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ダムヌーンサドゥアック水上マーケット北端を横切るダムヌーンサドゥアック運河の対岸にも実はマーケットがあるんです。看板には、← ラウタックラック水上マーケット (ตลาดน้ำเหล่าตั๊กลัก) DAMNOENSADUAK FLOATING MARKETと書かれています。向こうへ渡りつつ、橋上から運河を眺めてみると、一直線で幅の広い運河ですよね~。遠くのほうにも舟が何艘もいるのが見えます。このダムヌーンサドゥアック運河はラマ4世の命で1866年に掘削開始、2年後の68年11月に正式開通しています。命名もラマ4世によるもの。ターチーン川とメークローン川を結び全長35kmだとか。対岸へと渡ってみると、板張り廊下で百年市場の趣がありますね。左へと歩くと、ダムヌーンサドゥアック運河から右に枝分かれしたラットプリー運河(คลองลัดพลี) の両岸に商店が並んでいます。が・・・、奥まで行って振り向いた風景ですが、予想以上に閑散としているじゃないですか。ついさっきまでいたダムヌーンサドゥアック水上マーケットの活気とのギャップがあり過ぎて余計に寂寥感&場末感満点です。とは言っても商店街や周辺の住民と思しき方の姿が少しはあるんですが。それとほんのたまーに観光客の姿も…。運河一本隔てるだけでこんなにも違うもんなんですね。ラットプリー運河に架かる橋を渡り対岸へ。こちらの角には立派な中華風の木造商店が。HOKLEE CAFEとあるのでカフェなんですね。雰囲気いいし一服しようかと思いきや、店の中華系ご主人は店内のデッキチェアーにゆったりもたれつつ携帯電話で長話中。私になんて一瞥もくれやしません -_-;)まぁいいや。戻ろうとしつつラウタックラック水上マーケット両岸の景色を写真に収めてみます。今は淋しい限りのラウタックラック水上マーケットですが、実はここが元々のダムヌーンサドゥアック水上マーケットだったと言ったら驚きますか?ダムヌーンサドゥアック運河開通の後、ダムヌーンサドゥアック郡の奥とラーチャブリーとの間の交通の利便性のためにこのラットプリー運河が開通したのは1901年。当初ラット・ラーチャブリー(ラーチャブリーへの近道)と言う名だったのが縮んでラットプリー運河になったんだとか。で開通に合わせてこの角にダムヌーンサドゥアック郡役所が移転してきます(後に再移転)。きっとそれで人が集まるようになったことから、ここに水上マーケットが出現しました。かなり活気があったようで一時はラットプリー運河入口からダムヌーンサドゥアック運河を西へ1kmほどまで舟の物売りの群れが続いていたんだとか。その後エンジン付きの舟が増え始めると、波を避けてラットプリー運河内に舟が集まるようになります。その最盛期の1967年頃から噂を聞き付けた国内外の観光客が訪れるように。なにせ今私が立っている場所の当時の光景は、こんなですよ! 出典 tripdamnoen.freetzi.comこれぞ本物の水上マーケット!今この姿で残っていたら、絶対行ってみたいですよね!そこに目を付けたのがタイ政府観光庁。1971年から「ダムヌーンサドゥアック水上マーケット」の観光促進に力を入れ出し、観光雑誌に相次いで紹介記事を載せたことから一躍有名に。が、皮肉にもその頃から陸上交通が発達した影響で水上マーケットは急速に衰退。観光資源を維持するために1985年、タイ政府観光庁が音頭を取って水上マーケットをダムヌーンサドゥアック運河を挟んだ反対側のトンケム運河 (คลองต้นเข็ม) に移転させ、「観光用水上マーケット」として今に続いているというわけです。話が長くなりましたが、つまりダムヌーンサドゥアック水上マーケットは本来こっちのラウタックラック水上マーケットにあったのです。ダムヌーンサドゥアック水上マーケットにいらっしゃったら、ぜひ橋を渡ってこちらにも訪れてみてください。<交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:100バーツ※旅は2013年8月17日(土)に行いました。<参考>『ダムヌーンサドゥアック・ラットプリー運河入口水上マーケット(ラウタックラック)、ダムヌーンサドゥアック運河の歴史』(タイ語Word文書)つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめた新ブログを立ち上げました。『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 です。左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2013/09/30
