしまいました。フアイ・コークムー・ビューポイントに行きたくてスアンプンまで来たと話したところ、「危ない! ミャンマーから撃たれるわよ!」と真顔で驚かれてしまいました。つい10年ほど前まで実際にドンパチしていたんですから、地元の人の国境に対するイメージって、きっとそんなもんなんでしょうね。アルパカ・ヒルについて聞いたら、知っているそうです。なんだあのモーターサイのおじさん達は。もっと勉強しなさい -_-;)「ここから20km先ですよ。」なんと、またしても遠過ぎ。いずれにしても無理か…。「ところで知ってますか? ラーチャブリー行きの便は4時台で終わるってことを」はぁっ!? もうすぐじゃないですか!!なんでもバスは40分間隔で運行していて、最終便が16:50発だとか。危ない危ない。どこかへ行ってたら帰れなくなるところでした。教えてくれてありがとうございます。じゃ、バスが来るまでここで待たせてください ^^この女性、地理に詳しいし英語ができるようだし性格も抜群。コーヒースタンドをやっているだけでは勿体無い逸材ですよ。私が困った車のチャーター仲介や観光案内サービスも併せてやれば成功するんじゃないですかね。「この上のほうに日本人が住んでいますよ」こんな山の中にまで日本人がいるとは!「タイ人と結婚してっていうパターンですけど。たまに日本に帰っているようです」…なんて話していると目の前の道路を上の方からスーッと走ってきた車が。あれ、ロッ・トゥー? スアンプン郡役所前で停車したじゃないですか。あれってラーチャブリー行きのロッ・トゥーですか?女性はハッとした顔をして「あ、そうです! 急いだほうがいいわよ」と。じゃあ乗りますね。ありがとうございました!と言いながらダッシュ!「ちょっとちょっと、チャー・イェンは?」飲み干しました。それ空です! ありがとうございました~!!「ラーチャブリー-スアンプン」と間違いなく書いてあります。中から「満席だよ」との声。え~っ、そんなぁ。すると助手席のドアが開いて「前が一人分空いてますよ」と。へぇ、前には運転手含めて3人乗るのか。席が確保できて一安心です ^_^;)<交通費>車チャーター代:1,000バーツここまでの合計:1,417バーツ※旅は2013年5月3日(金)に行いました。つづく
2013/08/01
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