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ダムヌーンサドゥアック水上マーケットの真ん中に架かる橋から今度は南側を眺めてみましょう。こっち側の方が写真を撮っている観光客が圧倒的に多いです。そんな中に混じって「船に乗りませんか?」と英語で勧誘してくる業者さんも ^_^;)丁重に断りつつ眺めると、こっちのほうがマーケットが長い分、活気があるように見えますね。ダムヌーンサドゥアック水上マーケットは、毎日6~12時にやってるそうです。アンパワー水上マーケットが金土日の夕方からというのと対照的ですね。ツアーへの組み込み易さがここの活気を支えているのかも。そんなダムヌーンサドゥアック水上マーケットですが、元々は近くの違う場所にありました。それは活気のある水上マーケットで最盛期は1970年前後の数年だったようです。観光用水上マーケットとしてこの地トンケム運河に移されたのは1985年のこと。じゃ、階段を下りてみますか。物売りの舟は両岸に寄っていて、中央を通過する舟の多くは観光船なんですね。営業開始時間と言われる朝6時頃に来れば、出勤(?)してくる物売りの舟が行き交う光景をもっと見られるかもしれません。ちなみに陸上部分には土産物売り場のほかに食堂もあります。が、どうせなら舟で作るクイッティアオを食べたいもんですよね~。マーケットを眺めつつ北端まで歩くことに。フルーツ売りの舟は写真映えしますね。どの舟も綺麗にフルーツを並べているので、つい欲しくなりそう。ところでここのカット・フルーツの相場はいくらぐらいなんでしょうか。聞いてみれば良かったと少々後悔 ^_^;)ごちゃごちゃした通路をやっと抜けて、北端に架かる橋までやってきました。ここまで来ると淋しい風景なんですね。北端と言いましたが、ダムヌーンサドゥアック水上マーケットのあるトンケム運河はここから始まっていまして、その先はと言うと、ダムヌーンサドゥアック運河というかつての大幹線運河が東西一直線に伸びています。観光船が向かう先、左がダムヌーンサドゥアック水上マーケットのあるトンケム運河で、一艘また一艘と観光船が吸い込まれていっています。しばらく飽きずに眺めていると、うーん、日本人観光客率高しですね。右手には立派な橋が。あの橋でダムヌーンサドゥアック運河を対岸へ渡ってみましょう!<交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:100バーツ※旅は2013年8月17日(土)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめた新ブログを立ち上げました。『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 です。左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2013/09/26
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水上マーケットの多くって土日しかやってないところが多いためになかなか行く機会が作れずにきたんですよ。しかしようやく久しぶりに土曜日がフリーとなったので、このチャンスに一挙にダーッと回ってしまおうと思い立ちました(笑)バンコク西方の5つの水上マーケットに狙いを定め、1日で回ってみようと。さてさて回り尽くせるのかどうか…。8月17日(土)の朝、まずは戦勝記念塔へ。北東の一角、サムセーン運河を越えた高速道路下へ向かいます。あった! 時刻は07:00ちょうど。テントに「メークローン アンパワー ダムヌーン」と書かれています。ロッ・トゥーでまず向かうのは、外国人観光客に最も有名な水上マーケットのダムヌーンサドゥアック水上マーケット!受付の女性にダムヌーンサドゥアック水上マーケットへ行くか確認して運賃100バーツを支払いつつ、出発時刻を尋ねると「7時半」と。じゃぁ、目の前の屋台で朝食を食べて待ちますか。大好物のガパオ・ムー(豚挽肉のバジル炒めのせご飯)で空きっぱらを満たして乗り場に戻ると、「あの車です。乗ってください」と女性。あ、もう来てるんだ。早速乗り込むとなんと07:23に出発するではないですか。定刻より早く出るなんて、タイで初めての経験かも(笑)戦勝記念塔を回り、パヤタイ通り沿いのショッピングセンター「センチュリー」前で一旦停車。運転手さんが降りてお客さんを連れて来ました。なるほど、ここでもお客さんを拾うのか。高速に乗りチャオプラヤー川を渡ったロッ・トゥーはラマ2世通りを西へとかっ飛ばして行きます。フアクラブー交差点手前のBig Cラマ2世店前でしばらく停車した後、07:56に出発。途中ガソリンスタンドで給油休憩。ちょうどいいタイミングでのトイレ・タイムでした ^_^;)再び西へと疾走し右へ逸れたと思ったら、見慣れた風景のメークローンに到着。時刻は08:53。2人ほど降ろして再出発。次はどっちに向かうんだろ?この先、道が二股に分かれ、左へ行くとアンパワー水上マーケット、右へ行くとダムヌーンサドゥアック水上マーケットなんです。予想どおり、左へ進みアンパワー水上マーケットに到着。ここで大勢下車しました。時刻は09:01。私もまた後で来ますよ~。Uターンしたロッ・トゥーはさっきの二股から今度は右の道へと進みます。「水上マーケットまで入りますか?」若い男性運転手が聞いてきました。はい。大通りから左折して、チャーター観光船業者が点在する道を奥へと突き進み、橋を渡ったところで停車。ここかー、ダムヌーンサドゥアック水上マーケットは。下車したのは私一人だけ。あとの人はダムヌーンサドゥアックの市街地へ行くのかな。ロッ・トゥーを見送ります。時刻は、09:15。戦勝記念塔から1時間50分ほどでした。実は今までに2回来たことがあるんですが、一人で来たのは初めて。自分で公共交通機関を利用して訪れると、頭の中の地図にしっかりと場所が焼き付けられますね。ちなみに降ろされたのは、水上マーケット沿いの土産物屋前の駐車場。閑散としてますね ^_^;)早速さっき渡った橋へ行ってみましょう。お、いるいる。写真撮影している観光客がうじゃうじゃ。橋の左側を見下ろすと、ツアーのパンフレットでよく見る光景が~。これぞダムヌーンサドゥアック水上マーケット! って感じですね。でも心なしか物売りよりも観光客の船のほうが多い気が。きっと気のせいですよね(笑)で、さらに直下を見下ろすと、外国人向け観光地の定番「大蛇の首巻き」がぁ~!(笑)お金払ってやる人、いるもんなんですねぇ ^^では、ダムヌーンサドゥアック水上マーケットを歩いてみますか。<交通費>ロッ・トゥー:100バーツここまでの合計:100バーツ※旅は2013年8月17日(土)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめた新ブログを立ち上げました。『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 です。左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2013/09/23
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射撃場を後にした私は、ソンテオを待つために「T字路」(サームイェーク)へ。iPhoneのグーグルマップで言うと、黄色い円が射撃場。出て右へ歩いた先にT字路があり、青い丸の場所の待合所で待つことに。しかーし、まったく来る気配が無し。段々不安になって来ました。バンコクでの約束18:30に間に合うだろうか…。20分ちょっと待ったところで、先へと歩いてみることに。が、歩き出してほどなくすると、ノロノロと現れたじゃないですかソンテオが。やっぱりここで良かったんだ。どうも30分間隔での運行のようですね。乗り込みましょう~!時刻は、15:05。ほっとしつつ、後ろに流れる景色を眺めます。やっぱり広大な公園みたいですよね。このソンテオ、ナコンナーヨックからやって来て、プラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校の敷地内を周回してからナコンナーヨックに戻っているようです。しばらくして前方に正門が見えてきました。プラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校を後にします。さようなら~。実はここには射撃場以外にも一般人が有料で利用可能な施設がいくつもあるんですよ。例えば、34フィートの高さからの落下傘降下とロープを使っての降下、カヤック、池越え等々。でもその多くが休日のみ。いずれにしても今日は時間が無いので無理。また休日に来て、ぜひ落下傘降下なんかをやってみたいですね~。ちなみに戦勝記念塔とこのプラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校を結ぶロッ・トゥー路線もあるようですよ。今度はそれで来ますか。前方にナコンナーヨック病院が見えてきました。ナコンナーヨック中心市街地に到着です。ソンテオが交差点を右折してパーニット・チャルーン通りに入ろうとしたので下車。時刻は、15:28。じゃぁ、ロッ・トゥーでバンコクへ帰りましょう。チャイパン通りまで歩き、目星を付けておいた乗り場へ。15:49出発。途中でお客さんの乗り降りがありつつ、ランシットからパホンヨーティン通りへ。ドンムアン空港の先から高速道路に乗り、ディンデーン手前で一般道に降りたところで渋滞につかまります。ディンデーン交差点はいつも大渋滞ですよね。ようやく終点の戦勝記念塔に到着したのは18:09。急がねば。ダッシュでBTSの戦勝記念塔駅へ向かい、チッロム駅へ。走り詰めで待ち合わせのセントラル・ワールドに着いたのは18:35。あ゛~、5分遅刻してしまいました(>_
2013/09/19
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プラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校キャンパス内を次の目的地へ向けてひたすら歩いていると、バイクで通りかかった軍服姿のおじさんが声をかけてきました。「どこへ行くんだ?」射撃場へ行くんです。「乗って行きなよ」えっ、本当ですか! ありがとうございます!!後ろに跨らせてもらいました。小太りで人の良さそうなおじさんです。外国人でも射撃ってできますか?「できるよ」なんて話しているうちに到着。ここはやはりお礼にいくばくか渡した方がいいかなと思い財布を出そうとすると、「マイペンライ」と手を振ってにこやかに断ってきました。ありがとうございました!警察と陸軍とでは、こういうところが違うんでしょうか。…ってきっと偏見ですよね。すみません。いずれにしても自分の中で陸軍の好感度が大幅UPの出来事でした。この何の変哲もない建物が「射撃場」です。時刻は、14:06。中に入ると、すぐの右手に受付が。あの、射撃をしたいんですが。「どの銃がいい?」と受付の男性。2丁の拳銃をロッカーから出してゴトンと目の前に置きました。オートマチック式と回転式かぁ。見た目が格好いい回転式をチョイス。「10発で180バーツ」映画を観るより安いとは! 「これを持って奥へ行って」と渡されたものは、銃弾10発と的。パン、パン、パンと大きな音の聞こえてくる廊下奥の射撃場へと向かうと、団体さんがまさに射撃の練習中で、銃声が物凄いっ!!陸軍士官学校生かと思いきや、みなさんがお揃いで着ている黒いTシャツにはチョーローボーパークプリー郡とあるんですよね。帰ってから調べてみたら…。チョーローボー(ชรบ.)とは ชุดรักษาความปลอดภัยหมู่บ้าน の略で日本語では村落治安維持隊ってな感じ。私も初耳だったのですが、各村落単位で住民志願者から構成された自警団組織でした。内務省自治局国内治安活動部管轄で、郡長が任命を行っています。テロの続く深南部3県とソンクラー県の4郡では特に組織が強化されているんだとか。で、パークプリー郡はナコンナーヨック県内北東部にあります。村毎に拳銃と銃弾が貸与されているので、その練習に来たということですか。近くにこんな立派な施設があって恵まれてますね ^^壁の掲示物を眺めていたら標準の合わせ方の解説が。左の短銃と右の銃身の長い銃(ライフル?)で標準器の形状が異なるんですね。それはそうと、こんな大勢で使用中じゃ私はどうすればいいんだ。困った揚句、受付に引き返して、使用中のようですが…と訴えると、「ちょっと待ってなさい」とどこかに電話をかけています。「日本人が射撃をしたいと来ているんだけど」と言っているのが聞こえました。なんで日本人だって分かるんだ -_-;)「付いて来なさい」はっと気が付くと男性が私の横に立っていて促されます。再び射撃場へ。一番端のレーン(ってボウリング場じゃないって)に案内されます。男性は慣れた手つきで的を金具に刺しワイヤーを操って先へ持って行きます。奥の定位置に設置したところで、銃弾を込めるようにと私に。「ストッパーをずらして一発ずつ込めて」銃弾は軽いけど、拳銃自体はズシリと重いもんなんですね。「これを付けなさい」とヘッドセットを渡されます。「片眼をつぶって」あ、そうなんですか。「引き金は指から力を抜いて徐々にゆっくりと引いて」なるほど!力むと標準がずれてしまうってことですね。勉強になります。じゃ、いきまーす!パン!さっきから思ってましたけど、「バキューン」なんて音しないじゃないですか -_-;)正しい本物の銃声を耳に焼き付けておくことって大事だと思いますよ。5発撃ったところで空の薬莢を取り出します。「熱くないから手で受け止めて」そうなんだ。恐る恐る手の上にボトボトと取り出したら本当でした。まったく熱くないんですね。再び詰めた5発も打ち終えたところで、「写真撮ってあげようか?」と嬉しい心配り。あまりにもブザマな構えなので、手の部分のみ公開します(笑)終わったー!感慨に耽っていると、男性がワイヤーを手繰って的を寄せてくれました。いいほうですか?「いいよ。90点だ。100点満点のうちのね」一応10発全部黒い円内には入ってるんですが、1発だけ「8」の円だからかな?いずれにしても拳銃ってさすがに良くできているもんですね。初心者でもこれだけ命中させることができるんですから。狙われないように気を付けましょう ^_^;)男性にお礼を言って後にします。入口の受付向かいにはグッズ売場が。あまり目ぼしいものが無かったのが残念。代わりにジュースを買いつつ、売場のおばさんにソンテオ乗り場を尋ねてみました。「ソンテオ…、えーと、T字路…、T字路ですよ」どう説明すればいいのか困ったような顔をしつつ答えてくれました。実はさっきおじさんのバイクで送ってもらっている時にソンテオがT字路を曲がって行くのが見えたんですよ。それを確かめたかったのでした。やはりあのT字路で待っていれば来るんですね。そうそう、受付の窓にこんな貼り紙が。無料Wi-Fiとな!試しにiPhoneで繋いでみると、本当に繋がった!(笑)なかなか先進的じゃないですか。やっぱり違いますね陸軍は。さて、射撃場を後にしましょう。時刻は、14:30。<交通費>バイクで送ってもらっただけなので:0バーツここまでの合計:168バーツ※旅は2013年8月16日(金)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめた新ブログを立ち上げました。『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 です。左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2013/09/16
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シマウマの像に囲まれたクンダーン廟を後にして、「千早街道」を再び北へと歩いて行きます。ほどなくして分かれ道に到達。真ん中には、陸軍士官学校らしい像が建ってますね。右の直線道路を歩いて行くと前方に見えてきましたよ~。あれがプラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校の校舎ですね!すぐ背後に山々が迫っています。校舎前方には青々とした芝生が贅沢なほどに広がっています。聞こえるのは鳥のさえずりのみ。士官学校生は一体どこにいるんだろうってぐらいの静寂に包まれています。望遠で眺めてみると、校舎前にはラマ5世像が。1887年にラマ5世が同校を創設したためで、校名の「プラチュンラジョームクラオ」もラマ5世のお名前なのです。以前はバンコクのラチャダムヌン・ノーク通りにあったものの手狭なことから、1986年にこの地に移転。高校相当の予備士官学校卒業生のみが各軍の士官学校に進学できるんだそうです。最初から要員は決まっているので入試は無いみたいですね。ちなみに女子の入校は認められていません。授業料が無料の上に給料まで出るんだそうですよ。四年制で学生数は600名。通常の学科の他、1~3月末の訓練期間が設けられています。歩きながら景色を眺めますか。まずは南東方向。そして進んでいる方向の北東。まるで自然公園みたいですよね。すがすがしい気分になれます。すたすたと歩いて、校舎横に辿り着くと、戦車がありました。小ぶりなサイズですね。中も覗いちゃおっと ^^実は夕方にバンコクで用事があるので、あまりのんびりしていられないんですよ。ここで寄りたい場所はあと一ヶ所。そこへと向かいますか。プラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校のサイトに掲載の案内図で言うと、赤丸が校舎です。で、これから向かうのは右のほうの黄色い丸のところ。ちょっと距離がありますが、歩くしかありません。まぁ暑くないし大丈夫。東へ向かいつつ西を振り返ってみると、カオ・チャゴークの全体の姿がはっきりと見えます。なるほど、日本軍が「双子山」と名付けたわけが良く分かりますね。<交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:168バーツ※旅は2013年8月16日(金)に行いました。<参考>『世界の士官学校』太田文雄著、芙蓉書房出版、2013年つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめた新ブログを立ち上げました。『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 です。左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2013/09/12
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プラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校キャンパス内を通る「千早街道」を北へ向けて歩いていると、木々の間から山が顔を覗かせました。たぶん日本軍が「双子山」と呼んでいた山かな。この角度だと良く見えないけど、頂が2つあるんでしょうね。タイ語では เขาชะโงก(カオ・チャゴーク=頭を突き出した山)と呼ばれているようです。ほどなくして目的地に到着!大きな岩の上に建つのはクン・ダーン廟(ศาลเจ้าพ่อขุนด่าน)。近寄ってみましょう。なんでも戦時中、ここを取り壊した日本軍の兵が祟りで何人も亡くなったとの言い伝えがあるのだとか。そんなところに同じ日本人の私が来て大丈夫なんでしょうか。ちょっと気になりつつも登ってみることに。参道を進むと否が応にも目に入るのは、沢山のシマウマさんたち ^_^;)クン・ダーン廟はとてもご利益があり地元で篤く信奉されているとのこと。そんな地元の方々が奉納したものなんでしょうね。でも不思議なのは奥にはチャボらしき鶏の像も並んでいるものの、圧倒的にシマウマが多いんですよ。なぜでしょう??ひょっとしたら・・・ワット・プラーンマニーに慰霊碑を建てた第37師団がナコンナーヨックの地で抑留生活を送っていた時点で、中国戦線から共に生き延びてきた軍馬3,100頭がいました。そのうち良い馬200頭は英軍が引き取り、残った馬はお世話になった付近在住のタイ人たちに譲ろうと考えていたそうです。それがです。復員が迫っていたある日、英軍から残りの馬を全部殺すよう命令が下されたのです。一頭につき一発の銃弾と拳銃が渡されます。馬と言えども苦しい戦場を一緒にくぐり抜けてきた戦友を自らの手で殺させるとは、なんともむごいですよね。殺されるのが分かっているのかじっと立ったままの馬を涙を流しながら一頭一頭射殺したのだそうです。馬の死体は対戦車壕や燃料弾薬庫用に掘った穴などに埋葬されました。近年、陸軍士官学校敷地内でゴルフ場の建設中に当時のものと思われる馬の骨が出てきたそうです。地元の人達は軍馬の供養の意味でシマウマの像を奉納しているのかなと思いましたが、違ってたらすみません。ちなみにワット・プラーンマニーの第三十七師団慰霊碑に師団将兵と並んで「師団軍馬四三七六頭」の精霊を祭ると刻まれているのは、この時殺された馬と中国戦線以来命を落とした馬の総数のようです。軍馬をどれほど愛しく思っていたのかが、この点からもひしひしと伝わってきます。さて、階段を登りますか。雨に濡れて滑り易いので気を付けながら…。すると途中にこんなものが。「剣保管所」と書かれた祠(?)に、まさに剣がいっぱい収められています。これも奉納されたものなのか。階段を登り切った岩山の頂で、廟の内部を覗きます。クン・ダーンらしき男性の胸像と、ここにも一振りの剣が。クン・ダーンはアユタヤ時代のナレースワン大王治世にこの地で関所の長を務めていた人物。ナレースワン大王がビルマからアユタヤを奪還した3年後の1587年、ビルマ軍が再びアユタヤを攻めてきました。その機に乗じて東方からクメール軍も進攻。プラチンブリーを陥落させ、次にナコンナーヨックを狙います。クン・ダーンは少ない手勢ながらも諦めず、クメール軍がナコンナーヨックを掌握した後もカオ・チャゴークに陣取りクメール軍の前進を阻止。そうこうしているうちに、ビルマ軍がアユタヤ攻略を諦め撤退開始。アユタヤからの応援部隊が到着し、クン・ダーンの部隊とともにクメール軍を攻撃してナコンナーヨックとプラチンブリーから退却させることに成功したのです。その功績からクン・ダーンは死後、廟に祀られたのだとか。ナコン・ナーヨックの守護神と言っても過言ではないでしょうね。廟から見下ろすと、おぉー、半端無い数のシマウマさんたちに改めて驚愕!視線を上げると、向こうに建物が見えます。あれは競技場。あの辺りは終戦後「赤坂村」と呼ばれ、第15軍約8,000名が復員まで過ごしていました。ナコンナーヨック地区日本軍総司令官の片村四八陸軍中将もここにいたようです。さてさて、岩山を下りて、さらに奥へと歩いてみますか!<交通費>ソンテオ:18バーツここまでの合計:168バーツ※旅は2013年8月16日(金)に行いました。<参考>『瀬戸正夫の人生(下)』瀬戸正夫著、東京堂書店、2001年『英雄クンダーン』The Golden Jubilee Network(タイ語)つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめた新ブログを立ち上げました。『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 です。左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2013/09/09
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当初はタイ絡みの様々な話題を綴っていたこのブログですが、ここ数年すっかり日帰りバス旅行記ばかりになっています ^_^;)でもそんなバス旅も古い記事を読もうとすると、この楽天ブログではかなりメンドクサイなとずっと思っていました。間に少ないながらも旅以外の記事も挟まってますしね。そこで、バス旅だけこのブログから抜き出して読み易くまとめたブログをもう一つ作りました!タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~というブログです。左側の「旅ごとに見る」欄にある旅のタイトルをクリックしていただければ、旅ごとに順を追って読むことができます。実はまだ移行作業の真っ最中で、現時点で移し終えたのは2008年の最初の旅から2011年頭まで。なるべく早く全て移行したいと思います。コピペ作業をしながら読み返して感じたのは、2010年の「バンコク西北行き当たりばったり旅」が私にとってブレークスルーとなったということ。それまでの旅は、バンコク市内やその近場のいわば「安全圏」を旅していたのですが、この旅で距離的にも心理的にも「未知の遠い地」に足を踏み出して、今までにない恐怖も不安も楽しさも一遍に経験したんです。私なりのバス旅の醍醐味を会得した旅だった気がするんですよね ^_^;)もちろん、それ以前のも含めてどれも思い出深い旅ですけどね。そうそう、私のメインのブログは従来どおりこの楽天ブログです。過去の旅をまとめて読みたいような場合に、新ブログをお読みいただけたら幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします m(_ _)m
2013/09/07
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ナコンナーヨック中心市街地をすぐに抜けたソンテオは、サラブリー県と結ぶ国道33号線スワンナソーン通りを北西に進んでいきます。途中で左折して入ったのは、ナコンナーヨック・バスターミナルでした。こんなところにあるんだー。ターミナル内をぐるっと一周します。このバスは、北西の町バーンナー(บ้านนา)行き。その他にサラブリー行きのロッ・トゥーも停車しています。利用客の姿がそこそこ目に入りましたが、寂れている感は否めませんね。再びスワンナソーン通りに戻って直線道路を進んでいきます。車がなんて少ないんだ!立派な道路なのにもったいないですよー ^_^;)しばらく進んで、交差点で一時停止。右折して、これまた立派なこの道に入り、山へと向けて北上し始めました。実はこれも旧日本軍が作った道路なんです。終戦でこの地に抑留された日本兵たちは、山や村に日本風の名を付けて呼んでいました。この道は「千早街道」と呼ばれていたそうです。「千早」が付く地名はちょっと調べてみると、福岡と大阪にあるんですね。きっといずれかの地出身者で編成された部隊が命名したんでしょう。緑に囲まれた気持ちのいい直線道路です。右手は田園地帯。ワット・プラーンマニーに慰霊碑を建てた第37師団は、こちら側を「大和村」、道を挟んだ西側を「敷島村」と名付けて復員までこの辺りにいたそうです。遠くに見える山々もきっと日本風の名で呼んでいたんでしょうね。この頃には乗客は私一人に。そうこうしているとゲートが近付いてきました。プラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校の校門です。ソンテオは校門先の検問で一時停車。兵士がこちらにも一瞥します。ギロッと睨まれるのかと思いきや、ニコニコと可愛い笑顔で見送ってくれるじゃないですか。ということで、ソンテオに乗ったままで陸軍士官学校の敷地内へ~。ここ、ものすごく広いんですよ。おおよそ南北3km×東西2kmもあります。はい、ナコンナーヨックの市街地よりずっと広大な敷地だったりするんですね ^_^;)これはあくまで私の推測ですが、この陸軍士官学校の地も元は旧日本軍が駐屯地用地として整備した場所なんじゃないでしょうか。千早街道が真っ直ぐここまで伸びていることからきっとそうだと思います。さて、まず最初に行きたい場所はこの道沿いにあるんですが、しばらくしてソンテオは右折。やはりそう上手くはいきませんか。慌ててベルを押して下車します。時刻は、13:26。町から25分とは結構遠いですね。元の「千早街道」に戻ります。看板によると2km奥に寺院もあるようですが、私はそこまで行かずに500m先の廟に行こうと思います!うっそうとした緑に囲まれて気持ちいいキャンパスですね。私が到着する直前まで雨が降っていたようで、なんともラッキー。おしめりがあったお陰で涼しくなり歩きやすい気温です ^^<交通費>ソンテオ:18バーツここまでの合計:168バーツ※旅は2013年8月16日(金)に行いました。<参考>『瀬戸正夫の人生(下)』瀬戸正夫著、東京堂書店、2001年つづく
2013/09/05
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ナコンナーヨック中心部の市街地西寄りを南北に貫くパーニット・チャルーン通りを南へと歩いて、橋に出ました。橋の下には、ナコンナーヨック川が流れています。意外と小さな川ですね。右端のほうに舟が浮かんでますが、漁でもしてるのかな?橋上から振り返って、歩いてきたパーニット・チャルーン通りを眺めます。この通りがナコンナーヨック市街地一番の目抜き通り。と言っても市街地は約500m四方程度ととても狭いんですよ。ナコンナーヨック病院反対側からこの橋まで歩いてきた私は、その狭い市街地を端から端まで歩いてきたことになります ^_^;)さて、橋を戻って右に曲がってみます。するとこんな建物が。ホテル、と書いてありますね。これまた見るからに何か出そうな雰囲気…。この道の右側は、ラマ9世公園になっていて、その東端に国柱廟(サーン・ラックムアン)が佇んでいました。中に入ろうとすると、おばあさんが黙々とほうきで掃き掃除。まだ掃除中だから中に入るなと無言のプレッシャーをかけられている気がしてそのまま階段を引き返した私でした -_-;)ちなみにこの国柱廟、今までに2回も移転しているんですよ。その間に柱自体も交換されています。街の大部分から頽廃的で何かが淀んでいるような印象を受けるのは、そのせいなのでは?…なんて言ったら怒られそうですが。再びパーニット・チャルーン通りに戻り、途中の川沿いにあるワット・ポー・ナコンナーヨックに着いた頃には、雲行きがかなり怪しくなって、雨がパラパラと舞い始めました。まだ傘を差すほどじゃないものの、ヤバイなこれは。先を急ぎたいけど、取り敢えずランチにしますか。パーニット・チャルーン通り沿いのこの店に入ることに。時刻は、12:35。通りの景色が見える席について、カオマンガイを注文。味は…ごく普通でした ^_^;)食べながら考えます。ナコンナーヨック中心の市街地をざっと歩いてきましたが、観光スポットらしいところは勿論、名物の店もショッピングセンターもなく、目に付くのは古ぼけたビルやスラムっぽい市場ばかり。サリカの滝やワット・プラーンマニーなどの周辺観光地へ行く人は何も無い中心部に立ち寄らずに直行するために栄えないんじゃないかなぁ。せめて幹線道路が中心部を通っていれば少しは違うんでしょうけど。国道305号線-3049号線沿いのナコンナーヨック病院や県庁を移転して、その地に商店街やショッピングセンターを作れば、町に活気が出ると思いますよ。…と老婆心ながら ^_^;)さて、お腹も満たしたし準備万端。次なる地へと向かいましょう!このパーニット・チャルーン通り発のプラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校行きソンテオがあるはずなんですよ。日陰でiPhoneをいじりながら待つこと約10分、気付くと目の前を通過していこうとする青と白のツートンのソンテオが!あっ! 乗客のおばちゃん2人もそんな私に気付いて同様に「あっ!」と驚いて運転手さんに声をかけてくれました(笑)お陰で無事に乗り込めました。ありがとうございます ^_^;)時刻は、13:01。走るソンテオ車内から走り去ろうとしているナコンナーヨック市街地を眺めます。きっともう来ることはないだろうなー ^^<交通費>ソンテオ運賃は未払いなので:0バーツここまでの合計:150バーツ※旅は2013年8月16日(金)に行いました。つづく
2013/09/02
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